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翔ぶが如く(二)
翔ぶが如く(二)
司馬遼太郎/文藝春秋
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総合評価

52件)
3.6
8
16
24
1
0
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    説明文が長く少し読み進めづらい。。 一般的に征韓論というと西郷隆盛の暴走妄想で片づけられるが、維新の繋がりから言うと本質的に正しかったかもしれない。三条、岩倉、伊藤と大久保とのやりとりが面白い。日本で歴史上唯一の政治施策の真剣勝負。もし征韓論が通っていたら。この世界観を見てみたい。 山縣有朋の欧州視察によって得た国民蜂起の恐怖が後の民主運動の弾圧に繋がるとは。 P46.47天皇の統帥権について分かりやすい記述。これも山縣有朋が絡んでいる。軍人勅諭 焦土から日本は生まれ変わる 西郷隆盛 高杉晋作 西郷隆盛と足利尊氏を重ねる とても面白い 上記を見抜いた大村益次郎 清水一行短編強請った金 西郷従道と山本権兵衛の関係 明治新政府は財政面だけみると植民地になった方が良かった。

    0
    投稿日: 2026.01.02
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    ・彼(西郷)には私憤というものがなかった(無私の精神) ・足利尊氏には天性の人間的魅力があった。寛容とその子供っぽさと反省心の強さと、そして人にかつがれた場合の座りのよさと大きさは、すべて西郷と酷似していた。

    7
    投稿日: 2025.10.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    会議の事前準備を各々の視点で描いた本作。プロローグ的な役割を持っており続きが非常に気になる終わり方だった。 征韓派の西郷と反征韓派の大久保、伊藤という対比構造。 誠心のみ持ち合わせてる西郷と、根回しに次ぐ根回しという大久保達の違いが面白かった。いかに西郷くらい優秀であっても、維新後を想像せず、外に目を向けないとここまで愚かに見えるのかと感じた。自分も外の世界を見ようと考えさせられた。、

    0
    投稿日: 2025.02.25
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    情熱によって成立した明治政府であったが、その後の政治進行にはそれぞれの思惑、思想、そして人間性が背景にあるのだということがよくわかる。政治は所詮人間が生み出していくもの。英雄と考えられている西郷隆盛も一人の弱さを抱えた人間なのだ。 司馬遼太郎、独特の理屈っぽい語りなのだが、なぜか惹きつけられる。

    0
    投稿日: 2024.11.29
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    西郷隆盛の征韓論を軸に渦巻く人間模様が丁寧に描かれており、まるでその時代にいるかのような気持ちになる。 ここからの展開が楽しみになる二巻であった。

    0
    投稿日: 2024.02.27
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    「尊王攘夷」のスローガンで始まった筈の倒幕運動から、明治維新が為ってみたら、幕末からの開国方針が何も変わっていないという、この歴史の流れが、長らく釈然としなかったのだが、これを読んで、漸く腑に落ちたというか――当時の士族達も釈然としなくて、だからあちこちで士族の反乱が起きて、最終的に西南戦争に至ったのね、と。しかし、旧支配層の武士は既得権益を取り上げられ、庶民は税金やら兵役やら負担が激増した、この明治維新という大改革が、よく破綻・瓦解しなかったものだという、新たな疑問が湧いてきた。

    0
    投稿日: 2023.09.10
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    ※2007or2008年購入  2008.2.28読書開始  2008.3.8読了  2017.5.6売却@Book Off

    1
    投稿日: 2021.08.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    p.369 この連中の過去を動かしてきた志ーあるいは精神の肉腫ーのようなものが邪魔をするのかもしれない。 様々な思惑が蠢いているようです。いつの時代もその辺は変わらないんでしょうね。次巻も楽しみです。

    0
    投稿日: 2020.04.01
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    「翔ぶが如く(2)」(司馬遼太郎)を読んだ。 『革命家というのは、やはり特異な精神体質をもつものであるかもしれない。』 このペースであと8巻かぁ。 夏が来るまでに読み終わるだろうか。

    0
    投稿日: 2018.07.06
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    相変わらず、余談のオンパレード。 重複もはなはだしい。 人格に触れることばかりで、まるで虚構船団のようだ。 ここまでが序章、と思いたい。 しかも、千絵という章は蛇足もいいところではないか。 急にメロドラマ風の安い設定。謎であった。

    0
    投稿日: 2018.02.20
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    反征韓論派の動きが活発化。伊藤博文の活動が凄まじく、大久保利通がついに参議になる。板垣退助と副島種臣も岩倉具視らの活動で反征韓論派に鞍替えした。政治の世界は凄まじい。。

    0
    投稿日: 2018.02.03
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    征韓論を巡る駆け引き、公家は恐ろしい 公家は強い方に着くという事がよくわかる。三条実美は西郷の渡韓を一度は認めておきながら、伊藤 大久保に言いくるめられて、撤回する。怒る西郷。

    0
    投稿日: 2018.01.25
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    【あらすじ】 西郷隆盛と大久保利通―ともに薩摩に生をうけ、維新の立役者となり、そして今や新政府の領袖である二人は、年来の友誼を捨て、征韓論をめぐり、鋭く対立した。 西郷=征韓論派、大久保=反征韓論派の激突は、政府を崩壊させ、日本中を大混乱におとしいれた。 事態の収拾を誤ることがあれば、この国は一気に滅ぶであろう…。 【内容まとめ】 1.もはや西郷vs大久保の一騎打ち。誰も間に入れない。 2.公卿はこの2人の前では無能 3.明治初期の時代、薩摩隼人がヤバすぎる。能力が高すぎる 【感想】 この時代において、薩摩隼人の影響力の高さは半端がない。 そしてその勇ましさはもはや野人。怖すぎる・・・ そして、桐野利秋や島津久光のせいなど色んな説や理由があるだろうが、維新後の西郷隆盛の没落っぷりは見るに堪えないな・・・ 幕末のあの素晴らしさは一体ドコにいってしまったのか。 大御所だからか、大久保以外は直接物を申せないところもキツイな。 西郷は決してそうではないが、やはりトップになると周りの影響でこうも愚鈍になってしまうのだろう。 自分がトップになることは中々ないと思うが、このようにならずに常に周りが見えないといけないと思った。 【引用】 p70 西郷の金銭観に触れておくと、彼は若い頃に郡方の下っ端の書記をしていただけに算盤が達者で暗算も上手だった。 京都での奔走当時も藩費を使った場合は必ず算盤を入れ、残金を明瞭にしておいた。 しかし自分の俸給となると、全部散じてしまうというところがあったし、勘定もしなかった。 p206 この男は、天寿を全うするなどはまったく考えていない。 幕末、ずいぶん人を斬ったかわりに俺もどこかで死ぬと覚悟していた。 桐野は、「自分は死ぬべき時と場所に死ぬことができぬやつだ。」 「西郷老人のみが自分に死所をみつけてくれる。」と言っていた。 p212 大久保について、触れる。 要するに彼の道楽は、国家を改造するというその仕事以外になかったと言っていい。 p217 大久保は大地にしがみついても参議になぞなるまいと肚を決めていた。 なって廟堂(びょうどう)に登った場合、西郷と血みどろの戦いになることが分かっていたし、島津久光の勢力を敵に回す事も明らかであった。しかも勝つ見込みは僅かしかない。 たとえ勝っても、西郷配下の桐野らがクーデターを決行して自分を殺し、あくまでもその策を貫くだろうと思っていた。 桜田門外の井伊直弼の二の舞ではないか。 p248 薩摩にあっては、侍が侍がましくなるには二つのことだけが必要だとされていた。 死ぬべき時に死ぬ事と、敵に対しては人間としてのいたわりや優しさを持ちつつも、闘争に至ればこれをあくまでも倒す。 たとえ無学であっても薩摩では少しも不名誉にはならない。 爽やかな人格でないという事が、薩摩にあっては極端な不名誉なのである。

    4
    投稿日: 2017.12.18
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    2巻の筋は、なんと西郷の征韓論をめぐり逡巡する人物達を描くのみで少しも進んでいない。故にあまり楽しめる内容ではないが、それでも興味をもって読み進める。 作者が、物語というより、維新後に活躍した人物像をその行動を元に推察した歴史と人物研究の書という体です。 歴史を動かした人物とて、思想の微妙な違いでの好悪により派閥が出来、暗殺等手荒で確実な方法を望んだり、武力で脅す強硬派や温厚で協和を好み時間をかけて和をなす穏健派が出来、今の政治情勢と何ら変わらないものが根底にあると思う。 作者の緻密な取材とそれを元に人物像をその背景と照らし合わせて作り上げ、表現していく粘り強さにあらためて敬服する。 以下 登場人物のごく一部です。 長州藩 木戸孝允 井上馨 山県有朋 大村益次郎 伊藤博文(木戸孝允と反目) 福沢諭吉 薩摩藩 西郷隆盛 西郷従道 大久保利通 大山巌 東郷平八郎 島津久光 桐野利秋 篠原 村田(試作銃) 川路利良(としよし) 高崎正風(生麦事件、和歌) 岩倉具視(公卿)

    0
    投稿日: 2017.12.09
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    西郷と大久保のこの国を作り上げる苦悩の始まりが描かれている作品だが、当時のこの国を考えてみると征韓論についての意識、思想が国の存続を大いに左右する大変な転換期であり、三条実美や岩倉具視の公卿の存在がよくわからない行動でしたね。

    0
    投稿日: 2017.11.30
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    平成29年6月 西郷の征韓論対岩倉、大久保、桂、伊藤の反征韓論 の話。 この時期って難しいよね。 明治維新を成し遂げた、薩摩、長州の幹部級の人たち。この人たちが中心になって明治政府を作り、日本を動かしていくのは、いいけど、幕府を倒すって思想は簡単で、まとまりやすいけど、倒した後のかじ取りってやっぱり、その人その人で考え方が違い、対立が生まれる。しかし、それはそれでその人たちが本気で日本を思っての考えで、答えの分かっていない明治の時では何が正しいのか分からないため、命を懸けて本気で対立する。今の政治とは違うよね~、本気度が。 その中で、今まで対して表だって来なかった伊藤博文が目を出す。 西郷を朝鮮に派遣する朝議が行わようとしている時に。伊藤は、昼夜を問わず懸けまくり、岩倉具視に世界観を与え、大久保利通を朝議に出させ、木戸孝允に大久保と手を組ませた。 この時に伊藤博文がいなければ、西郷の渡韓が行われ、戦いが始まっていったに違いない。 らしいよ。 そういう能力があるから、総理大臣になっていったんだろうな~。

    0
    投稿日: 2017.06.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    西郷隆盛が提案した征韓論をめぐり、新政府の危機と察して色々と動き回る伊藤博文、岩倉具視ら反対派の動く姿が文章中で目立つ。西郷隆盛はもう少し物事に対して積極的に動くイメージがあったので、作品を読んで意外に感じた。ここまで2冊読んでみて、ちょっと本の内容を完全に理解するには自分の歴史の知識がなさ過ぎて辛いかなという印象を受けた。戦国時代と共に、日本史の流れの中では非常に興味のある所ではあるが、話の内容が詳し過ぎるためか理解がおぼつかない。ともかく、合うかどうかは別にして一度すべて読んでみたいと思う。

    0
    投稿日: 2017.02.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    この巻は明治6年の政変の直前の状況をめちゃくちゃしっかりと「説明している」巻でした。 なので、西郷さんは、三条太政大臣から遣韓大使として韓国に行ってもいいよって話をもらい、明治天皇の勅令も下りているのに、「後日岩倉右大臣の承諾を得ること」って部分がクリアーできなくて、待ったをかけられてストレスがたまっている状況のままでした。 そもそもの征韓論がロシアの南下政策を懸念して韓国と手を結ぼうとしたものであったとしても、韓国は看板でしかなくて、実際はうしろにイギリスに実効支配された中国(清)とかがいるから、簡単にはできないって政府の意向もわからんでもないんだけどね。 話が動かないように見えるので、歴史に興味がない人にはキツい巻かも…(笑) らじ的には知識の確認ができて良かったです。 しかし、歴史を知れば知るほど長州って好きになれないなぁ~!

    0
    投稿日: 2016.10.10
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    だんだん面白くなってきた(けど、まだ低調)(笑)征韓論をめぐる、西郷隆盛と大久保利通の闘い。同じ薩摩藩出身、幼馴染、薩摩藩島津久光から2人への不信、そんなこんなの背景も踏まえた征韓論の争い、、、明治政府が設立当初こんなに不安定だったのか、薩摩系の存在感ってそんなにあったのか、と驚きつつ、2人の政争は思わぬ方向へ(って歴史は決まってるけど)2016/1読了。

    0
    投稿日: 2016.02.21
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    西南戦争前夜ともいうべき明治六年、ここで西郷の行く末は決まってしまったのであろう。 徳川幕府の瓦解から六年、足元の覚束ない明治という時代の中で、各人たちの思惑が交錯する。古来からの義を貫き通すか、日本国の百年後を考えて列強国と肩を並べるために足元を固めるのか……。 現代日本の基礎を形造った重要な時代であろう。

    0
    投稿日: 2015.10.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    征韓論前夜の一部始終の歴史物語。西郷隆盛がモンモンモンモン…悶々悶々悶々悶々…ひとりで…。  魚釣りに出かけてる。 ______ p20  尺度は人の業  人間の相克は、利害にもよる。しかし尺寸にもよる。人間の不幸は、人によって尺度の大小異なっていることである。 p22  西郷の尺度  西郷は征韓論という言葉を使ったことはない。遣韓論という言葉を常用した。あくまで西郷は使節として話し合いに行く。ただ、和解は無理な協議だから、自分の死を以て日本の、ひいてはアジアのために列強に対抗するアジアの連携を達成しようと考えていた。 p24  西郷は好戦的か嫌戦的か  「誰が戦を好むものか」⇔「道義をまもるためにはたとえ一国が亡びようとも戦え。一国の政府たる者は戦の一字を怖れるべからず。」  西郷の中には矛盾した思想がある。戊辰の頃には、江戸を灰燼に帰し将軍の首を撥ねて新時代の礎にする。ということを言いながら、無血開城を実現し慶喜を水戸に逃し、奥州越列藩に慈悲を与え、戦後には榎本武明ら佐幕派の者に恩赦を与えた。  そういう、矛盾した正義をもつ熱い男だった。 p32  己を愛するなかれ  西郷の自己教育の精神。己への愛を忘れれば、自己を客観視できるようになるということらしい。  甘えのない男だったのだろう。彼は子供のころに皆が嫌う算盤をあえて学んで、若いうちから藩の書記の仕事に就いて家計を助けていた。子供のころから自己犠牲の精神が強かった。そこから生まれた信条だったのだろう。 p40 山県の考えたこと  山県が海外留学で学んだことは、王政の斜陽と国家議会の伸長という時代の潮流である。日本では天皇という王を掲げて新政府を作ろうとしている。世界とのギャップに恐怖したことであろう。 p44  天皇の重厚さ  日本史における明治二十年代以降からの天皇の扱いが重厚なものになったのは山県の仕業。  山県がロシア皇帝ニコライ二世の戴冠式を見に行って、皇帝の扱い方を学んだ。従来の天皇は人目についてはいけないものであった。それは結局天皇はあってないような存在になっており、欧州のような絢爛豪華な威信はない。ロシアのように専制権はもたない「君臨すれども統治せず」の皇帝だが、豪華さを取り入れた、象徴にふさわしい威信を天皇に付加した。 p47 軍人勅諭は山県が作った  司馬氏の忌み嫌う「統帥権」これの根拠となる記述がこの軍人勅諭にある。  -「軍は天皇の威光によって召集された栄光ある集団である。」であるからして、軍人たる者、天皇の直属の臣下として崇高なる人格を持つよう努めなければならない。ー  というような軍人の道徳書として作られたのだが、昭和の軍人によって曲解された。軍を指揮するのは天皇の権利であり、軍は内閣や国会をすっ飛ばして天皇に直接奏上し、戦争をおっぱじめられる。というように扱われ、大失敗したのだ。  山県が悪いわけではない。が、根源はココである。 p52  狐疑深き…  西郷隆盛は弟:従道に対して「狐疑深き」者として記述している。従道は兄である隆盛は明治新政府を倒し第二の維新を考えているのではないかと疑っていた。ともに留学した山形有朋の影響で国権主義に傾いた。そこからすると隆盛は共和主義のようにも見え、疑わずにはいられなかった。  ただ、隆盛を疑ったのは従道だけでなく、薩摩藩でも多くいた。というか、根本から信用しないのだ。隆盛は藩主:島津久光を裏切る形で維新を起こした。久光の周囲の人物からは決して信頼されない人物であった。  こういう周りの見方もあって、従道は身内ながら独特の見方を持っている。征韓論についても外遊を経験した身で、西欧列強の考え方は分かっているから反対の意見を持っている。 p70 薩摩は700年  薩摩藩は鎌倉時代以来700年続いた、徳川家よりも歴史のある家柄である。それだけに藩士の結びつきも強い。それを廃藩置県したのである。 p93  西郷の情報不備  征韓論争中の西郷は岩倉具視ら参議の集合を待って自宅にこもっていた。そのとき、桐野利秋ら西郷の側近らは自宅警備として交代で西郷宅に詰めていた。そのせいで西郷は人に触れる機会がほとんどなかった。桐野らが「西郷どんの静謐を守るんじゃ」と来客をけんもほろろに追い返してしまうのである。  そういうこともあってか、この頃の西郷は情報に偏りや不備を持つという風がある。 p177 江戸開城  江戸無血開城の功労者は、慶喜の側近の勝海舟である。当時の諸外国の考えとしては、社会混乱による日本市場の縮小は避けたく、新政府と幕府の江戸での内乱はやめてほしかった。勝海舟は外国公使の思惑を読み、あえて「われわれ旧幕軍が江戸で暴れれば火の海になるであろう。もし官軍が慶喜を許すというのなら江戸を開城するつもりなのだが…」と英国大使パークスにふっかけ、官軍に圧力を加えさせた。  と、アーネスト=サトウの回想録にある。このサトウはすごいようだ。調べよう。 p239  なぜ泣くのか  「千絵」という章。維新で徳川の幕臣だったものは駿府へ引き上げるか、新政府の朝臣になるか、農商になるか選択を許された。芦名靭負という旗本は朝臣になろうとするが、維新の動乱で命を落とす。その子供、新太郎は彰義隊に加わり命を落とし、妹の千絵だけが生き残った。動乱で兄とはぐれ何年も兄の消息を知らなかった千絵が兄の死を知った時の一節  -なぜ泣くのか。兄のために悲しんでいるのではなく、自分のために- 時に涙は蜜のようで、不幸という蜜をなめて甘美に悲しんでいるのではないか p246  拡大資本主義ではなく  明治初期のころ日本が外国に輸出できる産業はなかった。資本主義のための領土拡大論などというものは成立しようもない。ただ、アジアの連携による欧米列強からの防衛圏を作るのが論点である。征韓論を資本主義と絡めて考えるのはいけない。  欧米のアジア進出も、産業革命であふれた商品のはけ口となる新たな市場をもとめて、暴力的に行われたのである。日本は違うからね。 p254  薩摩字書  旧薩摩藩士:高橋新吉は日本で最初に印刷された英和辞典を作った男である。 p347  大衆は…  大衆は明晰よりも温情を愛し、拒否よりも陽気な放漫な大きさを好み、正論よりも悲壮に憧れる。  やがて、明晰と拒否と正論を悪とみなすようになる厄介さである。  大久保利通はこの三つを持つ男であり、大衆に好かれなかった。そういう朴訥な男であった。その対極に西郷隆盛がいる。 p358 山県有朋のお食事券  山県は明治早々、明治最大の汚職事件を起こした。  長州出身の貿易商:山城屋和助は山県の口利き(賄賂で)で兵部省の御用商人になった。そして和助は官金に手を付け生糸相場に手を出して大損をこいた。そして高跳び。山県は和助とのつながりを洗われて責任をとらなければならなくなった。  これを機に新政府の薩長の関係にひびが入り、新体制に暗雲が立ち込めた。西郷は薩長体制を守るべく、山県を救った。紛糾する薩摩藩士を抑え、薩長体制の崩壊を防いだ。  実際、山形有朋ほどの実務家が他におらず、彼ほどの人材を失っては出来立ての陸軍省は立ち行かなくなる。事実、一時機能停止した。その面でも西郷から見込まれており仕方なく山県は許されたのである。それゆえ、山県は西郷に頭が上がらなかったのである。 ______  学校の授業では征韓論も明治維新の速い流れの中でさらっと流されていってしまう。  征韓論っていうのは当時の列強の帝国主義とか、アジアの被植民地側の危機感とか、深いテーマなんだよな。  この巻では征韓論の議論のテーブルに着くまでのダラダラ、グダグダ、イライラする裏工作の様が、幾度も幾度もわき道にそれて、だらだら、ぐだぐだと書き連ねてある。  司馬先生の書き方がすごくダラダラしていて、西郷が征韓論に関して待たされている感じがよく出ている。  それにしてもスゴイ内容の濃さ。登場人物全ての解説をしようとしているとしか思えない。  それでいい。  それがいい。

    0
    投稿日: 2014.10.07
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    大久保利通、伊藤博文、山県有朋、岩倉具視…。 そしてもちろん西郷隆盛。 役者は揃いつつある。 明治元年から明治10年にかけての日本に何が起きたのか? ほとんど注目されることない地味な時代たが滅茶苦茶に面白い。 この小説が書けるのは司馬遼太郎だけだな。

    0
    投稿日: 2014.07.02
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    主に征韓論が中心に話は進む。この時日本は生まれたばかりで確かな形を取っておらず、今事を起こす場合ではないのだが、西郷どんの言うことを誰も覆せない。登場人物はそれぞれの立場から動こうとしないのだが、なんとしてでも征韓論をつぶそうとする。ホントに登場人物が濃いですねぇ。

    0
    投稿日: 2014.02.24
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    征韓論とそれに関わる人達の背景や思いが事細かに描かれていた。征韓論を主張している政治家は西郷隆盛、板垣退助、江藤新平。対して、大久保利通、木戸孝允、岩倉具視、伊藤博文、山県有朋などが迎え撃つという図式。そして、間に挟まれて思い悩む気の弱い公家である三条実美は太政大臣であり現在の首相と言える立場であるから、今後の展開のキーパーソンとなることは間違いない。反征韓論も一枚岩ではなく、西郷とともに維新三傑と言われる大久保利通は孤高、木戸孝允は陰鬱な感じで距離を置いているし、岩倉具視は陰でコソコソ動いているよう。伊藤博文は長州藩時代の先輩:木戸よりも大久保に接近しているし、山県は汚職を西郷に揉み消して貰ったという恩義かあり、その山県の下にいる西郷従道は西郷隆盛の実弟と、それぞれスッキリとはいかない。また、旧薩摩藩国主の島津久光も反政府という立場から独自の動きを見せている。 このような入り乱れた抗争や人物関係が更なるドラマを呼ぶ。 主要人物ではないが、評論新聞を創刊した海老原穆も何かやってくれそうだし、謎の元武家屋敷の娘:千絵もどう絡んで来るかが楽しみである。 征韓論に決着がつく次巻も楽しみだ。

    0
    投稿日: 2013.12.05
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    昨年、司馬遼太郎の「坂の上の雲 全8巻」を読みました。 坂の上の雲の中ですごく気になったのは、司馬遼太郎が描く薩摩藩型のリーダーシップ。 ネット上での解説を少し転載します。 明治時代も終わりに近づいた頃、ある座談会で、明治の人物論が出た。 ある人が「人間が大きいという点では大山巌が最大だろう」と言ったところ 「いや、同じ薩摩人だが西郷従道の方が5倍は大きかった」と反論する人があり 誰もその意見には反対しなかったという。 ところが、その座で、西郷隆盛を実際に知っている人がいて 「その従道も、兄の隆盛に較べると月の前の星だった」と言ったので、 その場の人々は西郷隆盛という人物の巨大さを想像するのに、気が遠くなる思いがしたという。 西郷従道(つぐみち)は「ウドサァ」である。薩摩藩(鹿児島)の典型的なリーダーの呼ばれ方である。 本来の語意は「大きい人」とでもいうようなものだ。 従って、西郷隆盛などは、肉体的にも雄大で、精神的にも巨人であるという点で、 まさに「ウドサァ」を体現した男であると言えよう。 薩摩藩型リーダー「ウドサァ」の手法は二つある。まずは最も有能な部下を見つけ その者に一切の業務を任せてしまう。 次に、自分自身が賢者であろうと、それを隠して愚者のおおらかさを演出する。阿呆になりきるのだ。 そして、業務を任せた有能な部下を信頼し、自分は部下が仕事をしやすいように場を平らげるだけで、後は黙っている。 万が一部下が失敗するときはさっさと腹を切る覚悟を決める。これがウドサァである。 日本人はこのリーダーシップのスタイルに対してあまり違和感を持っていないと思う。 日本の組織のトップはリーダーというよりは殿様なのだ。殿様は知識やスキルではなく人徳で勝負。 細かいところまで口を出す殿様は 家老に 「殿!ご乱心を!」とたしなめられてしまう。 でも、このリーダーシップのスタイルは世界のスタンダードではないと思う。 世界の卓越したリーダー達で「ウドサァ」みたいなスタイルだった人を私は知らない。 スキピオ、ジュリアスシーザー、アレキサンダー大王 ナポレオン、リンカーン ・・・ ビルゲイツもジョブズも孫正義も 部下に仕事を任せはするが、後は黙っているなんて事は絶対にない。 古代中国の劉邦と劉備は「ウドサァ」かもしれない。(だから日本で人気がある?) 私も大きな組織で働いているが トップに非常に細かいことまで指示される事を想像すると辟易してしまう。 そのくせ、「トップの方針が明確でない」みたいなことを言ってみたりもする。 どないやねん! 1年以上かけて、ようやく全10巻を読破しました。 いや〜〜長かった。 面白かったけど、やっぱり長いよ司馬さん。 「翔ぶが如く」本線のストーリーは、征韓論から西南戦争に至るまでの話なんですが、水滸伝のように、周辺の人物の描写や逸話に入りこんでしまって、本線のストーリーが遅々として進まない。。 新聞小説の連載だからなのかもしれないが、ふだんノンフィクションの実用書ばかり読んでる身としては、かなりじれったかった。 本線のストーリーだけ書けば、半分ぐらいの頁数で済むのでは? と思ってしまいました。 [読んで思ったこと1] 本書を読み「薩摩藩型のリーダーシップ」について理解するという当初の目的は果たせませんでした。 著者にとっても、西郷隆盛という人物は、スケールが大き過ぎて掴みどころのない存在のようでした。特に征韓論以降の西郷隆盛は、現在の我々からは訳がなかなか理解し辛い事が多いです。 しかし、リーダーシップとは何かという事について、いろいろと考える事ができました。昨年一年間かけて考えた、私なりのリーダーシップ論は、後日別のエントリで纏めようと思います。 [読んで思ったこと2] 西南戦争は、西郷隆盛を担いだ薩摩藩の壮士と、山縣有朋が徴兵して編制した政府軍との戦いでした。 当時の薩摩藩は古代のスパルタのような軍事教育国家であったため、壮士達は世界最強の兵士とも言える存在でした。 しかし兵站という考え方がほぼ皆無に近かった。 一方で政府軍の鎮台兵は百姓出身者が大半であり、本当に弱く、戦闘となるとすぐに壊乱してしまう有様でした。 しかし、山縣有朋の綿密な軍政準備により、予備兵・食糧・弾薬などの後方支援が途切れる事は無かった。 両者が激突するとどうなるのか。 短期的には薩摩藩が圧倒的に有利なのですが、戦いが長期的になつてくるとジワリジワリと政府軍が有利になってくる・・・ 古代ローマ帝国とカルタゴのハンニバルの戦いを見るようでした。 いや、普段の仕事についても同じ事かなと思いまして。 仕事でも、短期的に物事をガーと進められる人に注目が集まりますけど、さまざまな兵站をキッチリ意識して、長期的に組織的に物事を動かせる人の方が最終的な結果に結びつくのかなと。 この間、絶好調のアップルの決算発表がありましたが、今のアップルの収益性を支えるサプライチェーンとロジスティクスの仕組みを確立したのは、現アップルCEOのティム・クック氏だとの事。

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    投稿日: 2013.08.29
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    明治維新直後の不安定な時代を描いている。 征韓論から西南戦争にいたる5年間が舞台。 西郷隆盛を始め多数の人物のエピソードと緻密な時代考証にその時代を知る思い。

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    投稿日: 2013.08.25
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    征韓論に端を発した明治政府政策闘争録。 著名人が多く出てくるが掴み所のない西郷という巨人を抜きにすると話がスカスカになる。

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    投稿日: 2013.07.30
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    内諾を取り付けた征韓論への巻き返しに動く伊藤博文らの動き 三条ら公家の節操のなさ 死地を求める覚悟の西郷 27 三条、側室はねつける 32 西郷、算盤できた 39 山県の収賄事件 44 山県、天皇の権威的装飾に熱中 49 96人の将官・佐官の首を切り日本海軍近代化、山本権兵衛 150 伊藤の四賢堂、木戸、大久保、岩倉、三条 162 三条=長州系、岩倉=薩摩系 169 忌服 188 ポルトガル人に化ける、伊藤・井上 207 税金増えるか同じ+徴兵制 211 新政府出仕は1000分の1くらい、旧幕臣 223 十津川村と宮廷、壬申の乱から幕末まで 236 心が鬱すれば桐野に会いに行け 251  大久保、北海の氷山、取り付くしまなし 252 大久保、知事(藩主)の世襲を説く 254 薩摩辞書、個人で作った日本初、印刷英和辞典 264 木戸、難しい性格 276 伊藤と井上、仲良かった 291 従道、兄は人形。実計は僕と大山 294 死ぬべきときに死ぬ、敵にいたわり、やさしさ、でも倒す 304 久光、上京させるのに苦心惨憺。第三次勅旨、勝が成功 318 治外法権、外国人の政府批判新聞がうける。政府役人にして人気衰え。日新真事誌、ジョンRブラック 331 手紙で意見、相手が隣家にいても。 340 公家は節操なし 358 山県の汚職、西郷が救う 368 勝への信頼・尊敬あつい、除く長州系

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    投稿日: 2013.07.29
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    このレビューはネタバレを含みます。

    再読。 学術書で知識を入れたからか、前回より面白く読めた。これまで全く関心が無かった山県有朋をもっと知りたくなった。カリスマ性はないものの着実な実務の積み重ねで首相にまでなった彼の生き様は、組織人の生き方として勉強になりそうだ。

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    投稿日: 2013.04.06
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    征韓論での対立。 維新の際に寝技策略をめぐらした西郷は正統法のみをとり 根回しをしない。それでも、反対派は西郷を慕う勢力による 第二の革命をおそれて、あらゆる手を尽くす。 公家の三条、岩倉は、及び腰、 大久保も煮え切らない態度だったが、 外遊から戻った伊藤博文が根回しに奔走する。 そして、三条岩倉から手を回し、最後には、西郷と対抗しうる 大久保を参議の舞台に立たせる。 戦い権術にたけた維新の志士、催事を動かす有能が官吏、 幕末、維新、明治政府の樹立、と激動の中で、それぞれに 適した人材が現れ、時代を作っていく。

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    投稿日: 2013.01.20
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    【本80】シリーズ二作目。征韓論を巡る政局が繰り広げられている。維新前後の西郷の変わり様に筆者が深い考察を与えているところは必読。

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    投稿日: 2013.01.06
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    「国が凌辱されるにおいては、たとえ国も人も斃れるといえども、正道を踏み、義を尽すのが政府の本務である。ところが、政府の高官たちは平素、金穀や理財のことを議するときだけは英雄豪傑のようだが、いったん血の出る類のことに臨むと頭を一処に集め、ただ目前の平安だけを謀るのみである。戦の一字を恐れ、政府の本務を貶めるようでは、政府は商法支配所であって政府ではない」 「政府は正道を踏み、国も人も斃れるだけの精神がなければ、外国との交際はうまくゆかない。外国から軽侮され、好親がかえってやぶれる」 木戸は西郷の人望好きがいまいましい。 「一国の政治をおこなう場合、八方美人式に大向うの声望を得ようとするのはむしろやさしい。進んで正を踏み、一世から嫌われるほどの勇気をもつべきである」 と、おもっている。もっとも木戸は多分に批評家的で、木戸に不足しているのは木戸のいう勇気であり、この男はみずから火の粉をかぶったり、政治の責任を真正面からとるという危険な場はつねに回避してきた。嫌われることへの勇気というのは木戸よりもむしろ、大隈が「あれは無学である」と評した大久保のほうが多量に持っていた。 必ずしも征韓論が正しいとは言えない。それを推し進める方も、押しとどめる方も、国を考え、命懸けで実行しているのが素晴らしい。それをしていたのが大久保と西郷なのでないだろうか。

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    投稿日: 2012.02.05
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    無口で、残した文章も少なかった西郷隆盛。その人間像を 突き詰めようとした司馬さんの力作ですね。私は西郷の人間性に 惹かれるので、長編ながら読了までは時間が思った程かかりません でした。同時に大久保利通という人間にも興味がそそられました。

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    投稿日: 2011.12.03
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    このレビューはネタバレを含みます。

    征韓論をめぐる維新後のやり取りが、西郷中心に話題から大久保や板垣・大隈などに広がる。正直明治維新というと、新たしい時代の幕開けに、統幕勢力が結集して新しい日本を作るというストーリーを描いていたが、1巻での西郷の体たらく、2巻でだれも先頭に田等としないつばぜり合いだったということに、ちょっとがっかりだ。そういった事実をしったことも重要だと思うが、幕末のことがなんだったのか。やはり、革命後の難しさが出ていると思う。そういえば、どっかの政党もおなじだよな。

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    投稿日: 2011.11.20
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    これは小説というより教科書です。 とにかく、明治の日本の動きを幅広く、しかも掘り下げて書いてあります。 西郷隆盛という歴史的スターを中心に動いていく日本。 激動の時代だからこそ個性派な人物が多すぎる。 いやー、深いです、そして長いですこの物語は。

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    投稿日: 2011.10.18
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    大久保利通,伊藤博文,西郷隆盛と言った歴史上の重要人物のやり取りが面白く記載された小説.おもに西郷隆盛に焦点を当てている.

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    投稿日: 2011.07.23
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    【70/150】以前、たしか2巻目あたりで挫折している。西郷どんの苦悩、征韓論の是非に関してえんえんとつづく。 もうちょっとテンポがあってもいいような気がするのだが・・・。

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    投稿日: 2011.06.24
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    征韓論に対する人間描写がしつこいほど描かれています。 人間関係も編み目のように複雑に描かれていて、小説全体が脂っこいほど濃厚です。 読むのに時間がかかりました。小説というより論文のようでした。

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    投稿日: 2011.03.10
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    ・2/7 早速第二巻に突入する. ・2/15 読了.うーん、なかなか面白い.西郷と大久保の関係がどうだったのかは今まで考えたこともなかった.確かに幕末から西南戦争までの事情はあまり知識としてなかったから、読んでて面白い.

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    投稿日: 2010.09.13
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    1西郷の新政府のなかでだんだん孤立していく姿が痛々しい。しかしながら、日本国の歴史にとってはこのほうが良かったであろう。

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    投稿日: 2010.02.28
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    世の革命と運営の違い。 ・伊藤には、政治家としての哲学性が、西郷や木戸ほどには無かった。…が、哲学性がより薄いぶんだけ、政治というおそるべき権力の戦場における作戦能力が西郷や木戸よりも高かった。(234頁) ・大石(円)の政論の是非はべつとして、かれの政治的進退のあざやかさと政府批判の態度は、日本における野党精神の源流をなす一人かもしれない。(262頁) ・(岩倉)「左様、赤誠は尊い。ところが、赤誠だけでは国も立たず、政府も動かぬ。…赤誠はじつは太政官の倉にも庭にも山積みにするほどあるのじゃ。赤誠がござるというのはキンタマがござるというのと同じで、そんなものを何万個積みあげても、どうにもならぬ」(281頁) ・可能の限界を明示することは大久保の政治感覚のなかでもっとも重要なことであった。(291頁) ・大衆は明晰よりも温情を愛し、…明晰と拒否と正論をやがて悪として見る(292頁)

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    投稿日: 2009.11.03
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    全巻通読後のレビュー。 全10巻という超大作であるが、もともと毎日新聞に連載された小説であるから、多々同じ記述が見られる。 しかしながら、明治維新後の日本の姿を鳥瞰的手法で世界史と関連付けて論じられている点で、日本近現代の始まりを理解する際の基礎理解には最適の入門書であると考える。 島津久光という超保守派の考え方から、維新を支えた革新派の面々の考え方が手に取るように分かる小説である。重要なのは士族の不満、百姓の不満がどのようなものであったか、であるが、それもこの小説では網羅されている。 物語は維新開始直後から、西南戦争(明治10年)を経て翌年の紀尾井坂の変(大久保の死)、さらに川路利良の病没までを描く。 明治維新は天皇の威を借りた王政復古という形でスタートした。それが後に軍の独走いうものを招くが、この時点ではそうせざるを得なかったということも、小説中で書かれている。 後の日本を支えていく山県有朋、伊藤博文、板垣退助、軍人で乃木希典、川村純義などが登場する。 西南戦争は8巻の半ばくらいから始まる。桐野、篠原ら薩摩隼人に担がれた西郷、悲劇のような最後の激闘である。西郷が桐野や篠原といった兵児(へこ)を最も愛し、彼らと生死をともにしたことは、西郷をうかがい知る上で、見逃せない点である。 西南戦争の中身についての描写は一流である。 時間がない方にも、8~10巻は読むことをお勧めしたい。

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    投稿日: 2009.11.01
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    司馬遼太郎に初チャレンジした作品。が、10作もあり読むのに2ヶ月超もかかってしまったww 舞台は戊辰戦争後の明治初期。西郷隆盛を大きな軸として揺れ動く日本政府の動向をあらゆる人物の観点から追っている。よくもここまで調べたなって感心してしまう

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    投稿日: 2008.05.11
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    征韓論を巡る政治的根回しが延々と記載され、その中で、西郷、大久保、木戸らを中心にその周りの人物の詳細説明は挿話される。

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    投稿日: 2008.03.24
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    西郷にとっての征韓論とは、単なる枝葉に過ぎず日本人としての精神論に近いものを唱っているような感じがする。 維新後の日本は、立身出世主義や官僚的な思想に囚われ、かつての士族の精神がやや褪せていた感がある。 それに危惧していた西郷は、例え朝鮮を責めることで列強に責められ日本が荒野となろうとも、日本人としての精神が残ることの方に重きを感じていたのではないか。 2008/02/25

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    投稿日: 2008.03.23
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    西郷曰く、国が陵辱されるにおいては、たとえ国も人も斃れるといえども、正道を踏み、義を尽くすのが政府の本務である。ところが、政府の高官たちは平素、金穀や理財のことを議するときだけは英雄豪傑のようだが、いったん血の出る類のことに臨むと頭を一処に集め、ただ目前の平安だけを謀るのみである。戦の一字を恐れ、政府の本務を貶めるようでは、政府は商法支配所であって政府ではない。政府は正道を踏み、国も人も斃れるだけの精神がなければ、外国との交際はうまくゆかない。外国から軽侮され、好親がかえってやぶれる。・・・・・・日本の三権分立の政体をやがて破壊するにいたる「軍人勅諭」を山県有朋は憲法発布に先立って明治15年に実現しているのである。「兵馬の大権は朕が統ぶるところである」「兵馬の大綱は朕みずから之を攪り、肯て臣下に委ぬるべきものではない」とし、軍隊をもって天皇の私兵であるかのごとき印象をあたえしめている。山県がこの勅諭を実現せしめたのは、陸軍大将西郷隆盛の乱がふたたびおこらぬようにというむしろ軍人に対する道徳的説諭を目的としたものであったが、昭和期に入ってこの勅諭が政治化した軍人をして軍閥をつくらしめ、三権のほかに「統帥権」があると主張せしめ、やがて統帥権は内閣をも超越するものであるとして国家そのものを破壊せしめるもとをつくった。

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    投稿日: 2008.02.27
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    西郷隆盛に明治帝からの遣韓の詔勅がおりた。これを好機と征韓派は勢いづく。副島種臣、板垣退助、桐野利秋ら──征韓派の役者は揃った。あとは廟堂での正式な決定を待つのみである…。しかし、征韓反対派──伊藤博文、大久保利通、(病欠がちで微妙に不参加だけど木戸孝允)らの謀議によって廟堂はなかなか開かれない。伊藤の指示で岩倉具視、三条実美もノラリクラリで誤魔化すばかりだし?待ちに待った会議の日になって岩倉から西郷への手紙! 「悪いんだけどォ、今日の会議、欠席してくんない?」 どうする西郷!内心、岩倉をボコりたい衝動に駆られつつ、活火山と化した西郷は岩倉邸へ抗議に押しかける!! すんげい面白かったです。伊藤が木戸さんの面倒を甲斐甲斐しく見てやってるのがイイ。「真綿でくるむように」木戸さん(兄貴)を引き立ててあげる伊藤!大久保さんの記述も素敵。「大久保には人間としてのおもしろみは、皆目なかった。…酒でも女でも失敗することがなく、道楽といえば囲碁だけであった。」そんな鉄面皮な大久保さんが大好きです。

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    投稿日: 2007.05.21
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    西郷の渡韓を妨げるべく、伊藤が裏で奔走し、最終的に岩倉や三条により西郷の主張が拒否される。幼い頃からの盟友である大久保と西郷が、これで完全に別れることとなる。

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    投稿日: 2007.05.05
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    征韓論に燃える西郷と、着実に芽を出しつつある政府の政治対決。 初代内閣総理大臣の伊藤博文の若き時代の活躍も描かれている。 なかなかに難しい内容だ。 政治的な問題と言うのは、いつの時代も難しい。 間に人がいる限り、単純に損得や効率で動くわけではない。 それをどのように、思う方向にかじを取っていくか。 と言う視点を持って読まないと、ただの小説で終わってしまうような気がしてきた。 魅力ある人物描写がいいのだが、それが、気持ちを描いた人間ドラマとしての印象になりそうだ。 ここから得たい結果をもう少しイメージして続きを読みたい。 気がつくと読んでいるあたり、面白いんだろうけどね。

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    投稿日: 2007.02.23
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    明治革命後、新生政府の確立に奔走する幕末の志士および公家の維新物語。西郷隆盛、木戸孝允、大久保利通、伊藤博文、山県有朋その他もろもろ登場。

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    投稿日: 2005.08.10
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    2巻は征韓論で西郷隆盛と大久保利通が対立する話でした。西郷隆盛が何故征韓論を出したのか、その理由がこの本を読んで初めて分かりました。そして、大久保利通が何故征韓論に反対したのかも分かりました。そして、彼らを取り巻く他の人達もどの様に考え、動いたのか、手に取るように分かるおもしろさです。

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    投稿日: 2005.01.26
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    大久保には人間としてのおもしろみは、皆目なかった。日本人が他人を敬愛する場合、その人間の弱点の部分をむしろそれが人間味であるとして惹かれたりするが、大久保にはまるでそれがないようであり、たとえば酒でも女でも失敗することがなく、道楽といえば囲碁だけであった。 大久保の感じは福地桜痴のいう「北海の氷山」のようであり、接したひとびとは大久保にどう取りついていいのか、とほうに暮れた。とうてい大衆をうごかせる男ではなかった。(p.211) 伊藤には、政治家としての哲学性が、西郷や木戸ほどには無かった。そのぶんだけ伊藤は、魅力というほどのものを、同時代人にはむろんのこと、後世にも感じさせるところが薄い。 が、哲学性がより薄いぶんだけ、政治というおそるべき権力の戦場における作戦能力が西郷や木戸よりも高かった。(p.234) 薩摩にあっては、侍が侍がましくなるには二つのことだけが必要とされた。 死ぬべきときに死ぬことと、敵に対しては人間としてのいたわりや優しさをもちつつも、闘争にいたればこれをあくまでも倒す。 この二つである。 これ以外の要素は、薩摩の士風教育ではなされていない。学芸の教養はあればあったでいいが、必要とはされなかった。むしろそれを身につけているために議論の多い人間になったり、自分の不潔な行動の弁解の道具にしたりすることがあれば、極度に排斥された。たとえ無学であっても薩摩ではすこしも不名誉にはならない。さわやかな人格でないということが薩摩にあっては極端に不名誉なのである。(p.248)

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    投稿日: 1999.06.01