
総合評価
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powered by ブクログ伊藤博文が高杉晋作を 「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」 上海から帰国して過激な直接攘夷活動を行うようになるまで。 鎖国を辞め外国した方が良いが、 今の体制では儲けるのは徳川幕府のみ。 攘夷で外国を怒らせ戦争になれば徳川幕府と言ってる場合じゃ無くなり、天皇中心に開国するようになる
0投稿日: 2025.08.25
powered by ブクログ松下村塾の存続期間が3年だけとういうこと、そのうち高杉晋作がいた期間はたった1年であること、驚きでした。 獄中の松陰と晋作の書簡でのやりとりに、師弟の強い結びつきを感じました。 松陰が死罪になった後の描写が圧巻でした。 「この日、江戸はみごとな晴天で、富士がよくみえた」 どんな苦難も明るく乗り越えていく強靭な強さを持った、松陰の生前の姿を彷彿とさせる一文であると思いました。 主人公は、松陰から晋作へバトンタッチです。 晋作が、自分の生き方に悩んでいるときの胸の内を記したフレーズ 「真の強者の道は自分の天命を知り、みずからの運命に満足することであるかもしれない」 心に響きました。 熱血漢の晋作が、3巻以降どのように行動していくか楽しみです。
24投稿日: 2025.08.01
powered by ブクログ吉田松陰と高杉晋作。性格の違う二人の生き様がそれぞれ凄い。吉田松陰は、抱いていたイメージと違って、真面目で不器用で正直でなんだかかわいらしい人だなぁと。 その最後が呆気なくて残念でした。 高杉晋作の戦争によって世を変えようとする考え。戦争は避けるべきだと思いますが、人や社会を変えるにはある程度のショック療法が必要だとは思います。 難しい問題。次巻が楽しみです。
27投稿日: 2025.07.10
powered by ブクログ2025/4/29読了(再読) 2巻半ば、〈安政の大獄〉にて吉田松陰は刑死・退場して、高杉晋作にバトンが渡る。司馬の描く高杉晋作は、とてものこと泰平の世で普通に生きられるタイプではなく、コイツに関してはこの激動の時代に生まれてくれて良かったという感じである。しかし、現在なら確実に児童虐待でアウトな教育をされた松陰の思想を受け継ぎ、実行したのが、現在でも「コイツ甘やかされ過ぎだろ」という育てられ方をした晋作だったというのが、歴史の皮肉というのか、世の中なにがどう転んでどうなるのか判らない奇妙さというのか。当初、自分が何をしたいのか良く判っていなかった晋作君は、親に言われて結婚し(「結婚して身を固めれば落ち着くだろう」という、どら息子を持つ親が古来よりやらかす間違いを高杉家もやる。良縁だと喜んだ相手方も、まさか婿が体制崩壊を目指す革命家になろうとは思ってなかったという所が悲劇を通り越して喜劇的)、藩からは将来の執政として期待されていたが……結局は「革命家」への道を進むことを決心した所で3巻へ。
16投稿日: 2025.04.29
powered by ブクログ松陰の死からスーパーファンキーボーイ2代目高杉晋作の話。このひとちょっとサイコパスっぽいぞ。おもしろい。
0投稿日: 2023.11.04
powered by ブクログ安政の大獄で吉田松陰が死刑となり、高杉晋作の物語に。2巻は高杉晋作が攘夷を決行すべく異国人を打ち払う準備を整えるところまで。
0投稿日: 2023.08.01
powered by ブクログ吉田松陰の志と学ぶ姿勢に圧倒される。その時代の課題感に命を賭して、志を実現するために、学ぶ姿勢が目を見張る。特に命懸けの密航をしてまで外国から学ぼうとする姿が驚異的である。多くの組織が閉鎖的でタコツボ化している現代にもこのような志士が必要であり、自分がそうあれるように学びを怠ってはいけないと強く感じる。 以下、印象的なフレーズ。 ・英雄もその志を失えば、その行為は悪漢盗賊とみなされる。 ・学問とはこういう時期の透明な気持ちから発するものでなければならない。 ・死は好むべきものにあらず、同時に悪むべきものでもない。やるだけのことをやったあと心が安んずるものだが、そこがすなわち死所だ、ということである。 ・どんな小さな行動をおこすにしても、死を決意してはじめねばならない。
0投稿日: 2022.06.14
powered by ブクログどんな小さな行動を起こすにしても、死を決意してはじめなければならない 歴史を学ぶって大事やな。事実と異なる部分はあるやろうやけど昔の人が何を感じてどういう考えでどういった行動をしたのか想像は出来る。 過去日本のためを思って命を賭して活動した人達のお陰で今があると思うと感謝してこの時代も頑張らないとあかんなって思う。
0投稿日: 2022.06.12
powered by ブクログ吉田松陰先生の真っ直ぐな想いと志が伝わった。 高杉晋作さんは革命家になるきっかけを知る上海の旅路の思いが、 とてもリアルな印象でした。
0投稿日: 2022.03.20
powered by ブクログ吉田松蔭の今のままでは、ダメだ。外を見ないと。(アメリカに渡ろうとペリーの船に乗り込む)という意気込みが凄い。日本の危惧を憂い行動している。
0投稿日: 2022.01.28
powered by ブクログ松陰の「狂」晋作の「狂」。異なるものだが、それが面白い。 松陰は真正直であり、老中間部詮勝を暗殺する計画を考えただけで、結局は死罪となる。 晋作は上海視察用に藩から支給された大金を、16歳の芸者をお買い上げし、同棲し使い込んでしまう。塾仲間で品川の女郎屋土蔵相模に入り浸り、50両ものつけをこしらえる。萩一番の美人15歳を妻にもらうも、ほぼ実家に放置状態・・・と、実に女遊びが激しい。 そうこうしている間に長州はどんどん危ない方向に向かって行ってしまう。
0投稿日: 2021.11.24
powered by ブクログ第1巻は『燃えよ剣』等と比較して、ややストーリーが平坦な印象を受けたが、第2巻は激動の幕末そのものと言える内容。吉田松陰から高杉晋作へと思いは受け継がれ(と言うほど単純なものではないが)、久坂玄瑞、桂小五郎といった志士たちが次々と登場してくる。 史実である点で概ねの展開は分かるのに、目が離せないストーリー展開、吉田松陰の最期をめぐる逡巡、創作部分の描写いずれも一級品としか言いようがない。そして何より、思想に生きることと現実に生きることの相克、「攘夷」或いは「開国」の表と裏、等々、示唆に富んだ司馬史観が見事に炸裂しています。残り2巻、この作品は何処まで行くのだろう。
0投稿日: 2021.10.28
powered by ブクログ吉田松陰についての小説かと思っていたら案外あっさりと亡くなったのでビックリしたが、本作はむしろ高杉晋作を中心とした幕末志士たちの物語である。これらの人物に対しては心酔しているファンも多いが、しかし本当に有能であったかどうかは本作を読んでも評価がわかれるところだろう。もちろん将来的に明治維新が実現したことを考えると、彼ら幕末志士たちもまた「正しかった」。とはいえ、個人的に吉田松陰や高杉晋作は思想家としては正しくとも、政治家としては間違っている部分も多々あったのではないかと感じる。第2次長州征伐における戦術などは無鉄砲の極みで、たまたま成功したからよかったものの、失敗していたらいったいどうなっていたかわからない。2人が亡くなったことでむしろ明治維新が成功裡に終わったという見方すらできるかもしれない。しかし、このような不器用な存在だったからこそ、後世までその人物像に惹かれる人が続出するのだろう。
1投稿日: 2021.08.02
powered by ブクログ松蔭の死に方がもったいない。もう少し何か策があればっと思ってしまう。 今の死という考えと昔は違うから仕方がないかもしれないが。
0投稿日: 2021.06.05
powered by ブクログよくも悪くも、己の命よりも大切な物があった時代。 渋沢栄一の大河ドラマでも吉田松陰がでてきてた(安政の大獄で処刑されたってナレーションだけど)。 大河ドラマとも時代がリンクしてて、面白いです。
0投稿日: 2021.04.24
powered by ブクログ司馬遼太郎作品としてはこれが一番好き。 吉田松陰から高杉晋作へバトンタッチ。話が俄然面白くなったところで終了。
0投稿日: 2021.03.11
powered by ブクログ感想書き忘れてた。 寅次郎は人を信じすぎる、話を聞いてくれたら自分のことを理解してくれると過度に信じていたのでしょう。そして自分の思想に狂っていたのでしょう。でないと法廷で聞かれてもないのに、総理大臣暗殺クラスの陰謀を自白するようなことをしないでしょう。その純心さ、ゆえに多くの人が慕い、愛し、影響を受けて、そして自身の命をうしなってしまったのだなぁ。 晋作の出番です。
0投稿日: 2021.01.13
powered by ブクログ吉田松陰とその弟子である高杉晋作を描いた長編小説で、文庫版は全4巻。その第2巻である本書の中盤で有名な「安政の大獄」が起こり、吉田松陰が処刑されてしまう。そして、もう一人の主人公である高杉晋作がいよいよ登場する。本書で繰り返し述べられている思想家・革命家・政治家という分析は興味深いものがあった。
0投稿日: 2020.04.15
powered by ブクログペリ-率いる黒船の出現により攘夷か開国か、勤王か佐幕かの思想闘争が激しくなる。吉田松陰は師弟の金子重之助と共に、下田沖に停泊中の黒船でアメリカ渡航を目指すも失敗、国許長州で謹慎処分となる。再開された〝松下村塾〟の門下生・久坂玄瑞の紹介により高杉晋作が入門、松陰の思想に感化される。やがて、幕府による悪謀家の一掃(安政の大獄)により、江戸送りとなった松陰は、四度の吟味のすえ斬死する(享年30歳)。水戸脱藩浪士らの井伊大老暗殺事件以降、攘夷・開国に討幕運動が熾烈化するなか、高杉晋作の名が幕末史に刻まれていく。
0投稿日: 2019.12.30
powered by ブクログ本書を読むまで詳しく知らなかった吉田松陰。 漠然と政治結社のような印象を持っていた松下村塾は全然違うものだったし、切れ者と思っていた松蔭は究極なまでに無邪気だったし、またその最後も実にあっけなかったり。 この先どこかで長州の歴史に触れる機会があった時に、これらを知っていると知らないでは大違い。 まだまだ読まなければいけない本がたくさんあると痛感しています。
0投稿日: 2019.12.29
powered by ブクログ吉田松陰は育みという扱いで萩に戻され、松下村塾で細々と後進の指導をするが、そうしながら奇を持つ者を探すことが目的であった。しかし、安政の大獄で江戸へと再び呼び戻され、軽信する癖ありと自身が言ったように、取り調べの際に、言わなくていい事まで話してしまい刑は大事となり、処刑される。そこまで読み終わったタイミングでたまたま人形町のスタバにいた不肖は、その先を読み急がずに、伝馬町の十賜公園へと直行し、松蔭処刑の場所まで足を運んで冥福を祈った。 そして、後半、物語の主役は高杉晋作へと交代する。松蔭の意思を次いだ晋作は、幕府の視察団の一員として上海へ渡る。あの日本を震撼させた黒船と同様の蒸気船が、無数に停泊し水面を埋め尽くしているのを見て、晋作は大きな衝撃を受ける。こいつらと戦争をすると、百戦百敗する。そして、幕府などというものは屁のようなものかも知れないと。徳川体制を否定し、天皇を担いで日本を統一国家にもっていく開国への流れが、彼の中で確定した。
0投稿日: 2018.10.08
powered by ブクログ「あほうといえば、古今を通じてこれほどのあほうはいないであろう」純粋で楽天で人を信用しすぎる事が仇に。中盤で松陰は処刑されてしまい、高杉晋作に主人公が交代。晋作は思想的体質ではなく、直観力に優れた現実家であるとの事。
0投稿日: 2018.10.03
powered by ブクログ司馬遼太郎の名作の一つ。 幕末の長州に生まれた短命の天才高杉晋作。 「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し…。」 「おもしろき こともなき世を おもしろく」 魅力に取りつかれむさぼり読んでしまいました。
0投稿日: 2018.05.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ペリーの米国艦隊が2度目の停泊を始めて松陰がそれに乗り込もうと行動するところから高杉晋作が上海から帰国するまでの第2巻。 明るく、絶望をしらない、純粋無垢な吉田松陰に惹かれます。人を信じて託すことは相手を成長させるという好例を感じさせます。 一方の高杉晋作は3巻以降の活躍に期待です。松陰との出会いの場面、思い浮かぶ描写「高杉はなにげなくそこへ腰を降ろして、さて顔をあげると、驚いたことにまるで仏像ががんにおさめられているようなかっこうで、そこに松陰が座っていた」に思わず笑ってしまいました。 幕末の志士も多く登場して読み応えがあり、知的好奇心を満たしてくれます。
0投稿日: 2018.04.22
powered by ブクログ【感想】 幕末の錯乱した時代の流れを「長州視点」で見つめた物語。 吉田松蔭が死刑にあい、高杉晋作にバトンタッチ。 高杉晋作の幼少期から紡がれて行く本編は、この男がどういう人間なのかを非常に面白おかしく描かれている。 彼の天真爛漫っぷりは家系によるものなのだと納得。 そのくせ、藩主に対する忠誠心のみはしっかりと刻み込まれていたのだなぁ。 また、上海留学のエピソードも初めて読んだが、彼の攘夷運動の礎はこうしたところでも培われていたのかと納得。 高杉晋作の小説ではやはりこの本が1番面白い!! 【あらすじ】 狂気じみた、凄まじいまでの尊王攘夷運動。 幕末、長州藩は突如、倒幕へと暴走した。 その原点に立つ吉田松陰と弟子高杉晋作を中心に、変革期の人物群を鮮やかに描き出す長篇。 海外渡航を試みるという、大禁を犯した吉田松陰は郷里の萩郊外、松本村に蟄居させられる。 そして安政ノ大獄で、死罪に処せられるまでの、わずか三年たらずの間、粗末な小屋の塾で、高杉晋作らを相手に、松陰が細々とまき続けた小さな種は、やがて狂気じみた、すさまじいまでの勤王攘夷運動に成長し、時勢を沸騰させてゆく。 【内容まとめ】 1.吉田松蔭は安政の大獄によって死罪に処せられた。 2.2巻から主に高杉晋作が主人公。やや天狗で、誇り高く、ただ柔軟な考え方やものの見方ができる人間。 3.上海留学は国事として行なった。そこで初めて外国を見て、日本の現状や将来のあり方について道が拓けて来た。 4.坂本竜馬の「船中八策」は長井雅楽の「航海遠略策」ととても似ている。正論だが、話を展開する時勢を見誤ったかどうかの問題。 【引用】 p64~ 高杉晋作 長州藩中堅クラスの上士の家庭に一人っ子で育つ。 甘やかされる事が多く、大人の威厳や恐ろしさを知らずに育つ。 たこを踏み潰された同格の武士に土下座をさせたエピソードは、彼の中で「大人はこの程度か」と意気地の無さを肚の中で嘲笑う事につながった。 (後に父がこの武士に謝りに駆けつけたが、戻っても当の晋作自身をさほど叱らなかった) p71~ 久坂玄瑞 高杉晋作は、久坂玄瑞に対して競争心を持っていた。 幼少の頃から一つ下の久坂玄瑞には敵わないものを感じてきていた。 兄の急死などにより、元服後すぐに家業である藩医を受け継いだが、医者というものが面白くないと思っていた。 「兄が医者であったのは、それは仮の姿だ。志は天下を救うにあった。」 p78 晋作は、何事かを求めている。 その何事かというのがどういう内容のものかは自分でも分からなかったが、わずかに分かったことは、学問や学校というものが、自分の精神を戦慄高揚せしるものではないということであった。 p85 松蔭は、どうも快活すぎる。 これは天性のもので、彼の思想でも主義でもなく生まれつき。 どういう環境に落ち込んでしまっても、早速そこを自分の最も棲みやすい環境にしてしまう。 p107 高杉晋作は18歳で松下村塾に入門し、その後10年の動きが彼の存在を歴史に刻みつけた。 この若者は、若者のまま、28歳で死ぬ。 「おもしろき こともなき世を おもしろく」 上の句ができたが、下の句は息が切れて続かない。 しかし下の句など、晋作の生涯にとって不要に違いない。 歌人が「すみなすものは 心なりけり」と下の句をつけた。 p223 晋作の生い立ちには苦労というものがまったくなく、逆に甘やかされて育ち、その甘やかされたままの環境と資質を藩が大きく受け入れ、しかもゆくゆくは藩の職制のなかに彼を組み入れようとしている。 p258 ・長州藩 長井雅楽(うた)「航海遠略策」 日本はこの機会に開国し、積極的勇気を持って攻勢に出、艦船を増やし、五大州に航海し、貿易し、それによって五大州をして日本の威に服さしめ、カツイをして貢ぎ物を日本に持って来ねば相赦さぬというところまでの大方針を日本としては只今決めるべきである。 幕府も大いにこれを喜び、朝廷も感じ入り、孝明天皇も「はじめて迷雲が晴れた思いがする」とまで言った。 しかし、長井雅楽は打ち出す時期を誤った。 坂本龍馬もこの長井雅楽が打ち出した「航海遠略策」とほぼ変わらない意見の持ち主であったが、坂本は時勢の魔術師というものをどうやら天性知っていたらしく、ぎりぎりの袋小路に入り込むまでこの意見を露わにしなかった。 西郷ですら、「航海遠略策」に密かに賛同しつつも、気分としては単純攘夷家をこよなく愛して、彼らの狂気とエネルギーをもって時勢回転の原動力にしようと思っていた。 「正論では革命を起こせない。革命を起こすものは僻論(へきろん)である」 ・航海遠略策とは?(WEB引用) 条約に調印して開国したのに、今さら条約破棄をするというのは道理に反する。 航海術に長けている外国と争っても利益がない。 それならば、一度開国をして海外と交易をして国力を高めることが先決ではないか? 朝廷は攘夷の考えを改めて、海外との交易で国力を高めるように幕府に命じるべき。 p283 長井雅楽暗殺を企む高杉晋作を制止するため、上海に行かせる作戦を周布が提案。 一瞬で乗った。 「左様、夢には夢の話がいいでしょう。」 「長井ごときを殺すよりも、上海を見て日本百年の計を立てるほうが遥かに大事でしょう。」 p285~ ・上海にて 上海の使節派遣に、長州藩代表として高杉晋作も同乗。 西洋との文明・富力の質量の違いに肝を潰した。 「清はもはや死んでいる」 彼の想像力を遥かに超えていた。 そのくせ晋作にとって西洋文明は決して不愉快なものではなく、「威容」「厳烈にして広大」であると感じた。 諸般からは中牟田倉之助(佐賀藩)や五代才助]薩摩藩)など後年を代表する才覚者が集ったが、肝心の幕府は無能ばかりであった。 (幕府などは、屁のようなものかもしれん)という実感が、この留学で強くなった。 国内にいる頃は徳川幕府に対して天地そのもの、倒すことなど以ての外だと思っていたが、2つ3つの大名が集まれば朽木のように倒せるという事を、みずみずしい実感で思った。 このことが、晋作の上海ゆきの最大の収穫であった。 「攘夷。あくまでも攘夷だ。」 攘夷という狂気をもって国民的元気を盛り上げ、沸騰させ、それを持って諸藩大名たちを連合させ、その勢いで倒幕する。 常識からは革命の異常エネルギーは生まれないということを上海留学で確信した。 p301 高杉晋作が常人と大違いに違っているところは、上海で西洋文明の壮観を見て型通りに開国主義者にならなかったところであった。 彼は上海留学によって「西洋」に圧倒され、内心それを激しく好んだ。 が、彼はそういう自分はわざと偽装し、上海ゆき以前よりも激しい攘夷論を説いた。 「戦争だ。」 「負けやせん」 民族そのものを賭けものにするという、きわめて危険な賭博だった。 だが、侍階級だけでなく農工商も入れれば、遠海から渡来する外国人の数を大いに上回れる! p308 「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」 p309 俺は生涯、「困った」という言葉を吐いた事がない。 というのが晋作の晩年の自慢だったが、この戦略家は常に壁にぶつかった。 が、ぶつかる前にすでに活路を見出し、ときに桂馬が跳ねるように意外なところへ飛んで行く。
9投稿日: 2018.02.06
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
松下村塾の頭吉田松陰から幕末攘夷運動の先駆けとなった高杉晋作へと主役が交代する。松陰は理詰めで攘夷論を唱えたのに対し、晋作は外(外国)を見て、徳川幕府の倒幕、攘夷を決意する。また晋作は戦いを起こし新しい秩序を作ろうとする俗にいう「破壊者」なのかなと読んでいて感じた。この辺は封建制から近代にどのようにして移り変わったのか自分の中でとても興味深い所である。引き続き、物語の続きを読んでいきたいと思う。
0投稿日: 2017.09.23
powered by ブクログ上海行きの幕府の人選が謎だ。「菜の花の沖」での蝦夷経営の時と随分違う印象。 高杉晋作が革命思想に目覚めていく様が面白い。
0投稿日: 2017.08.06
powered by ブクログ吉田松陰が主人公かと思って読んできたのに、この2巻の途中で松陰が死んでしまう。言われてみたら安政の大獄だ。って歴史で学んだ出来事の意味合いを改めて考えてみる。 松陰亡き後はその門下の高杉晋作を中心に描かれる。2巻ではいかに革命家になっていったか。
0投稿日: 2017.04.30
powered by ブクログp.156 訊問する奉行たちに対して松陰 いまこそこの幕吏たちに日本国がいかに危ういかを説き、今後どうすればよいかを説くべきだとおもった。それには自分のいままでやってきたことを彼等におしえてやらねばならない。自分自身が赤裸々にならなければ相手の心をうつことができない、というのが松陰の平素の信条であった。
0投稿日: 2017.02.27
powered by ブクログ松陰は高杉の詩文集を熱心に読んだ。 時間が容赦なくたった。 やがて顔を上げ最初に言った言葉は高杉が終生忘れられぬところであった。 久坂君の方が優れています。
0投稿日: 2016.09.04
powered by ブクログペリー来航、安政の大獄、そして吉田松陰の処刑。途中で主人公は高杉晋作にスイッチする第2巻。 覚悟の死を遂げた吉田松陰の跡をつぐのが高杉晋作。2人はともに家族からも長州藩からも一目置かれた天才肌。自分の中で理想を生み出し、他人に説明することなく、その理想に向けてまっしぐら。現実としてみれば、ずいぶんとめんどくさい人たちで、「狂人」なのかもしれない。しかし、幕末の混乱期では、非常識も一つの武器だ。 それにしても、高杉晋作の戦争愛はかなり過激。長州藩どころか日本を戦争に巻き込み、敗北の中から新しい世の中を作ろうとする。これって、テロ原理主義だろう。その結果、晋作は武士階級にこだわらずに兵士を募集し、傭兵軍団の奇兵隊を作り出す。 発想が現代のイスラム国とよく似ている気がする。が、司馬遼太郎が描く高杉晋作にはテロリスト的な性格はなく、男気のある理想家だ。これぞ司馬史観。
0投稿日: 2016.06.24
powered by ブクログ狂気。これが一つのキーワード。思想を純化するには狂信するほどで無くてはならない。松下村塾における久坂、高杉が維新の大勲に至らなかったのも歴史の必然に感ず。おもしろき事も無き世をおもしろく。
0投稿日: 2016.06.19
powered by ブクログ1,2巻は、松陰について書かれています。3,4巻は、高杉晋作と革命...。息もつかず読んでしまう本です。
0投稿日: 2016.04.30
powered by ブクログ吉田松陰が死に狂気の後継者として高杉晋作が動き出す。革命とは、第一に理想を掲げる者がいて、第二に驚異的な行動力でその理想を実行するものが出てきて、第三に現実的にそれをならす者が出てくる。そして往々にして第一、第二の人物は非業の死を遂げるという話しになるほどなと思う。吉田松陰の狂気の思想を狂気の行動で動かしていこうとする高杉晋作。第3巻でどこまでイカれてくるのか、すごく楽しみである。
1投稿日: 2016.01.09
powered by ブクログ大河ドラマ「花燃ゆ」があったので、僕にとって人生何度目かの再読。吉田松陰と高杉晋作の波乱万丈な一生の物語を通して、人にはそれぞれ時代の中で為すべき役割があって、寿命の長短は人それぞれあるけど、その中で精一杯生きないといけないんだ、と思わせてくれる。かなりフィクションなのだろうけど、幕末の志士達が活躍してくれたから今の時代があるのだということを忘れてはいけないと思う。
0投稿日: 2016.01.03
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
日本は、この列島の地理的環境という、ただひとつの原因のために、ヨーロッパにはない、きわめて特異な政治的緊張が起こる。外交問題がそのまま内政問題に変化し、それがために国内に火の出るような争乱が起こり、廟堂(政府)と在野とが対立する。廟堂とは体制のことであり、外交を現実主義的に処理しようとする。野はつねに外交について現実的ではない。現実的であることを蔑視し、きわめて抽象的な思念で危機世界を作り上げ、狂気の運動をくりひろげる。幕末は維新のぎりぎりまで型に終始した。この他国にとってふしぎな型を理解するには、日本の地理的環境にかぎをもとめる以外になぞの解きようがない。 幕威のこの急速なおとろえは、嘉永6年ペリーがきたときからのことで、この節目の明瞭さも、この国の特殊な地理学的理由に根ざしている。ペリーで代表される外圧さえなければ、幕府の権力生理の寿命はあと半世紀はたっぷり保ったであろう。 が、この列島の上にある権力は、外圧という水平線の向こうからくる、怪物によって左右される。この国のひとびとの地理的特殊心理は、水平線のかなたの外国を、その実体を実体として見ることができず、真夏の入道雲のように奇怪な、いわば恐怖を通しての像か、それとも逆に甘美な、いわば幸福と理想を造形化したような幻像としてしかうつらない。戦慄と陶酔はつねに水平線のかなたにある。 松陰は革命のなにものかを知っていたにちがいない。革命の初動期は詩人的な予言者があらわれ、「偏癖」の言動をとって世から追いつめられ、かならず非業に死ぬ。松陰がそれにあたるであろう。革命の中期には卓抜な行動家があらわれ。奇策縦横の行動をもって雷電風雨のような行動をとる。高杉晋作、坂本竜馬らがそれに相当し、この危険な事業家もまた多くは死ぬ。それらの果実を採って先駆者の理想を容赦なくすて、処理可能なかたちで革命の世をつくり、大いに栄達するのが、処理家たちのしごとである。伊藤博文がそれにあたる。松陰の松下村塾は世界史的な例からみてもきわめてまれなことに、その三種類の人間群をそなえることができた。ついでながら薩摩藩における右の第一期のひとは島津斉彬である。第二期人が西郷隆盛であったが、かれは死なずに維新を迎えた。それだけに「理想」が多分にありすぎ、第三期の処理家たちにまじわって政権をつくるしごとができず、十年後に反乱し、幕末に死ぬべき死をやっと遂げた。「十年待て」と、松陰が高杉にすすめたのは、高杉を第二期の人たらしめようとしているようであり、その点でかれの高杉へのこの垂訓はきわめて予言性が高い。 人間は本来猛獣であるのかどうかはわからないが、多少の猛獣性はあるであろう。しかしその社会が発生してからというものは、社会を組むことによって食物を得、食物を得るために社会をもち、それを維持し、さらにまたその秩序に適合するように人間たがいがたがいを馴致し合ってきた。そのなかでもっともよく馴致された人間を好人物としてきたことは、どの人種のどの社会でもかわらない。高杉小忠太は人間の猛獣性を「剛気」とよぶ。その「剛気がもし平均以上に過量になったばあいはそれをおさえねばならぬ。おさえるのが人の道である。おさえるために学問(倫理)というものがある」と、いう。そういう人物が尊い、と小忠太は言いつづける。あるいはそうであろう。平均的人間がときに猛獣になるのは社会が餓えたときだが、社会が餓えないかぎりその社会の秩序に従順で、従順であることがその社会の維持と繁栄に役立ち、小忠太のいう「中庸的人物こそ偉大である」ということになるであろう。しかし、「日本はいま、外圧のためにこわれようとしている」と師の松陰が説いた社会の滅亡を予言する危機思想からみれば、小忠太の思想は「俗論」になる。晋作も父は俗論家だとおもっている。 思想というのは要するに論理化された夢想または空想であり、本来はまぼろしである。それを信じ、それをかつぎ、そのまぼろしを実現しようという狂信狂態の徒(信徒もまた、思想的体質者であろう)が出てはじめて虹のようなあざやかさを示す。思想が思想になるにはそれを神体のようにかつぎあげてわめきまわる物狂いの徒が必要なのであり、松陰の弟子では久坂玄瑞がそういう体質をもっていた。要は、体質なのである。松陰が「久坂こそ自分の後継者」とおもっていたのはその体質を見抜いていたからであろう。思想を受容する者は、狂信しなければ思想をうけとめることはできない。 が、高杉晋作という人物のおかしさは、かれが狂信徒の体質をまるでもっていなかったことである。このことは、松陰の炯眼がすでに見抜いていた。「君らはだめだ、なぜならば思想に殉ずることができない。結局はこの世で手柄をするだけの男だ」と、あるとき松陰は、絶望的な状況下でその門人たちを生涯に一度だけののしったが、おそらく松陰はとくに高杉をめざして言ったのであろう。晋作は思想的体質でなく、直感力にすぐれた現実家なのである。現実家は思想家とちがい、現実を無理なく見る。思想家はつねに思想に酩酊していなければならないが、現実家はつねに醒めている。というより思想というアルコールに酔えないたちなのである。 天皇とその公卿団が、時勢のなかに大きく登場してきた。ところが当の天皇と公卿団はなんの政治訓練もなく、知識も情報ももっていなかったために、西洋人といえば牛馬同然の獣類で、きわめて汚れた存在であり、悪心だけをもっているというただそれだけの認識をもっていた。とくに孝明帝はひどかった。帝は愚人ではなかったであろう。しかしその世界認識は山奥の神主とかわらず、「神州の聖域にそういう者を入れては、皇祖皇宗になんとおわびしていいかわからない」と、ただそれだけを言いつづけた。帝の恐怖の述懐が、やがれそれを洩れきいた側近の公卿の手で、「勅諚」というおもおもしい形に変えられ、公卿の手を通じて、京に群れている勤王攘夷志士のあいだに手渡された。かれら志士たちの正義の巨大な背景は孝明帝であり、さらにその帝の本質はといえば、無知と恐怖であった。しかし、革命期のエネルギーは、敵方に対する理解からうまれるのではなく、無知と恐怖からうまれるものであろう。
0投稿日: 2015.12.03
powered by ブクログ松陰と晋作の生き様があまりにも対称的。俗を超越し禅的境地を貫く松陰に対し、精豪絶倫で大胆行動派の晋作。しかし一見対称的に見えてその根底には「狂」という共通キーワードが存在する。松陰がその思想を唱え、晋作は体質的に受け継いだ。そしてその力は「攘夷」という日本の舵取り論にまで発展。いまにして思えば、長州とは、なんともぶっとんだ藩であったこと。
1投稿日: 2015.11.29
powered by ブクログ松陰の純度の高い思想は、革命という目標・大義を与えるには十分な働きをしたが、現実には即していなかった。どんな偉大な人物でも自分だけでは、大業を為すことは難しいのだと感じた。著者はその点を浮き彫りに記述しており、それによって高杉晋作という人物を華やかたらしめようとしていると考える。
1投稿日: 2015.08.23
powered by ブクログ松蔭先生が江戸に送られて処刑。 物語の主人公は、高杉 晋作に移ってゆきます。 まだ若干20歳過ぎのこの若者ですが、現在では歴史上に大きな足跡を残しているしその名を知らない人はあまりいないと思います。 ですがこの2巻では意外にも、彼は人生について迷い苦しんでいる様子が描かれています。自分には何が向いているのかと思案し色々な事をやってみるのですが、どうもしっくりこない。そんなモヤモヤした想いを抱いて日々を過していく姿は、この幕末の時代に生きた若者も2015年を生きている若者も同じで共感します。 暗中模索で毎日を過したこの若者は、ふとしたきっかけで上海に行く事になりますがここが彼の人生のターニングポイントだったのでしょう。 この洋行をきっかけに、彼は自分の人生でやるべき事が次第にかたまってゆきます(どういう事なのかはネタバレになるので、差し控えますが) そして、あの嵐のような幕末の動乱期に彼は身を投じてゆくのですがそれは3巻に続くので、引き続き読み進めていく予定です。
0投稿日: 2015.07.17
powered by ブクログ吉田松陰の純朴さに何やら日本社会特有の陶酔的自己満足が見え隠れするような気がするのは当方だけかな? 当時の日本人は好奇心の強い民族との評価も併せて、この作家の巧妙とも言える主張は色んな意味で魅惑的ではあります。
0投稿日: 2015.05.31
powered by ブクログ松蔭はここで安政の大獄で処刑されてしまう。その後を久坂と高杉が活躍するが、おしまいからはどうも高杉晋作が主人公のようだ。
0投稿日: 2015.04.04
powered by ブクログ(2015.01.20読了)(2013.06.15購入) 【杉文とその周辺】 1854年のペリーの米国艦隊の日本への再訪から1862年の晋作の上海洋行あたりまでが書かれています。 松陰は、密航を企て、ペリーに拒否されると、奉行所に自首して罪人となった。 江戸で裁かれ、長州萩に送られた。 野山獄でしばらく過ごしたのち、自宅蟄居となった。 そこに門弟を集め、松下村塾をはじめた。多くの塾生と共に学んですごした。 松下村塾の存続期間は三年。(120頁) 安政の大獄に連座した梅田雲浜との関係を問われ、江戸送りとなったが、自ら罪を被り、刑死した。 松陰の死後は、高杉晋作を中心として、話が進められます。 妻のお雅さんのはなしとか、長州の航海練習船丙辰丸に乗る話とか、信州松代に佐久間象山をたずねる話、最後は、上海へ行く話です。 【目次】 死への道 下田 必敗 奇妙人 晋作 久坂玄瑞 野山 村塾 奇士 村塾の人々 空の青 評定所 二十七日、晴 お雅 雪の夜 航海 信州松代 福と狂 毛利敬親 長井雅楽 暗殺 長州人 上海にて 戦争と革命 ●松陰(14頁) かれ(松陰)は、その性格の欠陥とさえいえるほどに現実の世の中での立身を望まなかったが、しかし死後の功名には執着した。現実にあっても一番槍、一番駈けといったたぐいの功名はどうも欲しかったらしい。 ●知識欲(43頁) 「この事件(松陰の密航)は、日本人というものがいかに強い知識欲をもっているかということの証拠として非常に興味がある。かれらは知識をひろくしたいというただそれだけのために、国法を犯し、死の危険を辞さなかった。日本人は確かにものを知りたがる市民である」 ●「講孟余話」(80頁) 松陰はこの書において「孟子」を語るよりもむしろかれの勤王思想というこの当時の危険思想を語ろうとした。松陰に言わせれば日本の中心は天皇であり、幕府ではない。さらに日本人たるものは大名から庶民に至るまで天皇の臣であり、将軍の臣ではない、という幕府がこれを知れば飛び上がっておどろくであろう思想を述べた。 ●高須久子(90頁) 「罪は姦淫でございます」 と、武家言葉でわるびれずにいった。高須久子は三十前で後家になった。そのあと一、二度男出入りがあったために親類一同が協議のすえ、藩にたのんで彼女を五年の刑ということで入牢させた。封建時代の士分社会ではこういう委託刑といったようなことがある。そのかわり食費その他は、親類持ちである。 ●奥州人江幡五郎のために(101頁) 「古来、日本で友人のために死のうとした者がひとりでもいたか。義卿(松陰の字)をもってそういう日本人の最初の人物とする。英雄乎非英雄乎などを吉田寅次郎において論ずるのは愚だ。かれは誠実ということにおいて人間ばなれのした人物であり、かれみずからの志もそこにある。」 ●安政の大獄(153頁) 松陰の答えは明瞭で、なにも密談などはしませぬ、梅田(雲浜)は以前江戸で一度会った旧知であり、かれは萩にきたついでに拙者方に一応のあいさつに参っただけでござる、その時学問の話や禅の話などをしました、とすらすら答えた。 ●善のみ(156頁) 「余は人の悪を察すること能わず、ただ人の善のみを知る」 ●思想(199頁) 思想とは本来、人間が考え出した最大の虚構―大うそ―であろう。松陰は思想家であった。 ●狂(229頁) 「ものごとの原理性に忠実である以上、その行動は狂たらざるをえない」 ●強者の道(231頁) 真の強者の道は自分の天命を知り、自らの運命に満足することであるかもしれない、というものであった。 ●桂小五郎(233頁) 桂には思慮深さと同志に対する親切心があり、その点人望があったが、しかしみずから時代の局面をひらくという創造的才能を持っておらず、その点では松陰の気に入りであった久坂玄瑞も同様であった。 ●上海(285頁) 文久二(1862)年の初夏、高杉晋作は海をわたって上海へ「洋行」した。 ●貿易調査(287頁) 上海への使節派遣というのは、貿易調査が目的であった。幕府はすでに諸外国と通商条約を結んでおり、それをやがては実行しなければならない。ところが港をひらいて貿易をするについてどういう貿易実務をすべきかがわからず、それを上海において見学しようというのである。 ●西洋文明の正体(292頁) 西洋文明の正体というのは道具である、と思った。そのモトは、どうやら数学だと、思った。 ●公的政府(303頁) 上海での晋作の実感は、 ―日本に公的政府を作るべきだ。 ということであった。それには、天皇家をかつぎだすことであった。 ☆関連図書(既読) 「花燃ゆ(一)」大島里美・宮村優子作・五十嵐佳子著、NHK出版、2014.11.25 「世に棲む日日(1)」司馬遼太郎著、文春文庫、2003.03.10 「吉田松陰」奈良本辰也著、岩波新書、1951.01.20 「吉田松陰」古川薫著、光文社文庫、1989.06.20 「吉田松陰の東北紀行」滝沢洋之著、歴史春秋出版、1992.12.25 (2015年3月24日・記) (「BOOK」データベースより)amazon 海外渡航を試みるという、大禁を犯した吉田松陰は郷里の萩郊外、松本村に蟄居させられる。そして安政ノ大獄で、死罪に処せられるまでの、わずか三年たらずの間、粗末な小屋の塾で、高杉晋作らを相手に、松陰が細々とまき続けた小さな種は、やがて狂気じみた、すさまじいまでの勤王攘夷運動に成長し、時勢を沸騰させてゆく。
1投稿日: 2015.03.24
powered by ブクログ晋作が新妻に、自分の家では、必ず、江戸に足を向けて布団をしくと語る話が出てくる。 私にとって、長州藩を舞台にした大河ドラマは、今でも「花神」だけど、そのシーンがあったのを思い出した。
0投稿日: 2015.03.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
前半まで松陰ベースで後半は完全に高杉晋作。 高杉は松陰のことを尊敬していて、松陰もなんやかんやで高杉が好きなんだなぁとは思ったけど、高杉が松陰の何を学んだか全く分からなかった。松陰は獄の中で思想を語り、様々な人を虜にした場面は爽快だったけど、いまいちどの辺がすごい人か伝わりにくいと思う。 その点高杉は前半うじうじ悩んでいたわりに上海に行ってからは人が変わったように活動的になったので、3巻での活躍が楽しみでならない。
0投稿日: 2015.03.10
powered by ブクログ解っていたと思っていた松陰という人物、再読して改めて解らなくなった。 松陰最後の場面、すっと遠景になってしまったような印象。 そして一転、高杉晋作の嫁取りの話に替わる。 司馬先生も松陰を殺すのに忍びなかったのかな。
0投稿日: 2015.01.31
powered by ブクログ松陰先生が思ったよりもあっさり亡くなり、高杉晋作が頭角を現しはじめる。とはいえ、自らの方向性を探って見つけたところで終わっているため、彼の本番は3巻以降なのだろう。2巻の時点で既に高杉の魅力にやられつつあるので3巻以降を読むのが楽しみなような怖いようなそんな気持ちでいっぱいです。
1投稿日: 2015.01.26
powered by ブクログ巻(二)はペリーの2回目の来航時の吉田松陰の密航の企てから、高杉晋作の上海洋行まで、怒涛の如く進みます。松陰は公のため、黒船に乗り込み夷国の国を目指しますが、ペリーは開始早々の幕府に対する友好を重んじて、松陰の願いを拒否します。密航に失敗した松陰は自ら縛につきます。その後、松陰は萩の自宅に謹慎となり、そこで松陰は松下村塾(松本村の塾の意味)にて身分に関わらず、無償にて子弟を教えます。この松下村塾の子弟が長州と日本を変革して行く原動力となります。松陰が弟子の第一と見たのは久坂玄瑞。大河ドラマの主人公の文を夫婦にさせたのは松陰です。小説では、松陰が久坂を見込んで義弟にしたようです。そして松下村塾に高杉晋作が登場します。ここからは、作品の主人公は晋作になります。井伊直弼の安政の大獄により、再び江戸で入牢した松陰はそのまま死罪になります。晋作は幕府を利する長州藩の長井雅楽の暗殺を計画しますが、長州藩の大人な計略により、幕府の上海洋行に随行することになります。ここで晋作は師の松陰が見ることが出来なかった西洋の力を実感し、攘夷が不可能であることを悟ります。と同時に幕府では西洋に対抗できないため倒幕を決意します。晋作はこのため尊皇攘夷をスローガンに掲げて倒幕を行い、心の内は開国により富国強兵を計って西洋に対抗すべきであるとの結論に至ります。巻(三)に続く
0投稿日: 2015.01.20世に棲む日日(二)
前半は吉田松陰が主人公。松下村塾での久坂玄瑞達とのエピソードを、もう少し読みたかった気も。松陰が刑死されてからは高杉晋作が後を継ぐ。上海視察から脱藩するまでだが、この作品が偉人伝ではなく幕末のルポのような構成なので、松陰も晋作も英雄というよりは、時代の寵児としての生き様を客観的に描かれている。
0投稿日: 2015.01.07
powered by ブクログ吉田松陰と高杉晋作との関わりはなかなか面白い。2巻からは高杉晋作が台頭していく様が描かれており、司馬遼太郎さんが書いているようにやはり歴史に名を残す人です。
0投稿日: 2014.12.25
powered by ブクログ松蔭は、外国の脅威を退け、国をまとめるべく尊王攘夷・倒幕の理論を打ち立てる。人を疑わない性格のため幕府の奉行にもその考えを漏らし、結果、安政の大獄で命を落とす。松下村塾で松蔭の教えを得た若者達が維新の主役になりつつあるが、長州におけるリーダーが久坂と高杉である。過激な行動をとる志士の中でも高杉がその筆頭として台頭してくる。坂本龍馬、西郷隆盛を主人公に描かれたものと、長州志士の視点で書かれたもので、史実の捉え方が異なる点が面白い。
0投稿日: 2014.12.21
powered by ブクログ吉田松蔭とはこういう人だったか。 新選組の小説によく敵側として名が上がるが、よく知らないまま読んでいた。 知れば知るほど凄いのか変な人なのか分からないが、それが松蔭なのだろう。 この本では途中から高杉晋作がメインとなるが、これもまた名前程度しか知らなかったが、知れば知るほど興味が湧いた。 高杉晋作の活躍は次巻からメインとなるだろうから、次巻を読むのが楽しみだ
0投稿日: 2014.12.03
powered by ブクログ吉田松陰が刑に斃れた。生殖により血(DNA)は継承されるが、教育により知(知識、知恵)は継承される。 「教師無報酬論」 そして、その知を継承した高杉晋作が現れる。 「おもしろきこともなき世をおもしろく」
0投稿日: 2014.07.28
powered by ブクログ吉田松陰 明朗快活。 死を恐れぬ覚悟が 出来ていた。 死罪になろうとも 我が信条に基づいて、わが道をゆく。 吉田松陰は言う 『私は志を立てて以来、万死を覚悟する事を持って自分の思念と行動の分としております。 いま死をおそれては私の半生は無に等しくなります。』 人に対して 信じやすい事が 自らの命さえ縮めた。 司馬遼太郎も 呆れるくらいなのだ。 『アホ』とさえいっている。 『松蔭は語りはじめた。やがて奉行以下がぼう然となるほどの正直さで、かれがやったり企てたりした反幕府活動のいっさいを語った。 あほうといえば、古今を通じてこれほどのあほうはいないであろう。』と司馬遼太郎は言う。 安政6年10月27日(1859年11月21日) その日は晴天だった。松蔭は死んだ。まだ29歳だった。 そして、物語は 高杉晋作が継ぐ。 高級武士の子で、何をしたらいいのか よくわからなかった。 書かれている 高杉晋作のイメージは ずいぶん違ったものだった。 しかし、面白いオトコである。 上海に行き 人生が根底から代わり 吉田松陰の 思想を 革命に発展させる。 すごいね。
0投稿日: 2014.07.22
powered by ブクログ自分の身は顧みず、世の中のためになることを命をかけてやる、という精神が今の日本には欠けてる気がする。特に政治家。
0投稿日: 2014.04.20
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
いよいよ主役が高杉晋作に移りゆく巻。吉田松陰とはここでお別れです。盛り上がってきた所で次巻に続きます。
0投稿日: 2014.04.09
powered by ブクログ米国密航未遂罪で投獄の身となった松陰。 東京の伝馬町、山口の萩へと禁獄された後、藩命により自宅禁錮となるも幕府に刃向く危険人物として再び江戸へ鑑送令が下り遂に死罪が宣告されるのです。 2巻より長州の革命家、高杉晋作が登場。 亡き師のイデオロギーを継承し、後の過激派と呼ばれる長州藩の鎖国攘夷主義のリーダー的存在へとのし上がって行きます。 動乱の幕開け…面白くなってきました!!!
0投稿日: 2014.03.20
powered by ブクログあっという間に第2巻も読了。主人公の吉田松陰が行動的過ぎて、一箇所に長く留まるタイプではないので、話の展開が速くて飽きさせない。が、この作品は全4巻で吉田松陰はこの第2巻の半分くらいで刑死してしまう。吉田松陰をじっくり描いたら、それこそ「竜馬がゆく」くらいのボリュームはいけそうな気がする。そのくらい、行動力が凄い。 が、あれよこれよという間に、いつの間にか刑死させられる。密航を企てた、老中暗殺を企てたという濡れ衣を着せられた、というだけで、20代の貴重な時間を犯罪者として獄に繋がれてしまい、あっけなく刑死。享年29歳。いったい、彼は何がやりたかったのだろう?、という疑問が残る。思想家として多くの格言や教えを遺したらしいが、この書ではそれらには触れず。間が悪いものの、全然へこたれない楽天家という描かれ方だった。松下村塾といっても、実際は叔父が開いたもので、彼が教鞭を振るったのはわずか2年間。が、彼のイデオロギーは、多くの若者に受け継がれていく。 その代表格が、後半の主人公である高杉晋作。彼のことを好きな日本史ファンは多い。私も2010年大河ドラマ「龍馬伝」を観て伊勢谷友介演じる高杉晋作がむちゃくちゃ格好良く(福山雅治演じる坂本龍馬や谷原章介演じる木戸孝允よりも、ずっと格好良かった)、魅せられてしまったものだ。が、この巻の高杉はまだ駆け出し時代。師匠の吉田松陰からも、一つ下の久坂玄瑞の方が見込みありと評されており、あまり冴えない良いところのお坊ちゃん。彼がどう成長していくか、次巻以降が楽しみだ。 興味深かった点を引用したい。 「神奈川や開くにせよ、箱館、兵庫を開くにせよ、全て天領の地を開市場とし、その利益は幕府が吸い上げ、諸藩には対外貿易を許さない。例えば、長州の下関港、薩摩の鹿児島港を開かせてその利潤を諸藩のものにさせるというなら、幕末の開国・攘夷論は大いに違ったかたちになったに相違なかった。開国に伴う儲けは幕府で、開国に伴う物価高は諸藩がひっ被るというのでは、幕府はいよいよ富み、諸藩はいよいよ痩せ衰えるばかりである。」 →なるほど、攘夷や倒幕にはこうした経済的事情が潜んでいたのか。こうして見ると、経済が世の中や歴史を変える動力になることがよく理解出来る。
0投稿日: 2014.02.22
powered by ブクログ吉田松陰の処刑と、高杉晋作が革命家として世に出るまでを描く第二巻。 上流階級出身で、藩でも出世コースを歩んでいた晋作だが、人事異動をきっかけに、自身と藩の運命を大きく変える革命への道を歩みだす。ここには、人生における逆らいがたい流れも感じるが、同時に晋作の内面に潜む性質がそれを長く待ち続け、呼び込んだともいえる。 久坂、桂、伊藤など維新でおなじみの人々も登場し、時代と物語が動き出す。
0投稿日: 2013.12.31
powered by ブクログ孔子 朝に道を聞いて 夕に死すとも可なり 「それと同じだ。我々は遠からず死罪になる。今の読書こそ、功利を排した真の学問である。学問とはこういう時期の透明な気持ちから発するものでなければならないのだ。」
0投稿日: 2013.12.20
powered by ブクログ吉田松陰と高杉晋作を中心に書かれた幕末を舞台にした歴史小説。全体を通して、松陰の弟子を1人の人間として尊重し、絆を大切にする姿勢に感服です。会社も教育現場も、何らかのコミュニティの上に立つ人に必要なものではないでしょうか。
0投稿日: 2013.10.07
powered by ブクログ吉田松陰の死や人生ってその当時においてはそこまで大きな出来事ではなかったんだなーと思ったけど、どうなんだろ?だってなんか大したことしてないのに、安政の大獄でとりあえずみんなぶちこめ死刑のうちの1人という感じ、、、
0投稿日: 2013.09.23
powered by ブクログ吉田松陰の生きざまがかっこいい。 吉田松陰の教育者である玉木文之進もいい。滅私奉公。私人である前に公人であるということ。世間に尽くす。 松陰のポジティブさに惹かれる。失敗したら、そこまでの運だったということ。 失敗したら、次を考えると言うこと。行動力。思想。狂。
0投稿日: 2013.09.20
powered by ブクログ己の正義のために命も辞さない松陰先生は狂気ともいえるが獄中で相互教育を始めるあたり天性の教育者といえる。
0投稿日: 2013.08.29
powered by ブクログ当時の長州という藩の特殊性や吉田松陰という人のこの時代の自分の果たすべき役割を地理的にも時間的にも大きな視点で信じ、生き抜いたことに驚嘆します。 以下抜き書き 「自分自身が赤裸々にならなければ相手の心をうつことができない、というのが、松陰の平素の信条であった。」 「松陰は革命のなにものかを知っていたにちがいない。革命の初動期は詩人的な予言者があらわれ、「偏癖」の言動をとって世からおいつめられ、かならず非業に死ぬ。松陰がそれにあたるであろう。革命の中期には卓抜な行動家があらわれ、奇策縦横の行動をもって雷電風雨のような行動をとる。高杉晋作、坂本竜馬らがそれに相当し、この危険な事業家もまた多くは死ぬ。それらの果実を採って先駆者の理想を容赦なくすて、処理可能なかたちで革命の世をつくり、大いに栄達するのが、処理家たちのしごとである。伊藤博文がそれにあたる。」 「松陰は晩年、 「思想を維持する精神は、狂気でなければならない」 と、ついに思想の本質を悟るにいたった。思想という虚構は、正気のままでは単なる幻想であり、大うそにしかすぎないが、それを狂気によって維持するとき、はじめて世をうごかす実体になりうるということを、松陰は知ったらしい。」
0投稿日: 2013.06.26
powered by ブクログ革命の初動期は詩人的な予言者があらわれ、かならず非業に死ぬ。 革命の中期には卓抜な行動家があらわれ、この危険な事業家もまた多くは死ぬ。 それらの果実を採って先駆者の理想を容姿なくすて、処理可能なかたちで革命の世をつくるのが、処理家たちのしごとである。 革命の初動期から中期へ。吉田松蔭から、高杉晋作へ、狂気は伝播し革命は進む。
0投稿日: 2013.05.29
powered by ブクログ高杉晋作へバトンタッチ。高杉さんは「おぼっちゃま」だったんですねぇ。などなど、他の志士のみなさんや、藩そのものの背景がよくわかる巻でした。
0投稿日: 2013.05.22
powered by ブクログいよいよ高杉晋作が表舞台に出てくる。自分が何をなすべきか、できるのか悩み続けてきた晋作が倒幕というキーワードで自分の居場所を見つけていく。
0投稿日: 2013.05.18
powered by ブクログ野山獄での囚人とのやりとり、 松下村塾での塾生とのやりとり、 松蔭の人としての温かさに感動しました。 思想においては、 自分の命を超越してしまっていて、 狂によって悟った人だったのだなと認識しました。 萩にいって、 松下村塾跡地を尋ねようと思いました。
0投稿日: 2013.04.26
powered by ブクログ「海の向こう側の世界」への渇望または恐怖。時にそれが日本の歴史を動かしてきた。黒船による密航を企てた末、刑死した松陰。松陰の「狂気」の継承者、高杉晋作は上海へ渡航。外の世界を、西洋列強の技術と経済の力を自分の目で見たことが、高杉に革命のビジョンをもたらす。
0投稿日: 2013.04.22
powered by ブクログ中ほどで吉田松陰が刑死 高杉晋作が上海から帰ってくるまで 14 死後の功名に執着した松陰。囚人駕籠に名前貼札要求 90 高須久子、親族の委託で入牢。罪は姦淫。食費など親類持ち 123 富岡先生、囚人仲間の富永有隣がモデル。偏屈男 129 伊藤博文、政治閥としての松下村塾に恩恵。師弟としてはいまひとつ 137 絵がうまかった亀太郎 162 革命、詩人的予言者(松陰=非業の死)→卓抜な行動家(竜馬、高杉晋作=多くは死ぬ)→実務的な処理化(伊藤博文) 西郷は第二期の人、実務的な処理化の間ではうまく行動できなかった 156 正直者の「あほう」 自分の罪状をおおいに述べる 167 死罪ではなさそう?暗い予感ができない 176 情報は人の歩く早さでしか伝わらない 195 江戸に足を向けるための西枕? 213 松陰のタバコ嫌い 233 長州藩は攘夷の卸問屋。安政の大獄で引き下がった水戸藩に代わった 242 天皇家と毛利家(江家、ごうけ) 264 内外に大宣伝してから実行する、長州人 278 議論好きの長州人。大将がいない。せいぜい兄貴 大みこしを作らない 薩摩人は「ぎ(理屈)を言うな」で、まず親分を作る。 親分の判断で死地にもとびこむ 独歩と富永有隣との対話、125 川を渡って松下村塾に向かうシーンとか 萩を歩いた後だと実感できる 旅行してよかった 野山獄を見る時間がなかったのは残念 松陰の墓の近くの銅像 跪いているのは金子重之助 百姓身分のため扱い悪く、牢屋も岩倉獄。 この辺の話は88ページ
0投稿日: 2013.03.12
powered by ブクログ晋作は女の長襦袢に手を突っ込み、素早く女の子の最も敏感な部分をむしり取ると、 それを口に入れ食ってしまう 「食われてしまった」と思うと、彼女は表情を変え、泣き出してしまう 晋作はそんな彼女の肩を二本の箸さきでおさえ 「あれは、刺身だ」 と落ちついた声でおしえてやった これは長州ジョーク? 比喩なのか、本当に赤身魚のカケラなのか アソコをちねっただけなのか 司馬遼太郎の創作だろうけど、 出張の多い昔の侍は、こうやって割礼を施すことがあったという前提の冗談なのかな すごくおもしろいけど、女はまずドン引き
0投稿日: 2013.02.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
≪この若者は、つねに失敗をするために懸命の努力をしている。 が、ときに小さな幸運もおとずれる。≫ かれの性格について、仲間たちがみな驚嘆するところは、かれがつねに赤裸々で自分についてすこしも誇張せず、しかも非常な謙遜家であることであったが、しかし一個人の性格のなかにも人間は矛盾にみちている。謙遜家であると同比重でかれは強烈な自尊心のもちぬしであった。 このとき、熊本人永鳥三平は不意に、 「勇鋭力前は、吉田君の長所なのだ」 と、大声でいった。 「それに対し、慎重と自重をもってそれをとどめることが、そもそもむりなのだ。われわれとしては、これをはげまし、行を壮んにする以外ない」 これをきくと、松陰は、膝を打った。 にわかに手を動かしはじめ、そのあたりにあった硯箱をひきよせ、懐紙を伸べ、その癖のある筆で、いくつかの文字を書きなぐった。 丈夫見ル所アリ 決意シテ之ヲ為ス 富岳崩ルルト雖モ 刀水渇ルルト雖モ 亦誰カ之ヲ移シ易ヘンヤ たれがなんといっても、男児がいったん決意したことは、たとえ富士山が崩れ、刀水(利根川)枯れるというような異変があっても志を変えることはできない、という意味である。 「計いよいよ違って、志いよいよ堅し」 「この事件は、日本人というものがいかにつよい知識欲をもっているかということの証拠として非常に興味がある。かれらは知識をひろくしたいというただそれだけのために、国法を犯し、死の危険を辞さなかった。日本人はたしかに物を知りたがる市民である」 「この檻にあっておのれの運命に泣けば、ひとは愚者だとおもうであろう。笑えば悪漢のように見えるであろう。どういう態度もとれない。だから私はただ、沈黙をまもっているだけである」 松陰は自尊心の強烈な、一種の伊達男なのである。 「道をきいてくれる者があれば、私は相手が牛馬であっても説きます」 「晋作、なぜ学問に精を出さぬ」 と、祖父が叱ったことがある。晋作は聡いから学問すれば学者になれるのだ、といっておだてても、この少年は乗らない。経書をよむより、詩書を好み、作詩に熱中したりしている。 「先頭の大将になるのに、それだけの学問がいりますか」 といって、口ごたえしたりした。 「かれらはただ重箱のすみをつつくように字義の解釈のみをやって、それだけで能事足れりとしている。そういうことが一体、どれだけの意味があるのだ」 「君は将来、なにをしようとするのだ」 「学問の目的どおりである」 「学問の目的とは?」 「治国平天下」 ―孺子(小僧)、ナニカ知ル。 小僧になにがわかるか、といった。詩は志なのだ、志もないのに志を偽造し、その偽志をさらに枝葉で飾ろうとするのは職業詩人のすることだ、寅次郎の詩は寅次郎の心胆のもだえ、ふるえ、あつさ、そのものが詩に凝ってここにある、よくみろ、と宮部鼎蔵は声をふるわせていった。 書き途中
0投稿日: 2013.02.13
powered by ブクログやっと…高杉になった。この安心感は、やっぱり松陰が理解しきれないからかな。 司馬さんを通じて、高杉を通じて…「魂」の燃える幕末という時代を側面から見ている自分が不思議でならない。幸せ!
0投稿日: 2012.12.21
powered by ブクログ松陰先生は亡くなり、高杉晋作中心へ・・。やはり、その時々の思想の変化や、周りの環境等々も詳細にわたり、描かれているのでおもしろい・・。(事実と、筆者の推測、膨らませた話で構成されているので、小説というかんじではないが) 革命へとひた走りはじめた晋作。三巻が楽しみです☆
0投稿日: 2012.12.09
powered by ブクログ吉田松陰と高杉晋作。 吉田松陰の不思議な人格はどうやって形成されたのか。なぜ松下村塾で維新の志士が集ったのか。 同じ松下村塾でも、高杉晋作と久坂玄瑞はどうして違ったのか。 どのようにして高杉晋作は上海に行き、倒幕を決意したのか。単なる攘夷家だったのか。 もって生まれた性格と育てられた環境と。 「おもしろきこともなき世をおもしろく」 絶えずそういう意識もあったのでしょうか。
0投稿日: 2012.11.28
powered by ブクログ高杉晋作メインの巻。 前に読んだ高杉晋作の日記とはちょっとイメージ違うけど。無類の戦争好きというイメージはなかったなぁ…
0投稿日: 2012.11.22
powered by ブクログいよいよ高杉晋作と久坂玄瑞が登場する。高杉晋作が吉田松陰に師事したのは一年余り、松下村塾自体も三年ほどしか開かれていない。 だが、この維新回天の原動力となった早世の天才たちの活躍によって、現代まで影響力を及ぼす政党としての長州閥は興ったのだ。
0投稿日: 2012.08.01
powered by ブクログ吉田松陰は本書2巻の中ごろで刑殺され、後半からの主役が高杉晋作に代わる。詳細なレビューは最終巻で。
0投稿日: 2012.07.29
powered by ブクログ歴史上の人物でも、今を時めくひともそうだが、みな苦労の上に立つ栄光。 歴史上の人物は特にそれが秀でてるが故に、語り継がれる。 晋作は、今できることを考え、不退転の臨終只今の精神でやり抜いていく。
0投稿日: 2012.06.10
powered by ブクログ純粋培養された吉田松陰を愛する藩主をはじめとする大人達。人格的影響をモロに受ける若者達。その刑死が長州藩を倒幕という極端な政治的行動に走らせる。教育者として最高の人。子供を預けるには危険でもあるけど。
0投稿日: 2012.05.03
powered by ブクログ薦められて購読。 松蔭から晋作へ。思想が受け継がれていく様が出ている巻です。 この作品で高杉晋作が好きになれそう。
0投稿日: 2012.03.20
powered by ブクログいよいよ、第二の主人公高杉晋作がでてきます。そして、第一の主人公吉田松陰は処刑されます。吉田松陰が処刑された理由にびっくりです。ほんと、今までの頑固な学者イメージを覆されました。 高杉晋作というと伊勢谷友介のカッコイイイメージを持っていましたが、実は女好きだったことに少なからずショック。
0投稿日: 2012.03.19
powered by ブクログ松陰から晋作に主人公が交代した巻。 松陰の思想の変化が急激すぎて、中々ついていけなかった。 晋作のほうの考え方の変化は、わりと原因理由も分かりやすくて理解しやすかったけど。 内容的には大満足。
0投稿日: 2012.02.10
powered by ブクログ物語の主人公は吉田松陰から高杉晋作へ。 もの事は必ず原因から結果に流れるように、吉田松陰の攘夷の理念は高杉晋作ヘ流れ、倒幕へと理念を昇華させていく。 師から弟子へと受け継がれた理念は徐々に日本を動かしていく。 面白い。 そして、吉田松陰と高杉晋作、自分の理念にまっすぐにそして純粋に向かっていく、この師弟の姿は感動的です。
0投稿日: 2012.02.09
powered by ブクログこの巻で、 主人公は吉田松陰から、弟子の高杉晋作へと移る はじめは、なかなか感情移入できなかった吉田松陰にも、 終盤は、少しずつ理解できるようになっていった 個人的には高杉晋作の、ふてぶてしさに非常に共感を持てる ペリー来航から、着々と革命思想が高まってくるのを感じられる一巻になっている 「尊王攘夷」という言葉が、どういった経緯を持って生まれてきたか その背景には、どういう事情があるのか そういうこともよくわかる ただ条件反射的に「攘夷」を口にする輩もいれば、 日本という国を今後どう発展させていくか、その上で攘夷を唱える人もいる この攘夷思想をもってして今後どう物語が移っていくのか、気になる
0投稿日: 2012.02.03
powered by ブクログたった3年間で松下村塾は高杉晋作・伊藤博文・久坂玄瑞らを 輩出したのは驚きである。 それは幕府が長州藩を軽視してきたことが、エネルギーと 底流にあるのだと思う。 今後、松陰の意思をついだ高杉晋作の活躍が楽しみである。
0投稿日: 2012.01.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
吉田松陰から高杉晋作へ。 トリックスターのイメージが強かったが、内面や生い立ちについてよく言及されていて人物史として興味深い。 吉田松陰:獄中で知り合った囚人富永弥兵衛を書の師として松下村塾へ迎える。この富永という人物はこの世で人とともに生きられないほどに心のねじけた人物で、親類・職場に存在しているというだけで人々の心が暗澹とし業務がまわらなくなるため、親類一同が藩に頼み込んで牢に入れた私刑囚であったという。 :伊藤博文は門下生ではあったが松蔭にとって見ては凡庸で特筆すべき存在ではなく、博文としても寵愛を受けなかったことから松蔭を師とあおいでいるわけではないらしい。※松下村塾のメンバーだったという点で恩恵は受けている。 革命の三要件:予言者(吉田松陰)、行動家(高杉晋作)、処理家(伊藤博文)。島津藩では島津斉彬、西郷隆盛と排出したが、処理家は出てこなかった。 社会が秩序だち、維持されている場合は馴致された中庸の人物を良しとする。時代が変容している段階では俗論となる。
0投稿日: 2012.01.01
powered by ブクログ相変わらず、読むのに時間がかかる。 司馬遼太郎作品はいつもそうなんだけど、読み進めるのに細心の注意が必要で、速読法の基礎である斜め読みや流し読みが、効かない。 というか、一言一句をおろそかにできない。 日本史にそう明るくないから、というのもあるけど。 結果、読むのに異常に時間がかかる。困ったもんだ。 そうはいっても二巻目読了。 ----------------------------------------- 一巻から、吉田松陰という思想家の生涯を追ってきた物語は、黒船来航からの激動を経て、新しい時代の寵児へと、物語の主軸をバトンタッチする。 「この人の志を継ぐ者は、自分しかいない」 革命と戦争に明け暮れ、何だったら『銀魂』などでは過激な攘夷浪士としてのイメージそのままでしか描かれないキャラクター、高杉晋作の、本来の生きる道しるべ。 吉田松陰の教えから、なぜ、過激な革命家が生まれたか。 少年~青年期の高杉晋作の物語。 これから時代は、引き返すことのできない革命へと突入する。 (どこぞのエセ文化人がよくやるように、変にしたり顔で現代日本と幕末を結びつけるのは意味もないし好きでもないんだけど、亡国論と開国論を論じる幕末と、現代日本には、一つ気分的に近しいものがあるのかもしれない。そのどちらが正しいか、ということではなく。P260「暗殺」の稿の、久坂玄瑞と周布政之助との経済論争は、TPPに揺れ動く今、一つの指針として読むに値するものかもしれない。それが机上の経済論である、という前提で)
0投稿日: 2011.11.30
powered by ブクログ1巻~2巻の主人公が吉田松陰、3巻~4巻の主人公が高杉晋作。性格は対照的だが共通しているのはその行動力。共に若くしてこの世を去ったのが惜しい。 本作を読んで、「竜馬がゆく」を読んで、「燃えよ剣」を読めば、幕末の大まかな流れはつかめるだろう。それは司馬遼太郎の世界で、史実とはズレてしまう部分もあるが(笑)
0投稿日: 2011.11.06
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい」 前半は吉田松陰、後半(大半?)は高杉晋作の話。 司馬さんがこの2人をすきなのが伝わる。 そして、これを読んだらきっと2人をすきになる。 そして日本人であることを誇りに思う。 私は時世の句よりも、この都都逸に晋作の性質が出てるような気もする。
0投稿日: 2011.10.02
powered by ブクログ僕が1年に1回ぐらいのペースで愛読している『世に棲む日日』 二巻では、革命の申し子高杉晋作が登場する。 伊藤博文により『動ケバ風雨ノゴ如シ 発ッスレバ雷電の如シ』と評された 風雲児・高杉 彼は藩の上士の一人っ子として 甘やかされて育ち 自分の才能を発揮できる舞台を探していた やがて松陰に出逢い 久坂というライバルを得 師・松陰の死、西洋列強の脅威、幕府の衰え 初めての海外渡航(上海へ) 天才児は 歴史を変える革命へと身を乗り出してゆく 松陰の、死を間際にした美しい姿や 志の高さなど この巻もまたかつて日本にいた偉大な人物に触れられる 素晴らしい作品です
2投稿日: 2011.07.24
powered by ブクログ幕末期の革命に携わった人々が物語を構成しています。 全4巻あるなかの2巻目。 吉田松陰の松下村塾出身の志士たちが、この巻で殺害された松陰の意思を継ぎ、日本を変えようと奔走し、議論を戦わせ、世を動かしていきます。 この巻のメインはなんといっても高杉晋作。
0投稿日: 2011.06.19
powered by ブクログ【47/150】司馬さんの小説のタイトルがいつも気になる。今回の小説のタイトルは「世に棲む日日」だが、さてこの意味はなんだろう? 読みながら、この「世に棲む」意味を考えている。 第二巻は、高杉晋作が登場する。松蔭もそうだが、晋作もなかなかつかめない人物。松蔭が死罪になり、晋作が上海に行って攘夷論を更に激しく展開するあたりまでが描かれている。この当時、同じ攘夷論を唱えている志士でも、ずいぶんその内容に差があるのだということがわかった。
0投稿日: 2011.04.28
powered by ブクログ第二巻。師である松陰との出会いから、松陰の死を経て、歴史の表舞台に立つ高杉晋作。松陰から見た久坂玄端と晋作の比較が面白かった。まだ、高杉晋作の魅力が余りよく判らない。 この物語では端役の桂小五郎もボチボチ登場。行動も思考も安定している桂は、晋作と比べれば面白味のない人物になっている。 また、「攘夷」というのは精神的、イデオロギー的な論理だと思っていたが、経済的な部分も大いに関係していた。ということも触れられている。
0投稿日: 2011.02.23
powered by ブクログ松陰はあまり好きになれない性格なんだけど、投獄されたときの他の囚人との交流だけにはぐっときた・・・ 久坂さんはまっすぐで情熱的な人ね
0投稿日: 2011.01.26
powered by ブクログ1巻にひきつづき、吉田松陰について。 ここまでくると早く先がよみたいときになってくる。 3,4巻の高杉と1,2巻の吉田松陰との真逆感が面白かった。
0投稿日: 2011.01.17
powered by ブクログ吉田松陰は育みという扱いで萩に戻され、松下村塾で細々と後進の指導をするが、そうしながら奇を持つ者を探すことが目的であった。しかし、安政の大獄で江戸へと再び呼び戻され、軽信する癖ありと自身が言ったように、取り調べの際に、言わなくていい事まで話してしまい刑は大事となり、処刑される。そこまで読み終わったタイミングでたまたま人形町のスタバにいた不肖は、その先を読み急がずに、伝馬町の十賜公園へと直行し、松蔭処刑の場所まで足を運んで冥福を祈った。そして、後半、物語の主役は高杉晋作へと交代する。松蔭の意思を次いだ晋作は、幕府の視察団の一員として上海へ渡る。あの日本を震撼させた黒船と同様の蒸気船が、無数に停泊し水面を埋め尽くしているのを見て、晋作は大きな衝撃を受ける。こいつらと戦争をすると、百戦百敗する。そして、幕府などというものは屁のようなものかも知れないと。徳川体制を否定し、天皇を担いで日本を統一国家にもっていく開国への流れが、彼の中で確定した。
0投稿日: 2010.12.08
powered by ブクログ「革命の初期は詩人的な預言者が現れ必ず非業の死を遂げる...松陰がそれにあたるであろう....革命中期には卓抜な活動家が現れ.....高杉晋作、坂本竜馬....それらの果実を採って先駆者の理想を容赦なくすて、処理可能な形で革命の世を作り....伊藤博文がそれにあたる。」松陰は死に高杉晋作に話は引き継がれた。「おもしろきこともなき世をおもしろく」彼が死の間際に書いた上の句、下の句は息が切れて書けなかったそうである。
0投稿日: 2010.11.08
powered by ブクログ吉田松陰の死と、高杉晋作の登場。 「思想を純度高くつきつめれば、その行動は狂人にならざるを得ない。そして、狂人になることこそが自分の理想だ。」 つきつめられた思想というものの、恐ろしさを知った。
0投稿日: 2010.10.15
powered by ブクログようやく高杉晋作登場。意外に過保護に育ったんですね。 秀才だったようですが、ここが天才的!というところもまだないし、久坂玄瑞にライバル心を抱いたり、わりと普通です。 吉田松陰、江戸にて安政の大獄で処刑。 このとき晋作は江戸にいず。 マンガ『おーい竜馬』では江戸にいましたが… 松陰は非常に謙虚な反面、非常な自信家と描かれています。 度合いは違えど、人間、そんな矛盾は誰しも抱えるのかな。
0投稿日: 2010.09.19
