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0投稿日: 2026.06.25
powered by ブクログキッパリした物言いで、毅然とした印象を受ける詩が多い。 「自立しろ」と背中を叩かれる気持ちだ。 詩の好きなのところは、単純な言葉で深い表現をしているのをかっこいいと思うからだ。 この詩集も、単語としては難しいものは少ないが、それらが集まってできた詩は、心に残るものがたくさんある。 まったく違う時代を生きた人の言葉なのに、「そうだよなあ」「分かる」と思わされるものがあるのはすごいことだ。 『自分の感受性くらい』や『わたしが一番きれいだったころ』ももちろん良いが、『歳月』という詩集の、夫との間の気持ちを表した詩たちが素晴らしいと感じた。 私も妻がいて子がいるが、それらの詩を読むと、痛いくらいに共感できる。 『詩』という詩の中にこんな一文がある。 > 詩人の仕事は溶けてしまうのだ 民族の血のなかに これを発見したのはだれ?などと問われもせず ひとびとの感受性そのものとなって 息づき流れてゆく(p304) > 詩人たちの言葉ははっきり思い出せなくても、多くの人の心に染み込んでいるものだ。
5投稿日: 2026.05.28
powered by ブクログ本書は、詩人・谷川俊太郎氏が茨木のり子の膨大な作品群から精選して編んだ一冊である。 彼女の作品には、昭和という時代を凛として生き抜いた「すがすがしい格好良さ」が満ちている。鋭利で歯切れの良い言葉もあれば、静謐で素直な言葉もあり、それらが真っ直ぐに心に染みてくる。 私は、彼女の詩には「経験」が深く染み込んでいると感じた。だからこそ、今の自分に強く響く一篇もあれば、まだ遠く感じられる作品もある。 きっと私自身の経験が重なり、茨木さんの歩みに近づいたとき、これまでとは違う響きで届く言葉があるのだろう。その日を楽しみに、これからも折に触れてページをめくっていきたい。
10投稿日: 2026.02.15
powered by ブクログゲスト中村友美さんお薦め本 https://listen.style/p/jamsessionz/5xcpcszu
0投稿日: 2026.01.18
powered by ブクログたまたま地元の本屋で見つけて、名前を存じていなかったのだけれど、即購入した一冊。好きなのでずっと引き出しに入れてある。 全てがやわらかいヤスリで削られた雷のような詩
0投稿日: 2025.09.10
powered by ブクログふと読みたくなって再読しました。 自分というものを強く持って生きたいと思わせてくれる作品が多かったです。 「自分の感受性くらい」 「椅りかからず」 「通らなければ」 とても励まされます。 「言いたくない言葉」は、言語化するのが難しいときに、そっと支えになってくれるような詩でした。 無理に言語化する必要はない、声や文章に表すとその想いがかえって色褪せてしまう。 胸の内にそっとしまっておくことがあってもいいのだと思わせてくれます。 「みずうみ」は、すごく静謐さを感じ、人間の理想の心を示しているようでした。 特に好きなのは、 「ぎらりと光るダイヤのような日」 です。 この世を去る時、自分が〈本当に生きた日>があまりにも少ないことに驚くだろう。 危機感を抱くとともに、それ以上に本当に生きたーと思える日を少しでも作ろうと前向きな気持ちにさせてくれました。
13投稿日: 2025.06.21
powered by ブクログ久しぶりに「谷川俊太郎選、茨木のり子詩集」を じっくりと時間をかけて読む。 「自分の感受性くらい」を初めて読んだ時の衝撃は 今でも忘れられない。後ろ頭をガンと殴られたようだった。 ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて 気難かしくなってきたのを 友人のせいにはするな しなやかさを失ったのはどちらなのか 苛立つのを 近親のせいにはするな なにもかも下手だったのはわたくし 初心消えかかるのを 暮しのせいにはするな そもそもが ひよわな志にすぎなかった 駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄 自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ 分かりやすい言葉で、ガツンとくる最後の言葉。 この詩を読むたびに、いらいらする気持ちやうまくいかないことを、知らないうちに他人や時代のせいにしてしまっている事に気付かされる。 代表作 「わたしが一番きれいだったとき」や、 「倚りかからず」など、背中を鼓舞してくれるような詩が有名だが、寄り添ってくれるような詩もある。おそらく一回読んだだけでは、詩の奥底にある彼女の本当の言葉に触れる事はできない。 何度も読む事をお勧めする。
18投稿日: 2025.05.16
powered by ブクログやっと最後のページまで目を通せた。やっぱり詩となると難しいけど、茨木のり子さんの詩はスッと心に入ってきやすい気がする。大正生まれ、戦争を経験している女性。生きた時代背景が自分とは大きく異なるのに、しっかり響く詩がたくさんあった。
1投稿日: 2025.03.29
powered by ブクログあまり詩に触れてきたことがなく、ただ今年亡くなった谷川俊太郎選集だったので、読んではみたが、わかるような、わからないような感じでしたが、なんか最後まで一気に読んでしまいました。 いくばくかの無償の愛をしかと受けとめられる人もあり たくさんの人に愛されながらまだ不満顔のやつもあり 誰からも愛された記憶皆無で尚昂然と生きる者もある (「居酒屋にて」より抜粋) 確かにその通りだなと、ただ感心するばかりでした。
1投稿日: 2024.12.19
powered by ブクログ時代を映す詩にはあまり惹かれなかったけど好きな詩が十篇くらい入っていて嬉しかった。自分の芯を強く持って生きようとしている詩と、夫を亡くしてから綴っている歳月にも収録されている詩たちが特に良いと感じる。一番好きなのは以前と変わらず「自分の感受性くらい」だった。 自分の感受性くらい ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて 気難かしくなってきたのを 友人のせいにはするな しなやかさを失ったのはどちらなのか 苛立つのを 近親のせいにはするな なにもかも下手だったのはわたくし 初心消えかかるのを 暮しのせいにはするな そもそもが ひよわな志にすぎなかった 駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄 自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ
9投稿日: 2024.12.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
谷川俊太郎追悼ウィークとして、谷川俊太郎選の変わり種として何気なく手に取った。茨木のり子、教科書でも取り上げたと思うのだが記憶にない。初読として読んで、こんなに素敵な女性がいたのかと嬉しくなる。詩集自体を読んでいきたいと思った。 好きだった詩 『対話』内部からくさる桃、⭐︎もっと強く、準備する もっと強く願っていいのだ わたしたちは 明石の鯛が食べたいと もっと強く願っていいのだ わたしたちは 幾種類ものジャムが いつも食卓にあるようにと ・・・ 女が欲しければ奪うのもいいのだ 男が欲しければ奪うのもいいのだ ああ わたしたちが もっともっと貪欲にならないかぎり なにごとも始まりはしないのだ 『見えない配達夫』敵について、わたしが一番きれいだったとき、大学を出た奥さん、怒るときと許すとき 『鎮魂歌』⭐︎花の名、女の子のマーチ、七夕、りゅうりぇんれんの物語、 ・・・ いい男だったわ お父さん 娘が捧げる一輪の花 生きている時言いたくて言えなかった言葉です 棺のまわりに誰もいなくなったとき 私はそっと近づいて父の顔に頬をよせた 氷ともちがう陶器ともちがうふしぎなつめたさ 菜の花畑のまんなかの火葬場から ビスケットを焼くような黒い煙がひとすじ昇る ふるさとの海辺の町はへんに明るく すべてを童話に見せてしまう ・・・ 『茨木のり子詩集』首吊 『人名詩集』くりかえしのうた、兄弟、箸、居酒屋にて 『自分の感受性くらい』詩集と刺繍、自分の感受性くらい、二人の左官屋、波の音、⭐︎木の実 ・・・ 木の実と見えたのは 苔むした一個の髑髏である ・・・ 生前 この頭を かけがえなく いとおしいものとして 掻抱いた女が きっと居たに違いない 小さな顳顬(こめかみ)のひよめきを じっと視ていたのはどんな母 この髪に指からませて やさしく引き寄せたのは どんな女(ひと) もし それが わたしだったら… ・・・ もし それが わたしだったら に続く一行を 遂に立たせられないまま 『寸志』苦い味、⭐︎笑って、賑々しきなかの、寸志 ・・・ ねえ 笑って! あちらで 驪姫という娘のように はればれと 『茨木のり子』(花神ブックスI) 一人は賑やか、みずうみ 『食卓に珈琲の匂い流れ』四行詩 『倚りかからず』時代おくれ、倚りかからず 『茨木のり子集 言の葉3』行方不明の時間 『歳月』本当素敵だった… その時、夢、⭐︎部分、⭐︎夜の庭、⭐︎恋唄、一人の人、⭐︎急がなくては、なれる、⭐︎(存在) 部分 日に日に重ねてゆけば 薄れてゆくのではないかしら それを恐れた あなたのからだの記憶 好きだった頸すじの匂い やわらかだった髪の毛 皮脂なめらかな頬 水泳で鍛えた厚い胸廓 兀字型のおへそ ひんぴんとこぶらがえりを起したふくらはぎ 爪のびれば肉に喰いこむ癖あった足の親指 ああ それから もっともっとひそやかな細部 どうしたことでしょう それら日に夜に新たに いつでも取りだせるほど鮮やかに 形を成してくる あなたの部分 恋唄 肉体をうしなって あなたは一層 あなたになった 純粋の原酒(モルト)になって 一層わたしを酔わしめる 恋に肉体は不要なのかもしれない けれど今 恋いわたるこのなつかしさは 肉体を通してしか ついに得られなかったもの どれほど多くのひとびとが 潜って行ったことでしょう かかる矛盾の門を 惑乱し 涙し 急がなくては 急がなくてはなりません 静かに 急がなくてはなりません 感情を整えて あなたのもとへ 急がなくてはなりません あなたのかたわらで眠ること ふたたび目覚めない眠りを眠ること それがわたくしたちの成就です 辿る目的地のある ありがたさ ゆっくりと 急いでいます (存在) あなたは もしかしたら 存在しなかったのかもしれない あなたという形をとって 何か 素敵な気がすぅっと流れてただけで わたしも ほんとうは 存在していないのかもしれない 何か在りげに 息などしてはいるけれども ただ透明な気と気が 触れあっただけのような それはそれでよかったような いきものはすべてそうして消え失せてゆくような 巻末収録の対談(茨木のり子、大岡信)、「美しい言葉を求めて」も面白かった。 (大岡)結局女性対男性というのはイデオロギーだけではとても解決できない面が非常にあると思うんです。 (茨木)まったくですね。 (大岡)男も女もたまたま一緒になった相手、あるいは恋愛している相手から影響される。それで形作られてゆく自我は、自分だけの自我ではなく、相手が入り込んできている自我ですから、そういうところでは、男と女を対立関係だけでとらえることはできない。…
2投稿日: 2024.11.29
powered by ブクログどの詩もわかりやすい。でも叙事詩も出てきて、怒りというよりもその先のなにかがあるような氣がした。出自とか国土とかの枷から強くなる、そんな勇気を与えてくれるような感じ。孤独をめそめそと表現するわけでもなく、夫との別れは苦しさがあふれるようなものでもない気がした。50歳からハングルを学び、訳詩を上梓されたのはそんな強さからかもしれない。
1投稿日: 2024.06.12
powered by ブクログこれからの人生で茨木さんの詩をふと思い出す瞬間がたくさんあればいいなと思う。 詩をじっくり味わえる喜びを感じつつ、韓国語を自由に学べる今の環境がどんなにありがたいことか痛感した。
3投稿日: 2024.05.05
powered by ブクログ中学一年生の国語の教科書の一番最初の中原中也の詩が今でも忘れられないので時折詩集を読んでみる。有名な「わたしが一番きれいだったとき」はその時代を次の時代の読み手にも連想できるような見方と説得力をかんじる。他は時代性を伴っていることが多く、戦後であることや女性であることを踏まえこちらから歩み寄らなければ感情的な共感は難しいのではとも思う。相応にしてリズム感がどの詩にもあるのと、終端がこれで終わりですと区切られているので読む方のストレスはない。音楽をのせた歌詞を読んでいる印象を受けたが、音楽のない歌詞は散漫的にイメージができない印象を同時に受けた。
1投稿日: 2024.05.04
powered by ブクログ読書会課題図書 〈青春を戦争の渦中に過ごした若い女性の、くやしさと、それゆえの、未来への夢。スパッと歯切れのいい言葉が断言的に出てくる、主張のある詩、論理の詩。ときには初々しく震え、またときには凛として顔を上げる。素直な表現で、人を励まし奮い立たせてくれる、「現代詩の長女」茨木のり子のエッセンス〉とある 彼女の詩時々目にし、心に残っていたものが何編かあった 今回この文庫本を改めて読んでみて 「Y」という箱にひっそりと残されていた詩に驚いた こんな詩を書いていた方なんだと 「断定的だ」という先入観が払しょくされたような…… 夫を亡くした喪失とそれゆえの愛が濃密だった 谷川俊太郎さんの選が良かったのかなあ 心に響く言葉にたくさん出会った 読書会では、大絶賛派とイマイチ派に分かれ楽しかった ≪ 目をつぶり 目を見開いて 言葉紡ぐ ≫
26投稿日: 2024.02.22
powered by ブクログわたしが一番きれいだったとき、や、自分の感受性くらい、は知っていたけど茨木のり子さんの作品をこんなに読んだことがなかったので、そのハードルの低さに驚きました。 詩は読みやすいようで読みにくい、自分の解釈能力に自信がなかったけれど、茨木のり子さんの詩は小説を読んでいるようにさらさらと自分の中に流れてきます。 彼女の人柄について理解した上で再読したいと思いました。
3投稿日: 2024.01.27
powered by ブクログ普段あまり詩集は読みませんが、書店で立ち読みした時に気になる詩があり読み始めました。 「わたしが一番きれいだったとき」「自分の感受性くらい」は有名な詩なので知っていましたが、「言いたくない言葉」「足跡」とかが好きでした。 削ぎ落とされた繊細な言葉で保守的な女性像への抵抗や喝を入れてくれる詩もあれば、天真爛漫に鋭い指摘をする子供のような詩もある不思議な詩集でした。 気負いなく読んでましたが、たまにドキッとする詩があります。また時間をおいて読み返したいです。
5投稿日: 2024.01.21
powered by ブクログあまりにも勇猛で私には痛いので、パラパラと読んだ。時折ハッとさせられる詩が。 お尻を叩いてもらいたい時にまたこちらに伺いますね。
2投稿日: 2023.11.05
powered by ブクログ谷川さんが選んだということで。これまで作品触れてこなかったけど、ドスンと来るものもあり。いや違うか。ジュニア向けので読んでるか?
2投稿日: 2023.10.13
powered by ブクログ茨木のり子の詩集。 他社での出版よりも収められている詩の数が多いと思う。 そんな詩の中でも、他の詩集にあまりなかったと思うのがより個人的な詩。 父や連れ添った夫への詩がとても印象深かった。 とても慈悲深くそして激しさを持った女性だったんだろうなと思わされました。 前を向きたくなる良い詩がたくさんでした。
4投稿日: 2023.08.28
powered by ブクログ【その人の気圧のなかでしか 生きられぬ言葉もある】(文中より引用) 「わたしが一番きれいだったとき」等で知られる詩人の茨城のり子。同じく詩人の谷川俊太郎が、彼女の珠玉の作品を選んで編み上げた詩集です。 詩を読むのも数年ぶりだったんですが、思った以上に抵抗感がなかったのは(こう言ってしまうと言葉を生業とする人に怒られるかもしれないけれど)SNS時代の短文文化に自然と慣れているからなのかなと思いながらの読書でした。思わずハッとさせられる表現に出会うこともあり、久しぶりの体験をさせていただきました。 個々の人間に光を当てた作品に白眉なものが多い気がします☆5つ
4投稿日: 2023.08.03
powered by ブクログ人生で初めて買って読んだ詩集。歯切れのよいさばさばした爽快さ、戦前戦後には恐らく珍しくも新しい、視野というかスケールが大きな女性といったイメージ。一方で裕福な家庭、知識人という面も伺える。詩集初心者としてはちょっとハードル高かった感じがした、
5投稿日: 2023.05.31
powered by ブクログ詩が何を意味するのか、どんなことを伝えたいのかが分からないというかこちらが拾いきれないものが多かった。私が言葉の意味などをあまり知らないせいもあるだろう。それでも、たまにハッとさせられるものがある。 青春時代は戦時中だったにも関わらず、あらゆる表現を用いて、詩を書いてることから、芯の通った主張を抱えて生きていたと想像する。 「私の感受性くらい」では、力強い言葉を並べている一方で、「一人は賑やか」では繊細な心情を表している。これらより、作者が共感性と力強さを持ち合わせており、聡明な人物だったことを思わせる。 時間をおいてから、また読んでみたいと思う1冊であった。
3投稿日: 2023.04.25
powered by ブクログメッセージ性が強いといいますか、熱い思いが伝わってくる詩が多かったです。勝手な想像ですが、茨木のり子さんはとても真面目で、自分の意見をしっかり持っており、それを詩という形で表そうとしているんだろうなと思いました。 (この詩集の前に、石垣りんさんの詩集を読んだから、そう思うだけなのかもしれませんが...)
5投稿日: 2023.01.03
powered by ブクログ谷川俊太郎選、にしてもまだまだ多いので、感想を読み更に抜粋して読み進めた。「わたしが一番きれいだったとき」「自分の感受性くらい」の有名詩を時折めくって読むのも良い。「歳月」は美しいツイートみたいな謹言だらけの連作。「小さな娘が思ったこと」が情景も含め印象に残る。
4投稿日: 2022.12.11
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
詩集を購入して読むって、難しいけど、茨木のり子さんは「自分の感受性くらい」が有名で、何度聴いても心が震えるので、一冊買っておこうと思って、文庫を買いました。心に響くものも、響かないものも、もちろんあったけど「歳月」という章は、先に亡くなった夫の不在や、体を重ねた思い出、夫の故郷(お墓)をモチーフにしていて、切なくもエロティックで素敵だった。その前までの章の、日中韓の関係や政治や社会を批判した詩との対比もよかった。 私が特に好きだと感じ、心が震えたのは「木の実」「水の星」「かの名称」。 「木の実」はミンダナオ島で、木の芽にひっかかった髑髏が、木の成長とともに上へ上へと伸びていった光景から、その男性を愛した人もいただろうと思いをはせた歌。 「水の星」は地球が地球である奇跡をうたっている。 「かの名称」は陰部をなんと呼ぶかという歌で非常に面白く、そんなテーマなのに、茨木のり子さんにかかると芸術になる!という。 詩集を一冊持っておくって、素敵なことかもしれない。
5投稿日: 2022.11.19
powered by ブクログ普段、現代詩はほとんど読んでこなかったのですが、谷川俊太郎選出にかかる茨木のり子さんの詩集、のめり込むようにして読んでしまいました。大岡信さんとの対談もいいですね。
2投稿日: 2022.09.18
powered by ブクログ出会いは中学生だったか。 それから何度も助けられてきた。 久しぶりに読み返して… 倚りかからず 最高。 ・自分の感受性くらい ・倚りかからず ・マザーテレサの瞳 ・私が一番きれいだったとき ・一人のひと ・もっと強く ・言いたくない言葉 ・二人の左官屋 ・落ちこぼれ
2投稿日: 2022.09.08
powered by ブクログはじめて詩集を読んだ。冒険したい世界がまたひとつ増えた。 【お気に入りメモ】 ・小さな娘が思ったこと ・りゅうりぇんれんの物語 ・首吊り ・言いたくない言葉 ・くりかえしのうた ・自分の感受性くらい ・冷えたビール ・一人は賑やか ・総督府へ行ってくる ・なれる 一人でいるとき淋しいやつが 二人寄ったら なお淋しい おおぜい寄ったなら だ だ だ だ だっと 堕落だな 恋人よ まだどこにいるのかもわからない 君 一人でいるとき 一番賑やかなヤツで あってくれ
2投稿日: 2022.08.22
powered by ブクログ本書を読みたかったのは、作者がその生前には発表しなかった、夫への愛が綴られた『歳月』の詩が収録されていたから。 茨木さんの詩は、自分というものをしっかり持った人が、理知的に書いた詩という印象を持っていたのだが、『歳月』に収められた作品を読むと、作者の“私性“がかなり真っ直ぐに出ていて、深い愛情と信頼で結び付いていたからこそ書ける作品だなあと、沁み沁みとなった次第。 大岡信との対談、小池昌代さんの解説も、作者理解、作品理解を深めるのに、大変参考になる。
2投稿日: 2022.07.26
powered by ブクログかつては、茨木のり子と言えば「自分の感受性くらい/自分で守れ/ばかものよ」 に強く惹かれたけれど・・・ あらためて読み返してみたら、やっぱり印象が変わってきている。 「歳月」や「古歌」が、しみみじと良い。
1投稿日: 2022.07.07
powered by ブクログいいな、というものもあったけれど、全体の中のごく一部でした。ただ、その一部への印象がとても強い。 韓国?の人への見方があまりないもので、りゅうれんれんのくだりはかなり衝撃を受けました。 日本人なら、発見された時点でヒーロー扱いだったはず。国が違う事で受ける印象が違うというのはただただ、悲しい。 著者は、戦時中が青春だった頃だというのをずっと悔いていたのかなと思う。大抵のことは、そんなこと悔やんでも〜と思うところだけれど、他責で無くされたという想いは死ぬまで消えないものなのかもしれない。
1投稿日: 2022.07.06
powered by ブクログ詩集って読むの初めてで、難しいかなって思ってたけど、読みやすかった! その日の気分とかで感じ方が違くて、自分と向き合える素敵な本。 自分の感受性くらい っていう詩が好き
2投稿日: 2022.03.25
powered by ブクログ今読んでもじわじわ涙が出てくる わざと怖い顔して壁作って卑屈になってた高校生の時の自分が、この言葉たちに出会えてよかったな。言葉は柔らかくて丁寧なのに、内側の強さが滲み出る。攻撃したり、言葉をきつくしたりしなくてもいいと教えてもらった。こんな人になりたい
2投稿日: 2021.10.12
powered by ブクログどの詩を読んでも心にしみる。日本語を大事にした人。当然詩人だから特に大事にしたのですね。それと同じぐらい隣国の言葉も大事にしたのですね。その事をこころしなくてはいけない。
2投稿日: 2021.01.26
powered by ブクログばかものよ、を叱咤ととるか激励ととるかは読者次第だ。 20歳を目前に読めてよかった、詩人みずからの内省のかたちをとりならがら、読者への深い愛情を感じた。 この詩が目的だったが、戦後が抱えたもどかしさが鋭い感性をもつ少女から伝わってくるようだった。
2投稿日: 2020.12.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
※「茨木のり子全詩集」(花神社)が在庫なしで登録できなかったので仮登録。(岩波の方に載ってないやつあるかもしれません) ・よかった編 「自分の感受性くらい」 初めて読んだ時は教科書に載ってたんじゃないかなー。言い訳を許さぬ”ばかものよ”に当時怖くなったことを思い出す。というか根性なしなので、すべて自分の責任で逃げ場がないというのは今も怖い。でも外野がどうあれ、やっぱり自分の幸せを追求するのは本質的に自分しかいないよなあと。怖いけども手放せない名句。 「マザー・テレサの瞳」 ”外科手術の必要な者に繃帯を巻いて歩いただけ~”のフレーズにそうだろうなあ、と思う。だって彼女が救いたかったのはおそらく命じゃなく魂だろうから。最近闘病記とか読んだせいか、終末医療とかQOLとかいう単語が浮かぶ。しかしうっすら理解はできても、波打ち際に砂の城を築くような行為を、生涯かけて実践し続けた彼女を”静かなる狂”というのがいい得て妙だなーと思った。 「獣めく」 えっこれも茨木のり子なの?下手なエロ本よりそわそわするんですが。亡き旦那さんへの想いと思い出を綴った遺稿の1篇らしい。発表する気があったのか分からない私的な詩だからなのか、生々しいというか率直で、よっぽどぞっこんだったんだなあと違う一面を見たりもした気が。 総評 正直よく分からない詩もあった。昔読んでて懐かしい詩もあった。激しい詩も優しい詩も色々ごちゃまぜで、全部は消化しきれない感がある。でもその分読み直すごとに発見がありそうというかその時の自分に引っかかる詩があると思うので、今いいなと思った詩だけでも心にとめて、また時間をおいて読みたいと思う。
7投稿日: 2020.05.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
抜こうと思っているわけではないのに 追いかけているわけでもないのに 人を抜いたと感じる瞬間の いわんかたなき寂しさ 父を抜いたと感じてしまった夜 私は哭いた 寝床のなかで 声をたてずに … そういう瞬間を持ってしまう自分が おお とても 厭! どうみたって その人より 私が たちまさるとは真実おもえないのに … 抜いたときには 確かにわかる けれど 抜かれるときには わからないらしいのだな … 一人でいるのは賑やかだ 誓って負けおしみなんかじゃない 一人でいるとき淋しいやつが 二人酔ったら なお淋しい おおぜい寄ったなら だ だ だ だ だっと 堕落だな … … 四十年前の ある晩秋 夜行で発って朝まだき 奈良駅についた 法隆寺へ行きたいのだが まだバスも出ない しかたなく 昨夜買った駅弁をもそもそ食べていると その待合室に 駅長さんが近づいてきて 二、三の客にお茶をふるまってくれた ゆるやかに流れていた時間 駅長さんの顔は忘れてしまったが 大きな薬缶と 制服と 注いでくれた熱い渋茶の味は 今でも思い出すことができる … 人を愛するなんてことも何時のまにやら 覚えてしまって 臆病風はどうやら そのあたりからも 吹いてくるらしい 通らなければならないトンネルならば さまざまな怖れを十分に味わいつくして行こう いつか ほんとうの 勇気凛凛になれるかしら 子供のときとは まるで違った … 大岡 ぼくらの同級生でも、軍の学校へ行ったのが何人かいましたね。ぼくは、死ぬのは嫌でたまらなかった。そういう意味では、戦争中、自分がなぜ死んでもいいという気持ちになれないのか、という自責の念、恥ずかしさはすごくありました。 茨木 ああ。 大岡 「お国のためならば死んでもいい」というふうなことを、少年でも顔にあらわさなきゃならないような時代でしたが、ぼくは漠然としてはいたけれど、文学とか言葉の作品、そういうものの大事さがあるっていうことをなんとなく感じていたから、まだ死にたくない、という気持ちがあったんですけど、茨木さんの場合は、女性だから、もう一つそこのところが複雑だと思うのね。 茨木 ええ。 大岡 結局女性の場合には後続部隊というか、男の連中が出で立ってゆくのを見送って、口もとまで出てくる悲しみや喜びを全部押しかくして、外には出さない、という形だったでしょう。そこからくる抑圧された思いというのが、戦後になって爆発するわけですけれど、女の人の多くは、風俗、つまりファッション的なもので戦争中の抑圧を解放する。また、恋愛もね。さまざまだと思うんですが、茨木さんの場合は、むしろ稀なケースですね。つまり、言葉というものに初めからぶつかった、という人は、あの当時まだ少なかった。 茨木 ええ、何よりもまず自分のしっかりした言葉がほしいと思った。変わってたかもしれませんね。 … … 茨木 単純にすっきりさせたい。モヤモヤや悶々をそのまま出したくないんですね。だってほかの人の作品を読むときでも、単純な言葉で深いことを言えてるものが最高と思いますもの。それから、さっきの弱さをあんまり出したくないということを、自分で分析しますと、戦後すぐのこと、当時は過去のものは全部否定的でしたよね。そういう風潮に影響されたと思うんですけど、日本の詩歌の伝統も「淋し、佗し」の連続でいかにも弱々しいという思いがわっときた。もっと強くて張りのある詩が書かれるべきであると自分なりに考えたらしいんですね。 … … 大岡 …言葉っていうものを、自分自身に固有のものと思わない、という気持ちが、ますます強くなっていく。…言葉というのは何だろうと思う。翻訳でもむしろある種のものが伝わってしまうということが、言葉のある意味の恐ろしさを示すものではないかと思えてくる。つまり精密出なくても伝わってゆく、そしてそれは一概に否定できなくて、むしろ、しゃべっているとお互いにわかりあってしまうことがずいぶんあるという気がします。翻って考えてみると、日本語でしゃべり合っていたって、お互いにわかりあっていると言えないんじゃないか。そういう意味でいうと、言語というものは、非常にたくさんの、ぶよぶよしたものを身にまとっているんじゃないか。そういう部分でわれわれは、わかりあったり、わかりあえなくて喧嘩したりしるんじゃないかっていう気がして、だから、ぼくは言葉というものに対して、ある意味でいえば、非常に頼りないものだなっていう気がするんです。逆に言うと、そういうものであるにもかかわらず、わかりあえるところが、言葉のすごさだろうとも思っているんです。…
2投稿日: 2020.04.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
もともと『自分の感受性くらい』の詩だけは知っていたけれど、茨木のり子さんの他作品は初めましてでした。 … 一人の女性の人生が、ぎゅぎゅぎゅぎゅっと結晶化されたような一冊だった。 私と20代前半に作ったものから、70代亡くなる直前に作ったものまで。 若く美しい時代が、戦争に奪われた、女性のくやしさや渇望や希望や決意。 けたたましく変わりゆく時代の中で、自ら選び取った時代おくれ。 一人の愛する人に向けられた美しく悲しい眼 歳を重ねてもなお少女のような初々しさ どれもどれも 芯のある素敵な言葉たち 茨木さんの詩は、読みが遅れて追いつく。と解説にあるように、この先、一編一編から響く感情は変わっていくと思いますが、今の私が一番好きな作品は、 『言いたくない言葉』でした。 2020.3.18
2投稿日: 2020.03.24
powered by ブクログ若い頃の詩は断定的で、力いっぱい肩が張っていて 固くて、ガツンと頭を殴られたような 若かりし日の自分を突きつけられているような 読んでいて苦しくなった。 亡くなった旦那さんの詩は しなやかにしっとりと 月光のように静かにさみしく美しい。 ひとりの女性の生き様が 生々しくそこにあってドキドキした。 精査され、選び抜かれた言葉が並ぶ詩というものは とてつもないエネルギーを内包していて 読むには集中力が必要であり、消耗する。
4投稿日: 2019.08.14
powered by ブクログわたしたちは準備することをやめないだろう 本当の死と 生と 共感のために。 この人が好きだ! 飾り立てず、大きく見せようとせず、逃げない。 詩集はどれを読んだらいいか、と詳しい人に聞いておススメしてもらった。自分の感受性くらい、しかろくに知らなかった。 女たちは本音を折りたたむ 扉を閉じるように 行きどころのない言葉は からだのなかで跋扈跳梁 うらはらなことのみ言い残し 祇園の舞妓のように馬鹿づくことだけが愛される 茨木のり子、あなたってひとは、ありがとう。 あなたがあたしと同じ「女」で良かった。
2投稿日: 2019.02.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
子どもの頃、茨木のり子さんの詩を教科書で学んで以来、30年あまりずーっと「詩集」を読みたいと思ってたのが今日実現した。 『六月』 どこかに美しい人と人との力はないか 同じ時代をともに生きる したしさとおかしさとそうして怒りが 鋭い力となって たちあらわれる(p52) この凛とした感じが好きだ。
4投稿日: 2018.12.24
powered by ブクログ友人がくれたことばに彼女のことばがあつた。 時に搖さ振り、突き動かすやうな激しさに、はらはらとこぼれおちさうな儚さ。生きることの痛みと哀しみ。そんなものが一辺に押し寄せてくる。 深い深いみずうみのやうに蒼く静かな水を湛へ、そのほんのひと掬ひをそつと抱きしめる。けれど、水はするすると流れ落ちてゆく。 ことばを前にして、沈黙がじつと見つめ返す。彼女の詩には、その行間からむつとするほどの沈黙が漂つてくる。リルケがドゥイノの悲歌でことばの途絶えたやうに。ペンを手にして立ち止まる彼女の姿が浮かんでくる。全てを語れぬ、だからこそ、語れぬものを語る。沈黙の詩人。 初期のものから未発表のものまでその一生を追いかけると、そんな彼女のみずうみが波立つ瞬間に出くわす。大切などこまでも好きだつたひとを亡くしたその心のざわめき。たつたひとりの人間が亡くなるだけで世界は変る。何氣なく流れてゐたはずの時間は、永遠の牢獄のやうに思へて自分といふ存在を否応なくこの場所につなぎとめる。それでも彼女はペンを握り続けた。ことばを求め続けた。 今日もどこかでたくさんのひとが死んでゐる。木と共に苔むして忘れられた死骸もたくさんある。死んでいつたひとの数だけ、物語がある。今もどこかで物語が生まれ、紡がれてゐる。
3投稿日: 2018.12.16
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
家の本棚に積読されていました。 好きなものに感想をひとことずつ。 「見えない配達夫」 なんとまあ、美しい、うたでしょう。 「六月」 これも、美しい。 「抜く」 私はまだ、誰も抜いていないような気がします。 今年の夏、姪に抜かれた気がしましたが。 「兄弟」 私にも、昔はとても仲のよかった弟がひとりいますが。 「知」 今まで、数えきれない本を読んだと思いますが、どれだけわかっているのかは、わかりません。 「みずうみ」 私にも、自分の湖。あるのでしょうか。 「駅」 「夜の庭」 「(存在)」 「歳月」 『歳月』に入っているうたは、泣きたくなるものばかりでした。私にもこんな未来、あるのでしょうか。 「五月の風は」 私も大好きな五月の風。 「通らなければ」 私の希望のようなうた。 巻末に、大岡信さんとの対談。小池昌代さんの解説があります。
10投稿日: 2018.12.11
powered by ブクログ先日読んだ ウドウロク で、「自分の感受性くらい」が紹介されていて、ああまた読みたいと自分の書棚を探したが、手持ちのものが見つからず。 手元に置きたいと探してこの本を見つけた。いままで発表されたなかから、谷川俊太郎氏が選び、発表された書籍の順に紹介されている。 自分に厳しい印象が強かったが、その繊細な感受性で紡ぎ出されたことばにしばしばはっとする。 作者が重ねた年月を追いながら、少しずつ読んでいる。
2投稿日: 2018.09.17
powered by ブクログ茨木のり子詩集。谷川俊太郎先生が選んだ茨木のり子先生の詩集。心が打たれる素敵な詩がたくさん詰まった一冊。この本を読めば詩の素晴らしさに気付く方も多いと思います。
2投稿日: 2018.08.13
powered by ブクログ茨木のり子さんの詩を読むとき、私は自分の祖母のことを思い出す。茨木さんと私の祖母は大正15年、同じ年の生まれだ。亡くなったのは茨木さんが平成18年、祖母が平成20年だから、二人とも同じ時代に生きたと言っていい。 日本の戦後詩を牽引した大詩人の茨木さんと、専業主婦だった私の祖母との間に、もちろん個人的な繋がりはない。茨木さんは、帝国女子医学専門学校(現・東邦大学)を卒業後、医師と結婚し、自身も文筆家として優れた業績を残した。いっぽう私の祖母は、尋常小学校を卒業後すぐ奉公に出され、工場労働者と結婚し、4人の子の育児と義理の両親の介護で一生を終えた。二人の人生には、悲しいほど交わるところがない。文芸に親しむどころか、祖母は文盲とは言わないまでも、日常生活をかろうじて送れる程度の識字能力しか持ち合わせていなかった。「新しい女」とは縁遠い人生を送った女性だった。 にもかかわらず、茨木さんの詩の中に、私はしばしば祖母の姿を見いだす。人妻の肩の匂いに憧れた少女の中に(小さな娘が思ったこと)。爆撃によって破壊された町で、ひとり空を見上げた女性の中に(わたしが一番きれいだったころ)。進学をあきらめて家庭に入り、泣きながら男衆の宴会の世話をする主婦の中に(大学を出た奥さん)。夫に先立たれた妻の中に(その時)。生前多くを語らなかった祖母の、心の奥に封印された喜びと悲しみを、私はこれらの詩の中に見る。昔から何度も繰り返され、これからも何度も繰り返されるであろう、女の人生の希望と失望を見る。 「自分の感受性くらい自分で守れ」という激しい詩で知られる茨木さんだが、決してタフなだけの人ではなかったことが、この詩集を読むとわかる。戦争を挟んで急激に変化する社会と、情けないほど変化しない女性の立場とのはざまで、力強い言葉を書き連ねつつも、物言わぬ女性への共感を忘れなかった人だったのだと思う。 祖母は毎朝30分かけて新聞を読むことを自らに課していた。彼女の読解力では書いていることの半分も理解できなかったが、勉強をやり直そうとするかのように、晩年までその習慣を変えることはなかった。祖母を突き動かしていたものは、茨木さんに詩を書き続けさせたものと、たぶん同じだったと思う。その一点において、二人は同じ時代を生きた同志だったのだ。
26投稿日: 2018.07.18
powered by ブクログ茨木のり子さんの詩集は何冊か書棚に並んでいるが、文庫本で手軽に繙けるのが便利そう。これは買って手許に置いておきたい。
2投稿日: 2017.07.14
powered by ブクログ分かりやすい言葉で普遍的な思いが書かれている……のだと思う。「歳月」とそれ以外で全く違っている。父子家庭の娘によくある夫の愛し方をしているんじゃなかろうか。戦争の影響も時折垣間見えるがそれも時代、とさらっと流してしまう<公>の部分で詩が形作られている。父の死も夫の死も戦争に青春時代を潰されたのも彼女の<私>の中には多大にあったろうに、それが霞みがかってるのは、それこそ彼女が他者に倚りかからないからなんだろう。
1投稿日: 2017.06.08
powered by ブクログ”子どもの頃と少しも違わぬ気性が居て 哀しみだけが ずっと深くなって ” わかりやすく、歯切れの良い言葉の重なりは 茨木氏の生き方そのもの。 スッと立つ1本の樹木のようだ。
1投稿日: 2016.03.02
powered by ブクログ久々に詩集を一冊。 ずっと好きだった「自分の感受性くらい」 哀しさと勇気の「わたしが一番きれいだったとき」 力強い「ぎらりと光るダイヤのような日」 耳に心地いい「波の音」に幾年巡る「さくら」。 誇り高い「寄りかからず」 母なる星をうたった「水の星」 愛と不在の「夢」「一人のひと」「歳月」、 そしてアムネスティに送った「灯」・・・ 詩人ってすべての事物をたたえ、勇気づけてくれるんだろうな。
1投稿日: 2016.03.01
powered by ブクログ谷川俊太郎選だったので、谷川俊太郎の詩集に続けて読んだ。10代、20代の頃は女性作家の感性に共感出来ることが少なかったが 今となっては、かなり心に響くものがある。 この本には遠慮なく付箋をつけまくって、何かある度に開くことにしている。どの本よりも今一番読み返してる作品。
1投稿日: 2015.11.28
powered by ブクログあほらしい唄 言いたくない言葉 くりかえしのうた 兄弟 自分の感受性くらい 怒るときと許すとき 活字を離れて 一人のひと なれる (存在) よいですね~
1投稿日: 2015.09.28思わず背筋が伸びる、やさしくも強い言葉たち
「自分の感受性くらい」 ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて 気難しくなってきたのを 友人のせいにはするな しなやかさを失ったのはどちらなのか 苛立つのを 近親のせいにはするな なにもかも下手だったのはわたくし 初心消えかかるのを 暮らしのせいにはするな そもそもが ひよわな志しにすぎなかった 駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄 自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ 茨木のり子の言葉は、いつも強くやさしく、読むものを叱咤し、奮い立たせてくれる。 自分の足で立ち、自分の言葉で語り、自分の人生を生きる。 みんな自分は当然できていると思っているかもしれないこと。 でも実際はできていないこと。 もしくは、できているか不安になっていること。 確信をもって生きている人なんてそんなにいないのかもしれない。 みんな不安だけど、そんな自分を愛おしみながら、奮い立たせながら、今日も生きている。
0投稿日: 2015.07.08
powered by ブクログ限界まで研ぎ澄まされた言葉で、こんなにも奥行きのある世界を見せるなんて。 読む、目をあげて考える。読む、目をあげて考える。の繰り返し。贅沢な時間を過ごせた。 「解説に代えて」もよかった。
1投稿日: 2015.06.20
powered by ブクログ友達に勧められて購入。あまり詩って触れてこなかったけど、いい機会だと思って読んでみた。 「自分の感受性くらい」 ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて 気難しくなってきたのを 友人のせいにはするな しなやかさを失ったのはどちらなのか 苛立つのを 近親のせいにはするな なにもかも下手だったのはわたくし 初心消えかかるのを 暮らしのせいにはするな そもそもが ひよわな志にすぎなかった 駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄 自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ 「わたしが一番きれいだったとき」 わたしが一番きれいだったとき 街々はがらがら崩れていって とんでもないところから 青空なんかが見えたりした わたしが一番きれいだったとき まわりの人達がたくさん死んだ 工場で 海で 名もない島で わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった わたしが一番きれいだったとき だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった 男たちは挙手の礼しか知らなくて きれいな眼差しだけを残し皆発っていった わたしが一番きれいだったとき わたしの頭はからっぽで わたしの心はかたくなで 手足ばかりが栗色に光った わたしが一番きれいだったとき わたしの国は戦争で負けた そんな馬鹿なことってあるものか ブラウスの腕をまくり 卑屈な町をのし歩いた わたしが一番きれいだったとき ラジオからはジャズが溢れた 禁煙を破ったときのようにくらくらしながら わたしは異国の甘い音楽をむさぼった わたしが一番きれいだったとき わたしはとてもふしあわせ わたしはとてもとんちんかん わたしはめっぽうさびしかった だから決めた できれば長生きすることに 年とってから凄く美しい絵を描いたフランスのルオー爺さんのようにね
1投稿日: 2015.05.14
powered by ブクログ茨木さんの詩を読むとなんて人間ってちっぽけなんだろう、自分は何を小さなことにこだわってるんだろうってつくづく感じる。 茨木さんの領域には到底達することはできないけど、勇気と強い気持ちを少しもらえる。 やりたいことをやろう。 人じゃない、自分の考えで進もう。 若い時やるだけやってみよう。 足腰が弱ってきたら心を強くしよう。 茨木さんの詩は、強くやさしく僕の心に響く。 限りない想像力を与えてもらえる。 茨木のり子さん、ありがとう。 茨木さんを教えてくれてありがとう。
2投稿日: 2015.02.24
powered by ブクログあまり詩集って読まないんだけど、プレゼントでもらって、 久々に心を澄ませて?読むことの心地よさにあいました。 激しさも、静けさも感じられる、茨木さんの詩集良かった。 好きなのは、 王道の 自分の感受性くらい 活字を離れて 怒るときと許すとき 準備する さくら
1投稿日: 2014.08.02
powered by ブクログ世田谷文学館で茨木のり子展を見て,久しぶりにいくつかの詩をじっくり読んだ.ふだん詩とは全く縁遠い文章を読んで生活しているので,詩を読むのはエネルギーがいるのだが,茨木のり子の詩は私にもよくわかるし,素直に心に入ってくる.これは驚きだった. というわけで,この本を買った.この前に詩集を買ったのは25年くらい前か.もう,一生詩とは無縁かと思っていたが,こういう再会ができるのはとてもうれしい. 実際に読んでみても,展覧会での印象と変わらず,とても読みやすい.中に「二人の左官屋」という詩があって,自宅にやってきた左官屋さんが詩人に向かって「奥さんの詩は俺にもわかるよ」と言う.本当だ.私にもわかる. 巻末に掲載の大岡信との対談で,詩人は「単純にすっきりさせたい.モヤモヤや悶々をそのまま出したくないんですね.だってほかの人の作品を読むときでも,単純な言葉で深いことを言えてるものが最高と思いますもの」(p.323)という.大岡さんは,それを「論理性」とか「すぱっと言い切る」という言葉で表現している.ここらが私にもわかる理由だろう.このような詩のスタイルは,母親を早く亡くし,医者の父親のもとで育ったという生い立ちとも関係があるような気がする. 私でも以前から知っていた「わたしが一番きれいだったとき」「自分の感受性ぐらい」「倚りかからず」などの他にもいい詩がたくさんある.自分の覚えのために題名だけ書いておく. 「ぎらりと光るダイヤのような日」「六月」「花の名」「りゅうりぇんれんの物語」「冷えたビール」「みずうみ」「答」など. それにしても晩年に近づくにしたがって,孤独のつらさが痛い.死後出版の「歳月」の一連の詩はそれまでの詩とちがってかなり肉体の感覚に近いところで書いている.それがなかなか私にはこたえる.本当に夫婦ってこんなに愛し合えるものなんだろうか.
0投稿日: 2014.07.07
powered by ブクログ言葉が多すぎる というより 言葉らしきものが多すぎる というより言葉と思えるほどのものが無い この不毛 この荒野 賑々しきなかの亡国のきざし さびしいなあ うるさいなあ 顔ひんまがる 茨木のり子「賑々しきなかの」、谷川俊太郎編『茨木のり子』岩波文庫、2013年、202頁。 谷川俊太郎選『茨木のり子詩集』岩波文庫、読了。「茨木のり子の詩を読むのに、構えはいらない。そこに差し出された作品を、素手で受け取り、素直に読んでみるに限る」(化水音たかく 解説に代えて・小池昌代)。じわじわくる。極めて個人的経験の表象がここまで普遍的に揺さぶりをかけてくるとは。魂消た。 言葉を弄ぶ者どもよ、戦慄せよ。
1投稿日: 2014.07.02
powered by ブクログ言葉は美しいと心から思った。 こんな言葉を持ちたいと思った。 詩人はまるで音楽家のようだ。言葉で平和の歌を歌っている。
1投稿日: 2014.05.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「自分の感受性くらい」など代表作しか眼にする機会がなかったが、いくつもいい詩に出会えた。 特に『歳月』収録作はどれにも、しっとりとしたエロスと悲しみが同居している。 また「おやすみなさい 大男」や「いい男だったわ お父さん」のようなちょっとした一言がぐいっと胸に射し込んでくる。
1投稿日: 2014.04.11
