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道士郎でござる(8)
道士郎でござる(8)
西森博之/小学館
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総合評価

14件)
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    03.30.07/16.出張先、マンガワンにて読了。最初から最後まで楽しかった。笑った。感動した。道士郎の無敵っぷりが貫かれたままでよかった。殿の本当の強さ。時にはずるい感じもしたし、躱せる才能もあったけど。まだまだ伏線もたくさんあったのに終わってしまったのが非常に残念。皆とてもいいキャラでした。

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    投稿日: 2016.07.17
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    久々に読み返してもやっぱり面白い。 西森作品はいつももう少し読んでいたくなるちょうど良い余韻とともに綺麗に終わってくれる。根拠の無い打ち切り説がネットではまかり通っているのが不思議。無駄に長いとがっかりする俺にはちょうど良かったからどうでもいいけどね。 先生の漫画だから言うまでもないけど相変わらずキャラが立ちまくってる。サブキャラではノリと陶酔で生きる池内のギャグ的生き様が最高に好き。道士郎の父親&ホークアイも登場して少し喋って欲しかった。

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    投稿日: 2013.08.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

    打ち切りだったという噂のこの作品。 最近の西森作品はなかなか長編にならなくて残念だなーおもしろいのになー この漫画の見どころはまずエリタン。とにかくエリタン。西森先生が描く女の子の可愛さは異常。 あと見どころは健助の成長かね。最近の西森作品はテーマが結構はっきりしてるよね。 ギャグはお茶に匹敵するくらいおもしろいと個人的には思う。

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    投稿日: 2011.09.24
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    画像なし同作者オススメ本♪ 「天使な小生意気」8、10〜18、20巻完結 「道士郎でござる」?、?巻

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    投稿日: 2008.08.19
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    これも笑いすぎて頭ぶつけたりしながら読みました。 道士郎がもう、ヤバすぎるwww これも終ったときなんで終るのか分からなくて絶望しまくった。 人生が終ると思った。

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    投稿日: 2008.06.28
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    西森先生の作品の中でも1、2を争う面白さだと思いますよ私は!ちなみにもう一方は「今日俺」です。 不自然だった道士郎という存在がいつの間にか自然になってて、それがこの人の魅力なのか性分なのか迷うところだなぁ。健介の成長もまた見逃せん、てか好きだ! そしてこの漫画の一番いいところは、何度読み返しても同じシーンで噴き出す。どうしても。

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    投稿日: 2008.02.17
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    不良漫画は基本かなり好物ですけど、これは一風変わった感じですんごいよかった!のに、微妙なところで終了。すごい悔しいです。未だに。 現代の武士と殿、それと不良たち。織り成す事件や喧嘩が楽しい。名作だったと思う。

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    投稿日: 2008.02.12
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    何度読んでも爆笑できてそしてジーンとなる漫画ですごくお気に入り(*´∀`*)皆大好きだったけど、特に健助殿が普通の少年だったはずなのに成長っぷりが最高に格好良くて大好きでした!8巻で終わっちゃったのはほんと残念。もっと色んな人に読んでほしいな。

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    投稿日: 2007.10.28
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    とっても好きでした。何でたった8巻で終わってしまうのか。泣きそうです。 道士郎より何より、健助殿が好きです。

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    投稿日: 2007.08.14
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    なかなか面白かったな。最後は打ち切りっぽい終わり方だったけどね。何しろエリカのキャラクターが最高なんだよ。 西森漫画の魅力のひとつとして、フツーの奴が頑張っちゃうシーンがあると思うんだよね。胸が熱くなるもん。良くん然り、藤木然り。この漫画の主人公は道士郎じゃなくて健助なんだよね。だからなかなかいい感じだった。でもそうすると、道士郎って一体何なの、って話になるわけですわ。鉄人か、って位便利なキャラじゃん。「道士郎、やっていいぞ」みたいな使い方されると、ちょっとね。 結局、健助みたいなフツーの奴を主人公にして活躍させるには道士郎の存在は不可欠なんだよね。道士郎がいなかったら漫画にならないし。難しいわな。でも面白かったよ。藤木に恵とうまくいって欲しいとか思ってた俺としては、エリカとのラストはすげえ嬉しかった。

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    投稿日: 2007.05.21
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    面白い!最近、あんまりマンガ読んでなかったので久々のヒット。 同じ作者の『今日から俺は!』も好きです。

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    投稿日: 2007.01.13
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    天こなとほぼ同テイストですが、とにかく殿の性格に注目。知能犯で鬼畜で意外とS。外見とのギャップがたまらんかっこよさです

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    投稿日: 2006.11.05
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    6巻までがめちゃくちゃ面白かったのに、途中からどんどん話がデカくなっちゃって、最後は「そんなんありか!?」な終わり方。 しょぼい! もうやることもなくなったから仕方なく打ち切りなのかな? 次回作品に期待します。

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    投稿日: 2006.09.18
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    ■『道士郎でござる』がサンデー誌上で最終回を迎えると1月頃に耳にして、すごく残念に思った。この話のペースだともっと続くと思っていたからだ。しかし、一つの作品としてよい終わり方をしたとも思う。 ■連載が始まった時は、時代錯誤な「武士」が騒動を巻き起こすギャグマンガという印象だった。ところが、途中で実は主役は健助で、健助の成長物語なのだと気付いた(この点についてはAmazonのレビューでも指摘されている)。いや、もっと正確に言うと、この時点では、常識的な一個人(狂言回しに過ぎないキャラクター)だと思っていた健助が見せる、臆病な根性に感動するという程度のものだった。 ■健助が本当に狂言回しなら、道士郎の登場シーンは健助と道士郎の出会いから始まるはずだ。しかし、この物語は母と兄から離れ、アメリカで育った道士郎が帰国して迎え入れられるというシーンから始まる。最初に道士郎に度肝を抜かれるのは道士郎の母と兄なのである。 ■道士郎を中心として、周囲の人たちの物語が、時に絡みながら別々に進行する。道士郎に感化されながら、周囲の人たちは自分の成長をあくまで自分自身で選んでいく。道士郎は周囲の人間を「ちょっとだけがんばってみようかな」という気にさせるが、その手伝いをしてくれるわけではない。 ■健助は道士郎に「殿」と呼ばれ、健助が命令すれば道士郎は何でもやってくれるというポジションにある。しかし、道士郎への健助の命令は「○○をやってはいけない」というものが基本である。行為の遂行ではなく、行為の禁止のために健助は命令する。そして、自分の問題を解決する際には、健助は道士郎の力を借りず、自分で解決する道を模索し、実行するのである。それも決して突拍子も無いアイデアではなく、常識的に実現できそうな方法をその都度、状況に応じて考案する。 ■もちろん、道士郎がいなければギャングやヤクザと戦うことはできなかっただろう。不良と真っ向から立ち向かう勇気は持ち得ても、現実的にはその場でつぶされてしまうだろう。ひとつひとつの勇気がその人物を成長させるまでの過程を道士郎がガードする役割を果たす。つまり、道士郎の手助けは間接的なものではあれ、直接的なものではない。 ■1人だけ例外がいるとすれば、ギャングのリーダーである神野は健助に影響されている。神野は「小坂(健助)式」の人心掌握術を見出し、実行する。下心を持って、形式だけ健助をなぞるやり方は見苦しいのだが、その背景には読者を納得させる動機があり、神野も「ちょっとがんばってみようかな」と考え、実行した一人なのである。 ■そういうわけで、このマンガは道士郎の周囲にいる人たちの成長が道士郎に保護されるという物語であり、道士郎自身は完成された(成熟した)ガーディアンである。 ■実は道士郎の描かれ方に一つだけ違和感がある。マンガでは雲みたいな吹き出しでキャラクターの思ったことが描かれる。この吹き出しが道士郎に付くことに違和感がある。つまり、道士郎の内面が言語手段で描かれてしまうことに違和感がある。道士郎は他の登場人物と同じ一人の人間(個人)であってはならない。 ■内面を描写する吹き出しで考えられたことは物語の中の人物同士のやりとりではなく、読者しか知ることができないことで、読者がその登場人物の内面を特権的に覗き見するようなものなのだ。読者だけが道士郎に対して特権的な立場になれるべきではないと思う。僕は道士郎の内面を読むと居心地の悪さを感じる。 ■僕も道士郎の周囲の人たちと同じ立場でありたいと思うのだが、どうだろうか。

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    投稿日: 2006.05.01