
総合評価
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powered by ブクログ台湾旅行から帰ってきてこの本を読んだ。自分の旅先と「街道をゆく」シリーズの旅先とが重なったとき、旅の前後に手に取ることが多い。 司馬遼太郎は風土を重視する。地理、気候から産業、歴史を踏まえたうえでその土地に詳しい案内人と共に各所を訪れる。 50年間の日本統治時代に生きていた台湾の人々は、皆かつて"日本人"だったことがあるということであり、本書の中ではもちろん、私が行った現在の台湾でもその痕跡を辿ることができる。 司馬遼太郎は台東に住む原住民の"大野さん"に「戦前風の日本人」を感じ「このさびしさの始末に、しばらくこまった。」と書いている。私も旅先の台南で日本統治時代の痕跡を見て、さみしさ、傷み、捨ててきた故郷のような感覚を持った。 司馬遼太郎は、車中で会った青年から李登輝さんまで、台湾の風土の中にその個人を落とし込んで描き出す。 私は地元の人の生活を垣間見る事ができるような旅がしたいと思っているが、「街道をゆく」の影響が大きかったのかもしれない。
0投稿日: 2025.12.20
powered by ブクログ「街道をゆく」シリーズ、ついに台湾。「週刊朝日」に1993年7月から94年3月まで連載。台湾取材は93年の1月と4月。司馬遼太郎にとっては、最後の海外取材になった。 「紀行」と聞くと、なにやら優雅な旅の思い出を連想するが、本書はさにあらず。かなり重い歴史紀行。しかも訪ねる先々で、みなが涙を流す。司馬はそうした自分たちを「涙袋」と称する。これまでの「街道をゆく」シリーズにはなかったような光景が展開する。 冒頭に登場するのは葉盛吉。司馬と同じ1923年の生まれ。日本統治下の台湾で育ち、旧制二高(仙台)を経て東大医学部入学、そして敗戦。帰台し、台湾大学医学部を卒業、マラリア研究所で研究するも、50年に銃殺刑。27歳。 台湾にはずっと支配者がいなかったが、清が領有権を主張、日清戦争で日本に負けたため、日本の領土となった。戦後は、蒋介石一党が大陸から逃れてきて、台湾を支配するようになった。そこで起こったのが1947年の二・二八事件。これが契機になって、反体制とみなされた者は数年のうちに一掃された。犠牲者は2万とも3万とも言われる(上記の葉盛吉はそのひとり)。驚くことに、1987年まで台湾には戒厳令が敷かれていたのだ。いまの台湾からはとても想像できない。 連載時、台湾の総統は李登輝。司馬と同じく1923年生まれ。旧制台北高校を経て京都大学で農業経済学を学ぶも、学徒出陣。終戦後帰台し、台湾大学農学部を卒業。二・二八事件に参加。その後アメリカの大学院で学び、台湾大学教授。50歳にならんとする時に、政治の世界に足を踏み入れた。司馬とは初対面なのに、旧知の友人のように語り合っている。しかも旧制高校時代の話し方で。 連載には安野光雅による台湾の風物のスケッチが添えられていた。安野は、司馬の台湾行きに同行するも、ほぼ別行動で写生して回っていた。司馬は、敬愛の念も込めながら「俗事に無頓着な画伯」と表現している。挿画は『台湾小景』(朝日新聞社)として刊行されている。
3投稿日: 2025.10.31
powered by ブクログこの本だけの感想ではないですが、台湾の歴史、表現が適切か微妙だけど、とてもおもしろい。 いろんな波に影響されてきて絡まり合ってる現状も興味深いし、日本との関わりの深さゆえの鏡としても興味深い。
1投稿日: 2025.05.22
powered by ブクログ台湾 特に東半分は無主の国であった ハリスが来たとき米領にすればとさえ言った 日本は一等国としての見栄をはって、治水・灌漑等比較的良い治世をした 巻末に山田方谷・河井継之助の話まででてくる 李登輝(客家出身が蒋経国の次の総統になったのも不思議
0投稿日: 2025.02.19
powered by ブクログ司馬節で語られる台湾への思いや歴史などが理解できる名著。 「植民地時代に日本が残したものは大きい。批判する一方で、もっと科学的な観点から評価しなければ、歴史。理解することはできないと思うな。」李登輝さんの言葉が印象的。
0投稿日: 2025.02.18
powered by ブクログ何気なく台湾旅行の参考にと道中から読み始めたけど、国としての成り立ちや台湾の国造りに関わった日本人、台湾の人々の事を知り興味を惹かれた。 お陰で台北の街歩きで、至る所で出会う今も大切に使われている国立博物館、総統府など日本の統治時代の建物施設も興味を持って観光できたし、台北の人達にも親近感が勝手に湧いてきた様で充実した旅ができた。 本島人として初めて総裁になった李登輝さんが執務してたであろう「総統府」も尋ねたが、本土との緊張関係のある時節柄か中の見学は叶わなかったが。 帰国してからも台湾に興味を持って、関連本を読み続けている。それだけ自分に大きな影響を与えてくれた紀行だった。
1投稿日: 2024.06.14
powered by ブクログ「国家とはなにか」をテーマに、司馬遼太郎さんと台湾のかかわりや歴史についてのお話 台湾の雰囲気やグルメやショッピング、台湾の人々が大好きで、何度も行きたい!と楽しい気持ちいっぱいだったけれど、歴史を知り、思うと悲しく、単に楽しい!の気持ちだけで訪れていいのだろうかと思いました。 「私は台湾を紀行している。絶えず痛みを感じつつ歩いている。」 そして、何度も出てくる「人間の尊厳」という言葉。 互いを尊重しあえる世界のために、私たち個人が互いを尊重するようにしなければいけないですね。
3投稿日: 2024.02.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
秦が法家思想の取り込みに失敗してからというもの、公の体系としての法家思想は中国には根付かなかった。漢の武帝が儒教を国教として以来、中国の皇帝は私であり、公であることがなかった。それは蒋介石とその子蒋経国もそうであった。蒋経国は私としての権力の弱さに気づいていたのか、台湾人の俊才の抜擢を始めた。具体的には、李登輝を副総統として将来の総統になる準備をさせたのである。台湾の奇跡はここから始まる。
1投稿日: 2024.02.03
powered by ブクログ台湾の取引先の偉い人と会話する中で、先方に勧められたこともあり今回本書を手に取った。その御仁は日本のドラマを時々見るのだそうだが、一番好きなのは坂の上の雲だという。理由は台湾統治に携わった人達が次々と登場してくるからだという。
1投稿日: 2023.05.08
powered by ブクログ台湾という国の成り立ちについて、司馬遼太郎ならではの大陸的スケールで位置付けて語る。 李登輝さんが総統になって自由化された台湾を、日本の植民地時代の影をたどりながら巡る。
0投稿日: 2023.01.27
powered by ブクログ司馬遼太郎は苦手で作品を読まない。 台湾を知りたいの一環でこの本を手に取ったが、結果は大変良かった。 この作品の通奏低音は、台湾は中国ではない、中国は単なる侵略者だ、、と私は理解した。(ついでに日本も侵略者 だが後の国民党があまりにひどかったので親日派が多いのだろう) あちらこちらを巡って風俗にふれ歴史を紐解くと、さらにこの想いが強くなっていったようだ。 最後の李登輝との対談には大満足。ここは絶対に読むべし。 よくも中国ベッタリの朝日新聞でこのような主張の本が出せたのか不思議。 ウクライナがロシアの一部ではないように台湾も中共の一部では無い。 一つの中国なんてものは幻想でしか無い。
0投稿日: 2022.09.24
powered by ブクログ今から30年前、日本を代表する歴史小説家が、自分と同世代で日本統治期に少年期を過ごした「老台北」たちと共に旅した台湾。この時代は民主化が始まったばかりで、中国史を引き継いだ「中華民国」も、原住民族を擁する多民族国家としての台湾としても両者を平等に尊重し、この国の未来を見据えた視点で語っている。著者が語る過去の台湾に生きた台湾人、日本人、そして後に初代台湾総統となる李登輝を始めとしたこの時代に生きた台湾人たち(もちろん本省人だけでなく外省人もだ)、彼ら多くの人々によって現在の台湾が成立していることを改めて確認する。 「いまからの台湾は、アジア的な先例にこだわらずに、住民がつくってゆくにちがいないのである」本当にこの言葉のとおりになったな、と頷いた。
0投稿日: 2022.08.11
powered by ブクログもう実は2年以上前に読了した本なので、詳細はすっぱり忘れてしまいました。 だとすれば読んだ意味はあるのかという大きな疑問が湧きますが、大変に面白かった。それに今後台湾のことを考えるときはまた再読しよう、と。(そういう意味では電子書籍というのが非常に便利です。場所を取らないし、痛まないし、出先ででもパッと再読できる上に、単語検索で部分読みも可能なので) 司馬遼太郎さんが語る世界史、というのは本当に美味しい読書です。世界史昏かったので、毎度鮮やかに世界の認知の解像度を上げてくれます。
1投稿日: 2022.07.09
powered by ブクログなんだか文章が固くてほかの街道をゆくのようにすらすらと読みすすまなかった。台湾の歴史については、考えさせられた。巻末の李登輝総統との対談は、大変良い内容だった
0投稿日: 2021.01.11
powered by ブクログ李登輝さんが亡くなったことを受け、改めて読み直す。本シリーズは、紀行文のようでありながら、その実、司馬さんがとめどなく語り尽くす歴史の蘊蓄が魅力である。この台湾紀行は特にその感が強く、台湾の歴史、台湾に関わった日本人、市井の名もなき人たちが、パッチワークやコラージュのようにつなぎ合わされ、台湾という「国のかたち」が浮かび上がってくる。 司馬さんは、自分の作品を「22歳の自分への手紙」と言う。終戦時に抱いたこの国はどうしてこうなってしまったのかという強烈な疑問への回答という意味である。台湾について語る場合、当然、日帝時代は避けて通れない。ただ本書では、あくまで台湾にフォーカスが置かれているように感じる。 20年ほど前、私がまだ学生だった頃、台湾の留学生に招かれて食事をした際、唐突に日本が台湾を植民地にしていたことをどう思うと聞かれ、言葉に窮した苦い記憶がある。その後、彼に本書をプレゼントしたところ、いたく気に入り、決まっていた卒論のテーマを変えてこれで書くと言い出し、慌てた指導教官に止められていた。何かが彼の琴線にふれたのだろうと思う。 本書には、李登輝さんと司馬さんの対談も特別に収録されている。蒋政権からまだ5年足らず、台湾総統が日本の、それも小説家に会うということで、当時は小さくないニュースになったという。それから四半世紀経ち、中国が強大化し、台湾は薄氷を踏むようにあり続けている。そもそも台湾という名称自体便宜的な地域名に過ぎず、当然、日本との国交もない。
7投稿日: 2020.09.27
powered by ブクログ読んでから行ったわたし、もちろん観光旅行 司馬さんの『台湾紀行』が書かれたのは1990年代だけれども 内容はちっとも古びていない その通りな印象で 司馬さんのテーマ「国家とはなにか」を いかほどか理解したか、おこがましいが 興味深い島(国)であった 日本と国交がないことになっているのに交流がある国 異国情緒のただよう母の思い出話で懐かしい島 母方の祖父 が海軍人で、軍艦に寄港地になり 母は小学生時代を過ごした バナナが食べ放題の話、牛に追いかけられた話 このたび「新竹」のビーフンが台湾の名産と知り そういえば母の作るビーフンは美味しかったなあと思いだし 間接センチメンタルジャーニー 台北、台中、嘉儀、台南、高雄、鹿港、九ふん という都市名だけが残るバス&新幹線の旅にて めまぐるしかったけれども やっぱり親日的で気持ちよく観光させてくれ すっかり術後の躰が回復して帰国したのであった
7投稿日: 2020.06.16
powered by ブクログ台湾のアイデンティティとは。 司馬遼太郎さんの考察と李登輝さんなど台湾の著名人と議論する内容は面白い。
0投稿日: 2020.03.29
powered by ブクログ親日国台湾の地理と歴史を巡る記録。 歴史の中で主権者が数度変わる数奇な運命にありながらも、立派に自立しようとしている。 読後に思ったのは、なんて可憐な国なのだろう、ということ。 しなやかであり、それでも折れることがありながらなお発展を続ける。 日本の心、中国の精神性、原住民の気質、それらが混ざり合い、しかもそれらがきちんと住み分けできているように思われる。 簡単に「親日」と割り切れないものがあるのを感じた。著者が高齢の女性から「日本はなぜ台湾をお捨てになられたのですか?」と問われるシーンは考えさせられた。 台湾は国ではないという主張がありますが、絶対に台湾は一つの国です。 他の国の一部ではありません。ということは言い続けたいです。
1投稿日: 2018.09.10
powered by ブクログ【司馬さんがゆく 台湾編】『竜馬がゆく』等の作品で、若い世代の間でも変わらぬ人気を獲得し続けている司馬遼太郎が、台湾を歩きながら感じたことを綴った作品。「国家とはなにか」という大きな問いを手掛かりとし、歴史の奔流の中をたくましく生きてきた台湾について考えを巡らせていきます。 ときには広く名も知られていない個人と、国家や民族、そして歴史という大きな思念の間を、鷹揚に、そして自由に行ったり来たりしながら思考の幅を広げてくれるとことが司馬作品の魅力だと思うのですが、本作ではその魅力が台湾という彩りを伴って、格段に増しているように感じました。これからも『街道をゆく』シリーズに手を出してみようかなと。 〜「日本はなぜ台湾をお捨てになったのですか」と、大きな瞳を据えていわれた。たずねている気分が、倫理観であることは想像できた。考えてみると、彼女の半生をひとことでいえば、水中の玉のように瑩として光る操なのである。こういう人の前では、答えに窮したほうがいいとおもった。〜 考えのヒントをこんなに与えてくれる土地も珍しいのではないか☆5つ
0投稿日: 2018.06.06
powered by ブクログ2016年11月に台湾に行った。台湾の事をより知りたくなったので読んだ。 司馬さんが台湾を訪れたのが1993年くらい。当時の台湾は、民主化から日が浅く、大陸出身でない人間、つまり台湾人が初めて国のトップになってからいくらも経っていない時だった。この紀行は、その当時の、司馬さんの目、つまり外から見た台湾を、教えてくれる。司馬さんの目…というのは、司馬さんが書いたんだから当たり前なんだけど、それこそがこの本の一番の魅力と思う。司馬さんの目から見た台湾、を当時の日本人から見た台湾、と言い換えてもいいかもしれない。なぜなら2016年11月に自分が行った台湾では、この本に書いてあることは(知識不足は大いにあれど)ほとんど感じなかったから。アジアのお隣さんで、日本のものに溢れてて、気さくで親切な国、だったから。 台湾という国、と暮らす人々、はきっと司馬さんの頃から変わっていないけど、自分が知らない台湾が、台湾紀行には書いてあった。
1投稿日: 2017.06.06
powered by ブクログ時は蒋経国が亡くなって数年がたったばかりのこと。台湾は着々と民主化が進み、大陸は大陸で勃興する気配はまだない。今となってはちょっと昔の話だけれど面白い。これだけ日本語を話す人がいる頃に旅をしてみたかった。
0投稿日: 2016.03.20
powered by ブクログ琉球と台湾がチベットやウイグルと重なる。帝国主義の大波が小国を呑み込む。戦争の勝敗を分けたのは戦術よりも武器の進化であった。科学の進歩は戦争によって花を開かせてきた。第一次世界大戦(1914-1918年)では迫撃砲・火炎放射器・毒ガス・戦車・戦闘機が登場した。第二次世界大戦(1939-1945年)は空中戦の様相を示し、ドイツの弾道ミサイル「V2ロケット」が生まれ、アメリカの原爆が日本に止(とど)めを刺した。二度の大戦は戦争を国家の総力戦に変えた。 http://sessendo.blogspot.jp/2015/11/40.html
0投稿日: 2015.11.04
powered by ブクログなにか特別なできごとがあるわけでもなく、著者の見聞きしたことがらがひとかけらの感想とともに淡々としたためられているだけなのだが、著者の目線のなんと温かく、愛惜に満ちたものであることか。 過去に50年間同胞であったという記憶を、両岸で大切にしている人々がいると知るだけで、慰められる。 日台友好進展を心から望む。 今さらながら、司馬遼太郎という作家、というか文明評論家を失ったことは、我が国の大きな損失である。 先の震災を乗り越えるに当たっても、羅針盤となってもらいかった。
0投稿日: 2015.03.04
powered by ブクログこの本を読むのは2度目となった。再読した要因は複数ある。数日前に台湾を旅行で訪れたこと、早稲田大学・江正殷氏の「台湾を知る」を受講した後であったこと、台湾のひまわり学生運動を調べた後であったこと、KANOや天空からの招待状が上映中であることと数をあげればきりがない。とにもかくにも台湾の歴史的背景を、ここでいったん整理しようと思い立ったのである。 本書は台湾の全貌を知りたい人にとってのバイブルといっていい。週刊朝日誌上で連載が開始されたのが1993.7.2とある。いまから20年以上も前となり、やたら「グローバル化」が唱えられる現代社会では、時代の趨勢が移り変わっているように思われるが、今から読んでも現代とリンクしている話題は非常に多い。先日「台湾を知る」では、李登輝総統が目指した「中華民国在台湾」と、そこから発展した「中華民国是台湾」の考え方習った。つまり台湾が独立した民主主義「国家」に至るプロセスを「中華民国到台湾」も含め、「到」⇒「在」⇒「是」で形容していた。その一連のながれを本書では知ることができる。もっとも、司馬遼太郎氏と李登輝元総統の対談が1994年であり、まだこの時点では民主化が現在進行形の印象は否めないが。 ともあれ、思い立ったが吉日。KANOや天空からの招待状を見る前に。台湾へ旅行に行く前に。はたまた台湾人と付き合いたいと考えている前に。要因は何でもいい、台湾と何らかのかかわりをもちたいと思っている人は、その表面上を漂っている好奇心に、ちょっとだけ肉付けをする意味で、ぜひ本書を手に取ってほしい。
0投稿日: 2015.02.02
powered by ブクログ50年間日本に実行支配されたにも関わらず、台湾には親日家が多いのは何故なのか。という素朴な疑問があり手に取った一冊。 大きな歴史的な流れはもちろん、ミクロな視点で台湾の歴史が、人々の言葉を通して語られているのが印象的だった。 面白いのは、この紀行文が連載された当時、台湾はまさに歴史的な局面を迎えていたことで、巻末の当時の国家元首李登輝氏との対談もとても興味深い内容だった。 司馬さんが、好意的な印象で綴る人物像は、読んでいて気持ちが良い。
0投稿日: 2014.09.28
powered by ブクログ司馬遼太郎の文章に癒される。 台湾の歴史を知り、理解すれば、日本の明日が見える。 日本と仲良くしたい国と付き合うことを真剣に考えてもいいのではないか。
0投稿日: 2013.09.04
powered by ブクログ1993年7月から翌3月まで週刊朝日に連載。 「街道をゆく」シリーズのなかでは珍しく現在進行形の政治問題に切り込み、当事の総統李登輝氏と国土や愛国心について対談し、大問題になった著作である。 総統李登輝氏はそれまで国土や愛国についてのデリケートな問題について発言すれば大きな国際政治問題を巻き起こすことを恐れて、極力触れずにいた。それが本著での対談で、歴史の大家の前では心の奥の厚い魂を吐露してしまったというのが背景にあろう。 素晴らしい内容の本で、NHKの「街道をゆく」では唯一映像化されていないのが残念極まりない。 安野光雅氏のスケッチも、情景を見事に表現され素晴らしい。 台湾旅行の前から読み続け、実際の情景と人情、雑踏、匂いや暑さを体験して、ようやく帰国後読了。 国とは、人とは、歴史とは何か。そして愛とは。 大国の間を長い間揺れ動いた台湾を本著は俯瞰することで、司馬氏が危険を顧みず問題を浮き彫りにしました。鋭く切り込んだことで世界に台湾を知らしめ、政治的に悪い影響ばかりが起こったのではなく、事実を知ることで深く世界の理解が進んだと確信します。 司馬氏そして李登輝氏に心よりの敬意を表します。 以下、印象に残った文章 ・李登輝さんは、以前、台北市長(官選)に就任したとき、「誠、公、廉、能」を自分自身の基本態度にした。 ・香港や東南アジアの華僑は工業を好まず、手っ取り早く金儲けができる金融業や不動産業、相場を好むのである。台湾人が、無骨にも製造業を好むというのは___日本人の影響だという言うが___際立った特徴といえる。 ・「植民地というのはトクな面がある。その本国のいちばんいい所が植民地で展開されるからだ」 ・小さなホテルの食堂で、台湾史の一端を考えつつ、この国のゆくすえを思った。(省略)太陽が桃の花の蕾を開かせるように、ごく自然に、台湾における”空想”の部分が消え、現実の島と住民に根ざした国が、生物学的なおだやかさで才誕生する時代がくるのに相違ない。その再誕生にあたっては、海外のいかなる勢力も容喙しない、というのが、自然というもののめでたさである。 ・山地人は、若い人はともかく、諸族間では言語が通じない。だから諸族間の交渉は、いまなお日本語が用いられるという。この地球上で、日本語が「国際公用語(?)」である唯一の例は、台湾山地人のあいだでしかない。 ・「高砂族」と日本時代によばれてきた台湾山地人の美質は、黒潮が洗っている鹿児島県(薩摩藩)や高知県(土佐藩)の明治までの美質に似ているのではないか。この黒潮の美質というべきものは、男は男らしく、戦いに望んでは剽悍で、生死に淡白である、ということである。 ・1895年から五十年間、台湾は日本領だった。1945年に分離するまで、そこで生まれて教育を受けてきた台湾の人々が濃厚に日本人だったことを、私どもは忘れかけている。
0投稿日: 2012.06.02
powered by ブクログ台湾旅行の前の予備知識として。 日本人として、台湾のみならず歴史を知っておくことが必要だと強く思った。今の台湾の親日ムードを「台湾の人は日本が好きなんだーありがと!」なんて表面だけ見るんじゃなくて、そうなった背景を知って、そのうえで台湾と向き合わないと、何かを見誤りそう。
0投稿日: 2012.03.25
powered by ブクログ街道をゆくシリーズの中でも、特に面白い一冊。特に巻末の李登輝との対談は各方面に影響を与え、今現在も学術界では語り草となっている。
0投稿日: 2011.12.04
