
総合評価
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powered by ブクログ巴蜀;巴は重慶 蜀は成都 行くのではなく登る 対トイ同意 蒟蒻は国字 中国では芋角 モンゴル人曰く 土をひっくり返すな;砂漠化する 劉備が三度孔明を尋ねた;三顧の礼 泣いて馬謖を斬る 孔明 竹はたけ、ささ、バンブーの三別 鄭和の蔡倫も宦官であった シーサパンナ;中国だけどタイ族;ハワイのよう 中国は1955年頃から数年間、軍国主義時代の日本を恨むな と徹底的な民衆教育 蒋介石も暴に対しては徳をもって報いよう と 日本人は許すとすぐ忘れてしまう。許したら忘れなければならない、と考えている。中国人は違う、許した後はきれいに付き合うがその事実は決して忘れない(ある老華僑の言葉)
0投稿日: 2025.06.26
powered by ブクログ司馬遼太郎さんの文化的、歴史的考察たっぷりの旅は本当におもしろいです。 ちょうど三国志で劉備が諸葛孔明と共に蜀をとろうとしているところを読んでいるので、ワクワク度倍増。 雲南も私は西双版納にいつか行ってみたい!と思っているので、とても興味深かったです。 少数民族の文化、とても興味があります。 空想の旅、楽しみました。
0投稿日: 2024.02.27
powered by ブクログ日本人はどこから来たのでしょうか。 中国は、上海・蘇州と桂林にしか旅したことがないのです。 雲南ですか・・・ そう言えば、島根県に同じ地名を見つけて行ったことがありました。
0投稿日: 2024.01.27
powered by ブクログ司馬遼太郎をなにも読んでないのも良くないと思って「街道をゆく」シリーズを読み始めて、ついに20巻まで来ました。 今回は中国の内陸へ。40年前の中国なので、今と政策などが違う様子も見え隠れします。旅は日本人というか稲作の源流を探すような感じになってます。 雲南辺りの人が日本まで流れ着いたのかどうかはともかくとして、気候が似ている点などで長江流域と日本の間に一定の影響は有ったのかもしれませんなと少し思いました。
0投稿日: 2022.08.01
powered by ブクログ一番最後の、「昆明路傍」の章が良かった。日本に対する中国の考え方が、作者の視点で述べられいます。 現在の、中国の発展ぶりと日中関係を、司馬さんだったらどう感じるられるかを聞いてみたいです。
0投稿日: 2012.08.09
powered by ブクログ中国の奥深さとか漢民族ではなく他民族と しての成立過程、楚の立ち位置とか長江文化や 蜀の豊かな生産力、さらに昆明まで話が行くことによる 裏庭?ではないがタイ語圏やチベット、イスラム、 シルクロードまで思いをはせれる本でしたー。
0投稿日: 2011.08.30
