
総合評価
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powered by ブクログ室町期の僧 明や宋に行った 問答の後 喫茶去 喫茶は古い言葉 浄土真宗 親鸞は自分が救われる教え、弟子の蓮如も華美ではなかった 下品にしたのは江戸期 1145年、法然は上人であって僧ではない(久米の出身)
0投稿日: 2025.09.30
powered by ブクログ天台宗中興の祖と呼ばれる元三大師率vs奈良仏教との論戦模様が個人的には一番印象に残っている。カリスマ性溢れる人柄の描写に惹きつけられる。延暦寺はもちろん、日吉大社や曼殊院等も訪れてみたい。数年前。日吉大社近くにある穴太衆の石垣だけを見学してその場を去ってしまったことが悔やまれる。読むほどに行きたい場所が増える、そんな素晴らしいシリーズ。
0投稿日: 2025.06.06
powered by ブクログ比叡山と延暦寺に関わる蘊蓄が盛りだくさん。 私的にはもう少し延暦寺をメインに書いて欲しい気がしたが、僧と現代の学生の類似点を知ることができたこと、司馬さんの仏教感が知れてよかった。
0投稿日: 2025.01.29
powered by ブクログ司馬さん、今回は比叡山へ。比叡山とピンポイントなこともあって話が分散せずに天台宗とその周辺に集中しています。あと、須田さんの影が薄いような。ブラタモリなんかもそうですが、こういった紀行物は狭い地域を深く掘っていく方が読んでいて楽しい気がします。
0投稿日: 2021.11.19
powered by ブクログ移動によるダイナミズムがなく、当方が比叡山に関心があまりない。しかし、その中でも、お受験やはては入社式にまで親がついてくる現象を、過保護ではなく「あれは中世の従者なのだ」と考えているところなどは面白かった。
0投稿日: 2020.07.02
powered by ブクログ叡山近辺に行くことがあり再読。街道をゆくのシリーズは、その土地の風土を知り、旅をしたいと思うものにとって格好の教科書になる。本書でも、司馬流のいわゆる「余談」の妙を味わうことができる。司馬さんが旅をしてから40年以上が経ち、叡山も世俗化が進んだ部分と、全く変わらない部分の乖離が進んでいるように感じる。
0投稿日: 2019.09.17
powered by ブクログ叡山の麓、坂本からこの旅は始まる。叡山を造った、最澄は、坂本の生まれとの由。平安時代を代表する宗教人、最澄と空海。 司馬遼太郎は、空海とい天才肌の巨人を題材に、空海の風景を描いている。そして最澄という秀才肌で、かつ、悩める知識人(?)を題材に、この叡山の諸道という作品を紡ぎだしたのではと感じられる。叡山と京都との関係、そして、最澄の流れからは、多くの偉大な宗教人(法然、親鸞、栄西、日蓮等)が輩出されたことは、叡山創業(?)の最澄の人柄によるところも多いのかも知れない。改めて辿る、叡山の歴史であります。あわせて、五木寛之さん、百寺巡礼(延暦寺)は、いかがでしょうか。
0投稿日: 2014.06.08
powered by ブクログ比叡山延暦寺とその登山道を巡る旅。エリアが狭いだけにいつもの軽快な歴史散歩とは趣が違い、ほぼ宗教論に終始。天台とか禅とか仏教の基礎知識がないとキツい。説明が足りないとも言えるが、そもそも簡単に説明などできないのが宗教なんだろうね。
0投稿日: 2012.09.13
powered by ブクログ(これを見たかった) P.246より これほどまでに著者が自己の感情を吐露したことがこれまでにあっただろうか。 司馬遼太郎は己を客観視する道具に徹することで、ものごとの輪郭を明瞭に、かつ鋭敏に捉えてきた。しかし永年追い求めたものを前にして、己の想いが全面に溢れ出た。 氏が見たかった、感じたかったものは、かつて隆盛を誇り、一度は滅び、後に拡散していった叡山という、文化といった使い古された陳腐な単語では言い表すことができない、山というカタマリで、そこに連綿と受け継がれるなにかを、氏は必死にたぐり寄せたかったのだろう。 今回の旅では、静かに熱くたぎる、司馬遼太郎に出会うことができた。
0投稿日: 2010.08.30
