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悪魔のささやき
悪魔のささやき
加賀乙彦/集英社
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総合評価

36件)
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    ・加賀乙彦も留学中(仏)に、ひどく心を閉ざしていた時期があった 「自分がたった一人の黄色人種であることを突きつけられたような気がしてしまう。パリの医者のように外国人を小馬鹿にしたりしない朴訥で人のいい人物ばかりだと思っていた同僚たちとのあいだに、心底からは打ち解けられぬ冷ややかな者があるように感じられる。とにかく気持ちが沈んで、毎日が憂うつで、身体もだるくてしょうがないのです。・・・こうして留学までしたけれど、おまえは本当に犯罪学をやりたいのか?やがて、死を願う気持ちは次第に薄れて行きました。日本語の本を読み、日本語で考えるのを自分に許してからのことです。・・・ネイティブな言語という者がいかに人間を元気づけてくれるか、それは驚くほどでした」(pp.46-7) ・肉体を介したコミュニケーションで、前頭前野を刺激!(p.162) 「お互いの肉体が発する表情や雰囲気、手振りや身振りも非常に大切な者なのです。・・・前頭前野は人間だけが特別に発達している部分で、考える力、記憶力、コミュニケーション力、自制力、自発性などに大きく関わっている」 ・現代人は悪魔に「さあどうぞ、お入りください」と言っている(p.179) 自分の目の前、身の周りだけに関心をとどめてしまわず、視界を360°に広げ、できるだけ遠くまで見はるかすこと。それが悪魔を避ける方法、その一なのです。 →現代人は誰にでも悪魔に囁かれる可能性を持っている。

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    投稿日: 2023.07.17
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    精神科医、犯罪学者でもある著者が、医務部技官として勤務した東京拘置所で囚人たちと接して、犯罪を起こしたその時の心理を表現した言葉として多かったのが 「あの時は、悪魔がささやいたんです」 「どうしてあんなことをしたのか、自分でもわからない。悪魔にささやかれたとしか思えない」 その「悪魔のささやき」とは何なのか? 高学歴で将来を嘱望されていた人たちが、オウム真理教のようなマインドコントロールを受けるのはなぜか? 家族を簡単に殺してしまうのはなぜか? 見知らぬ人と集団自殺するのはなぜか? 自殺する勇気のない人が、犯罪を起こすことによって死刑になろうとするのはなぜか? 昨今は理解に苦しむ事件も多く、「どうして?」「なぜ?」と沢山の疑問符がついたまま。 「悪魔のささやき」とは何なのか。 「悪魔にささやかれ」ないようにするためにはどうしたら良いのか。 そんなヒントを与えてくれる本です。

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    投稿日: 2019.02.17
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    面白いんだけど、事実の認識がほんとにそうかなあ、というのがちらほら。最近は切れる子供が増えているとかね。 オウムの麻原死刑囚の記述は特に興味深かった。 いろんな意見はあるけれど、著者の言っていることがいちばん真実に近いように思う。

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    投稿日: 2018.01.20
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    非常に示唆に富む内容。社会全体の緩みが悪魔のささやきにそそ流れる環境を作り出していて、それを克服するには、一人一人が自分で考える事が重要であると。その通りだが、未熟な自分の胸に刺さる。

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    投稿日: 2017.04.26
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    知性と主体性と人間性を失うな、悪魔にささやかれたくなければ。 そのためにも、好きなことをして、本を読み、体験しなければならない。 まさに、という内容でした。 ただ、宗教への態度が、筆者の"リベラルなクリスチャン"というフィルターを通されており、読みながら多少の違和感を覚えた。 だが、これもまた読書体験。と割り切っていいほど、よくできた本でした。

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    投稿日: 2017.03.01
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    宣告のモデル、正田昭とのエピソードは良かった。 ハイデガーのナチ入党、アインシュタインの署名←原爆開発のきっかけ、など、偉人の行動も悪魔のささやきだと考えられないこともない。 偉人達でさえ、その人生に惑いつつ歩んできたであろうに、凡人の私が惑うのは言うまでもないこと‥‥。なんて、本書とは関係ないことを思ったり。

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    投稿日: 2015.12.29
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    程度に差があっても、「魔がさす」ことは起こりうる。その瞬間、理性と抑制を失い、後で思えばなぜとしか言いようのない過ちを犯してしまう。確信犯ではないだけに、極めて分析がしにくい。誰にでも素地があって、どうにか自制しているが、無信仰、無関心な状態で発しやすいらしい。自分に無縁などとは思えないし、残された人生で何が起こるか知れない不安はある。過ちは際限なく重ねてきたし、これからもそうだろう。

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    投稿日: 2014.06.16
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    実際に犯罪を犯したり、自殺未遂した人の話をじかに聞いて書かれているので、なかなか興味深く、面白かったです。 作者の人物像なども垣間見られ、加賀乙彦さんの本を、もっと読んでみたくなった。 オウム真理教事件において、松本被告に接見し、訴訟能力はなく治療すべきであるとの診断を下したのが、当たり前のことだけど、すごいなと思いました。

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    投稿日: 2014.05.05
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     ちょっとしたきっかけで邪悪な考え方が頭に浮かぶ。ちょっとしたはずみでその考え方を行動にうつしてしまう。そして不運が重なってその行動がとんでもない結果を生み出してしまう。こうしたプロセスは程度の差はあれ、誰でも関わったことがあるのではないだろうか。考えだけで終わることもあり、行動してしまったがなんとか深刻な結果だけは免れたこともあったり。犯罪者や自傷行為者はこうしたプロセスの延長線上にあり、知性を持ってしまった人間であれば常にそうした危険にさらされているのである。著者の加賀さんは拘置所で医務技官を努めた後、文学的な執筆活動を続けている。本書は人間を狂気に走らせるきっかけになる、いわゆる「魔が差す」と称される心理現象を歴史的なできごと、民主主義や情報操作などと絡めて説明し、現代人とくに日本人に強力な警鐘を鳴らす。戦争、2.26事件、学園闘争、建設物の耐震強度や野菜の産地偽装など豊富な事例を取り上げて、個々人の心の中に巣食う「悪魔」の存在を浮き彫りにしていく論述は圧巻。こうした考察が文学などに「悪魔」という存在を降臨させるのだと思う。

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    投稿日: 2014.03.29
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    ■日本人 A.日本人は、その時々の風潮に流されやすい。その背景の1 つに、和を重んじる国民性がある。この気質は、良く言えば「協調性がある」、悪く言えば「自分がない」。人とうまくやることを第一に考える社会では、個人の主張を控える。それゆえに私たちは、自分の頭で考えるのが苦手な国民になった。 B.派手に人が殺されるアクション映画を楽しむなど、人間の心の中には、悪魔的なものが確固として存在する。犯罪というのは、そういった普通の人間が持つ欲望の実現といえる。

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    投稿日: 2013.12.28
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    悪魔のささやきとは、人間の弱さや醜さを引きずり出し、悪い方向へと突き動かすもののこと。犯罪や自殺へと誘う、目には見えない力。自分だけは大丈夫などということはありえない。 分かりやすくとても面白かった。軍国主義、学園闘争、多くの死刑囚との面談。著者が体験した出来事はどれも生々しく、人間の脆さが浮かびあがってくる。悪魔にささやかれても靡かない、流されない「自分」をしっかり作らねばならないと感じた。

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    投稿日: 2013.12.27
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    罪を悪魔のささやきという、曖昧なものに転嫁してしまいそうな危惧もあるが、人間の弱さ、罪深さを表現しているとも言える。 情報が溢れていながら、自分の好きなものしか見ない、感心を持たないという、社会の刑務所化が他者への感心や理解を持たない人を増やしているということには、納得。

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    投稿日: 2013.07.05
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    とても読みやすい本。医学的見地までとても読みやすい本。 読んでいても感じる事だが大変な読書家である作者の、その知識を集めて書かれた本書は一読の価値があると思う。 幻聴の話は目から鱗。言われてみればそうだと、初めて意識しました。

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    投稿日: 2013.04.06
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    高1か高2のときに、新書レポートの本として読んだものを再読。 読んだ本の内容をはっきり覚えていられない者ながらも、この本はためになった本としてうっすら覚えていました。 おそらく、当時の私はなんとなく法学部志望だったこともあり犯罪心理学に興味があったこともありこの本を手に取ったんだと思います。 本書は、タイトルにある通り「悪魔のささやき」についての事例やその予防策などについての見解が述べられています。 ただ、それのみならず、現代社会における問題を考えさせる要素を含んでいると思います。 社会の刑務所化、という考え方が印象的。 読みやすい文体で難解な用語もなく読み進めることができました。 最後の章では、「悪魔のささやき」に負けないようにするにはどうすればいいのかについて述べられています。 読んでみて感じたのは、「悪魔のささやき」から自分を守るため…というより、いち社会人として生活していくために必要な要素ではないか、ということです。 予備校の博識な日本史の某講師も言っていたけど、日本人はあまりにも宗教に関して無知だという意見には反論の余地がありません。 事実、私はキリスト教とかイスラム教とか仏教、神道でさえも浅い知識しかないです。 今までたどってきた歴史等を踏まえると、日本人がそのようになるのも仕方ないような気もしますが… 夏目漱石も書いていたように、外国から文化を受け入れ「上滑りの文明開化」(ですよね?自信ない…)を遂げた国だから自国に文化として根付いていない…? それに、筆者はしっかりとした自分の確立も挙げていました。 これもいわゆる“われわれ”意識(すみません、誰の文にあったか忘れてしまいました;)から近代的な個の確立にシフトすることができていないのでは? …なんて、心理学的な話以外にも様々なことを考えさせられる本でした。 (私が勝手に広げていった気もするけど)

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    投稿日: 2012.08.23
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    「意識と無意識のはざまでふわふわとした状態の時、人は悪魔にささやかれる。」これは一つの比喩だけど、この本を読んでる最中に非常に近い感覚を持った。 実際に行動に移すことは無かったけれど、恐らくその瞬間に、歯止めになるような人やことが無かったら自分も悪魔のささやきに過ちへと導かれていったかもしれないと今ではゾッとしてる。 個人的には首をかしげるような主張も多かったけど、人間というものが持つ様々な面を観察されていると思った。善悪二元論なんて簡単な話なんか無いやね。

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    投稿日: 2012.06.20
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    「人を殺してはいけないということを学校では習わなかった」的な言葉が印象的な事件の記述とか自分の生まれる前の事件のことも知ることができてよかった。 この本で考えたことが大学1年の時のレポートで大活躍してくれたような。

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    投稿日: 2012.04.07
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    犯罪・自殺など人が悪い方向へ行ってしまうのを後押しする悪魔のささやきの原因や対処法について述べた本 筆者が精神科医として犯罪者に実際に会った話を交えたり、歴史・宗教を絡めて話を進めたりと筆者の多様かつ深い知識で理解が深まりました。

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    投稿日: 2012.03.07
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     どんな人にでも、ふとした時に悪魔がささやくことがある。悪魔の誘惑に負ければ、自殺したり、犯罪を犯したりする。  これは、自他を守るために、「悪魔のささやき」に抵抗する手段を身につけるための指南書である。  ――と言っても宗教の本ではありません。分類としては精神医学の範疇です。  昨今続発している、理解し難いほど幼稚で稚拙な動機の凶悪犯罪が起きる要因について知りたい、という方にお薦めします。

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    投稿日: 2012.03.05
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    人間は本人すら後になって自分は何故こんな行動を?という行動をとってしまう。 まるで悪魔にささやかれるように。 というようなことを精神科医でキリスト教徒といった著者の視点から書かれている。 個人的には、オウム事件の有名大学を主席で卒業した人々が何故あんな稚拙な思想に動かされたのか?に対して退屈を理由に挙げている点 フロイトの「タナトス」の概念により攻撃性を説明されている点は面白く読めた。

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    投稿日: 2012.03.04
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    再読本。 改めて以下の点を考えさせられた。 人間、ここで著者が言う「悪魔に囁かれた」という瞬間は存在する。 自分だけは大丈夫という自信を持ちすぎない。その歯止めは決して自分たちが思っているようなスチールのようなものではない、波打ち際の砂の城のように脆いものなのだ。 大事なことは、自分で物事を考え、自分の好きな道を見つけ、個人として生きていくことをないがしろにしないこと。 そのためには、広い視点をもつこと。自分とまわりさえよければ良いという考えをやめること。 著者の分野より宗教の部分の話もあるが、改めて大切なことは自分だ、ということを再認識した。

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    投稿日: 2012.02.09
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    「個」を育てることで悪霊を退散させる。個人の内面を発達させるために読書が必要不可欠。主義主張はともかくオウムや戦前戦後の日本人の民主主義への早変わりについてなど具体例がわかりやすくてよろしい。

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    投稿日: 2011.09.09
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    フォトリーディング。ものすごく面白いと思った。高速リーディングが楽しみ。高速リーディング。面白かった。途中の聖書解釈は同じクリスチャンとして恥ずかしいレベルの低さだったが、著者はカトリックなので仕方がないかも。文明に関しては優れた洞察力。要約すると、日本人は特に悪魔のささやきに弱いが、個人の人格をたてあげる事で対抗できるということ。その為に読書は最適の方法であるとは、著者の最後の言葉。

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    投稿日: 2011.03.02
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    犯罪や自死に向けて、人の背中を押す「悪魔のささやき」。悪魔は自身の中に存在するのだ。 ただ、ひとつ気になったのが、犯罪者の更生を評価するあまり被害遺族がないがしろにされているように感じた点。話の本題からは逸れるが、無神経だと思う。

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    投稿日: 2011.02.15
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    [ 内容 ] 人は意識と無意識の間の、ふわふわとした心理状態にあるときに、犯罪を犯したり、自殺をしようとしたり、扇動されて一斉に同じ行動に走ってしまったりする。 その実行への後押しをするのが、「自分ではない者の意志」のような力、すなわち「悪魔のささやき」である―。 精神科医、心理学者、そして作家として半世紀以上にわたり日本人の心を見つめてきた著者が、戦前の軍国主義、六〇年代の学園闘争、オウム真理教事件、世間を震撼させた殺人事件など数々の実例をもとに、その正体を分析。 拝金主義に翻弄され、想像を超えた凶悪な犯罪が次々と起きる現代日本の危うい状況に、警鐘を鳴らす。 [ 目次 ] はじめに 二十一世紀の日本を蝕む悪魔のささやき 第1章 悪魔はいかにして人を惑わすか 第2章 日本人はなぜ悪魔のささやかに弱いのか 第3章 人間を嘲笑い破滅させる、ささやきの正体 第4章 豊かさを餌に太り続ける現代の悪魔 第5章 いかにして悪魔のささやきを避けるか [ POP ] [ おすすめ度 ] ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度 ☆☆☆☆☆☆☆ 文章 ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性 ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性 ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度 共感度(空振り三振・一部・参った!) 読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ) [ 関連図書 ] [ 参考となる書評 ]

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    投稿日: 2010.05.08
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    -各々(特に日本人)は自分の思想を持つべき たくさんの情報を比較し、どれが正しいかを客観的に判断した上で「私はこの道をとる」というプロセス 「集団の和を第一義に考える人間よりは、個を重んじる個から発してコミュニケートしていこうとする人々のほうが悪魔のささやきに対して耐性がある」 -私たちは、犯罪者を犯罪者としてカテゴライズすることで、自分とは異質な人とさげすみ、拒絶しがち これは誰の心にも棲んでいる悪魔性を否定したいとする表れ。 <人間から攻撃的な性質を取り除くなど、できそうにもない!>parフロイト -目は自分の見たいものを見れる。他方、耳には選択の自由がなく、すべての音が聞こえてくる。だから悪魔のささやきが聞こえる。 -悪魔のささやきの対処法 単調な社会生活からの脱出、偏見や自己防衛から脱皮し多くの情報を得、客観的に物事を見る

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    投稿日: 2010.02.25
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    インテリの視点であって、誠実な感じはする。この人は作品を一貫して書いてるなーと思った。ただやはりこれは口述筆記ということもあって、そこまで綿密ではないけど読み物というか「加賀乙彦というひと」ってテーマも読めるなー。面白かった。

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    投稿日: 2009.12.05
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    精神科医、心理学者として、日本人の心を見つめてきた著者が、戦前の軍国主義、オウム真理教事件など数々の実例をもとに、その正体を分析。想像を越えた凶悪な犯罪が次々と起きる現代日本の危うい状況に警鐘を鳴らす。

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    投稿日: 2009.04.13
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    口述筆記ということもあって、わかりやすく平易な文章です。 「悪魔のささやき」としか言いようのない、心理的な動きはありますね。 拘置反応やプリズニゼイションなど、なるほどなと思わせてくれる記述もありました。 悪魔の誘惑を避ける方法で、自分の考え方を持つと言うのがありましたが、別の言い方をすれば大衆であり、愚衆であるということかなと思いました。 大衆は流されやすく、自分を見失いやすく。 だからこそ、おろかであると思うのです。 加賀乙彦氏の言わんとすることろは理解できますが、万人に期待することは不可能な気がする。 歴史は繰り返さざるを得ないということです。

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    投稿日: 2008.10.13
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    筆者は人間の弱さやずるさにつけ込み引きずり出すものを「悪魔のささやき」と呼ぶ。死を意識したり、犯罪を犯すとき、ポンと背中を押すような「ささやき」だ。 おかしいと思う政治の流れを食い止められないのは流されやすさだ。そこには「無意識の個人内情報操作」が働いているという。つまり「見たくないものは見ない」傾向だ。ネット情報から自分の望む情報だけを探し、私たち自身が自分をだますことは続いている。また、「自分と自分の周辺だけが大事」なミイイズムもはびこっている。未来に希望が見いだせないプリゾニゼーション(社会の刑務所化)によって関心の狭隘化が起きているのだそうだ。長い拘禁状態で長期囚が自分の生活以外の興味関心をもたなくなるように。 悪魔を避ける方法として、考える主体を「私」に置き、視界を360度に広げはるか遠くを見はるかすことなど、いくつかの提案がされている。 結局、本を読め、想像力を働かせよ、人格を磨けetc……という基本的なことに尽きるのだ。 作成日時 2007年08月12日 11:33

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    投稿日: 2008.05.12
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    何か過ちを犯してしまったときによく聞く「悪魔にささやかれて」とか、「魔がさして」という言葉。その悪魔とはいったい何なのかを記した本。ただの言い訳としてではない現象として追求してみようっていう。ただ体験談のインタビューや犯罪の話で読者に刺激を与えるだけで終わらすんじゃなくって、第二次世界大戦前後の歴史から日本人の精神構造を分析したり、宗教としての悪魔も参考にしたりと、読み応えアリ。しかもわかりやすい。ちゃんと筆者が考えた対策までも述べられている。己の人格をちゃんと意識しろと、集団に流されない個をちゃんと持て、考えることを止めるな、逃げるな、ということですね。簡単そうに思えて、けっこう難しい。自分も非常時にはどうなってしまうのか、ちゃんと自分を保てるのか、悪魔にささやかれないか自信はありません。

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    投稿日: 2008.03.18
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    この情報の海の中で、自分が欲しい情報だけでなく必要な情報をも捉えるアンテナとバランス感覚を持ち、自分で考え判断していく力がないと悪魔の思う壺ということでしょうか。

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    投稿日: 2007.06.05
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    犯罪者が事件後によく口にする「悪魔にささやかれて・・・」という言葉。本当に悪魔がるのかいないのかは、わからないところだが、誰しもがふっと心の隙を疲れる可能性はあるのだ。

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    投稿日: 2007.05.16
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    凶悪犯罪、自殺等を起こす瞬間、人間に囁く”悪魔”について書かれた本。 つい先ごろ「悪魔に命令された」という理由で犯罪を行ったケースがありましたが。 そこまで明確な存在として認識される場合でなく、”魔がさす”や”なんとなしに”といった虚ろな状態での話。 だから命令ではなく囁き。もっと曖昧なもので誰もが起こり得る状態について扱っている。 人間は昔から善にしろ悪にしろ影響力をもつ自分ではない”何か”の存在を感知するようで。 自らの言動を外的要因にする心の構造…とか読めたらいいなと思いましたが、ちょっと違った。 本当に悪魔の存在を肯定する本でもないですが、罪に対する言い訳ではない”悪魔に取り付かれたように自我のなくなる瞬間”というのは肯定している。 何故そういった状態になるのかというと、知識の欠如・自分の意見を持っていないこと・ストレスフルな社会などが挙げられるそうです。 そのため圧力やら挫折やら不満を感じた時に後先も考えず意思無く谷底へ向かって自ら突っ走ってしまう。 情報の氾濫した社会であるのに知識が欠乏し、個の権利が主張されている時代なのに個としての意見を見失っているっていうのは皮肉だなと思いました。 口述筆記で書かれた本ということで、内容は聖書から最近の犯罪における”悪魔”まで広くライトに書かれていて読みやすい。

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    投稿日: 2007.03.06
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    本の、最初の方(犯罪者とのお話)に興味がありました。 が、後半あまり興味のない宗教観のお話とかが出てきて、いや、必要なことなんだけど、ちょっと楽しかった半分・期待はずれ半分でした。

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    投稿日: 2007.02.12
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     本書の主題は「自分の頭で考えろ」ということです。悪魔のささやきというと甘言を用いて人をそそのかすようなイメージですが、本書では自己内面の考えることの放棄について扱っています。

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    投稿日: 2007.01.29
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    加賀乙彦の誠実な人柄がよく表れた書。こういう希望を持った人が少なくなったのが現代日本の問題点なのかな。

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    投稿日: 2006.09.27