
総合評価
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powered by ブクログ殺人を許される人がいるというか、大義のためには誰かが死んでも仕方ないだけなのでは。勧善懲悪は好きだから主人公には少し同意した、デスノートも同じ系譜なんだね。でもその大義っていうのも一方向的な価値観だから傲慢な勘違いの可能性もある、結局結果を出した人の行いが正当化されるって事なのかな、世知辛い。
0投稿日: 2025.11.06
powered by ブクログ第三巻 (収められているのは第五部 第六部 エピローグ) 巻末に読書ガイド ドストエフスキー年譜 訳者あとがき 第三巻 色んなことが起こりすぎてエンタメ感満載 ルージンがソーニャに窃盗の濡れ衣をきせるとか カテリーナ(マルメラードフの妻)が狂い死にとか ラスコとポルフィーリーの口合戦(自首をうながされる)とか スヴィドリガイロフ(ソーニャに老女&妹リザヴェータの殺害を打ち明けてる時に隣の部屋で盗み聞きしてたので)と話し合うけど決裂とか ドゥーニャもスヴィドリガイロフと会うけど彼の愛を拒否ってピストルで撃つとか 失意にスヴィドリガイロフはピストル自殺とか 後半はエンタメ感に驚いた エンタメが面白くて で、ラスコは老女たちをなぜ殺して、どう自首に至ったのかがよくわからないままになってしまった で、結局また読んだ 殺害の動機 生きるべき人間とそうでない人間、自分は殺す資格のある側の人間だと思い、それを試してみたかった、自分がその資格のある特別な人間だと ↓ 殺害後は 良心の呵責には悩んでない 罪の意識には悩んでない 捕まるのを恐れ、社会に自分がしたことが明るみにでることを恐れてる ↓ 予審判事(刑事的な人)ポルフィーリーに自首したほうが得だと言われ、自首しようかそれとも自殺しようかと考えだす ↓ 老女たちを殺害した自分を社会は許さないが、ソーニャはラスコを受け入れる ↓ 自分はソーニャ、母親、妹を愛し、そして愛されていたことを感じ始め、自首を決意する 《それにしても、あいつら、なんだってこうもおれを愛するんだ、おれにそんな値うちなんてないのに!そう、もしおれがひとりきりで、だれもおれを愛してくれなかったら、そして、このおれもだれひとり愛することがなかったら!こういうことは何ひとつ起こらなかったろうに!》 ↓ 8年間シベリアで徒刑を受けるも自分の運命に投げやりな気持ちをもち、ソーニャに対しても無関心で無愛想、そして自分の罪を悔いてはいない ↓ やがていつも寄り添うソーニャを愛していることに気づく お互いの心の中に、相手の心に命を与える、尽きることのない泉が湧き出て⋯心が通い合うことを知る ↓ ソーニャを愛す感情、ソーニャから愛される感動を知ることで、ラスコは改心しようという気持ちが芽生え始める ↓ あと7年の刑期が残る 「新しい生活は、ただで得られるものではなく、それははるかに高価であり、それを手に入れるには、将来にわたる大きな献身によって償っていかなければならない⋯」 ん?「罪と罰」 愛によって人は変わるって物語でもあるんですか? 愛し、愛され、罪を認識し、再生しようとする、生き直そうとする やっと人間ぽくなる そして、殺していい人間なんていないということに考察しだす⋯予定? 三巻めが一番面白かったけど一番難しかった
28投稿日: 2025.08.22
powered by ブクログ先に『カラマーゾフの兄弟』を読んでいたので、比較的読みやすかった。 内容としては、様々な「罪」と「罰」が登場し、罪とは何か?罰とは何か?を常に考えさせられる作品。 俗世界における「罪」は、ラスコーリニコフが犯したような強盗、殺人といったものが先行するが、作中においては、キリスト教や聖書の中での「罪」も登場する。 ラスコーリニコフは殺人を犯すが、強奪した金品には一切手をつけることがなかった。殺人を犯した瞬間から精神に異常をきたしたためであるが、良心の呵責に苦しんだというよりも、罪の露呈を恐れたというふうに見える。ラスコーリニコフの罪は、アリョーナを殺したことよりも、リザヴェータを殺したことにあるように思われる。 ラスコーリニコフの主張では、天才がその才を発揮するための犠牲として行われる殺人は不可抗力であり、許されるべきであるというものだが、アリョーナを殺すことで得られる三千ルーブルの言い訳としては通っても、リザヴェータを殺したことの言い訳としては通らないだろう。リザヴェータの殺人は全くの偶然であり、目撃者の隠蔽に過ぎないからである。このことから、ラスコーリニコフの苦しみの原因は強盗殺人そのものではなく、リザヴェータ、つまり罪のない命を不必要に奪ってしまったことに起因するのではないだろうか。 ソーニャに罪を打ち明けたのも、ソーニャがリザヴェータと親しい仲にあったことを知ったことが大きな影響を与えたのではないだろうか。リザヴェータの代わりに、ソーニャに赦してもらうことがラスコーリニコフにとっては重大な意味を持っていたのではないかと考える。 その他、スヴィドリガイロフの死も、強烈な印象を与える。ポルフィーリーとスヴィドリガイロフはどちらも、ラスコーリニコフの殺人を確信しており、それぞれラスコーリニコフに迫るが、スヴィドリガイロフのそれは一種の下心を纏っている。ドゥーニャと結婚するための脅し文句として殺人の秘密を仄めかすのである。スヴィドリガイロフといえば、妻のマルファを亡くしたばかりであるが、マルファの死にも疑問が残る。殺人ではなく自然死とされているが、スヴィドリガイロフが殺したのではないかと疑わせる要素がふんだんに撒き散らされている。何かを手に入れるための手段として殺人を選んだという点でラスコーリニコフとスヴィドリガイロフは同類と言え、ラスコーリニコフにとってはそれが恐ろしく思われるのである。 ドゥーニャから拒絶されたスヴィドリガイロフは自殺してしまうが、これはスヴィドリガイロフの「罪」に対する「罰」なのだと考えられる。ドゥーニャを手に入れるために罪なき命であるマルファを殺したスヴィドリガイロフが、ドゥーニャと結ばれる訳にはいかないのである。 ラスコーリニコフはかなりの情状酌量を得て服役囚となるが、彼が苦しむのは肉体的刑罰ではなく、自分自身のプライドに対する苦しみである。そんなラスコーリニコフを救うのがソーニャであり、ソーニャへの愛によってラスコーリニコフは救済を得る。スヴィドリガイロフとラスコーリニコフの違いは、罪の告白と懺悔の有無なのか、ラスコーリニコフとソーニャはこれから幸せな7年間を過ごすかもしれないということが仄めかされて、物語は終わる。 最終部で突然登場したウイルスの存在はかなり異質であり、目を引くところであるが、ウイルスによる疾患が人々の思想を左右するというところがSFめいていて面白い。いかにもロシアらしいような気もするが、ウイルスによって人々が選別され、ウイルスに感染しなかった一部の人間だけが正しい思考を持ち続けるというところは、ラスコーリニコフの主張する一部の天才に権利が与えられるというものを彷彿とさせる。 本作においては、神を信じるもの全てが救われるというカトリック的なキリスト教ではなく、ロシア正教会におけるキリスト教のあり方が支持されているのだろうか。キリスト教に馴染みがないため分からないが、ドストエフスキーの思想を一部垣間見たような気がする作品であった。
3投稿日: 2025.08.09
powered by ブクログ第二分冊までは何となく分かったが、この第三分冊に至っては、筆者の意図に迫るのは難しかった。 神経喪失の主人公による殺人というモチーフが、自分には主題として突拍子なく感じられる。 殺人を犯しても許される層がいるというナポレオン主義?というのも、あまり意味のある議論には感じられず。 犯罪を犯した人間の良心と再生、というテーマも分からなくはないが、犯罪の動機は浅はかだし、支えてくれる女性の存在により再生、というのもありふれている。 ドストエフスキーは二作目だが、出てくる登場人物やモチーフが陰気すぎて、読んでいる間中ずっと、共感するのが難しい。 日本でも人気が高い作家だが、ごく一般の読書に魅力と感じられるような点があまり見いだせず、その高い人気が不思議な気がした。
3投稿日: 2025.07.02
powered by ブクログ初めてのドストエフスキー。 登場人物の名前が最初は覚えられずにネットにあった相関図と睨めっこしながら読み進めたが、最後には随分と理解できるようになった。 全てを環境のせいにし、自分を正当化して身勝手な罪を犯したラスコーリニコフ。 彼は自分自身や自分と近い人には優しくできないのに、そうではない人に対しては優しさを持てるところに共感した。 自分も、家族や友達には「俺はこんなに不幸なのに」と当たる時もある。 でも、顔も知らない人のために募金をしたり、道を教えてあげたりする。 誰にでも「いい人」と見られたいという欲求が確かにある。 そんな中で出会ったソフィアを通して、本当の愛というもの知ることになったラスコーリニコフ。 罪というものは、こういった突っ走った考えから生まれてしまうものなんだろうなと考えさせられた。
1投稿日: 2025.06.17
powered by ブクログ先が、気になって気になって…仕事が手に付かない。とか言っている場合じゃ無いほど(私生活上も公の上でも)色々とあって、第3巻を読むのに少しばかり時間が掛かったけれど。 ドストエフスキーの『罪と罰』を1回読み終えました‼︎ 今回は光文社版の亀山郁夫さんの訳したものを読みました。 最初は新潮社版の工藤精一郎さんから読み始めたものの、1巻目の数十ページを読み進めた時点でこちらに変更して読み直し。 「100分で名著」で『カラマーゾフの兄弟』の解説をなさっていたのを観てその熱意を目の当たりにしていたことや、光文社古典新訳文庫が行間を広くしたり文字を大きくしたりしていて、老眼には読み易かったし、言葉遣いも堅苦し過ぎなくて良さそうに見えたから。 大した理由では無かったのですが、この最高の長編小説を最後まで読み続けさせて貰えたのは訳者の亀山先生のお力も大きかったものと思います。 もちろん、再読の際には工藤先生の翻訳された背筋が伸びるような新潮社版や江川卓さんの岩波文庫版など、他の日本語訳も是非読みたいと思っております。 ラスコーリニコフはどうなるのか?ドゥーニャやソーニャは。周囲に現れてきた怪しい?人物達がどう関わって行くのか。第5部、第6部…そしてエピローグへ。 ストーリーを追うのだけで必死で、時々現れる何のために語られているのか?この場面はなぜ?とかは不思議に思うまま通り過ぎてしまった。 これでは『要約だけ読んで読んだつもりになった人』と大差ないのでは無いか…とも思うが、隅々までしっかりと読んだ自信は大きい。 感想とか読後感などと偉そうなことをまだまだ書ける段階には無いのですが、この本を読破したことで『まだどんな小説でも読めるのでは』という希望が湧いて来ました。どんどん読んで行きたい。 この後は"謎とき『罪と罰』"という岩波文庫版を訳している江川卓さんの有名な解説書を読みながら、続けてドストエフスキー?それとも別の名著の世界へ旅をしてみる? 楽しく迷いながら考えています。 名著と言われるだけで、教科書的なものへの反抗心がムズムズと湧いていたけれど、世界の多くの人々が長い間「良い」と言い続けて来たものは、やはり本当に『良い』ものでした。
9投稿日: 2025.04.29
powered by ブクログ長大な物語を饒舌な会話の力で一気に押し切るという本作の技法は、現代のエンターテインメントにとっても参考になるだろう。読者にとっては、程よい長距離走のような読書体験であり、読後には大きな達成感が得られる。 ただし、「殺人」というテーマの是非については掘り下げがやや不十分かもしれない。ソーニャへの悔悟に関しても、まだその入口に立ったに過ぎない。
0投稿日: 2025.04.18
powered by ブクログ難しい。正直あまり理解できなかった。 とても悔しいのでまた読み返したい。 ラスコーリニコフが自首した理由がよくわからない…。皆何を考えているかイマイチ良く分からなかった。
0投稿日: 2025.03.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
総ページ1489ページ (読書ガイド含む)を超える超大作でこんなページ数初めて読んだ。長い人名、多くの登場人物に戸惑いながらも読書ガイド、付属の人名しおりのおかげでなんとか読み切ることができた。22日程度かかった…ラスコーリニコフが老女殺しに至った経緯、思想をようやく知ることができた。結局自分を何らか特別な力を持つ者と勘違いしてしまった青春小説なのかもしれない (怒られそう)。前二巻に比べ第三巻は場面展開が激しくどんどん読むことができた。中弛みしなかった。ポルフィーリーとラスコーリニコフのバトルは手に汗握るほど熱が伝わってきた。面白かった。スヴィドリガイロフの神出鬼没さが更なるスパイスとなっていた。最後の直前まで暗鬱な展開だったため、このまま物語が終わってしまうのかと思ったら、救済が訪れ最後の部分を読んだ時鳥肌がたった。素晴らしい。裏切られた。訳者あとがきにあるようにドストエフスキーは「一世紀先であろうと二世紀先であろうと、人間の生活の営みは根本において不変であり、常に同じ問題で苦しみ悩み続けることを知っていた作家」と書かれていたが、その通りだとおもう。150年近く前に書かれた作品とは思えないほど登場人物の悩みが切実だった。私の好きな作家太宰治、三島由紀夫、夏目漱石についても同様のことが言える。素晴らしい表現。 ずっと読みたかった作品であったために読み終わり達成感がすごい。そのページ数で物語の細部まで表現されており、ドストエフスキーの小説をVR体験と称したツイートを見たがやっとその意味が理解できた。面白かった。 最後に自分の貧弱な読解力では理解できなかった部分をまとめる。 ・ラスコーリニコフはソーニャへの愛で再生できたが、家族(ドゥーニャ、プリヘーリヤ)への愛との差は何か。 ・物語を通して伝えたいメッセージは愛がなければ罪は償えないということか?そんな単純なものではないと思っている。 ・ソーニャは踏み越えた→家族のため自分の尊厳を捨てることができたという解釈で合っているのか。
0投稿日: 2025.03.06
powered by ブクログ6章までの展開がわずか2週間の間に起きた出来事だなんて信じられない……ラスコーリニコフの混乱と狂気、罪の意識が次々と押し寄せ、大洪水を起こすネヴァ川のような勢いで濃密な読書体験に読者を巻き込んでいく小説でした。 正直6章まではとにかく陰鬱な小説で私の好みでは無いかもしれないと思って(やや渋々読み進めて)いましたが、エピローグを読んでこれは紛れもなく「愛(と信仰と自由)」についての作品なのだと気づいてから、作品の見え方が一変しました。それだけラスト、ソーニャとラスコーリニコフが互いの愛を感じ、蘇るシーンに強く心を打たれました。この瞬間のための1〜6章つまり「罪と罰」だったのですね。 ただ、ふたりの人間を殺めた自分勝手で傲慢なラスコーリニコフへの減刑については(そのほかにどれだけの善行を積んでいようとも)、本当にそれでいいのだろうか、と引っかかるものがなくはありません。でもそう感じるのは、そこまでしないと愛や信仰の力を知ることができなかったラスコーリニコフと異なり、私自身が幼い頃から「たまたま」両親や周囲の大人から愛情を受け、食べ物にも住む場所にも教育を受けることにも何不自由ない社会的環境に育ったからだとも思えるのです。ここには見えないスタート地点の大きな格差があり、私が私の人生観にのみ照らして簡単にジャッジできない要素を含んでいるのだと思います。 この問題については、またいつか偶然「罪と罰」に再会したときに考える問いとして残しておこうと思います。
1投稿日: 2024.11.30
powered by ブクログ150年以上前の作品だが、古典的名作として読み継がれ、いまなお色褪せないのは本作品は人間の本質を描いているからであろう。ルージンがソーニャを責問する場面やカテリーナが狂乱し召される場面は心がきゅっとなる。犯した罪を軽視しながらも罪の意識に苛まれ強迫観念に駆られ続けたラスコーリニコフ。最後の終わり方が緩やかな光と希望に包まれたものであるもの良い。
1投稿日: 2024.04.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ここまでの長編小説、しかも古典的な海外文学を読んだのは初めてだった。1回目では登場人物や起こった出来事を把握しきれず、2回通り読んだ。 1番の感想としては、人間は極貧、劣悪な環境の中でもここまで意思を持ち、強く生きていけるのかと、元気づけられた。逆に言えばここまで劣悪な環境だからこそ意思を持てるのかもしれんけど。 個人的に面白かった場面が3つある。 ・予審判事ポルフィーリーとの攻防 ポルフィーリーが恐ろしいほどにラスコーリニコフの心の内を読み、追い詰めていくのにはハラハラさせられた。まさに宿敵って感じかと思ったら最終的にはラスコーリニコフの罪を軽くしようと自首を勧めるっていうのには驚いた。俺が思うにポルフィーリーも以前はラスコーリニコフと同じ思想を抱いていたからこそ、その心理が分かるし、何かしらの情けも生まれたんだと思う。 ・カテリーナの悲惨な死 このシーンは読んでて臨場感満載で心が痛くなった。夫はろくでなしで有り金を全部酒に注ぎ込んでしまうし、子供も4人いて、長女はお金を稼ぐために娼婦になるしかなかったし、カテリーナ自身も生まれの良さ故のプライドを捨てられず身の丈に合わない言動を繰り返して家主に追い出され、最期はヒステリーを起こして奇行に走り、持病の結核のため血反吐を撒き散らして死ぬ。彼女の裕福だった昔を思うと辛くてしょうがない。 ・ナスターシャの存在 ラスコーリニコフの下宿の女中で、たまに出てくるとなんか和む存在。おてんば娘なイメージ。結構大事なシーンにもしれっと入り込んで話聞いてたりする野次馬感が面白い。あと、ラスコーリニコフは家賃を払ってないのにも関わらず、出てくるたびにご飯食べさせてあげようとしてるのが健気で可愛い。
1投稿日: 2024.02.25
powered by ブクログ読み終わるまで何度も中断しながら数年かけてなんとか読了。面白いのはたしかで、読みかけのところを読んでいるうちにそれまでの話がありありと浮かんでくる。 とはいえ細かいところを読み込んでいく楽しさは2周目以降なのかなと思う。 亀山さんの読者ガイドがかなりありがたい。またそれを手がかりに読み直したい、今度は中断せずに読み切れる気がする。 個々の話に入り込みすぎでしんどかったので今度は主人公の物語としての動きを俯瞰したいのと、周囲の人間の主義主張に耳を傾けながら全体像の把握に努めたい。
0投稿日: 2024.01.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読み終わった後もずっと登場人物たちが心のどこかにいる感じがする。 雑踏の中で泣き叫んでいるカテリーナさんと、濡れた夜の風の中で黒い水面を見つめて佇むスヴァドリガイロフと、冷涼なシベリアの地でソーニャと寄り添って座るラスコーリニコフがまだずっとそこにいて、時々過去の記憶みたいにその時の声とか空気とか気配が蘇ってくる気がする。(遠くにボロボロの酔っ払い達とか苦虫を噛み潰したようなルージンもいる) ◆結末についての自分の解釈 結末については、ラスコーリニコフお前本当に良かったねえという気持ちになった。 最後まで終わり方が予想できなくて、主人公に残酷な裁きや天罰が下って終わるんじゃないか、あるいは犯罪隠蔽の重圧と思想の遂行の板挟みになったり、何かしらのきっかけで突如目覚めた罪の自覚によって、発作的に命を絶ってしまうのではないかと気にかかっていた。 けれどそうではなくて、結局最後までラスコーリニコフは自身の罪を理解していなかった。その代わり、最後まで自分を一つ高いところに置いていた主人公が、初めて自ら何かを捧げる(施すではなく)ただの1人の人になったこと、捧げる対象となったのが血の繋がりのある家族や高尚な思想でもなく全くの他者である1人の人であったことが描かれ、そこで初めて彼が他者や世界の重みに頭を垂れるような敬虔さを覚える予感を漂わせて終わる最後となっていた。 このラストにした作者は思ったよりはるかに血の通った人だ!と感じたし、すっと綺麗に終わる結末だった。 最後まで読んで、2巻のソーニャの家でのラザロの音読の場面の意味が朧げに把握できた。お互いに罪を犯し、全てを断つ自殺か、罪に身を委ねる堕落か、否応なく現実に押しつぶされる発狂かの道しか残されていないラスコーリニコフとソーニャの、他に取るべき道が何かという信念の対決だったのかな、と思った。 ラスコーリニコフは既存の社会構造・権力を自分自身の裁量と破壊行為で打ち砕くこと、そしてソーニャは神(人智を超えた存在)を信じその教えを体現すること(他者を信じ他者に捧げること)を選ぶという宣言の場面だったのかもしれない。 だから、ソーニャという人がラスコーリニコフに寄り添い続けて信念を真っ当したことも、ラスコーリニコフがそれに気付いて救いとなったことも、これから混迷の重たい社会の中を2人で歩んでいけることも良かったなと思う。 ◆全体を通して 構成がすごく巧みで、劇を見ているように様々な立場の登場人物が入れ替わり立ち替わりフォーカスされていくから飽きない。 ラスコーリニコフだけの物語だと結末まで一本道になりすぎて説得力がないから、怒涛の嘆きやら酔っ払いやら街の騒めきやら主人公と読者を引っ張り回す重みがあって成り立つ話だと感じた。 ◆スヴィドリガイロフについて 3巻で一気に好きになった。この人はモテそう。 彼が過去に本当に罪を犯したのかが曖昧なのは、社会からも裁かれず自身でもなあなあにして生きてきた人生の虚無感を表す為なのかなと感じた。自首せず時が過ぎて麻痺してしまった場合のラスコーリニコフ、または快楽に身を落としたソーニャを表しているような気もする。 世間擦れして人心に通じ、内面に善悪が混濁して見え隠れしている人は魅力的だろう。でも、それ故に1番欲しいもの(アヴドーチャの清冽な心)を純粋に乞うことができず、相手からも自分からも信じてもらえず、絶望してしまうところが人間らしかった。 すぐお金をちらつかせて言うことを聞かせようとするのは、千と千尋の神隠しのカオナシっぽい。女性に対して欲望抜きで考えられないのも哀しい。世の中をお金と欲望なしに見られなくなってるから、虚しくなってアヴドーチャみたいな人を求めたのかもしれない。 この人がメインの章が終わった後は、ラスコーリニコフの鼻につく青い高慢さがまだ純粋に感じられて、ちょっとほっとできるようになった。 結局、作中で1番現実的な金銭問題の解決に貢献している部分も含めて、すごく良い立ち位置の人物だと思う。 ◆カテリーナについて 時代と社会に踏み潰されながら、必死に抗って叫んでいた人。胸を打つ強烈さ。哀れなんだけど、あまりにもパワーがあるから物語のコメディ部分も担当している気がする。 主人公のことをあまり気にかけず、自分のことばっかり嘆いてる女性の登場人物としても好き。
1投稿日: 2023.10.05
powered by ブクログ5よりの★4つです! もー、あれやこれや事件が多く起きすぎます! ただ③巻は「あっ!」という間に読み終えてしまいました。。咀嚼できるだろうか。 『罪と罰』通してのヒットワードは“しらみ”です。
3投稿日: 2023.09.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
太宰治もそうですが、世間が言うほど別にさほど暗くはない。 大学の授業で「ドストエフスキーなんて読んでいる学生はこの中にいないと思いますが...」とか教授が言っているのを聞きながら読んでいました。 翻訳本に不慣れなときに読んだため、当時大分骨を折って休み休み読みましたが、ラスコーリニコフの心理描写は面白いです。彼の一見非常に矛盾した行動の数々を見ると、善人も悪人も大した区別はなくひとりの人間の中にどちらも同居しているのが普通なのだろうなと感じます。 結末が若干納得できておらず....直前まで神も信じず罪に対する反省もなかったラスコーリニコフが、ソーニャを愛し、神を愛したという結末になるのがどうも腑に落ちていません。後半息切れして読んだ私の勘違いなのか........機会があればもうすこし調べるなり読み返すなりして考え直したいです。
1投稿日: 2023.06.03
powered by ブクログようやく読了。長かったけど最後の方は展開が早く一気に読んだ。面白かった。ラスコーリニコフの心情描写の細かさはまさに芸術的。ポルフィーリとのにらみ合い、腹の探り合いが味があって面白い。 ラスコーリニコフの狂信的な信念からの犯罪、自白という泥沼状態からソフィアとの愛によって浄化される様は圧巻。ラズミーヒンとドゥーニャの兄に対する愛もまた暖かい。 それにしても世の中を変えてきた革命者が多くの死者を生み出しても罰せられず歴史に名を残してきたのに、凡人は罪を犯したら必ず罰せられるという理不尽な世界の有り様を問題提議している。罪とは一体なんなのか?愛する人を悲しませる行為をずっと心の底から涌き出てくる後悔という形で抱えてきたラスコーリニコフの描写が一つの答えなのかもしれない。
1投稿日: 2023.05.17
powered by ブクログ1巻と2巻は2週間くらいかけて何とか読み終えたけど、この3巻は朝から晩までかけて1日で読み終えてしまった。 今さっき読み終え、まだ虚無感が残っている。今まで読んだ本の中でトップクラスに心にズシンと来る1冊だった。 色んな知識人がこの作品をべた褒めしてるから、そのバイアスがかかってるとは思うけど。 登場人物が全員好きだった。 ルージンも勿論悪役で性格も悪いんだろうけど、動機はどうであれ、主人公と揉めなければいい人で終わりそう。現実世界でいい人だと思われてる人でも、ルージンみたいな人沢山いるんだろうな。心では相手を見下してる人。 スヴィドリガイロフもいいキャラしてた。突然現れた謎の人物。心の魂胆を見抜かれ主人公と対立するけど、最終的にはドゥーニャに拒絶され自殺。小さい子を助けたりしてる描写から、ルージンみたいな心からの悪人では無いんだろうね。 本当に妻を毒殺したのかどうか、彼の自殺に至るまで心理プロセスなど、まだまだ読み取れてない部分も沢山あるので、時間と気力があればまた考察してみたい。多分しないと思うけど。 結局ナポレオン主義は間違ってたのかな?それとも間違ってる間違ってないとかの次元の問題じゃないのかな? エピローグの疫病の話から読み取れるように、みんなが皆ラスコーリニコフみたいな考えになったら世界は崩壊する。 選ばれた人間というものが神様によって明確に教えられていれば、このシステムは正しく働く。 でも功利主義的な考えが常に正しいとは限らないし難しいね。 ラスコーリニコフが警察署で自首するシーンが自分の中でピークだったから、エピローグは個人的に蛇足だった気がする。自首するシーンで心臓バクバクだったのに、心が安らかになっちゃった。 まあ主人公の再生のの気持ちが見れたのは嬉しいし、あった方が作品として綺麗に終わるのは分かるけど。 他にとカテリーナさんの発狂シーンや、ラスコーリニコフの「協同組合」の看板のシーン等々お気に入りのシーンが沢山ある。 付箋を貼っておいたのでそこだけでもまた読み直したい。
1投稿日: 2023.04.21
powered by ブクログ最高だった。 人生のうちで何度でも読み返したくなるであろう一冊。 正直作者が描いた世界が深すぎて、一読では理解しきれてない部分、把握しきれてない部分はあると思うんだけどそれでも十分面白かった。 なにより亀山郁夫さんの訳が素晴らしい。 ここまで読み切れたのも読みやすい訳があったからこそだと思う。この「罪と罰」は1ページ1ページがドラマの連続で、どのシーンも本当にすごいんだけど、一番忘れられないのがラスコリーニコフが自首する前にドゥーニャとソーニャに向かって自分の思いをぶちまけるシーン。 「血なんてみんな流してるだろ。この世界じゃ、滝みたいに流されているだろ、これまでだってずっと流されてきただろ、シャンパンみたいに流されてきただろ。(中略)このおれだって、人々のためになることをしたかったんだし、何百、何千という善を成し得たかもしれないんだ、あのひとつの愚行な行為の代わりにさ」 一人の人間が逡巡の末に罪を犯し、自らの罪を正当化する姿勢などを見せながらも、結局は自首し、(法律面と精神面での)罰を受けていく、という過程を見る中で本当にさまざまなことを考えさせられた。人を殺すという罪はどれくらいのものなのか。戦争では人を殺すということが正当化され、多く殺したものは英雄視されるのに、なぜ一人殺すと犯罪者として裁かれなければいけないのか。そう簡単に答えが導き出せる問いではないし、この本の中にわかりやすくその答えが提示されているわけでもない。でもその問いを、ここまで素晴らしく、ある意味美しく、ラスコリーニコフの物語に乗せて描き出せるドストエフスキーは本当にすごい。また必ず読み直したい。
5投稿日: 2023.04.07
powered by ブクログ面白かったなー! 分からないところもあった 率直に言ってたくさんあった でも面白かった、かなり面白かった どうせ難しいだろう、理解できないだろうという思い込みで世界を閉じずに、これからも色んな古典に挑戦していきたいと思いました 改めて目を見開かせられた転機の一冊になりそうですね 日本の古典も読み直したいと思いました 夏目漱石とかね さてドストエフスキーに話しを戻して自分なりの解釈というかそんなんを書き綴ってみたいと思います なんかてんで見当違いなことを言うかもしれませんが、多くの研究がされつくしているこの名著に果敢に挑むど素人の姿勢を評価してほしい 今は甘やかす時代なのです またこの先幾ばくかのネタバレも含まれておりますが、この世界的古典の名作にネタバレもないよなという思いからこのまま行きます やはり『罪と罰』ですから、何が罪で何が罰かってところだと思うんですね まずは裏の主人公とも言えるスヴィドリガイロフですが、なんとなく妖しい、女たらしで主人公の妹ドゥーニャにしつこくつきまとい、妻を殺した疑われていますが、実はこの人確定的な「罪」は 何ひとつ語られていないんですね しかもピストル自殺の直前には娼婦のソーニャとみなしごとなったソーニャの妹弟にお金を渡すという善行も行っており、ラスコーリニコフの「罪」についても結局告発せずに死んでいきます 実は善人だったのでは?なんて陳腐なことを言いたいのではありません めっちゃ悪人だったのだと思います 事実偶然知ったラスコーリニコフの「罪」を利用してドゥーニャを脅したりしてますからね だけど悪人であることを自覚しつつも、そんな自分に 嫌気がさしていたんじゃないでしょうか 生まれ変わりたいと心のどこかで思っているのに自分ではどうしようもなく同じことを繰り返してしまう どうしていいか分からなくなったときに純潔なドゥーニャと結ばれることが自分の「再生」の道と信じたのではないでしょうか そしてドゥーニャに はっきりと拒絶されたことで自分の思う「再生」の道が絶たれたと絶望したのではないか そして自分の生き方に「罰」を与えたのではないでしょうか そして主人公ラスコーリニコフです 物語の最後まで定まらず、思考も評価も大きく振れまくります 彼の「罪」とは何だったのでしょうか もちろん2人の女性を非常に身勝手な理由で殺害したことは大きな「罪」ですが、ドストエフスキーが彼に背負わせたかった「罪」はそれだけだったのでしょうか? 自分は 「人間」そのものを代表させたかったのではないかと思うのです 人間というのはとても謎の多い種だと思うんですよね 人間の持つ身勝手さというか、揺れまくる思考とか、あととんでもなく残酷なことを正義と信じこんで実行しちゃうところとか もういろんな、なんでそうなるの?って同じ種でもてんで分からんし、言ったら自分のこともよく分からんし 人の持つ罪深さというか、不安定さみたいなんをラスコーリニコフに背負わせたかったんかなぁと思いました では、「罰」は? それはもうずばり「愛」だと思うんですよね 「本当の愛を知る」瞬間が「罪」を犯した後のラスコーリニコフの身に訪れることは、とんでもなく残酷な「罰」だと思うのです このことが真の意味での「罰」に気付き、自身がいかに身勝手な存在だったかを突きつけられ、そこに「後悔」が生まれます なぜあんなことをしてしまったのか、あんなことさえしなければもっと彼女と一緒にいられたのに、彼女を苦しめることもなかったのにと そして「再生」を目指す彼の新たな人生は、これまでの反省もせず、まわりを見下したままの人生に比べればそうとう苦難な道のりになるはずです 今までの自分を全否定するところから始めねばなりません でもその道を進んだ先にしかソーニャと添い遂げる未来はないのです それに気付くことが「罰」なのですきっと やっぱ愛だぜ
40投稿日: 2023.03.02
powered by ブクログ再読 エピローグでのソーニャの存在が際立っている エンディングもとても良くて、訳の良さなのか全体を通じて小難しい文学という感じではなく、物語にしっかり入り込めた 自分としては、罪と罰は、この光文社版が一番好き
1投稿日: 2022.12.24
powered by ブクログドゥーニヤのスヴィドリガイロフへの発砲を最後のクライマックスとして、物語は徐々に終焉へと向かう。エピローグが感動的である。
1投稿日: 2022.12.12
powered by ブクログ圧巻の最終巻。真実が次第に漏れていく中、愛する者たちに困難が降りかかる。犯罪者の苦悩と決断に感動は必至! 分厚いが一気に読める500ページ。ヒロインふたりに襲いかかる危機に白熱。ドラマチックな展開に夢中になるあまり、ラスコーリニコフの心理的な変化を見落としがちだった。なし崩し的にあの結末に向かうが、彼の信念そのものには変化がないことに不安をおぼえる。しかし、ラザロの復活を暗示するラストシーンに希望の兆しをみて感動。筋書きの面白さに駆け足で読み切ってしまったせいで、細かい考察はできていない。普遍的な内容を持つ本作は、まだまだ深掘りする価値があると思った。魅力的な登場人物たちは深く心に残る。
0投稿日: 2022.10.22
powered by ブクログさて、この複雑で面白いたくさんの登場人物たちとラスコーリニコフというトンデモ青年の物語を読み終わって、思い上がり青年の無謀な殺人は、本人の罪だけでなく、家族はもちろん、周りの人たちをも否応なく巻き込む複雑なストーリーになるのだなあ、と。(名作なれば)世界中の読者も「これは何なのか!あれは何だったのだ!」と懊悩するのだよ。 主人公の名前ラスコーリはロシア語で叩き割るの意味だそう。さすが主人公…、名に恥じない!? 似たようなことは現実世界にもあった、ありますね。それを19世紀に予言したドストエフスキーは偉い。 トルストイもそうだけど、その他大勢のロシア近代文学者の作品はとても奥深くすごい、近代文学の祖ですよ。その発祥の人々の国!! と言っていてもしょうがない。 物語のご本人さんが反省したのだから、その後どうなるのはわからないけど、一応終わったと思いたい。 しかしこの作品、読みどころが多くてね、3回ぐらいでは読み切れないのもほんとう。
2投稿日: 2022.06.12
powered by ブクログ『罪と罰』に関して備忘録的に箇条書きで残すこととする。 ・この小説にはモデルとなったゲラシム・チストフ事件というものがある。 ・主人公ロジオーン・ロマーノヴィチ・ラスコーリニコフ(POIMOH POMaHOBHY PACKONBHMKOB)は頭文字がPに揃えられており、3つのPを反転させると666、すなわち「ヨハネの黙示録」(13章18節)に示される獣の数字が現れる。
0投稿日: 2022.03.12
powered by ブクログソーニャを陥れようとしたルージンの負けっぷりに喝采する。もっとやれ。 ソーニャの義母カテリーナの発狂の描写が凄まじい。巻末読書ガイド3「年金制度のモチーフに隠された何か」を読むと、悲しみは疾走し、涙はそれに追いつけない。 ラスコーリニコフの母プリへーリヤも静かに発狂する。わが子への盲愛が胸を打つ。
0投稿日: 2021.11.29
powered by ブクログ1人の青年の破滅と再生を描く作品 「優れた人間が世のために行う殺人は正当化されうるか」というテーマを取り扱っている。 ドストエフスキーの作品全般に言えることであるが、とにかく登場人物のバラエティの豊かさに驚かされる。 どんな作品でも、登場人物は大なり小なり作者の影響を受けるため、なんとなく共通した雰囲気を持つキャラクターで構成されることが多いが、これほどまでに登場人物の個性が独立しているのは、ドストエフスキーが天才と言われる理由の一つだと思う。
0投稿日: 2021.10.08
powered by ブクログ最終巻。もう出だしからめちゃくちゃ面白い。ルージンがうまく立ち回ろうとして逆にやられちゃうという。レベジャートニコフグッジョブ!気持ち良かった!! その後はカテリーナの場面でしんみりして、推しのスヴィドリガイロフの退場シーンでは息をのんだわ。やっぱりドゥーニャが忘れられなかったのか……。 もう、めちゃくちゃストーリーが面白いんですけど!! ドストエフスキー先生最高っす!! ラストもいいよね。ラスコーリニコフにちゃんと未来がある感じがいい。この展開で読後感がいいのスゴイよな。 いやぁ、罪と罰、めちゃくちゃ楽しかったです。全3巻十日ぐらいかけて読んだんだけど、めちゃくちゃ濃い十日間だった。
1投稿日: 2021.08.23
powered by ブクログエピローグの最後の段落を何度も読み返してしまった。 世界的名作。読み応えがとてつもなかった。 余韻がすごい 「読書ガイド」・「訳者あとがき」も良かった
1投稿日: 2021.08.10
powered by ブクログまず小説のバックグラウンドに圧倒される。宗教や当時の情勢さらには以前の文化へのオマージュなど小説のすごさを再認識した。 貧乏であるが自分のことをone of themだと思っていないラスコーリニコフが一線を超えた後の苦悶が小心者の自分に突き刺さる。功利主義的に考えるならばラスコーリニコフの行為は正しいのかもしれない。しかし、彼の身体は耐えらないのである。また、彼の家族や友達は罪が明らかになりつつあるときに彼を支えつつ、罪を償うことを促すのである。この優しさと対比的に公権力に所属するものや金のある者は弱者に冷たい。ラスコーリニコフは殺人を犯したが、弱者を気遣うし実際にも助ける。彼は尋常じゃないくらい苦しむが弱いから自殺ができない。どうすることのできない彼の無力さと弱さに世の絶望を感づかずにはいられない。
0投稿日: 2021.03.12
powered by ブクログ初のロシア文学。やはり世界に名だたる最高文学だけあって読み応えが半端じゃなかった。困窮した生活や屈折した感情が起爆剤となり殺しに手を出してしまう主人公。時間が経てば経つほど罪の意識が重圧となり正常な状態ではいられなくなっていく。個性激しい数多くの登場人物との交際を通じて変転しゆく精神の有り様。しかし大切な人々へ向けられた愛は決して変わることがない。のっぴきならぬ状態まで追い込まれた果てに導き出される境地に見事感じ入ってしまった複雑な人物図や小難しい背景知識が根底にあるために所々で混乱をきたすが、それでも最後まで心を掴まれた。重厚な筆致で描き出されたある夏の出来事。罪を犯してしまった者の内面描写、周囲の外的要因が掘り下げられ、我々読者の常識をも覆す概念の数々が露わとなる。厳かで神聖不可侵、それでいて途轍もない面白味を兼ね備える。これをマスターピースと言わずにはいられない。ドストエフスキーが手がけた史上最も素晴らしいテクスト。ロシアへの教養を深めた上でこの先何度でも読み直してその真髄を噛み締めていきたいと思えた。
0投稿日: 2021.02.12
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
古典文学を読むのが初めてで、人の名前とか愛称が変わるところがなかなか読みづらく、読み終わるまでに長いと思ってしまった。 名作として残っているだけあって考えさせられる内容だったとは思う。 人を殺すのは悪いことなのか?世の中に蔓延る悪い奴らを殺すことも? (ラスコーリニコフが殺したのは世の中の為を思ってが何割くらいあったかはなんともいえないが) 最後、彼は愛を知る。という神の救いには感動した。
0投稿日: 2021.01.18
powered by ブクログ世の中の不条理を受け入れられず、神に反逆してまで自らが一切を超克する絶体者となろうと考える人間の本質的罪深さが一つのテーマとなっている本作は絶望に満ちた21世紀を生きる私たちこそ読むべき書物であると思います。 世の中の不条理と虚無を目の当たりにしたとき、私たちはついつい「神は死んだ、然るがゆえに一切は許されている!」などと考えてしまいます。しかし、私たちは神の創造物であり私たちの罪は神の一人子イエスの死によって赦されたはずです。世界が如何に不条理であろうとも私たちは皆無条件に神に愛されているのであり、私たちは神の愛だけを信じて生きていかなければならないはずです。 神の愛に背き、神が造られた大地を血に染めたこと、これがラスコーリニコフの道徳的罪であると考えます。しかし、神は彼を愛しています。その証拠に、イエスの化身ソーニャが彼をその深い愛によって救済へと導きます。彼はソーニャを通して神の深い愛を知ります。正に、二巻で語られたラザロの復活の如く、ラスコーリニコフも神の愛により復活をとげたのです。彼はこれからとこしえに神の愛を受けながら、愛するソーニャと新たな生活を組み立てていくのでしょう。 どんなに絶望と苦痛に満ちた人生でも常に「神は私を愛している」と信じること、これが救いに繋がるのだと思います。「どんなに先の見えない闇の中にいようとも、神はきっと一切を可能ならしめる、だから私は神を愛し、神の愛を信じる。例え社会がどんなに憎くても復讐は私の業ではない。復讐は神のなさること。神を信じ、道を清くすればきっと神は愚かな人間達に罰を与え、心清く生きる人間たちに祝福を与えてくださる。」と信じて生きていこうと決心させるような小説でした。私は初めて本作を読了したとき涙が止まらず、気が狂いそうになるほどの感動を覚えました。もしも今、人生の不条理を憎み、何もかもを投げ出そうとしている人がいたら是非この小説を読んでみてください。「神は私を愛している」という真理を感じとることができるはずです。 非常に稚拙な文章ですみません。
0投稿日: 2020.11.24
powered by ブクログ最後の一文で鳥肌が立ってしまった。 なんか、気のせいか分からないけど、3巻だけ一気にいろんな感情が押し寄せる。1巻2巻は、ラスコーリニコフの陰鬱とした心の中での戦いがメインだったのに、3巻に入ると今まで出てきた人達が伏線を回収するかのように一気に押し寄せる。 ラスコーリニコフの弱さ、独白のシーン。わかる気がする。 弱くて仕方ない自分をどうにかしたくて、それで一歩を踏み出したくて、それが殺しの方向に向いてしまった。 そしてソフィアに独白するシーン、良い。不幸な1人の女に縋り出す感じが、凄くいいし、初めは崇高な目的の元に独白していたはずなのに、自分の弱さをどんどん曝け出していくシーンが心を打つ。なんか、悪人って映画を観た時もそんな感情になった。そしてシベリアまでついてくるソフィアが、救いになるのも綺麗(?)な終わり方だなと。 スヴィドロガイロフの醜悪さ、なんで自殺した?と思ったが、ラスコーリニコフと対比させてるのだと解釈。ラスコーリニコフは自首という道を選んだが、救いが差し伸べられなかったスヴィドロガイロフは死ぬ道を選んだのだろう。 初読のため、かなり浅学で感情的な感想を書き連ねてしまったが、読み込めば読み込むほど裏に込められた意図が現れてくるのだとも思う。だから名作なのだと感じる。
0投稿日: 2020.09.14
powered by ブクログ極限に追い詰められた男の姿、心象風景に飲み込まれる。 ラスコーリニコフと共にした数日間、常に夢の中にいた様。 物語に圧倒されると言う稀有な体験。 凄まじかった。
0投稿日: 2020.08.23
powered by ブクログ“すべては、人間がどういう状況にあるか、どんな環境にいるかにかかっています。すべて、環境しだいなんですよ、人間それじたいは、何ものでもない。”(p.29) “要するに、変にこざかしく考えないことです。あれこれ考えず、人生にすなおに身をまかせることです。心配はいりません。岸までそのまま運んでくれますから、二本足で立たせてくれますから。どういう岸、ですか? いや、それはわたしにもわからない。”(p.250) “すべての原因は、自分のおぞましい環境にあった。それは、極貧と、すべてからの孤立であった。”(p.430)
0投稿日: 2020.05.25
powered by ブクログやっと、読み終えました。古典文学作品を読んだのは初めてですが、とにかくわたしには難しかった、というのが感想です。 訳者解説を読んでもよく分からず、みなさんのレビューを読んで内容を補完している状態です。 登場人物の名前がややこしかったり、呼び名がたくさんあったりするロシア語の特徴がまたわたしの頭を混乱させて。。 悔しいのでいつか、また気力が出たら1巻から読み返したいです。
0投稿日: 2020.04.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
主人公、ラスコーリニコフには特有の思想がある。それによれば、世の中には2種類の人間があり、 ナポレオンのような超越者は、それ以外の人々の命を奪うことも許されるという。彼は、その考えに基づいて殺人を犯す。このくだりはあまりにも有名なので、今更語ることでもないかもしれない。 そうした思想と行動にも関わらず、彼の行動は場当たり的で、まるで一貫していない。本物の超越者であれば、殺人は大義を成すための手段に過ぎないはずだけれど、彼の殺人は自己目的化していた。こう書くとなんだかサイコパスじみているけれど、実際はそうじゃない。経済的困窮や妹の不幸な縁談で精神的に追い詰められた彼は、それを打破することを殺人に託したのだ。でも、彼は超越者たりえなかった。彼の本質は善であり、冷徹なナポレオンにはなりきれなかったのだ。本当の超越者であれば、妹の金で学業続けて成功を掴めば良かったわけで。そういうところが彼とスヴィドリガイロフの違いだったのかもしれない。 面白いのは、『罪と罰』というタイトルだ。エピローグにおいてなお、彼は自らの思想への執着を示す。一連の事件の罪を、自首をしたことで成功を掴み損ねたことであると総括する彼に、本当の意味での罪の意識はまだ芽生えていない。刑事罰はあくまでもシステムであり、彼の本質を裁くものではない。この構図において、物語にはまだ罪も罰も存在しないという事になる。 一方で、エピローグでは、彼とソーニャの人間的な再生の予兆とそのための償いの存在が示唆される。彼が罪と向き合うのは、彼が人間としての再生を迎える「新しい物語」においてなのかもしれない。
0投稿日: 2020.04.06
powered by ブクログルージンとスヴィドリガイロフのお下劣な人格に比べれば、まだ、主人公ラスコーリニコフの方が(殺人者ではあるけれど)共感出来るような。。 娼婦ソーニャが最も高潔な感じに書かれているのが、何とも逆説的。貧しさが罪なだけで、いつの時代も、人は全力で身悶えしながら平然と生きているんだなあ、と思う。マルメラードフの駄目親父ぶり、現実逃避ぶり、を見ると、人間って150年経っても基本進歩してないなあ、とも思った。
0投稿日: 2020.03.26
powered by ブクログ第3巻。ラスコーリニコフは神を信じたのではなく、ソーニャを信じたのだ。その一点だけを胸に生き、人生への希望は持っていなかった。だから、ただ生きた。
1投稿日: 2020.02.05
powered by ブクログいやあ良かった。余韻が残る。書物は異界への入り口だと内田樹先生が言っていたけれど、本当にその通りだった。150年前のロシアへあっという間に連れて行かれる。ときにはもどって来られずに、ホームのベンチにしばらく座り込むこともあった。どうしてだろう、殺人犯の主人公に感情移入することができる。後半、かなり大きな存在となるスヴィドリガイロフ。ドゥーニャと2人になったシーンは、ちょうど並行して「痴漢外来」を読んでいたこともあり、それぞれの心理的状況を深く感じ取ることができた。そして、ピストル自殺。次第に近づいていく感じはしていたが、それでも最後まで、いや本当にアメリカに向かうのではと思ったり、最終的にはそっちが死ぬのかあ、というのが正直な感想。主人公ラスコーリニコフは結局、死を選ばなかった。エピローグ、入院する場面ではもう一波乱あるのかと思ったが、持ち直してくれた。ソーニャとの人生を受け入れ、明るく、前向きに終われたのではないか。清々しい気分である。ところで、「カラマーゾフの兄弟」を10年ほど前に読んで、次は・・・と思っていたのがいまになってしまった。また、10年後? 今度は「悪霊」か、「白痴」か・・・
1投稿日: 2019.10.27
powered by ブクログあぁ 終ってしまった… 42.195㎞のフルマラソンを走り終わったあとは きっと こんな感じを持つのでしょうね (残念ながら、私はその経験を持ちません) 人が生きていくこと 人が罪を犯してしまうこと 人が人を裁こうとすること 人がもう一度 生き延びてみようとすること 人が人を支えていくこと 何か独特の 読み終えた後の余韻が 続きます
1投稿日: 2019.10.17
powered by ブクログ数十年ぶりの『罪と罰』、読了しました。 やはり、良いですね。あらすじは言わずもがなですが、最後のシーンはジーンときます。 この『罪と罰』は犯罪小説なのですが、人間性の喪失と再生の物語であり、そして純粋なラブストーリーでもあるのです。そして大団円とまではいかないものの希望に満ちたエンディング。心が洗われます。 僕が1巻のレビューで書いた、高校生の時に読んだ時に一番心に残っている娼婦のソーニャに主人公のラスコーリニコフが罪の告白をするシーン。その場面を今回再読した際『罪と罰』を読んだ高校生だった自分の状況がありありと蘇りました。 ラスコーリニコフからの罪の告白を受けたソーニャは、ラスコーリニコフからどうすればよいかを問われた際、目に涙をいっぱいに浮かべ、ラスコーリニコフの肩をつかんで、こう言うのです。この時、ソーニャの心は大きくラスコーリニコフへと傾きつつあり、もう愛し始めていた状況でもあります。その彼女が「自分が愛そうとしている男」に向かって言う言葉です。 「さあ、立って!いますぐ、いますぐ、十字路に行って、そこに立つの。 そこにまずひざまずいて、あなたが汚した大地にキスをするの。 それから、世界じゅうに向かって、四方にお辞儀をして、 みんなに聞こえるように、 『わたしは人殺しです!』って、こう言うの。 そうすれば、神さまがもういちどあなたに命を授けてくださる。 行くわね?行くわね?」 このセリフ。数十年前にも読んだこのセリフ。完全に覚えていました。というか『罪と罰』の数あるセリフのなかで、このセリフしか覚えていません。 高校生だった僕の心に深く刻み込まれ、数十年経ても今でも鮮明に覚えていたのです。 どうして、このシーンだけを強烈に覚えているのだろう。 今にして思えば、当時の僕の価値観が完全に打ち壊された瞬間だったからだと思います。 日本人的に普通に考えれば、ここでソーニャの言うべきセリフは、 「警察に行って自首しなさい」 だと思います。もちろん『罪と罰』のソーニャも最終的には自首を勧めるのですが、まずは何を差し置いても、このセリフにあるとおり、 自分の犯した罪を、自分が汚してしまった大地(神)に許しを請い、全世界に向かって懺悔をせよ と言うのです。 この時、僕は雷に打たれたように、世界を理解しました。この時初めて「これが宗教を持っている人間とそうでない人間の違いなのだ」と、自分以外の世界がこの世にあるのだということを現実に「知った」のです。 「人を二人も殺しておいて、許されるはずないじゃないか」 当時の僕はそう思っていました。 しかし、この小説の世界(僕の知らない宗教のある世界)では、「罪を悔い改めて、神に許しを請えば、神に許される」のです。 愕然としました。 「人を殺せば、警察に逮捕され、裁判を受けて有罪判決となり、刑務所に行って懲役刑を受ける、あるいは死刑になるまで、自分の罪は消えることはない」と当時の僕は信じて疑っていませんでした。しかし、それでも許される世界がある、ということを知り、そして「人間の罪を許すことができる『神』という存在があるのだ」ということを本当に知ったのが、この時だったのだと思います。 『カルチャーショック』などという生やさしい言葉では言い表せません。自分にとっては天地がひっくり返るくらい驚いた経験だったのです。 「キリスト教の教えとは、そういうものですよ」と簡単に言われるのかもしれませんが、キリスト教の本質など全く知らない当時の高校生の僕(今もキリスト教徒ではないですが・・・)にとっては「なんと神というものは寛大なのだ」とその偉大さに恐れおののいた瞬間でもあったのです。 人間は罪を犯す、愚かな小さき存在です。 それでも、人は精一杯、日々を生き、過ちを繰り返しながら、生活します。そしてこのラスコーリニコフのように絶対に許されない罪を犯してしまうこともあるでしょう。 しかし、人は、真にそれを悔い改めて反省すれば、許されることがあるのです。 本書のラスコーリニコフは、ソーニャにこうまで言われながらも、すぐには反省しません。自分は上手くできず失敗しただけだとうそぶくことすらあります。 さらに予審判事のポルフィーリィーとの最終ラウンドでもラスコーリニコフは完全に敗北します。 「あなたが殺したんですよ、ラスコーリニコフさん!あなたが殺したんです・・・」 まるで、刑事コロンボの映画のラストシーンのようにラスコーリニコフはポルフィーリィーに鮮やかに殺人の罪を指摘されます。しかし、ポルフィーリィーはそこでラスコーリニコフを逮捕せず、何事も知らなかったかのように自首を勧めます。ここは、ポルフィーリィーの心意気に打たれる場面です。 そして最終的に自首したラスコーリニコフはシベリアへ送られ厳しい労働を課せられます。ソーニャもラスコーリニコフのいるシベリアの受刑地の近くに住み、ラスコーリニコフを含めた受刑地の人達の面倒をみます。 そのようなソーニャの無上の愛を感じ、ラスコーリニコフは本当の自分の罪深さを知り、そこで初めて本当に悔い改めるのです。 数十年ぶりに読んだこの『罪と罰』、まるでタイムマシーンに乗って過去に戻ったかのように、いろいろと過去の自分を思い返すことができましたし、新たな発見もたくさんありました。 やはり、このような百年以上も前に書かれた古典名作には、人類の英知が宿っているのですね。 この『罪と罰』、10年後、20年後に再読した時には、また今と違った感情がわき上がるのかもしれません。 本当に濃密で、意味のある読書体験でした。ありがとうございました。
16投稿日: 2019.08.20
powered by ブクログ今年の6冊目。今月の1冊目。 ついに読み終わりました。多分本を買ってから7、8年で全部読み終えました。やっと読み終わった感じがすごくて、達成感はありました。まあ、純文学は物語というより内面の変化をどういう風に感じるかが、楽しみだと思うので、物語的には今の感覚からすると普通だと思います。
0投稿日: 2019.06.06
powered by ブクログ【由来】 ・ 【期待したもの】 ・ ※「それは何か」を意識する、つまり、とりあえずの速読用か、テーマに関連していて、何を掴みたいのか、などを明確にする習慣を身につける訓練。 【要約】 ・ 【ノート】 ・思ったほどのインパクトを感じなかったというのが正直なところ。ところどころ、のめり込む部分はあったけど。 期待値が高すぎたかも。例えば殺害の現場はもっと葛藤や描写に割かれるかと思ってたし、ラスコーリニコフの救済の過程というのはもっと劇的かと思っていた。 ・スヴィドリガイロフは面白い登場人物だった。もっとひどい役回りかと思ったが。 ・これから、ふと読み返したくなる時が来るのだろうか。 【目次】
0投稿日: 2018.10.28
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
殺人を犯した罪もその罰の意味も分かっていなかったラスコーリニコフがエピローグでようやっとその意味を理解する、そこに至るまで本当に長かったですが読んで良かったと思えました。
0投稿日: 2018.10.08
powered by ブクログ言うまでもないが、人類史上最高の小説のひとつ。 新訳なので人名がごっちゃにならず読みやすかった。海外文学が苦手な自分でも読みだすと止まらなかった。 「ひとをなぜ殺してはいけないか」という答えがここに示されている。人間の良心に訴える名作。人生に迷ったときにもういちど読み直してみたい。
0投稿日: 2018.05.05
powered by ブクログ構成、スケール、テーマ、どれもとても大きい。世界的な文学作品といわれることはある。キリスト教的な愛を描いているが、もっと不変的な愛について考えさせられる作品である。 これを読んだあとに、筋肉少女帯のこれでいいのだも聞いて欲しい。
0投稿日: 2018.01.12すごすぎる!
読み終えて、全てを理解できたとは思えない。それでも、すごい、面白かった。 理解できたとは思えない、というのは これが非常に難解だとかそういったことではなく、 いろんな読み取り方ができそうだ、でも、ひとついえるのは、 エンターテイメントとしても読めるということ。 でも、それはこの新訳だからかもしれない。 登場人物たちが魅力的すぎる。 え、そこでなぜ……!!という展開についていけないといえばついていけないのだけれど、 ぶっ飛びすぎていて「ついてける」とかそういうレベルではない。 そんなエネルギー炸裂ワールドで一人、 不思議な、不可解な謎を残すスヴィドリガイロフは文学史上最も魅力的な人物の一人ではなかろうか。 と、いうことで、『罪と罰』読み終えました。 すっごい面白かったし、「生きてる間に読んでよかったー」と思った小説のひとつです。
1投稿日: 2017.03.06
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
この長い小説がたった2週間(14日間)の出来事であることに驚きつつ。 まぁ、こんだけ内面綴ればそうなるか、と納得もしつつ。 ここで語られる、人を殺すのが悪いことなのか?という問いかけには、ある意味賛同するものがあります。 私は、「権利がある」とラスコーリニコフが考えるような選民思想的な考え方は一切ないけれども、結局、殺人=罪というのも、今のこの瞬間の社会が決めたルールに過ぎないよな、とは、実際思います。 常にその思いは消えない。 このルールは誰がつくった?っていう話ですね。 大部分の人にとって気持ちが良いし、楽に生きるために必要だから維持されるルールだけど、それを納得できない人にとっては、別に殺人が「いい」とか「悪い」とかいう話ではないんですよね~。 単に、行為と社会的罰則が存在するのみ。 そうぃう意味では、一部、共有します。
0投稿日: 2016.10.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
巷間に云う難読書の代表格。でも一端の大人になった今なら読めるのではと思い挑戦。 いささかクセのある文体で、時々セリフの語り手を見失うことがある(あと、指示語でも本名と愛称が混在するからわかりづらい)ものの、狂熱に浮かされるラスコーリニコフと周りの登場人物の機微がいきいきと描かれて、ついのめり込んでしまう。 いささか支離滅裂なきらいはあるものの、あれだけの事件を起こして平静ではいられい心理(交通事故を起こした直後、パニックで判断力が著しく低下している状況を想像するとわかりやすい)を慮れば、それも妙なリアリティを持って迫ってくる(もっともラスコーリニコフに云わせれば、そういう心理状態に陥る時点で凡俗に過ぎず、英雄には成り得ないということだろうけど)。 「百の善行は一の悪事に勝る」「英雄の資質がある人間は、人の法の先を征く」 いかにも若く充実した才能にありがちな先鋭的思想。でも現代社会に引き写してみても、法では裁けない悪、救えない善は枚挙に暇がない。世直しの旗手が型破りであることは古今東西の真理。 その意味で、本作は古典文学でありながら現代社会の矛盾をも衝くアンチテーゼとして今でも我々の日常に潜んで牙を研いでいるのだろう。 最後の「愛が世界を救う」といった風情の終わり方はやや唐突な気がしたが、後味よく未来への希望に満ちた読後感を与えてくれる結末だった。 やはり名作は名作たる理由があると再認識。機会があれば他者の訳本も読んでみよう。
0投稿日: 2016.08.21
powered by ブクログ40代半ばにして初めて読みました。 主人公はもちろん、登場人物の内面の葛藤、逡巡、自分の中でのやりきれなさと、他者との尋常ない(と私には思える)やりとり。 通勤時間に読むのではなく、寝る前に少しずつ読むのに良いと思いました。 やはり、こういった「名作」は若いうちに読んでおきたいものですね。
0投稿日: 2016.05.03
powered by ブクログ殺す前後でラスコーリニコフの行った善行で、マルメラードフが選ばれたが、少女でストーカーされていたのを助けた方はそのまま流されていて、ずっと気になるところ。少女のその後を託した警官のような人も、ラスコーリニコフから馬車などのためにとお金をもらっておいてそのままというのも気になる。この捨てられる線のおかげで、ソーニャと出会わせるためのような唐突なかんじがするマルメラードフの一件も自然さが出ているのかもしれない。 シベリアまで行こうとする(ドゥーニャと結婚して後に行ったはず)大親友のラズミーヒン、ドゥーニャを愛してペテルブルクまで追って出てきて「盗み聞き」という重要な役割を果たして金をばら撒いて自殺するスヴィドリガイロフ、この二つはファンタジーであろう。しかし、ドゥーニャが導線ということか。また、ルージンを悪者にしすぎている気もする。 スヴィドリガイロフが端から盗み見ていたというラスコーリニコフの描写[p267-268]から、ラスコーリニコフの精神的な窮地が最もよくわかる。エピローグの裁判で、ラスコーリニコフが施した善行が物語の始まる以前にもあったことがわかる(この物語は1865年7月7日から14日間のことである)。ひとりよがりの独善的な思想で人殺しをする人間が、一方では無償で人助けをするということにリアリティを感じるか感じないかはひとそれぞれであろう。 個人的には、ラスコーリニコフが雑誌には掲載されたものの、ひとりよがりで独善的な(傲慢な)思想にとらわれて人まで殺してしまい、自首する直前になっても、服役中もそれを「罪」とはみとめていなかったことが、リアリティがあって怖い。最後にはソーニャとの愛でスヴィドリガイロフの二の舞を免れるわけだが(スヴィドリガイロフが死んだことも助けにはなっただろう)、この話はもう、ここしか落としどころがないだろうとおもう。 ポルフィーリーの言うように、ラスコーリニコフはたまたまあの二人を殺しただけで済んだがそれは稀なケースで、大抵は現代にはびこるテロのような行為に至るのだろう。現代において、この物語は小説として優れているだけの都合が良いファンタジー、つくり話、おとぎ話(童話)の域を出るかどうかは疑問だ。
0投稿日: 2016.04.04
powered by ブクログ大変に、重く興味深い案件について、一方で峻厳にハードボイルドな一方で。 その範囲内では、実はすこぶるロマンチックな小説だったなあ、という感想。 「チャップリンの殺人狂時代」という映画があって、最高傑作じゃないかというくらいに上物です。 初老のチャップリンは、おなじみの「放浪紳士チャーリー」ではなく、実におしゃれな紳士。 そして、初老の女性たちを手玉にとっては金目当てに殺していきます。淡々と無感情に。(お金がどうしても必要な事情があるんですが) 裁判でチャップリンが。 「戦場で100万人を殺したら英雄だ。日常で1人や2人を殺したら犯罪者だ」 つまり、チャップリン版の「罪と罰」なんです。 ことほどさように、「殺人」という究極な出来事をネタに、「罪とは?罰とは?」という味わいの人間ドラマは、玉石混交多数あります。 恐らく、そういったことの原初が「罪と罰」なのではないでしょうか。 (ま、実は聖書とかが先行している訳ですが、近代的にそれを表現したのは、「罪と罰」が嚆矢では。) (松本清張さんを筆頭に、「社会派ミステリー」みたいなものは古今東西、その味わいがあります。 最近だとテレビドラマでも「それでも生きていく」とか「ナオミとカナコ」などもありましたね) と言う訳で、言ってみれば極上のミステリ、「罪と罰」。最終第三巻。 第3巻は、本当に読ませどころ、名場面が目白押し。 ほとんどがラスコリ君、一部、スメルジャコフに密着した、ドキドキの最終巻。 ほんとうに、息遣いが聞こえてきそうな緊迫感は、「人が文字を紙に書くだけで、それも、150年前のロシア人が書いているのに、これだけ面白いんだなあ」と感服。 本当に、ミステリーなんですよね。極上のミステリーっていうのは、当然ながら人間ドラマであり、社会を映している、という言葉を改めてかみしめました。 まあただ、けっこうロマンチックなんですよね。 そのあたりが、カフカさんとかとは一線を画するか。 その分、ドストさんの持ち味は、なんていうか、鉄槌として、重量級ですね。 フットワークは重いかもだけど、一発でもまともにくらうと、もうKO寸前までいっちゃうような、重量パンチ。 それから翻訳の亀山さんですが、バカ売れしている分だけ、翻訳業界?からは誤訳の指摘などあるそうですね。 ただ、「とにかく読み易くはしている」という評価はあるそうです。 だとすれば、僕としては「読み易くしているのであれば、最大ミッションクリアなんだし、上出来なのでは?」と思ってしまいます。 読みぬけば、そりゃオモシロイに決まってるんです。面白いんだから。 ただ、外国語だし昔の話しだし、読みぬくのが苦痛になることが多い。そこを助けれくれれば、いちばんだと思います。 さて、今年は、「カラマーゾフの兄弟」まで一気に駆け抜けるかどうか。 楽しみです。 以下、物語段取りの備忘録。 ############### ラスコリ君=青春の殺人者。インテリの元大学生。金貸しの老婆と、その妹を殺害した。 ソーニャ=ラスコリ君の運命のソウルメイト。貧乏な家族の為に売春婦。 ラスコリ妹=美人で聡明で貧乏で知的な女性。 金持ち嫌味君=ラスコリ妹に言い寄ったが、ふられた。 暑苦しい正義感君=ラスコリ君の大親友。ラスコリ妹を愛している。 ポル刑事=ラスコリ君を追い詰める刑事。物的証拠はないが、状況証拠と尋問で迫る、なかなか深いことを言う。 スメルジャコフ=金持ちで、かつてラスコリ妹に迫った。妻を含め複数の殺人の疑惑がかかる、謎めいた男。 まあこの辺の登場人物で話は追えます。 序盤まず。 ラスコリ妹に、けんもほろろにふられた「金持ち嫌味君」。 プライド高いのでどうにも憤懣やるかたなく、復讐に及びます。 たまたま、ソーニャの父の葬儀食事会があり、その場で、巧みにしかけて、ソーニャが金を盗んだかのように言いがかりを付けます。 この場面が、すごいなあ。 最終的に、「金持ち嫌味君」の陰謀は暴かれ、却って大恥をかかされることになります。 そこまでの、ソーニャにかかるストレス。悲劇性。 そこからどんでんになっての、スカッと溜飲の下がる痛快さ。 実にハラハラとドキドキとスカッとが、素晴らしい!夢中で読めました。 一方で、ラスコリ君は。 ソーニャに「俺が老婆を殺した」と告白。 それをなんとなんと、スメルジャコフが立ち聞きしてました! さあ、今度はスメルジャコフが、それをネタにラスコリ君に迫ります。 ただ、ここんところは、いまいち目的はよくわかりませんが。 ここのところのスメルジャコフのいやらしさ、ラスコリ君へのプレッシャー、これもなかなか読みごたえがすごい。 そして、スメルジャコフは、「お兄ちゃんを助けたければ」と、ラスコリ妹に迫るんですね。 これは目的がはっきりしていまして、カラダと、そして愛情をよこせ、ということですね。 このスメルジャコフとラスコリ妹の場面。これまた名場面。 迫る男、脅す男。弱る女、悩む女。 とうとう、女が折れます。抱かれるか...だが、そこでやっぱり拒絶! ここのところ、スメルジャコフの何とも魅力的な悪漢ぶり。悪とはなんと魅力的な物でしょう。 悪いんだけど、なんだか心の半分で応援してしまうような...。 そして、スメルジャコフの魅力がすごいんですが、この悪漢、ラスコリ妹に拒絶されて、「絶望」しちゃうんですね。 この後、雨のペテルブルクを彷徨って、自殺する。 このスメルジャコフのラスト・ダンスの道行きが、たまらない味わいですね。 さあ、ラスコリ君は、ソーニャと妹に見守られるように、警察に自首します。 この自首シーンも絶品... 自首しに来た局面で、「スメルジャコフが死んだ」と知ってしまうラスコリ君。 「え?じゃあ自首しなくても、あいつが密告するってことはもうない?」と動揺するラスコリ君。 思わず、自首せずに警察署から出て来ちゃうラスコリ君...。 ここから、やっぱり自首~シベリア送り。でも、最終的に納得は行ってないラスコリ君。 つまり、本当に悪いことをしたと思えないラスコリ君。 それが最終的にシベリアの地で、唐突にソーニャの膝に泣き崩れるラスコリ君...。 この最期の大きな見せ場は、ちょいと読み手によって好みが分かれるところかもしれませんが。 1巻、2巻と読みぬいてきたら、もう本当に3巻は止まりませんね。怒涛に読み切りました。そして、読み終える直前には、「ああ、読み終わっちゃうんだな。ちょっと哀しいな」と思えたっていうことは、とっても素敵な読書だったなあ、と思います。 さすが、ドストさん。
2投稿日: 2016.03.28
powered by ブクログ3冊に及ぶ物語でありながら、たった2週間の出来事。社会や主人公ラスコーリニコフの精神状態(独自の持論)により事件を起こす。 自分は正しいのか違うのか、罪の意識。浮き沈みが激しく揺らぐ心理。 1人であればここまで悩むことはなく持論で開き直ってたのだと思う。 この場合、二人目があったから、罪の意識が出てしまい、持論で保てなくなった。 ラストはパァーっと視界が開けたような感動があった反面、本当にこれで良かったのか?とも。 この訳は読みやすかった。 なんとなく、読み始めからラスコーリニコフはハンニバル・ライジングに出ていたフランス人俳優キャスパー・ウリエルのイメージが出て、そのまま読み進めた。フランスじゃないけど。
0投稿日: 2015.10.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
2015年27冊目。 「天才は自らの事業を成すために凡人を踏みにじる権利を持つ」というナポレオン主義から起こした殺人。 幾度も思いついては踏みとどまって来たラスコーリニコフは、ついに自首に至る。 彼が抱く罪の意識は、殺人に対してではなかった。 むしろ、運命が後悔をもたらしてくれればと、自分で自分を罰することができたらとさえ思っていた。 自首後に彼が抱いた罪の意識は、結局ナポレオン主義を徹底し切れなかったという点にしかなかった。 そんなラスコーリニコフに「観念としてではなく、生命として」訪れる最後の救いの瞬間が印象的。 『カラマーゾフの兄弟』もそうだが、ドストエフスキー作品の登場人物たちは、「自分を苦しめることで救いを求める」という一種のマゾヒズムのようなものを抱えていることが多い。 「少なくとも自分に誠実でありたい...」という点において、共感することが多い。 ロシアの宗教を始めとした文化事情をもっと理解しなければドストエフスキーの深すぎる仕掛けにはまだまだ気づけないが、 それでも十分に人に内在する共通項を感じ取ることができる。
0投稿日: 2015.02.14
powered by ブクログこの本を読んだら生まれ変わらなくてはいけない気持ちになる。以下引用。 ひとりの人間がすこしずつ構成していく物語、その人間がしだいに生まれかわら、ひとつの世界からほかの世界へ少しずつ移りかわり、これまでまったく知られることのなかった現実を知る物語である。
0投稿日: 2015.02.01
powered by ブクログ2015/1/12読了。 ついに読み終わった。全3巻の中では一番面白いと思えたが、多分ゴチャゴチャした記述がない部分があったからだと思う。相変わらず読みにくいことこの上ないが。周りが言うほど良い作品だと思えるような感想は持てなかった。ここから何を読み取ればいいのかはまだわからない。 それにしても十字路にキスするってなんかの比喩?自首のこと?
0投稿日: 2015.01.16
powered by ブクログ「罪と罰」読み終えました。 この物語は、「意思と運命」の話でもあると思いました。 運命=社会情勢、性別、家庭環境等。 意思=宗教、思想、愛、妬み、感情。 主人公を除く登場人物は、時代の「空気」や自分たちを支配する「運命」を悦びまた恨みながら、それでも「意思」によって、新しき時代を夢見ている。
0投稿日: 2014.02.23
powered by ブクログ[1][2][3]巻読み終わりました。 登場人物の気持ちや心の中の葛藤などが多く、途中何を伝えたいのか分からなくなる部分が多々ありましたが、最終的にはきれいにまとめられていたので、気持ちよく読む事ができました。
0投稿日: 2013.11.30
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
訳が読みやすくなっているのはよく分かりましたが、 心理描写が多すぎて、現実で何が起きているのかよく分からない。 が、主人公がウダウダしている時や、ジワジワ来る恐怖感の心理描写は すごい。 読むと重い気分になるので、再読はしばらくしてから。
0投稿日: 2013.11.22
powered by ブクログカラマーゾフの兄弟は、登場人物が、多く、難解だが、本書は、シンプル。 カラマーゾフの兄弟と、対比すれば、、完璧と言われる理由がよく分かる。
0投稿日: 2013.10.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ラスコーリニコフとポルフィーリーの心理学的な論争により、追い込まれていく場面の迫力は、学生時代に読んだものの今でも鮮烈に覚えていたところですが、今回久しぶりに読んでみて、スヴィドリガイロフの存在の大きさ!ラスコーリニコフ、ドゥーニャとのやりとりは悪の権化(しかし、巨悪というより、あまりにも小さく!醜い!)とも言うべき存在感は圧巻でした。第2の主人公とされるゆえが良く分かりました。ソーニャがルージンに泥棒扱いにされかねなかった場面での緊張感も凄いし。そして何よりも、第6巻でラスコーリニコフは未だ悔い改めているわけではなく、打算的に自首したものの、その後、エピローグの章での、シベリアにおいてソーニャの愛の実践により砕かれていく情景がリアルに感じられました。
0投稿日: 2013.08.17
powered by ブクログまずは長い。そして難しい。以前までのものよりも亀山訳は読みやすいというが、やはり読みにくい。昔の外国作品の日本語訳だからしょうがないか。肝心の中身だが、かなり深く、かなり考えさせられる。いわゆる「事件」は物語のしょっぱなに起こる。あとは主人公の思いが続く。葛藤や自己陶酔や優越感や反省や、様々な感情が交錯しながら進んでいく。気になったのは、「能力のある人は、能力のない人を殺しても良い」という旨の下り。確かにそうかもしれない。歴史ってそういうものかなと思った。
0投稿日: 2013.07.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読み終えた時の感想「ようやく終わった・・・!」 しかし本を閉じても余韻が心の中で残っていた。やはり名作には力があるんだなと感じた瞬間。 犯罪とはなんなのか、善ってなんだろう、と改めて考えてみた。 個人的にはエピローグでソーニャに救われるシーンは無くてもいいんじゃないかなと思った。重いテーマだけど最後は大団円。
0投稿日: 2013.03.26
powered by ブクログ歩いて七百三十歩のアパートに住む金貸しの老女とその妹を、主人公ラスコーリニコフは殺してしまう。目の前にとつぜん現れた愛する母と妹。ラスコーリニコフは再会の喜びを味わう余裕もなく、奈落の底に突きおとされる。おりしも、敏腕の予審判事ポルフィーリーのもとに出向くことになったラスコーリニコフは、そこで自分の行いがすべて知られてしまうのではないかという背筋の凍るような恐怖を味わわされる。すでに戦いは始まっていた。 そして彼はソーニャのもとへ行き、全てを告白するのだったが・・・。 やっぱり文学って苦手だ・・・と思うものの頑張って三巻まで読破しました。それでも亀山氏の訳はとても読みやすかったです。結構さらっと読めた。最後の読書案内も丁寧に書かれていて、謎だった部分とかあっさり読み飛ばした部分が、ああそういうことなのかと思うところも多かったです。深いなと思うけど、自力では難しすぎた・・・。ラスコーリニコフが罪を犯した後のエピローグにはなんか素直に喜べないけど、でも一応、ハッピーエンドなんだよね、これ。ソーニャと出会えて良かったねえこの人。全体的に重い話だったけど結構ポルフィーリー好きだった。
0投稿日: 2013.02.13
powered by ブクログ信仰心のある娼婦によって信仰心のない殺人犯が自首し刑務所に入る。が自由の奴隷から奴隷の自由へと環境変化するものの、内面は何一つかわらない。が、最後の最後で心変わりし更正していく。その原因・理由については明確に述べられてはいない。「ふいに何かがが彼をとらえた」としか記述がない。これが「神の働き」というものだろうか?
0投稿日: 2013.01.27
powered by ブクログ三冊目は、一気にほぼ半日で読み切りました。 内容云々の前に、読み終わった後にはこういう話だったのか!という感動でいっぱいでした。確かに、「罪と罰」というタイトル以外ないだろうな、と。 また、外国の話だし時代も全然違うので、突っ込みどころも多く、それらを本日参加した読書会で吐き出せて、すごくスッキリしました。 ゲストが訳者の亀山さんだって知ってたら解説ももっとちゃんと読んで行ったのに。。それだけが少し残念。 次は、「謎解き罪と罰」を読もうと思います。
0投稿日: 2013.01.27
powered by ブクログ海外小説の初心者としては、読み終わった直後は何もかも腑に落ちなかった。しかし、そこからひとつずつ、良心、罪悪感、罰といったものが意味するものを考えていくと、これまで歴史を学んでいても理解できなかった、信仰を持つ人々の感覚や行動心理が少しずつ自分に近づいてきて、どんどん目から鱗が落ちていって、なんだかものすごく面白い作品なんじゃないか、という気持ちに襲われてきた。 きっと慣れてきたら、読むことと考えることを同時進行できるようになって、読んでいる最中から面白くて仕方なくなるんだろうな、と思う。 小説が、ノンフィクションや学術書よりも現実世界を理解させてくれることがある、と実感させてくれた一作。しかし読みこなすまでの道のりは、果てしなく遠い気がする。
2投稿日: 2013.01.27
powered by ブクログ結末は読みましたが、挫折しました。ドストエフスキーは読む人を選ぶ…というか、時代背景と宗教にある程度の知識がないと辛いと思います。教養として読んでおきたい本だったんですがね。またいつか、読破出来るといいと思います。
0投稿日: 2013.01.07
powered by ブクログナポレオン的選民思想から来る傲慢なエゴイズムに突き動かされて殺人を犯した主人公。思わぬ自身の弱さに直面して苦悩する姿が、醜くも憐れ。 ラストは賛否が分かれるだろうな。
0投稿日: 2012.08.12
powered by ブクログ自分は凡人の権利を踏みにじることが許される天才側の人間だと思い込むことは罪ですか。 英雄気取って流した血に、自分は只の凡人でしかないと気付いて絶望し葛藤し苦悩するのは罰ですか。 そんな現実に、精々傷ついて頭を冷やせばいい。 ラスコーリニコフには、彼をするソーニャがいて、彼を心配する家族がいる。 そんな平凡な幸せがすぐ傍にあるのに‥。 人を殺めた罪が消えることはないけれど、然るべき罰を受けることは無駄じゃない。 私にはまだ難しくて理解しきれていない気がするから、いつかまた必ず再読します。
1投稿日: 2012.07.07
powered by ブクログドストエフスキーは文章が冗長ぎみなところがあるが、ある点を境に一気に面白くなる点が魅力かと。罪と罰で言うと、2巻の後半あたりがその境目かな、と個人的には思ってます。(勿論これは人によって大きく変わりますが) 3巻に突入すると話はクライマックスへと加速し、ストーリーがある程度理解できていれば、ページをめくる手が止まらなくなります。 時代を越えて読まれる作品なので、主人公ラスコーリニコフを中心に描く人間ドラマを、悩む事の多い現代人として是非手にとって欲しいですね。
0投稿日: 2012.06.16
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
辛いときには幸せな物語を読むより、同じように辛い物語を読む方が救われたりするので一気に読んでみました ラスコーリニコフの考えは完全に理解するのは難しいけど、似たように苦しんでる立場だったりするとポルフィーリーに追い詰められる辛さや、大切なのに疎ましく思ってしまう家族や友達への感情は痛いほど理解できた それにしても彼はあれで救われるのでしょうか? でもどんな状況になっても少しは希望は見えるものなんだなぁと思った 最後の一行は私も気に入ってます (2023/10/25:再読)
0投稿日: 2012.02.10
powered by ブクログ私たち人類は「豊かになれば幸せになれる」と考え、多くの努力をして現在の文明社会を築いてきたわけだけど、そしてその結果として確かに「豊かに」はなったはず(と言うよりは「少なくとも日本人は極貧からは脱却できた」はず)なのに、相変わらずラスコーリニコフと同じような「追い詰められた心理」から犯罪に走る人間が後を絶たないのは何故なんでしょうか?? ラスコーリニコフを追い詰めた予審判事ポルフィーリーが 「あのばあさんを殺しただけですんでよかった。 べつの理屈でも考えついていたら、一億倍も醜悪なことをやらかしていたかもしれないんです!」 と語っているけれど、この「一億倍も醜悪なこと」というのはいったい何でしょうか?? 私たち一般人(普通の人)にしてみれば「あのばあさんを殺した(≒ 殺人)」というだけでも十二分に醜悪なことだと思えるけれど、その一億倍も醜悪なことって・・・・。 そしてその「一億倍も醜悪なこと」を今の私たちが犯していないかどうかは「どうやって」、「誰が」判断できるのでしょうか??? 例えばそれが「文化的な生活を営むためのやむを得ない自然改良(破壊?)行為」のことではない、「原子力には手を出さない」ということではない、「遺伝子操作には手を出さない」ということではないという保証はどこにあるのでしょうか?? 上に挙げた例はどれもこれもその道を選ぶにあたっては「何等かの正論」があるわけで、その「何等かの正論」とラスコーリニコフの「極論」の間にある差は「1人勝手な理屈なのか」「それなりの議論を経ての結論なのか」ということになるわけで、「それなりの議論を経た」というところにせめてもの「保障」があるわけだけど、その議論がどのように選ばれたメンバーにより、どんな手続きで行われたのかは不明なことも多いわけで・・・・・・。 (全文はブログにて)
0投稿日: 2012.01.30
powered by ブクログ面白くて一気に読みきりました。 終盤ではラスコーリニコフがどうやって再生するのかどきどきしながら読みすすんだんだけど、 「彼女の信じることが、いまこのおれの信じることじゃないなんてことがありうるのか?彼女の感じること、彼女の意思、それだけでも。。。」 これだけなのかあ。。。ソーニャは何故、彼を愛することができるのか。。。 すっきり得心がいかない。 もう少ししたら一度読むつもり。
0投稿日: 2011.12.30
powered by ブクログ「あなたは、なんてことをなさったの、なんてことを、ご自分にたいして!」 (中略) 「いいえ、あなたより不幸な人は、いまこの世にひとりもいない!」 ------------------------------------------------------ ふたりを蘇らせたのは、愛だった。おたがいの心のなかに、相手の心に命を与える、つきることのない泉がわき出ていた。 ------------------------------------------------------ 最終巻!とうとう来ました! うわーーやっぱ最終巻がいっちばん!読み応えあり!濃密! ラスコーリニコフ……!こやつが本当の意味での罪を自覚することはできるのかな、と思って読み進めてはいましたが、…深い。 ラスト、魂のすごく奥深い部分が揺さぶられました。 やっぱり、ソーニャさんがいちばんすてき。神々しひ。
0投稿日: 2011.08.27
powered by ブクログもうなんと表現したらよいのかわからない。そんな気持ちです。 主人公や彼を取り巻く人々の狂気、葛藤、怯え、憎しみ、そして愛。 ものすごいパワーです。 もっと若い頃に読みたかった。
0投稿日: 2011.06.12
powered by ブクログデスノートはこれをもとにしてるんじゃないのかなああ すっごい面白かった。主人公がイケメンだと想像が絵みたいにわいていいよねー
0投稿日: 2011.04.28
powered by ブクログ岩波文庫版は2回読んでいるが、亀山訳の光文社古典新訳文庫で読み直した「罪と罰」。 読みだすと全3巻一気に読んでしまう、ドストエフスキーの面白さは何度読んでも格別。 若い頃に読んだ時には、「罪」を受け入れられないのは、頭でっかちになってしまったゆえの不幸なのかと感じていたけれど、今読むと誠実過ぎるゆえなのだなと感じたり。
0投稿日: 2011.04.25
powered by ブクログ110303*読了 ついに読み終えてしまいました。 最後はとうとう…。でも少し光がさすような終わり方でよかった。 ほんとに、ドストエフスキーの作品には引き込まれてしまう。夢中で読みました。頭の中が無の状態で、ストーリーがどどどっと流れ込んで、展開していく感じ。 混沌とした世界の中の秩序。今、ふとそんな言葉が頭に浮かびました。 ドストエフスキーはどうしてあんなに長々と文章を書けるのだろうか。でもそれがうっとうしくならなくて、むしろその手法にハマってしまう。 好きです、ドストエフスキー。 中巻以外は亀山さんの訳で読んだのですが、現代らしく訳してくださっていて読みやすかったです。最後の読書ガイドも好きです。
0投稿日: 2011.03.03
powered by ブクログ正直なところ、話云々ではなく、登場人物の人間臭さがものすごく胸を突く。 自分の嫌な面を登場人物の中に発見したりして、うーわー…となるところが結構な頻度で登場したりもした。 私的なことだけれど、自分自身はまだまだ人間的に未熟な人間(子供)だからこそ、ラスコーリニコフの視野の狭さとか、潔癖さとか が歯がゆくも、そうだよね、そうなんだよね、と同意することもありながら最後まで読んだ感じだった。 人間という生き物を論理だけで考えてしまいがち彼の心情と自分を重ねて泣きそうになったり、もう何してるんだ、な感じだけれど… あとは、最後の終わり方。 ちょっと拍子抜けはしたけれど、でも、これ以外に落ち着くところはないよなーという終わりは、ちょっと色が違った感じ。あぁ、綺麗に終わったな、という印象が強かった。愛は強し。 少し、吃驚してしまったけれど、嫌いじゃない。少しだけでもプラスな気分になって、読後感は意外と晴れやかだった。 それにしても、やっぱり世界はLove is allなのかしら。
0投稿日: 2011.02.06
powered by ブクログ以前から読みたかった「罪と罰」。亀山訳のドストエフスキーは初めてです。 最初は慎重に読み始めたのですが、どんどん加速度的に面白くなってきて、前のめりに読み進めることに。 上・中・下の3巻なのでさすがに時間はかかりましたが、それだけの価値は十分にありました。 大学に通わなくなったラスコーリニコフは、せまくて汚い下宿の部屋で鬱々としていた。 心を占めるのは、「あれ」を実行すべきか否か。 彼は、「あれ」を実行することで、越えるべき一線を踏み越えることができる、と、確かめるべき何かを確かめることができる、と信じていた。 そして、ついにその時が来る。 主人公の心情をありありと表現する描写の見事さ、 次々と登場する人物たちの生々しいまでの人間くささ、 そして、読み手をひきつけたまま展開していく物語の力強さ。 すごいです。 何よりも、エピローグを読み終えた時の解放感が初めての感覚。 解放感というか、「許された」ような感覚。 また、「カラマーゾフの兄弟」を読んだときにも感じたのですが、 登場人物たちの暑苦しいまでの人間くささと、感情的な言動を、うらやむような気持ちになるのが不思議。 物語の背景をわかりやすく説明し、かつ、読者の主観に立ち入らない、巻末の読書ガイドもいいです。 そのうちまた読みたい。 「カラマーゾフの兄弟」(原卓也訳)より面白かったのは、話自体が面白かったのか、それとも亀山訳がよかったのか。 それは、亀山訳のカラマーゾフを読まないとわからない、ってこと? こちらもチャレンジせねば。
0投稿日: 2011.01.27
powered by ブクログなるほど名作。エピローグがほんとうに感動的。涙が出そうであった…。涙を誘う場面がたくさんです。カテリーナさん、プリヘーリヤという二人の母たちの場面はどっちも涙目でした…。
0投稿日: 2011.01.20
powered by ブクログ我々が信じてる<運命>とは、天下り式に手渡される絶対権力のメタファー。それこそが<シラミ>であり、ラスコーリニニフの思想的殺害相手だった。 しかし殺人は殺人。妄執から現実へと魂が引き裂かれる。 さて、光文社新訳文庫によりリハビリはこれくらいにして、そろそろそれ以外に入ろう♪
0投稿日: 2010.12.05
powered by ブクログ遂にラスコーリニコフは自首を決断する。だがそれは罪を悔い改めたわけではない。歪んだナポレオン主義は健在で、優れた人間が下等な人間を殺すことに対する罪の意識は認めない。ただそれを貫徹出来なかった自分の弱さを恥じ、罪とした。自ら進んで流刑の罰を受ける彼を信じて支え続ける友人のラズミーヒン、妹のドーニャ、そして恋人のソーニャ。母プリヘーリヤは息子を待ち続けながら病死。そして人間性の復活を匂わせながら物語は幕を閉じる。当時のロシア〜ヨーロッパを覆う時代背景やドストエフスキー自身の境遇や思想など、様々な要素がこの小説には表裏に反映されているらしい。その知識なしには理解し得ない部分も多い。未だこの小説のすごさ、全容が見えないでいるような気がする。
0投稿日: 2010.11.07
powered by ブクログ当たり前だけど小学生のときとは全然違う感想を抱いた。 自己嫌悪の物語ではない。葛藤は葛藤でも、社会や周りの人が許してくれるかとか、神に許されるかとか、そういう問題ではない。高い思考力をもったばっかりに苦しむラスコーリニコフ。自己の存在と意思と恐怖とのたたかい。 エピローグで、彼は突然変化する。なんともいきなりだなと思ってしまったけれど、最後の一瞬がそこで訪れただけで、本当はいろいろな影響を受けたり考えたりしながら少しずつ積み重ねていたのかな。 自分を変えられるのは自分だけ。現代にも、というか現代にこそ通じそうな話に思えてしまうのは人間性の普遍的な問題を描いたドストエフスキーの力なんだろうか。
0投稿日: 2010.10.12
powered by ブクログ出演者全員鬱病患者のような作品。 舞台は酷暑のペテルブルグだけど、極寒の冬、長く雪に閉ざされる鬱屈した気分。 真夏に読む作品ではない。 読んでいるこちら側が暑いと、 「なんでそんな事でウジウジ悩むんだよ(怒)」 という気分になる。
0投稿日: 2010.09.25
powered by ブクログこの小説にかかるには、たくさんのハードルが待ち構えています。 ・「罪と罰」という何ともとっつきにくそうなタイトル。難しいんでしょ、どうせ。 ・著者近影の写真は眉間にめっちゃ深い皺。難しいこと考えているんでしょ、どうせ。 ・ドストエフスキーという著者の重厚な名前。「ド」が重いんだな、「ド」が。 ・登場人物の一度では到底覚えきれない長ーい名前。アヴドーチャ・ロマーノヴナ・ラスコーリニコワって。 ・読んだことないけど「ロシア文学」と言われるだけで感じる息苦しさ。革命とか。社会主義とか。 ・てか、異様に長いし。 色々なハードルが待ち構えているように見えますが、基本的には新聞に連載された、ただの大衆小説です。 そして作者もただの阿呆です。思想に狂い、女に狂い、ギャンブルに狂い、借金にまみれます。 深い皺は借金問題です。たぶん。 読み慣れるまでには少し時間はかかるけど、慣れてくると、上の懸念はなくなります。 (特に長い名前は記号に見えてきます) むしろ、そこが名著と言われる所以というか、時代感や国境感を超越してきます。 また、読者に色々な解釈を許す懐の広さもあります。 私が興味を引かれたテーマは「存在の規定」というところでしょうか。 生まれたばかりで誰からも祝される赤ちゃんに名付けるという愛に溢れる行為も、 極貧の生活から、家族を養うために娼婦に落ちぶれる様も、 打算から裕福な人と結婚をしようとする浅慮ながら苦渋に満ちた意志も、 その全ては、是非はともかく、存在の規定にほかなりません。 なにものかがそこに在る、ということの証左です。 その意味で、自身にとっては高邁でも、明らかに傲慢な殺人を犯し、 踏み越えられる存在になろうとしたたラスコーリニコフは、 その犯行が露見しない、ということによって、存在が無視されます。 嫉まれるにせよ、愛しがられるにせよ、そこでは存在は規定される。 だけど、内なる存在が自身のなかだけで孤立し、無視された状態は、 それは無いと同義。無こそ罰。 否、無に耐えてこそ、ナポレオン足りうるのだと思います。 最後に、この光文社の古典新訳シリーズ、良いと思います。 100~200年前くらいの古典を中心にラインナップしていますが、とても読みやすい。 最初に書いた、漠然と感じる抵抗感は捨ててかかっても、大丈夫だと思いますよ。
0投稿日: 2010.09.24
powered by ブクログああ、凄い!!なんて深いんだろう・・・。最初っから最後まで、全部がひとまとまりにつながっている。私たちの日常生活と同じように、ありとあらゆる人や出来事が重層的に折り重なって影響しあって一つの物語を形成している。 あまりに深くて理解しきれない部分もあるけれど、それも含めて素晴らしいし、面白い! また、亀山先生の読書ガイドやあとがきも素晴らしい。 的確で読みごたえがあって、物語のより深い次元へと私のような無知な読者を導いてくれる。 他の訳は読んだ事がないけれど、やはり亀山先生の訳を買って正解だったと思った。 亀山先生の訳からは作品や登場人物への限りなく深い愛と尊敬が感じられて、読んでいて本当に幸せだった。
0投稿日: 2010.09.16
powered by ブクログこの物語の中で重要な役割を果たすのがソーニャの存在である。 ソーニャはマルメラードフの長女。このマルメラードフとは気位の高い妻の性格に押しつぶされ怠惰(と一言でいえない面もある)と酒によって公務員の職を失った男。この家族を養うためにソーニャは公認売春婦として身体を売って生きている... 【開催案内や作品のあらすじ等はこちら↓】 http://www.prosecute.jp/keikan/061.htm 【読後の感想や読書会当日の様子などはこちら↓】 http://prosecute.way-nifty.com/blog/2010/05/61-9b3a.html
0投稿日: 2010.06.01
powered by ブクログ〈罪と罰の時代〉 ありがたいことに、2日で読めた。 まったく充実していた。読み飛ばしなどほとんどなく、非常に強い手応えを感じながら、3度目の『罪と罰』経験を送ることができた。そして、この僕の人生において、絶対的に重要な文学作品に間違いないと、三度確信させられた。 この作品について書きたいことはたくさんあるのだが、今は時間的余裕がないのでこの先ちょっとずつ書き加えていこうかなーと思っている。 『罪と罰』でGWを締めくくるなんて、なかなか鬱蒼としたGWと思われるかもしれないけれど、とってもいい時間を過ごせました。何ものにも代え難い、貴重な経験でした。なけなしの金を叩いて亀山訳全3巻を買って読んでみてよかった。
0投稿日: 2010.05.05
powered by ブクログ主人公のラスコリーニコフが最後の決断に至るまでの、各人の苦悩が読んでて凄い。一言で単純に言ってしまえばみんなただの鬱。深く言えば複雑な心理変化の連続で筆舌じゃ尽くせない。 まだ僕の読書レベルが届いてないのか。なかなか理解が難しい。 ただ葛藤ぐあいの勢いはとても伝わってくる。この類の本を沢山読んでいけば、段々とその域に到達できるんですかね。。。
0投稿日: 2010.04.27
powered by ブクログ歪んだ愛のため妻を殺し、愛の挫折ゆえ自殺するスヴィドリガイロフ。自己の主義・主張と極貧のため殺人を犯し、苦悩するが、愛に救われ、そして蘇るラスコーリニコフ。どちらにも共感は出来ないですし、結末にも疑問が残ります。 しかし、彼らの挫折や苦悩は、「生きる」ためには避けては通れないものでありながら、それを突き詰めていくことの恐ろしさを感じました。
0投稿日: 2010.01.27
powered by ブクログラスコーリニコフがこの先どうなっていくんだろう?という 単純な疑問の連続と謎の多い登場人物がかかわり合う中で 繰り広げられる心理描写に最後までひっぱられた。 読みながらこんなに苦しかったのは久しぶりで読後に得た 開放感の大きかったことと言ったらもう。。。
0投稿日: 2010.01.20
powered by ブクログ主人公殺人を犯したロージャが、縄田で頸を絞められるがごとく 周囲の人々や警官により自首に追い込まれる 何度読んでも、犯罪者の心情心理の描き方は世界最高傑作 また読もう
0投稿日: 2009.12.01
powered by ブクログ09/10/17★★★ 完結。 最後にラスコーリニコフは自主を決意。 1~3巻読むのに1ヶ月かかった
0投稿日: 2009.10.18
powered by ブクログドストエフスキーが、生涯最後に命を懸けて書き上げた長編で、彼の最も有名な最高傑作、の、最新版の新訳。 この作品は、東大の教員を対象に行われた「新入生に勧めたい本」とかいうテーマのアンケートで、あらゆる分野の本の中で総合一位に選ばれたという、輝かしい栄光に満ちた有名な作品でもあります。 この作品の購入者の3割くらいは、村上春樹の影響でこの作品を手に取ってるんじゃないかなぁと勝手に推測。私もそんな一人です。 HBWLの主人公の「私」や、僕と鼠シリーズの「僕」の愛読書に設定されてるんですよね。 村上氏は、あらゆる文学的要素を全て内包した「総合小説」を書きたいという自分の夢を語る時、その「総合小説」の引き合いとして必ずこのカラマーゾフの兄弟を出します。 人類文学至上最高峰の作品であると同時に、村上ファン必読の作品です。 この物語の最も主要な人物達は、カラマーゾフ家の当主と、その3人の息子達。 カラマーゾフ家の当主は、フョードル。 強欲で好色で下品な、成金地主のエロじいさん。ドストエフスキー自身の父親がモデルらしいです。ちなみに、フョードルとは、ドストエフスキーの本名。 自分の欲の為なら何でもするような男で、血を分けた息子さえ平気で騙します。 じいさんのくせに、地元でセクシーな悪女として有名な22歳の美女・グルーシェニカを狙っているとんでもないエロジジイですが、アリョーシャの事だけは純粋に愛し、彼の身を常に案じてます。 彼の1番目の息子は、ミーチャ。退役軍人です。 堕落した暮らしから抜けきれず、感情的で直情型、頭で考えるより先に手が出るタイプ。情にアツい、根は優しい男なんですが、頭が悪い。 経済観念の薄さに付け込まれて、実父であるフョードルにハメられ全財産を使んで込んでしまい、そのせいで自分の元上官の令嬢であり婚約者のカテリーナに、3000ルーブルの借金をしてしまう。 カテリーナは、ミーチャを愛しているというよりも、哀れでアホな自分の婚約者を一途に愛するという状況に陶酔している、ちょっとズレた女性で。 ミーチャは、カテリーナに借金の負い目を感じつつも、地元で妖艶な悪女として有名な美女・グルーシェニカを情熱的に求めるようになります。 つまりフョードルとミーチャは、父子で、同じ女性を巡って醜悪な争いを繰り広げる事になります。それがやがて、最悪の結果を呼び起こす。 そしてフョードルの2番目の息子、イワン。 彼は後妻の子で、ミーチャとは腹違いの弟。 理系の大学を出た超知識人。 冷静沈着で頭脳明晰、合理主義で、無神論者。 ものすごく高慢でシニカルで気取った男 感情で動くタイプのミーチャと、理論派のイワンは、当然の如く仲良くなれません。 しかし、ミーチャもイワンも、アリョーシャの事だけは共通して愛していて、可愛がってます。 この物語の主人公は、そんな複雑でドロ沼なフョードル家の末っ子・アリョーシャ。 誰もが利己主義や欲をむき出しにして憎み合う家庭、ドロドロな街で、唯一誰からも愛されている、真面目で純粋で心優しい美少年。 一応、彼がこの物語の主人公です。 彼は、フョードルと後妻の間の子=つまりイワンと同じ母親の元に生まれてます。(ちなみにカラマーゾフ家の母親は前妻・後妻共に死去) アリョーシャは修道院に入り、俗世とは一歩距離を置いて、地元では聖人君子として崇められている有名な長老・ゾシマを敬愛し、愛によって肉親や人々を和解させようと尽力してます。 1では、カラマーゾフ家の人々や街の人日常を事細かに描き出す事が目的……かな。 カラマーゾフ家のお料理係で、フョードルの隠し子であると噂のスメルジャコフという人物にまで触れて、1は終了。 とりあえず、ちょーーーーーーーーーーー長い!!! 1の前半は、テーマが全く浮き彫りになってこなくて、ゴールが見えないまま、人物や設定の紹介が長く続く感じで、特にだるい。 でも、これには、ほんとにいろんな事が書いてあるんですよ。家庭・宗教・個人・社会・国家・罪・裁判・贖罪・愛・金・親殺し…。 一度目に読んだ時にはひたすらだるかったけど、二度目以降は、鳥肌立ちまくりです。 カラ兄は、私の読書人生至上、最も難解で複雑で過酷な読書体験です。 が、得るものも半端じゃないので、途中で投げ出す事はできませんでした。 壮大で緻密すぎて、頭おかしくなりそうです。 私が薦めなくても充分有名な傑作ですし、ある程度の時間と、余程の意欲のある方にしか読めないと思うけど、やっぱり凄いのでお勧めです。 読書好きな方は、生きてるうちに、一度は読んでおいた方がいいとおもう。 亀山郁夫さん訳である本書は、他の方の翻訳したものよりも格段に読みやすくなっている方です。それにしても疲れるんですが、読了後の達成感は半っっっ端ないです…!!
0投稿日: 2009.07.31
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
殺人を犯した者の詳細な運命がつづられる最終巻。ラスコーリニコフをはじめ、母、妹、友人、そして娼婦ソーニャなど、あらゆる「主人公たち」が渦巻きながら生き生きと歩き、涙し、愛を語る。ペテルブルグの暑い夏の狂気は、ここに終わりを告げる…。 2009年7月21日購入
0投稿日: 2009.07.21
