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ヴェネツィアに死す
ヴェネツィアに死す
マン、岸美光/光文社
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総合評価

30件)
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    20世紀初頭のミュンヘン。著名な作家グスタフ・フォン・アッシェンバッハは、執筆に疲れてあることがきっかけで旅への憧憬をかきたてられる。いったんアドリア海沿岸の保養地に出かけたが、嫌気がさしてヴェネツィアに足を向ける。ホテルには長期滞在している上流階級のポーランド人家族がおり、その10代はじめと思われる息子タジオの美しさにアッシェンバッハは魅せられてしまう。  映画でストーリーを知る者が多いので、粗筋はいまさら蛇足かもしれない。  原作を読んでみると、タジオに逢うまでに若干溜めがある。まず彼はミュンヘンで、異様な風采の男を見かけて後を着けている。ちなみに美少年の類ではない。容貌の描写が続くが、むしろ逆である。目が合ってしまいその場を去るが、その時アッシェンバッハに起こったのは 「ある種のあてどなくさまよう不安、若々しく飢えた異郷への渇望、それは実に活発で、実に新鮮なのに、とっくの昔に捨て去って忘れ果てた感情」 これだけでは何のことかわからないのでもう少し続けると 「それは旅への欲求だった。それ以上ではなかったが、実に発作的に現れ、情熱となり、幻覚にまで高まった。」 とある。要は、“そうだ、京都、いこう”の類―旅への郷愁である。  著名な作家なので旅行費用はある。問題は彼の心情にあった。 「人生がゆっくりと傾き始め、完成できないという芸術家としての恐れ―自分の仕事を果たし、完全に自分を出し尽くす前に時計が止まってしまうのではないかという心配が、単なる気まぐれとして、もはや払いのけることができなくなっ」 たから、故郷の街を一歩たりとも離れる事は考えていなかった。そんなに苦しい思いから逃れればいいのではないか、と第三者は思うが 「自分のしぶとく誇り高い、繰り返し実証されてきた意思の力と、次第に募ってくるこの疲労感との間の、神経を磨り減らす日々新たな戦いも嫌ではなかった。この疲労感は人に知られてはならなかったし、作品に淀みや弛みが現れて人に悟られてもならなかった。」 生みの苦しみもまた人生に必要であった。 その均衡を破ったのが、特に美しくもない男性との出会いだったが、その旅先に―後に危険になる―留まることになったのは、間違いなく美少年との出会いであった。  文中にもはっきりタジオへの愛が述べられているが、直接告げることはない。また、いずれ彼の美が失われることも、アッシェンバッハはわかっているし、彼自身の美が完璧でないこともわかっている。映画では、タジオに一目ぼれし、何もかもわからなくなっている状態で、ただただ逃げ遅れて亡くなる、という印象だったが、原作ではもう少し理性的であった。なぜなら彼についての散文を書いているからだ。作家であることに満足し、時に苦しみながらも、最後はやはり書くことに戻ってきた、というのは作家の生涯としては幸福だったように思われる。

    0
    投稿日: 2026.01.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    理性の象徴のように尊敬されてきた人物が、実は俗物としての本性を抱えていたことが見える。彼は少年に対する自分の感情を一般的な好意と思い込み、老いらくの恋であることを自覚していない。このような孤独な人間ほど現実逃避に走りやすく、進展しない関係性に勝手に舞い上がってしまうものだ。コレラにかかり死ぬ間際でさえ、美しい少年に思いを馳せていた。最後に情熱を注げる相手に出会えたことは本人にとっては幸運だったのかもしれない。交流を避けたことで幻滅することなく、理想像にしたてあげ、勝手に死んだので、結末としては十分だ。恋は叶わないからこそ永遠であり、少年と関わらないことで美しく終える。

    0
    投稿日: 2025.09.30
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    『ヴェニスに死す』の古称で有名。 というよりヴェネツィアを採用しているのはこの訳だけらしい。 『ノルウェイの森』は未読だが、笠井潔御大の『魔の山の殺人』刊行時に備えてサブテキストたる『魔の山』はいずれ読まねばならず、手始めに選んだ初トーマス・マンがこれである。 マーラー「大地の歌」はかの現象学探偵も好んで口ずさむところであり、その意味ではもっと早く読んでおいても良かったか。 旅行先のヴェネツィアにて偶然目にした美少年が忘れられず、密かにコレラが蔓延する中、立ち去ることができない老作家の最期を描く中編小説。 追記:読書メーターの感想の中に「マンのショーペンハウアー/ニーチェからの影響がとても顕著で、これを読んでから『悲劇の誕生』を読めば中学生でも何言ってるか分かると思う」という記述を見つけ、ハッとなった。

    6
    投稿日: 2023.12.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    新訳シリーズということで読みやすさを期待して開いたが、翻訳文学を読み慣れた人でないと疲れるかも。映画を知っていれば楽しめると思う。映画の描写のように、何か常に劇的なことが起こる物語ではないので、夜、眠りにつく前に読むと、心地よい。 クリエイターや表現者、美を好む人の心に響く作品。美しい死にざまの一つだと思う。

    3
    投稿日: 2023.12.05
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    平野啓一郎の「マチネの終わりに」に「≪ヴェニスに死す≫症候群」という言葉があり、それに触発されて(たぶん)再読。原文がドイツ語だからかもしれないが、観念的な耽美を湛えた表現の中であっけなく破滅(死)を迎えるような印象。現実の破滅の方がはるかに恐ろしいぞ。一番驚いたのは、主人公が50歳にして晩年の老小説家と呼ばれていることかな。

    2
    投稿日: 2023.07.25
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    情景描写がとにかく綺麗。目に浮かぶ景色だけで癒される。好き。心情描写も綺麗で癒される。とにかく作品全体が癒し。

    0
    投稿日: 2022.06.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「ベニスに死す」というタイトルの映画としても知られている作品。(原作) 初老の主人公・アッシェンバッハは、若いうちから才能を発揮した威厳ある作家であり、長年仕事一筋だった。 そんな彼は、旅先のヴェネツィアで美しい少年・タッジオに出会い、少しずつ変わっていく。 アッシェンバッハはタッジオを宿泊先のホテルで見かけるたびに、その美しさを褒めたたえていた。 それはだんだんエスカレートし、神を想うような言葉でタッジオを礼讃していく。 ただ目が合うだけの存在。 互いのことは知っているのに、わざとそうしているかのようにそっけなくし、言葉を交わさない。 そんな微妙な関係が続く中で、タッジオはアッシェンバッハに微笑んだ。 タッジオと話がしてみたい、でもできない、とヤキモキしていた中で放たれた微笑み。 それは、アッシェンバッハの心を焼くには充分すぎるほどの衝撃だった。 「タッジオを愛している」と自覚したアッシェンバッハは、立ち止まることができなかった。 常に自制を保ってきたアッシェンバッハにとって、少年に惹かれることは後ろめたいことであり、罪悪感のようなものを感じているようだった。 しかし抵抗してみても、彼はタッジオを愛することを止められず、しまいには後をつけ回すようになってしまう。 自分を見つめ、後を追ってくるアッシェンバッハに対して、タッジオは嫌がるそぶりを見せず、たまに思わせぶりに振り返ったり、視線を寄越したりする。 そんなタッジオの態度は、どのような意味を持っていたのだろうか。 世間から「正しい人間」だと思われているアッシェンバッハの内面が、荒れ狂い、酔いしれ溺れていく様は、とても苦しく切なかった。 自身の老いを悔やみ、肉体を若返らせたいとすら思い、着飾り化粧をするアッシェンバッハ。 そんな彼を、私は笑うことができない。 街に病気が蔓延し、命の危険すらある中で、アッシェンバッハはヴェネツィアを去ることができなかった。 タッジオのそばにいることを選び、彼を必死に追いかけ、それがきっかけでラストの場面に繋がっていくのは、あまりにも報われないと思った。 今思えば、彼らは言葉を交わしてすらいなかった。 たったの、ひと言も。 始めから最後まで、二人の距離は変わらなかった。 それがまた良いと思った。 膨らんでいく気持ちに体が追いつかず、想い人の前では臆病になってしまう。 そんなアッシェンバッハを表しているようだと思った。 アッシェンバッハの気持ちは、最初は花を綺麗だと愛でるような気持ちに似ていたように思う。 美しい花を、ずっと眺めていたいと思うような。 しかし「花」は「神」になり、美しく尊いものを崇めたてるような気持ちが生まれ、終いには「欲」が生まれたのだ。 たった一人の少年の美が、老いた作家の人生を変えてしまった。 これまで感じたことのないような興奮、ときめき、戸惑い、切なさが混ざり合っていたアッシェンバッハの心。 その心の動きを追っていくのは興味深く、とても好きな作品だった。

    1
    投稿日: 2022.04.18
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    トーマス・マンの傑作。 20代の頃は、若者に恋する年寄りって、身の程知らずだし醜いよなぁと思っていたけど、30代になって、少し気持ちがわかる。 若い身体、美しさってそれだけですごく輝いていて(まじで光輝いてる)、眩しくて、憧れてしまうし、自分の若い時代を振り返り、みすみす無駄にしたと悔やんでしまうものだ。 きっともっとしわくちゃになれば、更に思うのだろう。 最近、老いを受け入れる等の考えが急に増えているし、30代でも若いと言われ、公共交通機関を見渡すと、確かに40代以上ばかりで、さすが高齢化社会だと思うことも多いが、反面トルコに行って、若い人の多さに驚いた。 若い、というだけでエネルギーが溢れ出し、醜いものはそれなりに、それなりなものは美しく、美しいものはカリスマのように輝いてみえる。 何が言いたいか分からなくなってきたけど、恋焦がれて、最後にスペイン風邪かなんかで死んでしまう小説家は、幸せだったのかだけを判断したい。 最後に強烈な生を愛することができ、幸せだったと思いたい。

    1
    投稿日: 2021.12.12
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    マチネの終わりに出てきた、小説が気になって読んだ。 ポーランドの作家が一定に疲れ、癒しを求めてイタリアのヴェネツィアへやってきた。そこで出会った美少年に恋をする、実らぬ恋もの、ショタ・ゲイもの。 ストーリーに共感できるところが少なかったが、伝染病(コレラ)が蔓延しロックダウン直前の社会不安が描かれており、今のコロナ禍を彷彿とさせる。

    1
    投稿日: 2021.03.03
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    人生で一番難しい本な気がする…… 正直途中わけわからんくなりながら、ページ進めてた(´・ω・`) しかし、トーマス・マン研究の方の授業で『魔の山』のレポートを一ページも読まずに書いて提出した自分を思い出してしまい、若いとは何と恥知らずで痛々しいことか……(人生で一番反省してます)

    2
    投稿日: 2020.07.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    主人公が予想の100倍ぐらいキモくて最高!勝手に「ロリータ」のような雰囲気の作品だと思い込んでいたがそんなことはなかった。主人公は完璧なる美の体現者たる異国の少年への一方的な愛に身を焦がし、会話さえすることなく街をさ迷って死んでいく。そこにギリシア神話、歪な登場人物、病んだヴェネツィアの空気といった様々なモチーフが混じりあって迷宮的な読み心地を演出している。予想を裏切る面白さでした。

    3
    投稿日: 2020.01.23
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    詩的で退廃的な小説。なにも起こらないと言ってもいいくらい。ただし、雰囲気を楽しむという意味ではいい小説。

    0
    投稿日: 2020.01.12
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    高名な小説家が運命に引き寄せられて旅した先のヴェネツィアでの滞在で出会う美少年への恋と破滅。 主人公が織りなす内なる感情は持てる知識を以て飛躍し、混乱の域に達するが如し。同性への愛情がこの時代にあって相当にインパクトがあったと思われるが現代のマイノリティを肯定する風潮ではその驚きは失いつつも、あまりに美しい少年への思いを共感できるか否かで評価は変わるような気もする。 幾重にも重ねられた言葉で綴る文体はセンスを感じるが矢張り読みにくい。けれど何か惹かれるものがあるのも確かです。 途中までは旅の紀行と出会いが描かれタイトルの予感を全く感じないが、伝染病の噂からまさかこれで?と思わせつつ、最後のページで潔く完結するところがなんとも印象的。いちごにあたったのかな?

    1
    投稿日: 2020.01.05
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    アッシェンバッハは、才能があり決して怠惰を覚えなかった作家です。 そんなアッシェンバッハは、散歩中に異様な風采の男を見たことで、新奇な異郷への憧れ、解放と負担の軽減と忘却への欲望を感じ、“そうだ、旅に出よう(p16)”と考えます。 そして、ヴェネツィアに訪れます。そこで、ポーランド人の、高貴な時代のギリシア彫刻を思わせる十四歳くらいの少年タッジオを見て、この少年が完璧に美しいことに気づいて愕然とします。 アッシェンバッハは、タッジオを目で追い、後を追いかけることもします。タッジオを愛していたのです。 しかしヴェネツィアの町の中では、不潔な出来事(コレラ)が進行していました。アッシェンバッハは、イギリス人から事実を教えてもらい、ヴェネツィアから出発した方がいいと忠告されますが、この状況から逃げ出す気などさらさらありませんでした。“いったん自分から外れてしまった者は、再び自分に戻ることを何よりも嫌う(p131)”のでした。 そうして、破滅へと至ります。 最初に現れた異様な男から始まり、幻想的でふわふわとするような雰囲気もある物語でした。

    1
    投稿日: 2019.07.25
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    トーマス・マンの代表的中編のひとつ。 ヴィスコンティの映画でも有名。映画はテレビでちらっと見たことがある。 内容は、よく知られているとおり、確固とした名声を築いた初老の小説家が、避暑地のヴェニスで美少年に魅せられるというもの。 20世紀を代表する大小説家であるトーマス・マンが、堅実で緻密な描写で、一人の芸術家の破滅を描いた作品。 おそらく傑作なのだろうが、個人的にはあまり面白くなかった。読んでも読まなくてもどうでもいいと思った本。 ドイツのくたびれたインテリおやじが恋する相手が美少年ではなくて美少女だったら、もう少し関心がわいたかもしれないが。 それに翻訳がどうも、イマイチなような気がする。 この光文社古典新訳文庫は、世界の名作といわれている作品を、新しい飜訳で紹介しようという画期的な企画で(いま、息をしている言葉で、もういちど古典を!)、ラインナップも飜訳の出来映えも素晴らしいの一言。 できればこの文庫で出る本は全部読んでみたいと思っているのだが、飜訳にはじめて不満を感じた。どこが、とははっきりいえないのだが。 そういえば、昔この作品は読んだはずなのだが、内容はすっかり忘れていた。昔もやっぱり退屈だなあと思いなが読んだんだろうか。それなら2度ムダな時間を使ったことになるなと思いながら持っている岩波文庫を見てみたら、20年以上前に一度読んでいることが判明。 しかも、アンダーラインなんか引いていて、けっこう感動した気配がある。 そうだったのか。 しかし、いったい何に感動したんだろう。 むかしは美少年方面に関心があったんだろうか。 チェックしている部分を読んでみると、どうやらその方面ではなくて、主人公のストイックな姿勢に関心を持ったようだ。その部分を読んでみると、なぜ新しい飜訳に不満を持ったのかわかった。 昔読んだ岩波文庫版。訳者は実吉捷郎。 この部分は、トーマス・マンの作品中でも有名な部分。 アッシェンバッハは一度、あまりめだたぬ個所で、現存するほとんどすべての偉大なものは、一つの「にもかかわらず」として現存し、憂患と苦悩、貧困、孤独、肉体の弱味、悪徳、情熱、そのほか無数の障害にもかかわらず成就したものだ、と端的に言明したことがある。(p18) 新しい飜訳では、 アッシェンバッハはかつておよそ目立たない箇所で、現存するほとんど全ての偉大なものは「にもかかわらず」として存在する、悩みや苦痛、貧困、孤独、病弱、悪徳、情熱、そして何千もの障害にもかかわらず成立したのだと、ダイレクトに語ったことがあった。(p21) ほとんど同じような文章。 ただ、新訳版は、最後に「ダイレクト」なんてカタカナを使ったせいで、文章の格調が台無しになっている。まるで博多の森を「レベスタ」といってしまったときのようなガックリ感が漂う。 どうやらそういうセンスのなさと、この作品全体を流れる高い格調と美的な緊迫感があっていないようだ。 あるいは、 岩波文庫版 一体世の中に、弱さのもつ壮烈以外に、壮烈というものがあるだろうか (p19-20) 新訳版 そもそも弱さのヒロイズムの他にどんなヒロイズムがあるのか (p23) 「弱さのもつ壮烈」というとなんとなく伝わってくるものがあるが、「弱さのヒロイズム」となると、なんのことやらさっぱり。 違いはカタカナ使用の有無だけではないようで、たとえば、 岩波文庫版 孤独でだまりがちな者のする観察や、出会う事件は、社交的な者のそれらよりも、もうろうとしていると同時に痛切であり、かれの思想はいっそうおもくるしく、いっそう奇妙で、その上かならず一抹の哀愁を帯びているものだ (p39) 新訳版 孤独と沈黙の人が行う観察や、その人が出会う出来事は、仲間の多い人の観察や出来事よりも曖昧であり、同日に切実でもある。そういう人の考えはより深刻で、変わっていて、どこかに悲哀の影がさしている (p48) 前者は、おおそうなのかと思わず頷いてしまいそうな名文句、後者はたんなる叙述にすぎない。 どこでそういう違いが出てくるのか、その秘密はよくわからないが、岩波文庫版では、漢字とかなの選択に一語一語こだわっていることはうかがえる。 こう書いていて、実吉訳ならばもう一度読んでみようという気にはなってくるな。

    1
    投稿日: 2018.09.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    【本の内容】 高名な老作家グスタフ・アッシェンバッハは、ミュンヘンからヴェネツィアへと旅立つ。 美しくも豪壮なリド島のホテルに滞在するうち、ポーランド人の家族に出会ったアッシェンバッハは、一家の美しい少年タッジオにつよく惹かれていく。 おりしも当地にはコレラの嵐が吹き荒れて…。 [ 目次 ] [ POP ] [ おすすめ度 ] ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度 ☆☆☆☆☆☆☆ 文章 ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性 ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性 ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度 共感度(空振り三振・一部・参った!) 読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ) [ 関連図書 ] [ 参考となる書評 ]

    4
    投稿日: 2015.01.18
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    このレビューはネタバレを含みます。

    同性愛の要素はあるけれども、 決して露骨なものではなく、 美の象徴、といった感じのもの。 その時代ではピークを過ぎた作家が 出会うことになった輝ける存在。 その魔力ゆえに、彼は彼が感じえていた 動物的勘を鈍らせて、結局は最悪の 事態を招いてしまいます。 人は誰しもがこういった危険をはらむもの。 こういった例ではないにしろ、 いつ、どういったことで、「どうしてこうなった」 になることか。 だけれども、最悪の事態と引き換えに、 堪能できた一時の夢は、美しいものでした。

    1
    投稿日: 2014.07.12
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    うーん、この訳は少々いただけん。 読むのに骨が折れるとは、新訳を選んだ意味が無い。 まぁ内容も必ずしも現代性を持ち併せていないというか、この作品を遥かに超えた現実があるからなぁ、、、 しかしヴィスコンティは凄いな、映画が原作を完全に超えた作品ってなかなか無いですよ、異様な映画で必見の一作かと。

    1
    投稿日: 2013.12.28
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    ノーベル賞作家トーマス・マン初読み。実は私作者と誕生日が同じ。『魔の山』は長すぎてなかなか手が出ないので短いこちらを選んだのだけど…うーん!難しい!途中眠たくなってきてなんとか最後までページを捲ったって感じ。最後の方でようやくほのかに何かわかりかけたけど私にはレベルが高かった。ギリシア神話を学んでから出直してきます。2011/130

    1
    投稿日: 2013.11.14
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    懸命な仕事ぶりで多大な業績をあげた初老の芸術家が、保養先で美少年に出会い、恋に落ちていく様子を描く。それまでの人生からすればまるで逆の生き方、すなわち欲望のままに生き、堕落して行くさまはデカダンスと言えるが、一方で人間らしくまっすぐな生き方であるとも言える。一貫してゆったりとした調子で物語は進んでいくが、その結末はあまりにも甘く、悲しい。

    1
    投稿日: 2013.10.30
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    面白みのある作品ではないが、魅力的である。美少年に対する想いが延々と綴られるので、若干人を選ぶ本ではある。映画のほうが良いかもしれない。訳者別に読み比べる価値はある。

    0
    投稿日: 2013.05.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    映画のイメージがどうしても先に立ってしまうけれど、非常に面白かった。アッシェンバッハは幸せに死んでいったのだなと思う

    0
    投稿日: 2013.02.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ヴェニスではなくてヴェネツィアに死す。そんなところまで現代的な訳なのがちょっとだけおかしい。 話の中身は単純というか、タイトルで語り尽くされている。アッシェンバッハ老がヴェネツィアにやってくること、老いらくの恋のためにその地を去ることができずに死を迎えること。そんなに単純なのに人を惹きつけてやまないのは、そんな話の古典であるからこそ。 中編ということもあって、岩波でもそんなに読みにくいわけではなかったが、現代語訳をウリにしているだけあって、読みやすさはひとしお。そんなこともあって星は文句なしの5つ。

    1
    投稿日: 2012.07.20
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    今月12冊目。今年の48冊目。 20世紀の作家トーマス・マンの作品。まぁよくわからなかったていうのが感想です。もっと正確に言うと、書いてある内容はわかったけど、この本の面白みや何を伝えたかったのかが、今いちわからん。まぁテーマは少し斬新だとは思ったけどね。こういう外国の古典はやっぱ作家の背景や国、歴史をしっかり調べないと面白さはきっとわかりづらいんだろうなーと思いました。

    1
    投稿日: 2012.04.24
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    だいぶ前に読んだので,詳しくは覚えていません。 もう一度読み直したら、書き直します。 トーマスマンで読んだ記憶があるのはこの本だけかも。

    0
    投稿日: 2011.12.20
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    濃厚な死の気配。 老作家、アッシェンバッハを魅了して止まなかった青白い顔をした美少年タッジオ。彼は、性別や生死をも超越したような存在に思えた。

    1
    投稿日: 2011.11.23
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    高貴で有能な精神はなによりも認識の鋭く苦い刺激を速やかに徹底的にうけつけなくなるようである。 太陽は知性と記憶を大いに麻痺させ、呪縛する、その結果、魂は深く満たされて自分の本来の状態を忘れ果て、陽光の恵みを受けたものの中で最も美しいものに驚愕し、それを讃美し続ける。 余すところなく感情となることのできる思想、余すところなく思想となることのできる感情、それは作家の幸せである。 なぜなら美は、パイドロスよ、ここをよく注意してくれよ、ただひとつだけ美が紙のものであると同時に肉の目で見えるものなのだ。

    1
    投稿日: 2009.12.23
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    これは…なんというか…おお…(せんりつ)。 圧倒的な耽美と官能と退廃に酔います。 指先ひとつ触れないのに、瞳しか見てないのに、しっかりうしろぐらいエロスが存在するんだもの。 古びるなんてとんでもない、これぞ古典と言うべきなのでは。 ずっと読みたい読みたいとは思ってたんだけど、読んでよかった!

    1
    投稿日: 2009.04.25
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    劇的で美しくて破滅的で準古典ならではの明快さ。題材には時代を感じるけどこの美しさは普遍だと思う。ってか個人的にこういうお話は大好き。 新訳読みやすかった!でもなんとなく味がなくてさっぱりした感じ。話はよく分かったから重厚な古い翻訳で読んでみたい。

    2
    投稿日: 2009.04.14
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    一度以前の訳のものを読みかけたのですが、訳が古いこともあり挫折してしまったことがありました。原本自体が古いというのもあってやはり少し古さを感じる文章ではありましたが、この新訳は非常に読みやすかったです。タッジオの美しさの描写が尋常じゃなく美しかったです。色々な詩歌からの引用が散りばめられた散文ですね。あと、視線に関する描写が印象強く(タッジオが最初は視線を慎ましく伏せ、それから見上げる…など)残り、視覚的なものが強い作品だと思いました。映画を見たことはありませんが、あちこちで見た写真のビョルン・アンデルセンの人間離れした美少年振りと言ったら!

    1
    投稿日: 2007.05.18