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脱グローバル論 日本の未来のつくりかた
脱グローバル論 日本の未来のつくりかた
内田樹、中島岳志、平松邦夫、イケダハヤト、小田嶋隆、高木新平、平川克美/講談社
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総合評価

25件)
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    前大阪市長の平松邦夫が立ち上げた「公共政策ラボ」主催のシンポジウムの模様をまとめた一冊。この本を手に取った理由は、ほかでもない内田樹が討論をリードしているから。早くから橋本徹の教育に関する施策に異議を唱えていた内田樹が、その橋本徹に選挙で敗れた平松邦夫とタッグを組んだわけだから、ちょっと見過ごすことができなかった。 内容は、内田樹がかねてから唱えている(かつ、ワタシも賛同している)「贈与経済」という考え方を、国家規模、グローバル規模であてはめていったらどうなるか、という討論が中心になっている。そして、これをあてはめていくとグローバル社会から脱してゆくことになる、というのがこのシンポジウムのコアの部分なんだろう。なるほど名うての論客達の討論からは、思わず唸るような数々の指摘が。でも、この国はそれほどグローバルな社会を持っているんだろうか、という疑問がふとわいてくる。善し悪しはともかく、グローバルな社会を目指そうとしているんだろうが、いま現在はまだそんなレベルには到達していない。この本の指摘するところは十分刺激的だが、後の時代に「早過ぎた指摘」と評される可能性があるような気もする。

    0
    投稿日: 2018.11.18
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    このレビューはネタバレを含みます。

    日本の株式会社化は今も着々と進んでいる。 「選択と集中」というプロパガンダに煽られ、私たちは次々と国に大事な物を手渡している。 その結果がどうなるのか、私は今から非常に楽しみにしている。

    0
    投稿日: 2017.06.24
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    イケダハヤト(ITジャーナリスト・ライター)、内田樹(神戸女学院大学名誉教授)、小田嶋隆(コラムニスト)、高木新平(コンテクストデザイナー)、中島岳志(北海道大学大学院准教授)、平川克美(㈱リナックスカフェ代表取締役)、平松郁夫(元大阪市長)の7人が、今の社会の問題をテーマに対談した内容をまとめたもの。 7人に共通するのは、競争社会が人を育てるという、弱者をおいてけぼりにするような社会制度に疑問を抱いている点。商品を企業で競わせることでサービスや品質、コストなどが改善されることはあっても、これを教育や社会制度に持ち込むと、どういう結果になるか。落ちこぼれはいらない、母国語より英語が堪能の方が優秀、お金を持っている方がいい医療を受けられる、長時間働ける人間が優秀・・・となる。 国政は日本から出られない、日本語しか話せない、日本の食文化や生活習慣の中にいないと居心地が悪いという人たちをどう守るか、に焦点を当てるべきであるのに、どこで暮らしても平気で(つまり自国のことを気にしなくてよい)、いつでも拠点を変えられる人や企業(留まる理由は安価な労働力や税制)が優遇される社会ってどうよ?落ち着いて考えようよ、そして、もう次のことを考えている人たちも出始めているよ、全体をざっくりまとめるとこのような内容です。 対談のテーマが抽象的で漠然としたものであるのに、皆さんそれぞれ一冊の本が書けるくらいしっかりとしたビジョンをお持ちであることには驚きですが、自分の人生を全うするに当たり、自分が根をおろす国、地域というところが実は自分のことを考えてくれていないとなると、それはそれは不安だろうから、本当はもっとこういうことを考えなければならない。それを他人任せにしてしまうと、気付いたら自分が思ってもいない社会になってしまった、そうなると遅い。 本書の中身は全て対談という形式をとっているので、個々人の著書を読むよりは浅く広くという感じですが、基本、会話ベースに作っているので、話があちこちに飛んで分かりにくいところもあります。資本主義やグローバリズム批判は最近よく出てくる話で、7人はその代表的な人たちです。多くの人が今の生活をこのまま続けていくのはどうもあぶないんじゃないかと考え始め、行動を起こしている人も増えていると言います。 もし私が英語が堪能で24時間働ける体力があれば、自分のために使います(笑)

    0
    投稿日: 2015.11.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    内田樹・中島岳志・平松邦夫・イケダハヤト・小田嶋隆・高木新平・平松克美『脱グローバル論』講談社、読了。平松前大阪市長主催の公共政策ラボでの連続シンポジウムの記録。グローバリスト=ナショナリスト・イデオロギーにどう対抗するのか。「日本の未来のつくりかた」(副題)を識者が構想する。 世界は急速にフラット化し、国民国家の諸々の障壁が融解し、風通しがよくなると夢想されたグローバリズムだが、日本での実態とは「社会制度を『弱者ベース』から『強者ベース』に書き換える動き」がその実で、多くの国民が嬉々として同意署名した20年。 グローバル人材wの要件とは何か。それは「高速機動性」。その本質は素早さ。英語でガシガシ交渉し「自分の祖国が地上から消えても、自分の祖国の言語や宗教や食文化や生活習慣が失われても、私は別に困らない」と言い切れる人間たちが「最強」と格付けされる。 しかしグローバル人材とは「その人がいなくなると困る人がまわりに1人もいない人間」のことでもある。再弱者と格付けされるのは、「地に根付いた」最底辺の労働者・最も非活動的な消費者だが、地に根付いた人々こそミニマム社会へのスライドへの先駆となろう。 4回のシンポジウムは「グローバル社会VS国民国家のゆくえ」、「おじさんと若者たちとの対話」、「衆院選直前! 『政治』について考えよう」、「新しいジモト主義が日本を救う」。「地味でもいいから少しづつ『気付いた人』の輪を広げていきたい」(平松)。 余談ながら、『脱グローバル論』で小田嶋隆さんが、がむしゃらに走り続けて40代になった時、アル中と診断されたそうですが、今の日本が置かれている状態とは、チャレンジチャレンジ負荷がかかった方がのびるではなく、「すごく頑張ってきたけど、医者にアル中っていわれちゃったよ、どうしよう!」みたいな状態というのはドンぴしゃ。

    1
    投稿日: 2014.06.20
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    グローバル化について本当の意味での豊かさを実現出来るの?と、問いかける一冊。教育や医療や昔ながらの商店街にもグローバル化を持ち込むことで、金銭的な豊かさは良くはなっても、二極化が進むだけだよ。中間層が一気に引き落とされるよ、心が貧しくなるよ、といった本。グローバル化に違和感感じる人にオススメしたい一冊。

    0
    投稿日: 2014.04.25
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    ポストグローバル社会論と日本の未来を考えるシンポジウムの記録。 第2回の、イケダハヤト氏と高木新平氏の視点がユニークで面白い。 マスコミ報道ではわからない橋下市長に選挙で敗れた平松氏の思想や人となりも知ることができる。

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    投稿日: 2014.03.30
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    グローバリズムという資本主義レールの目先にあるものに向かって進んでいた自分としては最初の数ページは腹オチせず読み進めるのに躊躇したが途中からこの本の目線はもっと先にあることを気がつくとぐんぐん引き込まれた。自分が去年体験した一連のボラ活動などの経験とこの本の中に出てきた2名の20代が言っていた言葉が重なり曖昧だったミライの日本のあり方がぼんやりと見えてきた気がする。

    0
    投稿日: 2014.02.10
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    私淑する内田樹先生の参加している本です。対談をまとめた形の本なのですが、示唆に富んでいてとてもおもしろい内容でした。

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    投稿日: 2014.01.22
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     腰巻きに「おじさんと若者が,ゆるゆると日本の未来を話し合ってみました…」と書かれていますが,そのとおりのシンポジウムの記録でした。  ただ,話されている内容は,立ち位置がしっかりしていて,しかも包容力もある話で,とても好感が持てました。  グローバル化と国民国家とは両立できない…とすると,わたしたちは,もう一度,地に足をつけた国民国家を作る必要があるだろう。  話を聞いていると,「わたしたちの地域の再生も無理ではない」と思い,勇気が出て来ます。できるところから,できる人がやる。  「人はカネのためだけに生きているワケではない。」-これも腰巻きの言葉です。  第3回シンポジウムの結論…「ぬるリベ」(ぬるいリベラル)。これはいいですね。

    0
    投稿日: 2013.11.30
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    グローバル人材が、根無し草的な地元がない生活がないどこへでも行ける取り替えがきく人材と理解すると、ゆくゆくは国が不要になるのだろうと私も思えてきました。日本語しか話せず、日本に暮らし家族がいて生活があるというほとんどの人のために、地元企業があって、雇用を創出し、利益を還元するというサイクルを世界と競争していないという評価でいいのか、常に疑問を持っていたいと思います。

    0
    投稿日: 2013.10.12
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    人口減はグローバル資本主義に対する生物としての拒否反応か、なるほど。 身体って言葉がよく出てきたが、身の丈でものを考えるのは大事なこと。

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    投稿日: 2013.10.10
  • 若手二人の論客がスパイスを利かせる

    このメンバーが集まれば、流れとしては反自由主義、反グローバル化、反橋下的政治に行きつきます。しかし、イケダハヤト・高木新平という二人の若手論客の存在がいい触媒となって、その後のオジサンたちの対談も熱を帯びていきます。最後の凱風館(内田先生の私塾)での対談ではTPPの本質へグイグイ迫る議論に、自分自身も色々と考えさせられました。 

    0
    投稿日: 2013.09.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    グローバリズムを疑う。成長し続けることを前提とした資本主義はいつか限界点に達する。資本主義は常に新たな市場、貧しい者、安価な労働力を求め続ける。つまるところ貧富の差があることを前提としている。もっとも裕福になったはずのアメリカや日本で、逆に貧富の差が増大しているということは、やはりそれを必要としている制度なのではないだろうか。高齢化と共に人口減少を避けられない日本がこの先どのような社会を築いていくのか。貨幣経済の外で助け合える共同体をどのように作っていくのか。興味深い。

    0
    投稿日: 2013.09.19
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    内田さんと小田嶋さんが出てたので読んでみた。いつもの内田さんどおりの主張が繰り返されている感じがした一冊だった。前回の岡田さんとの共著と違い、ある程度意見が重なっている人との作品だったのである程度まとまりがいい。内容的にはグローバル化の欠点や限界を話し合うといった話。しかし、共同体をどう作るのかについての具体性がなかったのは残念かな?

    0
    投稿日: 2013.08.26
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    グローバル化、新自由主義、何だか地に足が付いていないことがどんどん進んでいるような…。身体感覚のない言論が過激さを加速する。匿名のネット上での発言が問題になるのも納得です。 ここのところの内田氏はグローバル化、グローバル企業と国民国家が相入れない関係であることを盛んに書いています。株式会社の平均寿命が10年未満なのにたいして人間の寿命は数十年。我々の身体感覚ではものごとを100年単位で捉えている。それを体現しようとするシステムが国民国家である。企業は100年後のことには興味ないのですぐに効果、結果を求める。この企業の論理が国民国家に浸透してきてしまっている。これが何を生み出すのか私たちは冷静に判断しなければならない時期に来ているようだ。 既得権益を排し、全ての人に平等な機会を与えるというのは一見正論のように聞こえるけれど、本当にそうなのだろうか?もしかしたら強者だけが得をする超格差社会を生むだけなんじゃないだろうか? 答えは分からないけど、はっきりとものを言う、正論を言っている(ように聞こえる)人が幸せな未来を私たちにもたらしてくれるの考える必要があると感じさせられる。

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    投稿日: 2013.08.25
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    おおむね面白く読んだ…が、次第に、同じ考えの人たちが互いにほめ合っているみたいな感じが鼻についてちょっと気持ち悪かったなあ。

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    投稿日: 2013.07.28
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    この本のもととなったシンポジウムは2012年の衆議院選挙の前後になされたもので、出版されたのが今回の参議院選挙の直前。 丁度そういう時期に読んで、中々興味深かった。 特に、20代の若者の率直な意見は面白かった。 こういう多様性というのがどんどん広がってきて、色んな人が色んな事を言い、実践できる社会になればいいと思う。 ただし、他人を排除して優越感に浸るようなのはダメだ、言うまでもないけど。

    0
    投稿日: 2013.07.22
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    国民政治とグローバル企業・資本主義は基本的に相いれないものだ、という内田氏の主張が何よりのキーワード。 国に対して競争のし易い環境を!と要求する企業がいかに独善的か、、というのを考えさせられる。グローバリズムを標榜する企業・政治家にロクなものは無い、と改めて認識。

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    投稿日: 2013.07.15
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    自由な競争こそが正義で、これこそが人間にとって幸福な社会の実現とするネオリベラリズムに対抗する「ポストグローバル社会」のありかたを考えるシンポジウムのまとめ本。人材や産業の育成をかえりみず、低コストを求め、中国、インドネシアと畑をかえ短期成果に執着するグローバリズムは、資源が無限であることを前提とした焼畑農業と同質であり、国土に住む国民を包摂せざるを得ない国家という何10年という寿命のシステムと、マーケットにおいてイーブンなプレイヤーであるはずがない、というような指摘はまさにその通りと思う。

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    投稿日: 2013.07.14
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    授業でもグレーバル社会の問題点について触れた文章を読んでいたせいもあり、「脱グローバルというタイトルにも惹かれて、この本を読んだ。非常にまっとうな意見だと思う。実現させるのに時間がかかるだろうが、日本の進むべき道はこの方向だろうと思わせられる。 どうしてこういう考え方が主流にならないのかな?金が儲からないからか。何億と稼げた頃の甘い幻想を諦めきれずに追いかけているからではないのかな? この本のようなまっとうな意見を今の政治屋から聞きたいものだ。

    0
    投稿日: 2013.07.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    日本の未来を考えるために、参院選を前に読んで良かったと思う。「でもどうせこの閉塞感は変わらないんだろうし…」なんて気分でいましたが、これを読んだら、まだまだ可能性のある未来は切りひらけるかな?と希望がもてました。その「可能性」は、アベノミクスに代表されるようなものとは全く別のものだけれど。まだ手遅れじゃない、はず! 私と同世代、あるいはもっと下の世代の人たちの中に、内田先生や平川先生と同じような考えを持つ人がいるというのは、なんだかうれしい。

    0
    投稿日: 2013.07.09
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    4 これらの制度(※医療・教育・行政・司法)は「弱者ベース」で設計されています。当然、それで「儲かる」ということは本質的にはありえません。基本「持ち出し」です。効率的であることもないし、生産性も高くない。 内田 5 社会的弱者たちを守ってきた「ローカルな障壁」を突き崩し、すべてを「市場」にゆだねようとする。 内田 26 自分が今立っている位置というものを改めて見つめ直して、自分はこれからどうするんだろうと考える。そして、自分の立ち位置で引き受けられるものは引き受ける。たぶんこれからは、何かを変えるのは「誰か」じゃなくて、自分自身が身の回りのことを少しずつ変えていくしかない。 平川 28 「ウォーク・アローン」、つまり「独りで歩め」と。ガンディーが重要視したのは、孤立ではなく、独りであることでした。独りで立てる人間こそが、実は共同体というものの重要性を真に知ることができる、と。 中島 30 まだ競争社会、あるいはグローバル化に適応する社会という方向でやっていくのか、それとも、行政と社会が手を結び、一体となって、何らかの受け皿を作っていくような社会を目指すのか。中島 41 企業の収益はできるだけ故国のため、故郷のために還元しようという発想がない。企業の収益を上げるのは企業の収益を上げるためであるというトートロジーにはまり込んでいる。内田 46 国民国家というシステムは、そんなに出来がいいものじゃない。でも、グローバル資本主義よりは「生身の人間」について知っている。人間がどれくらい脆弱か、どれくらい幻想的か、国民国家はそういう人間の欠陥を勘定に入れて制度設計されている。内田 215 現代社会は、生身の人間の生体スピードの何倍何十倍で社会システムが運動するように設計されつつある。それは僕らのバイオリズムと合わないんでさよ。速すぎて。だから、僕らは今息苦しさを感じている。 217 国民国家は「そんな働き方や消費のしかたをしていたら、長くは続かない」という生身ベースで制度の適否を考える。でも、グローバル資本主義は違う。

    0
    投稿日: 2013.07.07
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    内田:この20年ほどの「構造改革・規制緩和」の流れというのは、こういう国民国家が「弱者」のために担保してきた諸制度を「無駄使い」で非効率だと謗るものでした。(P.5) 中島:かつての70年代くらいの若者にとって、未来というのは輝けるものとして存在した。とすると、今ある自分の現実に対して「俺にはもっと幸福が先にあるんだ」と思えた。だから今の自分はまだまだ幸福ではない、と言っていた。しかし今の若者には先が見えない。輝ける未来や、今よりよい自分というビジョンが描けない。あるいは欠落している。だったら今の状態を幸せだと言っておかないと…と考えてしまう。(P.62) 内田:今の公共政策の、まず税金を集めて、そのために企業を誘致して、公共事業でハコモノを作って、それを雇用を創り出して…という発想って、もう完全に時代遅れだと思うんです。税金の徴収と配分も大事だけれども、それよりも市民が自分たちでやりたいことがあるなら、それをどう組織して、どうつなげて、どうネットワークして、行政とどうリンクさせていくのか、そういうアイデアを吟味することがこれからの自治体のたいせつな仕事になると思います。((P.145) 中島:かつて民本主義を唱え、普通選挙の導入を説いた吉野作造が、こんなふうに言っています。吉野はみんなから反対されるんですね。「そのへんのおじさんに選挙権を与えても政策なんてわからないだろう。日本が混乱するばかりじゃないか」と。それに対して、吉野は言うんです。それはそうだろう。そんな政策の細かいことはわからないだろう」と。けれど、こうも言います。「人を見分ける力が民衆にはある」と。(P.151) 中島:リベラルとは、極めて簡単に言えば、国家や権力が個人の内的な価値には土足で踏み込まないという考え方です。それに対してパターナルは、個人の内的な価値観に関わることでも、国家が1つの指針をもって、一定程度コントロールしていきますよという考え方になります。(P.153) 内田:ある政策がいいのか誰も確信ができない。ある専門家がこっちが正しいと言って、別の専門家はこっとが正しいと言っている。そのトピックについて、市民に比べて圧倒的に知識量のある人たちの意見が分かれているんです。非専門家に判断できるわけがない。(P.158) 小田嶋:黒字の消防署ってありえない。つまり公共サービスが黒字を目指すのがそもそもおかしいんだと。当時は国鉄解体の話が出ていた時代で、「国鉄儲かってないじゃないか、けしからんじゃないかと言うけれど、われわれが儲かってないということは、お客様が得をしてるってことなんだから、必ずしもわれわれが責められるべきじゃないんだ」と。(P.188) 小田嶋:さっき内田先生がおっしゃってた日米の父と子の関係の話でいうと、私が前からずっと思っていたのは、アメリカってジャイアンだと思うんですよ(笑)。で、われわれ日本はのび太だったらまだいいんですけど―いや、のび太だった時代もあるんですよ。ドラえもんという強力な科学技術を持ってた時代も―だんだんスネ夫になっていった。つまりいつもジャイアンにくっついて、おべっか使って。ジャイアンの代弁者になって、安全を確保さらてるみたいな、ああいう奴ですよ。でも、スネ夫の唯一の長所というか利点は、あいつ、金持ちの家の子なんですよね。だけど、その唯一のいいところを失って、貧乏になったスネ夫ってどうするの? あるいはドラえもんのいないのび太って何なの?というようなところに今われわれは差し掛かっている。(P.193) 中島:橋下さんが言うような競争社会というものは、グローバリズムの中で戦えるような、安上がりの戦士のような人間を求めてきた。(中略)橋下さんの言う形は、いわば途上国のモデルですよね。それでは一部の人しか得しません。多くの若者はそこから除け者になっていきます(P.196)

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    投稿日: 2013.07.05
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    http://staygold1979.blog.fc2.com/blog-entry-477.html

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    投稿日: 2013.06.26
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    「夫婦2人で1年に200万円ぐらい現金収入があれば、賃貸物件借りて、税金も払って、幸せに生きていけることがわかったんですよね」 6月10日に発行されたばかりの本書。昨年7月から今年2月にかけて4回にわたって行われたシンポジウムの記録ですが、早速購入して読みました。 理由は単純。大ファンの内田樹さんと小田嶋隆さんがシンポジストに名を連ねていたから。 でも、最も、興味を覚えたのは、気鋭のITジャーナリスト、ブロガーのイケダハヤトさん。27歳だから、私より1回り年下ですね。 冒頭に引用したのは、そのイケダさんの発言です。 率直な感想は「え? 今の若い人って、こんなふうに考えているの?」というものです。もちろん、すべての若者がイケダさんのように考えているわけではないでしょう。ただ、「調子がいい時で月間30万人」の方が読むブログの書き手であることは、前提として理解しておいた方がいいかもしれません。一定の共感を得ているということでしょう。 このレビューをご覧の方は、もう一度、冒頭の発言をご覧ください。年収200万円あれば「生きていける」と言っているのではありません。「幸せに生きていける」と言っているのです。 実際、実に幸せそうです。 ツイッターで「洗濯機いらない?」とつぶやいた友達から洗濯機をもらって喜んでいる、仕事の合間にNPOを支援する活動をしてSNSの使い方を教えたりして楽しんでいる。 特に、社会参加して、他人とつながりながら生活を送っているということに感心しますね。 イケダさんは「僕らはインターネットという道具を持ってるんで、安く暮らすこともできるわけですよ」とも述べています。たとえば、オンラインの無料教材も増えており、もうすぐ生まれる子どもは塾には行かせるつもりはないそう。「(子どもには)ネットで勉強してもらって、地域のコミュニティで何か学びを高め合うような感じでやらせたいな」と述べています。そこには、屈託というものが全くありません。 昨年だったでしょうか。新聞で、やはり低所得で貧しい生活を送る若者が特集されていて、悲惨さが強調されていました。記事が全体として訴えていたのは、「若者をこんな悲惨な状態に追いやっておいて、未来の展望は描けるのか」という、いわば問題提起です。 しかし、イケダさんの発言を読むと、まったく180度、景色が変わってしまうわけです。私はそこに新鮮な驚きを覚えました。 今、というか、もう十年以上も国民の大多数が「景気回復」を望み(少なくともメディアの世論調査ではそういうことになっています)、政府も現在、「アベノミクス」で経済成長を実現しようとしていますが、イケダさんの主張を受け入れれば、全くの見当はずれという見方もできてしまいます。 ただ、一方で、イケダさんの主張を100%是として認めてしまうことに、いくぶんかの躊躇があります。 それは、イケダさん自身も、自身に対する批判を紹介する形で発言しているように、「そんなことを言ってると、日本社会が崩れていくじゃないか、国が貧しくなるじゃないか」という懸念がやはり払拭できないからです。 私の世代は大学を卒業するころにはバブルが弾けていて、上の世代ほど金銭に頓着していませんし(もちろん、個人差はあります)、中でも私自身はかなり物欲がない方で、家や車、ファッションなどに興味がないばかりか、知的欲求を満たしてくれる本が読めれば、それだけでほとんど8割方、満足してしまうタイプです。 それでも、国全体としては、やはり経済成長を志向しなければならないだろうと思うのですね。 もう少し身近な現実に即して言うと、イケダさんの主張を認めてしまった場合、「経済的にもっと裕福になりたい」という、恐らく多くの家庭が抱いている欲求を押さえつけてしまうことになりかねません。 別の観点からは、たとえば人件費をカットしたがっている世の経営者(一部?)に、賃下げの格好の口実を与える危惧もあります。 と、ここまで書いて、ふと立ち止まる。もしかしたら、私が前提としている考えが既にして古いのか、あるいは固定観念に支配されているのではなかろうか、と。感覚としては、その可能性は大いにあります。 分かりましたよ。素直に認めます。私は、イケダさんに、いや、イケダさんのような生き方を志向するすべての若者に全額ベットしてもいい(あくまで気持ちですよ、気持ち)。 経済成長を夢見るのはもうやめよう。市場がシュリンクしても、人と人とがつながって、幸せに生きられる方途がきっとあるはずだ。お金に骨がらみ毒されて、「貧乏=不幸」と決め付けるのは良くない。 イケダさんのような若者が社会を引っ張っていく時代になれば、恐らく、今よりずっと生きやすい世の中になるはずです。少なくとも、経済的な理由などで年間3万人も自殺する世の中よりは、ずっと。はるかに。

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    投稿日: 2013.06.21