
総合評価
(54件)| 8 | ||
| 20 | ||
| 13 | ||
| 4 | ||
| 0 |
powered by ブクログ私たちは「物語」を生きている。そして、「物語」は、きっと私たちを支配している。それは、不可解で理解できないことがらに出会ったときに、理由としての「物語」を求めてしまうように。 いま、「物語」は権威的な、マジックワードになりつつある。著者は、その「物語」の看過されている特権性を指摘し、「物語化」からの逃亡を図る。本書は、「物語」ではない世界との接し方の提案を試みる意欲的な論考である。 著者は、「物語」以外の理解の型として、「ゲーム」「パズル」「ギャンブル」「遊び」に目を向ける。重要なのは、単に代替手段として提案するのではないことである。これらにも、きちんと批判のまなざしを向けている。そして、結局は万能なものは存在しないことに辿り着く。しかしながら、これらは、力を持ちすぎている「物語」に抵抗するための、武器のようなものだと言えるだろう。 本書は、「物語」を批判的に捉えるための考え方と方法を提示する、実践的な書である。 ただし、個人的な感想としては、やはり「物語」から逃れることはできないのだろう、という実感である。「ゲーム」「パズル」「ギャンブル」「遊び」という世界の切り取り方の違いをもってしても、「物語」からは逃れられない。なぜなら、「物語」はそれらを包括するような、もっと大きな概念だと捉えられるからだ。 本書は、力を持ちすぎた「物語」を批判的に捉え、「物語」ではない世界との接し方を模索する「物語」なのである。
0投稿日: 2025.12.19
powered by ブクログ面白かったしびっくりするほど読みやすかった! 自分語りは過去を再構築することである。創作である。 歴史の再構築は訂正可能性があるのに対して、自分語りは真偽を確かめられる人がいないため、自己理解にも他者からの自己理解にも歪みが生じる。 なぜ私たちは情動を感じたいと思うのか。それは第一に、私たち人間にとって、適切に情動を感じることそれ自体が喜びになりうる。それは、世界に対して適切に反応する、という能力だ。 私は感情的にならないというのも論理的な気分なので、私たちは気分に支配され続けている。 パズルは正解があるからジリジリ感が楽しめる。正解がないもの(例えば今月の予算など)を考えるのは全く楽しくない(確かに!!) 求められているのは、個人的な経験と構造的・制度的な次元とを行き来しながら自分がいま直面している困難が果たしてどのような社会的文脈によって生み出されているのかを考える力(ハッとする感覚)と、一つの単純な答えに固執しない柔らかさを持ち、パズルの解けなさとともに粘り強く生きること。 人生は物語ではない。パズルである。 ギャンブルで買ったお金はなんの努力もせずに手に入れたものだから価値を感じず、貨幣の大事さがなくなるためギャンブルに身を投じた人は社会に帰って来れなくなる。 物語にとらわれずに想像と破壊、おもちゃ的発想を大事にすることが大事だ。
0投稿日: 2025.12.16
powered by ブクログ物語化のバランスをとることから、オルタナティブな生き方としてのゲーム、パズル、ギャンブルへの展開、そしておもちゃへ この切り口おもしろい
12投稿日: 2025.12.07
powered by ブクログ要は、緩やかにバランスよく生きようということなのかなぁと思った。かくあるべきも違うし、流されるのも違うし、答えを出すべきなのも違うし、、、ということか。 還暦前に不安もあるけど、なるようにしかならんもんだし、しなやかに余生を過ごしていきたいなと思うよ♪
0投稿日: 2025.11.24
powered by ブクログナラティブという言葉をよく聞くようになり、物語について肯定的な世間だが、それについて一石を投じている書名なので気になった。 出典の哲学についてよくわからないが、それでもわかるように記述されており、予想したよりも深いところまで引き込まれたと思う。 ギャンブルと物語の関係など、言われると唸ってしまうような項目も多く、視野を広められたと感じる。
0投稿日: 2025.11.19
powered by ブクログ物語的生き方でもなくゲーム的生き方でもなくギャンブル的生き方でもなくパズル生き方でもなくそれらを横断するおもちゃあそび的な生き方をしようぜという趣旨だが、「まぁ世の中の大半の人間がそうやって生きてるけどね」と思いました。言わんとすることはわかるが先行研究の大家達を引用するまでもない話であった。
0投稿日: 2025.11.16
powered by ブクログ人生の意味をいかに見つけるか(=生き方であり遊び方)として、物語的、ゲーム的、パズル的、ギャンブル的、おもちゃ的という5つの人生観を整理したうで、現代の生き方で最も現実的とされている物語的・ゲーム的生き方が伴う危うさと、1つの遊び方に呑み込まれないことを説いている本。 現代の資本主義のもとでビジネスと向き合っているなかでは、当たり前のように物語的主体やゲーム的主体の考え方が正しいとされているが、遊び方はそれだけではなく多様なものであるとハッとさせられる。「人生を意味を感じるのに必ずしも物語を通す必要はない」というのは、物語化を生業としている人こそ意識しておくべき言葉。当然、人生理解と事業推進などでは文脈も異なるが、なにもかもストーリーに落とし込むことが是とするのは、解釈の独占を行うような物語的不正義を生じさせるほか、解釈の楽しさを削っている行為とも考えさせられる。 物語化批判というタイトルの通り、近年特に過大評価されている物語化への批評に尽きるかと思いきや、最後のおもちゃ的哲学の展開はまさに哲学的で面白かった。おもちゃ遊びは意味や目的を持たず、偶然の遊びを優先する。そこには物語のようなエモさも、ゲーム的なフロー状態も、パズル的なハッとする経験も、ギャンブル的な崇高も、人生のだいそれた意味はあまりない。物語化批判の展開としてそうした偶然性に委ねる遊び方にロマンを求めるのは論理的であるとは思うものの、誰しもが経験するおもちゃ遊びとして捉えるところに非常に面白さを感じた。
0投稿日: 2025.11.15
powered by ブクログ物語化や自分語りになんとなく違和感があり、読み始めました。モヤモヤが言語化されてすっきりしました。批評、言語化の大切さを改めて認識しました。
0投稿日: 2025.11.14
powered by ブクログずっと思っていた違和感に言葉が与えられた感じ。そうか、自分は何かを物語化することが嫌いだったんだ。わかるわかる、もっと若いときに読んで、周りの人にもこういう考え方があるって共有したかったな。 と思ったら、後半はホイジンガの遊びの類型を現代風にアップデートした哲学が出てきて、ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃのそれぞれの魅力と危険性、物語との比較がなされる。なんで遊び?となるが、自分の物語からもっと自由になるためのエクササイズであることがわかる。あとがきでも触れられるが、これはあくまでラフスケッチ。それぞれの遊びの哲学について書きたいとのこと。意欲的だ。
0投稿日: 2025.11.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
物語には力があると思っている。宗教が消えない理由でもあり、広告としての感染力が強い。この本はその悪用に力点をおいたものであり、別の遊び方として紹介されているゲーム・パズル・ギャンブル・おもちゃの、やはりマイナス作用を論じている。 総じて、フレームの設定により取りこぼしが発生してしまうということだろうか。この世は名前のない曖昧なもので満ちていて、どんな大枠で世界を見るかで整理された理解しやすい世界観を構築するが故にそのルールからはみ出たものが出てしまうというか。統計や言語認知の方面でも感じた感覚だった。
1投稿日: 2025.11.03
powered by ブクログ掴みが良かった。うちら物語に人生の自由もとい批判的な思考力を奪われてない?という認識があったので、危機感とともに本書を手に取った。 物語には情動を動かす作用が含まれており、良い点も注意すべき点もある。情動をさらに深掘りしていくと、ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃというオルタナティブに行き着くという考察を行っていた。後半は分かるようで分からないような…。要素としては理解できるんだけど、他にもあるんじゃないか?という落ち着かなさがある。 「今後のキャリアはどうしていきたいか?のような人生の計画を立てたくない。行き当たりばったりで生きていたい」願望にめちゃくちゃ共感した。PDCAサイクルみたいな装置に人生を侵されたくない。
6投稿日: 2025.11.01
powered by ブクログ最近悪用されているナラティブの矮小化に興味があり、読んでみた。(私は神話や優れた物語など大きなナラティブの力を信じているが、ネット社会になり急速にナラティブが矮小化しているように思う。) デマや陰謀論、ポピュリズムなどナラティブの悪用や、押し付けられた物語などへの批判、それはその通り。 現在の事象としてのナラティブを様々な文脈で切り取っているが、結局のところ、ネットの言説からの距離感、有象無象の物語に意味を持たせることをやめて、物語に絡め取られないように軽く逃げ切れ。 という主張なのかな。(これだけ語ったけど、これもそもそも遊びなんで、という結論で、まぁ、そうかとしか言えない感じだが。) 資本主義とギャンブルのところは面白かった。
10投稿日: 2025.10.30
powered by ブクログ最初物語批判なのかと思ったが、ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃの4視点で人生を捉えていることの批判を行なっている。 結論、全てにおいて、危険性があり、何が正解とかはないと思う。
0投稿日: 2025.10.25
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
<物語編> ・「明晰さの誘惑」として、本書では、陰謀論、数値化が挙げられているが、ここにはもちろん物語化(分かりやすい因果関係、ロジック)やエビデンス主義も挙げてよいだろう。 ・情動について分析する中で、政治が「怒り」を駆動力として用いていることへの指摘も鋭い。今、ネット社会(とくに動画)に情動の管理、操作が顕著だからだ。 ザグゼブスキの説く「模範主義」=「外部の模範者に共鳴しながら、人格形成していく」は推しや教祖との一体化のプロセスをも解き明かす。 <探求編> ・「人生はゲームである」という記述、アマゾンの倉庫のゲーミフィケーションの事例から、しばしば教育工学で賞賛される、教育をゲーム化する愚かさを感じられた。 ・ギャンブルの章は、文字通り「ヒリヒリした」。このような哲学があるとは。 ・おもちゃ遊びの分析も秀逸。かつて、人権活動家で、つねに差別されている人々と笑いあっていたT.M.さんは、差別を乗り越えるとは、「相手をおもろいなぁ」と思えることにある。と言っていたのと響きあう。
0投稿日: 2025.10.22
powered by ブクログ私たちの感情は物語に支配されている。各メディアでは喜怒哀楽を表現する様々な物語が流布され、とくにSNSの発展にともなってそれらの利用時間や広告価値を最大化させるために積極的な物語活用(エモさ)が日々垂れ流され続けている。 例えば就職活動において、私たちはガクチカと呼ばれる経験談を物語的に話すことを求められる。日常の惰性で学校とバイトの往復をしていたような学生がドラマティックな経験による自己の成長を表現する通過儀礼は、その後の資本主義社会に適合するための踏み絵として機能している。そしてそのプロセスはそれぞれの人生をある種の定型にはめ込むリスクを伴う。 MBTIのような近年流行の性格診断も、16種類の物語に自らをはめ込むことで相互理解を推奨している。しかし20世紀の血液型診断と何ら変わらない精度と信ぴょう性に基づいた占い的要素に過ぎず、むしろそれらを過信することによるラベリングや安易な評価は差別の温床となり得る。本来的には人間の性質とは様々な要素のグラデーションにあるはずが、この物語化による分かりやすさ・二極化によって生きづらさや孤独感の原因となっている。 この物語化に対抗する手段とは何か。五感を高め、日々の暮らしの微かな変化を感じて楽しむといった、生活におけるゆとりや遊びといった部分にあると筆者は説く。結論ありきの物語ではなく、不確実性や不明確さを意図的に取り入れて工夫しながら柔軟性を取り入れていくリアルな効用が必要だろう。
12投稿日: 2025.10.20
powered by ブクログhttps://paz-library.opac.jp/opac/Holding_list?rgtn=00060942
0投稿日: 2025.10.20
powered by ブクログ正直なところ、きちんと理解しきれていないです。 物語の持つ力が大きいからこそ、物語としていろいろなことが描かれていることに注意をしなければならない、物語ににまきこまれすぎす、適度な距離感や客観的視点をもつバランス感もひつようである。 というのが第一章の理解。 第二章からは、物語だけで人生を語る以外の方法として、遊びもあるよということなのかなと。ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃ、とそれぞれの特徴と、その批判があると。そのなかでも、人類普遍的なおもちゃという考え方に物語のオルタナティブがある。 という理解。 まだ明確な自分の意見は持ち合わせていないが、数々の視点をもち、人生を遊びなおすのは、行きやすさにもつながるのかもと漠然と思いました。
0投稿日: 2025.10.19
powered by ブクログ私もいつの間にか人生の攻略とかハックとかに傾いていた事にハッとする。 想像力を働かせて自分の人生を豊かに生きたいと思った。遊びは必要。
0投稿日: 2025.10.18
powered by ブクログわかりやすくてすいすい読めるが、よくよく考えるとよくわからない。 流石哲学だ。 物語=ナラティブの魔力と危うさを論じた後、 物語のオルタナティブ【代替?】、危うさを避ける遊びとして、 ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃを論じる。 一つ一つはすごくわかりやすい。 でも、この新書を通して、著者が何を言いたいのか、 まだわかってない。 229頁の表はわかりやすい。 しかしこれは何なんだ。 遊び方 時間のあり方 遊びの構造 カテゴリ 美的特徴 物語 通時的 理由と関係 物語 理解と情動 (小説、演劇、エッセイ、映画、悲劇、喜劇) ゲーム ゲームごとの反復と連なり 課題と挑戦 ゲームプレイ 達成と成長 (RPG、格闘ゲーム、育成・恋愛シミュレーション) パズル 止まった時間 謎解き クロスワードパズル、 ジグソーパズル、 謎解き、 探偵小説 じりじりとハッとすること ギャンブル 駆け以前以後の断絶 賭け ギャンブル 不透明の崇高と<現実> (くじ、競馬、パチンコ、丁半) おもちゃ遊び 遺憾のない現在 遊動 世界のあらゆるものを用いた遊び 軽やかさ よく整理されているが、、なんなんだ、、 しかし、物語は私も語る。 〇なぜ47歳でマラソンを走り始めたか 〇なぜ日本酒が好きになったか 〇ラグビー応援の変遷 ・・・飲みの場でよく語る マラソンが一番長く語れる。 仕事に行き詰っていた 小学生だった娘が持ってきたパンフで、夜川の土手35キロを歩くイベントがあったのでやってみた その話をライバル会社の先輩にしたら、42キロ7つの山を登る日帰りハイキングに誘われたが彼のほうが早かった 脚力を上げたいと思っていた 仕事の行き詰まりはさらにひどくなった 中学の同級生が家業をやめて居酒屋を始めた パワハラにもあった 学んでいたことを活かせる会社から声がかかり転職した ビルの29階だった 元ライバル会社の先輩に勝つため、毎日登って100日で10キロ瘦せた 同級生の居酒屋の集まりに、同級生の女子がいて「フルマラソンを走った」といっていた 42キロ歩いているから、走れると思った 走った、サブ4で走れた。 ここにさらに転職に至る経緯もあわせることができる バブルピーク1990年に父が急死した 土地を担保に借金して株を買っていた 株価は半分になった 相続税が払えなくなった 延納、物納、買い戻しで苦労した 税理士になろうと仕事しながら勉強した 5科目中2科目受かったが後が続かず、挫折した その2科目と、会社での職種がある会社で必要になった 友人の開業とパワハラに背中を押されて転職した 。。。物語。 これらはすべて事実だが、 何度も語るうちに美化、更新しているのかもしれない。 よくわからない、、 しかしそれだからなんだというのか、 一冊読み終えたが、 結局よくわかってない、、 哲学だから、いいのか。 一緒に考えたから、、、 序章 人生は「物語」ではない ▼物語篇――物語の魔力と危うさ 第1章 物語批判の哲学 1 他人を物語化することは正しいか 2 自分語りの罠 3 感情と革命 4 キャラクターをアニメートする ▼幕間――物語から遊びへ ▼探究篇――物語ではない世界理解 第2章 ゲーム批判の哲学 1 人生はゲームなのか 2 ゲーム的主体と力への意志 3 競争しながら、ルールを疑う 第3章 パズル批判の哲学 1 陰謀論と考察の時代 2 パズル化するポストモダン 3 答えなき、なぞなぞとしての世界 第4章 ギャンブル批判の哲学 1 人はなぜギャンブルに飛びこむのか 2 ギャンブラーが生きる「現実」 3 ギャンブル的生の解放 第5章 おもちゃ批判の哲学 1 原初、世界はおもちゃだった 2 すべてを破壊する「おもちゃ遊び」 3 遊び遊ばれ、ニルヴァーナ 終章 遊びと遊びのはざまで あとがき 参考文献 さらに考えたい人のために ブックリスト 〇 誤解を生む「自分語り」(第1章 物語批判の哲学) 〇「感情的だ!」という批判をする人こそ、実はもっとも「感情的」(同上) 〇 アイデンティティは服のように「着替えられる」(同上) 〇 人生を「攻略」しようとする人が陥る「視野狭窄」(第2章 ゲーム批判の哲学) 〇 なぜ人は「考察」と「陰謀論」にハマってしまうのか(第3章 パズル批判の哲学) 〇 真のギャンブラーが欲しいのは「お金」ではない(第4章 ギャンブル批判の哲学) 〇 残酷だけど創造的な「おもちゃ的生き方」(第5章 おもちゃ批判の哲学)
1投稿日: 2025.10.14
powered by ブクログかなり面白かったです。 「物語り」と言う概念は私達の生き方や生活にとても影響を与えていると日々感じていました。小説や漫画、テレビ番組、私達が消費するコンテンツは殆ど全て物語りがベースに存在します。 そんな物語りをベースに生きている私たちの人生は時に、主人公の様に生きたり、はたまた他者から敵としてキャラクター付けされたりなど、様々な角度や視点から物語りとして語る/語られます。そんな物語り性は常に、物を語る主体が先行し(自分が見た視点)、本来別の視点から見た時の見え方や(他者が見た視点)、考え方、語られ方を隠蔽する側面があるのがあると思います。 本書ではその様な「物語り」を批判的に捉え、物語りが持つポジティブな魅力ではなく、そこに存在する暴力性や隠蔽性などを鋭く批判しています。他者から押し付けられる物語りや、物語りを捏造してしまう事。そして物語りを共有する事で大衆を動員し、そこにある問題点や批判性を隠蔽し、無し崩してしまう危険性を提示しています。 また、本書では「物語り」を批判するだけのみならず、そこから人生における生き方の多様性を提示し、「物語り」から「遊び」への道標をロジカルに示してくれています。これは人生における主体のあり方は様々で、決して物語り的な主体(ストーリー付けされた人生)だけが正解ではないと言う事を語っています。 本書で描かれた様々な主体のあり方は物語りを考える上でとても参考になると同時に、別の主体の在り方を提言してくれる指南書でもある優れた本だと感じました。 とてもおすすめです。
0投稿日: 2025.10.13
powered by ブクログやっぱ新書はむずい。遊び論は聞いたことなかったのでなるほどなと思った。ギャンブル辺りがイマイチなので、また読めたら読みたい。
0投稿日: 2025.10.13
powered by ブクログ『私は自分の人生の作者ではない。私はその共同制作者似すぎない』 物語化やナラティブによるコミニュケーションや語り、思考は流行りみたいな感じがある。でも何者かになるために活動をしたり自分自身のラベリングやキャラクター付けもほどほどにするのが良し。時には寄り道をしたり遊び心を持って世界に触れることも大切。
0投稿日: 2025.10.13
powered by ブクログ著者は慶應義塾大学サイエンスフィクション研究員。 物語を求めるような人生を送ることにメタファーを置くことはリスクじゃないか!?という本。 興味は惹かれる内容ではあるが、何が言いたいのか掴みにくいので、読みにくい。
3投稿日: 2025.10.08
powered by ブクログ魅力的なテーマだし、オビに書かれた「『何者かになりたい』は呪いだ」という惹句も、読んでみようかなという気を起こさせる。一方で、推薦や絶賛のコメントをオビに寄せている方々は日頃から? と思う人たちでもある。でも、立ち読みをしているうちにゴフマンがあちこちに引用されているのがわかり、じゃあ読まなきゃと、手に取った。 たぶん、著者にとっての物語と、わたしにとっての物語が違いすぎるのだと思う。それは、著者が事例として次々に挙げていくゲームやアニメや漫才がどれも全くわたしにとっては身近ではなく興味もわかないものであるからでもあるし、「自分がどういう人間なのかを面接で語らせることでその人を把握しようとする」(p224)ことに、わたしは著者とは違って、面接される側にもする側にも、それは必要であり有用なことだよな、と思うからでもある。それがあったからこそ、散々面接で落ちてきたからこそ、自分を語りなおし続けたからこそ、今の自分があるとわたしは思う。自分がどういう人間なのかを他者に語りなおし続けることは、社会のなかで生きていくためにも、自分自身を把握して生き方を模索していくためにも、必要なことじゃないのかな。
1投稿日: 2025.10.05
powered by ブクログ生身の推しがいるオタクたちは、「4、キャラクターをアニメートする」を読んでくれ〜!己の加害性に向き合おう! 推しが自分の理想とは違う動きをしたとき/または期待した行動をしてくれなかったとき、「裏切られた」がっかりしてしまうのはなぜか。オタクは他者を勝手に規定することの暴力性を自覚したほうがいい。
6投稿日: 2025.10.05
powered by ブクログ現代思想チックな語りとテーマは大いに興味を引かれるものの割に、読後感がしっくりこない。ギャンブルの話題などはとっつきやすかったが、個人的な感性として合わないのかも。
1投稿日: 2025.10.04
powered by ブクログ◎人生を解釈しすぎるから心身に不調が訪れるのではないか ◎私は自分の人生の作者ではない(ハンナ・アレント) かなり興味深い。ただ、文章が難しくて内容の反復も多いので、目が滑って読むのに時間がかかった。引用している論文や思想については最近発表されたものも多く、内容的にも現代思想の最先端だと思う。しかし単なる思想の列挙というより、現代人の感情や欲求を認めつつ、否定よりもやわらかい表現でそこに潜む危険性を教えてくれる本だった。 気になった箇所のメモ ・自己語りがまともなものになるためには、人は自己の一貫性を危険に曝すこと(=批判的で率直な友人や家族に自己の歴史を語ること)を喜ばなければならないが、そもそも自己語りをする人の多くは一貫性を求めて自己語りをしているというジレンマがあるp.34 ・気分なしに世界を理解することはできない。気分は情動へと焦点化し、情動は気分へと拡散していくp.68 ・私たちから「感情的」になることを引いたら何も残らない。何も決定することはできず、価値付けることもできない。気分や情動を私たちから引き算できている、と思っている人は、そのとき最も「感情的」な人間の一人であるp.69〜 ・自己理解とは流動的なもの。自己をキャラクター化してその性質を固定的に捉えるより、服を試着するようにアイデンティティを着替えるつもりでいた方がいいp.91 ・物語は現実世界において役に立ちすぎている。だから自己や世界を理解するためのヒントになるが、物語だけがその大役を担っているわけではなく、映画や音楽、ファッションなど他の芸術や趣味も手段として機能している。p.100 ・メタファーは特定の側面を強調することで、世界についての見通しを与えてくれる。しかし同時に、特定の側面を削ぎ落とすことなしにはメタファーを使うことはできないp.110 →人生をゲームに喩える場合、数値化できない困難や定義しにくい幸福、失敗からの学びは取りこぼされる ・ローカルなゴール(数値的な指標、成果など)が生活において前景化することへの危惧p.128 ・他者に対する愛や連帯を可能にするのは〈遊び心〉 遊び心とは、自分も相手も固定化しないこと、オープンさ、不確定性への寛容さ、自分を過度に重要視しないこと、馬鹿げたことや冗談に身を投じる柔軟性など。相手を受け止め、自分も一時的に別の自己を遊んでみること。p.220
9投稿日: 2025.10.04
powered by ブクログこの本、出た瞬間からめちゃくちゃ興味があって、久しぶりに本屋で新品の本を買ったんだけど、物語化が人を苦しめているという着眼点は共感できたものの、中盤以降でいろいろ提案してくれる代替案がどれもわたしには全く刺さらなくて、でも評判がとても高いところを見るとこれはたぶんわたしがちゃんと読めてないせいだと思うから、とりあえず星をつけず保留にしておいて、また近いうちに読み直す。予定。
2投稿日: 2025.10.03
powered by ブクログ「物語化」というキーワードがどうしても朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』を想起させる。この2冊を読むことで、「物語」の面白さと複雑さと怖さが良く味わうことができた。 物語の1つとして、歴史、特に就職活動などで考えることになる自分史についてフォーカスが当てられる。そうした歴史について「過去制作」のプロである歴史学者と日常における人々の自己語りの大きな違いとして、「改訂排除性」に触れているところが印象に残った。いろいろな人の視点からできごとを捉える歴史事象とは異なり、他人からの事実確認や訂正しづらい内容であることから、意図の有無を問わず、歪んだ自画像を作成してしまうという。歴史学専攻で卒論を書いた時に何をもって解釈にひきずられるのか、時代をできるだけ公平に見ることは可能なのかと自問しながら書いていたことを思い出した。とてもとても難しい。 『メガチャーチ』でも触れられていたが、MBTIの自己理解観を「そういうものだ」と確定した記述として捉えてしまうラベリングの役割を果たしてしまうことなど、物語によって振る舞いが確定されてしまう恐ろしさを、たまに振り返っておいた方がよいなと思う。「あなたはこういう人間です」と書かれた内容に、無意識に寄せにいってしまうことは誰しも一度はあるのではないか。そのため、あくまでヒントや参考情報としておきたいが、ついつい物語にのめり込んでしまうと思うけれども。 他にも「規律型社会」のゲームに組み込まれる「ゲーム批判」や解決可能な世界がすべてではなく「分わからなさ」を堪能できることを目指すべきとする「パズル批判」、「ギャンブル批判」「おもちゃ批判」がそれぞれ説明されている(新書の文量なので致し方ないけれども、各章それぞれでもう少し深めの分析を読んでみたくなった)。 何か物語や刺激がないとモチベーションがあがらないという時ももちろんあるので、のめり込むことも吝かではないけれど、深みにはまって戻れないという一択にならないようには気をつけたいな。それでも深みにはまることでの幸せもあるのだとは思うので、どうすべきなんだろうという考えが常にいったりきたりしている。 ========= 過去そのものに語らせようとしても、私たちの耳はもうすでに新しくなってしまっている。それゆえ、過去は常に私たちの解釈を経て、耳を新たにした私たちが聴くことのできる声として、聴こえてくるのだ。(p.26) 物語化はしばしば他人の理解をもたらすものとして称賛されるが、しばしば他人の安易なパターン化に堕落していく。理解できないことを無理に「理解しようとしない」勇気や、物語に還元できない断片的な声を「断片のまま」受容する想像力こそが、物語的不正義を抑止する新たな美徳となるだろう。(p.44) 私たちは、作品や表現に搔き立てられたあとで、その情動をどう使用することができるのか、現実の世界でその情動がどんな位置にあるべきかを論じ合わなければならない。(p.67)
0投稿日: 2025.10.02
powered by ブクログ近年の社会に物語に対する感じる違和感。歴史を編むことによって溢れる自己や常に先導される情動、キャラクター化によって逆に規定される人格。そのオルタナティブとして、ルールのハックを通じたゲーム的理解、唯一の回を追求するパズル的理解、崇高な偶然に身を浸すギャンブル的理解、そしてそれらを破壊して弄ぶオモチャ的理解という世界の見方を提示している。それはまるで道化師のように飄々と世界を渡り歩き、価値観の違いさえも楽しむ態度であった。
0投稿日: 2025.09.30
powered by ブクログ凄く興味深い考えで面白かった。 自分自身も物語化批判の精神を持っていたので、筆者の物語化批判の論には共感することが多かった。特に、自己語りによる歪みや、MBTIを含む自分や他人をキャラクター化してしまうことに対して批判的な考えを持っていたので、上手く言語化されていて自分が何に嫌悪感があったのかを整理できたと思う。 人間は多面的であるから矛盾している。人間は矛盾に満ちているのが良いんだ。私らしさは矛盾から生まれるからこそ、矛盾を肯定しようという気持ちになった。 そして、物語・ゲーム・パズル・ギャンブル・おもちゃという遊びを考察していく。自分がどれに当てはまるのか読み終わった今も思いつかない。振り返ると、物語的な面も、ゲーム的な面も、パズル的な面も、ギャンブル的な面も、おもちゃ的な面も持ち合わせていて、全てが融合しているような気がする。難波優輝さんのこれからの本が益々気になり、今後追っていきたいと強く思った。そして、この論の展開を追いつつ、自分自身についても考えていきたい。 本書で触れられていたBaba Is Youが面白そうすぎたのでやってみて無事ハマっています。面白すぎ!
0投稿日: 2025.09.29
powered by ブクログ“もし人々が、「与えられたゲームを上手にこなす」ことだけに集中するあまり、ゲーム自体をリデザインする可能性にまったく目を向けなくなったとしたら、社会システムや規範に対する抜本的な問い直しや、ルールを再設計する創造的な試みが消え去ってしまう。”(p135) 新書にしてはすごい構成だ 個人メモ: ギャンブル批評の章、美的感覚について若干記載あり
5投稿日: 2025.09.28
powered by ブクログ私はこれまで、ゲーム的な生き方に価値を見出そうとしていたが、それに上手く乗れなくなってきたことを「物語化」して納得しようとしていたようだ。かと言って、今更ギャンブルやパズルには興味ないしなあ。。。
1投稿日: 2025.09.28
powered by ブクログ世界を仏教的に捉えているからかもしれないが、革新的な指摘は感じなかった でも良かった文章 ・私は人生の作者ではない。私はその共同制作者にすぎない。 ・世界という舞台の中で、複数の役割をパフォーマンスし続ける複数形の「私」の集まりが私であり、あらゆる状況から離れた「本当の」私は存在し得ない。
2投稿日: 2025.09.16
powered by ブクログ【自分用】 人生は物語ではない。目的などもたない。不幸は単に不幸であり、幸福は単に幸福である。 世界という舞台の中で、複数の役割をパフォーマンスし続ける複数形の「私」の集まりが私であり、あらゆる状況から離れた「本当」の私は存在し得ない。
1投稿日: 2025.09.07
powered by ブクログ人生に「物語」を見出したり、他人を安易に「物語化」して理解した気になることを批判し、「物語」に代わる遊びのオルタナティブとしてゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃを議論する。安易な物語化の批判という点は日頃からの自分の感覚と一致するため期待して読んだところ、共感し納得できる点が多く面白かったが、一方でもっと深掘りして議論してほしいのにという点もありやや物足りなかった気持ちもある。
0投稿日: 2025.09.07
powered by ブクログ## 物語化批判の哲学 私の人生を遊び直すために - - 面白かった! - 要は画一的な価値観を持つと他の面を見れなくなって危険だよ、でもかといってポジションを全く取らないと何も得ることができないよね、 - じゃあどうすれば良いか?いろんな遊びに首を突っ込んで、でも執着せずに楽しむこと - それは常に内省的であること - でも反省ではなく、自分がどうなっているかの確認程度にしておこう - 自分はダメなんじゃないのか?ではなく、自分は今大丈夫なのか? - 具体的な行動に落とし込んで自分を結果的に守る - - 物語批判の哲学 - 物語ることはセラピー的に必要ではあるが、自己を定型化してしまう恐れがある - その結果、固まったアイデンティティの中で入りていることになる - 自分語りが自己理解に寄与するか? - 人は自由に過去を改変して一つのストーリーを作る - 自己認識だけの自己語りは危険 - 自己語りがもたらす認知脳がみは他人に対する理解を歪める - それが一つの単一的な物語でないと、自分のアイデンティティが揺らぐことになる - 他人を語ること、他人を理解することも、海底排除性、目的閉鎖性が付きまとう - 他人を誤解して、解釈を奪うような暴力 - 他人の解釈を奪い取り、解釈の独占をする危害 - 物語的徳 - 不必要に他人を物語的に理解するのではなく、今の自分の理解を手放し、相手を物語叙述の世界に閉じ込めないこと - 今日もやろうとした、注意 - いつ物語的理解を行うべきで、そうでないのか判断する能力を身につける - つまり、今の自分で大丈夫かと常に問いかけること - 物語的には理解不可能な相手を相手の言い分を聞くことで理解しようとすること - 相手を理解できないものとして尊重することが物語的徳 - 憧れ、真似 - 他人をコピーしようとすること、それも物語的 - しかしこれ自体は悪いことではない、当然 - でも上のように物語的徳を意識しないといけない、ともすれば狭い理解、狭い枠組みの中に自分が閉じ込められてしまう - ゲーム批判の哲学 - ゲーム的、目の前の課題をこなして行った先に成長達成があるとする考え方 - 第一の目的ではなく、第二の目的を目的とする考え方 - 特定の構造がない時に不安になってしまう - 資本主義を肯定する感覚ではある、これをプライベートに持ち込む奴はそりゃ嫌われる - ゲーム的であることを超えて、自己満足的に生きるためには、必ずしもそうでない自分をどう扱うか?と言う課題がある - 1つのポジションのに甘えるのは単純化の作業で、そうではない曖昧さの中に向き合う必要がある - これはきっとみんなやっている、ストレス耐性の話と繋がる - パズル批判 - 正解が一つであると言う姿勢 - 仮説形成が楽しいのは人間の創造性の源ではあるが、健全な思考としてはそこに止まってはいけない - いろんな意見を統合比較し、誤りを見つけていく姿勢が必要 - パズル的徳 - 自分が今取り組んでいるといが本当にパズル化して良い対象か? - 一つの答えに辿り着いて快感を得ることを急がずに、複数の可能性や反論を受け入れることができる姿勢 - 分からなさ、がいつまでも残ることで、むしろ思いがけない連想、多様な視点、面白さに出会えることができる - ギャンブル批判 - 日常では発揮されない性格・行動様式が現実化される - 確かに - ギャンブルは、その状況に自分が必要ないと考えて退屈を覚える人間にはまりがち - おもちゃ批判 - 疲れてきてメモが減ってる - 脱目的性:偶然で目的がない - 中動相性:おもちゃが自分なり、自分がおもちゃになる - 同調と浮遊:軽やかな裏切り - 責任感を持たないと言う責任感 - 自分の遊びに固執しない - 他の人の遊びに首を突っ込む - 摩擦の中で遊ぶ - 一つの遊び方に没入しすぎない倫理 - 一緒に遊びながら、没入しすぎない態度 - 入りすぎると自分が疎外されるので、それを防ぐ -
0投稿日: 2025.09.05
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
面白いけど難しい! 何でもかんでも整えるな・要約するな、偶然を、わからなさを歓迎しよう!ということだと自分は解釈した。 複雑なことを単純化するときに溢れてしまう余白のようなものが大事なんだよなって思った。
0投稿日: 2025.09.04
powered by ブクログうみょんうみょんうみょん やっぱり疲れてるときは難しい話は頭に入って来ないね ちなみに冒頭の「うみょんうみょんうみょん」は疲れているときに難しい話が頭に入ってこない状況を端的に表す擬音です(分かりやす!) 人生を物語化するとこについて批判し、じゃあどうすんの?ってことを書いた本 なわけだけど、じゃあどうすんの?ってところがあまりピンと来ませんでした 泉ピン子(いらないって) まぁ哲学ってのは人生をいかに生きやすくするかっていう学問なのでね、やりたいことは分かるんだけどあまりピンと来ませんでした ピンキー吉松(誰?)
58投稿日: 2025.09.04
powered by ブクログ著書の論述のとおり、自分の人生を物語的に捉えて、いかに効率よく上手にハックできるかを考えながら行動している。簡単にはこの思考から変わらないかもしれないが、おもちゃ的な遊びで多様な価値観を理解したい。
0投稿日: 2025.08.27
powered by ブクログ面白いが難しい…。 冒頭の物語批判が最も面白く、自分の中で納得がいったからか、物語のオルタナティブの部分に関しては、自分がその遊び方を選んでいるところがうまく想像できなかった。つまり、人生を遊んでいない、物語的に生きているということなのがしれない。 私の頭では理解しきれていない部分があるのだが、四つのオルタナティブもとても現代的な、人生の遊び方だと思った。ゲームもするし、2ちゃんねるからインターネットに潜在していた、対象をおもちゃにする感覚なんかは、非常にわかりやすい。 今後はシリーズ化するということで、内容が楽しみ。
2投稿日: 2025.08.18
powered by ブクログ自分語りの物語は、節目で求められるものだが、その全体的な物語にしないこと、できないことはしない勇気は必要である
0投稿日: 2025.08.17
powered by ブクログ物語の危険性、それに対するオルタナティブとしてゲーム、クイズ、ギャンブル、おもちゃを分析している。 それぞれのパートで書かれている内容は面白く読んだ。なんとなく自分で考えていたこともあったし、新しく感じる視点もあった。(特にクイズについて)この5つを並べて分析するという着目点がこの本のポイントだと思う。 一方的で気になったことが2点。 ひとつはオルタナティブとして挙げらている4つはいずれも物語とかなり強い繋がりがあるし、ある意味では物語によってより面白くなるものではないか、ということ。ギャンブルだって、一般的な価値観(みんなが大切にしている物語)をひっくり返すかえす役割を持つものだから、しっかりと物語に組み込まれているように思う。物語がなければ、ギャンブルだって、それほど興奮できないのではないか。 もうひとつは結論。ん?オルタナティブはどれも決め手に欠けるようだし、読み手として途方にくれてしまった。もちろん、議論はこれからなんだろうけれど。
0投稿日: 2025.08.17
powered by ブクログなぜ私たちは物語を物語以上に使ってしまうのか。例えば就活での自己PR、MBTIや推しなどのキャラクター性、自分語りなどのこと。これらは当てはめることで、診断どおりに動いてしまうなど視野狭窄になるリスクを背負ってしまう。そしてこの本では物語以外にも遊びを考えており、ゲームもゲーミフィケーションなど資本主義に結びつけて使われてしまっていることも批判している(レベルアップなど)。パズル的主体、ギャンブル的主体、そしておもちゃ的主体と、遊びから脱却の方法を考えていく。多趣味ですでに実践しているが、自分では言語化できなかったところも指摘していて興味深い本だった。
2投稿日: 2025.08.16
powered by ブクログ前半の、「(小説などの)物語」と「現実の物語化」の違いについての論考はかなり面白かった ただ、人生を遊びなおすという後半は、物語化の"オルタナ"という時点で「意味」を超越してるわけだし、ややピンとこなかった ここは千葉雅也『センスの哲学』に軍配
0投稿日: 2025.08.16
powered by ブクログ本書の第1章を読んで、なぜ自分がSNSを苦手なのかが少しわかった気がする。 SNSの記事にするためには、大なり小なり自分のことを物語化する必要があり、それに対する心理的な抵抗感があるからのようだ。 自分に起こった出来事や感じたことの中から、わかりやすく伝わりやすい物語を作るために、あるものは捨てて、あるものは少しだけ改変することへの罪悪感のようなものがその抵抗感の源だと思う。 だったら、SNSに書くときに、物語化などせずに、起こったことや感じたことをそのまま書けば良いではないか、という反論が自分に対して浮かんでくる。 ただ、そんな事実の羅列では、本人でさえ読むに耐えないような退屈な代物になることは明らかだ。またそもそも「そのまま書く」と言うこと自体が実は極めて難しい。 というわけで、SNSをはじめとして、他人の目に触れるような文章を書くときには、多かれ少なかれ物語化をすることになる。それは自明のものとして認める必要がある。 次に問題になるには、私のような文章の素人が物語を描き始めると、どうしたってありきたりでどこかで聞いた様な物語になってしまうことだ。自分の感じたことや行ったことを的確に伝えるよりも、自分が採用した陳腐な物語に沿った事実を拾い上げ利用し始めてしまう。
0投稿日: 2025.08.13
powered by ブクログ小難しい哲学書ではない。人生をハックできるやり方が書かれているので、少しビジネス書のカテゴリに足を突っ込んでいる印象があった。 物語で自分や他人を理解する際におこる「わるさ」を回避するために提案されるオルタナティブを集めた本。取り上げられているテーマがネット界隈のこともふんだんに取り上げられていて現代的、しかしネットにだけ閉じているわけではない。 陰謀論についての著者の考察が面白く、そこだけでも読む価値があると思った。(陰謀論の専門書の範囲はカバーしない)
2投稿日: 2025.08.11
powered by ブクログ人生を物語化することの特徴と危うさ。そして、それに対する新たな人生との関わり方としてゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃの四項目に焦点を当てて模索していく本。 これから先のオルタナティブな人生観としておおいに興味深い本だが、発展途上の印象も拭いきれなかった。とくにおもちゃの部分はもっと詳しく知りたかった印象がある。次回以降で詳細に考えられるのを楽しみにしてます。
6投稿日: 2025.08.09
powered by ブクログとりあえず著者がツイッタランドの住人で、いかにツイッターの中でモノを考えているかが分かった。こういう人はツイッターのなかの世界を指して社会と思っている節があるところがどうかと思う。物語的な生き方や資本主義への批判的な考察など、内容はとても興味深く面白かった。問題意識の根幹にある素朴な個人的動機と、社会に馴染めないアカデミアの人特有の発想が示唆するところも大きかった。ツイッターで社会を語るよりむしろそっちを前面に出せばよいのでは?と思った。
6投稿日: 2025.08.08
powered by ブクログ他人の人生や世界を物語的に捉えて気持ちよくなることになる対する批判。物語化批判、からのパズル化、ギャンブル、最終的にはおもちゃ的遊びへの回帰。
0投稿日: 2025.08.07
powered by ブクログたいへんおもしろいいことを考えてると思う。できたら物語 的な理解のポジティブな面ももうすこし論じてほしかった感じはある。(っていうかそっちの立場をとる人々が国内ではあんまりいない?)
1投稿日: 2025.07.26
powered by ブクログ「物語化」「物語思考」など、近年のホットトピックというか思考法である、物語的に物事や人生を捉える思潮を批判的に再検討した一冊。前半は正面から批判的に検討しつつ、後半ではそのオルタナティブとして遊び、具体的にはゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃの様態を分析しながら、物語とは違うあり方の、人の生の可能性に光を当てる。自分なりの視角でもってして、ある潮流や時代の当たり前を批判的に読み解いていく、という技法そのものが学びになる一冊だと思う。
1投稿日: 2025.07.23
powered by ブクログ前半は最近の「物語化」して世界を理解しようとすることへの批判、後半は世界を理解する他の方法について書かれた本。 自分自身も、よくある「青春」を押し付けてくるようなものを見ると少し違和感を感じていたので前半は面白く読めた。 後半は、ふむふむなるほど、という感じ。 思いこまずに色々な方向から考えるのが大事だな、とあたりまえのことを思ったり。 以下メモ ・物語が重要視されている理由→危険性 ①(理解の願い)他人を理解したい、他人に理解されたい、自己紹介の手段→誤解と欺瞞 ②(情動リンクの願い)他人と同じ気持ちになりたい、なってほしい→情動が上書きされる ③(自己像の願い)自分が誰であるかはっきりさせたい→凝り固まった自己像化 ・不必要に物語化しないために、物語的な徳を鍛える。 理解できないことを無理に「理解しようとしない」。勇気や物語にできない断片的な声を断片のまま受容する想像力。 ・私たちはそれぞれの場面、対面で「顔」を付け替えながら生きる。それは、比喩としてよく言われるような「仮面」ではない。私たちは仮面など付けていない。なぜなら仮面の向こうに唯一の顔などないからだ。 ・自分をキャラクター化しそのキャラクターを用いて自己のスタイルを体現する。 それは安易なステレオタイプの強化、特定ラベルの強化につながる ・ゲームを通じて世界を理解する 人生はゲームで、攻略するもの。そのためにハックがある、という考え方は社会的制度や経済制度などのルールを変更不可能な前提としてしまう。うまくやる発想しかなく、ゲームそのものを新しく作り変える発想がない。ハックした人だけが利益を得るのではなく、誰もが利益を得られるようにルールを直す視点が必要。 ・パズルを通じて世界を理解する パズル:考察、陰謀論 正解がただ1つあるという前提を維持することで、情報の中でおぼれること楽しむ。じりじりとした探索感と思いつきのカタルシスを味わう。 が、世界はパズルではない。答えがあるのかも、いくつあるのかもわからない。 パズル的徳:パズルにして楽しんでいいものといけないものを見分ける。解けないものと共に生きる。 ・ギャンブルを通じて世界を理解する 一定の人はギャンブル的主体としてふるまいたいと願う。が、人々がギャンブルする機会が社会から奪われてしまい、パチンコやカジノといった施設に囲い込まれていることが問題 ・おもちゃを通じて世界を理解する 脱目的性:偶然で目的がない 動相性:おもちゃが私になり私がおもちゃになる 同調と浮遊:軽やかな裏切り 対象をまるごと遊びの道具にしてしまう。面白がりながらもてあそぶ。 どこにでもあるものがおもちゃになる。どこにでもある「情報」がおもちゃになる。(ネットの画像やコメントなど) おもちゃ遊びの中には、物語のようなエモさもゲーム的なフロー状態もパズル的なハッとする経験もギャンブル的な崇高もない。ただ朗らかな遊びの雰囲気がそこにある。他のすべての世界とつながる交通経路。 余談 ゲームやギャンブル、おもちゃのところで過去の研究(?)が引用されていた。こういうテーマで研究してきた人がいたんだ、と本の内容に関係ないところで驚いたり。
13投稿日: 2025.07.23
powered by ブクログ期待せず読んだのだけどとてもおもしろかった。物語化、物語の絶対性によりそぎ落とされるものは何か、その物語化に抗うための「徳」について。ナラティブ大事と言ってきたけど、それによりマスクされているものも大事。
0投稿日: 2025.07.22
