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グローバルヒストリーのなかの近代歴史学 歴史を捉え、書き、編む
グローバルヒストリーのなかの近代歴史学 歴史を捉え、書き、編む
小澤実、佐藤雄基/東京大学出版会
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    この書籍は、小澤実と佐藤雄基が編集した2023年出版の学術書で、**グローバルヒストリーの視点から近代歴史学の形成と発展を総合的に分析**したものです。18世紀後半から19世紀にかけてヨーロッパ、特にドイツで確立された近代歴史学が、実際には西洋単独の産物ではなく、多様な文化的・学術的相互作用の中で形成されてきたことを論証しています。本書は「史料・組織・人物」「方法論・史料」「全体的構成」という三つの方法論的アプローチを用いて、ナショナルな歴史学の枠組みを超えた新たな理解を提示することを目的としています。 第I部「越境するヒストリオグラフィー」では、歴史概念と方法論の国境を越えた展開を詳細に検討しています。明治期日本における「史料」概念の導入と変遷、特に東京帝国大学史料編纂所による『大日本史料』編纂を通じたドイツ歴史学由来の概念確立過程が分析されています。また、白鳥庫吉の貢献により「東洋史」が独立した学問分野として確立される過程、そして比較歴史学の方法論として「モノグラフィー比較」「マクロレベル比較」に加え、相互作用に焦点を当てる「交差史(histoire croisée)」の可能性が論じられています。特に「離れた比較史」は、地理的・文化的に隔たった社会の比較を通じてグローバルな歴史観の構築に寄与する手法として注目されています。 第II部では、グローバル化の中で活動した日本の歴史家たちの具体的事例を詳述しています。注善之助の仏教史研究は、西洋のキリスト教的歴史方法論の影響下で日本の宗教史をグローバルな文脈に位置づける試みとして評価されています。近代法制史学を確立した「五人制」と呼ばれる学者集団は、ドイツ法学を取り入れながら日本独自の法制史学を構築し、「法制史」「法制」「法学」「史料」といった基本概念の制度化に貢献しました。平泉澄の研究は、西洋学知に対する選択的受容と批判的応答を通じて、伝統的な「国史」概念と西洋史学方法論の独自な統合を図った例として位置づけられています。 第III部「グローバリゼーションのなかの歴史家たち ②世界」では、日本以外の地域における歴史記述の国際的展開を分析しています。オスマン帝国の法制官僚、特にイブラヒム・ハックによる法史学・国際法記述は、伝統的なイスラーム法と西洋法思想の接合点として重要な意味を持ちます。スウェーデンの探検家スヴェン・ヘディンの中国での活動は、科学的探求と地政学的関心の複雑な絡み合いを示し、外国人研究者の活動における政治的・社会的制約を浮き彫りにしています。「イスラーム・スペイン」の歴史的解釈の変遷では、異文化間の「共存(convivencia)」概念を巡る学者間の議論を通じて、歴史物語が現代的な政治的・文化的文脈によっていかに再構築されるかが論証されています。 本書の学術的貢献は、従来のナショナルな歴史学の枠組みを相対化し、**歴史知識の形成過程そのものをグローバルな文脈で理解することの重要性**を明確に示した点にあります。特に、日本の歴史学が西洋や中国の歴史学との相互作用を通じて発展してきた経緯を詳細に分析することで、近代歴史学の多様性と複雑性を浮き彫りにしています。東京大学史料編纂所での共同研究の成果として、本書は歴史を「捉え、書き、編む」という営みをグローバルな視点から再検討し、現代における歴史学研究の新たな方向性を提示する重要な学術的基盤を提供しています。

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    投稿日: 2025.06.16