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なぜヒトだけが幸せになれないのか
なぜヒトだけが幸せになれないのか
小林武彦/講談社
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総合評価

21件)
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    生物学の知見から、長い歴史で見たときの、現代人類の異様な立ち位置を相対化して教えてくれる。 解決策は簡単ではないが、意識して考えることが大事だと感じた。

    0
    投稿日: 2025.10.26
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    生物学、遺伝子などを研究する著者が、『生物はなぜ死ぬのか』『なぜヒトだけが老いるのか』に次ぐ、生物としての私たちの存在の意味を考えるシリーズの三作目と位置付ける一冊。 本書で、著者は、「幸せ」=「死からの距離が保てている状態」と定義し、生物にとっての幸せとはどういう状態のことで、ヒトは進化の中で、その幸せになれなくなった背景やその処方せん、未来への警鐘を鳴らします。 「幸せ」になる方法は、すでに遺伝子に刻まれているとし、 原動力は、生存本能と生殖本能に尽きる。生存本能の一つの形として、ヒトは集団の中で生き残るために、空気を読み、自分の位置を認識し、集団から追い出されないように、他の人より少しだけいい評価になるように努力するように進化してきました。その結果として、社会全体は発展してきたものの、「遺伝子と環境の不適合」により、いろんな不都合が生じています。これが幸福感を得られにくい理由だとしています。さらに、ヒトの未来を希望あるものにするために、「自然回帰」と「テクノロジーの活用」を挙げています。 本書の展開の中で、興味深い話も随所に込められています。1つは、生命科学の革命的な発見は約50年周期で現れるとして、メンデルの遺伝の法則の発見(1865年)→遺伝情報の実態が染色体やDNAであること(1900年代)→ワトソン・クリックによりDNA二重らせん構造の解明(1935年)→ヒトのDNAの配列(遺伝情報、ゲノム)の解読(2004年)を紹介し、近々、「ニューラルネットワーク(神経回路)」の理論による脳の情報処理に関わる機能の解明がされるのでは、という話。もう1つは、生物学的視点からのリーダー像の話えした。他にも死からの距離近くなる(高齢化率が低い)都市部になぜ人が集まるのか、という話もなかなか興味深い内容です。 ▼生物学的な視点から考えるリーダーの条件 ・集団としての生き残りの戦略に長けていること。メンバーの「幸せ」を増やせるヒトであることが最低限必要です。 ・シニアであること。シニアとは経験や知識が豊かで、教育熱心、利他的、公共的な精神の持ち主です。必ずしも年配者である必要はありませんが、年配者が多いと思います。 ・評価が公正にできること。集団の構成員が納得する評価を下せることです。努力の方向を間違わないために評価軸は重要です。 ・その評価に応じた公正な分配ができること。 さて、前々作、前作に引き続き、やさしい口調で難しくなりがちな話を分かりやすく説明されています。急にドラえもん風な寸劇が入ったのは面白い限りです。 また、著者は、私が住んでいる市の研究所に在籍されていたことがあることを今回初めて知りました。大変住みやすいところと評価していただいたのも、本書の内容とは違うところでうれしく感じます。 本書は、過去2作の内容を継承しつつ、現在テクノロジーとどう付き合っていくべきか、そして発生が危惧される大規模地震が起きた場合、どのようなことが起きるのかを想像し、今必要な考えや行動を指し示しています。生物や進化に興味がないかたにも、ぜひ読んでもらいたい内容です。 <目次> 第1章 進化から見た生きものの幸せ 第2章 ヒトの幸せとは一体何か? 第3章 「幸せ」は遺伝子に刻まれている 第4章 なぜヒトは「幸せ」になれないのか? 第5章 テクノロジーはヒトを「幸せ」にするのか? 第6章 「幸せ」になるためにー生物学的幸福論

    41
    投稿日: 2025.10.18
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    このレビューはネタバレを含みます。

     現代社会でヒトが「幸せ」を感じくくなっている。その原因を著者は「遺伝子と環境の不適合」と説明する。  700万年にわたる狩猟と採集の時代の間に、ヒトの心と体はコミュニティの中で他者と助け合って生きるよう最適化されてきた。コミュニティにおける他者との関わりの中で「ヒト」は「人」になっていった。協力、共感、利他性、正義、ベターを目指す性質などは、進化の過程で遺伝子に刷り込まれたヒトの本能。  「遺伝子と環境の不適合」は「弥生格差革命」に始まる。農耕と定住化は富の偏りや身分格差をもたらし、コミュニティは集団から家族単位へと変化した。テクノロジーが発展し、寿命は延び、物質的な生活は豊かになったが、生活様式やコミュニティのあり方の変化は、ヒトが長い期間を経て獲得した遺伝的な性質とのギャップをさらに拡大し続けている。個人重視での現代社会でヒトは孤立と孤独を強め、「幸せ」を感じにくくなっている。  自己完結の気楽さ、テクノロジーの便利さ、快楽の消費を知ってしまった人類は、もはや以前のような暮らしには戻れない。ヒトが幸せになる方法とは?  「幸せ」=「死からの距離が保てている状態」という一貫した定義のもと、ときに自然界の様々な生き物たちと比較しながら「ヒトにとっての幸せ」について論じられている。  生物学者による幸福への指南書。前々作「生物はなぜ死ぬのか」、前作「なぜヒトだけが老いるのか」と合わせて読むとさらに深く味わえます。

    1
    投稿日: 2025.10.12
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    生物としてのヒト、社会に生きる人。これを区別することが肝要。 そう、人はヒトなのだ。 ヒトの生物学的な幸せを「死からの距離が保てている状態」と定義し、 ヒトの歴史で、死がどういう位置づけになっていったかを追う。 直立し、体毛を失ったことで集団子育てに適した側面。 生物は子を産んで、育てたら死ぬ。逆に言えば育てている間は死なない。 ヒトは、孫の世話もするようになって、長寿化した。 …やはり役割は必要なのだ。別に子育て、孫育てじゃなくても。 狩猟から農耕に移ったことで、食糧事情は安定したが、狩猟時代の「公平」が、 農耕時代、日本でいえば弥生時代に格差が生まれた側面。 格差は一番人を不幸せにする、、孤独、不安、、ストレスは寿命を縮める。 食べることで長寿になるも、農耕という集団社会のストレスが寿命を縮め、、、 狩猟だけで十分生きていける環境があれば一番幸せ、、 とも読めるエンディングだが、著者はそう言ってるのかな? ちょっとわからなかった 幸せ、って言葉が深いんだな 第1章 進化からみた生きものの幸せ 第2章 ヒトの幸せとは一体なにか 第3章 「幸せ」は遺伝子に刻まれている 第4章 なぜヒトは「幸せ」になれないのか? 第5章 テクノロジーはヒトを「幸せ」にするのか 第6章 「幸せ」になるために――生物学的幸福論

    2
    投稿日: 2025.10.01
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    “ヒトの"ベター"好きの性格と、比べるのが得意な性質のために、「幸せ」の状態を維持し続けるのは難しいです。なぜならすぐに飽きたり、他人を妬んだり、絶望したりしてしまうからです。それを回避するために、何かに没頭し、努力し成長して、自分を肯定しなから死からの距離感を無意識に維持しようとします。これが死を意識する唯一の動物である、ヒト特有の「幸せのなり方」なのかもしれません。別の言い方をすると、ヒトは好きなことをやるから「幸せ」になれるのです”

    8
    投稿日: 2025.09.26
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    「生物はなぜ死ぬのか」の著者が生物進化学的に人の不幸を分析。テクノロジーの進化に生物的進化がついていけないから幸せになれないというのはわかりやすかった。著者の立場として生物進化の必然としてこうなったという論調だが、むしろ進化の迷路に入り込んでいるような印象。最終章の幸せになる処方箋も今ひとつ共感できずむしろ人類の滅びを予感してしまう

    1
    投稿日: 2025.09.19
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    ヒトはこれまでどのように進化し、文明や社会をどのように作り上げてきたか、またこれからどのように生きていくべきかを、生物学的な観点から書いている。個人的には他者とどのような関係を築くべきかや、テクノロジーとどのように付き合うべきか書かれているのが印象に残った。

    1
    投稿日: 2025.08.22
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    生物学的見地から見る現代社会の考察、すごく面白いし説得力がある。まさにどうすればヒトが幸せになれるか見えてくる一冊だと思う。

    1
    投稿日: 2025.08.10
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    他人の足を引っ張るのは相対的に、自分の評価を上げて、幸せになったような気になるが、自身のプラスではないし、自分がやられたら、嫌な気持ちになるし、結局罪悪感に苛まれ、幸せになれない。足の引っ張りあいは、コミュニティとしてマイナス。他の人の活躍はポジティブに捉えて、賞賛し、学び、自身の成長につなげた方がよい。

    1
    投稿日: 2025.07.21
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    『#なぜヒトだけが幸せになれないのか』 ほぼ日書評 Day910 新書版だが、展開が遅すぎるので、半ばで積読グループへ。 例の「なぜ◯◯か?」で、なかなか問いに答えないパターン。 普通の動物は死との距離が遠いことが幸せなのだが、人はその「遠さ」に多様な基準を設けてより「ベター」な状況を目指してしまい、たとえば既に飢えないだけの食料を得ているにもかかわらず、他の人がより多く持っていればそれを羨む、より多く配分されればそれを妬む、そうした気持ちが芽生えるが故に、幸せから遠ざかってしまう。 そんなことが本の半分ほどの長さを使って述べられていた。 読んでみて面白い…と思われた方がいらしたら、ぜひフィードバックを! https://amzn.to/4nz1YX7

    2
    投稿日: 2025.07.04
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    前段で語られる遺伝子によって決定づけられている事象については興味深い点が多かった。 中段から著者の考えが提示され、科学的な説得力は弱まる印象が否めない。ただし、著者の考えや仮説は個人的には納得、賛同する点が多いため面白く読めた。 コミュニティが大切、からのどうしていったら良いのか。自分自身の課題でもある。

    1
    投稿日: 2025.07.04
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    内容が読みやすく、一気に読めました。 面白い部分も多々ありました。 歳を重ね、そう言えば自分はあまり他人と比べることはしなくなってきた。これは、生物として幸せに近づいたかもしれない。よしよし。 またこの本で、老年的超越、という言葉を初めて知りました。それも含め、老いに対する学びも得られました。

    1
    投稿日: 2025.06.29
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    ヒトは200万年ほどまえから急速に進化しつつ、それに応じてテクノロジーも生み出し、それに応じて幸せも手に入れたはずだった。しかし、ヒトというより人――特に現代人――は多少の幸福感は覚えても、著者が定義する幸せ、すなわち死からの距離感がもたらす原初的かつ本質的な「幸せ」からは遠ざかってしまった。 というのが本書の議論の核となるものです。 なぜ人は「幸せ」になりにくいのか。 それは著者によれば、弥生時代に稲作文化がもたらされ、定住が始まり、持つ者と持たざる者が生まれて以来、進化の過程で獲得したDNAと社会のあいだに齟齬が生じてきたからです。 「極端な言い方をすれば」と、著者は終章で述べます―― 「格差が生じ、不公平感にさいなまれ、不特定多数の顔が見えない「世間」からの評価と、孤独と不安に怯えながら暮らしているのです。本来は、チャンスは平等にあり、努力は評価され、不正は憎まれ、喜びや悲しみは共有され、お互いの信頼感に支えられたコミュニティで安心して子育てや老後が送れるように、遺伝子はカスタマイズされていました。それなら、自然に回帰した生活に戻ればいいかというと、それも現在の便利さ、本能と結びつかない快楽の消費を知ってしまったヒトにとっては難しいでしょう。」 こうした現状を踏まえて(そして憂いて)、著者は「安心して暮らせるコミュニティ」と「格差なくゼロベースから成長できる環境」の構築を提案します。個人的には、前者をAIと共存する社会、後者を脱成長社会と読み替えると、石黒浩さんや斎藤幸平さんが目指す社会の未来像と重なり合うように思えるのですが、どうなのでしょうか。

    1
    投稿日: 2025.06.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    狩猟採集の小さいコミュニティで生活していた頃は、その日暮らしであり所有という概念が無く格差も無かった。 また、貢献に応じて分け前が配分されたため、多くの取り分を得ているということはコミュニティに貢献していることになった。そのため、豊かな人がいることは自分たちにも還元されることであり、自慢することは互いに嬉しい行為だった。 他者比較についても、コミュニティ内で貢献度が低い場合はコミュニティから離脱を余儀なくされる。単独の場合、集団でいる場合と比べて生存の確率も跳ね上がる。そのため、死を逃れるために常に自分のコミュニティ内での立ち位置を気にする性質が備わっていった。 自分はどうしても他者比較をしてしまうが、他者比較は遺伝子に刻まれた性質であり不可避であると一定納得できた。意志の力で比較を避けることは無理な話で、比較が発生しない仕組みや比較する性質を受け入れるといった方向を考える必要がありそうだ。

    1
    投稿日: 2025.06.16
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    なぜヒトが幸せになれないか その原因は 遺伝子と環境の不適合 だとのこと。 この本をしっかり読み込むとその意味がわかってくる。 うーーーん。遺伝子レベルで考えるとそうなんだ。と考えざるを得ないことがわかった。 私たちがしたくなることは、みんな遺伝子がそうなっているからで、そのプログラムによって、行動している。 でも、この遺伝子というのは、何十万年という単位で作られてきたものだから狩猟最終時代の遺伝子であって、ここ数千年で始まった農耕生活は、まだ私たちの遺伝子を変化するところまでは行っていないということで、遺伝子が環境とミスマッチになっている。 それで、幸せが感じにくくなってしまっているとのこと。 なるほどねーーー。 ちょっと勇気づけられたこと 遺伝子的に、ヒトは正義感や道徳心の強い人が選択されて生き残ってきているとのこと。 今のアメリカは、どうなっちゃってるんだろう?何か間違っちゃったのかな トランプさん、このこと、自覚した方がいいよーーー

    1
    投稿日: 2025.06.13
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     人の幸福は、生物学的に言うと「死から距離があること」だそうで、そういう意味では現代人はかなり幸せであるはずだ。  しかし、人は常にベターを求め、格差を感じたり、人間関係も複雑なため幸せを感じにくいという。  自分にとって幸せとはなんだろう。私事だが、もうすぐ孫が七人になる。これはかなり幸せな事だと自負している。

    9
    投稿日: 2025.06.11
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    「幸せ」を「死からの距離が保てている状態」と定義して論じているのが、生物学者らしい発想。 格差など、最近数千年のヒトの生活様式や価値観の劇的な変化にうまく適応できていないのではないか、というのが著者の考え。 なるほど、と思った。

    1
    投稿日: 2025.06.07
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    うーん、するすると読めるし書かれている内容自体も面白くはあるんですが、文章力はある著者の、似たようなシリーズが続いた結果だんだん自分の専門分野でないところに分け入り始めて内容がフワッとなってるパターンになりだしてる気がする。次が分水嶺ですかね。

    1
    投稿日: 2025.06.05
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    小難しいタイトルからは想像できないかもしれないが、分かりやすく面白い、しかも小ネタまで盛り込み、読み手の門戸を広げてくれている生命科学の本。 不幸の始まりは、「弥生格差革命・YKK」(本文より)。定住化によりヒトは貯蓄することを覚え、それが格差を生み、他者との比較・競争のループから抜けられなくなる...YKKのくだりに笑いつつも、なるほど!不幸の歴史は弥生からなのか~とその根深さに驚嘆。 ヒトはテクノロジーの発展に見合う速度で進化していない、というのも『メンタル脳』アンデシュ・ハンセン/著で読んだことの裏付けとなっていた。 この小林武彦先生のシリーズは中学生にも是非読んでもらいたい。

    24
    投稿日: 2025.05.18
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    テーマに興味があって読み始めた。いやしかし、あらためてタイトルを見ると、ヒト以外の生物は幸せになれるのか。そんなことはないと思うから、なぜヒトだけが幸せになれるのか、というのが正しいように思う。幸せになれるのに、どうして幸せと感じられない人が多いのか、というのがテーマなのかもしれない。本書では「幸せ」の定義を「死からの距離を保てている状態」とされている。ただ、この距離というのも客観的に測れるようなものではないだろう。また、人によって感じ方が違うだろう。そこが幸せの難しいところだと思う。ある程度の年齢を越えていれば、死が身近に迫っていても、幸せな人生だったと思えることもあるだろう。死なんて全く意識せずに元気に毎日働いていて、突然亡くなることもあるだろう。はたから見ればそれは不幸かもしれないが、本人はそう感じる間もないわけだ。幸せの感じ方は人によって違うし、年齢によっても違ってくるだろう。去年1年間幸せについて書いてみた。「僕の小確幸」というテーマで。ちょっとしたことで幸せと感じられれば良いように思う。幸せの感度を上げるというのか。ハードルを下げるというのか。同じ状況に出くわしても、それを幸せと感じられることもあればそうでないこともあるだろう。ならば、幸せと感じておいた方が得なような気がする。ただ、プナンの例を見ていると、彼らは幸せと感じているのだろうか、何も感じていないような気もするのだが。果たして幸せと感じることは本当に必要なんだろうか。快楽と幸せは違うという。快楽は依存し死に至ることもある。周りは幸せそうだと思っていても本人は幸せと感じていないかもしれない。その逆もまたあるだろう。何だか幸せってどういうことか分からなくなってきた。もう少し考えてみよう。それと、何のために生きているのか。幸せになるため?いや、生き地獄だと思って生きている人には、死んだほうがましと思えることもあるだろう。そんな人には何と言えばいいか。今年は、何のために生きるのかということをテーマに書いているが、それはだれかと出会うため、というのが一つの結論として出てきた。誰か、何かとの出会いが大きく人生を変えることもあるだろう。こちらももう少し考えていきたい。

    2
    投稿日: 2025.05.07
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    スマホ脳と似ているけれどもこの本の方が日本人向けというか、わかりやすいと思う。 現代はみんな不幸になりやすい構図とまず理解し、みんな一定辛いと思いながら、テクノロジーとある程度距離を置いて楽しみを見つけることが大事かな。

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    投稿日: 2025.05.06