
総合評価
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powered by ブクログ軽妙な語り口で、一方に肩入れしすぎることもなくフラットな視点で多様な切り口で女ことばを論じていて爽快でした!
0投稿日: 2025.10.17
powered by ブクログ配架場所・貸出状況はこちらからご確認ください。 https://opac.shigakukan.ac.jp/opac/volume/519940
0投稿日: 2025.08.06
powered by ブクログこれも瀧波ユカリのブックリストから選んで読んでみた一冊。『無痛恋愛』の中で「女性の言葉には命令形がない」という話が印象に残っていたんだけど、それを補足するような内容で、興味深く読んだ。 まず、いわゆる「女ことば」が日本の伝統のように思われがちだけれど、実は明治時代に生まれたもので、さらに時代が下るにつれて「女性らしく美しいもの」として形づくられていった - という冒頭から一気に引き込まれる。著者は、外国人が日本語の女ことばに困惑する様子を例に挙げたり、西洋には「女ことば」は存在しないけれど、言い回しとして性別的な特徴が現れるという視点でも分析していて、とてもわかりやすい。 また、日本語に含まれる数々の性差別についても丁寧に指摘されていて、構造としての根深さを思い知らされた。面白かったのが、たとえば今では「夫婦」と書くけれど、古い和語では「めおと」と言っていたこと、そして多くの言葉が漢語に置き換わる中で男が先に来る語順に変化していったこと。日本にあった女系的な発想が、中国から渡来した家父長制によって上書きされていった過程として見ると、非常に興味深い。 筆者は小説、映画、ドラマなどを数多く引き合いに出していて、その鑑賞の引き出しの多さにも感心させられたし、取り上げられた作品に触れてみたくもなった。引用の使い方も的確で、筆者自身の視点がよく伝わってきた。参考文献の中に気になるものがいくつかあったので、いくつか試してみたい。
2投稿日: 2025.07.17
powered by ブクログ「少女」の反対語は「少男」ではなく「少年」 「男らしい」「男になる」は褒め言葉 「女らしい」「女になる」は・・・? 「夫婦」と書いて「めおと」と読むのに、ふりがな通りに書いたら「婦夫」 男尊女卑、今では悪しき慣習と言われている日本文化が日本語にも大きな影響を与えていることが分かりやすく学べる。 しかしこの源流に元来日本語が女ことば寄りの言語だったから、との研究内容が面白く、母語である日本語の魅力に気付かされた。
2投稿日: 2025.04.13
powered by ブクログ「女ことば」が問題なのではなくて、「女らしい言い回し」が問題なのだという指摘には心底頷いた。 学術的な裏付けがしっかりあるような本ではないけれど、作者の生活や翻訳者としての経験から感じたことが上手くまとまっていて、説得力には欠けるけれど、知らないことや気づきが多く、とっかかりとして読む価値のある一冊だった。 とくに、"翻訳からこぼれ落ちるもの"の章の英語に翻訳し易さについての引用は示唆にとんでいて深めたい内容だった。1番驚いたのは、生理中の皇族の女性は宮中祭祀に参加できないということ。日本の根強いミゾジニー恐れ慄いた。
0投稿日: 2025.01.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
昔から創作物の間で平然と存在する女ことばに違和感はあった。だが、柔らかい口調が私の性格に合っているように感じ特定の所では自分でも使ってきたし、嫌いではない。男性も女ことばを使うべきだと思う。(現に昔の文学作品や漫画では、男性や少年も女ことば的な言い回しを使う。ドラえもんののび太くんとか) だが、その中には区別という名の差別意識が含まれている。不必要に、たとえば実在の人物の吹き替えに女ことばを使わせるの等は止めるべきだと思うし、女性が男ことばを使うことを当たり前に感じる世の中になるべきだ。 以下、気になったフレーズや思った事。 日本で女性が社会的に差別されるようになったのも、明治時代以降だということです。 家制度(1898年)明治31年 婦女子の保護の根底にあるのは女性差別 女は罵倒語を封じられている 日本では「頑固ばあさん」は「意地悪ばあさん」になる 女は人ではないと思っているような表現が日本語には多すぎる。 女偏の字を使った言葉はネガティブなものが多い
0投稿日: 2025.01.06
powered by ブクログ翻訳家が、日本語に特有と言っても過言ではない「女ことば」について考えることを端緒に、日本文化、そして日本語話者が女性をいかに差別し束縛し苦しめてきたかを顕わにしてしまう一冊。その谷はあまりに深くてあまりに闇く、出来上がってからまだそれほど時が経っていないのだが、あらためて現実として意識して目の前にすると身震いしてしまうほどだ。この価値観で何十年生きてきた私にとって、いきなり全部を変えてしまうのはあまりに難しいのだが、少なくともその谷が存在していることを頭に置いておくのは第一歩となるとは思う。いや、ホント役割語として使うととても便利なのだが、ここも考えて行かねばならないのだろうな。
0投稿日: 2024.10.13
powered by ブクログ「女ことば」という日本語独特の言葉遣い、そこから生じるジェンダーについての考察。男女の差別等を意識せずに使い続けていることばで、実は無意識のうちに「男」「女」という考えを植え付けられていたこと、翻訳者という著者だからこそ、気付かされた言語による性差について論じ、驚かされた。
0投稿日: 2024.08.26
powered by ブクログ10代20代の女の子が、男の子みたいな言葉遣いをしていると、思わず眉をひそめて残念に思ってしまう、はい、私はそんな人です。 でも、そうやね、時代が移ろい価値観が変わればそれに伴って言葉も変わるべきもの、そして、女ことばに潜むワナをこうして教えてもらったからには、ちゃんと言葉を意識して遣わないといけないな、と。 翻訳者ならではの視点も面白く、時々男の子みたいな言葉遣いをする娘も読みやすいと絶賛してました。
6投稿日: 2024.07.19
powered by ブクログ気づいていたものから気づいていなかったものまで言葉について知ることができてとても興味深かった。 今はだいぶ変化して、昔と比べてずいぶん女性が暮らしやすくなっていると思うけれど、女性だからという理由でなんだか見下されてるな〜と感じることはあるし、男性も男性で男なんだから!と言われるのはかなり鬱陶しいだろうなと思う。 男性女性関係なく人間としてお互い敬意を払って接することが大切だと改めて感じた。ただ、上下がある人間社会ではとても難しいことでもあるなって、変えていくことの難しさも感じる。 個人的に翻訳の仕事もするから、日本語の一人称が多いのはやっかいだなと思う。英語話者がどの一人称を選ぶか確認しなければ分からないし、英語話者本人は訊かれたところで日本語一人称の微妙なニュアンスの違いが分からないから、選ぶ一人称に日本人ほど思い入れがない。それなのに日本語話者の読者から「この人って自分のこと『俺』って言うんだ!素敵!」や「一人称『僕』の翻訳は解釈一致」と感想があると、日本人ならではの感覚だな〜と思う。
9投稿日: 2024.04.30
powered by ブクログ示唆に富んだ内容で新たに気づかされる事柄も多く大変勉強になりました。翻訳家の視点から語られる海外との比較も興味深かったです。一人でも多くの人に読んでほしいと思います。
1投稿日: 2024.04.24
powered by ブクログ大きく時代が変わる時、権力者は前の時代を否定します。煌びやかな西洋文明が余程眩しく憧れだったのか、明治政府は徳川時代を全否定し、国民も忘れ去りました。 家族団欒から性観念まで、現在日本古来と思っているものの殆どが、実は明治時代に人為的に作られたものです。そして女ことばもその1つというのを本書で知りました。 今では聞いて違和感を覚える女ことば、しかし、翻訳本などを含め意外にまだまだ目にしたり聴いたりする機会は多いです。 女ことばは、男が考えたカワイイと思う女が話して欲しいと考えた言葉、その将来に興味がある方は是非本書を読んでみてください。
1投稿日: 2024.03.31
powered by ブクログドイツ語翻訳者の著者が、翻訳するときに悩む日本語の性差について、西洋語と比較して、それまで気づかなかった日本語の特性について興味深く綴ります。日本語の曖昧な表現は、時として女性語が用いられ、またコンフリクトを避ける表現としても活用される言い回しが、外国人には難しく伝わります。開国から明治維新を通じて、本来差別的に扱われてきた女性語が、文明開化の時を経て、女性語として「女らしさ」の表現へと変わっていく様を、話し言葉や文学表現の中で、検証していきます。家父長制、男尊女卑、女性蔑視の意味合いで、「女」のつく漢字が作られます。嫉妬、「少年」と少女の対比での「少男」ではない矛盾、姦通罪、努力、怒りなども同類と思われます。 終わりにで、ジェンダーギャップ指数が先進国で最下位の日本で、「この国のジェンダー格差がなくならないのは、既得権益を手放さないホモソーシャルな男社会にその最大の原因があるのはいうまでもありません」と断言する著者の切実な思いが伝わり、ジェンダー格差の解消が重要だと示唆します。
0投稿日: 2024.03.17
powered by ブクログこれは胸がすく思いで読んだ。違和感が解かれていく。 「女も人だったの?」 ずっと言葉尻に引っかかりを感じていたものの正体見たり。
0投稿日: 2023.12.15
powered by ブクログ丸ごと一冊あちらこちらで、「言われてみれば、これもそうだ!。あれもそうだな!」の連続。私の場合、亡き母が“良家の子女”だったせいか、子どもの頃に乱暴な語尾を注意され続けたので、今でも話すときには「女ことば」を使いがち。これまでスルーしてきた言葉でもいろんな発見があって本当におもしろかった。 ポリタス 瀧波ユカリさん推薦本
1投稿日: 2023.12.15
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
著者が思春期のときに感じていたという“男の子に憧れる”気持ちと、しかし大人になってよく考えてみたら“女の子に対する抑圧に抗っていただけで、男の子になりたかったわけじゃなかった”という気付きに、ものすごく共感。 性別違和に悩む女の子がいたら、まずは一旦落ち着いてこの本を読んでみるといいよ。
2投稿日: 2023.12.10
powered by ブクログ時にエビデンスは特にないのかな?と思われる(笑)著書の感想、思いが溢れていたけど、切り口はとても興味深かったし、翻訳者として言葉に対するアンテナがとても高いから、こういった本が書けるんだなと思った。 成功した男の中には、女でないということ以外、なにひとつ資格がない輩がごまんといる。 メイ・ウエスト
2投稿日: 2023.12.02
powered by ブクログタイトルにある「女ことば」に限らず日本語の特徴、翻訳の難しさ(翻訳しやすい本が翻訳される)、社会的な性差の問題までわかりやすく書かれていて、言語学者が書く本よりずっと面白いと思いました。なるほど、と思うことも特に前半に多く、Kindleで購入してハイライトしながら読みました。 翻訳本の登場人物の話し方や外国人インタビュー動画の字幕を見て、本当にこんな話し方をしてるのかな、と思うこともしばしばありましたが、映像はともかく翻訳の難しさはよくわかりました。 「女らしい言い回し」については、女性に限らない気もしましたが、これは自分や日頃接する人の年代によるのかも。 翻訳家ならではの比較も面白く、言葉に興味のある人、言葉を仕事にしている人は必読ではないでしょうか。
1投稿日: 2023.11.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
言われてみれば確かに「女言葉ってなんなの」ですね。あんまり昨今では使わないだろうと思っていたけど自分も先日「ごきげんようっていう人に初めてであった」と言われまして。あ、女言葉使ってることあるなと意識させられたことがあり。いやもちろん(?)その時はふざけてたんですが、ふざけてでも言わない人のほうが遥かに多いというかごきげんようなんて言う人ほんと今いないんですよね。 自分の若い頃は「〜なのかしらね」「〜なくってよ」という言葉づかいをする人が自分の周りにリアルにいたのでそこまで違和感感じたことなく激しく少数派であることを自覚させられました。(ものすごく一般人ですが) 文芸作品で男女を最初から明らかにしない場合、男性は苗字呼びで女性は名前呼びで表現されることが多くそれにより読書に性別を知らしめることが多いと。なるほどでした。 あんまりそのように意識したことはなかったけど言われてみるとこれまではそういう作品多かったと思いましたね。 近頃の文芸作品は最初から性別がずーっと曖昧なものも多い気がします。あえてそうしてるんだなとわかりますが時代のせいでもあるのかなとも。 案外自分、言葉に敏感じゃなかったなぁと本書を読んで認識。 サラッと読めて難しくなく読み物として面白いです。あんまりこういうジャンルを読まない人にも読みやすいのでは。
5投稿日: 2023.11.07
powered by ブクログ平野卿子さんは翻訳家。ドイツ語・英語に長けている方です。 日本語にするとき、どんな表現にするかで試行錯誤している。 ドイツ語の名前は日本人には性別が分かりにくい。 例えば、クルトとかイルムガルトなんてなじみがない。 だから、クルト(男)には「腹が減った」、 イルムガルト(女)には「お腹が空いたわ」としゃべらせたりする。 「実際にはあまり使われていないのに、メディアや翻訳小説、映画の字幕や吹き替えに頻繁に登場する女ことばに違和感がある」 という意見を最近聞くことが増えている。 「女ことば」や「男ことば」は、翻訳する時には女性と男性の"役割語"として登場しやすくなるようだ。 「女ことば」や「男ことば」は書きことばにはなく、どちらも話しことば。 日本では、お行儀のよい娘は口にしない言葉が「男ことば」として区別されるようになった。 世界でもあまり例のない「女ことば」を生んだ背景には男女格差の文化があり、 日本には民主主義国の中で断トツのジェンダー格差があることと密接な関係がある。 女ことばは、古くから伝えられてきた日本の伝統だと思っている人が多いが、 「だわ」や「のよ」の言葉づかいの起源は明治時代の女学生の流行りことばだったりする。 丁寧で控え目で上品な言葉が選ばれ、不満や怒りに繋がる乱暴な言葉は排除されたらしい。 最近は若い世代は性差の無い「中立語」を普段から使うようになってきていて、 著者も一人でテレビを見ている時などは、「文句言ってねーでお前がやれよ!」「こいつ、るっせえ」とか悪態をつく言葉を発するようです。 口に出すとストレス発散できるみたいですね。 「女ことば」のもう一つの制約は、命令ができないこと。 「やめて(ください)!」とお願いはできても「やめろ(よ)!」と命令できない。 英語の一人称の "I" は性別とは無縁だが、日本語は違う。 特に女性が使えるのは基本的に "私" 一つだけ、それも女性専用ではない。 女は自己主張するなという風潮が言葉にも表れている。 漢字には男編がなく人偏が使われるのは、人間=男だからと言われるが、西洋でも man が人間も表していた。 今は sportsman は athlete や player に変ってきている。 ドイツ語には女性名詞や男性名詞があるので、言語の性差別が問題になり随分変わってきているようだ。 日本語には性差別を含む言葉は沢山あり、今は使わないように注意しつつも、意識の中に根強く残っている。 男の中の男、男を上げる、男が惚れる 「男」=「立派な人間」 女々しい、女だてらに、女の腐ったよう「女」=「低俗な人間」 「うちの人」は妻が夫を指して言うときの言葉。つまり「人」=「男」。 「女」が「人」として扱われるのは「美人」や「夫人」と、容姿が美しかったり結婚した時くらい。 「男勝り」は「男に負けないほどしっかりしている」女性のことで、男の方がしっかりしているという前提からできた言葉。 「姉御肌」は男とは比べていなくて、面倒見のいい頼れる姉さんという感じ。 男は、自分との比較対象にならない「姉御肌」の方を好む。 日本の小説では、男性は姓で、女性は名で記すことが多い。 これが逆だと奇妙な印象を受ける。 そのわけは家制度にあり、男子が生家の姓を名乗り続け、女子は他家へ嫁ぐものとされていたからのようだ。 「女らしさ」と「男らしさ」は、どちらの性別であっても縛りのある言葉。 違いは、「女らしさ」は過剰な時に、「男らしさ」は足りない時に批判される。 「女ことば」とは別に「オネエことば」がある。 「オネエことば」は、「毒舌」をやわらかく感じさせるのに役立っている。 命令したり、でしゃばったりしないように作られた「女ことば」の範疇に入るからだろう。 マツコ・デラックスは、自分の立場を冷静に分析もしていて、 「自分はキワモノであり、社会の端っこにいる、世の中の人と対等でない存在」 「アタシが何を言ったってどうせあのオカマが、と思うだけだから好きな事が言える」 と発言している。 この先「女ことば」がすたれても、「オネエことば」は生き延びるのではないかという気がする。 「女ことば」は使いたければ使い、使わなくてもいい時代になってきたことは喜ばしい。 「女子力が高い」なんて言う男は軽蔑される世の中に変ってきてると感じる。 と思いつつ、無意識のうちに男尊女卑の言葉を使っていないか心配になってきた。
47投稿日: 2023.10.01
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
めちゃくちゃ面白くてすぐ読み切っちゃった!!「女ことば」を通して、日本語をジェンダー格差の視点から見つめ直す本! 日本の女ことばの歴史、その歴史とともに生まれた女性差別、日本と西洋の女性蔑視、女へんはあるのに男へんはない漢字(僕・俺のへんはまさかの「人」。人=男?驚愕)、「女らしい」「男らしい」、一人称や三人称、かわいいは最強...?などなど、いろんなトピックを通してことばから透けて見える男性優位文化に愕然....。それと同時に日本のことばと男女差別の密接な関係性にまずは気付くことが大切だと思った。 納得しすぎた言葉 《男を表現するときには背後に「性を超えた人間性」があるのに対して、女の場合は 「性」から逃れられない。》 ↑まじでコレすぎて泣いた。"男"が使われる慣用句は「男=立派な人間」のイメージのものばかりだけど(男が廃る、男が立つ、男の中の男 etc)、女々しい、女にしておくには惜しい等逆はろくなものがない...「俺を男にしてくれ」は鍛え上げてもらうみたいな広い意味があるけど、「わたしを女にしてください」は違う意味....。「女」の褒め言葉はいつもホモソーシャルな男たちにとっての「いい女」なのでだるい。 《世間で「女らしさ」「男らしさ」とされていることの多くは、性別ではなく、社会的な立ち位置、つまり「支配・従属」関係によって決まる。=女と男の視点で考えるのではなく日本特有のタテ社会の論理や上下構造に落とし込んで眺めると、見えてくることが多い。》 ↑「女の敵は女」という言葉があるけど(もちろん逆はない)、女だからではなく、弱い立場に置かれた人間に共通の防衛手段だったんだと気づいた筆者はすごい。日本では一人称がバイナリーなために物心がつかない頃から自分の性を意識せざるをえず、年齢や社会的地位よりも性別が絶対的決定的な基準になりえる... 女が嫉妬深いといわれる理由のひとつも、男女関係が対等でなく、男はそもそも嫉妬する状況におかれにくいからだよね。 なくすべきは装飾としての意味しかない女ことばではなく、過剰な配慮をした女らしい言い回し!私もやたらと遠回りした言い方とかしちゃう時あるなあと心当たりがありすぎた。しかもそういう時って圧倒的に社会的な上下関係がある時。男性みたいに話さんといかんわけではないけど、必要以上に曖昧すぎる言い回しには気をつけよ。
2投稿日: 2023.09.11
powered by ブクログわたし、僕、俺、ワシ、ワイ、確かに男性をしめす人称がたくさんあるのに、女性の場合は私だけ。かなり独特の文化なのは昔から心得てはいたけど、少女と書くのになぜ少年?など、あらためて示されると、おぉ!と目から鱗の指摘の数々。 個人的には女ことばとは、と示された6つの例に一つも該当しなかった自分は、ある意味見えない壁を打ち破って生きてこれたのかも、とふと感慨に耽ってしまうのでありました。 非常に面白い論考の連続、いろんな年代の人に読んでもらいたい、語り合いたい一冊だと思います。
3投稿日: 2023.08.29
powered by ブクログ快調に楽しめたが、読めば読むほど日本語に自然に内蔵されているミソジニーに腹立ち呆れ、しかし第一言語として日本語がインストールされている身としては罵倒語を言うべき時に言える瞬発力をトレーニングすることと、あまりにも差別的な用語にNO(御主人とか奥様、とかね)と言い続けるしかないな…
2投稿日: 2023.08.21
powered by ブクログ筆者は翻訳家として言葉だけで伝えることに便利な「女ことば・男言葉」を文語として認めながらも、ドイツ語、英語などと比較しつつ、日本社会の男女差別感がもとになっていることをわかりやすく説明する。 若者になればなるほど使われなくなっている「女ことば」。 ほっておいても自然消滅はすると思いたいが、一人一人が男女平等を意識すべきなんだろう。
2投稿日: 2023.08.06
powered by ブクログ女性には、まったく悪態をつかない人がたまにいて、ああいう人はどうやって気持ちを発散しているのだろうと常々思っていた。言葉の汚い女性は嗜められるが、「うるせえんだよ」という言葉でしか表現できない感情がある。この本によると、「人を動かしたいとき、女ことばではお願いしかできません」とある。そうだよ。そうなんだよ。他にも、人称の問題など、性と言葉について考えるきっかけになった。
3投稿日: 2023.08.05
powered by ブクログ女は女らしい言葉遣いを、という教えが体の芯まで染み付いている者にとって、目から鱗のことばかり。 確かに少女と少年は非対称で、少年は少男じゃない理由がわからない。 悪態をつくと人は苦境への耐性がアップするらしいので、時折強い言葉で悪態をつく自分を肯定したいと思った。
3投稿日: 2023.07.28
powered by ブクログSNSのTLでまわってきた書評をみて読みたくなった。 「女ことば」の本質は伝統的でもなんでもない男女の別ではなく「受け身で支配されるものの言葉遣い」というべきであり、表面的な「女ことば」はさておき、周囲に過剰に配慮して自己主張をためらう「女らしい言い回し」こそやめるべきだというのが筆者の主張。 その結論をいうために、独特の人称詞や終助詞などをもつ日本語のわかりやすい「女ことば」がいかに作られてきたかを検証し、日本語そのものの「女性的」な面をあきらかにしつつ、そういうものがない西洋語の場合、どのような形で性差があらわれ、またそれを克服しようとしているのかを紹介したうえで、日本語では具体的にどのようなことば上の差別がみられるのか身の回りのニュースから文学やテレビドラマなどの観察による具体例をあげ、「女ことば」は実際のところ失われつつある現代のわたしたちが何にどう縛られているのかを考えていく。今さら言葉づかいだけを見直し正したところで、もっと深いところにある性別規範意識が変わらなければ意味がないし逆に社会が変わればいずれ言葉が変わっていくというのはそのとおりだと思う。 明治の開国のときに西欧のホモソーシャルやカップル社会を進んだ規範として受け入れ、騎士道と武士道のズレから似て非なる方向に進んで、いつのまにか世界的にも類を見ない男女格差が「伝統」になってしまったという見立てはなるほどと思った。 「僕っ娘」などについてくわしく考察している「第2章 人称と性」がとくにおもしろかった。子どもの世代を見ていると、女の子は実際「僕」「オレ」などを使うことで女らしさの規範から距離を置こうとしているし、男の子のほうも男らしさの規範にとらわれたくなければ、「僕」「オレ」をいつだれに使うかどうかけっこう考えてコントロールしている節がある。「性以前の透明な人間性」のみならず公私硬軟も関係なく使える「一人称」がない日本語の人称の世界はややこしいけれど、そこをていねいに腑分けしていくことで分かることがたくさんありそうで興味深い。
2投稿日: 2023.06.21
