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すべてきみに宛てた手紙
すべてきみに宛てた手紙
長田弘/筑摩書房
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総合評価

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    最近は、本屋に行ったときには、結構積極的に詩を手に取るようにしているけれど、やっぱり自分にとって長田弘さんを凌ぐ詩人はでてこない。 彼の書く優しいけれどカッコ良いは自分の憧れであると同時に、なんとなく懐かしい本当の居場所のような気もする。なんだか矛盾するような気がするが本当にそう感じるのだ。 長田さんの詩やエッセイは、気持ちの良さに身を任せてサラッと読んでしまうこともできるけれど、本当に深く読もうと思って立ち止まってみると、彼の使う言葉や単語を、自分が本当には理解できていないことに気づく。そこで辞書を使って調べてみる。言葉の意味が明確になる。改めて長田さんの詩を読んでみると、さっきよりも少しだけ詩が見せてくれる風景の輪郭がくっきりとして、味わいが深くなる気がする。長田さんの詩は、こういった体験も含めて、自分に幸福感を与えてくれる

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    投稿日: 2025.05.06
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    一滴ずつ、心に染み込んでくる文章でした。手紙、という名前がぴったり。 本という形になっていても、読んでいるひとりだけに向けて書かれている。それと同時に「いつでも、どなたもどうぞ」とも言ってもらえているようで素敵な文章でした。 優しさも厳しさもある。でもしんどさはない。 読む方も、少しずつ染み込ませるように読んでいきたいです。何度でも読む。 谷川俊太郎さんの解説もしみじみよかった。

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    投稿日: 2025.03.18
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    エッセイ。 一つずつが短いので、少しずつ噛み締めるように読んだ。 著者の優しさが伝わってくるような、文章だった。 谷川俊太郎さんのあとがきもよい。

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    投稿日: 2024.12.07
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    一人旅の道中、尾道の紙片にて、縦に積まれた本の山からたまたま手にした本 開いた頁のはじめの一節を読んで、これは今出会うべくして出会った本だと確信した 紙片に行かなければ、ぜったい出会ってなかった本 時間をとって、静かな場所で、大切に読んだ とてもうれしい出会いでした なにかを「途中で辞める」を初めて自分で選んだわたしへ

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    投稿日: 2024.10.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「記憶のなか」という言葉は、「心のなか」と同じ意味をもっています。そのなかに、驚きを書き込む。悲しみを書き込む。喜びを書き込む。そうやって、自分でつくりあげてゆくのが、記憶です。 「記憶という土の中に種子を播いて、季節のなかで手をかけてそだてることができなければ、ことばはなかなか実らない。じぶんの記憶をよく耕すこと。その記憶の庭にそだってゆくものが、人生とよばれるものなのだと思う」 (P、61) そのときはそうと思っていない。けれども、いつかやがてその人の決定的な経験をかたちづくることになるだろうものは、人と(誰と?)そこに共にいるということ、日々を共にするということです。(P、135)

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    投稿日: 2024.09.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    本によって読み方はいろいろですが、これは数ページずつ ちまちま ちまちま読みました。 この人の文章は本当〜〜〜に私の心を鷲掴みにします。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「読書中」という見えない札を、心のドアに掛けて、思うさま一人の「私」の「今」という時間を深くしてゆけるのなら、おそらくそれが、一人の「私」にとってもっとものぞましい読書のあり方です。 読書するとは、偉そうなもの言いをもとめるものでも、大それた定理をさがすことでもなく、わたしをして一人の「私」たらしめるものを再確認して、小さい理想をじぶんで更新するということです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 長田さん天才か。 このことばに出会ってから電車の中では本を手にしながら、 「みなさんからは見えないかもしれませんが、私の心には今、読書中という札が掛かっておりますの」 と、うつむいて微笑んでいます。

    1
    投稿日: 2024.06.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    詩人・長田弘氏が私たちに書き送る手紙39篇が収められている本。 どの手紙も言葉の一つ一つが味わい深く、それぞれの手紙に ハッとさせられる一言がある。 私は「行きどまりと思ったとき、笑い声が聞こえてきた」から始まる 中国の詩を紹介している手紙8と エミリ・ディキンソンの詩を紹介している”痛み”について書かれた 手紙39が特に印象に残った。 <手紙8からの抜粋> 人びとの日常の明証としての笑い声。 そうした笑い声をもつ世界のすがたを あたかも行きどまりのようにおもえる現在の向こうに、 あきらめることなくたずねること。 誰にも言われなくともしなければならないこと、 よくよく思いさだめておきたいことは、 どんなときも、たぶんそれのみ。 易しいようで、とても難しいこと。 <手紙39より抜粋> わたしはあなたが好きではありません。 しかし、人間の高慢や思い上がりを断じてゆるさないのがあなたです。 「痛み」があなたの名です。 一つの心が壊れるのをとめられるなら わたしの人生だって無駄ではないだろう 一つのいのちの痛みを癒せるなら 一つの苦しみを静められるなら 一羽の弱ったコマツグミを もう一ど巣に戻してやれるなら わたしの人生だって無駄ではないだろう あなたのことを考えるとき、いつも思いだす エミリ・ディキンソンの詩です。 ーーー そして… 「書くというのは、二人称をつくりだす試みです。 書くことは、そこにいない人にむかって書くという行為です。 文字をつかって書くことは、目の前にいない人を、 じぶんにとってなくてはならぬ存在に変えてゆくことです。」 長田氏のこの言葉は忘れずにいつまでも心に留めておこうと思った。

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    投稿日: 2023.02.19
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    エッセイ。 はじめから、最初の一行から、心に刺さりました。 確かにそうだ。と。 とても短くて、雑学があって、読みやすく、 あっという間に読み終え、 カフェで読みたい本に入れたかった。と 今更ながら感じました。 いつも手元におき、時間が空いたらふと読むような 本。

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    投稿日: 2022.05.17
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    詩と手紙と散文との境目が消失した名編。論ずることの不毛と、「引く(=引用)」ことのゆたかさを教えてくれている。これは、「体験」する本である。以下、後日を待つ(2022/05/13)。

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    投稿日: 2022.05.13