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本を読めなくなった人のための読書論
本を読めなくなった人のための読書論
若松英輔/亜紀書房
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総合評価

81件)
4.3
33
25
12
0
1
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「印象に残った言葉をノートに書き写す。引用ノートを作る」 まさに私が日頃やっていることです。本を読んで共感した言葉をノートに書き出しています。私の方法は間違っていなかったと確認できました。 「『読む』と『書く』は呼吸の関係。よく吸う(読む)ためには、よく吐く(書く)ことが重要」 なるほどそういう関係なのかとわかりました。手前みそですが、私はそれができている方なのではないかと思います。 今現在、私は本を読めなくなっていませんが、読めなくなったって焦らずにその気持ちに向き合っていけばいいとわかりました。

    3
    投稿日: 2025.11.15
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    本を読むためにはこうしたら良いよ!とか、HOWTO!みたいや本ではない。 大変ゆったりと、落ち着いた語り口で、 あなたに本が必要なときに、必要な本を、読めば良い。 読めないときは読まなくて良い。出会うべきときに、出会うべき本に、きっと会えるよ。 なにより、焦って何かのために読むよりも、切なるきもちで、自分の芯に刺さるもの、支えになるもの、染み入るものを、ゆっくり探したら良いさ。 という本でして、本を読むとは、自分との対話なのです、急がず焦らず、自分に本当に必要なものを、見つけましょう。 という本でした。 ————- 「ひとり」の時間が決定的に不足していました。 ひとりになって、自分と向き合うのを忘れていました。むしろ、恐れていたのだとも思います。 仕事に没頭するのは悪いことじゃない。むしろ、いいことだ。今は、わき目もふらず走る時期だ、そう思い込んでいました。 今から考えると、そんなときにも、ふと、それは違うのかもしれない、という思いが心をよぎることがあったのです。でも、走るのは止めませんでした。そうした内なる声を聞くのがいやだったのだと思います。

    12
    投稿日: 2025.10.26
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    読書が苦手な旦那の為に一読しました。 とても分かりやすかったのですが、もう一度読んだら違う感覚かもしれません。 言葉との出会いも大切に。 読書の秋を堪能してます。

    5
    投稿日: 2025.09.12
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    何度も反芻したい。 タイトルに、そして中身に救われた。 遅読ともまた違う、内省と対話のための取捨選択、そしてまた出会うための保存?という感じ。 本自体を、全般を、嫌いにならないため、仲直りするための本とも言える。

    0
    投稿日: 2025.09.09
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    自身の読書に対する姿勢や向き合い方を振り返り 思い起こすための一冊。「今」ではなくても「全部」でなくても良い。一節一句に出会うだけでも良い。読めない本を手に取ることも決して悪いことではない。

    0
    投稿日: 2025.08.30
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    メモ→ https://x.com/nobushiromasaki/status/1899577787339714881?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw

    0
    投稿日: 2025.03.12
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    読書スランプで悩んでいる時に出会えて良かった一冊です。読めないことに対する罪悪感が薄れました。また、新たに本を読めそうな気がしてきました。

    8
    投稿日: 2025.01.14
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    愛読書と出会えるまで、じっくり、気長に待ちながら、私に寄り添ってくれる本を読んでいこうという気持ちになる

    1
    投稿日: 2024.09.28
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    ずっと、本と生きていくと思っていたのに、ある時から本が読めなくなった。人生が一度壊れて、文字が頭に入ってこなくなった。 読書がなくても生きていける。でも私は読みたかった。本屋で気になる本を買って、でも読めなくてただ本棚に並べる日々を10年ほど過ごした。最近は少し読めるようになったけど、でも文字と自分の壁は消えない。 だからこの本のタイトルにすごく惹かれた。 読んでみると作者は、文字で紡がれる思いを、とても大事に思ってるんだなと伝わってくる。 この本はとても優しい。読めない私に読まなくても良いと言って、本の世界の道に灯りをともしてくれる。その道に行け、とは言わず、こういう歩き方もあるんだよ、と語りかけてくれる。その根底にあるのは、作者自身への本と言葉への愛だ。 「読書」をしなくてもいいのかもしれない。文字を読まないでも、書かれた印象的なコトバをひとつ拾って、心の中に落とせれば、それはもう素晴らしい本と人との出会いだ。 私はまた、本を読めるだろうか。以前と同じようには、読めないし、読まなくて良いのだろう。 この本がとても好きだ。本と言葉と人、読書への想いが行間から溢れてくるように感じた。図書館で借りたけど、手元に置いてまたじっくりと読みたい。

    10
    投稿日: 2024.08.31
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    この本自体も文字が大きく1ページの文字量も少なく読みやすい。昔本を読めなくなった時があって、その時のことを思い返しながら読んでたら、わかるなぁという言葉が多かった 少し抽象的な言葉が多かったけれども、読書してる人には納得のできる1冊だと思う。納得できなかったとしても、それでいいのだ

    0
    投稿日: 2024.08.21
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    読むことと書くことは呼吸のような関係。読めなくなっているのは、吐き出したい思いが、胸にいっぱいたまっているからかもしれません。 食べ物には賞味期限があるのに対し、言葉にはまったくといってよいほどない。 本はゆっくり、ゆったり、たしかに読んでいきたいと思った。

    17
    投稿日: 2024.08.05
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    ここで本が読めないは、重い考える本だろうか。エンタメ本や軽いエッセイしか読めない時は確かにある。考えさせられるノンフィクションは読めるときと読めない時がある。でも長く読めない時が続いたことがないのと、愛読本との出会いをそれほど意識して読んでいないので、現在の私には刺さらなかった。

    0
    投稿日: 2024.08.05
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    【この本を読む目的・きっかけ】 ●数年前、ブラック企業に勤務していた時、心身ともに疲弊して、全く読書をする時間がとれなくなった。そこからうまいこと転職ができて、自分の時間も持てるようになったのに、なぜか読書が再開出来なかった時期に買った本。この本も途中までしか読んでいなかったのだが、最近見つけて、何年かぶりに読了できた。 【自分の意見・気づき】 ●どの本を読むかが大事なのは理解できているが、それと同じぐらい大事なのが「いつ読むか」であった。自分には積読する傾向が多いが、興味・関心が強いものはそのときにすぐに読んだほうが良さそう。 【TO DO】 ●ネットで本を買わずに、できるだけ書店に行こう。その方が、そのときの自分にあった本との出会いがある。

    7
    投稿日: 2024.07.23
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    この本は詩だと思う。 「今を照らす一冊」に出会うこと。読書を始めるきっかけはこれしかない。いかに早くこういう本に出会えるかだと思う。その出会いはいつでも良いわけではなくて、自分が準備できていてはじめて出会えると。 効率的に大量に情報を吸い上げることが読書の目的になっている現代には刺さるコトバが多かったです。

    6
    投稿日: 2024.06.30
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    読むのさえ大変なのに、書くことなんてできない。 しかし、読めないから書く、書くことが読む力を養う。 文章を書く人は誰でも、書くたびに自分のおもいがいかに言葉にならないかを経験する。 書くとは自分の中にあって容易に言葉にならない何かを再確認すること。

    8
    投稿日: 2024.06.22
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    「読めない本に出会うことも重要な出来事」 という本書の言葉に慰められる。読書が生きがい(現実逃避とも言う)だが、読めないコンディション、読めない時期、読めない本は、存在する。 コンディションで多いのは、お酒を飲んだ時。ウイスキーを飲みながら小説を読むなんて憧れるが、私は無理だ。文章の理解が散漫になる上に、思考が読書の世界観から飛び出て、日頃の悩みに連結してしまう。読めない時期は、長く続かないが、生活に大きな変化があった時。それでも最近は、変化のストレスから本に逃げ込む事を覚えた。読めない本は、時に著者のせいにしながら。 ー 17世紀のフランスに生きたデカルトと言う哲学者は、この世界は言葉で書かれた大きな書物だと考えていた。生きるとは、様々な言葉によって、世界の秘密を読み解くことに他ならない。 どんな読み方をしても良いし、読まなくても良い。その言い方は優しいが、空虚。いや、空虚だからこそ圧がなく読み手が救われる。解釈は読み手次第。たまには良いのかも知れない。

    56
    投稿日: 2024.05.09
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    人生のうちで、本が読めない時期があってもよいのだ、といわれてほっとした。 本は全部読まなくてもいい、その時に読めるところを読めば、それがその人にとっての意味ある読書だ、とのこと。そう言われて、この本の後半はパラパラでめくって終わりにしました。

    1
    投稿日: 2024.03.30
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    読書にくくるのではなく、自分の言葉に出会うということをやさしく語っている。 様々な経験と、自己への語りかけが、実は本との出会い、言葉との出会いがうまれ、深まっていく。 言葉には様々な裏付けがある。

    1
    投稿日: 2024.02.18
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    このレビューはネタバレを含みます。

    速く読みたかったら速く読んでも良い。遅く読みたかったら遅く読んでも良い。 自分に合った歩調で、自分に合った場所へ…。 じんわりと心に響くような言葉がたくさんありました。 読まなければという焦燥感に対して、 読むって何だっけ?と立ち止まり考えさせてくれる本です。

    0
    投稿日: 2023.12.25
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    読書をするとどうしても読書数や読む速度など数字に意識が向いてしまうことが多い。しかし、読書において数字は重要ではない。大事なことは腑に落ちるかどうか。また、正しく読めていないのではないかと感じることもあるが、読書に正しい読み方というものも存在しない。 本を読めなくなった時はインプット過多なのかもしれない、そういう時はアウトプット(書いてみる)ことで本を読めるようになるかもしれない。その際、重要となるのは上手に書かないこと。

    1
    投稿日: 2023.12.23
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    読書が出来なくなった人向けなのに、それについて本で読むという若干の矛盾を面白く感じながら読書。 私も少し読書が進まない状態だったので、丁度よかった。 文字もびっちりではなく、文章も読みやすくて、 優しいスープのような1冊。 全部読まなくてもよい、 読み切る必要もない、 好きなところから読んでもいい、 「言葉のジュース」をつくる 言葉は人生という旅の「薬草」である。 気になった方はおすすめします。

    6
    投稿日: 2023.11.30
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    速く多く読もうとしなくていい 読めなくなったら書けばいい ジャーナリングを始めてから、 ジャーナリングをしている方の多くは 読書が好きだったり、その逆だったり 2つとも好きな方が多いなと感じていましたが、 その答えがこれか、と気付かせてもらえる一冊。 本当に素敵な言葉がたくさん。 途中で本が読めなくなる人、 そもそも読もうと思えない人だけでなく 本を読むのが大好きな人など 色んな人が読んで楽しめる内容だと感じました。

    0
    投稿日: 2023.10.14
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    自分の場合、本を読めなくなった状態から本を読まなければという気持ちが生じた。 そうした思いに対して「待つ」ことの大切さを説いてくれている。 本が自分を待ってくれている。 一方で、自分が本を待っている。 そういう時間があることを教えてくれた一冊。

    2
    投稿日: 2023.06.04
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    感想 読まずに本を楽しむ。レビューを読み聞き、内容を再構成する。だが本そのものに接近できない。実際に読むことは自己変容を受容すること。

    0
    投稿日: 2023.06.02
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    【こんな人にオススメ】 野比:( ³з³)社会人になって、読書してないことに焦って、会社の同僚からオススメ聞いたり、売上上位の本を読んでも、最後まで読みきれないよドラえも〜ん! ドラ:((=゚♀゚=))/本書読んどけ 【感想】 下記のような読書体験しかしてこなかった私には非常に心に刺さる言葉が多く、本書表現にでてくる「コトバ」を感じることができ、満足度も高かったです。 ・学生の頃全く読書をしなかった。 ・社会人になり、焦って読書をし始めた。 ・主にジャンルは自己啓発系。 →何冊か読むと「いかに効率よく筆者が伝えたい要点を理解できるか〜、インプットとアウトプットが〜」という考えがずっと頭の中にあり、書いてること重複しているという感想が多くなってきたため、自己啓発系のジャンルに縛られるのがつまらなくなってきた。 ・パッケージで惹かれた本を中心に買うようになった。しかし、途中で読むことが作業に感じてしまい、読み進めなかったことで自分は読書ができないと評価してしまう。

    0
    投稿日: 2023.04.17
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    自分はすっかり大人になった今でこそ少しは本が読めるようになり、楽しんだり励まされたり、ポジティブな感情を味わうことが出来るようになりましたが、学生の頃は死ぬほど本が嫌いだったので、その頃の自分にぜひ読ませてあげたいと思う一冊でした。 本を最後まで読み通せないことに罪悪感を感じたり、「自分はこの本を正しく理解できない」という錯覚に囚われて劣等感を抱える必要はないんだ、と。 それがわかるだけでもずいぶん生きやすくなるんだぞと、過去の自分と同じように本との向き合い方に悩む若い人におすすめしたいです。

    2
    投稿日: 2023.04.09
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    まずこの本はタイトルの通り、「本を読めなくなった人」への特効薬にはならないという点に注意するべきだろう。 なぜなら本が読めなくなった人はこの本を読めば治る、と言った明確な答えは示されていないからである。 しかし、そんな人にとって何の意味もないのかと言われれば否である。「正しい読書の方法」「読書の量は多い方がいい」と言った、読書の悩みを気楽に考える術を筆者の実体験をもとに示してくれている。 私自身、高校生になって本の内容を完全に読み取ろうとしたせいで、繰り返して読むことが多くなってしまい、本が読めなくなった。 しかし、この本が教えてくれた「気楽に」ということをキーワードに読書していこうと思う。

    3
    投稿日: 2023.03.01
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    平易な言葉で語りかけるように書かれた良書。 去年は全然本が読めなくて、本以外のインプットも全然できなくて、もうどんだけ脳と気持ちが老化してんのよ、と、暗澹たる気持ちだったのが救われました。 薄鼠色に細かな草の型押しがされた表紙の紙も素敵。 もう一回読みます。

    1
    投稿日: 2023.02.01
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    なぜ読んだ? 最近、あまり本が読めていない。研究に関する本や論文を必要に駆られて読むことはある。しかしその読みは苦しく、逃げ出してしまうことが多々ある。 趣味を仕事にしたら楽しくなくなるとはよく言ったもので、仕事で「読む」をするようになると、不思議と趣味での「読む」がなかなかできなくなる。 そんな葛藤を抱えながら、久々に1人で図書館をさまよう時間を取った。終わらせなければならない課題を抱えて図書館に来たものの、心が浮いたので机には座らなかった。研究で使う理系チックなコーナーではなく、分野の外れた文系チックなコーナーに惹かれた。そこで、まるで私のために書かれたようなこの本を発見した。 感想総論 今の自分が合うべくして合った随筆であった。 本を読まないでいると、いろいろな不安が心に表出してくる。本を読みたいのに読めない。もしかして、本心では読みたくないのではないか。本当は読みたくないのに、本を読みたいと思っている自分でありたいから読みたいと思っているだけなのではないか。本を読まないから、自分はこの頃深いインプットを得られていないのではないか。本を読まないと、自分と向き合う時間がなくなり、周りの環境にただただ流されていってしまうのではないか。 そんな不安を抱えた自分をふんわりと受け止めて、抱擁してくれるような本だった。読めない自分を肯定してくれて、前を向かせてくれるような本だった。 「本はたくさん、速く読まなければならない」「知識を得るために本を読まなければならない」「一冊全部読み切らなければならない」 読書好きが内面化してしまっているこんな価値観から、解き放してくれるような本だった。 読みながら、不思議と少し涙が込み上げてくることもあった。随筆で泣くことは初めての経験だった。自分が無意識に抱えていた苦しみを、悩みを、緊張を、優しく解きほぐされた感覚である。言葉によって心をマッサージされた感覚で合った。そして、本を読むのが好きだった自分のことが思い出され、失っていた感覚が取り戻され、本に夢中だった自分という「書物」を「読み直した」(p77参照)。

    2
    投稿日: 2022.12.10
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    まさに数年間、抑うつ状態の後遺症?のせいで小説を読めなくなっています。本が好きで、積読本がたくさんあるのに。そんな私でも、ゆったりと読める文体。いわゆる読書術のハウツー本ではないので、詰め込まれる感じがないです。アウトプットの大切さ(といってもこういうフォーマットで、とかではない)、自分に引っかかる言葉に出会うのを、じっくり待つことを理解できたように思います。

    1
    投稿日: 2022.10.10
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    無理に読もうと思わなくていい、本を読むことには機というものがあるという主張を為す本。 私にとってはありきたりに思われる内容で、この本と出会う機ではなかったようだ。

    1
    投稿日: 2022.09.26
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    今回の本は、本屋で「はじめに」を読んですぐに購入を決めた。 「文字を眼で追うことはできるし、書かれている内容も理解できる。でも、まったく手応えがない。言葉に見棄てられたような感じがしました。連絡をしても返事がこない、そんな人との関係のように言葉が遠く感じられました。」(p.3) 読書しなくちゃという焦れば焦るほど、「ちゃんとした」読書ができていないようなモヤモヤした思いが最近大きくなってきていました。この本は、終始「焦ることはない」というアドバイスをくれ、乱れていたペースを整えることができました。 「まずは、時間をかけて、ゆっくりと言葉との関係を整え直していきましょう。繰り返しますが、あせりは禁物です。」(p.72) 読書で大切なのは、確かに読むこと。それによって情報の入手としての読書から、経験となる人生のための読書へ昇華させることができるのだといいます。以前のように読めなくなった自分を情けなく思い焦っていたけど、「言葉の断食」の期間からの復食期なんだと思いなおして、今の自分が読めるものを確かに読んで、自分の血肉にしていきたい。

    1
    投稿日: 2022.09.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    読むことの本質に立ち返ることができる。読書においての「対話」では効率を求めず、「待つ」ことがもっとも大切。その行為は、日ごろ感じているよりもずっと、本質的かつ創造的な営み。一番、心を掴まれたのは“本を読む人が心を閉ざしたままでは、「小さな声」は聞き取れません。「効率」という考え方を忘れ、読む人が心を開いたとき、書物もまた、何かを語り始めるのです。”という箇所。この言葉に勇気づけられた。

    1
    投稿日: 2022.07.02
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    40を過ぎてから,明らかにいままでと本との付き合い方が変わった.端的に言えば,多くの本が読めなくなった.読むのに2倍,3倍の時間がかかるようになった.本を買ってから手に取るまでの熟成期間(といえば聞こえがよいが,積読している時間)は軽く数年単位である. それだけでなく,若い頃から著者買いしていた小説家の作品をふとあるとき読み返しても,以前読んだ時のような感情を抱かなくなっている自分に,驚きというか,そういうことが自分の身にも起きるんだ,と他人事のような感慨を覚えた. という状況で本書を手に取ったので,同じ病気を経験した人が入院あるあるを交換しあって親交を深めるかのように,著者の言わんとすることを聴いた.

    2
    投稿日: 2022.05.25
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    本はぜんぶ読まなくていい。たくさん読まなくていい。 本を読まなきゃ…。でも読めてない…。という焦りを感じたことがある方も多いのではないでしょうか。本書は、そういった思い込みから解放され、人生の言葉と「たしかに」出会うための考え方を教えてくれます。 本が読めなくなったのは、内なる自分からのサイン。だから、読めないときは、無理をして読まなくていい。読めない本にも意味があるから、積読でもいい。

    5
    投稿日: 2022.05.08
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    読んでるうちに段々とセラピー受けてるような気になってきた。 読書法でも読書術でもなく、読書論。 読書に対する構え方…と、硬くなる事もなし。

    2
    投稿日: 2022.05.07
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    本を読めなくなった時は無理に読もうとせず、心の中で思っている事をテキストで書きだすと良い、という部分が読んだ時は説教ぽく感じて違和感があったけど今はむしろ助けになっている。自身が感じている問題を文章にして頭を整理する大切さを説いていると感じた。

    2
    投稿日: 2022.04.15
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    読むこと、そして書くこと。ふたつがつながることでさらに豊かな時間となる。納得。アウトプットの大事さを忘れていた自分に気づいた。 時に、自分の読書に自信を失ったとしても、この本のおかげでとても前向きになれる気がします。

    3
    投稿日: 2022.03.13
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    「本を読めなくなった」と思ったり、この本を手にとってみたという人は、「本を読みたい」または「本を読もう」という気持ちはある人でしょう。 「読みたいのに読めない」と思っている人向けでしょうか。 私は司書になるまでは、もっぱら読むのは自己啓発的な本、語学が好きなので語学上達法とか海外生活エッセーとかに偏っていました。 司書になって「物語」や「児童書」を読み漁るようになり、本来の読書の楽しさを取り戻したような気がします。 「物語」を読むにあたっては、本書の「全部読まなくていい」「最初から読まなくてもよい」というのは当てはまらないと思いますが、ほとんど本を読まないという人が読もうとするには、こういうことから始めないといけないのかな、と思います。 『ほんとうに本を読みたいのであれば、よい本を手にするだけでなく、ひとりの時間を確保しなくてはなりません』 もともと夫と娘はかなりの読書量で私もひとりが好き。「家族で週末に買い物」なんて全く興味がないのも家族としてどうなの?と思ったこともありましたが、やはりひとりの時間は譲れない! 『本は多く読む方がいい。本当でしょうか。これまで見てきたように、言葉が心の食べ物だとしたら、多く食べることがよいことなのでしょうか。あるいは速く食べることがよいことなのでしょうか。』 テレビやゲーム、インターネットは見る時間、やる時間で調査されるのだから、本も、冊数ではなく時間で考えてもいいと思います。そして、1日5分でも本を開いてみる時間があれば、全く触らない人と、大きな差が生まれるのではないでしょうか。 こんなに読みたい本、読める本があると知らなかったときは、移動中やスキマ時間にSNSばかり見ていましたが、やはり他人のことを知るのは楽しいことばかりではなく疲れることのほうが多かった気がします。 本を読むときは一対一、攻撃してくる人はいません。 司書の仕事を離れても、自分の時間を大切にし、「しみじみ心が温かくなる」本との出会いが続くように、と思います。

    8
    投稿日: 2022.03.12
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    積読が多い自分ですが、読書に対してすごいハードルを下げてくれたような感じでほっとしました。 焦らずゆっくりと自分のペースで読んでいいんだと、読書を楽しめそうと思いました。

    1
    投稿日: 2022.03.01
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    すごく気持ちが楽になった まず、この本自体が読みやすくて 小さい文字でびっちり とかではなく 大きなフォントに短く 優しい言葉で綴られていて 一章も短くわかりやすく そもそも本が読めなくなって 困っている人が手に取るであろうわけで 読みやすくて サクサク読める それだけで、あ、読めた…と思って 読書に戻る第一歩になった どれだけ読んだとか いかに吸収したとか 良書であるとかないとか そうじゃなくって 読書とは、旅のように 人との出会いのように 言葉のその先にある 自分の感じるものに出会う体験なのだから 読みたいところだけ読んだっていいし 一冊を何年かけて読んでもいい なんなら読み終えなくてもいい 読書って、本来 人それぞれにとって違う体験なのだから 正解はない 自由だ 好きなように、感じるように 読めばいい 読めないなら無理やり詰め込まなくていい

    1
    投稿日: 2022.02.27
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    ・ひとりの時間の過ごし方を身につけることと、本を読むことは別のことではありません ・大切なのは、言葉に出会い、言葉を糧とできるかどうかであって、多く読むことではありません。大切なのは「たしか」に読むことです ・この小説を読むのには、人生の時機がある。読める人には読めるだろうが、時機が整わない人は読み進めることができないだろう、というのです ・言葉は多く読むことよりも、深く感じることの方に圧倒的な意味があるからです ・大げさに聞こえるかもしれませんが、読書への態度は、人生への態度と似ています ・むしろ、速い、遅いという枠組みから飛び出ることです。時間や読んだページ数を気にしないで、ただ、言葉と向き合うことです。

    4
    投稿日: 2022.01.16
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    どんな本を読むのも、どう読むのも、読んでどう思うのも自由である、自分の感覚を大事にするということをひたすら書いてくれていて嬉しかった。 本を読めなくなっていない人が読んでも参考になる読書論と思った。

    1
    投稿日: 2021.11.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ちょうど本を読めなくなっていた、本と向き合う時間が減っていた自分を見つめなおすために読んだ1冊。読めなくなった人がターゲットということもあり、ボリュームとしては非常に読み切りやすいボリュームだった。 本書の中では「本をたくさん読むことのみが正義ではないこと」「1冊1冊と向き合うことの大事さ(書くことによってじっくり向き合える)」「すべて読み切る必要はなく、1つのフレーズでも響いた言葉があればそれで終わってもOK」と、読書のハードルを下げてくれるそんな1冊だった。 直近は読む冊数や正しい読み方を追求するあまり、自分の内面が本を読んでどう感じているか?といったことを疎かにしてしまっていた。ただ、本書の中でも出てくるが著者の本の内容が入試や模試で取り上げられ、問題を解いてみても著者が間違えることが多々あるように、読み方に1つの正解はなく、一人ひとりの読むタイミングなどによって響く場所などは変わってくるため、今後は冊数にこだわるのではなく、1冊1冊を丁寧に読んで、自分がどう感じたか?を対話しながらアウトプットしていくことを大事にしていこうと再認識させられた。

    4
    投稿日: 2021.11.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    読書慣れしていなかった自分にとって、無理せず色々なジャンルに挑戦し、言葉をコトバとして感じる位ゆっくりと文字を読んでみようと思った。 そして書く事も。。。 時間は沢山かけても良いのだから。 言葉が優しく丁寧で、一気読みした。 一番好きなフレーズ : 【あなたが、私をほんとうの「わたし」にしてくれた。あなたは、私のいちばん大切な人であるだけでなく、私よりも私の近くにいる人だということを伝えたい。】

    1
    投稿日: 2021.10.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    NHK「100分de名著」で著者を、SNSで本書を知り読んだ。丁寧かつ本質を突いた言葉が、自分の中に染み込んでいくのを読みながら感じた。 知識を得るためだけでは終わらない、正しさを求めない、ひとりの時間を大切にするための読書を今後続けていきたい。読めなくなったらひと休みしたらいいのだから。 著者の言葉でしっくりきたのは「読む」と「書く」は呼吸のような関係だということ。読めなくなったのは、吐き出したい思いがたまっているから。上手くなくていいから書き出してみる。 読書も、食事と同じで、量より「質」だなと思った。

    6
    投稿日: 2021.10.08
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    読みたいときに、読みたいとこだけ。 どこまでもあたたかなことばに包まれて、理解が及ぶ前に心が動いた。それだけで本を読むという行為へのありがたみが蘇ってきて、(そうだ、こんな感じだった)と楽しくなった。 文体以外にも、ページの上下が余白たっぷりに取られていて、それがすごく読みやすかった。 すきなのに嫌気がさしてたまらないときに、熱のときのお粥みたいな、そんなように入ってくる。お薬ほどは苦くない。

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    投稿日: 2021.09.29
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    正しい読書は存在しない 他者と読み方を比べる事をやめる 自分は楽しみのため 未知なる出会いのため 時間を過ごすために本を読む 何も残らないのが気になる 言葉の意味?経験?  山に例えられる 高い山に登頂するよりも何かを学んだり気付くこと 美術館で解説文にとらわれてしまう事がある 本当は自分で感じるのがいいはず この本では「肌感覚」と表現されている 「あたま」だけで感じていると情報以外の意味が受け取れなくなる 本当に求めているものは内面にある 自己との対話を続ける 青い鳥ってやっぱり近くにいるのかな

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    投稿日: 2021.09.10
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    言葉を五感でゆっくり感じることの大切さを教えてくれます。言葉がキリスト教っぽいと思ったら筆者がクリスチャンでした。

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    投稿日: 2021.08.06
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    【4回目】オンライン読書会の機会を得ての4回目。もはや、私の読書論なのか、若松さんの読書論なのかがわからなくなってきている。本を読めないというのは、理由が合ってのことで、そこに喜びを見いだせなくなっているからであり、ムリをして読む必要はないとされている。おそらくだが、読めない理由の一つは、「身」が固くなっているからなのではないか。また、読めない理由は「外部」ではなくて、自分の内にあるとも。探さなければならないのは、自分のための「コトバ」であって、それは自身の内側にこそあるのだとされている。感銘深い。

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    投稿日: 2021.07.05
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    本が読めなくなったのは、内なる自分からのサイン。だから、読めないときは、無理をして読まなくていい。読めない本にも意味があるから、積読でもいい。知識を増やすためではなく、人生を深いところで導き、励ます言葉と出会うためにする読書。その方法を、あなたと一緒に考える。(e-honより)

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    投稿日: 2021.05.11
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    実はこの本読み終わってません。 「本は、ぜんぶ読まなくていい。たくさん読まなくていい」という帯のことばを傍らに、たまにパッと開いてそこを読むということにしようと思っています。なんだか一回読んで終わりというおつきあいでは寂しいので。

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    投稿日: 2021.05.09
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    最近、何のために読書をしているか分からなくなっていた為に手に取ってみた。 最近の私の読書は人に影響され、とにかく足りない知識を補うために大量のインプットを求めて結果的に「読まされていた」事を改めて認識。 本来、読書というものは1人の時間という「孤独」の中でゆっくり、ゆったりと時間をかけて本との対話を行うものだという本質を思い出す事が出来た。 人や、流行に流されず自分の内なる心に正直になって読書を楽しんでいければと思う。

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    投稿日: 2021.04.26
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    本の読み方に正解はない。速読、多読など色々あるが、そういったものにとらわれずに、自分にあった読み方で読むのが重要。そして、読書において知識を得ようとすることよりも「肌感覚」を大切に読むことが重要であるという箇所に共感しつつ、これまでの体験から自分の読書観になるかもしれない。 読書術ではない、読書の魅力が書かれた本でした。

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    投稿日: 2021.04.24
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    一気に読み進めることができた。 …書店に行ってみる。しかし、本を探さない。眺めるように見て、本との出会いを待つ。 …本を読めなくなっているというのは、新しい読書の次元が開けるという人生からの合図。

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    投稿日: 2021.04.19
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    自分の読書はこれでいいのか、このまま読書を進めてもいいのか、と行き詰まったときに手にしました。 「本が教えてくれるのは、新しい情報というよりも、すでに心の中にあるのに、私たちが見過ごしてしまっている何かである。」 の一文に納得させられました。引き続き、孤独の時間を生み出したいと思います。 2021,3/21

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    投稿日: 2021.03.21
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    本を大量に買ってはいるけども全然読めなくなってしまったのでこの本を買ってみた。 本は全部読まなくてもいいし、どこから読んでもいいということが書かれており少し気持ちが楽になった。

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    投稿日: 2021.03.07
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    ーー時間をかけて「たしか」にできるようになることだけが大切で、速くできてもよいことはほとんどありません。(49頁) 若松先生の著書は、私にとって出逢いに満ちている。読み終わってこれほど「満ち足りた」思いになる著者さんは、今のところ、他にない。 若松先生は本書において、言葉との出会い、本との出会いを、性急に求めることを戒め、「自己との対話」の中から「切なるもの」を見出す大切さを説く。同様のことは『詩を書くってどんなこと?』でも述べられていて、これは若松先生の言葉に対する態度の基本姿勢なのだろうと思う。そしてその「切なるもの」とは「すでに心の中にあるのに、私たちが見過ごしてしまっている何か」なのだと。 速ければ速いほど、正しければ正しいほど、多ければ多いほど、便利なら便利なほど、よい。そういう現代社会が仕掛けてくる色々な縛りは、結局は私たちを私たち自身から遠ざけ、自己疎外からくる承認不安や過剰なまでの承認欲求を呼び込んでしまう。読書はそうした危機に待ったをかけるための薬にもなりうる。人らしく、自分らしく、は、自己の「切なるもの」との時間をかけた対話から始まることなのだろうと思う。 とはいうものの、私はどうも速読のクセが抜けきらない。ので、これからも付箋に書き込みながら、あるいはブクログにメモを残しながら読むようにしていこう。書くとその本の印象が強くなって、人に伝えるにも話がしやすくなったような気がする。書くことは「切なるもの」への感度も磨いてくれているように思う。 さて、モチベーションが上がってきたし、次の本を読んでみるか。で、もうしばらくしたら、本書を再読してみようと思う。

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    投稿日: 2021.02.04
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    本が読めない。特に小説がーーー。 数年前から徐々に徐々に私の中で小説離れが起こっている。 興味を持って読みはじめるが、数ページで断念した本たちがだんだんと積み上がる度、罪悪感を覚えていた。 読みたい、という欲望はあるものの、読めない自分に自信をなくしてゆく日々。 自信をなくす、というよりも残念、といったほうがいいかもしれない。 思い出すのは子供のころの、青春時代の、小説との蜜月。 あの頃に戻りたいーーー。 と思っていたところで、この本のレビューを見かけた。 無性に読みたくなり、再読を決行。 結果、安堵した。 読みたいのに読めないのは自分だけじゃない事。 読めなくても良いこと。 無理に読む必要はなく、読めるときがくるのを「待つ」こと。 再度いろいろ教えてもらった。 というか、骨身に染み込んでいて、自分で考えついたと思ったことも、この本に書いてあった。恥ずかしい。(よくあるのだ) 若松さんの文章は、私が人生経験不足だからなのか、時折よく理解できないところもあったが、読んでいると落ち着く。 「本が読めなくなった」人たちに優しく寄り添う本だった。

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    投稿日: 2021.01.29
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    私は最近、近年まで好んで読んでいた本のとある分野(はっきり言ってだいぶ前から恋愛物と、最近ではミステリーなんですが)を読んでいて、読むのが辛いと感じることが多くなってきていた気がしていました。 それで、この本のタイトルは前から気になっていました。 読んでみて、今の自分に必要なたいへん良書だったと思いました。 以下自分にとって重要と思われるところを何か所かメモしました。 〇出会うべくして出会った本(言葉)が教えてくれるのは、すでに心のなかにあるのに見過ごしてしまっている何か。 〇本に呼ばれるようになってくると「読む」世界の光景はまるで違ったものになってくる。 ↓ 昨日まで、まったく関係がないと思っていた本が昔からの知人のように思われてくる。 〇本を読めなくなった。ということは、自分の旅は自分で作るときがやってきた、という人生からの合図です。 ↓ ほかの人たちがやっているように、ではなく、自分にあった場所へ、自分にあった歩調で進んでいく。 そして、世の中が見えるものではなく、そのときの自分が見つめなくてはならないものを「観る」ことを、人生が求めているのです。 〇かつてのように読めなくなっている。それは情報以外のものを摂りいれなくてはならない。新しい「読む」感覚を取り戻さなくてはならない。という「からだ」からの合図かもしれません。 〇肌感覚が戻ってくると、二つのことがはっきりしてきます。 ①自分にとって不要なもの ②自分にとって本当に必要なもの ↓ 「求めよ、さらば与えられん」という新約聖書の言葉は本との出会いにおいても真実。

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    投稿日: 2021.01.28
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    ブクログユーザーさんの紹介で知った本。 本を読めなくなったことはないけれど、著者も言っている「読む」と「書く」をずっとセットにしてきたのが良かったのかもしれない。その読むと書くをセットにしたのは、小学1年の時に読書感想文コンクールで賞状をもらったことなのかもしれない、ということを思い出した。

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    投稿日: 2020.12.24
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    書店で見かけて気になっていた。”悲しみの秘儀”、良かったし。この度、行った図書館に置いてあったので、その場で読了。そもそも、本を読めなくなっていない訳だから、少なくとも今の自分には必要ないものだった。今のところその気配はないけど、読めなくなったとき、本書の存在を思い出せたら良いな。

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    投稿日: 2020.12.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    読めない心にそっと寄り添う優しい語り口の本。本は外側から知識を得るものだけでなく、言葉を通して未知なる自分に出会うもの。自分の内側と響き合う言葉に出会うことに意味がある。 本を食べ物や薬に例えた話がしっくりきた。適量は個人により違う。

    1
    投稿日: 2020.11.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    たくさん読まなくてもいい お気に入りの一冊ではなく、一章や一文でもいい 本は全部読み切らなくてもいい これらの言葉にとっても納得。 学生の頃、読書が苦手で読書は勉強と同じで しなければならない義務だと思ってた。 それがステイホーム期間で本を読んでみようかな? という軽い気持ちから、 いまは趣味と言えるレベルまでハマってる いろんな人の価値や経験に出会える、 ひとりの時間を楽しむ、と本にも書いてあったけど 本当にその通り。 映画とはまた違った完全なひとりを楽しめる気がする

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    投稿日: 2020.09.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ただひたすら優しい本。誰も優しくしてくれないと思ってたけど、本が優しくしてくれることもある、まだ希望がある。長田杏奈さんの美容本もそうだったけど、自分を痛めつけることはない、ありのままでよいと言ってくれる。 あと、読書はひとりになる時間っていうのは発見。確かに絶対的に一人だわ。でも寂しくはない。

    1
    投稿日: 2020.09.13
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    『読書をできるようになるための鍵は、あなたの内側にある』 「読書しなくなった人」、もしくは「読書できなくなっている人」に対して、読めるようになるためのアドバイスがしたいと常々思っているので読んでみた。 全三章で構成されていて、ページ数は200ページもない。 内容も読みやすいように意識して編集されていると感じる。 まさに、「本が読めなくなった人のため」の本。 まずはこの本から読んでみてほしいという著者のメッセージを感じた。 いくつか著者の読書論には共感もできた。印象深いフレーズもちらほらある。 『世の中には「正しい」読書というものは存在しません。無数の、さまざまな読書があるだけです。』 などがそう。 読書術などのノウハウ本ではなく、タイトル通り主に読書に対する考え方を教えてくれる一冊。 大まかなポイントは以下。 ・多読も速読もいらない。自分らしく読書をすればいい。 ・運命的な一冊ではなく、運命的な一文を探すように読書する。 ・「読む」と「書く」は、呼吸の関係。 ・ひとりの時間を確保する。そして、書くことから始める。

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    投稿日: 2020.08.14
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    この人の文章の優しさと比喩に惹かれました。本を読めなくなったわけじゃないけど、読んで良かったと思う本

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    投稿日: 2020.07.24
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    仕事関係の本を「読まなきゃ」。勉強関係の本を「読まなきゃ」。話題になっている本を「読まなきゃ」。 そんな感じになって、読んではいるけど今一つ楽しくないなぁという気持ちになっていたときに出会った。 「最初から読まなくていいよ」「全部読まなくていいよ」「無理して読まなくていいんだよ」という感じで、少し気持ちが軽くなる。 ただ、仕事関係の本は読まないといけないんでね...というのはあるけど。ちょっと距離を測り直す、みたいな気持ちにはなった。

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    投稿日: 2020.07.17
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    読み書きどちらも自分は人より遅くてコンプレックスに感じることがあったけど、ゆっくりでいいから読み書きのサイクルを続けていこうと思えた。 >「読む」ことと「書く」ことは呼吸のような関係です。読めなくなっているのは、吐き出したい思いが、胸にいっぱいたまっているからかもしれません。

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    投稿日: 2020.06.04
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    3月に学部最後の期末を終えてからそれまで積んどいた本や新たに買った本を読みたい読みたいとは思っていたものの一向に手が本へ伸びなかった。それからもう一ヶ月以上経ってしまった。新学期も始まり山のようなreadingが押し寄せ始めた。そんな中、ようやくまず読むのはこれ!と決めていた本書を読み終えた。 大きめの文字や、上下にたっぷり取られた余白に「本を読めなくなった人」へのやさしさを感じる。 読書会の約束もしていたのに、自由に本が読める貴重な期間であったのに、一冊たりとも読めなかったこの1ヶ月を別に悪いことではないと許してもらえたような本だった。いや、この本を通して自分で自分を許せたのかな。さあ、次の一冊もちょっぴりせかせかしつつ自分のペースで読んでいこう。

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    投稿日: 2020.04.18
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    本を無理して読まず、読めないときはどうするか、スローリーディングしようという本。意外と考えたことのないことが言葉にされていて、参考になった。

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    投稿日: 2020.03.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

     書くという経験でもっとも重要なのは、「うまい」文章を書き上げることよりも、自分という存在を感じなおしてみることなのです。むしろ、「うまく」書こうとしたとき、自分の心をよく感じられないことも分かってきました。 「うまく」書こうとする気持ちが、心の深みへと通じる扉を見えなくしてしまうのです。(p.41) 「読む」とは、今日まで生きてきた、すべての経験を通じて、その日、そのときの自分を照らす一つの言葉に出会うことにほかなりません。  読書とは、印刷された文字の奥に、意味の光を感じてみようとすることなのです。読書とは、自分以外の人の書いた言葉を扉にして、未知なる自分に出会うことなのです。(pp.78-79) 旅とは、行く先々の光景を扉にしながら、自分の心のなかを見つめようとする営みだともいえそうです。 このことに気がつけば、旅はどんなところへ行っても発見があるものです。あまり快適ではない旅だったとしても、思い出深く印象に残ることがあるのはそのためです。(p.120) 本が読めなくなった、というのは、決まりきった名所見物のような「正しい」読書というたびにはもう、喜びを感じられなくなったということです。 そう考えてみると、読めなくなるということをきわめて自然なことのように感じられます。 ゆっくりと光景を眺めて、さまざまなことを感じ直し、これまでの人生とこれからの人生を深く見つめ直したい、そう思っているときに、見方を決められ、せかされているわけですから、いやな気持ちがして当然です。 本が読めなくなった、ということは、自分の旅は、自分で作るときがやってきた、という人生からの合図です。 ほかの人たちがやっているように、ではなく、自分にあった場所へ、自分にあった歩調で進んでいく。そして、世の人がみるものではなく、そのときの自分が見つめなくてはならないものを「観る」ことを、人生が求めているのです。(pp.121-122) 読書で大切なのも「肌感覚」なのです。 「肌」で情報以外の意味を受け取ることができるようになると、次第に情報もしっかりと受け止められるようになります。しかし、逆はうまく行きません。「あたま」に情報が先に入ると、肌感覚は休眠することが多いのです。(p.129)  本が読めなくなっているということは、「からだ」からの肌感覚を取り戻せ、という合図なのかもしれません。  情報収集としての読書に「からだ」が拒否反応を起こしているのかもしれないのです。  かつてのように読めなくなっている。それは情報以外のものを摂りいれなくてはならない、という「からだ」からの合図かもしれません。(p.130) 「見る」を「読む」に、「物」を「言葉」に置き換えて読んでみてください。 どう見たのか。じかに見たのである。「じかに」と云うことが他の見方とは違う。じかに物が映れば素晴らしいのである。大方の人は何かを通して眺めてしまう。いつも眼と物との間に一物を入れる。ある者は思想を入れ、或者は嗜好を交え、ある者は習慣で眺める。(『柳宗悦 茶道論集』)(pp.136-137)  直に「物/言葉」にふれればそこに意味をありありと感じることができる。だが、そのためには3つのことに気を付けなくてはならない、と柳はいいます。  1つ目は「思想」です。世の中にはさまざまな「思想」があります。どんな思想でもそれを通じて見ると意味が歪んで見えてしまう。  2つ目は、「嗜好」です。もっと平易な言葉でいうと、「好き嫌い」です。好きか嫌いかの判断を先にすると、本当の姿が見えなくなる。 3つ目は、「習慣」です。先月読んだ本だから、もう読まなくてよい、という態度を柳は戒めます。人は、日々、変化している。日々、新しく世界と向き合っている。昨日興味を持っていなかった本に、今日、「人生の一語」を見つけることは、けっして珍しくないのです。(p.137) 訪れるもの、呼びかけ来るものは、いつ来るかわからない。そのいつ訪れるかわからない物が、いざ来たという場合、それに心を開き、手を開いて迎え応ずることのできるような姿勢が待つということであろう。邂逅という言葉には、偶然に、不図出会うということが含まれていると同時に、その偶然に出会ったものが、実は会うべくして会ったもの、運命的に出会ったものということをも含んでいる。(唐木順三『詩とデカダンス』)(p.169)

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    投稿日: 2020.03.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    少し前、本が読めなくなった。 読みたい気持ちが起こらなくなった。 そうしたらこの本が目についたので、買ってはみたものの、読めずに放置。 最近は本が読めるようになったので、この本を読んでみた。 何だか自己矛盾しているようだけど、そういうことになってしまった。 私の場合、本を読めなくなったのは気持ちの問題で、いろいろと「頑張らねば」と肩ひじを張っている自分に疲れて、心が一休みを要求したのだと思う。 今にしてわかる。 そういう時は無理して本を読まなくてもいいのだ、と。 だけど、心は休養を求めても、頭が読書を求めていたから苦しかったんだよね。 ”読書で大切なのも「肌感覚」なのです。 「肌」で情報以外の意味を受け取ることができるようになると、次第に情報もしっかりと受け止められるようになります。しかし、逆はうまく行きません。「あたま」に情報が先に入ると、肌感覚は休眠することが多いのです。” なるほど、そういうことか。 若い頃より読みたい本は増えているのに、若い頃より読むスピードが落ちていることも辛かった。 だけどしょうがない。 年齢とともに身体能力は落ちていくのだし、年齢とともに本を読みながら作者と対話したり、自分の経験を振り返ったりと、心の中で体験することが増えているのだもの。 時間がかかるようになったけど、読書が深くなってきているような気がするのだもの。 ”本が読めなくなったとき、多くの人は、その理由を外的なものに探します。しかし、ほんと再び出会い直す「鍵」はすでに自分のなかにあるのです。” 読書で大切なのは量ではなく質なのだと、受け止める自分の準備が整えば、おのずと読書と再会できると。 わかっちゃいるんだけど、読みたい本は増えていき、人生の残り時間は減っていく。 悩ましいところです。 でも無理せず、読書に気が乗らないときはぼ~っと過ごすことにしよう。 割とすぐ読書に戻ってこられることが今回わかったから。

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    投稿日: 2020.03.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    最近どうも本を読み切るのが苦痛だったり、長く感じたり、そもそも読みたいという本に出会えなかった。結果、誰かがいいという本、仕事に必要な本、ベストセラーに走り、本屋さんに行かず、Amazonでばかり買っていた。昔は仕事の帰りに毎日のように書店に立ち寄り、買う日もあればうろうろするだけの日もあった。しまいにはKindleにどんどんダウンロードして積読。Audibleで速度を速めて聴いて読み終える。そんな読書は今の自分に必要なかったのだ。だから読まなくなっていたのだ。 ハッと気づかされたのは、 多読がいいことという思い込み、同じく速読がいいという思いこみ。誰かが勧める本が自分に合うとは限らないこと。言葉を、自分に必要な言葉を探すために読書をするのだから、時に立ち止まり、考え、何年かけて読んでもよいということ。 著者の語り口はとても優しく、まるでカウンセラーの先生の話を聞いているようである。押しつけは一切なく、心が楽になる。 仕事でも言葉に多く関わる。自分の言葉を育むため、これからは自分のための本、言葉をゆっくりと探そうと思う。 著者の他の作品も読んでみたくなった。

    1
    投稿日: 2020.02.23
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    まず、タイトルにも魅かれたが、読み進めていくうちに、この著者の読書や人生に対する真面目で優しい、そして深い態度にひかれていった。 活字も大きく、行間も広く、それだけでも本を読めなくなった人に対する思いやりがあるように感じた。 本を無理して読む必要はない。それは自分の内からのメッセージでもあり、読めない本にも意味はある。。。本は私たちがいつか戻ってくるまで、じっと辛抱強く待っていてくれる存在だと気づかせてくれる。(コアラ)

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    投稿日: 2020.01.25
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    今月本屋で見かけてそのまま購入。腑に落ちるというか、納得できた本。なんと言うか、気が楽になった。以前から量も少ないし、読みは浅いしで、こんなのじゃ本を読んでるとは言えないなと心のどこかで思っていた。だけど、これからも細々とでも読み続けていきたいと思えた。おそらく繰り返し手にする本。

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    投稿日: 2019.12.31
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    著者のことは100分de名著という番組で、とてもわかりやすく優しい口調で哲学的な内容の作品を紹介してくれる書評家として知った。私が本を読めなくなっているのは、単に時間がないというだけではないのだと、この本を読んで気付いた。示唆に富む言葉と「コトバ」や本の数々。例えや引用も交えて、説得力抜群。字も大きくて気持ちを楽にしてくれる。量でもなく、話題性でもなく、自分の中にある大切なものを発見できる読書。それをめざそう。

    1
    投稿日: 2019.12.22
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    今はネット全盛期、スマホも全世代に普及をし、 改めて読書の存在意義は、何か?この本で語られています。著者の問題意識は、なぜ読まなくなったことから少し視点をずらし、なぜ読めなくなったかに置かれています。この視点は、かなり新鮮なものでした。 本を読む必要性が、ある人とない人で、大きな格差が生まれていると思います。これは、本を読むのが、良い、悪いとは、違うことです。誰だって、「必要ならやります」。今、読書は、必要なんでしょうか? 出版業界は、このたった20年で業界規模が半分になりました。新聞も同様です。この減少が意味していることは、なんでしょうか? 現在家計に占める書籍費の割合は毎月850円です。この数字が、深刻というより、多くの人が読書に価値を置かなくなったことの裏付けできる数字だと思います。本を読む必要性がないと思う人が、圧倒的多数であることは、周知の事実で、「いや、それでも必要性がある」という問題提起は、正直意味ありません。 〇〇離れを防止するために、〇〇の必要性や意義を語りかける手法というのは、ただ業界が縮小していくと自分達が食いっぱぐれるからでしょう。今、出版業界は、「売り方」だけにこだわり、血みどろの競争をしています。本来は、「在り方」を、問うべきなのに、実体は、如何に読者が求める本を出すかに、必死になっています。いいじゃないかと思いますが、テレビ番組と同様に、実は必要ないのに、なぜか、見られている、売れているというのも書籍には、沢山あります。 売れる本が良い本というのは、わかりますが、この論理は、自滅につながるというのは、勝てばいい、儲けばいいと考える愚かさと同じです。ただ、自体は、ますます自滅に向かっている気がします。必死に努力をしても、ちっとも良くならない日本と瓜二つです。 なんとかしなきゃと思い、〇〇離れ自体を、問題にするのは、賢いやり方というより、単なる時間と労力の無駄です。〇〇離れ防止キャンペーンをやる、これは、果たして、有効な方策なのでしょうか? 本質的な問題を提起しないで、どうでもいいことを、取り上げ、必死に改善し、頑張るのは、日本人の個性と思いますが、それは豊かな時代か、登り調子の時代に許された甘い態度です。今の時代は、もうそんなことが出来る余裕なんてありません。生き残るためには、何をしなければいけないか、それぐらい日本の状況、日本人を取り巻く環境は、切迫していると思います。 大学教授や企業経営者を使って、読書離れを食い止めることは、それこそ何十年前からあるキャンペーンで、それで何か効果が上がったという話しは聞いたことがありません。 大学生の勉強時間が世界最低で、 もちろん読書量も世界最低です。 根本的な何かが、日本では機能していないと、 見た方が良いと思います。 大学教授は、読書をするのが、ほぼ職業と変わらないので、如何にしても今の状況を変えたいと思いますが、それは、説得力があるようで、私はないと思います。ここらへんに、出版業界が抱える大きな問題があると思います。権威が大嫌いなのに、権威を利用して何とかしたい、本当に浅はかな考えだと思います。 読書に変わるモノが、この数十年年で次々と出現してきました。ネットに代表される新しいメディアは、本を読む行為自体を、あまり意味のないことにしてしまいました。以前それはテレビでした。現在でも、日本人平均で年間1200時間テレビを視聴しています。生活時間を15時間とすると年間80日です。 以前もテレビが読書を駆逐してしまったと言われましたが、ただ両者は割と相性が良いのか、共存している状況でした。どちらもあるまとまったコンテンツを読者や視聴者と呼ばれる受け手に語りかけるスタイルでした。 しかしネットは違います。何かを発信したら、すぐにフィードバックがある。これは、読書やテレビよりハマると思います。まるで依存症患者のようになるぐらいまでハマります。ある面では、ユーザーに至福を与えてくれます。その代償はいったい何か?読書とも、テレビとも違うことは、確かです。 読書は、読み手が能動的に著者の問題提起を理解し、自分なりに解釈する必要がありました。読み手の知性によって、受け取り方が全く違いました。子供向けの絵本が、何十冊の本を読むより、メッセージと優れていることを、経験できる、こんなことは、ザラにありました。 テレビは、視聴者が一方的に伝えたい側の問題意識を、驚くほどの情報量で、訴えかけられます。視聴者が、その問題を理解するというより、圧倒されてしまう現象が多々起こります。おまけに、ビジネスモデルの中核である企業広告を、これでもかと、見させられまし。それを毎日、毎日、テレビ番組を見れば、何かの感覚が麻痺するのは、当たり前です。 では、ネットはどうでしょうか?これは、ユーザー同士が双方向に問題意識を投げることができます。しかし、匿名性の特質なのか、問題が理解され、解決に向かうことは、ほとんどありません。必然的にネット世界は、カオスの体をなしています。 本の世界、テレビの世界、ネットの世界、 これらをバランス良く「使う」のがいいでしょうが、現実は、「使われる」状態になり、貴重な人生の時間が、どんどん奪われているのが実態だと思います。それをどうするかの答えを何に求めるか、一人一人が真剣に考えなくては、いけないことかもしれません。

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    投稿日: 2019.12.16
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    読書に関する本はいくつか読んできた。 だいたい同じようなことが大切だと再確認させてくれる。 特に著者の言葉は誰よりも優しくて、じんわりと胸に響いた。

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    投稿日: 2019.11.22
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    「思い」「想い」「憶い」 3つめは使ったことがなかったけど、 歳をとると圧倒的に 「憶い」が強くなるかも。 慈悲という言葉に 「悲しい」という字が入っている理由もなるほど。

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    投稿日: 2019.11.16
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    ゆっくり心に染みました。 本がうまく読めなくなり、呆然としたことがあったので、同じような方がいるということも、少しホッとしました。

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    投稿日: 2019.11.09