Reader Store
テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか?
テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか?
ケヴィン・ケリー、服部桂/みすず書房
作品詳細ページへ戻る

総合評価

27件)
4.0
9
5
5
2
0
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    本書は、人間が作り出した技術、道具、システム、知識の総体である「テクニウム」という概念を提示し、その起源、進化の法則、生命や人間との関係性、そして未来の行方を考察する。著者のケヴィン・ケリーは、自身のテクノロジーとの関わり、アーミッシュとの交流、科学や歴史の分析を通して、テクニウムの本質に迫る。 著者は、初期のインターネットコミュニティに有機的な可能性を感じつつも、テクノロジーに囲まれた生活へ移行。テクノロジーが人々を熱狂させる力を認識しつつ、騒音から距離を置こうとした過去も持つ。クローンやネット依存など、テクノロジーが示す相反する傾向への混乱から、多様な視点(企業家、貧困層、アーミッシュ、未来学者)を探求する。 テクニウムは、人間の追求、機械、アイデアが相互作用し、自律性を獲得しつつある自己強化する創造システムである。それは単なる機械の集積ではなく、生命のような進化の法則性を持つ可能性がある。現在、テクニウムは地球を覆う広大なネットワークとして存在するが、まだ自己増殖能力は持たない胎児のような状態。しかし、ネットワークは一部自己修復能力を持つ。 人類(サピエンス)は、道具を改良するイノベーションによって遺伝的な進化速度を凌駕し、多様な環境に適応してきた。特に寒冷地への適応は高度な装備を必要とし、狩猟採集民をテクノロジー集団へと進化させた。火の使用は、草原の制御、料理、そして大規模な森林破壊や土壌変化、大気への影響など、地球規模での環境改変を引き起こした。 テクノロジーによるイノベーションは、常に望ましくない不都合も生み出すが、同時にそれを緩和・相殺する技術も開発してきた(綿繰り機と産業など)。監視や法律もテクノロジーが生んだものであり、戦争はイノベーションを増幅させる傾向がある。 マクルーハンの言うように、テクニウムは人間の拡張(服=皮膚、道具=手)であり、動物の作る巣やサンゴ礁とも比較できる。生命は6つの界に分類されるが、共通の生化学設計図を持つ。テクニウムも生命と同様の進化、すなわち相互作用の飽和による上位組織の出現、ネットワーク全体への情報分配といった秩序形成のパターンを辿る可能性がある。 自然界と同様にテクニウムでも、意図しないイノベーションである外適応が見られる(羽毛の進化など)。原始的な技術が存続するのは、効率性だけでなく、機械を使わない喜びのような価値観も影響する(アーミッシュの例)。 宇宙はエネルギーから物質、そして情報へと進化してきた。図書館や科学論文は情報の圧縮であり、非物質的な知識の宝庫。生命や知性も、物質的な制約を超えて生まれた非物質的な組織化であり、物理法則から創発したもの。 経済成長は、ある水準を超えると必ずしも幸福度を増大させない。テクノロジー批判として、権力の偏在や腐敗、暴力の誘発、人間の才能侵害などが挙げられる。科学やテクノロジーの進歩は直線的ではなく、社会や文化の影響を受け、停滞や予期せぬ結果も伴う。 科学の発展には繁栄と人口(余剰を生む有閑人口)が必要。失敗の共有も重要であり、基本的な発明がそれを可能にした。長期的に見れば、テクノロジーの進歩は生活水準向上をもたらす上昇曲線を描いてきた(ムーアの法則、クライダーの法則)。 自然界に見られる収束進化(サーベル状犬歯、滑空など)は、テクノロジーにおいても同様のパターンが存在する可能性を示唆する。 テクニウムの未来は、AIやナノテク、バイオテクなどの進展が期待される一方、自己増殖や制御不能のリスクも孕む。技術的側面だけでなく、社会、文化、倫理を含む総合的な視点、長期的な影響と持続可能性への配慮、人間中心の価値観に基づく選択が、より良い未来を築く鍵となる。

    0
    投稿日: 2025.04.19
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    テクノロジーの話は後半の方で議論されている。 前半は、そもそもの文明の起こりについての記載が多かった。 後半を読むと、今後のテクノロジーの展望など、著者の意見が多数反映されているように思う。 テクノロジーの行く末はどうなるのか、ということに関して一つの視座を与えてくれると思うが、個人的には、話が難しく、あんまりよく分からなかった。 哲学書の読解が苦手なので、今後も定期的に読んでいきたい。

    0
    投稿日: 2024.01.06
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    2014年に日本語版の初版が発売されていますので、それからだいぶたちますがやっと読む機会があり、読了しました(2022年に読了)。読み終わった直後の感想ですが、もり沢山の料理を堪能したような気分です。本書でケリー氏が主張したいことを一言でいうなら、テクノロジーにも生命的な進化の流れがあること、それを「テクニウム」と表現し、具体的なキーワードとして、複雑性、多様性、専門性、偏在性、自由度、相互性、美しさ、感受性、構造性、進化性などが高まることが述べられています。このあたりのキーワードは、ケリー氏の次の本である「インターネットの次に来るもの」に引き継がれているのだと思います。 テクノロジーは生命的であり、かつこのトレンドは今後より明確になっていく、という主張はかなり突飛とも言えますが、私は個人的には共感できました。厳密な意味での生命があるかどうか、という意味ではなく、「生命的」なふるまいをするであろうこと、それはAIの登場で明らかだということです。本書を読んで思い出したのが新スタートレックに登場するデータというアンドロイドです。このデータは少佐という階級なのですが、あるエピソードで、データが人なのかモノなのかについてピカード艦長と司令部の間で大きな議論に発展します(タイトルは覚えていませんがすごく感銘を受けたのを記憶しています)。その意味ではケリー氏の問いかけは数百年後も結論の出ていない論点なのかもしれません。 また本書を読んで思い出したのが岩井克人氏による法人論です。こちらは全くテクノロジーとは関係ありませんが、岩井氏は日本人が「法人」をヒトとしてみていること、対する欧米人は法人を「モノ」とみていることを指摘しています。もし日本人が「法人」をヒトとして見ているのなら、テクノロジー(あるいはテクニウム)を生き物とみることもあながちずれていないのではないか。近代社会はすべてのものをイチかゼロで弁別したがりますが、それこそ量子コンピュータが日常生活に浸透してくるころには、「A or B」ではなく「A and B」という世界観こそが正しくなるでしょう。そしてそうなればなるほどケリー氏のテクニウム観は説得力を増しているのではないかと思いました。

    0
    投稿日: 2023.05.08
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    いろいろ考えさせられる内容である! アーミッシュが、脱炭素原理主義者のように技術を全否定するのではなく、使ってみて評価して使い続けるのかを決めると言うのは興味深かった。

    0
    投稿日: 2022.12.07
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    雑誌"Wired"の創刊編集長のケヴィン・ケリーによるテクノロジーの「進化論」。 テクノロジーの総体、システムを「テクニウム」と名付けて、それが生物の進化同様の動きをしていることを説明するにとどまらず、物質や宇宙の進化、生命の進化、そしてテクニウムの進化を一つの進化の大きな流れとしてとらえる。 ダーウィンの進化論にもとづきつつも、それ自体がある種の目的性というか、方向性をもっており、かならずしもランダムな変異と淘汰だけのものでないと論じている。 ここは、議論が分かれるところであろうが、著者は、神秘的なものではなくて、複雑系的な秩序が自己組織化し、一定の方向感をもって、進化することを主張していて、結構な説得力がある。 もっとも、技術自体については、日頃、あまり考えていないので、議論として実感をもって理解できないところもあるので、主張がどのくらい説得力があるのかは、わたしにはよくわからない。 そして、そうしたテクノロジーと人間はどう付きあうのかが、もう一つの大きなテーマ。著者は、過度な悲観論にも、楽観論にもよらず、一定の距離をおきつつ、テクノロジーとつきあおうという感じかな? というと当たり前の結論ぽいけど、途中で、アーミッシュのコミュニティのテクノロジーとの関わり方の話しが、結構、丁寧に記述されていて、彼らがなんでもかんでもテクノロジーを拒否しているわけではなく、一つ一つをじっくりと検証しながら、どうそれと向き合うか時間をかけて考えているというところが、とても印象的だった。

    0
    投稿日: 2021.11.16
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    すでに面白い。テクノロジーやクリエイティブに対する捉え方が柔軟で新鮮。社会の動向を描いた本の中でも何歩も先を行く内容だと思う。

    0
    投稿日: 2021.03.17
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    テクノロジーの発展の背後に潜むテクニウムをこれまでの歴史の中核に据えて論じてある。テクニウムは自律した方向性を持っており、それにより長い目で見れば自己組織的に発展している。テクノロジーの発展は我々の進化と通底するものであり、これからテクノロジーはまさに何者になっていくのだ。 現代の主流の科学とはあいなれない部分のある理論であると思ったら。根源的なところから振り返ってみると、テクノロジーが独自の方向性を望んでいるというのもわからなくもないと思った。 テクノロジーの発展は人類全体に可能性のある可能性を提供できるという点で自分の目指す道かもしれない。

    0
    投稿日: 2020.08.18
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    人類は様々な技術を駆使し発展を遂げてきた。その歴史の中で、状況に応じまるで生物のように進化を続けているテクノロジーの変遷から垣間見たその畝りをテクニウムと定義し、過去から現在の流れを俯瞰する事で良き未来を見据える。重厚な展開に深い感銘を受けた。良書。

    0
    投稿日: 2020.03.29
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ‪テクノロジーの本質について、生物の進化史を敷衍しながら解き明かす革命的名著。テクノロジーを動詞的で「生命を持った精神」と措定し、その普遍的構造や進化のベクトルについて詳らかにしていくプロセスは圧巻の一言に尽きる。ケリー氏の慧眼にただただ瞠目。‬

    0
    投稿日: 2020.01.13
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    近年読んだ書籍で最も影響を受けた一つ。ケヴィン・ケリーが本書で語る「テクノロジーの進化は生物が進化してきた歴史の延長にある」という主張は慧眼だと思う。その主張に至るまでの例証もどれも興味深い。この本を読み、テクノロジーの進化というものが善悪論を超えて、ある種冷静に一つの現象として観察できるようになった気がする。

    1
    投稿日: 2019.07.25
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    読みました。生命という現象は、水と有機化合物を混ぜ合わせただけのものではない。同じように、テクノロジーも単体で見るのではなく、それらの生成や進化の過程、他の技術や人間、環境との関連性をふまえた「テクニウム」という概念で見ないと、その未来や評価を正しく見ることはできませんよ、という話。 著者のケヴィン・ケリーはWiredの初代編集者で「ホール・アース・カタログ」の編集もやっていたような、デジタルヒッピーの元祖みたいな人なので、なんかところどころ「なにかをキメているのではないか」と思うような主張や表現も出てきますが、なかなかおもしろい視点を得ることができます。 アメリカで大ブレイクしたこんまりの片付けの魔法とやらも、この文脈なんだなーと思った(小並感

    0
    投稿日: 2019.07.01
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    再読。蓄音機は死にゆく人が遺言を吹き込むため、ラジオは地域の農民に教会の説教を伝えるため、インターネットは危機状態でも使える予備の通信として当初は発明されたとのこと。実際に使われ、評価され改良され再設計されることで、発明された当初の意図とはかけ離れた使い方が現在ではされている。どちらかといえば正反対の分野で。そこがなんとも面白い。 その人を形作っているのはその人が今までにどんな選択をしたかということ、選択の余地が広くなることが進化であるということ、人間としての使命は、その選択肢をほかの人のために広げてあげること、か。なるほどー。

    0
    投稿日: 2019.01.05
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    テクノロジーの発展は、人間が恣意的に主導してきたものではなくテクノロジーそのものが内在的に自己組織化し、必然的に行われるものであるという刺激的な主張が展開される。 天文学的な確率でしか発生しない形質が別々の進化系統で同様に発生すること。 歴史を変えるような発明が、必ず同時多発的に同様の発明(と、一番手を主張する争い)と共に出現すること。 こういった事実を眺めていると、なるほどテクノロジーそのものに必然的な発展が織り込まれているという主張にも説得力を感じる。 アーミッシュが、むしろ通常の都市生活者よりもうまくテクノロジーと向き合っているというような話は著者のバックグラウンドによる偏りを感じるが、全体を通して丁寧にエビデンスを示しながら展開される持論は示唆に富んでいる。

    0
    投稿日: 2018.12.10
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    未来について考える、哲学シリーズ3冊読了。 人類はどこへ向かうのか?より良い未来とは? 人類とテクノロジーは切っても切り離せない。テクノロジーは問題も引き起こすが、良いことをもたらすことのほうが少しだけ多い。これまでもそのようにして発展して来た。(中世の王様より、現代の我々一般市民は確実に良い生活環境を授かっている) このようにしてテクノロジーの進化を促す目に見えない流れをテクニウムと呼ぶ。 しかし、そのようにして発展して来たのは、必然なのか?それとも、我々自身の意思によってなのか?人間には自由意志はあるのか??我々は初めから決められたレールの上を走っているだけなのか? 自由意志に関する現在のコモンセンスは「自由意志はない」ということらしい。しかし、「あると思いたい」。なぜなら、自ら熟慮し、判断し、選択することが「より良い未来」を作るはずだから。そしてまだまだ劣勢ながら「自由意志はある」という勢力が増して来ているらしい。 より良い未来のためには、テクノロジーを活用しながら、生命や宗教といった多様性を容認していかねばならない。 そのためにも、もっと人間を理解しなければならない。これからの人類において、間違いなく脳科学はキーテクノロジーだろう。 なーんてことを学び、考えたのでした。

    0
    投稿日: 2017.06.06
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ・テクノロジーは他人の可能性、次の世代の可能性を広げる、そのために発展させる義務がある。 ・アーミッシュは発達したテクニウムに囲まれているからこそ少ないテクノロジーで幸せに暮らせる ・テクノロジーを試し取捨選択し少ないテクノロジーで生きることが満足につながるかもしれない ・他人の可能性をテクノロジーで広げつつ、自分はテクノロジーを絞り込み幸せを目指すジレンマ

    0
    投稿日: 2017.05.24
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    テクノロジーの進化論とも言える1冊。自分にとっては、少し抽象度が高く、読みながら足元がフワフワとした感覚だった。

    0
    投稿日: 2017.02.19
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    生命の進化が同時多発的に起きているように、テクノロジーの進化(発明)も同時多発的に起きている。 このFACTから、物事には定められた進化の方向性があるのだろう。 今後起こるであろう方向性を、 複雑性、多様性などの観点で解説。 かなり抽象度が高いが、事例も豊富。

    0
    投稿日: 2016.09.25
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ワイアードの創刊編集長ケヴィンケリー。彼が若い頃に途上国を旅したテクノロジーを排して生きるミニマリストだったとわw そういう時間を過ごしたからこそ、テクノロジーのありがたみをわかる。 ひどいアイデアに対する正しい反応は思考停止ではない。よりよいアイデアを思いつくことだ。何のアイデアもないより悪いアイデアがあったほうがいい。少なくともそれを修正すればいい。 禁止ではなく方向転換。禁止したり放棄するだけではうまくいかない。それより新しい働きを見つけた方がいい。テクノロジーの表現は一つではない。色々な初期値を持ちうる。政治的にも役割は複数ある。禁止するよりテクノロジーの方向性を変えてもっと共存できる形にすればいい。 ひどいアイデアに対する正しい反応は思考を止めることではない。良いアイデアをおもいつくこと。(ーーではない、からの批判的発展)何もないより悪いアイデアがあった方がいい。修正すればいいだけだからだ。 Convivial自立共生 イヴァンイリイチ『コンヴィヴィアリティのための道具』の中で自立共生的な道具を定義して「自律的な個人や一次集団の寄与を拡大するもの」 ところどころ、特に動物行動学や歴史など、面白い話はあるのだが、少々神秘主義にかかっている部分もある。「有意味」を感じられる知識とはどの辺にあるのか、という疑問を持つに至る。

    0
    投稿日: 2015.12.10
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

     かつて生物学者は、生命は単なる物質の組み合わせではなく、生命というモノがあると考えたが、分子生物学の発達とともに、生命はデオキシリボ核酸という化学物質に還元される。けれども、生命はその構成物質の所与を超えて、自律性を獲得していることは自明である。著者は、テクノロジーもまた、生命と同じだという。テクノロジーは物理的・化学的メカニズムに還元されるが、そのこととテクノロジーがその生成構造を超越することは矛盾しないと。  この、テクノロジーそれ自体が人との関わりとは別に自律性を持ち得るという想定を可能にするのが、「テクニウム」という考え方だ。テクニウムは科学的記述の限界ということもできるし、神の新しい定義と考えることもできる。  このアイデアの正当性が証明されるには時間が必要だが、これまでにない視点の斬新さには、強く興味をひかれる。

    0
    投稿日: 2015.06.02
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    テクノロジーがこれからどこへ向かっていくかを技術が生まれた歴史から遡って論じた本です。 とても長く、冗長な感じがしました。 なんどもこの手の話は聞いているので正直退屈でした。 読みたいところに絞って読んで、他は速読しました。

    1
    投稿日: 2015.03.24
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    テクノロジーを「テクニウム」という生物種になぞらえ、その様相について驚くべき深い洞察と極めて重要なビジョンを示す非常に興味深い本です。 テクノロジーの性質は、リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』風に、人間の知性を<乗り物>にして一種自律的に進化するものである。その進化には方向性がありしかも「進化が進化する」驚異的なものである。 では人間はテクノロジーにどう向き合い、付き合えば良いのか。ここで原理主義的なラッダイトを実践したユナボマーと、テクノロジーの受容と選択を共同体としてコントロールするアーミッシュについて考察し、テクノロジーを「選択肢を解放するもの」と考え、とにかく新しいテクノロジーは「常に監視しながら継続的に試験されなくてはならない」としている。 筆者は最終章に神を引き合いに出していますが、正に神学や歴史学も同じフレームで考察すべきなのだと思います。筆者は(テクノロジーにおいて)未来は現在よりも良くなる史観をもっています。「テクノロジー」の定義からして人間はこれから逃れることは不可能であるため、やはりテクノロジーに対する態度は「常に監視しながら継続的に試験されなくてはならない」となるべきであると筆者の意見に賛成します(これはエリック・ブリニョルフソン他の『機械との競争』に対する部分的な回答になっており、結論の核の部分で一致しています)。

    2
    投稿日: 2015.02.15
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    これは相当アツい本ですぞ。 テクノロジーは、人間の意思とは無関係に自律的に発展していくのであり、それ自体いい悪いとか言うのはナンセンスであり、止められるものでもない。 なので、人類とは別個の生態系であるテクニウムとうまく共存していく道を探っていくのが、我々にできる唯一のコトなのだー。 21世紀初頭の新しい思想書として、古典になりそうな雰囲気もある大作です。

    0
    投稿日: 2015.02.10
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    元wired編集長のケビンケリー入魂の書。あまりに自分にど真ん中なので下北沢のB and Bで開催された著者講演会にも参加してサイン本を購入してのゆっくり読書。IDとかに下手をすると落ちてしまうとても微妙なサブジェクトを、アメリカ西海岸楽天思想によって描いた作品です。未来を楽天的に見ようという意志であって、見方をどう設定すれば楽天的に見ることができるのか?という話なので、正しい話をするとかそういうことではないと思って読んでいるのが僕の立場。みうらじゅん名づけるところの「カリフォルニアの青いバカ」ってやつですな。それで、まあ要約なんてできるわけがないんですが、本書のアイディアの流れを一応示すと、技術っていうけど、これは自然界と異質なもの、対立したものではないんだよ。という話が一つ。つまり、原初の生命というのもテクノロジーなんだと。それで、じゃあテクノロジーの定義はなんなの?って言ったら、「自分の生まれた後に世の中に現れたもの全部」だと。それで、でも技術って世の中に悪いこともたくさんしているけどいいの?という問いに対する立場は、よくよく検証してみれば、技術入れたほうがちょっとだけいいんじゃない?っていう。技術悪いところたくさんあるけどそういうのは直していけばいいじゃん。みたいな。それで、技術に対してとても慎重な立場をとるコミュニティとして「刑事ジョンブック」とかに出てくるアーミッシュに対する取材に基づく観察が述べられている。それからユナボマー。あとソロー。まあもともとwhole earth catalogな人なので地球の論点とかスチュワートブラントな言及もたくさんありますよ。なので、singularity来ても大丈夫そこは天国みたいって思いたい人はぜひ読んでね。それ以外の人もぜひぜひ。面白いですよ。あと、服部桂さんすごい。とても読みやすい。値段以外は。

    0
    投稿日: 2015.01.10
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    内容すごく面白そうなのだけど、なかなか頭に入らず読むのに時間がかかったので途中で断念。 また読みなおす。

    0
    投稿日: 2014.12.30
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    テクノロジーと呼ばれるものの背後にある何かを「テクニウム」と名付けし、その性質を明らかにする。 ドーキンスが「利己的な遺伝子」で述べた遺伝子が生物を利用する、と同じようにテクノロジーがまるで意思を持っているかのように人類を支配、つまり、なくてはならない存在になっている。そのテクノロジーの進化の原理がテクニウムだという。ただし、読み進めてもそのテクニウムが一体何なのかはわからない。読者へ判断をゆだねる形で本書は結ばれる。 400ページを超え、正直、読みづらさはある。先に解説を読んでから、本章に入っていくのがよさそう。

    0
    投稿日: 2014.12.17
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    いわゆる理系的素養があまり身に付いていないがために、目の覚めるような読後感ではない。しかし、これから先、様々な発展に触れる際の良い引き出しとなりそう。

    0
    投稿日: 2014.12.15
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    テクノロジーの総体は、まるでDNAが組み込まれているようにある一定の目標に向かって進化する。現在可能な技術や、人類史における技術動向の指向性を読み解けば、未来予測は可能か?あるテクノロジーが爆発的に広がるためには、ハードウェアとソフトウェア両方にあらかじめ一定水準の普及が進んでいることが必須である、と。これは当たり前といえば当たり前で理解できる話。 結局のところ、テクノロジーの大局的な動きは個人で制御できないが、流れを読みながら時機を見抜くことで、発明した道具やサービスを「より使われる」ようにはできるってことなのかな。論としてはすごく完成されているのだろうけれど、どう活用するかがなかなか難しい本。

    0
    投稿日: 2014.11.03