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歎異抄
歎異抄
唯円(親鸞 述)、Teamバンミカス/講談社
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総合評価

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    面白かった。 でも逆説的というかよくわからない部分もあった。 でもわからないようでわかる。 悪人こそ救われると言うことが特に難しい。 因縁についてはわかった。

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    投稿日: 2025.05.31
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    本書の内容とは直接的には関係ないが、本書を読むと「組織は腐敗する」事がよく分かる。 組織は集団を形成し、集団は力を持ち、集団の力を使う時に組織内外に権力が生まれる。そして、権力は必ず腐敗するから、組織は腐敗する。 その腐敗は、我々凡夫の煩悩によるものである。 そして、煩悩こそが苦の原因である事が多いのも事実。しかし、煩悩は人が生物として生きていくために重要なので、煩悩をなくす事は相当に難しい。 ただ、煩悩がある事を理解し、コントロールする事は可能だと思う。 その方法に、宗派により様々な作法の違いがあり、揉める原因ともなるのだが、揉めるのも煩悩という。。。 煩悩を減らしたり、整理すると楽なんですけどね〜 とりあえず、部屋の片付けから始めましょ(笑)

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    投稿日: 2021.07.03
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    このレビューはネタバレを含みます。

    南無阿弥陀仏 南無(帰依する) 阿弥陀仏(阿弥陀様のところに) 阿弥陀様を信じて念仏を唱えれば だれでも阿弥陀様が待つ極楽浄土にいける 他力本願 よいことをしたか、悪いことをしたかではなく 自力なのか?他力なのか?が大事 阿弥陀様のお慈悲は、ただあなたにすがりますよという他力の心に向けられる 自力の行いはすべて「善」 みんな煩悩の支配から抜け出せない悪人だというのに、善人は自らの善行を誇って、阿弥陀様の慈悲を遠ざける 要するに、救われるには自分が悪人であることを自覚しろってこと 念仏を心から喜び、急いで浄土にいきたがるものに阿弥陀様の救いは必要ない どんなに念仏しても心から喜べないという悩み どんなに教えを受けても往生を喜べないという悩み これは煩悩、凡夫ゆえの悩み 阿弥陀様のたてた願いは、凡夫救済 他力の悲願は、われらのためにある 往生を喜べない自分の心を嘆くより、 それでも見捨てずお救いくださる阿弥陀様の悲願を頼もしく思いなさい 悪に開き直って自分で罪を犯したつもりでも 実はその罪は前世からの業がつくったもの その罪を誇らしげに批判する念仏者は、 他力の信心を忘れて自分の正しさをひけらかす偽善者 自分を賢い人間、よい人間と思いこむ「偽善」こそ一番阿弥陀様の慈悲を遠ざけるモノ

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    投稿日: 2021.03.21
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    僕には愛おしく思う人がいる。その人はあるとき僕にこういった。私は毎日目一杯生きてるから。僕はその時から少し変わったと思う。自分のわかる範囲で。これもきっと他力本願なんだろうと思うのだが、私が仏になることに気づいたことを口に出した僕にその人が放った強烈な一言同様、本書も僕には深く深く気づきを突き刺して流れていく。何の因果か何の因縁か分からぬがなかなかその人をわしっとつかめぬ日々が続く。きっと生きているんだよね。今と言う時を。そう考えながらふと高校時代を振り返る〜

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    投稿日: 2019.12.10
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    こちらのコメントは「ツァラトゥストラはかく語りき」でご覧ください。 2018/11/01 更新

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    投稿日: 2018.10.26