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powered by ブクログ人類600万年の歴史からすると、定住して農耕を始めたのは僅か約1万年前に過ぎない。人類がそのほとんどの時間(約599万年!)をすごした狩猟採集時代、すなわち「昨日までの世界」。 この「昨日までの世界」について、戦争、子育て、危険への対処、言語、宗教、健康などに焦点を当て、現代社会に示唆を与えるものについて考察している。 著者が研究の第一線で活躍していた頃は、まだ世界の各地 (アフリカ、南米アマゾン、アラスカ、パプアニューギニア等)で狩猟採集生活を営んでいる人々がいた。特に私が驚いたのは、1960年代あたりはパプアニューギニアで約100万人が狩猟採集生活を営んでいたということ。著者は主にこれらの人々を対象に「昨日までの世界」について考察している。 印象的なのは、「積極的なパラノイア」。著者の友人であるパプアニューギニア人は、大きな木の下では眠らない。何故なら突然大木が折れて下敷きになるかもしれないから。こうした姿勢は、現代でも自動車運転やアルコールの摂取、風呂場での転倒に気を付けることなどに応用できる。用心すべきことについて用心することは、いくら用心してもそれが誇大になることはないという教訓を得ることができるという。次に健康。1980年代に行われた国際的な疫学調査では、ブラジルのアマゾンに住むヤノマミ族(世界で最も塩分摂取量が少ない集団だそうである)は平均の最高血圧が96、最低血圧61という驚くべきものであったという。果物、ナッツ類、低脂肪の肉、生野菜などを取り入れた食事は、やはり健康の増進に寄与するという。 現代社会は、こうした「昨日までの世界」にあったものを失ってしまった一方で、これまでになかった安全や公衆衛生による長寿などの恩恵も受けているという。人類の歩みの遠大さに、改めて思いを致すことができる一冊。
0投稿日: 2025.09.14
powered by ブクログ下巻では、伝統的社会における危険の考え方、生活する上で避けては通れない、思想における宗教や言語、病気などの健康が語られる。 危険については確かに社会が違えば危険も違う。我々は交通事故を軽視しているのだろうか。あるいはマスコミの煽る非日常の危険ばかりを気にしているのだろうか。 宗教や言語は少数派は淘汰されるのだろうが、歴史的価値としては残す活動をすべきと感じた。 健康はまさに飢餓に対する遺伝子の皮肉。便利になれば何かを失う。 伝統的社会から学べる事はたくさんある。建設的パラノイア、これは気にしていきたい。
0投稿日: 2023.02.12
powered by ブクログ第5章 - 子育て 授乳中は妊娠しない理由 1. 授乳性無月経。母乳を作る作用のあるホルモンの分泌が卵巣からの排卵を抑制する。しかし、頻回授乳を継続する必要があり、1日数回では意味なし。 2. 限界脂肪説。排卵が起きるには、女性の体脂肪率が一定の臨界地を越える必要あり。 祖母や年長の兄弟と一緒に暮らす拡大家族の一員として同居できる環境が存在すると赤ん坊の発育が早まり、認知機能の発達も見られる。 狩猟採取民の子育てから学ぶこと。 知育玩具で子供の独創性を奪うのはやめにして、子供に自分で遊びを工夫させる。 同年齢遊戯形態で遊ばせる。 赤ん坊とのスキンシップをもっと濃密に。 赤ん坊がないたらすぐに対応。 アロペアレンティングをもっと盛んに。 ベビーカーは親と同じ目線に。 第6章 - 高齢者への対応 定年退職はなぜおきたか 人の寿命が延びた、経済の生産性が向上し総人口の一部が働けば良くなった、社会保障が様々な形で提供されるようになった 現代の高齢者は、利用価値という面で昔より低く見られ、結果孤立する傾向にある。 1. 識字能力の高さ。高齢者の知識記憶に頼る社会から文字情報が知識を蓄積してくれている 2. 正規教育の普及。高齢者の記憶は社会の記憶装置ではなくなり、教師という立場も取って代わられた 3. 技術革新。数十年前に得たスキルは現代にはいらない。例えばマニュアル車。 現代社会は、人類史上かつてないほどに人が長生きするようになり、高齢者の健康状態が向上し、高齢者を養うだけのゆとりを社会が持っている。 しかし、高齢者が社会に提供可能だった伝統的価値の大半が失われ、健康なのに哀れな老後を過ごす高齢者が増加した社会。 第9章 - 宗教 5つの要素 1. 超越的存在についての信念の存在 2. 信者が形成する社会的集団の存在 3. 信仰に基づく活動の証の存在。信者が痛みを伴う多大な犠牲を払う。 4. 個人の行動の規範となる実践的な教義の存在。 5. 超越的存在の力が働き、世俗生活の影響を及ぼし得るという信念の存在。 宗教の便益 機能主義的アプローチ - ある種の役割をにない、社会秩序を維持し、人々の不安を慰め、政治的服従を教えるというような課題を解決するために考案 進化心理学的アプラーチ - 始祖である動物が持っていたある種の能力の副産物として登場し、そうした能力が予期せぬ形で変化し、新たな機能を獲得するに至った。ex デンキウナギ 人間の脳は、事象の間に因果関係を認知する能力が次第に進化して、そこから因果関係もとに予測する能力にも磨きがかかった。(科学では説明できない因果?- 善良な生活を送っているのになぜ病気になるか)。 ある種の問いは説明を求める問いではなく、意味を求める問いである。科学は説明を提供するものであって、意味を提供するものではない。意味を求めたければ宗教に求めるべきである。 なぜ超自然的で宗教的な信念を信じるのか - 人間の脳は脳自体を騙すことができ、認知に思い込みを起こさせ、何でも信じるようにさせることができる。 宗教の役割 1. 事情について説明を提供すること。科学の発展に伴い、必要性は低減。 2. 不安の軽減。どうしようもない時、自分は何かしらの手を打っており、まだ望みがないわけではなく、諦めていないと自らを信じ込ませることによってら少なくとも事態を掌握してると感じられ不安を軽減するために虚構を信じる。 3. 癒しや希望を与える。死の現実を否定し魂という概念を持ち出し死後の世界には極楽が。また地獄という概念により悪人への報復が可能かつ現世の自分の行動規範を形作る。これが不幸になればなるほど、信心深くなる傾向の理由であり、富める階層より貧しい階層の方が宗教が盛んな理由。EX) GDPが一万ドル以下の国では80%以上の人が信じており、三万ドル以上だと18-47%。一部では、不幸な事故など起きることは起きる、にも関わらず、人は”たとえそれが真実であってもそれが求める答えではない。科学が意味を与えないのであれば、宗教に答えを求める。”となる。 4. 制度化された組織 5. 政治的服従の誇示。大規模な国家をまとめあげるため。 6. 見知らぬ他人との関係における行動の道徳的規範の提示とその維持。今では社会的規範となっているが、昔は宗教が人々の行動規範を形作った(例えば、殺人) 7. 戦争の正当化。異教徒、異文化の人たちを侵略又は殺戮するための理由づけ。 第10章 - 言語 世界には7000を超える言語がある。未だに個別言語が世界に存在し、一つにならないかつ、同言語での方言の地理的な連続性のバリエーションが形成されないのは二つの理由? 1. 話者コミュニティが異なる地域に分かれ、広がりと隔たりが起こると数世紀にかけて異なる変容が起こる。(死語と新語 -googling) 2. 自分がその言語の話者の集団に属する人間であると証明できる。対スパイ、対戦争。 言語の偏在には、環境的要因、社会経済的要因、歴史的要因がある。例えば、温暖で地形が豊かで生産性のある動植物が多様な地域ではより多くの言語(部族)が現存しえる。 また、共同体の規模が小さく、外部との結婚が頻繁に見られ、多言語話者との出会いや会話の機会が頻繁にあると他言語主義の社会になる傾向がある。 二言語主義の利点 - 実行機能という認知機能が優れる。選択的に注意を振り向けたり、注意力散漫になることを避けたり、問題解決に集中したり、取り組む課題を変えたり、言葉や情報を必要な瞬間に脳の記憶中枢から引き出す能力。 言語の多様性の利点 1. 言語の構造は話者の思考のあり方を形成し、言語が異なれば話者の世界観も思考も自ずと異なり、表現の選択肢が広まる 2. 言語の損失イコール文学や文化、多識の多くの損失 第11章 - 食べ物、怠惰 塩分過剰摂取による高血圧、糖分過剰摂取による糖尿病(インスリンが糖分の脂肪変換すふ機能が疲弊するか体に抗インスリンが出来上がってしまう)のは、進化の結果。餓えと過食の混在という生活様式に有益だった倹約遺伝子の自然選択の結果、現代の飽食の時代において逆に働いてしまい、非感染性疾患が蔓延。 エピローグ アメリカの多くの人は物的には非常に豊かです。しかし、他の世界に関する知識と理解に関しては貧困なままです。用意周到に組み立てた狭い壁の中に安住し、自分から進んで無知であり続けることに満足している様に見える。
0投稿日: 2021.11.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
下巻読み終わりました。 個人的には、下巻の方が上巻より面白かった。 危険な事への対応と宗教や健康について、小規模社会と現代の西洋社会の違いについて説明しています。 面白かったのは危険に対する建設的パラノイアと健康について。 建設的パラノイアとは、ニューギニア人が、さほど危険では無い事について、被害妄想なくらいに心配するという行動から付けた作者の造語です。 作者がニューギニア人と森に出かけ、野宿をするとき、大木の下で寝ようかと持ちかけたところ、木が倒れて死ぬかもしれないので、絶対に嫌だ、と断られたという。ニューギニア人は一年に100日、40年で4000日くらい野営をする。たとえ、1000回に1回しか起こらない事でも、彼らの生活からすると10年以内に死んでしまう確率になってしまう。なので、細心の注意を払うことは理にかなっている、ということだ。 普段、私たちはスピードを出している車のすぐ脇を歩いていたりする。でも、さほど危険を感じていないことが多い。このケースでの事故の確率が10000分の1でも、一生で10000回くらい車の脇を通ることがあれば、1回は事故になる計算になる。であれば、そうした状況では細心の注意を払うことが理にかなっているのだ。 もう一つ、印象に残ったのは健康に対すること。西洋化する前のニューギニアの人たちは現代病として悪名高い高血圧や糖尿病の人が極端に少なかったのだ。当時のニューギニア人は現代の西洋社会での生活とは異なり、塩分も糖分も少ししか摂取していなく、朝から晩まで生活のために身体を動かす生活をしていた。私たちの身体は現代においても、このような暮らしに適したつくりになっているようだ。だから、急激に西洋化した発展途上国であった国の人々(インドとか)が、現代病に罹る割合はひどく大きくなっているらしい。 これは、衝撃的でした。そういうことか、と妙に納得しました。全部が全部、本当の事なのかは分からないので、鵜呑みにしてはいけないのかもしれませんが。 生活を改めるきっかけとなりました。
6投稿日: 2021.02.23
powered by ブクログ先史時代の社会を知ることで現代の社会を知る。個人的な参考になる話しも多かった。 「なのである」を多用する和訳に違和感を感じた
0投稿日: 2020.10.28
powered by ブクログ世界的大ベストセラー『銃・病原菌・鉄』の著者、ジャレド・ダイアモンドによる本書。 この『昨日までの世界』は、文明社会が興る前の人類の伝統的狩猟採取社会ではどのような生活が行われていたかを、最近まで、あるいは現在もこの伝統的狩猟採取社会を営んでいるニューギニア奥地の少数狩猟民族やアマゾン奥地に住む狩猟民族らの調査を通じて解き明かしていく学術書である。 人類が現在のような中央集権的国家社会を営むようになったのは、およそ5000年ほど前だ。人類誕生が約600万年前、つまり人類歴史のほとんどの期間は伝統的狩猟採取生活による社会で人類は生活してきたのだ。 下巻では『危機管理』『宗教』『言語』『病気』がテーマとなっている。 『宗教』については、宗教の発生から為政者による宗教の利用等が記載されている。 「宗教」の発生原因については、著者の『銃・病原菌・鉄』で詳細に描かれており、目から鱗が落ちた状態に何度もなったが、本書では伝統的狩猟民族にとっての宗教と文明社会になってから「キリスト教」や「イスラム教」がなぜこれほど発展していったのかを解説している。 伝統的狩猟民族においては、いわゆる「宗教」的行為というものは現在の宗教的行為とは若干違っていた。 伝統的狩猟民族は宗教に頼るよりも、自らの工夫を重要視していたのだ。 さらに、宗教行為を司る、司祭や預言者のような専門家を養う余裕は伝統的狩猟民族にはない。つまり、司祭や預言者は、狩りや漁などの生産的行為をしないので、その日暮らしの伝統的狩猟民族には彼らを養う余裕が元々ないからだ。こういった専門に宗教行為を行う職業は、農耕が盛んとなり、食料の余裕(貯蓄)ができた時代になってから発生している。 では伝統的狩猟民族は宗教的行為を全く行わなかったかといえばそうではない。 自分たちの手に負えないこと、例えば、病気の原因は、他部族の呪術者による『呪い』によるものと解釈し、病気を治すために他部族の呪術者を殺しに行くというようなことも行われていたのだ。 『言語』については、少数民族等だけによって話されている少数言語が9分に1つのスピードで消滅しているという話は衝撃的だ。これは現代文明社会と出会った少数民族達が自分たちの言語を子供に伝えず、子供たちが英語等の公用語のみを使うようになってしまったことが原因なのだという。 また「バイリンガル、トライリンガルの人々」と「1つの言語しか話さない人々」の脳の比較などは興味深い。 子供の頃に2カ国語以上の言葉を使って教育をすると子供が混乱し、教育に悪影響を与えるということは良く言われていることだが、これは全く根拠のないことだという。 例えば、子供たちは家庭では伝統的言語を使い、学校では英語などの公用語を使って生活をしても、ごく普通に脳内で言語が分かれて理解され、混乱することはないという。 さらに、家庭内であっても母親が母親の言語、父親が父親の言語、そして学校では公用語という3つの言語を使って生活している子供も普通に混乱することなくトライリンガルに成長するという。 まさに、脳という器官は驚異的な能力をもっているのだ。 さらに、高齢者になってからもバイリンガル、トライリンガルの人には認知症等の病気に罹患するのが遅くなるという。まさに良いことずくめだ。これは僕らが外国語を勉強する利点にもなるだろう。 最後は『病気』についてだ。 『病気』といっても、この本では主に『糖尿病(2型)』についてがほとんどであった。 伝統的狩猟民族には糖尿病患者はほとんどいなかった。 しかし、彼らが現代文明社会の生活を取り入れた途端、糖尿病患者が激増した。 これは、食生活と運動量の変化が原因である。 伝統的狩猟民族は、主に狩猟等によって食事を得ており、獲物を捕れる時と捕れない時がある。 獲物が捕れた時はたらふく食べ、獲物がないときは我慢した。 こういった生活を人間は何百万年も続けてきており、人間の身体、特に内臓がそのような生活に適するように進化していった。つまり、栄養を貯め込める様な身体器官を作り、食事が出来ないときは身体の中に貯めた栄養を使って生き残ってきたのだ。 そのような生活を続けてきた我々人間は、ここ数千年で農耕というシステムを発展させたことにより、急激に食生活が豊かになった。 朝昼晩とほぼ3食必ず食事を取ることができ、しかも、その都度、大量の栄養素を摂取する。その結果として、長い年月をかけて伝統的狩猟民族用に進化した人間の身体が破綻を来すのは当たり前のことなのだ。それが『糖尿病』という形で出てきているのだ。 ただ、ヨーロッパ人の糖尿病罹患率が低いというデータは面白かった。 その理由は、ヨーロッパでは農耕が早くから発達し、飢饉がなくなったのが原因だという。 ヨーロッパの人たちの身体は既に農耕文化に対応できるように再び進化してしまったのだ。つまり、朝昼晩と3食必ず食事をとっても、その摂取した栄養素を使い切ることができるよう身体が再進化したからだという。うむ、人間の身体は凄い。 以上のように、伝統的狩猟民族の生活を研究することによって、我々が現代においてどれほど短期間のうちに人間としての生活習慣が変わってしまったかということが明らかになる。 『銃・病原菌・鉄』を読んだ時も非常に満足感を得ることができたが、本書も『銃・病原菌・鉄』と負けないほどの知識を得ることができた。 人間は今後どのような方向に進んで行くのだろうか。 これは過去の人間の歴史を知ることによってある程度予測することができるのだ。 本書は『全人類必読の書』とまでは言えないかもしれないが、読書人にとって極めて有益な読書体験を得ることができるのは間違いない。
22投稿日: 2019.12.12
powered by ブクログ伝統的社会(昨日までの世界)から今日の我々が学ぶべきことが、筆者の経験とさまざまな学問分野の成果を融合させ、数多くの事例を持って語られる。その説得力に驚かされる。
0投稿日: 2018.10.06
powered by ブクログ「昨日までの世界—文明の源流と人類の未来(下)」(ジャレド・ダイアモンド:倉骨 彰 訳)を読んだ。ただ単に『伝統的社会—昨日までの世界』を美化するのではなく、今日の社会の抱える諸問題を解決するために学ぶべきところだけを学ぶべきであるという至極真っ当な趣旨でござった。読みやすいな。 私のつい『昨日までの世界』にはPCもケータイも無く当然メールもLINEも無くて、通信手段といえば手紙か固定電話だけという状況だったので、女の子の家に電話するときには(誰が出るのかわからないものだからで)たまらなく緊張したものである。
0投稿日: 2018.07.06三部作完結編?
『銃・病原菌・鉄』、『文明崩壊』に続く三部作?完結編です。『若い読者のための第三のチンパンジー』で提示された論点は上記二作と本書で網羅されたはず(多分)。 前の二作と比べると、著者の文化人類学者としての側面が前面に出てきており、フィールドワークでの体験やそこからの気付きに基づく内容も多く、学術的でないとまでは言いませんが、あまり硬い感じではありません。むしろ取っ付き易いです。前作を未読の方でも問題ないどころか、むしろ本書から入ってみるのがよいかもしれません。
0投稿日: 2017.11.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
情報の少ない社会でお喋りが有効なのは理解できるが、何も夜中に目を覚まして徹夜で議論しなくても〜寝不足で獣に襲われたら大変ではなかろうか。。。
0投稿日: 2017.08.27
powered by ブクログ下巻では、危機の対応、宗教、言語、健康について伝統社会から現代社会への教訓を述べている。下巻で特に違和感を感じたのは、彼にとって、現代社会=アメリカ社会を前提としていることであった。言語については多言語での教育を説いているが、大体数の日本人には不可能だし、健康についても、栄養過多を問題にしているが、多くの日本人にはさぼど深刻なように思えなかった。他にも高齢者の尊重や乳幼児教育もあまり納得できず、個人的経験を無理に敷衍しているようで、論が雑に感じた。
0投稿日: 2017.05.03
powered by ブクログ201703/ 小作農たちの戦略は「全部の卵をひとつのかごに入れてはならない」という、リスク回避の教訓に沿った戦略ともいえる/ 時間平均の投資収益が低くなろうとも、年間収益が生活維持に必要なレベルをつねに上回るような投資をしなければならない/ 人間の脳は、自然選択による進化の結果、些細な手がかりから最大限の情報を引き出せるように進化し、推論の誤謬が頻繁に起こりうることが不可避だとしても、その情報を言語を介して正確に伝えることができるようになっているのである。/ 詩篇を唱えるという行為は、自分が無力であるという不安に心を奪われて何かばかげたことをしでかし、自分をさらなる危険にさらすというリスクを減じることができている。その意味において、詩篇を唱えた人に現実に利益をもたらしたのである。人間というものは、実際に恐怖を感じる場面に直面したときに自身の不安を自分でコントロールできなければ、軽率な行動に走りかねず、それにより、問題をなおいっそう増幅してしまいかねない。これは、自分でコントロールできない危険な状況に直面したことがある人であれば、だれもが身に覚えのあることである/
0投稿日: 2017.02.24
powered by ブクログ「銃・病原菌・鉄」で著名な生物学者が、研究のために定期的に訪れるニューギニアでの生活をもとに、伝統的社会と工業化社会との広範囲かつ詳細な比較を通して、現代社会が抱える課題と解決策を提示した大作。 著者は、我々が常識として受け容れている文化や生活様式が、実は人類の長い歴史からすれば「つい最近」作られたものであり、 人類が圧倒的に長い時間を過ごしてきた「昨日までの世界」における人間関係、紛争解決、リスク回避、宗教、子育て、高齢者対策の中に、「今日の世界」が物質的豊かさと引き換えに抱えた新たな社会問題を解決するためのヒントがあると主張する。 ともすれば産業化が遅れた「未開の地」として片付けられがちな伝統的社会に光を当てつつ、それらを手放しで賞賛するような単なる懐古主義に終わらない点は、著者の非常に幅広く学際的な研究領域によるところが大きいと思われる。やや冗長な表現も多いが、時空を超えて視野を広げることができるスケールの大きな作品。
0投稿日: 2015.06.07
powered by ブクログ下巻は 宗教・言語・健康 全部の卵を1つのカゴには入れてはならないというリスク回避の教訓 宗教学における機能主義的アプローチ 宗教はある種の役割を担い、社会秩序を維持し、人々の不安を慰め、政治的服従を教える 旧約聖書4分着 善なる全知全能の神が存在するのであれば、なぜこの世に悪が起きるのか? 超自然的な信念は、事実上すべての宗教に存在する 他人にとっては信じがたい宗教的迷信を、時間や資源を投じて信じることが、どの宗教にも見られる特徴である 人に癒しや希望を与えて、人生の意味について語る 人は不幸な目に合えば会うほど、より信心深くなる。止める人々よりも貧しい人々が、止める地域よりも貧しい地域の方か、止める効果よりも貧しい国家の方が宗教が盛んである。 宗教には、自宗の真実性のみを主張し、他宗はでたらめだとするものが多い。異教徒に対する殺害行こういや略奪行為は許されるものとされ、それを行うことが義務ともされていた。 愛国的な主張の暗部の正体 旧約聖書は、異教徒に対して残忍であれと言う説教に満ちている 人類史上最も大規模な虐殺は、植民地主義に走ったヨーロッパのキリスト教とか日ヨーロッパ人に対して行った侵略の時代である、キリスト教とは道徳的な正当化を行った。 言語を消滅させる方法、話者の殺害、使用を厳禁し厳罰に処する。
0投稿日: 2015.04.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
さすがな内容だった。読み応えがあったし、説得力もあった。ただ、説得力が勝ちすぎて少々不満が残る本でもあった。主題がわかりやすいことを汲んで、★は5つにした。
0投稿日: 2015.03.30
powered by ブクログ食料とセックスでは、どちらのほうがより重要であるか。この問いについての答えは、シリオノ族とわれわれ西洋人とではまったく逆である。シリオノ族は、とにかく食料が一番であり、セックスはしたいときにできることであり、空腹の埋め合わせにすぎない。われわれ西洋人にとって最大の関心事はセックスであり、食料は食べたいときに食べられるものであり、食べることは性的欲求不満の埋め合わせにすぎない。(下巻p.104) 宗教に消滅する兆しがみられないのはなぜなのだろうか。それは、人間というものが、いまも昔も、事象の意味について模索しつづけているからかもしれない。われわれは、いまも昔も、人生の意味について模索しつづけている。無意味で無目的にみえる短い命の意味について模索し、不幸にいつ見舞われるかわからぬこの世の意味について模索しつづけている。(p.189) 飢えと過食の混在という伝統的な状況では、 (p.331)
0投稿日: 2015.02.14
powered by ブクログページ数が多く読了に時間がかかった割に、得たものは少ない。 テーマがぼやけていて散漫な印象。 エピソードを絞れば新書程度でも十分なのではないか。
0投稿日: 2014.03.25
powered by ブクログ日本語は長母音と短母音を区別するが、英語は区別しない。「おばさん」と「おばーさん」は区別できない。
0投稿日: 2014.02.22
powered by ブクログ高知大学OPAC⇒ http://opac.iic.kochi-u.ac.jp/webopac/ctlsrh.do?isbn_issn=9784532168612
0投稿日: 2014.01.30
powered by ブクログ人間社会のあらゆる側面を考察する目的ゆえに、 語られる分野は多岐にわたり、 興味を引く部分、さほどそうでもない部分、 やや退屈な思いを感じる部分、 正直に言うとあると思うが、 飢えと過食の混在という伝統的な状況では、 倹約遺伝子が有利に働き、 それを有する人の生存の確率が高くなったが、 飢餓を乗り切る大事な遺伝子が、 食物供給過剰の現代において、 高血圧、心血管疾患や糖尿病を拡大させているというお話は、 大変面白く読ませてもらった。
0投稿日: 2014.01.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
下巻。 「危機とそれに対する反応」として、伝統的社会における「建設的なパラノイア」という態度が説明される。他部族との遭遇や怪我、病気などによる命の危険が多い社会では用心深い態度が求められ、現代社会の観点からするとパラノイア的にも見えるが、確率の低い出来事も数多く繰り返されると危険であることを教示している。たとえば交通事故など。 ・狩猟や採集など、食物の獲得が不安定な社会では誰かがとったものは全て集団全体に分配する。これによって収穫の不安定さをならすことができる ・われわれは「危険」をマスメディアを通して知るため、めったにおこらないような事故を過大評価する。上巻の「建設的なパラノイア」の観点から言えば、飛行機事故よりも交通事故の方を重視して生活すべき ・糖尿病や高血圧など、非感染性疾患による死亡が現代社会では多い。カロリーや塩分を容易に摂取できる食生活の影響。 ・宗教の役割は 説明することー科学にとってかわられた 不安を軽減することー国家にとってかわられた 死への恐怖(死後の世界を約束する) 規範・道徳を与える 戦争の正当化(異教徒は殺してもよいという理由付け) に用いられてきたが、死への恐怖以外の点ではかつてほどの重要さはない。
0投稿日: 2014.01.27
powered by ブクログ今回の著作は人類が誕生して文明を築くまでの世界が舞台。 600万年前から1.1万年前までの長い時間軸の中で人類の特徴をあぶりだします。 ジャレド・ダイアモンド博士の長編論文が1.1万年前からの文明発展のことであったのに対し、より根源的な問題に取り組んでいます。 ただし、研究内容が人類の根っこ部分なため、ニューギニアから俯瞰するにはちょっと無理があったか、という感想です。
0投稿日: 2013.12.09
powered by ブクログニューギニア、アマゾン、イヌイット、アフリカ、北アメリカのインディアン等の「昨日までの世界」と現代社会を比較しながら、人間社会の事象の本質を明確にしていく現代の古典ともいうべき名著。 項目別に説得力の優劣はあるものの、下巻において特に出色は「戦争」「宗教」「言語」「死因」についての深い洞察。 個別に感銘を受けた部分を、今後時間をかけて引用していきたいと思う。
0投稿日: 2013.11.24
powered by ブクログ宗教の必要性(ほぼすべての社会に偏在している理由)は「物事に説明」(物語)を得るためというところが面白かった
0投稿日: 2013.09.07
powered by ブクログこれを「温故知新」と言う。 日本人にはなじみの概念だが、これだけの文章を尽くさないとアメリカ人にはわからないのか。 前2作に比べて衝撃は無く、ネタ尽き感がある。
0投稿日: 2013.08.21
powered by ブクログ伝統的社会と現代社会を、戦争と平和、子どもと高齢者、危険に対する対応、宗教、言語、健康それぞれについて比較している。 昔の伝統的社会の戻ったほうがいいとか、現代社会がすべてにおいて優れていると断定するのではなく、現代社会においても伝統的社会のいいところを少しでも学んで、取り入れられるところは取り入れたらいいのではないかと述べている。 例えば、塩分摂取量については、塩分摂取が少なければ血圧が低いというエビデンスはすでに証明されているので、無駄に多く摂取いないようにする。事故に会う確率が高い、自動車、アルコール、脚立、お風呂での転倒はできるだけ避けるか、注意を払って接する。二言語を話す人はアルツハイマーの発症が4,5遅いという報告がある。など自分自身の行動だけで変えられるものも多い
0投稿日: 2013.08.13
powered by ブクログ私たちの社会は私たちの身体が適応出来ないくらいすさまじいスピードで進歩してるようだ。いかに人類の歴史で「近代」が最近始まったことかと実感させられる。危険のあり方も変わってる。豊かになったように見えて貧しいままのこともある。色んなことに興味持って視野を広く知識は深く生きていきたいと思った。
0投稿日: 2013.07.07
powered by ブクログやっと下巻読みおわった。現代先進国の生活がいかに特殊か。相対的な視点を持つのに役立つ本です。新しい古いという固定観念をとっぱらって、様々な問題に対する解決法を考えて実行していけたら、私たちはもっとハッピーになれる。豊かであるとはどういうことなのか。選択肢の多い時代だからこそ、自分で考えて選びとっていきたい。
0投稿日: 2013.07.04
powered by ブクログ現代の西洋的な社会が出来上がる過程で、得たもの失ったものは何か。それを今に残る伝統的な社会(昨日までの世界)と比較することで提示されています。 下巻では、危険に対する対応までは、上巻と同じく比較調査をされています。その後、宗教、言語、病気が、昨日までの世界から、西欧的な世界に至る過程でどのように変わってきたのかを見せてくれます。 今の世界になって得たものの素晴らしさ、過去から学ぶことのできる失ったもの。その両方を取り入れて、未来を作っていかなければならないのだと、著者の熱い想いに、後半感動しました。
0投稿日: 2013.06.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
(以下、「上」のレビューとおなじ) 1.ジャレド・ダイアモンド『昨日までの世界 文明の源流と人類の未来』日本経済新聞出版、読了。『銃・病原菌・鉄』の著者による新著。「今日の世界」とはヨーロッパ化された世界。前著でその経緯を辿った。本書では工業化以前の「昨日までの世界」と対比する中で、文明の危機への処方箋を提供する。 2.J・ダイアモンド『昨日までの世界』日本経済新聞出版。「今日の世界」の根幹は国家の成立だ。しかし600万年に及ぶ人類の歴史の中で、国家の成立は5400年ほど前に過ぎないし、ここ百年で「今日の世界」となった事例も数多くある。歴史的にも人類は「昨日までの世界」で長時間過ごしてきた。 3.J・ダイアモンド『昨日までの世界』日本経済新聞出版。豊富なフィールドワークと人類学的調査から著者は、子育てや介護といった現代社会の岐路となる問題のヒントを「昨日までの世界」に求めるが、その論証は説得力に富んでいる。しかし、著者は同時に「過去への憧憬」も手厳しく否定する。 4.J・ダイアモンド『昨日までの世界』日本経済新聞出版。ヨーロッパ文明のおごりも否定する。成功は文化的に優れていたからではない。安易なイデオロギー批判とロマン主義趣味を柔軟に退け、叡智を学び未来へ開くこと。著者の文明論の集大成の本書は柔軟な思考と公平さの指標となるだろう。 5.J・ダイアモンド『昨日までの世界』日本経済新聞出版。なお9章は「デンキウナギが教える宗教の発展」(下巻所収)。文化人類学的宗教の役割変遷論のまとめ。7つの項目で検証した図表があるので紹介しておきます。 https://twitter.com/ujikenorio/status/340477492215291906/photo/1
0投稿日: 2013.05.31
powered by ブクログ「上」に引き続き。 ゆるゆると読んでいたおかげで、興味をひかれる部分が多く上を読んだ時のけだるさを感じないまま読了。 どのみち、他人事だと思って読んでいるからに他ならないのだが。 危機との遭遇や死亡原因、宗教、言語関連そして、健康について書かれてあるので、よけい興味をそそられた。 「宗教の定義の一例」や「暴飲暴食の事例」など挿入されている表が面白くて(失礼?!) 先に読んだ「銃・病原菌・鉄」に次ぐ薀蓄ネタ本として文庫になったらまた買ってみましょうか!
1投稿日: 2013.05.31
powered by ブクログ少し前?の伝統的な生活がどのように形成され、現代の生活・社会とどう異なり、何を活かすことができるのか、知的好奇心がフルに刺激された。少し前読んだNHKのヒューマンとつながる部分も多く、宗教や貨幣経済の構築を考える点が特に面白かった。
0投稿日: 2013.05.25
powered by ブクログ「銃・病原菌・鉄」でピューリツアー賞を受賞した人類生態学者である著者による一冊。上巻のテーマが、昨日までの世界と国家を持つ社会のマクロ比較であったのに対し、下巻である本書はミクロ アプローチ。 印象深かったのは死因の比較。パラグアイ アチェ族・一位 毒蛇、アフリカ南部 クン族・一位 毒矢、中央アフリカ ピグミー族・一位 樹上からの落下。生活違いすぎる。 その他、マクロがプラットフォームを同一性にした記述であるところミクロは異質をプラットフォームとしている。それだけに後半に語られる言語の多様性に対する賛美は秀逸。上下巻を通じて、大変有意義な旅に連れ出してくれたと感じます。 因みに、もっとも恐ろしいライオンは、老いてしまったり病気や怪我などで弱って、俊敏な動きができず群れから離れ「人間を襲うしか手だてがなくなってしまった」はぐれライオンだそう。気をつけます。
1投稿日: 2013.05.22
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
本書(下巻)では「危険に対する対応」「宗教、言語、健康」についての考察。中でも「危険」という概念に関する考え方が面白い。それは我々にも重要な教訓を与えてくれます。 言うまでもなく「伝統的社会」における危険とは、我々の世界とはかなり異なります。例えば「倒れてきた木の下敷きになる危険」というのは我々にはほぼ考えられないリスクですが、ニューギニアの密林の伝統的社会ではそれはリアルなものです。毎日のように密林のどこかで木が倒れる音が聞こえ、年間に100日くらいは村を離れて野営しているとしたら、その頻度は充分にリスクを計算すべき数字になります。我々が交通事故に注意するくらいのリスク回避はするべきなのです。それで彼らは「大きな枯木の下で眠らない」というルールを守っているのです。それを著者は「建設的なパラノイア」と名付けます。他にも病気にや怪我、あるいは見慣れぬ他者に対する病的なまでの警戒心は、一見過敏にすぎる反応に見えるかもしれませんが、それは生存するために必要な知恵を継承してきた結果といえるのです。 その考え方を現代に置き換えるとどうでしょう。原発の重大事故がが起きる確率が、仮に1000年に一度だとしましょう。しかし世界中に100基の原発が稼働したら、10年に一度は重大事故が起きることになってしまいます。現実的に我々はそんな世界に生きていて、残念ながら重大事故も一定のペースで起きているのです。「建設的なパラノイア」は現代社会においてもなお、失うべきではない生存の為のセンスなのではないでしょうか。 最後に言語の多様性について、著者はそれが失われつつあることを嘆いています。現在、地球上にはおよそ7000もの言語が存在しているそうですが、今世紀中に数百の言語を残して消滅するだろうと言われています。それが良いことなのかどうか。バベルの塔をはじめ、世界中の様々な神話において、人類は別々の言語を話すようになったことで意志を統一できず、争いが生まれたとも言われています。しかし著者は共通言語を学ぶ必要は認めながらも少数派の言語をなくすことはないと言います。多様性をなくすことの危険性を上回るメリットはないということでしょう。言語のみならず、部族や国家、文明の多様性を失うことは、一定の条件下において全滅する危険が大きくなる。その事実に逆行しているのが現在の文明であり、グローバリゼーションという言葉に表される単純化された構造の社会なのではないでしょうか。
0投稿日: 2013.05.18
powered by ブクログどこか遠い時代の遠い地域の話だった前二冊とは違い、明らかに昨日までの世界をつい最近まで生きてきたこの本の内容は今日の私たちと地続きに繋がっていて、考えさせられることも度々
0投稿日: 2013.05.14
powered by ブクログ上巻では、伝統的社会の紛争解決、戦争、子供と高齢者、について書かれていた。下巻では、伝統的社会におけるリスク、宗教、言語、健康・病気について書かれている。 伝統的社会における危険・リスクは現代社会との大きな違いのひとつに違いない。「建設的なパラノイア」と著者が名づける伝統的社会の人びとの行動が描かれているが、その行動は奇異に映っても昨日までの世界においては正しい行動であることがわかる。 宗教の話についてはその起源について考察し、人類が因果関係の把握という能力を獲得する中で、不安の軽減、事象に説明を付ける、癒しの提供、忠誠の証し、などの役割を持つようになったのではと推察している。ほとんどすべての伝統的社会に宗教的な習慣が存在するが、ここでも伝統的社会においては多様性が存在し、その定義を行うことも難しい。ここで行われた考察は、様々な形で行われている宗教に対する考察の中でも、もっとも納得できる考察のひとつでもある。 ちなみに、宗教について分析をしなければならない、と書いた後に宗教を分析するということに対してある種の人は不快に思うかもしれないという言葉を後につなげている。600万年前からの人類の進化を前提に話をしているこの時点でキリスト教の教義とは外れているので、いまさらなのだが、こう書かせる心理的圧力があるのだろう。こんなところからもアメリカが思ったよりも宗教大国であることが分かる。 言語については、その驚くべき多様性とその喪失について書かれている。 著者が書くように、伝統的社会へのまなざしが現代社会を改善することになるかどうかは分からない。しかしながら、自分たちの遺伝的形質が伝統的社会の習慣によって選択されてきたものであることは認識しておくことが必要だ。糖尿病や高血圧は分かり易い例だ。 明らかに現代社会は効率的かつ安全になっている。しかしながら多様性はどんどん失われている。それが本書の初めと最後に置かれた空港の描写が象徴的に示すところだろう。 『銃・病原菌・鉄』や『文明崩壊』のような書籍を期待していたのであれば、期待外れになるだろう。それでも、書かれなくてはならなかった書物なのだろうと思う。
0投稿日: 2013.05.11
powered by ブクログ著者のニューギニアでのフィールドワーク経験を生かし、西欧世界に「発見」された新世界の状況と西欧的現代社会を比べよりよき社会のためにできることを言語学、医学、生物学、社会学を横断し考察する。現代社会の良い点は多いが、進化的に無理をしている部分もあり、その補強のためには昔の社会に学べることもあると説く。 司法では、西欧の法律では関係者が事後関係を持たない可能性も高く、罪と罰を重んじているため被害者の心の救済は考慮されていない。一方、「昨日までの世界」では加害者と被害者は関係が途切れない可能性が高く、親族や村の関係者を巻き込んで関係を修復することに重点を置く。 リスクへの態度では、「昨日までの世界」では頻度の多い事柄に対しては、細心の注意を払う。現代社会では車の運転などリスキーな事柄に対して意外と注意を払ってはいないのではないかとする。 病気については、「昨日までの世界」では、感染症がほとんどだが、現代は糖尿病、ガン,高血圧など非感染症が死因のほとんどを占めるようになり、これは食物がふんだんな状況が遺伝的にまだこなれていないためとして、食生活を以前の様式を取り入れることで改善できるとする。
0投稿日: 2013.05.02
