
総合評価
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powered by ブクログ上下合わせて☆4.8くらい。 長いけど、読みたいと思わせてくれる小説だった。 一人でスキーをする場面が、印象的だった。自然との闘いではなく、思索的な旅だったのがよかった。
1投稿日: 2025.10.17
powered by ブクログ上巻はこちら https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4102022023下巻 上巻でハンス・カストルプがすっかり落ち着いたベルクホーフの人間関係だが、変化が訪れていた。 ショーシャ夫人は去った。 ハンス・カストルプの師匠のようなイタリア人セテムブリーニ氏は、治る見込みがないため療養所ではなく村で自活することにした。 そのセテムブリーニ氏の論争相手である先端的イエズス会士の若者レオ・ナフタ(頭は良いが体が悪くてやることできないイライラが出てる感じ)。 そしてついにヨーアヒムは、完治前に自らの意思で療養所を出て軍隊に入る。 ヨーアヒムがベルクホーフを出るなら、ハンス・カストルプも出るのが道理だった。そして今こそハンス・カストルプが平地生活に帰る機会だ。しかしすでにハンス・カストルプには、一日五回の食事、午睡、横臥療法、体温計測、散歩、議論と言ったものが当たり前になってしまった。それらがない平地には戻れない。少なくとも今ではない。 『魔の山』の始まりは、ハンス・カストルプが駅でヨーアヒムに迎えられる場面だった。そしてここで、ハンス・カストルプはヨーアヒムを駅に送りにゆく。 この場面は、ハンスとヨーアヒムが、感情をなるべく抑えながらどうしても溢れていることが感じられて素晴らしかった!(><)! それと同時に生活のためにあくせく働いている読者としては「金があるヤツはもーーーーー」とも思った(-_-;) また年月が経ち、療養所のメンバーも変わっていく。 ずるずると2年間も滞在しているハンス・カストルプを連れ戻そうと、叔父のティーナッペル氏が訪ねてきた。 しかしすっかり高原感覚になっているハンスを見て、叔父は逃げるように退散していった。 このあたりはなあ、現代風に書くと「え?これって当たり前ですよ?ぼくまた何か変なことしちゃいました?」って感じで若干わざとらしい(^_^;) 療養所の習慣にすっかり染まりながらも、ルール違反の楽しみ方も覚えたハンス・カストルプはスキーにも挑戦した。 だが帰りに吹雪に合って立ち往生する。 朦朧とする意識のなか、彼は生死について、時間について、自分の深い哲学に触れるのだった。 この場面、吹雪と、そして意識が朦朧とした20分程度に見た夢の描写が、美しさと壮大な残h酷さへ移り変わって大迫力でした!! そこへ、ショーシャ夫人が戻ってきた。だがオランダ人ピーター・ペーペルコルン氏と一緒だ!なんで!?僕が待ってるって知ってたのに!! と、いきり立つハンス・カストルプだが、話してみたらペーペルコルン氏こそ生まれながらのボスであり人格者であり論争が楽しい人だった!仲良くなるハンス・カストルプとペーペルコルン氏に嫉妬を見せるショーシャ夫人、なんなんだ 笑 下巻後半は、ハンス・カストルプに近い人達の死が語られます。これまた大迫力。「死」に向かう姿を克明に描写した小説にこれを加えよう。(ほかは、トルストイ「イワン・イリッチの死」とかジョン・ウィリアムズ「ストーナー」) そして終盤で何故か急にオカルト描写も!? 19歳のエレン・ブラントに霊感があり、彼女と親しい精霊が将来や遠くのことを知らせてくれるという。ここでベルクホーフに降霊会などの霊ブームが! 読者としては本物の霊ではないと思うけど、この時代は降霊や心霊って科学だったんですよね。とくに種明かしもない(机に仕掛けが合ったとか)ので、この終盤オカルト展開は今までと雰囲気が変わってました。 さらに何年もたち、青二才で人生の厄介息子として年長者から弟子扱いされていたハンス・カストルプもすっかりベテラン年長者になり、ベルクホーフでの扱いも軽くなってきた(^_^?)医師からも「完治したから帰ってもいいよ」と言われるが、それでも滞在続けていた。 ハンス・カストルプは一時期音楽に夢中になる。小説描写として音楽やオペラを文字で表現するのはうまいです。 そして第一次世界大戦の噂。ついに、ハンス・カストルプにも「その時」が訪れます。 彼は今までも自然の中でふっと「その時」が来た。ベルクホーフに滞在すると決めた時と同じように、ベルクホーフから去る時が来たことがわかった。 彼はベランダで寝ること、五回の食事、論争、音楽、体温計、そのような今までの当たり前からすっと抜け出たのだ。 物語の最後は、名前も知らない一人のドイツ国民、もしかしたらハンス・カストルプかもしれない男がいる場所、見たものを読者に伝える。そして終える。 <君は鬼ごっこによって、死と肉体の放縦との中から、予感に充ちて愛の夢が生まれてくる瞬間を体験した。この世界を覆う死の共演の中から、雨の夜空を焦がしているあの恐ろしい熱病のような業火の中から、そういう物の中からも、いつかは愛が生まれてくるであろうか?(P790)>
41投稿日: 2025.07.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
タイトルは小説の内容とはほぼ関係ないが、このサナトリウムの隔絶された世界で繰り広げられる人間絵巻は、読み応えがあった。多彩な人物との交流の中で、主人公のハンス・カストルプが大きく成長する過程が描かれる。色物関係はわれらがアイドル、ショーシャ婦人との交流は上巻ラストにかけて、素晴らしい筆致でクライマックスを迎え、ワルプルギスの夜という箇所でクライマックスを迎え、下巻での収まり方への繋がりも胸が高鳴った。下巻は論争の場や死の匂いも感じられ、世界文学として一気に高みへ引きあがる。もっともっと読書に充てる時間が必要と痛感した。時間切れだけど。
3投稿日: 2025.05.13
powered by ブクログメモ→ https://x.com/nobushiromasaki/status/1851546404067631108?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw
0投稿日: 2024.10.30
powered by ブクログ「100分de名著」のおかげで、遭難しかけながらも読み終わることができた。主人公とともに「魔の山」という閉鎖的で退廃的な空間に足を踏み入れ抜け出せるのかと怖くなった。終盤に向かうにつれ、戦争の足音が聞こえ、暴力や苛つきが蔓延し息苦しい。最後の主人公の選択やラストの一文に私は光を見たように感じた。
2投稿日: 2024.06.05
powered by ブクログ長い。とにかく長い小説である。 作家というものは、とにかくいくらでも長い物語を物語れる稀有の人たちであるということを実感させられた。
0投稿日: 2024.05.03
powered by ブクログいわゆる教養小説の代表作に位置し,明治の日本文学にも多大な影響を与えていることから,研究目的で読む分にはやりやすいだろう。
0投稿日: 2024.02.21
powered by ブクログ主人公ハンス・カストルプの高地国際療養所での周囲との交流と成長を描いた小説、 とあらすじはシンプルだが登場人物たちの議論や言動の濃密さとその影響を受けてハンスが精神的に変化していく様は圧倒的な描写で流石にビルドゥングス・ロマンの大傑作。忘れられない読書体験。人間関係のさまざまな側面、自然、病、科学、政治・経済、宗教、哲学、心霊、文化、遊び…とありとあらゆるテーマが飛び交い、延々と言葉が積み重ねられていく描写は人によっては「退屈」と感じられるのだろうし、長い『魔の山』登山を楽しんでいた私自身でも「一体何を読んでるんだ?」と混乱してくる場面もあったが、多感な青年の成長とは理路整然や首尾一貫よりは混沌としながら進んでいくものだと思うので、そうしたことを読書体験全体としても感じられた。読んでよかった!
0投稿日: 2024.01.19
powered by ブクログうーん。あまり面白くなかった。これが世界文学の名作とはね。 まずいたずらに長い。さらに啓蒙と虚無の論争、古い。ただ、ラスト。主人公ハンス・カストロプを捉えるカメラのような語りはよかったかな。そこにいくまで文庫で1400ページ。2月超かかった。はっきり言っておすすめしない。 人生の意味とかヨーロッパの精神とか、大きなものを大きく考えたい人にはいいだろうけれど…。ある年代を過ぎると無理かもね。
0投稿日: 2024.01.13
powered by ブクログ最後に至るまで思弁的で、冗長で、密度が高く、読むのが辛かった。 しかし、読み終わって思索してみると、ハンス・カストルプの凡俗さに人間存在の危うさが垣間見れる力作であった。 女性の描かれ方が考えさせられる。観念、理性が男性に割り振られ、情緒、感情が女性に割り振られている。 ショーシャが連れ戻ってきたピーター・ベーペルコンの存在感が印象的だった。
0投稿日: 2023.07.09
powered by ブクログゲーテのヴィルヘルムマイスターと並ぶドイツ教養小説の名著。1924年作。 主人公ハンス・カストルプはスイス山奥のサナトリウムでの療養という非日常の世界で、出会い啓蒙喪失葛藤を通して成長していく。 思想、政治、イデオロギー、宗教、哲学、文学、オペラ、自然科学、神秘体験等とにかく広範なリベラルアーツや当時の西洋アカデミズムに触れることができて面白い。西洋でいう批評精神批判精神がどういうものかもよく分かる。が、上下巻1400ページにわたる大著、博覧強記の教養、読み終えるのに苦労しました… さて、下巻。 いとこで親友のヨーアヒムの臨終の場面はとりわけ迫真で胸に迫る。大人物ペーペルコルンとの出会い対決別れ、憧れの女性ショーシャ夫人との別れを経て、霊感の強い少女ブラントを霊媒に死んだヨーアヒムと再会するが、非業の死を遂げた親友を無理やり呼び出したところでかける言葉などあるはずもない。二人の師の決闘によりナフタは自ら命を絶ち、庇護者である大叔父も死ぬ。失意と諦念の中、主人公は第一次大戦の戦火の中に飛び込んでいく。 この作品は無垢な青年が病い戦争個人的な不幸に翻弄されていく悲劇の物語ではあるが、彼もまた第一次大戦やその他多くの戦争で死んだいった多くの若者たちの一人に過ぎない。主人公ハンスが、自分も他者をも正当化しない潔さというようなものを獲得したということを一つの希望にしたい。
2投稿日: 2023.01.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ついに読み終わりましたよ、上下巻1400ページの大作! 若い時なんで読まなかった、いえ、読めなかったのでしょうね。大作ということならもっと長大編を読みましたものね。でも、とにかく夏の暑い盛りに(豪雨もありましたが)汗かいてよくこの歳で読めたと自分で感心してます。 作家倉橋由美子さんは病気になるとベットに持ち込み読んで、読み終わると病気が治るのが理想だそう(『偏愛文学館』)10年ごとに読みたくなったそうですが、そんなに病気になるのはちょっとどうも、ですよね。 主人公のハンス・カストルプがスイス高原のサナトリュウムへ、いとこの見舞いに行ったら自分も結核になっていたということがわかり、いっしょに入院、療養に長き時を過ごすその間に、いろいろな人たちがああでもないこうでもない。 ストーリーは複雑ではありませんが、登場人物達のセリフというかおしゃべりが摩訶不思議なので、なかなか噛み応えがあります。 考えさせられるような、しかしわけのわからないような登場人物たちの御託、まじめなんだかどうなんだかですけど、ちょっとユーモラスでもありかつ大変勉強になります。 ハンスが不倫の恋に落ちるクラウディア・ショーシャ夫人は、竹久夢二が描く女性のように「くんにゃり」としているようにわたしは感じました。『トニオ・クレーゲル』に出てくる少年達のように、ハンスが少年の時に好きだったプシービスラフ・ピッペ少年にその夫人がそっくりなところもちょっとドキッとします。思わず『トニオ・クレーゲル』も再読してしまいました。 これはほんのさわり、内容は思索的、精神的なことに色濃い作品です。当然ですよね、ノーベル文学賞作家ですもの。しかし、純真無垢なハンス青年がスイスの恵まれた療養所でゆっくりと(7年も!)思索的人生勉強なんて、やっぱり物語だからです。 トーマス・マンはこの物語で「時の流れ」ということを、とてもうまく表現していると思います。あれもこれも時の過ぎ行くまま、読み終わってほっとしております。
2投稿日: 2021.08.24
powered by ブクログ上下巻の大長編なので読み通すのに精一杯、というのが正直な所だが教養小説を志向しただけに、様々な、そして趣の異なった魅力がふんだんに詰まった小説だった。 第一としてはセテムブリーニ、そしてナフタとの議論、この部分が通読して一等面白かった。第二はシャーシャ夫人との恋の行方だろうか。第三にはマンの本作における時間感覚。小説内の時間の問題についてはジュネットの『物語論』を適用させられるのだがそれだけでは済まない〈魔の山〉独特の時間の流れ方を考えてみるのもよいかもしれない。 続けようと思えば何処までも続けられる類の小説なのだろうが、一応の筋はあるので、それに関して思った事と言えば、これは獲得と喪失の話なのだろうな、という事。なるほどハンス・カストルプなる青年は教化されて上巻に比べれば一端の論客になれそうなくらい、知恵はついたし深く物事を考える態度を得た。その一方で、親しい人々が次々と死んでいく。この経験は果たして青年ハンスに何をもたらしたか、そこに内面の成長を喚起させるものがあったか、まああったのだろう、敬虔さを身に着けたのかもしれない。それにしても親しい人の相次ぐ〈死〉という喪失による精神的ダメージを次々と経験していくさまが痛ましいとは思えないか。わたしならこれは堪らない。後追いというわけではないが、ハンス青年は切実な心持ちで〈死〉に接近していたはずだ。 しかしながらマンもあこぎな事をする書き手で、ハンス青年は病が癒えてしまう。結核療養所である〈魔の山〉においては、死神がすぐ横に侍している病人ばかりである。その中でハンス青年は〈魔の山〉においてはストレンジャーになりうざるを得ない。快癒したのならば下山すればよいのだが、彼は幼い時に両親を失っていて、七年間も過ぎたら彼の帰りを待つ人や場所(勤め先)もなくなった。死神に去られたハンス青年は〈魔の山〉の居住資格を失って、かつ帰る場所もない。喪失したアイデンティティーである〈死〉を求めて、あるいはヨーアヒムの果たせなかった軍務を代理して成就させるためを以て、いずれか、それとも両方の理由から第一次世界大戦に出征したのではなかろうか。 この幕引きのための最後の十ページほどの中に戦場に臨むハンス青年の心理や思考は詳しくは描かれない。解釈に正解も間違いもない、マンが答えを示さなかったのだから読んだ人間の数だけ解釈があってよいはずで、なので幾つか『魔の山』論を読んでみたい気にさせた。読み終えてもまだまだ考えたい事柄が残るというのが名作の条件だと個人的に思っていて、その点からすれば本作は紛うことなき名作である。
2投稿日: 2020.10.12
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
アプリによると、上巻を読み終わったのは2012年のことらしい。今から8年前です。 長い年月をかけて、久しぶりに読書を再開して、読み進めてようやく読み終わった。再開するまでは、この本は難しくて面白くもないという印象だったが、久しぶりに開くとなんと面白い本じゃないかと思った。 特に第6章の雪という節には非常に引き込まれた。巻末で、この本の所謂山場はここだという文を読んで納得した。つまらない感想だと思うけれども、人生の煌めきと刹那が詰まっている。 人物も魅力的。ハンスもヨーアヒムも、ナフタもセテムブリーニも、ショーシャもペーペルコルンも、ハンスをめぐるたくさんの人々が現れては去っていく。人生はどれも儚いものだけど、皆それぞれがたくさんの人との出会いや出来事を経験している。ハンスはこのまま歴史の渦に消えていくのかもしれないけども、この本を通して私たちは一人の些細な青年の人生を経験する。
0投稿日: 2020.09.17
powered by ブクログまるで時間の流れそのものを描こうとするかのような 非常に挑戦的な試みだと感じた。 面白いか、面白くないか以前にとにかくすごい! よく書こうと思ったな、という印象。 壮大な試みが作品として成立していることがすごい。 (執筆に8年くらいかかっているとのこと) 本作はストーリーを楽しむタイプの小説ではない。 ストーリーの進行に対して費やされる文章の量が半端 じゃなく、説明的すぎる文章も多いので退屈に感じる場面もしばしばあった。何度も途中で読むのをやめようと思ったが、辛抱して読了。忍耐力がいる作品だった。 この作品のすごいところは舞台である療養所、ベルクホーフに流れる時間を実体験できる(ような気がする)ところである。 うまく言えないが作品の中に独特な時間が流れている。こういった試みの成功により文学の可能性をさらに広げたことが魔の山が世界的名作として永きにわたり読み継がれる所以なのだろう。
0投稿日: 2020.04.04
powered by ブクログまさかの結末に、とにかく衝撃。あんな終わり方するなんて、これまで連綿とただただ綴られた物語の幕が、一瞬にしてスパンとシャットアウトされたような、とにかく嘘でしょって言いたくなる終わり。物語自体は面白いとか、つまらないとか、そんな感情なくただただ日常を歩むように紡がれている。今まで読んだことのないタイプ。 強いて言うなら、下巻よりは上巻の方が好きかも。
0投稿日: 2020.03.07
powered by ブクログなるほど、詰め詰めに詰め込まれている。 科学と自然、病と健康、人文主義と虚無主義。西欧と東洋。富。隷属。音楽。恋愛。戦争。 これだけてんこ盛りにされていれば、この本を脳内に分類始末をつけるに際して、気圧されたように「これは教養文学である」と言って逃げたくなる気は分かる。 逃げずに、ここに書いてあったことを整理してみようとすると、時間をくださいと言いたくなるのが正直なところ。しばらくかけて(下手したらこの後の人生をかけて)考えてみる。
0投稿日: 2019.04.22
powered by ブクログくっそムカつくしイライラする展開ばっかりなんだけど文学作品として最高峰のレベルに位置しているのはわかる。不条理をありありと描いた小説。
2投稿日: 2018.11.06
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ドイツ教養小説。 ドイツにはそんなジャンルがあるのかと尻込みしてしまう。 職場が変わって1年。 『文章の改行は文節ごとに。単語の途中など、意味上の切れ目でない場所で改行するのは美しくない』という社内のルールに、どうも馴染めない。任意の場所で改行して良いなんて学校では習わないはずなのに。 そんな時、上巻322-323頁を開いて唸った。1度も改行のない見開き。これだ、これだよ。 いつか読んだネットの記事で、保守と革新の分岐点についての解説があった。 曰く、人類の進歩の可能性をどう評価するか、にあると言う。 人類は過ちを犯すし堕落もしてしまう。従って過去の教訓を活かして再発防止を積み重ねるしかない。特定個人に依存するのは危険であると考え、過去から学ぶ、あるいは(堕落する前の)過去に戻ろうとすると、保守的になる。 いや、人類は進歩することができるし、これまでにない新たな価値や枠組みを構築できる。過去にはなかった何かを提げた特別な誰かが現れる日が来る。進歩を信じて新しいものを求めると、革新的になる。 確か、そんな話。 俗世から離れて療養に専念するする環境で、直子とレイコさんにも出会うんじゃないか思っていたら、順番はその逆。ワタナベが阿美寮に持っていくのが魔の山だった。 なんだってそんな本を、とレイコさんは言う。そりゃ言うよな、無事には出られぬ天国地獄。 (物語を終えるのに)まさか7年とはかかるまい、とまえがきで筆者が言い、3週間で旅は終わると主人公が繰り返し言う。結局主人公は7年滞在し、筆者は物語を終えるのに12年を費やした。 最初の数日がたっぷり時間をかけて描写される。 変化に富む毎日とは、その時はあっという間に過ぎていくように感じるかもしれないが、振り返れば長く感じる。一方で規則的で単調な時間は、振り返って見ればただの1日に過ぎないように感じられる。そんな話が挿入される。 すると、物語の中の時間がどんどんスピードアップして行く。まさに規則的な毎日が圧縮されて進んで行く。 物語の中で、時間は完全に支配されている。 話の中で、人類の進歩を信じた教師は、ライバルを失い、生徒も失った。自身の命もそう長くはなく、仕事は達せられそうにない。 人類に懐疑的だった宗教家は、傷つき憤った挙句に自死を選んだ。 その後には、保守も革新もない。戦争がやってくる。 主人公の内面に寄り添って来たところから一変。 従軍が始まるや、描写は急に彼から距離が取られる。よく知った家族・友人が・知人が戦場を駆けて行く。一体何の為に? そして堪らず作者が主人公に語りかける、『さようなら』。 長く困難な物語に付き合うのは率直にいって退屈で苦痛でもあったが、こうして終わる頃には感慨も少なくない。不思議なもので、物語を通していつしか心情も支配されていたんだろうか。
2投稿日: 2018.04.07
powered by ブクログ若い頃でないと読み切ることが難しい。 それほど本書は読者に背景を理解するためのハードルを上げる。 宗教家と教師との長い論争は最たるもの。読者もまたその理解を求められる。
0投稿日: 2016.12.03
powered by ブクログ堪能しました。 人文学者で合理主義者、ハンス・カストルプの師であるところのセテムブリーニの長々しい語りだけでも充分興味深かったのに、彼に強烈なライバルが現れる。 イエズス会の会員であり、宗教のためならテロやむなしとするナフタ。 この二人がそれぞれハンスを自分の陣営に引き込もうと語る語る。 ふたりに挟まれた形のハンスは、お互いに極論ばかり言わないで、何とか妥協点を見つけることはできないのだろうかとこっそり思うくらい。 現在の日本に生きる私は、やはりセテムブリーニの言い分の方が近しいと思える。 人間の尊厳であるとか、文学が持つ力であるとか、注意深く政治を見つめることとか、経済の重要性とか。 神の前にはすべてが等しいというナフタの理論は一見素晴らしく思えるけれども、神のためなら自分の命も他人の命もなんということはないという、テロリズムを容認するような考えは、宗派を問わずとても恐ろしい。 けれど、それが宗教の中心にあった時代は確かに存在し、それはキリスト教だけではなく、日本にだってあったのだから、まさに人間の問題なのかもしれないと思えてしまったり。 この二人のやり取りで格段に面白くなってきたぞと思ったら、もっと上を行く強烈な人物ペーペルコルン氏登場。 とにかく主語と述語がかみ合わないというか、文章を最後まで言わないで次の文脈に進んでしまうので、読んでも読んでも何を言っているのかわからない。 実際にそばにいたら、絶対イライラすると思うけれど、よくわからないことを自信たっぷりに語る大金持ちでやりたい放題のペーペルコルンは、なかなかに憎めなかったりする。 それが、唐突に療養所に持ち込まれた蓄音機によって、音楽について語られる章があり、心霊術の章があり、終焉に向けて一気に物語が動き出す。 ドイツ人であるトーマス・マンにとって、民主主義は最初単なる政治形態にすぎなかったのだが、第一次世界大戦後に民主主義と人間性の尊厳が結びついたとき、ナチスに抵抗する者としてアメリカに亡命するに至るのだということを解説で読み、改めてセテムブリーニとナフタのやり取りが重みをもって迫ってくる。
0投稿日: 2014.10.22
powered by ブクログはっきり言って、よく分からなかった。 ・文章が分かりづらく、頭に入って来ない ・宗教や共産主義あたりに関する知識がついていけない ・やり取りというか論争が形式的で何処まで真面目に取り合うべきなのか分からない ・童貞臭い
0投稿日: 2013.09.17
powered by ブクログ読んだ。面白かった。長かったなあ。執筆に12年の歳月を要したとのこと。 心身にこたえたタイプの面白さです。 難解な哲学的思索・論争を展開するのみならず、そこかしこにユーモア・諧謔精神までもが散りばめられているのです。このウィットに富んだところがにくい。富野作品のザブングル(古い)を思い出したりしました。 「ファウスト」(未読)、「ツァラトストラ」(既読)、と並ぶ20世紀文学の名作と言われているらしいけれど、“三枚目”で好感が持てました。サンバルカン(古い)で言うところのバルパンサー(イエロー)感があったような無いような。
0投稿日: 2012.12.08
powered by ブクログ1924年に出版された小説にこんなに共感出来るなんて意外でした。「精神と肉体」だとか「生と死」だとか「愛」だとか「時間」だとか、そういったかたちのないもの、理屈で解明出来ないものとはやはりいつの時代にも不変のテーマなんですね。そしていつの時代の人々も、同じようなことを感じ同じようなことに苦しみ同じような結論を出す。面白い。本当に面白い。
2投稿日: 2011.07.21
powered by ブクログナフタがとても好きだ。 現実的なのは病であとは精神的世界と教養的世界で語られていたように思う。 ナフタの最期とハンス・カストルプを目覚めさせた戦争がそれまでの世界とのギャップでくらくらした。 ナフタが出て来てから物語は飛躍的に面白くなったけど、上滑りしたら意味ないのでじっくり読んだ。 作中語られるように確かに錬金術的物語だけど、重要なテーマの一つとなっている「時間」についてをあの魔の山の上で描くのなら理想的な長さの作品だと感じた。
0投稿日: 2010.07.31
powered by ブクログドイツ文学の三大名作の一つ。とにかく大変でした。自分にはめずらしく読破するのに1ヶ月かかりました。内容は面白かったのですが、一つの作品に盛り込むには内容の種類が多すぎると思いますね
0投稿日: 2007.12.22
