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powered by ブクログ2017.富山大学 芸術文化学部 芸術文化学科Ⅱ類デザイン情報コース/芸術文化キュレーションコース/建築デザインコース 小論文 前期 2018. 群馬県立女子大 文学部 英米文学科 小論文 後期 2018.甲南大学 マネジメント創造学部 マネジメント創造学科 マネジメントコース 小論文 後期 2018.神戸女学院大学 人間科学部 心理・行動科学科 環境・バイオサイエンス学科 小論文 後期 2022.琉球大学 国際地域創造学部 国際地域創造学科 小論文
0投稿日: 2025.06.27
powered by ブクログAIが人間の意思決定を凌駕するシンギュラリティは来ないという。なぜなら、AIは意味解釈ができず、意志を持たないから。 2016年の本でLLM以前だからもう古くなってしまっていることは否めない。意志をもたないことは今でも同じだと思うが、意味解釈についてはかなり実現してしまった。というかむしろそもそも人間の意味解釈自体が確率論的連想にすぎなかったなんじゃないかということがわかってきたと理解している。 AIは道具ということはごもっとも。 「インターネットや人工知能技術の基層には、高みを目指す一神教的な理想主義と宇宙観があるのだ」という考え方には、プロ倫的な意外性に面白さは感じるが、根拠は希薄でちょっとついていけない。偏見にもつながる。
0投稿日: 2024.10.06
powered by ブクログ副題を意識しないままに読みはじめた。人工知能を完成させるためのビッグデータ……そんな誤解があった。しかし、本書を読み進めるうちに、人工知能に対する誤解や、SFに出てくる「意思」を持った機械、人類に君臨するコンピュータが出現することの困難さを理解できた。p.147「そういう疑問をふまえて、近未来のコンピュータ文明のあり方をさぐるのが本書の目的」が腑に落ちるのだ。基礎情報学をもっと知りたい。
0投稿日: 2023.11.18
powered by ブクログビッグデータ、人工知能両方の初心者の立場として本書を手に取りました。副題が「可能性と罠を見極める」ということで、本書はまさにその両方について書かれているのは理解できました。ビッグデータと人工知能はセットで考えるべきであること、また両者が掛け算されることでディープラーニングというテクニックが可能となって、ここから汎用人工知能や人知を超える?人工知能の可能性が議論されている、といったことが書かれていました。そして著者の一貫した主張は、「人工知能は人間を超えない」です。私自身はこの主張は説得力があったと思います。確かに特定分野では人間の能力を超えて何かができるとは思いますが、それをもってして人間を超えた、と判断するのは間違っているでしょう。この分野の新聞、雑誌記事は少し冷静な視点でこれから眺めてみたいと思いました。本書が面白かったのは、かなり哲学的な要素も入っていたことです。主観と客観の対比、オートポイエーシス理論、また宗教観などで、その多くは私も共感しました。情報学の中身に入ると、やさしく書かれているとはいえやはり意味がわかりづらい箇所が多かったのですが、大枠の意味は伝わりました。興味深く拝読させてもらいました。
0投稿日: 2023.04.30
powered by ブクログ6年前の本だけど、そもそもこの分野に詳しくないから十分勉強できた。 著者は人文系の学問にも通暁していて、その視点からも現代の技術観を検討しているから、文系でもなんとかついていける。
0投稿日: 2022.06.14
powered by ブクログ近い将来AIに人間が振り回されるという状況にならないように、新設されるデジタル庁の方々にぜひ読んでいただきたいものだ。
0投稿日: 2021.01.20
powered by ブクログ人間(生物)と人工知能は根本的に違うことを説き、人工知能に人間か取って代わるというシナリオは甚だおかしいと。これを読むと、恐らく、人工知能云々を超えて、「情報学」という学問分野にも興味が掻き立てられると思う。
0投稿日: 2020.12.20
powered by ブクログこれからの日本が迎えるであろうAI社会がどのようなものなのか、人間にどのような影響を与えるのかが分かった。映画で見るように人間の力を超越したAIが世界を支配するなどと人間に悪影響を与えることはないのかなと感じた。
0投稿日: 2020.08.11
powered by ブクログ16.9.10 トナメール ---------------------------- 実は『ビッグデータと人工知能』は日経の書評で5★で紹介されていたので 早速Amazonで購入しようとしたら。7月出版に関わらず全て出品者から しかなく発注を見合わせていたら、日経経済教室に載っていました。 「Deep Learning」はバズワード状態になっていましたが、「AIは生命 ではなくIA(インテリジェンス・アンプリファイアー)である」は目から鱗。 アンプリファイアーだからこそ、その限界を知りながら皆が参入でき 市場規模が90兆になるのでしょう。低コストセンサーがネット収集した ビッグデータとAI(IA)はIOTの兄弟分です。日本得意なハードが大変革 する最大チャンスが訪れています。
0投稿日: 2019.05.31
powered by ブクログコンピュータ・ソフトの研究開発に携わる著者が、近年注目を浴びるビッグデータ、AI、ディープラーニング、シンギュラリティなどについて、基礎情報学に基づいて整理する本。2045年にコンピュータが人間を凌駕するシンギュラリティは、超越的な造物主を信じるキリスト教の思想に基づいた発想であり、実際には実現しないと論破するところが興味深い。
0投稿日: 2019.05.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「ビッグデータと人工知能」西垣通著、中公新書、2016.07.25 219p¥842C1250(2019.02.21読了)(2019.01.21購入)(2016.08.20/2刷) 副題「可能性と罠を見極める」 【目次】 まえがき 第一章 ビッグデータとは何か 1.1 データが主役の時代 1.2 富とセキュリティ 1.3 超えるべき壁 第二章 機械学習のブレイクスルー 2.1 人工知能ブームの再来 2.2 深層学習の登場 第三章 人工知能が人間を超える!? 3.1 シンギュラリティ狂騒曲 3.2 生物と機械の違い 3.3 ロボットとのコミュニケーション 第四章 自由/責任/プライバシーはどうなるか? 4.1 一神教の呪縛 4.2 社会メガマシン 第五章 集合知の新展開 5.1 ビッグデータと集合知 5.2 人間と機械の協働 あとがき 注 おもな参考文献 ☆関連図書(既読) 「人間機械論」ウィーナー著・池原止戈夫訳、みすず書房、1954.01.15 「科学と神」ウィーナー著・鎮目恭夫訳、みすず書房、1965.. 「第五世代コンピュータ」ファイゲンバウム・マコーダック著、TBSブリタニカ、1983.08.01 「エキスパートカンパニー」ファイゲンバウム・マコーダック著、TBSブリタニカ、1988.12.09 「第五世代コンピュータ」元岡達・喜連川優著、岩波書店、1984.10.05 「第5世代コンピュータを創る」淵一博・赤木昭夫著、日本放送出版協会、1984.11.01 「第五世代コンピュータへの挑戦」渕一博著、三田出版会、1990.07.25 「第五世代コンピュータ」那野比古著、教育社、1985.05.30 「めざすは新世代コンピュータ」上前淳一郎著、角川文庫、1988.04.10 「人工知能」スレイグル著・南雲仁一訳、産業図書、1972.01.19 「人工知能の衝撃」那野比古著、日本経済新聞社、1984.08.24 「パソコンAIのすすめ」那野比古著、電波新聞社、1986.12.25 「人工知能」長尾真著、新潮文庫、1986.04.25 「人工知能と人間」長尾真著、岩波新書、1992.12.21 「AI 人工知能のコンセプト」西垣通著、講談社現代新書、1988.10.20 「秘術としてのAI思考」西垣通著、筑摩書房、1990.01.30 「電脳汎智学」西垣通著、図書新聞、1994.02.21 「麗人伝説」西垣通著、リブロポート、1994.02.25 「マルチメディア」西垣通著、岩波新書、1994.06.20 「聖なるヴァーチャル・リアリティ」西垣通著、岩波書店、1995.12.05 「インターネットの5年後を読む」西垣通著、カッパ・ブックス、1996.04.25 「インターネット社会の正しい読み方」牧野昇・西垣通著、PHP研究所、1996.11.07 「デジタル・ナルシス」西垣通著、岩波・同時代、1997.01.14 「メディアの森」西垣通著、朝日新聞社、1998.10.30 「こころの情報学」西垣通著、ちくま新書、1999.06.20 「刺客の青い花」西垣通著、河出書房新社、2000.11.20 「IT革命」西垣通著、岩波新書、2001.05.18 「1492年のマリア」西垣通著、講談社、2002.07.05 「アメリカの階梯」西垣通著、講談社、2004.09.07 「ネットとリアルのあいだ」西垣通著、ちくまプリマー新書、2009.12.10 (「BOOK」データベースより)amazon ビッグデータ時代の到来、第三次AI(人工知能)ブームとディープラーニングの登場、さらに進化したAIが2045年に人間の知性を凌駕するというシンギュラリティ予測…。人間とAIはこれからどこへ向かっていくのか。本書は基礎情報学にもとづいて現在の動向と論点を明快に整理し分析。技術万能主義に警鐘を鳴らし、知識増幅と集合知を駆使することによって拓かれる未来の可能性を提示する。
0投稿日: 2019.02.18
powered by ブクログ以前に一度、図書館で借りたことを忘れて、また借りてしまった。しかし、内容も完全に覚えていたわけでもないので、読んでよかったと思う。 人工知能というのは、もともと人間を知るということが大事だったのではないかと自分は思っている。そのために人間の論理能力を装着させていたのではないか。しかし、いまやシンギュラリティが、どうのこうので、人間が人工知能に追い抜かれてしまうという危機があるようである。 ユダヤ=キリスト一神教という文化が、人工知能に対する態度にも影響を与えているらしい。神が人間をつくったように人間がロボットを作るということは、すなわち、今現在、人間様が、神の地位に立ったはいいが、すぐさま、その人間様が、人工知能に追い抜かれていく、という話である。 また、人工知能の心臓部に、深層学習というのがあるが、結局は統計を使っているだけなのである。でも、統計を馬鹿にしてはいけないと思う。相関関係しかできないとうが、因果関係を理解できる人間はどれだけいることだろうか。 人は得てして、統計のようなものに対面すると、驚きを隠せない。チェスや将棋、囲碁に人工知能が勝った、というニュースは人を驚かせる。 だが、私が危惧するのは、囲碁において、変な負け方をしたことがあったことである。人工知能は、人間とは違うのである。 だから、自動運転車の開発において、責任の所在が分からなくなることもある。今は、まだ洗濯機や冷蔵庫などの家電が勝手に動いている程度だが、車では、事故の危険性が高くなる。 さて、人間と人工知能は、生物と機械という意味において違うものである。でも、これも、不思議なもので、身体を作ってしまえば生物になるということである。人工生命という分野もあるから、そうなると、淘汰がかかり、進化していく、というのも、見られる。 人間のシミュレーションを作る意味がなくなっているように感じる。人間のシミュレーションは所詮人間である。それより、便利さ、効率性を重視しているように思われる。そうしたら、仕事がなくなるというのもわかる。でも、所詮、仕事はなくならないのである。便利さを追求するための便利さをずっと考え続けていくというのが、暗い未来ではなかろうか。 人工知能が世界を支配する、というよりも、ある特定の独裁者が人工知能になりすましする可能性もある。私はこのほうが危険であるし、現実味を帯びているように思えて仕方ない。
0投稿日: 2019.02.07
powered by ブクログ著者の作品は記憶にあるだけで、過去に2冊読んでいた。 「マルチメディア」「マルチメディア」 多分そのときにはそれほど印象に残らなかったのだが、今回は非常に感銘を受けた。 80年代からAIをタイトルにした著作があり、コンピュータの専門家である。 本作は比較的平易に書かれわかりやすい。 最も興味深かったのが、シンギュラリティを含め、AI・ロボットの可能性をほぼ否定しているところだ。 一般的には近い将来AIに人間が取って代わられる、所謂「シンギュラリティ」が問題としてメディアを賑わせている。 どちらかというと、それは決定事項として語られる。 しかし、著者はそんな心配はしなくても良いと説く。 AIと人間には決定的な違いがあり、それは理論的に超える事ができないのだと。 マインドアップローディングやシンギュラリティなどSFの世界のおとぎ話であると。 思えば「2001年宇宙の旅」でHAL9000に宇宙飛行士は殺される。 鉄腕アトムは人間の指示を無視して太陽に突っ込んでいった。 両者はAIについて逆の可能性を見ているが、早くからシンギュラリティを夢見ていたということか。
0投稿日: 2018.12.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
☆人工知能におびえるな。ビッグデータと人工知能と集合知の結び付けが大事。 ☆集合知の活用には専門知が必要。 (参考文献)『ビッグデータの正体』、人工知能は人間を超えるか 松尾、『ポスト・ヒューマン誕生』、ロボットは友だちになれるか、インターネットを生命化する、基礎情報学のヴァイアビリティ (著作)『集合知とは何か』、『AI』、『続基礎情報学』、ネット社会の「正義」とは何か、
0投稿日: 2018.11.19
powered by ブクログ【ノート】 ・西垣センセーの情報学のテキストは、難しそうな面構えの割に読みやすい印象があったので、本書も期待して読み始めたのだが、人間と人工知能との比較検討が乱雑。特に中盤から終盤にかけてはその印象が強い。 例えば。 芸術は過去にないものを創り出すものだが、人工知能は過去のパターンから持ってくるだけなので、よって芸術は人間によってしか可能たり得ないというくだりがある。著者のお仕事と本書の性格から言って、では、人間が芸術を創り出す時の知能のプロセスが、人口知能のそれと、どう違うのかということを提示してくれて然るべきでわ? ・ただし、人工知能肯定派(カーツワイルとか)は、まだ解き明かされていない人間の知能の働きを、モデル化という形で単純化したまま、処理速度の向上を以ってシンギュラリティの強力な論拠としているが、それでは知能の働きの大事な部分がこぼれ落ちたままになるという主張には強く同意。とは言え、色々なものの解像度が粗くなっていくのは、例えば音楽のアナログ→デジタルへの移行やインスタント食品なんかとも共通な現象なので、文明の発展の必然なのかもという気持ち(諦念に近い)もあるけど。 ・それと同時に、人工知能に感情や心がないと断定はできんでしょうとも思う。人間だって、人体を構成している物質は分かってるけど知能や心の働きは未解明。もしかしたら未知の物質なり引力・斥力の働きによる動的生成なりで動いているのかも知れない。だから、トランジスタやシリコンでできているものにも「心」の動きがあるかも知れない。戦国魔神ゴーショーグンで「機械は友達!」とかって言ってたアレだ(違うか)。 ・AI礼賛なバラ色SF未来への批判的論旨をふむふむと首肯しながら読み進めていったら、あれれ?肝心なところの紐解きはスルーですか?というのが散見される印象。ただし、読む価値はある本だと思う。
0投稿日: 2018.10.28
powered by ブクログ情報工学の専門家によるビッグデータと人工知能に関する本。主として人工知能について、どういうものかが説明されている。今後どうなっていくかについては、人間の脳に並ぶとか超えることは考えられないというのが結論。人間の脳と同じような仕組みを目指すというような研究開発は失敗する可能性が高く、安易に乗らないことを警告している。説得力があった。ただ、自らが関与した研究や哲学的な論述など、回り道が多いようにも感じた。 「ビッグデータ分析の最大の魅力は、当初の使用目的とは異なるさまざまな角度からデータを眺めることで、思いがけない発見が得られることに他ならない」p30 「(人工知能キーワード「論理」→「知識」)人間は問題を解決し意思決定をおこなうとき、筋道を立てて論理的に考えようとする。だが、それは積み重ねられてきた社会的体験に基づく知識を踏まえたものなのである。難しいパズルに挑戦するときのように、論理だけで判断するわけではない」p59 「人間は日常、常識に基づいてフレキシブルに行動している。だが、この常識というのがクセモノで、いわば矛盾や誤りだらけのしろものなのである」p64 「軍需産業の支援の下で、人工知能技術が進歩発展していく可能性は高い。そして、その詳細は一般には決して公開されないだろう」p103 「ロボットに搭載された人工知能は、基本的に、論理処理を行う機械である。そして、ロボットの「体」は、多細胞生物である動物とはちがって、あくまで人工知能の指令に従って動く忠実な物体である」p131 「科学技術分野は多かれ少なかれそうだが、日本のIT業界は原則として、徹底した欧米追従である」p163
0投稿日: 2018.10.21
powered by ブクログ単なるバズワードの解説本ではない。 シンギュラリティに騒ぐ世間を批判し、AIではなく、IA (Intelligence Amplifier)こそ来たるべき未来だと説く。地に足をつけて、自分もこの時代のエンジニアとしてコンピュータの可能性を広げていきたい。
0投稿日: 2018.08.21
powered by ブクログシンギュラリティ。最近よく聞くこの言葉を真っ向から否定する、わかりやすい論考だった。 フレーム問題の記述では、某厚労大臣のごはん論法を思い出した。そうか、あの違和感は人と話している感じがしないことからくる違和感なのかと変に納得した。
0投稿日: 2018.07.14
powered by ブクログこの本を読むと、人が工知能が仕事を奪われてしまうとか、 意識を持った人工知能によって支配されてしまうとかいう心配はしなくていいようだ。他の人工知能関連本ではずいぶん煽っていたようだが。これは喜ぶべきことなのか。
0投稿日: 2018.04.14
powered by ブクログ最近、何冊か人工知能関連の本を読んだが、本書が一番納得感があった。ディープラーニングはビッグデータを統計的に処理する手法の一つに過ぎず、今の技術の延長に汎用人工知能はない。その論拠を、機械と人間の違いから説明していく。 人工知能という言葉は何かと誤解を招きがちなので、本書のような主張は、メディア等でもっと周知すべきだと思う。
0投稿日: 2018.01.11
powered by ブクログこの人はITなどという言葉で呼ばれる前から この業界にいる人ですが、正直、僕には全然合わない。 AIの知性というものに限界があるのだから、 万能であるかのように思ってはいけない、 という主張それ自体は受け入れましょう。 というよりも、それはむしろ当たり前なんです。 ただ、その主張をする時に 万能AIという夢想が一神教的なものに通じているとも述べるのは あまりに粗雑な議論です。 少なくともその夢想がヨーロッパから来たという証はなく 同時発生的に同じような概念が自生するという 可能性をほとんど顧みていない。 また、これは議論の中核ではなくて、単に言ってみた程度の話であり 要は万能ではないという主張を補強する為の小話です。 まぁ、こういうのは手癖でやってしまって自覚はないんでしょうが。 人間と同じでないから人間と同じ知性にならないのは当たり前です。 どこまで成長してもそうでしょう。 それでもなお、シンギュラリティは起こりうると私は考えています。 何故なら、人間とは違う形の知性が存在しうるからです。 優劣とは関係なく、理解が不可能であっても 意思を持っているとみなすことが、 それが人間の能力のひとつなのです。 ヒューマニズムにとらわれるのでなく、 絶えず人間という概念を拡張しようと試みることの一端に シンギュラリティの夢想は揺らめいているのです。 (ここはとても危うい言い回しですが) まぁ、情報処理の発展史については概説を抑えていますよ。
0投稿日: 2017.11.25
powered by ブクログ昨今のIT産業の背後にある文化的な思い込みというのが非常によくわかる。技術は中立であるが、その運用やそれを取り巻く言説は、中立ではありえない。 つい先日読み終えた「ダーウィンの思想」と同様、科学の成果の背景にある考え方を強く意識する必要がある。
0投稿日: 2017.09.17
powered by ブクログAIやビッグデータによる第4次産業革命、AIの知的能力が人間を超えるシンギュラリティと、昨今、多くのメディアが騒いでいるが、これらの騒動に警告を与え、真実を語る本である。博識な著者による解説が実にまとまっていて本質の理解が進む。メディアの記事を鵜呑みにする子供ではなく、他の視点からの認識を持つ大人になるためにも、一読を進めたい。
0投稿日: 2017.05.03
powered by ブクログユダヤキリスト教の文化的伝統をもつ欧米の研究者は汎用人工知能の知性を信じ込むかもしれない。そして経済格差から地球環境、民族問題、テロ対策、難病撲滅まで、あらゆる21世紀の難問を大魔神である汎用人工知能・超人工知能に丸投げしようとするかもしれない。汎用人工知能の実現、一神教の支配とは、ほとんどそんなものである。絶対者の権威のもとで、統一的な支配の論理が言あげされ、下々の人々はそれに従わざるを得ない。人工知能の学者はユダヤ系普遍主義者。彼らは単なる技術者やビジネスマンではない。インターネットや人工知能技術の基層には、高見を目指す一神教的な理想主知と宇宙観がある。
0投稿日: 2017.05.03
powered by ブクログ昨今話題となっているシンギュラリティについて批判的な論を展開している。読み手の感想として切り口はあまり鋭くない。ただし、本書の最後にAIではなくIAという概念を用いて説明しているところでようやく著者に歩み寄ることができた。AIに仕事を奪われる未来ではなく、IA知能増幅のユーザーとして、高いスキルや知識を身につけることを志向すると良いのだと感じた。
0投稿日: 2017.04.30
powered by ブクログ人工知能から知識増幅、集合知へ。 の前向きな人工知能ビックデータ本。 ビックデータとは、機械学習の発展・ブレイクスルー、人間を超える?、自由プライバシーセキュリティ、集合知・協働・知識増幅。
0投稿日: 2017.04.16
powered by ブクログずっと日本のコンピュータの進歩に携わってきた著者のAIに対する俯瞰した冷静な視点を知りたくて開いた新書でした。が、熱い熱いアンチ・シンギュラリティ論でした。その熱さは著者も関わった1980年代の日本の第五世代コンピュータプロジェクトの失敗体験から来ているのかもしれません。シンギュラリティを礼賛するカーツワイルの楽観主義をもともとコンピュータ開発の根本にあるユダヤ系普遍主義者たちの理想主義や宇宙観にあるとし、それを相対的文明論で批判していきます。そう、AIを理系の技術ではなく文系も巻き込んだ大きなテーマとしてみんなで考えることを提唱しています。AIと共生する時代のリベラルアーツの必要性を語る本でした。予想を超えた読後感。
2投稿日: 2017.03.25
powered by ブクログ情報を専門とする学生にぜひ読ませるべき本である。ただし、これをそのまま卒論の資料にはできないので、あくまでもどう考えるかの本とするべきである。
0投稿日: 2017.03.16
powered by ブクログ2017.0304 シンギュラリティーなぞ起きない。人間と人工知能はまった別の存在で、人工知能が人間の知能を再現することはない。人工知能はいかに使うかが大切。
0投稿日: 2017.03.07
powered by ブクログ今のIT業界のホットトピックである「AI」と「ビッグデータ」(ついでに「IoT」も)について、客観的かつ分かりやすく説明している本。一般人向けに丁寧に書かれており、非常に読みやすい。でも、AIに関して奇天烈な夢や妄想、あるいは情熱に取りつかれている業界人こそ、本書をしっかり読んでいただきたいものだと思う。 個人的に本書が優れていると思うのは、計算機(コンピュータ)は出現した時点で本質的に人工知能を志向していたという解釈と、その考え方を遡及するとヒルベルトに辿り着くとしているところ。だから、第1次AIブームの人工知能が、巨大な演繹マシンとして構想されたのは極めて自然なことなのである。 確率・統計と帰納・アブダクションから実用的なAIを実現しようする今の風潮は、私の価値観と真逆なので困っているんだよね。とはいえ、そのおかげで利権のおこぼれにありつけるのも事実だし、しばらくは隅っこで大人しくしているつもり。
0投稿日: 2017.03.06
powered by ブクログ2045年 人工知能が人類を越えるーーシンギュラリティ(技術的特異点)仮説。 中公新書にしてはやけに感情的な文章。 著者の主張を端的に言うと、人間と機械はどこまでいっても違うのでシンギュラリティなんて来ないよ、といったところか。 1956年 米国ダートマス会議から人工知能ははじまった。 以降、厳密な論理であったコンピュータは、曖昧な知識との矛盾に苦しんだ。2010年代に入って、それを克服させつつあるのが「深層学習(Deep Learning)である。 深層学習とは、(本来コンピュータが苦手としていた)パターン認識のための機械学習の一種。その特徴は「ニューラルネット(神経細胞網)」と「特徴量設計の自動化」。これが脳の仕組みに似ている、という印象を与える。 シンギュラリティに対する悲観論。「人間はそれを支配できない」「人類の終焉」。 しかし著者の考えでは、人工知能が人類を超えてしまったが故に人間に理解できなくなる、ということはつまり、人間にとってはメチャクチャな結果を出力する廃品と判断されるだけである。 どうやら人工知能の進化は、曖昧さに対応するために厳密性を捨てた、つまり正確性を犠牲にしているようである。「間違えても学習していけばいいじゃないか」と。 それゆえ、人工知能を過信してはいけない、機械の誤判断を正せるのは人間(の暗黙知)だけだ、という著者の主張には説得力を感じる。 しかし、人工知能が高度になるにつれ、コンピュータの出した結論に対して「これは誤りだ」という判断を下すこと、それ自体が難しくなっていくのではないか。それこそがシンギュラリティの本質なのではないか。 というわけで私はシンギュラリティ悲観論に一票。
0投稿日: 2017.03.05
powered by ブクログ人工知能って何ができるものなのか、実際何をやっているものなのかを理解しておく必要がある。 ビッグデータの扱いについても同じで、統計ってものの正体はけっこう意外なものだったりする。ややこしいのは統計処理って真実とは違うものなのに、現実の現象を割と言い当てたりするってこと。 まさか技術的特異点に到達できるとは思わないけど、そうだと勘違いする時代は来るかも。やだなぁ。
0投稿日: 2017.02.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
・ビックデータとプライバシー ビックデータと個人情報保護の問題について。これはよく問題になりますが個人的には便利であれば人は自分の個人情報さらけ出すことに対して嫌悪感がそれほどないのではないかと思います。例えばスマートフォンをみんな所持してますよね。GPSがついているので、いつどこにいたっていうこと情報が世に流れており、それを追跡すれば誰がどの会社が働いてるなどいった情報はすぐにわかります。またfacebookやラインといったサービスなんて誰と誰がどのような繋がりがあるかということを簡単に提供しているわけですけれども便利さに魅了されてそんなこと気にしてない人のほうが多いと思います。それが何故かニュースではある企業から個人情報が漏れたと大騒ぎしていますが、少しセンシティブになりすぎなんじゃないかなと個人的には思います。といった当たり前の問題には触れられてなくて、問題なのは企業が顧客に対して行う告知が難しくなることだと言っている。企業は顧客から集められる情報をこんな風に使いますと告知を行うのですが、ビックデータを分析できるようになってからはその告知をとる時点でどのようなデータと組み合わせでどのような分析をするかってとういところまで言いきれないということが問題だと提言しています。また、ビックデータ分析によって人の行動パターンを予測しすぎて人の人権を侵害してしまうのではないかというよくある問題についても触れられています。例えば幼児を対象とした性犯罪を犯す人物はこういった身体的特徴や性格を持っているだから監視しようとなってしまっていいのか、ということです。これは、もともと人間は他者を評価するときにある一定のステレオタイプを介して判断しているのと同じだと思いますし、むしろ、ひとの偏ったステレオタイプよりもデータを分析してわかった結果のほうが完璧とはいいませんけどまだマシなんじゃないないでしょうか。という一般的な議論はやはり通り越していて、筆者としての問題提起はデータ分析をして出てきた結果のせいで誤認逮捕してしまったとなったときに責任の所在がプログラマになるのかそれともそのデータを活用した人になるのかそれが曖昧なるということです。 ・機械と生物の違い 機械と人間が大きな違いは「臨機応変さ」と「優先順位の変更能力」です。例えば機械のプログラミングするときはプログラマーがプロブラムを起動させる際に起こりうることをあらかじめ想定してプログラムを書きます。その起こりうることからもれた事象が発生するとエラーとなってしまいます。例えば最近やったことでいえば、エクセルである列に入っている月の三ヶ月前のその右に表示するという簡単なプログラムを作ったのですか、単純に考えてマイナス3すればいいだけですけれども1月2月3月をただ単にマイナス3してしまうと-2月-1月0月となってしまいます。人間の場合そこは臨機応変に判断できるというのが違いです。優先順位の変更能力ですが、例えば今話題の自動運転だと、目的地を設定すれば渋滞などスルスル避けて最短の時間で目的を達成する能力をすごく高いのですが、その過程で家族が倒れていたりしても素通りしてしまいます。人間だったらすぐさまに目的地を変更して助けよう気持ちが普通は働きます。つまり、人工知能はある目標に向かって効率的に進むことは大得意なのですが、途中で別の優先すべき問題がおこった時対処するのが難しいのです。 ・文系と理系の融合が必要だ。 ITの改革がそれほど進んでいない理由はやはり文系と理系がきっぱり別れすぎていることだと考えています。一昔前までは理系の人はとりわけITに関する人はコンピュータの前だけで作業していればよく文系の人もそれをマネジメントするだけでよかったのですがITの発達によって、スマートフォンやIoTのようにありとあらゆるものにITが介在するようになり、IT抜きにもう企業戦略や政治や経済を考えることができなくなりました。それにも関わらず文系と理系の融合がなかなか進まないのは文系の人にも理系の人の意識に問題があると思います。文系の人は理系の人をただの技術屋だと思っていて必要なときにただ請負として利用している、ある意味で見下しているケースがあると思います。また、理系なんて全くわからないと考えることを放棄してしまっているとい人もいるでしょう。また理系のひとで自分の趣味だけにもっとして会社の未来なんてどうでもいいや社会なんてどうでもいいやと考えて文系の分野に全く関心持たない人が多いことが文系と理系がなかなか繋がらない大きな理由です。この問題を解決する方法はコテコテの文系の人の中でもある程度理系に理解がある人一方でコテコテの理系の中でも文系にある程度興味を示している人をいかに見つけるかが大事。また、それを繋げれるような人材も大事だと思います。要するに相手の立場に立って物事を考えられる人が必要になってきます。 ・スペシャリストとジャネラリストの関係 これは凄く面白い。著者的にはインターネットの発達によって情報量が増えすぎ人がスペシャリストになることさえも大変な時代になっていると感じている。より、専門家が知り得る領域がどんどんどんどん狭くなっているという問題提起をしています。そうなってしまうと他人への理解がまったくなくなってしまって、もともとかいきにくい世の中になるじゃないかとおっしゃっています。しかし、これを解決するのもインターネットで、うまく活用すればたくさんの人の意見をすぐに集約することができ、ある意味でゼネラリストの意見をスペシャリスト受け取れる状況になっており、スペシャリストは自分の分野外の新たな知見を取り入れつつ自分の専門領域をさらに込めることができ、より一層よくなるのではないかと考えている。
0投稿日: 2017.02.10
powered by ブクログ自分が大学生の頃に携わった人工知能研究は、第2世代のブームだったようだ。 当時は、素直にプログラムを書いて、コンピュータに処理させれば良いことを、自然言語処理をさせて、プログラムを書かなくてもコンピュータが人間の意図を理解して、処理するという状況を目指していたと思う。 第3世代のブームである現在は、ビッグデータ、集合知と統計処理の活用。気をつけなければならないのは、相変わらず^、コンピュータには、プログラム(予め、書いたもの)が、必要だということ。自己学習すると言っても、その自己学習の仕方は、予めプログラムされている。そのことを忘れては、ならない。
0投稿日: 2017.02.09
powered by ブクログいわゆる人工知能は素晴らしい派の私にとってはいい意味で刺激を受けた本。シンギュラリティの背景にはユダヤキリスト教の一神教との関連性を含ませた視野は興味深い。全ての難問を解決してくれるであろうAIに私は神性を感じていたのであろうか。
0投稿日: 2017.01.11
powered by ブクログAIについてのテクニカルの話ではなく、シンギュラリティはない、AIとの折り合いのつけ方についてかたる話。
0投稿日: 2016.12.04
powered by ブクログAIを技術的側面からではなく、社会科学的な側面から捉えたいと考えている人に最適。 生物と機械の違いが本書の基本テーマ。感銘を受けた。 しかし、「AIは仕事を奪わない」という主張は、現実の労働市場を知らない学者さんの意見という印象で、同意できない。
0投稿日: 2016.12.01
powered by ブクログ著者の見解にはおおむね同意です。 ただ,読み終わって少し経ってから,一つの疑問がふと頭に浮かびました。 「人間はミドリムシ一つ作れないのだから,より複雑な脳と同じ働きをするAIを作ることなどできない。」というアナロジィについてです。 ここで比較すべきは,「脳と同じ働きをするAI」(=脳の動きをシミュレーションするプログラム)と,「ミドリムシの動きを完璧にシミュレーションできるプログラム」ではないでしょうか。
0投稿日: 2016.11.17
powered by ブクログ「ビッグデータと人工知能」 しばらく前から社会にあふれるデータをビッグデータと言って話題にはなっていた。そこに来て、囲碁でコンピューターが人間に勝ったと言うことで人工知能が急に脚光を浴びるようになってきた。 その上、2045年にシンギュラリティが起こるという予測を楽観論、悲観論を合わせてマスコミが煽っているので、ますます注目されて来ている分野である。 しかし本書は技術的に冷静に分析していて、特にシンギュラリティ仮説は欧米のキリスト教的な価値観によるところが大きいと指摘して、欧米人は人工知能は神が与えたものとして信じ込むかも知れないと言う。 一方著者は知能とは生命が生きていくために発達させてきたものであり、コンピューターによる人工知能はどこまで行っても計算と考え、知能ではないとし、計算結果を神のお告げのように信じ込むことの危険性を指摘している。 議論が進むにつれて次第に哲学的、宗教的になってしまい、技術論を越えてしまう。 コンピューターがいくら進化しても意識を持つことはないかも知れないが、人間側が意識を持っていると感じることはあり得るので、結局は人間の問題なのだろう。 コンピューターが進歩して意識を持ってもいいような気もするが、その意識は人間には認識できないかも知れない。 また、人間も有機物からできた計算機だと考えられなくもないわけで、やっぱりかなり哲学的な話になる。 いずれにしても現在の技術の延長線上では人間の知性に匹敵するコンピュータを作るには膨大な開発費とそれを動かすための莫大な電力が必要になり、開発した結果がとても天才とは言えない普通の人間の知能だったら、ただの笑い話になってしまう。
0投稿日: 2016.11.12
powered by ブクログさすが西垣通と言わざるを得ない。 視点が高いし、指摘が的確すぎる。 最近再来した人工知能ブームやシンギュラリティということが強調されることに、どう説明したら良いのか分からない違和感の様なものがあったのだが、それに対して正面からばっさりという感じ。 ああ、やはりそうなんだと。でも今まで誰もそう言ってくれなかったから。 シャノンの情報理論から端を発する、情報にまつわる文系・理系の問題等これまで長いことモヤモヤしていたことにもスッキリ答えを貰えた気がする。 これは、タイトル以上に社会情報全般を網羅した標準テキストだと言えるのではないだろうか。 別の目的で購入したのに、読んで非常に得をした、大当たり。
0投稿日: 2016.11.02
powered by ブクログ世の中にやたら大量のデータが溢れ出し、データの特徴は3V(量、多様性、速度)。 ビックデータで何が嬉しいか、「データが富を生む」という発想。 日本だけでなく多くの経済先進国では以前ほどの経済成長率を見込めない一方、増大し続ける社会保障費のために苦しんでいる。これを賄うために増税すれば国家財政は健全になるものの景気が悪化し逆効果を生むかもしれない。もっとも望ましいのが技術革新によって斬新な商品やサービスを生み出し、経済活動そのものを活性化すること。 ビックデータの利用で「人々の個別の細かい好みに応じた新たな消費需要をビックデータ分析が掘り起こす可能性」が生まれる。(マッチングの精度を高める) 途上国であれば平凡な規格品でも需要は大きい(マスプロ型)が、先進国では個人の好みを踏まえた多様なカスタムメイドの商品やサービス(パーソナライズド)でなければ消費活動が滞る。 (そうすると個別化の行き過ぎの先に少し揺り戻しが来たり、そのあたりのゆらぎを繰り返して最適値を目指すはずだな) インダストリー4.0(ドイツが国策として推進)ースマート工場 先進国の共通事項。国内の労賃が高いので大量生産される規格品の中の価格競争では新興の開発途上国にとても太刀打ちできない。そこで生産拠点を労賃の安い開発途上国に移したのだが、これは技術ノウハウの流出や国内の雇用不安と失業率増大、さらには経済格差の拡大を招いてしまった。製造業を国内に戻すことが特効薬とみなされている。 スマート工場:人間はいないが労働の質が変わる。製造業に多くの人出が必要。現場の単純作業は不要になっても製品設計、工程管理、ロボット保守、そしてデータを扱うコンピュータのハード/ソフトの開発維持の手間ははるかに増える。 ビッグデータは社会の富を増すだけでなく、「社会的安全性」を高めると期待されている。 老朽化したインフラメンテのためのビッグデータの分析および予測。自然災害の脅威などからも張り巡らされたセンサーによって位置情報等をはあくして高度できめ細やかな対応が可能に(管理社会?)災害避難の際の経路誘導 各種資源の有効活用。化石燃料、水など。予防医療。 プライバシー侵害の恐れ 基本的人権と社会的安全性の両立はビッグデータとプライバシーをめぐる最大の課題。 人間周りの解析にはデータは主観的要素が含まれすぎるのでは? 因果から相関へ。強調フィルタリング。 演繹ー数学的(論理的思考)一般ルールと個別条件が成り立てば帰結は成立する 帰納ー科学者(例外を除けば)個別事実と個別条件を組み合わせて一般ルールを導く 仮説推量(アブダクション)個別事実と個別条件を導く。ある一般ルールの存在を前提にしてこの事実が起きた背景にこの条件が成り立つ 人工知能 暗記はコンピュータに勝てない コンピュータの難題は意味理解と適切なデータ検索(マッチングまたは最適化問題) 人工知能で真面目に問題を解こうとすれば一般的で抽象的な知識命題群のうち、どれを推論操作にいれればよいのかの選択が常に問題になる。フレーム問題、言い換えればコンテクストを読むこと 並列推論マシンの失敗。逆の発想のインターネットが盛り上がった。クローズドかオープンか。 根本的な原因はリーダーたちが知識や論理、そして特に言語コミュニケーションというものに対する洞察を欠いていた点。 立ちはだかっているのは自然言語で表される人間の知識をいかに論理命題として表現すべきか。どうすれば具体的問題を解決できるか。そのための条件は何かなどの問題。 パターン認識:あいまいな対象を多少のミスがあっても大雑把に認識して分類する作業 >人間の知的能力はもともと柔軟で多次元的なものであり、その最大の特徴は状況に応じて臨機応変に問題に対処できること。 >コンピュータはプログラム(前もって描かれたルール)によって動く。つまり過去によって支配されている。人間は「現在の時点」で判断しながら生きている。 >自分は前者に近いし、これだとなぜ動的な人たちが「意味」を取れるのかわからない。動的な中に多少静的な部分がないと難しそう。混合体じゃ? >機械は静的な再現可能な存在で、人間は絶えず自分を変えながら生きる動的な存在。 この宗教や思想観と人工知能の思想というか学術思想の関連に関しては非常に興味あるテーマなのだが、この本だとユダヤ=キリスト教思想を一緒くたにしすぎている嫌いがある。少なくとも二つには別れており、それらは非常に仲が悪いわけで。。 日本のIT専門家がシンギュラリティ仮説を論じるのは、欧米の秀才がそれを信じていて、予算を握っているため。 課題としてはこの日本人の宗教盲だろうな...たぶん
0投稿日: 2016.10.22
powered by ブクログAIにより人間の仕事が取って代わられるという野村総研のレポートに衝撃を受けたけど、真っ向から反論する内容。両方の視点を押さえておく必要があると思うし、自分には全くなかった観点だったので読んで良かった。
0投稿日: 2016.10.12
powered by ブクログ2016/10/07: 人工知能が人の仕事を奪うわけではない。 人工知能が人を支配するというのは、欧米・ユダヤ系の一神教の、特殊な思想。 人工知能は、知能増幅(ちのうぞうふく、Intelligence amplification、IA)に役立つ。 アジア系の多神教的な思想。 ビッグデータ・集合知で、人が使えるよう分析して傾向をみたりするのがIA。
0投稿日: 2016.10.08
powered by ブクログp106 「コンピュータ〜は過去によって〜規定され〜人間は〜現在の時点で判断しながら生きている」が双方の違いなのか?条件の数と学習、性向によって判断の基準や要素が異なるだけでそれ程大きな違いはないのでは? コンピュータと人間は違うという仮説、前提に立って話を構築している印象。 未来予測は現在を含めた過去の集合から起こり得る傾向を推測する以外になく、それは勘であっても同じこと。 何を持って人間と比較するのか。正確なコピーができたらそれは弱点もまた併せ持つ。 p122 言葉の意味が確定するのは使われ方(文脈)によるので、文脈を理解する精度が上がれば、訳の精度も上がるのでは? 中断〜もう読まないだろうな。。
0投稿日: 2016.10.04
powered by ブクログいまやタイトルとなっている言葉を目や耳にしない日はない。イメージだけが一人歩きしてしまい、AIが我々の生活に欠かせない存在になるのであろう近い将来には期待と共に不安も感じるが、著者の丁寧な解説が確かな視座を与えてくれる。
0投稿日: 2016.10.01
powered by ブクログシンギュラリティに対しては予想通り?批判的だった。知能とは生存本能とも密接に関係するため、人間にしか宿らないみたいなことを書いていたような。じゃあ機械にも生存本能を持たせようということで、あとは映画の通り
0投稿日: 2016.09.30
powered by ブクログ【非・人間機械論】 シンギュラリティの言葉に代表されるような、人工知能が人間と同等(それ以上)の知性を獲得する未来は到来しないと著者は主張する。人間の生命活動における判断は根本的に「生存本能」と結びついている点で機械と大きく異なる。 知性の働きを「目標設定」と「問題解決」に分けると、課題解決は機械に可能であっても、生存本能を持たないためそもそも自ら目標設定する事が出来ない。ここに根本的な機械に超えられない壁がある。 【集合知、Deep Learningの過信】 現在注目を浴びているDeep Learningを筆頭とする人工知能の技術は基本的に過去のデータを大量に学習した統計に基づく論理計算の結果を出力しているに過ぎないため、過去から仮説推量すること以外はできない。人間は身体知・暗黙知を使って判断する為、過去に無かった事例に遭遇した場合でも自らの理性に基づいて臨機応変に対応できる。 よってAI万能説は否定し、Deep Learning等による結果の集合知はあくまで判断材料を提供するIA(Intelligence Amplifier)として使用し、最終的な判断は複数の専門家らによって行われるべきと著者は述べている。 【今後必要な人材】 また、最後に著者は、プログラミング技術やリテラシーではなく、システム構成を根本的に理解するエンジニアとしての知識と、情報と知性の本質について考えられる文理融合の統合的な情報学の能力を有する新たな人材が必要であると主張している。
0投稿日: 2016.09.26
powered by ブクログAIからIA (Intelligence Amplifier)へ、という主張には大いに共感できるものがある。人間が、その能力を活かすためにどう使いこなしていけるかが、今後の課題だろう。
0投稿日: 2016.09.23
powered by ブクログ主に読んだ箇所のまとめ。 ・機械学習 ・ディープラーニングの概要 ・現在進められてる人工知能は、あくまでも所与の目的関数の元に判断し、正しい結果またはその根拠になる蓋然性(確率)を提示するだけ。これは「機械」。 ・一方「生物」は、「生きる」という広義の目的の元に、個々の目的関数を設定。必要に応じ分析、判断もする。 ・ヨーロッパ系研究者に多い汎用人工知能を危惧する声は、人間機械論を前提とし、目的関数の設定さえも可能と勘違いしているから(?)。 ・一神教の延長線上には、神を頂点としその下に人間、(人間以外の)動物などを置く秩序体系がある。しかし人間機械論に立てば、すべてのことは一つ(目的)につながるので、機械でさえも目的を設定する最上位、神の位置に立てるのではと考えてしまう。
2投稿日: 2016.09.19
powered by ブクログコンピューターと人間の基本的な違いをよく考えてごらんということが書いてある。小林雅一「AIの衝撃」とは、だいぶ違ったことが書いてあるように感じた。
0投稿日: 2016.09.18
powered by ブクログ書名のとおり、ビッグデータと人口知能についての本なのだけれども、いまいち何を言いたいのかは分からなかった。シンギュラリティが来るといわれてるけど、そんなものはこないと言いたいのだと思う。 アメリカで2012年、中古車の品質データを相関分析したところ、「オレンジ色のクルマは欠陥品が少ない」という結果を得られたらしい。面白い結果だけど、数が少ないだけじゃないのかと。 そういえば、シンギュラリティと聞くと、人工知能が人間を支配する世界というイメージがあったけど、シンギュラリティを広めたことで有名なカーツワイルや楽観主義者なんだとか。まあ、どっちも両極端なので、一般人は深く考えないようにしたほうがいいとのことだ。 後、高校の情報の授業にも少し書かれていた。自分の時の情報は、数学の先生が副業でやっているようなそんな感じだったけど、今はちょっと違うのだろうか。そういえば、妹が高校生の時の情報の教科書見せてもらった時は、思ったより本格で驚いた覚えがある。
0投稿日: 2016.09.14
powered by ブクログ人工知能を斬る、著者はコンピューター科学のライターの代表で、特化型AIは有用だが、汎用AIへの西洋の予測や論調は一神教の裏返しであり、現実はDNAや簡単な生命も合成できない状況で人間の意識の再現などできるわけはないとしている。そもそもAIの歴史を振り返れば、期待と裏切りの繰り返しであり、ディープラーニングが特化型のブレークスルーにはなったが、汎用性のブレークスルーではない。そりゃそうか。 とはいえ、特化型は強みを持ち、人間の単純労働を代替することが考えられるので、教育で汎用的な人間を育てることが重要という。Intelligence Amplifierを使いこなすことができれば、さらなる発展が望めよう。
0投稿日: 2016.09.09
powered by ブクログ人工知能の未来を基礎情報学の立場から見直した本と言えるだろうか.深層学習などのAI技術にはさらりと触れるだけで,もっぱらその技術の社会的意味を問う本. 著者はソフトウェア技術者として出発しコンピュータ工学者から転身し,「情報社会や情報文化を論じる文系の学者になった」という人.「普遍主義を批判し相対化するため,構造主義やポスト構造主義などのフランス現代思想に夢中になり,1990年代半ばにフランスに留学」し,その後「文理融合の東京大学大学院情報学環」の教授になった人. ここまで書くと,本書の読者層は全く限られたものになるんじゃないか. 人間のような生物と機械は「概念」「意味」「知識」といったものが持てるか持てないかによって劃然と区別されるべきで,従って機械は「人口知能」に進化することもなく,シンギュラリティなんて言うのも,一神教の欧米人達の戯言にすぎないというのが主張のようだ. さすがの私でもこれはちょっと大雑把にすぎやしないかと思う.この前に読んだ戸田山和久の「哲学入門 」では少なくとも,「意味」や「情報」とは何かを丹念に考察していた.そういうスタンスがここにはどこにもない.文系の学者と理系の学者がもっと話し合うべきという著者の提言はその通り.しかしその前にお互いに会話のできる言葉を学ばなければいけないのだな.専門者の間のバリアは非常に高い. 私はコンピュータが人間を超越する人格を持つようになるとか,ならないとかの議論はするのはいいけど,実りがないんじゃないかと考える.それよりも人間から見て,「感情」「情緒」「気配り」なんてものを,全くもっていないような「人工知能」が重要な決定を瞬時に確率的なことだけで行う可能性のある社会の方がよほど怖い.もう金融市場はそうなっているし,金融恐慌は人間が止められるものではなくなっているように見える.そういう意味では是非「人工知能」にも心を与えて欲しいとも思うが,何が善で何が悪かというのはあまりにも線引きが難しい. そういうことを偉い学者さんや政治家たちは文理を超えて,国境を超えて一生懸命考えなくてはならないのだな.
2投稿日: 2016.09.06
powered by ブクログビッグデータの勃興から人工知能の紆余曲折などは一般的な話ですが、ユダヤ-キリスト教的一神教世界観に映るロボットや人工知能についての考察が特に面白かった。汎用的で人間的な人工知能はそもそも無理なので日本は実用的な特化型人工知能を目指せとの言説は納得、汎用人工知能は欧米がやっているからと官が主導すると第5世代コンピュータの二の舞いになりそう。
0投稿日: 2016.08.27
powered by ブクログだまされた!わけではないけれど、楽観的に過ぎた。だいたいこういうことには慎重な方だったのだけれど、働かなくても収入がある、理想的な世界のような気がしたからだろうか?ちょっと安易に信じて、他人にも話してしまった。反省。先日、先端的?書店 枚方ツタヤで、同時にAI関係の本を2冊購入した。だいたい分かってはいた。楽観的な方を先に選んで読んだ。ちょっと夢を見たかったから。そして本書を読んで、やっぱりそんなことないよな、と夢ははかなく消えた。タイムマシンができるとは思わないが、自動車が空中を走ったり、食べたいものがボタン一つで出て来たり、人間の奴隷は無理だけれど、ロボットがなんでもやってくれるような、そんな未来を子どものころは想像していた。何一つ実現していない。しかし、外国語の勉強は必要なくなるのではないかとひそかに思っている。翻訳とか通訳とか、そういう仕事は必要なくなるのではないかと思っている。思うのは自由だけれど、他人に言うのはよそう。本書を読んでいると、どうもそういうこともなさそうだから。AIもビッグデータも上手に使わなければいけない。使える人間にならないといけない。
0投稿日: 2016.08.16
