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秘密の花園(新潮文庫)
秘密の花園(新潮文庫)
フランシス・ホジソン・バーネット、畔柳和代/新潮社
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総合評価

42件)
4.3
17
10
6
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    このレビューはネタバレを含みます。

    1911 年発行。『小公子』『小公女』などの児童文学で有名なイギリスの作家フランシス・ホジソン・バーネットが描いた不屈の名作。  イギリス領時代のインドで暴君じみたわがままな少女として育ったメアリは、十歳にして突然孤児となり、イギリスに住む叔父に引き取られる。全てを呪うように生きるメアリだったが、閉ざされた庭園の鍵と、生き物を愛する少年ディコンとの出会いをきっかけに、世界の素晴らしさを知っていく。従兄弟のコリンとの大人たちを驚かせる秘密の計画は、運命に導かれるように美しい魔法を巻き起こす。  メアリははじめ、どうしようもなく生意気な子どもだ。常に苛立ち大人を狼狽させるのだが、読んでいて楽しく何度も笑った。そんな生意気なメアリさまが可愛く思えるのは、不幸な身の上のせいだけではない。メアリさまは態度は悪いが人間は悪くない。あまりにも正直すぎるのだ。啖呵のセリフからしても頭の良いことはわかるし、自分の間違いも認めることができる。従兄弟のコリンの方がよほど重症である。  メアリが出会ったころのコリンは妄想に囚われていて悲観的で、読んでいるとメアリさまにつられてイライラしてくる。そのコリンも友人と共に世界の素晴らしさを学ぶようになり、自らの生きる力に気づくシーンはとても感動的で、すべての子どもたちを祝福しているようだ。コリンが文字通り一人歩きするまでがこの物語のクライマックスであり、父親との和睦まではエンドロールみたいなものである。幼い息子を亡くした経験のあるバーネットは、生きる気力を無くした子どもを救いたかったのではないか。あくまで子どものための物語に終始している。  十年間誰も入ったことのない、扉のない庭というアイデアが素晴らしい。心理的な面では箱庭療法なども想起させるが、単にアイデアが良いだけではない。 児童文学の王道パターンに「行きて帰りし物語」がある。現実世界でうまく生きられない子どもが異世界に迷い込み、冒険をするなかで自分のトラウマに打ち勝ち、現実世界に帰ってくる。剣と魔法の異世界ではないが「誰も入ったことのない庭」は子どもにとって同じくらい魅力的な場所だ。「行きて帰りし物語」の異世界は主人公に勇気と自信を呼び起こさせる装置である。  更に児童文学のもう一つのパターンとして英雄譚がある。主人公が運命によって旅立ち、師の導きで一人前となって、市民を困らせる大きな問題を解決することで英雄となる。本作もある意味、英雄譚である。両親の死によって旅立ち、ディコンという師をみつけ、コリンの問題を解決することで、ミセルスウェイト邸に平和が訪れるのである。家庭の問題を英雄譚の形式にしたところに、『秘密の花園』というアイデアの奥深さを感じた。  本作が古典となった今日でも、ここまで絶妙に構成された作品は少ないのではないだろうか。本作はキャラクターに魅力があるだけでなく、児童文学の構造をよく理解して創作されていて、物語の構成に無駄がなく、何度でも繰り返し読める強度がある。物語作りのひとつの教科書でもあり、不屈の名作という表現に何の誇張もない。  あまりにも”いぎいぎ”とした描写に、子どもの頃を思い出した人も多いだろう。私も昔、「秘密の公園」と呼んでいた他人の庭があった。今思えば花壇や井戸のポンプもあって、公園というには綺麗に手入れされ過ぎていたと思えるが、子どもの自分にはそんな広い庭があるとは知らなかったので公園だと思っていた。鉄格子でできた洋風の扉は、鍵が開いている時と閉まっている時があって、開いていれば勝手に入って手押しのポンプで水を汲んで遊んでいた。ある日、鍵が開いていたので後ろから来る兄に大きな声で「秘密の公園開いてるでー(ヨークシャー弁ならぬ関西弁)」と叫んだら、植え込みの影から笑顔のおじさんが出てきて「ここは公園じゃないよ」と教えてくれた。恥ずかしくて逃げ出したが、この世には公園のような庭があることを知った。  子どもには大人の目の届かない遊び場が必要で、その遊び場は大人たちが子どもたちのために残しておかなければならない。今では公園だけでなく山も川も全て管理しようとしていて、これでは子どもの感動を奪っているのではないかと思うが、それでも子どもは隙間を見つけて遊ぶのだ。大人はそれに手を貸してはならない。転ばないようにするのではなく、転んでも一人で立ち上がれるように大人は遠くから見守る。『秘密の花園』は大人の目線で読んでもやはり感動する。この作品は時代が変わっても変わらないテーマを魔法のように魅力的に描いていると思う。

    0
    投稿日: 2025.10.13
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    めちゃめちゃお気に入りの本になった!! 庭の描写が良すぎる。生きものたち、花たち、春の訪れ。健康なからだと心、世界で最も美しい…! バイブルにしたいと思うくらい、大切な物語になった 見た目の綺麗さだけでなく、心の美しさ、健やかさが何よりも大切だと思う!

    0
    投稿日: 2025.10.10
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    2025.5.20 メアリとコリンを通して、自分まで心が温かく、元気になれた気がする。みんなが幸せにずっと笑顔で暮らせますように。 わたしも、自分の近くにディコンみたいな子がいたらなあ。

    2
    投稿日: 2025.05.20
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    偏屈者だったメアリと全く外に出なかったコリンが、秘密の花園が息を吹き返すと共に子どもらしい子どもになる様子を読んでいると、清々しい思いになりました。また、秘密の花園が美しくなっていく様子がとても細かい描写で表現されていて、実際に花園を見た訳ではないのに目の前に花園があるかのように楽しめました。

    1
    投稿日: 2025.04.12
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    読んだのは大体7年ほど前。題名に惹かれつつもなかなか読めていなかった一冊だった。題名のイメージだけが頭の中で勝手に膨らんで、実際に読んだ時の印象と空想上の印象はだいぶ異なっていたのを思い出す。 詳しい内容は覚えていないけれど、花園の空気だけは私の鼻をかすめそうになるほど鮮明に残っている。ついこの間の体験みたいに。

    1
    投稿日: 2025.04.12
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    読書を好きになるきっかけになった物語。 図書館の隅にあった少年少女世界の名作文学を見つけた小学生の自分に心から感謝をしたいくらい、大好きな本です。 生き生きとした植物たちのパワーをもらって、強さや優しさを手に入れていく子供たちが愛おしい。どうしてもにっこりしてしまう。 季節をめぐらしてくれる魔法、いい空気を吸うと元気になる魔法、心がつながる魔法、存在する大きな力を私は信じたいなと思います。 私的な話ですが、最近自転車で通勤しています。春の空気を吸い込んで、桜を眺めて、おいしいごはんを食べる。そうするとぐっすり眠れて、機嫌が悪いことも少ない。 柚木麻子さんの解説も秀逸でした。 人も庭も完璧すぎない方が良い。つまずきや失敗もアクセントになるよ、と。 私はずっと「いい人になりたい」と思って生きてきました。自分の悪い部分が見えると落ち込むほどに。他人にも求めてしまうほどに。 だけど、このままでいいんですねぇ。少しだけ心のお世話をしてあげなたら、失敗しても、きっと美しい自分だけの庭園ができあがる。何回でも、春は来るよね。

    3
    投稿日: 2025.04.11
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    わたしを形成した児童文学たちの源流はここにあったんだな、と感じました。これまで読んだことがなかったのが不思議なくらい、わたしはこの「魔法」のことをよく知ってる。 ずっと読んでいたかったです。もっと花園にいたかった。

    0
    投稿日: 2025.02.06
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    すごくよかった…… 秘密の花園は子供の頃絵本で読んだ記憶があります。 蔦の絡まった扉にひっそりと鍵穴がついていて、特徴的な装飾の鍵で開けるっていうのにすごくときめきました。 内容は全然覚えてなかったんですが、コリンやディコンといった登場人物の名前は覚えていたので子供の頃の記憶は馬鹿に出来ないなと。 主人公のメアリが不器量で黄色い顔のすごく嫌な感じの子っていうのがよかった。 だいたい可愛くて素直な子が主人公じゃないですか(笑) コリンも最初はガリガリでヒステリックで自己中だったけど、メアリと花園の力でどんどん変わっていきます。 2人とも甘やかされて育ったから単に性格が悪いというより注意してくれる人がいなかっただけなんですよね。 ディコンは天使みたいにいい子。 クレイブンさんの夢に奥さんが「花園よ!」って出てくるところがいい。 クレイブンさんには今までの10年を取り戻すべくコリンといっぱい話してほしい。 「魔法」の力で恐怖から解き放たれて幸せいっぱいなラストが素敵です。

    15
    投稿日: 2025.01.24
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    インドで両親を失った10歳の少女メアリ・レノックスが、ヨークシャーの大屋敷で見出す再生の物語。一見するとヴィクトリア朝の典型的な孤児物語に見えるが、『秘密の花園』は自然と人間の関係、そして魂の回復を描いた深い寓話である。 メアリは、最初「コリンとは違う意味で不快な子供」として描かれる。インドで放任されて育ち、わがままで気難しい性格の彼女は、ミセルスウェイト館という閉ざされた空間に移り住む。しかし皮肉なことに、この「閉ざされた空間」こそが、彼女の心を開いていく契機となる。 物語の転換点は、言うまでもなく「秘密の花園」との出会いだ。10年間鍵をかけられていた庭を、メアリはロビンという小鳥の導きで発見する。ここでバーネットの手腕が光る。庭の再生と登場人物たちの心の解放が、見事な並行関係を持って描かれていくのだ。 特に印象的なのは、自然を描く筆致の確かさである。ヨークシャーの荒野の風、土の匂い、花々の色彩が生き生きと描き出される。これは単なる情景描写ではない。自然の力が人間の魂を癒やし、再生させていく過程そのものの描写なのだ。 登場人物の配置も巧みである。メアリを中心に、庭師のベン・ウェザースタッフ、ヨークシャー訛りを話す少年ディコン、そして「秘密」の従兄弟コリンが、それぞれ異なる形で「庭」と関わっていく。特にディコンは自然との交感能力を持つ存在として、物語に神秘的な深みを与えている。 心理描写の深さも特筆に値する。メアリの内面の変化は、決して単純な「改心」として描かれない。むしろ、彼女の持つ頑固さや強情さが、コリンを救う力として肯定的に機能していく様子は、人間の性格についての深い洞察を感じさせる。 物語の中核を成すのは「秘密」という主題である。鍵をかけられた庭、閉じ込められた少年、抑圧された記憶――これらの「秘密」が次第に解放されていく過程は、まさに心理的な癒やしの過程と重なる。バーネットは、フロイト的な意味での「抑圧からの解放」を、児童文学として見事に昇華させているのだ。 同時に、この作品には強い社会性も見られる。階級の異なる子どもたちの交流、ヨークシャーの方言の使用、当時のインド統治についての言及など、ヴィクトリア朝末期のイギリス社会が色濃く反映されている。 しかし、この物語の本質的な魅力は、その普遍性にある。閉ざされた心が、自然との交感によって開かれていく過程は、現代の読者にとっても深い共感を呼ぶ。デジタル化が進む現代だからこそ、「土に触れること」の持つ力を描いたこの物語は、新たな意味を持って読み返されるべきだろう。 「魔法」という言葉が物語の中で繰り返し使われることも示唆的だ。しかしそれは、ファンタジーとしての魔法ではない。むしろ、生命の持つ神秘的な再生力、自然と人間の関係性の中に宿る「魔法」である。その意味で、この作品は深い生命観に支えられた物語だと言える。 100年以上の時を経た今日でも、『秘密の花園』は読者の心を捉えて離さない。それは、この物語が描く「再生」のヴィジョンが、私たちの魂の奥底に触れるものだからではないだろうか。

    0
    投稿日: 2025.01.03
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    663 448P 1911年 上智大学は保守系多いと思う。ランニングしてた時、立地的にもなんとなくそう思った。クリスチャン系だしな。 バーネットは小公子小公女より秘密の花園がよかった。 フランシス・バーネット 1849年、英国マンチェスター生まれ。幼少時に父を亡くし、16歳のとき、母の兄からの招きに応じて一家でアメリカ、テネシー州にわたる。18歳で、家計を助けるため人気月刊雑誌へ短篇を送って採用され、匿名でデビュー。生活を支えるために数多くの大衆誌に書いたが、『ローリィんとこの娘っこ』(1877)で本格的に作家として執筆生活に入る。『小公子』(1886)『小公女』(1905)『秘密の花園』(1911)で物語作家としての地位を確立した。1924年にアメリカ、ロングアイランドのプランドームにて死去。『白い人びと』(1917、中村妙子訳、みすず書房、2013)は幻想文学。訳書に併収したエッセー「わたしのコマドリくん」は『秘密の花園』の構想の一端を伝え、遺作「庭にて」はプランドームでのガーデニングと執筆に明け暮れる生活を伝える。童話「気位の高い麦粒の話」を含め三篇初邦訳。 秘密の花園 (光文社古典新訳文庫) by バーネット、土屋 京子 「わたしをインド人だと思ったって? よくも、そんなこと言ったわね! インド人のことなんか、何も知らないくせに! インド人は人間じゃないんだから。インド人は召使で、主人におじぎをしなくちゃいけないんだから! おまえなんか、インドのこと、何も知らないくせに。何もぜんぜん知らないくせに!」 「ないわ。インドでは、雨が降ったあとはとにかく暑くて、むしむしして、そこらじゅう緑だらけになるの。インドでは一晩でいろんなものが伸びるみたい」 「ここらじゃ、一晩では伸びねえな」ウェザースタッフが言った。「じっと待たねえとだめだ。こっちでちょいと顔を出し、あっちでちょいと茎を伸ばし、きょうは葉っぱが一枚開き、あしたは別の葉っぱが開き……そんな感じだな。毎日見ててみな」 「魔法? 魔法って、インドにいたときに聞いたことはあるけど、わたしは使えないわ。わたしはただ、あの部屋へはいっていったの。そしたらコリンがいて、わたし、あんまり驚いたものだから、突っ立ったまま見てたの。そしたらコリンがこっちを向いて、わたしをじっと見たの。わたしのこと、幽霊か夢だと思ったみたい。わたしはコリンのほうこそ幽霊じゃないかと思ったけど。それで、真夜中に二人きりでおたがいにぜんぜん知らないのも変でしょ? だから、わたしたち、いろいろ相手に質問したの。それで、わたしが部屋を出ていったほうがいいかって聞いたら、コリンが行っちゃだめって言ったの」  フランシス・ホジソン・バーネット(一八四九~一九二四年)といえば、『秘密の花園』(一九一一年)のほかに『小公子』(一八八六年)や『小公女』(一九〇五年)を著した児童文学の作家として知られているのではないだろうか。この女性作家は、周囲に幸せをもたらす美しく善良な良家の子女を主人公に、教訓的な物語を創りだしたイメージがつよい。しかしながら彼女は、女性の人生の選択肢がかぎられていたといわれる一九世紀イギリスの中産階級の家庭に生まれ落ちながらも、アメリカへ移住後、人気作家となり、ある種の階級的上昇を果たすことによって、イギリスとアメリカというふたつの国を自由に行き来して、波瀾に富んだ、型破りの人生を送った人物でもある。その視点から作品をあらためて眺めてみると、バーネットのきわめてモダンな生き方が、作品のありようだけでなく、作品のその後の発展の仕方に微妙な光と影を与えていることがわかるだろう。 マンチェスターという工業都市の出身で半分アメリカ人と化していたバーネットにとって、田園に囲まれたカントリー・ハウスの女主人として初めて経験する「イギリス的生活」は、楽しく、幸せなものであったろうとバーネットの伝記を著したアン・スウェイトは推測する。こうした時期に、イングランドのヨークシャーを舞台とする『秘密の花園』は書かれた。じじつ、ここメイサム館において、バーネットは、敷地内の壁に囲まれた荒地にみずから手を入れ、バラ園として再生させるという、『秘密の花園』さながらの経験をしている。 子どものイメージは、普遍的に一様なものなどではない。国や時代が異なれば、そのイメージも変わってくる。したがって、子どものイメージだけでなく、子どもの教育にたいする考え方にも、同時代の社会の影響が色濃くあらわれでるのは当然であろう。通説では、一八世紀半ばあたりまでのヨーロッパでは、子どもは〈小さな大人〉とみなされ、子どもと大人の間には、肉体的な違いを除いては、厳密な線が引かれていなかったことになっている(異論もあるが、ここはひとまず措いておく)。だが、一八世紀後半、ルソーが『エミール』(一七六二年)を世に問うて、子どもとは「無垢」で、大人とは別個の存在であり、子どもが生来もつ「自然の心」を失わぬよう、「理性」を合理主義的に教えこむのではないやり方で教育する必要があると主張した。これ以後、徐々にこうした子ども観がヨーロッパに広まり、イギリスにおいては、一八世紀末から一九世紀前半にかけて登場するロマン派詩人がこの流れを引き継ぐことになる。たとえば、ロマン派詩人ウィリアム・ブレイク(一七五七~一八二七年)は、一八世紀末に詩集『無垢の歌』(一七八九年)と『経験の歌』(一七九四年)を上梓し、利潤追求を旨とする科学的合理主義に基づく考え方が産業革命の進展に伴って拡大したせいで、労働者として酷使される子どもの「無垢」と「自然の心」が失われていること、そしてその回復が必要であることを訴えた。同じくロマン派詩人のウィリアム・ワーズワース(一七七〇~一八五〇年)もまた、詩集『序曲』(一八〇五年)において、有害な産業都市を離れて故郷の自然に回帰し、汚れなき子ども時代の想像力を取り戻すことが、詩人にとっていかに重要であるかを説いた。 だが、このふたりの人物が理不尽に暴れるのは故なきことではない。メアリも、コリンも、両親が育児を召使いに任せきりにしてパーティーに夢中になったり、外国へ長期旅行にでかけたりしていたせいで、自分はすべての人から見放された、愛を得られぬ存在だと思っている子どもであり、その孤独は宇宙の闇ほどにもふかい。いわば、ふたりは、育児を放棄する身勝手な大人の犠牲者といえよう。しかもコリンは、自分が近い将来にせむしになって死ぬ運命にあり、周囲もそれを望んでいると信じこんでいるために、ひとり死の恐怖に 戦きながら、だだっ広く、カーテンを閉め切った部屋に横たわって毎日を過ごしている。だからこそ、読者は、つぎのような場面に胸をうたれずにはいられない。たとえば、自分はコマドリに好かれていると感じて、メアリの心にふつふつと喜びが湧きあがるとき。あるいは、メアリに「こぶなんか、ひとつもないじゃない!」と言われて、コリンが枕に顔をうずめて静かに安堵の涙を流すとき。これらの場面で人物の内面に満ちているであろう言葉にしえぬ感情は、純粋さと真実味にあふれている。  さて、『秘密の花園』が傑作であると断言した後にこのようなことを書くと矛盾するようだが、作品の価値というのは、往々にして、時代に左右されるものである。じじつ、現代では古典としての位置づけを揺るぎないものにしているように見える『秘密の花園』も、一九一一年の出版直後には英米で好意的に受けとめられたものの、その後は人気、評価ともに衰え、次第に忘れられていった。 それは、一九二四年にバーネットの訃報が伝えられた際、「ニューヨーク・タイムズ」紙などの新聞、雑誌に寄せられた数々の追悼文が、『小公子』の人気ばかりにふれ、『秘密の花園』には言及すらしなかったことからも明らかであろう。 とはいえ、フィリッパ・ピアス(一九二〇~二〇〇六年)やキャサリン・パターソン(一九三二~)など、一九二〇年代、三〇年代に子ども時代を過ごした児童文学作家は幼少時代の愛読書に『秘密の花園』を挙げているから、この作品が不評であったのは学校の教員、図書館の司書、批評家の間でだけで、一般の読者には読まれていたのかもしれない。いずれにしても、『秘密の花園』が目に見える形で息を吹き返すのは一九六〇年代以降というのが児童文学研究の定説のようである。つまり、一九六〇年代になってはじめて、この作品は「児童文学名作選」に選ばれたり、本格的な研究がなされたりするようになったのである。 なぜこのようなことが起きるのか。簡単にいえば、それは、社会が、どのような児童文学作品がその時代の子どもにとってふさわしいかを判断しているからである。逆にいえば、『秘密の花園』の扱いをみることによって、わたし達は、その社会のありようについていろいろと推測してみることができる。たとえば、その徴候的な例として挙げられるのが、一九七〇年代以降のアメリカ合衆国における『秘密の花園』の再評価であろうか。 一時代前のフェミニストたちによる母性礼讃一辺倒の風潮にたいする異議申し立ての意図もあると思われるが、こうした作品の新しい読み替えは、ジェンダーやセクシュアリティの問題に敏感な一九九〇年代のニューヨークという土地柄を感じさせて興味深い。改編版や翻案ものがつくられるとき、「作者の意図」の変更をみつけて異を唱える人はおおく、その気持ちはわからなくはないけれども、改編版とは、オリジナルとの違いを指摘して不満を表明するためのものではなく、その創造的な読み替えを、現代社会の徴候やありうべき未来像を示すものとして読み解くためのものと考えるほうが生産的ではないだろうか。  冒頭からして、 When Mary Lennox was sent to Misselthwaite Manor to live with her uncle everybody said she was the most disagreeable-looking child ever seen.と、身も蓋もない。この 辛辣 な一文に導かれて登場する主人公メアリは、母親からも父親からも愛された記憶がなく、いつも不機嫌な仏頂面をしていて、性格は横柄でわがまま、気の強さだけが取り柄といえば取り柄、という最悪のお嬢さまだ。  もうひとりの主人公コリンも、親の愛情を知らぬまま屋敷の奥にひきこもって暮らし、自分は病気でもうすぐ死ぬのだと思いこんでいて、ことあるごとに激しいかんしゃくを起こして使用人たちを困らせる。  バーネットは、だれからも愛情を注がれず痛ましいほど歪んで育った二人の子供たちを主役に配する、という少年少女向けの作品ではあまりお目にかからない仕掛けをしたうえに、満たされぬ思いに手足をばたつかせながらその苛立ちの原因が何なのか自分でも理解できぬまま荒れるしかない子供たちの姿をそっけないほど淡々とした筆で描いている。このような内容と文章を持つ作品を少年少女向けのソフトな文体で訳してみようとすると、原文で読んだときの作品イメージとのへだたりに、違和感がどうしてもぬぐえない。

    0
    投稿日: 2024.10.15
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    #75奈良県立図書情報館ビブリオバトル「計画」で紹介された本です。 2017.2.18 https://www.library.pref.nara.jp/event/2198

    0
    投稿日: 2024.09.29
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    小学生のころ毎週テレビで観ていた世界名作劇場の『秘密の花園』だと知らずに読んだ。 ムーア(湿原)の大自然、庭園が生命力豊かに描かれている。 メアリーがふわっと草木の香りをまとって家に帰る場面が特に魅力的に感じて、恵まれた自然環境を羨ましく思った。 やっぱり子どもは自然の中で太陽の光を浴びながら遊ぶのが一番! 生き物や植物との触れ合い、秘密基地、庭の修復作業、なんて自由で楽しそうなの。 どんどんメアリーとコリンが心身ともに健康になっていく様子を追うのは楽しかった。2人とも、元がひどくて不憫だったので。 探してみたら、YouTubeで世界名作劇場の『秘密の花園』がなんと1話からアップされていた。 内容全く覚えてなかったけど、「逆転タイフーン」の歌だけは未だに歌える、ってことは自慢しておきます。

    20
    投稿日: 2024.09.11
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    宮崎駿さんの「本へのとびら」で紹介されていたので購入。 はじめて読んだけど、児童文学らしい面白さ。あっと言う間に読み終わった。ヒミツの花園が春を迎える様子や、土の香りが想像でき、ワクワクした。 インドで両親を亡くした少女メリーは、イギリスのおじさんの家に引き取られ、大きな屋敷に住むことになる。遊び相手がだれもいない屋敷では、八入りを禁止された廊下の奥から子どもの鳴き声が聞こえてきた。 家族の愛に恵まれず、心と身体を病んでいた少年と少女の出会いと再生を描いたバーネットの代表作。

    0
    投稿日: 2024.08.30
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    幼少期に何度も繰り返し読んだ自分の原点のような物語。思い込み(魔法)の力は良い方にも悪い方にも働くという、普段は忘れがちだけどとても大事なことに気づかせてくれた。メアリとコリンが成長する様子には、自分もその気になれば変われるかもしれないと勇気づけられる。自分にとってはお守りのような作品で、常に大切にそばに置いておきたい。

    3
    投稿日: 2024.06.25
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    子どもの頃、この系統のは赤毛のアンにも若草物語にも小公女にもピンとこなかった私が唯一面白く読み返してた記憶があった、ので大人になった今読み返してみたら、今でもやはり面白かった。

    2
    投稿日: 2024.04.30
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    小学生以来の再読。日中動いてしっかりお腹空かせてご飯を美味しく頂いてしっかり寝るのが健康にいいって分かってるけどできない現代人…悲しい。子供の頃はできてたのにね。

    1
    投稿日: 2023.12.13
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    途中から号泣していました。 人生経験を積んだ大人が読むからこそ、泣けるのかもしれません。 大人になると忘れてしまう子供の頃の純粋さを思い出させてくれるような作品でした。

    3
    投稿日: 2023.10.30
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    春が美しいことは知っていたけど、ここまで素晴らしいものだとは。匂い立つような、湧き出でるような。素朴な絢爛さが咲き誇って、土から萌出て空に昇っていく。朝も昼も夜もそれぞれに魔法がかっている。 子供って素直。環境に対して真っ直ぐで、素直に受け取って自分に映し取っている。

    7
    投稿日: 2023.08.31
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    庭の手入れをする時にいつも思い出す子供の頃に読んだこの本。記憶は遠く、内容のほとんどは忘れているが、荒れた庭が春の訪れとともに目覚めていく…早春に庭に入るといつもその場面が思い出される。 近所の図書館に出かけた時に、思いついて借りてきた。 やはり、内容はほとんど忘れていた。初めて読んだような感覚の中で、気づいたことがある。 前向きな言葉の持つ力。これを「魔法」と言うのかもしれない。前向きな言葉、思いは必ず力を与えてくれる。 ふと、これまでの自分を振り返り、思い当たることがいくつもあることに気づく。 逆に後ろ向きな言葉や思いは、作中のとおり不安をあおり、悲しみが増長される。言えばその通りで、単純なことのように感じるが、これを常に心にとどめて生活に生かし続けることの大切さを改めて感じた。 図書館の「児童書」のコーナーにあったが、読んで本当によかった。 機会があれば購入したい。

    3
    投稿日: 2023.03.31
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    多分小6とか中1くらいに読んだかと思う本 どんな話か覚えていなくて、表紙か挿絵で描かれていた、塀の中の花園を女の子が入り込んで… その花園は草木が伸び放題の花がいっぱいのところ。 というイメージを持ったまま大人になり、会社の先輩に、あの庭は、英国式のバラ園である。 と聞いて、私のえーー樹々が茂りすぎでわっさーってなった庭と違うの⁇ と言ったら笑って違う違う、私、あの本好きで何度も読んだからと言われ、私の秘密の花園のイメージが、カットされた迷路のありそうな英国式庭園のようなものになり、半ばがっかりした記憶がありました。 昨年、私が"私なりの秘密の花園"と思っていたお庭が無くなり、更地になってしまいました。 なので、もう一度読んでみようと図書館から借りてきました。 ヒースや草花しか咲かないような、荒地の向こうにあるお屋敷にあった、その囲われた秘密の花園。 英国式バラ園かもしれないけれど、それが10年放置され、また特に直近2年は全くの手付かずになり、イバラが茂り放題になった所に、インドからイギリスのおじさんに引き取られた孤児の女の子が入り込んで、地元の動物や植物と仲間のように親しくする少年と一緒に自然の形を残しつつ、草を抜いたり枯れた枝を切ったりして整えて… という花園でした。 なんや、私の想像の範囲やん♪ 先輩の範囲でもあったのかもしれないけど、四角や丸にカットされた木があるでもなく、自然味のある花園。 そういえば、ベルサイユ宮殿も、コロナで草刈りされなくなった時に、自然に草花が伸びて、もしかしたら昔はこうだったのかも。 という話が有りましたね。 あまり整えすぎず、自然の姿を生かしながら花を育てるのがいいなと、改めて思いました

    0
    投稿日: 2022.08.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「小公女」は子供の頃に読んだけど、梨木さんの書評本を読むにあたってこれは未読だったので読んでみたんだけどすごくよかった!「裏庭」や「西の魔女が死んだ」など、梨木さんの作品に通じるものも確かに感じることができる。 偏屈で尊大で常に不機嫌な子供だったメアリ、癇癪で人を支配する病んだ小さな王様だったコリンが、動物や植物の友達がたくさんいるディコンと秘密の庭での庭仕事と交流を重ねるうちに成長していく。二人のやせ細ったからだと精神が膨らんで豊かになっていくのと、秘密の花園が目覚めさせられ、芽吹き、花を咲かすのが同期していて、エネルギーに満ち溢れた優しい小説になっている。病気が治っていないふりをするために、用意された食事に毎回手を付けずにコックの心遣いを無にするくだりだけは気になったけど。 コリンは自分がもうすぐ死ぬと思いこんで一人発狂する日々を送っていたけれど、信じる力をもらうことで抗うことができるようになる。 「ぼくはもう変でなくなる。毎日花園に行けばいい。あそこには魔法がある──よい魔法が」 「本物の魔法じゃなくても本物だって思えばいい。何かがある──何かが!」 「魔法」を信じること、そのエネルギーを胸にともしてもらうこと、それこそが児童書が子供のわたしにくれた大切な宝物だったと思う。そして、「秘密の花園」は大人の私にも確かに作用する。優しいディコンやそのお母さん、動物や植物たちの温かいまなざしに助けられて元気をもらえる。大好きな小説になった。

    2
    投稿日: 2022.07.02
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    大学のレポートの題材にしようと思い呼んでみたが、児童文学ってこうだよなと読みやすさを感じつつ、大人になって純粋さを失くした自分には眩しい小説でした。健全に生きたいな……

    2
    投稿日: 2022.01.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    『若草物語』と同様に、この物語にはじめて触れたのはテレビアニメでした。 そのときの感動が忘れられず、30年ぶりくらいに、今度は新潮文庫の畔柳和代訳を読んでみました。 メアリもコリンも、人は性格悪いとか言うけれど、私は全然そんなことないと思います。 最初からむしろ好感を持ちました。 多少なりとも感情移入しているせいかもしれません。 枯れ果て、荒れ果てたかにみえた‘秘密の花園’に、新しい風が吹き春の空気を連れてきて、眠っていた植物たちが動き出す。 それはメアリやコリンたちの心の風景でもあり、この‘秘密の花園’を有する屋敷の主人であるミスタ・クレイブンの心でもあるのでしょう。 子供は大人の知らないところで成長し、いつのまにか大人の手を引いて導いてくれるようになるのですね。 誰だって、忘れていない‘秘密の花園’を堅牢な屋敷のような心の中に隠し持っている――のだと思います。というより信じたいのだな、私は。 追記 たぶん、梨木香歩さんの『秘密の花園』の分析本の影響を受けての感想がこれだと思います。 あんまり覚えていませんが、今年読みました。 同じような事書いててもパクリ感想ではありません。

    35
    投稿日: 2021.11.23
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    子供の頃は村岡花子訳を、10年前は光文社古典新訳文庫の土屋京子訳、今度は新潮文庫の黒柳和代訳。12歳の時からの長い付き合いだけど、何度読んでも奥深さがある。 両親が亡くなって義理の伯父に引き取られるメアリ。インドとはまるで違う本土イギリスへ。暗鬱で荒涼としたヒースばかりの野中に建つ古いお屋敷へ住むことに…そうして見つけた秘密の花園。 そう、読む少女たちにとっては秘密がワクワクドキドキ請け合い。まして可愛くない性格がゆがんでる、っていうこのヒロインですから興味そそられ、そうして輪をかけたわがまま少年コリンが登場してくるので、面白くなってくる。まるでコリンが主人公のような雰囲気。 ところが野性的で植物や動物に対する知識豊富さや、おおらかさ、優しさあふれるディコンという少年が、間に入っていろいろ進展する、彼が主人公なのか? 彼のその魔法的な性格は、生い立ち、貧しい大家族、それを束ねる彼のお母さんからの影響らしい。また、登場人物皆が尊敬し、いろいろ影響を受ける、そのおっかさんの「スーザン・サワビー」が素晴らしい。この人こそヒロイン、作者の分身なのだとわかった今回の再読。

    7
    投稿日: 2021.10.09
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    このレビューはネタバレを含みます。

     甘やかされ、勝手気ままに召使いを罵る九歳の少女、メアリー・レノックス。小柄で痩せこけ、誰からも好かれない彼女はコレラによって両親を亡くし、インドから伯父のいるイギリス・ヨークシャーへ連れて来られた。もの寂しい荒野に囲まれた屋敷で退屈を持て余すメアリーだったが、温かい人々と澄んだ空気、美しい草花と動物たちが彼女に変化をもたらし始める。ある日メアリーは、入ってはならない「秘密の花園」の存在を知る。10年前、伯父が愛する妻を亡くした時に閉ざされた花園。伯父が庭に埋めたとされるその鍵を、メアリーは見つけてしまう。再び開かれた花園の存在は、メアリーの心と体に太く、血を巡らせた。メアリーは、動物と会話ができる少年ディコンと、かつてのメアリーのように病弱でヒステリーを起こす従兄弟のコリンを花園へ招き入れる。花園の「魔法」はコリンに生きる勇気と力を与え、ついには伯父の閉ざされた心も、花園の扉とともに開かれてゆく……。  1911年に初版が発行され、世界中の少年少女に読まれ続けている世界文学の名作。  少年少女たちの成長物語に、素直にとても感動した。これほどの読後の爽快感は久々。現代小説のような複雑さがない分、真っ直ぐなハッピーエンドは胸に沁みる。 つむじまがりのメアリーが変わるきっかけとなったのは、世話役のマーサの存在。素朴なヨークシャー弁で率直に語りかけてくる彼女に、メアリーは世界が自分を中心に回っていないことを知る。そしてディコンが太陽のように彼女の心を温める。コリンとの出会いはかつての自分との対峙。この出会いが、本当の意味での過去の自分との訣別の機会だったのかもしれない。  メアリーとコリンが生きる力を身につけていくと、読者の心も春の陽光に温められていく。コリンの言う「魔法」は読者にも届く。世界文学として読み続けられている所以はここにあるのだなぁ。

    0
    投稿日: 2021.03.14
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    メアリとコリンの成長にとても感動 自然や、動物たちの様子が豊かな表現で書かれており、本を読むにつれて自分自身も、コリンやディゴン、メアリと一緒に作業してそして豊かな自然を見ているようなとても素敵で心地よい気持ちになれた

    1
    投稿日: 2021.01.09
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    このレビューはネタバレを含みます。

    いや~、いい話だった! 幸せな読後感! 裕福な家に生まれながらも孤独な環境に育ち、ネガティブでわがままなメアリとコリン。貧しいけれど兄弟や動植物に囲まれてのびのびと育った、ポジティブで明るいディコン。3人の子供の交流と、メアリとコリンが変わっていく様が良い。 子供たちのいう「魔法」は、ネガティブになりがちな大人も忘れちゃいけないものだろうな。 あと、ベン・ウェザースタッフと駒鳥がいい味を出していた。 あまり名作と言われる児童文学を読まずに大人になってしまったけど、大人になって読んでも良いものだなあ。

    1
    投稿日: 2021.01.07
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    アニメを見ていた気がするが 「こんな話だったかな?」 という感じで楽しめました。 後半の展開が良いです

    0
    投稿日: 2020.10.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    本作は『小公子』や『小公女』とともに、 バーネットが書いた児童文学の代表作のひとつです。 物語の作りが、良い意味でオーソドックスといいますか、 物語のひな形として基本形といった感じなので、それはそれで参考になります。 主人公である少女メアリがインドから本国に帰還してやって来るまでの邸の過去、 それも10年前に大きな悲劇があり、 その悲劇ののちの10年の経過でできあがった世界がまず構築されていて、 そこに主人公のメアリが飛びこませられる。 メアリ自身が偏屈で痩せぎすで問題のある子ですが、 彼女は邸に落ちついてから、 使用人のマーサとの出会いやムーアと呼ばれる邸の周囲の植生からの生命力みなぎる風、 そして邸の周囲の庭で遊ぶようになり、少しずつ再生していく。 邸と花園によって再生していくメアリが、 逆に今度は邸と花園を再生させていきます。 気付いたことといえば、 小川洋子さんの『ことり』に出てくる鳥と話せるお兄さんのキャラクターは、 本作の重要キャラクターであるディコンからインスパイアされているのかもしれないこと。 ディコンは人と話すときは支離滅裂だけど駒鳥と駒鳥語で話をする、 という一文がありましたし、物語のなかで実際にそうでした。 そして『ことり』のお兄さんこそ、人間語がめちゃくちゃ。 共通しています。 本作後半で「魔法」だとか「大きな善きもの」と呼ばれる力。 なかなか名付けようがないけれど、 そのぶん人それぞれで自由に表現が可能なものです。 人のなかに備わってもいるし、人を含めたこの世界全体としてみてもその力はある。 なんとなく思い出すのはソルジェニーツィン『イワン・デニーソヴィチの一日』。 この小説の底に流れているものだって人間の内に根源的に備わっているパワーのことであり、 『秘密の花園』の「魔法」などとほとんど同じだと思います。 僕も以前、かなり拙い小説ながらこの力を「火種」と名付けてテーマとし、書いたことがある。 個人的な経験ではありますけれど、 ちょっと本が読めてくると「魔法」や「大きな善きもの」 と名付けられるようなものを読書をしていない「しらふ」の状態でも うっすらと感じられるようになってきます。 そして一度「魔法」に気付けば、 その後はけっこうふつうに、 生活な思索のなかで「魔法」を察知できるようになっていく。 まあ、しつこく考えればかもしれないですが。 最後にですが、 本書冒頭で、コロナならぬコレラによって人がばたばたと死んでいくんです。 いやぁ、この時期に疫病モノかあと構えましたが、 序盤の一章のみでした。 コロナが流行ってきてから、 カミュの『ペスト』が売れているという話を読みました。 こういう、時事に重ねて深めるみたいなのって、 僕はあんまりしないんですけど、 どうなんでしょうね、逆に視野が狭くなったりはしないんでしょうか……。 と、それはさておいて。 こういう子どもの素直な部分、それは良いところも悪いところもですが、 それらに触れられて、さらに自然の豊かさも感じられる読書になるのが本作。 あくまでそれは書かれていることであり、「読書によって」の経験ですが、 こういった読書が実生活へよい影響を与えもします。 それは、読書体験を経た後であれば、そこで知った知識や感覚や視点によって 感性がより開いた状態になるでしょうし、 その状態でいろいろと、 より深く見たり聞いたり知ったりできるようになるだろうからです。 そうして得た経験が想像力を豊かにして、 また次の読書時により深い読書ができるような フィードバックになっていく。 つまりは好循環です。 そうはいうものの、 そういうことを考えなくても、ふつうに楽しめればいいんですけどね。 この物語に浸れれば、ずいぶんゆったりとした気分になれるでしょう。 かたとき、日常の鎧を脱ぎ捨てて、 かろやかかつ自然に、物語の世界に踏み入ってみてほしいです。

    1
    投稿日: 2020.04.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    子どもの成長物語は多くあるが、この作品は異端な登場人物たちが印象的であった。何事にも興味を持たず、偏屈で癇癪持ちの子どもらしからぬ少女メアリ。ヨークシャーなまりを持ち、召使にそぐわない気さくなマーサ。自分を病気だと思い込み、希望を持てない少年コリン。 3人はいずれもそれまでのステレオタイプからは逸脱した性質の持ち主だが、マーサはメアリに、メアリはコリンに良い影響を与えてゆく。 明るくて真っ直ぐな少女セーラが主人公の『小公女』とは対照的な作品であると感じた。

    0
    投稿日: 2019.10.29
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    名作と呼ばれるお話を大人になってから読むシリーズ。 バーネットは小公女と小公子しかか読んだことがなかったので。 育成環境所以で人との関わり方を知らず、偏屈と呼ばれたな女の子が好奇心から少しずつ人との関わり方を学んでいく過程が思ったより丁寧に書いてあります。 読了後の感想 少しずつ登場人物が増えて行きます。 子供らしい感性で、最後まで子どものみずみずしい気持ちと行動力だけで話が展開します。 そこにはありがちな魔法のような偶然や幸運はほとんどなく、もちろん物語ではありますが、納得のできるレベルの展開でした。 なんとなく、柔らかい芝生や土の香りを感じたくなるような読後感でした。 バーネットの作品の中では小公女、小公子よりこのお話が1番好きだなと思いました。

    1
    投稿日: 2019.08.08
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    偏屈だった少女と少年が、花園とともに蘇っていくのがいい。映画を最初に見たんだけれど、原作もとてもよかった!ただ、映画はほんのりとディコン→←メアリ←コリンみたいな空気があって、そこが少し原作とは違ったかな。マーサとディコンが好き!

    0
    投稿日: 2018.09.07
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    読んでいる途中で「えっこれいつ書かれたの?」と後ろの解説を読んでしまうくらい(1911年だった)、話が現代的だった。 ネグレクトを受け、愛情不足で育った子どもはどうすれば救われるのか…という物語だと思うのだが、作中で示される答えの一つひとつが、現代から見てもまったく違和感がない。すごい。

    0
    投稿日: 2018.04.01
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    この時期にバスに乗りながら、電車で横目に景色を流しながら読めたのは運命なんじゃないかと思います。 希望と色と幸せな香りが満ち満ちている。花を見て空を見て空気を胸いっぱい吸い込んで、幸せだと実感する。できる、できる、できる、の魔法がある。私にもあなたにも、世界中のみんなのところに魔法はある。 生きる歓びを再確認しました。

    8
    投稿日: 2018.03.15
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     コミカライズされたものを読んであらすじは知っていましたが、小説は初めて。  著者は「小公女」「小公子」の作者でもあり、話のトーンはとてもよく似ていますが、こっちのほうが好み。  序盤のストレスフルな描写と、後半のカタルシスいっぱいの展開が、合わせ技でとっても気持ちいいです。終盤は上手くいきすぎかもですが、児童文学だし、いい方向にいく描写だし、何より読んでて楽しいので、これで全然OK。ハッピーエンド万歳。  ビジュアル的にも映えるので、風景を想像するのも楽しい。バラ園とか、広大なヒースとか、古いお館とか。春が来て、クロッカスやスノードロップが咲いて、バラが次々とほころんで。動物を引き連れた農家の少年とか、ベッドに伏せてるお坊ちゃんとか……いい萌えをありがとうございます。  子供のかんしゃくシーンも、大人になった今読むと、すごく微笑ましい気持ちになれます。子供のかんしゃくだと思えば、メアリはワガママな部分も含めてかわいいです。お坊ちゃんも。

    2
    投稿日: 2018.02.24
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    孤独だった子供たちが歩み寄り、協力し結束することで感情的にも人間的にも成長していく様子がなんだかホッコリしました(^O^) かわいらしい物語だとおもいます♥ 久しぶりに児童文学を読んだけど、大人が読んでも考えさせられる要素はいっぱいありますね~。 動物との交流は、なんか憧れちゃいますね!

    1
    投稿日: 2017.10.28
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    私を含むアラフォー世代が子供だったころ、大多数の子供たちにとって、児童文学は読むものではなく、テレビで観るものだった。私たち世代のほぼ全員が、「ハイジ」や「赤毛のアン」や「トム・ソーヤー」について多少の知識を持っているのは、日曜夜のアニメ「世界名作劇場」の功績といっていい。海外の児童文学1作品を1年かけて放映するシリーズである。 バーネット作品からは『小公女』が取り上げられた。逆境を耐え忍ぶヒロインが最後は幸せになるという、西洋版「おしん」みたいな物語で、私はあまり好きになれなかった。ヒロインが優等生すぎて、共感よりも反発の方がまさってしまったのだ。「こんな子いるわけないじゃん」と突っぱねることで、大人に教化されるのを無意識に拒んだのかもしれない。 そんな私でも、同じバーネットの『秘密の花園』は楽しく読むことができた。まず、ヒロインのメアリが偏屈なワガママ娘という設定が面白い。もうひとりの主人公コリンときたら、メアリ以上に病んだ少年だ。両親の愛を知らず、ことなかれ主義の召使によってスポイルされてしまった子供たちが、「秘密の花園」を通して生きる力を取り戻す物語である。 うち捨てられた花園は、孤独な子供たちの心の象徴でもある。荒廃しているように見えても、心ある人が気を配り、正しいやり方でケアすれば、驚異の生命力で息を吹き返すのだ。花園の復活と連動するように、子供たちの心が解き放たれ、子供たちの成長によって、哀れな大人の魂が救われる。子供たちは大人に教化されるのではない。ムーア育ちの少年が、12人の子供を育てる母親が、ヨークシャーの大自然が、子供たちをあるべき姿に導くのだ。 世界名作劇場は20年以上も前に終わってしまったが、もし同じような企画があるなら、ぜひ『秘密の花園』を取り上げてほしいと私は思う。子供たちの成長物語はもちろん、20年間に進歩したアニメーション技術で、ヨークシャーの広大なムーアや、薔薇の咲き乱れるイングリッシュ・ガーデンを映像化してほしいと思うからだ。昔ならあり得なかった無愛想なヒロインも、今の時代なら割とすんなり受け入れられると思うのだが、どうだろう。

    41
    投稿日: 2017.10.25
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    下鴨アンティークの中で出てきた本。 小公女と同じ作者だったことをここで知る。 両親から放置されて、暴君じみたわがままなこどもになった少女メアリ。こんなに感じが悪いこどもは見たことがない、と何回書かれているだろう。 主人公がメアリと同年代なら確かに秘密の花園にわくわくするかも。 でも下鴨の登場人物が言った、読んで寂しくなったっていう記述もわかる。 登場人物のメアリもコリンも親に省みられなく、孤独なこどもだ。 コリンの母は、出産時に亡くなり、唯一の家族である父は妻を失ったショックのあまり、妻が好きだった庭を封印し、息子を避ける。 なんでも物を与えてもらえる代わりに、構われることもない少年が、同じくインドでかしずかれて、親に放置されて育ったメアリと会い、秘密の花園の中で、自然に囲まれてキレイな空気の中で、楽しい事を想像したり、生き物と過ごすことで成長していく。 話中の中のキーパーソンが、メアリの女中マーサの母親と弟。本当に偉大。 12人の子供を愛情深く、礼儀正しく育てるとか本当にすごい。 息子のディコンは自然のことならなんでも知ってるし、動物と仲良くなれる変わった子。 孤独な子供達に必要な事がこの二人によって与えられる。 友達、たくさんの遊びと発見、栄養のある食事。 大人目線で児童書を読むと、昔と違って大人目線で読んでいることに気づく。

    0
    投稿日: 2017.07.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    とてもとても良かった。この一言に限る。 メアリさまが変わっていく過程が丁寧に描かれているのがいい。コリンのかんしゃくを聞いたメアリさまのセリフに笑った。 ディコンと出逢えて、メアリさまもコリンも人生が大きく(良い方に)変わった。出会いって本当に大切だなあと改めて思った。

    2
    投稿日: 2017.02.13
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    もともと児童文学ということを知らずに読み始めました。 やっぱり、こういうのは遅くとも十代のころに読んでおきたかった……! でも、生きていくのに本当に大切なことがたくさん詰まってて、読んでいて心地よかったですね。 ヨークに行ったことがあるので、なおさらよかったですね。

    1
    投稿日: 2016.10.29
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    子供のころ読んだお話、文庫一冊ほども長さがあるとは知らなかった。ムーアの描写に、ありったけの愛が込められている。 それから花園の、花の息吹に満ちあふれた様子と言ったら!子供心には登場人物のことしか印象になかったけど、いま読み返せば大自然の描写にかなり割かれているのがわかる。駒鳥夫婦の気持ちまでつづってある。 メアリが花園を見つけた瞬間、それと、メアリがコリンに花園の様子を聞かせるシーン、雨の上がった朝の花園の景色が素敵。ぞくぞくするほどの、足元から駆け上がってくるような喜びや期待に満ちている。そんな感情を呼び起こす、春というものはなんと素晴らしいものだろうと、知らず知らず感銘を受けている。 コリンの一生懸命な姿、魔法や科学実験と呼んで他力に頼っているように見えてそのじつ、みずからの意思と力で次々とステップを上っていく姿は、面白いほど着実。 物事が回り出してからは、ひとつの挫折も失敗もないところが、芽吹きの勢いに巻き込まれる感覚がして好き。

    2
    投稿日: 2016.09.02
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    幼いころ、簡易版で読んだのを思い出し懐かしくなって購入。酒井駒子さんの絵に惹かれたのもあります。簡易版では隠されていた様々な事柄に驚いたり楽しんだりを繰り返しました。ことに、ディコンにかんしては知らなかったことがたくさんあって、この愛すべき子に新たな評価がつきました。ただ、「ん?」と思ってしまう箇所もないではありませんでしたので星は3つです。

    0
    投稿日: 2016.06.13