Reader Store
金閣炎上(新潮文庫)
金閣炎上(新潮文庫)
水上勉/新潮社
作品詳細ページへ戻る

総合評価

14件)
4.2
4
5
2
0
0
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    三島の『金閣寺』からの流れで、読了。『金閣寺』が放火犯である「私」の一人称で記される一方、本書『金閣炎上』は作者・水上勉が「私」として述べている。『金閣寺』は事実を基にしたフィクションだが、本書『金閣炎上』は多少の脚色はある(と筆者も記している)もののノンフィクションの体裁をとり、古い作品だが非常に読ませる。 本書は昭和25年に金閣寺を放火した僧・林養賢を幼少期から克明に追い続けていく。田舎の寺の子として生まれたこと、両親が不仲であったこと、ひどい吃音があったこと…。そして、父が肺病で早逝し金閣寺に入ってからは、人間関係と自身の健康問題に直面していく。 三島の『金閣寺』は放火へと至る主人公の行動を小説的に順繰りに描いたが、本書はそれまで追ってきた林の半生をブツンと断ち切るように、唐突に放火犯となった林の調書を挿入する。そこからなぜ林が放火に及んだのかを検証していくのである。当時の金閣寺住職である慈海師は水上と会うことを拒んだそうだが、なぜ今更という思いがあったのだろうか。それとも、痛いところを突かれることを恐れたのだろうか。 本書を読むにつけ、放火した林の動機はシンプルなものであった気がする。と同時に、三島の『金閣寺』は、文学作品としての良し悪しはともかく、ある種の冒瀆ではないかという気がしてしかたない。

    4
    投稿日: 2026.01.12
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    いわゆる「金閣寺放火事件」は1950年7月2日に起きた。鹿苑寺金閣の国宝・舎利殿に火が放たれ、全焼したのである。寺の徒弟僧、林承賢(俗名:養賢)によるものだった。養賢は、放火後、自殺を図るが未遂に終わった。判決は懲役7年(後、恩赦により5年3月に減刑)。拘束中に精神を病み、満期釈放後に精神科病院に入院。以前から患っていた肺結核で死亡している。 本書はこの事件に取材したもので、著者・水上勉は上梓までに20年もの歳月をかけている。本事件を題材にした作品としては三島由紀夫『金閣寺』がつとに有名である。水上も本作より先に『五番町夕霧楼』を発表している。この2作がフィクション性が高いことに比べ、本作はほぼノンフィクション形式で書かれている(但し、例えば、水上は犯人の養賢に偶然会ったことがあるとしているが、その部分が事実であるかどうかについては議論があるようだ)。 放火犯である養賢の生い立ちから放火に至るまで、そしてその死までを丹念に追う作品である。 養賢は、若狭湾に面した半島の北端で生まれた。田舎の貧寺の子である。父は僧侶だった。母はどうした縁か、遠く大江山麓から嫁いできた。両親には気性の相違があり、仲はあまりよくなかった。養賢は幼少時から吃音であった。父は肺結核を長く患った末、養賢がまだ13歳のころに病没。かねてより、息子を金閣寺で修行させたいとの希望があり、養賢は中学卒業前に金閣寺の徒弟となった。 戦時中は栄養状態の悪さや養賢の肺病発症などもあり、故郷に戻る時期もあったが、戦後、再び金閣に戻り、大学予科に入学。そのころから勉学を怠るようになり、3年目には学年最下位となる。そのため、住職に叱責されることもたびたびだった。また素行も悪く、暴力沙汰を起こすこともあった。一方で、修行の場というより観光で金儲けしている金閣の現状に疑問もあり、上位の僧侶や事務職への反発心も抱いていた。 養賢は金閣寺の後継者となることを夢見ていたが、住職の態度が冷淡であり、このままではそれも見込めないと考え、次第に犯行の決意を固めた、というのが大方の流れである。 著者は自身も(寺ではないが)貧しい家に生まれ、金閣と同系列の寺院で修行した経験がある。そこで仏弟子といいながらも生臭い、僧侶の姿を見聞きもしている。そうした著者の目線がそこここで犯人のものと重なってくる。 もちろん、放火は犯罪であり、重要な文化財の焼失は惜しまれることなのだが、そこに至るまでに何があったのか、深く潜入していくような読み心地である。 著者あとがきには 彼がなぜ金閣に放火したか、そのことをつきつめて考えてみたかった。 とある。 だが、本当のことはいまもわからない とも。 片や、吃音で肺も病み、出世も見込めないが田舎に帰っても居場所はない、青年僧の鬱屈。片や、本音と建て前が乖離した、虚栄まみれの大寺院。養賢はどうしようもない現実に、それでも爪痕を残そうとしたのか。 養賢の母は、息子の犯行を知り、京都の警察で事情聴取を受けた後、家へ帰る列車から身を投げて自死している。 養賢は、前述のように獄中で精神を病みつつ、住職への詫びの手紙を送り続けている。 金閣は住職の尽力もあり、1955年に再建された。養賢は再建した金閣の写真を見たいか問われた際、 どうでもよい、無意味なことだ と答えたという。 禅には時に、物騒な命題があるが、養賢は、「殺仏殺祖」(仏を殺し、親を殺す)(『臨済録』)について考えていたという話があるという。反抗期の心が、刃のような言葉を咀嚼しきれずに振り回してしまった面もあるのだろうか。 著者は、金閣を始め、系列寺院の内情も縷々綴る。もちろん、取材も重ねたのだろうが、寺で修行の日々を過ごした者でなければ書けない描写だろう。貧村から、いくばくかの夢を抱いて上京し、したたかで一筋縄ではいかぬ現実に幻滅を抱いた、という点では、著者と養賢に通じ合うところがあったのかもしれない。そこで犯罪に走るかどうかはまた別だが。 著者は最後に、探し続けていた養賢とその母の墓にたどり着く。その筆からは、犯罪への糾弾ではなく、鎮魂がにじむ。それは、金閣放火犯ひとりではなく、貧しさに喘ぎ、どん底で果てた、顧みられぬ幾多の人に向けたものであるようにも思える。

    4
    投稿日: 2025.09.22
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    偶然みたNHKアナザーストーリーという番組の再放送で、「金閣寺放火事件」が取り上げられ、そこでこの作品が紹介されていました。 戦争という時代背景、両親との関わり、自分の吃音障害、貧困、金閣寺での生活、理想と現実の大きな隔たり、様々な要因が重なって、この放火事件を起こしてしまったのだろうと推察されます。 確かに放火、という犯罪は決して許されないけれど、この犯人林養賢のことを考えるとその苦しみが痛いほど伝わってくる、そんなドキュメンタリーでした。 どうしても親目線で考えてしまう自分もいて、林養賢やまたその母志満子のことを思うと胸が痛みます。

    9
    投稿日: 2023.10.28
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    天を焦がす金色の焔に、彼は何を見たのか? 身も心もぼろぼろになって死んだ金閣放火僧の痛切な魂の叫びを克明に刻む長編小説。

    0
    投稿日: 2019.06.18
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    天を焦がす金色の焔に、彼は何を見たのか? 身も心もぼろぼろになって死んだ金閣放火僧の痛切な魂の叫びを克明に刻む長編小説。 三島由紀夫の同題材の作品と比べて、読んでて切なくつらくなった。

    0
    投稿日: 2017.05.01
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    1950(昭和25)年7月2日の未明に起きた金閣寺放火事件。犯人は同寺徒弟の林養賢という21歳の男。これだけでじゅうぶん衝撃的な事件なのに、駆けつけた母親は息子に面会を拒否され、帰宅途中の汽車から身を投じて死亡。放火の動機にさまざまな憶測が飛び交うなか、20年もの歳月をかけて調査を重ねた水上勉渾身のノンフィクションです。 自身も僧を目指したことのあった著者の水上は、貧寺に生まれた養賢にかつての自分のことを重ね合わせたのか、養賢の郷里へも足を運んでつぶさに聞き取りをおこなっています。それによって浮かび上がる、養賢の過酷な運命、事件の全貌。 文庫本の字が小さいのと(老眼が来ている身にはツライ(笑))、350頁という、ほどほどのボリューム以上に内容が濃く、読むのに労力を要します。しかし、養賢が放火する前の数日間の行動や、当時住職にまっさきに取材した新聞記者=司馬遼太郎の話、判決内容に関する著者の異議等、終盤は一気に読まされます。金閣寺放火事件を知るのにこれを超えるものはないでしょう。これを渾身の力作と呼ばずしてなんとする。

    0
    投稿日: 2017.04.27
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    昭和25年7月2日未明に金閣寺が寺の小僧による放火で全焼した事件を考察したドキュメンタリー小説。 筆者は自身もかつては修行をしたことがあり、犯人である林養賢とも一度だけ会ったことがあるといい、ジャーナリストが描いたものとは一線を画す、私小説のような、身近なこととして扱っているような感じだった。 時間をおいて、三島由紀夫の書いた『金閣寺』と、水上氏の金閣寺での火事を題材とした小説『五番町夕霧楼』も読んでみようと思う。 それにしても、最近こんなに改行が少なく、文字数の多い本を読んでいなかったので、とても読むのに時間がかかってしまった。 情けない。

    0
    投稿日: 2015.11.13
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    昭和25年7月2日に国宝鹿苑寺金閣が寺僧の放火により焼失。 犯人である若狭の寒村出身で当時は大谷大学の学生でもあった林養賢(事件当時21歳)の出生から、懲役7年ののちに肺結核で亡くなり、その後に彼の墓がどうなっていたかまでを綿密に調べたうえで事件の約30年後に出版されたお話です。 作者の水上さんも若狭地方の寒村出身で、若い頃に鹿苑寺と同じ相国寺派のお寺に預けられた経験があり、また犯人と1度だけ会ったこともあることから、単に「国賊」「精神異常者」と犯人の資質を一面からのみ単純に評価する当時の新聞等に疑問を持っていたらしい。 今の社会ではプライバシー等々で描かれないであろう犯人の置かれていた当時の仏教界の腐敗やらも細かく描かれており、何があろうと歴史ある国宝を放火焼失させる行為は許されるものではないと思うけれども、政治と宗教が絡んだ社会の闇はそれ以上に深かったりするのかな…と思った1冊でした。

    0
    投稿日: 2015.06.10
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    小説だと思ってたら、ルポルタージュだった。これはひょっとして水上勉版『冷血』なのか。三島由紀夫の『金閣寺』よりちょうど20年を経てこの作品は上梓されたらしい。私も三島『金閣寺』を読んでからこの水上『金閣炎上』を読むのに、およそ25年のブランクがあった。時間的スパンを同じうしての読書は、読む側の熟成度もまた同じ進化となり、理解が深まっていると思いたい。 次に読む本は『金閣寺の燃やし方』。

    0
    投稿日: 2013.01.29
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    三島由紀夫の金閣寺とは違い、第三者の目から金閣放火の主人公を描いている。筆者の考察・推察を交えながらの展開は評論とも思わせた。三島とは違った切り口での金閣放火に至った主人公のバックボーンや心情の移り変わりの推察がおもしろかった。なんといっても「金閣寺」では描かれていない犯人逮捕後の一連の様子が胸を打った。

    0
    投稿日: 2012.06.20
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    めっさ面白い!犯人である青年がなぜ放火するに至ったか、実際の関係者の思い出話を織り交ぜつつ、丹念に取材されていました。著者自身が青年と同郷で、しかも事件を起こすずっと前に青年と一面識あった、というのがまた興味をそそります。

    0
    投稿日: 2012.04.29
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ザセツしました… 金閣寺を燃やした林養賢の生い立ちや家庭環境などを調べつつ、 彼の境遇と 貧しい生家での口減らしのために寺に預けられ、脱走 という自らの体験をオーバーラップさせ… というルポでありノンフィクションであるわけですが 林と水上氏の話がごっちゃになって、非常に読みづらく。

    0
    投稿日: 2011.05.28
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    三島の『金閣寺』と比較されることが多いらしいけれど、全く別物。これを読むと三島の『金閣寺』は"物語"だったと思わされる。

    0
    投稿日: 2007.02.07
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    三島の金閣寺が発表されてから二十余年経ち発表された小説、というよりフィクションに近い作品。 舞台が若狭(といっても、ほとんど舞鶴ですが)その土地には、愛着があるし、風習もまったくわからない訳ではないので、比較的理解しやすかったです。 この作品は、美しい金閣を自分の物としたかったという歪んだ論理が描かれた三島の金閣寺しか知らなかった私には、衝撃でした。 歪んでいたのは実は林養賢の方でなく、守銭僧侶の方ではないかと思わされる節もあり(だからといって放火は許されないし、実際本人の精神状態も普通ではなかったのだろうけれど)この事件が、仏教界に一石を投じるような結果にならなかったのは、残念です。

    0
    投稿日: 2006.06.21