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カラマーゾフの兄弟(中)(新潮文庫)
カラマーゾフの兄弟(中)(新潮文庫)
ドストエフスキー、原卓也/新潮社
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総合評価

157件)
4.2
61
48
26
5
1
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    上中下3巻の中でも特に内容盛り沢山の巻だと思う。メインキャラだけでなくサブキャラも個性的で面白い。バラバラに動いていた歯車が少しずつ噛み合って、一つの結末に向かい始めていると感じた。

    0
    投稿日: 2025.12.30
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    本作は腑に落ちる答えも気持ちのいい共感も与えてくれないし、少しでも理解した気になった瞬間、容赦なく梯子を外され、「これならどうだ、お前の理屈はどこまで耐えきれるかな!」と思考の逃げ道を塞ぎながら詰め続けてくる

    0
    投稿日: 2025.12.14
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    中巻を読み終えて、私なりに思う『カラマーゾフの兄弟』…略して『カラ兄(きょう)』(上巻の帯にそう書いてあったんです!!)の楽しみ方をここに綴りたい!!!!ネタバレなしで!! まずは残念ながらヘテロセクシュアルの女性、あるいはホモセクシュアルの男性の方のみに通用する読み方になってしまうのだけど、 カラマーゾフの兄弟たちを、すんごいイケメンな男性たちに想像して読み進めるというもの。(ロシア系とか東欧系の顔立ちの白人男性だとより物語の中身とマッチするかもだけど、無理なら人種なんてどうでも良い!!) そうすると、ワクワクとゾクゾクがとにかく増すんです!!! 「え?私も奪い合われてみたいけど?!」となる(笑) 私の推しのイワンは、とんでもないイケメン&インテリな雰囲気が出まくりの教養人として想像してました(笑) (因みに @koten.book さんからは周りはみんなイワン推しだよと教えてもらい、自分も同じだと安心しました笑) でもロシアって究極の美女も多いし、女たちが揃うシーンでは、ものすんごい美女も想像してみた!!(笑) それも良かった!! はい。ルッキズム丸出しの低俗な(?)読み方はここまでとして…失礼いたしました。 少し小難しい国家と教会がどうあるべきか的な、独白みたいになるところとかは、強めのお酒をちびちび飲みながら、お家で、小さな声に出しながら、自分が独白してるかのように読む!! ただただ私がそうしただけだけど、上巻の終わりの方はこれをやるのが堪らなく楽しかった。 そしてそして、中巻の3/4くらいからは、どう読むかとかなく、続きが気になり過ぎて、無我夢中で読んでた!! 気がついたら最終ページに! 下巻がどうなるのか楽しみ。 村上春樹さんと金原ひとみさんが感銘を受けた本、そして我らが @book26ts さんが名刺代わりに選ぶ本に入ってるから、もう読みたくて読みたくて(笑) だから読めてることが嬉しい!! 人生のあれこれ、社会のあれこれ、全てこれに詰まってると思うの。 現代に通じることばかり。 そしてドストエフスキーさんの中から溢れ出る考えと言葉を、純粋に書き出している感が伝わってくる気がして、それがまたすごく好き。 でももちろんただ書き出しているだけじゃなくて、全ての物語の順序立てが綺麗にされていて、伏線も全て綺麗に回収されていき、読んでいて快感なんです。 私なんかが、ドストエフスキーさんの偉大さを語るまでもないんだけど!!(当たり前) だからって「逆に何がすごいの?」って思う意見があっても全然良いし!読んでみたけど合わなかったももちろんある!! 金原ひとみさんだって上巻半分読むのに3ヶ月かかって、つまんない!って思ったて帯に書いてあるし!!(笑) とにかく下巻が楽しみだっ!!

    5
    投稿日: 2025.10.06
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    本書(中巻)は、第二部の途中から第三部。読みどころ満載で、感嘆のため息が出てしまいました。すごい、すぎる。 アリョーシャの師であるゾシマ長老の死去。その中での彼の心の変化が描かれた後が、本書(中巻)の真骨頂。 アリョーシャの兄、ドミトリーが大いに動きます。婚約者カテリーナと別れて、グルーシェニカ(父の愛人でもある)と新生活を始めたいと思っているドミトリー。カテリーナから預かった3千ルーブル返済の必要性もあり、金策に走ります。 大立ち回りさながらのドミトリーの動きに、BGMとしてルパン3世のテーマでもかけたい気分。 そんな中、血生臭い事件勃発。父フョードル殺害事件の容疑者として連行されるドミトリー。 お腹いっぱいのスリルを味わうことができました。人間の心理描写、最高にして最強。下巻はどんな展開になるのか・・・・

    30
    投稿日: 2025.08.13
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    この物語は父殺しが中心と評論されているのに事件がちっとも起こらない。それどころか上中下しかないのに中を読み進んでも父親は生きている。はて? しかし中はだいぶ面白い。 そして中の後半だいぶ進んでからやっと事件が! 下も一気に読みたいけど消化不良にならないように100分で名著の解説部分を読んでから第四部へ!

    0
    投稿日: 2025.08.04
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    まだ判断できない。 だいぶ読むの時間かかった(普通にリアルが忙しかった)。 早く下巻読みたいがまたまたリアルが忙しいのである。 下巻読んだら一気に感想書く。あ、評価もね。 はい下巻読んだよ。 中巻は正直、物語の展開には必要だったと思うが、内容としてどう関わっているのかがわからなかった(下巻読み終わるまでは、ね)。これは最後のオチにつなげるための伏線だと思う。 中巻では主人公アレクセイ(愛称アリョーシャ、以下ではそう呼ぶ)の師匠的な人、長老が死ぬ。その後の市民の反応が前半の主な部分かしら。 半分あたりから大事なのだが、フョードル(父ね)が殺されます。急展開!と言いたいがまあ結構しっかり前置きあるので、やっぱ死ぬよね、という感じ。この殺人をしたのがドーミトリィ(愛称ミーチャ、以下そう呼ぶ)って疑いかけられて裁判に連れてかれるまでが中巻かな。 フョードルが殺させる前にアリョーシャと子供達が関わるパートがあってこれがすごい大事です。書くの忘れてた。もう全部書けない。多すぎ。 中巻は心に響くってよりかは今後の展開が気になる感じで終わるかな。とゆーわけでこの辺から絶賛テスト期間に入り1番いいところで1番本読めなくなる時期に突入しました(下巻に続く)。

    0
    投稿日: 2025.06.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ゾシマ長老の神秘性が、死後の腐臭によって最も容易く覆っていくのがゾワゾワした。世間って怖い。 その後の闘士になった?アリョーシャは実際どうなってしまったんだろう。 ミーチャへの尋問、受け答えがもうわけわからなくて好き。取り調べするほうも怒りを通り越して笑えてくるんじゃないかと思うくらい破綻してて好き(実際は破綻してなかったりするの…?) 色々謎を残したまま、下巻へ。

    2
    投稿日: 2025.04.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    大体のストーリーが掴めてきて上巻に比べたらスイスイ読めた。相変わらず登場人物が多い。ドストエフスキー自身はどうやって管理してたんだろうなぁ、脳内完結なのか紙に起こしていたのか。 イワンも怪しいけどフョードルがすんなりドアを開けて部屋に入れてくれるとも思えず、アリョーシャが怪しいってことになるよなぁと推察。あとページを増すごとにドミートリーがフョードルと同じような発言や行動をしていて、血は変えられない同族嫌悪とはこのことか...と思った。 ゾシマ長老のシーンで、人は信仰に奇跡を求めがちだけどあまりに傲慢だなとも思う。奇跡が起きた時はそれに縋るのに、奇跡が起きなかったら急に不信者になり、今までのゾシマ長老の活躍がすべて水の泡になるようで。 ただ、自分に置き換えてみても、例えばお坊さんが何かしら問題を起こすと「お坊さんなのに!」って思ってしまうわけで。 となると、人が人に布教するものであり続ける限り、信仰は非常に曖昧で不安定なものなのだと思う。

    0
    投稿日: 2025.04.08
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    さあさ、中巻、ここからはひとみ姐さん曰く、面白くなっていき、あっという間に読み進められるよね。ってあれ?あれ?…ゾシマ長老の生涯、生い立ち、手記。進まね〜。上巻よりキツイわ。頑張れ私。でも、でも、中巻から頭角を表してくるキャラの魅力よ!アグラフェーナ・アレクサンドロヴナ(グルーシェニカ)、カテリーナ、そしてダントツのスメルジャコフ!ドミートリイの錯乱による或る夜。そして、物語は法廷サスペンスへ。神は死んだ!ドロドロの恋愛劇、父殺し、正義とは?ギリギリの心理戦。気づけば下巻へ。

    14
    投稿日: 2025.02.21
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    やっと読み終わった この本を買って読み始めたのは半年前くらいかな? 流石に冗長すぎて、まんがで読破バージョンで1度読んでからまた読み返したら頭に入った。 探偵小説とも言えるし、恋愛小説とも言えるし、哲学的な本とも言えるし、なんとなーーくすごい本だってのは分かる。 だけど、流石に長すぎるし今の自分の価値観と違いすぎて登場人物に後にあまり共感出来なかった は、は!

    0
    投稿日: 2024.08.01
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    ゾシマ長老の死から始まる。ゾシマ長老の死後死体から腐臭がしたことからゾシマ長老反対派があいつは汚れた存在だと揶揄していたのは何言ってるんだろと感じた。ゾシマ長老が死の間際で話した自身の過去の話の後に、この物語の佳境であるフョードルの殺害が起こる。この死では長男のミーチャが疑われるが本人は否定するところで中巻は終わった。個人的には次男のイヴァンが怪しいんじゃないかなと思う。スルメジャコフからグルーシェニカ来訪の合図を聞いているから、ミーチャが訪れた後に侵入したんじゃないかな。

    1
    投稿日: 2024.05.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    いよいよ中巻。 この巻で特に印象的だったのは、泥棒と卑劣漢の対比に表されているように、高潔たろうとすること、名誉、恥辱なのではないかと思う。あるべき姿、ありたい姿が自分の中で明確になっていないとこういった考えや感情は湧いて来ないと思うので、やはりこの本の登場人物たち、特にミーチャは自分をしっかり持っている人なのだと思う。 私自身は、高潔、名誉、恥辱という言葉は普段は使わないものの、誠実でありたいとは思うし、自分の信念に反することをしたら落ち込むし、人からの評価を気にするし、、ともっと身近な言葉で置き換えて行くと、登場人物たちの考えや気持ちが少し身近に感じられた。 加えて、赦しという言葉も印象的だった。他人に対してどれだけ寛容になり、愛することが出来るか。『カラマーゾフの兄弟』全体を通して、さまざまな対象に対しての愛が語られていると思うが、赦しも愛の一つの形だと思う。

    0
    投稿日: 2024.03.09
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    中巻を読了!帯にあるように「3日で中下巻」とはいかなかったが、上巻よりは勝手がわかってだいぶ読みやすくはなっている。やはり最初とっつきにくいのは、誰が主人公でどういう話なのかが見えない、ということのように思う。それがこの小説の深さでもあると思うが、とりあえずの読み方としては、まず感情移入する人はアリョーシャにしておくのが無難で、ドミートリはいわゆる"豪快な体育会系"、イワンは頭の切れそうな陰キャ、フョードルはしょうもない父親で殺される人、くらいのつもりで読めばいいのではないですかね。

    0
    投稿日: 2024.02.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    前半はゾシマ長老の死。後半はフョードルの死。父フョードルが殺され、常日頃から父を殺したいと話していたミーチャが殺人容疑で連行される、という内容。次巻はいよいよ裁判。楽しみだけど難解で読み取れるかどうか不安もある…

    0
    投稿日: 2023.12.30
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    大審問官編がおもしろい。信仰とはなんだったのかというところを真正面からぶつかっている。初めにあったはずの大きなテーゼがどんどん陳腐化して変容してしまって。そこに始祖が戻ってきたら異端として排除されてしまうという皮肉。これは進行に限らず、あることだなー。権現様以来の祖法ゆえというのは、まったくそうでなかったように、思考停止を引き起こしてしまう。 ゾシマ僧の若かりし日の経験の中の、罪の告白のところも雷に打たれたような気持がした。あーなるほどなーと。人は法によって罰せられるのではなく、良心のほむらによって焼き尽くされるのだと思う。 ただ、まどろっこしい。会話が冗長なのよね。。。なかなか先に進まない。 これ全編読まなくてもいいんじゃないかとすら思えてくる。ストーリーに本質があるのではなくて、傍論に本質がある気がする。

    0
    投稿日: 2023.10.08
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    ゾシマ長老の記録はまたぜひゆっくり読み返すとしても、何だって自ら破滅に向かうのだ、ドストエフスキーの登場人物は!

    0
    投稿日: 2023.08.16
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    『カラマーゾフの兄弟』(中編)ドストエフスキー 深淵に脚を踏み入れ2/3まで読み進んだ。 ゾシマ長老が亡くなってからの前半と、ドミートリイが父親殺し(してないって言ってる)をして、最愛の(というか狂愛している)グルーシェニカに愛を表現しまくってる最中に警察に殺人罪で連行さえるまでの一巻。 上巻はロシア文学表現に慣れなくてなかなか進まなかったけど、中巻はテンションに慣れて一気に読めたしめっちゃ面白かった。 グルーシェニカがガチで悪女(そして悪女であるに相応しい美人)すぎて老人は殺されるし、周りの人も血を流すし、息子は正気を失って完全にアカン人になっちゃってる。 たまたま今日読み終わって、愛をテーマに作品集めたルーブル展にもいって、この前エーリッヒフロムの「愛すること」も読み終わって、なんかやたら愛について考える最近。 愛は目に見えないので、みんなが共通認識していると思っている愛はきっと少しずつか、あるいは完全に違ったものを指しているかもしれないってホラーすぎる。いつの時代も、1500年代の絵画も1800年代の小説も、愛をテーマにしたなんかに取り掛かるにはこれだけまわりくどく、象徴的で、婉曲的で、帰納的にしか表現できない複雑な概念。 カラマーゾフの兄弟のどこかで、「神を直接描写することはできない。神でないことを挙げ続けることでしか神を表現することはできない」って言ってて、似てるなって思った。

    1
    投稿日: 2023.03.31
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    『葱』という寓話が出てきた。内容は『蜘蛛の糸』と同じであり、悪事の後の救いの無さは万国共通だと感じた。 長男ミーチャにフォーカスした〈中〉はドタバタ続きで読んで面白い。ただ、登場人物が一気に増えるので混乱する。 情熱と楽観は持ち合わせてはいけないのだと感じる。 グルージェニカは何故手のひら返しでミーチャの元に行ったのかは謎。

    0
    投稿日: 2022.10.26
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    大審問官への反論としての「ロシアの修道僧」。ガリラヤのカナをアリョーシャが幻視する場面、聖書の朗読と幻が絡み合う叙述が素晴らしい。この場面が、書かれなかった続編のアリョーシャの「闘争」の伏線だったのかな。中盤以降はミーチャの独壇場。金をめぐって東奔西走、セッターやホフラコワ夫人とのやりとりは爆笑必至。童の夢は全能の神が創ったはずの世界になぜ不幸や悲しみが存在するのか、という問い。この世界の不完全さを愛や善によって埋めていくのが人間の務めだと目覚めた彼は悟る。枕の挿話は感動的。

    0
    投稿日: 2022.08.12
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    ゾシマ長老の過去を記した手記の内容が面白かった。長老のもとへ来た、一見真面目そうな男の話。その男は過去に人を殺していた。このオチは、カラマーゾフ一家に起きることの予兆のようだ。これからもじっくり下巻を読んでいきたい。

    1
    投稿日: 2022.05.09
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    ゾシマ長老の死、フョードルの死、ミーチャの連行とイベント盛りだくさんの中巻だが下巻への大いなる布石という感もあってなかなか消化不良な部分多し。ゾシマ長老の説法はなかなか心を揺さぶる「ありがたいお話」という感じがするが上巻のイワンが持ち出した大審問官ほどの凄みを感じないのは何故か。 途中途中で挟まれることわざとかちょっとした詩歌のノリがあまりにも19世紀ロシア然としててまったく入ってこなかった、、。それはそれとして楽しめるのが上級者なのだろうが。 次でついにラスト、下巻にも当然のごとく期待。

    4
    投稿日: 2022.03.17
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    突如発生する父親殺しと長男の連行、物語が終盤へ向けて動き出す。サイドストーリーも充実しており内容が濃いです。

    0
    投稿日: 2022.03.11
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    カラマーゾフの兄弟 の中で、一本のネギの寓話が、芥川龍之介 の蜘蛛の糸にそっくりで驚きました。芥川龍之介は、この話に影響を受けたのでしょうか?本書は、第一巻が人物の把握に難儀しますが、中盤に入って、3 兄弟の父親が殺されてからミステリの色彩が強くなってきます。そして、一気に面白くなってきます。

    0
    投稿日: 2022.02.12
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    フョードルの好色さと似通った性質を父が持っていて辛い。 ドミートリーがあれほど父親を嫌悪するのは、結局のところ自分が父親と似ていることを心のどこかで自覚しているからじゃないのか…この二人からは、自分を大切にしようとしない人間を見たときの不愉快な印象をいつも受ける。 ゾシマ長老の説教は、この物語の中で数少ない美しい章だ。

    0
    投稿日: 2022.01.26
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    遂に待ち望んだ《物語の加速》が!欲と高潔にまみれた三兄弟の運命の歯車が廻転し始める。これは狂気なのか、それとも狂気の衣を纏った悲劇なのか。それにしても、長男ミーチャの超合金的自意識の硬さは目を見張る。飲み込まれそう。

    2
    投稿日: 2022.01.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ついに親殺しの場面。 ドミートリィには不利な状況証拠ばかり。でも、ドミートリィが犯人であるという確たる証拠はない。 これから、どう展開するのか。

    0
    投稿日: 2021.12.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    1879年 新潮文庫 訳 原卓也 NOTE記録 https://note.com/nabechoo/n/n342af2fc455e?magazine_key=m95e2f346041d 【中巻】約610ページ 続〈第二部〉 アリョーシャと別れたイワン、父フョードルの家へ、スメルジャコフと話、父から頼み事を受けるイワン、家を出てモスクワへ行くイワン、スメルジャコフとグリゴーリイが寝込む、グルーシェニカの来訪を待つフョードル、修道院でゾシマ長老の最後の話、長老亡くなる。 〈第三部〉 腐敗臭が漂う、ショックのアリョーシャ修道院を出る、ラキーチンとグルーシェニカの元へ、グルーシェニカの話、過去の男の手紙、アリョーシャ僧庵へ、夢を見て長老の声を聞く、外に出て大地への接吻、何かがアリョーシャの魂に訪れる、三日後修道院を出て俗世へ、ミーチャ(ドミートリイ)お金が欲しい、サムソーノフ、ゴルストキン、ホフラコワ夫人の所へ行くがお金手に入らず、父フョードルの元へ、事件!、三千ルーブル、グルーシェニカの家へ、話聞いてピストル取りにペルホーチンの所へ、酒と食料買い込み、モークロエに馬車で向かう、宿でグルーシェニカ達と合流、ポーランド人と争い、グルーシェニカとの一時、警察達来る、一方でペルホーチンはホフラコワ家で話、警察達の紹介、尋問、証人の供述、連行。

    0
    投稿日: 2021.10.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    20代の時に読むが、文字やストーリーが重厚。 想像力を必要とする。 30代以降で再読を試みるも難しい。 こういう本はホント若いうちだけだなと思った。

    0
    投稿日: 2021.08.30
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    また読了まで長い時間がかかってしまった。 ミーチャのどんちゃん騒ぎとグルーシェニカへの入れあげ具合は、何となく共感してしまう。にしても、大仰な言い回しと態度でまくし立てまくるけど、数日しか経過してないことに驚愕です。後半エンターテイメント性が上がってきて、どしどし読み進めちゃった。自粛なGWにはちょうど良い重厚さかしらね。さ、下巻も頑張るぞ。

    0
    投稿日: 2021.05.03
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    中巻を読み終わった。 中盤までは物語がまだ動かなかったけど、ようやく大きな展開が出てきてここから怒涛のように面白くなるのだろうなぁ、、面白くなってほしい、、 面白いと感じられるようになりたい、、、

    0
    投稿日: 2021.03.28
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    ネタバレ有かも… ご注意ください さて中巻は見習い修道僧であり、愛されキャラ三男アリョーシャがお世話になっている修道院の長老であるゾシマが瀕死状態になる ここでゾシマ長老の過去の回想(伝記)及び法話と説教など…(か、かなり長い) 今でこそアリョーシャをはじめ、民衆から尊敬されるゾシマ長老(その民衆らの信仰ぶりは遠方からはるばるゾシマ長老に一目会いにくるなど、上巻たっぷり記載されていた)だが、若い頃は結構平凡で普通の青少年だ ポイントとなるエピソードは3つ(個人的見解です) ■エピソード1 (ん?スターウォーズ⁉︎) お兄さんの精神世界の変化 ゾシマ長老は精神的にアリョーシャと自分の兄がそっくりだと言う 17歳まで全く神を信じていなかった兄、無口で癇が強く、孤立していた しかし結核を患い余命半年から1年くらいから教会へ行くようになり、精神的にすっかり変わる 思いやり、感謝、幸福の喜びを知り、死ぬ直前まで喜びで満たされていた ■エピソード2 ペテルブルクの士官学校にて 善良だったが素行は悪く、若さゆえに享楽の生活にのめり込むゾシマ君(笑) そんな折、若く美しい令嬢に想いを寄せるが、後に彼女が他の男性と結婚したことを知る うぬぼれに目がくらんで、気づかなかったことにショックを受けるゾシマ君 憎悪をおぼえ、復讐心、憤り、見苦しい愚かな人間になりさがる そして恋敵に決闘を申込む 自分は堕ちるところまで堕ちてしまったのだ! しかし決闘前日にある宿命的なことが起こる この時、亡き兄を思い出しの自分の罪深さに気づき、決闘を取り下げてもらうようプライドを捨てて頭を下げるのだ 周りからは大ブーイング 全てを受入れ、深く反省し、退役 修道院へ入る決意をする ■エピソード3 さらにこのエピソードは興味深い 新たに出会った年輩の人物 それは有力な地位の皆に尊敬される裕福な慈善家 この50歳くらいの紳士はゾシマ君(この頃もまだ若僧)を信頼し、何度も話すうちにお互いに信頼関係ができ、年の離れた親友となる 実は、彼は14年前、フラれた腹いせに女性を殺害した殺人者であり、それを誰かに打ち明けたかったのだ その白羽の矢が立ったのが信頼関係を築けたゾシマ君 そして今度はこの罪の告白を愛する家族をはじめ、皆にもしようとするのだが、これがなかなかいざとなるとできない ゾシマ君は、告白すべきだと説得を続ける この立派な紳士の罪を泣きながら聖母マリヤに祈るゾシマ しかしこの紳士はだんだんゾシマに会うたび「まだ告白していないのか」というゾシマの無言のプレッシャーを勝手に感じ精神的に追い詰められていくのだ 結局この紳士は勇気を出して告白するが、ゾシマを激しく憎むようになる 「今やあの男(ゾシマ)だけが、俺を束縛してわたしを裁いている…」 そう、ゾシマを殺そうとするほど激しく憎むようになる 紳士は精神錯乱し、死んでしまう 誰もが彼の罪を信じず、亡くなったことを嘆き、若僧ゾシマを白い目でみるように しかしながらやはり真実を信じる人が増える  そうすると今後は好奇心から、例の紳士のことをあれころゾシマに尋ねだす始末 彼は一切を沈黙した 「人間は正しい人の堕落と恥辱を好むものだ」と納得の上、ゾシマはこのエピソードが、自分の道を主が思し召してくれるのを強く感じるのだ そうこれらのエピソードからゾシマは修道僧となるのだ (教訓としては傲慢さを捨て、常に謙虚であれ…かな?) エピソード後は、ゾシマ長老の長い説法 修道僧とは、修道僧の偉大なる仕事とはから始まり、精神的な人の対等とは、また祈りと愛の大切さ、地獄の考察など…が長々と続く ここは上巻のイワンの「大審問」に対する場面では!? イワンとゾシマ長老の正反対(しかしながらそう簡単ではないのだが)の話しを聞いたアリョーシャである(この場面は宗教色が強く、しっかりと理解するのは難しかった) これほど人々に尊敬され、愛されていたゾシマ長老の悲しい死 ここできわめて異様で不安な思いがけない事態が起こる ゾシマ長老の棺から腐臭が立ち上り始め、それがあっという間に強烈になっていったのだ 当然不信者たち(修道院内にも派閥があるのだ)は大喜びしたが、信者の中にも興奮し喜ぶものも多数いた これはまさに「人々は心正しき者の堕落と恥辱を好む」ということなのだ そしてこの出来事でアリョーシャまでが動揺してしまう この物語の語り手である「わたし」に言わせると アリョーシャはゾシマ長老の奇蹟が起こらなかったことに対する失望ではなく、「正義」が起こらなかったことに対する動揺だという 全世界のだれよりも高くたたえられるべき人が、おとしめられ辱められたのだ 彼よりはるか下に位する軽薄で嘲笑的な、悪意にみちた愚弄にさらされたことを、悔辱と憤りで耐えられなかった 無垢なアリョーシャの心を苦しめた そのアリョーシャをラキーチン(同じ修道院の神学生、なかなかいけ好かない奴)がグルーシェニカ(ある老商人妾であり、おとんフョードルと長男ドミートリィが取り合っている女性)のところへ連れていく(連れていくその理由が最低なのだが省略) ここでグルーシェニカがアリョーシャに出会ったことによる二人に相乗効果が発揮され、彼らに変化が起こる グルーシェニカがアリョーシャを憐れむことで、アリョーシャはグルーシェニカの愛に満ちた魂を見いだす 善が悪に染まるのはハイウッド映画でよくあるが、ここはアリョーシャの勝ち! グルーシェニカが精神が、心が開花される これまた不思議な因縁である そしてアリョーシャも心が救われる その後アリョーシャは僧庵に戻り不思議な神秘的な体験をする 大地をに接吻し、歓喜し、揺るぎなく確固とした何かがアリョーシャの魂の中に下りてくるのを感じたのだ アリョーシャはこの体験をきっかけに立派な精神的な意味で修道僧になったのではなかろうか さて グルーシェニカ(ある老商人妾であり、おとんフョードルと長男ドミートリィが取り合っている女性)には過去に愛する男性がいた 彼は他の女性と結婚してしまったが、奥さんが亡くなり、グルーシェニカの元へやってくることに 気を高ぶらせて彼との再会を待っている グルーシェニカにしてみれば、老商人もフョードルもドミートリィもぶっちゃけどうでもいい存在 彼女は傲慢、利殖の才にたけ、ケチで金儲けにしわい性悪女なのである 一方長男ドミートリィ そんなグルーシェニカに身を焦がし、彼女との新しい生活を勝手に夢見てお金の調達が必要なんだ!とまたも思い込む おとんだけをライバルだと思い込み、お金させあればうまくいくと思い込み、東奔西走し出すことに 先走りと思い込みの激しさがもう何とも痛々しい 相変わらずすぐカッカするし、口は達者(方向性が間違っているが)、調子が良すぎて破天荒 雲行きが怪しくなってくる ある村の宿場で、グルーシェニカ、グルーシェニカの元カレ、ドミートリィ…他面々がそろう ドミートリィはヤケになっており、最後の豪遊!とたくさんのシャンパンと食材をじゃんじゃん運んでやってくる 元カレとドミートリィらのやり取りを通じて、なんとまさかのグルーシェニカの心変わりが起こる! 現実の元カレの態度や考えを見てガッカリしたのだ(かつらだったしね(笑)) そこで一気にドミートリィへの愛へ目覚める(あれぇれれぇ…という展開) ここからお決まりの派手な酒盛りのどんちゃん騒ぎ♪ とジェットコースターのような展開だが、さらにさらにそこへ突撃隊の如く警察署等らのお出まし そうドミートリィはおとんのフョードルの殺害事件の容疑者であると告げられる ドミートリィは父親殺しの無実を訴え続けるが、最終的に刑を受け入れようとする 「僕はこれまでの一生を通じて毎日、この胸を打っては、真人間になることを誓いながら、毎日相変わらず卑劣な行為をやってきました。僕のような人間には打撃が、運命の一撃が必要なのです。僕はこの告発と世間に対する恥辱との苦しみを甘んじて受け、苦悩によって汚れをおとしてみせます!」と告白する こういうセリフをドミートリイに言わせるあたりがドストエフスキーだ ああ、フョードルがとうとう死んでしまった 彼こそまさにカラマーゾフの象徴なのに… おとんフョードルと長男ドミートリイは結構似ている しかし圧倒的にフョードルのが「カラマーゾフ的」で最高に笑わせてくれた 格が違うし、「カラマーゾフ的」なキャラに何の迷いもなく、余裕しゃくしゃくだ その点、長男ドミートリイはまだ「カラマーゾフ的」なものになり切れない迷いや善良さや青さがある というわけで個人的にとても淋しい ちなみにおとんフョードル殺しについては、長男ドミートリィに容疑がかけられているが、ドミートリィはスメルジャコフを疑っている スメルジャコフというのはフョードルおとんの私生児で、料理が上手いため、フョードルおとんは彼を召使いかつ料理人にして身近に置いていた もっとも自分の子とは一切認めてもいないし、下手したらおとんのことだからそんなことさえも忘れているのではなかろうか… このスメルジャコフというのはかなり歪んだ人間だ 人嫌いで寡黙、傲慢であらゆる人間を軽蔑しているかのようなふるまい、猫を縛り首にして葬式ごっごをするまさにサイコだ しかし割と頭はキレるし、普段は無口だが、生意気さと屁理屈に関して口は達者 そして癲癇(てんかん)持ちである(あのおとんが心配するほどのなかなか重度の癲癇っぽい) そう丁度フョードル殺害時間の前後くらいは、激しい癲癇の発作があったスメルジャコフであるが…!?!?!? このスメルジャコフに対し激しい嫌悪感を持っているのが次男のイワン 思考の支離滅裂さ、というよりむしろ思考の落ち着きのなさにおどろかされ、願望の非理論性や混乱におどろかされる いやらしい狎れなれしさにも嫌悪に感じていた(同じくつかみどころのない不気味な存在感で私も苦手) 中巻まとめ ゾシマ長老の棺から腐敗臭がすることによる騒ぎ、ここで起こる人々の深層心理 あれほど神聖な人間にこのようなことが起きると人はどうなるのか 人の心の奥底の醜い部分を上手に引き出し描いている こういう人間の深い心情を描くのがドストエフスキーの唸らせるところである また逆に人は悪いところばかりじゃない 悪いなりに良くもなるし、悪い中にも良い心がある ドミートリイやグルーシェニカに見え隠れする部分がそれだ 全てが善、全てが悪なんていうのはない そんな人の複雑で奥深い心情をいつも見事に描いてくれる 下巻はどういう展開となり物語は完結するのだろうか… ドキドキワクワク…

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    投稿日: 2021.01.27
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    ゾシマ長老の死、アリョーシャの出奔、破滅へと突き進むミーチャと、あらすじ的には重苦しい話になりそうな中巻なのだが、そんなことないのは読んだ人ならわかる通り。ハラハラしながらも笑えるエピソードが次々に出てきて、テンポよく読み進めることができる。そうだ、カラマーゾフはなんといっても「笑える」話なのだった。笑って楽しい気持ちを味わってから、その次には奈落の底に突き落とされて、感情的な落差にクラクラするのがドストエフスキー。新潮文庫版のカバーの印象もあって誤解されている面があるが、ドストエフスキーは楽しい。

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    投稿日: 2020.11.28
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    物語が一気に進む。 二つの死と三兄弟の人生の変わり目が見応えだった。 上巻と同じで非常に読みやすかったし、分かりやすかった。 早く下巻を読もう。

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    投稿日: 2020.11.13
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    上巻はこちら https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4102010106#comment 【大雑把な粗筋】※登場人物の生死に関わる内容も書いていますので未読の方はご注意ください。 イワンお兄ちゃんは、異母弟かもしれない召使いのスメルジャコフくんから「明日辺りに大変な事件が起こるかもしれませんねえ、例えばミーチャさんがフュードル旦那様を襲いに来るとか?」とか言われるが、敢えてそれを無視してモスクワに旅立ったんだ。 その後はスメルジャコフくんが仄めかした通りに事が運んで行くではないか。このまま事件が起きるのか?!…と読者がドキドキしたところで、話がガラッと変わった。 アリョーシャくんは死の床にあるゾシマ長老の元に駆けつける。ゾシマ長老は自らの半生を語り、彼を愛する者たちと語らい合った。 でもゾシマ長老が亡くなった後、アリョーシャくんをひどく傷付ける出来事があった。信仰に揺らぎが出たアリョーシャくんは、ほとんどやけっぱちでグルーシェ二カちゃんの家を訪ねる。 以前からグルーシェ二カちゃんは純粋なアリョーシャくんを誘惑しようとしているって噂だった。でもグルーシェニカちゃんもこの時重要な決断に迫られていた。かつて自分を誘惑して捨てた元カレから復縁連絡が来ていたのだ。 そんな迷いの状態にあったアリョーシャくんとグルーシェンカちゃんの初対面は思いの外うまくいった。お互いの誠実さを感じ、お互いを尊敬し、それぞれがその時持っていた迷いへの道を決めることができた。 そのころミーチャお兄ちゃんは、焦りに焦って焦りまくっていた。 カテリーナさんとの婚約破棄するためには、自分が使い込んだ彼女の三千ルーブルを返さないといけない!と思い込んでいたんだ(←いや、思い込むも何も、返そうよ)。でも今無一文!どこからかお金を入手しないと!あっちこっち駆け回る、飛び回る、もう判断がおかしくなってる。 それと同時に心配事も増すばかり。もしもフョードル親父がグルーシェンカちゃんと結婚なんてことになったらどうしよう?!確かめるためにフョードルお父ちゃんの家に忍び込んだ。にっくい親父の顔を見た。そしてうっかり召使いのグレゴーリイさんと鉢合わせになり、怪我を負わせてしまった。 … … 次にミーチャお兄ちゃんが人々の前に現れた時には、血にまみれた手に大金を握っていた。さっきまでは「カネがない!このままでは破滅だ!」と言っていたミーチャお兄ちゃんは、グルーシェニカちゃんへの焦燥感や、グレゴーリイさんを殺してしまったかもしれないという罪悪感で躁状態になり、カテリーナさんに返すわけでもなくその大金をバラ撒きそのままのテンションでグルーシェ二カちゃんを追いかけて行った。 グルーシェンカちゃんに追いついたミーチャお兄ちゃんは、「グルーシェニカが元カレを選ぶんならおれは身を引くぜ」と宣言し、その姿はついにグルーシェニカちゃんの心を捉えた。 え、求愛にOKが出た?突然の希望、突然の絶望、何が何だか分からない、未来はないが今はある。ミーチャお兄ちゃんはさらに馬鹿騒ぎ、大騒ぎ、血まみれの手で大金をばらまく。 そんなミーチャお兄ちゃんの元に、官吏、予審調査官、警官たちが現れて告げる。 「あなたをご尊父フョードル・パーヴロウィチ・カラマーゾフ殺害事件の容疑者として尋問いたします」 え?ミーチャお兄ちゃんは不思議に思う。フョードル親父がどうしたって?おれがヤッちまったかもしれないのは、グレゴーリイじいさんだぜ? 【ロシア人名を覚えるための自己流三原則】 ①個人名(洗礼名)+父称+名字  フョードルお父ちゃんの息子たちの父称は、フョードルの息子という意味の「フョードロウィチ」。 ②愛称や名前の縮小がある。  アレクセイ⇒アリョーシャ、リョーシェンカ、など。 ③名前も名字も、男性名と女性名がある。  男性名だとアレクサンダー、女性名だとアレクサンドラになる。  男性姓だとカレーニン、女性姓だとカレーニナになる。  母はスメルジャーシチャヤで、息子はスメルジャコフになる。 一人の人間に対していろいろな呼びかけが出てきますが、お互いの立場や親しさにより変わります。  ●愛称によりお互いの立場や親しさが分かるようです:  アレクセイ⇒アリョーシャ(一般的な愛称)、リョーシェチカ(ミーチャお兄ちゃんが呼んでいたので、目下を可愛がる?)、アリョーシカ(卑称的な愛称らしい)、アリョーシェチカ(グルーシェニカちゃんが呼ぶので甘ったれたニュアンス?)  ●名前+父称は畏まった呼び方⇒カテリーナ・イワーノヴナ(彼女は名字が不明です)  ●名字は一般的な呼び方⇒カラマーゾフ 【人物紹介と、もうちょっと詳しいお話】 ❐フョードル・パーヴロヴィチ・カラマーゾフ カラマーゾフのお父ちゃん。俗物的な田舎地主。長男のミーチャとは、お金と女性とのことで争っている。 この中巻の後半で、撲殺されたことが語られる。 ❐ドミートリイ・フョードロウィチ・カラマーゾフ(愛称ミーチャ)  フョードルお父ちゃんの長男。 愛称:ミーチャ(一般的な愛称)、ミーチカ(フュードルお父ちゃんの呼び方)、ミーチュニカ(イワンお兄ちゃん、グルーシェ二カちゃんの呼び方) 「カラマーゾフの兄弟」中巻の「第八編」は、「ミーチャ」という題名で、彼の性質と行動が書かれる。 もともと自分には、引き継ぐべき莫大な財産があると思って育っていたミーチャお兄ちゃんは後先考えずにどんちゃん騒ぎをやらかすという生活を送っていた。しかし子供のように無邪気で純粋で(要するにお坊ちゃま)、地元のお百姓からは「そりゃ、確かに旦那は怒りっぽいけれど、その正直さに免じて神様が赦してくださいますとも」と言われるくらいには親しみを持たれている。 … … 判事や警官たちからフョードルお父ちゃんの殺人容疑者として尋問されるが、余計なことばっかり言って肝心なことは言わずに、最悪の証言を繰り広げる。 証拠も状況もミーチャお兄ちゃんに不利なことばかりで正式に連行されることになった。それに対してのミーチャお兄ちゃんは、「自分のような支離滅裂な人間には、運命の一撃が必要だった。僕は刑を受け入れます。しかしそれはフョードル親父を殺したいと思ったからであり、実際に殺したからではありません」と言う。 ❐イワン・フョードロウィチ・カラマーゾフ(愛称:ワーネチカ)  フョードルお父ちゃんの次男。 中巻の冒頭は、イワンお兄ちゃんが異母弟かもしれない召使いのスメルジャコフくんに苛立っている場面から始まる。スメルジャコフくんはから不吉な予言をされるが敢えてそれを無視してモスクワに旅立っていった。 ❐アレクセイ・フョードロウィチ・カラマーゾフ(愛称:アリョーシャ)  フョードルお父ちゃんの三男。 愛称:アリョーシャ(一般的な愛称)、リョーシェチカ(ミーチャお兄ちゃんの呼び方)、アリョーシカ(卑称的な愛称らしい)、アリョーシェチカ(グルーシェニカちゃんが呼ぶので甘ったれたニュアンス?) ロシア正教会のゾシマ長老を尊敬して修道者見習いとなっている。だがゾシマ長老が亡くなり、アリョーシャくんの信仰心を揺るがす事が起きた。 しかしグルーシェニカちゃんとの出会いや、自分でも考えを深めたことにより、改めて自分の信仰を築く。そして現世での経験を積むために修道院を出るのだった。 ❐スメルジャコフ(本名パーヴェル・フョードロウィチ・スメルジャコフ)  カラマーゾフ家の召使い。フョードルお父ちゃんの私生児だと言われている。 思考は落ち着かず支離滅裂で、わざとらしい癲癇持ちだし、意味ありげなことを仄めかしてくるし、裏で人と人との関係をグチャグチャにしているし、とにかくこんな人がいたら不安で嫌な気持ちになるような男。 後半でフョードルお父ちゃん殺人容疑で尋問されたミーチャお兄ちゃんは、「たしかにスメルジャコフにも実行できただろうが、あいつは卑しい根性の腑抜け野郎で頭も弱い。殺人なんてとてもできない」と断言する。相当馬鹿にされているが、本当に馬鹿なのか、なんか裏工作しているのかは不明。 ❐カテリーナ・イワーノヴナ(愛称:カーチェニカ、カーチカ)  ミーチャお兄ちゃんの婚約者の美人で気位の高いお嬢さん。 ❐グルーシェニカ(アグラフェーナ・アレクサンドロエヴナ。気取って呼ぶとアグリッピーナになる)  ミーチャお兄ちゃんとフョードル父ちゃんが取り合っている女の人。23歳。 この中巻では、彼女の過去が語られる。 グルーシェ二カちゃんは、5年前にポーランド人将校に誘惑されてついていったけれど、結局騙されて捨てられてしまった。老人の商人サムソーノフに拾われて、この5年間で美しく賢く一人で生きる知恵も財産も身につけた。世間からは金持ち老人の愛人だとか、他にも何人もの情人がいるとか言われているけれど、本当はもっと自分の欲望に正直に、でも着実に生きている…なかなかやるなグルーシェ二カちゃん。 そんなグルーシェ二カちゃんのところに、元カレのポーランド人将校から復縁の手紙が来る。酷い男!でも彼のことはずっと気になっていた!腕に飛び込むべき?ひっぱたいてやるべき?こんなに美しく賢くなった自分を見せつけてやるべき? とりあえず逢い引き場所には行ったが、数年ぶりに会った彼にびっくりした。こんな男だっけ?私が惚れたのは、こんなズルくてダサくてセコくてエラソーなこの男だったの? そんなところにミーチャお兄ちゃんが息せき切って飛び込んできて、もしあなた達が幸せなら自分は身を引く、と、それだけを言いに来たから彼について行くと決めた。 その後判事や警官が、フョードルお父ちゃんが殺されたことと、ミーチャお兄ちゃんが容疑者だと伝えに来たけれど、もしミーチャが罪を犯したなら自分が原因であり、だから自分は彼に寄り添うと告げるのだった。 ❐グリゴーリイ・ワシーリエウィチ・クトゥゾフ、妻マルファ・イグナーチエヴナ  カラマーゾフ家の召使い老夫婦で、フョードルお父ちゃんから見捨てられた三兄弟とスメルジャコフの育て親。 フョードルお父ちゃんの屋敷から出てくるミーチャお兄ちゃんと遭遇して「ついに親を殺したか!」と確信する。 ❐ジノーヴィイ・ゾシマ長老  ロシア正教会の長老。人々に尊敬されている。中巻の前半は、死の床にあるゾシマ長老の半生が書かれている。 ❐ホフラコワ夫人、娘のリーズ(リザベッタのフランス風愛称)  お喋り好き世話焼きゴシップ好き上流階級のご婦人と、車椅子の娘さん。 ❐商人サムソーノフ  グルーシェンカちゃんを愛人にしている老人…だと思っていたら、グルーシェンカちゃんに商売を教えた保護者のような人だった。 ❐ラキーチン(砕けて呼ぶとラキートカ。本名はミハイル・オーシポウィチ・ラキーチン)  アリョーシャくんの友人なんだが、今回グルーシェンカちゃんからお金をもらってアリョーシャくんを彼女の元につれてゆく役割を請け負い、友達を売ったことを知られてしまった。 ❐ムッシャローウィチ  グルーシェニカちゃんを誘惑しながらもポイ捨てし、お金持ちの女性と結婚したポーランド人将校。妻とは離婚してお金がなくなったので、グルーシェニカがお金持ちになったと聞いてたかってくる。無一文なのに偉そう。不誠実なのに偉そう。 ❐ピョートル・イリイチ・ペルホーチン  若い官吏。ミーチャお兄ちゃんの尋常ではない様相を見て、なにか事件を予感する。このあとで出世するようだ。 ❐ミーチャお兄ちゃんが逮捕された場に居合わせた人たち ・ビョートル・フォミーチ・カルガーノフ  ミーチャお兄ちゃんの遠縁のミウーソフ氏が面倒を見ている学生。アリョーシャの友人。グルーシェンカちゃんとポーランド将校再会の場にいて、ミーチャお兄ちゃんの大騒ぎを最初は楽しんだけど嫌になってしまった。 ミーチャお兄ちゃんが連行されるのを見て、彼が犯人だと確信し、その事実はカルガーノフくんを絶望させた。はたして人間はそんな罪を犯したあとも人間でいられるのだろうか?こんなひどいことが起こるこの世とは、生きることに値するのだろうか? ・マクシーモフ  地主の老人 ・トリフォン  田舎宿屋の旦那。この宿屋でミーチャお兄ちゃんたちの騒動や逮捕が起きる。 ❐ミーチャお兄ちゃんの尋問に来た人たち  ・警察署長:ミハイル・マカーロウィチ・マカーロフ  ・予審調査官:ニコライ・パルフェーノウィチ・ネリュードフ  ・検事:イッポリート・キリーロウィチ  ・医者:ワルヴィンスキー ❐わたし 「カラマーゾフの兄弟」の語り手だが、いくつかの場面には居合わせたようだし、妙にカラマーゾフ事情に詳しいので、同じ村の住人なのだろうか? 【ゾシマ長老のお話】 中巻の序盤はゾシマ長老の半生と神について語られる。 ジノーヴィイ・ゾシマ少年が8歳の時に、兄マルケルがなくなった。17歳だった。 マルケル兄さんはそれまでは無感動無関心無神論者であったのだが、死が近づくとこの世の美しさを感じるようになった。全てに感謝して全てに奉仕したいと思い、それらをどうして愛してよいかわからない、それなら人間は愛し方がわからない罪深い存在でもよいだろう、そしてお互いを赦し会えるのだろうといい、身体は未だこの世に有りながら、心は天国にあるようだった。 その後ゾシマ少年はすっかり俗物として育っていったが、ある出来事がきっかけで突然目の前が啓けた。 人は全て対して罪がある。それを理解さえすれば楽園が生まれる。 あらゆる者に自分の罪なき血を捧げたイエス・キリストがいなければ、人間は最後まで滅ぼし合うだろう。 現実の傲慢や嫉妬や出世や美食を見る人々は、孤独になっている。それよりも、啓蒙と慈悲に喜びを見出すようになれば人は広い世界を識ることができるだろう。 信仰を持つ者が自分だけになっても考えを広める努力をして、感謝をするのだ。大地に流した涙でいつか芽が吹くだろう。 修道院に入る直前のゾシマ青年を訪ねた男がいた。誰も知らない自分自身の犯罪を告白すべきか?告白すると自分の妻子は苦しむだろう。しかし恐ろしい犯罪を隠している自分にはその妻子を愛する資格などあるのだろうか。 ゾシマ青年は「告白するべきだ、最後に残るのは真実であり、今はお子さんと別れてもきっとわかってくれる」という。(このあたりちょっと「罪と罰」に似ている) この出来事もゾシマの信仰心を裏付けるのだった。 【時代背景?】 イワンお兄ちゃんは上巻で、スメルジャコフを「彼は先触れのようなもので、その考えが広まり洗練されてゆけば民衆が変わってゆく」とかそんな事を言っていた。 ゾシマ長老は「ロシアの救いは民衆にかかっている。そしてロシア教会は民衆とともにあった」といいます。 ロシアが皇帝から民衆の時代に移りつつあった時代なのかな。 【蜘蛛の糸?!】 グルーシェニカちゃんが語るお話に、芥川龍之介の蜘蛛の糸っぽい話があった。 根性曲がりで意地悪女が死んで、火の池に落ちた。守護天使は彼女を救おうとして、彼女の生前のたった一つの善行「乞食に畑から葱を抜いて与えてやりました」を伝える。すると神様は「それでは火の池の彼女に、一本の葱を差し伸べてやりなさい。それにつかまって上がってこられれば、天国に入れてやりなさい」といった。 …オチは蜘蛛の糸と同じです。 「蜘蛛の糸」の元のお話は、アメリカ人宗教研究家が書いた仏教学の一作品だということ。 仏教にもキリスト教にも、同じような話は伝わる、結局人間の根本は同じなのだなと思う。 下巻に続きます。 https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4102010122#comment

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    投稿日: 2020.09.16
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    死の床につくゾシマ神父の回想と垂訓が2部の最後を締めるが、少し長すぎて要点が絞り込めていない。ここでこの大長編を読むのをやめた人は多いと思う。(わたしは二人知っている。)アリョーシャが物語の前面に出てくるが、ドストエフスキー作品中最も人気のあるキャラだけあってやはり好ましい。(ただしわたしはソーニャの方が好きだ。) 天性の人徳と優しさを持ちながら、妙に現実的で、異教徒に対する偏狭さに狂信的なものを感じるときがあるところも魅力だ。 信仰の揺らぎに直面した状態で“カナの婚礼”の説話を聞きながらアリョーシャが霊感を受ける場面はこの作品中で一番渾身の場面だと思う。 ちなみに女性の美徳は男のアリョーシャに独占されているせいか、とんでもない性格の女性ばかりでてくる。悪女の筆頭のようなグルーシェニカだが、彼女が語る“ネギの話”はやはりいい話だ。彼女とドミートリイの乱痴気騒ぎの後、ドラマは法廷へと移る。 わたしはフョードルが気の毒だと思うが彼に同情する読者は少ないだろう。

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    投稿日: 2020.07.21
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    父フョードルが殺害され、長男のドミートリイに嫌疑がかけられるあたりからは本当におもしろい。 カテリーナから盗んだ3千ルーブルの内の半分、1,500ルーブルを袋に縫いこんで、それを胸にさげておいたという《恥ずべき》秘密の告白の場面は最高! 「僕は卑劣漢だけれど、泥棒じゃない」と訴えるドミートリイの心理描写のうまさに舌を巻いた。

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    投稿日: 2020.05.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    上巻よりさくさく読めた。 そしてだんだん面白くなってきたとこ。 ゾシマ長老の修道僧をなる道のり(若くして死んだ兄の死がきっかけ)や死後の俗人の証のような腐臭、スメルジャコフとイワンの庭先での意味深な会話(スメルジャコフの不気味な予言) そしてドミトリーの父親殺しの殺人容疑での逮捕。 まるではめられたようにドミトリーには不利な証人ばかり。 私的にはドミトリーは殺ってないと思う。 直情的で乱暴者かもしれないけど、根はいいやつで嘘はつかないと思うから、じゃあ怪しいのはスメルジャコフ か。 訳本だからしょうがないと思うけど、とにかくセリフがまわりくどい。意味が?のとこも。 言ったすぐそばから否定したり肯定したり、でも名著だということはわかる。 中巻に限っていえばドミトリーが主役だ。 そしていよいよ下巻に。 ドミトリーは状況証拠で犯人にされてしまうのか。

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    投稿日: 2020.05.23
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     善良であり卑劣でありっていう、一見矛盾に見えるものを両方持ってて、ミーチャなりに自分に誠実で信念を強く持って生きてるのが、憎めないところ。ある種高潔な心を持っているし、同時にどうしようもない人間でもある。これでフョードルを殺していたら、そんなのは幻想となって一気に崩れ去ってしまうけど。ドストエフスキーがどっちの方向性のことを伝えようとしているのかによるな。  その人が罪を犯したかどうかを、先入観で決めつけてその人への態度を変えるのは、人間らしいけど浅ましいなと思った。 ゾシマ長老が尽くイワンの思想へ反駁しているのがちょっと面白かった。 アリョーシャの部分は、長老の死を受けてどういう方向性に変わってしまうのかと、気が気ではなかった。 ミーチャの運命の残酷に関しては、それを引き寄せてしまう気性を持ってるから納得せざるを得ない。人間としては本当に愛すべき人だと思うけど、いつも吊り橋でグラグラしてるみたいな人だから。 愛はすぐに移ろうもので、一つのきっかけだけで簡単に変わってしまうもの。  最後のミーチャの恥辱の告白は結構共感できるし心に刺さった。本当に少しの行動の違いでも、その裏にある誠実さには深淵みたいな違いがあって、あるラインを超えてしまったら、嫌悪の塊に襲われるものだと思う。  中巻は下巻への布石感がすごいから、物語の流れを忘れないうちに早く下巻を読もう。

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    投稿日: 2020.05.16
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    上巻より読みやすい。 いよいよ父親殺しの容疑者にフォーカスされて 物語は進んでいく! 下巻に入ります。

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    投稿日: 2020.05.12
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    前半のアリョーシャはinteresting、 後半のミーチャはexcitingっていう感じ。 いよいよ下巻!上巻で張られた伏線や中巻のアリョーシャの変化がいかにして回収されどのような結末になるのか、楽しみ!

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    投稿日: 2020.04.18
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    上巻と同じく最後の半分が面白かった。 ドミートリィの自尊心とか恥とかの基準がよくわからんけど、どうせ死ぬなら何やってもいいと、大宴会して自殺しようとした気持ちは少しわかる。 犯人はだれだ

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    投稿日: 2020.03.14
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    このレビューはネタバレを含みます。

    2020年9月21日 再読 前半はゾシマ長老、中盤はグルーシェニカ、後半はミーチャ。神秘的な客、一本の葱、証人たちの供述。童、読み応えのあるエピソードが複数ある。 上巻の後宮部みゆきをはさみ、中巻へ。 べミハイルの話が印象的である。 いわゆるこの物語の中心をなす出来事が中心に据えられ、ミーチャの成り行きを進めていく展開であり、上巻に続き読み応えがあり、そしてどんどん引き込まれてしまう。 印象的なのは「神秘的な客」の編。 神は全ての罪を赦し、全ての罪人を救うというなら、神によってこれほどの葛藤が生まれるのは何故だろう。べミハイルはともすると若かりしゾシマ長老を殺しかねなかったのである。また、全ての罪が赦されるのであれば、この世は罪人だらけになる。神は、神秘的な態度をとり我々を苦しめるのではないのか。そう思ううち、何故か神を強く意識してしまう。というこの宗教の仕組みが垣間見える。

    0
    投稿日: 2020.02.21
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    3月の読書会の課題本。晩年のドストエフスキーによる大長編。全四部+エピローグという構成になっている。様々なバージョンが出ているが、新潮文庫版は全三巻。第二巻の本書は、第二部の続きから第三部のラストまでが収録されている。キリスト教嫌いが多い日本では、第三部の後半からようやく本番と思う人が多いだろう。しかし第二部のラストも全体のテーマに絡む非常に重要な場面だと思う。

    0
    投稿日: 2020.02.07
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    前半はアリョーシャ、後半はドミートリイが主人公。 多分この物語で重要な出来事になるであろう事件が発生するが、事件そのもの描写がないため、本巻を読んだ時点で真相は不明。まるで火サスのようだ。 だがもちろん、この物語はミステリーものでもサスペンスものでもない。 物語を通じて著者が伝えたいことが、朧げながら見えてきた。

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    投稿日: 2019.06.01
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    ひとりにいくつの名前を使うのよー覚えるのが大変。ミーチャの言い訳がひどすぎて笑える。ボロの出方が絶妙でコロンボをみたい。

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    投稿日: 2019.02.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

    誰が父親を殺したのか?スピードが上がってきた!個人的には、ミーチャには隠し事してほしくないけど、でもついうっかり事実に反することを口走った、みたいたのはありそう(笑)3000ルーブルのトリックには驚いた。そして、グルーシェニカを最後に振り向かせた熱意とタイミングはすごいな、と。散財っぷりも気持ちよい。ロシアの人ってそんな感じなのか?

    0
    投稿日: 2019.01.24
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    上中下を読み切るのに丸一月を要した。面白くないわけではないが、喉越しが良くない。演劇的な台詞に不慣れなのと、宗教に対する依存性と言うか考え方が日本人だけ違うからなんだと思う。『赦す』ってのが心で理解できない。 でもロシア文学に少しだけでも触れられた嬉しさは充分にある。 ロシア人の思う社会主義と外国から見る社会主義は何か違う気がした。 根本はキリスト教の教えがあって、平和的な思想なんだと。

    0
    投稿日: 2018.11.11
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    「カラマーゾフの兄弟(中)」ドストエフスキー著・原卓也訳、新潮文庫、1978.07.20 466p¥520(2017.02.26読了)(1998.08.10購入)(1990.11.25・25刷) 題名がカラマーゾフの兄弟となっているけど、父親も結構すごいので、「カラマーゾフの父と子」という所でしょうか? アンドレイが修道院に入っているためか、修道僧の話も結構な部分を占めています。そうなると「カラマーゾフの父と子と修道僧」という題名がふさわしいのかも。 カラマーゾフのお父さんと息子のドミートリイが破天荒なので、バランスを取るために修道僧とアンドレイがいるのでしょうか? どちらも、作者・ドストエフスキーの分身なのでしょうから。 やっと中巻を読み始めました。最近、本を読み始めるとすぐ眠くなってしまい、思うように本を読み続けることができません。今までの倍ぐらいの時間がかかります。今月中に「カラマーゾフの兄弟」を読み終わるのは難しそうです。 上巻で、第五編が終わったと思っていたら、中巻の最初は、第五編の続きでした。イワンは、モスクワに行ってしまいました。 「第六編 ロシアの修道僧」を読み終わりました。 修道僧のゾシマ長老の生涯が綴られています。「カラマーゾフ」は一時お休みですね。 ゾシマ長老は若いときに恋をしたけど、失恋し、決闘を申し込んだけど相手の拳銃の球が外れたところで、謝罪し、出家したとか。その話を聞いた男がゾシマ長老を訪ねてきて、告白したところによると、恋した女を殺害し他人に罪を着せてしまったけど、今は悔いていて自首するという。 殺人を告白したけど、信じてもらえず精神病院に入れられて亡くなってしまったとか。 現在でも、ストーカー殺人とか、殺人を犯したけど、その犯人が交通事故で亡くなっていたとかいうのがありますが、作家の想像力は確かで、世の中で起こりうることをしっかり予測しているかのようです。 真剣に恋をすることは、人生にしっかり向き合うきっかけになるのでしょうか。経験のない身にはわかりません。 「第七編 アリョーシャ」を読み終わりました。 ゾシマ長老が亡くなりました。生前に奇跡的な事を行っていたので、亡くなっても何かやってくれるだろうと多くの人たちが期待して集まったのですが、期待に反して何も起こらず、逆に普通の人よりも早く腐臭を放ちだしました。期待していた人たちには打撃だったようです。神は存在していても、人間世界には介入しないのが鉄則ですよね。 アレクセイは、ラキーチンに誘われてグルーシェニカのもとを訪れます。父フェードルと兄ドミートリイが取り合っている女性です。グルーシェニカは昔ひどい目にあわせられた男性のもとに喜んで馳せ参ずるようです。 「第八編 ミーチャ」を読み終わりました。 ミーチャは3千ルーブルを工面しようとあちらこちらと飛び回ります。頭で考える分には、うまく行くはずなのですが、何ともなりません。最後に父のところへ行きます。使用人のグリゴリーを殴って逃げ出すのですが、いつの間にか3千ルーブルの金を手に入れています。居眠りをしながら読んでいるうちに大事なところを読み落としたようです。ミーチャは大変なことをしでかしたらしいのですが、読み手の僕には、把握できません。 何度か読みなおそうと思ったのですが、とりあえず先へと読み進めました。 ミーチャは飲み食いの材料の手配を頼んで、馬車を雇ってグルーシェニカを追いかけます。追いついたところで、ポーランド人の男たちとトランプゲームをし、大金をかけて負けてしまいますが、ポーランド人たちの不正が暴かれ、グルーシェニカのポーランド人との恋も覚めてしまいます。 グルーシェニカは、ミーチャを好きなのかどうかは微妙です。警官隊が現れますが、何があったのでしょう? 「第九編 予審」を読み終わりました。 ミーチャが父親殺しの容疑者となり取り調べを受けています。ミーチャの証言では、父親殺しはしていないと言っています。グリゴリーを殴ったことは認めています。 ミーチャの持ち金とこの日に使ったお金を合計したら千五百ルーブルほどでした。三千ルーブルの半分でした。ミーチャは三千ルーブルと言っていましたが、実際は千五百ルーブルしか持っていなかったようです。 父親が殺されて、父親のもとから消えたお金は、三千ルーブルです。ミーチャが盗ったとすれば、金額が合いません。 ミーチャがもっている金の出どころは、実は、以前にさる夫人から預かったお金・三千ルーブル全部を使い果たしたといったのは嘘で、千五百ルーブルだけ使って残り半分は残しておいたのだと証言しています。 父親を殺して三千ルーブル奪ったのは、ミーチャ(ドミートリー)なのでしょうか? またはほかの人間なのでしょうか? たとえば、グルーシェニカとか。 【目次】 第二部(続) 第五編 プロとコントラ(続) 第六編 ロシアの修道僧 第三部 第七編 アリョーシャ 第八編 ミーチャ 第九編 予審 ●ロシアの救い(100頁) ロシアの救いは民衆にかかっている。ロシアの修道院は昔から民衆とともにあった。民衆が孤独であれば、われわれもまた孤独である。民衆はわれわれの流儀で神を信じているのであり、神を信じぬ指導者はたとえ心が誠実で、知力が卓抜であろうと、わがロシアでは何一つできるはずがない。 ●蜘蛛の糸(167頁) 神様にこう言ったのね。あの女は野菜畑で葱を一本抜いて、乞食にやったことがありますって。すると神様はこう答えたんだわ。それなら、その葱をとってきて、火の池にいる女にさしのべてやるがよい。それにつかまらせて、ひっぱるのだ。もし池から女を引きだせたら、天国に入れてやるがいいし、もし葱がちぎれたら、女はいまいる場所にそのまま留まらせるのだ。 ●地獄には誰も(279頁) その昔、神の子イエスが十字架にはりつけにされて亡くなったあと、イエスは十字架から降りたその足でまっすぐ地獄に行って、苦しんでいる罪びとたちを全部釈放してやったそうです。だもんで地獄は、もう今後は一人も罪びとが来ないだろうと思って、呻きはじめたんでさ。そこで主は地獄にこう言ったんですと。『呻くでない、地獄よ、これからも偉い人たちや、政治家や、裁判官や、金持ちがどんどんやってくるだろうし、今度わたしが訪ねるまでには、永遠の昔からそうであったように、ここもまたいっぱいになっているだろうから』たしかにそのとおりでさ、この言葉は実になんとも…… ☆ドストエフスキーの本(既読) 「カラマーゾフの兄弟(上)」ドストエフスキー著・原卓也訳、新潮文庫、1978.07.20 「貧しき人々」ドストエフスキー著・原久一郎訳、岩波文庫、1931.02.28 「罪と罰 上」ドストエフスキー著・米川正夫著、新潮文庫、1951.02.05 「罪と罰 下」ドストエフスキー著・米川正夫著、新潮文庫、1951.02.25 「地下生活者の手記」ドストエフスキー著・中村融著、角川文庫、1952.08.15 「白夜」ドストエフスキー著・小沼文彦訳、角川文庫、1958.04.15 「白痴(上)」ドストエフスキー著・木村浩訳、新潮文庫、1970.12.30 「白痴(下)」ドストエフスキー著・木村浩訳、新潮文庫、1970.12.30 「悪霊 上」ドストエフスキー著・江川卓著、新潮文庫、1971.11.30 「悪霊 下」ドストエフスキー著・江川卓著、新潮文庫、1971.12.05 「賭博者」ドストエフスキー著・原卓也訳、新潮文庫、1979.02.20 「罪と罰(上)」ドストエフスキー著・工藤精一郎訳、新潮文庫、1987.06.05 「罪と罰(下)」ドストエフスキー著・工藤精一郎訳、新潮文庫、1987.06.05 ●ドストエフスキーについての本(既読) 「ドストエフスキイの生活」小林秀雄著、角川文庫、1955.08.20 「ドストエフスキイ」埴谷雄高著、NHKブックス、1965.11.20 「ドストエフスキーのおもしろさ」中村健之介著、岩波ジュニア新書、1988.03.22 「ドストエフスキー『罪と罰』」亀山郁夫著、NHK出版、2013.12.01 (2018年6月12日・記) (「BOOK」データベースより)amazon 19世紀中期、価値観の変動が激しく、無神論が横行する混乱期のロシア社会の中で、アリョーシャの精神的支柱となっていたゾシマ長老が死去する。その直後、遺産相続と、共通の愛人グルーシェニカをめぐる父フョードルと長兄ドミートリイとの醜悪な争いのうちに、謎のフョードル殺害事件が発生し、ドミートリイは、父親殺しの嫌疑で尋問され、容疑者として連行される。

    3
    投稿日: 2018.06.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    中巻の見どころは「長老の死」と「ミーチャの暴走」。 前者は長老の生い立ち、生き様を詳しく説明、そして死後の周りの人々の豹変ぶりに驚かされる。奇蹟を期待していた人々とそれに反して早くに腐臭が発生したという事実。何ともやり切れず神の無慈悲・不存在を伺わせる。 後者は、地獄から天国、そしてまた地獄へと目まぐるしく話が展開、加速していく。

    0
    投稿日: 2017.12.12
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    いくつもの対立構造が描かれる。 無垢な子供が犠牲になる現世の理不尽さに絶望し、「そんな代価を支払わなければならないのなら天国などいらない」と告白するイワンの苦悩と、理不尽に子供の命を奪われながらも信仰を捨てなかったヨブの話を引き合いに出し、苦しみながらも「汝の敵を愛せ」の教えを実践し、愛による全人類の救済を信じたゾシマ長老の希望。 相反する二人の思想の狭間で、敬愛するゾシマ長老に起きた逆の意味での「奇蹟」に混乱しながらも、神の愛の大きさを受け入れたアリョーシャの姿は、人間が変わる瞬間の描写として見事としか言いようがない。 地獄とは苦痛ではなく「誰かを愛したいと思っても自分がもう誰も愛することができないことに気づく絶望」というゾシマ長老の教えには、愛に対する揺るぎない信頼がある。 ゾシマ長老、そしてその意思を継いだアリョーシャは悲惨なこの世の姿は、いつか天国につながると信じているのだろう。 現実はますます希望から遠ざかっている。イワンの思想は「反逆だ」とアリョーシャは呟いたが、それでもイワンに同意する人間は多いはずだ。 自らの罪深さを自覚している人間は、一本の葱による許しの有難さに救いを求める。人類の罪の犠牲者に心を痛める人間は、許しの代償のあまりの大きさに救いを拒む。 ゾシマ長老に若き日の罪を告白した男の苦悩と、ドミートリィの告白も対になっている。真実は確かに存在しているのだが、人間は真実を知ることができない。 男は自分が有罪であることを知っている。同時に、いくつもの偶然が重なった結果、自分が告白しない限り、誰も真相を知らないことに思い悩む。 ドミートリィは無罪である。しかし、すべての証拠がドミートリィの有罪を裏付けており、ドミートリィ自身もそれを理解している。 結果として犯した罪と受ける罰の均衡は取れているのだが「それでいいのか」という観点で見ると、人間が理解できる範囲での善悪の判断と、神の意思による裁きという問題が浮かび上がってくる。

    3
    投稿日: 2017.09.09
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    ドミートリィが肝心の殺害にまつわる議論よりも、服を脱がされることや金を使い切ったか否かという瑣事に拘るのがおもしろい。

    3
    投稿日: 2017.08.30
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    (01) 解法をほぼ無限に有する傑作なテクストで、テーマとモチーフ、ドラマとロマンス、エピソードとアレゴリー、ミステリーとヒストリー、コミカルとシニカル、どうつまんでもおいしいのが本書である。 さしあたり人物の魅力ということなら、兄弟の主人公たちはともかく、いつも泣いたりへらついたりしているけれど漢(おとこ、そして無頼漢)な一瞬がキラキラしているスネギリョフ、悪意のない虚言で煙に巻きなんだかコロコロしている住所不定のマクシーモフ、カテリーナやリーザへと達する兄弟の恋路にいつも関門の様に立ちはだかりしかし自分の恋路にはキチンと段取りを踏むホフラコワ夫人などなど、登場するたびにしでかしてくれそうで嬉しくなる人物にも事欠かない。 沸騰し狂騒し罵声する声たちがありとあらゆる場面で登場(*02)し、それはポリフォニーとも評されるが、情景を口やかましく彩る様を読んで見つめるとき、読書することの幸福を感じるとともに、発せられ読者に読まれてしまった、声、セリフ、一句、一語、それらのいちいちが、登場人物ではないかという眩暈にあてられてしまう。その意味で無限の解法がここにある。 (02) 場に登り、場に発せられたものは何なのか、という前にそのものがどこから生まれたかを考えてみたい。 セリフの過剰に隠れてはいるが、地の文として目に飛び込んできて印象的なのは、口づけと笑いである。口づけの多様と作用、笑いの矛盾と唐突には、いつもいつも驚かされる。このキスとラフは、口の方法と形であって、長広舌を補いつつ、饒舌に対しての反射の様に現れる。 この口、人間の顔面の下部を占め、食べると飲むに欠かせない機関として働き、言語の様な意味から悲鳴の様な無意味までの音声を発し、臭い息やスカトロジーなどに暴露され機関的な意味での内面の昇降口ともなる、口が問題の端緒でもある。 目の描写についても冴えをを見せており、太陽が映りこむ水玉などのアレゴリーも豊富ではあるが、本書においてやはり問題となるのは、顔の穴としての口腔ということになるだろう。それは人格の欠格にも対応する。スメルジャコフが向かったのが料理であったこと、その名が放つ異臭は、ゾシマ長老の腐臭とも共鳴しあうこと、これら悪臭の避けられなさは鼻孔という穴に由来している。 もちろん、19世紀ロシアはヨーロッパの先進性に対し後進性を見せており、その後進は、著者によって、ロシア性、カラマーゾフ性などとしてからかわれながらも引き合いに出され、批評にさらされた。つまりは文明の突出に対するヘコみとしてのロシアであり、大陸的な穴や欠損が卑しくも意識されていた時代であることは見逃せない。 また、ミーチャの蕩尽は痛快であるが、読者は、それぜったいだめ、という世話焼きな半鐘を鳴らす一方で、頁を隔てた向こう側で使われるルーブル(*03)は読者の財産ではないため、どんどん使っちゃえ、という焚き付けに加担もしている。このミーチャの行動は、ポトラッチとして理解される。つまり、蕩尽による名誉の保全であり、近代的には人格的な欠損を金で補い、箔を付ける実践として理解される。穴埋めというなら正しくその通りであり、彼はいつも埋めなければと切迫している穴を(好んで?)抱えている。 地獄や悪魔は穴の内容であり、ヒステリーやアフェクトは穴の修繕あり、扉や封筒は穴の容態であった。口、穴あるいは孔のアレゴリーには事欠かないが、ミステリーの肝となる、誰がフョードルを殺したか、という穴はエピローグの円団の時点でどのように満たされたであろうか。 本書の卓抜は、この作劇上の要点となる犯人は誰という穴に、神の不在というという問いを掛け合わせた点にある。やったのかやらなかったのか、いたのかいないのか、いるのかいないのか、曖昧をさまよう譫妄状態(*04)や、不問に付される情況、フィニュッシュの直前にある寸止め状態に、この作品の命脈を賭けたこと、そこに現れた深淵は尊い。 (03) 財産の保管と宗教の保護とに関わる土着性という点でも本書は興味深い考察となっている。ヴェーバーがプロテスタントと資本主義を考察するのは、本書ののちの話であるが、蓄財と散財とが先述の先進と後進とに対応し、ミーチャの散財や、カテリーナの善行と金銭に現れた感覚をロシアやカラマーゾフの美質として、プロテスタントのけち臭さに対置させたところは、面白い。 ほぼ同様な構図が、医学、心理学、細菌学、法学、神学に対する著者の見地にも現れている。啓蒙的な近代の学問をセットで小馬鹿にしており、在来の神秘や土着を踏まえたところに新時代の精神を築こうとしている。この文学的で政治的な態度は日本の近代化で現象されたことと比較しうる。 (04) 読み返すと、ありとあらゆる文脈に伏線や複線が張られていることが分かる。どうとでも読める、どちらとも読めるという具合に。それはリニアなのか、非リニアなのか。 しかし、明らかに回収されていない伏線というのもある。有名なのが、13年後(*05)を描いた第2の小説の件である。 感触として、第1の小説が余した残り半分を示唆しつつも、結果的にはその後半を欠損としたことに著者の最大の遊びがあるようにも思われる。書かれそうで書かれなかったところに、読者を置き去りにしてしまった(*06)こと、本書のテクストを読む限り、この欠損は意図的であったという感触を持っている。その理由は既に記すことができたようにも思う。 謎めかすこと、おそらくドストエフスキー以降は、映像文化の台頭とともに、文字による物語はやや衰退していくが、その文字文化の精華として本書が示した謎めかしは、今後まだまだ楽しく読み解かれるだろう。 報道マニヤ、事件マニヤが本書にも現れはじめ、マスコミの予感がしている。この20世紀を圧倒する情報社会の前夜において、書かれたもの、報じられたものどもが、神に対したときに、とてもじゃないが信じられたものじゃないことを、とっくに、そして遠くに著者は見抜いていた。 (05) ある階段の13段目にいるミーチャのはるか下、アリョーシャはまだ1段目にいるとされている。主人公であるアリョーシャは、ありとあらゆる場面に存在しなくてはいけない。場面とは事件のある場であって、事件の場には必ず癖のある人物が配置されている。主人公であるアリョーシャは、神がかり行者ともされるから、彼の業や修行は、このあらゆる場面に立ち会わなければならないことにある。 したがって、アリョーシャは忙しい。事件の前後となるとなお忙しく、彼が歩き回る場面場面で次々と業が課せられるから、タスクは累積的に彼の背にのしかかる。だから、特に前半の場面転換では、次なんだっけ、今なにしてたっけ、という健忘がしばしばともなわずにはいられない。彼が階段を上れずに踏みとどまっていること、それでもこの物語の中で数段は上れたかもしれないこと、これは西欧のビルドゥングスの伝統を踏まえた上で、どのように考えるべきであろうか。 おそらくアリョーシャは、物語の中で一度も汽車や馬車を利用していない、メッセンジャーや代理人にはなるが彼自身が誰かを使役することはない。そこにこの天使の踏みとどまりと善の理由がある。疾走する馬車や突き進む戦車は、太陽にも絡んで、物語中で重要なアレゴリーとなるが、天使の羽が、彼にのしかかる厄災をいくらかでも軽くしてくれていることを祈りたいものである。 (06) 「私」という審級が問題になる。マンの「魔の山」の「私」は超歴史的な存在ではあった。カラマーゾフの「私」は誰なのだろうか。カラマーゾフ家、特にアリョーシャを讃える伝記作家のようでもある。特に「誤審」の法廷では、この作家も傍聴していたようでもある。「私」は、カラマーゾフ家と同じ町に住み、周辺の人々のその後にも精通している。 この「私」のほかにも、超時間的、メタ的な存在をほのめかす記述が散見される。不思議な場面で、その人物がのちのちまで覚えていたとする説明がなされるときがたまにある。それは過去に遡る視点が目指すべきタグやポイントになっており、複線の交点のようでもある。逆デジャヴとでもいうようなこの表現は注目に価する。

    3
    投稿日: 2017.07.30
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    2017年1月21日読了。 ミーチャが馬車をすっとばしていくシーンはまさに劇的でとても良い。滑稽なのに感動してしまう不思議さ。 ジェットコースターに乗っているような読後感。

    0
    投稿日: 2017.04.06
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     第六編の三「ゾシマ長老の法話と説教から」が良かったかな~ いよいよ『カラマーゾフの兄弟』最大の見せ場、下巻へ

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    投稿日: 2017.02.19
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    上巻に比べて割りと読みやすいし、後半はストーリーが動きだしてするすると読めた。 犯人はいったい誰か? ということに興味をそそられてくる。 ストーリー以上に重厚で厚みがあり、必ずと言っていいほど、進みかけた逆方向にベクトルが向き、これからの展開を安易に示さないところがドストエフスキーの魅力なのかもしれない。

    0
    投稿日: 2016.07.22
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    中巻も長かったけど、読み始めたら一気に読み終えることができた。 ってかついに一線を越えてしまったな~。中巻だとまだ誰が殺したかわからないけど、殺されるフラグは立っていたよね。それにしてもドミートリイがサムソーノフに言われて、セッターのところに相談に行くシーンがめちゃくちゃウケたんだけど、おれだけだろうか。このシーンだけは、ドミートリイばかだな~とか思いながら本当に笑ってしまった(笑) 中巻は本当にドミートリイが主役って感じなくらいミーチャのインパクトが強い。(無駄に呼び方変えてみた笑)実際ミーチャのヒステリックな性格見てると人を殺しかねないよなって思う。セッターだって何も悪くないのに、ただ腹が立ってるというだけで殺されてもおかしくなかったし。 中巻はあとグルーシェニカの変わりようがおもしろかった。フョードルもミーチャも捨てて、ポーランド人のところに行ったはずなのに、一夜のうちに180度考え方が変わる感じ(笑)何かレビュー書いてて、ジョジョでいうチョコラータが死んだあとのセッコを思い出した(笑) それにしてもカラマーゾフの兄弟読んでいると恋愛脳っておそろしいよね。もう恋愛によって一つの行動が決定されるみたいな。逆にイワンとアリョーシャはどれだけ冷静なんだと思わざるを得ない。けど、恋愛脳による行動というのは非常に人間的だなとも思う。世の中って大体そんな感じだしね。 レビュー書きながらパラパラ中巻見ていたら、ゾシマ長老が亡くなったのを忘れていた。なんということだ。ミーチャのインパクトが強すぎたということにしておこう(笑) まぁ総じてカラマーゾフの兄弟はめっちゃおもろいよね。ドストエフスキーはやっぱりすごい!

    7
    投稿日: 2016.05.14
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    いよいよ面白くなってきた。 中巻ではほとんどがミーチャのシーンだ。 尋問を受けているときのミーチャの二転三転っぷりが本当に面白い。 ロシア的というか古典文学的というかオペラ的というか、重い空気なのにどこか笑えてしまう。 ドラマではイワンを軸にしてストーリが転回するが小説ではミーチャなのかな。 ドラマを見ていたので犯人は誰かわかっているが、もしわからなかったらどういう気持ちでこのストーリーを読み進めていただろうと思うと、犯人を知らずにこの本を読めなかったことに対して少し後悔。 あと、グルーシェニカってそんなに魅力的な女性なんだと興味を持った。 今日本屋で下巻を買って早速読む。

    1
    投稿日: 2016.01.01
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    上巻あたりからドライブし始めた物語はますます加速し、圧倒的なポリフォニーの渦潮に読者を巻き込む。 中巻では主人公であり本作品の多彩な登場人物の中で最も常識を感じさせ読者を安心させる三男アリョーシャが長老の死に直面する場面と、対象的に俗物中の俗物(もっともアリョーシャ以外の登場人物の9割以上は俗物だと思うが)として描かれる長男ドミートリイの嫉妬に狂った恋心と父殺しの嫌疑の場面が主に描かれる。 この中巻からページを進めるのは止まらなくなり、このドライブに身を任せていざ下巻へ。

    3
    投稿日: 2015.12.25
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    中巻を読み終えて、一番大好きでたまらないシーンがある。 それは、アリョーシャが大地を抱きしめ、大地全体に接吻する。 永遠に愛することを、そして、すべてに対してあらゆる人を赦し乞い願い祈る。 師と慕っていたゾシマ長老が亡くなり、泣き嗚咽しながら大地にひれ伏す姿が美しく、しばらく印象に残っていた。 か弱かった青年が立ち上がったときには、一生変わらぬ堅固な闘志となり、長老の言葉を胸に抱き、三日後には修道院を出た。 人生の変り目時には、衝撃的な出来事とともに、誰かから力強く背中を押される体験が何かしらあるものなのだろうか。

    10
    投稿日: 2015.12.02
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    20150926 上巻よりは読みやすい。 ゾシマ長老の「あらゆる人を愛し、あらゆるものを愛せよ」という教えは、たとえ物語の中の登場人物とはいえ敬服すべきものがある。

    0
    投稿日: 2015.09.26
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    毎回のことながら、登場人物が多く、徒名も使用されるので… 人物関係図を適宜書きつつ…中を読み終わりました。 人間の感情や、本質的な部分への描写が素晴らしいとしか言えません。 人間各々には、 素因的傾向と育ってきた環境などにより、キャラクターが成り立ってはいますが、 『キャラクター』としての狭い枠にとらわれず、 人間の本質的な部分を鮮やかに、繊細に、あたたかい視点で描いているような… けれども、個々人の人格は的確に反映して、本質を描いていらっしゃるような。 罪人の心理が、犯罪心理という意味ではなく、 人間のナイーブな部分に抱え持つ、苦悩を通して表現されているのでは、と。 特に、ドミートリィの恥辱についてや、深く傷付いた心の繊細な機微など、 本当に艶やかで、お見事だと感じます。 とても、好きな作品ですし、 登場人物に、自然と愛情を感じてしまいます。

    0
    投稿日: 2015.09.07
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    難解。ただ上巻よりは登場人物が整理出来ていた分、ストーリーがある程度理解出来た感あり。 途中、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』とまったく同じような『一本の葱』というエピソードがあり、是非ご確認いただきたい。 それにしても登場人物が皆病的に描写されているのは人間の本質だと言いたいのか? 下巻への期待値を込めて★5

    0
    投稿日: 2015.07.26
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    「事件」が起こり、物語が一気に展開して面白くなってきたところ。登場人物、特にドミートリイやフョードルの言動やなんかを見てると、一見狂気のように見えるんだけど完全にそうは分類させないような妙なリアリティーがあってそれが逆に怖い。そう思わせる絶妙な訳者さんの言葉の使い方がすごい。でも、人間が完全に奔放に感情を表出させたらこんなふうになるのかもしれない。

    0
    投稿日: 2015.05.25
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    真犯人は誰か。 長男は嘘をついているのかいないのか。 台詞ひとつで心情の機微が感じられる・・・これは翻訳力もあるのだな・・・と、変なところで感心しながら、下巻をすぐにでも読みたくなる中巻。

    0
    投稿日: 2015.04.08
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    中巻に入り、面白さが際立ちます!! 上巻ではアリョーシャに好感を持ち、中巻ではドミトリイを好きになりました。 下巻が益々楽しみになってきます。 上巻のレビューにも書いたのですが、大々的に読みにくいと言われている本なので それだけで敬遠している方が多いと思います。 私もその一人だったので。 でも、読みにくさは言うほどではないです! そんな事忘れるくらい面白いですよー!

    0
    投稿日: 2014.09.13
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    尊敬されていたゾシマ長老の死をきっかけに、すでに気配を漂わせていた腐臭がどっと噴き出し、十分に予想されていた殺人が発生する。感想は最終巻にて。

    0
    投稿日: 2014.08.30
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    なんとか中巻まで読み終えた。読書スピードが・・・ まさかの急展開。各人の内面がすこしずつ垣間見える面白い展開になってきました。 上巻読んでとっつきにくい(読みにくい)と思ってたんですが、多分登場人物多くてそれぞれの背景説明にページ割いてたからでしょうね。まして20世紀初頭のロシア文化の背景がわからんからますます。 中巻からはそのへんの説明が減ったので読みやすくなった。 下巻でどのような流れになるのかしら。楽しみにしております

    0
    投稿日: 2014.08.23
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    上巻の不穏な終わり方のせいで、続きを読むのに一抹の不安がありましたが、乗りかかった船です。 こうなりゃ最後まで読み切ってやりますとも。 ドミートリイは恋焦がれるグルーシェニカに腐心するあまり、ついにその手を血で汚すことになる。 自害の決意を固めて恋人のあとを追い掛けるドミートリイだったが、思わぬ事態から彼の人生は大きな転機を迎えることになる。 アレクセイもまた、崇拝する恩師の死をきっかけに思想の変化を迎えることとなるのだった。 まともな人間が出てこないのがデフォルトであると分かっていましたが、それにしても酷過ぎる(わら アレクセイだけがこの話の良心でした。 人間の心情の変化が細やかな筆致で描かれている点は本当に素晴らしいと思います。 事件の全貌が下巻で明らかになると思うと楽しみです。

    0
    投稿日: 2013.11.23
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    中巻で印象に残ったのは、ゾシマ長老の数奇な人生と法話・説教、グルーシェニカを取り巻くカラマーゾフ家の愛憎劇、そして父親殺しの嫌疑をかけられたドミートリイとその取り巻きたち・・・。 前半のゾシマ長老に関する話は、上巻最終章の『大審問官』に対しての反駁ではないかと感じた。劇薬のような無神論の物語の海に放り出されて、宗教の必要性に懐疑的になった矢先、ゾシマ長老の人生と説話が始まり、神の偉大さについて雄弁に語られる・・・。神という存在について、正反対の立場で語られており、目の前の世界が途端に色を変えてしまうような感覚であった。このような体験をさせてくれる小説は、そうはないだろう。 特に、真の自由は地位や権力や金を獲得することによって得られるのではなく、人間の精神の内にしかない、この言葉には強く心を打たれた。人間が学問をする理由は、この一言に尽きるのではないだろうか。 宗教の話ばかりではない。人間の愛憎劇も見所である。それぞれの人間が自己の激烈たる感情と塗り重ねた嘘をぶつけ合い、とてつもない事件へと発展していく。ドミートリイやグルーシェニカは、良心と卑劣との間であれよあれよという間に揺れ動き、読む側も息つく暇がない。下巻に期待。

    3
    投稿日: 2013.09.09
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    一度目に読んだ時はもうミーチャ何なのこの人...とげんなりしてたんだけれども、今回は割りと好意的に見れたなあ。結末を知ってるからか脳内イメージを危脳丸にしたからか... スメルジャコフはターミイで再生されます

    0
    投稿日: 2013.08.18
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    作品の要であろう殺人事件の前後がコメディ調…それなのに作品の品が落ちていないのが凄い。 罪と罰のラスコーリニコフとペンキ塗りニコライを足したような、ミーチャの境遇と精神的な変化。これも興味深い。

    3
    投稿日: 2013.08.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    この巻を読むのに2か月以上かかってしまった。一度間隔があくと登場人物や話の流れを思い出すのが大変。長い本こそ一気に読むべきか。巻頭に人物の簡単なプロフィールはあってほしい。それがあればすごく助かるのに。  この小説は読んでいて楽しいとは感じない。それでも星5つを付けたのは登場人物のリアリティに圧倒されたから。一人一人確かに生きている生身の人間のようにそれぞれに性格があって考えて話している。性格というと小説では特徴を持たせるのが当たり前と思うけど、この小説では狙ってエキセントリックな性格にしているのではなくあくまで普通というかリアルな感じがする。特にゾシマ長老の過去の話は本筋に関係ないけれど一つの物語として成立している。後半にやっとドミートリイの殺人が問題になって盛り上がってきた。  とにかくキャラクターの作り込が凄い。これが一人の人間によって書かれているということが信じられない。小説の一つの到達点というのも頷ける。

    0
    投稿日: 2013.07.28
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    相変わらず病的に興奮する人々ばかりだ。ミーチャよ、頼むから落ち着け。冷静に供述しろ。何もかもが必要以上に大袈裟で芝居がかっているから、嘘にしか聞こえない。キリストの愛について延々と語られた前半と一変し、後半は遂に父親殺しが行われ、容疑者としてミーチャが拘束されたわけですが、もう騒ぐ騒ぐ。なんてうるさい男なんだ。すぐ感情的になって叫ぶし。途中、ペルホーチンという、この物語の登場人物の中では稀有な存在、即ち冷静な青年が出てきましたね。このくらいミーチャも冷静なら問題はなかったのに。ところでロシアにも芥川龍之介の「蜘蛛の糸」と似た話があるんですね。ロシアは蜘蛛の糸という詩的な物ではなく、葱でしたが。葱。なぜ葱をチョイスしたのだろう。手が臭くなりそうだ。芥川の作品でお釈迦様が垂らしたのが蜘蛛の糸ではなく葱だったら、あそこまでの名作にはならなかったかもしれませんな。

    8
    投稿日: 2013.06.11
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    登場人物たちの理解には必要なのだろうけど、宗教が絡んでくると、とたんに難しくなってくる。 それ以外の物事の流れは面白いのだけれど。 やっぱり名作と呼ばれるものはある程度の文化理解や背景知識が必要なのかなぁ。 全体の感想は下巻に。

    0
    投稿日: 2013.05.22
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    物語の本題に入ってから、テンポよくストーリーが進み始め、どんどん面白くなってきました。 下巻での結末が楽しみ。

    0
    投稿日: 2013.05.11
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    ゾシマ長老の遺体から死臭で民衆どうこう、の部分は割と好き。下巻もそうだけどこの作品はけっこうゲスい描写が多く、今の心境としてはそれが心地よい。

    6
    投稿日: 2013.03.15
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    どんどんおもしろくなってきました。 しょうもないお兄さんがしょうもない事件に巻き込まれた 怖い女だと思っていた女が急にものすごくかわいくなってきた 上巻から続いた修道院や神の話の壮大さと、お兄ちゃんのゴタゴタの辺りの俗悪さの差がはんぱない グルーシェニカ! 私はあなたの本来の純粋さに気づけて本当によかった

    6
    投稿日: 2013.03.14
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    ミーチャ「全生涯に対して自己を処刑する。わが一生を処罰する!」p347 <メモ> ・グルーシェニカがRMに被る。 ・ミーシャとグルーシェニカ/ 『愛のむきだし』の西島と満島のよう

    0
    投稿日: 2013.02.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    上巻よりはやや劣るような気もする。まず、ゾシマ長老の話が無駄に長い。その後のアリョーシャの心理を描くには必要不可欠だったかもしれないが、ここでスピード感が落ちたように思う。 そしてドミートリィの章はあんなに長い必要があったのか、疑問に思うところではある。しかし、ドミートリィが本当に殺人を犯してしまったのかどうかと、じわじわと盛り上がる章だった。無罪だと信じたいが、果たして… 殺人容疑でドミートリィが連行されたところで今巻は終わる。

    0
    投稿日: 2013.01.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ここではまだ犯人は分からない。サスペンス色が濃厚かと思いきや、割合としては逆に啓示的な物語にサスペンステイストを足した感じに思える。この作品全体が総合小説と呼ばれる由縁でもある展開の多面性は必見。

    0
    投稿日: 2012.12.21
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    ガマンして中刊の途中まで読んだけど面白くない。口調が疲れる。「ちっとも面白くないじゃありませんか!わたくしなりにそりゃもう努力して読みましたのに!もうたくさんですわ!わたくしじゃ理解できないとおっしゃるつもりね!!・・・・!!!・・・!」

    3
    投稿日: 2012.12.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    中巻の前半はゾシマ長老の死をめぐる信仰の危機に関する問題、後半は長男ドミートリイにかけられた父殺しの嫌疑にまつわるサスペンス的展開に変わり下巻へ続く。 どちらかといえば前半の展開のほうが面白かったというか、叙情的で、俺好みだった。 作者であるドストエフスキーがちょくちょく地の文に登場するのがおもしろい。特に次の部分が印象に残った。 「あまりいつも分別くさい青年は、頼りにならないし、値打も低い――これがわたしの見解である!」

    0
    投稿日: 2012.11.08
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    面白過ぎてあっという間に読み終わった‼ たしか3日。 だから中巻で何があったかは全く覚えてない(笑) すぐに下巻を買いに授業抜けた(笑) とにかく物凄く面白かったのは覚えてるけど‼ 下巻に続く〜

    0
    投稿日: 2012.11.08
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    なぜなら今はあらゆる人間が自分の個性をもっとも際立たせようと志し、自分自身の内に人生の充実を味わおうと望んでいるからです。ところが実際には、そうしたいっさいの努力から生ずるのは、人生の充実の代わりに、完全な自殺に過ぎません。それというのも、自己の存在規定を完全なものにする代わりに、完全な孤立におちこんでしまうからなのです。なぜなら、現代においては何もかもが個々の単位に分かれてしまい、あらゆる人が自分の穴蔵に閉じこもり、他の人から遠ざかって隠れ、自分の持っているものを隠そうとする、そして最後には自分から人々に背を向け、自分から人々を突き放すようになるからです。一人でこっそり富を貯えて、今や俺はこんなに有力でこんなに安定したと考えているのですが、あさはかにも、富を貯えれば貯えるほど、ますます自殺的な無力に落ち込んでゆくことを知らないのです。なぜなら、自分一人を頼ることに慣れて、一個の単位として全体から遊離し、人の助けも人間も人類も信じないように自分の心を教え込んでしまったために、自分の金や、やっと手に入れたさまざまの権利がふいになりはせぬかと、ただそればかりおそれおののく始末ですからね。 修道僧の道はまったく異なる。贖罪のための勤労とか、精進とか、祈祷などは、笑いものにさえされているが、実際はそれらの内にのみ、本当の、真の自由への道が存するのである。余分な不必要な欲求を切りすて、うぬぼれた傲慢な自己の意思を贖罪の労役によって鞭打ち鎮め、その結果、神の助けをかりて精神の自由を、さらにそれとともに精神的法悦を獲ち得るのだ!孤独な富者と、物質や習慣の横暴から開放された者と、はたしてどちらが偉大な思想を称揚し、それに奉仕する力を持っているだろうか?

    0
    投稿日: 2012.10.28
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    ~中盤の、ゾシマ長老の告白、そして亡くなったゾシマ長老をめぐるある事件の部分はとても面白い。お話の中なのに、なにか自分に語りかけてくるような告白である。 ある事件とは、聖者としてあがめられてきた長老の遺体が、周囲の期待に反して1日も持たずに腐敗するのである。(この当時は、聖者の遺体は腐らない、というのが一般的な信仰のようだ) 一部の人間を除き、ほとんどの人々がこのような事態を好奇心を持って眺めたり、不幸を嘲笑したり、死者を批判するなど、やりたい放題。人間の浅はかさがとてもよく描かれており感心した。みんな他人の幸せより不幸や不運が好きなのである。そんななかでアリョーシャの存在、大好きな我が主人公(ドストエフスキーふうに言うと)はどう行動していくのか・・・ここまでが中盤。 そして、再度登場するのが兄と父を手玉に取る(愛人というか・・・肉体関係があるのか文面からはわからない)グルーシェニカ!この女のパトロンの爺さんは「結婚するなら金のあるカラマーゾフの父にしておけ」とかアドバイスするのに、結局は昔の男(いまは貧乏)のもとに走る!賢い女なのか馬鹿なのかよくわからない。 それを知らない兄のドミートリは、女を手に入れるため金の手配に奔走(してるつもり)、結局それも空回り。金の目処が立たない=女を自分のものにできない、ということに絶望・放心しているあたりから、、いよいよ話は例の殺人事件に向けて突き進む!ドミートリの「恋は盲目」「未来設計なしの楽天的・破滅型性格」の描き方が素晴らしい。ほんとにリアル。 なんだか、あらすじばかり書いてるけど、続きが読みたいなあ~と夜が楽しみな古典文学っていいよね!

    3
    投稿日: 2012.10.25
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     ふいに叫び出したくなる衝動に駆られた。  父親殺しの罪に問われたドミートリィ、彼の裸一貫の魂は人の感動を揺り動かす。不興を買うのと同じくらい、接した人々に愛されるだけの魅力が彼にはあると私は思う。

    3
    投稿日: 2012.10.21
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    「カラマーゾフの兄弟(中)」 19世紀中期、価値観の変動が激しく無神論が横行する混乱期のロシア社会の中でアリョーシャの精神的支柱となっていたゾシマ長老が死去する。その直後遺産相続と共通の愛人グルーシェニカをめぐる父フョードルと長兄ドミートリイとの醜悪な争いのうちに、謎のフョードル殺害事件が発生し、ドミートリイは父親殺しの嫌疑で尋問され、容疑者として連行される。 ようやく(中)に到達しました。ここから物語が一気に加速していき、展開も深いところまでいきます。なので、ようやく難しいことばかりでは無いわかり易い楽しさを感じることが出来ます(上巻は分かり難い)。 物語の焦点は「グルーシェニカ」、「父フョードルと長兄ドミートリイ」、「死」の3つだと思いました。特に、アリョーシャが直面した死には様々な意味が込められているような感じがしました。 人間が持つ信念や理念、価値観などあらゆるものは死と直面することで必ず揺さぶられる。そしてその時にいかに自分でいられ、自分を制御しうるのかがポイントでもある、ドフトエフスキーがどんな意図を託してアリョーシャを描いていたかは分かりませんが、私はそんなことをふと思いました。まぁ難しいことは置いといて、この(中)は一言で言うと面白いということです。 アリョーシャが捉えるものは何か、そして展開の肝となる連行されたミートリイはどうなるのか・・・、その結末は下巻にあり。

    0
    投稿日: 2012.10.19
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    ミーチャの人として揺れ幅が大き過ぎて途中で読みづかれしてしまい1.5年ほどかけての読破w ドミートリーの気持ちわかりますよ、ええ。 アグラフェーナの最後の変わりよう実写にしたらどんな感じなんだろうと思いました。 愛称と本名の使い分けがイマイチわかりまへん。 下巻でのアリョーシャの活躍に期待!

    0
    投稿日: 2012.10.18
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    このレビューはネタバレを含みます。

    中巻ということで最終巻へのつなぎのようであるが、物語が一気に加速していく。これからどうなっていくのか楽しみであるが、相変わらず、みんなよくしゃべるなぁ

    0
    投稿日: 2012.08.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ゾシマ長老が亡くなった。彼の半生をアリョーシャが纏めたという形で紹介されている。そして、とうとうフョードルが殺害されてしまった。犯人はいったい誰なのか?ミーチャなのか??ミーチャを追いかけたグリゴーリイが頭を殴られたのは確かなのだが・・・

    0
    投稿日: 2012.07.07
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    ドミートリイは純心過ぎる。 成長過程に問題があるのに、不思議とすれていない。 そんな彼を、愛らしく感じてしまう人は多い筈だ。 胸にどんな恥を閉じ込めているものかと思ったら 思いの他、大したものではなかった。 それで?そんなもんで? そんなことで、卑劣漢だとか。 ピュアすぎるやろ。 もっと腐ってるのに堂々と往来を闊歩してる奴は腐るほどおるわ。 なんというかミーチャ、可愛いものである。 ちなみに グルーシェニカの心変わりに関しては今のところ信じていない。 以後病み続けるとか地の文に書いているが 私はそれを、叙述トリックだと信じて疑わない。 グルーシェニカは圧倒的なヒールであり天真爛漫でいてほしい。 私はそう思っている。

    0
    投稿日: 2012.07.03
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    読み終えたばかりなので、中巻の後半から始まるミーチャ編で頭がいっぱい。 なぜか憎めないミーチャとグルーシェニカ。無実であって欲しい。 とりあえずホフラコワ夫人は嫌い!

    0
    投稿日: 2012.05.24
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    ついに「事件」が起こる。ドミートリイ、ん?ミーチャ。激しい性格の持ち主でありながら、人が言う事すべてを疑う事なく信じてしまい簡単に騙されてしまう純朴で、まるでイアーゴに簡単に騙されるオセローのよう。グルーシェチカの恋に失意のどん底に陥り自害を考えたと思えば情熱の恋が業火の如く燃え上がり天国と地獄を繰り返す。この怒濤のような展開にこっちが燃え尽きた。お腹いっぱいです。そして、ゾシマ長老の死にて聖職者の奇蹟について悩むアリョーシャ。ラキーチンの悪巧みをものともしない姿に、君が一番のカラマーゾフだよ、と思った。

    3
    投稿日: 2012.04.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

     急にミステリーめいてきた中巻。上巻とくらべても、ぐっと読みやすくなった気がする。  こないだ平野啓一郎が「ドミートリイが好き」とツイートしてた理由が分かる気がした。ちょっとおばかさんなところもあるけど、いいやつだな。グルーシェニカもいい女だなぁと思った。  で、犯人は誰なんだ! 下巻へ続く!

    0
    投稿日: 2012.04.08
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    すごい! 下巻いくぜ! この小説は神の存在について問う小説だとはよく言われるが、 人間の思想、心理、感情、理性など、もっと具体的で生っぽい部分で、とても読み応えを感じた。

    0
    投稿日: 2012.04.08
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    評判通り、上巻よりも面白い。 とくに「腐臭」が面白かった。 高潔な人が高潔なことを語ったにも関わらず、死んだあとに通常よりも早く腐りはじめる。 きっとこの話には何かの隠喩があり、それには自分は気が付かなかったが、上巻の「大審問官」と通じるような気がした。 以下、気になった部分抜粋 ・収入が少ないとはいえ、週にたった一時間のことではないか。わずか一時間にすぎないのだ。 ・この俺に、他人の奉仕を受ける値打ちがあるだろうか、相手の貧しさと無学につけこんでこき使う資格があるだろうか ・例えば幼い子供の脇を通るとき、腹立ちまぎれに怖いかを押して、汚い言葉を吐き捨てながら通り過ぎたとしよう。・・・・お前は知らなかったかもしれぬが、もはやそのことによって子供の心に悪い種子を投じたのであり、おそらくその種子は育っていくことだろう。 ・有無ころなく実行するがよい。夜、眠りに入ろうとして、「やるべきことを果たしていなかった」と思いだしたなら、すぐに起きて実行せよ。 ・もし周囲の人々が敵意を持ち冷淡で、お前の言葉を聞こうとしなかったら、彼らの前にひれ伏して、許しを乞うがよい。なぜなら実際のところ、お前の言葉を聞こうとしないのは、お前にも罪があるからである。相手がすっかり怒って話が出来ぬ場合でも、決して望みを捨てず、おのれを低くして黙々と使えるがよい。 ・万感あふれるお前の涙は魂の急速に過ぎぬが、お前の優しい心を晴らすには役立つだろうからな。 ・あまりいつも分別くさい青年は、頼りにならないし、値打ちも低い--これが私の見解である! ・あいつは腰抜けなんてものじゃない、世界中の臆病をよせ集めて、二本足で歩かせたような臆病の塊ですよ。

    4
    投稿日: 2012.03.25
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    ドストエフスキーが残した大叙事詩の中巻。 上巻の大難関である大審問官の章をクリアすれば あとはどんどん物語が加速していく一方である。 グルーシェニカを巡って醜い争いを続ける父フョードルと長男ミーチャ。 そして様々な歯車が最悪の方向に噛み合って起こってしまった悲劇。 中巻はミーチャを中心とした悲劇の全貌である。 とは言え、多くの謎を残したまま中巻は幕を閉じる。 果たして、このまますんなりと終わるのか…。 いや、終わるはずはないだろうな…。 そんな読む側の好奇心を増大させる構成力は見事というしかない。 何百年経とうと色褪せない時代を超えた名作である。 連行される直前、疲れ果て眠ってしまったミーチャが見た童の夢。 農奴解放と共に訪れた混沌した当時のロシアを象徴してならない。 大審問官の章といい、この童の夢といい、 人間の内に眠る醜さをあぶり出す仕掛けにゾッとしてしまう。

    0
    投稿日: 2012.01.23
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    やっと読み終わりました……。予審あたりからようやく面白くなってきた。しかし登場人物の名前が頭に入らない。

    0
    投稿日: 2012.01.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    神についての解釈が主題の上巻とは打って変わり、中巻ではグル―シェニカという女性を巡る壮絶な恋愛譚と言ってよいだろう。 上巻でぎりぎりの均衡状態を保っていたものが中巻でのゾシマ長老の死、フョードルの殺害事件をきっかけに、一挙に崩れ去っていく。カタストロフィ。

    0
    投稿日: 2011.11.25
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    上巻の二等大尉の描写でも感じたのだけれど、あの「人に会った瞬間考えるたくさんのこと」が何度か出てきて印象的。主観と例えを踏まえていながらも頭に浮かぶ描写。 アリョーシャの悟りからドミートリイノの拘置まで激動のストーリー。 書き方は情熱的でありながら冗長・繰り返し過多とも感じられる。しかししつこくない。不思議。 下巻ではどんなクライマックスが!

    0
    投稿日: 2011.11.01