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移動祝祭日(新潮文庫)
移動祝祭日(新潮文庫)
ヘミングウェイ、高見浩/新潮社
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総合評価

64件)
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    文豪と言われるような人の自伝みたいなのを読むと、まぁ自由よなぁと感じたりもする。もちろんどこまで本音かとか事実を述べているかは本人しか分からんけど。 例えば子育てなんか、放置して毎日スキーしてみたり、猫が見てくれてるから大丈夫と言ってみたり。いや昔はそんなもんだなのか、奥さんからは苦情が来るのか。やっぱ後者かな。。 とりあえずヘミングウェイに個人的な思い入れがなくても往時のパリの雰囲気がわかって面白い。概ね飲んでるわけね。 そしていつも思うに、西洋人は便所の扱いが適度よな。。

    0
    投稿日: 2025.10.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    若き駆け出し作家になろうとする頃のパリ在住の日々。晩年、死を目前に完成したヘミングウェイが思い出を綴ったもの。 移動祝祭日というタイトルの印象に比べると、内容は純粋で真面目で慎ましい暮らしぶりである。当時は1920年代の華やかな戦間期であって、文人や画家のきらめく才能たちと交流できたのは確かなのだが。その退廃的な気分に毒されるまでの、素朴で幸福な時代を綴ったのだろう。 解説に種明かしがあり、実際とはいささか違うとの指摘もある。それを読んでもなお、ヘミングウェイという若者の純粋さ素朴さに感じるところのある作品だった。

    0
    投稿日: 2025.08.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    これは面白かった。想像していたより読みやすかった。 若き頃のヘミングウェイの目線をそのまま体感できたようだった。 個人的には、パルムの僧院に対する感想が自分と似ていて面白かったし、ヘミングウェイがそう感じたなら、自分の感性は正しいんだと少し自信にもなった。 ヘミングウェイという人物や作品をもっと知った上でこれを読んだら面白いと思う。まだ老人と海しか読んだことのない自分は、この作品を満足に楽しめはしなかったと思うが、それでもお酒を呑んでどこか自由に暮らす姿は痛快さもあった。 もっと本を読んで、色々なところに旅をしないといけないな。それで何かを得るとかではなく、本気で楽しく幸福を感じる事が大切なんだ。ヘミングウェイの作品を読んでから、またこの本を読んでみたい

    0
    投稿日: 2025.07.01
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    ヘミングウェイがパリで過ごした青春時代の 自伝的作品。 いやーーー。 今でいったら偉大な画家や作家たちが無名の頃から集まっていだ当時のパリ。 ダリとかミロとか、すでに有名になっていたピカソとか、、ヘミングウェイもその芸術家たちの中で刺激を受けつつ、カフェでお酒を飲みなが執筆をしていたのかと思うと、ゾクゾクが止まらない、、 そして、パリの当時の素敵なカフェとか、シルヴィア・ビーチが運営する本屋さんとか、その他古本屋さんの描写、美味しそうなお酒の数々。 夫の薦めで読んでみたけど、本当に良かった。 本を開けると1920年代のパリという別世界に飛んでいけるのが幸せだった。 高見浩さん翻訳もすっごい読みやすいし、訳註まで分かりやすくてスラスラ読めるし、最後の解説も素晴らしかった。 パリは一度住むと、後から違う場所に住んでも、ずっとその人についてくる。 「移動してくる饗宴」のようなパリ、という意味での「移動祝祭日」。 タイトルも完璧。 そしてこの読了後にミッドナイト•イン•パリを観るのが楽しみ。 もっと、誰が誰か分かるようになってるのが面白いだろうな〜!

    0
    投稿日: 2025.06.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    個人的にはあまり。「老人と海」もハマらなかったのでわたし向きではないのではないか。 書き出しだしだけは好き。 ヘミングウェイ周辺の人間関係も知らないので文学知識が必要なのかもしれない。 また、いつか気になったら読みます

    0
    投稿日: 2025.05.15
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    1921-26年、ヘミングウェイ22-27歳。21年暮に、新妻ハドリーとともに、パリに移住。最初は記者の仕事をもっていたが、その後はフリー。カフェやホテルで小説を書く毎日。 ガートルード・スタイン、ジェイムズ・ジョイス、エズラ・パウンド、スコット&ゼルダ・フィッツジェラルドとの交遊も詳しく描かれている。ジョイスとパウンドには敬愛の念をもって、スタインとフィッツジェラルドについては感謝しながらも、幻滅の出来事も記している。 印象的だったのは、シルヴィア・ビーチが経営するシェイクスピア書店。英文の書籍をあつかっていたため、作家たちの交流の場だった。この書店がパリになければ、ヘミングウェイの未来も、英語圏の文学の現在も、いまとはかなり違ったものになっていたかもしれない。ヘミングウェイが借り出して読んでいたのは、チェーホフ、ドストエフスキー、ツルゲーネフ、トルストイ。ヘミングウェイの作品にロシア文学がどう影響しているのか、考えてみるのもおもしろい。パリの幸福な生活は1925年で終わりを迎える。その経緯にも触れている。 本書は亡くなる数年前の1957年から60年にかけて執筆され、没後3年後に刊行された。書名 “A moveable feast”は本人がつけたものではない。英語版と同時刊行されたフランス語版は“Paris est une fête(パリは祭り)“、こちらのほうが適題かもしれない。 (ウッディ・アレンは、本書にインスパイアされて、映画『ミッドナイト・イン・パリ』を制作した。あのなかの主人公、駆け出しの作家の視点はヘミングウェイのそれである。)

    1
    投稿日: 2025.05.11
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    パリ行きたい 笑 ヘミングウェイの直接的な表現で淡々と出来事や感じたことを書いているけど小説と違って「創作」に対する考え方と「人から与えられる影響」が書かれている文章は面白かった。パリ讃歌かと思いきや、必要以上にに誇張されていない点も面白い。けど、すごく好きな作品というわけではないかも。覗き見としては面白い 

    6
    投稿日: 2025.04.22
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    330P ヘミングウェイ (1899-1961)シカゴ近郊生れ。1918年第1次大戦に赤十字要員として参加、負傷する。1921年より1928年までパリに住み、『われらの時代』『日はまた昇る』『男だけの世界』などを刊行。その後『武器よさらば』、短編「キリマンジャロの雪」などを発表。スペイン内戦、第2次大戦にも従軍記者として参加。1952年『老人と海』を発表、ピューリッツア賞を受賞。1954年、ノーベル文学賞を受賞。1961年、猟銃で自裁。 移動祝祭日――回想のパリ by アーネスト・ヘミングウェイ、福田陸太郎 「わかってる。ぼくも、コンスタンス・ガーネットの訳を手に入れるまでは、何度も何度も『戦争と平和』を読みかけて、うまく行かなかったことを覚えているよ」 「その訳もまだ改良の余地があるそうだね」とエヴァンは言った。「ぼくは、ロシア語は知らないが、たしかにそうだと思う。でも、ぼくたちは二人とも、翻訳というものを知っている。それにしても、これはまったく途方もない小説になってるね。一番偉大な小説だと思う。何度もくり返して読むといい」 「きみは国籍喪失者だ。きみは土地とのむすびつきをなくしている。きみはつまらぬ奴になった。いかさまなヨーロッパの考え方が、きみを破滅させたんだ。きみは酒を飲んだあげく死んでしまうだろう。きみはセックスにとりつかれている。きみは働きもせず、むだ話をしてすべての時間を過ごしている。きみは国籍喪失者だ。わかるかね? きみはカフェーに入りびたっている」

    1
    投稿日: 2024.12.19
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    1920年代のパリが、若きヘミングウェイの視点を通して活き活きと描かれた作品。 またヘミングウェイ自身の回顧録としても面白く、ある種のエネルギーすらも感じた。 その後の人生とかも含めて寂しくも輝いている良い作品だった。 映画「ミッドナイト・イン・バリ」が観たくなる。

    1
    投稿日: 2024.06.07
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    文豪アーネスト・ヘミングウェイが何者でもなかった頃のこと。 愛する妻と、お金はないが幸せな日々を送るパリでの時間。 懐かしさと苦さと甘さが混ざった回想録。 100年前のパリをヘミングウェイが、フィッツジェラルドが、ジョイスが、ピカソが歩いて声を交わしていたんだな、本当に。 誰も拒まないパリの懐の深さを知った気分。

    0
    投稿日: 2023.12.27
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    面白かったです。ヘミングウェイの1920年代のパリでの作家としての修業時代、パリで暮らす文壇、画家達、ガートルード・スタイン、フィッツジェラルドとの交流が描かれています。また、最初の妻との破綻と二番目の妻となるポーリンファイファーとの三角関係で悩むヘミングウェイがさらっと書いています。

    0
    投稿日: 2023.12.19
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    老いたノーベル賞作家が、若き日の海外生活をノスタルジックに振り返る。売れない作家の苦しみ、貧乏、焦燥感が生き生きと伝わってくる。

    0
    投稿日: 2023.07.13
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    フィッツジェラルドが自分の性器が小さいかもってヘミングウェイに相談して、一緒にトイレに行って確認してもらってもまだ不安が続き、連れ立って今度はルーブルの彫刻を見に行く編が二次創作みたいでウケる。

    1
    投稿日: 2023.05.06
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    https://tricolorparis.com/paris-blog/french-film/midnight-in-paris/ 観賞後すぐ、私はヘミングウェイの「移動祝祭日」を読み直しました。パリでの暮らしが描かれているこの作品は映画と重なる部分が多く、特にフィッツジェラルドとの関係性など、以前とはまた違った角度から楽しむことができました。タイムトラベルの待ち合わせ場所である「サン・テチエンヌ・デュ・モン教会」は、ある意味マイナーな教会なので、なぜ選ばれたのか不思議に思っていたのですが、「移動祝祭日」の初っ端に登場することが分かり(すっかり忘れてた)思わず納得の声が漏れました。こんな風に、知っていると思っていたことすら、新しい目線でもう一度見直すことができ、ひとつの作品からまた別の作品へと、数珠つなぎに知識や世界が広がっていくという、映画体験の醍醐味が『ミッドナイト・イン・パリ』には詰まっています。

    1
    投稿日: 2023.02.20
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    序文から心をわしづかみにされた。 若い頃、ほんのわずかな間、パリに滞在したことがある。帰国後もしばらくの間は、熱にうかされたように、パリでのことを思い返せずにはいられなかったから。 無駄のない文章と鋭い観察眼で、ヘミングウェイがいた1920年代のパリと、同時代に生きた作家たちの飾らない様子が描かれており、最後まで興味深く読めた。 この作品はヘミングウェイの死の一年前に完成したそう。その後、猟銃での自死を選んだヘミングウェイ。そんな単純なことではないのかもしれないが、やはり人は死ぬ前に一番幸せだった時のことを思い出さずにはいられないのだろうか…等々、老いることについても考えさせられた。

    0
    投稿日: 2023.02.11
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    ヘミングウェイを初めて読んだ一冊。 きっかけは、シティ•オブ•エンジェルの冒頭で、ニコラス•ケイジ演じる天使?が天使の溜まり場である図書館で、読書中の人の後ろから、覗き込んで読み上げるシーンの一説が気になったから。 ここで、読み上げた一節を調べると、この小説に行き着いた。 ヘミングウェイとしては、晩年の作品。 若い頃のフランス•パリで恋人と過ごした時のことを書き留めたい衝動から作り上げたのではないかと推察。 多少、小説ならではの誇張もあると思うが、基本的には、元恋人と思い出を確かめながら描いた作品 (事実、執筆時に電話で当時のことを確認していたとのこと)。

    0
    投稿日: 2023.01.07
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    NHK Eテレ「 100分de名著」2021年10月号で取り上げられた作品で、ヘミングウェイの事実上の遺作です。 年を跨いで読了したことからもわかるようになかなかその世界に入って行けませんでした。 ヘミングウェイの周りには本人も含めて銃で自殺した人がとても多いことが分かりました。 アメリカ

    1
    投稿日: 2022.08.21
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    ヘミングウェイの集大成ともいえる作品。2冊目にこの本を選んだのは順序的におかしいかもなと思ったけど、多分これから著書を読むにあたって理解の補助になるだろうと思い、むしろプラスになるのではないかと思ってみたりする。 やはりヘミングウェイの書く文章は明快で生き生きとしていて、さも自分自身がその世界に入り込んでいるかのように感じられて好きだ。もしかしたらリラでのエヴァン・シップマンのトルストイのくだりにあるように、翻訳者の手腕も一因としてあるのかもしれないが...。 この本を通じてエズラ・パウンドやスコット・フィッツジェラルドなどの著書も読んでみたいなと思ったし、リラにも行ってみたいと思った。私のやりたいことが増えたことが読んで得たものの中で1番大きいことだろう。 私にとってのa moveable feastは多分熱海だと思う。ただ、訪れた場所が少ないこともあり、比較対象が少ないため、これから色んな場所に行って、真のa moveable feast見つけたいな。

    1
    投稿日: 2022.07.09
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    「その昔、私たちがごく貧しく、ごく幸せだった頃のパリの物語である」 作家としての活動をはじめた20代前半、妻ハドリーとのパリ滞在記であり、事実上の遺作にあたるという若き日の回想録。300ページ弱。実在の登場人物などを捕捉する注釈を豊富に掲載する。 作家として身を立てるため、芸術家が集うパリに移住し、新聞の特派員のような活動で生計を立てながら専業作家へと移行していった時代を思い返しながらのエッセイのような作品となっている。パリの芸術家コミュニティでの他の芸術家たちとの交友録も兼ね、おおむね、誰それに会った、どこそこの店に行った、何を飲み食いした、芸術論など、そんなことが綴られている。終盤の70ページ以上はスコット・フィッツジェラルド夫妻との交流だけに紙幅が費やされており、著者にとって重要な出会いであったことを窺わせる。 全体にやたらさっぱりとしてとっかかりがない。感想としては、あとで本作を読んだこと自体を忘れるだろうと思えるぐらい印象が薄い。私の知識不足以外に、芸術家コミュニティでの交わりやそこでの議論といったものにたいして、個人的にあまり好感や興味を覚えないことも心に響かない一因かもしれない。著者についてひとつ思ったのは、自ら芸術家であることを選びながらも本来は報道指向だったのではないかということ。

    10
    投稿日: 2022.06.05
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    自死の1〜2年前のヘミングウェイが、20代で文学修行をしていたパリ時代を回想するエッセイーーなのだが、一編一編がほとんど優れた短編小説を読むような趣がある。相変わらず削ぎ落とされたシンプルな文章であるが、奥深くからじんわりと、修行時代の文学への渇きや、最初の妻・ハドリーへの愛が立ち現れるような読み味。もちろん、スタインをはじめとする数々の著名人との交流も描かれるし、「ロスト・ジェネレーション」という言葉の由来も明らかになっている。中でもフィッツジェラルド夫妻との交流には3章も割かれており、読み進めると、内側にいるヘミングウェイは大変なんだろうが、外から見る分にはかなりユーモラスで、良い。子供っぽい我儘を繰り返す、ほとんど神経症的なスコットとのドライブにうんざりした後、『グレート・ギャツビー』を手渡され、一読した時の感想など胸を打つ。「最後まで読み終わったとき、私は覚ったのだった、スコットが何をしようと、どんな振る舞いをしようと、それは一種の病気のようなものと心得て、できる限り彼の役に立ち、彼の良き友になるよう心がけなければならない、と。」 細かいことですが、註がとんでもなく丁寧で親切なおかげで、読んでいて固有名詞のオンパレードでもほとんどストレスがなかった。愛のある本である。しかし、ヘミングウェイの自死は精神的・肉体的に病魔に蝕まれてのことだったかと思うが、その苦境の中でこんなにも精彩のある散文が書かれたかと思うと驚く。文体は決して、最後まで彼を裏切らなかった。

    0
    投稿日: 2022.03.10
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    虚実ないまぜの回顧録。小説としておもしろいかというと微妙なところ。事前情報がない方がいいです。なんか事実ねじ曲げてる感が強くなってしまう。でも、ウッデイ・アレンの映画「ミッドナイト・イン・パリ」はちょうどこの頃のヘミングウェイを模写していると思うのでイメージの助けにはなりました。

    1
    投稿日: 2021.11.27
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    1920年代のパリの雰囲気を感じられた。もっとヘミングウェイを読んでから、この本を読んだ方が楽しめるのかもしれない。フィッツジェラルドとのやり取りは映画になりそうだなと楽しく読んだ。

    1
    投稿日: 2021.11.11
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    大昔、まだ20代の頃旧訳を買ったが、どうしても一冊読み通せなかった。しかし今回、青山浩の新訳を古本で見つけて読んだら、あっさり読めた。 冒頭の章、パリのお気に入りのカフェで若き日のヘミングウェイが短編を書くところが好きで、そこだけは昔から、何十回も読んでいる。 昔読んだ時は、若き日のヘミングウェイに感情移入していたわけだが、今はこの本を書いた年代のヘミングウェイの視点で読む。悲しい。読み通せたのは、そのせいかもしれない。 スコット・フィッツジェラルドに関してはひどい書きぶりで気の毒になるが、確かに旅先で病まれた話を読むと、まあむべなるかなとも思う。 だけどリッツ・ホテルのバーで店員にフィッツジェラルドのことを尋ねられて「長編の傑作を二つ書いている、未完の長編も完成したら傑作になっていただろうと言われている」と答えている。その才能を認め、畏怖していたことは間違いないだろう。

    2
    投稿日: 2021.11.07
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    NHKの100分de名著「ヘミングウェイ・スペシャル」に合わせて購入。 放送終了とほぼ同時に読み終えた。 予備知識なしでは少し読むのが大変だった。 フィクションのようでフィクションでない。不思議な回顧録です。

    1
    投稿日: 2021.10.31
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    このレビューはネタバレを含みます。

    前半は余り面白く無かったですが、フィッツジェラルドの辺りは楽しく読めました☆ただ、二番目の嫁さんを完全に悪者に仕立て上げていた点は若干どうかなと思いましたが(^^;)。 アメリカのドルが急速に価値を高めていく中、アメリカ出身の芸術家たちがこぞって物価の安い(でも文化レベルは非常に高い)フランスに集まっていたんだなあという事を感じる事が出来、歴史的にも価値のある作品だと思います♪

    0
    投稿日: 2021.03.18
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    ミッドナイトインパリ→シェイクスピア書店→夜はやさし…ときて、20年代パリの鉄板エッセイにたどり着く。石井好子さんが描くのより30年前。映画【ムーラン・ルージュ』の30年後。 「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、 パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ」  暮らすどころか訪れることすら42歳までできなかった私だけれど、パリには恋するしかない。これらの本とか映画の力を借りて、ますます。  シェイクスピア書店を創設したシルビア・ピーチにフィツジェラルドに…総出演の一冊!

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    投稿日: 2021.01.17
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    芸術家が集う1920年代パリの活気を綴ったメモワール。決して、青春の群像劇ではない。堕落する者もいるパリで、数々の出会いが交錯する。それが作者の才能を刺激し、逞しい創作意欲を育んだ...“祝祭日”とは喝采を浴びた者だけに許される慰めの軌跡ではなかったか...

    0
    投稿日: 2020.12.05
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    気軽に読めたしフランス生活とかワインとか興味深かった。 出版時に物議を醸したであろう内容というのもわかるけど、死後の出発だからどこまで本人は出版物として出すつもりだったのか、出版社が意図的に変更したところやら削ったとこもあるとか無いとかで、本人が仕上げてたらどうだったであろうかと思う。 ただやっぱり通して読んだ回想としてもベッドでちょっと読むとか、誰か待っている間に読むとかするのにちょうど良い章の長さや口調だったな。

    0
    投稿日: 2020.12.04
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    彼の最後の作品。1961年自殺してしまう年に書き上げた。 最初の結婚(4回もしている!)相手ハドリーとのパリでの思い出をエッセイを越えた芸術論、創作論に表しているもの。 作品が売れ始める(認められる)までのみずみずしい感性があふれるように書かれてあり、引き込まれてしまう。いかにしてヘミングウエイになったか。 1921年から1927年までのパリにいる作家達とのやりとりが実名で出てくる。フィッツジェラルドの章など興味津々。 もちろん創作、誇張し過ぎ部分もあるという。 そうだろう。思い出は切なくも美しいのだ。 しかし、翻訳で読んでも文章がいい。やっぱり本当の作家だ。

    1
    投稿日: 2020.08.19
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    ミッドナイトインパリを観返したくなる。猛烈にって程ではないんだけど、パリの街でヘミングウェイとハドリーに想いを馳せながら時を過ごしてみたいと思う。

    0
    投稿日: 2020.02.04
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    « 幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこで過ごそうとも、パリはついてくる。パリはParis est une fête (移動祝祭日) だからだ。 » 彼の冒頭の言葉がすごく心にしっくりと来て読み始めた本。わたしにとっても、パリは移動祝祭日だなあ、と思う。偶然にも、わたしが今住んでいる場所が、彼がパリで始めて暮らした場所と同じ地域。通り、カフェ、全ての場所に馴染みがあってとても感慨深い気持ちで読んだ。 とにかく描写が鮮やかで、読みながら頭の中で、ひとつひとつのシーンをとても簡単に鮮明に描けた。 フィッツジェラルドとゼルダとの話が特に面白かった。

    5
    投稿日: 2019.06.27
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    映画「ミッドナイト・イン・パリ」、すごく面白かったので、友人に薦めたんです。 友人も面白かったらしく、今度は、この本を読んでいると教えてくれました。  じゃぁ〜 私も読んでみよう!  ⇒ URLはこちら http://sea.ap.teacup.com/pasobo/1391.html 『2012/6/13 「映画「ミッドナイト・イン・パリ」を見る」』 :  〜 Myブログ「パそぼとベルルのあれこれフリーク」 かの有名なヘミングウェイの本を読むとあって、ドキドキ・ワクワク! 本を借りるときに気づいたが、ヘミングウェイの名は知っていても、読む人は殆どいないということ。 「老人と海」とこの本(教えてくれた友人)しか、借りている人がいない。 そして、読み進むうちに、この本も、いい加減で飽きてきた。  日常の細々としたことが綴られているが、どうにも魅力を感じない。 映画でも、主人公は30年台に憧れているが、30年代の人はもっと昔に、その人達は更に昔に憧れている。 自分の暮らしている時代として体感すると、いつの時代も輝いているとは言えない・・・ということだろう。 それなら、もっと輝いている本を読むことにしよう! 2012/6/30 予約 7/1 借りる。 7/2 読み始める。 7/18 途中でやめる。 内容と著者は 内容 : 1920年代、パリ。未来の文豪はささやかなアパートメントとカフェを往き来し、執筆に励んでいた。 創作の苦楽、副業との訣別、“ロスト・ジェネレーション”と呼ばれる友人たちとの交遊と軋轢、そして愛する妻の失態によって被った打撃。 30年余りを経て回想する青春の日々は、痛ましくも麗しい―。 死後に発表され、世界中で論議の渦を巻き起こした事実上の遺作、 『満を持して新訳で復活。 -------------------------------------------- ☆ 参考 この本の前の版、1990/7/13出版の本の解説 出版社/著者からの内容紹介 内容(「BOOK」データベースより) 「パリは移動祝祭日だ」という言葉で始まる本書を1960年に完成し、まもなくヘミングウェイは逝った。 「20年代のパリ」を背景に、スタイン、フィッツジェラルド、パウンド、ジョイスらとの交友、小説修業の日々…。 「失われた世代」(「ロスト・ジェネレーション」)の青春を追想した不朽の名作。 著者 : ヘミングウェイ,アーネスト 1899‐1961。シカゴ近郊生まれ。1918年第1次大戦に赤十字要員として従軍、負傷する。 ’21年より’28年までパリに住み、『われらの時代』『日はまた昇る』『男だけの世界』などを刊行。 その後『武器よさらば』、短編「キリマンジャロの雪」などを発表。 スペイン内戦、第2次大戦にも従軍記者として参加。 ’52年『老人と海』を発表、ピューリッツァ賞を受賞。’54年、ノーベル文学賞を受賞。’61年、猟銃で自裁 訳者 : 高見 浩 東京生れ。出版社勤務を経て翻訳家になる。

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    投稿日: 2019.01.12
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    みんなロストジェネレーションよ、という言葉をヘミングウェイに送った女史など、パリで出会ったアーティスト達との交流記。

    0
    投稿日: 2018.12.03
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    往来堂書店『D坂文庫2012冬』から。 文豪が若き日々をパリで過ごした時の回想録。当時の暮らしぶりや交友が赤裸々に語られていて、大文豪も所詮"男"だったんだなぁと、その存在が少し身近になった。それにしても、スコット・フィッツジェラルドとのことを描いた部分は出色。これだけで短編小説として楽しめる。 それから、もうひとつ。これから絵画を観るときは空腹にしよう。

    0
    投稿日: 2018.11.18
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    過去の読書会課題本。著者が晩年にパリで過ごした若き日の思い出を書き溜めていたものを、その死後、妻が中心となって編集・出版したというモノ。ヘミングウェイの人柄などが見え隠れする部分が多く、そこは面白く読めた。

    0
    投稿日: 2018.04.25
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    ヘミングウェイが1920年代にパリでの修行生活を振り返ったメモアール. 晩年の作品なので多分に美化はあるだろうがベルエポックを体現したような回想録. 私は諸事情に詳しくないのでほとんどの登場人物は知らないが,フィツジェラルドは知っている.この本に出てくる彼はとんでもない.日常からラリっているような感じ.実に嫌. 私はヘミングウェイの世代になんの共感もないが、やっぱりパリというのは実にその何というか魅力的な街.20年代でない今でも歩く楽しみのある街.あの街で仕事ができるというのはやはり羨ましいところがある. 私の周りにいるパリで若い頃を送った人たちを見ていると,世代がずいぶん違うにもかかわらず何か共通のものを持っている気がする. 永きにわたったヘミングウェイ読破もこれで終わり.共感の少ない読書だったがちょっとは寂しい.

    1
    投稿日: 2017.11.03
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    「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らす事ができたなら、その後の人生をどこですごそうと、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ」 という冒頭のエピグラフで有名なヘミングウェイの遺作。以前から気になる本であったのだが、品切れ状態となっていた。新訳で、文庫で出たので早速、読んでみる。 20年代のパリという伝説的な都市と伝説的な芸術家たち。そして、貧しくも、芸術を志す青年と新婚の夫婦の美しい愛。カフェ、レストラン、リゾートなどなどの風俗の記述。様々な芸術家達の姿の辛口の描写。 もう、絵に描いたような「修業時代の芸術家の貧しいけど、幸せな日々」の話である。そして、その美しい日々は、作家としての成功とともに、やってきた「リッチな連中」の侵入によって終わる。 「若くて幸せな日々」を描きながら、61才で自殺した作家の胸中には、どのような思いがよぎっていたのだろうか? という作品の背景から必然的にやってくるセンチメンタリズムは抜きにしても、なんだか、とても切ない気持ちにさせる作品である。

    0
    投稿日: 2017.05.02
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    ヘミングウェイがカラマーゾフの兄弟を読めなかったというのが書いてあって面白かった。ミッドナイトインパリをもう一回観たいな。

    0
    投稿日: 2017.02.06
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    お決まりぽいですが、『ミッドナイト・イン・パリ』繋がりで読んだら面白すぎて一気読み。ヘミングウェイが辛辣すぎて笑えて仕方ない。文学に真面目でひとを作品で判断するところとかどこかの誰かみたいで、可笑しかった。こういう男が好きだ。1920年代の狂騒の時代といわれたパリにたくさんの作家たちが集ったのは、アメリカがピューリタン色が強かったせいもあると思うけど、パリに行ったらなにかかわるのかもと思わせるものがあるのかも、昔も今も。短編集を読もう。

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    投稿日: 2017.01.11
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    A moveable feast ・シェイクスピア書店 シルビア・ビーチ ・セーヌの人々 ・偽りの春 レストラン・ミショー ジョイス夫妻、ノラは小食ではないが、淑やかに食べる人だった。息子のジョルジョ、ルチア、一家はいつもイタリア語で語り合っていた。

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    投稿日: 2016.05.03
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    「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこで過ごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ。」 私も若い頃パリで暮らした経験があるので、この表現にはまったく同感。ヘミングウェイが、パリを離れてかなり経ってから書き残したエッセイ集。同時多発テロに揺れるパリで、本書は再び話題になっているという。フィッツジェラルドの別の一面を垣間見たりできるのが魅力のひとつ。巻末の年表に続く訳者の解説も秀逸。

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    投稿日: 2015.12.25
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    最初の数編は偏屈なパリの芸術家たちのエピソードとして無類の面白さだが、後半に差し掛かると反省の色が濃く、自尊心の塊に対峙するこちら側の体力が試され、読み進めるのが辛かった。しかしながら、エズラ・パウンドやガートルード・スタインとの会話は面白く、このような簡素な文章に凝縮させる作家の力量に驚かされた。(死後出版ゆえ、文章に他人の手が入っているようですが。)

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    投稿日: 2015.01.12
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    024 ウディ・アレン監督の「ミッドナイト・イン・パリ」が面白かったので、あの情景を違った観点から愉しみたいと想い購入。 私は小説が苦手(力の入れどころが分からず、読み終わった後に「自分はこの本から何を感じ取ったのか」というやるせなさが残るから)なのだが、このエッセイ集は面白かった。内容どうこうというよりも雰囲気を楽しむ小説なのかも知れない。

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    投稿日: 2014.12.29
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    アーネスト・ヘミングウェイ22歳。新妻ハドリーを伴い、文学修業のためパリに渡ってからの思い出の日々を綴った青春回想エッセイです。ヘミングウェイの死後、発表されたものとのことです。 「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。パリはどこへでもついてくる魂の饗宴=移動祝祭日だからだ。」 1920年代パリ。第一次世界大戦が終わった後のパリは、次世代の新しい芸術を志す者が集まり、様々な才能が競い合う芸術の都であった!パブロ・ピカソ、ジャン・コクトー、ガートルート・スタイン、ジェイムズ・ジョイス、エズラ・パウンド、フォード・マドックス・フォード、エヴァン・シップマン、スコット・フィッツジェラルド・・・。 名がまだ売れていない若き日のヘミングウェイは、つましい生活を送りながらも、こうしたパリで文学を志し、文学サロンでの多彩な芸術家たちとの交流、美術館訪問、貸本屋で借りる文豪たちの小説、カフェでの執筆とさまざまな出会いを通して、その文学才能を開花させていった。それに、お腹をすかせながらもパリで興ずるボクシング、競馬、カフェでのワイン、高級でないフランス料理、そして妻との新婚生活! まさにヘミングウェイにとっての青年時代の祝祭の日々が、当時を思い出しながらの会話やシニカルな観察眼を踏まえた文章力にて絶妙に再現され、それらに思わず笑みがこぼれます。また、当時に交流していた「自堕落世代」の芸術家たちへのどちらかといえば厳しくあからさまな批評・批判の数々は、読者にはとても面白いのですが、これは当時の文学界に波乱を巻き起こしたのではないかなあ。(笑)特にフィッツジェラルドとの破天荒な会話や2人珍道中は映画になっても面白いかもしれない。いや、それよりもこの『移動祝祭日』自体、映画でも相当面白くなるだろう。 青年時代の苦くもきれいな思い出に彩られたパリでの生活。解説を読むと、祝祭の記憶をこのような形で封印したかったヘミングウェイの想いが伝わってきて、羨ましくも物悲しい気分にさせられました。 パリ!そこは一度は暮らしてみたい憧れの都。しかし、祝祭の日々は若い時代に味わうものなんですね・・・。あ~ホントに限りなく羨ましい。魂だけは若返らせ、自分も一度は暮らしてみたい!

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    投稿日: 2013.11.24
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    「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ」という、ヘミングウェイ自身の言葉が題辞として付されている。見慣れないタイトルは、この言葉からとられたらしい。本来はキリスト教の用語で、クリスマスのように日にちが特定されておらず、その年の復活祭の日付に応じて移動する祝日のことだという。 その言葉通り、祝祭的な喜びに溢れた若い物書きのパリ暮らしが、リリカルに清新の気に満ちて描きだされている。舞台となっているのは、1921年から1926年にかけて。最初の妻ハドリーと共に安アパートで小説家修業をしていた当時を、後に思い出して綴ったものである。発表されたのは、死後であったため遺作とされた。 作家自身が、フィクションと見なしてもらってかまわないと書いているように、すぐれた短篇小説を読んだあとのような余韻が残るが、おそらくそのほとんどは事実にもとづいていると思われる。もちろん、四半世紀も昔のことである。しかも、老いをむかえて心身ともに下降状態に入っていた作家が、青春時代をすごした異郷での日々を回想したものである。そこに、記憶の美化や、またその逆に劣化がまじりこんだとしても誰がそれを責められよう。 ガートルード・スタイン女史やスコット・フィッツジェラルドとの交友について書かれた箇所には、その後のいろいろな経緯から見て割り引いて読まねばならぬような部分もあると想像される。概して人の好き嫌いははっきりしているようで、虫の好かない相手にはけんもほろろ。その反対に敬愛する友人や仲間には溢れんばかりの好意を示している。特に、シェイクスピア書店の店主シルヴィア・ビーチ、エズラ・パウンド、それにジェイムズ・ジョイスについて触れた部分からはヘミングウェイの真情がよく伝わってくる。 なんという華やかな時代だったことだろう。スタイン女史のサロンを介して、ピカソをはじめとする画家やパウンド、エリオットなどの詩人、作家仲間の刺激を受けながら、小説家修業ができるなんて。他の出版社が断ったジョイスの『ユリシーズ』を出版したのが、シェイクスピア書店だった。ヘミングウェイもまた、シルヴィア・ビーチに多くを負っている。ヘミングウェイとフィッツジェラルドのリヨン行きの膝栗毛など、苦い味わいもまじるものの、どこか微笑ましい。ブリクセン男爵やアレイスター・クロウリーといった有名人との出会いも、当時のパリならでは。 しかし、この作品のよさは、なんといっても徒手空拳の若者が、食うに事欠く日々のなかで、仕事場にしているホテルの寒い部屋や街角のカフェで、ノートを前に鉛筆を握っている姿が、冬枯れのパリの寒々とした佇まいのなかに、或はまた、春を迎えたセーヌの岸辺に、あざやかに浮かび上がってくることに尽きる。事実はここに書かれているほど金に困っていたわけではないらしい。要は、ヘミングウェイが自身に課した生活の掟だったのだろう。一篇の短篇を書き上げた後に口にする一杯の酒の美味そうなこと。 生涯に何度も離婚再婚を繰り返した作家は、その最晩年に、若き頃パリで共に暮らした最初の妻ハドリーとの愉しい日々を思い出していたのだろう。過去を懐かしむ哀惜の念が思い余って余情たっぷりの叙述を生んだ。次のような文章は、どうだろうか。 「この街がにわかに哀調を帯びるのは、冬の最初の氷雨が降りはじめる頃だった。道行く者の目にはもはや白く高い家屋の屋根は映らず、ただ濡れた黒い舗道や小さな店舗の閉ざされた戸口しか映らないその道筋には薬草店、文房具店や新聞販売店、それに二流の助産婦の家やヴェルレーヌが息を引きとったホテルなどが並んでおり、そのホテルの最上階の部屋を私は借りて仕事場にしていたのだった。」 佐伯祐三描くところのパリの裏通りを髣髴させる風景画が適度に感傷性を加味した筆でスケッチされている。しかし、この当時作家がものにしようと苦慮していたのは、形容詞を極力省いた無駄のないスタイルである。このストイックな文章作法は、カフェの片隅で空腹とたたかいながら身につけたものであった。このとき書いていたのが、のちに『われらの時代』に収められる短篇であったことが、その書き振りから想像できるのも読者としては楽しい。 旧訳と比べれば読みやすい現代日本語になっているが、あのヘミングウェイが「金」にわざわざ「お」をつけて「お金」と言ってみたり、店に入ってきた娘のことを「若い女性」と書いたりするだろうか。小さなことだが、気になった。できれば柴田元幸訳で読んでみたいと思った。

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    投稿日: 2013.10.23
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    若き日のパリ。そこに集まる人々。 名声を確立しても、二度と手に入れることはできない、眩しい思い出。 それは、時間が経つほど、自分の中でさらに美しくなる。 少しせつなくなった。

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    投稿日: 2013.09.15
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    彼がなぜ、この本を書いて死んだのか、わかる気がした。彼は誰のためでもなく自分の心のひだがもっとも美しく活発だった頃を、不完全であれ目に見える器に写しておきたかったんだ。

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    投稿日: 2012.08.24
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    人生の最後に過去を思い出して書いた日記のような作品。ヘミングウェイを知らない人にはお勧めできません。しかし、ヘミングウェイのファンにはその人生について考えさせられるものがあります。

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    投稿日: 2012.07.05
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    恥ずかしながらヘミングウェイの作品を初めてきちんと読んだ。 The Greatest Authorと呼ぶに相応しい巨匠であり、世界の愛読者がパパ・ヘミングウェイと敬愛する存在なのは読んでいなくても勿論知っていた。その大作家が若く無名な一時期、パリで過ごした時代の回顧物語だ。一読して私が驚いたのは、これほどの大物が貸本屋の会費も払えず、毎日腹を空かせ、パン屋やカフェの食べ物の匂いを避けるためにあえて公園の中をうろついて空腹を紛らわせていた、というようなエピソードだ。 戸塚真弓さんのパリの街にまつわるエッセイを三冊ばかり読んだうちに、チェルリー公園を歩きながらパリで暮らし小説家を志していたヘミングウェイが、いろいろ苦悩していた想いを偲ぶというくだりがあった。それを読んではいたけれど、先年チェルリー公園を訪れたときどうしてもこの公園とアメリカ文学の巨匠とのイメージが重ならなかった。 第一次大戦の直後の1920年代、パリにはアメリカ人の音楽家や作家など「パリのアメリカ人」だとか「ロスト・ジェネレーション」と呼ばれる一群の若者がいた。映画音楽の大家コール・ポーターや『華麗なるギャツビー』のフィッツェラルドで、後に『老人と海』で一世を風靡することになるヘミングウェイもその一人だ。この本と、たまたまほぼ同時に観たウッディー・アレンの映画『ミッド・ナイト・イン・パリ』でそのことを知った。どうして彼らは母国よりパリを活動の場として選んだのだろうか。あるいは逆になぜパリは多くの優れた芸術家を育み送り出しつづけているのだろう。 ともかく、この物語(あえて物語といいます)の中で自伝的に語られる「貧しく腹を空かした」無名時代の大作家が創作に苦悩する姿は、それだけでも読む者の胸を打つ。貧しい彼から会費を取ろうとせず、終始支援し続けたシェイクスピア書店の女店主(同書店の貸出本で世界古今の読み物を無名時代の彼は仏語圏にありながら母国語で望むだけ読むことができたのだ)。次の大戦末パルチザンの一員としてパリ入城後真っ先に突入し、「ナチスから解放」したのがそのシェイクスピア書店だったというエピソードなど誠に真っ当に感動物語ではある。しかし、巻末に収められた「解説」を読むと、成功物語の感動は複雑な思いに変わっていく。その中では当時一人目の妻であるハドリーと暮らしていたヘミングウェイは、地方紙の特派員としての安定収入を捨て創作に専念しようとしたことは事実だが、妻のハドリーは大資産家の娘であり、そのときすでに相続していた財産の利息収入だけで当時の平均的パリ市民の年収の十倍に匹敵していたと暴露されてしまっている。彼ら夫婦が実際に質素極まる暮らしぶりだったことも事実であるらしいが、それは「強いられた」貧しさではなく「自ら望んだ」ライフスタイルであったことが解説されている。だから、就職氷河期にフリーターやニートか、良くてもワーキングプアたることを運命づけられた現代日本の「ロス・ジェネ」たちと、元祖「ロスト・ジェネレーション」とよばれた1920年代のパリのアメリカ人たちとは、見かけ上自堕落な世代であること、前の世代の権威も価値も心の底から嫌悪していることなどの点においては共通しているかもしれないが、根本のところで全く違うと言えるだろう。 中学の歴史で「第一次大戦後米国は債務国から債権国に転じた」と教えられたとき、「サイケンコク」って一体なんだ、それがどーしたというんだと思った疑問が、今なら解る。毎月毎月マンションと車のローンを私は払っている。利息を払うためだけに働いているとさえ言える。夢見るのは宝くじで3億とか当てて、その利息だけで生きていけたらどんなにいいだろうということだ。 ここで債権国から来た資産家の夫ヘミングウェイの話に戻ると、解説では触れられていないもうひとつの事実に私は注目する。この『移動祝祭日』が書かれたのは1960年。翌61年に猟銃自殺を遂げた彼の実質的な遺作であるのだ。本邦のノーベル文学賞作家2人中1人も自死した。ヘミングウェイの場合も何故というのは、薄学の私には測りかねる。ただ、私にも言えるのは、この一冊は功なり名遂げた60歳のノーベル文学賞作家が、人生の最後に自身の若き日はこんなにも貧しく美しかった、そう描きたかったということであり、彼が遺した作品以上に、彼自身の人生そのものが偉大な物語であったといえる。偉大な作家の人生を自ら生きたのがヘミングウェイだったのではなかろうか。 私はそれを「演じた」というような軽いものではなく、彼が偉大と信じた人生を最後の瞬間まで貫こうとしたという、けっして軽くはないものだったと信じる。

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    投稿日: 2012.06.17
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    一言でまとめてしまえば、「その昔、ごく貧しく、ごく幸せだった頃のパリの物語である」という最後の一文が当てはまる。有名になる前の、1921年から26年までのパリでの生活を綴った本。実質的な遺作だという。 当初、ヘミングウェイは文学修行の場としてイタリアを考えていたが、シャーウッド・アンダスンに諭されてパリに住むことになった。書店兼図書室のシェイクスピア書店店主のシルヴィア・ビーチの厚意で、入会費もままならない状態のヘミングウェイは各国の文学作品に接することになる。 先日読んだ「シェイクスピア&カンパニーの優しき日々」の流れで読んでみようと思ったのだが、後半の三章はパリで出会ったスコット・フィッツジェラルドとゼルダ夫妻に割かれていて、たぶんここがこの本のハイライトなのだろう。 酒に溺れる生活から抜け出そうとするスコットと、逆に引き戻すゼルダ。世間の風潮にあわせて軽妙にアレンジするスコットと、その俗っぽさを批判するヘミングウェイ。注釈や解説も丁寧で、当時のパリの模様が頭に浮かんでくる。もっとも、「この本はフィクションと見なしてもらってもかまわない」そうだが。

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    投稿日: 2011.10.30
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    齢40過ぎにして、はじめてヘミングウェイを読んだ。時に狭小、時にフランク、そして万年腹ぺこボクサー。天才然としていない普通の人っぽくて好感が持てた。

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    投稿日: 2011.09.24
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    生前未発表で、1964年(ヘミングウェイは1961年に自殺)に発表された、 ヘミングウェイの事実上の遺作とされている本書。 「やるべきことは決まっている、ただ1つの真実の文章を書くこと、 それだけでいい、自分の知っているいちばん嘘のない分文章を書いてみろ」 を信条に、愛妻ハドリーとともに短編作家として駆け抜けた1920年代の回顧録です。 早朝からお決まりのカフェで執筆に没頭し、午後はハドリーとむつまじく過ごす生活。 そんな生活は質素だったが、彼らは幸福を存分に享受していた。 しかし、やがて注目を受け始めた彼は、「パイロット・フィッシュ」に導かれ、 この幸福な生活に幕を降ろすこととなる。 「日はまた昇る」「老人と海」などで名声を得た後、死の直前に、 このように幸福な情景を容易に想像させる回顧録を執筆できるということは、 彼にとってこの時期は、宝物のような位置づけになっていたのだろうか。 だとすれば、それを崩壊させたという「パイロット・フィッシュ」の存在には、 十分に注意を払いたい。(払えるものなのかはわからない。) 以前読んだ「頂はどこにある?」で述べられていた、まずは現実を直視し、 「真実は何か」を問うこと、これが大事なのかな、とも思った。 なお、「グレートギャツビィ」のスコット・フィッツジェラルドとの対話や旅行記は、 描いていたフィッツジェラルドのイメージ(何にも基づいていないが)を壊しました。

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    投稿日: 2011.07.31
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     毎日がお祭り騒ぎ。第二次世界大戦終了直後のパリは、アメリカ人のヘミングウェイにとって、まさに「移動祝祭日」でした。この本はヘミングウェイがパリ生活の折々に書き連ねた雑文を回想記としてまとめようとしていたもの。しかし本の完成を前に、ヘミングウェイは猟銃自殺を遂げてしまいます。その後メアリー夫人が中心となってなんとか形にしたもので、移動祝祭日というタイトルも「もし、きみが、幸運にも青年時代にパリに住んだとすれば、きみが残りの人生をどこで過ごそうとも、それはきみについてまわる。なぜなら、パリは移動祝祭日だからだ。」という文章からとられました。  この時期、アメリカから渡ってきた「異邦人」たちにとって、パリはパラダイスのような場所でした。第一次大戦後インフレが急速に進み、たった5年でドルは10倍近い価値を持つようになります。記者として赴任した当時貧乏だったヘミングウェイも、徐々にパリを楽しむようになり、周囲の芸術家たちと刺激的な日々を過ごしていたのです。  いまのパリは、当時とはずいぶん様変わりしてしまいました。しかし「花の都パリ」の神通力は決して衰えていません。ヘミングウェイの弁を信じるなら、できるだけ早い時期(若い時期)にパリを訪れるべきでしょう。その日から、自分にとっての移動祝祭日が始まるのですから。

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    投稿日: 2011.06.20
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    ヘミングウェイが最晩年にパリ時代を回顧した自伝というか交友録というか自伝的短編小説というか、まあ、どう読まれようと彼の巧さに変わりはない。「a moveable feast」というのは「パリ」の比喩。「牡蠣には濃厚な海の味わいに加えて微かに金属的な味わいがあったが、それを白ワインで洗い流すと、海の味わいと汁気に富んだ舌ざわりしか残らない」という意見には賛成出来ないけれど、そんなことは彼にもわかっていたはずで、よくもわるくも、それがヘミングウェイ。

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    投稿日: 2011.05.09
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    三連休が終わった。地下鉄の中で、Siri HustvedtのThe Blindfoldを読んでいた。地方からニューヨークに出てきた19世紀英文学専攻の女子大学生が、生活のために、不思議なバイトをするという出だしだ。彼女の英語は明晰で、とても読みやすい。 死んだ若い女の遺物についての観察をテープに吹き込むという奇妙なバイトだ。遺物が、本当の物になってしまう前に、その息吹を記録するという作業。囁き声でという注文。 The whisper is essential, because the full human voice is too idiosyncratic, too marked with its own history. I’m looking for anonymity so the purity of the object won’t be blocked from coming through, from displaying itself in its nakedness. A whisper has no character. (囁くことが大切なんです。人間のはっきりとした声はあまりに、その人固有のもので、声自身の歴史にようなものが刻み込まれています。対象の純粋さが、裸のままで、現れてくるのを妨げないために、私には匿名性が必要なのです。囁きには個性がありません。) 不思議なトーンが、今日の東京のぼんやりとした灰色に似あっているような気がした。 ヘミングウェイの移動祝祭日(movable fest)を、昨日の夜、読み終えた。 この無敵のタイトルには、昔から強くひかれつづけてきた。でも、読むのは今回が初めてだ。1Q84、グレートギャツビーとのChain Readingの中で、フィッツジェラルドの件が読みたかったのだ。ただ、題名ほどは、冴えた読後感はなかった。フィッツジェラルドに対する彼の記述には、Fairであろうとすることや、一種のinferiorityやら、負債感がブレンドされた奇妙な味わいがあった。 ただ、フィッツジェラルドの章の最初にエピグラムのように書かれた、ヘミングウェイの文章はとても美しく、その部分だけには、素直な、彼の感情が露出しているような気がした。 「彼の才能は蝶の羽根の鱗粉が綾なす模様のように自然だった。ある時期まで、彼は蝶と同じようにそのことを理解しておらず、模様が払い落されたり、損なわれたりしても、気づかなかった。のちに彼は傷ついた羽根とその構造を意識し、深く考えるようになったが、もはや飛翔への愛が失われていたが故に、飛ぶことはできなかった。残されたのは、いともたやすく飛ぶことができた頃の思い出だけだった。」(高見浩訳) 彼の文学的才能に嫉妬し、夫の失敗を求める妻ゼルダ。文学的創造の泉としてゼルダを必要としながらも、その無軌道さ故に、長編小説というものに代表される文学的達成から不可避的に排除されていくスコット。そういった無軌道な乱舞の中から生み出されたグレートギャツビーという古典。スコット・フィッツジェラルドの文学が、自分の作品よりも長い生命を持つことへの、苦い確信を持っていたはずのヘミングウェイのこの回顧録は渋滞し、混乱している。その中で、唯一、このエピグラフだけは、彼の純粋なスコット・フィッツジェラルドという作品への愛情に満ちているような気がする。

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    投稿日: 2011.02.19
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    「日はまた昇る」の短編集様な感じです。 ヘミングウェイの文体や傾向はつかめる様な気はします。 「老人と海」はまた別なので。一応w

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    投稿日: 2010.11.09
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    いちばん長い「スコット・フィッツジェラルド」の章が読ませる。 それにしても、この本はヘミングウェイが晩年に若き日を回想して書いたものだと、解説を読むまでわからなかった。とてもそんなふうには読めなかった。 セーヌ河畔の美しい風景と感傷が書かれた「セーヌの人々」の章も秀逸。

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    投稿日: 2010.09.29
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    パリで過ごした若き日々を、晩年のヘミングウェイが回想する長らく未発表だった遺作。淡々とした中にも作家や芸術家仲間との交流や最初の妻との生活が、生き生きと描かれている。世界中から若き芸術家が集まった1920年代のパリの活気を伝えながら、どこか寂寥感があるのはもう二度と戻れないあの時代、あの場所への喪失感が根底にあるからなのかもしれない。パリは、確かに不思議な磁力を持った街ではある。

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    投稿日: 2010.07.07
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    ヘミングウェイの移動祝祭日は、彼が死の間際まで書いていた。 内容は、彼が作家として仕事を始めた若い頃、パリで前妻と生活していた頃の話。 短編集「我らの時代」とか、「日はまた昇る」を発表した頃らしい。 以前、読んだとき、とてもおもしろかった覚えがあって、今回、新潮文庫ででたので、わくわくして読み直した。 アレイスター・クロウリーが出ていたことは覚えていたけど、一瞬だった。 ジェイムス・ジョイスとかフィッツジェラルドも出ていて、おもしろい。ほかに僕の知らない作家、芸術家が大勢でてくる。知っている人には、もっとおもしろいんだろうな。 けど、僕が一番おもしろいと思っているのは、「書くことについて」書かれている部分かなと思う。 「形容詞」のこととか、どんなふうに書いているのかとか、手本にするわけではないけど、どんなことを考えて書いていたのかを知るのは楽しい。 そういえば、最初の何作かが発表された頃か、評価され始めた頃か、彼の原稿が全部盗まれたことがあるらしい。数作だけ残ったそうだけど。そのもどかしさ、わかるなあ。

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    投稿日: 2010.06.12
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    「きみが幸運にも青年時代にパリに住んだとしたら、  パリは一生きみについてまわる  なぜならパリは移動祝祭日だからだ」 この言葉がずっと頭の片隅にあった。読んだこともないのに。 で、パリ滞在中に読まなくては!と思っていたが、結局、GWの旅行中に読むこととなってしまった。 ヘミングウェイが自殺して亡くなる前に、30年以上前の話を思い出して書いている。最初の妻との幸福な話や、パリで知り合った有名人、パリの街の情景などなど、活き活きと描写されててなかなか興味深かった。 結局、彼は4度の結婚を繰り返したのだが(大体、自分の浮気のせい)、最初の妻との思い出を残したのだろう?最初の妻も現在の妻も困るだろうに。結局、才能ある人も「若い頃は良かった」と感傷にひたってしまったのかしら...?できれば、ずっと今が一番いい!と思えるように生きていきたいものです。

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    投稿日: 2010.05.26
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    言わずと知れたパパの遺作。真実でないって話しもあるけど、読み進むにつれ、ぐんぐんのめり込む魔力がある。特にフィッツジェラルドとの交友に関しては特に面白かった。

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    投稿日: 2010.04.27
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    もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、 その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。 パリはa moveable feastだからだ。

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    投稿日: 2010.01.26
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    ヘミングウェイの遺作だけれど長らく出版されていなかった本。新潮文庫で復刊されていた。晩年のヘミングウェイが20代を過ごしたパリを懐かしみつつ、お金の乏しかった頃の暮らしを実名をたくさん使って書いた本。いろいろな人間関係が見えて面白い。当時、世界の才能がパリに集まり、友人を紹介しあい、活気のある文化を生み出していった。その空気がわかる。 タイトルの意味は冒頭に書かれている。若い頃パリに暮らすことができたら、その後の人生でどこにいようとパリはあなたとともにある。パリは移動祝祭日だから。 私は人生で合計70日ほどをパリで過ごしている。それだけでもパリは確かに自分の中にあるように感じる。何年とそこに住めばその土地というのはそんな感じを持つものだろうけれど、パリというのは特別だ。その実感が持てる本。

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    投稿日: 2009.03.27
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    終わってしまった時代、過ぎ去った日々、だからこそ美しい。 過去に対する感傷、これを批判的にとらえるかどうか。 でも文豪と言われる人でさえ、失った痛みや戻れないことをいとおしむ気持ちを持つのかという発見がある。そしてそれも当然、と思うほど、描かれるパリでの修業時代は楽しくうつくしい。 死の直前ということを抜きにしても、ヘミングウェイのいちばんやさしい部分に触れる気がするこの作品ならば、私たちには訪れえない時代への感傷、そのきらめきを素直に共有することができる、かも。

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    投稿日: 2009.02.10