
総合評価
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powered by ブクログ人と感想を話すことって大事だなーと思う 特に本の入り口が、「人からお勧めされた」時は感想を必須で誰かと話さないと自分の中にモヤモヤが残ってしまう。 これ面白いね!だけじゃなくて、これ気持ち悪いね、、って時は特にそう。 ウェルベックはめちゃくちゃハードル上げられた本だった。でも、2005年にこれが出てきたのが凄いことだなって思うだけで、本当に深いことを語っているのか?となってしまった。 中年男性のセックスに焦点を当てすぎているし、その描写が無理だったとかではないんだけど、シンプルにもっと短くその惨めさを描くことはできたんじゃないかと思う。描きたいことに対して冗長だと思ったんだ。あでも「人生紀」というコンセプトだからそれは違うのか。 だとしたら評価めちゃくちゃに変わるかもしれない。人生紀がそう言うしょうもない冗長なことを書いて本当に大事なことは一瞬の煌めきを残して、その煌めきが他の人を狂わして、素敵だ!!!! 大好きになった今。 「愛」とか「社会」とか「孤独」とかじゃない。そんな壮大なテーマじゃない、1人のすぐそばに生きている人間にフォーカスを当てれば無限に出てくるものだ。 街を観察しているときにたまに感じるあの「光」の感覚だ。 じゃあキリスト教やんけ!と思ったけど、そうじゃなかった。それはキリスト教が、キリスト教以前から大事なことを自分たちの教義に入れているだけか。 そういう構造にもたまに騙されそうになるな。 早くのさちゃんの意見が聞きたいな〜
0投稿日: 2025.07.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
光合成によるエネルギー自己生成が可能となったクローンと、そのオリジナルの生き様の物語。 オリジナルは成功者だけど、愛を知らない。 シニカルに人を魅力する才能の裏返しで、自分は冷めている。その虚しさを紛らわすためか、極めて廃退的な生活を送る(性描写が多く疲れる)。 そのなか、新興宗教にのめり込み、重要な立ち位置を占める。 殺人事件を教祖転生に仕立てて逃れ、奇跡があるわけではないが、それが世間に受け入れられる。信じてDNAを保存すれば入信。代わりに死後の財産は教団に寄付となり、豊かな財源でクローン技術開発を行う。 フィクションだが、なぜかリアリティーを感じた。 長いし重いし疲れるし、でも読んでしまった。
0投稿日: 2025.03.31
powered by ブクログ闘争領域の拡大に続いて2冊目のウェルベック。 序盤は冗長的で少し読むのが億劫になるが、途中から先の展開が気になって一気に読んでしまった。 人間の老いや愛することなど人間的な営みに対する大きな問いかけなのかなと感じた。近未来のネオヒューマンを通して過去の人間だったときの人生記を見ていく様が後半グッとくる。
0投稿日: 2025.02.01
powered by ブクログ537P ミシェル・ウエルベック 1958年フランス生まれ。ヨーロッパを代表する作家。98年『素粒子』がベストセラー。2010年『地図と領土』でゴンクール賞受賞。15年には『服従』が世界中で大きな話題を呼んだ。『ある島の可能性』など。
0投稿日: 2024.12.28
powered by ブクログウェルベックの短い引用に気になるものが多かったし、一応SFに分類されているということで、読んでみた。かなり哲学的な内容で、強制的に自分の今の生き方を見つめ直させられる。ウェルベックの、中年男性の悲哀を克明に描写する力はなんなんなのか。コロナ期はみんな引き籠もってオンライン通信ばかりしていただろうし、生き方を見つめ直すこともあっただろうし、かなりこの本のような状態になっていたのではないか
0投稿日: 2024.10.28
powered by ブクログフランス人の作家「ミシェル・ウエルベック」の長篇SF作品『ある島の可能性(原題:La possibilite d'une ile)』を読みました。 「モーリス・ルブラン」、「オーギュスト・ル・ブルトン」、「ジュール・グラッセ」、「ジョルジュ・シムノン」、「レイラ・スリマニ」に続き、フランス作家の作品です。 -----story------------- 辛口コメディアンの「ダニエル」はカルト教団に遺伝子を託す。 二千年後ユーモアや性愛の失われた世界で生き続けるネオ・ヒューマンたち。 現代と未来が交互に語られるSF的長篇。 ----------------------- 2005年(平成17年)に刊行された「ミシェル・ウエルベック」の長篇第3作… 著者自ら「自分の最高傑作」と豪語したSF的な構想に挑戦した作品で、ベストセラーになったようですね。 ■第一部 ダニエル24の注釈 ■第二部 ダニエル25の注釈 ■第三部 最後の注釈、エピローグ ■訳者あとがき ■文庫版訳者あとがき 舞台は今から2千年後の未来、喜びも、恐れも、快楽も失った人類は、ネオ・ヒューマンと呼ばれる永遠に生まれ変われる肉体を得た… 過去への手がかりは祖先たちが残した人生記、、、 ここに一人の男のそれがある… 成功を手にしながら、老いに震え、女たちのなかに仔犬のように身をすくめ、愛を求めつづけた「ダニエル」。 その心の軌跡を、彼の末裔たち… 未来人(ネオ・ヒューマン)の「ダニエル24」、「ダニエル25」は辿り、夢見る、、、 あらたな未来の到来を… 命が解き放たれる日を。 斬新で衝撃的な作品でしたが… 作品の世界観が頭の中に描き切れず、お笑いタレントや映画監督として社会的には成功したものの愛に対して苦悩し続ける「ダニエル」の行動にあまり共感できなかったので、500ページを超えるボリュームは、ちょっと辛かったですね、、、 作品の中で描かれる、肉体的な愛、性行為に対する欲求は、人間の正直な心理なのでしょうが… 卑猥な表現が多かったので抵抗感も大きかったなぁ、「結局のところ、人はひとりで生まれ、ひとりで生き、ひとりで死ぬ」という言葉には納得感がありましたけどね。
0投稿日: 2023.04.28
powered by ブクログ22.11.12〜12.19 快と不快のバランスがゼツミョーだった。ウエルベックの作品はいつもそうかもしれないけど。 Back2Backな構成だから形式は『素粒子』に似ているけど、この小説は構造として『人生記』があるから、全体的にカッチリしてる印象を受けた。 アイデアとしての人生記の面白さと、書き手であるダニエル1たちが定義する彼の人生の滑稽さと悲しいまでの正直さ。人生記には書かれなかったダニエル1の顛末、ままならなすぎる。 ネオヒューマンは自分自身のことが分かりすぎていてやけにサッパリしているから、その孤独な生き方に滑稽さも含まれているような感じがした。 読んでいてウエルベックは正直な人だなと思った。
0投稿日: 2023.04.27
powered by ブクログやっと読了。読み終わってみると、とても面白かった。なるほど名作。 読み終えないと、話の構造が見えなかったので、読んでる間はずっと「なんだこれ、私は何を読んでいるんだ」って感じ。物語の大部分に出てくるダニエル①のキャラが、不快指数高くてキツい。オススメはできない。
0投稿日: 2021.03.17
powered by ブクログ性と老い、そして不死をキーワードに、現在と遺伝子コピーされたクローンが生きる破滅を迎えた世界を描いた、SFというかディストピアの向こう側のような作品。 セックスから男と女の話、そして文明と広がる話の中で、男と女がそれぞれが求めるものをつきつめると、結局一夫多妻が正解だったのかもしれないと感じ、そして文明が崩壊していく中で、人生に居心地の悪さを感じた人々は、最終的にはイスラム的な共和国の建設を願うようになるの部分は、後のウェルベックのベストセラー「服従」につながるように思った。 むしろ「服従」につながると思わせながらも、設定としては「服従」後の作品といえるようなのが面白い。
7投稿日: 2020.10.21
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
3年ぶりに読み返したことによって、より落ち着いて考えられた気がする。 「仲介」(本ではインターメディエーションとなってる)として人間を捉えることができると思う。ネオ・ヒューマンは確かにダニエル1の時代の人類と、未来人を橋渡しする存在であったかもしれないが、ダニエル1も結局は「遺伝子の乗り物」という意味で、各世代を繋ぐ存在にすぎなかった。 ダニエル1が自覚しつつも直視できない老いは、自身が「遺伝子の乗り物」としての役割を果たせなくなりつつあることを意味する。子供を捨てた経験のある彼は、生殖としての性に入れ込んでいたわけでもないが、愛と結びつく性の意味でも、機会を逸してしまった。イサベルとは愛はあったが性はなかったし、エステルとは性はあったが愛がなかった。ダニエル1の中で両者は切り離されないまま老境を迎え、ダニエルを愛を持って再び迎えたイサベルとの生活も長くは続かなかった。 そこで人類から老いをなくし、不死の存在にするエヒロム教団の活動にダニエルは関心を持つ。が、預言者の「再生」を通し、世間に若さと快楽の永続を約束した教団がもたらしたのは、来世への期待を胸に自死を選ぶ人々の大群だった。ネオ・ヒューマンと呼ばれる人類は、自身のオリジナルの記録を、注釈を通じて次世代に仲介するだけの存在になってしまった。 ダニエル24・25が生きる世界は、それぞれが個として分立し、電子的なやり取りを持って他者と関わる世界である。肉体的な終わりがあるがそれは精神の断絶を意味せず、入れ物が変わるだけである。個としてのネオ・ヒューマンは、<至高のシスター>の教えに従い、来るべき未来人の到来を待つ。だがその生き方は、限りある時間からくる一切の感情を人類から奪ってしまい、仲介としての存在を一層強めただけだった。かといって、ダニエルにはもう野人として生きることもできない。結局「人間は一人で生まれてきて、一人で死んでいく」運命を受忍するしかなかったのか。
0投稿日: 2020.07.27
powered by ブクログ期せずして最近の読書傾向をなぞった形に。老いと性の話。老いに抗わず、否、抵抗した結果の選択?人間の究極の目的は、、
0投稿日: 2019.12.24
powered by ブクログ「前例のない水準の繁栄と健康を確保した人類は、過去の記録や現在の価値観を考えると、次に不死と幸福と神性を標的にする可能性が高い。飢餓と疾病と暴力による死を減らすことができたので、今度は老化と死そのものさえ克服することに狙いを定めるだろう。人々を絶望的な苦境から救い出せたので、今度ははっきりと幸せにすることを目標とするだろう、そして、人類を残忍な生存競争の次元より上までアップグレードし、ホモ・サピエンスをホモ・デウスに変えることを目指すだろう」ー 『ホモ・デウス』ユヴァル・ノア・ハラリ 不死をテーマにしたミシェル・ウエルベックの小説。遺伝子のコピーを世代を超えて記憶とともに引き継ぐことによって「不死」を実現した二千年後の世界。 主人公のダニエル1は、名の知れた成功したコメディアンで映画監督。バツイチだが、監督を務める映画のキャストに応募してきた年の離れたエステルとグダグダな愛人関係。いつも通り、この人の性愛描写は、生々しく露悪的だが、唐突にその衝動が冷めたりする。要するに現実的なのだ。老化によって性愛欲やその能力以前にそこからはみ出してしまうことに対して、ダニエル1は抵抗する。一方、24世代/25世代後のネオ・ヒューマンであるダニエル24/ダニエル25からは性欲のようなものは消えている。少なくとも切実さは失われている。 ダニエル25は最後次のようにつぶやく。 「幸せが実現することはありそうにない。世界は期待したようなものではなかった」 小説のはじめの方に、離婚した最初の妻が連れていった息子の自殺に触れる。 「息子が自殺した日、僕はトマトのオムレツをつくった。『福音書』にも「犬でも生きていれば、死んだ獅子よりましだ」と書いてある。僕はその子のことを一度もかわいいと思ったことがなかった」 未来の人間が「不死」を求めるとき、性愛はどのように扱われるべきなのだろうか。『ホモ・デウス』が避けた議論であるが、ウエルベックはそこから「不死」を考える。『ホモ・デウス』もセックスする。いや、もしかしたら、そうではないのかもしれない。 近未来SF小説として見ると、準備した装置をうまく動かすことができずに、回収すべく置かれたものを放置して終わってしまったように感じる。小説なので、これはこれでよしとして、個人的なこれではない感がぬぐえない。うまく言えないが。
0投稿日: 2019.12.15
powered by ブクログ傑作。 ファインアートから先端科学、社会情勢、宗教、地勢学、そして人類の命題?であるところの愛について、余すところなく考えが巡る素晴らしい読書体験だった。未来からの注釈を過去を生きる自分たちが読むことになるスタイルも洒落てたし、何よりフォーカスされてる主人公が喜劇を生業にしていた点、読後に振り返ったときに拍手を贈りたくなった。
0投稿日: 2019.12.07
powered by ブクログ老いるのが怖くなる小説だった。 人が不死の技術を手に入れて、肉体が老いてもまた新たな肉体を手に入れることができるようになり、そうした未来の可能性において人類はほとんど解脱に近い静穏な状態なのだけど、そうした描写になぜか息が詰まる。宗教SF。 その未来のダニエルの視点で現代のダニエルの手記を見通すなかでそこに何かしらの郷愁の念があって、手記を読むという行為そのものにやはり「感情」に対する執着が描きこまれているように思う。 そうした構造も面白いし、さらに現代ダニエルは皮肉屋のコメディアンかつ映画監督として栄華をものにし、快楽主義をつらぬいてセックス三昧。またこの性描写がたまらないのだけど、やはりそれは肉体の老いという陳腐な問題のなかで静かにすべてを失ってゆくという深い絶望感が最高の切れ味で描かれていていい(ダニエルは基本的に嫌なヤツなのでな、共感はするが)。 前半とラストが好き。
0投稿日: 2019.05.31
powered by ブクログやっと読み終わったー。がんばった。 最初はSFと思っていたのです。ネオヒューマンがいかな人生を送っているのかという興味から購入したのです。でも実際は、ネオヒューマンに至る新興宗教に肉薄した皮肉を扱うコメディアンの人生記に対して、ネオヒューマンたるが為にその人生記につけた未来人の注釈を読む物語だった。 ゆえにネオヒューマンの生態というより、コメディアンの皮肉、人生や戦争、なにより老いと性生活への皮肉と批評がメイン。この辺は読み手の読み間違いもあるのでなんとも言えない。 ただ主人公は本文中で指摘されてるとおり、感性が特別豊かなわけではない。ただただ正直なんだ。この世の欺瞞に対して。そうしてその欺瞞へ率直に切り込む語り口はなかなか得難い。パッと見セックスだのフェラチオだの言ってるだけでなんだこいつってなるけども。 その実人間の根元にある愛への飢え、その飢えがなくなったネオヒューマンの一人の末路など、読みごたえはある一冊ではあった。
0投稿日: 2019.05.31
powered by ブクログ人生の成功者による快楽の追求。その果ての絶望を描いた傑作である。人は誰も老いには勝てない。描写は情け容赦なく、描かれた性への渇望はグロテスクである。主人公のダニエル1の若い女性に対する執着心、特に最後の無様な姿は見苦しく醜悪だが、それは単なる性欲を超えた一人の人間としての絶望の叫びだ。愛と性に対して彼はとにかく誠実で、故に、彼の絶望は痛いほどに理解できる。若者と老人は対等ではない。未来に対する絶対量が違う。性的な意味での需要の無さや性的不能がそのまま人間としての価値に直結し、それはカネではどうにもならない。若さの価値を理解していればいるほどに、この物語は悲しく映る。だからこそある島に可能性を求めたわけだが、性やユーモアから解放されても、ネオヒューマンは幸せとは言えず、ネオヒューマンであるダニエル25の目を通して見た未来は理想郷とはほど遠い。文明を失い、野生や獣性をむき出しにした野人の姿は物悲しく、築き上げた文明が失われてしまった喪失感に苛まれる。また現代と遠い未来のダニエルが両者ともにペットを失うくだりも悲しく、現代では底辺ブルーカラーに、未来では野人にと、下の階層のものに奪われるという符号が中々に皮肉的で、階層の違う人間の断絶を表すのが非常に上手いと思った。人間の問題やシステム的な欠点を取り除いた未来になっても、そこに幸せはなく愛は存在しない。ただ、全てが失われてしまった後の空虚や絶望の中でも、生だけはひっそりと息づいている。
3投稿日: 2019.05.28
powered by ブクログセンセーション、キッチュ、醜悪、美を自在に配合して縦横無尽に文学するウェルベック。主人公ダニエルはそのコメディアン版という感じ。彼もまた人心の歯車を知り尽くし、観客の笑いをタイミングから加減に至るまで完璧に掌握している。 しかし、そんなダニエルにさえ人生はままならない。中盤のみっともなさがすごすぎて笑ってしまうくらいだがーーそれもコメディアンゆえなのかーー後の人生記の読者となる未来のダニエルを笑わせにいってるような、自虐的な記述におかしみと共に切実さも感じさせる。生への執着と虚無との間をグダグダしているように見えるのは、実は誰よりも真剣に人生に取り組んでいるからに他ならない。その姿もまた、ウェルベックの鏡像のように思えてくる。 才能も知識も意味を持たない地獄のなかで、それでもニヒリスティックになり切れない主人公の苦しみが、遠く離れた未来の自分自身に変容をもたらし、根拠のない可能性へと向かわせるーーそんな一筋縄ではいかない“希望”の小説として読んだ。
0投稿日: 2019.05.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
一つの人間が生きて誰かを愛して愛そうと思って、老いてゆくありふれた生の中に、永遠の命を科学的に成立させられる宗教があり、そしてその永遠の命を獲得した1人の人間のコピーが一つの島の中で終わっていく話。 ウェルベックを読むのは闘争領域の拡大に続いて2冊目。 人によって好き嫌いが分かれるのはわかる。 金を手に入れた人間の性への執着がすごい。やたらとセックスセックス、フェラチオフェラチオ、と語彙が並ぶ。多分ここがダメだと絶対中盤でむりだと思う。 けど、いくらセックスをしても、足りないし満たされない。ウェルベックが話の主軸にしているのは愛なのではないか 「いくら誰もがある程度の抵抗力を持っているといっても、いずれ誰もが愛のために死ぬ。というより、愛の欠如のために死ぬのだ。」 主人公のダニエルは、コメディアンとして成功する。そのコメディは人間を観察して分析して笑いに変えるものだ。ダニエルは、人間をよく見ていて、なおかつ批判的で、ちょっとというかかなり斜に構えている。これはこういうものだ、こういう人間はこうだ。そういうのを理解していながら、一人の人間の膣の中でしか安らぎを得られない、幸せだと思えない。 「ふたりきりで生きる孤独は、同意ずくの地獄である。」と結婚生活を語る。 孤独とは愛がないことだ。 愛は1人で生まれない、ダニエルが欲しているのは他者からの愛であり、自己愛ではない。 「無条件の愛情が幸せになるための必須条件であることは、すでに人間も把握していた。」 信仰宗教のエロヒム教が出てきて話は変わる。 この宗教、実在した宗教らしいですね。 永遠の命を獲得するための宗教で、永遠の命の中では人間は本当に自由になる。社会は愛を嫌うようになり、自己愛の社会になる。この辺の流れがすごく好きだった。 ダニエルはこの宗教のまっただなかにいて、愛がなくても生きていけるようになるはずだった。しかし、ダニエルはそれでも愛を求める。数多くの人間が体を不要として、他者とのコミュニケーションが不要になり、愛や家庭なんて不要になった中で、ダニエルは最後まで愛が足らない。愛の欠如によって死ぬ、前時代の人間だ。 人をけなして、見下して、それでも愛が欲しい、人が生きるには愛が必要で、そして人は老いる。 「とにかく、公平な見地からみて、人間は幸せではありえない。どう考えても幸せに向いてない。」 「まったくこの世界ときたら、実にシンプルだ!おまけに出口がないときている!」 この本のいいとこ、人間が嫌いなのに(多分そうだと思う、大体バカにしてるし)人間を愛したいし、人間に愛されたいし、人間の愛が無条件の愛情、それも肉体的に与えられるものが最も幸福だと書いてあるところだと思う。そんなのほぼ幻想だと言ってるし、人間は老いるし灰になるけど、愛が1番至高なのだ、それがなくなるから人間は死ぬ。いくら永遠の命を手に入れても、愛が足らないから死ぬ。 人生は大体の人間が語りつくしているなという気持ちにさせられる良い本だった。電子書籍で読んだけれどめちゃめちゃ好きなので書籍版も買う。
1投稿日: 2018.07.30
powered by ブクログウェルベックはすでに何冊か読んでいるが、この作品でようやくウェルベックの愛に対する執着の凄さが分かってきた。思い返してみると、いままで読んだ作品にも愛への執着は十分あったと思うのだが、それよりもペシミスティックさの方ばかりに注意が行っていた。これを読んだ後では作者の印象が少し変わった。単なる先鋭なペシミストではなく、自由主義的な現代の風潮を否定するその態度の根底には、愛こそが唯一求めるべき価値のあるものであるという熱烈な価値観があるのではないか、というふうに思えてきた。ペシミストが愛を熱烈に肯定する。面白いではないか。しかもその愛は、精神面よりも肉体面を強調した愛である。実に挑発的だ。それでいて、現代人の不幸を冷静に分析して得られた妥当な結論という趣もある。さらにそこから未来予想が大胆に展開されるとなれば、興味を掻き立てられないはずがないという感じである。 さて、その未来予想であるが、最後に複雑な気持ちになってしまった。ネオ・ヒューマンの生活は、私からすればほとんど理想である。歓びを代償にしたにしても、せっかくあらゆる社会的束縛と多くの精神的束縛、肉体的束縛からも解放されたのに、それなのに……。けれども一方で、融合・自己消滅への欲求が人類の最も根源的な欲求なのだろうという想いもある。意識を持ってしまったことの宿命なのかもしれない。その欲求を第一にどうにかしないと結局は幸福になれず、人は、そして種は、自ら滅んでいくということなのだろう。それはそれでとても納得できるのである。 結局のところ、どちらも自己消滅への欲求なのであり、束縛からの解放よりも愛への欲求の方が、人間の根源的欲求としてより高次にあるということなのだと思う。ウェルベックの自由や個人主義への批判は、そういう観点から来ているのかもしれない。以下本文より。 「愛は個人の自由や、自立の中には存在しない。あるとすれば虚構である。思いつくかぎり最も見え透いた虚構のひとつだ。愛は、無への、融合への、自己消滅への欲求の中にしかない。」
1投稿日: 2018.06.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
人間・ダニエルと、彼をクローニングして生み出され、何十代もクローンとして再生を繰り返したネオヒューマン・ダニエルの手記が交互に語られる変則的な構成。 『素粒子』の続編的な作品と聞いて読みだしたけれど、読み終わってみると、『素粒子』よりドライでハードな物語だった。続編というよりも、訳者あとがきで説明されているように、『素粒子』の本編とエピローグの中間に位置する作品。 数多くの、真実に見えるフレーズが散らばっているけれど、総体として見たときには、やはりこの主題―性欲のみが人間の持てる唯一の欲望かつ喜びであり、若者のみがそれを享受し、それ以外の人間はその欲望の向こうに作り出した愛という概念に引きずり回されている―は無味乾燥すぎて賛成はできない(ヨーロッパ文明自体の衰退が、人間の生物学的な老いに重ね合わせられている、という解説に納得はできるが)。けれど文章は美しく、構成は技巧が凝らされている。
0投稿日: 2017.05.15
powered by ブクログ、ぼくの好きなフランス人作家、ミシェル・ウエルベックの一冊ですね。ミシェル・ウエルベックっていうと、フランスでイスラム政権が誕生する『服従』という本が大ベストセラーになって、日本にも売れています。この本が出版されたのは、そのちょっと前かな。これは、近未来SFみたいなもんですね。遺伝子操作で自分の遺伝子を残せて、何代も先まで、同じ人が生きているっていう世界。その退屈な世界で、語り手の第1号となったコメディアンの話なんです。 (石田衣良公式メルマガ「ブックトーク『小説家と過ごす日曜日』」13号より一部抜粋)
0投稿日: 2016.11.15
powered by ブクログおおまかな主張は理解できたけれど、文章がまどろっこしく難しくて、読むのにぐったり疲れた。 腑に落ちる解釈を求めて、インターネットで感想やら書評やらを調べてみると、性唯説がどうのとか人間のあり方がどうのとか訳知り顏の気持ち悪い感想が並ぶ。 多分世界が違う。その世界を絶対的な真理として押し付けてくる。家族とか子供を愛する気持ちをバカにするような、鬱な自分が大好きな、そんな人達が好んで高く評価するような作品なんだろう。 壮大な舞台を用意して、つまらない主張をする。そんな話だと思う。
1投稿日: 2016.04.12
powered by ブクログ500ページ超の長編小説ですが勢いでよんでしまった。ウェルベックって読んだことなかったけどめちゃくちゃ面白い。
0投稿日: 2016.03.20
powered by ブクログ2007年に角川書店から刊行されたものの文庫化。『服従』が話題になって、本書も復刊されたのはめでたい限り。 『プラットフォーム』にしろ『地図と領土』にしろ、ウエルベックは割とアプローチ手法に特徴がある作家だと思うが、本作は予想以上にしっかり『SF』だったのは嬉しい驚きだった。 作中世界の見方というか、認識としてはアトウッド『オリクスとクレイク』っぽいところがあったが、本作の方が人間の業については執拗に描写しているように思う。
0投稿日: 2016.02.11
powered by ブクログ読み応えのある、読む価値を感じる作品。 ウエルベックの作品はすべて読もう。 著名お笑い芸人ダニエルの人生記と、それを確認し、注釈を加える2000年後の彼のクローンたち(24代目と25代目)の物語。 ダニエルは辛口で卑猥な芸風で世間の人気を得、二人の女性を真剣に愛するものの、老いには逆らえず、愛に振り回される。カルト宗教団体エロヒム会に入り、遺伝子を残す。 エロヒム会は独自の研究で遺伝子からクローンを作り出すことに成功し、子供を作らずクローンのみで世代を繋ぐ新しい人間を構想する。新しい人間は口から食べ物を摂取することもなく、排泄もせず、一定の期間を経て肉体が衰えると、次の世代に交代する。感情の起伏は少なく、愛も感じない。従来の人間とは区別し、ネオ・ヒューマンと呼ばれる。 クローンである子孫たちは祖先の人生記を確認し注釈を加えることだけに明け暮れる。 しかし愛や感情の必要を感じた25代目ダニエルは、外の世界へ飛び出す。そこは核戦争や大干ばつによって人類がほとんど滅びた不毛の世界。一部が野人として文化のない動物のような生活を送っている。 25代目ダニエルは愛を求めてさすらうが、それは叶わず、無限の海と無限の雲が広がる場所で肉体が滅びるのを待つ。 愛に耽溺し、争いごとが好きな人類は滅亡に至らざるをえないが、かといって他との接触を絶ち愛を知らない状態で世代を重ねても果たして生きていると言えるのか。 人間はこの苦悩を忍び続けるしかないのか。 エピローグのとてつもなく広い世界に放り出された間隔が読んでいて印象的だった。 しかし隅々まできちんと理解しているとは思えない。 次に読めばきっとまた新しい発見があるだろう。 少し本筋からは逸れるが、クローンというのは遺伝的にまったく同一人物ながら、 中にある意識としては同じ人物が継続しているわけではない。 そう考えると自分というのはいったい何だろうと少し思った。 あと、犬がいい。 犬にはずっと楽しく生き続けてほしかった。
0投稿日: 2015.12.31
powered by ブクログ未読。ポーランドの演出家、マグダ・シュペフトさんが上演したという話であらすじ聞きましたが、オカルトとSFが折り重なる世界観にひかれる。ぜひ舞台作品も招聘してほしい。
0投稿日: 2015.12.07
