
総合評価
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powered by ブクログ幕末の大きな転換期 身分制度外とされた医師の立場から 時代変化や葛藤を描いたお話 令和の現代でも通用する示唆が盛り沢山でした
12投稿日: 2025.12.31
powered by ブクログ幕末の医療従事者を中心に時代の人々のものの見方、振る舞いを詳細に語る。きっと膨大な資料を読み込んだのだろうと想像する。
0投稿日: 2025.09.14
powered by ブクログ戊辰戦争が始まり、良順は佐幕軍に従軍し会津若松で軍医をする一方、関寛斎は官軍野戦病院長として働くこととなる。伊之助は佐渡で鳥羽伏見の戦いで官軍が勝ったことを聞いて横浜の佐藤泰然の元へ行きそこで英国医師ウィリスなどの通訳として働く。戦争後伊之助は語学塾を開き新政府が新たに設立した大学東校でドイツ医師ホフマンらの通訳としても働くがこれと言った成果もなく最終的には結核でなす所なく死んでいく。 全話通して話が脱線する箇所が多くテンポが悪いように感じ少し読みづらかった。良順と伊之助が主人公なのかなと思ったけど後半は寛斎の記述が多くなっていって作者は誰かにフォーカスを当てるというよりも蘭学が江戸時代後期に与えた影響を描きたかったのかなと思った。
0投稿日: 2024.02.29
powered by ブクログ全4巻、幕末から明治にかけて医学の進展に奮闘した蘭医たちを描いた松本良順を中心とした群像劇。 幕末、封建社会の因習に苦労しつつも、オランダ人ポンペから学んだ医学を武器に奮闘する人々。手塚治虫の「陽だまりの樹」でも描かれるテーマ。薩長や幕府からの視点の作品は多いが、いずれにも完全には属さない立場からの明治維新も面白い。 司馬遼太郎作品は何度読んでも面白いが、本作は初めて。まだまだ未読本も挑戦していきたい。
0投稿日: 2023.07.03
powered by ブクログ題名の謎が解けた。胡蝶の夢を見たのか、それとも自分が誇張で今夢を見ているのか。人間というのはちっぽけな存在で、社会という大きな引力に引き寄せられて、知らぬ間にその混沌の中に放り込まれてしまう。 医学史というテーマから、江戸の身分制を生々しく描き、その中で自分の存在する位置を定めながら器用に生きていくことを知らぬ間に強いられるのが、江戸時代。どんなことよりもその能力が呼吸するのと同じくらい必要で、どれだけ秀でた能力を有していても、その一点が欠けているだけで、社会から放り出されてしまう。社会とは一筋縄ではいかないとはいえ、勝手なものである。 医師が身分から外れて、僧と同じような扱いである理由がここでわかって良かった。そして、今も残念ながら根強い、医師と患者の関係性の発端も見えた気がした。 穢多非人という腫れ物のような話題についても書いてあり、非常に勉強になった。奴隷以上に蔑まれ、もはや人ではない身分も作ってしまう、そしてそれを受け入れてしまう、疑問に持たない社会が、ほんのちょっと昔にあったなんてやはり信じられないが、人間もなかなか成長しないわけで、そういう気概というのはなんとなく残っているのが、悲しいかな。 松本良順の名だけは知っていたが、幕府の人間として新撰組と関わっていたことがわかって良かった。というより、この作品を通して、医学史を大まかに学び、松本良順、ポンペ、関寛斎、伊之助、佐倉順天堂、伊東玄朴など、先人の足跡を追うことができて、充実していた。
0投稿日: 2023.04.03
powered by ブクログこの作家、ストーリーテラーじゃないから、複数人物の話を並行して描いても交錯の妙が全くないんですよね。 まぁそもそもそんなつもりもないのかもしれないですが、読むのが結構辛くなってくる、後半になればなるほど。 また、タイトルに意味があっても無くても究極構わないとは思うものの、こじつけ感満載なんですよね。。。 この小説は正直ちょっといただけないと思いますな。
0投稿日: 2022.05.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
本編最後の”栩栩然として~”のくだりが出てきたとき、単語について調べて、意味を知って、はぁ~もうだから司馬遼太郎すき!ってなった。荘子の言葉だそう。
0投稿日: 2021.08.29
powered by ブクログ幕末の動乱を医学会の視点から描く。志士もの・新選組ものはよくあるが、これはちょっと珍しい。小説というより、もはや歴史資料。 徳川末期の身分制度がなかなか厳しく、その差別が凄い。
0投稿日: 2020.07.17
powered by ブクログポンペのもとで蘭学・医学を学んだ3人は幕末の瓦解から明治へと時代に翻弄されながらも新しい社会の中で生きて行った。 司馬凌海(伊之助)明治12年 39歳 肺結核 松本良順 明治40年 75歳 心臓病 関寛斎 明治45年 83歳 自死 筆者のあとがき 「『胡蝶の夢』を書くについての作者の思惑のひとつは江戸身分制社会というものを一個のいきものとして作者自身が肉眼で見たいということだった。それを崩すのは蘭学であった。」 「社会という巨大な容易に動きようもない無名の生命体の上にとまったかすかな胡蝶(蠅であってもよい)にかれらはすぎないのではないかと思えてきたりもする。」 『荘子』斉物論第二 原文 昔者莊周夢爲胡蝶。栩栩然胡蝶也。 自喩適志與。不知周也。俄然覺、則蘧蘧然周也。 不知、周之夢爲胡蝶與、胡蝶之夢爲周與。 周與胡蝶、則必有分矣。此之謂物化。 書き下し文 昔者荘周夢に胡蝶と為る。栩々然として胡蝶なり。 自ら喩しみて志に適えるかな。周たるを知らざるなり。 俄然として覚むれば、則ち蘧々然として周なり。 知らず、周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるかを。 周と胡蝶とは、則ち必ず分有らん。此を之れ物化と謂う。 訳文 以前のこと、わたし荘周は夢の中で胡蝶となった。喜々として胡蝶になりきっていた。 自分でも楽しくて心ゆくばかりにひらひらと舞っていた。荘周であることは全く念頭になかった。はっと目が覚めると、これはしたり、荘周ではないか。 ところで、荘周である私が夢の中で胡蝶となったのか、自分は実は胡蝶であって、いま夢を見て荘周となっているのか、いずれが本当か私にはわからない。 荘周と胡蝶とには確かに、形の上では区別があるはずだ。しかし主体としての自分には変わりは無く、これが物の変化というものである。(ウィキペディアより)
0投稿日: 2020.05.21
powered by ブクログ「御為」 という至上の(もしくは無意味な)目的もしくは正義の名のもとに、人殺しであろうが物盗りであろうが、すべてゆるされるというふしぎな時代がはじまっているのである。 正義の時代というべきであった。 日本人に「正義」を教えたのは、強烈な観念論である水戸学であったろう。 幕末、革命の必要が成熟しつつも、普遍的な革命思想や哲学が入らず、結局、世界史の流れとは無縁の、手持ちの水戸学的尊王攘夷でもって革命思想の代用とせざるをえなかった。 その「正義」のもとに文久年間には天誅が流行して佐幕派ーー開国主義者ーーが暗殺され、のちには攘夷御用という御用盗まで流行して江戸、大坂の富家をおびやかした。ともかくもその「正義」の熱気に乗って薩長勢力が擡(たい)頭し、徳川慶喜が時勢の抗しがたいことを早期に感じて政権をほうり出した。以後、薩長のかかげる「正義」によって追討を受けようとしている。 異能の才と異常な性欲と性格的破産と、この稀な存在を作者は丹念に描き込んでゆく。この作品のユニークさは、伊之助の存在感によって倍加している。おそらく、東西の文学史上、こうした人物像を造り上げた作品は皆無なのではあるまいか。作者の筆は世間一般が嫌悪すると同様の嫌悪感を押さえつつ、良順や寛斎が注いだであろう愛情を抱くことで、次第に読者の中に伊之助を棲み込ませることに成功してゆく。天才的能力をもちながら世間から受け入れられない伊之助の身の上に、焦れったい思いと共に愛着を覚えさせてゆく。読者は自らの周囲に、或いは自らの内に、伊之助と同様の社会不適応の部分を共有していることを気づかされるのである。
0投稿日: 2018.02.25
powered by ブクログ激動の時代に大いなる功績を残した人物の足跡を辿る。松本良順がそうした幕末小説のテンプレートに沿ったキャラクターとするならば、伊之助は独特の立ち位置に存在する男だ。目をみはる栄達をしたわけではないし、書き連ねられるのは、社交性に著しく欠けるため相手を苛立たせるというエピソードばかり。そんな伊之助も、歴史のうねりの中で、何がしかの役割を果たしている。作中で痛快なことを成し遂げるわけではないが、何だか自分の周りにももしかしたらいそうに思えて、伊之助のくだりになると少し和んだ気にさせられた。 司馬遼太郎も、書き進めるに従って伊之助に最も感情移入したのかもしれない。『国盗物語』で一番人間味を感じたのが、私にとっては道三でも信長でもなく明智光秀だったように、本書では戦と聞いただけで震えてしまう伊之助に最も親近感を覚えた。まあ実際、あんな人間が近くにいたら、手ごたえがなくて、始終イライラさせられるかもしれないけど…。
0投稿日: 2014.11.30
powered by ブクログ松本良順という蘭方医師を通して江戸幕府の終焉を見る。江戸幕府が消失することで身分制度崩壊が確かなものになる。身分制度により守られていたものが無くなり、それぞれの階級の人々の混乱が伝わる。時代の変革期には必ず天才が現れるのである。司馬遼太郎の幕末小説はどれも一読の価値がある。
0投稿日: 2014.06.30
powered by ブクログ幕末期を松本良順、関寛斎、島倉伊之助という三人の医師・蘭学者の目線から描かれているために幕末物はたくさん読んでいたが、新鮮でとても面白かった。徳川慶喜、新選組などが後半登場して、より面白くなった。 この『胡蝶の夢』の本質は江戸身分制社会を描き、その身分制社会を突き崩す大きな要因が蘭学であったということを司馬遼太郎さんは描きたかったのだと思う。
0投稿日: 2014.03.01
powered by ブクログ二人の主人公の、一方は華々しき、もう一方は無残な、そんな最後が。。 西洋医学という共通点はあるけれども、生まれも性格も、まったく違う二人を見事に書き並べていて、興味深いです。 司馬遼太郎の著作は大好きだけれども、そのなかでも、今まで読んだ本の中でぴか一な話です。
0投稿日: 2014.01.25
powered by ブクログ最終巻が一番面白かった。特に新撰組との絡みが。他の方も書いているが、僕の中で伊之助の大村益次郎が被る。
0投稿日: 2013.11.13
powered by ブクログ写真が伝来した件は大変興味深かった。 蘭方医がみた、幕末といったところか。 伊之助は大村益次郎と重なる部分がある。 良順にはなかなか感情移入ができないが、伊之助にはできてしまう。 たぶん作者は伊之助に愛着があるのだろう。
0投稿日: 2013.08.20
powered by ブクログ幕末の身分制の崩壊を蘭方医学の側面から描いているのが面白かった。 どうしてもっと早く読まなかったんだろう、と後悔するくらい私の中でベストに入る司馬遼太郎の名作になった。 この作品を読んで改めて思ったのは、幕末小説の面白さは「封建制度、身分制度の崩壊」ってところだな、ということ。 幕末テーマはやめられんわ、しばらく。
0投稿日: 2013.03.04
powered by ブクログ最終巻で荘子の胡蝶の夢が出てくる。日本画三山の一人加山又造のカバー絵と内容の取り合わせが、とても贅沢に思う。 明治に入ってからは良順ら蘭学が古いものに変り、常に社会からは浮いてしまっていた伊之助は縛られることなく、アメリカからドイツにと医学の翻訳言語を変えていく。 大きな時代の変化のなかで、ただ舞うしかない蝶。舞って後世の人の目に留まるだけでも私は凄いと思う。 エタ、非人が江戸時代無税だったことや、大名並みの非人がいたこと、良順の努力で平民になったことをしった。前巻に続き江川太郎左衛門と江原素六、もっと調べたくなった。
0投稿日: 2013.02.03
powered by ブクログ江戸末期の将軍の御殿医、松本良順を主人公とした医学会の話。漢方医が御殿で主導権を握っていたが、鎖国の中、出島から針の穴を通るように蘭学の情報が入り蘭医の先進性を認めざるを得なくなって来る。松本は御殿医でありながら江戸を離れ長崎でオランダ人を先生とする医学校、病院の設立と運営に奔走する。超保守的な江戸時代に黒船が来てからは幕府も先進的にならざるを得ないが、260年前からの体制では古すぎて瓦解してしまう。この本を読んで驚いたことは江戸時代の身分の層が緻密に別れていて、大抵の人間関係に上下がついてしまうことで、そうすると上下関係を認識させるために陰湿ないじめのようなことが起きる。天下泰平だったかもしれないが嫌な時代だな。
0投稿日: 2012.10.13
powered by ブクログ幕末期に日本に西洋医学を導入するべく奮闘した松本良順、伊之助、関寛斎の話。胡蝶の夢とは荘子から持ってきている。「荘子―荘周―は夢に胡蝶に化った。荘周自身、自分は人間だと思っていたが、実態が胡蝶であって胡蝶が夢を見て荘周になっているのか、荘周が夢を見て胡蝶になっているのか。」
0投稿日: 2012.03.24
powered by ブクログ最終巻。倒幕、戊辰戦争、維新政府での松本良順、伊之助、関寛斎の生き様を描く。欲を言えば、会津戦争など、もう少し松本良順の後半部分を詳しく描いてもらいたかった。若干、尻切れトンボの感あり。 全体を通じて、 医学史の切り口で幕末を理解するアプローチはとても興味深く、当時は、医者という立場がユニークで、ある意味、封建社会の身分制度から自由な立ち居地で振舞うことができたのだろう。大村益次郎他数々の志士が医学に通じていることも改めて納得するところ。
1投稿日: 2011.11.12
powered by ブクログ封建的社会の根幹をなす身分制度の内実とその崩壊を描いた長編小説の完結編。 身分制度が日本人へ与えた影響に関する記述には感心しました。 挿話が一段と多く、長く感じましたが、読了感はありました。
0投稿日: 2011.10.17
powered by ブクログ人間の機微を理解しなかった伊之助の人生については考えさせられるところがある。 幕末における幕府と新政府での医者・医学の立場と、当時の西洋医学の発展状況が興味深かった。
0投稿日: 2011.09.13
powered by ブクログかつて長崎でポンペの下学んだ仲間たちはそれぞれの立場で明治維新にかかわってゆく。3巻と比べるとスピード感、臨場感に欠け、読むのに時間がかかった。司馬遼太郎の小説の主人公は、天才でかつ先見の明のある人物が多いのだが、この小説の島倉伊之助は例外。天才ではあるが、その才能を発揮する場がなく、さらに時代に対する感性も鈍い。「ああ、こういう人もいたんだなぁ」という人物。 こんな人物を作者はどんな史料から見つけ出したのだろう? ほとんど史料がないと思われる中から、このようキャラクターをどうして生み出せるのか? そういう面にも非常に興味を持った。
0投稿日: 2011.01.27
powered by ブクログ松本良順 島倉伊之助 関寛斎ら江戸末から明治に蘭学、西洋医学を学び国内に移植した医者の群像。江戸幕府の崩壊、分際の社会の崩壊。 司馬小説 幕末も最後から明治初めをつないでいる貴重な時代描写。
0投稿日: 2010.09.23
powered by ブクログ時代とか状況とかそれらの作りだす空気とかって、やっぱりリアルタイムでしか味わえないものなんだなぁとおもう でも、それを違うところにいるひとが必死になってでも想像して、思いを馳せるのはすごくだいじなことだとおもう。 江戸時代、そして幕末というものについて、そういう考え方をさせてくれた本ですた(´ω`)
0投稿日: 2010.05.09
powered by ブクログ松本良順,伊之助、関寛斎を主人公に幕末から明治維新にかけての身分制社会の崩壊を描く。司馬さんの歴史への造詣の深さ、表現力に酔う作品である。10.5.5
0投稿日: 2010.04.30
powered by ブクログ方外の人という制度 納税さえ不浄とする差別 蘭学の縁の下としての被差別者 伊之助のこと。 純粋培養された感覚から分際の社会を浮き彫りにする。 1つの異能をもってしても、機能させ得るいくつもの凡才が必要。
0投稿日: 2009.08.28
powered by ブクログ幕末の医者たちの話。主人公たちはみんな医者だし、基本的に物語は彼らの行動に沿って展開されるんやけど、結局のところ人物は点景として一枚絵に添えられているだけ、という印象を受ける。たぶんそれで間違いない。もちろんその「一枚絵」は「明治維新」という時代なんだけど、言葉としてはこれよりも「幕末」のほうが正しい。主人公たちが幕府に寄っていたから、というわけでなく、司馬が作品で意図したのは新時代の幕開けではなくて、旧秩序の崩壊であったに違いないから。 作中で語られるこの時代の医者、特に蘭医というのをふたつの側面から切ると、まず身分制度の埒外にいる。それから、蘭学を通していちはやく西洋思想に触れている。このふたつの側面をもって、江戸時代の秩序とその崩壊への過程を考察している。真の意味での時代の変容が外部からの圧力ではなく、内部に白熱する方向性を失った鬱屈によるものだとすれば、時代を読み解こうとするのにこの選択は素晴らしいとしか言えん。軍事の面を筆頭に司馬史観が疑われることは多いけれど、こういう洞察を見ると司馬遼太郎はやっぱり歴史の脚本家、あるいは俯瞰する人、としての天分を持っていたとしか思えへん。 ということで、例によって英雄譚ではなく時代の点描なんやけど、十分におもろい。人物によるスパイスがよく効いているというのももちろんあるんやけど、恬淡とした人々の向こう側にある悲劇性が滲み出るように感じられるのが良い。
0投稿日: 2007.10.04
powered by ブクログ最も早く西洋文化と接した医者の世界から幕末を見る物語だが、他にも色んな問題が見れる。特に、中央と地方の問題。さらには部落の問題。
0投稿日: 2006.10.30
