![最後の努力──ローマ人の物語[電子版]XIII](https://ebookstore.sony.jp/photo/BT00003156/BT000031565401301301_XLARGE.jpg)
総合評価
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powered by ブクログローマが「ローマ」でなくなっていく… という帯の文章がぴったりな内容だった。 元老院の地位はいよいよ落ちぶれ、税制は変わり果て、首都も変わり、キリスト教が台頭しはじめる。 コンスタンティヌスによる帝国の延命は、暗黒の中世を呼び込む。
0投稿日: 2024.03.04ローマがローマでなくなる
ローマ帝国という「形」を保とうとする最後の努力が、ディオクレティアヌスとコンスタンティヌスの二人の皇帝にってなされ、ついに「ローマがローマでなくなる」という ローマ的な主体も精神も変質してしまう改革がなされてしまう という巻である。自分たちの「第一人者」としての皇帝を、至高の存在「神」から任命されたもの としなければローマ帝国という「形」は保ち得なかったのか 深く考えさせられる。
0投稿日: 2023.11.24
powered by ブクログ研究者によっては、この本で描かれた時代でローマ帝国は終焉を迎えたという人もいるそうな。「ローマが『ローマ』でなくなっていく―」と、帯にも書かれているな。国家の最大の責務とは、防衛だ。その防衛が守れなくなってきて、ローマ帝国は危機を迎える。帝国再建のため、ディオクレティアヌスは二頭政、四頭政と帝国を分割して統治することで、なんとか再建しようとする。一時は果たせたものの、その過程でローマはどんどん変質していくんだね。 「いかに悪い結果につながったとされる事例でも、それがはじめられた当時にまで遡れば、善き意志から発していたのであった。」というユリウス・カエサルの言葉がエピグラフとして巻頭を飾っている。本書を読み進むにつれて、この言葉の含蓄が増していくような気がしたなぁ。 さらにいえば、どれだけ小なりといっても、組織、チームに責任のある立場としては、問題に対する解決は、あとでどんな結果につながるかは覚悟しておけ、ということを考えさせられる。先の先なんて、そうそう読めないんだけどさ。 ディオクレティアヌスの後、コンスタンティヌスによってローマはキリスト教の帝国へと変質していく。コンスタンティヌスがなぜそれほどまでにキリスト教に肩入れしたか。その解説は、圧巻ともいえる説得力があったよね。そういう話だったのか。 もちろん、信仰があったのかもしれないけど、政治家として考えるなら、それだけで行動するとは考えづらい。ローマは元来、世襲ということに身構える民族性をもっていた。そのため、帝国とはいえ、皇帝は必ずしも世襲ではなく、市民によって選出されたという体裁をとる。コンスタンティヌスより前、ディオクレティアヌス以前にさかのぼれば、皇帝といわれたといってもどちらかといえば、元首であった。しかし、元首は市民からの不信が強くなると、市民によってすげかえられてしまう。古代のこと、それは殺害という形をとることが圧倒的に多かったのだ。それがローマ帝国末期の衰退の原因でもあった。 であれば、簡単に首をすげかえられなくすればいい。つまり皇帝は市民によって権威づけられるのではなく、もっと上の存在、つまり一神教の神をその力の源泉とすればよいのである、と。 俺自身、ボーン・クリスチャンで子ども頃からキリスト教に接しているけどさぁ。宗教に対して、これまでそういう見方をしたことはなかったなぁ。 知的に興奮したね。
0投稿日: 2022.11.20
powered by ブクログローマ人のことを素晴らしいと思っていたのだけど、この巻だと、その素晴らしい点がなくなっていくようで残念。
0投稿日: 2022.11.01
powered by ブクログ2021/11/4 統治を委託された存在としての元首政から絶対的な君主政へとローマを変えたディオクレティアヌス。権力を一手に集めて軍を2倍にすることで蛮族の侵入を阻止し、絶対的な存在として人々から隔絶することで身の安全を確保した。軍の主力をリメスから機動隊に移し常に皇帝が率いるようにするとともに、皇宮官僚を整備し地方から徴税権を奪い権力を一手に集めた。軍隊と官僚によって税金は高くなった。また4頭制テトラルキアによって首都ローマに本拠をおかないことでローマと元老院は形骸化し、世襲制によって階層の固定化もすすんだ。ディオクレティアヌス時代にはキリスト教は一定の勢力を持っており、本格的な弾圧を行った。 4頭制の一翼でしかなかったコンスタンティヌスは、巧妙にミラノ勅令によって信仰の自由を盾にキリスト教を公認し、ライバルとの戦争に勝って唯一人の皇帝となった。その後は、コンスタンティノープルを建設し、キリスト教会に皇帝資産を寄贈したり、聖職者の公務免除を行うことでその勢力拡大を後押しした。さらにニケーア公会議を開き、キリスト教の正統を三位一体のアタナシウス派と決めている。筆者は絶対君主政の根拠となる存在として、キリスト教に目をつけ、司教を買収することで神の意志である絶対性を確保しようとしたと考えている。
0投稿日: 2021.11.04
powered by ブクログ専制君主となったディオクレティアヌスとキリスト教を公認したコンスタンティヌスのお話。このところしょうもない理由で皇帝が殺され続けたので、ハクを付けようと色々努力した…のはいいけれど、元々のローマとはすっかり変わってしまいましたとさ。コンスタンティヌスは遷都までするしな。
0投稿日: 2019.03.07
powered by ブクログローマ人の物語は、塩野ファンのみならず、どなたにもお勧めしたいシリーズ。滅亡への下り坂を一気に転げ落ちてゆくローマ。これを何とかして食い止めようとするヒーロー。だが、この時期のローマは、カエサルをもってしても時期すでに遅し。
0投稿日: 2018.10.23
powered by ブクログいよいよローマ帝国も最終章に入ってきた。 ローマ史の研究者の中でもコンスタンティヌスの時代になって、もはやローマではないと筆を置く人がいると筆者は述べている。 しかしながら、このシリーズは「ローマ人の物語」であって「ローマ帝国の物語」ではないと筆者の考えを構築しようとするのだが、 やはり、こころ無しか筆者の文章にも以前のような力強さがなくなっている。 ローマ皇帝というと、素人の記憶では(学校で習った程度)やはり、ネロ、カエサル(シーザー:皇帝ではないが)、コンスタンティヌス、おまけでアウグストゥス(虫プロの映画から)が浮かぶ。 この中でコンスタンティヌスについては、ハリウッドの影響でローマ皇帝、ローマ帝国のシンボル的なものと捉えていたが「ローマ人の物語」を読んでまったく反対であることがわかった。
0投稿日: 2018.10.22
powered by ブクログローマ帝国再建を目指した二人の皇帝ディオクレティアヌスとコンスタンティヌスが主人公。前者は帝国を分担して守ることで蛮族の侵入から守ることを目指し、後者は新都の建設、そしてキリスト教の公認という方向転換で帝国の再建を目指した。確かに、これらのことによってローマ帝国の延命には成功したと言えよう。しかし、その代償にローマ帝国はかつての姿とは別物になってしまう。軍や官僚の肥大が増税に繋がり、一神教のキリスト教を公認することで、多神教の世界が失われ、そして寛容の精神も失われていくのであった。
0投稿日: 2017.12.11大改革を経て、ローマ帝国はローマ的でなくなってしまった。
皇帝がコロコロ(?)暗殺されて混乱した4世紀の危機に、強力な指導力で終止符を打ったディオクレティアヌス帝。目標に向けて冷静な一手を打ちながら大目標をいくつも達成し、他ではキリスト教興隆の礎をつくったコンスタンティヌス帝。主にこの2帝を扱ったのが本書です。 ディオクレティアヌス帝の政策は、とにかく戦略的というか理論的に完璧に見えるものばかりです。目的も明瞭なものばかり。 絶対君主制に移行し、担当地域を明確に分けた四頭制を採用し、ローマ社会への反対者は容赦なく弾圧し、銀の含有率が落ちる一方だった銀貨を純銀にするなど、実に多くの政策を実行し、実際に大きな成果を上げます。 でも、一代限りなんですよね。あえなく帝国は内乱に突入します。なぜ長続きしなかったのか?この問いかけがこの巻の読みどころになると思います。 そして、内乱を勝ち抜いたコンスタンティヌス帝が登場。大帝とも呼ばれる彼ですが、政策の目的がわかりにくく、明瞭さはあまり感じません。 大目標に向けて冷静に一歩ずつ歩んでいった彼が何を考えていたのか?なぜ、キリスト教にあそこまで肩入れしたのか?塩野さんの推論と学術的な諸説が紹介されています。 大改革を経て、ローマ帝国はローマ的でなくなってしまった。それを端的に表しているのがコンスタンティヌスの凱旋門かもしれません。
0投稿日: 2017.05.16
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
4世紀に入り、ローマ帝国は専制君主の帝国へと変質していく。ローマは「共和制」の時代から「帝国」であったことを今更ながら気がついたように思います。小さい政府であったローマ帝国がディオレクティアヌスにより、軍政・税制改革、そして4皇帝による分割統治をどうして検討せざるを得なかったのか。彼の引退の引き際の素晴らしさに拍手するとともに、引退後の権力のなさ(妻と娘が皇帝により冷たくあしらわれ、惨めに殺されて行く・・・)に複雑な思いがします。そしてコンスタンティヌス大帝がどのようにして一人皇帝として権力を握るのか。そして大帝と呼ばれることになった理由として、キリスト教との関わりが言われるが、必ずしも彼はクリスチャンになったわけでもなく、洗礼も受けていない、にも関わらずなぜキリスト教を擁護する立場になったのかは興味深い話しであります。ディオクレティアヌス、コンスタンティヌスという有名な皇帝の努力を中心にローマが官僚体質になり、内外の動向から滅亡の必然性が迫ってきていることを説得力のある表現で力説しています。著者はいつも現代を意識しているように思います。
0投稿日: 2013.08.21
powered by ブクログ著者のトーンは変わらず。しかし歴史が面白くなくなってきているので、全体としてつまらない。読むのをやめた。 ●面白かった点 なし ●気になった点 なし
0投稿日: 2013.06.01
powered by ブクログ歴史を俯瞰することは、岡目八目冷静に色々な見解を戦わせることができるが、実際に生き、そしてその時々に最善(その基準が公なのか私的なのかは別として)を期して判断し、多くのものが追従して実際の事実として積み重ねられたものは、ある種馬鹿げたフィクションのようでもある。この世界で一人の人間があくせく最善を期することの虚しさがローマ帝国という壮大なものであればある程際立ってしまうような気がする。しかし、それでも私達は私達の今、現実を生きなければならないのだ。
0投稿日: 2013.04.15
powered by ブクログローマ人の物語も終盤 ローマが、ローマで無くなりつつある。作品全般としては非常に良いと思うが、ここ2〜3巻は内容自体にワクワク感に欠ける。
0投稿日: 2013.03.07
powered by ブクログ2012 3/3読了。つくば市立図書館で借りた。 高校時代に途中まで読み、そのままになってしまっていた『ローマ人の物語』シリーズ。 つくばの図書館で見かけたので、久々に再開してみた。 ディオクレティアヌス帝/コンスタンティスヌス帝、いわゆる「後期帝政」、「絶対君主制」の時代のはじまりの巻。 教科書で両者の名前と「後期帝政」へ移行したことは知っていても、それが実際にどういうことなのかはよくわかっていなかったのだが、この巻を読んでだいたいの感じがつかめた。 ローマがローマでなくなる/君主の権力が絶対的になり、国防上において市民よりも優先される時代、的な。 そもそも3世紀時点でローマの信用は瓦解して蛮族が跋扈しがちになっていたところを、ディオクレティアヌス帝が改革によって国防を増強してなんとか盛り返すも、兵力増強による国防費の増大と4頭体制を敷いたことでの官僚増加等で予算規模がでかくなって重税を課すようになる⇒離農が起こる⇒離農を防ごうと職業の世襲が義務化・・・とか。 コンスタンティスヌス帝時代に金本位とも呼ぶべき制度が始まるも、金貨を手に入れられる身分=軍人・官僚および国に近い商工業者であるか否かでの格差がより広がる、とか。 中世化の芽がどんどん蒔かれ、ローマっぽさがなくなり、極めつけはコンスタンティヌス帝がビザンティウムに首都を置く、と。 共和制⇒元首政くらいの感じが好きなので、巻末の「これほどまでして、ロマー帝国は生き延びねばならなかったのか」という問いには首肯せざるを得ない。
0投稿日: 2012.03.03
powered by ブクログ崩壊しかけたローマ帝国に、2人の皇帝が最後の歯止めをかける。しかし、東西ローマの分裂への一歩を踏み出し、キリスト教を公認し擁護することで中世ヨーロッパ時代の教会の横暴・悪乗りのタネを植えるなど、失ったものも多い。 巻の最後の言葉「これほどまでして、ローマ帝国は生き延びねばならなかったのか」が印象的。
0投稿日: 2012.01.28
powered by ブクログ低調な評価にするわけではないが、塩野さんが言うとおり (というか彼女の主張がおりこまれた文面なので) ローマらしさ、相対的かつ公共性・共同体を意識した 政体・文化が変容していく段階を描いているので あまり面白くなかった。特にキリスト教文化で育って いないし。 塩野さん自身もそうだと思うけど。
0投稿日: 2011.08.30
powered by ブクログ愚帝、内乱の読みづらい数冊を経て、ついにとどめの一撃となるキリスト教が台頭。 その時、良かれと思ってしたことでも、トップの決断は時にかくも長く歴史を左右する。
0投稿日: 2011.01.13
powered by ブクログ久しぶりに、塩野さんのローマ人の物語を手にとってみた。千年近くを旅する物語も既に全15巻のうち13巻目。時代は3世紀末から4世紀になる頃で、同じく古代文明が花開いた中国では秦漢王朝も後継の三国も滅び、西晋が異民族の侵入で滅ぼされる時期に当たる。理性が花開いた古代は終わりに近づき、「暗黒の」とも形容される中世が近づいている。 今回はそんなローマの本質が変わりゆく時代に、帝国を立て直そうとしたディオクレティアヌスとコンスタンティヌスを採り上げる。強くしなやかだったローマは既に過去のものになった。皇帝と軍隊は内紛を繰り返し、国の主導権は辺境の守護者であるバルカン人たちに委ねられる。しかしローマは分裂することなく、様々な人種からなるローマ人たちは団結を維持し、リメス(対異民族防衛線)に囲まれたローマ世界を守ろうとする。しかしどうすれば守れるのか。二人が出した答えは「普通の帝国化」だったようだ。皇帝の権威強化、帝位の世襲、皇帝を支える強い軍隊と官僚、それを賄う重税・・・。そうするしかないじゃないか、という当人たちの声が聞こえて来そうなものだが、塩野さんは「ローマがローマでなくなっていく」と、悲観的に捉えている。同じことの繰り返しが多く、老人の繰言のようにくどいのが難点だが。 そして将来を大きく左右したのは、コンスタンティヌスの東方シフトだろう。コンスタンティヌスはローマをイタリア中心の古代ローマからギリシアのビザンティン帝国に生まれ変わらせ、更に千年の余命を与えた。そのためにはキリスト教徒の支持を得る必要がある、とまで見抜いていたとしたら、コンスタンティヌスは相当な慧眼だし、カエサルやシャルル大王と並んで、今日のヨーロッパ世界を作った一人、と称しても過言ではない。 塩野さんの長い物語もあと2冊。ローマがローマでなくなっていくとなると正直気が重いが、やっぱり読むことにしよう。次巻ではあの、背教者ユリアヌスが登場することだし。
0投稿日: 2010.10.02
powered by ブクログぼろぼろになったローマが再生する物語。ただ,再生の方向性が,これでいいのかな,と思ってしまうものであるのは,作者に言われるまでもなくわかる。自分の信念を曲げずに生きていたかっこいい人が,病気になり敵におびやかされ,ただ自らの保身のみを考えてどんどん嫌な奴になっていくのを見ているような気がする。以前のかっこよさをよく知っていて,それにあこがれていればいるほどつらいような感じだ。まあ,そんな風に思って読んでしまうのは,ここまで時間的にも量的にも,作者の目線で古代ローマという国につきあってきたからなのかもしれないけれど。 今回中心である二人の皇帝は,高校自体の世界史の授業でおなじみだった人だ。バラバラになりそうだった(というより死にかけていた)ローマ帝国を,キリスト教という新たな支柱で立て直した偉人である,というイメージだった。しかし,こうやって別の視点から説明を受けてみると,ずいぶんと違った印象を持つ。ただ,決して偉人ではないにせよ,彼らの力,たとえば,ある状況の中で最善と思われる手を見つける力や,最善手をねばり強くやり遂げていく力は,感嘆に値する。 ここまでやってもやっぱり壊れていく,あと100年の帝国が切ない。 2009/9/17
0投稿日: 2010.09.23
powered by ブクログ2010/07/08 ついにローマの首都がローマでなくなってしまった。通貨の純度を上げても良貨はみな死蔵されて流通しない、彫刻の技術があからさまに劣化しているなど、気がついたらここまで衰亡しているのだ。 世界史で習った事なぞなんにも理解できていなかったのだということがよくわかる。
0投稿日: 2010.07.10
powered by ブクログブログにレビューを書きました。 http://yo-shi.cocolog-nifty.com/honyomi/2005/02/13__ea70.html
0投稿日: 2010.06.28
powered by ブクログついにキリスト教が王の存在意義を権威付けるところにきた。これでローマ帝国は変質した。そしてこれがヨーロッパとキリスト教の関係を決めた。そういうことだったのかと腑に落ちる。しかし思えば遠くへ来たものだ、と振り返って思う。
0投稿日: 2009.12.28
powered by ブクログ紀元284年、ディオクレティアヌス帝の即位から、紀元337年、コンスタンティヌス帝の死まで。 いよいよキリスト教が迫害から公認へ、「ミラノ勅令」から「ニケーア公会議」へ。 「利益の社会還元・・・富裕層には公共心に訴えるだけでなく、虚栄心にも訴える、人間は形に遺るとなれば、より一層やる気を起こすものなのである」 「一神教・・・権力でも権威でも、それが多くの人や神に分与される状態では絶対的な存在ではなくなる」 「マクセンティウス、コンスタンティヌスに敗北。敗北とは何であるかを考えさせる、昨日までの皇帝が暴君に一変する」 「紀元313年ミラノ勅令、キリスト教がローマ皇帝によって公認された」 「小数派のキリスト教徒が多数派の多神教ローマ人を変革、コンスタンティヌスハ需要とは自然に生まれてくるものとは限らず、喚起することによっても生まれてくるものであることを知っていた戦略家であった」 「宗教を大義名分に使えなければ争いは人間同士のことになり、単なる利害の衝突にすぎなくなる。宗教を旗印にすると、問題は常に複雑にある」 「コンスタンティヌスによる皇帝資産のキリスト教会への寄贈行為、宗教組織にとっての資産の重要な役割の認識」 「信仰よりも利益で入信する者が多かった、食べていくためにキリスト教に改宗する人々は多かった」 「ニケーア公会議・・・神とその子イエスは同位か、それとも同位ではないか、三位一体説・・神とその子イエスと聖霊は同位であるがゆえに、一体でもある」 「つまりは支配の道具・・・王政・共和制・帝政と政体を変移、権力者に権力の行使を託すのが、人間である限り、権力者から権力を取り上げる権利も人間にあり続けることになる。決める権利は、可知である人間にはなく、不可知である唯一神、一神教の神キリスト教の神とした」 「パウロ、キリスト教をユダヤ人の民族宗教から世界宗教へ、神以外には何であろうと他に権威を認めないが、現実世界の権威も神の指示があっての権威、ゆえに現世の権威に従うことはその上の君臨する至高の神に従うことになるのである」 「神意を伝える司教たちを味方に懐柔、優遇策・司法権」 「キリスト教は、利益を介在させることによって、少数はより短い期間で多数になっていった」
0投稿日: 2008.11.22
powered by ブクログ帝国を維持しているのは軍事力なのだろうか。軍事技術,工学,冶金学の進歩や格差について全く論じられてはいないのでそのあたりどうにもすっきりしない。
0投稿日: 2007.02.14
powered by ブクログローマがローマらしくなくなり、中世へと移行しつつある時期についてです。資料写真の凱旋門のレリーフが、この時期について物語っていて愕然とします。レリーフの写真はあれこれ書かれた文章を読むより一目瞭然かも。
0投稿日: 2005.04.26
powered by ブクログ正直、「へぇー」とか、「ふーん」というのが一番ピッタリの読後感ですが、今回は、キリスト教について、なかなか勉強になりました。 自分の高校生時代にこういう本に巡り合っていたら、進路は大きく変わっていたでしょうにね。。。 2005/3/5
0投稿日: 2005.03.05
powered by ブクログこれを読んで、耳が痛くならない現代日本人はいないと思います。まさに、歴史に学べということではないかと。 特に税金についての考え方の転換には、一考の価値があります。ローマ時代の主な税金の考え方は、「税金でできる範囲が行政のやるべき範囲」なのに、中世が近くなってくると、「行政がやりたいことをやるために必要な分を税金としてとる」 ・・・・・行政の「やりたいこと」が「国民のためになること」なら福祉国家の誕生だけれど、今の日本はとてもそうとはいえないのではなかろうか・・・。
0投稿日: 2005.02.09
