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階段を駆け上がる
階段を駆け上がる
片岡義男/左右社
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総合評価

8件)
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    1940年生まれ、片岡義男 著「階段を駆け上がる」、2010.7発行、独立短編7話が収録されています。30代の男性と20~30代の女性のおしゃれな物語です。まるで、わたせせいぞう(1945年生まれ)の絵を見てるようです(^-^)最初の3話、階段を駆け上がる、夏の終わりとハイボール、いまそこにいる彼女 が好きです。

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    投稿日: 2018.11.20
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    片岡義男 短編小説集 「階段を駆け上がる」 ■階段を駆け上がっていった 高村夏彦 ライカのストラップ 分厚い板張りの遊歩道 途中に踊り場をはさんで、その階段は上下ふたつに分かれていた。 その女性の姿が飛ぶように彼の後方へと移動した。 写真家として身につききった習性 踊り場に足をとめて振り向きながらライカを右手にとらえてフィルムを巻き上げ、ファインダーを右目へ持っていき、ファインダーと五十ミリ・レンズごしに、階段を駆け上がっていく彼女の姿をとらえたときにはすでに、ファインダーのなかの二重像は完璧に重なっていた。シャッター・ボタンを押し下げた瞬間に次ぐ一瞬のなかで、高村はふたたびフィルムを巻き上げてもう一度シャッターをきった。 素足にエスパドーリユ、そして淡いピンクのごく普通のスカートに、白い半袖のシャツ。 妻の百合子 なにか大事なことを忘れているような、気づくべきことに気づいていないような、妙な不安感に似た心理状態 カラー・リヴァーサルのワン・フレームのなかに二次元で精密に縮小されたこの女性の、どことは言いがたくぜんたいが、百合子にごく近い可能性 階段を上がっていく百合子のうしろ姿を、どんぴしゃりのタイミングで、完璧なポーズで、そのワン・フレームだけ、運転席の窓から彼は撮影した。ライカのシャッター音は小さく静かだ。撮られたことに百合子は気づかなかった。 三年前のこのワン・ショット 白地に様々な大きさの、黄色い水玉の模様 見つけるべきものを自分は見つけた。つながるべきものがすべてつながった。 「やはりきみだったか」 「階段を駆け上がっていく北野百合子」 「いま作ってる短編集の、著者近影にこれを使おうかしら」 「これも私の脚がいい位置にあるのね。これ以外ではあり得ないほどに」 黄色地に白い水玉模様の水着 「確信があるかい」 「ありますよ。この水着には身に覚えがあるから」 「僕たちはまだ知り合ってもいなかった」 「私たちが結婚したのは三十二歳のときよ。二十五歳はそこから七年前よ。おたがいにその存在などまったく知らなかった頃、真夏のこの海岸のこの場所で、偶然にも私たちはすれ違ってたのね」 「あのライカがそこに介在した。五十ミリのレンズ。そしてカラー・リヴァーサルのフィルム」 「素晴らしい偶然だわ」 「良き被写体はレンズを美しくかいくぐり、フィルムの乳剤膜において勝利を収めた」 ■夏の終わりとハイボール 風には港の海の匂いが濃厚にあった。 運河 港湾地帯 いつもの店でハイボールを三杯 「夜になると港の匂いを感じるわ」 「田島裕二、三十七歳、独身で夏の終わり」 「三枝直子、独身、二十七歳。ナオコは直線の直」 「夏の終わりに俺と温泉をめぐってみないか」 「私は体を提供するの?」 「そうなはならなくてもいい」 「だったら、基本的にはOKよ」 「さしより、ハイボールば」 「それ、そのひと言」 「すべてのことをさしおいて、まずとにかくハイボールをくれ、という意味だ」 「どこの言葉?」 「熊本」 宝くじ売り場 「もらったその足で俺はここへ来て、おばさんに一万円あげた。百万円当たって一万円は少ないかと訊いたら、この世はすべて気持ちのものよ、とおばさんは言った」 「基本的にはOKよ」 「全面的には?」 「ハイボールのグラスのなかで氷の動く音が好きよ」 「あの店の氷は、なかなか溶けない」 「私のように?」 「すっ裸でこんな話というのも、妙なものだ。箱根の次は、すぐ近くだけど、湯河原へ行ってみることにしよう」 男の身の上話 女の輪をかけて様々な身の上話 ブルー・トレインで熊本へ 基本的には母親がひとりで切り盛りする食堂があった。 「私は、しばらくここにいたい」 「ハイボールとは、グラスのなかの氷の音だよ」 ■いまそこにいる彼女 ■美少女のそれから ■雨降りのミロンガ ■積乱雲の直径 ■割れて砕けて裂けて散る だめだ、やっぱり買おう。 -----

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    投稿日: 2018.10.15
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    どの話も、小綺麗だけど似たような男性と似たような女性がこじゃれた会話をしている、という印象。 出てくる女性が皆、判で押したような美人で何故か主人公の男性に好意を抱いているという嘘っぽいシチュエーションにも馴染めなかった。 文体も含め、これを書いている作者の悦に入っている姿が浮かぶよう。 鯛焼きとコーヒーはとても美味しそうだった。

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    投稿日: 2012.10.12
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    よい箇所もよい印象にはならない何か。 男女間の軽はずみなやりとりが小説自体をつまらなくさせているのか、漂う色気がたとえ古臭くともその味や匂いは感じられるはずで、しかし少なくともこの短篇集においては悉く空振りし、全体的に安っぽく思えた。これは読み手の問題かもしれないが、上司にたいする反応に困る感じだった。

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    投稿日: 2011.03.22
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    懐かしさを感じながら、安心して読める片岡作品。本短編集もそんな作品でした。スタートの作品でぐっと惹かれ、すいすい読んでしまいました。

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    投稿日: 2010.09.29
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    片岡義男さんの小説はあいかわらず無邪気すぎるくらいに平和だ。 道尾秀介著『光媒の花』の直後に本書を読んだので、余計に、何事もない平穏さが際立ったようだ。 片岡さんの小説は、初めての方が読むとどう思うのだろう? いつも、そんな疑問が頭を過ぎる。私自身は片岡さんの小説作法を気に入っているし、これまで沢山読んできたのでなんの違和感もないのだが、初めての方は少々面食らうのではないだろうか。 片岡さんの小説には強い喜怒哀楽表現がない。もし作家が茶道の話を書けば、そこには所作に籠められた思いを、なんらかの方法で表現することだろう。しかし、片岡さんなら、ただ所作自体を客観的に冷静に描写するに留めるのではないだろうか。なぜそういう動き方をするのかという理由を説明することはないはずだ。 本書に収められた短篇7つもみな、片岡流に則った小説である。なぜそのような行動をとるのか、についての答えは読者にわからない。わかるのは、片岡さんにとってはそれが美しいからに違いない、ということだけ。 片岡理論を頭でなく感覚で受け止められるようになると、片岡小説は面白くなってくるはずだ。とても平和で居心地が良くなってくる。 本書の7篇にはそれぞれ、片岡さんにそれら7篇を書かせるきっかけを与えた物がある。本書の表紙に描かれている物もそうだ。     ・階段を駆け上がる女性のうしろ姿の写真   ・ハイボール   ・駅   ・野球   ・ブレンド・コーヒー豆の深煎り200g   ・投手の指先延長線上の積乱雲   ・鯛焼き これらのものが、片岡義男という映写機を通して映し出されると、本書のような小説になる。

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    投稿日: 2010.09.16
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    数年ぶりに、筆者の本を手にしました。 離婚したり、独身だったり、現在置かれている立場はそれぞれだけど、どの人も羨ましいくらいきれいな中年生活を送っています。 男も女も。

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    投稿日: 2010.09.16
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    好きです。この感覚。自分がとてもシブい男になったような気にさせてくれます。四半世紀前、片岡義男さんの文庫本を大学生協で1割引で買い揃え読んでいました。かなりの頻度で新刊がでていたので、本のコーナーを覗くのが楽しみでした。あの頃は物語の登場人物が自分より年上だったけど、今回は逆転しており現実の時の流れを感じてしまいます。そのかわり、バーで出てくる酒を自分が知っているなど、良い事もあったので「良し」としましょうか。昔から、片岡義男さんの本の中に描かれるような人になりたいと思っていましたが、それは相叶わぬ夢です。(たとえば、登場人物が良く飲むペリエは手が出ず、サントリーの炭酸水か久里浜の井戸水でごまかしています)でも、だからこそ、本に惹かれて、物語の中に入り込んでしまいます。タイムマシーンにのったような気分にさせてくれる最高の一冊です。

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    投稿日: 2010.08.25