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草原の記(新潮文庫)
草原の記(新潮文庫)
司馬遼太郎/新潮社
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総合評価

32件)
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    悪く生きるよりもよく死ね;モンゴルの諺 ツェベクマさん(女史) ロシアに生まれ、満州、中国、モンゴルと数奇な人生

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    投稿日: 2025.11.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「草原の記」司馬遼太郎著、新潮文庫、1995.10.01 228p¥400C0195(2025.02.25読了)(2005.04.30購入)(1995.11.30/2刷) 司馬遼太郎さんの「モンゴル紀行」の本だと思って読んだのですが、違っていたようです。 モンゴルを訪れた時にガイドをしてくれたツェベクマさんという女性のたどった運命を綴ったものでした。とはいえ、話は壮大で、モンゴル民族の歴史をたどっています。 モンゴル民族は、ロシアや中国にもいてモンゴル人民共和国にいる人たちだけがモンゴルというわけではないということです。 ツェベクマさんはロシアで生まれ中国の満州に渡り文化革命の際にソ連経由でモンゴルに逃れた方で、中国語、日本語、蒙古語が話せます。 モンゴルに興味のある方には、一読を勧めます。 【目次】 匈奴 シベリアの暖炉 黒い砂地(カラ・コルム) 城市(まち) 雲 虚空 帰ってくる話 解説  山崎正和 ☆関連図書(既読) 「長安から北京へ」司馬遼太郎著、中公文庫、1979.01.10 「アメリカ素描」司馬遼太郎著、新潮文庫、1989.04.25 「ロシアについて」司馬遼太郎著、文春文庫、1989.06.10 (アマゾンより) 空想につきあっていただきたい。 モンゴル高原が、天にちかいということについてである――。 一人のモンゴル女性がたどった苛烈な体験を通し、20世紀の激動と、その中で変わらぬ営みを続ける遊牧の民の歴史を語り尽くす。 史上空前の大帝国をつくりだしたモンゴル人は、いまも高燥な大草原に変わらぬ営みを続けている。少年の日、蒙古への不思議な情熱にとらわれた著者が、遥かな星霜を経て出会った一人のモンゴル女性。激動の20世紀の火焔を浴び、ロシア・満洲・中国と国籍を変えることを余儀なくされ、いま凜々しくモンゴルの草原に立つその女性をとおし、遊牧の民の歴史を語り尽くす、感動の叙事詩。

    1
    投稿日: 2025.02.25
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    久しぶりの再読です。司馬遼太郎独特の文体と雰囲気。やっぱり自分はこの作家が好きだなぁ、相性合うなと思います。

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    投稿日: 2025.02.04
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    モンゴルについての司馬遼太郎氏の随想 胡服・匈奴というあたりについての話から始まり、途中からは司馬さんのガイドを務めたツェベクマさんのルーツの話が中心になっていく。ツェベクマさんを指導した高塚シゲ子さんの話も大変興味深い。 なぜモンゴルでは中国のことをキタイと呼ぶのか、ハンガリーを中国語で匈牙利と書く理由なども非常に興味深かった。 終章の「帰ってくる話」の中に、ナーダムの話や、ベトナム戦争に送られた馬が(帰巣本能が無いはずなのに)モンゴルに帰ってきた話などが載っているのもよかった。

    0
    投稿日: 2024.06.01
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    司馬遼太郎いわく、126ページ 日本は1868年の明治維新成立のときは、他国を侵略するような体質要素をもっていなかった。 すべては、朝鮮半島への過剰な日本の妄想からおこったといっていい。 その前の段では、 理屈っぽく言えば、近代日本にとって、満洲は魔の野というべきもので、地理的呼称であるとともに、多分に政治用語であった。 とも書いておられる。 その後のページでは、さらに、 朝鮮が日本の利益線であるという根拠あいまいな数式は日本国民やその政府から生まれてというより、政府や議会から独立した機関である陸軍参謀本部からうまれた。〔略〕日本陸軍は1880年代のドイツの軍制をまねた。この機関は平時にあってたえず戦争計画をたて、有効な情報収集をするというもので、近代日本異常外交のほとんどはこの参謀本部がかかわっていた、 と記されている。 日本異常外交!今にいたる、今なおというか、今も参謀本部や日本会議や新しい教科書を作る会などに連綿と異常ぶりを引き継がれ、国民と関係なく跋扈しているではないか。 と、思いながらも。 モンゴルに純粋に興味を持ち、というかモンゴルもチベット仏教の人々だなとか、ロシア語文字みたいな字を使っているな、とか草原の暮らしと日本の相撲など、さまざまなミスマッチ要素が絡み合う地域として気軽な興味本位で読んだり調べたりすると、必ず日本近現代史のジメジメと暗いところに引っかかってしまう。 とは言え、本書では草原の、蓄財をよしとしない筋肉質なモンゴルがおおらかに描かれており、モンゴルや赤い英雄ウランバートルの街を気体のようだと描いておられて読んでいて知識も得るし気持ちも軽やかになる。 それにしてもブリヤートモンゴル人であり、政治の成り行きで、ロシア満州中華人民共和国そしてモンゴルと国籍が変わる中逞しく自分を貫き生きたツェペクマさんの清々しさと荒々しさよ。人はこのように賢く美しくあるべきと思う、自分の祖国は戦争政治動乱で勝手に変わってしまう、そんなことを歯牙にもかけないというか、そんなことで人の人生も思想も影響されないという反歴史というかなんとも言えないツェペクマさんの生き様に、今のくだらなく矮小な世界を写しそこに住むのは間違いだ、自分の人生は希望だけです、と言い切るツェペクマさんがこの草原の記に遺ることの大切さ。

    0
    投稿日: 2024.02.12
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    モンゴルとその民族の雄大な歴史を描き出す歴史エッセイ。中世にモンゴル大帝国の基礎を築いたオゴタイハーンと、現代でロシア満州中国という権力に翻弄されたツェベクマさんという一人の女性を対比的に描くことで古代から現代までの遊牧民の来し方在り方をどこか切なくあぶり出す作品

    0
    投稿日: 2022.12.04
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    この時代のこの地域のことを書いたわかりやすい本もっとないかなぁ。、せっかくなのでもっと掘り下げたい。

    0
    投稿日: 2022.05.01
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    静かな感動を覚えた1冊。 1人のモンゴル人女性の生き様をとおして、20世紀のモンゴルと歴史が描かれている。 当時の様子、人の生き様が目の前に現れてるいるかのように表現され、圧倒される。 壮絶な生き様なはずなのに何処となく軽やかに感じられるのは、筆者の力か、それともモチーフとなった女性のお人柄なのか。 モンゴルに興味がある方はぜひ手に取ってもらいたい。

    2
    投稿日: 2021.03.16
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    打ちのめされました。短い文庫本。 ほとんど「街道を行く」のスピンオフなのかな、という感じなんですが。 モンゴルの女性の話で、どうやら実在の人物で、司馬さんが数回は会っているヒトのお話し。 戦前戦中戦後にかけて、日本とソ連と共産中国とモンゴルの「政治」に翻弄されて家族と人生をズタズタにされた女性の人生。 それを、アンコから入らずに、その人の存在感から語り起こしていく書き方は、舌を巻く小説家の技法だと思いました。ノンフィクションなんだろうけど。 これはまさしく、小説というか文章でしか伝えられない後味。 荒野の中の人間の滋味。政治と個人。 脱帽。

    4
    投稿日: 2021.02.28
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    モンゴル旅行の予定があったので一読。 【ザッと内容】 司馬遼太郎自身のモンゴル渡航記×オゴタイ・ハーン(チンギスハーンの後継者)の歴史とその背景×数奇な人生を辿ったモンゴル人ツェベクマさんの回想、この3つが折り重なった一冊。小説ではないし、歴史書ではないし、渡航記というわけでもない。文中で司馬遼太郎自身が我ながらただただ書き綴っていると表現している。 【こんな人にオススメ】 ・これからモンゴル行く人 ・モンゴルの文化や歴史について興味のある人 【感想】 司馬遼太郎がほんとにただただ書き連ねたような一冊。この一冊を読めばなんとなくモンゴルという国の概要を掴むことはできよう。特に印象的だったのがモンゴル人らしいとされているオゴタイハーンの思想。とにかく遊牧的で、「財宝や金銭は全て過ぎいく。永遠なものは何か?人間の記憶である」と考える。どうやらこの考え方を大国の王が本気で実践していたらしい。衝撃的であった。 モンゴルという国自体が近代化しきれない根っこにはこの考え方があるようである。現代のモンゴルでは環境汚染も問題になっているが、技術がないというのも大きな理由の一つであるし、この小説を読むと納得感が増す。 ぜひモンゴルに行く前に一読いただきたい。 モンゴルの史実が文の多くを占めているのが少し残念で、司馬遼太郎の感じたものやツェベクマさんのストーリーの内容がもっとあったらよかった。一気読み的な類のものではなく、読み物。

    1
    投稿日: 2018.07.29
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    著者が大阪外国語大学の蒙古語学部出身というのは有名な話だが、本書は1992年刊行だから著者にとって最晩年の作品と言える。司馬さんはなぜ、数々の日本の歴史小説を書き終えた末に、遊牧民の文化を切り取る紀行文に取り掛かったのか……? その意図を正確に知ることはできないが、刊行された90年代初頭はちょうど世界中で社会主義政権が求心力を失い、西側のライフスタイルが世界中に広がっていこうとしていた時代。そこで司馬さんは、そこから失われていくであろう「人間の美徳」を、かつて猛威をふるいながらも時代に消えていった遊牧民の歴史を振り返ることで、私たちに示したかったのではないか。 寡欲であること、モノに執着しすぎないこと、自分が生活するために必要な物事を知っている、足るを知ること。ひとときメディアをにぎわせた「ミニマリズム」とは決して「文明の到達点」などではなくて、太古の草原に既に存在していたということを。 草原に暮らす民に無意識に宿る生活哲学、そして生きるために発達した強じんな身体性は、世界で他に類を見ないような独特の文化に昇華されているようにも見える。そんな彼らを隅へと追いやる私たちの文明を、いったい歴史はどう評価するのだろうか。 「チンギス・ハーンの後継者にオゴタイがなった。オゴタイは「財宝がなんであろう。金銭がなんでえあろう。この世にあるものはすべて過ぎゆく」と、韻を踏んでいった。この世はすべて空(くう)だという。 この当時、モンゴルにはまだ仏教が入っていなかったから、この言葉はモンゴルにおける固有思想から出ているといっていい。この草原には、古代以来、透明な厭世思想がある。 オゴタイは続ける。「永遠なるものとはなにか、それは人間の記憶である。栄華も財宝も城郭もすべてはまぼろしである。重要なのは記憶である」。オゴタイにすれば、自分がどんな人間であったかを後世に記憶させたい。それだけだという。 オゴタイ・ハーンほど、モンゴル的な人物はすくなかった。かれの寡欲に至っては、平均的モンゴル人の肖像を見るようである。むろん、寡欲はどの民族にとっても美徳である。しかしながら、世界史の近代は物欲の肯定から出発したため、やがてモンゴル近代史にとって、この美質は負に働いてゆく。 つまり、物欲がすくないために家内工業もおこらず、資本の蓄積も行われない。結局はそれらを基盤とした「近代」がこの草原には生まれにくかった」

    0
    投稿日: 2016.10.07
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    かっこよすぎます。  透明感。開放感。自在にいろんな時代や場所を行ったり来たりする感じ。  そうしたあとに、最後にいろんなことが集約します。  美しいですね!

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    投稿日: 2015.03.29
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    このレビューはネタバレを含みます。

    モンゴルの歴史と民族性、そして激動の二次大戦下を生きた一人のモンゴル女性を丁寧に語る。 内容的には街道をゆくのモンゴル回の補足・発展でよくまとまっている良書。 個人的に司馬遼太郎の紀行文、評論は海外についてのものが分かりやすく、興味も引かれやすいと思う。 以下内容についての感想。 生きることは移動すること。最低限の荷物だけで家畜とともに生きていくこと。なんと清々しい過不足のない生き方だろうか。 もっと縛られずに生きたい。自信を持って大地に立っていたい。そう思わずにいられない。 せめてこの日本の世間という狭い世界で生きている人の中で萎縮しない。いつだって堂々としている。そこから始めないといけない。 「私のは、希望だけの人生です」ツェベクマさんの言葉。忘れないでいたい。

    0
    投稿日: 2014.05.30
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    司馬遼太郎は、1923年生(大正12年)まれ。 大阪外大のモンゴル語科。 モンゴルには、思い入れがある。 匈奴と言われる遊牧騎馬民族がいた。 モンゴル語で、人とは、フンという。それから、フン族となった。 モンゴルは、空と草しかない。 草は、土に根を張り、土を守る。 耕せば、それは、土がむきだしとなり、きびしい太陽に照らされて、 砂として、舞い上がる。そして、岩盤が出てくる。 匈奴は、草を守り、漢民族は、耕す。 会いいれぬ世界観があった。 オゴタイハーンは、いう。 『財宝がなんであろう。金銭がなんであるか。この世にあるものはすべてすぎてゆく』 『永遠なるものとは、それは人間の記憶である。』 『あなたには、物の真贋を見分けるというものがありませんな。』 『ではなぜあなたは財産を蓄えているのです。 人間はよく生き、よく死なねばならぬ。 それだけが肝要で、他は何の価値もない。 あなたは、財産が人間を『死』から守ってくれるとお思いになっているのか』 モンゴル ウランバートルのホテルで渉外係をしていた ツェベクマさんの数奇な運命。 ソビエトで生まれ、満州で育ち、 日本が敗戦することで、中国人となり、 学校の教師となり、ブルンサインと巡り会う。 日本語を話せるが故に 文革の迫害を受け、 ブルンサインは 監獄に。 そして、最後のブルンサインの死ぬ時に ツェベクマさんと娘のイミナとあう。 草原は すべてを 空とする。 悲劇も 草原と空は 飲み込んで こつ然と消える。

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    投稿日: 2013.09.04
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    梅棹忠夫の本を読んでも思ったし, 江上波夫の本を読んでも思ったが, これを読んでも, やっぱりモンゴル行ってみたいなぁ, と思ってしまった.

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    投稿日: 2013.07.22
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    『ロシアについて』を読み終えた後だからというのもあるが 一言で言うと面白かった。 モンゴル。司馬氏のあこがれの遊牧民の活躍の場だ。 匈奴やフン人。自ら歴史を残さなかった(書物をもたない)民族。すごくロマンを感じる。 話は飛ぶが、オゴタイ・ハーンはかっこいい。

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    投稿日: 2013.06.06
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    司馬遼太郎の紀行文風随想。 1990年代、モンゴルを訪れた司馬は、かつて草原の覇者であったモンゴル人に思いを馳せる。 ロシアと中国の間にある草原の道は、有史前から様々な部族のが攻防を繰り返す舞台となった。匈奴・突厥・スキタイ・フン族など、農耕文明はこれら遊牧民の侵入に度々悩まされてきた。 西の巨大帝国ローマや、東の帝国漢もその例外ではなかった。 遊牧民というのは、幼少期から騎乗に親しめむ。 日常的に野生動物を追って狩りをするのは、騎射のいい練習となった。 こういう民族が、家も食料も家族も連れて、農耕民が住む国に大挙押し寄せる。 国が移動してきたようなものだ。 しかも大半の男は騎射の戦闘訓練を毎日のようにやっている歴戦の強者たち。 これではいかに高度な文明をもっている帝国であっても簡単に撃退はできない。 強力な火器や統率された軍隊が登場するまでは、遊牧民こそが世界の最強軍団であった。 今でも残る、遊牧民の軍事における遺産は「軍服」らしい。 ヨーロッパの各国がハンガリー騎兵の民族服から採用したらしい。 日本は明治になってヨーロッパ式の軍隊を取り入れるわけであるから、当然これに習った。 本書を読むまで知らなかったのだが、ハンガリーというのは遊牧民であったらしい。 中国人はハンガリーを「匈牙利」と書く。 匈奴の一部と見なしていたのかもしれないと本書ではこの件に触れている。 また、チンギスハンの子供でモンゴル帝国の二代目である、オゴタイハーンのエピソードは非常に面白かった。 すべての民族に平等で個人的には無欲であった彼を、司馬は「透明な厭世思想があった」と評した。 それは彼の数少ない記録の中にあった次の言葉からふくらんだイメージかもしれない。 「永遠なるものとはなにか、それは人間の記憶である」 文字を持たなかったモンゴル人にとって、記憶の継承が如何に重要であったかを物語るエピソードでもあると思った。 雄大な草原に生きるたくましい人々の息吹が感じられる、素晴らしい一冊でした。 読了感もよく、モンゴルへの興味がかき立てられる一冊です。

    0
    投稿日: 2012.11.08
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    モンゴル大好き司馬サンのモンゴル訪問記。たまたま紹介されたガイド兼通訳「ツェベクマさん」の人生を通してモンゴルの歴史に思いを馳せる。寡欲な民族は近代の始まりとともに大国の大欲によって過酷な運命を辿る。それでも草原で寡欲に暮らす。変わらぬ人間の営み。

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    投稿日: 2012.09.13
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    時々、ついばむように読んでいた「草原の記」をようやく読了。  モンゴルの歴史を、恐らく司馬さんが恋心をよせたであろうブリヤート人の「ツェベクマさん」の生涯になぞらえ、淡々と書きよせています。  しかし、いつも思いますが。「司馬遼太郎」と言う人はどれほどすごいのか?歴史文学者としての司馬さんの大きさを改めて感じます。  私もそうですが、日本の歴史は学校ではなく、司馬さんの小説から学んだ人、少なくないのでは?

    1
    投稿日: 2012.08.16
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    「雲の影が草原に映る」という下りがあった。 確かにgoogleマップで見ると映ってる! 実際に立ってみると開放感抜群でしょうね。

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    投稿日: 2012.04.20
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    蒼き狼に続くモンゴルもの。蒼き狼はチンギスカンを中心とする話だったけど、こちらはツェヴェクマさんというある女性を中心としたエッセイのような本。 モンゴルがどういう歴史で今の形にあるのか、人々はどう周りの世界に翻弄されたのか、淡々とした文章ながら、この薄い一冊にずっしりと来るものがあって、多分忘れられない一冊になりそう。味わい深い一冊。

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    投稿日: 2012.01.31
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    モンゴル好きの司馬遼太郎の本。モンゴルの自然・風土と人の性質を描いたもので、最後は結構泣かせる。ああ無常です。

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    投稿日: 2011.10.29
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    モンゴルは少しだけ馴染みがあるが、実際にはそのほとんどを知らない国です。 この本を読んだ事で雄大な高原と空が独特の文化とそこに住む人の誇りになっている事が伝わってくる。

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    投稿日: 2011.09.18
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    街道をゆく、モンゴル紀行に通訳として出てきたツェベクマさんという女性の半生と草原を描いた話。 とても好きなお話です。 短編なので昨夜の夜のお供に。 文化大革命で離れていた旦那さんを見送る下りがなんとも、、、尊敬。 DVDの街道をゆくにも出演されてて、感慨深かったです。 大好きなので、★は5。

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    投稿日: 2011.08.26
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    財宝が何であろう 金銭が何であるか この世にあるものはすべて過ぎ行く 永遠なるものとは何か それは人間の記憶である 人間はよく生き、よく死なねばならぬ それだけが肝要で、他は何の価値もない チンギスハーンの子孫、オゴタイハーンの言葉 大草原に憧れて、出会いに導かれて、モンゴルへ行ってきた 今でも遊牧をして生活をする人がいて 狩猟や釣りを日常的に行う人もいる 動物の糞を燃料にしてテントに泊まり、星空の下で寝、 夜明けとともに起きる そしてまた放牧と、狩猟と、釣りをする ビルの雑踏の中で、毎日パソコンとにらめっこしている現状とは違う、 全く違った生活を体験したくて、モンゴルの友人訪ねた モンゴルは本当に空と草原が壮大で綺麗、それを見て育ったからか、 人の心も広くて穏やかで親切。 食事は小麦粉と羊の肉がメインだけど、美味しかった。 そして何より友人と一緒にいって、ふざけたり、綺麗なものを一緒に感動したり、 時間と感動を共有出来たのが一番。 また行きたいと思う、次は狩りをしに。 お世話になった友人の家族、一緒に行った人に感謝しよう。 旅の詳細は後ほど 本当に楽しかったなー A ship in a harbor is safe, but that is not what a ship is built for.

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    投稿日: 2011.07.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    『モンゴル紀行』で通訳だった不思議な魅力をもつ女性ツェベクマさんの話。でも話がすぐ横道にそれるので少々げんなりしてしまった。まあ必要な歴史観なのだろうが。寡欲なモンゴル人を象徴する言葉、オゴタイ・ハーン「財宝・金銭がなんであるか。この世のあるものはすべて過ぎゆく」「永遠なるものとはなにか。それは人間の記憶である」。そして草原の匂い漂う壮大なモンゴルの風土と照らし合わせて、歴史に流されない一人のモンゴル人女性を描いていた。冒頭の『空想につきあっていただきたい』読み終わってからその意味を理解した

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    投稿日: 2011.03.11
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    旧制大阪外国語学校(現大阪大学外国語学部)で蒙古語学を専攻した、司馬遼太郎の心のふるさと?モンゴルについて語ったエッセイ。 いや「モンゴル」、というよりも、草原? 儒教に基づく農耕文明の華である、漢民族よりは匈奴、契丹と 蔑まれたが、彼らはチンギスハーンの時代から、元にいたるまで、 アジアから中央アジアそして遠くヨーロッパまで版図を拡大した。 その地域に根付いた文化もあったし、彼らは文化の伝播役ともなった。 しかし、驚くべきほどのかの民族の物欲のなさ。 なんか読んでて、肩の力が抜ける、ホットできる作品でした。

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    投稿日: 2010.09.29
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    司馬遼太郎の年来の心のふるさとであるモンゴルについて語った紀行であり評伝である。 モンゴル民族は、著者の言葉を借りれば、「奇跡的なほどに欲望すくなく生きて」きたのである。 このふしぎな民族を象徴させるように、13世紀に帝国の基礎を築いたオゴタイ・サーンと現代史の非情を淡々と生きぬいた知的な女性「ツェベクさん」対比的に登場させ、心奥の詩の散文化された文章として、自由な座談調で書かれている。 モンゴルに始まりモンゴルで終わった著者の文体の芸が完成された作品となっている。

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    投稿日: 2009.12.22
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    久しぶりに司馬遼太郎。短い文章だけどつたらるものが多い気がして、モンゴルの壮大な風景画目に浮かんできました。モンゴルに行きたくなった!

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    投稿日: 2009.09.15
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    この本を読んで、漢民族と草原の騎馬民族の考え方が根本的に違う根っこの部分が、始めて納得できた。 司馬御大はエッセイも素晴らしいが、この本の書き出しは絶妙だと思う。 以下に引用する。 「空想につきあっていただきたい。 モンゴル高原が、天にちかいということについてである。」 この2行だけで、中国史を好きな人なら、様々なことが脳裏を駆けめぐり、思わず自分も司馬御大と一緒に空想してしまうことだろう。

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    投稿日: 2009.07.11
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    「ツェベクマさんの人生は、大きいですね」 と、私がいうと、彼女は切りかえすように答えた。 「私のは、希望だけの人生です」 この辺りの記述。 この民族とこの民族を愛する日本人の模様が秀逸に描写されている。

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    投稿日: 2008.10.25
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    感想はこちらへ↓http://caribou.way-nifty.com/wave/cat4685318/index.html

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    投稿日: 2005.11.27