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項羽と劉邦(中)(新潮文庫)
項羽と劉邦(中)(新潮文庫)
司馬遼太郎/新潮社
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総合評価

78件)
4.1
21
37
15
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    中巻は劉邦の陣営の話しが主で、張良、蕭何、韓信が登場します。どの場面も面白いけれど、「鴻門の会」「劉邦の遁走」が特に緊張感あって面白かった。劉邦の負けっぶりもいいし、不思議な魅力の持ち主。

    25
    投稿日: 2025.08.02
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    2024年、読了一冊目。 上巻から一転、項羽はあまり出てこず、主に劉邦、そして劉邦に仕えた陳平が主に書かれている。 いよいよ劉邦が追い詰められる、結果は知ってるけど全然面白くて、初めて読むような感覚。 項羽と劉邦、2人の相反する人間性が分かりやすく書かれていて、早く下巻を読みたくてウズウズしてる。

    1
    投稿日: 2024.01.06
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    ゆっくり読んで、やっと中が読み終わった。。長いけど、面白く、記憶に残るエピソードが多い。劉邦の運、勘、寛容力が人を魅了させ、付いてくる周りに助けられた劉邦。今の時代だと劉邦はどうなるんだろうなぁと想像するのも楽しい。劉邦を取り巻く人物のそれぞれの描写が細かく、自分の周りの人間を重ねてしまうのも楽しいところ。下はいつになったら読み終わるだろう。笑

    1
    投稿日: 2023.11.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

    秦帝国が滅亡したあとの話。先に関中に辿り着いた劉邦は関中王となり、項羽と敵対することとなる。元々敵対するつもりはなかったが劉邦の側近に函谷関を閉じれば関中は手に入ると唆されたことで項羽と争うこととなる。その後項羽に謝罪をし中国の山の中である漢、巴蜀に封じられることとなった劉邦はそこで挙兵し再び関中を制圧し漢王と名乗ることとなる。前回関中に入った際に、劉邦軍は秦の人たちに対して略奪をしておらず逆に項羽軍は掠奪強姦をしたことで秦の人たちは劉邦軍を歓迎することとなる。その後劉邦は項羽軍の本拠地である彭城を一度は占拠するも留守から戻ってきた項羽によって返り討ちに遭い劉邦は敗走し、滎陽にて籠城する。この敗走する場面で劉邦は自分の子供を馬車から投げ捨て車を軽くしようとするがあまりにも必死すぎる。 最後籠城から抜け出すために同郷の紀信を影武者として項羽に降伏する間に劉邦は滎陽から抜け出し関中へと向かう。 なんでもできる項羽に対して何もできない劉邦の対比が面白い。前者は有能な部下がいても重宝せず、身内を才能に関わらず信用していたため大事な軍師である范増が抜けてしまう。逆に後者は張良、韓信、蕭何と言った有能な人材をしっかり登用していく。何もできないのもどうかと思うが人を信じて適用するのも才能の一つか、

    2
    投稿日: 2023.08.29
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    項羽と劉邦の対比が鮮やかだ。圧倒的な戦闘力と威圧感を示す項羽。圧倒的に戦下手で田舎の親父感満載の劉邦。しかし、子どもじみた項羽と人たらしの劉邦。自分の力を示し続けなければならない項羽に対し、人たらしの劉邦には様々な人が引き寄せられる。劉邦の身代わりとなり項羽を罵倒しながら焼き殺された紀信のエピソードなどその最たるものだろう。 漢中に追いやられた劉邦がどのように反転し、関中に戻ってきたのか。ちゃんと描かれていないと思う。

    4
    投稿日: 2023.05.16
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    張良や韓信らが出てきて、鴻門の会などもある。陳平の毒も中国戦乱期の権謀術数の真髄という感じで面白い。韓信があれほど取り立てられたのは何故なのだろうか。

    1
    投稿日: 2023.05.07
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    項羽、劉邦それぞれが勢力をなし戦乱を繰り広げる中巻。各陣営内部の関係性やその中で誰がどのような能力を発揮するのかを通してトップとしての二人の資質の違いが表される。 組織にはどちらのタイプの代表もいる。コンサルしがいがあるのはやっぱり劉邦タイプがトップの組織。

    0
    投稿日: 2022.12.04
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    秦を破ってすぐに項羽と劉邦の戦いが始まるとは。 2人の人となりの違いが面白い。 2000年以上前の物語がこうして残されていること自体すごいことだ。 昔の方が、食事にありつくために生きなきゃいけないという状況は大きかったんだろう。 昔の人は暇だったから戰をしたのかもしれない。

    0
    投稿日: 2022.05.21
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    ※2003.12.31購入@読書のすすめ  2004.1.19読書開始  2004.1.24読了  売却済み

    1
    投稿日: 2021.08.22
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    教科書でやったのを途中で思い出した! 劉邦はなんにもないけど、だからこそいい仲間に恵まれてるな。でも仲間そこまで大事にしないのに、みんなついてくるのには、なんかおもしろいと感じた。可愛らしさがあるんだろうなと思う。

    0
    投稿日: 2021.05.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    p.197 酒があなたの体を得てよろこんで跳ねまわっているのです。 天下の統一も人間の欲や妬みも、現代と大きく変わらず、そして、それが歴史を作っていくんだなーとしみじみ考えさせられてしまいます。

    0
    投稿日: 2021.02.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    【感想】 「上」に続く筆者の常套構成方法として、パートを大きく2つに分け、それぞれに役割を持たせているように思う。 1つが物語を進めるパートで、もう1つが新しい人物が登場するパートである。そして、どちらもそれぞれの良さがある。 物語を進めるパートでは、無論話が進むため内容は濃ゆく、地図を確認しながら話を追ってゆくことになる。それだけ、ゆっくり読む必要もある。 人物が登場するパートでは、新たに登場人物が登場するのであるが、登場するキャラ1人1人が非常に濃厚でノンフィクションではと思ってしまうほどだ。著者も本書内にて記しているが、それだけ当時の中国では様々な個性が認められていたのであろう。 【要約】 どちらが先に関中に入るかについて争う項羽と劉邦。劉邦は先に関中を手にしたあまり、つまらない抵抗を項羽に見せてしまい、彼の怒りを買うも鴻門の会にてどうにか乗り切る。その後、劉邦は一時漢に退くも、再び関中に戻り漢王国をつくる。その後項羽の虚をつき彭城を占拠するも、すぐに追い返され遁走。再び兵を集めて滎陽で1年籠城するもジリ貧により退却。(下巻に続く) 【引用】 p9 この大陸でいうところの徳という説明しがたいものを人格化したのが長者であり、劉邦にはそういうものがあった。 p10 戦国の現出の先駆的な条件は、古代社会にくらべ、農業生産力が飛躍的にあがり、自作農が圧倒的に増え、ひとびとは農奴的状況から解放され、それをふまえての自立精神ができあがったということを見ねばならない。これによってアジア的な意味での個が成立し、この個の成立からさまざまな思想、発明が、沸くように出てきた。戦国前時代の春秋期をふくめて諸子百家がぞくぞくとあらわれ、中国思想史上、後代にもない絢爛とした時代を現出するのも、以上のような土壌に由来する。 p18 韓非子はいうまでもなく法家思想の大成者であったが、かれの思想とその国家学は韓の内部的現実の中からうまれたといっていい。 p46 諸子百家の時代から遥かにはへだらないこの時代にあっては、百家の思想はそれぞれ教団のような形で継承され、孔子を教祖とする儒教の教団も、そのうちのひとつにすぎず、後世のような中国的素養そのものにはなっていない。むしろ儒者は、他人の服装、容儀、行儀にやかましく、いちいち指摘する癖があったから、一般から煙たがれるか、嫌われる傾向があった。 p57 劉邦はただ、 「おのれの能くせざるところは、人にまかせる」 という一事だけで、回転してきた。 →DMM の亀山さんと似ている。 p67 自己の意見を古わらじのように捨て、張良が十分に説明を終えないうちにとりあえず全軍に停止を命じた。 p77 お教えしなかったからこそ私の生命がいままで無事だったのでございます、もし申し上げていれば、趙高どのを信ずることあつい陛下は私をお殺しになったでしょう。 p97 秦政権そのものが罪人の製造機械のようなところがあった。 p187 戦いの基本は補給であり、いくら兵の進退に長じた将軍でも補給を思考の主要要素に入れなければしろうとにすぎず、しろうとの戦さ上手に戦争をやらせるととんでもない惨禍を味方に蒙らせてしまうことを蕭何はあらゆる人間と局面を見てきてよく知っていた。 p369 (この小僧の癖がはじまったわ) 老范増は、もはや、そういう項羽を憎悪した。 →爆笑 p390 この男は、このように惨烈な状況になってもそのけい室に婦人をたやしたことがない。 【ハッシュタグ】 #中国史 #漢の建国史 #リーダーシップ #儒家思想 #法家思想 #キャラの個性 #難語習得

    2
    投稿日: 2020.12.05
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    再読。 個性あふれる数多の登場人物、その各々の逸話が読んでいて興味深い。 紀信、周苛のエピソードに胸を熱くする。 ささ、次巻へ。

    0
    投稿日: 2020.07.15
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    ようやく劉邦を中心に話が回りだし、小説としては盛り上がってきた…が、劉邦は良いとこあったか?と思うほどの活躍(がないぶり)。ちょこちょこ「寛容さだけが取り柄」みたいな話が出てくるのが面白い。ここからどうやって項羽を倒して漢の皇帝となるのか、引き続き下巻が楽しみ。

    1
    投稿日: 2020.01.21
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    韓信登場。有名な鴻門の会の場面がある。 張良や范増が何をしているか、イマイチわからない… 最後の紀信と周苛あたりがドラマティック。

    0
    投稿日: 2019.07.29
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    このレビューはネタバレを含みます。

    【感想】 初挑戦の中国歴史小説の第2弾! 上巻と変わらず、登場人物の多さや名前の読み方の難しさには辟易したが、、、ストーリーそのものは楽しんで読めた。 タイトル通り、項羽と劉邦の違いについて書かれていた。 上巻では仲間だったご両人だが、劉邦の裏切りによって関係が破綻、相対する関係となった。 英雄さながらの勢いで邁進する項羽に対し、劉邦の平凡さというか生々しさが本当に面白い。 己の平凡さや弱さ、また項羽の強さをしっかりと認識し、部下の容赦のない助言にも嫌な顔一つせずに信じて受け入れる劉邦は、項羽とは違った意味でトップとして優れているんだなと思った。 トップという立場の人間なのに、こんなにも執着なく自身を客観的に卑下できるのは、やはりトップとして求められるニーズの一つだろう。 運やツキと言えばそれまでだが、こんなトップだからこそ優秀な人材を獲得できたのかもしれない。 現代でいうところのトップダウンが激しい項羽軍に対し、杜撰なぐらいアメが多めな劉邦軍。 この群雄割拠の戦国でも、結局はこういった組織体制が功を奏するんだなぁ。 何と言っても、出てくる登場人物一人一人ののキャラクターが立ちすぎている!!笑 両将軍は勿論のこと、韓信・黥布・張良・随何、そして陳平。 本当にみんな、クセがスゴイ!!笑 最終巻である下巻が楽しみ。 【あらすじ】 叔父・項梁の戦死後、反乱軍の全権を握った項羽は、鉅鹿の戦いで章邯将軍の率いる秦の主力軍を破った。 一方、別働隊の劉邦は、そのすきに先んじて関中に入り函谷関を閉ざしてしまう。 これに激怒した項羽は、一気に関中になだれこみ、劉邦を鴻門に呼びつけて殺そうとするが……。 勇猛無比で行く所敵なしの項羽。 戦さ下手だが、その仁徳で将に恵まれた劉邦。 いずれが天下を制するか? 【ポイント】 1.劉邦の長所 劉邦は主将みずから鉾をふるって敵陣におどりこむという個人的戦闘力は持っていない。 劉邦軍は流民や敗残兵を吸収しつつも、項羽軍のような圧倒的な膨張力は持たなかった。 劉邦の長所は、劉邦という人間がつくりだしている幕営の空気が、なんともいえずいきいきしていることであった。 人を包容し、ささいな罪や欠点を見ず、その長所や功績をほめてつねに処を得しめ、劉邦に接すると何とも言えぬ大きさと温かさを感じさせる。 この大陸でいうところの「徳」という説明しがたいものを人格化したのが劉邦だった。 2.劉邦の長所2 功をたてた者への恩賞は惜しみなく与えた。 寛容さと気前のよさという劉邦の特質は、劉邦一個の能無しを補ってあまりがある。 肝心の戦のほうは一向にはかばかしくないのに、この一軍はつねに陽気で、ここにだけ陽が照っている具合でもあった。 3.戦場で叩きに叩いて秦人の敗北感を徹底させる以外に、彼らの抵抗心を奪う方法がないと張良は見ていた。 非戦闘員に対しては慰撫を、軍人に対しては打撃をという両面を徹底的に使い分けた軍略家はこれまでいなかったが、この方法が後世の模範となった。 4.(秦を滅ぼしたのは、果たしておれだろうか) 5.項羽は配下に官位や封土を与えるのに老婆が小銭を出し惜しみするように吝嗇であったが、一方劉邦の放漫さも世間では定評になっていた。 劉邦は鼻くそをほじるように、「同じ都尉でも、楚の都尉は重く漢の都尉は軽いと思っているのだろう」と、声を上げて笑い出した。 陳平は劉邦が世評をよく聴き知っていることに驚き、先刻の感想を胸のうちで取り消しつつ、(どうせ馬鹿だろうが、ただ馬鹿にするとひどい目にあいそうだ)というふうに思い直した。 【引用】 p6 劉邦は抜群の偉丈夫であるという点ではかろうじて士卒たちを安堵させたが、しかし主将みずから鉾をふるって敵陣におどりこむという個人的戦闘力は持っていない。 劉邦軍は流民や敗残兵を吸収しつつも、項羽軍のような圧倒的な膨張力は持たなかった。 が、劉邦軍にも長所がある。 劉邦という人間がつくりだしている幕営の空気が、なんともいえずいきいきしていることであった。 人を包容し、ささいな罪や欠点を見ず、その長所や功績をほめてつねに処を得しめ、劉邦に接すると何とも言えぬ大きさと温かさを感じさせる。 この大陸でいうところの「徳」という説明しがたいものを人格化したのが劉邦だった。 言いかえれば、劉邦の持ち物はそれしかない。 徳と侠以外にはどういう力も持っていないという点では、劉邦はやはり遊侠に近い。 p41 劉邦は、西進へのみちみち酈食其(れきいき)のような奇才の士をひろい、奇功をたてさせることによって勢力をふくらませた。 功をたてた者への恩賞は惜しみなく与えた。 寛容さと気前のよさという劉邦の特質は、劉邦一個の能無しを補ってあまりがあり、肝心の戦のほうは一向にはかばかしくないのに、この一軍はつねに陽気で、ここにだけ陽が照っている具合でもあった。 ついでながら、酈食其が劉邦のために辣腕をふるうのは少し後のことになる。 p69 (張良、ええ加減にやめんか) 劉邦はその執拗さが不愉快になったが、張良はかまわずに劉邦の手元から大小の部隊をむしり取っては次々に秦軍に向かわせ、突撃させた。 戦場で叩きに叩いて秦人の敗北感を徹底させる以外に、彼らの抵抗心を奪う方法がないと張良は見ていた。 非戦闘員に対しては慰撫を、軍人に対しては打撃をという両面を徹底的に使い分けた軍略家はこれまでいなかったが、この方法が後世の模範となった。 p110 (秦を滅ぼしたのは、果たしておれだろうか) 劉邦はごくあっさりと、おれではないと思った。 かえりみると、始皇帝の死後、大小の流民が次第に数を増していき、ついにはその一方の大親分として自分が存在するようになった。 が、項羽の吸引力のほうが巨大で、人数では比較にならなかった。 しかもその項羽が河北で秦の主力を引きつけておいてくれたおかげで、自分は河南に南下し、関中から入ることができた。 功の九割までは項羽に帰せられるべきだということは劉邦にもよくわかっていたし、関中にまず入った自分を項羽が怒る気持ちも尤もだと声を上げてやりたいほどに、わかっている。 (なにか、挙兵以来、宙に浮いてここまできたようだ) p118 項羽はもはや劉邦を殺す気がなくなっていた。 かれは劉邦の弁疏(べんそ)を信じたわけでなく、ろくに聞いていなかったし、憶えてもいない。 項羽は本来、視覚的印象で左右された。 体全体が、寒夜の病犬のようになってしまっている劉邦に、その本質を項羽なりに見てしまい、こんな憐れなやつをおれが殺せるかと思った。 p155 韓信は、自分を影のような人間だと思っている。 さほどに生存欲はなく、まして出世欲などはない。といって厭世家ではなく、ただひたすらに自分の脳裏に湧いては消える無数の戦局を本物の大地と生命群をかりることによって実現してみたいということだけがこの世で果たしたい希望であった。 p177 劉邦は、国名を創った。 「漢」と呼んだ。漢中王であったときその地域呼称にすぎなかった「漢」を、そのまま関中にまで持ってきたのである。 p196 劉邦とその軍は、東進した。 劉邦の軍は、つかのまに56万になっていたのである。 劉邦がかつて関中を去って漢中への桟道をたどったときは、3万しかなかった。この3万こそ、劉邦と運命を共にしようとする中核であるといっていい。 関中に戻って中原に出るにあたり、かつての秦人を募り、これによって6万の兵になった。 「敵を攻めるより、味方を維持する方が難しい」 張良などは、統制のために肝胆を砕いた。 p263 「私は死を決している。漢王に対してでなく、九江王に対してです。」 随何は、自分が黥布に説得しようとする外交上の内容よりも、まず使者としての自分の死骸の価値を説いたのである。 話を聞けというだけでなく、話がつまらぬと思えば殺せ、私の死骸はあなたの楚に対する外交上、非常な価値を持つはずだ。 話を聞いた黥布は、すぐさま随何と20人の使節団を呼ばせた。 p264 黥布は戦場では悪鬼のように強かったが、我が身の振り方となると、信じがたいほどに小心であった。 そのくせ、大望がある。この男は、天下を望んでいた。 漢と楚を激闘させて漁夫の利を得れれば、と思っていたが、黥布軍の唯一つ、そして致命的な欠点は、中立を維持できるための強大な武力を持っていないことだった。 (この男は、利の計算に窮している) 在来、随何は黥布のことを飢えた虎が肉を欲しがるように利を求め、利のためなら何をするかわからない男ととらえていた。 が、黥布はその利の計算をしぬいた挙句、窮している。 この男を随何の掌中に入れるには、利の話以外にない。 p296 「官位は何であったか?」 「都尉でございます」 「ああそれなら今日から都尉に任じよう」 劉邦があっさりそう言ったとき、陳平は喜ぶよりも、何か大きな穴の中に吸い込まれるような恐ろしさを感じた。 が、同時に劉邦の甘さを思った。 項羽は配下に官位や封土を与えるのに老婆が小銭を出し惜しみするように吝嗇であったが、一方劉邦の放漫さも世間では定評になっていた。 が、劉邦は鼻くそをほじるように、 「同じ都尉でも、楚の都尉は重く漢の都尉は軽いと思っているのだろう」と、声を上げて笑い出した。 陳平は劉邦が世評をよく聴き知っていることに驚き、先刻の感想を胸のうちで取り消しつつ、 (どうせ馬鹿だろうが、ただ馬鹿にするとひどい目にあいそうだ)というふうに思い直した。 p366 陳平の奇術と周苛と紀信により、栄陽城の寿命が延び、劉邦や張良、黥布らは脱出に成功した。

    13
    投稿日: 2019.06.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    劉邦の元にたくさんの優秀な人材が現れる。 項羽にあまり重用されず劉邦の元に行き大仕事をなす韓信。劉邦の右腕として、様々な戦略を考える天才軍師張良。また、誰彼構わず官位をくれる劉邦を頼りに属することになる陳平など。魅力的な人物ばかりが登場した。 一方項羽は自分の親族にしか良い官位は与えず、亜父と慕っていた范増をも陳平の策に溺れ手放してしまう。いつでも弱音を吐いたり、すぐ意見が変わる劉邦だが、そんな男だからこそと仲間になる人たちがいて、リーダーシップとは面白いなとより感じた。 まだまだ項羽の勢力は衰えていないのでここからどう劉邦が天下を取るのか、しかし、だんだんと心が離れていく項羽兵。方向性の違うリーダーだが一体どうなるのか。下巻に続く

    1
    投稿日: 2018.12.12
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    新たな参謀・張良が登場した。そして、有名な「鴻門の会」の場面へと進む。しかし、劉邦の劣勢を思うと、この伝説は一味違った視座が与えられた。中巻では、やがて項羽の天下とはならないことが判っていても、劉邦軍の潰走・敗走に気が沈む。劉邦を慕うが故に身代わりとなった紀信とその友・周苛の最期が凄まじい! 劉邦はつくづく良い家臣に恵まれた、天が選んだ逸材なのだと感じた。

    0
    投稿日: 2018.10.19
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    逃げてばかりの劉邦。 恐ろしい項羽。 面白い。 たくさんでてくる将たちの人間性たちも面白い。 そして紀信と周苛・・すごい。

    0
    投稿日: 2018.08.07
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    けい陽城落城まで。劉邦の動きを中心に。劉邦が人をよく使ったとはよく言われれるが、ではどのように人をひきつけて人を使ったのかというのはなかなか難しく、わかりにくい。本を読んでも分かったとは思えないところがいいかも。一方の項羽はある意味分かりやすい。力がすべてという点で現代に至るまでよくいるタイプかと感じた。

    0
    投稿日: 2018.06.24
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    いよいよ、劉邦たつ! 集う仲間たちとその死を乗り越えて、下巻に続く! この巻では、エピソードを入れながら、いろんな武将が出てくるよ。張良、韓信をはじめとして、陳平の某策、黥布裏切りのお話と紀信の身代わりのお話など、劉邦を取り巻く、個性豊かな人物が紹介されていきます。

    2
    投稿日: 2018.02.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    劉邦の関中制覇、鴻門の会での項羽への屈従、彭城への進軍、つかの間の勝利と大敗北、滎陽での籠城戦、そして撤退。今巻も事件が頻発し、見所も多い。 張良や陳平といった軍師の活躍も面白いけれど、巻末に登場する紀信の存在感が心に残る。悪口癖のある、特に取り柄もなさそうな男だけれど実は、この世に誰か一人だけ、好きな人間を持ちたくて仕方がない心を隠している、と描かれる紀信の潜めた感情の熱さ、そしてそれが表現されるときの、自身を焼き尽くすほどの激しさが悲しく、しかし静かに胸に迫る。

    0
    投稿日: 2017.10.02
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    中巻読了。 劉邦陣営は、各自の役割分担がハマってきつつあり、部下たちの働きぶりが光っています。 対して、項羽側は、項羽自身が軍そのものみたいな感じなので、凄く強靭なのですが、ツメの甘さもみられます。 今後の漢VS楚がどのような展開になるのか、下巻に期待です!

    0
    投稿日: 2016.11.14
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    漢文の授業でやった「鴻門の会」がついに! 白文を読んだ後なので司馬遼太郎の臨場感あふれる書き方にさらに引き込まれました。 紀信と周笴の最期がまさに壮士なり。 2人ともかっこよかった…

    3
    投稿日: 2016.10.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

     蕭何,張良,韓信の三傑に加え,曹参,陳平,夏侯嬰,樊噲といった劉邦の配下達が魅力的に書かれています。対する項羽陣営は,魅力がほぼ項羽に集中している形。史実と同様の対比が非常に面白いです。

    0
    投稿日: 2016.09.01
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    生きるために、食物を得るために、戦って領土を拡げるしかなかった時代。 たくさんの登場人物が出てきますけど、その誰もが惹きこまれる個性を持っています。もし、この時代に生きていたら自分はどの人のように振舞っていただろう?と考えさせられました。

    0
    投稿日: 2015.12.29
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    堯・瞬・夏・殷・周・秦・漢・三国・晋・南北朝・隋・唐・五代・宋・元・明・清・中華民国・中華人民共和国。 ぎょう・しゅん・か・いん・しゅう・しん・かん・さんごく・しん・なんぼくちょう・ずい・とう・ごだい・そう・げん・みん・しん・ちゅうかみんこく・ちゅうかじんみんきょうわこく。 今年95歳になる祖母が、「こうやって自分は中国の歴史を覚えた」という、呪文のようなお経のような、丸暗記文句です。 祖母がこれを覚えたのは女学校の時代のはずなので、その頃には「中華民国」で終わってたんでしょうけれど。 この判じ文句で言うと、かなり前半。秦と漢の間の激動の時期が物語の舞台です。 漢の初代皇帝になった劉邦。日本で言えば豊臣秀吉のような、氏素性の知れないド庶民の出身。知恵も度胸も武勇も無いが、なんだか人望だけはある。 事実上、秦の軍隊を滅亡させた、つまり秦帝国を滅ぼした項羽。楚というかつての王国の貴族の血を引き、度胸も武勇も超人的。だが、微妙に人望だけは欠ける。 中巻は、とうとう秦の都に項羽・劉邦が突入。偉大なる秦帝国が滅ぶ。 それとともに、項羽と劉邦の対立が始まる。両雄並び立たず。 適わないから、膝を屈して許しを請う劉邦。殺せばいいのに生かしちゃう項羽。 その後。 適わぬまでも挙兵する劉邦。劉邦軍を何度も撃破する項羽。 そんなこんなの合間に、張良、韓信と言ったわくわくするような天才的な男たちが、蛾が集まるように劉邦陣営に集まってくる…。 巨大な秦帝国が崩壊するそのカオスな快感と、とうとう項羽vs劉邦が始まるワクワク感。 イッキに下巻に向けて。

    2
    投稿日: 2015.09.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    有能なリーダーと無能なリーダー、そんな対照的な二人の闘いの物語・中盤戦。 上巻では影も形もなかったですが、張良という人がいきなり登場します。 彼は劉邦を天下人に至らしめた名軍師で、楚漢では項羽と劉邦に次ぐ魅力的な人物であります。 この張良には、超大国を滅ぼしてしまった伝説の英雄・太公望呂尚の兵術書を謎の老人から授かったという、なんともドラマチックな伝説があります。 そのため、彼の戦術は呂尚に非常によく似ている、ということが、本書でも指摘されています。 宮城谷昌光さんの「太公望」という作品を読むとよく分かりますが、太公望はまさしく「準備の人」です。 戦ってから勝つのではなく、勝ってから戦うというスタイル。 張良という人はやはりこのスタイルを受け継いでいて、情報収集を柱にして、慎重に事を進めるタイプの人間です。 さて中巻では、劉邦に手柄をとられたことでキレてしまった項羽が劉邦を呼び出して殺そうとしますが、劉邦がごめんなさいをして許されるという、かの有名な鴻門の会が描かれてます。 ただ見所はそこではなく、中巻の最後の方、劉邦軍の籠城戦だと思います。 劉邦は項羽軍に兵糧攻めされて、絶体絶命のピンチを迎えるのですが、最後の数ページ、ある方法で難局を乗り切ります。 この最後の数ページで、ある下っ端の兵士がある行動をするのですが、その行動が劉邦軍すべてを助ける結果になるというのが、なんとも熱いです。 同時にこの兵士の劉邦に対する忠誠心というのが、単なる忠誠心ではなくて、少し複雑だというのがポイント。 終わり方が劇的だった中巻、楽しかったです。

    0
    投稿日: 2015.09.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    あらためて劉邦が大きな空虚であることを思った。張良が将権を代行すると、まずいことが多かった。かれが一個の実質であるため、かれに協力する劉邦の幕下の多彩な才能群ともいうべき諸将は張良の意中をいろいろ忖度することに疲れ、結局はその命を持って動くのみで、みずからの能力と判断でうごかなくなってしまう。とくに後方補給と軍政の名人という点で張良以上である蕭何の場合、この幣がいちじるしかった。張良の作戦が正と奇を織り交ぜて複雑になるため、蕭何にすれば補給をどこに送っていいかわからず、結局は悪意でなく怠業状態におちいり、張良が後方の蕭何へ連絡者を走らせて命令と指示を伝えねばならなくなった。このため、張良も疲れ、蕭何も疲れてしまうのである。 これが劉邦に指揮権がもどると、幕下の者たちは劉邦の空虚をうずめるためにおのおのが判断して劉邦の前後左右でいきいきと動き回り、ときにその動きが矛盾したり、基本戦略に反したりすることがあっても、全軍に無用の疲労を与えない。 義は、正しさのために自然の人情を超える倫理姿勢をいう。この語感には、後世「外から仮りたもの」という意味が加わっていく。この当時から、すでに「実行上むりはありながら」という意味も詞(ことば)の中にまじっていた。しかし言葉の建前としての意味は、あくまでも正しさ、ということである。但しその正しさは個人の倫理感覚による判断というより衆人がともどもに認めるというたぐいのもので、この時代の場合の語感としては「衆ノ尊厳スル所ハ義ト曰フ」というほどの意味であった。 「どうも勝手が違うのです」 片頬の血だけを凍らせたように不快な表情でいった。正直なところ、韓信は巧妙な作戦をたてているつもりだったが、結果はそれを必要とせず、つねにむこうから勝利が勝手にころがりこんでくるようで、あれだけの軍の指揮をしたがったこの男としては、この点、不本意だっただけでなく、自信をうしないかけていた。戦とは自分がかつて考えぬいてきたものとは違うのはないかという、奇妙な恐怖もあった。この恐怖は、自分の才能に対する疑問というべきものだが、本来、勇気とそれと同量の臆病さをかかえこんでいる韓信としては、臆病のほうの内質にその疑問が食い入っていた。(なぜ、こうも勝つのか)ということを、韓信は懸命に考えていた。この経験から韓信はやがて哲理や法則をたぐり出すのだが、ともかくもこのときは劉邦からほめられることさせ物憂く、わずらわしかった。

    0
    投稿日: 2015.06.30
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    張良、陳平と新たな味方を迎えた漢軍。ついに始まった劉邦対項羽の攻防に、起死回生を狙う策略、そして死に物狂いの逃亡とさらなる攻防戦。 まだかまだかと待ち構えていた鴻門の会の場面は、高校時代の古典の授業をぶわわっと思い出させてくれました。上巻でも登場していた范増や樊噲が絡んできて、あっそう繋がるのか!と脳内でリンクして一人興奮。 司馬さんの淡々とした語り口はやはり苦手だけど、今から下巻の四面楚歌のシーンが楽しみです。

    0
    投稿日: 2015.03.01
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    これまで長い時間をかけて、上巻、中巻と読み進めてきたが、ここにきてやっと大好きだと、もっと知りたいと思えるキャラクターに出会った。 彼の名は「紀信」という。 周りの人間、もちろん味方や同郷の者を罵倒し、批判する。劉邦もその例外ではない。 しかしながら、彼は劉邦だけを愛し、劉邦のために劉邦となる道を選んだ。 究極のツンデレがここにはある。

    0
    投稿日: 2015.02.04
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    上巻より中巻の方が話が進み、面白かった!有名な鴻門の会も出てくるし。にしても項羽と劉邦は人間性が対極である。勇猛果敢だけれど若さゆえ突っ走りがちな項羽、知恵が回るけれど臆病、怖がりすぎな劉邦。敗走する際に我が子を何度も馬車から突き落とすって、その子らの親だろ!と。こんな臆病で怖がりな劉邦がこの後、どうやって漢帝国の開祖になるのか続きが楽しみ。因みに劉邦に降ってきた韓信、なかなかイケメンです!(笑)

    8
    投稿日: 2015.01.11
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    「最初に関中に入った者を関中王とする」楚の懐王の言葉を受けて、配下の項羽と劉邦はそれぞれ秦の中心地である関中をめざす。数々の戦いを制して一番乗りしたのは劉邦だったが……。 強靭な肉体と類まれな戦闘能力をあわせもつ項羽にくらべて、卓越した能力はなにもない劉邦。しかし、彼の度量の大きさに惹かれて優秀な人材が集まってくるくだりがおもしろい。有名な鴻門の会が描かれている。

    0
    投稿日: 2014.12.25
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    この巻では、あの「鴻門の会」の場面がある。 項伯と張良との「侠」をいいことに、劉邦が項伯と義兄弟になりたがる場面、実に項伯が迷惑そうなのが笑える。 でも、この場面、有名だからか、意外とさらりと終った感がある。 張良と劉邦の関係、項羽と氾増の関係もとても興味深い。 リーダーとブレーンは、人種が違うということなのだろうか。 後半は韓信、蕭何、陳平などが登場。 多士済々で・・・覚悟はしていたが、覚えるのは大変。 よくぞまあ、司馬さんはこれらの人たちの個性を書き分けられたものだと感嘆する。

    0
    投稿日: 2014.11.01
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    上巻から変わって、かなり劉邦寄りに、かなりの頭脳戦になってきた中巻。 陳平の策がどうなるのか気になって、章が変わるページまで読み飛ばしてやろうか、と思ってしまったけれど、我慢してゆっくり読むことで人物像や范増や鍾離昩、竜且に周殷の不遇、楚の名を重んじる慣習などが伝わった。 2人と劉邦の子供たち、家臣たちがどうなるか(世界史で習ったはずだけど)ネットで調べたいけれど、もったいないような気がして、下巻を読みすすめている。

    0
    投稿日: 2014.06.09
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    「それらの一人が、この紀信という無名の下士の陰口について劉邦の耳に入れ、それについて劉邦が関心を示したということをきいたとき、紀信はあやうく昏倒しそうになった。」 関中は落ちた。その門を閉ざした劉邦に怒る項羽。和解の後に行われた漢軍の東進。またもや追い込む楚軍。漢軍には韓信、陳平が参入し、楚軍からは蕭何が脱退。潰走した漢軍の進む先は勝利か敗北か。 最後の紀信の話がとても好き。鬱屈し、現世を批判的にしか見る事ができない男が、最後に誇りに思う者を見つけた。そして、彼らの友も気づかぬうちに紀信の影響を受け、まっすぐに生を終えた。

    0
    投稿日: 2014.06.08
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    項羽と劉邦の攻防戦が長引き 劉邦が籠もっていた榮陽城を逃げ出すまで。 陳平の奇策や紀信の最期が凄まじい。 下巻に続く。

    0
    投稿日: 2013.10.29
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    項伯と張良の関係やさまざま登場する「士」の生きざまなど、司馬さんの解説に助けていただきながら読み進めていく……。 わかった気になっているだけなのか、しかしそうだとしても、彼らには本当にすばらしい。 よくもまぁ、日本でいえば弥生時代に、ここまで成熟した人間たちが生きていたもんだなぁ。

    0
    投稿日: 2013.10.12
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    項羽と劉邦の戦いが激化。人望の厚い劉邦は人を使って、項羽の猛攻をすり抜ける。後半の籠城戦における、劉邦の家臣による数々の奇策が見所。

    0
    投稿日: 2013.09.24
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    笵蔵が去るくだりを3回読んだ。 老翁は、項羽に仕えたことを後悔はしなかったのだろうか。 この時代の人々のあふれる感情は本当にドラマだ。 ていうか、もう、究極のツンデレ紀信よ!

    3
    投稿日: 2013.09.22
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    劉邦が情けない。只々情けない。ひたすら項羽に怯え、自ら権謀術数することもなく具申採択のみ。しまいには部下を放って逃亡する始末。 対して項羽の何たる豪傑ぶり。3万の兵を以って劉邦56万の兵を撹乱する様はまさに鬼神。家柄良し、才良し、武良し。誰が見ても皇帝に相応しいのは項羽だ。 しかし歴史は劉邦に微笑んだ。なぜか。 それは劉邦の人柄と有能な人材に恵まれたことに尽きる。司馬氏が「虚」と表現する劉邦のブラックホールのような懐の深さと身分や出生に拘らず教えを請う姿勢が、劉邦を前漢の高祖まで押し上げた。 特に韓信の能力を見出した張良が素晴らしい。何の実績もない、ただ不満しか言わない男を、さらなる上位職への登用を具申する。そして、それを受け入れる劉邦。これこそが劉邦が高祖になった本質であろう。 この大胆な人材登用は乱世だからこそ出来たのだろうか?いや、いまの時代だからこそ必要だと思う。本書は歴史小説ではなく、「人の上に立つ者とはどうあるべきか」と指南するビジネス書といえる。 連戦連敗の劉邦が、どのように項羽を破るまでに至るのか。下巻へ続く。

    0
    投稿日: 2013.08.26
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    中巻。 劉邦が圧倒的に不利な状況に変わりはないが、懐が深く、個性的な将を受け容れる劉邦に巻き返しの気運を感じる。 項羽と劉邦のリーダーシップが対照的に描かれる中、いよいよ最終巻へ。 以下引用~ ・戦国の現出の先駆的な条件は、古代社会にくらべ、農業生産力が飛躍的にあがり、自作農が圧倒的に増え、ひとびとは農奴的状況から解放され、それを踏まえての自立精神ができあがったということを見ねばならない。これによってアジア的な意味での個が成立し、この個の成立からさまざまな思想、発明が、沸くように出てきた。戦国の前時代の春秋期を含めて諸子百家がぞくぞくとあらわれ、中国思想史上、後代にもない絢爛とした時代を現出するのも、以上のような土壌に由来する。 ・人才に対する鈍感さは、逆にいえば項羽軍の特徴でもあった。勇は項羽ひとりで十分であり、智は范増ひとりで十分であると思い込んでいる項羽軍首脳にとっては、器才のある者をつねにさがさねばならぬという必要など頭から認めていなかった。

    1
    投稿日: 2013.05.04
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     劉邦の弱さ、不思議なカリスマ性が発揮されていく。  それにしても戦いは驚くほど弱い。  隙があるからこそ、部下が全力を尽くしてそれを助ける、とあるが、ただ単に運が良かっただけという印象を受ける。咸陽に入った時も、一時的に我を忘れて喜んだものの、すぐに項羽への恐怖で情けないほどの逃げ腰になる。  項羽と劉邦は3巻の構成だが、劉邦は(たまにうまくいくものの)未だ苦戦してばかりいる。

    0
    投稿日: 2013.04.14
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    高校の漢文で習い、とても興味を持ち…その結果、「歴史小説」デビューを果たす事になった作品。 ある期待を持って読み解いていった。 漢文で登場した虞美人の最後の一節にとても期待していたからだ。 面白かった。確かに面白かった。 ハラハラ、ドキドキ…。 面白かったのだが…期待にあふれていた虞美人の最後は漢文訳とほとんど同じだった・・・。 もっと、表現も豊かで、詳細が書き連ねられているのではないだろうか。 もっと切ない思いが出来るのではないだろうか。 そんな期待はものの見事に裏切られたww 歴史小説デビューとしては、少し難易度が高かったが… その後、日本史に興味を持ち、読むようにもなり、いいキッカケになったと思う。 ただ、歴史小説を初めて読む人には、絶対にオススメはしないw もっと、手軽な内容と、登場人物も少なく、名前も覚えやすい日本名からいくべきだとは思う!

    0
    投稿日: 2012.07.05
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    上巻の感想では食い物の話に終始してしまったので(笑)。 読み方によっては悪口書かれてるだけともとれる劉邦が、周囲の人たちおよび彼等との関係性によってもの凄い将に見えてくるんですよね。そういう才能って努力とかでは手に入りづらいものの様な気もします。 項羽は武人として純粋に凄くかっこいいですよね。でも敵には本当に容赦ないんだよなー。そこが二人の分かれ道だったのか。

    0
    投稿日: 2012.06.17
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    以前、テレビの人形劇で感激したのを覚えてます。いつかちゃんと読もうと思っていて、なかなか読めなかったのですが、やっと読めました。すごくよかった!項羽と劉邦の性格・人となりなど、2000年以上も前のことでも、今と何らかわりなく伝わってきました。中国ならではの文明の有り様も、納得的です。

    0
    投稿日: 2012.05.16
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    項羽と劉邦の直接対決で劉邦が何度も負けるというのは知ってたけど、具体的に書かれると「よくこれでくじけなかったな」と思ってしまう。

    0
    投稿日: 2012.04.10
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    半年近く放置した挙げ句の……   内容をほとんど忘れていました……   司馬遼太郎の文章に慣れていないせいか、淡々と、とんとん拍子に進んでいく印象   ぼんやりしながら読んでいたら、いつの間にか終わっていた   これではいかん、また読みます   笵増がここで離脱とは、思っていたより早い印象   絶対的に優勢なのに、つめの甘い項羽   劣勢なのに、優秀な部下たちの奇策で乗り越えていく劉邦   トップに立つ人間に必要なのは、才能より武力より、彼のような空っぽさ   劉邦の空っぽさは、才能かな……

    0
    投稿日: 2012.04.04
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    趙高や章邯などその他、前巻で物語を大いに賑わせた巨星どもはあっけなく散ってゆき、張良や韓信、陳平が彼らに代わって新星の如く登場した。 この時代、この中国という大地を同じくして生まれた勇士らが、それぞれの欲望、任侠、使命を胸に、もてる力を発揮して人生を駆け抜ける。 まさに群像劇。 これぞ歴史小説の醍醐味です。 同じなのは体の大きさぐらいじゃないかってぐらい、面白いほど項羽と劉邦を対比している。 紀元前232年生まれの若者項羽と、紀元前256年生まれのおっさん劉邦。 ただ一人突出した能力を持つ項羽。側近の能力にあずかる劉邦。 一族を寵愛する項羽と、それに頓着しない劉邦。 他にも、他にも。 そして、幾度となく、この相反する両名はぶつかってきたんだなぁ。 物語の結末を知っているが故に、最後はどんな描かれ方をするのだろう、と続きが待ち遠しい。 -下巻に続く

    1
    投稿日: 2012.01.29
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    (1985.02.19読了)(1984.10.07購入) (「BOOK」データベースより)amazon 叔父・項梁の戦死後、反乱軍の全権を握った項羽は、鉅鹿の戦いで章邯将軍の率いる秦の主力軍を破った。一方、別働隊の劉邦は、そのすきに先んじて関中に入り函谷関を閉ざしてしまう。これに激怒した項羽は、一気に関中になだれこみ、劉邦を鴻門に呼びつけて殺そうとするが…。勇猛無比で行く所敵なしの項羽。戦べただがその仁徳で将に恵まれた劉邦。いずれが天下を制するか。 ☆関連図書(既読) 「項羽と劉邦(上)」、司馬遼太郎著、新潮文庫、1984.09.25

    0
    投稿日: 2012.01.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    秦帝国の打倒を目指す項羽と劉邦は秦が倒れたのち、互いに覇権を争うようになる。 項羽は戦上手ではあったが残虐であったため人心を得ることができず、劉邦の台頭を自ら招いてしまう。 項羽と劉邦の争いは、劉邦が良く人を用いたこともあるが、むしろ項羽が将としては有能であっても王もしくは帝としてはあまりにも資質にかけていたために最終的な結末を自ら招いてしまった部分が大きいのではないかと感じた。

    0
    投稿日: 2012.01.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    劉邦と項羽の違いが次第によく分かってきた。 項羽の方が頼りがいがある、がプライドが高い。 劉邦の方は頼りがいがないが、プライドは低い。 プライドが高すぎてもダメだし、低すぎてもダメ。 劉邦は絶妙なラインにあったのかと思う。 下巻での四面楚歌の場面に期待。

    0
    投稿日: 2012.01.02
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    項羽が押し気味だが、劉邦を仕留めるところには至らず、という状態。劉邦は自分の能力というよりも、周囲に支えられているが、そうやって部下に任せる能力が高かったのかもしれない。本当は何もなかったのかもしれないが。一方の項羽は個人の能力は高いのだが、そのせいもあって、部下を信頼して任せることができないという状態。そのため達成度が低いのかもしれない。

    0
    投稿日: 2011.12.30
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    劉邦側の有名な人物たちも出揃い、いよいよ豪華な中巻。重要な役目を果たした人物に関する細かい書き込みが、想像力をかき立てる。

    0
    投稿日: 2011.10.02
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    司馬遼太郎氏の人物描写力は凄いですね。登場人物の人となりが瞼の裏にまざまざと思い浮かぶようです。 劉邦と重臣たちとのかけ合いの場面もどっか滑稽で面白いです。 張良、蕭何、夏候嬰、韓信・・とそれぞれ良い味出してます。彼ら一人一人と劉邦との関係も丁寧に描かれていて、楽しいです。中巻で最後の方に出てきた紀信はもっとも人間味が溢れているようなキャラクターで、役者冥利に尽きるというか、最高に美味です。泣ける!!切ない!!そんな人生もある・・!!

    3
    投稿日: 2011.08.14
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ガンガン読みます、こうと劉邦の中。張良が来て函谷関に一番乗りするけど鴻門の会で漢中に飛ばされて韓信が来て再起して彭城を(中略)というわけで、ようやく陳平登場し紀信・周荷のエピソードで終わるわけなんですが、やー、紀信すごいツンデレ(違 そうか、すごい悪口を言うのは惹かれて惹かれてしょうがないからだったのかー、みたいな。

    1
    投稿日: 2011.04.26
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    タイトルでは「項羽と劉邦」と銘打ちながら、実質的な主人公は劉邦である。劉邦は220年にわたる前漢を築いた高祖であるが、本作品においては(横山光輝作品も同じだが)英雄像とは程遠い。いくさは弱くて、威厳はなく、口も汚く、酒と女が大好きな元農民の次男坊…。英雄像と程遠いという点では「水滸伝(北方謙三著)」における主人公格:宋江のようである。 そんな劉邦が猛将:項羽に勝利した最大の理由は部下に恵まれ、その部下の話をよく聞いたことだろう。つまり、項羽とは逆のことをやった点にある。結局、絶対専制的な実力者の項羽が敗れ、部下それぞれの持ち味を活かした劉邦が勝利したということだ。 本作品は上巻と中巻の2冊を読了したが、特徴的な点は、歴史的事件がわりとサラリと流されている点だろう。劉邦の関中入り、鴻門の会、漢中行き、楚漢戦争などは横山光輝作品や世界史漫画等では名場面であるにもかかわらず、あっという間に事実だけ語られるに過ぎないため、少々味気なかった。 一方、登場人物の背景からエピソードなどはかなり詳細に描かれており、各章ごとに魅力的な人物が登場する。

    0
    投稿日: 2011.03.20
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    やっぱり面白い。 楚漢時代のことを知りたいなら一度は読んでおくべきだと思います。 歴史に興味が無い人でも文章や語彙など学ぶものは多い。やはり一度は読んでおいて欲しい。

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    投稿日: 2010.11.16
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    司馬遼太郎は他書で、昔の人のほうが感情の量が多かったとするが、それを思い知らせてくれる人々の挿話が多数あり、それにより、本論の両者の成り立ちの相違が見えてくる。

    0
    投稿日: 2010.05.30
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    ★2010年25冊目読了『項羽と劉邦(中)』司馬遼太郎著 評価B 秦を破った項羽が、一旦、南の楚に引く隙に、別働隊の劉邦は、関中を制圧。項羽は、劉邦を許さず、徹底的に勝利するも、関中で大虐殺を行い、民衆の支持を失う。項羽に完敗した劉邦は、かなり勢力を失うも、次第にその大きな人柄で、周囲の支持を集め、再び勢力を盛り返していく。 項羽と劉邦という世界史では知っている名ではあっても、その相克は詳しく知らなかった。二人の抗争にまつわるさまざまなドラマを読むにつけ、中国で支持される指導者の原型をみる気がしてならない。三国志の劉備といい、この劉邦といい、鋭くはないが、人を惹き付ける魅力で、次第にその支える側近の力で、のし上がっていく点が非常に興味深い。

    0
    投稿日: 2010.05.15
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    劉邦が遁走するときが楽しい!追い詰められてるはずなのに、本人が一番ゆうに構えてる! 笑っちゃいました。

    0
    投稿日: 2010.05.01
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    ものすごいところで終わりました。 何ということだろうか。 周苛と紀信の関係はすばらしいとしか言いようがない。

    0
    投稿日: 2010.02.18
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    秦を倒す為に立ちあがったのが武力で人を引っ張る項羽と人柄で人を引き付ける劉邦の2人。対極とも言える2人は、協力して秦を滅ぼす。そして項羽は楚王を名乗る。自分の周りに仲の良い人物だけを集め好き放題する項羽に対し周りが反発し楚漢戦争が始まる。

    0
    投稿日: 2010.02.05
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    叔父・項梁の戦死後、反乱軍の全権を握った項羽は、鉅鹿の戦いで章邯将軍の率いる秦の主力軍を破った。一方、別働隊の劉邦は、そのすきに先んじて関中に入り函谷関を閉ざしてしまう。これに激怒した項羽は、一気に関中になだれこみ、劉邦を鴻門に呼びつけて殺そうとするが…。勇猛無比で行く所敵なしの項羽。戦べただがその仁徳で将に恵まれた劉邦。いずれが天下を制するか。

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    投稿日: 2010.01.01
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    中巻。劉邦軍を彩る張良や韓信ら超メジャーな人物が続々登場、大いに活躍する。鴻門の会の場面は、期待していたよりもさらっと書いてあった。絶体絶命の劉邦軍が散り散りになり、劉邦が舟で逃亡しながら歌うシーンなどは楚軍に見つからないかとハラハラしながら読んだ。劉邦に怒鳴られて、韓信がしぶしぶ寝台の上で戦略を考えるシーンは、韓信の才能と不釣合いなナチュラルっぷりに笑った。巻末の紀信と周苛の友情話には、ほろりとさせられた。

    0
    投稿日: 2009.08.08
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    私の古代中国感の原点となる作品。歴史でならった秦の始皇帝が、等身大の人間に…というか、自分と大して変わらない卑小な感情もあた人間に見える。なおかつ、普通の人とは大きく異なった感性であったから、偉大な事業を成し遂げたのも実感できる。 そして劉邦や項羽のような英雄達、張良や陳平などの軍師たち、武勇の将軍も、口舌の徒も、いろいろな人達の雑多なエネルギーが渦巻く、大陸の風を感じられた傑作である。 この巻から登場する張良の非常、もしくは非情とも思える知謀には鳥肌が立つ。司馬御大の筆ならではの、静謐な筆致により感じられる人間性の深みが素晴らしい。

    0
    投稿日: 2009.07.11
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    時間がなくってなかなか進まん・・・。 帷幕の謀臣である張良、全軍の総司令官となる韓信、奇策家である陳平の登場、そして最後の「人の一生というのは、戸の隙間から、白馬の駈け過ぎるのを見るほどに短いという。こういう趣向で死ねるとは、まことに快とすべきではないですか」と言って、壮絶な死を迎えた紀信と周苛が印象的でした。 P.28 虚心は人間を聡明にするものである。 P.43 張良が「太公兵法」から得たとされる思考法の基礎は、常に先の先を考えて手を打ち、手順をつくり、基礎を一つずつ築いて、すべての物事を未然に始末をするということであった。張良の一代は常にそのやり方で通した。後世、太公望に仮託した「六韜(りくとう)」の基本的な思考法もそうである。 P.48 劉邦はただ、「己の能くせざるところは、人に任せる」という一事だけで、回転してきた。劉邦は土俗人なら誰でも持っている利害損失の勘定能力を備えていたが、しかしそのことは奥に秘めてあらわにせず、その実態は常に空気を大きな袋で包んだように虚であった。 P.53 張良は、あらためて劉邦が大きな空虚であることを思った。・・・ これが、劉邦に指揮権が戻ると、幕下の者たちは劉邦の空虚をうずめる為に各々が判断して劉邦の前後左右でいきいきと動き回り、時にその動きが矛盾したり、基本戦力に反したりすることがあっても、全軍に無用の疲労を与えない。 P.165 「大王よ、大王と項王の人物を秤にかけられよ。まず、勇悍である点、仁強である点において。―」 この二つを基準に両者の重さを測れ、という。勇悍とは勇敢という以上の積極的な精神能力で、具体的には戦場における猛々しさを指す。仁強とは仁以上の倫理感情である。配下に対して心優しいというだけではなく、荒っぽくて狂おしいばかりの愛情を示すことを指す。勇悍と仁強は一見矛盾したものだが、ときに相克する性格が一ツ人格の容器に入っている場合、理想的な王が出来上がる。この時代は少なくとも王の資格はそのように考えられていた。 P.171 韓信のみるところ、愛すべき愚者という感じであった。もっとも愚痴という意味での愚者でなく、自分をいつでも放り出して実体はぼんやりしているという感じで、いわば大きな袋のようであった。置きっぱなしの袋は形も定まらず、また袋自身の思考などはなく、ただ容量があるだけだったが、棟梁になる場合、賢者よりはるかに勝っているのではあるまいか。賢者は自分の優れた思考力がそのまま限界になるが、袋ならばその賢者を中へ放り込んで用いることができる。 (劉邦という男は、袋と言うべきか、粘土のかたまりというべきか) 韓信は、話すうちに劉邦という男がひどく新鮮に見えてきた。当初、どろがあいまいに人の形らしい格好をなして座っているような印象でもあったが、韓信が話し終わったとき「どろ」がいきなり人になった。劉邦は右こぶしを挙げ、喜びのあまり傍らの小机を打った。 P.177 社は元々やしろでなく、神そのものをさした。とくにその国土を象徴する守護神のことで、小さくは村里にもあり、大きくは国土にも「社」はという神がまつられる。  稷(しょく)もまた神である。五国の神である。社という字義と同様、神をもさし、同時にその祠をもさす。土地神と農業神をまつって国家の宗廟とする古代中国の思想または風習はその後の中国では変質し、衰弱したが、以下はついでながら上代日本にそのまま輸入された。伊勢神宮は古代権力が多分に人工的につくった廟所だが、まず日の神がまつられた。次いで後代いつほどか同格の農業神が合わせてまつられた。それが、稷である。やがて内宮・外宮を律令国家の社稷とした。律令日本は仏教を輸入しただけでなく、国家の社稷も輸入したと言っていい。  さらについでながら、この時代の中国の里には二十五戸の集落とされていた。里ごとに氏神として社があることは既に述べた。里における社には、建物がある。しかし王国そのものの社稷には、建物がない。杜(もり)という神聖空間があるだけである。 その杜の中に特別な空間を設け、そこに神がすむとする。ただ空間のみをあがめるというのは、日本の原始神道にもある。もっとも上代中国の場合、天の陽気(日光や風雨)と地の陰気(霜や露)をそこでうけるため、という陰陽説による神学的説明がある点、日本の原始神道と異なる。 P.187 これらは、紀元前206年〜205年にあたっている。 西にローマという、市民性の高い巨大な文明が爛熟期に入っていたが、地球の他の部分では劉邦のいる中国大陸が、右とは異質ながら文明の高さを誇っていた。あるいは人々の文明感覚の繊細さにおいては比類がなかった。  ただ、中法の属する中国社会は徹底して灌漑農業社会で、主権者は水を制すれば水の及ぶ限りの地域全体を制することができたという点、ギリシア・ローマ世界と異なる。  中国大陸は、乾田の非米穀物、水田の米作、草原の遊牧、河川や沿海の漁業、山中での冶金といったふうにあらゆる古代的技術集団が流入し雑居し相互に影響を与えあったために紀元前で巨大な文明をつくった。ところが基本があくまでも灌漑農業社会であったために、農民個々が個人として独立せず、その独立性が尊ばれず、ついにギリシア・ローマ風の市民を成立させなかった。しかしこのことは文明の進み方が遅れているというものではなく、単に生産社会の事情が異なっていただけに過ぎない。  むしろ逆にいえば、灌漑農業社会の古代における高度の発達のために、ギリシア・ローマ世界よりも、一定面積の上ではるかに多くの人口を養うことができた。これらの事情のために地域ごとに農民を密集させ、密集している分だけ人々の個性をすり減らせ、ギリシア・ローマに比べて人間の独立性という点を希薄にした。しかし一面、事があればあらゆる地域にいる農民が、地球上のどの社会の常識も当てはまらないほどの規模で一定の場所に大密集をとげえた。この点は、ギリシア・ローマ世界では考えられもしないことであった。さらにこのことはこの大陸にしばしば政治上の軌跡を生む結果にもなった。たとえば易姓革命がそうであった。

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    投稿日: 2009.06.18
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    昔読んだ記憶をもとに以下をコメント。 なんで中巻にしたかというと、張良が登場するから。 あまりにリズムのいい文章で、「張良のことである。・・・」から2ページくらい書き写した。 そんな本はこれ以降ありません。

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    投稿日: 2009.04.27
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    劉邦、関中王になるも、項羽により僻地に追いやられる。 しかし、めげずに項羽と戦う。 しかし、項羽が怖くて仕方がない。 有名な澒門の会が収録されています。

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    投稿日: 2009.03.27
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    劉邦が項羽に牙を向き、一時期項羽を凌ぐが、項羽が再び盛り返す。 項羽・・・・・強い。カリスマ性もあり、仲間にはやさしい。だけど、敵に対してはかなり非情だから評判良くない。范僧が役不足な気がするなぁ。 劉邦・・・・・自然体。とくに飾らず威張ったりもしない、人をひきつけるものがあり、自然と有能な武将が集まる。でも、読んでると劉邦自体は何か大きな決断をしたわけでもないし、運がうまく回ってきた感じ。 やっぱ項羽のほうが好きだな。不器用でなかなか報われないとこが応援したくなる。 もし自分がこの時代に生きていたらどのキャラクターになっていただろ。 つまらぬ矢にあたって死ぬ一兵士か、一尺の土地に目を光らせる将か。 陳平のひねくれ具合にも共感。

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    投稿日: 2009.03.15
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    実は司馬遼太郎の本がかなり好きで 中学高校時代は良く読んだものです。 最近になって読む機会があり さらっと読んでみたのですが 示唆に富んでいる本だなと 今回は思いました。 今まではあぁ面白いなぁとか わくわくするなぁとかしか思っていなかったと思うのですが 最近読んだ感想は人物像や人望についてなど やっぱり受け手によって本は変わりますね。 ちなみに、項羽は武力等において非常に優れた 人材だったけれど人望はなく 劉邦は武力はなく、心意気のようなものも欠けていたように 描かれているが、人望はあります。 歴史上の最後の勝利したのは劉邦というのは そういったほかの人がつい助けたくなる人の 人望の有意義さを示しているのではと 感じました。 数年経っただけの同じ人間の意見でさえ 変わるのだから違う人格だったら 言うまでもないだろうと思います。 今、ふと漢文の「いわんや」「且つ」とか思い出しました笑

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    投稿日: 2008.11.30
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    張良が好きだったのにラストあれはないだろ…!紀信と周苛の格好良さに揺らがざるを得ない。紀信ツンデレ2008/6/16

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    投稿日: 2008.05.26
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    関中に入った劉邦。 鴻門の会。 漢へ。 韓信の登場。 彭城攻め。そして敗北。 陳平の登場。 滎陽城の陥落まで。 たんたんと話がすすむ。 きらびやかな英雄たちに見えないところがいい。 しかしおもしろい。 2008年04月12日読了。

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    投稿日: 2008.05.10
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    罪人を静まらせるには、食事の塩の量を減らせばいい、 という言葉が印象的だった。この時代からすでに、栄養学の知識がそれなりに浸透していた点は驚きである。

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    投稿日: 2007.10.27
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    鴻門の会あたりから劉邦が陽城から逃げるとこまで。上巻を読み終えたところでは断然項羽派だった私ですが、残念ながら今や状況は完全にひっくり返ったと言わねばなりますまい。かといって項羽から劉邦にということではなくて、まあみんなそうでしょうけど、劉邦というよりは部下のファンになったという方が正しいですね。夏候嬰や韓信や紀信とか、あと樊。題名こそ「項羽と劉邦」でありながら今読む限りは完全に群像劇というかオムニバスというか。でも下巻読んだらまたイメージが変わるかもしれません。何てったってクライマックスだし!

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    投稿日: 2006.12.14
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    負けるケド、さやかのすきなんは項羽。自分と親近感持つのも項羽。すきな男のタイプも項羽。・・・幸せになれないな(笑)

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    投稿日: 2005.09.07
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    高校時代に読んだ本。自分の生き方に影響を与えた一冊です。 始皇帝を前に、項羽と劉邦がそれぞれ述べた言葉。この言葉がその後の両者の運命を物語っていると感じました。 頭脳明晰のエリート項羽と、仁徳とカリスマ性のある劉邦。 その対照的な二人が戦乱の時代を駆け抜けていく。 やがて二人は天下を二分する戦いで対峙することとなる。 司馬遼太郎の中でもお気に入りの作品です。

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    投稿日: 2005.07.09
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    さて、物語は盛り上がりを見せる。劉邦の陣営にいる有能な人間が、その有能さを突出させはじめるのだ。そして一気に劉邦が天下を……というわけにはいかない。項羽にけちらされ、命乞いをするまでに負ける。なんとか命拾いし、地方へとばされる劉邦。そして再起。とにかく忙しい。その間にも才能ある部下をどんどん得て、勝ったと思えば項羽が直接でてきて負け。を繰り返す。これでこの先どうなるのか。GWのうちに下巻に直行する。正直、こんなに面白いとは思わなかった。

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    投稿日: 2005.05.25