
総合評価
(120件)| 49 | ||
| 44 | ||
| 17 | ||
| 2 | ||
| 0 |
powered by ブクログ血の繋がりのない武将2世代による大河小説の最終巻。信長と光秀の末路については世に名高いためプロセスが描かれている。司馬遼太郎も告白しているが明智光秀に思い入れが強くなっており主役の選定か構成を誤ったように見える。二君に仕える想像を絶するストレス(しかも内心信長を見下している)の中、最高の出世を遂げているし、信長を倒した事で一応国盗りに成功したという事で道三編を無理に続けるならやはり光秀が主役だろう。 戦国時代いや、歴史上人物で最高のフリー素材である織田信長は主役としてよりもいかようにも解釈できる人物として配置した方が魅力的。 織田信長は足利義教や三好長慶をモデルにして(勝手な予想だけど)機内統一とかを進めたり六角氏だかがやっていた楽市楽座を取り入れたりと革新性のある天才というよりは現実にあるものを適用させブラッシュアップさせる才能がある様に思う。こう書くと貶めているように見えるが強い武田信玄や上杉謙信には超低姿勢外交に徹したり浅井長政が反乱すると直ぐに逃走したりと忍耐と知識のある極めて現実的な人物だったのではと個人的には考えている。
8投稿日: 2025.10.21
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
1.2巻が陽の気なのに対して、3.4巻は陰が漂っててる。 実のところ信長が常に天下万民のためを思って行動していたことに驚きはした。自分がやっていることが本当に正しいことだと信じてやまなかったんだろうな(信じるも何もなさそうではあるが)。だから光秀が謀反を起こした時もすぐに受け入れたんだろうなと。 光秀は光秀で、前半は義昭と信長の間に挟まれて大変窮屈そうだった。そもそも優しすぎて仲介役に向いてないんだろう。秀吉の方が上手くやれそうだと感じた。 後半は信長に酷使されて心を失っていく姿が見ていて辛かった。こうも大将と性格が合わない中よくここまで登り詰めたものだ...道三も極楽で行く末を見守っていただろうなぁ。 信心深い光秀が何度も御神籤を引くなんて、鉄炮遣いの光秀が雨の日に開戦するなんて。知謀も薄れるほど信長に仕えるのが限界だったんだろうな。 4巻総じて、とっても面白かった。斎藤道三が世に及ぼした影響、信長と光秀の対比、朝廷と幕府をいかに利用して天下を成し遂げるかなどなど知らない事をたくさん学ぶ機会になった。 こうなると秀吉も家康の今後も気になるし、長篠の戦いの詳細や武田信玄vs上杉謙信ももっと知りたいし、逆に毛利家がどうやって栄えてきたのかもみたい。歴史沼は深い...。
3投稿日: 2025.09.16
powered by ブクログ終わりに近づくにつれ、読むのがとても怖かった。それは、本能寺の変が起きる事実を知っているから。 斎藤道三から有望視された、織田信長と明智光秀。信長が主で、光秀が従の関係。互いにリスペクトする部分がありながらも、牽制し合っている、何しろ相性がよろしくない2人。 明智光秀について、私はあまりにも知らなすぎでした。 本書の信長像と光秀像は、強烈に印象に残りました。両者のマイナス面、プラス面ともに描かれ、心情の浮き沈みまで伝わるものだったからです。 光秀が戦国時代の人でなければ、どんなに生きやすかったか。 辛い板挟み(将軍家の家来でもあり、織田家の家来でもある)の中で精神状態を保ち、限界までがんばりぬいた明智光秀に、私は『国盗り物語』MVP賞をあげたい気持ちです。(戦国武将たちが聞いたら、“そんなの甘いよー”って言われそうなんですけど。どうしても、あげたい!) 過酷な時代を生き抜く人間の底なしの強さと、抱えきれないほどの悲哀が感じ取れ、読後に言葉を失うほどのインパクトのある作品でした。第四巻は、“織田信長 後編”となっています。しかし司馬遼太郎さんは、明智光秀に心を大きく傾けているように感じました。明智光秀にスポットライトが当てられたこと、画期的であると思います。読むことができて、良かったです。
26投稿日: 2025.08.21
powered by ブクログ・信長(革新派)→秀吉(承継者)→家康(保守派)この流れが旧体制における利権構造を修正し、新しい社会構造を作るために必要であったと感じる。 ・現代における自民党・官僚の利権構造の瓦解のため、7月の選挙は大きな意味があると思う。信長に変わるツールが国民民主党とSNSか。 明智光秀が本能寺の変を起こした時点で、深刻な精神病にあったのではないかという考察は納得が行く。国替えを命じられ、1万の一族郎党を養えないと危惧し、このままでは荒木村重同様に一門の破滅を危惧していたとしても、冷静な判断ができる光秀が信長暗殺後の展開を想定できなかったとは思えない。細川幽斎同様の生き方で一族を存続させる方法は、正常な光秀であればいくらでも考えられる。 「狡兎死して走狗烹らる」とはよく言ったものだ。
6投稿日: 2025.03.15
powered by ブクログ道三が己の野望のままにやりたい放題快進撃を続ける前半に対して、やりたい放題快進撃を続ける人の煽りを食らう側である光秀の苦悩と悲哀が描かれる後半とではやはりテンションは落ちるよなあという印象。 元々後半部は予定に無かったみたいなので、別の作品と思って読んでもいいのかもしれない。 道三の生前も死後も、お万阿が出てくるシーンがとても良かった
1投稿日: 2024.08.26
powered by ブクログ斎藤道三の"国盗り"に賭けた人生から、"本能寺の変"の真相を筆者独自の新たな視点から考察した作品。 "美濃の蝮"と通称され悪人として名高い斎藤道三の、目的の為には手段を選ばない戦略が、非道にも見えたことは確かだけれど、個人的には彼の効率的かつ合理的な生き方に好感を抱いた。人と同じことをしただけでは、人と同じ結果までしか得られないものだと感じた。 そして道三の相弟子である織田信長と明智光秀の、それぞれが師から受け継いだものや、彼との関係の上で与えられた境遇が、どのように影響して"本能寺の変"に至ったのか、単なる史実ではなく、そこに彼らの感情や葛藤など、生々しい人間の姿を鮮明に描きながらその真相に迫る、非常に読み応えのある作品だった。
1投稿日: 2024.06.17
powered by ブクログ光秀と信長の関係性の中で、信長が上洛し、本能寺の変まで到達する。彼らの人となりの描写の豊かさはさすがで、時代の激動さも相まって、ほとんど一気に読んでしまった。基本的に光秀の視点で話が書かれているので、光秀が本能寺に向けて出立を決意する辺りの覚悟はかなり来るものがある。この後の秀吉への展開もぜひ読みたい。
0投稿日: 2024.02.23
powered by ブクログ信長編後編。道三の果たせなかった夢を、もともと大名の子に生まれるというアドバンテージをもった信長が本気で追いかける。 それにしてもよく働く男で驚かされる。日本人離れした勤勉さ。 わたしは、自分がぐうたらなのも含めて、日本人は勤勉ではないと思う。本当は働きたくないけれど、嫌々働けないこともない、これは勤勉と言ってもいいのではないか、を略して日本人は勤勉である、と言う人もいるけれど。 アメリカ人は勤勉だと思う。よりよい生活のために努力するのは当たり前だし、よく働くことは良いことだと心から思っているから行動のレベルが違う。ヨーロッパは行ったことないのでわからないけれど、労働を軽蔑してそう。 信長は日本人とは思えないくらいよく働く。 勉強は、つとめてしいる、と読む。 旧時代を破壊する革命家でありながらその勤勉さゆえか神に愛された超幸運の持ち主でもある。斉木楠雄で言うところの照橋さん。どちらにも失礼ですね。冗談です。 その強運を持って命懸けで生きながら、だんだんと狂気が滲み出てくる。なぜ信長が恐ろしいと言われるかわかってきた。ちなみに正義のための戦争って言うのも、悪い意味でアメリカの主張と同じですね。タイムスリップでもしたのか?この人。 光秀の好感度はどんどん上がる。 頑張って生き抜いて、成功して、そして何になるんでしょうね。わからないから正義を持ち出すのかな。 少なくとも光秀は、古い時代を壊すべき時に懐古趣味に走ったのが間違いだった。だから道に迷う。でも彼のアイデンティティだから間違うしかない。そこは好きになれないけれど。 というか、信長の狂気をみて思うのは、他人の行動原理なんてどんなに言葉を尽くしてもわからない、ということなのかもしれない。 平和を目指す世の中ではそれを平準化しようと推し進める。 でもそんなことは不可能だからせめて行動ではこれはしないでね、心の中ではなんと思っていようと、というのが限界であって、 心の底から平準化できると幻想をみるから日常の小さな諍いが起きるのだ。 だからわからない前提で生き抜くための心理戦が繰り広げられる。功臣殺しなんて学校で習わなかった。 そういえば。鏡花が地元金沢を他力本願の浄土真宗がほとんどと書いていたのは、この時代の石川は本願寺の領土だったからなんですね。へー、知らなかった。 物価は上がるのに給料が上がらないってニュースが最近よくあるけれど、500年前から日本の人件費が安いって話をし続けている。この時代にきたポルトガル人宣教師も、城をつくる人夫の人件費の安さに驚いている。 有能な人は人の使い方がうまい。個人の1番得意なことを引き出して生かす。信長も浅井亮政も。 他の人には難しそうに見えても、あ、これならできるかもと思えるものがその人の得意なことらしい。とラジオでも言ってました。 あ、これならできそう、を大事にしていきたいですね。周りにも言ってあげたい。 若い時の家康は年取ったときほど嫌な感じがしない。秀吉とともに驚きの社畜であるものの、大河ではものすごく脚色して人間らしくしている気がする。 力技で奪い合う世の中でも世間体はとても大切らしい。決して裏切らない人、という印象も計算のうちなのかな。というか武田家に寝返るほうが楽そうなのに、命をかけて誠実さをとったといえば、すごい人である。 天才であればいいわけじゃないんだよ、という視点があれば、関ヶ原だってやきもきしすぎず読めるかも。 もしもなんて考えても仕方ないけれど。 年齢的に秀吉も家康も社畜として一生を終える可能性のほうが濃厚だったのに、精神状態が限界だった光秀が奇跡を起こして天下が手のうちに転がってきた。何が起こるかわからないものですね。 でも天才革命家がどんな世の中を作るのかみてみたかった気もする。平家の末裔を名乗る限り幕府は開けないし(大河でわざわざ改名のシーンを出したのは、源氏の一族だけが征夷大将軍になれる、という話の布石だったんですね。ふたりとも最初は藤原氏の末裔と名乗っていたらしい)、光秀も良い領主であるのなら、江戸幕府より良い世の中だったのかもなあ、とか。でもそしたら幕末もないからパラレルワールドとしての想像が及ばない。運命の女神が的確に取捨選択しているように思えてしまう。 うじうじ許せないことがあるけれど、そのせいで自己嫌悪になるけれど、信長の執拗さ、恨みの深さをみているとすん、と冷静になる。坊主憎けりゃ、ってやつですね。こんなに怒ることないのにね。自分も他人も。
0投稿日: 2023.12.28
powered by ブクログ完結編を読み終えた今、信長の野望が成り立っていく展開と同時に、光秀もそれ相当の野心を持ち合わせていたことが認識できた。なぜ主君の信長を討つに至ったのか、諸説あるけどこの作品がやっぱりしっくりくるような気がする。 歴史小説家の今村翔吾氏がオススメするだけあって、抜群の読み応えでしたね。 あらすじ すざましい進撃を続けた織田信長は上洛を遂げ、将軍に足利義昭を擁立して、天下布武の理想を実行に移し始めた。しかし信長とその重臣明智光秀との間には超えられない深い溝が生じていた。外向する激情と内向し鬱結する繊細な感受性。。信長と光秀、共に斎藤道三の愛顧を受け、互いの資質を重んじつつも相容れぬ二つの強烈な個性を現代的な感覚で描き、本能寺の変の真因を捉えた完結編。※カバーから抜粋
18投稿日: 2023.12.20
powered by ブクログ物語が進むにつれて光秀の神経衰弱していく様子が色濃くなっていき、後半は心苦しい展開が続いた。信長と光秀のような相容れない性質をもつ者同士が出会った時、傷つけあう以外に道はなかったのか……。もっと尊重し合えていたら本能寺の変は回避出来ていたのではないかと、お互いの才能を認め合っていたからこそ後悔の念が残る。
2投稿日: 2023.09.20
powered by ブクログ戦国時代は、実力本位の時代というイメージがあるが、実際には、家柄、官位が重んじられ、だから信長は異端だったという事なのだろう。斎藤道三が、美濃を手中に収める過程で当地の名家を継ぐ形で改名を繰り返す様は、現代の感覚では理解し難いが、歌舞伎役者や落語家が名跡を継ぐようなものか?
1投稿日: 2023.09.10
powered by ブクログ主人公は信長というよりも光秀なのではないかと思われる。また、主人公ではないが、細川藤孝は影の主役に位置付けられる。 ただ、信長にしろ光秀にしろ、斎藤道三の弟子であり後継者として位置付けられている。その意味で、この物語はやはり道三よる国盗りについての話だといえる。すなわち、道三は美濃という国を盗ったがそこまでであり天下は盗れず、それを受け継いだ信長は多くの国を盗ったが天下を盗る寸前で道三のもう1人の弟子である光秀に討たれ、光秀が一時的にではあるが天下を盗った。その意味で、この物語は信長と光秀に交代しつつ、道三による国盗りという点では一貫していると言えるだろう。
0投稿日: 2022.04.03
powered by ブクログ神仏をも畏れぬ激情型の【信長】と、堅実内向型の【光秀】が「本能寺」で激突するまでを、取巻きの人々を交錯させて綴られた最終巻である。行く手を遮るもの全てを排除してきた信長にとっては、臣下の反逆を憂える余地がないほどに天下統一への自信に満ちていたのだろう、脇が甘すぎて自害に追いやられた。信長の度重なる暴虐ぶりに憤慨し、屈辱的な仕打ちに打ちのめされていた光秀は、信長への怨念を晴らすべく衝動的すぎる挙兵が仇となり、11日天下に終わる。戦国史を鳥瞰しながら、この時代に生きた人々の心意気を窺える歴史大作であった。
2投稿日: 2021.12.22
powered by ブクログ明智光秀の不器用さ、織田信長のパワハラ上司っぷり、自分に重ねて泣ける。 もっと楽しくラクに生きられなかったのか。 その性格、その時に置かれた状況、最良の方向を各々が進み、それらが偶然に重なり合った結果が人生であり歴史になるのかな。
0投稿日: 2021.10.14
powered by ブクログ斎藤動三編(第一巻、二巻)の方が、道三の自由奔放な活躍が描かれていて面白かった。 また、司馬遼太郎の仏教宗派に対する解釈にはなるほどと思った。 織田信長編(第三巻、四巻)は、信長と明智光秀の二人が主人公であるが、話が進むにつれ光秀への同情が強くなった。信長の冷淡な性格には、大河ドラマ「巧妙が辻」の信長役である舘ひろしがほんとによく似合っている感じだ。(2006.7.18HPの日記より) ※2006年購入 2006.7.18読了 売却済み、kindleで購入
1投稿日: 2021.08.24
powered by ブクログまさに歴史の教科書。 明智光秀が謀反を起こさざるを得なくなるプロセスが克明のされている。 あわよくば、最後の浅井攻めをもう少し詳細に記載して貰いたかった。
0投稿日: 2021.07.06
powered by ブクログ四巻で織田信長がついに京都に登ります! その一助を担ったのが明智光秀。 越前の朝倉家に見切りをつけてついに光秀が信長の臣下になり、将軍との橋渡しをする。 そして信長が京都に登ってからも、ほんと苦難につぐ苦難! もう今度こそダメだという場面が何度もありながらも、信長は思いもよらぬ作戦や行動をとったり、運にも恵まれピンチを脱する。 逆境のときこそ行動して、運を引き寄せチャンスを掴む そして天下布武の理想を現実にしていく。 一方で、信長と光秀の間には埋められない溝がどんどん出てくる。 お互いに能力を認め合い、必要としつつも、どうしてもそりが合わない。 どうしようもないこともある。 そして本能寺の変が起こる。 この本の主役である斎藤道三、織田信長、明智光秀は三者三様とても魅力的である。 戦国時代という有象無象の時代に、最大限の力を発揮して、未来の可能性を信じて行動している。 自信と日本の可能性を信じる力 それをこの本から教えてもらいました。
0投稿日: 2021.05.21
powered by ブクログ3巻と4巻は信長の物語。しかし、半分以上は明智光秀の視点が描かれています。斎藤道三の弟子ともいえる二人の天才が主従関係となり、天下統一に向けて才能を発揮するのですが、同じ天才同士ながら、古い秩序や慣習を徹底して破壊する合理主義者の信長と、文化や伝統を重んじる光秀とは、水と油。信長は光秀を重用しながらも、一方で、キザで面倒な奴と感じています。光秀もまた、信長の凄さを頭では理解しつつも、肌が合わないことを実感し、やがてその鬱屈した思いが本能寺へとつながります。 4巻に渡る大長編。道三、信長、光秀を中心として、細川藤孝、秀吉、家康、信玄、謙信と、戦国時代のそうそうたるスターが活躍する一大絵巻。司馬遼太郎の作品の中でも、やはり傑作中の傑作だと思います。
0投稿日: 2021.02.28
powered by ブクログ織田信長、斎藤道三という英雄に、明智光秀という謎ある侍の想いを紡ぎ、その歴史を紐解いていく。 細川藤孝の描き方がなんとも司馬遼太郎で、主観的にも、客観的にも物語を照らして行く。 いま、また違う光秀像が描かれつつある中、50年前の作品も色あせない。 これもまた歴史の面白み。
0投稿日: 2020.09.20
powered by ブクログ単体だと星3つ 通しで星4つ 最後駆け足なのと、思った以上に本能寺の変周辺が盛り上がりにかけてあっさりしていた 道三がかっこよすぎた
1投稿日: 2020.09.18
powered by ブクログ全巻読了!実に面白かった! 一二巻の斎藤道三編、 斎藤道三は謎の多い人物だから著者の創作部分が多いが、むしろそれがファンタジー要素を強くしてめちゃくちゃ面白い! そして、三四巻の織田信長編、 主人公はむしろ明智光秀で、重要キャラとして織田信長が出てくる。 斎藤道三を超大物として前半で描いているので、 光秀と信長が小さく見えるけど、だからこそライド(感情移入)はしやすい。 なんか、後半を読んでると、 光秀がめちゃくちゃ嫌味な奴に見えるんですが、 かなり自分と被るところがあって複雑になりました。 『自己評価が高くて理屈っぽい』とか、、、。 でも、信長的なところもあって、 『かなりの合理主義で、無駄に話の長い奴が嫌い』みたいな。笑。 最後の方の光秀は読んでて情けなかったなぁ、、、。 でも、自分のことを光秀っぽいと思ったからには、 これを手本にして『同じ轍は踏まないようにしよう』と思いました。
0投稿日: 2020.07.31
powered by ブクログ織田信長と明智光秀の両者の人間像の洞察が、客観的、時に批判的によく分析されている。このあたりがジャーナリストであった作者のニュートラルな視点の賜物と思う(作者が織田信長にも明智光秀にもあまり惚れ込んでいないということもあるのかも知れないが)。「この男、ふだんはこうこうこういう男なのだが、どうやらこういう一面も持ち合わせているようだ」というような、突き放した物言いはシンプルだが、これこそ理屈では説明しがたい人間の矛盾した人格の表現にはうってつけな表現なのだろう。史料などから読み解き、どうにも辻褄があわない、理屈にあわないその人物の行為を強引に解釈するのではなく「よくわからない」と書くことで、本来の矛盾の多い人間らしい姿が描けているところが司馬文学の凄いところだ。それでなくては本能寺の変を起こすにいたるまでの、理屈ではどうにも説明のしようがない光秀の行動原理は描写できなかっただろう。光秀の精神が衰弱していく終盤の心理描写は圧巻。
0投稿日: 2020.07.24
powered by ブクログこの時代の知識がなさすぎて全巻から流し読み状態でした。知識がないので明智光秀のことがわかりイメージが変わりました。他の本も読みながらいつかもう一度きちんと読めればと思います。
0投稿日: 2020.07.20
powered by ブクログ斎藤道三からの国盗りの流れを、信長と明智光秀が引き継いでいる。特に、光秀がクローズアップされて描かれており、信長の傘下に入り重要な武将まで階段を上がっていく過程での心情変化の模写が素晴らしい。また、保守的な光秀を通して、信長の革新性も再認識することができる。徳川家康と細川幽斎の振る舞いも面白い。司馬遼太郎の本は満足度が高い。
0投稿日: 2020.06.23
powered by ブクログ一〜四巻読了。 前半の道三編も面白いが、後半の信長編のほうがより面白い。光秀が中間管理職として苦悩する姿は、現代に生きる自分にも共感できるポイントが多く、感情移入してしまう。 解説にある、「運命に挑戦するということは、人間が全力をつくさなければできるものではない。それは、知力も体力も気力も、そして動物的な勘のようなものさえも動員しなければならない。」という言葉の通り、彼らのその全力さに、何も本気で全力を尽くしたことのない自分のような平凡な人間は、羨望や憧れを感じる。
0投稿日: 2020.05.17
powered by ブクログ全4巻、戦国時代の斎藤道三、織田信長と明智光秀を描いた著名な歴史小説。 国民的作家司馬遼太郎の代表作の一つ。全4 巻を再読完了。 前回20年ぐらい前に読んだ時は斎藤道三のあまりのスーパーマンぶりに辟易したが、歴史でなく「小説」として読めばこれ以上ないぐらい楽しく読むことができた。竜馬だって土方歳三だって誤解する人が多いが史実を基に司馬が造形したキャラクターである。 第3巻と4巻は織田信長編とはいえ、実際の所明智光秀から見た織田信長。天才の傍にいる一般人視点は映画「アマデウス」のようで分かりやすい。光秀の謀反の動機、過程も理解できる気がする。 司馬遼太郎作品の中でも何より舞台が戦国時代、そこに人気の秘訣があるのだろう。ただ中年になってちょっと深い読みができるようになった自分。それだけ苦労してきたということだろうか。
0投稿日: 2020.05.11
powered by ブクログ4巻読了、充実感と心地よい疲れ。 最終巻もほぼ光秀。才能ゆえに器用に生きられない光秀がリアルに描かれている。 いつの時代も人を動かすのは理屈を超えた信念や情。流れやツキを味方に出来るのも徹底した努力や行動があってこそ。人としてどうありたいかが何より大事。 やっぱり司馬遼太郎の本はおもしろい。
0投稿日: 2020.05.03
powered by ブクログ【いちぶん】 このような機会はない。 これほどの稀有な機会が光秀の眼前にあらわれて来なければ、光秀はおそらく平凡な後半生を送ったであろう。機会が、光秀に発想させた。 (p.630)
0投稿日: 2020.03.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
斎藤道三の娘婿である織田信長と、道三の妻の甥である明智光秀が対峙する完結編。「織田信長後編」となっているが、信長と光秀の双方が物語の主役と言って良いだろう。 文庫版の「解説」にも記載がある通り、光秀の描写がうまい。本作における光秀は、知識人で真面目な性格であり、そのため信長の苛烈な行動(例えば比叡山の僧や女の殺戮など)を憎み、部下を「道具」として有効に活用とする合理的な性格に怯える人物として描かれている。秀吉の「陽」と対比しながら光秀の「陰」を強調して描くことで、「本能寺の変」に繋がる伏線としている。 また、信長の人物像も明快で解りやすい。無神論者で合理的精神の持ち主、かつ有能で行動的な人物として描かれている。光秀のこざかしく思える口上に信長がいら立つエピソードを何度か挿入することで、両者は互いの能力を認めつつも性格上は相いれない存在であることを読者の意識に刷り込んでいる。こうした挿話を通して、天下を治めるという目的に向けて信長と光秀はまさに呉越同舟であったことが伝わってくる。そして、ほぼ天下を手中に収めようとした段階で、光秀は苦悩しながらも同じ舟から降りる選択をすることにした。これが司馬遼太郎の描く「本能寺の変」の発生要因だろう。 道三、信長、光秀という所縁のある3人の差別化を図りながら、巧みに心理描写をしたドラマティックな歴史小説であり、司馬作品の中でも良作と言える。
2投稿日: 2020.02.27
powered by ブクログ最期の淡白さ、道三がネタ振りかと思いきやほとんど無関係など、ストーリーテラーでないこの作家の特徴がよく出てます。 色々破綻していると思われる本作ですが、本能寺が単なる思いつきという結論は、色んな意味で適当かと思います。小物は小物という認識が必要なんだろうけど、そう認識できること自体、それなりの能力が必要で、まぁどの時代も生きるのは大変だということかなぁ。 さぁ、明日から麒麟がくる始まる、楽しみやのぅ。
1投稿日: 2020.01.18
powered by ブクログこの物語が斎藤道三から始まっていたからこそ、最終巻における人物像の解像度がグッと上がって深い味わいになっていたんだと思う。非常に濃ゆい読書体験だった。
1投稿日: 2019.09.25
powered by ブクログ織田信長編の後半。 だけど、織田信長さんと言うよりシリーズ後半は明智光秀さんが完全に主役でした。 光秀さんから見た信長さんその他像になっていて、信長さんは力を持った単なるちょっとズレた感覚の言葉が極端に少ない視野が狭そうな変な人でした。 光秀さんも優秀なんだろうけれど、ちょっとそんな真面目な自分にコンプレックスを感じているハッキリ言って根暗な人で、信長編は誠実さと温和さのなかに熱い炎も垣間見える徳川家康さんと、貧民出身であることにこの段階では卑屈さもなく明るく協調性のある豊臣秀吉さんに魅力があるものの、表の主役である信長さん、真の主役の光秀さんに全く惹きつけるものがなくて残念でした。 斎藤道三編の道三さんやお万阿さんのキャラクターは司馬さんならではの味付けや創作が見えて面白かったけれど、後半は時代の激変もあり、事件を描かなくてはならないことで奔走しちゃったって感じかなぁ…。 光秀さんの最後は自分の優等生ぶりに振り回されちゃった感じ。 智過ぎてもダメなんだね。 頭のキレる人は優雅でなくちゃ! この本では細川幽斎さんがそれでした。
1投稿日: 2019.06.26
powered by ブクログ室町幕府十三代将軍・足利義輝が松永久秀に弑せられた時、明智光秀は「ここが運命の転機」と、奈良一乗院門跡覚慶(十二代将軍・義晴の子)を計略と命懸けの武勇で包囲から救出した!のちに信長はこれを擁して上洛し室町幕府最後の将軍・義昭とした。ところが義昭は、なまじ馬鹿でないだけに「信長を打倒し、自前の幕府を持ちたい」との野望を抱き、諸大名に連絡をとり、両者に仕える光秀を困惑させた …。光秀が旧主を見限るとき「ものに驚く能力」を失なったと見たのが興味深い。対称的に信長は早くから『天下布武』の印を使い、気宇壮大を見せた
1投稿日: 2019.03.15
powered by ブクログ【感想】 ついに最終巻。信長というよりそれに仕える光秀にスポットライトが当てられて物語は進んでいく。 「うつけ」と呼ばれ、この本を読むまではいかにも感情的で粗暴なイメージもある信長だったが、イメージとはかけ離れた印象を持った。 天才、とも少し違うと思う。 徹底的なまでに現実的で、合理的なものの考え方をしているんだなと思った。 突飛な戦略の数々も、比叡山の焼討も、その時代であったから突飛で非常識な事だったのだろうが、合理主義の視点で考えると信長はそれに沿って進めていただけにすぎない。 (まあそれがスゴイのだが・・・) また、光秀の苦悩と葛藤、信長に対するコンプレックスから「本能寺の変」が起きたのを思うと、正直光秀の器の小ささを感じざるを得ないなとも思った。 大きな視点で見て、信長も光秀も大きくトガっていてそこが原因で間違っていたのだろう。 結局、秀吉や幽斎のように世渡り上手な人間が生き残る・・・それが世の常なのかもしれないと思った。 余談だが、「心頭を滅却すれば火も亦(また)涼し」という言葉が信長の被害者による辞世の句という事は初めて知った。 【あらすじ】 すさまじい進撃を続けた織田信長は上洛を遂げ、将軍に足利義昭を擁立して、天下布武の理想を実行に移し始めた。 しかし信長とその重臣明智光秀との間には越えられぬ深い溝が生じていた。 外向する激情と内向し鬱結する繊細な感受性―共に斉藤道三の愛顧を受け、互いの資質を重んじつつも相容れぬ二つの強烈な個性を現代的な感覚で描き、「本能寺の変」の真因をそこに捉えた完結編。 【引用】 p23 光秀が、親族でもある安藤伊賀守を訪ねた際、信長からの待遇に不満のある旨を聞いた。 稲葉城を去り尾張に戻った信長を「臆病」と罵る安藤に対して。 (いや、その臆病が怖い。) 光秀は逆の感想を持った。 (性格からすれば信長は軍をやること電光石火で、何事につけ激しい男だ。しかし、その面だけではない。 美濃攻めの事前工作についても自重に自重をかさね、十分すぎるほどの裏工作をしてから城下に入っている。 しかも短兵急に力攻めすることなく、城下町に放火して丸裸にし、城外を柵でかこって持久体制を取り、あたかも熟柿が枝から落ちるかごとく自然に落とした。 いわば臆病すぎるほどの理詰めの攻略法である。) 光秀にとって意外であった。 桶狭間で冒険的成功をおさめた信長は、それに味を占めず、逆に冒険とばくちのひどく嫌いな男になった。 p83 光秀は暗鬱な表情でいった。 「わしは信長がきらいだ。つねに織田家を避けて今日まできたのは、かの信長とは肌合いがあわぬからだ。」 「弥平次、いま信長こそ名将と申したな。しかしこの光秀から見れば、どうみても大した人物のように思えぬ。いまここにこの光秀に三千の兵があれば、信長などおそるるに足らぬ。」 p147 「織田家に仕えてみてやっとわかったことだが、あの信長というのはどうやら常人ではない。」 「すべてが本気だ、ということだ。こういう仁も珍しい」 光秀のいう「本気」というのは、目的に向かって無我夢中という意味らしい。 ケイ烈な目的意識をもった男で、自分のもつあらゆるものをその目的のために集中する、つまり「つねに本気でいる」男だ。 p174 信長は、天兵の舞い降りるような唐突さで京にのぼり、軍政を布いた。 凄まじい行動力である。しかも、粗豪ではない。 軍律が、峻烈をきわめた。 p193 (幕府はひらかせない。ひらくとすれば、それは俺自身だろう) この人物を動かしているのは、単なる権力欲や領土欲ではなく、中世的な混沌を打通して新しい統一国家をつくろうとする、革命家的な欲望であった。 が、義昭は違う。 義昭は中世的な最大の権威である「室町幕府の復興」ということのみに情熱をかける、いわば過去の亡霊であった。 p370 信長は、わが身に過ぎにし事をふりかえってあれこれと物語る趣味は皆無であった。 つねにこの男は、次におこるべき事象に夢中になっている。 人生を一場の夢のように見ているこの男は、このつぎ何事がおこるのかということが、新作の狂言を期待するようにおもしろいのであろう。 p464 ・比叡山の虐殺 「法師どもがいかに淫乱破戒なりとは申せ、比叡山には三千の仏がまします。仏には罪がございますまい。」 「罪がある。左様な無頼の坊主どもを眼前に見ていながら、仏罰も当てずに七百年このかた過ごしてきたというのは、仏どもの怠慢ではないか。わしはその仏どもに大鉄槌をくだしてやるのだ。」 「十兵衛、そちゃ、本気で仏を信じているのか。あれは、金属(かね)と木で造ったものぞな」 「木は木、かねはかねじゃ。木や金属で造ったものを仏なりと世をうそぶきだましたやつがまず第一等の悪人よ。」 p467 叡山の虐殺は酸鼻をきわめた。 「摺りつぶせ」と信長は命じた。一人も生かすことをゆるさなかった。 もともと非合理というものを病的なほどに憎む信長にとって、坊主どもは手足のついた怪物としか見えなかった。 「この者どもを人と思うな。ばけものであるぞ。神仏どとは怠慢にして彼等を地獄に堕とすことを怠った。神仏・坊主ともに殺せ。信長がかわって地獄がどういうものかを見せてやらんず」 (信長は魔神か。) この瞬間ほど光秀は信長を憎んだことはなかった。 p482 ・唐崎の松 光秀と秀吉、前線における最も有能な二人の司令官が、松一本を敵地から盗む競技に遊び呆けたことについて。 双方に送った使者の返答。 秀吉はたいそうな恐縮ぶりで、切腹するとまで散々謝罪をし、近江で採れた山菜や魚介を進上した。 光秀は唐崎の松がいかに名高きものであるかを説き、奇行の釈明をするだけに留まった。 「愛嬌の秀吉」と「理屈の光秀」 こんな他愛ない事でも、その差が生じてしまった。 p513 光秀から手紙が届いた。内容は、細川藤孝の密告である。 将軍義昭は今日を出て近江で公然と信長打倒の兵をあげるという。 殺すか。と最初に思ったのは、いわば衝動である。殺せば、主殺しとして斎藤道三や松永久秀のような悪名を天下に流すだろう。 (おれの目的は天下の統一にある。そのために必要とあれば主といえども殺さねばならぬ。 しかし殺せば悪名を着る。往年、道三はそのために蝮の異名をとり、ついに美濃一国の主人で終わり、天下を心服させるような男になれなかった。 おれは道三のへまを繰り返してはならぬ。悪名は避けねばならぬ) p514 すでに信長は将軍を復活し、その権威によって諸大名に号令し天下を統一しようという気持ちを失っている。 将軍は使いにくい。 (道具になりきらぬ)と信長はつくづく思った。 その点、天皇はいい。 その存在の尊さを天下の大名どもは忘れているが、天皇は兵馬を欲しがらず、権力も欲しがらない。 ただひたすらに無害な存在である。 信長は将軍義昭を討つ口実として、天皇の尊大さを謳い文句にした。 p605 ・心頭を滅却すれば火も亦涼し 快川紹喜(かいせんしょうき)という山梨の恵林寺の長老が、織田から逃れてきた者をかくまい、それ故に火あぶりの刑に処された時の辞世の句。 「安禅かならずしも山水を用いず、心頭を滅却すれば火も亦涼し。」 p686 (なんと人の好い、うかつな男であることか) 幽斎の感情は複雑であった。敵としてではなく、友として光秀の政治感覚の欠如を歯がゆく思った。 所詮は光秀は最も優れた官僚であり最も優れた軍人であっても、第三流の政治家ですらないのであろう。 (あの男は、前後の見境いもなく激情のあまり信長を殺した。それだけの男だ。天下を保てる男ではない。) p707 幽斎は、徳川政権にも行き、細川家は肥後熊本五十四万石の大藩として巍然たる位置を占めた。 二つの時代には生きられないといわれるこの混世において、幽斎はその一代で足利・織田・豊臣・徳川の四時代に生き、そのどの時代にも特別席に座り続けた。 もはや至芸といっていい生き方の名人であろう。
13投稿日: 2019.01.31
powered by ブクログ光秀ーーー!!! 上司に恵まれないというのか、いや、やはり性格の問題なのだろうか…?いやでも相性の問題というのは大きい気がするなあ…。 もうちょっとこう、自分を活かしてくれて自分と合う上司があったらなあ… どうにもこうにも光秀に思い入れてしまうのであった。
0投稿日: 2019.01.27
powered by ブクログ国盗り物語のタイトルの主人公は斎藤道三ではあるのだが、その意志は織田信長に引き継がれた。 と同時にもうひとり忘れてはいけない。名を明智光秀という。 彼も斎藤道三の寵愛を受けた一人であり、本物語のもうひとりの主人公と言ってよいだろう。実際、3巻、4巻は彼の目線で物語が進んでいく。 織田信長がユリウス・カエサル、明智光秀がブルータスに似てるな、と思った。
0投稿日: 2019.01.24
powered by ブクログ本書、信長編といいながらも後編からは、物語が明智光秀の視点で展開する。実質的な主人公は光秀であり、本能寺の変へと至るまでの真相を描いている。 光秀は、美濃から落ち延びたあと、牢人のとして各国を歩いた後、自らの天命を足利将軍家の復興にかけることと決意する。そして、蟄居に近い状態であった足利の血を引く義明を擁立するべく、越前朝倉家の客人の身分で奔走する。しかし、凡庸であった朝倉家の当主義景を見限り、当際破竹の勢いであった織田信長を頼る。正当な将軍継承者を頂いた信長は2ヶ月で、京都に上洛し足利義明を征夷大将軍へと祀り上げる。 光秀の天命が成ったかに見えたが、分相応を知らぬ義明は、幕府を開く事を望み始めた事で、義明を天下統一に向けての道具としか考えていない信長との関係が悪化する。光秀も義明を見限り、信長の家臣として重用されていくこととなる。 光秀は、同じ斎藤道三の寵愛を受けた身として信長に親近感と同時に強烈なライバル心を心に秘めながらも、非常に優秀な家臣として頭角を現し、公家方との付き合いにも明るい事から、京都の守護職を任される。その後信長の家臣としては初めて、丹波、山城を与えられ、治世にもその能力を発揮する。光秀は、生真面目な性格であり、教義や形式を重んじる懐古主義、どちらかといえば古い価値観を持ち合わせている。 一方、信長は、その当時の秩序の破壊者であり、古いしきたりや価値観、宗教観、体制を尽くも否定し、実利主義であり、能力次第で次々に家来を抜擢した。また、単刀直入に最小限の言葉で部下への下達を行う、苛烈で極めて気難しい大将だった。現代で言えば、スティーブ・ジョブズの様なリーダーということであろう。同じく当時頭角を現していた後の秀吉となる木下藤吉郎は、信長の意向を汲み取るのに長けていたが、光秀は全く正反対であり、また、話し方も冗長で理屈っぽく、信長はこの点を疎ましく思う。これにより、光秀は度々他の家臣の前でも信長に叱咤され、時には髪を引っ張られて地面に放り投げられたりもされる事となる。信長は光秀の能力を高く評価して重用はしていたものの、性格的には好かぬ家来であると見たいたのである。 北方の浅井朝倉連合軍を撃破し、長篠の戦いで武田勝頼を完膚なきまでに叩きのめした信長は、その勢いを更に増しながら、中国の毛利氏を攻略する。既に、秀吉が備中に当たる中、光秀は信長から決定的な下達をくだされる。京都守護職を解き、山陰の出雲および石見を与えられたのである。しかし、毛利の支配下である出雲、石見を与えられ、山城、丹波を取り上げられては、禄が無いということである。この決定的な冷遇により、光秀は積年の屈辱を晴らすべく、信長が宿営する本能寺に兵を向ける事と相成る。 卵の殻を握りつぶすの如く簡単に信長を自害に追い込んだ光秀も、周りの武将からの支援は得ることが出来ず、備中攻めから急遽戻った秀吉の軍によって打ち負かされる。光秀は潰走する中、地域の土民の槍にかかって最期を終える。
0投稿日: 2018.10.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
3・4巻は織田信長編としながらも最後まで 明智光秀が主人公でしたね。 結末は当然本能寺の変に向かっていくのが分かっていて そこまでとても自然に話がつながっていくことに 司馬遼太郎氏の巧みさを見た気がしました。 道三の立身出世から本能寺の変まで本当にドラマのように 話がうまく繋がって流れていき見事としか言いようがないですね。 ただどうしても光秀の視点から信長しか基本的に 描かれていなく、信長が勢力を伸ばしていった部分が あまり詳細に描かれていなかったのが残念でした。 そちらの視点でも作品を読んでみたいなぁと思いました。
0投稿日: 2018.09.01
powered by ブクログ「国盗り物語 (4)」(司馬遼太郎)を読んだ。『運命』とは往々にして残酷なものなんだよね。そして私たちは『もしもあの時・・・だったら』という仮定法過去完了的怨念が踏み固められ踏み固められした歴史の上に立っている。しかし信長と光秀の邂逅は悲劇としか言いようがない。もしあの時・・・。
0投稿日: 2018.07.06
powered by ブクログ国盗り物語最終巻。 最期の巻が一番面白かった。しかし、これは信長編というより明智光秀編とした方が正しいのではと思うほど、光秀に焦点が当てられていた。 信長と光秀、どちらも稀に見る才能を持っているんだけど、やはり信長は革命者、光秀は有能な家臣という役割からは外れては、脆く崩れてしまう。 冷徹な信長にはそうなるべき理由があり、いろいろなものを背負っていたと思うんだけど、光秀の立場からはそれが見えなかったということだと思う。 次は秀吉の主観も交えた話を読んでみたいと思いました。
0投稿日: 2018.02.28
powered by ブクログ気になった箇所は史実を調べたり地図で確認したりして途中の寄り道を楽しみながら全巻読破。 第四巻は語り部である光秀の内なる葛藤がメイン。 光秀は信長の卓抜さを認めながらも有り余る才能と高潔すぎる精神ゆえに対抗心が怖れとなり決定的に溝を深めていく。 読み終わってからもつい考えてしまう。 「もし本能寺の変が起きず信長が天下を取っていたら」、「その政権の中枢で光秀が辣腕を振るっていたら」・・・想像したらキリがない。 歴史に「もしも」はない。しかしその「もしも」をあれこれ想像するのも歴史を楽しむ要素の一つだろう。 したたかに「時代」を掴み乗りこなした鬼才・斎藤道三。 旧体制を破壊し苛烈に「時代」を駆け抜けた天才・織田信長。 「時代」と向き合いながらも愛されなかった秀才・明智光秀。 こんな個性豊かな人物たちが躍動した戦国の激しさと、英雄と時代を魅力的に表現した「司馬遼」作品の面白さを再確認。
1投稿日: 2018.02.24
powered by ブクログ最終巻。 斎藤道三の意志を受け継いだ織田信長と明智光秀、2人の争いを描いています。 そして本能寺の変が訪れる。 まさに大河小説!
0投稿日: 2018.02.04
powered by ブクログ信長が権力を手にするところから本能寺の変を経て、光秀が秀吉に討たれるまでのお話。歴史にたらればは禁物だが、もし光秀が謀反を起こさなかったらどうなっていただろうと考える。戦国の世も現代も、先に動いたものが勝つ。同時に周到な準備と分析、人心掌握術。起業に通ずるものがある。
0投稿日: 2017.12.12
powered by ブクログ久しぶりの司馬さんでした。30年くらい前に初めて読んだ司馬作品がこの本でした。30年ぶりの再読。司馬さんのあとがきの最後を見たら、もう50年以上前の作品なんですね!ちっとも色褪せない文章のうまさと心情描写、背景の説明は、やはり脱帽です。堪能しました。感謝。
0投稿日: 2017.10.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
信長と光秀の物語の完結。浅井朝倉攻略~本能寺を一気に描いている。坂の上の雲に引き続きの司馬作品だが、こちらも時代を事例にしたマネジメント関連本を読んでいる気になり大変楽しい内容。 いつの時代も革新的なことを起こすのには既存の概念にとらわれない大胆な発想と行動力。 慣習や先例にとらわれず、延暦寺までを焼き尽くした信長は時代を変えるために行動し続けていたのがまさにそう。 儀礼や慣習に引きずられていては、革新が起こせないのは現代も同じだろう。 一方の光秀は己の美徳に従いすぎて、最後は秀吉に討たれてしまう。 優秀であったが、時代の潮目にあって天下を取るには懐古主義的でありすぎたと描かれている。 あとがきで細川藤孝に触れられている。 いつの時代も根回しが重要であることを学ぶ。
0投稿日: 2017.05.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
次第に不穏になっていく光秀と信長。 パワハラ上司にびくびくする部下、という現代人にも共感できる構図です。 ただ、光秀はただの社畜というわけではなく、確固とした野望があるというところが見ていて面白かったな。 確固とした自分があったからこそ、本能寺に至ったのだろう。 次第に不穏になっていく両者の描き方もさることながら、本能寺の前夜の葛藤するシーンは、特に圧巻。 全体を通して思い返すと、国盗り感は道三編に多くて、信長編は国盗りというよりは、人間関係を緻密に描いたヒューマンドラマだと思います。 わくわくと感動を同時に味わえる名作と感じました。
0投稿日: 2017.04.06
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
斎藤道三の国盗りの夢は、その2人の分身に受け継がれる。古典的教養を受け継いだ明智光秀。戦争や政治での機略と決断を受け継いだ織田信長。ふたりの分身の運命は交わり、最後は対立する。 主人公は前半は斎藤道三、後半は織田信長となっているけれど、後半の主人公は明智光秀といってもいい。智謀がありながらも、繊細な精神を持ったこの人物が、織田信長というサイコパス的人物とのかかわりのなかでいかに苦悩したか。その姿はあわれでありながら、なんか共感してしまう。
0投稿日: 2016.11.05
powered by ブクログ織田信長〈後編〉読了。 斎藤道三の物語から、その意志を継ぐ信長と光秀の物語へ・・・。 後半はほとんど光秀メインなのですが、終盤の彼の苦悩が手に取るように伝わってきて、読んでて辛かったほど。 信長も、光秀の性格ごと受け入れて好きになれていたら、彼自身も楽だったはずですよね。誰よりも光秀の能力を認めていたのだから。。。「是非もなし」とか、本当せつないです。 この切なさが、読後に余韻として残ります。まさに名作。
1投稿日: 2016.05.26
powered by ブクログ司馬遼太郎没後20年を契機に、かつて読み残していた司馬遼太郎の長編を久々に堪能した。 斎藤道三から始まり、明智光秀、織田信長と続く、まさに天下統一という国盗り物語。 明智光秀は斎藤道三の配下であり、道三の娘で信長に嫁ぐ濃姫の従兄妹という関係を本著で始めて知った。しかも道三の遺志を継ぐ者としての「光秀・信長」として描かれている。 前半は法連房という乞食坊主から松波庄九郎になり、油商の奈良屋に婿入りし、奈良屋庄九郎、山崎屋庄九郎と名前を替えながら、美濃一国を取るまでの話。そして後半は明智光秀という目を通して信長の天下統一を描き、本能寺の変、山崎の合戦で終わる。 前半の斎藤道三の部分は資料が少ないこともあると思うが「時代小説」風なロマン溢れる物語として書かれ、後半部分は、後の歴史作家としての名声を確立する司馬遼太郎らしい「歴史小説」という傾向が強くなっていく。 特に後半の主人公は信長ではなく明智光秀。 光秀の目を通して見た織田信長という視点で描かれており、光秀の古い伝統的な思考方法との対比で、破壊者としての信長が一層際立って見える。こういう視点は流石と思う。 また、明智光秀という人物をここまでよく具体化できたなと感心する。
0投稿日: 2016.04.18
powered by ブクログ【読了メモ】(160104 15:56)司馬遼太郎『国盗り物語』第四巻 織田信長編 後編/新潮文庫/1971 Dec 20th/九十三刷 2007 Nov 10th
0投稿日: 2016.01.04
powered by ブクログ斎藤道三の逞しさ。愛弟子、織田信長と明智光秀の宿命。これはドラマチックすぎて感動するね。後半は、明智光秀の生真面目さと変わり者のボスと上手くやっていけず、追い詰められていく感じが、とても人間らしく、親しみがあった。
0投稿日: 2015.12.29
powered by ブクログやっと明智光秀が織田信長の家臣になって、京都に足利義昭を立てて征服していくんだけど、光秀はそもそも足利将軍の家臣でもあるからすごい立場的に大変そうだった。足利義昭は最初は信長を父と呼ぶほどに感謝していたけど、結局幕府を立てることを信長に反対されて、傀儡将軍と化していたので、信長と対立することになる。武田信玄や上杉謙信など様々な各地の大名を反信長勢力として京都に呼ぼうとしてたけど、やはり当時は戦国時代なだけあって、自国を空けて京都まで行くというのは厳しい状況だった。武田信玄って本当に強いんだなって思ったけど、武田信玄がついに上洛しようとしたときに、さすがの信長もこれはヤバいと思いつつも戦おうとしたら、途中で病気で武田信玄が死んでしまうというなんとも幸運なことが起こった。信長ってこの本読んでると色んな意味で豪運の持ち主だなと思う。そして信長って一人だとそこまですごくないんだけど、秀吉やら光秀やら部下に恵まれていたのもあるなと思った。信長自体行動力あるし、部下を鬼のように使うし、それはそれですごいんだけれども。あと徳川家康も信長と同盟を組んでいたけど、義を重んじるいい人であり賢い人だと思った。信長っていいと思うんだけど、厳しすぎるよね。厳しいし無理難題を言うしで、結局明智光秀が謀反を起こして最終的に本能寺で自害することになるし。自業自得的なところはあるけど、それが信長って感じがした。そして光秀も光秀でキレて謀反を起こすみたいな、かなり冷静さは失っていたように見えたし、結局明智軍団以外は誰も賛同してくれなかったのが、非常にかわいそうだった。光秀は賢いと思うんだけど、一国を統治するような器量の持ち主ではないと思った。信長みたいな強引なリーダーのもとでブレーン的な役割を果たすなら最高の人間だけど。まぁ斎藤道三に育てられた信長と光秀という二人が最終的に対立して戦うことになるという、なんとも戦国的な儚いっちゃ儚い内容だった。なんだかんだ斎藤道三が一番すごいと思う。
0投稿日: 2015.12.05
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
光秀はずっと信長をライバル視し、心の中では上から目線で批評してばかりだったのだが、自身が担ぎ上げた将軍足利義昭の器の小ささに(わかっていたことだが、改めて)失望すると同時に、運だけでは説明の付かない信長の実力を目の当たりにし、はっきりとその能力を認めるようになる。 二人の主に同時に仕えるという微妙な立場で、時に板挟みになりながら、細川藤孝という代え難い友との絆も深め、自身の功名のために粉骨砕身、信長に仕えていく。 道三の失脚で故郷を追われて以来、ただ志と自負だけで何も持たなかった光秀の人生においては、もっとも充実した日々だったのではないだろうか。 しかし主従関係となった二人の間には相変わらず「気にくわない奴」という人間としての肌合いの絶望的な違いが根底に流れている。時間が流れても、ともに大きな仕事を達成しても、その乖離は少しも埋まらないままで過ぎていく。 それでも、そのずば抜けた能力の高さだけは、互いに認め合っていて、主である信長は光秀を抜擢し続ける。著者の言い方では道具として使い倒していく。光秀は光秀で、京都の社交の場で、そちこちの山野の戦場で、だれよりも駆け回り、働き続ける。その懸命の働きが老いとととも光秀の精神をすり減らしていく様は、読んでいてなんとも痛々しい。 また信長にしても、古くからの武将を無慈悲に使い捨てていく終盤の描写を見ると、滅びるべくして滅びた独裁者のように見えてしまう(もちろん結末を知っているからなのだけど) 主人公ではないから登場は少ないが、秀吉も光秀と並ぶ逸材として常にきらりと輝いているし、同盟者としての家康もなんとも魅力的に描かれている。 そうした次の時代の覇者たちを、さりげなく星のようにちりばめながら、光秀の、行く末の明らかな(親友さえ味方しない)、暗く救いようのない謀反は決行されてしまう。 この本能寺の辺、そして光秀の死によって、道三の二人の後継者は息絶え、国盗り物語は幕を閉じた。 この歴史の道筋の暗さの中に、信長と光秀とはまるで違う秀吉の明るさが、次の道を照らす灯りとしてきちんと用意されているようで、暗い結末を読んでいながらも、心底絶望的な気持ちにはならない。 さっさと「新史太閤記」を読んで気持ちを切り替えねば。
0投稿日: 2015.10.08
powered by ブクログ光秀はやっぱり天下を取る器ではなかったのかな、と思った。 多芸で、伝統を重んじる礼儀正しい人だからこそ、他人に自分の本心を見せたり、わがままに甘えたりすることが出来なかったから、周りにも引かれてしまったみたいだった。 裏切ったり裏切られたりの戦国時代も、知ってみるとおもしろいと思った。
0投稿日: 2015.09.19
powered by ブクログついに完結。 天下統一に向けて様々な革新的なことを進めながら包囲網に立ち向かう織田信長と、 その信長を支える明智光秀の微妙な距離感。 それが徐々に開いていく様の描き方が素晴らしい。 結末がさっぱりしてるのもまた味がある。
0投稿日: 2015.09.08
powered by ブクログ前半は斎藤道三、後半は織田信長、明智光秀が主人公の話。歴史の流れがイメージできて楽しいのは勿論、ネガティブなイメージであった光秀にも共感し、印象が変わったのは著者の力か。 殆ど平民の出から、大商人になり、時には主人さえ蹴落とし一国を持つようになる。また、「道三の真の敵は、美濃国内の反対派地侍ではなく、中世的権力であった」と言われるほど、経済的な改革を進める。道三が楽市、楽座の先駆け。 その後は、信長、明智光秀の話に移る。「道三の娘婿が信長、道三の妻の甥が明智光秀。本能寺の変は道三の相弟子同士の戦い」と言うことを知る。 歴史上の大きな不思議と言われている、本能寺の変に答えていると言える一作。 【心に残る言葉】 人間としての値打ちは、志を持っているかいないかにかかっている(光秀)
0投稿日: 2015.06.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
織田信長の日本統一に向ける足跡とその最後の時代を描いた最終巻。 今回の主人公は信長ではなく、不世出の天才明智光秀。 京の幕臣でありながら信長の配下であるという板挟みに苦しめられ、信長の天下になってからは信長の非人道ぷりとパワハラについに心身を消耗し、討ち入りという暴挙に出てしまう。 三巻までのような派手さはないけど、非常に優秀だが教科書的な生真面目な性格故に苦しむ辛さがよく描かれた痛ましい話でした。
0投稿日: 2015.01.27
powered by ブクログ織田信長と、明智光秀を中心に描く。信長の天才性と狂気のような側面、何でもそつなくこなすが故に信長に便利な道具のように酷使される光秀の苦悩など、本能寺に至るまでの過程が自然に思えてきた。
0投稿日: 2014.12.12
powered by ブクログついに明智光秀と織田信長は本能寺で相まみえることとなる。四巻にきた急に明智光秀が普通の人間になってしまった気がする。本能寺に至るまでの経緯が、怨恨を中心に展開しているのもどうかと思う。明智光秀には天下を狙う意志があったとも言うが、「国盗り物語」ではそのあたりにはあまり踏み込んでいない。
0投稿日: 2014.07.31
powered by ブクログ最後の数十ページは読むのがつらかった。 天下を取るには秀才ではだめなのだ。 人心掌握術というか、知識やそういったものではなく、 人の良さでもなく。 天性のものと、育っていく過程で学び身についていくもの。 光秀が優秀なだけに、最後を読むのは辛かった。けど、現実ってこういうもんだ。
0投稿日: 2014.06.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
悪とは何か。正義とは何か。それを知りたかったら戦国時代を学べ。 美濃一国からはじまり、日本一国を獲ろうという男たちの物語完結。 斉藤道三は「悪い人」だった。頭の回転が速く、人心掌握の術に長け、巧みに嘘をつける。 織田信長は「悪ガキ」だった。頭は良いが、人間関係を理解できない、策よりゴリ押し事態を乗り切る。 明智光秀は…「…」悪い人だった。悪になれたけれど、その師である道三とは決定的に違かった。境遇が?いや、少し清潔すぎたのかもしれない。頭がいいから時代を読んで朝倉、足利、織田と仕える主をコロコロ変えられたし、その外交能力を見れば人の心を読む力も十分だし、策略家である。道三の力をよりよく引き継いだのは信長よりも光秀であるにもかかわらず、頭でっかちの金柑頭では天下は取れなかったんだというのが、斉藤道三への皮肉である。結局、道三では天下は取れなかった。のかもしれない。。 それにしても正義というのは難しいものである。正義がなければ政治はできないものらしい。 道三も正義を利用して土岐氏を追放した。けれど、竜興によって自身が討たれたのも親の敵という正義のためだった。 信長も馬鹿ではなく、正義がなければ天下が取れないということは分かっていたらしい。義昭を立てなくてはならず、我慢を重ねたところは偉いと思った。 光秀は信長の不正義に自分の不正義をぶつけてしまった。もし、光秀が正義をうまく扱えていたら…。 人が作るものである以上、社会・政治・経済その他なんでも正義が尊重されてしまうのだな。正義という美しい響きに、疑う心を忘れて聞き惚れてしまうことの危険性も同時に理解せねばいけない。 ___ ● 過去の成功に囚われない 信長は過去の成功に囚われず、常に目の前のことに注力していた点が非凡なところだった。当時の武将は過去の功績を自慢できてなんぼのもんだったろうが、信長はそういうものをくだらないものとして軽蔑したんだろう。桶狭間での大勝利があるにも関わらず、それに囚われず、一戦一戦常に先頭に立って戦い抜いた。意図せず信長は仏教的な悟りを持っていたんだな。 ● 無駄観のなさ 信長の父:信秀は無駄を大切にした。無駄ができない者は天下は取れないとまで言っているが、息子にはその心意気はあまり受け継がれなかったようだ。合理主義的な信長は無駄を惜しむところがあった。この物語に出てくるところでいえば、今日の御所を建てなかったところであろう。まぁ、その偏った性格だから他人から見れば無駄なこともしていたんだろうが、言葉少ない話し方とかを見れば無駄はNGだったと予想できる。しかし、無駄ができない者は天下をとれないとは、信秀も先見の明があったのだな。まさか自分のうつけ息子に当てはまるとは思いもしなかっただろうが。 p610 狡兎死シテ、走狗烹ラル 狩場で獲物の兎がいなくなれば、猟犬は不要になりその肉を煮て食われてしまう。信長の人の使い方もそのことわざ通りで、佐久間信盛が追放されたのがよい例である。それを恐れて荒木村重は謀反に走り、光秀も将来を危ぶみ「時は今…」と思ってしまったのだ。 時は今 天の下しる 皐月かな (明智光秀)
0投稿日: 2014.05.17
powered by ブクログ面白かった。しかし、後半の信長編は、実質明智光秀やな〜。司馬遼太郎の作品で、ど真ん中に信長を扱った作品はなかったっけ?。
0投稿日: 2013.12.03
powered by ブクログ明智光秀が本能寺で信長をはたす。だが時代は光秀を主役にのぞまなかった。天下取りが、まだ男のロマンであったころの物語。 九州大学:たけ
0投稿日: 2013.11.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
【Impression】 3巻を「信長編」にして4巻は「光秀編」にすればよかったような。 光秀の生き辛さ、逡巡、そして「天運」という人間にとってどうしようもないものに振り回された光秀の生き様が伝わってくる。 天下盗りの器ではない、というよりも生まれた時代が悪かった。信長のブラックっぷりも凄まじいけどな あとは「機」が到来した時に動けるかどうか、ここのために日々の過ごし方が大きく影響してくる。その後に天運があればついてくる。 【Synopsis】 ●将軍義昭と信長、そして光秀の関係が大きく変化していく。光秀は両者に仕えているが、信長につくことに決める ●しかし義昭の反信長包囲網は武田信玄を筆頭に固まりつつあり、信長の天運も尽きかけたかと思いきや、武田信玄が死亡する。 ●そして信長の京における地位は固まり、多方面作戦を展開する。5大将軍まで上り詰めた光秀は、徐々に信長との軋轢を明らかにしていく。 ●そしてついに「機」が訪れる。信長が本能寺に少数の兵とともにおり、他の将軍達も多方面に散らばっており光秀に絶好の機会が到来する。 ●そして、信長は本能寺に散る。すぐに光秀も殺される。斉藤道三から始まる、信長と光秀に連なる系譜は両者相打ちで終止符を打つ
0投稿日: 2013.11.01
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
前半は「美濃の蝮」斎藤道三の話。そして、後半は織田信長・明智光秀の話。ただ、後半は、光秀視点で話が進んで行った。 斎藤道三の一生は、まさに、波乱万丈の人生と言えるのではないだろうか。一介の僧侶が還俗し、油屋の商人となる。そして、土岐家の家臣となり、最後は下剋上によって大名にまでなり上がる。お万阿の道三への信頼や側室を持つことへの割り切りといったさっぱり性格がとても格好良かった。道三の大名になること、そして、天下を取るということへの執念には、すごい気迫を感じた。ただ、のちに信長が述べているように、稲葉山城を堅守に作ってしまったが故に、その気迫が減じてしまったのであろう。そこが、天下を取れるものとの違いなんだろう。 織田信長・光秀編には少し驚いた。私が想像していた光秀の性格とは違うものだったからである。たとえば、信長の事を最初は見下す、ないし、同格に思っており、室町将軍を復興させるために信長の配下に下ったことである。このような経緯で家臣となったからこそ、最初から信長に対する不信感を抱いていたのだろう。その不信感が、本能寺の変の前で一気に膨れ上がってしまい、本能寺の変という短慮を起こしてしまった。このような光秀像を司馬先生が最初(?)に描いた、ということを知らなかったので、前述のとおり、とっても驚いた。 『国盗り物語』に出てくる人物は、一人一人性格からしっかり描かれており、好きな人物に感情移入でき面白かった。また、物語の合間に、著者の歓談が描かれており、それもまた面白さを引き立てる一因なのであろう。
0投稿日: 2013.10.21
powered by ブクログ斎藤道三の相弟子である信長と光秀。天下統一の野望を抱く信長と、立身出世に邁進する光秀。抜きん出た才覚を持ちながらも二人の明暗を分け、そして共倒れの悲劇をもたらしたものは何だったのか。結局、たかだか人の力では時勢には勝てぬということか。 毎回、司馬遼太郎氏の歴史小説家としての才能に驚かされる。「本能寺の変」を起こすまでに至る、光秀の感情の起伏と追い込まれている姿は痛々しいほどだ。「反逆者」という光秀の印象がガラリと変わった。 戦国時代という乱世の世を、斎藤道三を起点として信長と光秀の対立構造と簡略化し、それを軸に史実を積み上げて構成した司馬氏。大傑作である。
0投稿日: 2013.07.29
powered by ブクログ初時代小説。 信長の凄さは、人をみる目、行動力、信念に忠実なところ。 リーダーとして、戦国時代、時代の変わり目として有利に働いた。 また、力だけではなく運も味方につけたところが後世まで名を残す結果につながった。 小説としては、もっと信長に焦点を当ててほしかったが、面白くてためになった。
0投稿日: 2013.06.03
powered by ブクログ本当に面白い本だった。ベスト3に入るかもしれない。戦国時代に興味が湧いた。道三が好きになった。なぜ、信長が、比叡山を襲ったのか。光秀はなぜ、信長を殺したのか。それがわかっただけでもよかった。
0投稿日: 2013.05.28
powered by ブクログ斎藤道三編を経て、織田信長編。 織田信長は日本史の授業でもそこそこ触れるし、過去に幾つかの作品を読んでいたのでイメージは大きくブレない。 羽柴秀吉、明智光秀という信長がその能力を最も高く評価したであろう二人についても同様。 やはり戦国時代は面白いものです。 光秀の言葉として書かれていた内容が良かった。 『食禄とは所詮は餌に過ぎぬ。食禄を得んとして汲々たる者は鳥獣と変わらない。世間の多くは鳥獣である。織田家の十八将のほとんどもそうである。ただし自分のみは違う。英雄とはわが食禄を思わず、天下を思う者を言うのだ。』 今現在においても同じことが言える。志をどう持つかで変わるものだと思いますが、自分自身はどちらを目指すのか… 英雄となりうる為の努力をしてきたかというと、よくわからないが、目先の事ばかりに振り回されないようにしないとだめですね。
0投稿日: 2013.05.25
powered by ブクログ信長、戦の前に用意周到。外交を重ね、敵に倍する兵力を持って戦う。 光秀は美濃道三敗北後、流浪して、朝倉家へ。軽く扱われるが、足利義昭に近づき、幕府再興に野望。朝倉は力なく、ライバル視していた信長の力を頼ることに。道三は信長を認めていたから。 信長の軍規は厳しい。一銭切。 著者なりの、光秀による信長暗殺動機はそれなりに読ませる。 道三の弟子とも言えた光秀と信長がこういう結末に終わるというまとめ方もうまい。 人に気に入られることの難しさをよく書いている。
0投稿日: 2013.04.25
powered by ブクログ●内容 室町幕府末期の日本、斎藤道三が一介の僧侶から身を起こし、知謀/胆力/武を発揮し美濃で旧体制を覆した。織田信長と明智光秀は道三の弟子でありながら、信長は人の才能を見出して磨き上げる才能を発揮して天下統一に迫り、光秀は道三死去とともに美濃を追われたものの教養/武芸/鉄砲/政治/指揮官といった幅広い才能を信長に見出され、大名に返り咲いた。道三、信長、光秀はいずれも非業の死を遂げ、道三と光秀は逆賊として記憶されている。 ●所感 斎藤道三の生き方が印象的であった。妙覚寺の法連坊から始まってのし上がる度ごとに名前が変わり、還俗して松波庄九郎、油屋のお万阿を娶って奈良屋庄九郎/山崎屋庄九郎、美濃へ行って西村勘九郎/斎藤道三となった。この間、名前が変わる度に京都に残したお万阿の元へ帰っていたとのこと。最後は生涯をかけて作り上げた功績を伝承するため京都を離れるが、夫として男としての一つのありたい姿である。
0投稿日: 2013.04.20
powered by ブクログ斉藤道三と その道三が期待した2人である(娘婿である織田信長と親戚の明智光秀)の3人の物語。 最後は弟子2人の戦い(本能寺の変)で幕を閉じる。 20年ぶりに読んだが、この2人にこんなドラマがあったとはすっかり忘れてた。 司馬遼太郎のこの切り口に感動。
0投稿日: 2013.03.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
油売りから美濃国主になった斎藤道三、その相弟子と言える織田信長・明智光秀、そして作者本人も言っている通り付け加えるなら、足利・織田・豊臣・徳川の四代に仕えた細川幽斎を描いた長編小説。 登場人物の人物描写に焦点を当てて描かれているのだが、変に熱くなることもなく、様々な出来事の際の人物像としての描かれ方がシンプルですんなりと頭に入ってくる。 作者は明智に思い入れがあるようなことを言っていたわりには、ここでの明智像は慎重過ぎで小心者で個人的には嫌いになってしまう描かれ方だったなぁと思う。 信長のただひたすら高効率を求めての描かれ方や、驚くように成り上がりながらも結局は一国しか治めることができなかった道三の描かれ方など、司馬のシンプルな人物描写は冲方のキャラ立たせた人物描写とはまた違い非常に面白かった。
0投稿日: 2013.03.25
powered by ブクログ怒涛の戦国絵巻の最終巻。 明智光秀の人柄、謀反までの心の濁りの積み重ね、信長の冷酷さと優しさ。どれもさすがによく書かれており最後まで一気に読めた。 太閤記を読んだ後なので、明智光秀の陰気さと真面目さはいやだなと思い、ますます秀吉っていいなと思う。 それにしても司馬遼太郎はオモシロイ。これだけの歴史小説家って今いるんだろうか。
0投稿日: 2013.02.27
powered by ブクログ斎藤道三の立身出世物語かと思いきや、斎藤道三から織田信長へと続く天下盗りの夢、そして織田信長と明智光秀との道三イズムの対比、その対比による結末(本能寺の変)へと続きます。室町から戦国時代へと変化する時代に生きる漢達の夢に乾杯!!
0投稿日: 2012.10.20
powered by ブクログ明智光秀と自分の性格の共通点が多すぎてグッときました。光秀は50を超えて「オレいつまでも信長の言いなりで何やってんだろ」と言う気持ちになったんだと思う。 僕も50を超えた頃「いつまでもラットレースで必死に走り続けてなにやってんだろ」とならないよう、軸のぶれない充実した生活を送りたいもんです。
0投稿日: 2012.09.27
powered by ブクログ国盗り物語、これも長くかかったがようやくフィナーレ。これで司馬遼太郎の戦国四部作をも読破したことになる。私にとっては、面白かった順に、「新史太閤記」、本作品、「関ヶ原」、「城塞」であった。やはり信長と秀吉が登場するほうが私好みなのかも知れない。家康ももちろん好きなのだが、ドラマ性は二人には敵わない。 本巻の主人公は明智光秀。光秀の視点で戦国時代、足利義昭、信長、秀吉が描かれている。光秀は日本史的にはヒールであり、あまり好きだと公言する人には会ったことがない。しかし、彼のテロ行動は日本史に大きな風穴を開けたものであり、彼を主人公に据えるという目の付けどころは、さすが司馬氏と感嘆せざるを得ない。特に、だんだんと苦悩が募っていく光秀の心理描写はリアルで、あの立場ならば誰でも本能寺で信長を襲うだろうという気にさせてくれる。 今回も以下に、興味深かった記述を引用したい。 ・「つてはいくらでもある。濃姫様に手紙を差し上げてもよいし、旧知の美濃人猪子兵助を通してもよい。しかしそのような手はわしは用いぬ。さようなつてでは身上が小さくなる。最初から一手の大将をつとめたい。一手の大将でなければ大功を望めず、大功を樹てねば天下を睥睨する存在にはなれぬ」 →信長に仕えるにあたって家臣に「つてはあるのですか」と問われた際に帰した光秀の言葉。安易なつてを頼っても小さくまとまらざるを得ないということである。私のような凡人などは、それでも安易な方法を選んでしまいがちなのだが…。 ・「俺は若い。若い俺がこれほどの金城湯池を持つ必要はない。持てば必ず気持ちがおのずと殻にひっこむようになる。常に他領に踏み出して戦う気持ちがなくなれば、もはや俺ではない。」 →岐阜城を前にした信長の思いである。保守的にならないよう、自分を律する信長らしい台詞である。これは現代にも当てはまる。身分不相応な自宅を持ち、それを保守しようと汲汲とするより、常に外で闘う気持ちがなければ男として終わってしまうと私は考える。 ・かれは「目に見えざるもの」をいっさい否定し、神仏も人間が作ったものだ、左様なものは無い、霊魂も無い、「死ねば単に土に帰し、すべてが無くなるのだ。ただそれだけだ」という無神論を常々言っていた。常識ではない、と言っても非合理という意味ではない。むしろ世間の常識というものが非合理なことが多い。見たことのない神仏を人間は信じ、畏れている。これが常識というものであった。しかし信長はそうではなく、徹底的な合理主義と実証精神をもっていた。 →信長を表現したもの。第三巻の書評でも書いたが、私はこんな信長の唯物論が大好きである。 ・信長は自分の先例を真似ないということに光秀は感心した。常人のできることではなかった。普通なら、自分の若いころの奇功を誇り、その戦法が良いと思い、それを模倣し、百戦そのやり方でやりそうなものだが、信長はそうではなかった。「桶狭間の奇功は窮鼠たまたま猫を噛んだにすぎない」と自分でもそれをよくしっているようだった。彼は自分の桶狭間の成功を、彼自身がもっとも過小評価していた。 →現在読んでいる「経営学(小倉昌男著)」においても、「経営者は過去に成功体験があるとそれにこだわり、往々にして経営の路線を誤ることがある。その後の環境の変化を見誤るからである。」と評しているが、これに通じるものである。私も、現在こつこつと積んでいる仕事での経験を、そのまま将来において応用できるものと考えず、その時の環境に合ったものか否かを考えて判断しなければならないと認識した。
0投稿日: 2012.09.21
powered by ブクログ特に2巻以降は昼も夜も忘れて読んでしまった。楽しい読書生活でした。 *庄九郎とお万阿夫婦のちょっと変わった睦まじさは多分にフィクションではあろうが、泣ける。蝮をただの蝮ではなくしている。 *戦のシーンは飛ばし読みすることが多いが、庄九郎の最期は泣きながら読んだ。 *岐阜に行こう。 *信長編は実のところ光秀編。真面目で教養があり武辺も強い光秀だが上司に恵まれず鬱に。苦悩する現代人の小説かと錯覚する瞬間すらあった。 *これまで読んできた天下統一ものの司馬小説で、いつも「この日信長は死んだ。」などと一文で済まされるあの事件がみっちり語られて、ものすごい満足感。 *京都に行こう。
0投稿日: 2012.09.06
powered by ブクログ斎藤道三から織田信長までの物語。戦国時代って今の世の中より遥かに実力主義の社会。実力が無ければ死があるので、みんな頭脳をフル回転させて生きていたんだな、と感じます。
0投稿日: 2012.08.19
powered by ブクログ織田信長編完結。壮絶な彼の人生を明智光秀の目線を主に描かれる。光秀がかわいそうになってしまう…天才は本当に恐ろしい…
0投稿日: 2012.08.18
powered by ブクログとにかく信長の独特のセンスがたまらなく好き。だけど何故か光秀に気持ちがいく。まじめで、不器用で、光秀の苦悩が切ないほど伝わる。 誰があってるとか悪いわけでもない、信頼や裏切り、何が正しいかなんてわからないけど、こうして歴史はうごいていくんだな。
0投稿日: 2012.08.15
powered by ブクログ斎藤道三、織田信長と続いた物語が完結。信長編については、信長と明智光秀との心の対比を通して話が進行して行く。光秀の内面をよく描いている。 光秀は辛かったんだろうな。誰が黒幕という訳ではなく、信長との関係、警護が手薄な偶然のタイミングが本能寺の変を起こしたんだと思う。
1投稿日: 2012.06.19
powered by ブクログ全4巻の旅が終了。信長と光秀、本能寺の変に至るまでの経緯が非常に参考になった。現代社会で、たくさんこのような状況があるとおもう。 信長はイノベーターあったと思うが経営者としてはイマイチだなって思います。
0投稿日: 2012.03.29
powered by ブクログ信長の後編。 これまで着々と駒を進めていた信長だけど、一転、四面楚歌。それでも常に最善を尽くして運を引き寄せる。 とにかく信長はかっこいい。 戦略の天才で、短気で鉄火で、面白がり。 部下の才能を見つける天才だけど、部下は道具でしかなくて、忠臣でも才能が無けりゃ断罪、才能あってもお役御免になりゃ追放。 でも規律正しくて、信長の国は治安がすごく良かったり、実は律儀で、同盟相手を自ら裏切ったことは無かったり。 光秀に討たれた時、何を考えたのだろうか。 それにしても、4巻は光秀さんの出番がやたら多いです。 才能あって優雅で美形、自意識過剰で繊細で陰欝、そして不遇。この手合いは人気があるのでしょうが、いちいちウジウジしててイラッとする。 信長とはさぞ合わなかったろうな…
0投稿日: 2012.03.21
powered by ブクログ織田信長「本能寺が、いま、熱い!!」…と、どこぞで見かけて吹いたこの文言を書きたかっただけですが。 3、4巻に関しては「織田信長編」と表紙に書かれているものの、読んでみると「明智光秀編」でも過言ではないくらい光秀の描写に力が入っていました。斎藤道三に見込まれた2人である織田信長と明智光秀が出会う所から、本能寺の変に至るまでの経過が細かく書いてあります。 …何だか上司のパワハラに日々悩み苦しむリーマンを見ているようで、胸が苦しくなりました。本能寺の変は信長の性格がもう少しマイルドだったら起こっていなかったのか? しかし信長から苛烈な部分を取ってしまえば、戦乱の世であれほどの快挙を成し遂げられたかどうか。 まぁどうこう言おうが、結局は「是非に及ばず」という事なんだろうけれど。 兎にも角にも光秀さん、お疲れ様でございましたと言いたくなる。(人の上に立つ信長も、多くのものを求められるので大変だったのだろうとは思いつつも、同情できる状況になった事がないので…笑)不幸な話ではあるものの、イッキ読みしてしまう程面白かった。 しっかしこの戦国時代の人の「野心」には感服。今でいう「俺は企業する!」と同質のものなのかどうなのか。…余談ではあるが。
0投稿日: 2012.03.01
powered by ブクログ全巻読了。後編は信長篇と謳ってはいますが、信長より光秀の事が詳細に描かれていました。 信長と光秀を対比する事ができて面白かったです。後半は光秀の葛藤、孤独感が胸に突き刺さり、読んでいて切なくなりました。しばらく歴史小説にはまりそうな予感!
0投稿日: 2012.02.01
powered by ブクログ(1992.06.07読了)(1992.05.17購入) 織田信長〈後編〉 (「BOOK」データベースより)amazon すさまじい進撃を続けた織田信長は上洛を遂げ、将軍に足利義昭を擁立して、天下布武の理想を実行に移し始めた。しかし信長とその重臣明智光秀との間には越えられぬ深い溝が生じていた。外向する激情と内向し鬱結する繊細な感受性―共に斉藤道三の愛顧を受け、互いの資質を重んじつつも相容れぬ二つの強烈な個性を現代的な感覚で描き、「本能寺の変」の真因をそこに捉えた完結編。 ☆関連図書(既読) 「国盗り物語(一)」司馬遼太郎著、新潮文庫、1971.11.30 「国盗り物語(二)」司馬遼太郎著、新潮文庫、1971.11.30 「国盗り物語(三)」司馬遼太郎著、新潮文庫、1971.12.20
0投稿日: 2012.01.17
powered by ブクログ明智光秀が織田家に仕官してから山崎の戦いまでの物語。明智光秀は織田信長に政務官、武官としてその能力が評価され、木下藤吉郎とともに織田家家臣団のトップにまで異例の出世を遂げた。織田信長は能力ある者なら自分も含めて擦り切れるまで酷使したため、明智光秀がいかに働き回ったかが描かれている。 そんな中で、藤吉郎が織田信長にうまく気に入られたのとは対照的に、光秀の伝統や仏教を重んじる態度は信長に嫌われていた。完全に実力主義である信長の譜代の家臣に対する冷酷な処遇や、自分への厳しすぎる態度から、光秀は信長を悪意を持ってみるようになり、最終的には冷静さを欠いたまま謀反を起こした。 物語は終始光秀の動向を中心に描かれていて、謀反を起こす前の光秀の苦悩が詳しく書かれている。
0投稿日: 2012.01.04
powered by ブクログこれは面白い。斉藤道三が油売り商人と大名の兼業とは知らなかった。しかも織田信長と明智光秀に多大な影響を与えていたことも知らなかった。それにしても明智光秀の性格がこんなにもウェットだっとは歴史の教科書からは全く想像できなかった。ひとは名誉、財産、身体を傷つけられそうになると暗殺(報復)を企てるようになる。と、なにかで読んだけど、光秀がまさにこれに当てはまる。同情するしかないな。
0投稿日: 2012.01.04
powered by ブクログ織田信長編と言いながら、ほとんど明智光秀編。それはそれでいいが、ちょっと盛り上がりに欠ける。細かい話でつないで長くしたような印象を受けてしまう。
0投稿日: 2011.11.20
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
斎藤道三⇔織田信長⇔明智光秀と日本史はやはり面白い。 学生時代、道三の落姫の子孫を称する人物と交流があったことを思い出す。 その人物曰く、豊臣家、織田家それぞれ子孫は続いていて、庶民感覚とは全くかけ離れた違う世界があるらしい。 系図は江戸時代に創ることがはやったらしいが・・・道三と光秀の家系図は誰も創らなかったらしい。
0投稿日: 2011.10.04
powered by ブクログ巻が進むほどにだれた。最後を知っているし。信長編は天才と秀才の戦いという普遍的テーマの物語とも言える。命の重さのギャップが四巻は特に辛かった。
0投稿日: 2011.10.01
powered by ブクログ副題は織田信長となっているのですが、完全に明智光秀です。まぁ、斎藤道三の流れを光秀も信長もくみますから、いいんですけど。司馬先生は結構自由な感じ?と思ってしまいました。 でも、光秀の目線から織田信長をみるのは楽しいです。信長が天才であることは分かっているけれど、自分の方がもっとすごい。信長の人材主義がなければ、取り立ててもらえず歴史に埋もれていたかもしれない。自分の大名の家の子として生まれていれば。。。そんな光秀の苦悩がクライマックスの「敵は本能寺にあり」につながるのです。 斎藤道三から織田信長編までを通じて思ったのが、時代は人を選ぶんですね。
0投稿日: 2011.09.27
powered by ブクログ凄まじく素晴らしい小説です。 歴史という結果論の集積の中であえて、日陰者にスポットライトをあて、それをひとりの人間ドラマにまで昇華させています。 読んでよかったぁ!
0投稿日: 2011.09.22
powered by ブクログ司馬遼太郎の作品の中で、「小説」とししては一番まとも! 前半の斎藤道三から後半に織田信長、明智光秀に主人公を切り替えるという着想が抜群。そして明智光秀はなんと魅力のあることか。
0投稿日: 2011.09.20
powered by ブクログ3同様、面白かった。 ・・・しかし、やっぱり分かってはいながらも明智が裏切られる所と、織田が死ぬところは辛いなあ・・ この少し後の話が読みたい。
0投稿日: 2011.09.19
powered by ブクログ1〜4まで読んでみて、改めて面白かった。斎藤道三も織田信長も、自分にとって非常に魅力あふれる人間でした。また読み返そう。
0投稿日: 2011.05.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
国盗りシリーズの最終巻。 道三、信長、光秀という3人がそれぞれ「天下統一」を目指したからこそ今の日本という国があるということを思った。 持つべきものは仲間と目標という教訓を得た。
0投稿日: 2011.02.19
powered by ブクログゲームから歴史に興味を持った不届き者です。 面白いじゃん日本史!! 日本史音痴でも知ってる名前がいっぱい出てきて読みやすかったのと、武将が全体的に激アツな時代の話で、もーんのすっごい楽しかったです!!! 何回負けても 何回でも挑戦する わぁ、 信長様なんてカッコイイんだ!!! しかし作中、 一番共感したのは明智光秀でした。 とても人間らしいよ。 為した規模が凄いので「似ている」などとは恐れ多くて申せません。 スッカリ明智びいきです。 本能寺の悪人? …待て待て、世論と結論だけ追うんじゃないよ。 そこまでの苦労。 明智光秀の歴史には、「よくわからない時代」があるらしいので、どこまで史実かは謎ですが、思ってたような冷血感ではなかった。 明智にしろ信長にしろ、何かを「形」にするってやっぱりすごく大変なんですね。 斉藤道三編が、たまたま本屋になくて信長編から入りました。 道三編も読みたいです!!
0投稿日: 2010.12.10
powered by ブクログやはり信長は超人的です。時代が変化するときには、こういう人物が必要なのだと思いつつ、現代人ならば、明智光秀に同情せずにはいられないでしょう。次第に心を病んでいく光秀が哀れでなりません。
0投稿日: 2010.08.11
