
総合評価
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powered by ブクログ新九郎(後の斎藤道三)成り上がり物語。斎藤義龍が土岐頼芸の本当の息子だったかどうかは不明だが本書にある通り世間がそのように見たから美濃の国が揺るがなかったのは事実に思われる。 徒手空拳から大国の大名にのし上がり後の戦国覇王織田信長の父親にも大打撃を与える辺り小説通り優秀な人だったのだろう。 どういう経緯かは分からないけど本来ならここで完結でもおかしくないが、主人公を変えて話は続く。
11投稿日: 2025.10.17
powered by ブクログおもしろすぎてあっという間に読み切ってしまった。司馬さんの余談がまたいい感じで。 手を替え品を替え繰り広げられる戦術がまぁ巧みで天晴れってこういう時に使うんだろうなと思った。斎藤道三の名の由来も分かって感嘆。 頼芸の追放にかかる姿はまさに鬼。だけど元々これが目的だもんなぁ...頼芸もいいキャラだったなぁ...と複雑な気持ちになった。道三が歳を重ねて達観し始める姿とお万阿のシーンに胸が苦しくなった。栄枯盛衰は見届ける側も大変だ。 明智光秀への溺愛ぶりが垣間見えたかと思えば、織田家のメンツが続々と登場して次巻は信長編。楽しみすぎる〜!
2投稿日: 2025.09.10
powered by ブクログおもしろすぎる『国盗り物語2』です。 “まむし”と呼ばれるようになった、庄九郎(斎藤道三)。フットワーク良く動きます。「神技のような行動性」と記されていました。女性を手のうちに入れるのも神技級。美濃のトップに立つ野望達成のために手段を選びません。ついに上司である頼芸を追放することに。庄九郎の頭はキレッキレで恐るべしです。そのような一面は、すごいなぁと感心しきりですが、そのかげで泣いている女性もいる。その女性の悲しみを思うと辛いです。 司馬遼太郎さんお得意の余談、炸裂でした。今回の余談の中に、素の司馬遼太郎さんの気持ちが出ていて興味深かったです。 ※「しかし四十を越えると、妙なことがある。他人さまを平気できらいになってしまう。他人だけでなく、自分をふくめて、どれもこれも少しずつ峻烈に気に入らなくなってきた。」「どうも四十を越えれば自制心のたががゆるみ、愛憎ともに深くなりまさるものらしい。」(余談より抜粋) 全体を通して、ストーリーの展開がおもしろく、するっと読み終えました。
15投稿日: 2025.08.18
powered by ブクログ寺社が商品売買の権利を独占する当時と自民党が利権にしがみつく現代が似ているように感じる。 時代が織田信長を求めていたとも言える。寺社に対する徹底した弾圧が消費経済を活性化される上で必要だったと割り切るべきか・・・ 今年の参議院選は信長を求める世論に近いのではないか。 楽市楽座の発想が斎藤道三から織田信長に承継されたという視点はお恥ずかしながら、初めて知った。 道三は当時、坊主の視点、商人の視点、武士の視点を併せ持つ稀有な存在にあったといえるか。
8投稿日: 2025.02.16
powered by ブクログ女でも店でも国でも、綻びをみつけてスルスルと入っていって最後は奪ってしまう、という構造的な繰り返しがとても面白い
0投稿日: 2024.12.04
powered by ブクログ庄九郎(斎藤道三)の人間的な魅力がありありと書かれており、その魅力が作品を面白くしている。非凡な活力にまだまだ若いものだと思っていたら、実はかなり歳をとっていて驚いた。
0投稿日: 2023.12.15
powered by ブクログ前編で弾けまくった主役の庄九郎こと斎藤道三。その魅力的なキャラにガッチリとハートを鷲づかみにされた私は即、後編も読み切った。 戦に初めて鉄砲を用いたのはなんと庄九郎からではないか。長篠の戦いからと思ってたけど。 その信長の父信秀もマムシの道三に劣らずインパクトのあるキャラ。その2人の戦での駆け引きが面白くてぐいぐい引き込まれる。さあ次は成長していく信長の物語が始まります。
18投稿日: 2023.11.08
powered by ブクログ戦国時代は、実力本位の時代というイメージがあるが、実際には、家柄、官位が重んじられ、だから信長は異端だったという事なのだろう。斎藤道三が、美濃を手中に収める過程で当地の名家を継ぐ形で改名を繰り返す様は、現代の感覚では理解し難いが、歌舞伎役者や落語家が名跡を継ぐようなものか?
1投稿日: 2023.09.10
powered by ブクログ美濃を我が手中に収めるべく様々な陰謀を図り人を陥れていく庄九郎は、物語が進むにつれて悪人の面が濃くなっていき、理解に苦しんだ。しかし、時が経ち、天下統一という人生の指標が寿命の壁に阻まれ始めると、次第に人の一生とは儚いものであると受け入れていく。蝮と呼ばれた道三が純粋無垢な庄九郎としての一面をふと覗かせる場面では、哀愁が感じられて切ない気持ちになった。二巻の後半では幼少期の織田信長と明智光秀も描かれている。次巻へ更に展開が加速していきそうで、読み進めるのが楽しみである。
1投稿日: 2023.08.29
powered by ブクログとうとう有名な斎藤道三としての人物がでてきた。 美濃の蝮として有名だが、どうやってなっていったのかについて内容が濃く書かれているため物語として人物像を追って行けるのが面白い。 次はどうなるのか
5投稿日: 2023.07.09
powered by ブクログ斎藤道三後編。 今まで読んだ司馬遼太郎作品の中でこんなに爽やかな主人公がいただろうか。圧倒的に魅力的で男からも女からももてもての庄九郎。 だからこそ、斎藤道三編が終わるのがさみしい。 織田信長編なんて読みたくない。 逆境でも、失敗しても、絶体絶命の危機でも、いつも軽やかで覚悟があって爽々しい。 圧倒的に頭が良いくせに愛情深い。 宗教家で商人で、政治家で武人で城主で。 これ以上面白い人、この後でてくる? 1冊目ではなんとなく、みんなそこまで本気じゃないんだろうな、庄九郎も本当に将軍になれると思ってないだろうし、ただ野望をもって生きるのは楽しいよね、くらいで、お万阿も庄九郎に心酔しているわけじゃなくて、面白い人、くらいだと思っていたので、2巻の終わり方が切なすぎる。 意外と合戦以外のエピソードが多いので戦国時代に興味がなくても楽しめる。 どうする家康と同じ。 ちなみに松永弾正の名前が、読み方だけだとDJと一文字違いだわ。
1投稿日: 2023.03.25
powered by ブクログ年齢と経験を重ねるにつれ気弱さを見せる道三に、フィクションだとは分かっていても人間らしさを感じられて良かった。
0投稿日: 2022.10.16
powered by ブクログ「斎藤道三 後編」とあるが、斎藤道三の話がまだ終わったわけではない。もっとも、美濃の国主になったところまでは進んでいるため、“国盗り”は完了している。 道三の最高潮は美濃を盗ったところまでで、この先は苦難が待ち受けている。それが北条早雲との違いである。 ラストのお万阿および深芳野とのやり取りがそれを暗示しているのかもしれない。
0投稿日: 2022.03.29
powered by ブクログ日本のマキュアベリ、楽市・楽座の創始者、下剋上時代の革命家、“蝮”の異名をもつ【斎藤道三】の物語の後編。“神仏などは人間の臆病につけ入るものだ”と言い放ち、神仏をも畏れず戦国の世を駆け抜けて、美濃を手中にした英雄のロマン溢れる快作。築城の工匠・岡部又右エ門が登場するのもご愛嬌。
2投稿日: 2021.12.22
powered by ブクログ司馬遼太郎歴史小説の1つ 斎藤道三後編 美濃を切り取るためには土岐頼芸を失脚させなければならない. 天下を取るための最後の準備にして最大の難関でもあった土岐頼芸を今のポジションから外すために道三は術数権謀であの手この手を張り巡らし,その時を待っていた. そして,美濃に点在した邪魔だったものを排除し,最終的には土岐頼芸をも排除した.ただ,排除した時にはもう十分に年を重ねてしまったので天下は難しい.また隣国の三河も勢いがある.そこで道三は三河の殿,織田信長に自分の娘を正室へ送り込んだ.そして,間接的ではあるが信長に次の未来を託すがごとく,具足や力を施した. 斎藤道三は結果的に天下を取ることはできなかったが,それでも国を盗り,織田信長や明智光秀のような未来に意志ある者を育て上げたところは立派な人だと思う.現代にいると間違いなく取締役や起業家といった側面で活躍していたのだろうなとも思ってしまった. 3巻からは信長が主役となるが,斎藤道三は最高の立役者になった.戦国時代の次の展開が楽しみだ.
0投稿日: 2021.09.20
powered by ブクログ斎藤道三素敵すぎるー!岐阜城に行ってみようかと調べたら、松波庄九郎と道三は親子なの? でも足跡をたどりに是非行ってみたいと思うほどに物語が面白かった。
0投稿日: 2021.09.08
powered by ブクログ斎藤動三編(第一巻、二巻)の方が、道三の自由奔放な活躍が描かれていて面白かった。 また、司馬遼太郎の仏教宗派に対する解釈にはなるほどと思った。 織田信長編(第三巻、四巻)は、信長と明智光秀の二人が主人公であるが、話が進むにつれ光秀への同情が強くなった。信長の冷淡な性格には、大河ドラマ「巧妙が辻」の信長役である舘ひろしがほんとによく似合っている感じだ。(2006.7.18HPの日記より) ※2006年購入 売却済み、kindleで購入
1投稿日: 2021.08.24
powered by ブクログ二巻では、いよいよ斎藤道三の国盗り。 そして、ライバルと言える織田信秀とその子織田信長も出てきます。 美濃の執事と言える地位まで登り詰めた斎藤道三が次に目指すは、国主、つまり美濃の大名になること。そのためには国主の地位に据えた土岐頼芸からの信頼を固めつつ、時期を見て自分が国主になる。 この過程はかなりすさまじく、一難あってまた一難のことばかり。 やはり何か新しいことをしようと思うと逆風は吹くもの。 一時は、美濃内の豪族からの妬み、恨みを買いすぎて、城を囲まれ自害するしかないとまで追い込まれたりもする。 そのときに斎藤道三がとったのが、出家をして頭を丸めるということ(斎藤道三という名もこのときの法名であるらしい)。 なんとも大胆!! でも、そういった荒波を乗り越えて、ついに国主に。 斎藤道三のいう“転”がお見事。 そこからさらに天下を収めるには、もう一生分の時間が必要だろうと悟ったようである。 運命的なのは、その一生分の偉業を引き継いで成し遂げたのが、織田信長であるということ。娘の濃姫が嫁いだ娘婿にあたるということ。 また、斎藤道三の国づくりや戦いかたに後世残る創意工夫を描かれている。 例えば、楽市楽座。 学校の授業では織田信長が行った施策と習いましが、実はこれを最初にやったのは斎藤道三だということ。 また鉄砲を戦に用いたのも、斎藤道三であったということ。 とても興味深いし、これらを伝授した相手が、織田信長であり、明智光秀だというのも面白い! 明智光秀は、同じ美濃の武将であったからわかるものの、なぜ織田信長というのは、第三巻で描かれている。 兎にも角にも、斎藤道三のすごさ、苦労が描かれていて、とても興味深い一冊だった。
0投稿日: 2021.05.21
powered by ブクログ1巻、2巻は斎藤道三の物語。寺を飛び出した一人の男が、やがて京都の油商となり店を乗っ取り、美濃に進出してとうとう守護職を追い出して自分が国王になってしまう。まさに戦国時代の英雄物語である。道三の活躍する数々の戦のストーリーもすごいが、女性を次々と我が物にしていく展開もすさまじい。しかし、2巻の最後、道三編のラストでの、彼に人生を変えられた女性たちとのシーンはしみじみとしていて、それまでの道三のイケイケ物語から急にトーンが変わる。ここに道三の老いの悲しみが見事に表現されている。 司馬遼太郎の戦国物は、史実を細かく追わずに、ストーリー中心にグイグイ引っ張っていくところが魅力的だ。
1投稿日: 2021.01.26
powered by ブクログ道三の美濃強奪という、当初の目的が果たされる時が近づきつつある。 二十年がかりの大事業である。 外堀から徐々に埋め、本丸へ。 正に蝮に相応しい。 戦場での冷徹な道三と、平生の人間臭い道三のギャップが良い。
1投稿日: 2020.11.29
powered by ブクログ面白い! 筆者である司馬遼太郎と斎藤道三が対談しているかのような章も新鮮。 現代を生きる術にも通ずるところがある。
0投稿日: 2020.07.17
powered by ブクログ斎藤道三という人が魅力的な歴史上の人物なのは、その時代の常識に生きるふつうの人が想像できないことを、創造することのできる数少ない人物だったからであることがよくわかる。飢饉の時に領土の税を減免するかわり、油は自分のところから買わせるようにするとか、決して奇抜な発想ではなく、常識にとらわれないだけで妥当な方法である。こういうことが時代や世界をデザインをするということなのだろう。そしてそれを果たしていく織田信長は、隣国にいた斎藤道三にその才能を見出されなければ、あるいは歴史に出る前に滅ぼされていたかも知れないことを思うと、歴史の不思議さを感じる。
0投稿日: 2020.06.13
powered by ブクログ斎藤道三が加納城の城主となり、そこから美濃の国盗りを成し遂げるまでを描いた、「国盗り物語(ニ)〜斎藤道三 後編〜」。 本城もやぐらも全て瓦でつくった稲葉山城を設計し、城下町をつくり、楽市楽座をひらき(美濃だけで)…斎藤道三のおこした様々な政治に圧倒されるお話でした。 そして、尾張の虎 織田信秀との度重なる戦いにも息を呑む思いで読み進めました。 歴史に疎い私でも知っている、幼少期の織田信長や明智光秀も登場し、これから大人になる彼らがどのような生き様を見せてくれるのか…ワクワクしながら、次の第三巻も読み進めていきたいと思います。
0投稿日: 2020.06.09
powered by ブクログ戦国時代に油商人から大名にのし上がった斎藤道三が主人公。第2巻では、美濃を手中に収めるまでの過程が、面白おかしく描かれている。国を盗んだというよりも、人の心を盗んだ結果と言えるだろう。新しい戦法を導入して、戦に強かったことも魅力である。大河ドラマ「麒麟がくる」とは異なった部分もあるのが気になるが、この本が出版された後にもいろいろな歴史的な書物が発見されているので、仕方がないところかもしれない。いよいよ信長も登場してきて、ますます楽しみである。 コロナで外出ができない中で、親しい友人が突然亡くなった。葬儀にも参列できず、喪失感がつのる。もっと一緒に酒をのみ、ゴルフをすればよかったと、今更ながらに思う。できる時にやりたいことをやった方がいいと、今更ながらに思う。読みたい本もたくさんある。これからも読書を楽しみたい。
0投稿日: 2020.05.16
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
美濃の蝮と言われた斎藤道三の後編。戦国時代のダークヒーロー小説であり、男子の憧れなのではないだろうか。 人並み外れた智者であり武芸家。また気運がくるまで気長く待ち続け、その気運がくるやそれを一息で掴んでしまう英雄。上に立つべき能力者としての「蝮」である。 自身曰く善と悪を超越したところに居ると書いてあるが、まさにこの両面を持ち合わせなが「新国」を作り上げた人物である。 天下第一等の悪人と言われる所以は「破壊者」というところにある。守護職の土岐頼芸を追放し、古くからの商業機構である「座」を美濃においてぶち壊した。魔法のように忠誠の神聖権威にいどみかかり、それを破壊。それを壊す為には「悪」という力を使う人間であった。 ただ彼は悪のかぎり力を尽くし、破壊し、ようやく破壊から「斎藤美濃」という戦国の世にふさわしい新生王国をつくりあげた。 一方以前から自分の家来を厚く遇し、領民に他領よりも租税を安くし、堤防を築き、灌漑用水を掘り、病にかかかった百姓には医者を差し向け、かつ領民のための薬草園をつくった。美濃はじまって以来の「善政家」といっていい。 ただ上記だけでまとめると、単なる自分の欲が強い独裁者のようにも感じるが、彼には一人の人としての爽やかさや柔軟さをもった魅力がある。 飄々と高笑いをし、戦場に響き渡る声を馳せ、自らが指揮官となり第一線に立つ。且つ強い。能力のあるものは出に関係なく認めて下につける。藤左衛門の手下であった白雲が京の油屋に討ち入りに来た後に捕まえ「殺せ」という本人に「死ぬなら戦場で死ね」と自分の家臣として使えさせる。主君を追放しておきながら、一人で漁夫に化けて、船を出して最後は見送る、誘拐された嫁は自ら助けにいくなど。 また物語として面白いのは脇を固める人物。どこかひょうきんだが大事なときに登場し任務をこなしてしまう赤兵衛、戦や奇襲などで一人つれていくとしたらこいつというクールな武人の耳次。ライバル小僧として「虎」と恐れられた信長の父の織田信秀、色と酒と食に溺れだめだめながらも絵描きとしても優れ後世にも「鷹」の絵の残る美濃の守護職の土岐頼芸など。 そして様々な女性とのやりとりのうまさも、彼の色男としての能力、悪く言えばズルさがある。 京の油屋の女主人であり正室のお万阿の方は旦那の夢物語を笑いながらも見守り待ついい女(現代ではいないのでは)だったり、天女のような女と称され土岐頼芸から魔法のように奪ってしまった深芳野もいれば、後に濃姫の母となる那那姫は幼いときから目をかけて育ててもいる。全員に正直に気持ちを伝え、結局それぞれを愛するというから女性たちも呆れて諦めるしかなくなるのだ。 司馬流で書かれた小説だから現実とはまた異なるかもしれないが、戦国時代の英雄伝としてとても面白かった。随所に格言も書かれていて、人の上に立つことを目標にする人には打って付けだと思う。
1投稿日: 2020.05.08
powered by ブクログ油商人から美濃の国主に成り上がる斎藤道三の生涯。その後継者となるのが織田信長と明智光秀。NHK大河ドラマ「麒麟が来る」を機に再読し、名作であることを痛感。 全四巻。 斎藤道三 前後編 織田信長 前後編 の四巻構成の第二巻。 斎藤道三が美濃の国守となり、年老いて将軍となる夢を諦めるところまで。 後編ではライバル尾張の織田信秀(信長の父)が登場する。道三とはまた違った爽やかな魅力的な人物として描かれている。 本巻の後半でようやく大河ドラマの時系列に追いつく。 蝮と呼ばれ策謀の限りを尽くしたかのように後世思われているが、既得権益を破壊し楽市楽座や災害時の年貢の減免など領民にはありがたい領主だったと思われる。悪名はある意味勲章と言ってもいいかもしれない。 明智光秀や織田信長、まだ若い松永久秀がようやく登場。織田信長編に向けてまだまだ展開が楽しめそう。 司馬遼太郎としては比較的初期の長編。余話や史観の語りよりも話の展開のテンポに重点があるようで、一気に読み進めることができる。 史実ではなく物語として絶品である。
0投稿日: 2020.04.29
powered by ブクログ斎藤道三編の後編にあたる巻。斎藤道三が美濃の国の守護を追ってその国の頂点にぼり詰めて行くところを描いている。後半ではライバルとして織田信虎が登場して、それまでの商人としての活躍から、大名としての戦略に話が変わってくる。本当に出世物語が楽しめる。
0投稿日: 2020.03.07
powered by ブクログ【いちぶん】 ながい坂だった。美濃に流れてきて以来、庄九郎は一歩々々、足場を踏みかため、ついにこの男の事業である「国盗り」を完成した。 (p.424)
0投稿日: 2020.03.01
powered by ブクログ★評価は読了後に。 いまいち乗れないなぁ、悪くはないんだけれども。 この間読んだ新書の記憶があるからか、信長が革命児的に描かれているのは実は紋切り型なのかな?と思ってみたり。 まぁ大河の予習でもあるのでこれはこれで良しかもしれぬ。
0投稿日: 2020.01.05
powered by ブクログ一巻の嫁盗り物語からは一変、ロマン溢れる「国を盗る物語」になっていて一気に読んでしまった。ラストシーンは涙が流れた。
1投稿日: 2019.09.20
powered by ブクログ斎藤道三編の後編。 前半に比べるとサクっと過ぎてしまった感があり。 創作できる部分が減って、道三さんの業績をなぞらなければならないからなのかな。 旦那さんとベッタリ物理的にいつも一緒ではないけれど、旦那さんが好きでサバサバしていて、旦那さんが美濃で別の女を複数囲っていても瑞々しく生きていられる京の油やのお万阿さんのキャラは良いな。 だからこそ、お万阿さんが複数の暴漢にかどわかされる話は必要だったのか、微妙に思いました。 男性読者向けかなぁ…。
1投稿日: 2019.06.12
powered by ブクログ【感想】 斉藤道三編の後半。 この時代で既にPDCAをしっかり遂行し、権謀術数で巧みにのし上がって行く姿は本当にロマンに溢れる。 斉藤道三の凄いところは、上記のとおりPDCAだろう。 目的に向かってしっかりと段階を踏んで準備を行ない、色んな策を弄して遂行していく。 素晴らしい目的意識の高さとその手段の選定センスは、自分への揺るぎない自信と能力に裏打ちされているのだろうが、個人的には非常に参考になる部分も多いと思う。 やはり事を成すにあたり、PDCAを明確にすることは今も昔も大切なことなんだろう。 斉藤道三においてもう一つ注目する点は、目的遂行の為にまわりくどいほどに我慢強い事だと思った。 決して急かす事なく徐々に美濃で謙虚かつ確実にステップアップしていき、真の目的である国主になる為に抜けている点を装って敵(土岐頼芸)に一切の警戒心を与えない。 かつて油屋になった際も、同じくまわりくどい程に準備をして店主になった点から見ても、斉藤道三の用意周到さはズバ抜けている。 (普通なら我慢しきれずに奮発し、結局は少ない利しか得られないようなものだが・・・) 今まで名前しか知らなかったが、斉藤道三は戦国時代でも屈指の英雄の1人なのだと強く思った。 次巻にて斉藤道三の死没について読んだが、最期の最期まで「英雄」だった。 ロマンに溢れ、神出鬼没、しかし決して勢いだけではない「英雄」斉藤道三は、個人的に戦国時代で1番好きだ。 【あらすじ】 気運が来るまで気長く待ちつつ準備する者が智者。 気運が来るや、それをつかんでひと息に駆けあがる者が英雄。 ―それが庄九郎の信念であった。そして庄九郎こそ、智者であり英雄だった。 内紛と侵略に明け暮れる美濃ノ国には英雄の出現は翹望する気運が満ちていた。 “蝮”の異名にふさわしく、周到に執拗に自らの勢力を拡大し、ついに美濃の太守となった斎藤道三の生涯。 【引用】 p98 「人の世の面白さよ」 人は、群れて暮らしている。 群れてもなお互いに暮らしていけるように、道徳ができ、法律ができた。 道徳に支配され、法律に支配され、それでもなお支配され足りぬのか、神仏まで作ってひれ伏しつつ暮らしている。 (しかしわしだけは)と庄九郎はおもうのだ。 庄九郎にとってなにが面白いといっても、権謀術数ほど面白いものはない。 権ははかりごと、謀もはかりごと、術もはかりごと、数もはかりごと。 この四つの文字ほど庄九郎の好きな文字はない。 p138 出家は本気であった。 この男なりに、今まですべてのことを本気でやってきた。 が、単なる本気ではない。本気の裏側で、いつも計数・策略が自動的に動いている男である。 p255 歴史が、英傑を要求するときがある、ときに。 時に、でしかない。なぜならば、英雄豪傑といった変革人は、安定した社会が必要としないからだ。 むしろ、安定した秩序のなかでは百世にひとりという異常児は毒物でしかない。 が、秩序は常に古びる。 秩序が古び、ほころびて旧来の支配組織が担当能力を失ったとき、その毒物が救世の薬物として翹望される。 p259 当時は、天下のどこへ行っても、商業はいっさい許可営業制であった。専売制といってもさしつかえはない。 もし勝手に販売する者があれば、その許可権を持つ社寺その他が打ちこわしの制裁を加えるか、ときには売人を殺した。 これほど不合理なものはない。 「せめてわしが領内だけでも楽市楽座にしたい」とかねがね言っていた。 p379 ひとは、「美濃の蝮」と庄九郎のことをいう。 自分の家来を厚く遇し、領民には他領よりも租税を安くし、領民のために医者を差し向けたり薬草園を作ったり、美濃はじまって以来の善政家といってもいい。 人間は欲の固まりである。 だからこそ、庄九郎は善政を布く。 (乱世では、ほとけもマムシの姿をしているものさ)と思っている。 p382 ニコロ・マキャヴェリの「人間とは」五箇条 1.恩を忘れやすく 2.移り気で 3.偽善的であり 4.危険に際しては臆病で 5.利にのぞんでは貪欲である 人間は常に偽善的であり、名分がほしい。 つまり、行動の裏付けになる「正義」がほしいのである。 地侍たちにそのような「正義」を与え、美濃の皇太子である小次郎頼秀を追っ払った。 また、国内の辻々に高札を立て、「誅殺した者には褒美を取らせる」と布告したため、この国の正当な相続者であるはずの小次郎頼秀は越前まで逃亡した。 その執拗さが、「蝮」と呼ばれる本性である。 その後、美濃征服の最後の仕上げとして、酒色にふけっている「お屋形様」こと土岐頼芸をほうりだす。 p402 「わしはもともと、国を奪るためにこの美濃にきた。人に仕えて忠義をつくすために来たのではない。 ただの人間とは、人生の目的が違っている以上、ただの人間の感傷などは、お屋形様に対しては無い。」 p404 「お暇乞いに参りました。」 「いや、それがし、京へは帰りませぬ。お屋形様に去って頂こうというわけでございます。 あ、いや、お待ちを。去って頂く、と申してもこの美濃をではござりませぬ。 守護職からご勇退ねがわしゅうございます。 あ、お待ちを。つまり、ご隠居なされませ、と申すのでございます。」 「お屋形様に、お覚えがございましょう。その御子、わが屋敷に16年間おあずかり申しておりまする。」 「義竜(よしたつ)か」 といったのは、頼芸の不覚であった。その子が自分のたねであることを認めたことになるのである。 これほどに才智に長けた男でも、この天然の不思議だけはわからぬものか、と頼芸はひそかに庄九郎をあなどっていた。 それもあって、あれよあれよというまに勢力を増大していった庄九郎を、害になるとも思わなかったのである。 p409 「人の一生も、詩と同じだ。なかでも、転が大事である。」 「この転をうまくやれるかやれないかで、人生の勝利者であるか、ないかのわかれみちになる。」 「起」 土岐頼芸に智恵と力を貸して、兄・政頼を守護職の地位から追い、頼芸をその地位に据えて自らは頼芸の執事になった。 「承」 成功を拡大し、自身の権勢を高める一方、頼芸を酒色におぼれさせて美濃人に国防上の不安を与える。 これには20年かかった。 第3段階は「転」である。 頼芸を追って、一転して自分自身が美濃の国主になることであった。 p419 ・神出鬼没 この異能な男は、指揮ぶりについても風変わりであった。 大将である彼が普通のように一定の場所に位置せず、そこここを身軽に飛び回り、所々に飛び込んでは直接兵を叱咤し指揮した。 「あの男は、一体何人いるのだ。」 敵軍だけでなく、味方の諸将さえも戸惑うほどだった。 p460 信秀を斎藤道三は「尾張の短気者」と見ていたが、信秀はそれほど短気ではなく、むしろ豪気であった。 待つことも知っていた。 妙案が浮かばぬ以上、いらいらして傷を深めるよりもむしろ持久の策をとり、機が熟し条件が好転するのを待とうとした。
10投稿日: 2019.01.09
powered by ブクログ「国盗り物語 (2)」(司馬遼太郎)を読んだ。斎藤道三、まさに歴史(時代)が求めた英傑というのだろうな。 とにかくこの作品、面白くて止まらないのである。 さあ(3)からは信長編だ。
0投稿日: 2018.07.06
powered by ブクログ美濃において国主・土岐頼芸の信頼を得て着実に力を高めていく庄九郎。腐敗と内紛、侵略の危機を見事に乗りこなしついには国を「盗る」。 前巻は才気と切れ味で活路を見出す印象のあった庄九郎が洞察力と胆力を身に付け、周到に狡猾に美濃を飲み込んでいく。まさしく「蝮」の道三そのもの。 ライバル・織田信秀との知恵比べやこれまでの常識を覆す自由市場の建設。充実の時を迎えながらも「天下」の野望を達成するには残り時間がないことを自覚する庄九郎にこれまで見られなかった弱さが見え隠れし哀愁ある姿がなんとも切ない。 その野望と理想を受け継ぎ体現するのがしのぎを削った信秀の子・信長というのがまた歴史の皮肉でありロマン。
2投稿日: 2018.02.11
powered by ブクログ一見不可能と思えることを、知略と度胸で次々と成し遂げていく様は痛快のひとこと。 カエサルの話を聞いているような気分です。
0投稿日: 2018.02.02
powered by ブクログ道三の壮年期の物語。一方では信義、片一方では謀略を用いてのし上がっていくわけだが、司馬の手にかかると非常に魅力ある親分と映る。蝮と恐れられ成り上がっていく道三の生き様には、なにやら憧れのような感情を抱く。
0投稿日: 2017.12.09
powered by ブクログ面白いの一言。 斎藤道三、あまり知らなかったけど。魔法使い。愛情深い。強い。 でも人生は短い。 跡を継ぐ信長の物語が楽しみ。
0投稿日: 2017.09.03
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
斎藤道三編を読み終えたら一区切りして、「関ヶ原」を読もうと思っていたけれど、面白くて区切れなかったので、現在進行形で織田信長編を読み進めています。 第2巻は、斎藤道三がついに美濃を乗っ取り、繁栄させていく様や、隣国や国内反発勢力とのいざこざが描かれている。 第1巻よりも俄然、戦国っぽさが出てきてアツかったです。 特に信長のお父さん、織田信秀との戦いが面白い。 基本的にこの作品、道三が無敵すぎて、他の敵さん方はクソ雑魚同然である。 そこに信秀というライバルが現れて、あの道三が手を焼いている!?という感じが良かった。 あとは、戦いを重ねて歳をとった道三が、「もう一生くれ。くれれば天下が取れる」などと、人生を悟った挙句、神仏に頼んでいるところが印象的だった。 あれほど神仏をナメくさっていた彼も、命の数には抗えない。 戦う男の姿がアツいだけではなく、一種の哀愁を感じさせてもくれます。 斎藤道三編の第1巻、第2巻は、読んでいて活力がみなぎってくるような作品なので、生きる希望を失った時にでも読めば、元気が出るかも。
0投稿日: 2017.03.22
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
道三が美濃を盗り、尾張織田との争いまでを描いている。中盤ややファンタジー的要素があり退屈する。しかし後半は戦国時代の権謀や戦の仕方などがダイナミックに描写されている。義理の息子織田信長に国盗りが如何につながるか次巻が待ち遠しい内容。
0投稿日: 2016.12.24
powered by ブクログ斎藤道三〈後編〉読了。 道三の“国盗り”がいよいよクライマックス。 あの、織田信長の父・信秀が手も足も出ないとは、道三強いですなぁ。 吉法師(信長)、桃丸(光秀)も登場し、ますます今後の展開が楽しみです。
2投稿日: 2016.05.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「おれが悪党?」庄九郎は意外な顔をした。 「そうみえるなら、不徳のいたりだ。人間、善人とか悪党とかいわれるような奴におれはなりたくない。善悪を超越したもう一段上の自然法爾のなかにおれの精神は住んでおるつもりだ」 「自然法爾のなかに。ーー」 赤兵衛も寺男だっただけに、そういう哲学用語はききかじっている。宇宙万物の動いている根本のすがた、といったような意味である。真理といってもいい。真理はつねに善悪を超越したものである。
0投稿日: 2016.01.10
powered by ブクログ【読了メモ】(160101 6:58)司馬遼太郎『国盗り物語』第二巻 斎藤道三 後編/新潮文庫/1971 Nov 20th/八十九刷 2007 Jan 5th
0投稿日: 2016.01.01
powered by ブクログ山崎屋庄九郎の時と斎藤道三の時で明白にキャラが違う感じが素晴らしくよい。お万阿に接している山崎屋庄九郎を見ると、あの織田信秀が恐れている斎藤道三と同一人物だとは到底思えない。お万阿や深芳野や小見の方など、道三の周りには色々な女がいるけど、やはりお万阿が一番いい女だし、理解者でもあるなと思うのは、お万阿に会ってる時が斎藤道三ではなく山崎屋庄九郎として会っているからか。 斎藤道三は天下を取ろうとしたけど、美濃を制覇するのに結局20年という歳月を要し、齢も気づいたら50近くになっていた。当時下剋上の時代で結構簡単に一国を支配してるように見えたけど、下剋上をして権力がない者が上の者を破ってその土地を支配するっていうのはものすごく大変なんだなと道三を見てると思う。武力も知力も兼ね備えている道三ですら20年もかかったのだから。 それにしても、この本読んでいたら歴史的に有名な織田信長が実施した政策って斎藤道三の頭の中の構想ですでにできあがってるの多いんだなって思った。楽市楽座に関してはすでに美濃で行っていたし、鉄砲もすでに使用していたし。ってか信長ってものすごい自由主義的な政策が多かったんだな。この頃って油屋の一連の事件を見てもそうだけど、寺とか座とかの既得権益半端ない。楽市楽座にせよ、関所の廃止にせよ、キリスト教の保護にせよ信長がそういったことを実行したくなるのもすごくわかるし、すごくいい考えだと思う。信長って戦の天才的な感じで武力メインだと思ってたけど、実際は経済政策的なところがすごいなって思う。まぁこの本で信長はまだ14歳とかだから全然何もしてないし、元の考えは斎藤道三なんだけども。って考えるとやっぱ斎藤道三すごい頭いいよな~。戦もめっちゃ強いし。信長の父親である織田信秀も相当戦強いのに、美濃の国は一度も負けなかったからな~。 燃えよ剣の土方も峠の河井も結局薩長に負けてしまうんだけど、何か滅びの美みたいなのを感じてすごくよかった一方、斉藤道三の場合は、特に負けることもなく、強いて言えば老いには勝てないみたいな感じでおもしろいんだけど、何か一つ足りない感じがした。まぁまだ2巻だけど、3巻以降は織田信長の話になっていくのか、斉藤道三の話が引き続きあるのかが気になるところ。
0投稿日: 2015.11.11
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「国盗り物語」というタイトルから言えば、本来は道三までで終わるのがふさわしいのかもしれない。 文字通り、外からやってきて見事に一国を盗んだ道三の、魔法のような手際の連続、ただ奪って満足せずに美濃を豊かに運営してゆく手腕。道三という人物にに惚れ惚れとする。 まずは信長の父・信秀の視線を通して、子ども時代の信長に触れ、さらに道三の弟子としての光秀が登場することで、信長の時代への期待も高まるなめらかな構成だ。 だがこれほどまでの人物なのに、身一つからスタートした道三には、望む場所まで上り詰める時間がなかった。そのどうしようもない事実が、無性に悔しく、寂しくもある。そんな2巻である。
0投稿日: 2015.10.08
powered by ブクログ悪魔っぽくて、狡猾なのに、部下や女性たちからは好かれる齊藤道三。 英雄ってこういう人がなれるのかなーと思う。 戦国時代は、女の人にとって生き辛い世の中だと思った。
0投稿日: 2015.09.12
powered by ブクログ蝮の道三こと、斎藤道三の美濃奪取編。 ここまで綿密な計画を立て、 さらに、戦闘にかけては天才的な才能を発揮する道三。 惚れ惚れするよ。 こんな上司ならついていくよ。 上司とかに恵まれなかったからこそ余計に惚れ込んでしまった。 もちろん小説なので、史実と違う部分が多いだろうし、 それは承知の上でね。
0投稿日: 2015.07.26
powered by ブクログついに名前が斎藤道三になった(笑)本の中でも書かれてるけど何回名前変えてんねん!土岐頼芸さんも追い出され信長も登場しいよいよっていう感じの第二巻。てか織田信秀って斎藤道三にこてんぱんにやられてたんやなあ。
0投稿日: 2015.02.06
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斎藤道三が美濃の大名の中に入り込んでから美濃国を乗っとるのがこの第2巻。乗っ取ったあとも美濃を改革された強国に発展させ既存体制や隣国と戦争し、それらを打ち負かしていく。 1巻は謀略の話が多いが、2巻は戦を含む剛拳で打ち負かす感じ。ただその戦もめちゃめちゃ上手い。 既存体制と戦うというのはこういう悪魔的な英雄が必要なんだろうなと思わせる巻。 前に劣らず面白い。
0投稿日: 2015.01.10
powered by ブクログ蝮と言われた斎藤道三が権謀術数の限りを尽くし、美濃の国を手中に収めるまでを描く。 織田信長は中世の古い権威やしきたりをぶちこわして新しい世を切り開いたが、その先駆けとなったのが舅の道三であったことがよく分かる。 道三にはもう少し長生きして、天下をとってほしかった気もする。
0投稿日: 2014.11.04
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だんだん、庄九郎の女性の扱いについて辟易してくるが、まあそれはそれで。こういうタイプは、彼が作り上げる世界にどっぷり浸っていられるうちは幸せなのだ。だから、おまあはすごい。自分がそういう世界に浸っていることを自覚していて、納得?している。そんなことができる女はそうそういないと思うけど。 まあ、物語の本題はそんなところにはなく、相変わらずの庄九郎のあくどい天才ぶり。けど、この本のなかではあまりあくどさは感じない。
0投稿日: 2014.06.08
powered by ブクログ美濃に乗り込み、綿密な国盗りを進める 斉藤道三。「楽市楽座」など画期的な政策を美濃において進めるが、国盗りを達成したときすでに彼は年老いつつあった。時代がまだ古すぎたのだ。彼一代で改革を完成させる事は出来なかった。 2巻では尾張の織田信秀がしばしば登場し、火のごとく美濃に侵攻を繰り返す。この鬼のような働き者の息子が織田信長だ。 常に緻密な計画を立て、実行してゆく道三は悪人だがカッコいい!! 周りに何を思われようが自分の正しいと思うことは断固たる決意で突き進む。 まさに男だ。楽市楽座を斉藤道三が行ったというのは本当だろうか?
0投稿日: 2014.04.25
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蝮が稲葉山で蜷局を巻いている。道三が悪者の本性をこれみよがしに顕わにしている。 ●道三は力もすごいが、権謀術数がすごい。これも人間の善悪の両面を知っているからだろう。それは、彼が仏門に精通していて、人間を煩悩の塊として生来の愚物だと理解できているからだろう。 手玉にとってコロコロ…コロコロ…。 ●道三の権謀術数は、悪知恵というより気配りというように感じた。だから、プラスなイメージである。 こういう男は…モテる!! 最近、よゐこの濱口が南明奈と付き合って、なぜあいつはモテるのかと話題になっている。それは、彼が気配り上手だかららしい。女性が喜ぶ「最近痩せた?」とかさらっと会話に混ぜて、ちょいとしたプレゼントを小まめに送るとか、策略家である。濱口はもしかしたら道三のようになれる素質があるのかもしれない。 「美濃とったどーーーっ!!」 ●織田信秀の『無駄』観はなかなかいい。 もはや力を持っていない朝廷に喜捨をする。大した見返りのある賄賂にはならない到底無駄な金の使い方だが、信秀は無駄なことをドドーンとできない者は、天下なんて獲れないと考えている。 この無駄の考え方は「投資」に似ていると思うんだけど、投資を超越してるんだよね。風が吹いて桶屋がもうかる。ではなく、「風を起こして、なんか回ってくるかもしんねぇ。」という楽観的な何か。こういうの共感できる。 ●「正義」の使い方 自分はどうやったら頼芸を追放できるのか、見当もつかなかった。だが、道三は「正義」を巧みに利用して、やってのけた。 人は正義のために戦をするが、戦をするように正義に踊らされている。そんなこともあるということを道三は教えてくれる。正義って恐ろしい。 もしこれから「正義」って言葉が世界で出始めたら、気を付けよう。疑おう。逃げ出そう。 安倍総理は大丈夫かな?正義って言葉使いそー。
0投稿日: 2014.02.28
powered by ブクログ司馬遼太郎の作品で戦国時代が、ごく素人(歴史小説初心者)でも単純に始まり、斎藤道三の成り行きが描かれてると思う。戦国時代の初期でもあるから、兵法、戦略も分かりやすい。斎藤道三→信長→豊臣秀吉→徳川家康となる事を大体掴めると、他の武田信玄、上杉謙信と読みたくなるから幅が広がっていくと思う。
0投稿日: 2013.12.24
powered by ブクログ乞食ぼうずから身をたて、まむしの道三と恐れられた戦国武将の物語。前向きなエネルギーをもつ人に、人はひかれるのだ。 九州大学:たけ
0投稿日: 2013.11.18
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【Impression】 遂に斉藤道三に。 いつの間にか美濃に来てから20年も経っていたことに驚く。 20年もあのような地位で生活していたら、「もういいかな」とか思ってしまいそうだが。 その辺りの自信過剰具合は凡人とは違うんだろうなと。 そして既にこの時代から鉄砲が使われていたことに驚いた 【Synopsis】 ●美濃の蝮、は徐々に域内での地位を高めていった。同時に敵の数も膨大になり、暗殺の憂き目に遭いかけたり、身内が誘拐されたりと生活環境が戦乱そのものになっていく ●また念願だった稲葉山城の建設にも成功。守護大名の影響力を徐々に貶めていくが、隣国の織田の軍勢も美濃の成長の根源に斉藤道三がいると見抜き、道三もぎりぎりの戦を勝ち抜いていくことになる ●そして遂に守護大名を追い出し「国盗り」に成功する、が、想像以上に時間がかかってしまった。そのため将軍になるか否か、油屋としての生活に戻るか逡巡する場面もある。しかし、結局美濃に戻ることを決意。 ●隣国の織田への対策として、娘の濃姫と信長の政略結婚の案が進む
0投稿日: 2013.10.23
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前半は「美濃の蝮」斎藤道三の話。そして、後半は織田信長・明智光秀の話。ただ、後半は、光秀視点で話が進んで行った。 斎藤道三の一生は、まさに、波乱万丈の人生と言えるのではないだろうか。一介の僧侶が還俗し、油屋の商人となる。そして、土岐家の家臣となり、最後は下剋上によって大名にまでなり上がる。お万阿の道三への信頼や側室を持つことへの割り切りといったさっぱり性格がとても格好良かった。道三の大名になること、そして、天下を取るということへの執念には、すごい気迫を感じた。ただ、のちに信長が述べているように、稲葉山城を堅守に作ってしまったが故に、その気迫が減じてしまったのであろう。そこが、天下を取れるものとの違いなんだろう。 織田信長・光秀編には少し驚いた。私が想像していた光秀の性格とは違うものだったからである。たとえば、信長の事を最初は見下す、ないし、同格に思っており、室町将軍を復興させるために信長の配下に下ったことである。このような経緯で家臣となったからこそ、最初から信長に対する不信感を抱いていたのだろう。その不信感が、本能寺の変の前で一気に膨れ上がってしまい、本能寺の変という短慮を起こしてしまった。このような光秀像を司馬先生が最初(?)に描いた、ということを知らなかったので、前述のとおり、とっても驚いた。 『国盗り物語』に出てくる人物は、一人一人性格からしっかり描かれており、好きな人物に感情移入でき面白かった。また、物語の合間に、著者の歓談が描かれており、それもまた面白さを引き立てる一因なのであろう。
0投稿日: 2013.10.21
powered by ブクログこれまで斎藤道三のことはまったく知らなかった。なんか嘘くさい人生だけど、こんな人生もあるのが戦国時代ということか。
0投稿日: 2013.07.23
powered by ブクログ斎藤道三こと庄九郎が美濃の実質的国主までに上り詰めるまでの物語。司馬遼太郎は歴史上の人物をどうしてこうまで魅力的に描けるのだろう。実際に会ったことがあるのではと疑わせるほどの筆力である。史書や見聞に基づく一つひとつのエピソードはもとより、言葉遣いや言い回しに至るまでなんと個性が際立っていることか。 もちろん物語としても俊逸だ。諸々の伏線、信長や明智光秀など今後立ち回りを演じる役者の登場も面白い。 第1巻がまさに下克上の名に相応しい、ギラギラした策略家の庄九郎が描かれていたが、第2巻では庄九郎の人間性が描かれている。特に謀反で追いやった頼芸への最後の対応、切なささえ感じるお万阿への愛情は印象的だ。 第3巻以降は信長編だが、既に只者ではない感を醸しだしており、いまから楽しみ。
0投稿日: 2013.07.01
powered by ブクログ斎藤道三(法蓮房⇒松波庄五郎⇒西村勘九郎正利⇒長井新九郎規秀⇒斎藤新九郎利政他様々に名前を変えたと言われている)の美濃乗っ取り後の時代を書いている。 美濃平定のため、最愛の娘帰蝶を信長に嫁がせ、うつけと呼ばれた男に感じ入るところを持ち、また帰蝶の母小見の方の実家明智家の光秀にも同様の感情を持っていた。 ようやく平定がかなったとなると、将軍(くぼう)となるためには人生五十年では足りないと思い、その夢を信長、光秀に託したいとも。 そんな思いの中、息子斎藤義龍(実子ではなく、土岐頼芸の子)を跡継ぎとすることに思い悩み、廃嫡までを思い描くが、信長に国を譲るという判断をし、勝てる見込みはないにもかかわらず、息子と決戦を果たす。 計算高く美濃を治めるまでは進めたのだが、想定外のことが起こり夢半ばで... その後この物語は織田信長編に移っていくのだが、司馬遼太郎氏の作品は史実にうまく隠し味を加えてあり、歴史小説としての面白さが際立つ。 『竜馬がゆく』、『坂の上の雲』も同様に歴史に名を残した人たちの生き様を見て、今を生きる我々は学ばなければならないのだろう。
0投稿日: 2013.05.15
powered by ブクログ斉藤道三。野生的です。性描写がなかなか頻発しててちょっと衝撃。でも実際、少し前まで女性ってこういうふうにしか見られてなかったのかも、と妙に納得した。歴史を作るのは男たち。女がいることで敵味方の筋目がごっちゃになって面白味を増すとしても、やっぱり主要な登場人物が男ばかりということは否定のしようもない。興味深い事実だ。 生き方がアクロバティックすぎてあまり共感できなかったのだけれど(私の共感なんて求めていないでしょうが)、晩年お万阿の元を去り、もう戻らないだろう、と自分に与えられた残り時間に思いを至すシーンでは、そこまでが思う存分アクロバティックだったが故に、とても感慨深くて急に泣けた。
0投稿日: 2013.04.30
powered by ブクログ斎藤道三のことをもっと知りたい。精力的なマキャベリストという司馬遼太郎の描き方が正しいのかどうか。 志を持った、精力的な英雄ということは確かなのだろう。 ただ、小説の中でも述懐させているとおり、美濃一国盗るのに二十年とはたしかに長い。信長、秀吉の速さを思えば尚更。
0投稿日: 2013.04.17
powered by ブクログ斎藤道三が浮浪の身から美濃の国主になるまでが描かれています。なんといっても本書では、斎藤道三が万能キャラすぎて、歴史小説というよりはファンタジーを読んでいる印象でした。内容もシンプルかつ疾走感があり、(また「坂の上の雲」を読み終えた直後ということも相まって、)非常に読みやすく感じました。 本書後半で、将軍になることを諦めたり、名残を惜しんでお万阿のもとを去ったりする辺りは、これまで自分絶対主義で突き進んできた斎藤道三をみてきただけに、なんだか切ない気持ちに襲われました。 次巻以降、道三の意志を継ぐ光秀、信長が本能寺の変での激突へとたどり着く過程が楽しみです。
0投稿日: 2013.04.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
油売りから美濃国主になった斎藤道三、その相弟子と言える織田信長・明智光秀、そして作者本人も言っている通り付け加えるなら、足利・織田・豊臣・徳川の四代に仕えた細川幽斎を描いた長編小説。 登場人物の人物描写に焦点を当てて描かれているのだが、変に熱くなることもなく、様々な出来事の際の人物像としての描かれ方がシンプルですんなりと頭に入ってくる。 作者は明智に思い入れがあるようなことを言っていたわりには、ここでの明智像は慎重過ぎで小心者で個人的には嫌いになってしまう描かれ方だったなぁと思う。 信長のただひたすら高効率を求めての描かれ方や、驚くように成り上がりながらも結局は一国しか治めることができなかった道三の描かれ方など、司馬のシンプルな人物描写は冲方のキャラ立たせた人物描写とはまた違い非常に面白かった。
0投稿日: 2013.03.25
powered by ブクログ2巻は斎藤道三が美濃の国を支配下に治める過程を描いている。 彼は、国統治に関して、その時代の旧体制の破壊者でもあった。特に目立つことは、古くからの商業機構である「座」をぶちこわし、美濃内部においてだけだが楽市楽座を実現したことだ。この中世の神聖権威を全く恐れずそこにメスを入れていけたのは、彼が僧侶、油屋の商人という武士とは全く異なる顔をもち、一つの価値観にとらわれず自由な発想で物事をみることができたことに起因しているのだろう。
0投稿日: 2013.03.12
powered by ブクログ蝮の道三本領発揮といった感じの2巻。戦国時代の先駆け的存在として戦略も先見性も兼ね備え武力で他を圧倒した道三。楽市楽座なんかも初めてやったのは道三から。スゴイね。巻末あたりからはいよいよ信長が登場し始める。3巻以降がますます楽しみ。
0投稿日: 2013.02.09
powered by ブクログ庄九郎の国盗りが完成するがラスト数十ページで一気に下り坂に入り、時代は二人の弟子である信長・光秀へと移る。
0投稿日: 2013.01.12
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
一巻に比べると戦の描写や、その為の立ち回りが増えていた。 だが道三本人の扱いに比べ、戦回りの事は簡素に片付けられていたように思う。むしろ途中差し込まれた織田信秀視点の方が、戦関係の駆け引きなどは詳しく描写されていた。 道三個人の動きは一巻に続き大胆さと、女とという具合。どちらかというと国盗りや情勢に関しては、それのついでに描かれているという気がしないでもなかった。 道三の行動やストーリーはお万阿救出や、頼芸見送りなど、小説とは言え芝居がかったものが多かった印象がある。 冒頭での女を使った道三の持ち上げには、正直またかと思った。 それに忍者らしい忍者まで出てきてしまい、多少困惑も。ここまで創作めいた話になるとは思わなかった。 しかしその中の松永久秀との出会いは、サービスシーンとして見ていて楽しかった。 主人公とは言えとにかく道三の持ち上げが過剰で、気にしないでいられる程度を超えていたのが残念だった。 終盤で老いと限界を実感した道三だったが、それが寂しくもあり一番人間らしく見えたシーンだった。ここが一番面白く感じられた箇所かもしれない。
0投稿日: 2012.11.15
powered by ブクログ斎藤道三編の完結。竜馬がゆくより面白くて引き込まれました。悪人というか英雄というか、個性の強い道三で、こういう器の大きな人間になりたいもんです。
0投稿日: 2012.09.24
powered by ブクログ道三、かっこよすぎる。 お万阿を助けに行くところ、狐だと言っちゃうところ。道三だから嫌味じゃなくできちゃうんだろうな。 そんな想ってるお万阿と別れてまで美濃に戻る、そんな道三の男気に脱帽。
0投稿日: 2012.07.27
powered by ブクログ(1992.04.08読了)(1992.03.09購入) 斎藤道三〈後編〉 (「BOOK」データベースより)amazon 気運が来るまで気長く待ちつつ準備する者が智者。気運が来るや、それをつかんでひと息に駆けあがる者が英雄。―それが庄九郎の信念であった。そして庄九郎こそ、智者であり英雄だった。内紛と侵略に明け暮れる美濃ノ国には英雄の出現は翹望する気運が満ちていた。“蝮”の異名にふさわしく、周到に執拗に自らの勢力を拡大し、ついに美濃の太守となった斎藤道三の生涯。 ☆関連図書(既読) 「国盗り物語(一)」司馬遼太郎著、新潮文庫、1971.11.30
0投稿日: 2012.01.17
powered by ブクログ斎藤道三の策士としての面目躍如の巻。 しかしながら、その道三も寄る年波には勝てないか。巻末に近づくぬしたがって、道三が愛おしく感じられるのはなぜだろううか。
0投稿日: 2011.11.06
powered by ブクログ第2巻は怒涛のごとく物語が進みます。第1巻より読みやすい印象。 斎藤道三がついに美濃の国を盗り、、、そして吉法師(織田信長)へという大事なバトン渡し部分です。 当初、将軍職を目指していた斎藤道三でしたが、美濃一国を盗るのに相当の月日を費やしたことから、自らの限界を悟ります。なんか、夢をあきらめる(現実的になる)のは今までの話の中では珍しいなぁという感じがします。
0投稿日: 2011.09.20
powered by ブクログしっかり、目的意識を持ちそのために動く男は凄い。 ついに時代は斎藤道三から信長へと、変遷していくところ、次の巻が楽しみだ!
0投稿日: 2011.09.17
powered by ブクログ『竜馬がゆく』と同時期に書かれていたのがこの作品です 斎藤道三編織田信長編となっていますが 主役は明智光秀です 当時作者は四十代半ばで 作中斎藤道三と自らを重ねています 中高生が読んで夢中になるのもわかりますが 自分のように四十を過ぎてから読むのも特別な感慨がありますね だから感想も道三編の後編のページにしました
0投稿日: 2011.08.25
powered by ブクログお万阿ちゃんと深芳野ちゃんが好き。二人とも切ないけどたくましいんだ。小見の方のキャラが今一薄いけど。
0投稿日: 2011.08.19
powered by ブクログいよいよ庄九郎(斎藤道三)は美濃一国略奪する。庄九郎の夢は征夷大将軍になることであり、未だ完成形ではない。しかし、サクセスストーリーを着々と歩んできた庄九郎も、それは将軍就任は叶わぬ夢であり、美濃一国が限界だと気付く。以降は次編の主人公:織田信長と明智光秀に引き継がれることになる。本作品ではこの二人が庄九郎の政策を引き継ぐ相弟子であると定義する。信長は娘帰蝶の婿、光秀は妻小見の方の甥という親族同士というのも面白い。そしてその二人が本能寺の変で向かい合うというのも運命的である。 斎藤道三編は本巻で終了なのだが、嫡男の義龍と争って長良川で討ち死にするところまでは描かれておらず、美濃一国を平定した後、将軍になる夢を諦めたところで幕を閉じる。この点、単なる伝記ではない司馬作品らしさが出ている。「新史太閤記」において秀吉の晩年を描かなかったことと共通である。 さて、今回も以下に、興味深かった記述を引用したい。 ・「世に仕事ほどおもしろいものはない」と思っていた。それが庄九郎を疲れさせないのであろう。 →仕事をそう思えるのは理想である。こうありたいものだ。 ・「人の世にしくじりというものはないぞよ。すべて因果にすぎぬ。なるほどわしの場合、昨日の悪因が今日の悪果になったが、それを悪因悪果とみるのは愚人のことよ。絶対悪というものは、わしが妙覚寺で学んだ唯識論、華厳論という学問にはない。悪といい善というも、モノの片面ずつに過ぎぬ。善の中に悪あり、悪の中に善あり、悪因悪果をひるがえして善因善果にする者こそ、真に勇気、智力ある英雄というわい」 →私の好きな概念である。人生、このように前向きに生きていきたいものだ。 ・「斎藤」という苗字は、平安初期に鎮守府将軍になった藤原利仁の子、叙用が祖である。藤原叙用が伊勢の斎宮の世話をする役所の長官になった。延臣の中で藤原氏が多く紛らわしいため、京都の屋敷の所在地の町名で呼んだり(近衛、一条、三条など)、地方に住んだ者は例えば加賀なら加藤と呼んだりした。斎藤は叙用が斎宮の長官になったため斎藤と略して呼ばれた。 →日本史トリビア。これから言えば、「藤」が付く姓は藤原氏の末裔である可能性があるということだ。佐藤さんや伊藤さんもこの類いだろう。もちろん、斎藤道三のように、勝手に斎藤姓を名乗ったということもあるから、あくまで可能性に留まるのだが。姓の由来というものは実に面白い。 さて、次は織田信長編!
1投稿日: 2011.06.20
powered by ブクログ庄九郎が美濃の守護職土岐頼芸を尾張に追いやって美濃に攻め入ろうとする尾張の織田信秀をこてんぱんにやっつけた後で、お万阿や深芳野にひっそり会いに行くところが好き。
0投稿日: 2011.06.03
powered by ブクログ20110330 人には役割が有るということ、才能、力だけでは天下は取れない。時代に名を残す事だけでもすごい。
0投稿日: 2011.03.31
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
斎藤道三と織田信秀との間の幾度の合戦からお互いを認め合った良きライバル関係を伺い知ることができた。 信秀の息子信長の若い頃の姿がとても印象的だった。
0投稿日: 2011.02.05
powered by ブクログ斎藤道三(庄九郎) 後編 美濃でその地位を築いた庄九郎は、美濃の守護職 土岐頼芸を追い出すに至る。 尾張の織田信秀との闘いにも再三勝ち続けるも、国盗りに費やした時間は20年。 もう一度、人生があれば天下を取れると思うも、寿命は皆平等である。 楽市楽座の制度は織田信長が行ったと思いきや庄九郎が積極的に行ったようだ。 当時の産業界というのは許可制(座)で、その強い権力は寺社が持っていたことは有名だ。ルールを守らない場合は神人がその店を襲う、京都のような工業の中心地では守護職でも彼らの意向には逆らえないほどだったらしい。 そんな座の制度の弊害をなくすための楽市楽座(本当は庄九郎が自由に商売をさせることで城下町を栄えさせ運上金を手に入れ、それで城を作ろうと考えていたのだが…) この制度に反対する寺社は現代でいえば既得権益を持つ人といったところだろう。歴史は繰り返すということを感じさせられました。新しい改革には痛みが伴うなんて懐かしいセリフもありましたね。 当時と異なるのはさすがに命を狙われたり、妻をさらわれたりすることはないということでしょうか。 また庄九郎の人柄が以下の下りから読み取れる 『人の一生は詩とおなじだ。なかでも転(起承転結)が大事である。この転をうまくやれるかやれないかで、人生の勝利者であるか、ないかのわかれみちになる』 『わしはもともと、国を盗るためにこの美濃へきた。人に仕えて忠義をつくすために来たのではない。ただの人間とは、人生の目的がちがっている。目的が違っている以上、尋常の人間の感情などは、お屋形さま(土岐頼芸)に対してはない』 これは自ら担いで守護職にした土岐頼芸を国から追い出す時に側近の赤兵衛に20年来の君臣魚水の関係を壊すことに対してうしろめたさがないかを問われた時の庄九郎の言葉 ただの浪人から京都一の名門油屋の主人、一国の守護職 の家臣、一国の主と登りつめた庄九郎から学べることはたくさんある。 目的のために意思を貫く姿、家臣、農民に対するいたわり、妻達に対する心遣いなど彼の豊かな人間性に魅力を感じずにはいられなかった。 庄九郎の野望は織田信長、明智光秀らに継がれていくのだろうか。織田信長編が楽しみです。
0投稿日: 2010.12.04
powered by ブクログそうかぁ。 人生50年。 その短い中でなにを成すか。 いまを生きる自分にも喝を入れられたような気がする。。
0投稿日: 2010.11.01
powered by ブクログ自らの勢力を拡大し、美濃の太守となった“蝮”を描く ・あらすじ 内紛と侵略に明け暮れる美濃ノ国に現れた英雄、斎藤道三を描く 知略、謀略を駆使し美濃の太守となった斎藤道三。彼の知恵と人間としての魅力に引き込まれます。牢人から太守になるとは本当に考えられないほどの出世。間違いなく英雄と呼ぶにふさわしい人物でした。
0投稿日: 2010.10.09
powered by ブクログ庄九郎がお万阿を助けに行くシーンが私的ハイライトシーン。極悪人と呼ばれた斎藤道三が何故、一介の油売りから美濃を征服した理由、つまり、事をなす為に必要な人望を集められた理由が分かりました。
0投稿日: 2010.10.07
powered by ブクログ斉藤道三(庄九郎)後編。織田信長や明智光秀といった超有名人物の育ての親としてこのような人物がいたとは。先見の明があるというか何というか。 しかし、野心の男であった庄九郎でも、晩年、その野心が枯れてしまっていたのかな。やはり、大事をなすのは若者なのかな。 今週は道三の建てた稲葉山城(現、岐阜城)を見てくるぜ!
0投稿日: 2010.09.13
powered by ブクログ庄九郎(道三)、かっこいいです。愛するお万阿を助けにゆく場面はしびれます。犯されたお万阿に、狐にだまされたのだと嘘をつく庄九郎の優しさに、じーんときてしまいました。
0投稿日: 2010.08.11
powered by ブクログ5/18 購入 5/25完 斎藤道三の美濃国盗りの全貌が明らかになりました。20年、綿密な計画を立て、持ち合わせた才覚を生かし国盗りを実現した道三は、かなりかっこよかったです。
0投稿日: 2010.05.18
powered by ブクログついに20年かけて美濃の国盗りに成功。 その手口はやはりすごい・・。やり手・・なのはそれなりの事をしなければ上り詰めることは出来ないということなのかな。 お万阿を1番大切にしてる感があるのはいいですね。
0投稿日: 2010.01.20
powered by ブクログ斉藤道三が、いかに見事に美濃を手に入れたかを書いた一冊。 ただこれって斉藤道三の下巻であり、終わり。 この途中から出てくる織田信長、これに萌えらるか、ここ場ポイントなきがする。 がんばれ信長。
0投稿日: 2009.11.28
powered by ブクログ後編。 彼を大好きな人が言っていた意味がようやくわかったような気がします。 こういう人が今いたら、私はタイプなんですけどね。 歴史物って得意じゃないけどおもしろい。
0投稿日: 2009.10.10
powered by ブクログ斎藤道三編完結。 油売りから頼芸の腹心になり、 遂に美濃国を則った斎藤道三。 ≪蝮≫の異名に相応しく、周到に執拗に 勢力を拡大していく道三だが・・・ たった一人で美濃国を則った道三の手口には 感服させられますね。 しかも、何故かそれが憎めない。 『尾張のうつけ』に目を付ける辺りも 道三のスゴイところなんでしょうね。
0投稿日: 2009.08.29
powered by ブクログ斎藤道三こと庄九郎、様々な謀略を巡らしついに美濃のっとり! その手口は憎々しいけど鮮やかで司馬遼が芸術に例えていたのも頷ける。庄九郎のもとで都市が出来上がっていく様子を読んでいるとこの活気あふれる感じがまさに戦国なんだろうなあと思いました。 賊に攫われたお万阿を救出しにいく辺りがすごく良かった。犯された彼女の体を念仏唱えながら必死に清めてるあたりとか、神妙な気分になった。 庄九郎が真に愛しているのはお万阿なんだなあ、いつ将軍におなりになるのって無邪気に訊いてくるお万阿を思ったら可愛いくてしょうがなかったけど、だからこそラストシーンはすんげえ切なかったです。 もう京の都に戻ることはないかもしれない、それほどまで美濃という土地を捨てきれない……男の野望というものはそういうものだ……今思い出しても切ないです。関ヶ原の終わり並みに切ない。 やっぱ司馬遼は神だ。いきなり執筆進行を中断して庄九郎と茶ぁ飲みながら話し始めた時は「ちょwww」ってなったけどw
0投稿日: 2009.02.23
powered by ブクログ「茶とは便利なものが流行ったものでござりまするな。ここに一碗の茶を置くだけで浮世の身分のちがい、無用の縟礼をとりのぞくことができるとは」 といった。事実、茶の席では、亭主と客の二つの立場しかない。(p.52) 「お干しくだされ。それがしも頂戴する。もう、この一件、思いあきらめた。禅家では一期一会と申す。普天の下、人間は億千万人居りましょうとも、こうして言葉をかわしあうほどの縁を結ぶ相手は生涯でわずかなものでござる。よほど前世の因縁が浅くなかったのでありましょう。 そうではござらぬか、宮。あなた様のおん前にいるのは、仏縁によってここに湧出したるただの男。わが前にいるあなた様は、これまた逢いがたきみほとけの縁によりてこの山に湧出したるただのおんな。 そのただの女と男とが、ふしぎな縁で酒を汲みかわした、ということでこのたびはお別れしよう。」(p.64) 庄九郎にとってなにが面白いといっても権謀術数ほどおもしろいものはない。 権ははかりごと、謀もはかりごと、術もはかりごと、数もはかりごと、この四つの文字ほど庄九郎の好きな文字はない。(p.99) 「人の世にしくじりというものはないぞよ。すべて因果にすぎぬ。なるほどわしの場合、昨日の悪因がきょうの悪果になったが、それを悪因悪果とみるのは愚人のことよ。絶対悪というものは、わしが妙覚寺本山で学んだ唯識論、華厳論という学問にはない。悪といい善というも、モノの片面ずつにすぎぬ。善の中に悪あり、悪の中に善あり、悪因悪果をひるがえして善因善果にする者こそ、真に勇気、智力ある英雄というわい」(p.157) 「おぬしは天下の岡部又右衛門ではないか。たかが一国の小守護が来たからといって、居ずまいをただす必要はない。わしは一代で死ぬ。おぬしの仕事は百世に残る。どちらが上か」(p.283) (お万阿と約束した「天下」が、はたしてとれるかどうか) とれる、とおもっていたのは、若年のころである。年を経るに従ってそれがいかに困難な事業であるかがわかってきた。なにしろ、美濃という国を盗ることに二十年以上の歳月がかかってしまった。あとは東海地方を制圧し、近江を奪り、京へ乗りこむ。それにはもう二十年の歳月が必要であろう。 (いつのまにか、老いた) 五十に近くなる。 (もう一つの一生が) と、庄九郎はおもった。 (ほしい。天がもう一回一生を与えてくれるならば、わしはかならず天下をとる。とれる男だ) が、のぞむべくもない。(p.503) すでに自分の人生が夕暮にさしかかっていることを庄九郎は知っている。いまや美濃を得、晩年にはあるいは尾張がとれるかもしれない。しかしそれで今生はおわる。そう見通すことができる。そうとすれば、せっかく今生で得た領土を、どうしても捨てる気にはなれない。これは煩悩ではない。と庄九郎はおもった。 美濃をすてれば、庄九郎の一生のしごとはなにもかも無に帰し、この男がなんのためにうまれてきたか、いや生まれてきたどころか、かれがこの世に生きたという証拠さえなくなるではないか。(p.511)
0投稿日: 2009.02.23
powered by ブクログ斉藤道三(庄九郎)のすごいところは、誰とも相談せずにひとりの思案だけで戦国の世を生きたことだろう。 ふつう、おおきな事業をなす場合、どうしても人の意見が必要になってくるものだと思っていた。 しかし、斎藤はほとんど自分の頭で考えている。これは自分のような凡人にはできないことだと感じた。 人生の「転」がいつくるか分からない。しかし、道三のように周到に準備しておいてから、その困難な作業に臨みたい。 そして、逆境に会っても「英雄」ができる対応をこころがけよう。
0投稿日: 2009.01.21
powered by ブクログ道三編後半。 読むまでは、斎藤道三のみのお話だと思っていたのですが、道三から信長に至るという戦国の転換期を余すところなく書かれています。
0投稿日: 2008.04.24
powered by ブクログ初めて読んだのは小学校高学年のとき、親父に借りて読んだ。 第2巻は物語が最も盛り上がる部分であると感じた気がする。いよいよ斎藤道三が国を盗るからである。後半から織田信長の存在が大きくなり、第3巻以降への布石となっている。
0投稿日: 2008.02.16
powered by ブクログいよいよ道三、と名をば改め、美濃の「国盗り」の地盤を確実に固める庄九郎。その人身掌握術は、現代のリーダーシップへのアナロジーともとれる。そして、ついに蝮と呼ばれるその日がやってきた―衝撃の第2巻。
0投稿日: 2007.12.13
powered by ブクログ斎藤道三編後編。美濃の国主を遂に追い出し、自らが国主となるまで。徐々に隣国の織田家の出番が増えてきました。今まで名前しか知りませんでしたが、実は信長と光秀に多大な影響を与えた人物だと知って、また歴史への興味が深くなりました。
0投稿日: 2007.10.15
powered by ブクログさくさく読んでしまった・・・。もっと味わいたかったんだけど、面白くて、次を知りたくてあっという間に読み終えてしまった。(図書館にて借りる)
0投稿日: 2007.07.02
powered by ブクログ司馬遼太郎の作品はかなり讀んでゐるつもりだが、この「國盜り物語」は何故か讀む機會がなかつた。 たしか私が中學生になつた年にNHKの大河ドラマで放送されてゐた。 平幹二朗が齋藤道三役だつたことを覺えてゐる。 「美濃の蝮」こと齋藤道三が主人公だと思つてゐたのだが、今囘讀んでみて、それは前篇だけであることを知つた。 ドラマでは道三の死で終はつてゐたやうな氣がしたのだが・・・ いづれにしても、この作品で強い印象を受けたのは、道三の生きざまである。 つねに自分の目標を追ひかけ、目標達成のために何をなすべきかを考へ、それを實行してゆく。 その結果、生涯に何度も名前が變はり、そのたびに伸し上がつてゆく。 まさに、變動する時代に於ける男の生きざまを目の當たりにさせられる。 齋藤道三の出發點が、一介の油賣りでなく大名家だつたとしたら、この男が天下を取つたかもしれないと思つた。 道三が殺されたあとの後篇では、主人公は明智光秀となつてゐる。 明智光秀が道三の正室の甥だとは知らなかつた。 道三の衣鉢を繼いだ弟子といへるのが、ひとりは信長で、もうひとりが光秀だといふ。 その二人が運命に引きずられるやうにして、つひに「本能寺の變」を迎へることになるのだから、歴史といふものは面白い。 光秀の生涯が信長の生涯と交はらなかつたとしたら、時代はどのやうに動いたことだらうか。 2004年11月25日讀了
0投稿日: 2005.04.25
powered by ブクログかっこいい斎藤道三だけじゃなかった。歴史がどうして動いたのか、よくわかります。歴史は人が動かすんだって実感できます。
0投稿日: 2005.04.22
