
総合評価
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powered by ブクログハングルや韓国語の視点から見た日本語の特徴を述べる。音節文字のかなでは母音・子音の連なりは表せない、アルファベットではこんどは文節の区切りは表せな、ハングルだと文節もその中の母音・子音の構造も透けて見える。それを手掛かりに日本語の面白さや特徴を分析する。以前の著書でも述べられていたような話も含まれているような。
0投稿日: 2019.10.27
powered by ブクログ言語を比較して眺める試み。日本語の特徴がよくわかる。日本語だけなら自明のことでよくわからないがハングルという比較対象があることでなるほどという感じ。日本語が母語でよかったとしみじみ思う一冊。
0投稿日: 2017.12.18
powered by ブクログ「ハングルの誕生」のあの野間さんの本だから、と新刊時から気になっていた。 ハングルから日本語を見ると、共通点も、それぞれの特質も見えてくる、というのだ。 文字と音声、語彙、文法、文体、そして最後に談話分析。言語学の主な領域をカバーする内容。 知らないことがたくさんあった。 ハングル(韓国、朝鮮語という意味ね)での漢語は、固有語を駆逐して代わりに居座っていく入り方をしているとのこと。 日本の音読みと訓読みとは違うけど、固有語と共存していると思っていたので、びっくり。 韓国語の「の」にあたる助詞は、エと発音するあれ(文字が入力できない...)だけど、日本語ほど使わないこととか。 文法論になって、面白くなった。 主語なのか、主体なのか、主格補語か、はたまた別の言い方かという問題も、整理されていて、すっきり。 文の成分としての主語、言語外の存在を示す主体。で、文の成分としての主語を表すかどうかの選択ができるところが日本語や韓国語の特質だとか。 「…は~だ」の「だ」はコピュラと習ったけれど、「…は」の部分がなければ、それはコピュラとは言えないというのも勉強になった。ヨーロッパ文法の枠組みがそのまんま適用できないところがここにもあったってことだ。 で、それを指定詞文と名付け、名詞で終わる名詞文と区別するよう書いてあった。 最後の談話分析。 今までどんなものか今一つつかみきれなかったせいもあったけれど、これが色々新しい視座を与えてくれるものらしい。 日本語も韓国語も、文末が術後で統合されない「非述語文」が半数以上占めるという話も面白い。 日本語話者は談話時、相手の言葉に重ねて発話することが多いというのも。 ここは韓国人とは違うらしい。 相手が話し終わるまできっちり待つという。 うっかり相手の話に口を出したら失礼に当たるかもしれないのかな? なるほど、談話分析、面白い。
0投稿日: 2016.03.12
powered by ブクログ中国語との比較も書かれていたので、日中韓で知識を深めることができた。誰にも理解してもらえないけど、隣の国のことは知らなきゃいけないと思うんだよね。文化と言語は切っても切り離せないし、市民レベルで興味を持つことってすごく大切なんじゃないかと思う。嫌いと言うより、前向きな言葉で物事を語る方がはるかに魅力的じゃないか。アウトロバーブにいこうよ。
0投稿日: 2014.09.18
powered by ブクログ【ハングルが日本語の謎を解き明かす】仮名、漢字、外来語と様々な文字が入り乱れる日本語は不思議な言語。その面白さは、近くて遠い韓国語とハングルから見えてくる!
0投稿日: 2014.09.09
powered by ブクログ言語名と文字名を並べてタイトルした本書を書店で見かけた時は正直かなりの違和感を覚えた。作者名を確認すると斯界の泰斗、『ハングルの誕生』の著者だった。これは確信犯だ!と思ったら何故そんな対比をしたのか知りたくなり結局購入。ハングルを通して日本語を語るという切り口が新鮮。最近、日本語関連書籍にご無沙汰だったので非常に楽しい時を過ごせた。最終章でキム・ジナ博士の近著『談話論と文法論』が激賞されている。以前、この方の博士論文を読んで面白かったので機会があれば読んでみたい。その前に『ハングルの誕生』を再読する予定。
0投稿日: 2014.06.28
powered by ブクログあらかじめ断っておきますが、当今流行の「嫌韓本」の類ではありません。 そんな本には1ミリも興味がありませんので。 ある種の人たちには溜飲が下がるらしいですが、他国を貶めて自国がいかに優れているかを強調するのって、少なくとも「美しい日本」の国の人たちがすることではないと個人的には考えています。 ヘイトスピーチやレイシズムなんて言語道断です。 本書はハングルから日本語を照らすことで、日本語の特異性を際立たせようという大胆な試みに挑んだ本。 いや、文句なしに面白かったです。 たとえば、音節の区切り。 「あめが」 「アメガ」 は仮名が文字のうえで3つの塊に分かれていて、形の上で音節の区切りが分かります。 ローマ字だとどうでしょう。 「amega」 は 「a me ga」 とか 「a-me-ga」 のように空白やハイフンを入れないと音節の区切りは分かりません。 ハングルはちょっと表記が難しいですが 「□」が「m」で、「ト」が「a」。 「□ト □ト」で「ma-ma」 となります。 音節の区切りがはっきり見える上に、何と文字という形から言語音が透けて見える、つまり音が可視化されているんですね。 □□□ <その文字は音節構造が見えるのか>などという問いは、ローマ字だけ見ても、仮名だけ見ても、漢字だけ見ても、そしてそれら三つを併せて見ても、立て得ない問いなのです。だから<ハングルから日本語>、なのです。(P61~62、「だから」から「日本語」までは傍点が打ってある) □□□ どうですか、面白くて興奮しませんか? 紹介するとキリがないですが、ハングルとの比較を通して日本語の言語としての圧倒的なパフォーマンスも浮き彫りにされています。 著者はこう述べます。 □□□ 多様な文字を自らのエクリチュールの血脈に取り込み、宿し、多彩なエクリチュールを育てゆく日本語の<書かれたことば>の世界。日本語は文字についての考え得る、ほとんど限界に近いパフォーマンスを発揮しているといっても過言ではありません。(P38、文章の冒頭から「発揮している」まではゴシック体で表記) □□□ ハングルという文字から日本語を照らす、という本筋からはややずれるかもしれませんが、「話されたことば」の文法論の話が特に面白かった。 「書かれたことば」の文法論は世に数多あり、「話されたことば」についても日常の中で観察して考えた文法論は存在します。 ただ、「話されたことば」を厳密にデータ化し、これを踏まえて考察した文法論はこれまでほとんどありませんでした。 こうした困難な試みに挑んだ研究をまとめたのが、金珍娥(2013)「談話論と文法論―日本語と韓国語を照らす」(くろしお出版)です。 日本語の東京ことばの話し手40組、80人、韓国語のソウルことばの話し手40組、80人、異なり人数計160人の自由会話を録画録音して分析しています。 それによると、日本語の総文数は9070文、韓国語の総文数は7103文。 同じ時間なのに韓国語より日本語の方が多い。 理由は 「日本語は韓国語より<発話の重なり>が多い」 からだそう。 日本語では何と、半分ほどの発話が、相手との重なりを示しているというのです。 一方、韓国語は2割ほどです。 同書は会話スタイルの特徴について「日本語は共存型、韓国語は独立型」と結論しています。 □□□ 要するに日本語は相手と共に話しながら、発話帯を一緒にオンにして会話を楽しみ、韓国語は相手の話に傾聴しながら、発話帯が重ならないようオン、オフに配慮しながら会話を楽しむというわけです。(P223、「日本語は」から「会話を楽しむ」までは傍点が打ってある) □□□ このレビューでも時々言及していますが、「話されたことば」と「書かれたことば」という言語の存在様式と、「話しことば」と「書きことば」という表現・文体の区別という、大切なことも学ぶことが出来ました。 興味のある方はどうぞ。
0投稿日: 2014.06.21
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ハングルというものがようやくわかってきました。 そして日本語の面白さ・豊饒さも、ハングルとの比較で浮かび上がってくるような構成の本。ためになりました。
0投稿日: 2014.05.31
