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ブエノスアイレス午前零時
ブエノスアイレス午前零時
藤沢周/河出書房新社
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総合評価

15件)
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    ブエノスアイレス午前0時 A カザマ、温泉卵をゆでる たばこを吸う、 朝食、温泉卵+コーヒー みのやホテル オーナーは竹村 硫黄が匂う、雪深い湯治場 そこにある、場違いなダンスホール B 法被を着るカザマ かつて東京で働いていたUターン組 竹村からダンス用のドレスをとってくるよう言われる 派手な衣装 ポマードやナフタリンの匂い 年寄りばかりのスワッピングパーティ 雪国の閉息感 バスの団体客、窓から覗くミツコの顔 C ドレスを女将に届ける 団体客のチェックイン 竹村、サルビア会に興奮 D 廊下を不自然に進んでいくミツコ 止めるカザマ ミツコとのであい 目が不自由 リャマのペンダント 「電報を打たないと」つじつまの合わない言動 ヨシコ登場 三人でフロントへ 「温泉卵の匂い」 硫黄の匂いは懐かしい 主人が肺ガンでなくなったという昔話 フロント電報を頼むミツコ E 「耄碌した」ミツコの話を同僚にする ダンスパーティの準備 F トイレでたばこを吸うカザマ サルビア会の老人たちの噂話 ミツコがかつて娼婦だったこと G ダンスパーティの開催 その給仕をするカザマ(必要があれば踊る) 男たちのプロポーズを待つ女たち ミツコにプロポーズするカザマ 恥ずかしさから断るミツコ、だが代わりに卵を所望する 主人が肺ガンでなくなったという昔話ふたたび H 温泉卵を持ってきたが、ミツコは忘れているよう ムエルテ・デル・アンジェル 自分はカメリア(赤)のどレスは似合わない、という(実際は青のドレス) 殻をむいた温泉卵を渡す ミツコが誤って卵を落とす それをメンバー女性の一人が踏み、大騒ぎ I 翌朝、いつものように温泉卵をゆでるカザマ。ただし、数は多い。 今晩もミツコがホールに来るかを賭けている従業員たち。 横浜の埠頭で娼婦をやっていたというミツコの過去を思うカザマ そこに見知らぬアルゼンチンの風景が重なる J 旅館に戻ると、ミツコがいなくなったと大騒ぎ ヨシコ、姉は基本的に耄碌しているがときどき正気に戻るときがある 騒動をしっかりわかっているのではないか 朝風呂(しかも、男湯)にはいっていた様子 だが、アルゼンチンにいている様子 K ホールの清掃に取りかかるカザマ きのうのことがあり、念入りな掃除とシューズの弁償2万円を命じる竹村 自分の卵のことに責任を感じるカザマ L 夕方、また降り出す雪 再度始まるダンスパーティ 出席しているミツコ プロポーズするカザマ 受けるミツコ 「タンゴが実は一番好きなの」 「ウォークから、怖いわ」 しかし、流ちょうに踊るミツコ みなの注目を集めている二人 (90min/70p/39*15*70=40950文字) 人物 カザマ ミツコ ヨシコ 竹村 (女将) (サルビア会のメンバー) (従業員たち) 場所 雪深い湯治場、みのや温泉 ダンスホール カザマはかつて東京に働きながら、故郷新潟に戻ってきたUターンの男。いまは、寂れた温泉旅館で、閉息感を感じながら働いている。 その旅館には、オーナーの趣味で場違いに豪華なダンスホールが備え付けられている。 ある日、いつものように老人のダンスパーティの団体客が訪れる。 そこには盲目の老女、ミツコがいた。 彼女はかつて埠頭で娼婦として働いていた、と噂されている。 認知症も煩い、つじつまの合わない言動を繰り返すミツコ。彼女の話の舞台はかつて住んでいたと思しきアルゼンティンのブエノスアイレス。 あるダンスパーティの夜、カザマが供した温泉卵をミツコが落とし、それをほかの客が踏んで大騒ぎになる。 翌朝、一瞬行方不明になるミツコ。だが、程なく見つかる。 その日の晩もパーティに訪れるミツコ。 そんなミツコにカザマはプロポーズを申し込む。

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    投稿日: 2018.12.22
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    2015/07/16 芥川賞がとても話題になったこの日に、受賞作を。 森田剛が主演の舞台にもなった作品。 舞台を観に行ったのだけど、この原作からあの舞台かできたのがすごいわ。 「屋上」の、ポニーの残像のシーンがとても印象的。

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    投稿日: 2015.07.17
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    1998年上半期、芥川賞受賞作。ちなみに、この時は花村萬月『ゲルマニウムの夜』との同時受賞。タイトルはピアソラの曲名から。物語中でブエノスアイレスは老嬢ミツコの回想、あるいは幻想の中の街。舞台は新潟県と福島県の県境に位置する雪深い温泉町。作者の故郷でもあるようだ。ただし、私小説ではない。読者の共感性はしいて言えば、主人公のカザマに寄せられるのだろうが、それにしては万事に醒めていて、人を寄せ付けないようなところもある。この土地の持つ閉塞感に息苦しくなるような作品だ。

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    投稿日: 2013.09.26
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    べつにつらく悲しい話ではないのに、息苦しくなるような閉塞感がわだかまっていて、なんかちょっとやな感じです。でも読み直してしまう。不思議に素敵。

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    投稿日: 2013.03.06
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    弁慶から頂戴した一冊。文章から漂う空気と言うか、匂いがとても良くて、個人的にはとても好きな調子の本だった。

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    投稿日: 2012.10.26
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    技術的に乾いた演出。それでも情景、景色は鮮明だった。そういう普通の世界の流れの終焉に、甘い狂気にも似た困惑が顔をのぞかせる。老婦人とのダンス。そのとき、情景の中で、紅い世界が鼓動し始める。どんな道を辿って来た登場人物たちの流れも、総て、この赤い世界の中で雲散霧消していく。それはまるで、ブラックホールに感情が 消えて行くかのようだ。物語のすべては、老婦人とのダンスという特異点に消えて行く。ブラックホールの周囲の歪む時空のような、わだかまりを残して。

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    投稿日: 2012.03.03
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    芥川賞受賞作品を全部読んでみようという軽い気持ちで始まった一冊。 そんでもって、藤沢周にはまっていくわけだが(藤沢周平ではない)。 なんというか、根っこが狂っているような感じがいいんだよなぁ。

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    投稿日: 2011.05.25
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    温泉旅館とデパートの屋上、というごく限られた空間の中の話。ブエノスアイレスが舞台というわけではない。 主人公はどちらの作品も最近、他所から移ってきた人物。でも背景は明らかでない。第二の主人公はそれぞれ盲目の老婆とポニー、か。

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    投稿日: 2011.01.19
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    第119回芥川賞。 雪国のさびれた温泉宿で働くカザマが主人公。 この宿は大きなダンスホールを備えており、ダンス好きな団体客に対応している。しかし肝心のスキー客はあまり来ない。 今日来た団体客の中に、盲目で耄碌した老女・ミツコがいた。カザマはミツコから断片的に語られる思い出につきあい、一緒にダンスを踊ろうとする。 ミツコがブエノスアイレスに電報を打とうとするシーンはあるが、なんでこんな題名なのか分からなかった。解説に、そういうタンゴの曲があり、その曲が全体のイメージを包括しているとのこと。そんなの分かんないよー。

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    投稿日: 2010.07.25
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    藤沢周さんの芥川賞受賞作です。 最新作の「キルリアン」に続けて読みました。 表題作と「屋上」の2編が収められています。 表題作はブエノスアイレスでの話でなく、磐越自動車道が通る新潟県と福島県の境の山間の温泉地が舞台です。 雪が3メートルも積もるような厳しい寒さです。 カザマというUターンの男は温泉卵を作っています。 かつては広告代理店に勤めていました。 寒さが堪える感じと老いのもの悲しさがよく伝わってきます。 「屋上」は屋上遊園地で派遣で働いている30歳ほどの男の話です。 デパートの屋上遊園地の記憶は懐かしいです。 いまは多くが姿を消しました。 小川洋子さんの「猫を抱いて象と泳ぐ」にもデパートの屋上の象の話が描かれています。 「週刊ブックレビュー」司会の藤沢周さんがこんな作品を書かれているということが分かりました。 色々な作家と対面するときに、自作と比べてどんなことを考えられているのだろうかと感じました。

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    投稿日: 2009.09.24
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    〜盲目の老嬢と孤独な青年が温泉旅館でタンゴを踊る時、ブエノスアイレスの雪が舞う。希望と抒情とパッションが交錯する希代の名作。第119回芥川賞を受賞、あらゆる世代の支持を受けたベストセラー〜芥川賞受賞作品らしいと言うかなんというか、内容が抽象的で、捉え方によって解釈が変わってくると思う。2つの作品が収録されているが、物語の流れとしては共通している。年齢が30を過ぎ、代わり映えのない毎日に、どこか人生を諦めている日々を送る主人公。そんな主人公が、ふとした行動を取り、いつもと少し違った経験をする。そう考えれば、テーマがあったのだと思えるのだが、読んでいる時は正直退屈だった。内容的にはエンターティメントとしては展開が物足りず、文学としての大きな主張やテーマも感じられなかった。文や構成が少し古く感じたので、結構前の作品かと思えば、10年ほど前の作品だったのですね。まぁ、それはそれで、個人的には好きだし、イイと思うのですが…。どうも入り込めなかった。しかし芥川賞ですか…う〜ん…。

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    投稿日: 2007.07.08
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    ついこのあいだ。藤沢周氏にお会いした。ふたりきりで。本当に氏であるかどうかあいまいだったのでそのときは声がかけられなかった。氏はがっしりとした肩幅で深呼吸するように煙草を吸い込まれていた。ちょっと戸惑ったがボクも真似して氏の呼吸にあわせるようなすい方をした。あとでその会場で氏の講演会があったと聞いて。やっぱりと。偶然は面白い。そのちょうど何ヶ月か前からか旅雑誌を読んでいるとよく氏が出ていてその矢先のことだった。雪深い新潟の景色が自分の感性の原点だと他の本でも書かれていて記憶にも新しかった。住まいもこのあたりだと知って。ならばいつか。またどこかで偶然会うかもしれない。勝手にそう思ったので氏の本を買って読んだ。感想を本人に伝えたいのだがどうしたらいいのかまた迷っている。

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    投稿日: 2007.03.08
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    作品の雰囲気をつくりだしているモチーフ自体は惹かれるものがある。雪国の小さな旅館、ダンスホール、デパートの屋上のプレイランド、ポニー。でも、いまひとつこっちに来るものがない気がする。ただ、雰囲気は好きよ。好き。

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    投稿日: 2006.12.16
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    情景描写が巧みだ。 なんでだろうかとよく読んでみると、「匂い」の描写が多いことに気がつく。 五感を描写すればするほど、リアリティは増す。 作家指南本のお決まり文句だけど、これはなかなかに難しい。 表題作も良いが、私個人としてはもう一つの収録作「屋上」が好きだ。 ルーティンワークな毎日を打破する。そんな力が。

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    投稿日: 2006.04.09
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    標題作は問答無用の第119回芥川賞受賞作。 "かっては東京の広告代理店で働いていたものの、現在は新潟と福島の県境にある雪深い寂れた田舎町の温泉ホテルで働き、毎朝温泉卵を茹でる日々を送る青年。同僚にこのまま実家の豆腐屋を継ぐのか、と問われれば今は充電期間中なのだと答えるものの、その実このままこの田舎町に埋もれることになるのではないか、と危惧感を抱き、焦燥感を募らせている。そんな青年の前に現れたのは、かっては本牧埠頭で船乗り相手の娼婦で、その際にかかった性病から盲目になったと周囲に噂され、また若かりし頃の記憶と妄想と現在の記憶について、とりとめのない混沌とした言動を行うが故に周囲に疎ましく思われている耄碌した老女。青年は彼女の言動に触れ彼女の周囲と同様の疎ましさを感じ、あくまで仕事と一線を引いた距離で関わっていこうとするものの、その一方では耄碌しながらも常に毅然とした態度を見せ続ける彼女を通して遥か異国の地に立つ自分の姿を見ることとなる・・・・" 描かれている表現にはネガティブな思考や感情を感じさせるモノが多い。特に中高年層へと向けられた視線は幼稚染みた下品で醜悪さを感じさせるモノばかりだ。老いに伴う汚れと言えようか。ただし、そこに悪意の介在は感じられない。それは作者自身が中途半端に面白がって最大限に悪意を向けてソレを描いているワケではなく、あくまで一面的なリアイティを持った老いを捉えようとしている姿勢が故だろう。単に読み手に向けられた皮肉でもある。世界に悪意が満ちていることへの示唆でもある。そして、それはそのまま主人公である青年が持つ、狭窄したつまらないモノの見方を象徴してもいるワケだ。故にその見方では捉えることの出来ない、説明のつかない存在である耄碌した盲目の老女に接していく内に、己の内から込み上げてくる感情に冷静さを保つことが出来ず、行動に打算的な思考が伴わない、正にパッションの発露とも言うべきラストのタンゴへと転がっていく様は圧巻の一言。にしても、一体誰が雪深い新潟の片田舎の温泉ホテルに併設されたダンスーホールで、下品なまでにきらびやかな衣装を纏った醜悪な老人らが自らのダンスに酔いしれる輪の中において、鬱屈した感情を抱え自らですら蔑む青年が、世の汚れの一切を背負った後に無垢な魂と化したかの如く無垢な心へと至った様にも見れる耄碌した盲目の老女とタンゴを踊り、身体を密着させる内に自らの中に込み上げてくる優しさに抗することが出来ず、耄碌した老女の語る過去の記憶とも妄想とも区別のつかないとりとめのないアルゼンチンの風景の中に自らの姿を滑り込ませ、タンゴからブルースへと曲が替わっても構わずタンゴのステップを踏み続け、周囲の視線を気にする老女に対し「大丈夫です・・・・・・誰も見ていないですよ」などと口にする様な情緒豊かな物語をタイトルから想像出来ただろうか・・・"ブエノスアイレスは雪がさらに激しくなる。"有り得ないからこその、詩情に溢れたイイ言葉だ。何度読んでもグッとくる。また描写の細やかさもその環境の閉塞感から青年の自意識が過剰に委ねられた視線とその過剰さによる精神的な徒労感が滲み出ててイイ感じだ。これは『屋上』にも通じている。 "東京近郊にある人のまばらなスーパーの屋上に一人で常駐し遊具やゲームのメンテナンス・管理を行う青年はいつ本社に戻れるのか分からないまま日々を過ごす。一見すれば開放的で、その実閉鎖された空間において唯一外部と繋がっていることを自覚出来るのは本社にいる同僚からの電話のみだが、その電話ですらあまりにも遠くに感じられてしまい、電話の向こうにサハラ砂漠やゴビ砂漠、タリム盆地や雨季にある中東の寂れた町の風景とそこから電話している同僚の姿を想像する。屋上には何の為かポニーが一頭飼われている。地上8階の高さの場所であるにも関わらず。その違和感。屋上に閉じ込められているのではないか、という錯覚。とりとめのない思考に囚われ続け疲弊していく意識はポニーをよりグロテスクな物として映し出し、意識は自然と開放の方向へと向かうものの、その行為は単に徒労に終わり電話は鳴り続ける・・・・" う〜ん・・・どうなんだろうか。このテのオチを好む層は確実にいるのだろう。けど、その層に向けた小説とも自分は思えない。割と面白く読めたような気もするが一方では物足りないとも感じている。『ブエノスアイレス午前零時』の原型とも取れる位にその話の核には共通点が多くある。解説にも書かれていた通り実験的な試みだったというのだろうか。まぁ何にせよ、自分的には収録された通りの『ブエノスアイレス午前零時』→『屋上』の流れよりも『屋上』→『ブエノスアイレス午前零時』の流れを好む。それだけだ。『ブエノスアイレス午前零時』は本当に素晴らしい。

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    投稿日: 2006.02.04