
総合評価
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powered by ブクログ現代の介護事情を持って読むと、夫が全く役に立たず、本当にイライラする。 介護は実子であるというのが近頃の常識である。 時代が時代なのか、嫁は義父の面倒を本当によくみるので、素晴らしいと思った。 大人用のおむつを買う場面で嫁が困ってしまう描写があるが、現代では介護用品は充実しているので、本書の時代よりも介護しやすい環境にはなっているだろう。 ただ、自分の身内が認知症になってしまったことについての悲しさ、これからどうしたら良いのかという心配ごとは変わらないと思う。 現代でも十分共感を得られる本だと思う。
0投稿日: 2017.02.28
powered by ブクログ今では当たり前に言われている高齢化を描かれた作品が当時社会的に取り上げられたのは、多くの人にとってその避けられない未来図を想像させる、生々しい描写にあったであろう。突拍子もない痴呆者の行動が恐ろしく、読んでいてしばしば、自分なら…と置き換えて考えてしまう、痴呆者及び介護者の両面から。自我を失うという、こんなにも恐ろしい現実と、それに肉親という立場で向き合わなければならない酷さと。 なるべく痴呆にならないような生活習慣を身につけるよう決意を新たにするきっかけとなる一冊ですね。
0投稿日: 2016.12.23
powered by ブクログ老人の認知症とそれを介護する家族の問題に切り込み、社会に大きな衝撃を与えることになった本です。 ある日、舅の茂造の様子がおかしいことに気づいた昭子は、夫の実家で姑が亡くなっているのを発見します。そしてそのとき初めて彼女は、茂造が認知症を患っていることに気づきます。昭子は法律事務所でタイピストの仕事をしていましたが、茂造の世話が共働き夫婦である彼女たちの肩にかかってくることになります。夫の信利は、息子である自分のことさえも分からなくなっている父親の姿に自分の老い先を重ねて塞ぎ込むばかりで少しも当てにならず、昭子は夜中に何度も目を覚まし、少し目を離している隙に家の外に飛び出してしまう茂造に神経を消耗していきます。 厳しい介護の現実に迫った作品だと覚悟して読み始めたのですが、ところどころにユーモアが含まれていて、考えさせられる内容でありながら、むしろ落ち着いた気持ちで読み進めることのできる作品だったように思います。
0投稿日: 2016.10.28
powered by ブクログ認知症のことを「痴呆症」「老人病」と呼び、世間に病名が知られると恥ずかしいと思われていた時代。今のように介護保険制度なんてなかった時代。そんな時代の認知症の在宅介護を描いた小説。もちろん今と比べたら「古い」と感じる部分も多いが、老人福祉や自身も迎える老いについてなど、色々と考えさせられる場面は多く、面白く読めた。
0投稿日: 2016.10.07
powered by ブクログ40年以上も、前の作品なのに…全く古く感じる事なく、と言うか老人問題が全然解決していない!!寿命が伸びた事や増加も、あるが酷くなっている現状を鑑みればこの本がどんなに大切か解る!!私達自身が教科書として若い時代に読むべき価値が、あると思う!!
0投稿日: 2016.09.16
powered by ブクログ今でいう認知症よ家族を抱えた場合の、リアルな話。いまでこそ整っている部分があるが、当時は自宅介護が主流で、かつその役回りもお嫁さんがやるもいう、なんとも、一方的な環境。 色々考えさせられる。
0投稿日: 2016.07.29
powered by ブクログ姑が亡くなった後、急激に認知症が進んだ舅の介護と家族の物語で、 昔はどうも読む気にならず今頃になって読んだのですが、 今でよかった。 これは若い時に読んでもぴんとこないだろうなと思います。 主人公は当時だと珍しく職業をもった女性で、舅姑、夫と息子の5人家族。 仕事を続けながら自分を苛めてた舅の下の世話までする事になった、 主人公の覚悟や誇りは心に響きます。 主人公の家は金銭的にも余裕があり介護の期間も一年程度。 世間から見ればまだ楽だったほうであろう。 それでも大変な事にかわりなく、 まして舅の下の世話まで出来る人がどれだけいるでしょう。 死は必ず誰にでもやってくるけど、老い方は人によって様々。 老いは決して悪いものではないと思っています。 しかし壊れてしまったらどうすればいいのでしょう? 家族の老い、自分の老い、看る側、看られる側。 色んな側から考えさせられます。 重い暗いテーマを凛とした覚悟で描ききった真摯な本だと思いますが、 なんかあまりにもリアルすぎて小説としての読後感より、 いずれ必ず来るであろう色んな心配ばかりが頭を占領してしまいました(困)
0投稿日: 2016.06.20
powered by ブクログ有吉佐和子さんに再びはまって『恍惚の人』を読んだ。 最初から、これは代表作だと知っていたので早く読もうと思えば読めたけど、学生の頃に読んでいてもこの介護の壮絶さに心入れることはできなかっただろう。 話の中でも、主人公の昭子たち夫婦が親の老い、そして介護を目の当たりにして自分たちの老いを恐れることができても、昭子の息子の敏(高校生)にはできないように。 怖いよ~とっても怖かった。でもこの本戦後の設定になってるけど、日本の高齢化社会問題の状況はさして変化がないと見た。認識はされてるから知識はもっていても、それぞれの家庭が抱える問題は引き続き同じ重さである。
0投稿日: 2016.03.13
powered by ブクログ死は生きていれば誰にでも平等に与えられるものである。でも、老いはどうだろう。 母方の祖母が長い闘病生活の末にいよいよ妄言するようになり・・・という出来事があり、それがきっかけとなって書店で手に取った。孫である私としては、病室で「船に早く乗らないと溺れ死ぬ・・・」という発言を繰り返しているという祖母のこともだが、そんな状態が進行している祖母に私を会わせたくなさそうな母の態度にもショックだった。母にとっても祖母のその姿を直視することが、いろいろな意味を持つことなのだろう。そして私も、間違いなく老いた祖母と老いを認めたくない母がいる延長線上に確かに立っている。 本作には、認知症を患った義父を献身的に支えようとする昭子、そんな妻を見つつも逃げ続ける夫・信利、「お父さんもお母さんもこんなになるまで長生きしないでね」と言い放つ息子の敏と三人の家族が登場する。私たちの誰もがこの三人の誰にでもなりうる。みんな列をなして、身内に認知症を持つ時、そしてゆくゆくは自分が認知症になる時を待っているのである。にも拘らず未だに誰もが、自分だけはその列に並ぶことはないと信じ込んでいるし、その列に並ぶ人に手を差し伸べようという社会にもならない。40年以上前のものとは思えない筆者の描写が、虚しくも鮮やかなのはこのためだろう。 老いはきっと不平等にもたらされる。医学はそれをなおいっそう理不尽なものにしてしまう。死に向かって本人とその周りの人々がいかに支えあって進んでいくか。考えなくていい人なんて絶対にいない。
0投稿日: 2016.03.12
powered by ブクログ70年代に発表され、当時センセーションを巻き起こしたといわれる小説。ボケ老人(当時の呼び方)を抱える家族の話である。 とてもショッキングで生々しかった。社会はさらに高齢化が進み、誰にとっても他人ごとではない。 認知症が段階的に悪化し、家族を認識できなくなり、徘徊が始まり、排せつがコントロールできなくなり、言葉もわからなくなり、最後には排泄物を部屋に擦り付けるようになり、介護する家族の肉体的・精神的疲労は限界に達する。 舅が認知症になってしまい、嫁が仕事をしながら世話をするのだが、夫も介護に協力しないにもかかわらず老人ホームに入れることには消極的で、とにかく家族は振り回される。赤ちゃん返りしていくおじいちゃんは、無邪気で可愛らしい存在ですらあるが、一方で世話をする家族には早く死んでほしいと願う本心もあり、葛藤が描かれている。また、自分や夫もいつかはこうなるかもしれないという恐怖心も鮮やかだ。老いた本人が何もわかっていないというのも切なくて、人間の尊厳について考えさせられる。 介護未体験の自分は、この本の嫁の立場と年代に一番近かったので、戦慄・絶望しながら読んだ。 「老いは死より残酷である」の一文が心に残る。
0投稿日: 2016.02.22
powered by ブクログはじめてこの本を読んだ時、まだ学生で、今ほど認知症や介護という事がオープンでなかった時代でもあり、とにかく衝撃的だった。人というのはこういう風になっていく事があるのかと、ただただ恐怖した。 しかし時を経た今、40間近になってみれば、実にありふれた光景でもあるのだろうと受け入れる事ができる。自分も当事者になる日がくるのかもしれない。 それでも、その時に、人の自然な営みと理解し受け入れたいと願う。
0投稿日: 2015.12.05
powered by ブクログ平時は妻や嫁を罵倒し、自分の胃弱を盾に常に嫌味を言う。孫は可愛がらず友人もいない。 そんな舅との間に入ってくれていた姑は、ある日突然他界してしまった。 姑の死と同時に痴呆が始まった舅は、突然の徘徊、夜中に飛び起き昭子を探し回り叫ぶ、 いくら食べさせても満腹にならず10人前の煮物を平らげる。 そんな舅の介護を余儀なくされた昭子。 いびられ続けた毎日を思うと憎しみも湧くが、 息子、娘を忘れても、何故か昭子と孫だけは忘れなかった舅茂造。 実の息子の信利はそれをいい事に、他人事のように昭子に全てを押し付けようとする。 職場でもベテランとして頼りにされているが、職と介護の両立の困難さが身に染みる。 昭子は女性であるが故に厳しい現実に直面して行くのであった。 この小説は40年前の物ですが、介護を取り巻く現状が劇的に改善したようには感じられません。 シビアに介護の現実を描いているので重いのですが、文章がとても読みやすいので一気に読み通しました。
0投稿日: 2015.09.21
powered by ブクログ30代後半、ほんの少し体の老いを感じ始めた今だからこそ心にずっしりと残る本。 両親、義両親の介護が必要になったときには夫にも読ませよう。 それにしても主人公、昭子の夫の不甲斐なさといったら腹が立つ。実夫の老いから、嫌なことから目をそらし、逃げ続ける男。女とはつくづく損だ。
0投稿日: 2015.09.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
壮絶!人間年取ってボケるとこんなに壊れてしまうのか…。 今は老人もぐんと増え、施設や情報量も多いのでなんとなく想像もつくけれど、この作品が刊行された昭和47年当時は衝撃的な話題作になりました。 しかし、自分を苛め抜いた舅に対し、ここまで献身的にお世話できる嫁が、今の世の中に存在するでしょうか。自分の親でもないし、ましてや無責任すぎる夫の態度を見てると、ばかばかしくて投げ出したくなってくる。 実の息子(夫)が「もう殺せよ。」とつぶやいている。風呂に入れたりおむつを替えたりと力仕事まで嫁に任せ、自分は逃げを決め込んでいる。お世話の壮絶さはそこだけにとどまらない。徘徊、夜中の叫び、入れ歯の洗浄、次々に嫁を襲う老醜。挙句の果てには、自分の妻の骨を骨壺から出してかじるやら、排せつ物を畳に擦り付けるやら…! このお嫁さん、この時代にはめずらしく職業婦人でもあるのだ。もう老人ホームに入れても誰も咎めないよね。それをこのバカ夫は拒否する。拒否するなら嫁と交替してやれっていうのよね。 夫とは逆にこのできた嫁は、舅にどんな難題を突き付けられても、死んでくれという気持ちを一ミリも持たない。ほんとなのかなぁ。睡眠薬を飲ませて寝させると朝までぐっすり寝てくれるけど、常用すると効かなくなってくる。量を増やせば死に至る。そこで飲ませ続けることもぐっとこらえ、自分は睡眠不足と戦う。さすが昭和の女は強し。義務感なのか責任感なのか、はたまた愛なのか。頭が下がるばかりです。 作中、平均寿命について語るくだりがある。当時は女が74歳で男が69歳。今や女86歳、男80歳ですからね、ひえ~。これから医学も施設もますます充実してもっと延びるでしょう。いいんだか悪いんだか…元気で頭もしっかり健常であればいいんですけどね。もうこんな老醜をさらすくらいなら早く死にたい。息子に「早く死んでくれ」と思われるのはいやだ。 また昭和80年には60歳以上の人口が3000万人を超えると推測していたが、昭和88年にあたる現在、65歳以上のお年寄りが3296万人。なんと4人に1人が65歳以上。8人に1人が75歳以上なのだ。どうなる日本。他国の戦争に手を貸してる場合ではない!
0投稿日: 2015.07.21
powered by ブクログ”ぼけ”” 認知症”のすさまじさを世に知らしめる先駆けとなった本。小6の時にこれを読んだのが運命的出会いだったかも知れません。
0投稿日: 2015.06.26
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
小説だけど現実問題としてずっしりくる。 生まれる前の時代が舞台なのに、今も解決策らしい解決策はみつかっていない。 昭子は仕事も家事も介護もきっちり真心こめてこなしていてすごいな。 茂造の介護は他の人と比べてまだ楽な方だったのかもしれないけど。。 身体や心を壊して周りに負担をかけてまで生きていたくはないと現時点では思うものの、いざそうなったら自分で生き死にを決められることではないのかもしれない。 息子、敏の一言は重い。 状況は恐ろしいが、小説としてはすごく読みやすく最後は温かみもある。
0投稿日: 2015.05.12
powered by ブクログ母に勧められて読んだ。 映画化(ドラマ化?)もされていたし、原作も読んでみたくなった。 はじめて読んだ当時は、まだ私も子供でよく理解出来ていない部分もあったかもしれない。祖父母と同居してたが、「いつかはこうなるのかな」と漠然と感じていただけ。 大人になって読返してみると、この作品で描かれている事は、いまも変わらず存在しているという事を痛感する。
0投稿日: 2015.03.29
powered by ブクログこれが、40年以上も前に書かれた本だなんて。 名作は年月が経っても色褪せないように、時代を感じさせても古臭さを一切感じさせない1冊でした。 「愛」と同じく「老い」というのは、時代を越えて語り継がれる普遍的なテーマですよね。 中でも焦点が当てられているのは、「認知症」について。 300万人以上の認知症高齢者がいる現在、65歳以上の10人に1人は認知症だと言われています。その割合は年齢が上がるにつれ増えていき、85歳以上の4人に1人は認知症なのです。寿命が長くなればなるほど、避けては通れないのが認知症に関すること。 それを40年以上も前に取り上げ、社会に大きな影響を与えた著者の功績は大きいですよね。 とはいえ、私は最初この本に対していいイメージを抱いていませんでした。 認知症というとネガティブなイメージを抱く人が多いですが、この本こそが認知症のマイナス面ばかり取り上げ世間に広げた本、という誤った認識を持っていたのです。 衝撃的な書き出しから始まりますが、この本は真摯に老いる人、介護をする人、そしてそれらを取り巻く社会について向き合い描き出した1冊だったのです。 介護保険が始まり15年ちかく経ち、介護の社会化も随分進みました。それでも希望する人がすべて施設入所できるわけではなく、むしろ私たちは限られた財源の中、地域で包括的にケアしていく道を歩んでいくようになります。 仕事柄認知症の方と接する機会が多いですが、人はその人が生きたように老いていくのだと感じます。私もいつかは、老いてかわいいお婆ちゃんになりたい。 本書で登場するような働く嫁と介護の問題、施設入所を希望してもできない現状、徘徊への対応など課題は今もなお残されていて、超高齢社会を生きる私たちにとって、「老い」は避けて通れないものであるからにして、早いうちからしっかり向き合っていきたいものですね。全ての人に1度は読んで欲しい1冊でした。
5投稿日: 2015.02.28
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
【ネタバレ注意】 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 読んでいて暗い気持ちになりました。 「老い」は誰もが通る道ですが、 最初にきれいなものを与えられ、だんだん少しずつ奪われて行くというのが生き物なのでしょうか・・・? 登場人物は老いて行く過程を淡々と受け入れ、最後には「恍惚の人」だと言いますが、 そんな風に自然に受け入れられる強さが素敵だと思いました。 読む時期を誤ると、とんでもなく暗い気持ちになります。 この本は、少し元気な時期に読んだ方がいいです。 いろいろ考えてしまう本でした。
0投稿日: 2014.11.17「老人問題」を描いて、今なお新鮮
作品発表から30年以上の時を経ても、まったく色あせない名作。 老人問題だけでなく、女性の自立や介護問題にも 作者の鋭い視線が行き届いている。 突然、84歳の舅と同居することになる主人公夫婦。 しかも、その舅は認知症だった。 そして、この老人はこう描写される。 「恍惚として、夢を見ているようだ」 と。 老いとは何か、 それは本当に「ボケて」「老残をさらすだけ」なのか、 作者は時に冷たく、時にやさしく 老いた男の最期を描いていく。 最後の最後のシーンで、 主人公夫婦の長男(高校生)が 母親にこう言う。 「ママ、もう少し生かしておいてもよかったね」 この言葉、こうして読むと 「何と、ひどい!」と思われるだろうが、 実はそんな感じはしない。 では、どんなニュアンスなんだ? そう思われた方は、本書をご一読されたし。 特に、45歳以上の方 (そろそろ親の介護が頭をよぎる世代)は 読んでみて損はありません。
3投稿日: 2014.11.04
powered by ブクログ1972年に出された本とは思えないくらいである。解説に、高齢者福祉はまったく進歩していないのかと書かれているがその通りかもしれない。 年をとると幼児化するというけれど、幼児は可愛くても年寄りは可愛くないのか、厄介者扱いか。 悲しいかな、本当の家族より、血の繋がらない家族のほうが、現実をドライに、かつ情を失わぬまま、受け入れられるのかもしれない。 非常によく書かれた本だと思う。 映画化されるほどのヒット作品だったようだが、出会えてよかった。
1投稿日: 2014.10.31
powered by ブクログ暇つぶしに手に取ったけど、夢中で読んだ。 元気だったおばあさんが急死、病気がちであったおじいさんがボケてしまう。 嫁の昭子がよく面倒を見る。 孫の一人息子もよく面倒をみてあげていたのが印象的。受験をひかえていて、小さいころもあまり面倒をみてもらっていたわけではないのにああも優しくなれるとは。 最後に出てきた若夫婦はこの物語でどんな役目だったんだろう?救い?
0投稿日: 2014.08.26
powered by ブクログ高齢化社会のもたらす社会的問題を題材に扱った小説。社会派小説という印象が強く、現代ではむしろありふれた光景を描写しているかも知れないということも含めて意外性のあるストーリーではなく、展開も平凡に映る。ただ30年以上前では衝撃的な内容で人々の共感を呼び、当時ベストセラーとなったのは理由がわかる。
0投稿日: 2014.07.08
powered by ブクログ45までは「老い」が楽しみであった。その時の「老い」は役者が演じる中身は若いけど・・・・って言うモノであったから。いろんな現実を見ることになって先延ばしにしていたこの本を手に取る。考えたって思い通りになることはないんだろうけど、考えておかんきゃ!55,明日のことかもしれない。
0投稿日: 2014.06.03
powered by ブクログ昭和47年初版と聞き、全く色褪せていない内容だな、と思いました。こう思ったのは「老人福祉が進んでいないのか」「書き方、言葉の使い方が前衛的だったのか」どっちだろうか。 認知症を発症した老人と、その家族/地域にまつわる話で、「介護」と「老い」の双方の側面において大きな不安を与え、そして最後には救いを差し出すような作品である。 誰かが犠牲になって成り立つ家族介護の難しさ 制度の狭間に立ち、受け入れ先のない状況 老人福祉指導主事は、何一つ希望のある、建設的な指示はせず、家族に介護を預けるのみであった。 妻である昭子が舅の茂造の介護を 最初は「受け身で迷惑」なものと捉えていたが、 肺炎に掛かった茂造が奇跡的に一命を取り留めた後、 「主体的に介護を行い、「舅を生かせるだけ生かしてやろう」と決意した」瞬間は印象的で、かつ、感動的なシーン。 「物事は見る人によって全く違って見える」作品。
0投稿日: 2014.05.30
powered by ブクログ【読書その79】認知症介護について社会に大きな投げかけをした社会派の小説。介護保険創設以前の家族介護の重荷。認知症政策の早期発見・早期診断の重要性を改めて確認。
1投稿日: 2014.03.30
powered by ブクログ姑が亡くなり、残された痴呆症の舅・茂造の介護から看取るまでの話。 この時代(昭和47年頃)まだ社会的な介護システムはなく、老人ホームも少なく、 多くの場合、高齢者の介護は嫁ひとりに押し付けられていた。 主人公である嫁・昭子は、この時代には珍しい「職業婦人」だ。 今日のように家電が充実していないので、 週末は1週間分の掃除・洗濯・翌週の食事の下ごしらえと忙しく、のんびりする暇もない。 そこに持って来て介護の上積み。 茂造の息子である夫は、全く我関せず。 痴呆の発症以前は昭子をいじめ抜いた茂造だったが、 自分の面倒を見てくれるのは、昭子しかいないという本能が働くのか、 彼女の後ばかり追廻し、息子のことは認識もできない。 添い寝・風呂・下の世話と、大嫌いだった茂造の世話が迷惑で堪らない昭子だったが、 ある事をきっかけに、茂造を生かすことに自分の使命を感じるようになる....。 現在、法的な介護システムの整備が進み、施設が増えたといっても、 それにも増して高齢者の増加が著しく、入居まで何年も待たねばならないと聞く。 訪問ヘルパーも導入されてはいるが、やはり在宅介護で嫁の肩にのしかかるものは大きく、 根本の問題は以前と何ら変わりないように思う。 この時代に問題提起した作者の先見の明には驚くばかりだ。 ずいぶん前に同作者の「非色」を読んだ時に、襲いかかる数々の困難に屈する事なく、 女性が逞しく、力強く生きて行くストーリーが一番好きだとはっきり自覚した。 本作の主人公・昭子も同じく、介護を通して人間的に成長し、強く温かく変わっていく。 「血は水よりも濃い」と言うけれど、人生の最終章で大切なのは血ではなく、 愛なのか情なのか分からないが、その人に対する深い思いではなかろうか。 茂造の死で泣いたのは、昭子ひとりだった。
5投稿日: 2014.03.20
powered by ブクログ有吉佐和子本をいろいろ読んでいても、痴呆症がテーマということを聞いてなかなか手が出せなかった本。意を決して読んでみたら、さすが有吉さん、暗さ一辺倒の本ではありませんでした。 私が有吉さんの本が好きな理由としては、ちょっと前の時代のイキイキと働く女性の姿に共感できるから、というところがあるんだけど、まさかこの本でも主人公が働いているとは思わなかった。40年近く前に書かれたこの本の中で、主人公の昭子は働きながら家事をこなしています。昭子は「うちの家計に余裕があるのは私が働いているから」と自負していてデパートで高級な冷凍食品を買ったりするけれど、夫の信利は「あいつは好きで働いているだけ」と、昭子の働きを評価しません。また昭子は「家事と仕事の両方をこなすためには、文明の利器はフル活用しなきゃ」と当時まだめずらしい冷凍庫付き冷蔵庫や洗濯乾燥機を駆使して毎日を乗り切っています。・・・これってなんだか、つい良い食材を買っちゃったり、ルンバを買ったりしてる働く現代女性と同じじゃないすか!すごく親近感が湧いてくる描写でした。でも小説の中盤で彼女の仕事がタイピストだと知り、ああ、今はない仕事なんだなーーーと感慨深いものがあったり。 そうこうしているうちに、舅はどんどんボケていくのですが、信利はまったくヒトゴトモードで手伝いなんて何もしてくれません。もう、信利には腹立たしいの一言であります。そして、赤ちゃんがえりした舅に「あー面倒くさい。早く死ね!」と、つい思ってしまうのですが、物語の意外な終わり方を見届けた後では、ああ、痴呆の介護ってそんな単純な問題ではないよね・・・と短絡的思考の我が身を反省いたしました。ごめんなさい。 大変な状況を乗り切った昭子には、賞賛の言葉がかけられるべき。なのに、当時は全然そんなことなくて、そんな扱いが当たり前だったんだよね。切ない。せめて私から、「大変だったね!40年後のいま、介護をめぐる行政サービスはそれほど変わっていないけれど、夫たちの協力する姿勢は少しは改善しています。そして高齢化社会は予想通り加速し、世の週刊誌は毎週毎週介護特集ですよ」と慰めの言葉をかけてあげたいです。 そして、痴呆症を陰の存在から、みんなの共通する話題へと引き上げてくれた有吉さんは、ほんとにすごい人なんだなーと思う次第です。
4投稿日: 2014.02.16
powered by ブクログ最近どうしても読みたくなって、30数年ぶりに再読した。このベストセラー本が私の実家の本棚に入ったのは、確か昭和48年。私は中学生だった。読んだのは、高校に入って数年後、埃をかぶった箱カバーを開けた。夏休みの無聊を慰めるためだったと思う。この物語の一人息子敏くんとは同年代になっていた。 当時の私の家には「老人問題」が勃発していた。80歳後半になろうとしていたおばあちゃんは、もう一人で外出は出来ず、家族の顔も時々間違えるようになっていた。廊下に失禁の後が延々続くのは、もう少しあとだったか? 昔読んだ時は、茂造老人の人格の豹変、家族の名前をいびり抜いた嫁と孫しか覚えてない、突然の徘徊、キリのない食欲、夜中の幻覚、そして糞の畳への塗り付け等々にショックを覚え、それぐらいしか覚えていなかったことを読みながら思い出した。 今回再読して、ものすごく新鮮だった。いま敏世代は介護する側に回っている。私も数年前には父親の最期を看取り、一昨年から叔母夫婦の介護計画を立て悩んでいる。嫁の昭子の右往左往、仕事を辞めないで介護しようとする彼女の工夫と努力と間違いには、大いに共感した。今回は完全に昭子の立場で、あるいは茂造老人の立場で読むことができ、景色は大きく広がった。 昭和47年刊行のこの時代、介護保険はおろかヘルパーさえいない。高度経済成長の最中の老人介護問題という面であらゆる矛盾が噴き出てくる直前に、この本が出てきたのだろう、と今ならわかる。 私のおばあちゃんは結局看護婦長をしていた叔母が毎日介護にきてくれて、刊行から約10年後92歳で家の中で往生した。その叔母ももういない。 恍惚の人は認知症の人と名前を変えて、私の現在と未来を未知のモノにしている。 2014年2月8日読了
15投稿日: 2014.02.14
powered by ブクログ昭和47年に刊行された小説であるにもかかわらず、その内容は古びず、現在直面している高齢社会の問題に真っ先に目をつけている小説だった。 姑の死をきっかけに舅の痴呆を知ることになる嫁、昭子。そして、その介護に追われながら、痴呆のこと、日本の老人のことなどを知っていき、また自らも老いることについて考える。 この小説を読んで、痴呆の怖さ、介護の酷さを知った。いつか私の親も耄碌する日が来るのかと考えると悲しくなる。そして、自分自身でさえ、歳をとった時どうなるのかと考えるとぞっとする。もちろん、生涯、正気なまま元気に過ごす人もいるわけだし、考えてもしかたのないことだが。 目を背けたい「老いる」ことについて、小説を読むことで、臨場感をもって知ることができた。
0投稿日: 2013.12.30
powered by ブクログ昭和40年代の介護を垣間見た…やはり家族の負担は大きく、現在もまだ問題が残っているものもある。 介護は女性に大きく負担がかかる。協力者が少ない中でどのように社会資源を使って行うか、課題である。
0投稿日: 2013.10.26
powered by ブクログ人間ドックの待ち時間で一気読み。義父がボケてしまったときの家族の話で昭和57年発行ものだが十分現代でも通用する話でした。将来について考えさせられるきっかけをもらいました。
0投稿日: 2013.07.20
powered by ブクログ昔読んだけれど、やっぱり自分の年齢が高くなるにつれ、昔とは読んだ後の感想も違って来る。認知症、そして介護は物語の世界じゃなく、いずれ自分の身にも起こりうること。そう思いながら読みました。
0投稿日: 2013.06.26
powered by ブクログ死に至るまでの経過を日常的に、ましてや具体的に考えることはほぼない。 しかし読み終わってからは、どちらの側に立たされてもおかしくないなと考える。
0投稿日: 2013.06.19
powered by ブクログうちも祖母が認知症なので、痴呆老人を抱える家族の大変さや苦労が痛いほどよくわかりました。といってもまだうちの祖母はヘルパーさんに来てもらいながら1人暮らしができる程度の痴呆なので茂造程悲惨な状態ではなく、口だけ達者な門谷家のお婆さんにそっくりです(笑) 40年も前に描かれた作品なのに、何もかもがリアルで、老人福祉の問題は40年たってもなんら解決も進展もしてないないのだなぁと改めて感じました。 作中信利がさらりと「殺せばいいだろう」みたいに言うシーンが衝撃的で忘れられません。実の親にそんな台詞を吐いてしまう、吐かずにはいられない、その気持ちはどれほどのものか。わたしはまだ作中で言う孫の敏の立場なのですが、それでも今の祖母の姿が将来の母やわたしの姿なのかと思うと暗澹とした気持ちになりました。目を背けていたいけど、いつかは誰もが向き合わねばならない問題だと思います。
1投稿日: 2013.06.11
powered by ブクログ痴呆老人を抱える家族の話。昭和四十年代の話なのに全く古臭くない。日常的な話が淡々と続くだけだが、リアリティがあり過ぎて、自分の親、自分の人生•老後、社会問題などいろいろ考えさせられるところは多い。歳は取りたくないもんだ。そしてスパッと死にたい。
0投稿日: 2013.04.21
powered by ブクログ久しぶりに義母の蔵書から一冊。老い、介護、そして人生の終いかたについて・・四十路を迎えて他人事ではなりつつある今、重たく、生々しい話にもかかわらず、ぐいぐいと引き込まれ、読み応えのある作品でした。 長男の嫁 昭子は、姑を突然亡くす。それもいつもとかわらない様子で美容室へ行って戻った途端に。きれいなままで、長患いもせず逝けるなんて・・なんと理想的な人生の幕の下ろし方!! それと同時に、80歳を過ぎた舅の”もうろく”が発覚し、仕事を続けながらの介護生活が始まる。(そう言えば”もうろくじじい”なるフレーズがあったなぁ。もうろく→呆け→痴呆症となるんだ) 嫁に来てから苛め抜かれた舅の介護に、一時は絶望し辟易しながらも 「生かせるだけ生かしてやろう」と決意するくだりは、神々しさを感じた。 懸命に介護する昭子に対し、夫つまり実の息子は、親の姿に衝撃を受け、そこに未来の自分の姿を重ね、背を向けてしまう。(なるほど、そうなのかもしれない・・・うちのご主人様もこの人種かも、覚悟しとこ。) 何より驚くのは、この小説が書かれたのが昭和47年だということ。施設介護への理解など、多少の状況の違いはあるものの、今の時代に読んでも読み応えがあるとは・・。 「こんなになってまで生きながらえたくないな・・」と私だけでなく、誰もが思うだろうけど、いよいよ死期が近づいていくと、その舅が「生きながら神になる」と思えてくるらしい。人生の終いかたとは、幸せとは、どんな形が 理想なんだろうか・・わからなくなってきた。 誰もが行く道、ゆっくりと時間をかけて模索あるのみ・・かな。
2投稿日: 2013.03.04
powered by ブクログリアル。 現在から死ぬまでどう生きて行きたいか考えさせられる。趣味もない、役にも立たない人間にはなりたくない。笑顔を忘れずおっとりと生きていたいと思う。
0投稿日: 2013.01.11
powered by ブクログ40年ほども前の著書にも関わらず、我がことのようにすらすら読めた。 読んでる途中に祖父が亡くなったこともあり、老いや死について身につまされ考えさせられた。
0投稿日: 2013.01.07
powered by ブクログ森繁先生の映画『恍惚の人』観たことあるから 思い出しながら読みました~。 文明の発達と医学の進歩がもたらした人口の高齢化は、やがて恐るべき老人国が出現することを予告している。老いて永生きすることは果して幸福か?日本の老人福祉政策はこれでよいのか?―老齢化するにつれて幼児退行現象をおこす人間の生命の不可思議を凝視し、誰もがいずれは直面しなければならない“老い”の問題に光を投げかける。空前の大ベストセラー。 これが出たのは昭和46年。 私が生まれた翌年。 でもね、今でもちゃんと読めるのよ。 変な言い方だけど、今でも古くない話題。というよりも 今の方が、かなり深刻化してる老齢化社会問題。 30年も40年も前の作品なのに 日本は老齢化社会についてなにか前進したのか・・・・ そうも読み取れる話でした。 こういうところに視点をもってく有吉佐和子って人はすごいよね。 これが発売されたときは、かなり反発の声もあったらしいけど よくも言えたもんだわ。って感じよ。 ほんと、人は生きてたら必ず老いる。 それは外せない現象であって、それにどう対面していくか。 考えなければいけないんだけど、 今はそれどころじゃないわよね~。 余談だけど、 これを演ったときの森繁先生って59歳だったんだってね~。 特殊メイクで84歳にまでしたらしいんだけど 森繁先生のの演技は迫力あったよな~。 今でこそ、ほんとの茂造って感じになっちゃったけど、 その後、何回もドラマ化したけど やっぱり森繁先生の茂造が一番だと思うわ。
0投稿日: 2012.11.26
powered by ブクログ授業で薦められて、読んでみました。 読んでいる途中、登場人物たちの自分も認知症になってしまったら、という感情がうつって落ち込みました。認知症の方が多くいらっしゃる中でこう思うことは倫理的に良いとされるはずはありませんが、正直な感想として。ただ暗い気持ちになるというよりも自分の人生と合わせて考えさせられました。忘れられない作品になりそうです。 タイトルがいいです。恍惚の人。そして話の流れも上手いなあと思わせられました。
0投稿日: 2012.11.11
powered by ブクログ気丈な女主人公という本筋に変わりがないのでありがたい。 古さを感じさせないテーマと、40年以上経った今も、なお介護については遅々として進んでいない気もする。 茂蔵は痴呆については重度かもしれない。しかし、全体的に見て、やはり「扱いやすい」老人ではなかっただろうか。 家庭崩壊もありえただろうし、心中ということもありえた。 そういう点から言えば、有吉佐和子のヒューマニズムがどこまでも一貫しているのかもしれない。
0投稿日: 2012.10.03
powered by ブクログ登場人物の昭子に感動 仕事を持ちながら、一生懸命に 義父の面倒をみる ちょっと今の時代にはいないような 息子の敏もさりげなく昭子を助ける 昭子の夫は自分の親でありながら まったく面倒をみない やはり有吉作品は素晴らしい
0投稿日: 2012.09.08
powered by ブクログまず登場人物の生々しさにショックを受け、これが誰にでも(もちろん私にも)起こりうる現実だという圧倒的な実感に戦慄し、さらにこの問題を「少子高齢化」や「認知症」が社会的に問題になる40年以上も前に見通して小説の題材として取り上げた方がいらっしゃったことに驚愕・敬服しました。 老若男女を問わず、なるべくたくさんの方に読んでいただき、著者からの警告を自分のものとして認識していただきたいと強く思った作品でした。
1投稿日: 2012.07.31
powered by ブクログ認知症がまだ痴呆、耄碌と呼ばれていた時代の作品です。認知症患者にとって、何が幸せなのか、家族は何が出来るのか、色々な事を考えさせられる作品です。
0投稿日: 2012.07.01
powered by ブクログ認知症という言葉が無かった頃の話なのでタグにカッコ付きで痴呆とつけました。それくらい認知症と家庭内介護について世に広く問う作品だと思っている。ストーリーももちろん面白い。
0投稿日: 2012.06.25
powered by ブクログ一気読み。介護の世界は普遍的というか、成長してないというか。古い本なのに、今でも通用する。義母の気持ちを理解する手助けになればと思う。
0投稿日: 2012.06.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
この本は昭和47年6月に新潮社より刊行された。今から、41年前の時代である。でも、「古さ」を全く感じさせない、むしろ、現代社会において、大いに重要視されている、誰にでも起こりうる問題~老人介護・老後問題~を扱った本である。 主人公昭子の義母の突然死によって、彼女に、のしかかってきた義父、茂造の老人性痴呆問題。 ときに、老人介護は、家庭崩壊に繋がるかもしれない、とも思えるようなことも書かれていた。 自分の息子や、孫がわからない。突然の徘徊。失禁。真夜中の妄想。実の息子である、昭子の夫は、父親の世話を、妻昭子に全て任せっきり。昭子も、フルで働いていたが、夫は、「自分は会社を休めない。」と言って、仕事に行き、夜中も全く起きず、週末は、ゴルフに出かけてしまう有様。 介護をするに当たり、家庭内で、必ず一人、犠牲にならざるをえない立場の人間は、どうしても、奥さんになってしまう。 これは、いつの時代も、あり得ることなんだなって痛感してしまった。 老耄の極に起きる人格欠損・・・自分の排泄物を食べたり、躰になすりつけたり、あるいは幼児が泥遊びするように丸めたり投げたり壁に塗ったりする現象が、老人性痴呆の中で最悪の事態には起こりうることも、覚えておかないといけないことも、この本で知った。 医療技術の進歩。これは大変喜ぶべきことなのだが、それが、逆に高齢化社会に、問題を投げかけることにもなりうるのか?とも思ってしまうわけで。 赤ちゃんの成長には、この年齢になったら、これこれができるようになる、という、ある程度の目標がある。が、老人介護に、ゴールのテープは見えない。ゴールのテープ=死 なのである。 義母が、脳内出血で、一気に、介護レベル5になった。意識もなく、口から、ご飯が食べられないので、鼻から、チューブを通し、流動食を、定期的に流し込む。胃酸で食道を傷めてしまうことが、あるから、将来的に、胃ろうを望むか?の質問に、夫は悩んでいたようだけど、私は、「その必要はないと思う。」と、夫に伝えた。ひとは、美味しいものを、食べて、素敵な服を着て、楽しいお話を友達として、それが、失われたときに、ひととして、終わったのではないか?とも夫に言った。ただ、身体の温もりを感じるだけで、あとは、意識なく、言葉を発することもできず、ご飯ももちろん、食べられず・・・義母が気の毒でならなかった。あんなに凛とした女性だったのに。 それでも、手術を試みようとしたり、輸血しようとしたり。それに同意する夫に、「もう、お母さんを楽にさせてあげなよ・・・」と、言ってしまった自分を、あとになってかなり後悔したこともあった。 きっと、心の中で、自分の親じゃないから?・・・そんな非人間的な感情を抱いていた自分に、嫌悪感すら持ったこともあった。 2年8か月の闘病生活の末、義母の最期は、あっけなかった。人の死って、こんなにあっけないの?? 葬儀関係で、あまりに忙しいため、涙も流すことすらできなかった夫を、私はそっと支えることしかできなかった。それが精一杯の私のできることだった。あれから、2年。なんだか、もっと昔のことに感じてしまう。
0投稿日: 2012.05.24
powered by ブクログ介護問題、認知症などという言葉がまだ耳慣れなかった頃に書かれた問題作。 誰もが避けては通れない問題となった現代、改めて、作品の意義が問われる。
0投稿日: 2012.04.27
powered by ブクログマジ読んでよかった!しかも、今。 この本書かれたの、沖縄が返還された年だよ? この人私が生まれる前に、死んじゃってるよ? でもとにかく全部が新しい。 当時はかなり画期的だったんじゃないかって思う。文章も全く古さを感じさせず、抵抗なく水のように入ってくるし、現代のドラマを見てるみたいにリアルだし。 でもそれは、この本に関して言えば、全くウレシイことじゃないんだ。 つまり、ここ20年間、このような問題に関する解決はほとんどなされていないってこと。 著者は鋭く、随所に自分の考えや予測をいれているが、現実はまさにその通り。ノストラダムスなのか、この明晰なおばちゃんは。 にしてもこれは、読む人によってずいぶん評価がわかれる本なんじゃないかな?私もじっさいもうちょいライト版なのを体験してるから、役柄になりきってしまったし、同時に私の親がその親に持つ、「どうしようもなくかわいそうになってしまう気持ち」がわかった気がする。もっと冷たくすればいいのに、って思って、そうねっていうのに、それができない理由が書いてある。 それと、もひとつよかったのは、「老いる」ことについての危機感を煽られたこと。 皆みたいに、高校生は若いねぇ、なんていうつもりはない。 でも、老いること>死ぬこと、であると思った。 人はいつか老いる、そのために若い今の時間があると考えてもいいくらいだ。
0投稿日: 2012.04.20
powered by ブクログ昭和47年時点で挙げられていた老人・老後・介護。現時点でどのように改善されているのか、現世を生きる自分も完全には理解していないことに気づかされた。両親や自分自身にとって、そう遠くはないこの問題についてどう向き合うべきか… 何十年後、もしや数年後には必ず読み返すと思うが、今は無知すぎて、本書のレビューなどを書くに及ばない。 よって、以下は解説(昭和57年)より引用させていただく。 ”人々は、本書を通して、現に、または潜在的に持っている「老人問題」、また、当然、将来持つことになる「老後問題」をそれぞれ真剣に考えた。本書は、人々が、痴呆の老人の問題、その家族介護の限界、さらには自分たちの老後の生活のことなどを考えるに当たって、「教科書」の役割を果たしたのである。”
0投稿日: 2012.01.20
powered by ブクログ時代を感じる本でした。 40代(だったかな)の登場人物が、戦争を経験した世代、とか。 内容の、老いや介護については興味深い。 いつかは自分も…が二段階。 怖いけど怖いだけじゃなくて、いつかはきっと来るその日のために何を準備すればいいのだろうか
0投稿日: 2012.01.08
powered by ブクログ誰にでも老いはくるものだけど、長年連れ添っても忘れられてしまう悲しみは当事者にならないとわからないですね。ただ子供に戻るといわれる老いに直面した時血の繋がりは関係なく女の人の強さに圧倒されます。母は強しですね。
0投稿日: 2011.11.20
powered by ブクログこの本が出版されたのは昭和四十七年だという。 平成二十三年の現在、老人問題は深刻化してゆくばかりだ。 主人公、立花昭子が義父の介護で経験することは決して過去のものではない。昭子の苦しい介護生活に共感する人は多いだろうし、身近に老人問題を感じない人でも、この本を読めば将来、ほぼ確実に己に降りかかってくる「老い」の問題に恐怖を覚える筈だ。 両親もこうなっていくのだろうか。世話はどうすればいいのか。未来の自分もいつかは認知症になるのだろうか。 この本には認知症は「文明病」と書かれていた。 人間が便利に生活していく為の「文明の利器」によって人間の頭が老いていく。 便利さを追い求め、道具に頼る生活の代償か。 何をするにも人や物に頼らず自分の手足を動かし、頭を使う生活を早いうちから心がけておく必要があると強く思った。
0投稿日: 2011.10.27
powered by ブクログテーマは老人問題。なんかすごい考えさせられる本でした。人間は誰しも老いる。いつか自分が親を介護する日がくるし、自分自身も老いて誰かの手を借りなければ生きていけなくなるかもしれない。薄々わかっているけど、ふだんは目を背けている問題をバンっと突きつけられた感じ。老いは怖いなと思った。死ぬことよりも怖い。こうはなりたくない。でも現実に起こっていることであり、自分にも起こりうることで。主人公の昭子は本当にすごいと思った。 面白いっていうわけではないけど、目が離せなく、一気に読んでしまいました。
0投稿日: 2011.10.25
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
-「僕がどうして機嫌よくしていられるんだ。僕の人生の延長線上に親父が立ちふさがって、お前もやがてこうなるんだぞと威嚇してるんだぜ。こうやって親父を身近に眺めていると僕の体から蟇の油が滲み出るような気がする。やりきれない。実にやりきれない。」(P128 信利) この作品は有吉佐和子が書いた介護文学の古典的名作です。初版は1972年に刊行されましたが、発売された当時はベストセラーとなり、後の高齢者福祉政策にまで影響を与えました。 この作品では認知症の舅を介護する嫁の姿を通して、認知症高齢者の実態や家族介護での苦労や葛藤が描かれています。特に、介護する家族の気持ちが克明に描かれていおり、読者が容易に追体験できる内容になっています。 例えば、冒頭の引用は夫(舅の息子)信利のセリフです。父親の変わり果てた姿を受け入れる事ができず、父親と自分を重ね合わせ、血の繋がりと老いから逃れられない恐怖を感じています。また、介護負担を強いている妻に対して負い目も感じているのでしょう。最後の「やりきれない」というのセリフは、これらの複雑な心境を表す端的な一言だと思われます。 この作品が出た当時はまだ介護保険制度がまだ施行されておらず、認知症も痴呆症と言われて理解されていなかった時代です。しかし制度や名称が異なっている他には、現代の認知症にまつわる話と何ら変わりありません。言い換えれば、老人性認知症の核心が描かれているということです。また、今でも解決されていない問題もあります。是非この本を読んで昔と今を比較してみてください。
1投稿日: 2011.10.22
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
親の介護の話 この作品はかなり昔に発表されたものらしく、まだ老人性痴呆症という、今では耳慣れた言葉が馴染みのない頃のようだ。 そういった時代的な点は多少気になるけれども、今と比べて老人介護の現場が明るくなったかどうか・・・はっきりと断言できないところに主人公ではないが背筋が寒くなる気がする。 ほんと、人に迷惑かけないうちに死にたいものだと思う。
0投稿日: 2011.10.11
powered by ブクログ老いと死を意識する本。 両親も自分も耄碌するかもしれないし、誰かに迷惑を掛けて生き延びるのかもしれない。 若過ぎて直視しようにも出来ない、というよりしたくもない現実を直視して、未来に身の毛がよだつ本だった。 私たちは、少しずつこころの準備をすべきなんだ。あらゆる老いへの。
0投稿日: 2011.10.09
powered by ブクログまだまだ自分の介護を考える歳でもないけど、親はそろそろ介護が必要になってもおかしくない。友達には、親が認知症という人もちらほら。乱読の一貫で、日本に老人問題を広く周知させた名著ということで手に取った一冊がコレ。 夫の父親が認知症にかかり、義母は死去。主人公・昭子が介護をするハメになる。当初から、予期せぬトラブルが次々に起こり、苦労が絶えない。だが、時が経つにつれ、介護することや、義父に対する感情が変わっていく。 昭和47年(1972年)に刊行されたというから、40年も前の本なんだけど、認知症で起きる症状とか老人介護を巡る家族の姿がいきいきと描かれていて、まったく古さを感じない。2000年に介護保険ができて、大分状況は変わったとはいえ、当事者ではないが無視できない夫の兄弟姉妹や、近所の住人との関係なんて今もまったく同じ。 介護をやっていた知人が、「自分の嫌なところがつい出ちゃう」と言っていたんだけど、善意の部分と嫌な部分とで、うまく折り合いをつけながらやっていく、そんな部分の描写も秀逸。
0投稿日: 2011.09.20
powered by ブクログ昔に書かれた本なのにあまりにリアルで気持ちが重たくなった。きっと現状は今もそんなに変わってないと思う。それでも老いは必ずくるもので、親も自分も経験する。できることなら死ぬまで健康でいたい。
0投稿日: 2011.09.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
高校3年生の頃、センター試験対策の青本の国語の問題で、この小説の一節が使われていて、それで全文が読みたくなって、受験勉強そっちのけで買いに走りました。 主人公の旦那さんのお父さんが、認知症を発症、というか、症状が顕著になってから、亡くなるまでを描いた物語です。 これが発刊されたの1972年ですが、2011年現在でも全然色褪せていない、むしろ高齢化が進んでいる今の方がリアルに感じられるお話だと思います。特に、予言小説として書いたわけではないのでしょうが。
0投稿日: 2011.08.12
powered by ブクログ老いた人間がこんなにも醜く哀れに描写される。希望や夢に満ちた若者と対象的に。若くもない、かといって人生の終焉にはまだ早い壮年の女性から見た老いた義父は目を塞ぎたくなる位に哀れに描かれ、当時の高齢者制度の杜撰さを物語るが、これが決して現代に当てはまらぬとは言い切れない今の社会。 読み終わって感じるのはやり切れなさとも取れるなんとも言えない感情。
0投稿日: 2011.06.20
powered by ブクログ一気に読んだ。面白い。若い時に読んだらどう思ったかな?どこか底に明るさがあるのが救い。しかし現況と進歩はあるのかな? (2004.12読了)
1投稿日: 2011.02.17
powered by ブクログ世代間介護が話の主なテーマになっている。 重要なのは、この話が書かれたのが昭和40年代で、今ほど「介護」や「認知症」が言葉として浸透していなかった時代、だということにあると思う。 今では高齢社会として、介護の問題は避けて通れず、「ウチは大丈夫」などと他人事としては捉えられないところがある。そうなるまでに関心を高めたものとして、『恍惚の人』があるのだろう。 そして、家族内で要介護者が出た場合、それに従事するのは大概「女性」であるということを、明確に「文学」という表現手段で打ち出したことも。 「女性社会」と一部でささやかれる昨今でも、やはり「共働き」で不自由な思い(女は家庭に入るべきだ、や収入が夫よりも多いことを口には出せない風潮)をする女性は少なくない。まして、『恍惚の人』の昭子は戦争体験者である。その年代に家庭があり、また職を持つ、昭子は珍しい部類だったことは想像にたやすい。現に、作中では舅に「職業婦人」とからかわれ苛め抜かれた、という話がある。 そんな女性の「ジェンダー」をも、リアルに打ち出している。いろんな角度から見て、そのどの方面からでも、この作品は怖ろしく現実的な問題を正面から捉えている。 介護は決して自分と関係ないものではない。生きている限り付きまとう、そしてできることなら直視したくない問題。 「老いの恐ろしさ」を世間に与えた、とされるのが実際に読んでみてよくわかった。 現代の高齢社会を既に知っていたような、有吉さんの切り口、問題提起、明文化の鋭さには言葉もない。 そして、この要介護状態となった舅・茂造は、亡くなった私の祖父に似ていた。そのことがこの小説にわたしが現実感を見出すことになったのだと思う。ほんとうによく似ている。 そして、タイトル。 認知症のせいか、どこか遠くをみつめている茂造の表情を「恍惚」と表現した、的確さ、なにより斬新さ。これほどにあてはまる言葉があるだろうか。 息子の名前すら忘れてしまった、美醜や空腹しか覚えぬ老人の、快不快でしか判断できなくなった、幼児のような老人は「恍惚」以外の何ものでもない、気がした。
1投稿日: 2011.01.27
powered by ブクログミドリカワ書房の恍惚の人の元の話らしい。 読んでて気が滅入る。 けど勉強になった。 本当に介護してる気になるから目が離せなくて一気に呼んだ。 痴呆って老人の鬱病みたいなもので精神病らしい。 見たら30年以上前の話なんだけど、きっとまだ老人ホームとかの設備って全然進歩してないんだろうな。 徘徊老人とかってどこの老人ホームにも入れないんだって。 でも考えてみれば血をわけた家族でさえ匙投げちゃったらもうどうしようもないよね。 80過ぎちゃうと人の死も悲しいとかじゃなくなっちゃうんだなぁと思った。 いつでも死ぬ覚悟ができてるって考えたらすごいのかも。 昭子さんじゃないけどやっぱり頭のどこかで自分がこうなるかもしれないっていう気持ちとかから優しくなっちゃったりするんだろうな。 お爺ちゃんが急性肺炎になってあと3日って申告受けた時ホッとした、それから持ち直して奇跡的に助かった時ガッカリした自分が嫌になった。 感動したけどいい話ってのとはちょっと違うかな
0投稿日: 2011.01.25
powered by ブクログこれが昭和47年に書かれたということが信じられないくらい、 現代にも通じる小説。 老いること、そしてそれを家庭内でどう受けとめていくのかということは、 いつの時代のどの家庭にも問われてきたのだなと思った。 類型としては井伏鱒二の「黒い雨」に似ていると感じた。 ある事象について、淡々とした語り口で、 その輪郭、深みをじわじわとあぶり出す、描き出すという感じ。 代表作として挙げられるのも納得。
0投稿日: 2010.10.22
powered by ブクログさすが有吉佐和子さん。読ませます。 突然、認知症の義父をかかえる主人公とその家族の姿をえがいた小説。昭和40年代発売ながらも、現代とよりマッチし、共通する部分も多い。これを読んでまた、老いの問題について考えてしまう。
0投稿日: 2010.09.23
powered by ブクログ痴呆老人を抱えた家族の壮絶なる奮闘記なのです。 老人介護の苦労に心を痛め、自分が老いることの不安に恐怖するのです。
0投稿日: 2010.07.31
powered by ブクログ認知性の話。 身近に覚えがあると大変やるせない気にさせられる。誰の言い分ももっともだなと。 各章の山場の作り方、複線の張り方がさすがに巧みでいちいち感心してしまいました。すごいなあ、これは! おもしろかった。うむ。おじいちゃんは、幸せだったのかな。
0投稿日: 2010.07.01
powered by ブクログ有吉佐和子さんの恍惚の人 今回有吉さんの作品を読むのが初めてでした。 友達から借りて、どんな内容なのかも知らずに読んでみましたが・・・。 簡単に言えばある家の老人が痴呆になってしまい、現在の老人福祉政策の現状を思い知らされる家族のお話。 はっきり言って衝撃でした。この本よく見ると1972年に印刷されてたからまだ私も生まれてないし、両親もまだ幼かった時代の話。この本を読んだ人の話を聞くと、この時代と今ではそこまで福祉政策は変化が見られず、苦労している方が多いよう。 今の80代90代の方は戦争も経験されていて丈夫な方が多いといわれていて、さらに文明の発達と医学の進歩により高齢化が進んでいるけれど、団塊の世代がこれから7,80代になったらどうなってしまうんだろう・・・・。 この本が発行された時代だと、まだ団塊の世代がこれから働いて元気に日本を引っ張っていく時代。そう考えると、これから先が本当に思いやられる。 まだ20台前半の人は老いを一切考えないで人生をの未来を描いている人が多いと思う。30台以降になると老いていく自分と老いていく両親を見て、限られた人生が以外に少ないことを知り自分ができることも限られていて、受け入れがたい現実を受け入れなくてはいけない状況に突きつけられる。私自身も親や自分の将来のことを本気で考えさせられました。 介護がどれだけ大変で周りがどれだけ影響を受けなくてはいけないか。そしてどれだけ国や会社がフォローしてくれるのか。決して甘くはない介護の一例がこと細かく載っています。 今を楽しく生きるのももちろん素晴らしいことだけど、この本を一度読んで、今の自分の現状と将来を見つめなおす事も必要なことだと思います。
0投稿日: 2010.05.17
powered by ブクログよかった。リアルで古臭くなく軽くない小説。予想外に最後にグッとくるものがあって心を離さなかった。BOOKOFF100円コーナーでは買い得。
0投稿日: 2010.04.15
powered by ブクログ高校時代に読みました。ずいぶんと先の年代の話ではありましたが、とても参考になり、人生をいろいろと考えさせられました。
0投稿日: 2010.04.04
powered by ブクログ人が○○問題について考えるとき、通常ならば自分自身を蚊帳の外におくものだ。それを「批判」という。自分自身を含める場合は「批評」である。 老人問題について、それを単に客体化された「問題」としてでなく、それを誰もがいつかは直面する自分自身の問題として「批評する」、苦くも暖かい作品。
0投稿日: 2009.10.13
powered by ブクログある日突然、舅が呆けてしまった。 その舅と母の物語。 この本が書かれたのが、1972年。 今、2008年。 今の老人介護問題の解決度合いはこの時の問題となんら変わってない、んじゃないかって思いますな。 この家族と舅とのやりとりがリアルに感じられて、妙に現実味があった。 老い・・・それは、いつか行く路。 読んでおいても良い本。
0投稿日: 2009.10.03
powered by ブクログこれも時折読み返す本。 時代を先取りしたかのような内容。 誰の身近にも起こりうるものであるし 息遣いまで聞こえそうな表現。 有吉佐和子は本当にすごい人です。
1投稿日: 2009.08.03
powered by ブクログ以前に読んだと思うけど、ふと思い出してまた読んでみた。40年くらい前にこの本がベストセラーになってから、制度や考え方などの社会的な変化は多少あったが、ある日突然「老い」と直面するという状況は変わっていないのでは?
0投稿日: 2009.06.11
powered by ブクログ勉強になる話。 ある日厳格なおじいちゃんが突然ぼけちゃう。 おじいちゃんがうんこ便食べちゃうとこはびっくりした・・。
0投稿日: 2009.03.10
powered by ブクログタイトルが素晴らしいですね。 『恍惚の人』かあ。 しかし。 むむむ…。 実に、気が重くなってしまいました。 誰でもいつかは考えなくてはならない問題なんですけどね。 この主人公昭子の旦那さんの役に立たなさを見て 我が家の同居人を連想しました。 昭子はよくできた人だと思う。 書かれた年代を見ると、 もう37年も前!(1972) なのに今読んでも全然古くない。 もちろん、今であれば携帯電話が使えるシーンなどがあるし、 今の感覚からすると、そんなに何でも背負わなくても! と思うことも確かにあるけど、 そういう些事があまり気にならないところもまた良し、 この本の完成度を物語っているのだと思う。 良書です。 一度は読むべき。
0投稿日: 2009.03.08
powered by ブクログ大学時代に「読め読め」とイヤというほど耳にした作品。 結局、卒業して数年たって、やっと手に取りました。 当時の老人介護の現状が生々しく書かれていて、なかなか読みすすめることができませんでした。 現在と比べてみて、あらためて考えてみても、 果たして日本の福祉は本当に目指すべき方向に向かっているのか、わかりません。 ふぅ、大変な世の中だ。 2008.11〜2009.2.5読了
0投稿日: 2009.03.05
powered by ブクログまだ幼かった私の心の中に、何か人間の重たい 生き様がズンと入ってきて、自然と涙が出ていた・・・ そんな本でした。 悲しいけれどやさしい気持ちになれる本です。
0投稿日: 2008.06.22
powered by ブクログ昭和57年5月25日発行の本です。文明の発達と医学の進歩がもたらした人工の高齢化は、やがて恐るべき老人国が出現することを予告している。老いて永生きすることは果たして幸福か?日本の老人福祉政策はこれでよいのか?誰もがいつかは直面しなければならない<老い>の問題に光を投げかける。当時、空前のベストセラーになり、老人福祉政策にも影響を及ぼした作品です。タイトルが絶妙で。内容の感じは、やっぱり超超超高齢化社会の今からすると、ぬるいんですが。でも何十年だっても問題は変わってないんだなって思う。この国のせいなのか、人の業なのか。永生きするっていうのはどういうことなんだろう?自分はどう老いるのか?考えるのもよし、今直面してる老いと比べてみるもよい、さすがベストセラーです。
0投稿日: 2007.05.26
powered by ブクログぼけていく舅を世話する嫁の話。 一言で表すと衝撃的。 じーさんばーさんになるのって相当先のことって今と全く切り離して考えてたけど案外そうでもないのかも。 徘徊とかおむつ交換とか、、、きついね。 でも自分の親が、さらには自分でさえもこんな風になるかもしれない可能性はあるわけで・・・ 親と自分の老後について考えるきっかけになった。
0投稿日: 2007.05.15
powered by ブクログ痴呆症(認知症)の舅を介護する嫁の視点から物語は進められる。昭和47年に書かれたのに古くなっていない。老いは普遍的な人生のテーマなんだねぇ。自分に何が起こっているのか分からず不安がる舅、なるたけキョリを置こうとする夫、舅に恋心を持つ隣のばあさん、周りの人の感情が細かく描写されていたので迫力はものすごい。じとじととして、ささくれだっていて、無邪気で。介護は人を殺すものね(そういうニュースがちらほら聞かれるようになってきましたね・・・)
0投稿日: 2007.01.13
powered by ブクログ昭和47年に書かれた本なのに、時代錯誤などの違和感なく読めました。 共働きで子供は1人、同じ敷地内ではあるが両親とは別居。 現代にもごく普通にある家庭状況だったのがそう思えた理由の1つだと思います。 読みながらいろいろ思ったことはありますが、最後、茂造の通夜の後、昭子が1人涙を流していたのが印象的で、読んでるあたしも泣けました。 自分が死んだ時、誰も泣いてくれないっていうのは寂しすぎるなぁ…。
0投稿日: 2006.08.16
powered by ブクログいずれ誰の身にもやってくる、「老いる」ということを考えさせられる。昭和47年に発売され、ベストセラーになったらしいが、介護や老いって、古くて新しい問題だ。むしろこれからどんどん深刻化していくかも。わたしが有吉佐和子の本を読み始めるきっかけとなった作品。
0投稿日: 2006.06.09
powered by ブクログ舅を介護するなかで、介護の問題点を鋭くあぶりだした力作。初出は昭和47年だが、今も昔も「老い」と「介護」は大きな問題であることに変わりない。本書は老いと介護を問うだけでなく、人の生き方もまた問うているのではないだろうか?
0投稿日: 2006.05.25
powered by ブクログこれが私の生まれた年に出たとは思えないくらい、古さを感じ無かった。それだけ、老人問題が何も解決してない事にも怒りを感じた。最後が少し肩すかしだったけど、舅の介護をする奥さんの感情が丁寧に書かれていて良かった。06.4
0投稿日: 2006.04.26
powered by ブクログ初版の頃に読んだ時は「ひとごと」だったが、今となっては「明日は我が身」で身につまされる。 容赦ない冷静な観察眼、痛いほどだ。 作者が自殺したのも、恍惚とまでゆかぬが晩年の自分の筆力の衰えに気がつき、絶望したのかもしれない。 45過ぎたら必読。その前に読んでも「人ごと」。
0投稿日: 2006.04.16
powered by ブクログ最初に手に取った有吉佐和子の世界。読んだ当時、祖母が痴呆後亡くなって間もなかったので頷けることも家族の辛さもヒシヒシと伝わってきた。嫁の昭子の凄さの脱帽!
0投稿日: 2005.08.01
powered by ブクログ30年以上前の小説であるが、今読んでも物足りなさは感じないと思う。これから高齢化社会が進むにつれ、高齢者の介護問題は誰もが悩む可能性が高いのであるが、その中でも「痴呆老人の介護」は身体的な不自由を抱えた老人の介護とはまた別の難しい問題を多く抱えている。以前、痴呆症の祖母を自宅で母が世話していたのを間近に見ていたのだが、この本は誰もがこれから自分にも起こりうることとして読んでみて欲しいと思う。
0投稿日: 2004.10.09
powered by ブクログ今みたいに介護問題が騒がれるより前に書かれた小説。きれいごとでなく、現実をきっちり映している衝撃作。痴呆性高齢者を抱える家庭の問題がフルに詰め込んである、高齢社会の教科書。介護職に就こうとしている人には、ぜひ読んで欲しい。覚悟が決まると思う。また、テーマだけでなく有吉佐和子という人の文筆の威力にも本当に感動する。これをきっかけに何作も読んだが、人間の感情の描写が本当にすごい。
0投稿日: 2001.07.01
