
総合評価
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powered by ブクログ元々本事件を題材にした映画の『子宮に沈める』を過去に視聴しており、当時自分は20代で若く、自分に子供が当時いなかったながらに想像を絶するなかなかの映画でトラウマになっていた。 そこから月日が経ち、自分が妊娠した際に、なんとふと思い出し、妊娠中に(!)この事件の本質は何なのか? を知りたくなり本書を読みました。 事件の経緯だけを切り取って見ると鬼畜きわまりないし、出産をした今、自分が、我が子に対して同じことができるか? 答えはNOです。もちろん。 でも、それももしかして紙一重なのか?とも思わされました。 もちろん前提には彼女の生い立ちの背景もあったと思う。 ”教育者”の父。若くして一人で子供2人を抱えることになってしまった、22歳の若者。36歳の私から見ると22歳は子供だ。 精神が成熟しきっていない年齢だし、そこに彼女の生い立ちがあり、さらに追い討ちをかけるような誓約書。 いきなり母にはなれないし、いい母親になんて、もっとなれない。 それは誰だってそうだ。 そういう時に、社会や、他の人間や、そういう人の助けや、気持ちの吐き出し口や、そういったものを活用して行って、みんなで子供を育てるのが理想だと思う。 でもそれは結局そういう場所があること、金銭的にも援助できると知っているか、などの知識がなければ本当に必要な人には届かない。 きっと彼女もそうだったと思う。 もし、彼女が行政に頼るという知識があれば。 もし、誰かに苦しいって、助けを求められれば。 もし、周りの人間が異変に気づければ。 もし、子供のことを一緒に考えてくれる人がいたら。 そんなたくさんの『もし』を並べても仕方ないのはわかってる。 でも、もしたくさんの『もし』があれば、子供たちは今も生きてくれていたかもしれない。 そう思うといたたまれない。 彼女は彼女で苦しかったと思う。 だけど、子供は子供で関係のないことで、元気に、生きる権利がある。 苦しいほどの描写で本としては星を5つけるべきだと思うけど、なんだかこの題材の本を星5にするのは違う気がして、4。
0投稿日: 2026.01.06
powered by ブクログ大阪2児餓死事件ルポ。 この手の読み物に感じることは毎回二つ。 親に向いてないと分かれば即手放せる制度が必要だ。 虐待親には一切の共感はしない。
0投稿日: 2025.09.11
powered by ブクログ家族の関係性、トラウマ、女性の貧困、社会とのつながりの希薄化など、多角的に事件を見て、育児への向き合い方を深めるきっかけになりました。 今回は事件になったからこれだけ騒がれて有名になりましたが、同じくらい凄惨な環境で生きている人が他にもいる、全ては当てはまらなくとも同様の苦しみを感じる人がいることに思いを馳せると、複雑な気持ちになります。 本書の途中ではこんなデータも出てきています。 "国立社会保障・人口問題研究所の分析によると、二十歳から六十四歳までの勤労世代で、単身で暮らす女性の三分の一が「貧困」だ。六十五歳以上の単身者では五十二パーセント、十九歳以下の子どもがいる母子家庭では、五十七パーセントが貧困層だ。" (p.201 第四章『離婚』より) 私たちは、こういった人たちをサポートしていかなければならないと思いますが、自己責任の風潮が強まった昨今の社会がそれを許すのでしょうか。非常に問題は根深いと思いました。2013年刊行の本ですが、10年以上経った今もなお、同様の問題は解消しきれていないと思います。
1投稿日: 2025.05.26
powered by ブクログ誤字が多いのが気になります。「(ママ)」の引用部分ではなくて地の文です。こんなに誤字だらけで取材依頼文とかよこされたとしたら私なら断ってしまうと思います。 たとえ教員本人が熱望したとしても、部活動による長時間労働はネグレクトや虐待の原因や遠因となりうるということを改めて考えさせられました。周囲は「シングルファーザーに花園目指して猛特訓なんてさせられない」と思っても、代わりがいないから口出せなかっただろうと思います。
0投稿日: 2025.04.04
powered by ブクログあまりにも衝撃的だった事件で、ニュースで流れる表層的なところしか知らなかったけど、知れば知るほど救いがなさすぎて辛かった。
0投稿日: 2025.03.10
powered by ブクログ子どもが大きくなるにつれ、子どもとは本当に手のかかるものであるということを実感している。 乳幼児期の大変さは言わずもがなであるが、その後の気の使い様、また別の手のかかり具合を考えると、単身親が1人でで育てることの困難さは簡単に想像できる。 子育ては大変で難しい。これは誰にでも当てはまることだと思う。だからこそ、育てている人を孤立させず、沢山の大人が守っていくことの大事さを痛感した。
0投稿日: 2025.02.16
powered by ブクログこの事件を知った当時は、衝撃だった。 このようなことが何故起きたのか? 何故、誰も気づけなかったのか? あまりにも酷い事件に真正面から見ることはできなかった。 時が経ち、しばらく前にTVで放送されているのを見てこの事件を思い返した。 2010年夏、3歳女児と1歳9ヶ月の男児の死体が大阪市内のマンションで発見された。 母親は、懲役30年の判決が確定している。 このルポは、事件の詳細とこの母の生い立ちから高校時代や結婚、離婚を経て子ども2人と暮らすまでを書いている。 彼女が子どもと暮らすことが可能だと元夫や義母や実父は思っていたのだろうか。 行政はどこまで知り、対応ができたのか? こうなった後にいろんなことを考えてしまう。 もしかすると今も彼女と同じようにひとりで子どもを抱え苦しんでいる人がいるのでは…と思うと苦しい。
59投稿日: 2025.01.30
powered by ブクログ本当に痛ましい事件。この母親は、非常に自分勝手で最低な母親だとテレビやマスコミを通して伝えられている。でも、このルポを読み、丁寧にこの事件が何故起きてしまったのかを紐解いていくと、この母親の生い立ちや取り巻く環境の冷酷さに愕然とする。この母親は確かに問題があるしやったことは決して許されることではないのだが、家族や社会から見捨てられて、全てを背負わされた悲劇の人でもあると思う。子どもは一番の被害者。元夫や親たちにも責任はある。SOSは出ていた。見てみぬふりをして切り捨てた罪はないのか?
1投稿日: 2025.01.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
わがままを言えない、大事なことを言えない、自分に嘘をつくってだれにでも当てはまるし自分にも当てはまるからだれもがこうなる可能性あるなあ〜と思った
0投稿日: 2024.10.16
powered by ブクログ虐待の負の連鎖はこうやって起こるものなのかと... 加害者の生育歴や事件までの詳細な行動を知りながら事件を見つめ直すことで、ただの"ひどい母親"が起こした事件という視点では考えられなくなる。また、センセーショナルに描かずに心理的な推測も交えた分析を行なっていることで、精神病の感覚を掴みやすい。 加害者の周囲の大人は加害者に安心を与えられなかったのか?助けをキャッチする優しさを一瞬でも持てなかったのか? 加害者がなぜ助けを求められず、1人で抱えこみ、子どもという最も弱いものに皺寄せがいってしまったのか 加害者含め、周りの大人たちが責任感と想像する力がなさすぎる 現代社会は事件当時よりも人間関係が希薄になり、自己責任論が強く、想像力をもてる大人が少なくなっていると思うが、少なくとも私自身がそうならないように、ふと思い出して生きていきたい
1投稿日: 2024.10.04
powered by ブクログ映画「子宮に沈める」、山田詠美「つみびと」、角田光代「坂の途中の家」を読み、最後に手を取った本 母親の救済なしに子供を助けることはできない
0投稿日: 2024.07.15
powered by ブクログこの事件を初めて知った時、怒りと悲しみでいっぱいになり、あまりにも悲惨で酷い事件だと思った それ以降、テレビでこの事件が取り上げられるたびにすぐにチャンネルをかえていた この本を読み終わったあとは、必ずしも母親だけが悪かったわけではないことが分かる この事件が起きる前に、この親子の前にはたくさん『生きるため』の分岐点があって、どこか一つでもきちんと機能していたら幼い子どもたちは悲惨な亡くなり方をしていなかったと思う もちろん、子どもを放置した母親が悪いのだけど…この事件は決してそれだけではない 子どもたちには父親も祖父母もいたのだ この事件から10年ほどたっているけれど、相変わらず虐待で亡くなっていく子どもがいることがずっとしんどい
2投稿日: 2024.06.28
powered by ブクログ山田詠美さんの「つみびと」を読み、こちらも拝読。 育児放棄した母親が幼子を餓死させた、と聞くと残忍な事件ですが、その母親の生い立ちや背景を遡っていくことで、問題の本質が見えてくるのだと思います。身近な大人たちがなぜか手を差し伸べない。 元夫からの養育費がもらえない。母親だけが悪者なのだろうか。色々考えさせられます。
14投稿日: 2024.05.05
powered by ブクログみんながみんな本書のような親ではないと思うが、虐待する親の人物像を垣間見ることができた。少なくとも本書を読めば、幼い子どもの死はこの親だけの責任とは言えないだろう。かと言って、この母親の夫や両親や友人、行政の職員、近所の人など、特定の誰かに責任を擦りつけられるほど単純な話でもない。 母親に「罪を償え」というのは簡単だが、そうした態度は母親に酷い仕打ちをして、さらなる孤立を招いてはいないだろうか。「私はこんな母親にはならない」という声もあろうが、それは色んな意味で恵まれた人だと思う。虐待はなくしていかねばならないが、それは特定の誰かを罰することで実現するものではなく、虐待が起こる状況にもっと目を向けるべきではないかと思った。
1投稿日: 2024.02.19
powered by ブクログ出版社(筑摩書房)ページ https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480067357/ 内容、目次
0投稿日: 2024.01.23
powered by ブクログ「教誨」という本の、参考文献に上がっていたのが気になったので読んでみました。「教誨」同様、犯罪者への理解が、犯罪を減らすのではないかと思った。犯罪者を一方的に悪とみなして罰を与えても、なんの解決にもならないのかもしれない。犯罪者を、犯罪者にしたのは、関わった全ての人や環境に要因があるのだということ。この本の内容に関して言えば、子育てを母親にだけ押し付けて罪に問うのが本当に正しいことなのか?離婚にいたり、子どもをどうするか決める時に、子供のことを第一に考えて、関わる全ての人達でその子を育てて行けるよう考えるべきでは無いのか。確かに母親のしたことは許されないこと、だけど、母親も、元夫や義両親、両親、行政に何度も周囲に助けを求めている。残念ながらその全てがうまくいかず、絶望してしまった。それでも、責任は母親だけにあると言えるのだろうか?
0投稿日: 2023.10.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読む前からニュース記事を読んで事件の概要は知っていたので、犯人はとても残酷な方だと他人事のように思っていた。でも本を読んでいくとどこか自分にも重なる点があって他人事には思えなくなっていった。 また物事の捉え方、思考の仕方などが未熟な点や幼少期の不安定な家族関係が今回の事件に関係していて、それは本人だけの問題ではないと思った。 母親から助けて欲しいと周囲に言う努力も大事だけど、それと同じくらい周囲の人の助けが必要か声をかける努力は大事だと感じた。 この事件には母子家庭の貧困、子育て支援、核家族化、近所付き合いが疎遠になるとか色々な時代背景が関連してて簡単には理解できないなと思った。 犯人は残酷な結果を残してるけど、それは本人だけが起こした事ではなかったのかなと考え直す機会になる本だった。 さくさくと読めたので星4つ
1投稿日: 2023.05.15
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
一体どういう気持ちで子供達を放置して遊び回っていたんだろう、どうして衰弱している子供を置いて行くことができたんだろう、どうして悲劇は防げなかったんだろう 色々な疑問の答えを知りたくて読んだ本 母親(芽衣(仮名))の幼少期頃から子供達を死なせてしまうまでのこと、芽衣さんの父親のこと、高校生の時のこと、結婚から離婚までのこと そして著者が考える事件の真因が書かれている 著者と芽衣さんが1度しか会えてないというのが残念だった 芽衣さん寄りに書かれているなあと思ったけど、虐待死させたという結果だけでなく芽衣さんが抱えていた問題を知ることができたのは、違う角度から虐待問題を考えるきっかけになって良かったと思った
1投稿日: 2023.05.14
powered by ブクログ2022/3/17 有名な虐待死事件。 著者がだいぶ母親寄りになっているな、と読み進めていくと、その理由もわかる。 誰もこの母親の味方となる人はいない。 ただ、仮名で書かれているのに本名が出てしまっている部分があって校正が。。
0投稿日: 2022.03.17
powered by ブクログなぜこのような事件が起きたのか 疑問でした。 そして背景を知ることで、答えが見つかるのではと思いました。 こどもは社会が守るべきだと強く思いました。 sosに敏感になること 心配しすぎることは余計なお世話ではないと言うことです。 余計なお世話をする人がいたら 救えた命だったかもしれない。 余計なお世話を焼く人でありたい。
2投稿日: 2022.03.01
powered by ブクログ山田詠美さんの「つみびと」を読んで、実際どういうことだったのかとこの本を手に取りました。 置き去りにしたことは信じられないこと。 でも子供たちの父親の無責任さ、義父母の冷たさ、被告人の実父の勘違いな教育?に驚きました。実の子であり可愛い孫なら被告人のことは抜きで保護するんじゃないかと思いました。 空回りな家族。 想像力に欠け、慈しみのない人たちとしか思えなかった。 そういう大人たちの犠牲になったということなんだろうな。
2投稿日: 2022.02.26
powered by ブクログ読みやすく分かりやすい。 ノンフィクション おしゃれとは、自分をよく見せようとするのではなくて、自分の隠したいことに被せるためのもの。 書き手の口調が良い。 読んで、我が子を死なせてしまった母親はもちろん刑に服すべきだが、背景に奥の奥の物語があり、悲劇が重なって起きたのだと思った。 でも子どもは二度と戻ってこない。本当に苦しく悲しい事件。 教育に携わる職の資格なもつ私は、こうした親御さんもいることは知っておいた方が良いと思った。自分にできることはないか、この様なことにならぬよう親を助けられる社会の仕組みを作ることができないだろうか、虐待をする心理を撲滅させることが命を救うのではないだろうか、など浅はかな素人の私は実直に思いました
3投稿日: 2021.10.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
この本を読むまで、私は虐待する親は単なる卑劣な人間なのだと思っていた。 読みながら母親だけを責めるのはおかしくないか?と思った。 ただただ虐待死させたという点だけを責めるのであれば簡単である。 しかし、この事件が起きたことで、行政だけでなく、周りの一人一人が近しい人に力を貸してあげることが、このような事件を以降招かないために必要なことではないだろうか。 読んでいけば、この母親は最初は子育てを頑張っていた。 身から出た錆とは言えども、専業主婦だった母に子どもを2人押し付け、自分は養育費も払わない、子どもを預かって欲しいと言われても拒否する元夫に対して、なんの糾弾もないのは不思議でしかたがない。 私からすれば、元夫が一切の援助をしなかったために起きたことと言っても過言ではない。 監禁にせよ、置き去りにせよ、元夫や父親が手を差し伸べていれば起きなかったのではないだろうか。 また、マンションで子どもが1日中泣いていて、通報したのが女性一人というのも、中々考えられない出来事である。 しかしながら、私も「よそはよそ。うちはうち」と育てられたし、ご近所トラブルは御免という認識がマンション住民にもあったのだろうと思う。 手当の申請に関しても、周りは簡単に言うけれど、離婚して子供二人を育てながら役所に言ってあれこれ書かされる。 収入がないことに関しても証明書を出せと。 そこに気力もいるし、理解力もいる。 いろんなことが重なっている中で、母親が優先順位を間違うのは当然のこと。 気持ちの整理もつかず、仕事はなく、途方に暮れるのは当然ではないだろうか。 張り詰めた糸が切れた結果、二児置き去り事件が起きた。 母親の行動には常識的には理解できないものも多くある。 しかし、自分が追い詰められたとき、果たしてこの母親と同じことをしないと言い切れるだろうか? 思いとどまれるだけの知識や教養、家族関係がある人なら別だが、この母親と同じ知識と教養、家族関係であっても「私はそんなことしない」と断言できる人はどれほどいるだろうか。
1投稿日: 2021.07.25
powered by ブクログ最初の章は、子ども二人が餓死するまでのお母さんの動きを追いかけたもので。もう、なんとも言えない怒りが込み上げるものでした。 が。 次章からのそのお母さんの生い立ちを追って行くにつれ、、、、 このお母さんの悲鳴が本から聞こえてくるんじゃないか、、、と、思うほどに、追い詰められていく声が聞こえてきました。 誰かホント、気がついてあげて! 助けてあげて! 手を差し伸べてあげて!!! っていう。 子ども二人を餓死させたことはホントに痛ましく、、、自分の子どもを思うと信じられないと思うけれど、、、このお母さんの気持ちを考えると、、、このお母さんもとても救われなかったと、、、、もしかしたら、死んでたのはこのお母さん自身だったのかもしれない。とも思えた。 世にまだまだいるお母さん達の悲鳴。 少しでも多くのお母さんを救って、子どもたちが救われますように。。。
5投稿日: 2021.04.03
powered by ブクログ内容は薄いし、著者の勉強不足、取材不足を感じるが事件の内容をまとめて知りたい方にはちょうど良いと思う。
0投稿日: 2021.02.08
powered by ブクログ一時期大きく報じられた標記事件に迫ったルポという体なのですが、加害者本人と信頼関係が構築できなかったのか、面会が途中で絶えています。 代わりに周辺に取材をしているのですが、事件の原因を加害者自身ではなく周囲に求める取材姿勢が貫かれており、一方的で浅い分析に留まっています。 読んだ後に、見識が深まったという認識は得られませんでした。
0投稿日: 2020.12.26
powered by ブクログhttps://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480067357/
0投稿日: 2020.05.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
実際にあった児童虐待ケースについて母の生育歴から詳細に辿っており事件が起こった経過がよく理解できた。 西澤哲先生の解釈も記されており、児童虐待に携わる人にとってはとても深い学びが得られるだろう。 一方で、母の妹たちについての記述が少なく、母との姉妹の関係性についてはどのように考察されているのだろうかと気になった。
0投稿日: 2020.04.19
powered by ブクログ逃げることが癖になっている。 思考は停止して、現実に誠実に向き合えない。 嘘をつき、見栄を張る。 それは、自分にもうそをつくことだ。 これが病気なのか? ただの愚かさではないのか? もちろん、育った環境は悪い。 父親も、愛情をかけたつもりになっているだけ。 母親も、ろくでもない。 それでも、結婚して幸せだった状態を壊したのは、本人だ。 みんな、ささやかな幸せを、必死で守って生活しているのだ。 大切なものを守るために、己を律して、生活を正して、気をつけて生きているのだ。 嘘つきは泥棒の始まり。 この言葉は、本当だと思う。 自分には甘いけれど、周りを大切にすることはできない。 差し伸べられた手を、恩を、あだで返す。 はっきり言って、早苗さんのような人とは関わりたくない。 だから、離婚した時も、誰もが彼女に背中を向けたのだろう。 誰もが、彼女とは関わりたくなかったのだろう。 私は当然だと思う。 嘘をつき、周りを傷つけ、借金をし、不倫をし、自分はすぐに逃げ出して、コミュニケーションもとれない。 そんな人の世話なんて、したくない。 可愛そうな環境で育った。 人間として不安定で、未熟で、安心の欠けたまま大人になってしまった。 良き母親のモデルを知らないまま、子供を産んでしまった。 だから、犯罪を犯すのは、仕方がない。 のか?? 私はこういった弱者に厳しいのかもしれない。 それでも、身近に早苗さんのような人がいたら、私は避けると思う。 関わりたくない。 彼女には他に選択肢がなかったかのような書き方だけれど、違うと思う。 子供のいる部屋に足を向けるポイントは、きっといっぱいあったはずなのだ。 せめて、毎日、パンだけでもあたえてやっていれば。 そう思うのは、やはり、早苗さんに寄り添う気になれないから、だろうな。
0投稿日: 2019.10.18
powered by ブクログやりきれない。 彼女の弱さは自分にもある弱さだと身につまされる。 親をあてにはできないと子どもの頃に刷り込まれると、周囲に助けを求める方法がわからなくなる。 亡くなった幼い子ども達が可哀想なのは勿論だが、彼女自身もネグレクトの被害者なのに、彼女の父親にその意識は薄く感じた。 虐待の連鎖の発端は、親自身自覚せずに始まる。 だが、一度堕ちてしまうとそこから抜け出すこと(抜けさせること)がいかに困難であることか。 彼女が自分自身の価値を見いだせるようになることを望む。
2投稿日: 2019.08.06
powered by ブクログ4.5 熱心な取材に基づき、母の背景から原因を探っていった本書。母の生い立ちや周りの者たちのことなど、よく書かれていると思う。 母とは一度の面接だけ、元夫からは取材を得られなかった分、母の友人や母方祖父母、当時の勤務先の店長、マンション住民などから細かく聞き出して姿を描き出せていたと思う。 とても興味深い一冊。 簡単に「母」を降りられるように、そして子育てを母に押し付けてない世の中になるように願うばかり。
0投稿日: 2019.07.01
powered by ブクログ事件当時、ちょうど同じ年の子供達が自分の家にもいたので、暫くすごくショックを受けたのを覚えています。今一度、気持ちの整理をと思い手にとって見ましたが、やはり母親の気持ちは理解しかねます。
0投稿日: 2019.05.18
powered by ブクログ鬼親のせいと個人の問題に閉じ込められがちな虐待の問題について、豊富な取材に依拠しつつ、トラウマ体験や事故率の問題と結びつけながら描いている。
0投稿日: 2019.03.28
powered by ブクログ「虐待」と聞くと親を責めたくなるし、私も本作を読むまではそうでした。 しかし、本作を読むと親の周りの環境が、こういった残酷な事件に繋がることもあると考えさせられました。 もちろん「虐待」(今回の場合はネグレクト)はいけないものだと私は考えます。 ただ、親ばかりが悪いのでは無い。では他の悪はなんなのか? こういったことを考えさせられるものになっています。
2投稿日: 2019.01.11
powered by ブクログ事件から結構時間が経ったけどなぜか頭に残り続けていて、どっかがまとめてたりしないのかな〜と探してたらちょうどちくまが新書を出していた!一気に読んでしまった。被告人の周囲の人たちの証言や事件までの経緯の陳述で、少しでも理解できたのではと思うけど、果たして 報道されてたときはとにかく子供ふたり置き去りにして遊びまくって挙句死なせたってことがめちゃ衝撃で、そんなん平気でやっちまうとか悪魔の所業だな…と単純に思ってたけど事態はそう簡単ではないというか、その人の歴史を遡ってはじてて見えてくる病理の存在を知れてよかった。後味と歯切れは悪いが
0投稿日: 2018.11.26
powered by ブクログ大阪二児置き去り事件死のルポタージュ 最後まで母親でいようとした芽衣(仮名)さん、著者が言っているように、自身の幼少期と重なるから「自分以外の誰からも見捨てられた」我が子を見ていられなかったのか 許されることではない、でも、裁判では表面的な要素しか判断してもらえない。
0投稿日: 2018.09.13
powered by ブクログ著者は芽衣さんにかなり感情移入しているようで周りの他者に責任を問えないかという視点がいたるところに見受けられるように思います。 ただ本人が重要なタイミングで更生のチャンスが与えられていたにもかかわらず自ら捨て去っている事には病気や生い立ちを理由に責任追及をしていないように感じます。 著者のスタンスとしてあえて追及しないようにしているのかもしれませんが。 再発防止は可能なのかという視点で読み進めましたが個人情報保護が過剰に取り沙汰される現代においては自ずから限界があるのかなと感じました。 仮に自分がこの業務に携わった時果たして何ができるのか。 自分の中で全く答えは出ませんでしたがこの事件は忘れないようにしないといけないと強く感じました。
1投稿日: 2018.02.15
powered by ブクログこの事件ほど驚愕した事件もない。 子育てを棄権した人であれば、胸が苦しくなる事件であったと思う。身勝手であるという単純な言葉で保護者を非難できない何かがある。一体、この違和感は何であろうか。本を読み進めるうちに、あまりにも違う世界のことであることがわかる。決して他人事とは思えないといつものコメンテーターはいっていたのを思い出すが、理解しようとしても理解できなかった。どこか人の心を置いてきてしまった世界である。所謂猟奇殺人も理解不能であるが、このケースはそれとも違う。 きっと、子育てをしていた経験から、子供に腹が立っても必ず愛おしい気持ちがあるものだという常識が打ちのめされたからであろうか。未だに、この違和感はぬぐうことができない
0投稿日: 2017.04.05
powered by ブクログ何度か最後まで読むのやめようかと思った 頑張りすぎたらあかんねん もう怖い 助けてほしいときはがまんせんと言わなあかん甘えとちゃうねん と思った
0投稿日: 2017.01.07
powered by ブクログ虐待事件をニュースで見るたびいつも思う。母親はもちろんだけど、父親や祖父母はなぜ責められないのか。元夫は加害者を責める資格があったのか。2人の子どもの最期を思うとやりきれない。愛の反対は無関心というけれど、本当にそうだと思う。母親になった瞬間から、逃げられない責任を負う。当たり前だけれど、それを受け止める力がない女性でも妊娠、出産してしまう現実。大切なのは母親1人で子育てなんてできっこないことを、世の中が理解することではないかと強く思う。
0投稿日: 2016.10.17
powered by ブクログルポルタージュやノンフィクションと呼ばれるものを殆ど読んだことがない。取材を必要とする職に就いたこともない。 だから、正直に言って、この本がそういった類の文章として優れているか、私にはわからない。 ただ、ひとつ言えることは、この人の文からは、自分の声と、取材した人の声を、混ぜまいとする意志が感じられた。 それは、とても良いことだと思う。 ----- 2016_055【読了メモ】(160906 18:12)杉山春『ルポ 虐待ー大阪二児置き去り死事件』/ちくま新書/2013 Sep
0投稿日: 2016.09.06
powered by ブクログ友人が最近この事件の映画を見たと話していて気になり調べたら本も出ていることを知り読んでみた。読む前と読んだ後では思う事が変わった。 『助けて』この一言が言えなかったんだなぁ。 読んでいて息苦し、胸が締め付けられる思いだった。
0投稿日: 2016.04.27
powered by ブクログ図書館で借りた。もうそんなに前のことになるんだな、この事件。読み始めた時はどんな生育の事情があれど子どもを置いて男と遊ぶなんて許せないと思ってたけど、読み終わる頃にはやっぱりこの母親だけが悪いんじゃないって思った。何回も何回も、行政や友達や家族が介入するチャンスはあったし助けを求めてた。被告は父子家庭だったけど父親も変だし被告の元夫も元姑も変!元夫は「一生刑務所で過ごしてほしい」元々姑は「極刑を望む」と言ったらしいけど理解できないよ!意味がわからなかったけど元夫たちは「遺族」になるんだね…私からしたら共犯者だけど!それが一番腹が立った。助けを求めても無視して…お前が罪を償えよ!って思った。被告に同情はしないけど、やはり精神的に病気だったんじゃないかなと思う。ただただ子どもたちがかわいそうで涙が出る…生まれ変わったら必ず幸せに…。そしてもうこんな事件が起こらないようにと願うばかり。願うばかりでどうしたらいいのかは私にはやっぱりわからないけど。
0投稿日: 2016.02.21
powered by ブクログマンションの一室に二人の幼い子どもが置き去りにされて亡くなった事件のルポルタージュです。 読むまでは自分には関係のない事件だと思っていました。それは遠いところでおきていて、どこかで現実にあった事件と思えなかったのかもしれません。 でも、私はこの事件の母親だったかもしれない。子どもの泣き声を聞いていながら、二人を救えなかった人だったかもしれない。読んでみて、そう思いました。 これは現実にあった事件です。置き去りにした母親だけが悪かったのでしょうか? 私にはわかりませんでした。事件のことを知ることから始めませんか? (ちょこっと)
0投稿日: 2015.12.03
powered by ブクログ余裕のない環境、社会からの途絶 甘えを許さない空気 自分だけが損をすることに怒り、他の者を陥れよう考えてしまう妬み 簡単に解決できない問題が山済みであることが如実に感じ取れる
0投稿日: 2015.09.23
powered by ブクログ2015.6.18読了。 事件の詳細について書かれた章は、読むのがとても辛かった。亡くなった子供と年齢の近い我が子たちの姿がダブり、涙が抑えられず、何度も本を閉じて深呼吸したほどである。 そして何とか被告やその父の生い立ち、周囲の状況について読み進むにつれ、沸き上がってきたのは怒りにも似た感情だった。 もちろん、こうして遠くから事件について「読んだ」立場だからこそ言えることだとは思う。けれど、もう少し誰か、子供の生きる権利…「人権」に、思いを馳せる人がいれば…と思えてならない。 夫とよく、日本で起きる家族間のいざこざや事件は、人権意識の低さも原因のひとつなのではないか、と話している。この事件でも、「母親が子供をなんとかすべし」という規範意識が「子供を安全に保護する方法を考えなければ」という意識を上回っているようだし、被告の父に至っては、被告に子育てさせることに制裁のような意味合いを持たせていたようだ。 著者も指摘しているように、家族が「一家の問題児」を「厄介払い」することが優先され、「子供のためにどうすべきか」という視点がこの家族の言動からは見えてこない。それも、私にはかなりショックだった。 ただ家族や周囲の人の立場にたてば、結婚後しばらくは「普通に」暮らせていた(ように見えた)被告が豹変し、「裏切られた」という思いが強くなれば冷静に考えるのは難しかっただろう。友人知人にしても、元々虚言癖のような症状がある人の「真実」を見抜くには膨大なエネルギーと時間を要するだろうから、そこまで踏み込めなかったとしても責めることはできない。 いずれにしてもやりきれない思いばかりが残り、読み終えてもしばらくは呆然としてしまった。 残念だが、母性信仰が強いうちはこのような事件はまた起きてしまうのではないかと思う。著者が最後に述べているように、子供のためを第一に考えるなら、母親が母親役割を降りても子供が生き延びられるような、そんな仕組みができていくことを祈ってやまない。
0投稿日: 2015.06.22
powered by ブクログ虐待を描いた本は、読んだ後 心が荒む・・・。 けど、「なんでそうなってしまうんだろう」 と読んでしまう。。 不幸の連鎖としか言いようがない話。。 夫や夫の家族も見て見ぬふりだったのが 切ない・・・。 心配でつきまとえば「ストーカー」と言われる 昨今・・・。でも「ストーカー」も実際いる わけで。。うまい「人との係り合い」って ますます難しい。。 なんか歪んでいる国になって行くなあ と言う気がしてならない。
0投稿日: 2014.12.18
powered by ブクログなんともやるせない、重たい読後。 子育ては、確かに夫婦揃っていても大変。若いシングルマザーでは尚更。 だから、行政含め周囲の手助けの必要性が叫ばれるのだろうが。 判決では、殺意を認めているが、この人の場合病気でしょう。だからと言って、量刑を軽くする必要も無いとは思うが。 また、裁判では遺族感情が厳罰を望んでいるとの証言があった様だが、遺族側にも幾ばくかの子供を養育を助ける責任はあったのではないかと思う。ここら辺は裁判ではでてこなかったのかな。 元夫にも、その家族にも、被告の父親にもまた、生みの母親にも法的責任の有無は別にして、人道的責任はあるんじゃないかな。 周囲に少々の想像力があれは、この事件は防げた気がするが、何れにしても幼い子供が犠牲になるのは、本当に辛い。でも、最近も増えてる気がするのは私だけでしょうか。
1投稿日: 2014.11.30
powered by ブクログフリーのルポライターでネグレクトに関する著書もある杉山春さんによる「大阪二児置き去り死事件」のルポ。この事件の大枠をほぼ完璧にとらえるとともに、社会の深層にある問題点も浮き彫りにできていると思います。第1章「事件」では、事件の経緯を詳細にたどります。正直、この章は読んでいるのがつらくなりました。第2章「父の物語」は、亡くなった子供の母親である芽衣さん(仮名)の父の物語と芽衣さんの中学までの物語です。この事件の萌芽は、この時期にあると僕は感じました。第3章「高校時代」は、芽衣さんの人生で唯一幸せだったと思われる時期を描いています。第4章「離婚」は、そんな幸せな生活に自ら幕を下ろし、転落していく物語になっています。第5章「母なるものとは」では、この事件の総括と、風俗で働く母親へのインタビューなどが書かれています。
0投稿日: 2014.09.30
powered by ブクログ2014.8.30 子どもの最善の利益は誰が考える? 私の大変さ、を理解することだけじゃ子どもは救えない。
0投稿日: 2014.09.02
powered by ブクログ虐待死事件の背景を多方面から探っている。 「母親だけが悪かったのか?」 考えさせられた。 大阪二児置き去り死事件ほど重大ではないにしろ、似たような事例はたくさん起きているであろう。そんな環境にいる子どもたちを救うには、「母親だけが子育ての責任を負わなくてもよい」という考えが社会に浸透する必要があるのではないか。
0投稿日: 2014.08.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
母親一人の異常性ではなく、母親の生育歴をふくめた今回の事件を検証しており、何ともやるせない気分になった。判決に私情挟めないだろうが、ネグレクトもDVも歪んだ負の連鎖であり、断ち切ることの大変さを感じた。
0投稿日: 2014.08.24
powered by ブクログ子どもがいない大人や、子育てに積極的に関わっていない大人たちはもちろん、これから子育てを始める若い人たちにも、是非とも読んでもらいたい本。 なぜこんなひどい事件が起きたのか、なぜこんな小さい子供たちが、たくさんの大人たちが暮らす街の中で誰にもケアしてもらえずに死ななければならなかったのか。読み進めると怒りがわいてくる。子を持つ親であれば、皆が感じる怒りだろうと思う。 怒りに堪えきれなくなって、最後のページを読んだ。 「母親だけが子育ての責任を負わなくていいということが当たり前になれば、大勢の子どもたちが幸せになる」 この言葉に救われた気がして、この本を一気に読み終えた。 子どもたちは親や家族の所有物ではなく、社会の子。親や家族が子育ての責任を放棄してよいということではないが、その責任を、子を持たない大人たちも含めて周囲が等しく負ってくれたら、どんなに子供を育てやすい世の中になるだろう。 幼少時にネグレクトを受けた子供が、母親になってその子にネグレクトを繰り返す。そんな最悪なスパイラルも、子どもは社会が育てるもの、という概念さえ浸透していれば、繰り返されずにすむのではないかという気がしてならない。
0投稿日: 2014.07.25
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
2010年の大阪二児置き去り死事件を扱ったルポルタージュ。本名は広く知られていると思うが本書では仮名が用いられている。 印象に残ったのが、当時の名古屋市中央児童相談所課長の「水商売で単親で、若年出産で住民票がない。子育て環境は最悪です。(略)ただ、同じような生活形態の方は大勢います。それだけで虐待だと断定すれば失礼になる(後略)」という言葉。 いやいや、もうその環境だけで子供にとっては虐待だろう。この母親やその父親に問題があるとか、いや、これは社会全体の問題なのだとか議論は色々あるだろうが、責任の所在などどうでもいい。 ママを選んで産まれて来た云々という脳内お花畑の言説も稀に聞くが、子供は母親を選べない。 とにかく、育てられない奴には子供を産ませるな、この手の事件を耳にする度そう思う。
0投稿日: 2014.06.14
powered by ブクログどうすればこのような事件が防げるのか思いながら読んだ。母親一人の責任とするには余りに酷。実父がもっと包容的なら、実母がもっと便りがいがあれば、元夫家族がもっと寛容なら、児相が母親と会えていれば…など、こうだったらと思うことはきりがないが、母親はどの救済可能性にも引っ掛からなかった。どうすればいいと言うことは一言では言えないが、虐待、精神疾患、育児、家族等々、今後人として生きやすい世の中にしていくための課題が多いということだけは理解できた。
0投稿日: 2014.05.08
powered by ブクログ3月の終わりに『永山則夫 封印された鑑定記録』を読んだとき、まだ読んでなかったけれど、『ルポ 虐待 大阪二児置き去り死事件』は、たぶん同じような本なのだと思った。そして、4月半ばに『ルポ 虐待』を読んだあと、もういちど『永山則夫』を読んだ。 二つの本は、やはり似ていた。 "母"の呪いにさいなまれるという点では、『ルポ 虐待』は、『障害のある子の親である私たち』にも似ている気がした。母はこうあらねばならない、親なのだからこうすべきだといった呪い、「やさしく愛情にみちたお母さん」という呪いが、母でもある女性をくるしめることがある。 2010年の夏、幼い2人の子どもの死体が大阪市内のマンションで発見された。2人の母親は「子どもを放置して男と遊び回っていた」とものすごい非難を受けていた(私はあとから頼まれてこの事件の発覚当時の新聞記事を図書館で集めたこともあって、よけいに印象に残っている)。 複数のメディアが、母親の芽衣さん(仮名)に拘置所で接見し「なぜ子どもたちを放置したのか、どんな気持ちだったのか」と尋ねている。そのひとつ、事件発覚から半年以上が経った時点でのインタビューで報じられた芽衣さんの「肉声」は「考えても考えても、自分がやったこととは思えない。なぜこうなってしまったのか、自分の中でもまだ整理ができていないんです」(『週刊現代』2011年3月5日号)というものだった。 「なぜ、わが子をネグレクトして亡くしたのか。答えを見出すには、自分自身に向き合う長く厳しい作業が必要だろう。治療の力を借りなければ、自分を取り戻すことはできないのではないか」(p.13)と著者は考え、芽衣さんに初めて会ったときに踏み込んだ話はしなかった。 著者と会った理由を「子どもたちの仏前にお菓子を供えてくださったと手紙にあったからです。お礼がいいたくて」(p.7)と語った芽衣さんとは、その後何度か拘置所を訪ねたものの面会はかなわなかったそうだ。著者がそれから芽衣さんの姿を見たのは一審の法廷。 大阪地裁でおこなわれた7日間の裁判員裁判(一審)で、芽衣さんは懲役30年の判決を受けた。芽衣さんは上告したが、二審判決は控訴棄却、「殺意はなかった」とさらに上告したものの、2013年の春に最高裁は上告を退ける決定をし、懲役30年の判決は確定した。児童虐待死事件としては例をみない年数である。 著者は、芽衣さんとは会えないまま、事件の経緯を追い、芽衣さんの人生をたどる。芽衣さんが夫と子ども2人と暮らした町を歩き、実父や元夫、近所の人たちや友人たちの話を聞き、裁判での証言をまじえて、芽衣さんの生育歴を記していく。 若い結婚をして、間もなく妊娠した芽衣さんは「早くママになりたかった」と心理鑑定で語ったという。芽衣さんは、離婚を考えてはいなかったが夫の親を交えた話し合いで離婚は決まってしまい、自分は育てられないという声をあげられないまま、芽衣さんが幼い2人の子を引き受けることになっていた。 ひとりでの子育ては、芽衣さんに「見捨てられた幼少期の自分」を強く感じさせたのだろう。まるでかつての自分を見るようなわが子の姿から芽衣さんは目をそむけ、その姿から逃げるのに必死だった。「自分」を直視できず、夢の世界に逃げた。それが瞬く間に50日という放置の時間となった。 悲劇の真因は、芽衣さんが「よい母親であること」に強いこだわりを持っていたことだ、と著者は書く。 ▼だめな母親でもいいと思えれば、助けは呼べただろう。「風俗嬢」の中には夜間の託児所にわが子を置き去りにして、児童相談所に通報される者がいる。立派な母親であり続けようとしなければ、そのようにして、あおいちゃんと環君が保護されることもあったのかもしれない。 だが、芽衣さんは母親であることから降りることができなかった。 自分が持つことができなかった立派な母親になり、あおいちゃんを育てることで、愛情に恵まれなかった自分自身を育てようとした。 だからこそ、孤独に泣き叫ぶ子どもに向き合うことができなかった。人目に晒すことは耐え難かった。母として不十分な自分を人に伝えられず、助けを呼べなかった。 結婚当初、芽衣さんの自尊心を支えたのは、家庭であり、夫の存在、健康に育つ子どもたちだった。不安で自信のない芽衣さんは、あらん限りの努力をしてその虚像を支えようとした。だが、頑張りは長くは続かない。理想の姿が崩れかけた時、それでも持ちこたえて、関係を持続することよりも、別の世界に飛んだ。それが芽衣さんが幼い時から長い時間をかけて習慣としてきた困難への対処方法だったからだ。(pp.255-256) その芽衣さんの姿は、努力するものの空回りして疲れ切ってしまい果ては身ひとつで逃げ出す、というパターンを繰り返した永山則夫に重なってみえる。愛情や褒められることや尊重されること、そういった頑張れるエネルギー源となるものを芽衣さんも、ほとんど持てていなかった。 永山則夫が当初の鑑定では語らなかったことを、3、4年経ってからようやく石川医師の前で語ったように、時間をかけなければ芽衣さんの心にも、事件の真相にも迫ることはできないだろう。芽衣さんのケースは、一審の裁判はわずか7日間、事件発覚から3年足らずで判決が確定している。 永山則夫の鑑定で石川医師が全身全霊で永山の人生と向き合ったように、芽衣さん自身が自分の人生を振り返り、たどり直すことに伴走できる人がいれば、そして時間があったならと思う。 ▼芽衣さんは最後まで、母親であり続けることを望み、殺意を否定した。 芽衣さんは、離婚の話し合いの場で、「私は一人では子どもは育てられない」と伝えることができれば、子どもたちは無惨に死なずにすんだ。その後も、あらゆる場所で、私は一人では子育てができないと語る力があれば、つまり、彼女が信じる「母なるもの」から降りることができれば、子どもたちは死なずにすんだのではないかと思う。そう、問うのは酷だろうか。だが、子どもの幸せを考える時、母親が子育てから降りられるということもまた、大切だ。少なくとも、母親だけが子育ての責任を負わなくていいということが当たり前になれば、大勢の子どもたちが幸せになる。(p.265) 芽衣さんは私と同じ誕生日だった。下に妹が2人というのも同じ。この本では妹さんたちの話は出てこなかったけれど、姉の起こした事件のことを、妹たちはどう思って見たのだろうと、ちょっと考えた。 (4/14了)
1投稿日: 2014.05.06
powered by ブクログこの事件はセンセーショナルだった。 同じく子を持つ親として、なぜこのような行動をとったのか?取らなければならない事情があったのか?気になり手にした。 14/02/03-10
0投稿日: 2014.05.06
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
親から虐待やネグレクトされた子どもが、親になって子どもに虐待、ネグレクトする。この負の連鎖をどこかで断ち切る仕組みが必要と思う。かつては、その役割を大家族制や地域社会が受け持っていたのだろう。しかし、そのような受け皿が無くなった現在では、やはりその役割は行政に頼るしかないと思う。 この事件が起きた当時は、母親の身勝手さに憤りを感じたように記憶しているが、「誕生日を知らない女の子」や本書を読むと、上記のように違った感想を覚える。
0投稿日: 2014.05.03
powered by ブクログ虐待された子供に携わる人間の 誰一人として、リアリティがない。 子供や孫が、心配なら、 何故、子供が成長するために 現実的な援助をしなかったんだろう? 特に経済面で母親が苦労する=身内である子供が辛い思いをするとは想像しなかったのか? 安易に産んで(産ませて)安易に放棄する エイズの心配から、性教育が早まったけど 家庭の在り方や、困った時の現実的な対処法とか 義務教育で教えていければいいのにと考えます。 身の回りで誰も助けてくれないなら、 行政に丸投げでもいいじゃない。 命を殺してしまうよりは。 生育歴から、彼女の選択が、 間違った方へ間違った方へと流されていく動きが、とても切なかった。 だからといって犯した罪の大きさは計り知れないけれど。
0投稿日: 2014.04.28
powered by ブクログ2人の子を餓死させた母親が、誰にも助けを求められないと思い込んでいる孤立した状況にあって、そういった意味では被害者ともいえるような立場の人だったということがわかった。 でも、こちらから連絡をしても返事をしてくれない、助けを求めてくれない人やその子どもに対して、社会や行政はどうやって介入していったらいいんだろう。ここまで特殊な状況にある人をすくい上げるにはどれだけの時間と労力が必要なんだろうと思うと、今後こんな事件がまた起こらないとも限らないなと思ってしまう。
0投稿日: 2014.04.20
powered by ブクログ何故、あんな惨い事が起きたのか、 特別な事だったのか、誰にでも起こり得るのか 防ぐ事は出来なかったのか…。 参考になるルポ
0投稿日: 2014.04.05
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
2010年、マンションの一室に二人の幼子を、真夏日に何日も閉じ込めたまま外出し餓死させた事件。このルポに書かれていることが本当なら、母親の周りには、誰一人として、幼い子供たちが現在どういう生活をしているか本気で心配する人がいなかったと思われます。人に頼れずに育った情緒不安定なこの母親は、何か得体の知れないやり切れなさから逃れようとするように、家出をしたり嘘をついたりを繰り返す。そのたびに家族は落胆し翻弄されます。「母親」「妻」「娘」としての期待を裏切った彼女に対して「こんなに面倒をみてやったのに」「こんなに親身になってやったのに」という被害者としての処罰感情を持った人ばかり。お前なんかもう知らん、子供を生んだからには母親なんだから子供の面倒をみるのが当たり前とでも言っているように、「しっかり母親をします」と念書まで書かせて、彼女と子供を大海に放してしまいました。裁判の証言で、家族からは「生活に困っていると言ってくれたら助けたのに」という受動的な発言ばかりで「あの時、自分にも何かできたかもしれない」という発言をする者がいないことに、この事件を知った時の数倍も強いショックを受けました。子供を一人では作れないのと同じで、けっして一人では育てられないです。よく言われる「女手一つで育て上げた」というのは誇張だと思います。なんらかの形で周りが助けてくれてたんですよ。どうかこの事件が、何かの導きをもたらせますようにと祈らずにはいられませんでした。
4投稿日: 2014.04.03
powered by ブクログ世間を大きく騒がせた大阪で起きた幼児の置き去り事件。 起きてしまった結果は悲惨極まりなく、当事者である母親がその罪を償わなければならないことは自明の理だ。だが、母親を責めるだけではこの事件の本質は決して解決しない。 母子家庭、貧困、虐待、児童相談所、行政の関わり、人と人との関わり、親子関係、生育環境、あらゆる事が少しずつ噛み合わない方へ噛み合わない方へと転がっていってしまった。もしかしたらどこかで救えていたのではないかと、今から見ればそう思えるが、その時はそこになかなか辿りつけなかった事が、この事件をここまで悲惨なものにしてしまった。 懲役30年が確定したというが、果たしてそれは妥当な量刑なのか。 彼女だけの責任なのだろうか。 判決には、虐待の負の病理の検証が不足しているように思えてならない。 行政であれ、家族や友人であれ、適切な援助で救える命がある。でも、家族や親子というごくごく個人的な関係下での事案なだけに、援助が難しくなる側面が確かにある。 困難を抱えた人をどうやったら救い出せるか、助けを求める余裕すらない、細い細い隙間へ落ち込んでしまった親子をどうしたら見つけ出せるか。 今この瞬間にも、ギリギリのところで持ち堪えている親子がいるかもしれない。 どうやったら彼らを救えるのか。 できうる限りの手立てを尽くし、なんとか助け出してほしい。 もう二度、こんな辛い事件は起きてほしくない。 「助けを必要とする人たちが孤立し、自分に向き合えず、助けを求められなくなることがネグレクトの本質だ」
4投稿日: 2014.04.02
powered by ブクログ良書だと思います。 当たり前に考えたら、起こりえないことが起こった場合(この場合、母が子をこんな目に合わすなど、愛してるいたらあり得ない)こんな異常なことができる精神状態になってしまう経緯に興味があります。 もちろん、罪は果てしなく重い。 でも、鬼畜母、極刑、と叩いているだけじゃ、何も変わらないと思う。 罪のない子ども達が、今この瞬間も闇の中に飲み込まれようとしている。 私も4歳の娘がいます。 子を持ってしみじみ思うのは、親が幸せでなければ、子を幸せにすることはできないということです。 物心両面の基盤を失った母親が、なお変わらず子に愛を注ぎ守っていけるか... 自分だって同じ状況になれば、他人事ではないかもしれません。
1投稿日: 2014.03.24
powered by ブクログ2010年に大阪で起きた2児置き去り事件のルポ。母親のとった行動は当然ゆるされるべきではないが、ルポを読み進めるうち、母親が誰にも頼らず、頼れない状態であったという側面も見え隠れする。周囲も結局2人の子供を助けられなかった。一見、特異な事件のようで実は身近に同様のことが起こりえる、そのリスクに気づかされる一冊。
0投稿日: 2014.03.21
powered by ブクログセンセーショナルな「虐待死事件」の背景を丁寧に掘り下げることにより、貧困問題、社会的孤立問題など、現代社会を取り巻く諸問題を露わにするルポルタージュの力作。 深く潜っていて目に触れられず、そして誰しも目を向けたくない問題だと思う。しかし過去を振り返ると、私自身もこうした問題に関わりを持つ当事者の一人だということに気が付かされる。 ページをめくるのたびに気分が重くなる本だった。
0投稿日: 2014.03.19
powered by ブクログ○ルポライターの杉山春氏の著作。 ○2010年夏に起こった大阪二児置き去り死事件について、加害者である母及びその周囲へのインタビュー等を通じ、「なぜ防げなかったのか」「原因はそもそも何か」「周囲はどのようにすればよいのか」といった、数多発生する虐待事件への対応について、問題点を提起する作品。 ○関係者へのインタビューや裁判記録等から、この事件の残酷さが、本文中からひしひしと伝わってくる。特に、インタービューの生々しさや児童の苦しみに関する描写は、不快に思うほどリアル。 ○日々のニュースで、あまりにも多くの虐待事件が報道され、一部で麻痺してしまっている感もあるが、本書を読むと、その残虐性がよみがえってくる。 ○加害者である母についても、やや同情すべき点はあるのかもしれないが、それを含めて、自分の身近にありつつ知らない世界を思い知った気がする。 ○ぜひ、子どもを持つ親は読んでもらいたい。
0投稿日: 2014.03.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
事件について同情はできないと思っていたけれど、彼女の生育歴を知ると何とも言えない複雑な感情が芽生えました。 大阪に越してきてからの出来事も詳細に描かれていて、読んでいて苦しくなる部分も少なくなかったです。 現実から目をそらすことが、彼女の生きる力になっているようにも感じました。 一番衝撃だったのは、義母が発した「育てられないなら、子どもたちを庭先においていってくれたらよかったのに」という言葉。 ”(子どもを)庭先においていく”って…孫に対してモノを扱うようなぞんざいな言い方をするものなのかと。 元嫁から裏切られた気持ちが大きかったゆえの発言かもしれないけれど、それでもやっぱり引っ掛かるし、彼女に同情したくなる部分でした。 もうこんな事件の”新たな”ルポは読みたくないです。
1投稿日: 2014.03.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
あまりにもむごい。むごすぎる。 閉め切った部屋で、気温がおそらく40度を超える日もあったろう、もちろん食事も与えず三歳と一歳の乳幼児は、汗もなめ、尿も飲み、便も食べていた形跡があったらしい。(本書には書かれていないが)そして寄り添うようにして変わり果てた姿で発見される…。 本書はなぜ、このような状況に陥っていったのかを、 この被告の立場が紐解いていくのである、けれども、 いくら、生育歴がとか、解離性人格障害だとか、一因はあるかもしれないけど、でも、犬や猫にも自分が産んだ小さくて弱いものを守る保護本能があるのに、 それ以下としか思えない。 結婚を機に立ち直るチャンスはあったのに、そのつかの間の幸せさえも、自らの浮気で壊してしまうのである。 果たしてこの被告は塀の中で、自分の犯した罪の重さを 、いまだ認識できていないのではないかと疑問になった。 (殺意はなかったと言ってるらしい。)
0投稿日: 2014.02.28
powered by ブクログ衝撃的なあの事件から3年半の年月がたった。大阪で3歳と1歳の息子を餓死させた母には懲役30年の刑が確定している。 本著は当事者達の周囲状況を丹念に追ったルポ。 事件はもちろんあってはならない事だが裁判官が元夫に「託児料はいくらか知っているか?」聞いたところ元夫は「知らない」と答える。それでも子供への愛情はあるという。 それは本当なのかもしれないが、けれどあまりに現実を見ていない。若い母親が金も協力者も得れずに孤立してしまったのは、この家族の重大な過失であり、それは「おかん神話」とでも呼ぶのだろうか。母性という無尽蔵なパワーが女性には生来的にあり、全ての家庭の問題をたちどころに解決するだろうと考えているところに起因しているように思う。 事件の一年前まで、この家族は平凡な家庭生活を営んでいたというのにも驚く。人が堕ちる時のスピードは想像をはるかに越えている。 昨今読んだルポものの中でも断トツのオススメ。
0投稿日: 2014.02.26
powered by ブクログいたたまれない気持ちで読んだ。女性は自分で身を守れないと被害者になりがち。まして、彼女のように居場所がない状態で育ったらなおさら。今の日本はこういう事例に対処できないかも。
0投稿日: 2014.02.23
powered by ブクログ有名な大阪2児置き去り死事件。事件の報道を読む限りでは身近なことととして感じることはなかった。読み始めてすぐ、これは今よく見聞きする若者の生い立ちや家族関係の環境が不幸にも重なった、身近な事件だと感じるようになった。加害者となった若き母親が、些細な問題も解決する能力を持ち得なかった事情を著者が丁寧に細かく追うことで、私たちは肯定はできないが周りの優しさや勇気がもう少しあれば事件を防ぐことは可能であったことを理解できる。周囲の「誰かが何とかすればいい」という自己保身が、彼女を追い詰め、幼い子どもたちを死に導いてしまった。読了したさらに遠くにいる私たちは、同じように「誰かが何とか…」ではなく、「私たちにできることは何か」を考えるべきだと感じた。
2投稿日: 2014.02.16
powered by ブクログこの事件のような虐待は特異ではあるが、虐待は意外にそこらじゅうにあるらしい。 この事件と比較したらまだましな虐待を受けてきた人々がどうなっていくか、どう関わればいいかを考えるきっかけになります。
0投稿日: 2014.02.11
powered by ブクログただ淡々と、事実と、物語に関わる人々の有り様が語られています。職業人としてできること、絶対に頭においておかないことは、常に「虐待」を忘れないことですね。 そして、目の前に見えている場面だけで、甘く考えないということが大切だと思いました。
0投稿日: 2014.02.11
powered by ブクログ「母親であることから降りることができなかった」 「遺族の厳しい処罰感情」 哀しみと怒りがわいた。
0投稿日: 2014.02.04
powered by ブクログ彼女のしたことは許されない事。 でも、彼女1人だけの責任なんだろうか? マスコミから伝わってくる彼女の私生活の裏にあったもの。 普通に親から愛されて育ったものには到底計り知れない闇が彼女にはある。 彼女の子供のころからのSOSも、 つねに、良い子でなくてはなくてはいけない、勝たなければいけないと育てた親には気づくことはできなかったんだろう。 スポーツの強豪校の監督としては良かったのかもしれないが、その子たちには親がいる。 彼女は頼ったり人に甘えるということがうまくできなかったんだろうし、精神的に疾患は認められないという上での裁判決だったが、本当にそうだろうか?ここでも、どれだけの人が彼女の心の闇と真剣に向き合った上での裁判だったのか。 子供たちを思うと複雑ではあるけれど…。
1投稿日: 2014.01.13
powered by ブクログやりきれない。 裁判では、元夫(子どもたちの父親)が遺族ってことになるわけだけど、彼女も遺族なんだよ。 そもそも、こんな若くて仕事もできない、実家も頼れない娘に、子ども2人を育てられるわけがないことぐらい、元夫や元姑にもわかるはず。養育費も出してないのに「殺された」って怒るのは違うでしょ。 30年は長い。務めを終えて出てきた彼女がせめて自活できるよう、刑務所の中で手に職をつけさせてほしい。でないと、容姿が衰え、風俗でも働けないことになると、上手くいって生活保護、最悪餓死ってことになる。 彼女だけでなく、彼女の親もまともに愛情をかけてもらえなかった人たちみたいだし、こうならないようにするにはどうしたら良かったのか、わからない。 虐待を受けた子が「受けた」と認識できるように教育し(彼女は虐待されていたことすら認識できていない)、頼る先を広く知らしめること、児童相談所などももっと予算を多くして、保護の網目から漏れる子どものないようにすることくらいかな・・・。 実際にはとても難しいと思うけど。
1投稿日: 2013.12.13
powered by ブクログ一旦つらくなって読むのを止めたので2ヶ月くらいかかった。 大阪で起きたネグレクトによって幼子2人を餓死させた母親のルポ。 社会的保護も受けず、身内に頼る術もなく、行き詰まった母親がとった行動は風俗の仕事をしながら恋愛に走ること。 常識的に考えて「あり得ない」事件だけど、母親を無条件に責める気持ちは持てなくなった。 亡くなった子どものことを考えるとただただつらい。
1投稿日: 2013.12.13
powered by ブクログ2010年、大阪で幼い我が子をマンションに閉じ込めて餓死させた母親が逮捕される。さらに衝撃的だったのは、この母親が子どもを放置したまま、平然と50日間男友達と遊んでいたことだ。 加害者は小さい頃から親の愛情を受けずに育ち、育児についても誰の協力も得られず、孤立していた。母親の愛情をほとんど知らない彼女だから、逆に母親であろうと自分を追い込む傾向があった。その一方で、考えることを放棄してしまう精神的な未熟さを持っていた。 とはいえ、彼女の犯した罪は許されることではない。本書を読んでも彼女に同情する気はおこらない。彼女へ下された懲役30年は妥当だ。しかし、幼い我が子を彼女に押し付けて、離婚を決定した彼女の父親と夫家族に嫌悪感だけはわいてくる。彼らは人的援助も経済援助もせず、彼女だけで育児ができると本気で思ったのだろうか。
1投稿日: 2013.12.07
powered by ブクログhttps://www.facebook.com/mitsuhiro.iwata/posts/593577094046341 平成25年11月26日読了。頭の中でビョーク主演のミュージカル映画『ダンサーインザダーク』がシンクロする。
0投稿日: 2013.11.27
powered by ブクログ数年前に実際にあった事件について書かれた本。事件について記憶がある方もいるのでは? まず、ここまで取材をした著者の取材力を評価したい。事件が起こり、犯人が逮捕されるとそれで一件落着となってしまい、「その後」がどうなったのか分からないことがほとんどであるので、報道されない「その後」について知ることが出来る一冊。 全てを家族や行政などの責任にすることはできないけれど、本人だけに責任があるとの報道にも違和感を感じてしまう。 どこかで何かが変わればここんなことにはならなかったのでは…と感じざるを得ません。 「母なるもの」とは一体なんなのか。 個人的にはいろいろと感じるところもあるけど、子育て中の女性の感想を聞きたいところです。
0投稿日: 2013.11.21
powered by ブクログ女性が、いったん母となったが最後、社会からはたくさんの規範が押し付けられる。その規範は、本人の心の中にも内面化されていて、逃れることが困難だ。この本に出てくる人には、生い立ちの影響で社会を全く信じられない状況もあって、最悪の結末となった。 けれど、読了して思うのは、ここまではいかない母と子の「ヒヤリ・ハッと」はたくさんあり得て、誰でも当事者や家族や友人、同僚などとして関わる可能性があるということだ。 「ヒヤリ・ハッと」で済まなくなってしまうと、途端に、母が女性労働者であることから、貧困の問題が立ち現れ、その貧困が社会的繋がりの希薄さとマッチポンプ状態で加速する。 これは、個人の資質や努力を超えた社会の問題で、少しずつ手を変え品を変えながら誰にも降りかかることなのだろう。運の悪さの組み合わせ、いかんによって。
5投稿日: 2013.11.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
友人Nちんのレビューを見て読んでみました。 第3者の視点からの偏りのないルポでとても読みやすかった。 この事件はセンセーショナルに取り上げられ、風俗店勤務の母親がさんざん糾弾されたので3年経った今も覚えている人は多いでしょう。 事件の背景を読み解いていくと、裁かれるべきなのは本当にこの母親だけなのか切ない気持ちが残ります。 世の中には救いを求めたくても、声をあげることも知らないままに貧困や孤独と戦っているシングルマザーたちがたくさんいます。 彼女たちを愚かだと非難するのではなく、寄り添い導ける社会にするために何ができるのだろう? そんなことが重く心に響いた一冊でした。
1投稿日: 2013.11.11
powered by ブクログ大阪二児置き去り死事件の母親について,社会的そして臨床的視点から掘り下げたもの。 カテゴリカルな診断の弊害を強く感じた。 裁判というのは個々人の事情を十分に酌んだ上でなされていくものであるべきで,他者視点から見ていっても何も分からない。 そういう意味で,診断至上主義は国の維持には寄与するかもしれないけれど,何の解決にもならないんだろうなあ。 人を批判するのは容易。 でも,他人がそうせざるをえなかった状況や状態を考えていくのが,「生きる」ってことなんじゃないだろうか。
1投稿日: 2013.11.08
powered by ブクログ子供を置き去りにして遊びまわるヘルス嬢.彼女を取り巻く人達を入念に取材している著者とは面識があるが、それにしてもほんとうの意味でのシングルマザーの支援体制が行政も家族にも出来上がっていない感じがする.シングルマザーが増えているのは事実であり、第二第三の事件が発生する可能性は大なので、特に家族を含めた周りの人たちが声をかけるのがスタートラインになるような気がしている.
0投稿日: 2013.11.04
powered by ブクログ大阪で起きた2人の子供に対するネグレクト事件を扱っている。丁寧な裏づけ取材を元にかかれた良書。 子供が餓死してしまった要因は色々なところにあるのはわかるけど、子供の無念さを考えると、懲役30年は軽すぎると思う。
0投稿日: 2013.11.03
powered by ブクログ未だ記憶に新しい「大阪2児置き去り事件」の核心に迫るノンフィクション。若い母親が何故ワンルームマンションに2人の小さな子どもを置き去りにして死なせることになってしまったのか、その要因はあまりにも深く重いが、決して他人事とは思えない。
1投稿日: 2013.10.24
powered by ブクログ幼い子供二人の置き去り餓死事件。母親の生育環境が詳しい。「遺族の処罰感情」を加味して懲役30年が確定したことには目を疑った。無力な母親に押し付けたのは自分たちではないか…。報道を詳しく追ってたわけではないけど,周囲の責任が大きいと感じた。母親の嘘言癖もその結果であり,行政介入の余地は乏しかったようだ。
0投稿日: 2013.10.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
2010年に幼児二人が大阪のマンションに50日間置き去りにされて死亡した事件のルポルタージュ。 丁寧にいろんな人に取材していて、筆者の仕事のよさに感激したのと、 幼児を育てる母親の自分にとって、筆者の「母親を降りても良いのではないか」という問題提起は強烈で、読書中の3日間は、仕事中でも考えているほどでした。 何より、子育てが辛かったら、無理だと思ったら、積極的に助けを求めようと思いました。あんまり、できる母親を着飾らず、仕事も家事もできない自分を受け入れようと思いました。 虐待で子供がもう亡くならないためには、行政も、警察も、地域つながりも、いろんな人たちがそれぞれに対処する方法があるけれど、 母親が助けを求められないといけないし、母親一人が子供を育てられて当たり前という考えはもう捨てないと、ということを学びました。 今年は育児休暇明けで全然本は読めていないから、母数はかなり少ないけど、今年読んだ中では最も忘れられない一冊。虐待について、もう少し調べたり、勉強したりしてみたくなりました。
1投稿日: 2013.10.19
powered by ブクログ3年前に大阪で起こった2幼児置き去り事件の関係者へのインタビューをまとめたルポ。 この事件は当時からとても気になっていました、事件の特異性や凄惨さの他に、自分が子育て関連の仕事をしているから、彼女が風俗で勤務していたから。 普段本を読む際は、事前に先入観を持たずに読み始めることを心掛けていますが、この本に関しては「絶対に彼女の環境に同情しない」と決めて読み始めました。 でもダメでした、もちろん最も責められるべきは彼女であることは間違いのないことですが、彼女一人にその全責任を負わせるのはあまりにも酷だと感じました。 本書自体、彼女を弁護する立場(明確に弁護しているわけではありません)から書かれていると重々理解しながら読み進めましたが、それでもやはり、彼女の成育環境や離婚前後の環境にこの事件の遠因があったと考えざるを得ません。 彼女の父親、元旦那、元義父母、彼女の母親。 どなたか一人でも常識的な判断をしていれば、このような結果にならなかった確率は高かったのでは、と思わざるを得ません。 本書は「格差」がテーマの一つになっていますが、私はこの言葉が好きではありません、「格。格差」というよりは「層。層化」かと。 「賃金」や「文化的成熟度」のような尺度で測ることで区別するのが一般的な「格差」だと思いますが、例えば「生活の充実度」や「幸福度」のような違った尺度で見れば、必ずしも一般的な「格差」での上のランクの方々が皆、充実しているとは限らないし。 ここで言いたいことは、「自分と異なる層の実態がほぼ見えない」ということ。 職業柄、ありとあらゆる層の実態を把握できるよう日々精進していますが、殊彼女の属している層については本当によくわからない、同世代だけどわからない。 一時期、彼女のような方々が多く登録している、モバゲーやGREEよりもマイナーなSNSに登録していたことがありました、視野を広げるため。 色んな方の日記やつぶやきを読んでいましたが、なかなかその思考法を理解できない。 なぜそんな簡単に好きだの嫌いだの言えるのか。なぜそんな簡単に出会いを求めるのか、依存するのか。 この作者さんのすごいところは、自分の属する層とは全く異なる層の方々を理解しようとする姿勢とその執念。 自分と異なる層の価値観を理解できなければ、適切な手立てを打てない。 この事件では行政の不作為も批判されていましたが、正直彼らにもできないことはあると思います。 最近続いていたバカッター問題、興味があったので様々なブログを読み漁っていました。 その中で面白い考え方に出会いました、ブロガーさんの奥さんの発言とのこと。 >だから、子供できるだろ、結婚すんだろ。そうすると落ち着くんだよ。伝統芸だろ http://lkhjkljkljdkljl.hatenablog.com/entry/2013/08/06/155425 デキ婚からの責任感。 地元の友人や先輩後輩を見ていて、この感覚は理解できます。しかし伝統芸って(笑) しかしこの感覚、彼女が属している層では既に一般的ではないのかもしれません。 この伝統芸の前提は、周囲に頼ることのできる「大人」がいること。 彼女の場合はいなかった、自ら他人に頼ることもできなかった。 「彼女もある意味では被害者だった」とは決して言いたくありませんが、彼女の置かれた環境は鑑みるべきだったと思います。 この件で当時から気になっていたことがもう一つ、本筋から少し外れますし、本の内容ともあまり関係がありません。 事件発覚当時の報道、彼女が風俗嬢であることが大々的に報じられていました。 「風俗嬢だから何なんだ」、ずっとそう思っていました。 私も社会人2年目くらいは「若い男の子が精一杯がんばっている」とクライアントに映るよう振舞っていました、そういった点である意味評価をされていたと、今でも思っています。 5年目の中盤を過ぎた今、それをやっていたら「ただの痛いヤツ」なのでもう演じていませんが、そう意図的に振舞っていた頃に起こったのがこの事件でした。 だからこそ、より深く印象に残っていました。 人は程度の差こそあれ、また、意図するしないに関わらず、誰でも自分の性を利用していると思います。 「自分がそうだから、他の皆もそうに決まってる!」といったエゴイスティックな考え方はしないように気をつけていますが、これについては一般的だと思っています。 作品内ではこれとは少し異なる文脈で「商品化」と表現されていましたが、私の場合は「ブランディング」です。 自分自身が他の誰かと代替可能なパーツだと認識しているからこそ、云々。 まぁ言いたいことは、ステレオタイプな「ラベル」を貼って安心することにどれだけの意味があるのか、どれだけの方々が「被害」を受けるのか。 「レッテル」ではなく「ラベル」です。 言いたいことがまとまらなかった、いつかやりたいと思っている活動、仕事はこの周辺のはず、何年後かに再編集します。
1投稿日: 2013.10.17
powered by ブクログ2010年7月、大阪のマンションで3歳の女の子と 1歳の男の子が置き去りにされて餓死した事件を覚えていますか? 食べもを探して空っぽの冷蔵庫の中に、汚物まみれの手形を あちこちに残して、そして内臓まで腐敗して、 白骨化した状態で発見された、こうして書いているだけでも 泣けてくるあの事件です。 ご存知のようにこの母親は、室内の扉をテープで留めて 置き去りにしたうえ、友達たちと遊び放題、そして帰宅後に 子供たちの死体をみたあとにも男友達を呼び出して、 性行為をしていた女性です。 「鬼畜」「同じ目に合わせて、死んでしまえばいい」「絶対死刑だ」 誰しもが感じた思い、そしてもちろん自分もその気持ちに近いものは あります。 しかし、この本を読むと・・・・、違った視点、違った感情が 出てきてしまいます。 この悲劇のきっかけは、最初の離婚のとき。 思い切り簡単に言うと”自分をうまく語ることのできない、そして 明らかに子育てが出来ない女性”に対しての彼女の周囲の 態度、でしょうか。 《子供たちは誰のものなのか》、ただこの観点のみでことが 進んで行ってしまい、それに逆らう生活力や意志力のない この母親はただただ、流されていくだけとなっていきます。 判決文にもあった「子供を引き取ると決めたのだから(実際は 彼女の意思は反映されていない)、責任を持って養育すべき。 あきらめずに周囲の助けを求めるべきであった」 もちろん、これは正論で、人として親として全うすべきことです。 しかし、母親が子育てから降りることが出来る、という選択が 出来る社会であってもいいのでは、という著者の意見に 私は賛成でした。 (本書で取り上げられている風俗しながら子育てをしている 女性たちの生活を読むと、何とも言えなくなります) もちろん、彼女が行った行為は許されるものではありません。 幼い命を、苦しみを与えながら消し去った行為は 死をもってしても償えないものがあるとも思います。 ただ・・、懲役30年という確定した判決。 これに自分は、この本を読んで違和感を感じてもしまっています。
0投稿日: 2013.10.17
powered by ブクログいかに女性が、女性だけが、女であること、妻であること、母であることを強いられているか実感しました。 あまりに切ないし、他人事じゃない。
2投稿日: 2013.10.10
powered by ブクログこの事件には、当時から関心があったので、興味深く読んだ。 私自身子どもがいるので、小さい子どもたちがひどい状態で放置されたことを知り、母親に対し憤りを感じたのだが、この本を読んで見方が変わった。 確かに母親は悪い。 しかし、そんな頼りない母親に子どもを任せてしまった元夫、父親、母親、義理の両親。 そんな周囲の無関心も問題だったのだろう。 そして、母親が病気だと言っていると聞いて、またまた罪から逃げようとして~と思っていたが、本当に病気のようだ。(結局は認められなくて、罪が確定したけど) 本当に何とか防げなかったものかと思う事件だ。
1投稿日: 2013.10.08
powered by ブクログ無責任な母親が子供を置き去りにして餓死させた、なんて単純な事件ではなく、問題は家族、環境、ひいては社会にもある。 単に母親を懲役刑にしただけでは、同じような悲劇が起こる可能性があると思う。
0投稿日: 2013.10.05
powered by ブクログ子育てのある時期、孤独で辛いと感じることがあることを思い出した。例えば六本木のミッドタウン、ヒールでマクラーレンのベビーカーを押す母親を見る時、孤独や不安が透けて見える。アナウンサーの妊娠さえ話題になり、子育ては一種のファションとなっているけれど、現実は地味で忍耐のいることだと私は思う。振り返ればかなり危ないこともあった。一歩間違えば、自分がネグレクトの母親だったかもしれない。いろいろな人に支えられてここまで来た。支援が届かなかったことに対して、行政を責めるのは簡単だ。行政が機能しない構造的な原因を探り改善するべきだ。消費税を上げるなら、そういうことに使ってほいし。(話が飛躍した〜σ^_^;) あと…この本、文はあまり良くない。文章にねじれがあって読みにくい部分があったなぁ。
1投稿日: 2013.09.29
powered by ブクログどの段階・分岐点なら最悪のシナリオを避けることができたのだろうか。悲劇を繰り返さないためにもここから学ばなければならない。
0投稿日: 2013.09.28
powered by ブクログ大阪市で起きた児童放置致死のレポート。なぜ、まわりが手をさしのべなかったのか。彼女の問題性に気づいていた人間は多くいたはずなのに。 いろんな困難を「知らないこと」にして、ネットSNSで自分の姿を書くというところに、「自分探し」の行き着く先があるような気がする。 著者の杉山さんとはお知り合い。今度、詳しく中身が聴けるのが楽しみです。
0投稿日: 2013.09.16
