
総合評価
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powered by ブクログアフリカ難民のサリマと日本人女性のハリネズミ。 自分の生い立ちさえ振り返ることもなく流れ流れてきたサリマと、高学歴でありながらも異国で本来の自分を見失いつつあるハリネズミ。 そんな二人の女性がオーストラリアで出会い、支えあい、そしてお互いが新しい一歩を踏み出していく物語。 単なる友情の話ではない。 小説の大きなテーマは言語だ。 異国の地での言葉の壁はいかに高いことか。 言葉を自由に話せないというだけで、人間の尊厳にまでかかわってくる。 第二言語の習得が異邦人に徐々に徐々に自由を与えていくことになる。 と、同時に母語への深い愛情がにじみ出ているのも確かだ。 私たちは日ごろ母語をいかに粗末に扱っているんだろう。 じっと考える。 私には友人とまでは言えない外国人の知人がいる。 今、彼女は大きなトラブルを抱えているようだ。 彼女の日本語が拙いことを言い訳に、今まで親密度を今一歩踏み込めないでいた。 要するに、面倒だったからだ。根気よく彼女の言葉を聞くのが。 今、私は考える。言葉を超えて自分には何ができるだろう。 異国の地で子供を抱え歯を食いしばっている彼女の助けになれるだろうか。 この本を読んだせいか、いつも以上に感傷的になってしまった。
14投稿日: 2013.12.15
powered by ブクログ三浦しをんさんがおススメしていたので読んでみた。 実体験が元になっているのであろうか、書かずにはいられないという作者の思いに溢れた作品だったと思う。 読み書きができることが当たり前の日本人の感覚が当たり前ではない事を改めて思い知る。 同時期に偶然ながら梓崎優さんのリバーサイドチルドレンを読んだので、海外を舞台にした小説に刺激を受けた。
0投稿日: 2013.12.14
powered by ブクログ「さようなら、オレンジ」岩城けい◆オーストラリアに流れてきたアフリカの難民・サリマは女手ひとつで子育てをしており、職業訓練学校で日本人女性と出会う。読み終えるのが惜しいような不思議な引力があり、たぶんそれは彼女達の生命力からくるものです。弱い立場で生き抜こうとする人が一番強い。
0投稿日: 2013.11.29
powered by ブクログ英語という第2言語を習得するということを通して、母語というものを浮き彫りにする小説でした。 わたしたちにとって言葉とは何か、という命題が徐々に迫ってきて、言葉がないことの無力さと、言葉が持つ力に熱くなります。 「第1言語への絶対の信頼なしに、2番目の言葉を養うことはできません」とハリネズミは言うのだけど、第1言語を「母語」と呼ぶ信仰にも似た愛しさは、それに対する「絶対の信頼」だったんだなと腑に落ちました。 この、「絶対の信頼」という言葉にわたしは結構弱くて、確かに、第2言語を持たないわたしは、第1言語にして母語である日本語に、危ういまでに甘えきっている。 何を以てそこまで信じきっているのかという怖さと、そこまで愛着できる幸福を感じました。
2投稿日: 2013.11.25
powered by ブクログ「言葉」が支えるものの大きさに圧倒される。 言葉が通じない、思いを伝えられない、それは自分自身の存在さえ認められていないと思えるほどの不安。 その不安と絶望からの脱却。そこに必要なのは諦めない強さと希望とゆるぎない自信。 そう、「諦めないこと」、文字にすれば陳腐なこの一言の大きさを知る。 そして、この世界に生きる女たちの力強さたるや! 母語とは別の言語の中で生きていく、それは自分という存在自体を見つめなおすこと、そして新しい自分自身を作り出さねばならないということ。 それぞれの理由で祖国から離れて生きている二人の女性。言葉の不自由さがすなわち心の不自由さでもあり。よるべない苦悩の中で二人が「言葉」を手に入れ自分を生きなおしていく、その根底にある強さは「母なるもの」の力なのか。 生み出し、育む力の絶対的な大きさを目の当たりにする。 二人が「オレンジ色のもの」に別れを告げる瞬間の美しさと気高さ、その風景を想像するとき私の中にもきっとある、稚拙で原始的な力の存在を感じる。
3投稿日: 2013.11.14
powered by ブクログ母国を離れ、難民として異国に住む主人公。 彼女は強く優しく、他人の為に人生を歩んでいる。 そして彼女の周りには、同じように他人の為に人生を歩んでいる人々が集まっている。 激しいストーリーではないが、しなやかに強く暖かい物語りだった。
0投稿日: 2013.11.08
powered by ブクログブログに掲載しました。 http://boketen.seesaa.net/ 胸に響く、中盤のクライマックス アフリカからの難民サリマが、オーストラリアの地方都市で生き抜く。
0投稿日: 2013.11.07
powered by ブクログこんなあたしを罵るなら罵るがいい、去る者は去ればいい、だけどあたしの生まれ持ってきたものは誰も奪えない、そして掴んだものを奪うことは二度と許さない― モノローグの端々に、アフリカ難民であるサリマの憎しみ・哀しみ・愛情が溢れていて、胸を打たれました。 残酷だなと思う反面、強く生きていく姿に熱くなります。 日本人・ハリネズミのエピソードが効果的に差し込まれていて、母親の葛藤が更にリアルに。 オーストラリアというと、ノンビリ優しいイメージを勝手に抱いていましたが、本作に書かれているようなことも日常で起こっているんだろうな…
1投稿日: 2013.10.31
powered by ブクログオーストラリアに移住したり、ワーホリや大学を卒業してから留学に行こうと思う人はまず読んでおくべき本であろう。日本人の置かれた立場、英語の勉強、など仲介会社では教えてくれない事実、あるいはオーストラリアで結婚して生活している日本人あるいはアジア人なら誰でも体験することが満載である。小説ではあるが、様々な事実を重ねて書いてあるので、オーストラリアに住んでいる日本人は共感することが多いと思われる。
0投稿日: 2013.10.20
powered by ブクログオーストラリアに流れ着いたアフリカ難民のサリマ。 色々な事情で異国に移り住み、 互いに支え合いながら力強く生きる女性たちの姿が描かれている。 「生きる、そのために私はこの国にやってきた。」 サリマの言葉でもあり 異国に住む全ての女性の言葉、物語でもある。 言葉の持つ大切さが全編を通じて届けられている。
0投稿日: 2013.10.14
powered by ブクログ小説でしか表せないだろう。これは。 文字を目で追う事で、そして頭で心で反芻して味わって考えてじわーっと沁み込んでくるこの感じ。 言葉もわからない異国の地で、ひたむきにたくましく生きていく女性の姿に心が動かされる。 その凛とした佇まいに惹かれる。 重すぎず、けど心にしっかり残る作品だった。
0投稿日: 2013.09.20
powered by ブクログ舞台はオーストラリア。 主人公はアフリカから移り住んできた難民の女性、サリマ。 子どもを抱えながら、必死で日々を生きる姿が描かれています。 彼女は仕事をし、言葉を勉強し、たぶん劣等感を感じながら生きています。 それでも悲観的にならずに、知る喜びを感じながら前を向いています。 その姿がいいなと思いました。 登場人物たちのほとんどが移民で、英語を母語としない人たちです。 日本人が日本に住んで、当たり前に日本語を話していると全く考えることはないんだけど、言葉が通じない、というのは大きなハンデなんだろうなというのを感じます。 子どもはその社会で生活していると自然としゃべれるようになるけれど、大人だとなかなかそうもいかなくて、彼らはバカにされながらもひっそりと暮らしています。 何も言わずにいるけれど、彼らにだって感情はあるんですよね。 当たり前だけど、そのことを考えました。 この小説では舞台が英語圏だけれど、日本でも言葉をしゃべれない人に対して差別的な、批判的な見方をしていないだろうか。 そんなことを考えます。 テーマがテーマなので、考えてしまうことは多いけれど、重くなりすぎない作品なのでよかったです。
1投稿日: 2013.09.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
非常に色彩豊かな小説。孤独と言葉の物語かと思いきや、単にそういうものではない。言葉の先にある、「人間」や「人生」、「命」をまなざしている。 内容を要約してみると、「異郷でそれぞれ異なる母国語をもつ女性たちがつながりあい、悩み、模索しながらそれぞれが自らの道を見つけてゆく。故郷と同じ、そして孤独を忘れさせる希望の象徴でもあったオレンジに別れを告げて」・・という感じなのかな。 小説を読んだのは久しぶりでした。なので、まだ読みが不十分という感じがしていますね・・。全然違う本だったりして。 期待と違う展開でした(良い裏切られ方ではない)けど、面白かったです。色々考えさせられる言葉がありましたが、とくに気になったのが「言葉も平等であるべきではないでしょうか」。文脈以上に考えさせられる言葉です。じっくり考えてみようと思います。
0投稿日: 2013.09.02
