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肉食の思想 ヨーロッパ精神の再発見
肉食の思想 ヨーロッパ精神の再発見
鯖田豊之/中央公論新社
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総合評価

34件)
3.9
6
15
6
2
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    このレビューはネタバレを含みます。

    YouTubeを見て気になって読んだ本。西洋ではその気候ゆえ家畜に頼らざるを得ず、家畜が身近ゆえに動物とヒトを明確に切り分ける必要があり、それが黒人やユダヤ人、非ヨーロッパ人への差別意識に繋がるというのは納得感が大きかった。 確かに、動物たちの交尾がそこら中でされてるなか生活するのは日本人の自分からしたら心理的ハートドルが高いな、、、

    0
    投稿日: 2025.07.22
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    1966年の古典名著。食生活から思想の違いを読み解くのは新鮮でとてもわかりやすく、人種の根本的な理解・日本の特異性理解に役立つと感じた。宗教の観点だけだと人間中心主義と階層の議論に留まるし、地理的条件のみだと肉食に頼らざるを得ない理由の解明のみである。食の観点から切り取るから、「強烈な社会意識」の視点が人間中心主義や階層意識に影響をいかに与えていたかが浮き彫りになる。

    0
    投稿日: 2025.06.07
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    土地や気候の特徴から成る、日本とヨーロッパ諸国の食生活の違いから思想の根底にアプローチして書かれていて、とてもおもしろかった。YouTubeで見た動画の参考文献に挙がっていたので読んでみたが、動画を見て内容をなんとなく知っていた上でこの本を読んだので理解が深まったように思う。特に最近読んでいるイギリス文学における階級意識について新しい視点から読むことができそうだと感じた。

    6
    投稿日: 2025.03.26
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    地理的農業・牧畜の傾向から見る 西洋の思想・考え方について 新しい視点を示唆してくれるいい本でした。 高温多湿なモンスーン気候で 草木が育ちやすく農業に適した日本と違い 比較的にあまりまとまった雨が降りにくく 農作より放牧が主流かつ食事の中心だった 西洋が 日常的に行われる屠殺を どう正当化していたのか また その思想の影響でどのような 社会階級制度が成立していったのかが とてもわかりやすく解説されていました。 この本を読んで まだ“下剋上”が実行・成立した日本の方が  社会階級の区別がゆるく 出世の可能性が残されている分 比較的希望がある社会なんだなと 痛感しました、、、。

    0
    投稿日: 2024.11.15
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    ヨーロッパの考え方の基礎であるキリスト教の考え方は、実は肉食が深く関わっていることに驚いた。とくに、そのメカニズムが腑に落ちたのが印象的だ。古くから畜産系の動物が適応しやすい環境だったからこそ、動物の生々しさを目の当たりににすることがおおく、それゆえキリスト教の動物と人間は別にするという考え方に繋がっている。聖書なんて誰かが作った作り話(絶対怒られる。。)だと思っていたけど、それがほぼ全世界の人に親しまれているということは、それなりに辻褄が合うということを知れた。 ヨーロッパ的な考え方は実は排他的?という記述も心に残った。 キリスト教が日本にあまり布教しない理由も、そういった誹謗する姿勢が見えていたり、国教でmlないのにキリスト教の考え方が国の法律に反映されていたりと、私の知らないキリスト教についても知れた。 多分もう一回読んだら全体的にに理解できると思う。

    6
    投稿日: 2024.09.12
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    日本では義務教育は金持ちの子も貧乏人の子もみな同じ小学校に通うものだった。明治の時代から、金持ちの子と貧乏人の子が机を並べて初等教育を受けてきた。しかし、欧州では義務教育とは、放っておけば文盲のまま一生を終わりかねない下層階級の子のために無償の初等教育機関を作ってやり、そこへの就学を強制することを意味した。欧州では上層階級の子は、パブリックスクール(英)・リセ(仏)・ギムナジウム(独)に通い、貧乏人と机を並べることはなかった。p.101 日本では才能と努力で水兵が将校に昇進できたが、欧米では将校は上層階級に独占され、下層階級は兵隊どまりと相場が決まっていた。p.169 欧州において、自由と平等は伝統的な階層意識とそれに反発する(下層階級の)個人意識との対立をやわらげる解毒剤であった。自由と平等はあくまで大義名分でありフィクションにすぎなかった。自由と平等の建前の裏には、伝統的な階層意識が形を変えて存続していた。しかし、自由と平等が日本に持ち込まれると、ただでさえ薄かった階層意識は踏みつぶされ、良きにつけ悪しきにつけ、フィクションが実体化されていった。p.172

    0
    投稿日: 2024.04.28
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    ヨーロッパの肉食文化の基底にある風土の違いから日本と西欧の思想の違いを論じる。西洋の見方を克服し、あくまで「日本の尺度」で西欧を論じたいのが執筆の動機らしい。 日本の肉食は食が洋風化したとはいえ、所詮はままごとレベルであると、筆者は断じる。1960年代の本だが、主食・副菜の考え方を見れば、日本の食卓が完全には西洋と同じになっていないのは現代でも妥当するだろう。 食文化の違いは、穀物生産力や家畜の飼育に適した環境によって左右されたとする。すなわち、日本は穀物生産力が高い一方で、家畜を放牧するのに適した草木が自生する土壌にないが、西欧は穀物生産力が低い一方で家畜の放牧に適していた。屠畜が身近であったヨーロッパでは、人間と動物を峻別する必要があり、結果的に人間中心的なキリスト教が根付くことになる。また、他者を区別する感情は階級意識にも波及し、他宗派への不寛容や公衆道徳といった社会意識にも作用する。 最後に近代の自由・平等といった輸出可能な思想は、土着の伝統的な思想に対するアンチテーゼであったとする。多数決原理による民主主義は、個人・社会・階層意識のバランスの上で成り立った。 論理展開が明快で腑に落ちるところが多かったが、独自研究の様相を呈しているようにも思えたので、評価は⭐︎3つとした。

    0
    投稿日: 2023.10.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ヨーロッパの家庭料理は、動物が丸ごと料理される。 島崎藤村『エトランゼ』籠城用に豚、羊が集められた。 日本の主食であるコメに相当するものはない。 日本は米飯を食べるので排尿回数が多い。 ザビエルは、日本の粗食に困った。日本に来る宣教師の資質として粗食に耐えられること、とした。 幕末のハリスは牛またはヤギの乳を求めて放牧したがった。日本では当時放牧はしていない。ヨーロッパでは、勝手に生える草を家畜の食糧にできる。植物が硬くならないため。 蒸し暑い日本は、草も硬くなって放牧では食べられない。食べられる草か穀物を与える必要がある。 日本ではコメ、ヨーロッパは麦。コメは連作しないと田がだめになる。麦は連作すると収量が落ちる。 水田は、江戸時代でも播種量の30~40倍取れた。五公五民に耐えられた。麦は中世では2倍以下。 ただし日本の農業は雑草に責められる。麦作は巻いたらほっておくだけ。ヨーロッパの農業は気楽な稼業。 日本は土地生産性が高く、労働生産性が低い。ヨーロッパは逆。むしろ労働しても終了は増えない。 麦畑を家畜の放牧地にして回復させる方法=三圃制農業 農業革命は、休耕地にカブやクローバーを植えて家畜飼料とした。穀物生産と家畜飼育は一体だった。 パリの市場では、家畜が丸ごと売られていた『パリの主婦・東京の主婦』 雄鶏のきも、豚の頭のローストが家庭料理『カンタベリー物語』 動物を殺すことは残酷ではない。残酷なのは遺棄、面倒を見ない、など。安楽死させるべきと考えている。 動物と人間は一線を画する存在と考える=キリスト教の思想。 進化論を受け入れない。日本では受け入れられる。 性生活を動物的本能に基づくものとして拒否する=カトリックの聖職者独身制。 結婚は次善の策で、一夫一婦制や離婚の禁止が妥協点。 離婚ではなく前婚無効の訴え=近親婚の禁止にあたる。14親等まで禁止だった。許可を受ければ結婚できた。 ヨーロッパでは、家畜がたくさんいたため、性交渉をまじかに見ることになり、動物と人間の違いを強調する必要があった。一夫多妻制は動物的。 宮廷愛の理想は、肉体交渉を持たないもの。 1527年、ローマ法王パウロ3世がインド人や黒人を人間であると宣言した=それまでは白人が人間であった。 日本の支配階級(武士)はヨーロッパの貴族に比べて格段に多い。10倍くらい。日本は支配階級と被支配階級との断絶が少ない。=身分制議会がなかった。 人事興信録にあたるソーシャルレジスターで、3代くらい前までさかのぼれる。 日本は企業内労働組合、欧米は職種別組合、ウチという概念が違う。 マルクス主義は階級闘争と見做したのも階級があったから。マルクス主義では、政権を取ると裏返しの階層意識が出てくる。 インドのカースト制はヨーロッパの階層意識とは違う。 インドは家畜がいなければ工作できない。身近な存在。 カーストの上位ほど、肉食をしない=人間は別といいう断絶思想の表れ。 インドは牧畜適地ではなく、穀物適地だったが、家畜は耕作のためのもの。屠畜に抵抗があった。家畜には穀物を与えていた。 麦を手間がかかっても粉にしてパンにしたのは、消化吸収がいいから。粉引きの水車やパン焼きかまどは領主しか持ってはいけない。 ヨーロッパの都市の成り立ちは、共同での耕作から始まった。都市では自由だが、共同体としての自由が優先された。 キリスト教徒の異端狩りは、他宗教だけの間ではない。 ザビエルは、日本の仏教の間の宗派が協調的なことに驚いている。 日本の平等化は、最下層からでも立身出世ができる仕組みの構築に注がれた=日本全体の発展につながったのではないか。 日本の戦争中には15代の内閣が成立した。満州事変から太平洋戦争終結まで。それぞれが多数意志の代弁者に過ぎない。指導者ではない。

    0
    投稿日: 2023.05.26
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    欧米と肉食文化の関係性を探る中で、欧米の思想の根源を見出していたが、少し強引な気がする。キリスト教や人間中思想、マルクス主義や自由主義の理念にまで考察は進むが、論理が少し飛躍していて、結局「ヨーロッパ文化や思想とは肉食による」という不可思議な結論に陥っていた。また、終章あたりになるともう本の趣旨から外れている気がする。 ただ、それ以上に面白い読み物ではあった。各データを参照しながら日本と欧米の食文化を比較して、そこから特有の生命倫理や精神性を見出していく過程には目を見張る。前述の大袈裟な部分を削って、この部分をもっと膨らませていけば、さらに良い本になっていたかもしれない。

    1
    投稿日: 2022.10.31
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    このレビューはネタバレを含みます。

     著者が亡くなってから20年、本作が出版されて50年以上(1966年初版!)。経年により、各国の年間食肉摂取量など、一部現状と異なる部分が見られるが、その論拠の踏まえ方や視点の設け方など、参考になる部分は多い。  端的に言えば、欧州の肉食文化の起源を宗教的要因・環境的要因・文化的要因で説明し、更にそれが現代の欧米文化にどのように影響しているかを分析する作品。  ごくごく粗っぽく言うと、家畜を平気で殺すのは人間と動物は全く別物であるという思想、そして動物を含めた自然は神から授かったものだという意識があるから、という。つまりキリスト教がへと原因を還元している。これだけだと端的すぎてキリスト教信者に怒られてしまいそうだが、肉食への抵抗感の無さのメインファクターの一つして筆者は宗教を挙げている。宗教が原因のすべてだとすれば飛躍した感があるが、原因の一つだとすればうなずける考えだと思います。  実は筆者はこれよりも先に、環境的要因を挙げており、これが非常に面白かった。それは、欧州の土地の貧しさである。欧州というとフランスのような農業国を思い浮かべるが、実は土地柄はそこまで良くないという。1958年時点で日本の米作の播種量は110倍程度であるのに対し、ベルギーでの小麦は20倍程度という(P.37)。他方、欧州の地中海付近では牧草が年中繁茂し、牧畜の餌としては最適であったという。ここから、ヨーロッパでは必要カロリー量を満たすためには痩せた土地で農耕をするよりも牧畜(日本のように餌を買う必要がないし)とそこから得られる肉や乳あるいはその加工品に頼る方が理に適うという推論が導き出される。つまり「生き抜くためには肉食に頼らざるを得ない」(P.83)がためなのだ。これは腑に落ちる。  その他、中盤以降は、欧州の社会やインドのカーストそして日本の身分制度等を比較することで肉食文化に見られるヨーロッパ的なものが生成・強化されることが論説されている。一通りの通読ではややわかりづらかったがなかなか面白かったので時間をおいて再読してみたい。  纏めますと、ヨーロッパ文化を勉強したい方、世界史でヨーロッパを勉強される方、比較文化的アプローチが好きな方にはおすすめできます。内容はやや古いのですが、日欧の違いを明確にとらえており、比較文化論としても面白く読めると思いました。

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    投稿日: 2021.05.30
  • かなり大味で時代をかんじる

    初版が今から半世紀ほど前なので、現在の研究水準からするとかなり一面的だったり、間違っていたりという点も目に付きます。 「ではあるまいか」という推測が多く、推測に推測を重ねたあげく、なぜかインドのカーストに飛んだりして、落ち着いて読んでみるとかなり強引です。 第一線の研究成果が翻訳で読める現在と比べてはいけないとは思いますが、なんというか、そういう時代だったのだなぁ、と。 本書は文庫版も電子化していますが、こちらの新書版の方が表が見やすいかと。

    0
    投稿日: 2021.01.31
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    このレビューはネタバレを含みます。

    1960年代当時に入手し得た知識に基づくとはいえ、鋭い社会意識分析の書。 第一章では、『日本にやってきた西洋人』と『やってこられた側の日本人』の根本から食い違う様子を描く。 そして第二章では、その食い違う原因を、肉食を成立せさせしめた気候・地理条件から分析している。 人間中心主義とともに語られる、切り離すべき『獣性』としての家畜の性状の論は、主に第三章で語られる。 四章では村落共同体の意識形成、そして五章では都市化と、近代における『階層意識・社会意識・個人』の組み換えを論じている。 四・五章あたりでは「肉食」というテーマは薄れるが、内容は充実している。 むしろ2020年の現在は、論じたい人が、現地の情報を好き勝手に切り取りできるようになった時代である。 この状況に比すれば、むしろ整理が行き届いた論という印象すらある。 もちろん、その情報源がいささか古めかしい点は否定しない。国際統計や学者の書に依って立つため、精度の点では、信にたると言えよう。印象論で好きかってを書き散らした曽野綾子のごときとは一線を画す。 思想の背景は、常に『ひと』だけでなく、その『くらし』を斯く在らしめた『自然』『環境』に依る。 獣人という種族が、肉食をするファンタジー小説を思索するにあたって、よく参考となった良書であった。星5つ間違いなし。

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    投稿日: 2021.01.08
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    一昔前、クラスで飼い育てた鶏を食べるという授業をしている学校が話題になったことを思い出し、あれは、そもそもの鶏=ペット≠家畜という予めの線引きの話で、食欲が湧かない対象を食べるように、鶏は食べ物だという思想をもって強いることへの違和感があったのだなと、この本を読んで思った。子供たちは、吐き気をもよおしたに違いない。

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    投稿日: 2020.09.19
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    初版が1966年とかなり古いものの、「肉食と思想」というと狭そうだけど、実際は宗教や階級意識などの関係や、進化論との関係など。読んでいてかなりおもしろい。 『肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 (中公新書 (92))』鯖田豊之 とくに著者が「断絶論理」と呼ぶところの階級や支配・非支配と肉食の関係というのは読み応えある。 現代の日本ではなく60年代の日本との比較なのだが、「ご飯+おかず」というほとんど変化していないところも多い。 『食べる人類誌―火の発見からファーストフードの蔓延まで』みたいな食そのものを扱ったものもおもしろいのだけど、こうした食の掘り下げ方もなかなか。

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    投稿日: 2020.02.06
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    いい肉の日なので読んでみました。論旨に強引な箇所もありますが予想以上に面白い。初版は1966年なのに、古さを感じさせず読みやすかったです。

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    投稿日: 2018.10.13
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    アフリカで生まれた人類は、色々な場所へと広がっていき、 その土地に合った食生活をする事によって 様々な文化や考え方を持つようになりました。 人が簡単に移動出来るようになったり様々な土地の料理が食べれるようになり、 インターネットで世界がバーチャルにつながる今、 そういった風土の影響を超え人類は1つの「世界市民」になるのでしょうか? 1966年に書かれたこの本を読んでいると、 そんな事を考えてしまいました。 なお、日本の戦争責任を「好戦ムード」としており、 山本七平の「空気」(空気の研究は1977年発行)よりも前に 書かれているのは興味深いです。

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    投稿日: 2017.11.11
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    このレビューはネタバレを含みます。

    1966年刊。著者は京都府立医科大学教授。◆人間中心主義の徹底、厳格な階級的断絶、輪廻思想の排斥といった西欧の基底的思想を、肉食中心・穀物従属の食生活と、これに至る植生・気候的諸条件に依拠するものとし、東西比較文明論を展開。◇肉食の淵源の叙述が足りず、相関関係or因果関係、影響範囲等、説明不十分のきらいはある。が、切り口は良で、内容はさもありなんと思わせる点も有り。◇ただ、江南等他の米作地域との比較、沖縄やアイヌなど牧畜でも穀物主導でもない地域との比較も欲してしまう。勿論、かかる問題意識の拡散には未対応。  しかも、欧州(ことに西欧)は肉食というのが、実に根拠のないイメージに依拠するものであったかが判った(「魚に始まる世界史」)。肉食の淵源の叙述に乏しく、その点での説得力に欠ける本書の意味合いも当然に……。

    0
    投稿日: 2017.01.21
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    帯文(袖):”「豚の頭や兎の丸煮をフォークでつつくヨーロッパ人が、小鳥を頭からかじる日本人を残酷だという。」一体なぜ、彼らは動物をと畜して食う一方で、動物を愛護するのか。本書は、ヨーロッパの思想の原型を彼ら特有の食生活のパターンに求め、そのパターンによって形成されてきた思想的伝統に規制される彼らの日常生活や・・・” 目次:はしがき、Ⅰヨーロッパ人の肉食、Ⅱ牧畜的世界ヨーロッパ、Ⅲ人間中心のキリスト教、Ⅳヨーロッパの階層意識、Ⅴヨーロッパの社会意識、Ⅵヨーロッパ近代化の背景

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    投稿日: 2016.11.01
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    ヨーロッパでは、人間と動物の間に、はっきりと一線を課し、人間が上位である。 人間は、家畜と常に違うというところを見せる為に、ヨーロッパでは、一夫一婦制なのであり、聖職者に至っては、異性に触れない独身が尊ばれる。 これに対して、日本では、あらゆる物が神となる。動物も例外ではない。動物と人間の距離が、それほどないのだ。 日本昔話を読んでも、なんと動物が出てくる話の多いことか。 ヨーロッパで、動物は人間に食べられるために、神が作ったものだという。なんと、自分勝手な人種なんだろうか。 日本人に産まれて良かった。

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    投稿日: 2016.02.12
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    ヨーロッパ人の思想的背景には、動物と断絶した極端なまでの人間中心主義、社会的階層間の断絶がある。穀物が育ちにくい気候で、身近な家畜をメイン食材として屠殺してきた歴史的理由によるものである。 昭和41年の本で、結構重要かつ基本的な西欧に対する認識だと思うのですが、その後あまり意識されてこなかったのは何故なんでしょう。漸く最近になって、のように思うのですが。

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    投稿日: 2014.12.23
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    人獣の境をヨーロッパ人が気にしているというアイデアはもっともだが、食人に対するかの人らの観念に触れられなかったように見え、残念。

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    投稿日: 2014.06.10
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    西欧人の肉食の習慣から、彼らの生活意識や思想的伝統の形成を解き明かそうとした本です。 ヨーロッパでは、高い肉食率を維持するために、人間と家畜との間の断絶を極端なまでに強調する人間中心主義が生まれたこと、そして、こうした人間中心主義が、ヨーロッパ思想の根底だということが論じられています。さらに、ヨーロッパ人の階級意識や社会生活についても、同じ観点から考察がおこなわれています。 人びとの生活と精神との間にある種の照応関係が見いだせるというのはよくわかるのですが、本書を読むと、生活が人びとの意識を規定しているという決定論的な立場が背景にあるのではないかと感じてしまいます。しかし、肉食の習慣がヨーロッパの精神的伝統を決定しているというのは、言い過ぎではないかと、個人的には思います。

    0
    投稿日: 2014.03.04
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    和食における米と洋食におけるパンの位置付けが異なっていることを、日本の米と欧米の小麦の生産方式を比べながら解説する。フランスでは豚の頭から臓物まで食べるのは、日本のようにおかずがなくてもとりあえず米を食べれば満たされる食生活と違い、パンばかり食べるわけにはいかず、家畜が身近であったという食料事情がある。 後半はヨーロッパの社会制度が中心で、肉の話はどこにいったのかといいう印象。 著者は大正11年生まれで初版は1966年という一昔前の本。

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    投稿日: 2014.01.29
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    このレビューはネタバレを含みます。

    全6章構成 Ⅰ.ヨーロッパ人の肉食 Ⅱ.牧畜的世界ヨーロッパ Ⅲ.人間中心のキリスト教 Ⅳ.ヨーロッパの階層意識 Ⅴ.ヨーロッパの社会意識 Ⅵ.ヨーロッパの近代化の背景 【1章】 欧米のの食卓には動物の形を残したままの肉料理が平気で運ばれてくるというエピソードからはじまり、日本と欧米の食卓を比較して、ヨーロッパ人の肉食の現状、歴史を中心に記述されている。また、鎖国解禁時の来日した欧米人(ハリスなど)の日本の食に対する困惑が記載されており、イメージも湧きやすくなっている。 ただし、p.11において、「日本とヨーロッパの肉食率を大きくへだてるのは、食生活パターンが、主食と副食を区別するか、しないかの一点につきる」という箇所には全面同意しかねる。著者は、「日本の肉食≒欧米化はままごと」というように記述しているが、現代ではさらに欧米化は進んでおり、パン食の割合もますます増えている。調べてはいないが、日本の食卓のイメージは特に都市部において変わりつつあるだろう。ファストフード店やスーパーマーケットの総菜コーナーが充実し、特に大学生などの下宿生はこれらの利用割合が非常に高い。そう考えると、日本でも必ずご飯粒を食べる、あるいはパンを食べる(主食的活用)というふうには必ずしもなっていないのではない現状が大いに想像できる。また、そもそも朝食を抜いたりすれば、主食副食の区別などできるわけもない。本書が出版された時分ではその説明が可能だったかもしれないが、少なくとも現在の様子にはなかなかあてはめられないのではないだろうか。 【2章】 pp.48-49にもまとめられているが、ここでは、主食と副食を区別しないヨーロッパの食生活パターンが、どのような条件のもとで確立したかを見た結果、ヨーロッパが牧草適地であり穀物栽培に向いていなかったために、穀物生産力は高くなく、低い生産力を維持することが大変だったことを明らかにしている。そして、そのように特有な風土的、自然的条件が社会的条件をも規制していることを、パリの中央市場や中世都市の肉屋組合の地位の高さから説明している。 面白いと思ったのは、よく日本の農業はその手間などから"gardening"と形容されがちなことである。日本と違い、欧米の農業とは、広大な耕地を整備して種をまき、収穫までは特に手を出さないものが農業"agriculture"なのであると筆者は記している。ここは日本と欧米の風土の違いを表している興味深い話だと思った。 【3章】 この章が一番興味深い。 なんでも筆者は、欧米の動物愛護団体は動物を飼えなくなると安楽死を勧めるように、殺すことより苦痛を与え続けることを悪しき者と思っているとし、動物屠殺と矛盾していない思想としている。詳しくは見れば分かるが、欧米の動物愛護はすべてそのようなタイプだというふうに考えている節がある。 しかし本当はそうではない。たしかに、筆者が言うように、動物の苦痛を第一に考え、苦しみ続けるくらいなら殺して楽にしようといった考え方は存在している。特に近年になってその考え方は、「動物福祉(動物福利、アニマルウェルフェア)」とよばれ、ラディカルな動物愛護とは一線を画している。 ちなみに、ラディカルな立場は「動物解放論」、あるいは動物権利を守るものとされ、いわゆる過激な愛護団体の活動の背景にある思想と考えられている。この立場が日本にはなじみにくいのは世の中を見ればわかるだろう。 動物解放論は様々な論者がいるが、大きく分けて、功利主義をベースとしたピーター・シンガーの立場と、義務論をベースとしたトム・レーガンの立場の2つが存在すると思う。 ここで詳しく記載することは難しいが、これについては伊勢田哲治の『動物からの倫理学入門』に詳しいのでそちらを参照されたい。 ともかくここでは、筆者の文章の整合性を高めるために、無理やり動物屠殺と動物愛護思想を両立させている気がした。別にこんなことしなくても4章や5章、6章などの社会階層やそれらが付随した人間中心主義が欧米と日本の差異に深く結び付いているとすれば十分だと思ったのだけれど・・・

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    投稿日: 2013.08.11
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    日本と欧州の食事環境、日本にとって米が主食としてあり、あとはおかずと言う考えから、欧州にはその線引きが曖昧な理由を、地理的な環境を含めて説明。其処からキリストを基本とした宗教的考えや、階級社会まで発展している。そして、最後に欧州のごっこから独自解釈した日本における自由と平等が蔓延していると言うところまで持っていっている。欧米との残酷や動物への対応の差は未だに変わっておらず、理由を知る上でもこの本は最適かもしれないし、考えの差異が生まれる背景を知れるかもしれない。

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    投稿日: 2013.06.30
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    (1973.03.10読了)(1973.01.21購入) (「BOOK」データベースより) 欧米人は、なぜ動物をと畜して食う一方、動物を愛護するのか?本書は、ヨーロッパ思想の原型を、歴史的・地理的条件に由来する食生活の伝統に求め、それに基づき形成された思想的伝統を明らかにし、日本とも比較しながら平易に説く。食という新しい視点で西洋の歴史を見直す、西洋史学究の問題作。

    1
    投稿日: 2013.03.26
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    目次: はしがき Ⅰ ヨーロッパ人の肉食 ヨーロッパの家庭料理/日本との肉食率のへだたり/パンは主食ではない/肉食はいつから始まったか/来日欧米人の困惑 Ⅱ 牧畜的世界ヨーロッパ 日本では肉食はぜいたく/牧畜に適したヨーロッパ/ヨーロッパではパンはぜいたく/翻訳に困る「農業」/精肉業者の社会的地位/食生活と思想的伝統 Ⅲ 人間中心のキリスト教 動物を殺す動物愛護運動/人間と動物との断絶/伝統的な人間中心主義/キリスト教の結婚観/いとこ同士は結婚できない/キリスト教と宮廷愛(コートリー・ラヴ) Ⅳ ヨーロッパの階層意識 「ほんとうの人間」を求めて/ぜいたくは支配者の美徳/現実社会を反映する身分制/立身出世の困難な社会/マルクス主義の背後にあるもの/インドのカースト制度 Ⅴ ヨーロッパの社会意識 パン食から生まれた社会意識/ヨーロッパにしかない村/都市の自由と市民意識/日本に見られない身分制国家/他宗を大いに誹謗せよ/他人のことが気になる Ⅵ ヨーロッパ近代化の背景 輸出可能な近代思想/伝統への反逆と強い人権意識/伝統と妥協する民主主義/フィクションでなくなった「自由と平等」

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    投稿日: 2012.10.11
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    ヨーロッパの肉食文化と思想の関連についてのお話。キリスト教が、ヨーロッパの人たちがなんでああも排他的なのかわかる。前半は独創的な発想の応酬で面白いけど、後半は肉食との関連がおぼろげにみえる思想の話。面白かったけど後半テンション下がるのがなー

    0
    投稿日: 2012.08.14
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    ヨーロッパ(本書では広く北米も含む)はなぜ肉食文化なのかを、文化的地理的背景から解き明かし さらに、肉食文化がヨーロッパ人の思想にどんな影響を与えたかを論ずる。 日本は米、ヨーロッパは肉とパン。 食文化の違いは主に気候と国土条件の違いによるものである。 確かにそうだ。 日本は稲作、ヨーロッパは畜産と麦作。 農業形態が違うのだから、自然、社会構成も変わってくる。 確かにそうだ。 この辺は納得できます。発見もあります。 ただ、ヨーロッパの肉食が人間中心主義や階層社会制の原因だと言われても何だかなー。 食文化や思想・社会制度の日欧比較は納得できるとしても そこに因果関係があると言い切るための論拠があまりに弱い。

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    投稿日: 2012.01.22
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    欧州の文化を日本からの視点で考察するために、食という切り口を用いている。 欧州において肉食の割合が高く穀物の割合が低い理由について、夏に少雨で冬に多雨な気候、家畜を放牧すれば成長できるだけの牧草が生えること、農業に適さない土地であることをあげる。また、家畜を屠殺したり、生殖行動をまじかに見る生活を送るために、人間と動物の断絶を意識的につくり、人間中心主義の思想が生まれた。キリスト教は人々の結婚について厳しく取り締まり、人間中心主義の思想は他宗教信仰者への差別や階級社会、同胞内の異分子の排除、他人を監視しようとする姿勢からおせっかいな態度も生んだと考察する。 生態的な背景を基に、歴史的なできごとを追いながら、欧州の思想が生まれた経緯について考察を展開するさまは、論理的で見事である。昭和40年代の発行だが、文章もとても読みやすく、苦労するどころか、どんどん引き込まれて1日で読んでしまった。読んでよかった、読まない決心をしなくてよかったと安堵の気持ちさえ抱いた。 ・ヨーロッパでは、ひとりでに生える草でも牧草として利用できる。(p30) ・ヨーロッパ人がアメリカに移住し、伝統をそのまま持ち込めたのは、ともに牧畜適地だったため。(p33) ・ヨーロッパの麦作は、播種量に対する収穫量の比が低い。(p35) ・麦類は無肥料連作をすると収穫が大幅に低下する。11〜12世紀頃から三圃制農法が普及し、それによって村落共同体の団結が強化された。(p40,126) ・ヨーロッパで近代科学が誕生したのは、キリスト教が人間中心主義の立場から森羅万象を説明する統一的論理を構築していたから。(p68) ・家畜の生殖行動を見せつけられるおかげで、人間の性生活について正面から対決せざるを得なかった。(p69) ・キリスト教は、結婚を秘蹟として取り込むことで、人間の一生を支配する体制を固めた。(p73) 肉食は穀物を直接食べることに比べてカロリー摂取の点では効率が非常に悪い。したがって、肉食にはより多くの土地が必要であり、環境負荷が大きいことが指摘されている。しかし、穀物栽培に適さない気候地域であるヨーロッパでは、ひとりでに生える草を牧草として利用できる牧畜は適していると説明している。だとすると、欧米の人々の需要を満たすために、その食文化をそのまま別の土地にも導入していることが問題ということになるだろう。その例として真っ先に思いあたるのは、アマゾンの熱帯雨林を切り開いて行う牧畜だ。

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    投稿日: 2011.10.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    [ 内容 ] [ 目次 ] [ POP ] [ おすすめ度 ] ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度 ☆☆☆☆☆☆☆ 文章 ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性 ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性 ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度 共感度(空振り三振・一部・参った!) 読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ) [ 関連図書 ] [ 参考となる書評 ]

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    投稿日: 2011.04.02
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    食生活と気候は切っても切れない。 当たり前です。 何故、日本人は肉食になれないのか。 さらに、何故日本では個人主義的思想は そこまで浸透しないのか。 食生活と気候から そこに住む人々の思想が形成され それを裏付けるために宗教が形作られる。 既知の事項が多かったけど、 改めて読むとやっぱり面白い。 肉食文化は 動物界との隔絶が必須であった。 その為に宗教の名の下に さまざまな掟を創り 人間を理性あるものと特別視する。 個人主義の原点も、 現世信仰の原点も、 全ては食から語られる。

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    投稿日: 2009.10.19
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    欧米(いわゆるキリスト教文化圏)の思想で 「まったく意味がわかりません」というあたりを 肉食(牧畜)に絡めてスパッと説明してくれます。 ついでに田んぼで米を作る我々日本人の いわゆる「村社会」「島国根性」というものにも言及しています。 ははあ!って膝を打つことしきりですよ。 やっぱ食は人間を作る源なり。

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    投稿日: 2009.04.21
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    中公新書の昔のベストセラー。 最近文庫化されたようだが、古本屋に行けば100円で手に入る。 ヨーロッパでは肉が主食とされているが、その理由を農地やら社会制度、キリスト教とからめて考察する(本だった気がする)。 昔のベストセラーなので面白さは折り紙つきです。コストパフォーマンスは非常に高い!

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    投稿日: 2007.09.03