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国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源(下)
国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源(下)
ダロン・アセモグル、ジェイムズ・A・ロビンソン、鬼澤忍/早川書房
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総合評価

38件)
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    研究は膨大なため、途中様々な国、それも普段触れない国の細かな歴史が紹介されるため、興味を保つのが難しい。ただ、本研究で明らかにしようとしている仮説は興味深く、示唆に富む。末尾の解説が丁寧であり、理解が深まった。解説にあるとおり、筆者の見解は多くの失敗した試みが登場し、また昨今の脆弱な民主主義やトランプ、習近平、プーチンのような独裁への執着が見られる中では、悲観的なメッセージに映る。それでも炙り出した真実は、包括的な政治経済制度を目指す人々に自信を与えるものであり、今一度この提示を噛み締めて世界を俯瞰的に見れるようになりたいと思う。

    0
    投稿日: 2026.01.24
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    2013年刊行。 MIT教授(経済学)のダロン・アセモグルと、ハーバード大教授(政治学)のジェイムズ・ロビンソンによる共著。 「なぜ世界には経済的に成功した豊かな国々と、長年貧困に苦しむ国々に分かれるのか?」の疑問に答えることを目指した本。 発刊直後から世界的に好評を集めている本書だが、ボリュームは多い。 文章は比較的平易で、数式やモデルは割愛した一般読者向けの内容なので読みやすい。ただ、ひたすら同じ主張を、古今東西の多様な事例を用いて繰り返す構成になっているので、冗長。完読するには根気が必要だった。 著者らの主な主張は最終章に網羅されているので、これを読めば正直十分。 本書の内容を簡単にまとめる。 まず、政治と経済の体制には、包括的(inclusive)と収奪的(extractive)の二通りが存在する。 包括的政治制度とは、政治権力を幅広く多元的に分配し、ある程度の中央的集権化を達成できて、その結果、法と秩序、確実な所有権の基盤、包括的市場経済が確立されるような制度である。 収奪的政治制度は、権力を少数の手に集中させ、その少数が自らの利益のために収奪的経済制度を維持・発展させることに意欲を燃やすような制度を指す。 所有権を強化し、平等な機会を創出し、新たなテクノロジーとスキルへの投資を促す包括的経済制度は、収奪的制度よりも経済成長につながりやすい。 収奪的制度は多数の持つ資源を少数が搾り取る制度で、所有権を保護せず、経済活動へのインセンティブも与えないからだ。 それぞれの制度はともに循環を生む。収奪的制度から抜け出すのは容易ではない。 しかし、それらは絶対的ではなく、決定的な岐路(14世紀のペストや産業革命など)によって移行がもたらされる場合がある。 既存の制度のわずかな違いが、大きな変化を生むのだ。 その上で、より包括的な制度への移行には、多様な社会集団が、その多様性を維持したまま、現支配者を打倒するための「連合」を首尾よく組むことが必要である。 仮に電撃的な体制転覆が成ったとしても、特定の個人や同質的集団が権力奪取の主体となるのであらば、相変わらずの権力私物化に立脚した収奪的政治の再生産となる危険が高いというわけである。 以上が本書のおもな主張である。 これらが多様な実例を引用して解説され、さらにこれまで貧困国と繁栄国の差異を説明してきた多くの説(地理説、文化説、指導者の無知説など)に反駁していく。 非常に興味深い内容で腹落ちできたが、冒頭に述べた通り、非常にボリュームが多い。 また、本書内で展開される近代中国史と、本論を踏まえた今後の展開の予測は一読に値すると思う。 時間に余裕がある時に読み、教養として身につけたい一冊。

    16
    投稿日: 2026.01.17
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    興味深い内容だったが、久々の翻訳ものは、読むのに苦労してしまった。 とりあえず、選挙には行かないとと思った。

    1
    投稿日: 2025.11.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

    長期的な経済発展は、地理的、環境条件、社会学的要因、文化の違い、生物学的遺伝的差異でもなく、政治・経済制度の違いにある。 包括的な政治制度と包括的な経済制度の組み合わせが必要。収奪的政治制度と包括的経済制度ではだめ。新自由主義は、その見本。 収奪的政治制度のもとでは、破壊的イノベーションは起きても潰されやすい。既得権益を守るため。規制緩和は限界をむかえる。 中国のような収奪的政治制度のもとでは、経済の自由度が高まっても破壊的イノベーションは起きにくいので、経済成長は持続しない。 収奪的政治制度がデフォルト。 長期的には、自由民主政治と資本主義は不可分。格差があっても、経済強者の交代可能性が必要。 中国とアフリカは、短期的には高度成長しているが、どちらも収奪的政治制度をとっているため、危うい。 アフリカ経済のネックはガバナンスにあると言われ続けているが、修正がきかない。

    0
    投稿日: 2025.07.02
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    豊かさの国家間差を生む最大の要因は国家制度が包括的もしくは収奪的かの違いであり、地理説、文化説、無知説というような従来の定説では「国境を境とする2つの街の豊かさの差」を説明がつけられないとし、国家制度による国力発展への影響を様々な歴史事例から多角的に分析した本。 権力による政治変革・自由競争の阻害は悪循環を生むため、世界各地域で走る保護主義政策はいずれ行き詰まるのではないかと感じた。近年大きく進んだグローバル化への揺り戻しではあるが、元の場所まで着地することはないだろう。 一方、この本からでは政治権力と市場には限りなく自由と流動性を与えるのがよいと読めるが、その場合は国内の分断が限りなく進むため、再分配の強化という形での政治介入は必要なのでは?と感じた 。例えばアメリカは自由競争で多くの破壊的イノベーションを生んだけども、その代償として埋めようのない分断が生じてしまった。 事例紹介のボリュームが多く、少々冗長に感じたが、いまのタイミングだからこそ読む意味がある本だった。

    0
    投稿日: 2025.05.09
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「包括的な経済制度の下では、経済的な力を使って政治権力を過度に高めようとする一握りの人々に、富が集中することはない。さらに、包括的な経済制度の下では、政治権力にしがみついてもうまみが少ないため、国家を支配しようともくろむ集団や野心満々の成り上がり者にとってはインセンティヴが弱い。」権力者が政治家じゃなくて政治家権実業家に変わるだけでは?ハマスだって各国に動き回る資金を送る側のハマスがいたし、ネタニエフ首相はパレスチナ分断にハマスを利用した。抵抗運動はテロになった。一つの国だけでなく周りの国の関係も要注意。整備された制度がなくなることもあるから制度を過度に信用するのも変。パナマ運河を取り戻すと言ったトランプ大統領もいたし、強い権力のもとでは制度も砂上の楼閣に過ぎない。結局は発展途上国の見下しありきの富裕国の普通の人向けの本。

    0
    投稿日: 2025.02.18
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    国家が繁栄するための必要条件がわかりやすく説明されています。多様性の高い包括的政治制度と、所有権の侵されない包括的経済制度が重要。この2つの制度の上で、創造的破壊が繰り返されて、繁栄に繋がっていきます。今の日本は、ちょっとヤバいかな。創造的破壊がされない。中国よりはマシですが。今後の中国が凋落していく様子をしっかりと見届けたらと、思っています。

    0
    投稿日: 2024.12.28
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    2022年3月「眼横鼻直」 https://www.komazawa-u.ac.jp/facilities/library/plan-special-feature/gannoubichoku/2022/0301-11308.html

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    投稿日: 2022.03.01
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    豊富な事例研究ができます。しかし、上を読めば事足りると思う方や、最終的に偶発性や成り行きを結論にもってくることに対し非科学的と感じる方もいるかもしれません。

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    投稿日: 2021.06.07
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    14-16世紀の間、ヨーロッパが東南アジアにおいてプランテーションを、アフリカにおいて奴隷貿易を活発化させ、政治的中央集権化を阻む。 奴隷貿易が収束した後も、アフリカの社会と制度に対して奴隷制の影響が残り始めた。 奴隷貿易の廃絶は健全な社会を生まず、配置転換によってプランテーション農奴として使われた。アフリカの国々がしゅどうして、奴隷労働を拡大させた。 アフリカの二重経済…近代的で豊かな地域と、伝統的で貧しい地域に分割し、ヨーロッパ人が自らの利益のため、先住民を後者に押し込めた。私有地を排除し、労働力を安く提供することを強制された。 こんにちの世界に不平等が存在するのは、19-20世紀にかけ、一部の国が産業革命とテクノロジーの繁栄を享受した一方、他の国はそれができなかったからであり、それはヨーロッパによる収奪的制度の押し付けと、アフリカ人や先住民の、経済・職業的隔離政策にある。 フランスは、フランス革命により近隣諸国に侵攻し、それらの国々の収奪的制度を力ずくで改革することで、自国の制度を輸出し、ヨーロッパで工業化の道を開いた。 日本は外国に対する侵略の脅威から、明治維新により絶対主義を打倒したが、中国では逆に、より内向きで封建的な国家ができた。 【好循環のプロセス】 法の支配という考え方が一度定着すると、エリート層が好き勝手に法を捻じ曲げたり濫用することが出来なくなる。それは法をあらゆる人に等しく適用させなければ、一つの党派が過大な権力を持ち始め、多元主義を破壊するからであり、そうした包括的制度を守るために、エリートが自分に制約を課し法の適用範囲を庶民にまで拡大させた。ここに、包括的で多元的なシステムがさらに多源性を生むという、正のフィードバック・ループが起きた。 そして、この正のループが進んでいくと、エリートが時代を逆行させ、人々を力でねじ伏せることは魅力的でなくなる。包括的な経済制度により市場が発展した今、権力を支配することは自分たちも財産を失うことだし、少数のエリートが、台頭する大衆を力で押しつぶすのが難しくなるからだ。 また、包括的な政治制度は自由なメディアを発展させ、高活的制度の脅威に関する情報を提供し、それに対する抵抗勢力を結集させる。 包括的な政治制度の出現を促す3つの要因 ・新たな商人・実業家階級の台頭 ・広範な同盟 ・議会および権力分担という政治制度の基盤の存在 【悪循環のプロセス】 収奪的な経済制度が収奪的な政治制度のための基盤を整える。同じ種類のエリートが収奪的な制度を支配し続け、そこから恒常的に利益を得続け、富と権力を手に市、政治・経済制度を更に自分本位に構築してくのだ。 また、収奪的な政治制度のもとでは権力の行使そのものへの抑制がないため、前の独裁者を打倒しても、次の独裁者が権力を乱用できる立場であり続ける。 人々の不満が一定以上に達すると、内戦が起こり、さらに社会を破壊していく負のフィードバックループが起こる。 こんにち国が破綻する理由の一つは、国家体制が破綻するから。中央集権化が未熟な国家における収奪的政治、経済制度のもとで、内戦や紛争が置き、国全体が破綻国家と化す。 【繁栄と貧困】 歴史の発展形態には、小さな相違と偶発性を含むため、今後政治的制度の中央集権化により、発展する国を正確に予測するのは困難だ。 中国の成長の基盤は創造的破壊ではなく、既存のテクノロジーの利用と急速な投資であり、中国の政治制度はいまだに収奪的である。そのため、今後持続的な発展は望めないだろう。 破綻国家への対外援助の多くは、経費と腐敗のために浪費され、独裁者の手に渡る。こうした富裕な欧米諸国が多額の開発援助をすべきだという考えは、貧困の原因が独立した経済基盤にあると勘違いしていることから生まれる。真の原因は収奪的制度のせいだ。こうした理由から、現在提供されている対外援助の少なくとも一部を、包括的な政治・経済制度の整備に使うことがカギとなるだろう。 より包括的な制度と漸進的制度改革が成功する要素は?→社会のきわめて広範かつ多様な集団への権限移譲に成功すること。政治権力が社会に広く行き渡ることが大切。これには、ある程度集権化された秩序と、形成された幅広い連合がある程度形成されていることがカギを握る。 また、これらの成功には、自由で腐敗していないメディアの存在も大切である。 【感想】 国家はなぜ衰退するのか を読んで 本書は、国家が何故衰退し、衰退が持続し続けるのかについての一定の原理を、歴史的経緯を綿密に紐解きながら、導き出している。 その理由とは、「国家が衰退する理由は政治制度及び経済的制度が収奪的かつ独裁制であり、多数の権利者の広範に及ぶ連帯がなされていないから」である。 私はこの本を読むまで、アフリカやラテンアメリカの国家が、未だに貧困に喘いでいる理由を、 無知、貧困、内戦などの様々な理由が複合した結果だと思っていた。 しかし、そうした数々の要素は、元をたどれば一つの原理に集約される。 それは「指導者や征服者による人為的な悪政」の結果であり、 これは政治と経済が切っても切り離せない関係にあるために起こる負のサイクルの原因である。 一度権力を手にしたエリートは、国家全体の繁栄よりも、自分の懐を収奪により肥やすことに執心する。 懐が肥えたエリートは政治的権力を握る力ができ、国民が包括的に政治に参加する余地を潰し、 それが更に国を荒廃させることに繋がるのだ。 今日における失敗国家は、いずれもそうした政治的腐敗からの内乱、クーデター、政権交代--独裁者から他の独裁者に首を挿げ替えただけの--というパターンに当てはまっている。 私が感じたのは、包括的経済性がマックスに近い先進国においても、権威主義的な執政者の登場により、 経済的・政治的包括性が退化していく可能性があるということだ。 経済の停滞が政治の腐敗によるものならば、現在多くの先進国を悩ませている既得権益層の固定化が、今後の世界全体の連帯を狂わせるとしてもおかしくはない。

    0
    投稿日: 2020.07.07
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    社会の繁栄と貧困の差は、政治と経済の制度の違いによって生まれたと説明する。 多数の資源を少数が搾り取る収奪的制度では、所有権が保護されず、経済活動のインセンティブも与えられない。少数は、自らの利益のために収奪的制度を維持し、手に入れた資源を利用して政治権力を強固にする。収奪的制度の下でも、政治的中央集権化化によって、ある程度の成長が可能だが、創造的破壊によるイノベーションが起こらないため、成長には限界がある。また、政治権力をめぐって闘いが発生するため、社会は不安定になる。 包括的政治制度では、政治権力が幅広く配分され、法と秩序、所有権の基盤、包括的市場経済が確立される。有史以来、収奪的制度がごく普通だったが、14世紀のペスト流行、大西洋貿易航路の開通、産業革命といった歴史的な決定的岐路において、既存の制度との相互作用によって包括的制度が生まれた。 今後、収奪的制度下でも政治的中央主権下で成長しそうな国は、アフリカではブルンジ、エチオピア、ルワンダ、タンザニア、ラテンアメリカでは、ブラジル、チリ、メキシコなど。中国は、持続的成長をもたらさないため、いずれ活力を失うと予測する。 本書は、ポール・コリアー、ウィリアム・イースターなどから称賛されているが、ジェフリー・サックスは単純な制度決定論と批判している。 近代化とは、収奪システムから普遍システムへの移行であるという説明は、今まで読んだ本の中で一番わかりやすかった。

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    投稿日: 2017.06.25
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    上巻に続き、国家規模の貧富や発展の差がどこから来るかについての研究。資源や文化、人種ではなく、制度であるとする主張とその裏づけが詳しく語られていることや、今世紀に入ってからも同じ愚行を繰り返していることに気づかされとても驚く。国連やNGOなどが貧困対策を講じているがなかなか改善しないことの原因が理解でき、この手の分野に関心のある人は必読。また、国だけでなく会社や組織の成長にも大きく関わる知識である。

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    投稿日: 2016.08.04
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    "国家はなぜ衰退するのか (下) この上巻は1年以上前に読んでいますが、 なぜか下巻はそのまま放置されていました。 なかなか勉強になる1冊です。 歴史から学べる点というのは本当に多く、 今後の金融資本経済がどうなるか? ある程度が自分自身の中で、 答えが見つかってきました。"

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    投稿日: 2016.01.04
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    長期的な経済発展の成否は、政治経済制度のちがいであり、社会を支配している制度的枠組みが、収奪的であるのか、包括的であるのか、の違いが、持続的な経済成長が可能となるかどうかを左右していると、主張している。

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    投稿日: 2015.11.07
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    下巻では、ヨーロッパに植民地にされた南米やアフリカの国々が、その遺産の制度にどのように対処したかによって、今日の貧困などの状況へと至る道筋を歴史的に見ることができます。また、先見の明のあるリーダー達によってそれを回避できた事実も教えてくれます。 収奪的な制度、包括的な制度という2つの選択肢から、いかに一方に変わりにくいかということを、それぞれに固有のインセンティブに原因が見出されています。これは今日の我々の社会でも重要な視点ではないかと思います。

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    投稿日: 2015.05.03
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    「世界には四種類の国がある。先進国、発展途上国、日本、アルゼンチンだ。」ノーベル賞経済学者のサイモン・クズネッツの有名な言葉だそうだ。1914年のアルゼンチンは50年ほどの経済成長を達成し世界で最も裕福な国の一つだった。しかしその後は独裁主義と民主主義の間を行ったり来たりした。民主主義と言ってもペロンの正義党は巨大な集票組織による利益供与の賜物で権力は著しく集中していた。そして2001年には経済危機を迎え先進国から果て得ん途上国へと滑り落ちていった。 日本は逆に19世紀中頃までは中国とともに鎖国政策の元で停滞していたが完全な中央集権の中国とは違い、薩摩藩が琉球を通じた交易で密かに力を蓄えていた。中国はアヘン戦争以降国力を落とし、太平天国の乱は一時期江南一帯=中国の穀倉地帯を征圧したにもかかわらず後に自壊し、辛亥革命後も統一政府は作られず各地の軍閥が地方を支配し、抗日戦の一時期を除いて国共内戦が続いた。鄧小平の改革開放以降少しずつ所有権や個人の権利は拡大し経済は発展してきてはいるが独裁的な政治体制が続いている。日本の明治維新が成功しより包括的な政治制度へと踏み出したのに対し、なぜ太平天国の乱や辛亥革命は収奪的な制度を維持してしまったのか。藩の独立性が高かったことで説明しているのだが藩内部の構造は収奪的で独裁的だったのではないのか。中国の軍閥の争いが誰が独裁者になるかと言う争いなのに対し、明治維新後は中央集権制の下で少なくとも民主化が進んでいる。徳川家を打倒した後薩長内戦が起こり、薩摩独裁政権が生まれても不思議ではない。しかし現実は坂本龍馬の船中八策と言う当時の常識ではかなり急進的な政策が採用され政治制度が生まれ変わった。 歴史的な記録は近代化が必ずしも包括的な制度に結びつかないことを示している。20世紀初頭豊かな工業国として発展したドイツと日本でナチスドイツや日本の軍国主義の拡大を防げず弾圧的独裁政権と収奪的制度に屈し工業化はそれを支えてしまった。21世紀のアルゼンチンは未だにとがめ立てもされずに国民の財産を収用できる。敗戦後の日本がアメリカ主導で民主化に一機に向かったのはアメリカ国内の例をみると必然だったとも言えない。そのアメリカの収奪的な制度の名残は今でもまだある。1901年に書き直されたアラバマ州憲法256条は現在でもこう述べている。「議会は、公立学校制度、公立学校の資金の割当制度、白人の子供用と有色人種の子供用の別々の学校を創設し、維持する義務を負う。(中略)どちらの人種の子供も、もう一方の人種用の学校に通ってはならない。」この憲法を削除する修正案は2004年に州議会で僅差で否決された。18世紀末にイギリスで始まった奴隷貿易廃絶は1807と翌年に英米で法制化されたが大英帝国で奴隷制度が廃絶されたのは1834年であり南北戦争に負けた後も黒人に投票権が与えられた南部ではプランテーション農業は存続し、差別的な法律がいくつも成立した。これらの制度が崩壊しだしたのは1950年代からの公民権運動によるものだ。 アフリカの植民地の大半では奴隷制は20世紀になっても存続した。例えばシエラレオネの首都フリータウンは送還された奴隷の安息の地として築かれた町であるにもかかわらず奴隷制が最終的に廃止されたのは1928になってやっとのことであり、すぐ南の国リベリアもアメリカ奴隷のために建国された国だが1960年代になっても労働人口の1/4は強制労働に従事している。イギリスの植民地政府はまずシエラレオネに収奪的な制度を作り、独立後はアフリカ人の政治家達が制度を引き継いだ。イギリス人は大首長を終身制にしこの制度は今でも続いている。シエラレオネ東部の現在はダイヤモンド鉱区であるコノのスルク王=大首長の玄孫は2005年にスルクのために設けられたサンダーと言う保護領の大首長に選出された。イギリス国内で作り上げた包括的制度は植民地政策には適用されなかったということだ。現在のアメリカの自由主義の輸出がうさんくさいのも同根だろう。 アフリカにも包括的な制度を導入できた国がある。ツワナ人の国ボツワナは南アの北にあり、西はドイツ支配下のナミビア、東にボーア人支配のトランスヴァール(現南ア)やセシル・ローズのローデシア(ジンバブエ)に挟まれていた。これらの勢力の拡大を防ぐためにイギリスが支配したが植民地化には値せず出来るだけ手をかけない方針だったがツワナの三人の首長はよりましな方、イギリス人の支配の強化を求めた。1895年チェンバレンの言質を取りイングランドを遊説し庶民の支持を得た。またコットゥラと言う集会所では成人男子の総会が開かれ誰でも発言が出来る。そして実力が認められれば誰でも首長になれる。イギリスの力を借り収奪的な勢力から身を守ったボツワナは1966年に独立した時点では世界最貧国の一つであったがーだからイギリスも植民地化しなかったー翌67年に世界最大級のダイヤモンド鉱山が発見されるとすかさず国営化し、その収益でインフラを整え一人当たりGDPでは2013年世界80位となっている。これは中国やタイよりも上位なのだ。 ここで得られた結論は制度は変えられると言う楽観論でもあり、しかし容易には変わらないと言う悲観的な見方でもある。現在の中国のように収奪的な制度化であっても一定期間の経済成長は歴史上多く見られた。包括的な制度が永遠に続く保証はなくメディアや国民の監視によってなんとか続けていくものなのだろう。そして収奪的な独裁制の下での持続的な発展が続いた例は歴史上ない。

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    投稿日: 2015.02.13
  • 包括的な制度が永遠に続く保証はなくメディアや国民の監視によってなんとか続けていくものなのだろう。そして収奪的な独裁制の下での持続的な発展が続いた例は歴史上ない。

    「世界には四種類の国がある。先進国、発展途上国、日本、アルゼンチンだ。」ノーベル賞経済学者のサイモン・クズネッツの有名な言葉だそうだ。1914年のアルゼンチンは50年ほどの経済成長を達成し世界で最も裕福な国の一つだった。しかしその後は独裁主義と民主主義の間を行ったり来たりした。民主主義と言ってもペロンの正義党は巨大な集票組織による利益供与の賜物で権力は著しく集中していた。そして2001年には経済危機を迎え先進国から果て得ん途上国へと滑り落ちていった。 日本は逆に19世紀中頃までは中国とともに鎖国政策の元で停滞していたが完全な中央集権の中国とは違い、薩摩藩が琉球を通じた交易で密かに力を蓄えていた。中国はアヘン戦争以降国力を落とし辛亥革命後も統一政府は作られず各地の軍閥が地方を支配し、抗日戦の一時期を除いて国共内戦が続いた。改革開放以降少しずつ個人の権利は拡大し経済は発展してきてはいるが独裁的な政治体制が続いている。日本の明治維新が成功しより包括的な政治制度へと踏み出したのに対し、なぜ太平天国の乱や辛亥革命は収奪的な制度を維持してしまったのか。藩の独立性が高かったからと説明しているのだが藩内部の構造は収奪的だったのではないのか。中国の軍閥が誰が独裁者になるかと言う争いなのに対し、明治維新後は中央集権制の下で民主化が進んでいる。徳川家を打倒した後薩長内戦が起こり、薩摩独裁政権が生まれても不思議ではなかったが現実は坂本龍馬の船中八策と言う当時の常識ではかなり急進的な政策が採用され政治制度が生まれ変わった。 歴史的な記録は近代化が必ずしも包括的な制度に結びつかないことを示している。20世紀初頭豊かな工業国として発展したドイツと日本でナチスドイツや日本の軍国主義の拡大を防げず弾圧的独裁政権と収奪的制度に屈し工業化はそれを支えてしまった。21世紀のアルゼンチンは未だにとがめ立てもされずに国民の財産を収用できる。敗戦後の日本がアメリカ主導で民主化に一機に向かったのはアメリカ国内の例をみると必然だったとも言えない。1901年に書き直されたアラバマ州憲法256条は現在でもこう述べている。「議会は、公立学校制度、公立学校の資金の割当制度、白人の子供用と有色人種の子供用の別々の学校を創設し、維持する義務を負う。(中略)どちらの人種の子供も、もう一方の人種用の学校に通ってはならない。」この憲法を削除する修正案は2004年に州議会で僅差で否決された。18世紀末にイギリスで始まった奴隷貿易廃絶は1807年から英米で法制化されたが大英帝国で奴隷制度が廃絶されたのは1834年であり南北戦争に負けた後も黒人に投票権が与えられた南部ではプランテーション農業は存続し、差別的な法律がいくつも成立した。これらの制度が崩壊しだしたのは1950年代からの公民権運動によるものだ。 アフリカの植民地の大半では奴隷制は20世紀になっても存続した。例えばシエラレオネの首都フリータウンは送還された奴隷の安息の地として築かれた町であるにもかかわらず奴隷制が最終的に廃止されたのは1928になってやっとだ。イギリスの植民地政府はまずシエラレオネに収奪的な制度を作り、独立後はアフリカ人の政治家達が制度を引き継いだ。イギリス人は大首長を終身制にしこの制度は今でも続いている。シエラレオネ東部の現在はダイヤモンド鉱区であるコノのスルク王=大首長の玄孫は2005年にスルクのために設けられたサンダーと言う保護領の大首長に選出された。イギリス国内で作り上げた包括的制度は植民地政策には適用されなかったということだ。現在のアメリカの自由主義の輸出がうさんくさいのも同根だろう。 アフリカにも包括的な制度を導入できた国がある。ボツワナは南アの北、西はドイツ支配下のナミビア、東にトランスヴァールやローデシアに挟まれていた。これらの勢力の拡大を防ぐためにツワナの三人の首長はよりましな方、イギリス人の支配の強化を求めた。1895年チェンバレンの言質を取りイングランドを遊説し庶民の支持を得た。またコットゥラと言う集会所では成人男子の総会が開かれ誰でも発言が出来、そして実力が認められれば誰でも首長になれるという体制を持っていた。イギリスの力を借り収奪的な勢力から身を守ったボツワナは1966年に独立した時点では世界最貧国の一つであったがーだからイギリスも植民地化しなかったー翌67年に世界最大級のダイヤモンド鉱山が発見されるとすかさず国営化し、その収益でインフラを整え一人当たりGDPでは2013年世界80位となっている。これは中国やタイよりも上位なのだ。 ここで得られた結論は制度は変えられると言う楽観論でもあり、しかし容易には変わらないと言う悲観的な見方でもある。

    1
    投稿日: 2015.02.12
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    長期的な経済発展の成否を左右する最も重要な要因は、地理的・生態学的環境条件の違いでも、社会学的要因、文化の違いでも、いわんや人々の間の生物学的・遺伝的際でもなく、政治経済制度の違いである、と主張し、それを歴史的比較分析で論証…なのだが、とにかくRedundantに過ぎるというか、後半もう分かったよ…許してよという気になりましたw

    0
    投稿日: 2015.01.27
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     読み進めるにつれて、この題名の意味について考えさせられる。・・・・副題だけで十分ではないかと。  たびたび手を休め、考える。副題だけだと、「何だ、富や権力起源はそんなところなのかー」と、狭い範囲で納得してしまう気がした。  今、12章の悪循環を読んだいる途中だが、最後まで読み、通読してから、タイトルをふりかえりたいと思う。

    0
    投稿日: 2014.11.18
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    日本は分権、中国は中央集権、大きさが全く違うのに中国が中央集権を出来たのはすごい。 豊かになるには搾取するか、独占するか。奴隷制度、プランテーション。メディアの独占。 日本もドイツも経済的に豊かだったがそこからナチス、軍国主義が生まれている。 搾取をしないのであれば、何かの制限をかけて対等な豊かさを生むしかないのか。

    0
    投稿日: 2014.08.08
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    本書の主張は極めてシンプルだ。収奪的制度をしく国家は衰退する。なぜならイノベーションへのモチベーションが起こらないから。国家を企業に置き換えるととても分かりやすいのではないかと思う。苦労してイノベーションを成し遂げたとしても、単に収奪されるだけで報奨がなければ、モチベーションが上がらないのは当然だ。では何故収奪的制度がなくならないのか。権力の掌握は富の独占を生むからだ。そうした体制において、イノベーションは既存権力を脅かす存在として排除される訳だ。これはリアルでわかりやすい。 興味深いのは、ルーズベルトがニューディール政策を推進するために、最高裁判所判事の任命権を大統領の与える法案を通そうとした時に、米国では、経済的効果が期待できるにもかかわらず、行政権の濫用(=収奪的制度)につながるという理由で通らなかったことだ。現状の日本の状況に似ていると感じるのは気のせいだろうか。日本が収奪的な国家へ向かわなければよいと思うのだけれど。

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    投稿日: 2014.06.29
  • 国家はなぜ衰退するのか

    上巻に引きつづき、発展している国と貧困にあえいでいる国の例をいくつもそして丁寧に調査した結果を元にその理由を述べ、著者らの考え方の裏づけとしている。(著者の考え方に同意するという前提だが)その理由が分かると、現在貧困にあえいでいる国が経済的に豊かになることはとても難しく悲観的になってしまいそうになる。だが、著者らはそれでもあきらめてはいけないと述べている。現在豊かな国々は、それぞれ歴史上の岐路となる時に、いくつかの幸運と偶然が重なり、国が豊かになる政治経済制度に向かって舵を切り始めた結果が今があると述べられていると私は理解した。ここに対して個人的には、その重要な岐路に幸運と偶然以外の何らかの意思や力が働いていることはなかったのかと感じたが、当然私にはその証拠は説明できない。 本書の終盤では、著者らの考えを元に、日本を含む周辺の国々を含め、これから近い将来、国々がどうなっていくかを知る参考になることが書かれていると思う。

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    投稿日: 2014.06.28
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    包括的制度を打ち立てた欧州がアフリカで、南米でいかに収奪的に利益を得て来たか、それが現地の独裁的体制にまるまる引き継がれてきたか、胸が苦しくなる事例のオンパレード。上巻は一気読みでしたが、下巻はページをめくるのが遅くなりました。上巻でちょっと感じた「新自由主義」を賞賛するのかな?という裏読みも、それは開発独裁の変型であるとの毅然としたスタンスでした。そういう意味では一党独裁の資本主義国、中国も成長は続かないと言い切ります。ちょうど天安門事件から25年目、黙殺の6月。

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    投稿日: 2014.06.09
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    このレビューはネタバレを含みます。

    世界にはなぜ豊かな国と貧しい国が存在するのか、本書は、政治・経済上の「制度」による違いがその理由であることを古代ローマから、マヤの都市国家、中世ヴェネツィア、名誉革命期のイングランド、幕末・明治期の日本、ソ連、ラテンアメリカとアフリカ諸国、現在の中国といった広範な事例を用いて説明するもの。  これからの日本を考えると、既得権益に縛られずに、世の中のニーズに応じた創造的な技術・仕組み・取組みが自由活発に進められる社会により良く変えていくことが重要で、政治・行政としてもその基盤を作ったり、後押しすることが役割になろうと感じました。  今後の日本、また世界を考えていく上で必読の良書です。ちなみに、筆者は同じヨーク大学・LSE出身の政治経済学者で親近感があります。 【ポイント】 ・豊かな国には自由で公平、開放的な経済制度があり、技術革新・創造的破壊による持続的な発展のインセンティブがある(一方で、権力者が国家を食い物にして民衆から収奪する仕組みあり)。また、法の支配、民主主義、多元主義といった政治的基盤がそれを支えている。 ・日本の明治維新とその後の経済発展は、イギリス名誉革命、フランス革命と並んで偶然性も相まった稀有の出来事。 ・現在の中国の急速な発展も、既存技術の導入などに留まっており限定的で、政治的な開放がなされていない統制的な経済制度では、長続きしないのが歴史的な必然。 ・あくまで制度という人間によって左右できるものが主要因であることは楽観的、一方で、人の問題であるがゆえ一度形作られた制度は硬直的でなかなか変わらないことは悲観的(奴隷制、植民地時代の制度が未だに残っているアフリカ、南米など)。 ・これまでの国際機関や開発機関による「開発援助」は往々にして途上国の時の権力者を肥太らせ、また国際機関から現場に至るまでに幾重にもピンはねされるために、真の援助が必要な大衆には届かず、必要な制度を作るにも至っていないのが現状。一方で、何もしないよりは何かした方がマシなのも事実。

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    投稿日: 2014.05.16
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    2014年30冊目。 包括的政治制度が包括的経済制度を生み出し、それによって勃興する新しい層が多元性を生み出して包括的政治制度を支える好循環がある一方で、 収奪的政治・経済制度を持つ政権を打倒したところで、新たな政権は同じ制度を繰り返す、更には強化してしまうという悪循環も存在する。 悪循環を断ち切り好循環へと転じる歴史的事例は確認できるものの、それは生半可なことでは起こらないという印象を受けた。 「国家の貧しさは、エリートによって意図的に生み出される」という大きなメッセージを受け取った。 リーダーの良し悪しが政治において決定的だとは聞いていたが、その重いが強まった。 これからの世界の発展を考えるのに、非常に重要な示唆を得た。

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    投稿日: 2014.05.06
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    国家間の経済発展の違いについて分析された一冊。結論は単純明快で「制度の違い」だ。 隣の国、北朝鮮と韓国を例に挙げるとわかりやすいかもしれないが、収奪的な政治・経済制度と包括的な政治・経済制度のちがいによって、片や経済発展のインセンティブが阻害され、片や経済制度と政治制度が好循環に機能し、経済発展が進んでいく。結局は民主化バンザイってことなんだろう。 ただ、包括的な制度をとっている国においても、諸手を挙げてハッピーかといえば決してそうではない。貧富の差の拡大なんかもあって、包括的な制度と一括りにしても、細部に目を向けるとまだまだ課題は多い気がする。

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    投稿日: 2014.04.19
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    経済の発展には包括的な政治体制、多元的な経済体制が必要という筆者の主張を裏付けるために多くの事例を呈示されているが、例証がくどいように思われた。多元的といいながら、ある程度の中央集権が必要であるという例示を繰り返しているので、経済が発展/衰退する中央集権の度合いがどの程度なのか詳細に説明されていれば、さらによかった。

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    投稿日: 2014.04.16
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    非常に刺激的な内容の本であり、著者達の理論には説得力があるように感じた。膨大かつ詳細な事例は、その理論を裏付けるために実に手際よく叙述されている。 今回、同書を電子書籍で読んだのだが、紙媒体の本で読むべきだったとちょっと後悔。というのも、線を引いたり、ページを折ったり、付箋を貼ったり、メモを書き込んだりするのは、やっぱり紙媒体の本が便利。上記のアクションは電子書籍でもすべて可能なのだが、やはり違うね。

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    投稿日: 2014.03.11
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    国家の繁栄は包括的な政治制度、包括的な経済制度が必要であること。今までどのように主に西洋諸国でこれらが形成されたか、またこれらが主にアフリカ地域如何に阻害されてきたかを書かれており、今後包括的な政治制度、経済制度を持たない国に域渡せることの課題等が書かれている。 もともと当たり前だと感じていた(学校教育によりそう教えてもらっていた)ことを史実に基づき解説している本。

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    投稿日: 2014.01.26
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    本書を読みながら、グローバルヒストリーという言葉が浮かんだ。 著者の、収奪的制度はインセンティブを起こさず、発展を阻むという理論の例証に、数々の国が登場する。日本も多くのページ数が割かれているわけでは無いが、ペリーの黒船が来航して以降、明治維新への流れが触れられている。ペルーでは、侵略者に対し、なぜ同じように抵抗し、打ち勝つことが不可能だったのか。もし、成功していればペルーは現在よりも豊かな国家となっていたのではないか。 それは、小さな相違と偶然性という言葉で表される。そして歴史の形態の一部であると。 横断的展開は、アフリカのシエラレオネやツワナのダイヤモンドへの対応、中国共産党の独裁制など幅広く及んでいく。 制度とは、繁栄とは、民主主義とは。本書は、考える種を与えてくれる好著だと思う。

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    投稿日: 2014.01.11
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    国家が繁栄するのか、貧困したままでいるのかを分ける原因を国家統治体制に求める大著の下巻。最終章である15章にこれまでの議論がおおよそまとめられている。 主張のポイントは、収奪的制度の下では一時的には成功したように見えることがあるが、その成功は大きく二つの理由から持続的でないということである。一つは、創造的破壊に伴う変化を嫌うためにイノベーションが発生しないことと、二つ目は支配層が持つ特権をめぐって争いが生じるための不安定さである。 そして、収奪的制度から包括制度には自然には発展しないということも強く主張する。日本やイングランドを含むいくつかの事例があるが、中国やロシアやアフリカ、中南米の貧困国が包括的制度の元で発展したような経済成長を現在のままの制度のもとで持続的に実現することは難しい、というのが著者の見立てだ。 人類の繁栄はなぜもたらせれたのかという興味深いテーマだが、ジャレッド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』、ウィリアム・バーンスタイン『「豊かさ」の誕生』、マット・リドレー『繁栄』と合わせて読むとよいだろう。この3つの方がお勧めではあるが。 --- 本書の中でも非常に重要なキーワードとなっている包括的制度と収奪的制度という対比される二つの制度原理が規定されているが、原文では次のようにきちんと対比された語となっている。 包括的 = inclusive 収奪的 = exclusive これを直感的に日本語で理解できるようにするためには、今回採用した訳語は完全ではないが適切であったかとは思われる。ただ、原語ではワードとしても自然に対比させられていることを頭に置いて読み進められるべきであろう。しかし、この訳語の選定には相当に悩んだだろうな。

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    投稿日: 2013.12.30
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    第9章 後退する発展 第10章 繁栄の広がり 第11章 好循環 第12章 悪循環 第13章 こんにち国家はなぜ衰退するのか 第14章 旧弊を打破する 第15章 繁栄と貧困を理解する

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    投稿日: 2013.12.29
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    確かに評判通り面白いんだけど.... 説得力はあるんだけれど,ちょっと冗長かな.同じような話,事例が繰り返されて,もうちょっとコンパクトにできんかな?と思いました. 自分は以前は発展の初期段階では社会主義が効率よくって,その後は上手く資本主義に移行することが出来れば(そんなことを達成出来た国は未だかつてないんだけど),最も早く発展が可能である,なんて考えていたけど,筆者らの理論によれば無理なんですね,それは.我々の(日本の)今の幸せは,極めて危うい綱渡りの末に達成できており,紙一重で成功があることを痛感.

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    投稿日: 2013.11.17
  • 上巻よりおすすめ

    脱植民地化を経てもアフリカに収奪的構造が温存される理由についてのケーススタディは興味深く、一読の価値がある。上巻よりオススメ。というか、下巻からでよい。

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    投稿日: 2013.11.04
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    開発経済についてはトダロくらいしか読んだことがなくて詳しく知らなかったのですが、この本はその方面というよりも、人類学的な視点で読むべきかと思われました 面白さは折り紙つきであるといえるでしょう

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    投稿日: 2013.10.07
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    18世紀のグレートブリテン 犯罪者は厄介払い アメリカにはあまり歓迎されなかったのでオーストラリアへ 1770 ジェームズ・クック オーストラリアの湾 ボタニー湾  シドニーコーブに基地 植民地をニュー・サウス・ウェールズ

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    投稿日: 2013.09.06
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    内容は、大変興味深い。 国家の繁栄は、『包括的政治制度』からに根差す創造的破壊に あるとし、衰退を『収奪的政治制度』にあるとした視点は新鮮だった。 ただ難点は、豊富な事例との裏返しだが、やや冗長な感がある点、 導き出される結論はすでに上巻で主張され、下巻の意味合いが 薄い点である。 15章の結論を読めば、大概の内容は把握できてしまう内容である。 個人的には、15章の中国の未来が、筆者の理論をベースに解説 されている部分が、興味深い。今後の中国を見るうえでの指針と なる内容だった。

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    投稿日: 2013.07.28
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    本書自体は膨大な歴史実証の本で大変素晴らしい内容であるが、上巻に比べると、ケーススタディばかり書いてあって上巻に加えた純な付加価値はほとんどなかった(つまり、オチが一緒だった)ので、読んでいて正直退屈であった。従って、本書を読む際は新たな理論的枠組みを知ろうという目的で読むと期待外れな結果になってしまうので、上巻の理論的枠組みの事例紹介の続きを読むような心持ちで読んだ方が良いと思った。言い換えれば、経済成長史の本として読むのが適切であろうということである。 個人的に付加価値があるなと思ったのは最終章(15章)で、ここでは本書の締めくくりのみならず開発経済学の観点から見て興味深いポイントがいくつかあった。この章のみは熟読する価値があると思う。

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    投稿日: 2013.07.20