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武士道とキリスト教(新潮新書)
武士道とキリスト教(新潮新書)
笹森建美/新潮社
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総合評価

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    前半の新渡戸稲造・内村鑑三の思想についてや、小野派一刀流の歴史(および家族の歴史)の部分は面白く読みましたが、後半の武士道とキリスト教の類似点を指摘していく部分は今ひとつ筋のとおった説明がないようで、ピンときませんでした。武士道は宗教ではないものの、「武士としての(=人としての)倫理観・死生観」を追求するものである以上、共通点が見つかるのは道理だと思います。でも、キリスト教に限ってということではないような。 武士道が非常に実践的な求道の教えであることは確かで、興味を持ちました。

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    投稿日: 2016.01.20
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    ■武士道とキリスト教 A.武士道は模範や心得であり、キリスト教は宗教という大きな違いはあります ただ、どちらも人の死に方、生き方を真剣に問う「道」です。 そしてともに、死を前提にした生を考え、死に後にある生を教えています。 言い換えれば、どちらもいかに死ぬかによって生を見つめ、いかに生きるかによって死を追求しているのです。 B.「武」の字は「戈」を止めると書きます。したがって、戦いを止めることこそ、武の意味であると昔から説かれてきました。 C.武士道は勇気と犠牲の精神を重んじるが、キリストの十字架を思うとき、キリスト教の示す生き方がはるかにまさる。 従って、偏見を捨ててキリスト教に早退するならば、おのずからイエスの忠実なる僕となるならざるをえないのであり、明治初年多くの日本武士が信者になったのは、この精神によったのである。 D.武士道を持たないキリスト教は道徳的にもろい。 E.内村鑑三と同じ時代のクリスチャンで、後に同志社大学総長になった海老名弾正も、陽明学を学んでいたからこそキリスト教を受け入れることができたと主張しています。

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    投稿日: 2013.02.17