
総合評価
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powered by ブクログ大学時代に受講した哲学の授業で本作が紹介されたことがきっかけで学生時代に一度読んだものをだいぶ時間が経ってから再読。 当時は全く意識しなかったが、改めて読み返してみると、難しい言葉遣いを多用していることに驚かされる。一方で、こうした言葉遣いを多用しているからこそ、リズム感のある文章で、すらすらと読み進めることができる。 いろいろな人物が登場するが、基本的には主人公と那美のやり取りであり、その過程での両者の心の中を読むという構成であるので、文体は古いが比較的読みやすいだろう。
1投稿日: 2026.03.17
powered by ブクログ「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」 上記の有名な冒頭で始まる本書は、夏目漱石自身の体験をもとに、二週間ほどで執筆されたものだという。 物語はあってないようなもので、著者の「非人情」的芸術論が主な内容になっている。 この「非人情」の意味が明確に示されることはなく、主人公は非人情、非人情と言いながらも、当人にもその意味ははっきりとわかっていない様子。 著者もその主人公の矛盾を意識しているようで、自虐的に描かれている。 『吾輩は猫である』『坊ちゃん』『野分・二百十日』に続いて本作を読んだが、改めて夏目漱石は愛嬌のある人だと思った。 彼は、孤高であろうとするものの、秀でたところのない、熱くなりやすいだけの頑固者をよく描く。そこには、自身の人付き合いの悪さ(実際には多くの門下生に慕われていたようだが)や、孤独を孤高と取り違えてしまう男性的気質への、痛烈でありながら温かな皮肉が滲んでいるように思う。 こうした部分が野郎の私にはグサグサ刺さり、頭を掻きながら、自分の短所も受け入れて愛してあげたくなる気持ちにさせられた。 『草枕』でも、こうした自虐の文調は健在で、出戻り娘の那美とのやり取りの中には、なかなか思い切ったジョークも多数あり、何度もクスッと笑いながら読み通した。 それにしても、彼の膨大な語彙と知識量には毎度驚かされる。 漢籍の引用に英詩、古典の比喩が自在に飛び交う。明治維新からまだ半世紀も経たない時代にあって、翻訳の基盤も十分に整っていなかったであろうなか、英文学を原文で吸収し、それを即座に日本語へと移し替えるという、その知的水準の高さは我々の想像をはるかに超えている。 比肩する者のない勉強熱心さと、妙に人間臭い素直さ。 この両義性が、国境や時代を軽々と越えて読まれ続ける古典を量産させたのだと思う。 なんだか『草枕』の感想というよりは、漱石作品への懸想文になってしまった。 とにかく彼の作品は好き。
2投稿日: 2026.02.28
powered by ブクログ草枕 著:夏目 漱石 解説:重松 泰雄 出版社:岩波書店 岩波文庫 緑10-4 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。 で始まる有名な小説というか、その冒頭の一言以外は、あまり内容を知らない 山本七平氏曰く、日本教のテキストにて、日本教を知りたいならば、草枕を読めと、勧めているので、手にとりました まず題名がいい、草枕、旅のまくらことばであり、そのおももちは、万葉の昔を彷彿とさせる いくらなんでも、すぐに、これは紀行文だということがわかる だが、近代小説としては、三十一文字ではなく、十七文字を主にしている それに、漢詩あり、Poemあり、ただのくたびれた画家の物語なのであるが、英文学者のただならぬ、ギャップにたちまち違和感をおぼえる。解説にもあったが、主人公の画家とは、夏目漱石そのものなのである 明治の世では、この草枕がバカ売れして、夏目漱石は作家の道に進むことに自信をもったとある が、内容を一読したが、どこがおもしろいのかは、よくわからなった。美人の女将でもいなければ、こんな退屈なところに何泊もできないよなあ、が、感じたことです 日本教の教徒としては、失格です 都会の喧騒を抜けて、寒村に足を踏み込んだ画家の物語、登場人物もそう多くない 画家=画工なのにあまり絵をかいていないような 主人公 画家 茶屋の婆 馬子の源さん、那古井の源兵衛 宿の小女 宿の出戻りの若女将 那美 宿の旦那、老人 観海寺の和尚、大徹 身投げをした先代の女将(故人) 小坊主 了念 久一 那美の兄 赤紙で出征 目次 草枕 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 注・解説(重松 泰雄) ISBN:9784003101049 判型:文庫 ページ数:240ページ 定価:650円(本体) 1929年07月05日 第1刷発行 1990年04月16日 第76刷改版発行 2017年06月05日 第112刷発行
35投稿日: 2026.02.12
powered by ブクログ絶対に手元に置きたいと思いながら買っていなかったので、岩波文庫版を購入。この表紙が良かった。久しぶりに読み返したけれど、つくづく、冒頭のことばの綺麗さとリズムが群を抜いていると感じる。読んでいる途中は迷子になりかけることもあるけど、非人情の読書ならまあいいか。そして後味も明快。 浮き世を忘れさせる役割を担う詩人、または画家という職につき田舎へ滞在している主人公だが、草木や鳥に惹きつけられたかと思えば、次の瞬間には人の世の様々なしがらみや感情に惹きつけられている。結局浮き世から逃れることはできないが、だからこそ思考が生まれる。
1投稿日: 2025.08.09
powered by ブクログこれまでに2度チャレンジしたことはあったが、「智に働けば角が立つ」で始まるひとり語りにあえなく挫折。以来うん十年、積読。今回、ぱっと開けたページの会話から読み始めたら、そのおもしろさに憑りつかれてしまった。そうか、こう読むのか。 会話文の巧いことといったら。ストーリーの展開も、無駄なく、自然。ずっと『草枕』がヘンなタイトルだと思ってきたが、読了後はこれしかないと納得してしまった。 主人公を写生旅行の画家にした時点でほぼ決まり。ミレーの『オフィーリア』と那美を重ねるあたりがすばらしい(しかも、藤村操の入水事件も入れ込むとは!)。漱石好みの若冲や芦雪やターナーもスパイスのように効いている。 そしてエンディング。久一の出征を見送るためにゆるりと舟で着いた先は現実世界。停車場の雑踏と喧騒、煙を吐く機関車。プラットホームの場面では、じゃらんじゃらん、どんどどん、ぴしゃりぴしゃり、ごっとりごっとりといった擬音語が多用され、映像的かつ音響的に情景は展開する。そして最後はすぱりと切ったように終わる。巧いとしか言いようがない。 『草枕』の発表は、『吾輩は猫である』『坊ちゃん』とほぼ同年。なんと、漱石はタイプの異なる3つの名作を同時期に書き上げているのだ。これも驚きしかない。 (p.s. 『草枕』はピアニストのグレン・グールドの愛読書だった。なるほど、グールドもはまったのか。)
1投稿日: 2025.06.02
powered by ブクログちゃんとした純文学を久々に読んだ。冒頭の「山道を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹せば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」はあまりにも有名。 想像と妄想を重ねながら芸術を追い求める絵描きの話。芸術は自由の開放である…みたいな話はモームのサミングアップに準ずる。夏目漱石の漢文、英語など各文学への造詣の深さが窺える
0投稿日: 2023.12.04
powered by ブクログ夏目漱石の本をちゃんと読んだのはこれが初めて。人里離れた旅館で画家が出会った人とのやりとりや妄想めいた話が淡々と描かれていて大きな事件がある訳ではないが、語彙なのか表現力なのか、難解な言葉ながら情景が目に浮かぶのがすごいなと。 夏休みに田舎で蝉の泣き声を聞きながら読むのにピッタリな本だと思った。
0投稿日: 2020.08.14
powered by ブクログ夏目漱石の代表作の一つです。 冒頭の一文、「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」と、「吾輩は猫である」の脱稿から約2週間ほどで完成させたということで有名な作品。 夏目漱石の初期の作品の一つで、本作発表時はまだ職業作家ではなく、夏目漱石は教職の傍ら執筆活動を行っていました。 氏の初期の名作と名高く、エンタメ色の強かった全2作(「吾輩は猫である」、「坊っちゃん」)と違い、芸術に対する考え、存在意義や、西洋文化と日本の世の中のあり方に関する考えが滔々と論じられており、比較的読みにくい作品となっています。 人の世に嫌気がさすも人以外の世に暮らすこともできず、絵描きを生業とする主人公は、単身熊本まで「非人情」の旅に出る。 立ち寄った茶屋で宿の場所を聞くのですが、その宿には嫁ぎ先から出戻った娘がいて、その娘には悪い噂が立っていることを聞く。 宿にたどり着いて最初の晩、寝付けない主人公は宿の湯殿で不思議な女性に出会う。 この女性は結論として、この宿の娘「那美」であったことがわかるのですが、主人公はこの女性と、以前、身投げをしてこの世を去ったという別の女性をハムレットのオフィーリアの姿に重ね合わせます。 度重なる不幸な出来事に気が狂い溺死したオフィーリアを静物然とした姿で水にある儘の姿でミレーは絵画にしているのですが、そのミレーのオフィーリアと、画題としての那美の対比、そして芸術の有り様を、主に独白する形で書かれたものになっています。 物語として筋と呼べるものはあるにはありますが、この独白がメインで、ストーリーはその呼び水のようなものだと感じました。 つまりは作者の論説を呼ぶためのダシとして、オフィーリアを彷彿させる背景を持つ那美と、非人情の旅をする主人公が設定されており、ストーリーを楽しむというよりは、山奥の温泉旅館という幻想めいた舞台設定と主人公の芸術論、難解ですが卓越した文章を楽しむ小説だと思います。 ちゃんと読めば面白いですが、楽しめない人はダメなんだろうなと思いました。 主人公は結構おとぼけで、芸術について意識の高い論述を一人ブツブツ唱えながら、いざ実践しようとすると素っ頓狂な出来となるシーンが多々有り、そういう意味でも楽しめました。 個人的には夏目漱石は肩肘を張って読むものではなく、文豪では親しみやすい作品だらけなので、本作もラフに読むのが良いと思います。
0投稿日: 2018.10.22
powered by ブクログ有名な智に働けば角が立つから始まる作品。俳句的な文体、漢文調で書かれているので、ややとっつきにくいが、ならてくればその独特の文体の世界を味わうことができる。新潮文庫解説の柄谷行人によれば、過去を切り捨てた近代文学に対しあくまでもそれらとともにあろうとした漱石。何かを表現しようとするのではなく、文体そのものを味わうことを求めた。筋自体も何かを表現しようとした刹那、宙ぶらりんのまま別の話に推移しており、独特な感覚を覚える。
0投稿日: 2017.01.03
powered by ブクログ主人公の画工が都から離れた先での話。風景の描写が素晴らしいと感じました。情景が想像しやすい。あと最後、そうやって終わるんだ…という感じ。
0投稿日: 2016.02.10
powered by ブクログ大変有名な冒頭で始まる作品。 「非人情」を掲げて主人公が田舎へ旅をする物語である。 確かにそのテーマ通りに物語が進んでいく様に思われるが、正直私には意味が理解出来ないところが多すぎ、読むのには少し早かったかなと思った。笑 ただ、所々私の普段考えていることを、的確に表している。また夥しい程の比喩には流石夏目漱石。 一つ、nice表現!と思ったものを上げる。 「元来何しに世の中に、顔を晒しているか、解しかねる奴がいる。(多少、違っているかも笑)」普段からその様に思う事があったのだが、今後はこの様に表現しようと思った。笑 もう少し年をとってから、読み直そうと思った作品です。
0投稿日: 2015.01.16
powered by ブクログ「草枕」が、能や詩と関連しているという指摘(正月の新聞:金子兜太×ドナルドキーン対談)で、難解のため読みさし途中だったのを再開。冒頭の有名な人生訓に比べ、全部を読んでいる方は多くないと思う。芸術とは何か、小説とは何か、人生とは何かを、こういうふうに描いた文章は後にも先にも初めての気がする。 漱石39歳、その5ヶ月前に「坊ちゃん」発表。
0投稿日: 2015.01.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
有名な書き出しは聞いたことがあるものの、それ以上の知識は全く無いまま、若い時に読み損なった本。 父の本棚にあったので、眠れない夜に読了。 はっきり言って何を漱石が訴えたいのかよくわからなかったが、妙にファンタジックで色っぽい印象を受けた。 あらすじを読む本ではなく、漱石の頭の中の連想を疑似体験するような本なのだろうか。 巷では傑作という評価だが私にはよくわからない。 作中に登場する旅館や女性にモデルがいるというのを読み終えてから知ったが、そう思うとかえってファンタジーが薄れるような気もする。 諸星大二郎あたりが自分なりに気ままに漫画にすると面白いかもしれない。「余」が稗田礼二郎、女性が「闇の鶯」のヒロインのようなイメージがある。
0投稿日: 2014.11.25
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【本の内容】 山路を登りながら、こう考えた。 智に働けば角が立つ、情に棹させば流される。 ―美しい春の情景が美しい那美さんをめぐって展開され、非人情の世界より帰るのを忘れさせる。 「唯一種の感じ美しい感じが読者の頭に残ればよい」という意図で書かれた漱石のロマンティシズムの極致を示す名篇。 明治39年作。 [ 目次 ] [ POP ] 『国家の品格』いわく文学・哲学・歴史・芸術・科学といった、何の役にも立たないような教養をたっぷりと身につけていることが真のエリートの条件の一つという。 ならば、役に立たない教養を身につけているだけではなく、役に立つことはしない百けんは超エリートではないだろうか。 その師にあたるのが、漢文に詳しく英国留学の経験がある明治のインテリで、日本を代表する文豪・夏目漱石。 『草枕』は、その文章芸を堪能できる1冊だ。 山路を登りながら、こう考えた。 智に働けば角が立つ。 情に棹させば流される。 意地を通せば窮屈だ 。とかくに人の世は住みにくい。 という冒頭が有名だが、遠くに見える山桜、雲雀の声、雨の糸など、自然描写が印象に残る。 日常会話では役に立たないけれども、美しい言葉がたくさん出てきて、読んでいるだけで楽しい。 [ おすすめ度 ] ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度 ☆☆☆☆☆☆☆ 文章 ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性 ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性 ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度 共感度(空振り三振・一部・参った!) 読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ) [ 関連図書 ] [ 参考となる書評 ]
1投稿日: 2014.11.22
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「世間には拙を守るという人がある。この人が来世に生まれ変わるときっと木瓜になる。余も木瓜になりたい。」
0投稿日: 2013.12.27宮崎駿が愛する漱石の初期傑作。
漱石の『草枕』は、初期の傑作とされるがどうも読みにくい。〈智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい〉という冒頭の一文がとくに有名だが、さて、その先に進み得た読者はどれほどいることか。僕は漱石の作品はあらかた読んでいる。それでも『草枕』だけは中途で放り出したままとなっていた。『吾輩は猫である』のような軽みもないし、『それから』『明暗』のように序盤から読者を引き込む物語性が打ち出されるわけでもない。主人公の絵描きの問わず語りに、それこそ“智に働きすぎて角が立つ”のである。 改めて挑戦してみようと思ったのは、少し前に観たNHKの「日曜美術館」がきっかけだった。「絵で読み解く夏目漱石」と題された回で、そこで『草枕』にミレーの傑作『オフィーリア』が登場することを知った。オフィーリアは、シェイクスピアの『ハムレット』に登場するヒロイン。主人公ハムレットの恋人だが、復讐のために佯狂となったハムレットに無下にされたあげく、父をも殺され、錯乱して川に落ちて溺死してしまう。ミレーの絵は、オフィーリアが溺死していく姿を描いたものだ。 『草枕』の絵描きの頭の中には、たえずこのオフィーリアの姿が浮かぶ。自分もミレーのような絵を描いてみたいと思うが、肝心の女の顔が浮かばない。 〈流れて行く人の表情が、まるで平和ではほとんど神話か比喩になってしまう。痙攣的な苦悶はもとより、全幅の精神をうち壊すが、全然色気のない平気な顔では人情が写らない。どんな顔をかいたら成功するだろう。ミレーのオフェリヤは成功かも知れないが、彼の精神は余と同じところに存するか疑わしい。ミレーはミレー、余は余であるから、余は余の興味を以って、一つ風流な土左衛門をかいて見たい。しかし思うような顔はそうたやすく心に浮んで来そうもない。〉 そんな折りに、絵描きは一人の女と出会う。那美という女だが、彼女は出戻りで、しかも周りからは「キ印」などと呼ばれている。ときに突拍子もない行動に出るからだが、しかし真の彼女はいたって聡明で美しい女性である。そして妖艶で、ときに男をどきりとさせる。那美の裸身の描写は、おそらくこの物語の肝となる場面だろう。 〈頸筋を軽く内輪に、双方から責めて、苦もなく肩の方へなだれ落ちた線が、豊かに、丸く折れて、流るる末は五本の指と分かれるのであろう。ふっくらと浮く二つの乳の下には、しばし引く波が、また滑らかに盛り返して下腹の張りを安らかに見せる。張る勢いを後ろへ抜いて、勢の尽くるあたりから、分れた肉が平衡を保つために少しく前に傾く。逆に受くる膝頭のこのたびは、立て直して、長きうねりの踵につく頃、平たき足が、すべての葛藤を、二枚の蹠に安々と始末する。世の中にこれほど錯雑した配合はない、これほど統一のある配合もない。これほど自然で、これほど柔らかで、これほど抵抗の少い、これほど苦にならぬ輪廓は決して見出せぬ〉 しかしながら、それでも那美の表情には何かが足りないと絵描きは思う。それは「憐れ」だという結論になり、那美はラストシーンでようやくその表情を見せる。熊本の温泉場には日本の原風景があり、おそらく漱石は、日本ならではの「オフィーリア」を描くには何が必要かをこの『草枕』で論じようとしたのだろう。 この『草枕』を熱烈に愛好する人物がいて、それが先頃引退表明した宮崎駿である。半藤一利との対談『半藤一利と宮崎駿の腰ぬけ愛国談義』では序盤から『草枕』への思いを熱く語っているが、これはなにも漱石の孫娘を妻とする半藤へのリップサービスではないだろう。宮崎が描く那美を、僕は観てみたい。
2投稿日: 2013.09.25
powered by ブクログ草枕は眺めるように読む小説である。 主人公は日常の生活圏から逃げ、自己に沈静しながら、現れてくる世界をただ眺めようとする。それは「おのれの感じから一歩退く」ためである。漱石自身が苦しみに対処するためにそれが必要だった。 草枕は漱石が「自分の屍骸を、自分で解剖して、その病状を天下に発表」した小説である。余と那美さんは二人とも漱石の分身だ。漱石は自分の屍骸を美しい言葉で綴る。それが彼が苦しみから逃れるための方法だった。 読者はそれを眺める。しかし、漱石の言葉が美しすぎるがために、読者は自分が読んでいるものが彼の死骸だとは思わないのである。 漱石の病跡には諸説あるようだが、この小説に現れた病状は分裂病的だと思った。探偵に付け狙われ、屁をひったと言われ続けるという描写は、まるで精神医学の教科書に載っても遜色がない。
1投稿日: 2013.06.07
powered by ブクログこいつはいい。最後の言葉がいい。無責任な写真家のような。グレン・グールドはどこが好きだったのだろうか?主人公の様な生活できたらいいな。
0投稿日: 2013.01.24
powered by ブクログ…よく分からん!夏目漱石の本気を見た気分。とりあえず、古本屋のご主人にこれが熊本、河内らへんの話と聞いてビックリ。
0投稿日: 2012.09.15
powered by ブクログ他の作品と同様、リズミカルな日本語が読んでいてとても小気味好い。凄すぎますね、一つ一つの言葉選び。正に文豪。 自分という人間を、芸術家という存在を、こうも深遠に描くことができるのは本当に圧倒されるし引き込まれる。分かりたい、と思いながら読むことができる。 私の未熟な読む力ゆえ分量の割に時間がかかったが、時間をかけるべき作品だった。それは間違いなくそう思う。
1投稿日: 2012.08.24
powered by ブクログ最初は随筆かと思った。 世故の話が紛れ込んでこない限り、美を追求し酔いしれていられるので、現実逃避にぴったり。 文学と言うより美学という感じ。 ところどころに入る、主人公の都会に対する辟易とした雑感が、現代にそのままあてはまり、驚いた。…これだから漱石は。 睡眠薬代わりに読んだので、再読したい。
0投稿日: 2011.12.21
powered by ブクログ漱石の中でも割に好きな方。 汚れた世を避けるが稀に俗っぽさを見せる画工と、妙な脱俗感を醸し出す那美さんの感じが面白い。 水死の美しさに関する描写が印象的だった。
0投稿日: 2011.12.08
powered by ブクログいつにもまして美文。 いつにもまして何も起こらない。 そんな小説。 非人情な読み方を求めているのかしら。 春のうららかな陽の下で読みたい。 漱石の物の見方が地の文にありありと表れていて興味深かった。 読後感を一言で表すと、 「ああ、とても美しかった。」
1投稿日: 2011.09.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
実家から出られず母親の古い古い本をあさり読んで。 * 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらする唯の人である。唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりも猶住みにくかろう。 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、くつろげて、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世をのどかにし、人の心を豊かにするが故に尊い。 * 以上が文庫1ページ目の、草枕です。 漱石すごいよね面白いよねと言いつつ、何が面白く何が楽しいかを説明するのは至極難しい。 『硝子戸の中』などは随筆だけに滋味あって読みやすく、幼少期のエピソードなどもあって読み物としても、自然に笑みの浮かぶようなものだった。 『虞美人草』は結末が唐突に思えてさほど好きではないが、お話としてまとまって疾走感のある物語だった。 教科書的に解釈やら何やらをせられた思い出もあるけれど、『こころ』も事件性があり、時代背景が書き込まれてあり、読み応えがある。 が、しかし暗い。 暗さでいえば『門』や『道草』の閉塞感こそ。 みたいな話を母親としていたけど、wikipedia先生に尋ねたらもっと全然作品数あるのですもの。 読もうかなー、と思うのは、暗かろうが何だろうがあまりにも読みやすい文章のためな気がする。 結局は読みやすくて、暗くても構わないが不快になるものは嫌いというだけの趣味傾向でしょうが。 * 洋画家を自称しながら本文中では一枚も絵を描かない主人公が、山あいの鄙びた町の温泉宿に泊まる。 温泉宿と行ってもそこは温泉街ではなく、町に一軒、裕福な主人の隠居所のような家で客が来たら泊めるというようなところ。 日露戦争中のことで他に客もなく、主人公は、宿の娘で傾いた嫁ぎ先から出戻ったという那美と話すようになる。 那美は、嫁ぎ先が「傾いた」というだけの理由で出戻ったことや、種々の奇行から村のひとの一部には「きの字」と言われている。 けれど、(絵も描かないで)非人情を語る主人公とのあいだに物語的な展開は起こらない。 ある日に那美の傾いた嫁ぎ先の夫が那美を訪ねて来、那美が夫に金銭を渡して呆気なく別れるのを主人公が目にする。 金を包んだ包み渡し、受け取る仕草に画題としての美しさを見る一方、那美が自分の絵を描くよう頼むと主人公は那美の顔は描けないといって断る。 那美のいとこが日露戦争に行くのを見送りに来た駅で、ひとり満州に出稼ぎに向かう夫の姿を見つけた那美の表情を見て、 その「憐れ」が出た表情をもって主人公の胸中で那美の画が成就する。 * 詩人/画家の立場としての「非人情」と、画題としての(構図の美しさ、西洋と異なる日本の空気を描く色の必要なども語りつつ)「憐れ」と呼ぶ人情味について語った漱石の芸術論。
0投稿日: 2011.08.28
powered by ブクログ難しくて理解できなかった本は久しぶりである。 非人情の旅を目指し放浪する画工の話。 旅先で出会うミステリアスな女性那美さん。彼女がこの物語のトリックスターであるのは間違いないが、あまりにミステリアスすぎる。 ラストの爽やかさは名状しがたい、二三度読むか、あるいはもう少し成長してから読むべき作品だったかもしれない。
1投稿日: 2011.05.09
powered by ブクログ「山路を登りながら、こう考えた」と始まる非人情の旅物語。 非人情とは世間的な人情を放棄して住みにくいこの世を離れた気分になること。人間の感情で溢れかえる住みにくい都会を離れ、非人情を求めて田舎への旅に出た画工。 当時の西洋化の流れで登場した「芸術」という観念で括られるようになった様々な表現活動。絵画と詩の対比がよく登場する。はじめは手応えがなくとも休むことなく続けるものだという詩作りと葛湯作りの比較がいい。 「菓子箱の上に銭が散らばり、呼べど待たれど人は来ず」 田舎で垣間見られる20世紀らしからぬ非人情の世界。 おばあちゃんが店番したままうたた寝していた近所の駄菓子屋さんのようなシーン。 旅先で出会った不思議な女性、那美さん。画工が彼女を見る目は俗人情そのものともいえるのだが、私を描いてほしいと言われ、非人情の立場から絵に描こうとする。しかし彼女には「憐」が足りない。 「汽車の見える所を現実社会という」 「汽車ほど20世紀の文明を代表するものはあるまい」 この小説のラストシーンはその汽車の行き交うステーション。 そこで昔の夫と視線を交わす那美さんに表れた「憐」を見た画工が小さく叫ぶ。「それだ、それだ、それが出れば画になりますよ」
0投稿日: 2011.05.02
powered by ブクログ筋を追っていくと辛いが、細部に目を凝らしてみると文章が美しい。 青味を帯びた羊羹の描写、那美さんが鮮やかな振袖を着て行きつ戻りつする描写、深山椿の艶然とした毒婦の描写が印象的だった。 画工が云うように適当に開いて文章を眺めてみるほうがいいのかもしれない。 55,78,86,125
0投稿日: 2011.04.03
powered by ブクログ「非人情」とは「超俗」或いは「解脱」の露悪的表現か。智に働かず、情に棹ささず、意地を通さず。何物にも捉われない、自由な生き方ができたら…。でもそんな世界では、たぶん文学も芸術も、大したものは生まれない。「草枕」の境地に憧れる者ほど、その手の無為には耐えられまい。やっぱり人の世は難しい。
5投稿日: 2010.06.16
powered by ブクログ漱石さんが文豪たる所以はこれかという本著。 “智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。”という一文があまりにも有名だが、これは表す内容もさながら、リズムがとても心地良いのも一因ではないか。全体の描写も瑞々しく美しい文体からなっている。この本を読む為に適当な旅に出るのも悪くないだろう。
0投稿日: 2010.03.22
powered by ブクログ出版社/著者からの内容紹介 「しつこい,毒々しい,こせこせした,その上ずうずうしい,いやな奴」で埋まっている俗界を脱して非人情の世界に遊ぼうとする画工の物語.作者自身これを「閑文字」と評しているが果してそうか.主人公の行動や理論の悠長さとは裏腹に,これはどこを切っても漱石の熱い血が噴き出す体の作品なのである. (解説・注 重松泰雄) 内容(「BOOK」データベースより) 山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ、情に棹させば流される。―美しい春の情景が美しい那美さんをめぐって展開され、非人情の世界より帰るのを忘れさせる。「唯一種の感じ美しい感じが読者の頭に残ればよい」という意図で書かれた漱石のロマンティシズムの極致を示す名篇。明治39年作。
0投稿日: 2010.02.18
powered by ブクログ夏目漱石という人は常に厭世観に苛まれていた人ではないか。 冒頭の一節で全てが語られており、残りはAppendixに過ぎないとさえ言えるだろう。 芸術は人生を救えるか。飢えた子の空腹を満たすことはできないとしても、幸福感を与えることはできるのではないかと今は思っている(それが文学であるかは別にして)。
1投稿日: 2010.02.15
powered by ブクログリアリズムという方向から芸術を捉えている人との初めての出会いで、戸惑いました。 この時期ちょうど岡本太郎を読んでいて、彼の爆発という言葉で表現されるような、力強さや情熱が、夏目漱石のほっそい線から感じることができなくて、こういうのって芸術というんだろうか、と認識のレベルで考えてました。
0投稿日: 2010.02.01
powered by ブクログ山路を登りながら、こう考えた。 智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。 という有名な文で始まるこの作品。日本語の美しさが際立って、読んでいくと、現在の現代文学の表現力の陳腐さに拍車が掛かってしまいました。 読み進める間、脳裏に浮かぶ、ミレーのオフェリアの面影。水面に出た不愉快なまでに美しい画。そしてそれに劣らない日本語の在りようがとても素敵です。 (2009.12.30)
0投稿日: 2009.12.30
powered by ブクログ7/28 最後の章、汽車と舟の対比が面白い。 ただ一番は、風呂の場面で会話が一切ないこと。描写だけで全て書ききれる辺り、現代文学の力不足を感じる。
0投稿日: 2009.07.28
powered by ブクログ語り手の画家は、都会での日々の生活に疲れてか、自身の芸術的思考で最も重視している“非人情”を求めてある山村を訪れる。そこでは彼が期待していた以上の非人情が溢れていて、日々絵になるものに包まれてのんびりした生活を送っていく。彼が居住いさせてもらっている家の美しい一人娘が少々問題アリの性格ということで一部ではキ●ガイ扱いすら受けているが、彼はこの娘に非人情を感じ絵にしてみたいと思う。 この作品は当時大変な人気を集め、そしてこれがきっかけで職業作家に転向したとまで言われています。この草枕の語り手の台詞に「小説は自分の好きな部分を気ままに開けて読むのが非人情である」みたいな部分があり、なるほどと思わされました。
0投稿日: 2008.02.02
powered by ブクログ2006年09月03日 どうしても寝付くことができなかった夜に、これなら副作用の心配がない最高の睡眠薬だろうと思って読み始めたのに、案外引き込まれてしまって結局その夜は寝れなかった、という本です。 決して大事件が起きるわけでもないし、複雑な人間関係が織り成されることもないのですが、作者の文章の巧みさだろうか、あるいは教養の高さだろうか、どうしても気になって読まざるを得ない小説でした。
0投稿日: 2007.07.22
powered by ブクログ智に働けば角が立つ、情に 掉させば流される。 意地を通せば 窮屈だ。とかくこの世は住みにくい。‥この続きも素晴らしいのですよ。
0投稿日: 2007.06.12
powered by ブクログイエローナイフへ行くのに借りたけど、ぜんぜん読まずに帰ってきてしまいました。漱石さんは高校生の時にいくつか読みましたが、これは今で良かった気がする。冒頭、共感できました。あの頃だったら分からないだろう。まだよみかけ。
0投稿日: 2007.03.18
powered by ブクログ実は密かに私のバイブル。 心地良い耳障りのいい文章に鮮やかに湧き上がる光景が… なんかい読んでも心に響きます。
0投稿日: 2006.10.22
powered by ブクログ確かに「美しい感じ」が頭に残るだけで、ぐだぐだな話。ま、「ぐだぐだ場面」の集積=漱石文学だし。好きだけど。
0投稿日: 2006.07.19
