
総合評価
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powered by ブクログ2025.11.24 学ぶものとして、人として耳が痛い言葉があった 全部に賛同できるわけではないが一度読んでみて良かった
0投稿日: 2025.11.24
powered by ブクログ古典を読もうシリーズ、2冊目。 「不惑」とか「温故知新」とかの元ネタが出てきて、「古典を読んどるなあ!」という気分になった。 「親の年くらい覚えよう」とか、当たり前ながらなかなか実践のできてないことがいっぱい。 結構メモったけど、いまいちピンとこなくて読み飛ばしたとこに色々新しい気づきがあるのだろう。 それにしてもソクラテスも孔子も自分で書いてないのね。紀元前からひろゆきやホリエモンみたいな手法で本は作られてた。
0投稿日: 2025.10.29
powered by ブクログそもそも2500年以上前の人が残した言葉を今読めるというだけで奇跡のようなことだと思うし、またその言葉には現代にも活かせるようなものが沢山あり、それもまた人間の普遍性に不思議を感じます。
0投稿日: 2025.09.30
powered by ブクログ孔子とその弟子とのやり取りやエピソードから、君子(人格者)として徳を積むことの大切さについて考えることができる。有名な言葉も多く、自分の中で行動を起こせる格言としていくつか心得ておきたい。 背景がわからないと解釈の難しい話も多く、全体を通した上で何度か読み返すと良いと思った。
0投稿日: 2025.08.16
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
江戸時代に武士のみならず庶民の価値観にも影響を及ぼした孔子の教え、孔子が何を曰ったのかが掲載された一冊。 孔子の言った言葉、弟子とのやりとりが、まず漢文で書かれ、その下に現代漢字への書き起こしがあり、さらにそれを現代語訳、および単語の注釈が一つのブロックになっている。 ただし、その意味するところは解説がないので、彼の言ったことの真意はよく分からない文章が多い。
0投稿日: 2025.08.14
powered by ブクログ新しいことを言っているのでなく、何年も繰り返し語り継がれるだけある当然のこと、常識的なこと、人としてあるべきことが列挙されている。新しい知識が増えるわけではないが、数千年前の話でも現代まで残っているという歴史的事実がその正しさを証明しているということを認識できたのが、自分の中での発見と言えるか…
2投稿日: 2025.05.24
powered by ブクログ100%解釈出来たかと言えばおそらく全くだと思うが、基本的には「当たり前」の事が書かれていました。例えば「親を大事にする」とか「目上の人を敬う」だとか。しかし、当たり前だからこそ、実践出来ていないものや自分の生活に置き換えられるものが多く、好きなフレーズをチェックしておいて、教訓として読み返すことが出来ます。
1投稿日: 2024.09.29
powered by ブクログまえがきを読むだけで、いかに先人が大切にしてきた思想を丁寧に「翻訳」したのかが分かって感動する。 テキストの選定から、本邦の読み下し文、さらに和漢の解釈の検討・・・著者の金谷氏によると、奇説を避けて穏当な訳を心がけたそうで、まさに基本となる本だと思う。 読むたびに新しい発見がある。 この本でピンと来ないところも、より踏み込んだ解釈をしている論語本や、実業家による論語をベースにした人生訓みたいな本と比較しても面白い。 実際に、聖人と呼ばれた孔子も人間的なところがあり、いやむしろ、人間的な魅力に溢れた人だったからこそ、弟子や政治家との生き生きとした会話が何千年もの時を超えて今に伝えられているのではないだろうか。考えれてみれば、巷にいる「いい人」というのも、理想を持って「学」を好むかどうかという点の違いはあるが、聖人と本質的には違わない、大切な人なのかもしれないと思った。
1投稿日: 2024.08.03
powered by ブクログ論語は古典中の古典である。 江戸時代の総ての知識人は論語から学びを始めて、読書百遍意自ずから通ず、そこから自分の立ち位置を考え、生活設計をした。 荻生徂徠は、朱子学から始めてそれを政治に活かして江戸封建思想の基礎を確立したが、それも論語を批判的に読んだものだ。 その政治を批判した大塩平八郎は陽明学を基礎としたが、それも論語を批判的に読んだものだ。 更にそこから派生して佐久間象山は技術は海外から学んだが、頭は儒学から抜け出していない。その「和魂洋才」が明治維新を成立せしめた。 一方で町人には「仁義礼智忠信孝悌」の「八犬伝」の様に、なんとなく「仁=愛」が最高哲学との理解がされた。 また、本来は徳川封建制度の理論的支柱だった身分制度を保証する「名分」論が、幕末には、尊王思想の支柱に転換するなどの変化が起きた。 だから、それら本となる「言葉」を知るのは大変意義があるだろう。 そもそも、日本の思想はアガペーとか、エロスとか、そういう思想ではない。玉ねぎを剥いでいけば、跡形もなくなる様な雑種文化だ。しかし、どういう皮を、どのように纏ってきたのか、日本人の思想をスケッチしようとすれば、その過程を記録するに如(し)くはない。 と、言うわけで(←前置きが長い!)初めて全面的に論語を読むことにした。昔人は人生を懸けて読んだので、曖昧には読めない。ずっと棚晒しにしてきたけど、オーディブルならば12時間で聴き取れる。と思った。もう完全に初心者なので、気がついたことしか、メモしない。しかし、聞き始めて直ぐに気がついた。これはテキストを傍らに置いて聞かないとさっぱりわからない(^^;)。而して、時に併読、時に黙読せり。 これは私の「独習」ノートである。 読み下し文の後には〈〉や()で、編者による現代文を付している場合がある。 ←は、私の解釈、並びに気がついた事を書いた。 約6千文字になるので、当然無視したり、飛ばし読みOKです。が、元より論語は物語ではないので、拾い読みでも充分OKです。古典中の古典なので、コメント頂ければ、議論が深まって嬉しい。 巻第一 ・「君子」とは徳の習得に励む人、又は出来上がった人、らしい。 ・「孝」父母に支えること「悌」兄弟に仕える「仁」は最高の徳目 ←君子は一種理想の人であり、君子政治家は果たして孔子の時代に存在していたのだろうか。 ・子曰く、学びて時にこれを習う(適当な時期におさらいする)、亦た説(よろこ)ばしからずや。朋あり、遠方より来たる、亦た楽しからずや。人知らずして(人がわかってくれなくても)うらみず。亦君子ならずや。 ・巧言令色すくなし仁 〈言葉巧みの美男には殆ど無いものだよ、仁の徳は〉 ・子曰く、われ十有五にして学を志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳したがう。七十にして心の欲するところに従って、のりをこえず〈道を外れないようになった〉。 ・子曰く、古きを温めて新しきを知る。以て師となるべし。 ・子曰く、学んで思わされば則ちくらし(ものごとはハッキリしない)。思うて学ばざれば則ちあやうし(独断に陥って危険である)。 ・子曰く、その鬼に非ずしてこれを祭るは、諂(へつら)いなり。義を見てせざるは、勇なきなり。(ためらって決心がつかないのだから、臆病ものである) ←巻第一は、有名な言葉がとても多い。蓋し、最初の頃だけ十分に学んで熟読した者が多かった、「学びて時に習わ」ざる学究が多かったということだろう。 巻第ニ 「成二は説かず、遂事は諌めず、既往は咎めず」 ←いたずらに物事を刺激してはならぬ、という意味らしい。 木鐸 振り子でできた小さい鐘で文教に使う。文化的な指導者の例え。 ←「新聞は社会の木鐸」などと使われている。論語に出ていたのか!そうなっているのか?最近では、新聞人自身が「そんなの知らねー」という態度のような気がする。 子の曰く、ただ仁者のみよく人を好み、よく人を悪む。 〈私心がないから、人を愛することも出来、人を憎むことも出来る。〉 ←「好み」を編者は「愛する」と訳している。 子の曰く、朝に道を聞きては、夕べに死すとも可なり。 ←覚えておきたい。 子の曰く、君子は徳を懷い、小人は土を懷う。君子は刑を懷い、小人は惠を懷う。 〈荻生徂徠「治者が徳を思えば被治者は土地に安住し、治者が刑罰を思えば被治者はお情けを思う」〉 ←徂徠の解釈は、どれも突飛。 曾子の曰く、夫子の道は忠恕のみ ←注 忠は内なるまごころに背かぬこと、恕はまごころによる他人への思いやり。 子の曰く、3年、父の道を改むること無きを、孝というべし。 〈(死亡から)3年、父の方針を変えてはならない〉 ←かなり厳しい掟。喪の期間は3年。北朝鮮将軍様でさえ、3年間喪にふくした。しかしながら、孔子は「喪を一年で終わらせてもいいですか」との問いに「お前がそうしたいならすればいい」と答えている(巻第9)。唯だ「父親が死んだら、3年間何食べても美味しくないのが自然ではないかね」と釘も刺している。 子の曰く、徳は孤ならず、必ず隣あり 〈道徳ある者は孤立しない。必ず仲間があるものだ。〉 ←「徳」を「道徳ある者」と訳するのは疑問あり。 第三 子貢を評して 器という 〈「器物として限界はあるが、有用な人材としてどこにでも推薦出来る」〉 ←そういう弟子っているよね。 子、子産をのたまわく、君子の道四つあり。その己れを行うや恭、その上につかうるや敬、その民を養うや恵、その民を使うや義。 〈恭しく、慎み深く、情け深く、正しいやり方。〉 李文子、三度思いてしかるのちに行う。子、これを聞いて曰く、再びせばこれ可なり。 ←(考えすぎは良くないよ) 子曰く、「賢なるかな回や。一箪の食、一瓢の飲、陋巷にあり」 〈「えらいものだね、回は。竹のわりご一杯の飯と瓢のお椀一杯の飲み物で、狭い路地の暮らしだ。」〉 ←「陋巷にあり」という本は顔回についての小説だったのか! 子曰く、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。 ←楽しむ>好む>知る 「知識だけではダメなんだよ」という事らしい。 子曰く。知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり。知者は楽しみ、仁者は寿(いのちなが)し。 ←知者は流動的な世界を好んで、動き過ぎ、楽しみすぎて短命である、といっているようだ。でも、仁者が長生きするというのはどうだろう。顔回は短命だったのである。 第四 子、怪力乱神を語らず。 〈先生は、怪異と力わざと不倫と神秘は、口にされなかった。〉 ←不倫!! 子曰く、我3人行えば必ず我が師を得。 〈3人で行動すれば、きっとそこに自分の師を見つける。〉 子曰く。奢れば則ち不遜、倹なれば則ちいやし、その不遜ならんよりは寧ろいやし勿れ。 〈贅沢していると尊大になり、倹約していると頑固になるが、尊大であるよりはむしろ頑固の方が良い〉 ←贅沢の方がケチより害が大きい。夫婦間でいろいろ使えそうではある。 子の曰く、君子はたいらかに蕩々たり。小人は長(とこし)えに戚戚(せきせき)たり。 〈君子は平安でのびのびしているが、小人はいつでもくよくよしている〉 泰伯第八 泰伯‥‥周の文王の父の李歴の兄で、かれらの父の大王が孫の文王の優秀さによってその父の方に位を伝えたいと思っているのを見てとり、国を棄てて南方の呉の国に亡命した。 子曰く、詩に興り、礼に立ち、楽に成る 〈人間の教養は詩によって奮い立ち、礼によって安定し、音楽によって完成する〉 子曰く、民はこれに由らしむべし。これを知らしむべからず。 〈人民は従わせることはできるが、その理由を知らせることはできない〉 ←現代の理解と違う。日本国語大辞典には「人民というものは、指導して従わせることはできるが、その道理を説いて理解させることはむずかしい。また、人民というものは命令によって従わせればよいので、原理・方針を説明する必要はないの意でも用いる(←初出「町民嚢」1691)。」とある。つまり、江戸時代に歪んで解釈されたのである。確かに、現代でもファスト読書が流行るように、人民は難しいことを避けて単純な理解に陥りやすい。だからと言って、政治を司る立場の人間は「原理・方針の説明」を決して怠ってはならないと思う。それは、孔子の言っていることでもないのである。現代のエライ人が論語の此処を引用するときは、たいてい後者の意味だから「それって、江戸時代以降の解釈ですよ」とたしなめてあげましょう。 巻第五 子、四を絶つ。意なく、必なく、個なく、我なし。 〈勝手な心を持たず、無理おしをせず、執着をせず、我を張らない〉 ←と、弟子は先生を評価しているが、本当だろうか。 子曰く、後生畏るべし。いずくんぞ来者の今に如かざるを知らんや。四十五十にして聞ゆること無くんば、斯れ亦畏るるに足らざるのみ。 〈青年は恐るべきだ。これからの人が今(の自分)に及ばないなどと、どうしてわかるものか。ただ四十五十の年になっても評判がたたないとすれば、それはもう恐れるまでもないものだよ〉 ←「後生おそるべし」は青年のことを言ったのか! 子曰く、忠信を主とし、己れに如かざる者を友とすることなかれ。過てば則ち改むるに憚ること勿れ。 〈忠と信とを第一にして、自分より劣ったものを友だちにはするな。あやまちがあれば、ぐずぐずせずに改めよ〉 ←友を選べ、という。まぁ確かにそうなんだけど、言われたくないよねー。 子曰く、三軍も師を奪うべきなり。匹夫も志しを奪うべからず。 〈大軍でも総大将を奪い取ることはできるが、1人の男でも、その志を奪いとることはできない〉 ←江戸時代、浪人者のドラマに使えそうなセリフ。 巻第六 曾子曰く、君子は文を以て友を会し、友を以て仁を輔く。 〈曾子が言われた「君子は文事(詩書礼楽)によって友だちを集め、友だちによって仁の徳(の成長)を助ける〉 ←結局、良き「友だち」を集めよ、という。類は友を呼ぶ、は果たして出典は何処か知らないが、論語からは遠くないだろう。 齊の景公政を孔子に問ふ。孔子對へて曰く、君は君たり、臣は臣たり、父は父たり、子は子たり。公曰く、善きかな、信に如し君君たらず、臣臣たらず、父父たらず、子子たら、吾得て諸を。 ←論語において、「名分」論が書かれているのはここのみと言われている。後に「名分」を明確に論じたのは「荘子」なのだから、仕方ない。しかし、この言葉が後に封建社会の身分制度をかなりきつく縛ったのだから、ちゃんと見る必要がある。 巻第七 子路曰く、衛君、子を待って政を為す。子将に奚をか先にせんとす。子曰く、必ずや名を正さんか。子路曰く、是れ有るかな子の迂なる、奚ぞ其れ正さん。子曰く、野なるかな由や。君子は其の知らざる所に於て、蓋し欠如するなり。名正しからざれば、則ち言順ならず。言順ならざれば、則ち事成らず。事成らざれば、則ち礼楽興らず。礼楽興らざれば、則ち刑罰中らず。刑罰中らざれば、則ち民手足を措く所無し。故に君子之を名づくれば必ず言ふ可くす。之を言へば必ず行ふ可くす。君子は其言に於て、苟もする所無きのみ。 ←いわゆる、「正名」論である。 優先順位の1番上に「名を正す」ことを置く、孔子の思想の根幹だと言えよう、ここから「名分」論が派生し、「大義名分」思想に移り、果ては幕末の尊王思想に移ることを考えれば、何度でも吟味すべき言葉だと言える。 また、韓国では「論語読み」が近代まで続き、果ては国民全員に広がった。結果的に「白黒をハッキリさせる」という事が、国民的体質にまでなった。大統領罷免運動などは、その最たるもの。従軍慰安婦問題なども、そこから来ているだろう。 小人なるかな、燓須や。上礼を好めば、民は敢えて敬せざること莫し。上義(正義)を好めば、則ち民は敢えて服せざること莫し。上信(誠実)を好めば、則ち民は敢えて情を用いざること莫し(真心を働かせる)。それかくの如くんば、則ち四方の民はその子を襁負して(おぶって)至らん。焉(いずく)んぞ稼(か=穀物つくり)を用いん。 ←論語の本質は、民の心構えではなく、あくまでも支配者の心構えであったに違いない。 子曰く。如し(天命を受けた)王者あらば、(今の乱世では)必ず世にして後に(一代30年経って)仁ならん。 ←「十二国世界」で王者出現30年後に政治が安定したのは、これを言うか。 子の曰く、速やかならん(早く成果をあげる)と欲する勿れ。小利を見ること勿れ。 ←孔子は、魯の町の取り締まりになって政治のことを聴いてこたえているので。もしかしたらかなり具体的な答えだったのかもしれないが、使い勝手のいい言葉で広がっている。 子曰く、君子は上達す。小人は下達す。 〈君子は高尚なことに通じるが、小人は下賎なことに通じる〉 ←まぁ現代でも同じ。わたしも下賎に通じている。 子曰く、古の学者は己れの為にし、今の学者は人の為に(人に知られたい為に)する。 ←普通に読めば勘違いするような箴言。 子曰く、人の己れを、知らざることをうれえず、己れの能なきをうれう。 ←古今東西、多くの努力の人が、ここを読んで自らを慰めたに違いない。 巻第八 子曰く、君子は能なきことを病(うれ)う。人の己を知らざることを病えず。 ←巻7の32と同じ事を言っている。論語にはこういう繰り返しが多い。つまり、承認欲求を捨てよ。とのお言葉である。しかし、一方で、 子曰く、君子は世を没えて名の称せられざることを疾(にく)む。 ←今の名声のために気を配るのは良くないが、いつかは真価が認められるようにと自分を磨くべきだ。という。 子貢問うて曰く、一言にして以て終身これを行うべき者有りや。子曰く、それ恕か。己の欲せざる所、人に施すこと勿れ。 ←この場合、「者」は「こと」と解している。「恕」とは「思いやり」である。蓋し、この2500年間、いったい何億何千万人が、この言葉を胸に人生を過ごして来たことか。但し、原典で孔子は「まぁ恕だね」と、珍しく断定口調で言っていないことは、発見である。 子曰く、人能く道を弘む。道、人を弘むるに非ず。 〈先生が言われた「人間こそが道を広める事ができるのだ。道が人間を広めるのではない」〉 ←なんと、これはAI時代における、人間とAIとの関係の如し。 子曰く、過(あやま)ちて改めざる。これを過ちと謂う。 ←「過ちをしても改めない、これを本当の過ちと言うのだ」又はこうも言っている。「「小人の過つや、必ず文(かざ)る」…必ずとな!誤魔化すとな!自らを省みて我小人也か。 李氏第16は、突然の長文で、ここで書き写せない。しかし、内容は重要。何となれば、平和外交論であるから。 「遠人、服せざれば則ち文徳を修めて以てこれを来たし、既にこれを来たせば則ちこれを安んず」〈遠方の人が従わない場合には、武力に頼らないで文の徳を修めてそれをなつけ、なつけてからそれを安定させるのだ〉それを発展させて、〈国内について、公平と和合と安定を努めるのでなければ、内乱が起こるぞ〉とも助言している。子路とせん有という弟子が小国の家臣になっていたのでの助言なので、かなり具体的。 ←孔子は戦争を否定していない。けれども決して勧めない。 孔子曰く、天下道あれば、則ち礼楽征伐、天子より出ず。天下道なければ、則ち礼楽征伐、諸侯より出ず。(以下略) ←礼楽と戦争が、同列に論じられているのが、論語なのである。 巻第九 子曰く、性、相近し。習えば遠し。 〈生まれつきは似通っているが、しつけ(習慣や教養)で隔たる〉 子曰く、唯だ上知と下愚とは移らず。 〈誰でも習いによって善くも悪くもなるものだが、唯だとびきりの賢い者とどんじりの愚か者とは変わらない〉 ←思えば、此処からエリート教育主義がおそらく数千年間行われたと思われる。
94投稿日: 2024.06.26
powered by ブクログ何度も読み返したい古典。読めば読むほど新しい発見があるとどなたかが仰っていたが、まさにその通りかと。 学生時代に読んだ時とはまた違った染み入り方をする。
1投稿日: 2024.01.08
powered by ブクログ2,500年前の孔子の言葉を弟子たちがまとめた“論語“。 今読んでも共感できることが多くあります。 人を気にせず、周りの人を大切にし、謙虚に学び、実践し、また学んで、成長していく。 それが孔子の言う“仁“かなと思います。
4投稿日: 2023.11.23
powered by ブクログ常に自らの行いを反省し、己の悪を攻めてこれを取り除く。他人の悪を攻撃することがないなら、心にやましさはなくなる。これが悪を治めて取り去る工夫である。 一時の怒りに我を忘れ他人と傷つけ合い、家族に迷惑をかけるようなことになるのは大害であり、物事の大小を弁えていない。『論語』
0投稿日: 2023.07.27
powered by ブクログ孔子は、至極最もな当たり前のことを話す。 愚か者と突き放すこともある。しかし、全体を読むと、愚か者・学のない者=過ちを改めない者・学ばない者のことを指していることに気づく。 気に入った言葉トップ3 『冉求が「先生の道を[学ぶことを]うれしく思わないわけではありませんが、力が足りないのです。」といったので、先生はいわれた「力の足りない者は[進めるだけ進んで]中途でやめることになるが、今お前は自分から見切りをつけている。」』-p.113- 『先生がいわれた、「教育[による違い]はあるが、[生まれつきの]類別はない。[誰でも教育によって立派になる。]」』-p.323- 『季文子は三度考えてからはじめて実行した。先生はそれを聞かれると「二度考えたらそれでよろしいよ。[考えすぎはよくない]」といわれた。-p.98- 当たり前のことを見直させてくれる良い本だった。
5投稿日: 2023.07.10
powered by ブクログ図書館で借りて、一回貸し出し延長したのにそれでも読み終わらず、返却してからまた借りてきて、やっと現代語訳だけ読み終えた。 難しかった。謙虚でありたいと思えた。
2投稿日: 2023.07.07
powered by ブクログ・いい意味で、思ってたよりも当たり前のことが書いてある。「他人には敬意を払おう」とか「くよくよせずに、おおらかでいよう」とか「音楽って最高!」とか。 ・「上司や年上の言うことは絶対!」みたいな厳格なイメージだったけど、読んでみると意外とそんなことないな。むしろ「部下にはやさしくしましょう」って言ってるし。 ・隠者に論破されそうになるところがおもしろかった。『荘子』で孔子のことが「社会的すぎる真面目な奴」として扱われてる理由がわかったよ。 ・読む前と後で、孔子の印象がかなり変わった。おおらかでみんなに慕われてる学問と芸術が好きなおじいちゃんって感じの人だな。
2投稿日: 2023.06.12
powered by ブクログカタチとキモチは結びついている。「ありがとう」と言ったり、お辞儀をするのが礼(カタチ)。そこに感謝の気持ちを込めることが仁(キモチ)。仁の気持ちを持てば、それは礼に現れる。礼を実践することは、仁の実践につながる。▼仁を持っていれば、親や年長者を敬うはず。身近な人への愛情を他の人にも広げていくことが仁の実践。▼仁や礼を体現するような人が為政者にふさわしい。法や刑罰による統治では、人々の人間性の向上につながらない。為政者の徳が重要だ。孔子 春秋時代、周の権力が衰え、下剋上。無秩序。正しい秩序があれば、政治、文化、教育、軍事は天子の権利だが、正しい秩序がなくなると、諸侯の権利になり、大夫の権利になり、やがて諸侯の陪臣の権利となり、とても無秩序になる。孔子 君子は誰とでも協調できるが、どんな意見にも同調するわけではない。小人は人の意見に簡単に同調するが、協調しようとしない。孔子 (他から)學びて(自分で)思はざれば則ち罔(くら)し。(自分だけで)思ひて(他から)學ばざれば則ち殆(あやう)し。孔子 巧言(こうげん)令色(れいしょく)鮮(すくな)し仁(じん) 。巧みな言葉を用い、表情を取り繕う者は仁の心を欠く。 過ちて改めざる。これを過ちという。孔子 子曰わく、吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順(した)がう。七十にして心の欲する所に従って矩(のり)を踰(こ)えず。※耳したがう(人の言葉を偏見無く聴く事が出来る)。自分の心のままに行動しても人道を踏み外す事がない。孔子 女と子どもは甘い顔をするとつけ上がり、構わないでいると怨んでくる。孔子『論語』 今かりに幼児が井戸に落ちそうなのを見れば、だれでもはっと驚き深く哀れむ気持ちが起こって助けようとする。利害損得ではない、反射的に起こる。人間の本性が善であるからだ。人間は善になる種タネを生まれながらに持っている。▼為政者は思いやりと正義にもとづいて、民衆の幸福を第一に考えるべき。そうすれば民衆は自然と服従するはずだ。▼思いやり(キモチ)と正義(仁義)のない為政者は、王である資格を失っており、討伐されるのが天の意志だ。天命が革まる(天の意志があらたまる)。革命。天子の姓が易わる(かわる)。易姓。仁と義が大切。孟子 *去る者は追わず、来る者は拒まず。 *本に書かれていることをすべて信じて疑わないなら本を読まない方がよい。 *人の言動に違いがあるのは、地位や境遇が違うからだ。 人間はまず自分の空腹を充たすことを考える。他人の空腹を優先させることもあるが、それは後から学ぶもの。人間は生まれながらにして自分の利益を求めるものだ。カタチ礼と義が大切。▼高山に登らざれば、天の高きを知らず、 深谿に臨まざれば、地の厚きをしらず、 先王の遺言を聞かざれば、学問の大なるを知らざるなり。▼青は藍より出て、藍より青し。荀子 ****** 異民族ツングース人に滅ぼされた漢民族の王朝・北宋。漢民族の王が南に逃れて作ったのが南宋。異民族に蹂躙・抑圧される漢民族。異民族よりも漢民族の方が上だ、と言いたい。上下関係がある、と言いたい。大義名分論(上下関係)、朱子学の誕生。 朱熹の朱子学 1100年代 江戸の朱子学 1600年代
2投稿日: 2023.04.26
powered by ブクログ周礼を理想として生きる孔子とその弟子とのやりとり。時代は違えど孔子の伝えたかったまごころは現代にも伝わってきます。平時ならよかったのに。
0投稿日: 2022.01.01
powered by ブクログ漢文、日本語読み、現代語訳が一緒になっているものをさがしていたので、最適だった。 現代語訳は他の本の方が詳しかったりするけど、十分。 今の自分が気になったのは自分の身の振る舞い方に関するものがほとんど。 思いやりを持って相手に接して、へつらうのではなく敬意を払い、正義を貫くのが大切と、今の自分は感じた。
0投稿日: 2021.08.12
powered by ブクログもっとぐいぐい人生訓が押し寄せるのかと思いきや 当時の時代でなければ意味のないようなことや 単に孔子はこう思った程度のことや あまりにも雑然としている これを繰り返し読むとかちょっと理解できない ただ生き残っている古典中の古典 繰り返して読むのが良いのかもっと安直な解説本に 当たる方が良いのか
0投稿日: 2021.07.22
powered by ブクログ論語を訳した書籍はいくつもあるけれど、こちらはおそらく初心者向け。 人が生きる上で最も必要な「道徳」を学べる本です。自身の今の考え方や思想の基盤にもなっています。
0投稿日: 2021.05.28
powered by ブクログ読書会課題本。言うまでもなく儒教の主要書。本書は孔子がどんな人柄だったかを教えてくれる。しかし、個人的にはその孔子の人間的魅力がよくわからないままで、消化不良に終わった。
0投稿日: 2021.04.27
powered by ブクログビジネス書や教科書に採用される理由がよくわかった。ずばり簡潔でわかりやすく、思うことやアドバイスの内容が現代にも通じる。 論語は訳す人によって解釈が変わってくるので、同じ論語でも少しずつ違うのが面白いと思った。その中でもこの岩波文庫の論語は比較的忠実に訳し、解説を入れているので、少々わかりにくくても、自分で解釈を考えたり、余計な先入観を入れないという意味で最初に読む論語として適しているのではないかと思う。 私はアクティブラーニングと関連付けて読んでみたが、「生きるための論語」「アクティブラーニングとは何か」と一緒に読むと、より解釈を深められると思う。
0投稿日: 2021.03.07
powered by ブクログこれからの国際社会を生きていく上で、中国・朝鮮半島と日本の共通の古典である論語を読むことをお勧めしたい。教科書に断片的に出ている文章を読むだけでは、この書の本当の良さが少しもわからない。古臭い道徳を語っているのではなく、人間が生きていくうえでごく当たり前のことを語っているように思える。儒教は上下関係に厳しい面もあるが、「後生畏るべし」という言葉には意外な思いがしたものである。 (数学科 ペンネーム「鮒一鉢二鉢」先生おすすめ)
0投稿日: 2020.09.15
powered by ブクログ難しい哲理が書いてあると思ったが、平易な言葉で、人の取るべき行動や姿勢が語られていて、あっけないほど。 日本語翻訳がなければ、100ページにも満たない文章。 後世に非常な影響を与えた儒教のおおもとが、これだけとはね。 ちょっと信じがたいほどです。
0投稿日: 2020.05.08
powered by ブクログ仁・義・礼・智・信を教義に掲げた儒教の開祖孔子の教えを、孔子の死後弟子達がまとめた本。 孔子と弟子の問答を主としており、複数人から書かれたものであるが、孔子の人物像がひとつに浮かび上がる。 儒教は仁義を尽くし、よく勉強し、驕ることなく生きなさいという教え。 外から見ると利己的思想への批判、清貧の尊さが主軸にあるようにみえるが、『論語』を通すと孔子が実行を重要視していたことが明らかとなる。 根底にあるのは強い自責・自戒への意識。 「自分を認めてくれる人がいないことを気にかけず、認められるだけのことをしようと務めることだ」という言葉が度々に登場する。 歳上から心配されず、友人から信頼され、歳下からは慕われる人物像こそが仁のある人だとし、そこを目指して繰り返し自己を省みる。 「背中で示しなさい、ともすれば人は付いてくる」というスタンスが基調。 中盤で朝廷での孔子の姿が描かれているが、弟子は口を揃えて「主に礼を尽くしているが、反面して雰囲気は穏やかだ」と礼讃する。 これは自らの思想と自己(言動)が一致した人間が纏える雰囲気なのだろう。 また書物による勉学も重要視した。 「過ぎたるは及ばざるが如し」の言葉にあるように「中庸」であることが大事だとし、実行における「中庸」を見極めるためには勉学が必要と説く。 勇敢でも智が無いものは、乱暴になるといったように。 『論語』を通して映る孔子像がこんなにも明確なのは、弟子達のあらゆる角度からの問に対し、言葉を濁さずキッパリと応える姿にあるように感じる。 有名な「四十にして惑わず」という言葉から見えるように、この頃にどのような問いにも、自らの信念から回答できる確信を得たのだろうと思われる。 逆に「四十になっても憎まれるのでは、まあおしまいだろうね」という厳しい言葉も残している。 しかし、たまに挟むこの様な厳しい言葉にも、弟子、人民への仁愛が滲み出ていて、憎まれることなく広く慕われていただろうことが容易に想像できる。 中高の漢文でほんの一部触れたことがなかったけども、全体を通すことでそのフレーズの意味合いも変わって見えるのが面白かった。 現代語訳だけならばサラサラと読めるし、オススメの本です。
0投稿日: 2020.05.04
powered by ブクログ『古代中国大古典四書の1つ』 ▶︎要約 孔子と弟子のやり取りが描かれている。 弟子の問いに対し、孔子が答えるという流れだが、 その答えがとにかく奥が深い。 人としてどうあるべきか、生きる上でどうするべきか、 1つの答えがこの本には詰まっている。 ▶︎ポイント ・仁=他人を思いやる心 ・礼=仁を行動に移つこと ・義=人としての道を貫く ・智=経験や知識 ▶︎学び ・表面的である人は威厳がない ・間違ってしまったときは正直に反省 ・人が自分を知ってくれないことを気にかけず、 人を知らないことを気にかけること ・知っているというのは好むにかなわない。好むというのは楽しむにかなわない ・人に教えるには相手の能力を考えなければならない ・読書と実践と誠実と信義 ・良い友は正直、誠実、物知りな人。 悪い友は体裁ぶった人、上辺だけの人、口だけの人 ・君子に対して、まだ言うべきでないのに言ったり、言うべきなのに隠したり、顔つきを見ないで話すのは過ち ・怒りは後から面倒、疑わしいことは問う、利得を前にしたとき道義を思う、聞くときには細かく聞く、見るときにははっきり見る
0投稿日: 2020.03.27
powered by ブクログ古代中国の大古典「四書」のひとつで、孔子とその弟子だちの言行を集録したものになります。 原文、読み下し文、訳文で記載された構成になっており、読みやすいです。 原文を読みたい方には最適だと思います。 私は訳文のみを読みました。 論語は体系的にまとめられたものだと思っていましたが、孔子やその弟子の言行をメモして集めたもので内容がバラバラに集められているのには少し驚きました。 でも、紀元前の話ですから、それが伝聞されているだけも素晴らしいことですね。 孔子が弟子を批判したり、褒めたりしている内容も多く、人間らしさが感じられたのも新鮮でした。 論語といえば、 子曰く 「吾れ十有五にして学を志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳従う。七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。」 しか知りませんでした。 今回、読んでみて有用な言葉を他にも見つけることができました。 やはり、長く読まれているものは有用です。 みなさんも自分なりの良い言葉を見つけられると思います。 ただ、個人的にはピンとこないというか、どうでも良さそうなものも集録されているので、玉石混合的なのは、面白さでもあり、短所でもあるかなと。。。 なので、評価的には平均にしました。
0投稿日: 2020.02.01
powered by ブクログ”これまでの人生で何度も耳にした「論語」という書名。これほど有名なのに、生まれて四十年以上も読もうとすらしなかったのは何故だろう…。今回、人間塾の仲間との学びがきっかけとなり、ようやく目を通すことができた。 春秋時代の中国で「仁」を目指して孔子が実践してきた「人としての生き方」に、2,500年後の日本に住む自分が影響を受けている。時空を越えた「つながり」を感じて、また一層ありがたさが増す。 <実践しよう> ※昨日参加できなかった人間塾の課題テーマ1「私たちが幸せに生きる為に日頃から暗記しておきたい句を3つ。順位をつけて選出し、その理由を!」をやってみよう。で、暗記、暗唱すること。 ★「子の曰わく、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。」(p.117-118) #知好楽。いまやっていることを楽しめ、本気になれ。そんな風に取り組んでいる人には、誰も太刀打ちできないのだから。 ★「子は温にして?(はげ)し。威にして猛ならず。恭々しくして安し」(p.150) (先生はおだやかでいてきびしく、おごそかであってしかも烈しくはなく、恭謙でいてしかも安らかであられる。) #対極にある要素をあわせ持つことで、飛び抜けた特長になるのかも。Hart-warming だけでなく Hard&Cool にも。 ★「子路、政を問う。子の曰わく、これに先んじ、これを労す。益を請う。曰わく、倦むことなかれ。」(p,247) (…「率先すること、ねぎらうことだ。」 いま少しとお願いすると、「怠ることのないように。」と言われた) #率先、労い、怠らず。特に後ろ2つができていないため、意識すべし。 番外: ★「葉公、政を問う。子の曰わく、近き者説(よろこ)び遠き者来たる。」(p.259) (…近くの人々は悦び、遠くの人々は[それを聞いて慕って]やってくるように) #自身の関わるチーム、コミュニティでそんな運営をしたいから。 ★「子の曰わく、吾れ十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順がう。七十にして心の欲する所に従って、矩を踰(こ)えず。(p.35) #定番の句。各世代と語りあうために。自身の成長を測るために。 <読書メモ> ・有子がいった、「礼のはたらきとしては調和が貴いのである。(略)小事も大事もそれ(調和)に依りながらうまくいかないこともある。調和を知って調和していても、礼でそこに折りめをつけるのでなければ、やはりうまくいかないものだ。」 *礼…冠・婚・葬・祭その他の儀式のさだめ。社会的な身分に応じた差別をするとともに、それによって社会的な調和をめざすのである。(p.29) #へー。あえて「差別」することで「調和」を目指すとな。 ★「子の曰わく、吾れ十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順がう。七十にして心の欲する所に従って、矩を踰(こ)えず。(p.35) #有名な句。暗記しましょ。 ★「子貢、君子を問う。子の曰わく、先ず其の言を行い、而して後にこれに従う。」(p.41) (まずその言おうとすることを実行してから、あとでものをうことだ) #はい。心して。口だけの人、やるやる詐欺は卒業を。 ・「…曾子の曰わく、夫子の道は忠恕のみ。」 (曾子はいった、「先生の道は忠恕のまごころだけです。」(p.78) ★「子の曰わく、君子は言に訥にして、行に敏ならんと欲す。」(p.81) ・「子路が曰く、願わくは子の志しを聞かん。子の曰わく、老者はこれを安んじ、朋友はこれを信じ、少者はこれを懐けん。」(p.102) #論語物語でのエピソード。 ★「冉求が曰わく、子の道を説ばざるには非ず、力足らざればなり。子の曰わく、力足らざる者は中道にして廃す。今女は画れり。」(p.113) #「とことん苦しめ。倒れるまでやってみろ。やる前から諦めるな」は、厳しいものであると同時に、本物の優しさが秘められているようにも感じます。 ★「子の曰わく、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。」(p.117-118) #楽しいこと、好きなことを探すのではなく、「今ここ」で携わっている対象を、好きになり、楽しみを見出す(=一体となって打ち込んで湧き上がってくる楽しみを感じる)。知好楽。先日ある方の言動を受けて、そういう姿勢の大切さを肌で感じた。 ・「子の曰わく、仁遠からんや。我れ仁を欲すれば、ここに仁至る。」(p.145) ★「子は温にして?(はげ)し。威にして猛ならず。恭々しくして安し」(p.150) (先生はおだやかでいてきびしく、おごそかであってしかも烈しくはなく、恭謙でいてしかも安らかであられる。) #対極にある要素をあわせ持つことで、飛び抜けた特長になるのかも。 ・「曾子の曰わく、士は以て弘毅ならざるべからず。任重くして道遠し。仁以て己が任と為す。亦た、重からずや。死して後已む、亦た遠からずや。」(p.156) (士人はおおらかで強くなければならない。任務は重くて道は遠い。仁をおのれの任務とする、なんと重いじゃないか。死ぬまでやめない、なんと遠いじゃないか) #おおらかで強く! ・「子の曰わく、吾れ未だ徳を好むこと色を好むが如くする者を見ざるなり」(p.177) #ちょっと異質なので目にとまった。読んだ通りの意味なのか(笑)。 ・「…説(よろこ)びて繹(たず)ねず、従いて改めずんば、吾れこれを如何ともする末(な)きのみ。」 (喜ぶだけでたずねず、従うだけで改めないのでは、わたしにはどうしようもないものだよ。)(p.180) #あたたたた… ・君子の徳は風ですし、小人の徳は草です。草は風にあたれば必ずなびきます。(p.239) #おー! ★子路、政を問う。子の曰わく、これに先んじ、これを労す。益を請う。曰わく、倦むことなかれ。(p,247) (…「率先すること、ねぎらうことだ。」 いま少しとお願いすると、「怠ることのないように。」と言われた) #率先、労い、怠らず。 ★「葉公、政を問う。子の曰わく、近き者説(よろこ)び遠き者来たる。」(p.259) (…近くの人々は悦び、遠くの人々は[それを聞いて慕って]やってくるように) #政治家や経営者にかぎらず、チームやコミュニティ(含む 家族)の運営にあたっても意識したい教え ・(子路が主君に仕えることをおたずねした。先生はいわれた、「欺いてはいけない。そしてさからってでも諫めよ」)(p.286) ★(先生がいわれた。「何もしないでうまく治められた人はまあ舜だろうね。一体、何をされただろうか。おん身をつつしまれてま南を向いておられただけだ。(p.306) #この「ま南を向く」が難しい。 ・(先生がいわれた。「大勢が憎むときも必ず調べてみるし、大勢が好むときも必ず調べてみる。[盲従はしない]」(p.317) #かくありたい! ★孔子の曰わく、生まれながらにしてこれを知る者は上なり。学びてこれを知る者は次ぎなり。困(くるし)みてこれを学ぶは又た其の次ぎなり。困みて学ばざる、民斯れを下と為す。 (孔子がいわれた。「生まれついてのもの知りは一番上だ。学んで知るのはその次ぎだ。ゆきづまって学ぶ人はまたその次ぎだ。ゆきづまっても学ぼうとしないのは、人民でも最も下等だ。」)(p.334) ・(子張が仁のことを孔子におたずねした。孔子はいわれた、「五つのことを世界中に行うことができたら、仁といえるね。」」(略)「恭(うやうや)しいことと寛(おおらか)なことと信(まこと)のあることと機敏なことと恵み深いこととだ。(後略)」) (p.346) ★子夏が曰わく、博(ひろ)く学びて篤く志し、切に問いて近く思う、仁其の中(うち)に在り。(p.380) (…広く学んで志望を固くし、迫った質問をして身近に考えるなら、仁の徳はそこにおのずから育つものだ) ★孔子がいわれた。「天命がわからないようでは君子とはいえない。[心が落ちつかないで、利害に動かされる。]礼が分からないようでは安定してやっていけない。[動作がでたらめになる。]ことばが分からないようでは人を知ることができない。[うかうかとだまされる]」 #命、礼、言。 <きっかけ> 人間塾 2013年4月の課題図書。前月の『論語物語』から引き続き孔子の教えを学ぶ。”
0投稿日: 2019.08.15
powered by ブクログ四書(『論語』『孟子』『大学』『中庸』)代表格というべき『論語』。原文、読み下し文、現代語訳と簡単な注で構成されている。岩波文庫 金谷治訳注の『論語』は、朱子の「集注」(いわゆる新注)でなく、古注である。ただし、重要な異説は注として併収されている。
0投稿日: 2019.01.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
評価の星5は論語に対してではなく、編纂に対してです。 --- 漢文って、一体なんぞや、と思って読み始めたものの、読み切るのに一年もかかってしまった。ちょっと読んで、閉じての繰り返し。 読了後の漢文への理解として、 - 言葉は時代を反映して運営され - 優れたものはその書記体系によって残され - 普遍的なものは経年により磨かれて残り続ける そういう事を学べる一つの方法、と解釈しました。 現代言語が進化して優れているとか、劣っているとかではなく、ただ、違う。そういうことだろうなぁ。
0投稿日: 2018.03.02
powered by ブクログ日本における道徳心や文化、価値感などに大きな影響を与えている。時が経っても社会や人間の本質が変化していないことがわかる。
0投稿日: 2017.03.14
powered by ブクログ本や古典好きではない自分が、いきなり「論語」を読むには無理があった。 「論語物語」などの入門書を経て、論語の基礎知識を得た段階で1日1行ずつ読むにはいいかも知れない。「人生は論語に窮まる」を読んで、再トライしよう。
0投稿日: 2016.09.12
powered by ブクログ古来、子罕篇の冒頭にある「子罕言利与命与仁」について、「子罕(まれ)に利と命と仁を言ふ」と訓ずるか、「子罕に利を言ふ、命と与(とも)にし仁と与にす」と訓ずるか解釈が定まらなかった。私としては、「与」は通常二者の並列を表すこと、孔子は利と命はともかく仁については多く語っていることから、むしろ「利については必ず命と仁とともに語った」という後者に分があると考えていた。しかし最近、「子罕言利与命倶仁」ではないかと思うようになった。すなわち、「子罕に利は命とともに仁とすと言ふ」と訓じ、利も命に従うならば仁であると稀に語ることがあったと解するのである。「与=倶」と看做してよいのかどうか課題はあるが、私案として提示しておきたい。いつまでも興味が尽きない書である。
3投稿日: 2016.09.03
powered by ブクログ小籔さんが大説教イベントでお勧めしてたのをきっかけに読み始めた。 この本は価値があるわ。 子曰がポイントやね。礼や徳を追求した孔子は自分でひけらかそうと書物にすることはなかったけれども、それによって育った弟子たちの語りが留まることを知らんね。 21歳の私でも今まで生きてきた中で感じてきた社会の違和感があって、それがおかしいことなんやとこの本によって心の奥深くに染み込むように教えられた。 何より自分がどう生きるかの指針となってくれる名著。
0投稿日: 2016.05.17
powered by ブクログ孔子って人生において、何となく感じたことや、感覚的に感じていること、親や書籍そして先輩や友達などが言っていることなどを分析して抽象化、汎化ができる人だと思ったよ。
0投稿日: 2016.04.04
powered by ブクログ翻訳の個所だけ読んでもダメなんだよな、と思いつつ、そこしか読んでない。 人としての在り方は、どんな時代でも不変なんだということを、じっくり考えさせられた本であった。
1投稿日: 2015.01.08
powered by ブクログ【人生の教訓を数千年前の時代から学ぶ】 誰でも名前の聞いたことのある『論語』。学校の教科書に載っていて、誰しもが一度は目にしたことがあるのではないだろうか。 内容は御存知の通り、生き方や政治に関することが中心だ。殆どが短文で書かれていて、そこに孔子の知識が詰まっている。 私は残念ながら最後まで読み終えずに止めてしまった。その理由は、あまりに短文すぎて、言っていることは正しいのだが、その背景にあることが読み取れず、深みがなく面白みのないものであるからだ。 『両親には優しくしなさい』 『人民のことを思って政治をすれば、必ず彼らは応えてくれる』 そんなことが書いてあるわけだが、そりゃそうだという内容が殆ど。基本的には彼の意見に間違いはない。私が知りたいのは、なぜそういうことを感じたのかという背景である。 もちろん様々な研究者によって、その言われた背景が研究され、説明されているわけではあるが、それはあくまで後世の人が言っているだけの話。真意は孔子にしか分からない。 研究者の人にとってみれば、孔子という人間自体を研究し、彼が生きた時代をなめ回すように知っているからこそ、この言葉が出たんだよね!だからこの言葉ってすごく重みがあるんだよ!っていうのが分かって楽しいのだろう。 孔子が生きた時代の状況などを分かった上で読むと、きっと深みのある、そして一つ一つが重みのある言葉に見えるのだと思うが、それには時間がかかる。今の私には、そこまでして読み終えたい!という気力がないので、全てを読破しなかった。
0投稿日: 2014.12.23
powered by ブクログ名前に「孝」の字が入っていながら、「自分より年長というただその事実だけで人を尊敬するわけにはいかない」と常々考えているクソ生意気な俺にとっては、「うるせー、ほっとけw」と言いたくなるような、ジジイの説教じみた“教え”も多かった。 だが、そんな俺にこそ、次の格言は戒めとなった。 ・信ぜられて而して後に諌む。 『論語』の中に描かれる孔子は、弟子に諌められたり、嫌いな客人には居留守を使ったり、意外と結構人間臭い感じ。 君子とはいっても、全知全能ではないし、ときには過ちだって犯しうる、と前提しているところに好感がもてる。 ・下問を恥じず。 ・過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。 ・過ちて改めざる、是れを過ちと謂う。 有名すぎて「へー、これも論語なんだ~」と思ったも格言もちらほら。 これは、と心に留まったものを以下に引用しておく。 ・故きを温めて新しきを知る。以って師と為るべし。 ・君子は器ならず。 ・学んで思わざれば則ち罔(くら)し。思うて学ばざれば則ち殆(あや)うし。 ・旧悪を念(おも)わず。 ・己れの欲せざる所は人に施すこと勿かれ。 ・君子は和して同ぜず。小人は同じて和せず。 ・君子は矜にして争わず、群して党せず。 ・衆これを悪(にく)むも必ず察し、衆これを好むも必ず察す。 ・賢を尊びて衆を容れ、善を嘉(よみ)して不能を矜(あわれ)む。 ・博く学びて篤く志し、切に問いて近く思う、仁其の中(うち)に在り。 シンプルな現代語訳と、必要最小限の訳註のおかげで最後まで難なく読めた。
0投稿日: 2014.07.09
powered by ブクログ古代中国の道徳観念がわかります。そしてそれは中国のみならず日本を含む他の漢字文化圏に大いに影響を与えたことも。
0投稿日: 2014.04.05
powered by ブクログ孔子の『論語』読みました。 文庫本でもページ数が多いので、読めるかな、と不安になるかもしれません。が、現代語訳だけを読んでいけば実は分量は大したことはないのですね。通勤時間の読書で2~3日で読み終わりました。 道徳の話となると、コチコチの硬いものを想像されるかもしれません。しかし全体を通してみると、弟子たちや政治家たちとのやり取りを通じて孔子という人物の豊かな人間性がふわあっと浮かび上がってくるのを感じます。 二千年以上読み継がれている古典だけあって、さすがに良いことを書いてあります。もちろん受け入れられない価値観はありますが、そのために食わず嫌いになるのは勿体ないことです。 政治指導者が自ら身を律し、正しい言動をすれば、人民も自ずと感化されて道徳的になるという主張など、現代日本の政治家に食べさせたいです。今の指導者は自らを律することなく、子どもたちに権力者の都合のよい道徳を押し付けようとしていますからね。
2投稿日: 2014.02.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
漢文の教科書で出会って以来ずっと読んでみたかった。 君子についてズバズバ教えを説くのがわかりやすく気持ちのいい本だと感じた。 礼儀をもって、道徳を忘れず(同情ではない)、慎みをもっての三つの行動は久しぶりに聞いた言葉で品はあるし、ハッとさせられました。 そういう人になりたい。 論語を読んで思ったことは 君子とはいかなるひとか を説いてるものなので、最終的にこの本に書かれていることを実践していくと世捨て人に近い人になっていくような気がすると、それはこの本の中に人との深い関わり方はそんなに書いてない。 信頼とかありますが自分より下の人とは付き合わないと。弱い人間は先生もどうしようもないとあるし。実際に実践してみると人に対して諦めがものすごく人付き合いで出てきてしまう。 本文の内容を間違って解釈している部分もただあるのかもしれないし(金谷さんが非人間的な聖人孔子ではないと言っているし)、性格上の問題かもしれない。 個人的に世捨て人になって終生ただ一人で生きていこうとは思ってないので、もう少し夏目漱石のような人を好いて受け入れる心を持ちたい。
0投稿日: 2014.01.19
powered by ブクログ論語の文庫本。 小難しい解説はとくになく淡々と白文・訓読文・訳が書き綴ってある。 持ち運びしやすいのがGood!
1投稿日: 2013.11.29
powered by ブクログ最近気づいたんだけど。 君子は人間であって天使とか天子とかじゃねえんだ。 ただ社会を歩いていくに際して、あいつらは歩きやすい靴を作って選んではいて歩けるだけなんだ。だけなんだけどでもそうすることで足は傷つかないし疲れないんだよね。そういう感じ。 そーゆうかんじ?
0投稿日: 2013.11.09電子リーダー向きの魅力的な一冊です!
書籍版は文字フォント小さく読み辛いのですが、 電子リーダー版ならば文字フォントを任意拡大でき大変読み易いですね。 一気に通読するのも良いですが、私は時折折り気軽に開き、 文字検索したり、用語を辞書で調べたり、 ブックマーク(栞)・ハイライト・手書きメモをつけたりしながら、 電子リーダーならではの読書法を楽しんでます。 書庫の片隅に置いておけば、生涯にわたり堪能できる一冊だと思います。
5投稿日: 2013.11.08
powered by ブクログ成功者?達が参考にしている、とよく聞くので読んでみた。 孔子達のことばが書かれているが、自慢話のようなものが多く、他者を馬鹿にするようなものが多く、共感できない。よく聞くことばは訳者が上手に解釈したもので、孔子の考えたものではないと思える。 年を取り読み直して、感想が変わるかもしれないけど。
0投稿日: 2013.10.13
powered by ブクログ死ぬまでに一回は読んでおいてもいいんじゃねぇか、と。訳文のみをざっと。 まあぶっちゃけそんなに得意ではないんですけどね、中哲。ただ、日本思想の根源ではあるとおもうので、西洋思想を読むよりはたぶんとっつきやすかろうかと。 首を傾げる部分もありつつ、ああ、と思うところもありつつ。 「子曰く、~」の短い言葉が並んでいるのでさくっと読めて、時間つぶしにはよかったです。 抜粋。この言葉を知って以来、座右の銘にしてる。 子貢問うて曰わく、一言にして以て終身これを行うべき者ありや。子の曰わく、其れ恕か。己の欲せざる所、人に施すこと勿かれ。
0投稿日: 2013.07.24
powered by ブクログ教科書的な印象を持っていたが、単なる弟子自慢や自らの不遇な境遇に対する未練が顔を出したりと、意外と人間臭い所が見られたのは面白かった。老荘思想が唯一人己の内面の充足を見出す思想なのに対して、孔子の唱えた儒教思想というのは仁と礼の精神によって他者との関係を整えていく思想と言えるだろう。とはいえ孔子自身が否定してもそれは簡単に権威主義的、形式主義的に成りうるものであり、人望は無いのに立場のあるオッサンが下手に活用するものではない。「四十になって憎まれるんじゃあ、おしまいだね」と論語でもバッサリ言ってますし。
0投稿日: 2013.07.09
powered by ブクログ仁な徳、礼とはどういったものであるのか、理想的な生き方とはどういうものなのかの手がかりを得たいと思って読んだが、体系的な本ではないのでなかなかはっきりと掴めない。ただ、全体を通して読んでみて、なんとなくあるべき人間像みたいなものは見えてくるし、それは普遍的なもののように思えた。 もしかしたら徳や仁とは孔子自身も明確にはわかっていないのかもしれない。むしろそれらは抽象的な概念で表されるというよりは具体的な行動や気持ちの持ち様の一つ一つの集合体なのかもしれない。自分にとってよく生きるとは何かは考えたい。
0投稿日: 2013.06.18
powered by ブクログ言わずもながら、論語。原文、書き下し文、日本語訳、そして少しの解説がついている。原文が付いているのが、中国語学習者にとっては嬉しいところ。最初は中国語原文を見ながら、これはどう訳しているのか...などと検証しながら読んでいたが、あまりにも時間がかかるため、途中から日本語訳だけに....。中国語原文の検証は後の宿題ってことで。 論語読みの論語知らずという言葉があるように、まず中身を一回読むだけで理解するのは不可能だし、そして理解した内容を自分なりに咀嚼し、腹に落とすのも一筋縄ではいかないと感じだ。論語の読解はライフワークとなりそう。
0投稿日: 2013.06.08
powered by ブクログ原文を通しで読んで、直観にしたがって気になるところは折り目をつけたりしました。 一文一文がわかりやすいので、心に響くし辞書替わりになります(^_^)
0投稿日: 2013.05.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
変に訳者の解説などが入っていないのが良い。 シンプルで当たり前の言葉たち。 何度も繰返し読み返していきたい。 学生時代の時は、古臭くて手に取ろうと思えなかったのに、 今読むと、身がひき締められた。 戸惑った時、読み返し、通読していきたい。
1投稿日: 2013.03.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
論語読書会、大盛況なり。 Vital Japanという英語勉強会のコミュで哲学読書会を主催しており、 第3回目の課題本に選びました。なんと集まった人数30名。 大盛況でした。 論語は現代にも通じる部分が多々あります。 戦後日本は西洋に追いつけ追い越せで結果、 追いついたのに何も幸せになれなかった。 時代はバブルをすぎ、超不景気といわれる時代に突入し、 自分以外の関係性が希薄になってきているのではないかと思う。 ネットの発達もその希薄化に拍車をかけている。 そんな人間関係がぎくしゃくするときに、論語は読まれるべき本なんだろう。 論語の根本は「仁」といって、簡単に言えば思いやりということか。 相手に対して優しくそして思いやることが、ひいては義(正義)を重んじ、 孝(親孝行)を実践し親子関係を深めることになる。 2500年も前の時代と今とでは時代こそ違えど、 人間は進化していないと感じるのは僕だけだろうか。 孔子の言葉が現代でも重みを持つということは、 古代の人間の悩み・行動が、結局変わっていないということではないか。 特に好きなフレーズを。 「位なきことを患えず、立つ所以を患う。己を知ることなきを患えず、 知らるべきことを為すを求む。」 ――自分のことを認めてくれないことを嘆くのではなく、 認められるだけの努力をすること。 「古の学者は己の為めにし、今の学者は人の為めにす。」 ――昔の学者は自分の為に学んでいたが、今の学者は人に知られたいためにする。 「吾れ日に三たび、吾が身を省みる。人の為めに謀りて忠ならざるか、 朋友と交わりて信ならざるか、習わざるを伝うるか」 ――私は日に何度も自分の行いを振り返る。 人のために考えてあげて真心からできなかったのではないか。 友人と付き合ってて誠実でなかったのではないか。 よくおさらいをしないことを人に教えたのではないか。 自分はまだまだ人の上に立つほどの人格も持ち合わせていないし、 人のことを思いやって導いてあげることもできない。 でも学ぶ姿勢は絶えず持ち続けたいし、 人に好かれるためにやるのではなく、心底からできるようになりたいな。 三十にして立つ、この心境に来年到達できるように僕は自分の気持ちを内に秘めて、 20代最後の1年を過ごすことに決めました。あと11ヶ月切った・・・。
0投稿日: 2013.01.29
powered by ブクログ先生がいわれた、「正しい表だったことばには、従わずにはおれない。だが[それで自分を]改めることが大切だ。ものやわらかいことばには、嬉しがらずにはおれない。だが[その真意を]たずねることが大切だ。喜ぶだけでたずねず、従うだけで改めないのでは、わたしにはどうしようもないものだよ。」 先生がいわれた、「大軍でも、その総大将を奪い取ることはできるが、一人の男でも、その志しを奪い取ることはできない。」 先生がいわれた、「ひろく書物を読んで、それ礼[の実践]でひきしめていくなら、道にそむかないでおれるだろうね。」 先生がいわれた、「君子は他人の美点を[あらわしすすめて]成しとげさせ、他人の悪い点は成り立たぬようにするが、小人はその反対だ。」 子張がおたずねした、「士人はどのようであれば通達といえるのでしょう。」先生はいわれた、「どういうことだね。お前の通達というのは。」子張がお答えしていった。「国にいてもきっと評判がよく、家にいてもきっと評判がよいことです。」先生はいわれた、「それは評判がよいことで、通達ではない。元来、通達というのは、まっ正直で正義を愛し、人のことばをよく考えて顔色を見抜き、気をつけて人にへりくだって、国にいてもきっと通達し、家にいてもきっと通達することだ。一方、評判がよいという方は、上べは仁らしくしているが実行はともなわず、現在におちついて疑いを持たず、国にいてもきっと評判がよく、家にいてもきっと評判がよいというものだ。」 先生がいわれた、「もしわが身を正しくさえするなら、政治をするくらいは何でもない。わが身を正しくすることもできないのでは、人を正すことなどどうなろう。」 葉公が政治のことをたずねた。先生はいわれた、「近くの人は悦び、遠くの人は[それを聞いて慕って]やってくるように。」 子夏が[魯の町]莒父の宰[とりしまり]となって政治のことをおたずねした。先生はいわれた、「早く成果を上げたいと思うな。小利に気をとられるな。早く成果をあげたいと思うと成功しないし、小利に気をとられると大事はとげられない。」 先生がいわれた、「中庸の人をみつけて交われないとすれば、せめては狂者か狷者だね。狂の人は[大志を抱いて]進んで求めるし、狷の人は[節義を守って]しないことを残しているものだ。」 先生がいわれた、「君子は人と調和するが雷同しない。小人は雷同するが調和はしない。」 子貢がおたずねしていった、「土地の人がみなほめるというのは、いかがでしょうか。」先生はいわれた、「十分じゃない。」「土地の人がみな憎むというのは、いかがでしょうか。」先生はいわれた、「十分じゃない。土地の人の善人がほめて悪人は憎むというのには及ばないよ。」 先生がいわれた、「教育もしていない人民を戦争させる、それこそ人民を捨てるというものだ。」 先生がいわれた、「その地位にいるのでなければ、その政務に口出ししない。」 子貢が人の悪口をいった。先生はいわれた、「賜は賢いんだね。まあわたくしなどにはそんなひまはない。」 先生がいわれた、「人が自分を知ってくれないことを気にかけないで、自分に才能のないことを気にかけることだ。」 子路が君子のことをおたずねした。先生はいわれた、「自分を修養してつつしみ深くすることだ。」「そんなことだけでしょうか。」「自分を修養して人を安らかにすることだ。」「そんなことだけでしょうか。」「自分を修養して万民を安らかにするということは、[聖天子の]尭や舜でさえも苦労をされた。」 [先生の古なじみでろくでなしの]原壌が立てひざで坐って待っていた。先生は「幼いときはへりくだらず、大きくなってもこれというほどのこともなく、年よりまで生き死にもしない。こんなのが[人を害する]賊なのだ。」といわれると、杖でその脛をたたかれた。 先生がいわれた、「賜よ、お前はわしのことをたくさん学んで[それぞれ]覚えている人間だと思うか。」[子貢は]お答えして、「そうです。違いますか。」「違うよ。わしは一つのことでつらぬいている。」 先生がいわれた、「まっ直ぐだな、史魚は。国家に道のあるときも矢のようだし、国家に道のないときにも矢のようだ。君子だな、蘧伯玉は。国家に道のあるときには仕え[て才能をあらわすが]、国家に道のないときにはくるんで隠しておける。」 先生がいわれた、「話しあうべきなのに話しあわないと、あいての人をとりにがす。話しあうべきでないのに話しあうと、ことばをむだにする。智の人は人をとりにがすこともなければ、またことばをむだにすることもない。」 先生がいわれた、「一日じゅう集まっていて、話が道義のことには及ばず、好んで猿知恵をひけらかすというのでは、困ったものだね。」 先生がいわれた、「君子は[自分に]才能がないことを気にして、人が自分を知ってくれないことなど気にかけない。」 先生がいわれた、「君子は自分に[反省して]求めるが、小人は他人に求める。」 先生がいわれた、「君子は謹厳だが争わない、大勢といても党派をくまない。」 先生がいわれた、「君子はことばによって(立派なことをいったからといって)人を抜擢せず、また人によって(性格が悪いからなどといって)ことばをすてることはしない。」 先生がいわれた、「ことば上手は徳を害する。小さいことにがまんしないと大計画を害する。」 先生がいわれた、「大勢が憎むときも必ず調べてみるし、大勢が好むときも必ず調べてみる。[盲従はしない。]」 先生がいわれた、「過ちをしても改めない、これを[本当の]過ちというのだ。」 先生がいわれた、「君子は正しいけれども、馬鹿正直ではない。」 先生がいわれた、「教育[による違い]はあるが、[生まれつきの]類別はない。[だれでも教育によって立派になる。]」 先生がいわれた、「ことばは[意味を]伝えるのが第一だね。」 孔子がいわれた、「有益な友だちが三種、有害な友だちが三種。正直な人を友だちにし、誠心の人を友だちにし、もの知りを友だちにするのは、有益だ。体裁ぶったのを友だちにし、うわべだけのへつらいものを友だちにし、口だけたっしゃなのを友だちにするのは、害だ。」 孔子がいわれた、「有益な楽しみが三種、有害な楽しみが三種。礼儀と雅楽をおりめ正しく行なうのを楽しみ、人の美点を口にするのを楽しみ、すぐれた友だちの多いのを楽しむのは、有益だ。わがままかってを楽しみ、怠け遊ぶことを楽しみ、酒もりを楽しむのは、害だ。」 先生がいわれた、「生まれつきは似かよっているが、しつけ(習慣や教養)でへだたる。」 先生がいわれた、「[だれでも習いによって善くも悪くもなるものだが、]ただとびきりの賢い者とどん尻の愚か者とは変らない。」 先生がいわれた、「道ばたで聞いてそのまま道で話しておわりというのは、[よく考えて身につけようとしないのだから、]徳を棄てるようなものだ。」 先生がいわれた、「昔は人民に三つの病弊というのがあったが、今ではどうやらそれさえだめになった。昔の狂(心が遠大過ぎる)というのはのびのびおおようであったが。今の狂というのは気まましほうだいである。昔の矜(謹厳できちょうめん過ぎる)というのは折りめ正しいのであったが、今の矜というのは怒って争う。昔の愚というのは正直だったが、今の愚というのはごまかすばかりだ。」
0投稿日: 2013.01.13
powered by ブクログ・2度目?の通読。 ・日本人の意識の奥底まで刷り込まれている言葉や話が満載。 ・印象的な言葉や話は、以下のようなものがあります。 ・諺というか、一部分のフレーズしか知らない(②や⑥、⑨等) ものがあり、これで少しは理解が深まったと思います ①子の曰わく、学びて時に之を習う、亦た説しからずや。 朋あり、遠方より来たる、亦た楽しからずや。 人知らずして恨みず、亦た君子ならずや。 ②故を温めて新しきを知る、以て師となるべし。 (古いことに習熟して、更に新しいこともわきまえると、 人の師となれる。古いことを知って新しいことを 発見するのではない) ③君子は義にさとり、小人は利にさとる。 ④君、臣を使うに礼を以てし、臣、君に事うるに忠を以てす。 ⑤之を知る者は之を好む者に如かず。 之を好む者は之を楽しむ者に如かず。 ⑥後世畏るべし。いずくんぞ来者の今に如かざるを知らんや。 四十五十にして聞ゆること無くんば、これ亦た畏るるに 足らざるのみ。 ⑦子貢問う、師と商はいずれか賢れる。 子曰わく、師や過ぎたり、商や及ばず。 曰く、然らば則ち師はまされるか。 子曰わく、過ぎたるは猶及ばざるが如し(中庸が大事) ⑧君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。 ⑨子貢問うて曰く、一言にして終身これを行うべきものありや。 子曰わく、それ「じょ」(思いやり)か。己の欲せざる所、 人に施すことなかれ。 10 子の曰わく、巧言令色、少なし仁。 11 過ちて改めざる、是れを過ちと謂う。
0投稿日: 2013.01.06
powered by ブクログ「四書の一つ」や「漢文の授業材料」として堅苦しい場面で紹介される事の多い論語ですが、実際は涙あり、笑いあり、人情味あり、金言ありの読物です。 論語に出てくる孔子は非常に人間臭いんです。 時には熱く厳しく、時には優しく、時にはユーモアを交えながら弟子と話しをしている孔子をとっても身近に感じる事ができる筈です。 ただそれを感じるためには論語を読む前に孔子のバックボーンを知っておかないといけない。 残念ながらこの本だけでは少し役不足かもしれません。 そこでもし儒学に興味をお持ちなら「大学」「孟子」から読む事をお勧めします。 また儒学に興味はないけど論語を読んでみたいという人は井上靖「孔子」などの小説を先に読んでからにしては如何かなと思います。 ちなみに論語のこういった本はたくさん出ていますが、訳者と文庫本サイズという要因からこれをお勧めしています。
0投稿日: 2012.09.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
所感1) 論語を原文、読み下し、現代語訳でまとめた本。非常に読みやすい。論語はこのあと孟子、荀子と様々な偉大な思想家を生み、儒教として発展していくので、さすがに奥深い。単純に考えても孔子の時代は日本では弥生時代頃なのだから、中国がいかに発展していたかを思い知る。 だが現在の視点でこれを読むと、当然ながら純粋に受けることは出来ない。何と言っても弥生時代の思想なのだから。しかし逆に言えば現在でも当てはまる事項は普遍的な要素をすでに孔子がとらえていたということである。そして、その要素は我々日本人にも日本流のスタイルとして受け継がれている 所感2) ・君子とは何か ・仁とは何か ・礼とは何か(現在の日本人にとって礼とは何か) ・謙虚に生き、礼を尊び、常に学ぶ姿 ・両親を尊ぶ(反省すべき点だ) ・孔子は相手を君子か小人を見分ける 小人と女性を見下す癖がある (それこそ失礼でないのか) ・古代中国サイコー (周りの国は蛮族扱い。日本も東夷) ・顔回が早世したのは孔子の教えに問題あったのではないか (質素な生活で赤貧な日々であった) ・孔子はある町に行ったときに琴の音と歌語を聴いて「この程度の町でこんなに立派な儀礼、雅楽いらねーじゃん」と結構失礼な事を発言。それを弟子の子游が以前に孔子が伝えた内容(これにより君子は道を学び人を愛し、小人は道を学び使いやすくなる。どんな人でも道を学ぶべき)で言い返すシーンは痛快。 メモ) ・学び、時におさらいする ・毎日反省する。誠実に接していたか、受け売りを人に教えていないか ・約束は正義に近ければ履行される ・両親には自分の病気だけを心配させるようにする ・人が自分を知らない事よりも自分が人を知らない事に気に掛ける ・刑罰で人を導けば人は法網をすり抜ける(道徳で束ねる) ・物質的に人を養うならば動物と同じ、尊敬が必要 ・古きを知り、新しい事をわきまえる(型破りも同じ) ・言おうとしていることを実践してから語る ・学んでも考えなければならない。考えても学ばなければならない (独断に陥らない) ・地位のないことを気にするより地位を得るための正しい方法を気にする (認められることを行う) ・父母の年齢は知るべき。長生きを喜び、気遣う ・弁が立つのと仁は別。弁とは口先の機転で人と応対 ・中途で力尽きて辞めるのではなく自分で見切りをつけようとすべきでない ・謙虚さ ・教養は詩によってふるいたち、礼によって安定し、音楽によって完成する ・率先して正しい事がされれば誰もが正しくなろうとする ・言葉が順当でなければ仕事もできない(その前に名がある) ・父は子のために隠し、子は父のために隠すことが正直さ ・君子には仕えやすいが喜ばせるのは難しい。小人には仕えにくいが喜ばすのは易しい(道義によらなくてよい。単に何でも人にさせようとするだけ) ・殉死しなかった管仲は敵に仕えて国の統一を補佐した(殉死をしなかったのは大事の前の小事) ・君子は自分に求め、小人は他人に求める ・盲従せずに必ず調べる ・過ちをしても改めない。これが本当の過ちである ・殷の紂王はそれほど酷くなかったが、下流に落ち込めば悪人となってしまう。天下の悪が下流に集まる(歴史の改変)
1投稿日: 2012.08.18
powered by ブクログほんの中に書いてあります。 困っていたらその人のことが本の中にあるのです。 ほかのも学ぶ者たくさんあります。きっと救われると思います。 ありがとうございます! がんばりましょう。
2投稿日: 2012.06.26
powered by ブクログ授業で必要なので読んだけれど、それなりにいくつかひっかかった言葉はありました。 ただいかんせん、政治・君主に関するものも多かったので、「ん~?」と理解しきれていないところも多数(^ ^;) 頭の中で熟成されるのを待つとしましょう。
1投稿日: 2012.06.17
powered by ブクログメモ 子の曰く、徳は孤ならず。必ずとなりあり。 先生がいわれた、「道徳は孤立しない。きっと親しい仲間が出来る。」 孔子、道徳、その行きつく先はどこ? 道徳は強制力を持たないもの。義務ではないのか。 個人化、アトム、自由主義、市場経済。 道徳の必要性、不道徳のすすめ。 道徳の素晴らしさは理解できるが、それを普遍的な価値として共有することは出来るのだろうか。 例えば孔子の思想に基づく法体系を整備し、それを実践する政府を樹立する。そうすれば孔子の思想は成就するのだろうか。 多分違うだろう。内側から、個人の思想の内的な動機に基づいていなければ道徳ではない。 道徳っていいよね、の先へ行くにはどうすればいいのか。そしてそれを不特定多数が共有することは出来るのだろうか。 孔子の思想はあくまで人間の個々の能力に大きく依存している気がする。イスラム、キリスト教などが絶対的他者との関係性において、自らを相対化している、そしてそこから道徳的なるものを導き出しているのと対照的な印象を受けた。 それにしても、論語を読むと、チャーミングで人間味あふれる孔子の姿が垣間見れる。弟子の死に感情をあらわにする孔子、冗談をいっておどけてみる姿が印象的。 孔子の格言もきわめて人間的。 「子の曰く、ただ仁者のみよく人を好み、よくひとを憎む。」 私心のない人のみが人を愛し憎める。それ以外は自己愛の投影に過ぎないということだろうか。 「喪はそのおさめんよりもむしろ悼め。」 形を整えるのではなく、いたみ悲しむのが葬式。 「何時にこれを知ることを教えんか。これを知るをこれを知ると為し、知らざるを知らずと為せ。是れ知るなり。」 知ることを知るとし、知らないこと知らないとする。これが知るということだ。 「子の曰く、まずその言を行い、しかしてこれに従う」 まず行動し、その後発言する。基本的だけど大事なこと。
1投稿日: 2012.05.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
漢文を読みたくなったら、この本を開くっていうのは、大いに結構なことだと思う。 たぶん多くの漢文の先生方もこの本を基礎としていらっしゃるはずであるし、儒教道徳という観点で読むのも興味深い。 現代語訳もとても読みやすく、少し厚めだが、文庫サイズで鞄に入れて持ち歩くにはぴったりだ。 一度一通り読んだら、適当のパラパラめくってみるだけでも案外新たな発見がある。
2投稿日: 2012.04.30
powered by ブクログこれが大学に入って読むのが3回目かな。高校の頃は人格形成のための本で、文章も読んでいて面倒で、あまり好きになれなかった。でも、大学2年の時に教授に薦められて読んで以来、最後まで読み通せるようになり、内容も非常に示唆に富んでいると思えるようになった。「仁」や「徳」、「聖」など言葉ごとの定義や一語一語の深みを感じ取れるほどまだ読み込めていない。でも、以前は人格形成の書だと思っていたけど、結局、ここにかかれているのは「良い君子とは何か?」ということ。「論語」って実は中国の古典的なリーダーシップ本だったのではないか。多分、そうだろう(ある一定の時期まで)。今の中国政治が論語的精神の元に運営されているとはとても思えないけどね。 また、時代のせいもあるだろうけど、「論語」の中ではほとんど「女」が出て来ない。出てきても2カ所くらいしかなかった。その内の「女と下々の者は扱いにくいものだ」という箇所は記憶に残っている。この時代における女性の扱いや立場についても知りたくなった。 また近いうちに読み返そう。読む度に発見がある。そういう本を手元に持っておけるというのは本当に幸せ。
2投稿日: 2011.10.30
powered by ブクログ約二年ぶりに再読。 本を開いた不肖の弟子に孔子は、 學而時習之、不亦説乎、有朋自遠來、 不亦樂乎、人不知而慍、不亦君子乎、 と言って再会を喜び出迎えてくれる。 初めて読んだ時は、 金谷先生のはしがきの通りに、 古くさい道徳主義を振りかざす 冷たい聖人君子では無く、 普遍的な人としての道を説き、 暖かみを持った孔子の姿に感動した。 あれから色々な事を経験し、 当時は「ふーん」で流してしまっていた部分も 心に響くように感じられた。 おそらく年齢を重ねるごとに そういう箇所は増えていく事だろう。 これから何度も繰り返して読むべき本。
2投稿日: 2011.10.08
powered by ブクログ何度か読んでいます。 良いと思った言葉は手帳に書き写して覚えています。 今後も、何度も手にする本のひとつです。
1投稿日: 2011.09.27
powered by ブクログ世の中に論語を扱う書物は溢れているが,元々論語は普通に読むにはそんなに難解ではないと思うので,できるだけ原典に近いものを読んで自分なりの解釈を持つのがよいと考える。 その意味で本書は,貴重だと思う。原文と書き下し文の配置もいい。
3投稿日: 2011.09.15
powered by ブクログ本当は星5つを付けたいぐらい。だけど、自分の理解力が足らず、そこまで評価して良いかの確信が持てないので。。。 難しい。でも、ふとしたフレーズが心に残る。
0投稿日: 2011.08.11
powered by ブクログ「論語読みの論語知らず」にならぬよう、この本を一度手にしてしまった以上、繰り返し身になるまで読み返したい。正直、一回読んだだけじゃ分からん。
0投稿日: 2011.08.06
powered by ブクログ初めての「論語」。 古代中国の自己啓発本、という印象。 仁、はあり方。 礼、は仁を実行するに際しての行動指針。 あり方を学ぶだけではダメで、 それをどのように、実行していくか、ということが大事で、 それを知るために学問をする。 時間がない時は最終章を読むだけでもよい。
0投稿日: 2011.07.26
powered by ブクログ金谷さんの論語はスタンダードな感じ。これを基準として他の訳注書を読めば、解釈の違いが分かりやすいと思います。あくまで、原点に忠実に従った訳注書です。
0投稿日: 2011.07.25
powered by ブクログ課題で読みました。 1度は読むのが良いかもしれません。 自分に合った教訓が見つかるかも。
0投稿日: 2011.06.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
11.06.11TV100分de名著より。中国思想ってなんかなじめないんだよな、親社会的なところというかなんというか。滝口なんとかって子がえらいかわいい。漢字やだなぁ。
0投稿日: 2011.06.11
powered by ブクログ論語がちょっとしたブームになっているそうな。 中国では一時、批林批孔で孔子はさんざんな批判にさらされていましたが、あのときの騒ぎが嘘のようですね。 それはともかく。 冒頭、学而第一の「友朋自遠方来、不亦楽乎」は普通は「朋あり、遠方より来る、また楽しからずや」と読むそうですが、「朋遠方より来る有り...」という読み方もあることを高校のときに教わったことを思い出しました。後者の方が古くからある読みだそうですが。 古文・漢文はいつも赤点すれすれでしたが(笑)こっちの方がいいなぁ、と思ったことを思い出します。大学浪人時代(って、何十年前だよ)に読んでいた簡野道明さんの「論語解義」でもそうだったし。 なんでも「新しければいい」ってわけじゃない、って話でしょう。
0投稿日: 2011.05.21
powered by ブクログ湯川秀樹は「祖父から訳もわからず論語を暗誦させられたおかげで、後年『中間子』の発想が閃いた」と言ったそうです。 司馬遼太郎は「少年に朗誦させるなら、やっぱり論語だろう」という。 数学者の藤原正彦は「子供たちに英語を教えるぐらいなら、論語を学ばせた方がよほど有意義だ」といっている。 偉大な先人が、絶賛するこの本を大学生のうちに一度は読み返してほしいと思います。
5投稿日: 2010.10.17
powered by ブクログこの本は孔子やその弟子たちの名言やエピソードを集めたものです。 そしてこの本は数年前に一度ブームになったらしいのですが、またしても流行りからはズレた時期にはまっていました笑 時代的なバイアスを除いた一般的な事柄に関しては、現代社会でも広く通じるものがあります。ただ、聖書もまたそういった面がありますが、なぜか同じことを言っているわけではないということが少し興味深かったです。というのは、個々人間における生き方に主眼が置かれた聖書(「隣人を愛しなさい」)に対して、人間の理想像に焦点が当てられがちな論語(「君子とは~」)というように対照的なのですが、どちらも重要な要素を含んでいるということです。 また、孔子は理想を周代それ以前の君主らに求めることが多く以ってして後代になって儒学は過去を理想とし未来への発展性を阻害するなどと言われたりもしたのですが、実際孔子が必ずしも過去を理想化し現代はダメだと言っていたのではなく、彼自身は誰も見たことのない「過去」というものにあえて自らの思想を投影することで、当時の人々に思想を伝えやすくするという戦術の一種だったのではと思います。 あともう一つ。後半は弟子目線で書かれている部分が多かったので、前半の方が読みやすかったですw
0投稿日: 2010.10.10
powered by ブクログhttp://umagoon.blog17.fc2.com/blog-entry-1369.html
1投稿日: 2010.09.26
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
非常に深くためになる本だとは思うが、独立しすぎていて、しっくり入ってこなかった。 気に入ったフレーズは下記の通り、 ・政治で導き、刑罰で統制しているなら、人民は法律違反を恥ずかしいとも思わないが、道徳で導き、礼(慣習法的な社会規範)で統制していくなら、道徳的な羞恥心を持って、その上に正しくなる。 ・十五で学問に志し、三十になって独立した立場を持ち、四十になってあれこれと迷わず、五十になって天命をわきまえ、六十になって、人の言葉がすなおに聞かれ、七十になると思うままにふるまって、それで道を外れないようになった。 ・老人には安心されるように、友達には信じぜられるように、若者にはしたわれるようになることだ。 ・隠し事をしないこと ・先生は四つのことを教えられた。読書と実戦と誠実と信義である。
0投稿日: 2010.09.19
powered by ブクログ・人が自分を知ってくれないことを気にかけないで、人を知らないことを気にかけることだ。 ・知ったことは知ったこととし、知らないことは知らないこととする。それが知るということだ。 ・すぐれた人を見れば同じようになろうと思い、つまらない人を見たときにはわれとわが心に反省することだ。 ・孟之反は功を誇らない。敗走してしんがりをつとめたが、いよいよ(自国の)城門にはいろうとしたとき、その馬をむちでたたいて「後手をつとめようとしたわけではない。馬が走らなかったのだ。」といった ・知っているというのは好むのには及ばない。好むというのは楽しむのには及ばない。 ・人が道に外れているとてそれをひどく嫌いすぎると、乱暴する。 ・4つのことを絶つ。勝手な心を持たず、無理押しをせず、執着をせず、我を張らない。 ・仕事を先にして利益は後回しにするのが、徳を高めること。自分の悪い点を責めて他人の悪い点を責めないのが、邪悪を除くこと。一時の怒りにわが身を忘れた上、近親まで巻き添えにするのは、迷い。 ・君子は人と調和するが雷同はしない。小人は雷同するが調和はしない。 ・真っ直ぐな正しさで怨みにむくい、恩徳によって恩徳にお返しする。 ・君子は生涯を終わってから、名前のとなえられないことを悩みとする。 ・正直な人、誠心の人、物知りを友だちにするのは有益だ。体裁ぶったの、うわべだけのへつらいもの、口だけ達者のを友だちにするのは害だ。 ・礼儀と雅楽を折り目正しく行う、人の美点を口にする、すぐれた友だちの多いのを楽しむのは有益だ。わがまま勝手、怠け遊ぶこと、酒盛りを楽しむのは害だ。 ・大きい徳(孝や悌など)については、きまりを踏み越えないように。小さい徳(日常の容貌や振る舞い)については、出入があっても宜しい。
2投稿日: 2010.08.17
powered by ブクログ2010/06/19、二子玉川の紀伊国屋で何気なく手にとり、読んでみたくなった。岩波文庫版は、カバーデザインがいい味。装丁シンプル・本文簡潔な岩波現代文庫版も気になる。
0投稿日: 2010.06.22
powered by ブクログ古典中の古典の一つ。 怪力乱心を語らず。 などなど、 しびれる名言多数。また別の著者の(宮崎市定とか)論語を 読みたい。
0投稿日: 2010.05.04
powered by ブクログいつの時代でも通用する教えがありがたい一冊。 今も昔も、あるべき姿は変わらないというのがわかります。 見習うべきことがたくさん詰まった本です。
0投稿日: 2010.02.17
powered by ブクログ難しい。その言葉には、 理解できるものとできないものがある。 求めているものと求めていないものがある。 今消化すべきものと将来消化すべきものがある。 人間として正しく生きるには孔子に学べばよいが、 僕はこんなにキレイに生きられる自信はない。 だがずっと彼を目指していきたい。 論語はそう教えてくれる。
0投稿日: 2010.01.07
powered by ブクログ論語に★5をつけるのもどうかと思って★3に そもそも評価するべきか!?w 大学5年生の時から読み始めて、5周目に入りました 古典は会計監査論の授業の先生から薦められて買っい始めた 最近は『言語志録』をメインに読んでいるけど やっぱり論語が自分にとっては古典の原点です 初心に帰る時は必ず論語を読みます 論語からちょと離れてて、仕事でミスとかうまくいかなくなった時も論語 20代の論語とか60代の論語があると言われていますが 何となくわかる気がします 大学時代に読んでいた時とは感じ方が違います 心に響く一節が増えました
0投稿日: 2009.12.18
powered by ブクログ古本屋で売っていたので購入。 「子の曰わく、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。」 「子の曰わく、苗にして秀でざる者あり。秀でて実らざる者あり。」 「子の曰わく、速やかならんことなかれ。小利を見ることなかれ。速やかならんと欲すれば則ち達せず。小利を見れば則ち大事成らず。」 どっかの場面で使います。
1投稿日: 2009.09.25
powered by ブクログ仁と義そして礼を大切にすることによって、平和な世界を構築できる。 そして、人間の心理をよく見極めて書かれた文章は、今にも通ずるところも多い。 ただし、名著という権威が言葉の力を増しているだけで、賛同できない文章も多く感じる。 ☆四つか五つか迷ったが、とりあえず4つとしておく。今後の自分の思考の中の活躍に期待したい。 評価が変わる可能性大 孔子は人によって言葉を変えて、公平を保った。勇気は傲慢とは違う。名分と職 分を間違えることなかれ。名分は虚構に過ぎない。貧困にお金を渡すことだけが 世話にあらず、その貧困からどう道抜け出すかを教えることこそ、世話である。」 東海の小島の磯のしらすなに我泣き濡れて蟹とたわむる ひさびさもどれば筍に ょきにょき そこはかとなくそこらの葉散るように。脱皮できない蛇は滅びる。 人生は芝居のごとし 種田山頭火 立派な人は、無用な争いはしない。しても、競技をするくらいだ。そのあと、相 手と飲み交わす勢いで。慎重さも礼儀。音楽に美しさと良さ。失敗の内容に、人 の内容が出る。仁は誠実さと智。因果を超える超因果、全体から部分へ。アヒル とニワトリの実験。ヒューム、ユング。時間も空間も意識が概念へと移行する過 程で出ただけ言葉を発することで、それは誰かに向けたことになるので、言葉が 限定される。いつのまにか私と呼ばれるものができていた。抵抗さえなければ、 それは苦もなく、しみじみとした味わいになる。
0投稿日: 2009.09.12
powered by ブクログこの本は、”万世師表”孔子の行、孔子と弟子の問答などを集録した書です。謙虚な学習態度、目下の者や未熟な者に教えを請うのを恥としない精神を私たちに教えてくれました。私は本の中に”修身、齐家,治国,平天下”という思想大好きです。身を修める人になるように頑張りましょう。
0投稿日: 2009.08.17
powered by ブクログ學而不思則罔、思而不學則殆。 (爲政第二 十五) 父母之年、不可不知也、一則以喜、一則以懼。 (里仁第四 二十一) 力不足者、中道而廢、今女畫。 (雍也第六 十二)
0投稿日: 2009.06.01
powered by ブクログ「子の曰く、年四十にして悪まるるは、其れ終わらんのみ。」 何がおしまいなのだろうか、と考えると、「迷わず」の意味が重要になってくる。この迷わずとは人格が定まる、という意味でとらえられると思う。そうすると、人格が定まるときである四十歳になっても、人から憎まれるのでは、その人はもうどうしようもないという意味なのであろう。
1投稿日: 2009.03.01
powered by ブクログ論語之研究 論語と孔子の思想 六 入りては則ち孝 出でては則ち弟 謹みて信あり、汎く衆を愛して仁に親しみ、行いて余力あれば、則ち以て文を学ぶ 七 賢を賢として色に易え これを道びくに政を以てし、これを斉のうるに刑を以てすれば、民免れて恥ずることなし。これを道びくに徳を以てし、これを斉うるに礼を以てすれば、恥ありて且つただし。 13 先ず其の言を行い、しかして後にこれに従う 15 学んで思わざれば則ちくらし。思うて学ばざれば則ちあやうし 巻第二 14 位なきことを患えず、立つ所以を患う。己れを知ることなきを患えず、知らるべきことを為すを求む 第三巻 20 三たび思いてしかる後に行う。子、これを聞きて曰く、再びせばこれ可なり
0投稿日: 2009.02.04
powered by ブクログ支配の論理、あるいは自己実現の方法。 外のルールに従うのだ。そうすれば。。。 時間は限られている、無駄にはできない、逆算して・・・ という時間感覚の持ち主にはぴったりか。 こういう人ばかりだと管理し易くていいね〜。だから 昔から読みなさいと言われてきたのかな? 浅読みだが、荘子とは正反対の印象。 論語と荘子両方で行こうか。
0投稿日: 2008.10.28
powered by ブクログいわずと知れた自己啓発本の元祖のような古典ですが、読んだことのない人も多いと思います。こういう、一昔前は教養だった本は今ではもはや雑学のようになってしまっている面があるのかなという気がしていて、私ももっと古典に触れなければと考えています。 さて、初めて読みましたが、割とどうでもいい節が多いですね(笑)話の半分は弟子がこういう人だとかその時の芸術の話とかでした。しかし割と有名な格言もあり、初めて聞くが共感できる格言も多かったです。 例を挙げると 巻第一 為政第二 11 「子曰、温故而知新、可以為師」 巻第一 為政第二 15 「子曰、学而不思則罔、思而不学則殆」 などなど。 付箋をつけて、ことあるごとに読み返すとよいと思います。 それに、「論語で言うところの…」とかいうとなんか知識人ぽい(笑)
0投稿日: 2008.06.22
powered by ブクログ古代中国の古典、儒学の中での重要な書物である。それだけでも、読む価値がある。 個人的に気に入っているのは、孔子の人となりを正確に表すためなのか、いくつも矛盾するような記述があることだ。 孔子は多くの弟子たちを持っており、あまり批判したりはしない(子路に関しては、注意めいたことをよく漏らしているようだが)。褒めることが多い。 しかし、その孔子をして、ある箇所では弟子たちの欠点をあげつらい、痛烈に批判している。孔子も人間であり、腹の立つことがあったのかもしれない。あるいは酒の席でのことなのかもしれない。そういうときに、心に抱えている批判が口に出ることもあったのだろう。 また、孔子は優秀な弟子である顔回が若くして亡くなったとき、いたく嘆いている。孔子は、荘子のように妻を亡くしたその日に平常心を取り戻すような、仙人めいたバケモノではなかったということである。 人並みはずれた大男であり、仁と礼に通じ、人から慕われる孔子であっても、やはり人間である。かえってそこに、孔子の偉大さがあるように思う。 岩波版は、非常に分かりやすい口語訳がついており、話の筋を追うのにはもってこいである。 是非一読をお勧めする。
1投稿日: 2008.06.20
powered by ブクログ古典。 通読終了。 何度か読んで、気に入った内容は覚えたいところ。 また、解説書等を読んで、深く学びたい。
1投稿日: 2007.12.16
powered by ブクログ最もスタンダードな一冊であり、『論語』の定番の一つです。原文(白文)は清原家本をベースに中国の重要転籍を参照し、読み下し文(書き下し文)は清原家本を参考にしつつ江戸時代以降の読み方を伝えています。 学術的根底に立脚した作品でありながら簡便的確であることがこの本の持ち味であり、多くの論語関連本が参考にしていますから、必携すべき一冊ですね。訳注者の専門は、中国古代思想史を主とする中国哲学です。
0投稿日: 2007.06.04
powered by ブクログコンパクトで安価。気軽に読めるところが良いですね。日本人として論語は一度は読んでおきたいところ。短文で、読者の経験や人生によって色々に解釈できるのが魅力です。 実際、金谷先生の訳はかなり現代的です。 儒教的な概念をしっかり勉強するには不足でしょうが、文庫本・入門本としてはとても読みやすいですね。
0投稿日: 2007.04.01
powered by ブクログ「最近では親にいい暮らしをさせるのが孝行だと思う風潮がある。しかしそれは豚や牛をかわいがるのとなにが違うのか。親を敬う心、それこそが最大の孝行である。」…人が求める哲学や思想は時や国をこえるんだなぁって思いました。哲学を持って生きることの難しさと重要性を改めて実感させられた。
0投稿日: 2007.02.11
powered by ブクログ人間の思考の根底にあるモノは、生まれた時代や場所や皮膚の色なんか関係なく、みんな同じなんでしょうね、きっと。 でもこれは読みにくい・・・。 でもこれは面白い・・・。
0投稿日: 2007.01.08
powered by ブクログ言わずと知れた東洋随一の古典。 恥ずかしながら今まで2,3の章句を知っているだけでどんなにとっつきにくい内容かと思っていたが,電車の中ですらすら読める読みやすさ。しっかり比べたわけではないが,金谷治先生の訳が特に平易で読みやすいように思う。 仁といういわゆる道徳について,神様を持ち出さずに学問の対象として追求した姿勢に好感を覚える。また,孔子とはどんな偉大な聖者様かと思いきや,謙虚で誠実な人柄を伺わせるエピソードなどが数々あり,そのあたりも好感を覚える。 最も気に入った箇所は以下。 子曰く,「仁に里るを美しと為す。択んで仁に処らずんば,焉んぞ知なることを得ん」 (訳) 先生が言われた,「仁に居るのが立派なことだ。あれこれ選びながら仁をはずれるのでは,どうして智者といえようか。」 (2006年10月)
1投稿日: 2006.12.27
powered by ブクログ買った本。 親や学校から教わった具体的な道徳論が、ほとんどそのまま書いてあった。20世紀以上も前の思想がそのままの形で粛々と受け継がれていることを知って驚いた。 あと、孔子は子路にちょっと厳しい。
0投稿日: 2006.03.01
powered by ブクログ以下のページで感想書いてます。http://blog.livedoor.jp/subekaraku/archives/50233081.html
0投稿日: 2006.01.21
powered by ブクログ孔子の言葉、『古の人の言を出さざるや、身の及ばざることを恥ずればなり』は、老子の『多言なればしばしば窮まる』に繋がるように感じます。 孔子が左伝に登場する鄭の宰相子産を敬愛していたことでも、孔子の人間性が伺えます。 孫弟子の孟子のように、議論で相手を叩く人ではないんですよ。
1投稿日: 2005.12.11
powered by ブクログ「愛読書は?」と訊かれたら「論語です」と答えるためだけに買った。しかし、「愛読書は?」と訊かれるシチュエーションは無い。さらっと読んでそれっきり、まさに論語読みの論語知らず。
0投稿日: 2004.09.29
