
総合評価
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powered by ブクログ私にとって、文学的美しい作品を読みたいなら、 カートヴォネガットになることを確信させた作品になったと思う。 もちろん、ヴォネガットの作品は読んだ後に、自身に何が残ったのかを答えることは難しいが、作品を通して非日常的のようで日常の中にある世界を読者に見させてくれていると思う。
0投稿日: 2025.10.22
powered by ブクログブックカバーのイラストはSFを想起させるが、内容は著者の第二次大戦のドレスデンなどでの体験をもとにしたやや私的な小説でしょうか。とても読みやすいのですが、面白いかと言えば、うーん…個人的には合いませんでした。
1投稿日: 2025.10.18
powered by ブクログ人生すべての出来事がパッケージされ、並列で同時に存在するとしたら、そこに何か意味を見いだせるのか。意味を見いだすことに意味があるのか。残るのは圧倒的な諦観、あるいは禅でいう「空」。ユーモアだとすれば苦みしかないブラックユーモア。
0投稿日: 2025.08.23
powered by ブクログSF作品というのかなんと言うのか時空を飛んで時間旅行をするのですが、作者が実際に体験したドイツドレスデンでの爆撃による大殺略も描からています。と言っても、重く残虐に描かれているのではなく、他の部分と同じように淡々と感情も平坦に描かれています。全編そんな調子でいつの間にか最終ページの最後の文章に行きつきました。
11投稿日: 2025.08.13
powered by ブクログ著者自身が戦時中に体験した「ドレスデン無差別爆撃」を基に書かれた、半自伝的長編小説。 SF小説であるが、昨今の小説でよくある近未来的な機械や怪獣が出てくるわけではなく、主人公の設定にSF要素が盛り込まれている。 作中に引用されている「ニーバーの祈り」からこの小説を知った。 久しぶりに読み返したくなり、再読。 異星人に誘拐されてから、主人公のビリーは自分の意思とは無関係に時間を行き来する「けいれん的時間旅行者」となった。 これによって、ビリーは地球人には考えつかない、いくつかの学びを得る。 例えば、 ・今死んでいる者は過去の瞬間では生きており、その瞬間は常に存在し続ける ・未来の瞬間も過去と同様に存在し続けるため、彼には未来を変えることができない などである。 ビリーはまるで記憶がフラッシュバックするように、過去へ未来へとタイムトラベルを繰り返す。 そして、その間に起こる出来事が、ただ事実を並べるように淡々と書き連ねられていく。 その間に多くの人が死んでいくが、ビリーはただ「そういうものだ」とつぶやくだけである。 一種の諦めに満ちた視点から綴られる物語。 これが、この著者独特の戦争の描き方なのだと感じた。
11投稿日: 2025.07.24
powered by ブクログ随分前になるけど、これ読んだあと、東欧あたりを旅したときに、ドレスデンを訪れた。とても美しい街だった。教会の戦争を伝える傷跡なども見学したなぁ。
0投稿日: 2025.04.20
powered by ブクログ<翻訳文学試食会>課題本 https://open.spotify.com/episode/2pRSVP6ut0awokiqR2Ggtu 第二次世界大戦から帰還して作家になった「わたし」。「ドレスデンへの大空襲で、待が壊滅した時のことを書くんだ」と長年公言しているがなかなか書けないものだ。「それは反戦小説で、子供が戦争をしない物語なのか?」と聞かれる。多分そんな小説になるのだろう。 その小説はこう始まる。 「聞き給え。 ビリー・ピルグリムは時間の中に解き放たれた。」 そしてこう終わる。 「プーティーウィッ?」 主人公はビリー・ピルグリムに変わる。 彼は「けいれん的時間旅行者」だ。物語はビリーの人生が語られるのだが「新婚のベッドで寝たら、第二次世界大戦中の捕虜収容所で目覚め、ドアを開けたら学生時代の教室にいた」みたいな感じで行ったり来たりします。 それとは別に、ビリーはトラルファマドール星人という宇宙人に誘拐監禁されたことがある。トラルファマドール星は時間に関する観念が人間とは違う。彼らは時間を一直線ではなくて四次元で捉える。あらゆる瞬間は、過去、現在、未来を問わず常に存在してきたのだし、常に存在し続ける。トラルファマドール星人は、そのあらゆる瞬間を一瞬で捕らえる。彼らはあらゆる瞬間の好きな時間を取り出して見ることができる。例えば人が死んだとしても、その人は過去には生きている。だから死んでいなくなるという概念はない。死んだ人間は死んだ瞬間は死んでいるけれど、他の多くの時間では生きている。だから彼らにとっては誰かが死んだと聞いても「そういうものだ」としか言わないのである(P39抜粋) そんなトラルファマドール星に数年監禁されていたので、ビリーは皮肉な運命に晒されても人生とは「そういうものだ」と受け流すのだ。 小説ではビリーの人生が過去と未来を言ったり来たりで進むのだが、、以下我々地球人的に真っ直ぐにしてみます。 ビリーは、貧しい家庭に不格好な子供として生まれ、不格好な若者になり、検眼医学校に通った。成績は優秀だったが、第二次世界大戦に招集される。ドイツ軍に追われ森を彷徨い、その時に初めて時間旅行を経験した。 この森で逃亡の旅を共にしたのが、ガキ大将気質いじめっ子気質のローランド・ウェアリー。彼は「一緒に帰るんだ!」という気持ちで、ビリーを引っ張る。だがドイツ軍の捕虜捕虜となり、その輸送列車でウェアリーは死ぬ。ウェアリーは列車の中の兵隊仲間たちに「俺を殺した相手に復讐してくれ!それはビリー・ピルブリムだ!」と言い残す。その言葉を受け取ったのが、ボロボロ小男のポール・ラザーロ。ラザーロはその後何十年もビリーを狙い続ける。 ビリーが入れられたドイツ軍の捕虜収容所はドレスデンにある。アメリカ捕虜に割り振られたのは、食肉処理場(スローターハウス)の5番目の倉庫だ。 そこにはこの物語の作者である「わたし」(カート・ヴォネガットがモデルになっている)とその戦友もいたのだ。 ドイツ軍の捕虜収容所の様子が垣間見える。イギリス捕虜には礼儀正しいドイツ軍将校、アメリカ人だがナチスに同調してロシア共産党と戦うことを説く劇作家。 終戦後解放されたビリーは、検眼医学校に戻る。この学校の創始者県経営者が、ビリーの妻となるヴァレンシアの父親だった。ヴァレンシアは不格好な娘で「誰も私と結婚してくれないと思った☆」ということで、彼女の父はビリーに援助を惜しまない。 ビリーは卒業前に神経衰弱を患い入院するが、ヴァレンシアは甲斐甲斐しくお見舞いに来る。 ビリーは義父の援助のお陰で手広く眼科を経営し、夫婦の間にはバーバラとロバートという子供が授かる。 ビリーがトラルファマドール星人に誘拐されたのは、バーバラの結婚式の最中だった。ビリーは、同じく誘拐されたセクシー女優とともにその星の動物園で見世物になっていた。ビリーを地球に戻す時、トラルファマドール星人は元の時間(バーバラの結婚式)に戻したので、周りの人たちは誰も自分が誘拐されていたとは知らなかったんだ。 ある時ビリーは飛行機事故に合う。助かったのは彼一人だ。「そういうものだ」 妻が先に死んだ「そういうものだ」 妻が亡くなってしばらくして、突然ビリーはラジオ番組で言い出した。「自分は時間旅行者だ。そしてトラルファマドール星の円盤で誘拐されたことがある。」 なぜ今まで黙っていたかって?時が来なかったからだ。でも今はもう話して良いんだ。 物語のクライマックスは、1945年2月13日から14日にかけてのドレスデン大空襲。 ビリー・ピルグリム、カート・ヴォネガットがいたその日、その場所だ。 ビリーは食肉処理場(スローターハウス)の地下室にいたので助かったのだ。一つの街が完全に壊滅していた。ドレスデンはまるで月の表面のようだった。 時間旅行者ビリーは何度も自分の生まれたときを経験し、何度も自分の死を経験し、何度もドレスデン大空襲を経験する。戦後の混乱も、多くの皮肉な運命も。だが彼は受け流すのだ。「そういうものだ」 == 以前出版された版では『屠殺場5号』という題名だったんだそうだ。正直言ってこっちのほうが戦争の過酷さが題名から感じられるなあ。しかし小説では戦争を含めて人生の過酷さは書かないと決めているようだ。<翻訳文学試食会>では「単体で読むより、他の過酷な戦争を書いた小説を読んで、これも読むと良いのかも」と言っていたのが納得だなあ。ジタバタして苦しむ小説を読み、それからこの小説のように「そういうものだ」と受ける精神に達する。 なるほど葛藤に苦しんだ人がこの本を読むと「なんでも受け入れる」というこの本にホッとするのだろう。 日本人としては「ドレスデンは広島より死者が多い」っていう一文には「やっぱり戦争って数しかみないんですね(-_-;)」と感じましたが…。
44投稿日: 2025.04.07
powered by ブクログごく稀に、ほんとうに元気…というよりも逆に追い込まれているのか、いまここに生きていることを実感するために、どう生きるか考えるために、生きること、死ぬことを描いた小説を、無性に読みたくなるときがある。(とても傲慢な感覚なので、言葉にするのがとても難しいです。ご不快に思われたら申し訳ありません。) タイトルと、そのタイトルの由縁、戦争、捕虜、ドレスデン大空襲、それを描いたSF小説。 あらすじを読んで、このテーマがどう絡み合うのかがずっと疑問だった。ずっと読んでみたかったけれど、読むとくらってしまう性分なので怖気付いて敬遠していた。でもふと、読みたくなって手に取った。 戦争がはじまったとき、あなたはまだ子供だった。戦争で犠牲になるのはいつも子供達。第1章でメアリの語る憤り、そして「ジェノヴァの善良な人びと、万歳!」 善良な人びと、万歳。愛すべき隣人たち。 すべてが失われた焼け跡で鳥がいう。 何度も何度も、この部分を読み返してしまった。 ドレスデンの大空襲は、ケストナーの戦争日記にてお母さんからの手紙で出てきたような気がする… とにかく、ありのまま 自分の手で 試行錯誤しながら…悩み抜いて…でも時に軽やかに… そんなふうに書かれていて、読んでいてなんだか、ふわふわと気持ちが軽くなるシーンや、ビリーの感情に呼応して泣き出してしまうシーンや、なんとも滑稽ですこし笑ってしまうシーンや,切なくて寂しい、でも永遠なんだ、と安心するようなシーンが 痙攣的に訪れて。なんだかよくわからないんだけれど、とても、読めてよかった、と思えた。 "そういうものだ"と繰り返されることばは、 諦めのようでいて、不条理なようでいて。軽やかなようで、ずしんと重く響くような。 起きたことなんだ、そういうものなんだ、そこに、やるせなさを感じるということは そういうものだ、と理解しようとしているようで、ぜんぜん納得できていないように感じるのだ。 日々感じている不条理さ、不甲斐なさと、実際にそのことが自分の身の回りではじまった その時に自分はどう生きるのかどう振る舞えるのか、そういうことを日々考えている。そういうことを考えて気が滅入ったり、落ち込んだりする私に、ビリーが、ヴォネガットが、寄り添ってくれた。そう、そう思えた。
10投稿日: 2025.03.23
powered by ブクログ著者の戦争体験をベースに書かれた本書。 構成のアイディアが秀逸で、場面がコロコロ切り替わるため、戦争という重い緊張感に浸ることなく軽やかに内容を楽しめた。
11投稿日: 2025.02.07
powered by ブクログビリー・ピルグリムは検眼医 彼はけいれん的時間旅行者で、つぎの行先をみずからコントロールする力はない。したがって旅は必ずしも楽しいものではない。人生のどの場面をつぎに演じることになるかわからないので、いつも場おくれの状態におかれている、と彼はいう。 そんなビリーはトラルファマドール星人に拐われ、トラルファマドール星で動物園に入ることになる。 そして人生のなかばを過ぎるころ、トラルファマドール星人から助言を受けた。「幸福な瞬間だけに心を集中し、不幸な瞬間は無視するように、美しいものだけを見つめて過すように、永劫は決して過ぎ去りはしないのだから」と。
0投稿日: 2025.02.04
powered by ブクログ『So it goes.(そういうものだ)』の連発に嫌気が差した。せめて『Let it be.(あるがままに、そのままに)』にしてくれ!(笑) 爆撃自体による被害は広島・長崎の原爆や東京大空襲を上回ると言われるドレスデン爆撃を中心にした物語。事実をそのまま小説にしたのでは余りにも悲惨な話になってしまうので、今までの作者の作品群を絡めた、ちょっとコミカルなSF仕立ての物語になっている。ただ、どうなのか(!?) 舞台が目まぐるしく変わるので、自分には読み辛い小説だった。 巻末の解説にもあるが、放射能による後遺症は被爆者のみならず、その子孫にも及ぶ事もある。被害の大小を比べるものではないが「広島を上回る」は不適切な表現。1969年の作品で核兵器の恐ろしさを作者が知らない筈はない。
0投稿日: 2024.12.10
powered by ブクログ決してわかりやすい物語ではないのだけど、まるで水を飲むようにスーッと入ってくる。そんな文章だった。 トラルファマドール星人の時間感覚を受け入れられる人はスーッと読めると思う。 その時間感覚ゆえの世界の捉え方、「そういうものだ」と全てを一時的なものとして受け流していく生き方は、地球人の感覚からすれば投げやりにも見える。 それでも、数えきれない不条理が、トラルファマドール星人のフィルター(ビリーは地球人だけど)を通して語られることで、一種の癒しを得た気がした。
0投稿日: 2024.11.18
powered by ブクログどれだけ理解しようとしても理解出来ない世界がある。心から面白いと思う小説もあれば、読むことを途中で断念してしまう小説もある。そういうものだ。
0投稿日: 2024.09.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
カート・ヴォネガッド・ジュニア、 そして訳者の伊藤典夫さん。 どちらのファンになったのかわからないが、とにかく読みやすい! そして訳し方が好き。 扉の紹介からまずやられた。 著者が自分のこの本について紹介をする部分があるのだが、 “この本は物語形式を模して綴られた小説である。”の後に“ピース。”とある。 現在ご存命で81歳になられる伊藤さんの訳し方がとにかく読みやすくすいすい入ってくる。
1投稿日: 2024.09.08
powered by ブクログ四次元的に時間が入り乱れる奇妙な構成、淡白な登場人物、個人にはどうしようもない巨大過ぎる戦争。 無慈悲に襲いかかる死、希望、絶望、運命の全ては始めから決まっていたもの。So it goes. そういうものだ。 この強烈な皮肉は戦争の当事者しか描けないと思った。
0投稿日: 2024.05.23
powered by ブクログ古典的なSFで、著者のヴォネガッドの実際の戦争体験が元になっているということだが、自分にその手の歴史的な知識がないため内容が良く理解できない。 ラスト近くの有名な一節だが、なぜ主人公がそう思うに至ったかが上手く飲み込めない。 自分にとっては読み進めるのが難しい難解な部類の本だった。映画化もされているということなので、映像で見れば多少はイメージが湧くか?
0投稿日: 2024.05.11
powered by ブクログカート・ヴォネガット・ジュニア「スローターハウス5」読了。SFには、歴史から消え去りそうな悲しい出来事を掬い上げる力がある。連合軍によるドレスデン無差別爆撃。著者が体験したその事実を時間移動するビリーに投影する。自由意志はあるのか?複雑な中に太い軸があるそんなお話だった。So it goes.
8投稿日: 2024.05.01
powered by ブクログヴォネガットの半自伝的名作。 ありとあらゆる理不尽を「そういうものだ」と一言で言い表すセンスに脱帽。 戦争を肌で体験している人にしか描けない境地。
0投稿日: 2024.01.04
powered by ブクログ作者が戦時中に体験した事実に基づいた半自伝的SF小説。戦争をはじめとする、作者が直面した目を覆いたくなるほど辛い体験の数々。そこから目を逸らすのではなく、「そういうものだ」と受け止め、それでも楽しかった瞬間を思い出して(あるいは、その瞬間を訪れて)前を向いて歩んでいきたい。そんなメッセージを感じる、とても素晴らしい作品だと感じました。 最近「歌われなかった海賊へ」を読んだばかりだったこともあり、精神的にキツいところもあったのですが、別の視点から戦争を知ることができたことは、貴重な読書体験がでした。 SF作品として見ると、小松左京「果しなき流れの果に」や、今敏の映画「千年女優」に近いかもしれません。異なる時代を旅しながら人生を見つめ直す面白さは独特の味があり、タイムトラベルものとして非常に優れた作品だと思います。
5投稿日: 2023.12.30
powered by ブクログカート・ヴォネガット・ジュニアの代表作である『スローターハウス5』。トラファマドール人という架空の異星人が登場するSF小説の体裁を借りながら、作者の死生観を表現したものだ。そこにはドレスデンの空襲の体験が色濃く映されている。彼の母親は、ヴォネガットが第二次世界大戦に兵卒として志願し、そしてドイツ戦線に送られることを苦にして自殺をしたとも言われている。そんな形で送られたドイツで捕虜として囚われて収監されたドレスデンで、多くの一般市民を巻き込むドレスデンの空襲を体験した。そのことがこの小説家の死生観を形づくり、その空襲体験をモチーフにして小説の形でしか表現しえない形でその死生観を表現したのが、この『スローターハウス5』という小説だと思う。 主人公のビリーは、トラファマドール人につかまり、人生の中をけいれん的時間旅行者として行き来するものとなる(unstuck in time ... 時間のなかに解き放たれた、と訳されている)。この小説の中のトラルファマドール星人は、自由意志を信じていない。トラルファマドール星人には過去も現在も未来もすべてすでに起きたことであって、変えることはできない。誰かが死んだとしても、その時点までは存在していたのであり、存在自体は変わらない。だからこそビリーは自分の死がどういう形で来るのかも知っておきながら、人生の中の時間を時系列に囚われずに「行き来する」のである。そこには多くの死が横たわっている。主人公のビリーも、ヴォネガットと同様にドレスデンで空襲に遭い、多くの死体の間を歩いた。 トラルファマドール人の死生観は次のようなものだ。 「人が死ぬとき、その人は死んだように見えるにすぎない。過去では、その人はまだ生きている。あらゆる瞬間は、過去、現在、未来を問わず、常に存在してきたのだし、常に存在しつづける。あらゆる瞬間が不滅である」 その死生観は近代的自我から導き出される死生観とも、宗教から生み出される死生観とも異なる。より絶望的でもあるし、より静謐なものであり、倫理的であるようにも思われる。そのような観念を持たなければ、もはやどうやって死を耐えることができるのか。主人公の前で滑稽な死もシリアスな死も、死が訪れるたび「そういうものだ(so it goes)」とつぶやかれる。 著者は次のように語る。 「これは失敗作である。そうなることは最初からわかっていたのだ、なぜなら作者は塩の柱なのだから」 作者は、神の言いつけに背いたものとして罰を受けたのだろうか。後ろを振り返って見たものは何だったのか。 トラルファマドール人は身長二フィートで、全身が緑色で、吸い上げカップのカップを地上に付けていて、先端には手がついており、その手のひらには、緑色の眼が一つある。村上春樹の最新小説『街と不確かな壁』の中で、若かりし主人公と文通する彼女が手のひらに目玉が出てくる夢を見るが、その描写は村上春樹の小説へのある種のオマージュであることを自分は疑わない。 どちらの作家も小説の深さを自由さと示し、小説というものが世界に対する考え方を揺さぶることができるものであることを体現するものである。 ----- 『街とその不確かな壁』(村上春樹)のレビュー https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4103534370
10投稿日: 2023.12.24
powered by ブクログSF小説と戦争ノンフィクション小説が融合したような作品。時間旅行と戦争実録が絡み合う。 ドレスデン爆撃については、全く知らなかったので、衝撃的だった。米兵の捕虜生活も壮絶で、作者の実体験を元に描かれたからこそ、具体的だ。 「そういうものだ」…多用されるこの言葉に諦めを感じさせる。 ビリーの虚無的な人生は戦争体験によるものなのか。 ヴォネガットがこの作品を描いてから何十年経つのだろう。いまだに戦争は無くならない。 愚かな行為を繰り返す地球人をトラルファマドール星人はどう見ているのだろうか。
16投稿日: 2023.12.23
powered by ブクログSFであると同時に戦争小説。死の場面に必ず出てくる「そんなものだ」のフレーズ。達観したというより死に鈍感になってしまう怖さ。主人公が戦前、戦中、戦後と絶えず時間を行き来することで戦争の愚かさが強調されたような気がする。
2投稿日: 2023.11.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
名作と言われる『タイタンの妖女』がさっぱり面白いと思えなくて、疎外感を味わっていたものだ。そこでもっと評価の高いものを読んで、それでダメなら本格的に合わないのだろうと随分前に買ったのをようやく読んだ。SF的な要素はあんまりおもしろいとは思えなかったのだけど、ドレスデン爆撃の現場で地獄を見た人がその様子を描写するためには、こねくり回して形にするしかなかったことがうかがえる。諦観や虚無感が満ち満ちている。相当なPTSDがあるのではないだろうか。こちらとしては平々凡々とした人生を送っており、圧倒的な現実に立ち会ったことなどない。 人が死ぬたびに「そういうものだ」と差し込まれ、村上春樹の「やれやれ」みたいな感じがするが、シビアさは大違い。本人が死ぬ思いをしたり、数多くの死体を見てきた人の言葉は違う。 そんな地獄を体験した人が描いたものとして『タイタンの妖女』を読んだらきっと違う味わいがあることだろう。そのうち読み返したい。
2投稿日: 2023.10.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ヴォネガットは第二次世界大戦でヨーロッパ戦線に赴き、ドイツで捕虜となり1945年2月のドレスデン大空爆を被害者の側から体験した、との解説を読み、読み始める。 作品は、わたしの書いた小説の内容となっていて、そこでの主人公ビリー・ピルグリムは1922年生まれでヴォネガットの分身といえる。そしてユニークでSF的な描写が、ビリーが時空間を自在に行き来している点。過去現在遥かなる宇宙とビリーの意識は自在に飛ぶ。ビリーは遥か宇宙の彼方のトラルファマドール星にもいて動物園で見世物になっているのだ。 そして、物語に通奏低音的に流れるのがヨーロッパ戦線で捕虜になりドレスデンに流れ着く様だ。空襲では地下にいて助かったが、どんな運命、死のうと生きようと「そういうものだ」<So it goes>という言葉でビリーの運命はかたずけられる。この言葉が一番印象に残る。あっけらかんとした生死、人生の進行。これが「スローターハウス5」という「屠畜場第5棟」での捕虜生活と空爆後の廃墟を体験したことから得た人生観なのだろう。 行きつ戻りつするビリーの時空間移動には、キリスト教の残虐性とか、きれいごとじゃない社会がさりげなく描かれている。そして行きつ戻りつする時空の間に戦線がはさまれることで、よけい戦争が際立った感じもした。そしてなにか頼りなげだが、しかしからくも生き延びているビリーを応援してしまっている、不思議な小説。 1969発表 1978.12.31発行 1988.7.31第11刷 図書館
8投稿日: 2023.07.19
powered by ブクログSFをはじめて読んだ。めまぐるしく場面がかわるのに読みやすく、おもしろかった。生きるとか死ぬとかいうことをよく考えるので興味深かった。徹底的な「SO it goes.」にじわじわと打ちのめされる。本から離れ現実世界に戻ると不思議な余韻がつづく。こんな体験ははじめてです。
1投稿日: 2023.07.08
powered by ブクログ2021年2月読了『猫のゆりかご』(9784150103538)以来のカート・ヴォネガット作品。 相変わらず独特な書き口を読み進むのが困難で、とりあえず一周読むだけでも丸々一週間かかってしまった。 巻末・伊藤典夫先生の解説に詳しい通り、ヴォネガット氏の半自伝的作品であり、第二次世界大戦下における従軍体験および「ドレスデン爆撃」の現地体験、その予後をビリー・ピルグリムという自身の’アバター’に託して、彼が時間旅行を繰り返しながら至り得た思想を綴った小説、というように私は理解した。 何がどこまで冗談で真実なのかが混濁としているが、通読し終えて改めて冒頭書き出し「ここにあることは、まあ、大体そのとおり起った。」(p9)の一文が強く胸を打つ。 そして、トラルファマドール星人による誘拐体験を経て、「いまの自分の仕事は、地球人の魂にあった正しい矯正レンズを処方すること」(p46)とし、「いずれにせよ戦争とは、人びとから人間としての性格を奪うこと」(p215)という悟りを、戦争を想像でしか判り得ない私たちに伝えている。 「人間としての性格を奪」われた最たる箇所はタイトルにも冠されている、「(捕虜である)アメリカ人は門から五番目の建物に引き立てられた。」「もともとは処理前の豚をまとめる小屋」「住所は『シュラハトホーフ=フュンフ』。シュラハトホーフは食肉処理場(スローターハウス)、フュンフは古き良き5(ファイブ)である。」(いずれもp203)の部分。人道もへったくれも無い。 そしてこういったことは今なお続くロシアのウクライナ侵攻戦争に於いても変わらず行われているであろう事であり、日本ではあまり報じられないが、事実、両国兵士達による戦争犯罪が存在する疑いは非常に濃い。 上手くまとめられそうにないが、この小説が書かれた60年代末のアメリカといえば長期化したベトナム戦争で国内に厭戦気配が蔓延し、若者らが社会の変化を求めてヒッピー文化を花拓かせた時である。 そして、現代日本もロシア問題と同時並行的に北朝鮮ミサイル問題や中国・韓国との外交問題を抱え、続くコロナ禍や不況により将来への漠然とした悲観が漂っている気がするが、こういう時こそ、若者が社会を変えられるんだ!変える!というムーブメントを起こせるように、(既に若者には含まれないかもしれないけど)私も「正しい矯正レンズ」を通して社会や我が身の振りを見つめられる為に自己を整えていきたいし、我が子はじめ後の世代に迷惑を掛けない為にも、レンズが曇ったり割れたりしないように勉強を続けていかねばならないな、と意を新たにした次第であります。 『同志少女よ、敵を撃て』(9784152100641)の時と似た読後感。 30刷 2022.12.24
9投稿日: 2022.12.24
powered by ブクログ人間の自由意志を否定したくなるほどの大量の死をもたらす戦争をトラルファマドール星人式の世界認識で追体験する。彼ら曰く全ては同時に存在しており、死は一時的なものなのである。
0投稿日: 2022.11.12
powered by ブクログドレスデン無差別爆撃の話。 ビリーが第二次大戦における米軍爆撃機隊の活躍する深夜映画を逆向きに観て、負傷者と死者を乗せた穴だらけの爆撃機が逆向きに飛び立ってゆき、爆弾や銃弾を吸い込み、新品に戻り、軍需工場で解体され、鉱物になり、それをだれにも見つからない地中深く埋める、という一連の映画逆再生のシーンが切ない。 p. 33大量殺戮を語る理性的な言葉など何ひとつないからなのだ。 p. 44死んだものは、この特定の瞬間には好ましからぬ状態にあるが、ほかの多くの瞬間には、良好な状態にあるのだ。いまでは、私自身、誰かが死んだと言う話を聞くと、ただ肩をすくめ、トラルファマドール星人が死人についていう言葉をつぶやくだけである。彼らはこういう、 "そういうものだ。(So it goes. )" p. 237 「まるで月の表面みたいだったよ」と、ビリー・ピルグリムはいった。 (略) ひとつだけ明らかなことがあった。この市にいた人間は何者であろうと、すべて死を受容すべきだったのであり、いまそこに動くものは本来の計画の小さな手抜かりでしかないということだ。月に月人は存在してはならないのである。
1投稿日: 2022.03.12
powered by ブクログ読書会課題本。奇想天外な展開と言えば、確かにそうだけれども、戦争によって多くのものを失う悲しみが、ひしひしと感ぜられる内容だった。時々挟まれるユーモアや繰り返される「そんなものだ」という台詞に、諦めのような感情が伝わってくる。戦争について色々と考えさせられた。
1投稿日: 2021.10.21
powered by ブクログ重たいのが続いてたから、読みやすかった。 時間の観念を捨てたら、生きやすく(執着や悩みがなく)なるみたいな。そういうと、ちょっと雑な表現になってしまうのだが、そんな感じ。 それでも戦争ってのは、色んな物語があるよな
1投稿日: 2021.10.12
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
SFというより本気の戦争小説でした。 翻訳なので実際の文章はわからないけど、ただ少なくともこの文章は読みやすくて良かったです。さりげなく散りばめられた目を引く文章の数々。ヴォネガットの場合は、美しいとか迫力がある系よりも含蓄に富んだ文章で、言葉のゆるい空気以上に直接的に語りかけてくる。異星人、時間跳躍、第三者視点(人称)。体裁だけ見たら特殊でいざ思い起こすと複雑多岐に渡る内容なのに、それを簡潔に読ませようとする作者の力量が凄い。現実の物事を語る上で非現実の目が巧く作用しておりSFだから伝わるモノもあることを思い知らされた。加えて全体的にブラックユーモアのある文体が悲壮感を増します。 主人公のビリーは不条理作品に相応しいくらい流されやすい。その彼が後半で「私はドレスデンにいた」とはっきりと明確な意思を持って発言する場面は深く印象に残りました。あとこの少し前にエドガー・ダービーというハイスクール教師が自身の戦争観について語り『しかしいまダービーは、ひとりの人間であった』と第三者視点で評する部分、この小説の中でも強いくらい意思を感じさせた。飄々とした文体の中にあっても、作者が力強く訴えたいこと伝わりますね。あるいは全体として堅苦しくないからこそ際立って印象に残るのか。どこまでが計算ずくか計り知れない。 読んだ後、しばらくしてふと目を閉じて思い起こす、そんな味のある作品。
5投稿日: 2021.10.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
栞を使わずに7日間かけて読んだ。栞を使わないので次にすでに読み終わった場所を読んでいることもあった。題名がピチカートファイブみたいでいいですよね。かっこいい。今思いついたけどプレオー∞の夜明けとも似てる気がする。あれも戦争の話だ。 戦争の話なんだよな。小説の存在するひとつの意味として後世に伝えるっていうのがあるとおもっている。僕がこれを読んで、ドレスデン爆撃について知ることができた。それはほんとうに大事なことだった気がする。
1投稿日: 2021.09.29
powered by ブクログ普通、物語のはじまりが思い出からだったり、思い出がはさまれたりすると情緒がただようのである。が、この小説は「けいれん的時間旅行者」という思い出の進行、なんとも読者は不思議な気持ちにさせられる。 主人公ビリー・ピルグリムは現在、過去、未来を行ったり来たりしている「けいれん的時間旅行者」。そうなったのは戦争に召集され、襲撃を受け敗退、逃げ出した森の中で死ぬ思いをした時。 そこから過去に行くのだが、その過去が現在や未来へ続き、また現在へ戻るという複雑な経過。夢かうつつかまぼろしかということになるのだが…。 過去現在未来は一瞬、一生は一瞬。つまり、中国のことわざ「一炊の夢」、だから一瞬一瞬を大切に生きよ、東洋の思想でもある。 「そういうものだ。」はこの物語に繰り返される言葉。印象的だ。 声高ではない「反戦小説」を読むつもりだったが、人生の過ごし方を教示された。不思議なストーリーだ。そこがカート・ヴォネガットのSFたる所以なのだろう。 自伝的である戦争体験(第二次世界大戦)をSFのストーリーに閉じ込めてある。また、これより以前に書かれた本ともつながりのあるストーリーなのだ。 なお、 神よ願わくばわたしに 変えることのできない物事を 受け入れる落ち着きと 変えることのできる物事を 変える勇気と その違いを常に見分ける知恵とを さずけたまえ この言葉に再び出会って感動。
2投稿日: 2021.09.13
powered by ブクログ『タイタンの妖女』に引き続き、ヴォネガット二作目。こちらも私にたいへん刺さる作品で、これは作家読みするやつだな...という気持ち。笑い(というか朗らかさともいうべきか)もありながら、戦争をこう切り取るのかと、面白かった。実際に体験した人の感覚としてこういうのもあるのだろうというのが、しっとり伝わってきた。人生は不条理であることを、柔らかく受け止めるというか。そういうものなんだろうなあと、ひしひし。広島の記述には、む、と思ったけど、そこは訳者あとがきでケアされているので最後まで読んで落ち着いたし、やはり反射的にむと思う自分がいるんだなと認知したのもなかなかの体験だった。 そして私は最後の一文を、最後に読むのが大好きなのですが(私の中で特に刺さっているラスト・ワンセンテンスは『天人五衰』だったりする)、もはや作者により第1章でネタバレされるのに笑うし、自分で最後読んだ時にそれでもグッときた、ヴォネガット好きだなあ。あえてこう表現するというのが大変上手い作家だ.. 全然知らなかった/覚えていなかったのだが、村上春樹やテッド・チャンの作品でも言及があるそうで..たしかに村上春樹も同じく、同じキャラがクロスオーバーするものね、と、ラムファードさんやトラルファマドール星で思った。母なる夜の主人公やら、ローズウォーターなど、他作品キャラクターもいたそうで、ますます読んでみたいのだ。そしてこの本は原書でも読みたいなと強く思いました。
3投稿日: 2021.09.04
powered by ブクログ著者が体験したドレスデン爆撃がテーマ。スローターハウスとは食肉処理場のことで、旧日本語版タイトルは『屠殺場5号』となっていた。ヴォネガットらしくユーモアは散りばめられているが、決して楽しく明るい物語ではない。戦争という殺戮について語るためにはこのような形にならざるを得なかったのだろう。1章はこの本を書いた舞台裏のような話になっており、全体を読み終えた後に読み返してみるとより一層胸に来るものがある。「大量殺戮を語る理性的な言葉など何ひとつないからなのだ。」
1投稿日: 2021.04.04
powered by ブクログ和田誠による表紙がキャッチ―さで気になりつつ、5巻しか本屋とか古本屋で見ないなーと思ったら「No.5」という意味で5巻という意味ではないことを最初にお伝えしておきたい。読むのは2作目でジャンル分けするならSFなんだろうけどかなり独特の作風。これだけオリジナリティの高い作風があるからこそ死後何年経っても有名なのだろうなーと思わされる作品だった。 ざっくり説明すると私小説+時間空間横断SFという構造。著者が第二次大戦でドイツのドレスデンという街で体験した空襲をベースにしていて、1人の主人公が生きた様々な年代を並行して描いていく。この並行というのが第三者視点で並行という訳ではなく主人公が自覚しているところがポイントで、要するに主人公はタイムスリップを当たり前に受け入れている。なぜなら異星人に誘拐されたから。ぶっ飛んだ設定なものの各時代ごとに描いている内容は真面目というか人類が戦争にいか振り回されているか描いているのでオモシロかった。ドレスデンにおける爆撃の壮絶さを主張するために広島の原爆よりも酷かったと書かれている点が日本人的には引っかかると思うけど、その辺りは訳者あとがきで細かく解説されてい納得した。 厭世観が全体に漂っているのも特徴的で過去も現在も未来もすべて等価だと考えているので1つ1つの事象に執着しておらず「そういうことだ(So it goes)」と受け入れていく。これは辛い思いをしたときに行うある種の処世術のようにも思えた。思考停止とニアミスだけども…ただそんなときこそフィクション(嘘)こそ必要なんだと以下ラインから著者の思いを感じた。 (語尾の感じも訳者の人の感情が入っていて好き) 「思うんだがね、あんたたちはそろそろ、すてきな新しい嘘をたくさんこしらえなきゃいけないんじゃないか。でないとみんな生きていくのがいやんなっちまうぜ」 フィクションを読んでいると現実と向き合ってないような気がするときがたまにあるけど、そのときはこの言葉を金科玉条にゆるりと生きていきたい。
1投稿日: 2021.02.01
powered by ブクログ久しぶりの再読。 カート・ヴォネガット・ジュニアの世界観が好き。淡白な語り口に、大きな出来事にさえ感情的になることがない。その平坦さと、その時々の状況の悲惨さとの対照的な文体が、その物語から浮かぶ情景をより強く刻んでくる気がする。
0投稿日: 2020.11.27
powered by ブクログ重要なことが全て詰まっているように感じた。自らの力ではどうしようもないものに出逢ってしまったら、トラルファマドール星人的世界観を持って生きざるをえないのだろうか
0投稿日: 2020.10.18
powered by ブクログ1945年2月。捕虜としてドレスデンにいたカート・ヴォネガットは、連合国軍によるドレスデン爆撃を目の当たりにした。長年その体験を小説にしようと考えてきた彼は、ビリー・ピルグリムという男を創造する。ビリーは同じくドレスデン爆撃を生き残ったが、帰国後にトラルファマドール星人に捕まって以来〈けいれん的時間旅行者〉となって、過去・未来の区別なくランダムに時空を飛び回ることになった。PTSDに悩まされる帰還兵の心理をSFに落とし込んだ反戦小説。 あからさまに兵士のトラウマからくるフラッシュバックを題材にした作品なので、「SF…?」と疑問符を浮かべながら読んでしまったけど、本文中に「二人とも人生の意味を見失っており、その原因の一端はどちらも戦争にあった。(略) 二人は自身とその宇宙を再発明しようと努力しているのだった。それにはSFが大いに役に立った」というくだりを見つけ、悲惨な現実に対してなにかフィクションが効用をもつのではないかという祈りのような物語なのだと思った。 特に印象深いのは、トラルファマドール星人との初邂逅を前にベッドを抜け出すシーンと、爆撃後のドレスデンの街を月面にたとえたシーン。どちらもSF的な書き方によって「宇宙の再発明」を試みるビリーとヴォネガットの思いが感じられる。そうした静かな場面が活きるのは、戦場での、あるいは戦後のアメリカ社会やトラルファマドール星でのスラップスティックめいたマンガ的な日々の描写のためでもある。トラルファマドール星人とのやりとりはナンセンスなコントのよう。 ヴォネガットはビリーを英雄にしなかった。作中唯一の例外は、のちに戦犯となるキャンベルに勇気を持って反抗したエドガー・ダービーだが、彼はティーポットを盗んで射殺された。ヴォネガットが戦争体験を“タフな男たちの物語”にしなかった理由はプロローグに記されている。そもそもヴォネガットがタフな男の話を書くつもりだったかはわからないが、結果としてこの作品は戦争の虚しさと人間の悲しみがひたひたと肌に感じられる稀有な語り口になった。ジェノヴァの善良な人びと、万歳!
4投稿日: 2020.09.13
powered by ブクログ不思議な世界。凄く惹き込まれて、あっという間に読み終えた。 戦争の悲劇が不思議な描写で描かれてる。なぜかぐいぐい食い込んでるくる、不思議な本。別の著書も読んでみよう。
2投稿日: 2019.12.07
powered by ブクログそういうものだ。で完結させられる主人公の周りで起こる時代も場所も超えた様々な出来事。行ったり来たりして混乱するかなと思いながら、読みきれた
1投稿日: 2019.11.26
powered by ブクログnoteに感想を書きました。 「未来は変えられない、変わっていく。そういうものだ。」 〜 『スローターハウス5』読書会 https://note.mu/hiroc_sk/n/n00fa1ad57c59
0投稿日: 2019.09.10
powered by ブクログ著者が経験したドレスデン無差別爆撃をSFの型式をとって描いている。トラルファマード星人に連れ去られてから時の流れから解放される。トラルファマード星人はすべての時間を見る事が出来る、そして、それは決して変わる事は無い。過去、現在、未来全てを関係なく行き来する。時間の流れが無い瞬間を生きている。それは幸せなのだろうか?人生そのものが起承転結の無い事柄。それらは「そういうものだ(So it gose)」と「プーティーウィ」で綴られる。
0投稿日: 2019.05.28
powered by ブクログSF。戦争。 タイムトラベルや異星人やらが出てくるSF作品であることは間違いないが、非常にリアルで生々しい。 残酷な描写も多いが、なぜか感動的。 なんとも不思議な魅力に溢れた名作。
1投稿日: 2019.04.20
powered by ブクログ時空を縦横無尽に駆けめぐる 不思議なストーリー。 小説というメディアならではの仕掛け。 悲惨な現実へのシニカルな視線も印象的。 戦争映画の逆回しのシーンが 有名だが、やはり独創的だった。
0投稿日: 2018.12.15
powered by ブクログカート・ヴォネガット 、学生時代何冊か読みました。独特のブラックなユーモアと風刺と、物語としての面白さ。 当時からヴォネガットの最高傑作は「スローターハウス 5」と言われていたのですが、なぜか読む機会を逸していました。 ただ、ちょっと期待しすぎたみたい。
0投稿日: 2018.11.23
powered by ブクログこんなふうにユーモアたっぷりに批判的な主張をかける人って、すごい頭がいいんだろうな。ドレスデンの爆撃がどれほどひどかったのか知らないので実感として受け止めることはできなかったけれど、戦争というもの、またそれも含めての人生、人の運命というものに対しての諦念混じりの憤りが描かれていたように思えた。 実際に読む前はなんとなく不条理SFのイメージがあった本書だったが、読んでみたら不条理ではなくこの世の理がそのまま書いてあったので少し驚いた。命や時間というものについてトラルファマドール星人のような見方ができたら、確かに人類の考え方や行動は変わるのかもしれない。 ところで、やたら出てくる「そういうものだ。」という言葉は、訳として上手な日本語なのだろうか?
2投稿日: 2018.11.15
powered by ブクログ読み始めた時、なかなか意味を掴めなくて何となく読み進める感じで入って行ったのだけど、読めば読むほど、作者の人間描写力に魅了されてしまった。 これは、その、いわゆる第二次世界大戦中の、悲惨な戦争体験について書かれた本である。 ヨーロッパに送られた、若き日のビリー・ピルグリム。彼のいた歩兵連隊がドイツ軍の捕虜となり、奇しくも連合軍による、いわゆる無差別爆撃、ドレスデン爆撃を生きのびてしまった、悲しいビリーの、そしてヴォネガット自身の物語なのだ。 序文でこの本のなかで私という男(いわばヴォネガット自身)がドレスデンを今、まさに語ろうとしている。戦友オヘアの細君メアリに誓う。 _メアリ、万一この本が完成するものなら、僕は誓うよ。フランク・シナトラやジョン・ウェインが出てくる小説にはしない。そうだ『子供十字軍』という題にしよう_ そうしてビリーの物語は時間軸を越えて語られる、それは、トラルファマドール星の本の手法で(電報的分裂的物語形式)書かれた。 彼は第二次世界大戦中に空飛ぶ円盤によってトラルファマドール星にさらわれた。そうして戦争中の過酷で暴力的な体験をけいれん的時間旅行によって時間軸をねじれされながら私たち読者に伝えてくる。 ある時にはビリーは爆撃を受け動けなくなっている。次の瞬間には娘の結婚式に呼ばれている、また次の瞬間にはトラルファマドール星にいて、またつぎにはドレスデンへ向かう列車の中、そしてある時は銃殺され、次には精神病棟のベッドの上…と、いうように。 戦争の暴力、壮絶な体験、トラウマをこんなSF的な表現、ユーモアと春樹さんがいうように、マイルドな悪ふざけをもって表現した、まったくもって見たこともないような本だった。 その瞬間移動の間に、私たちはビリーの死も目撃してしまう。でも、また過去にもどっても、彼はその死を受け入れたまま、何も変えたりしない。そこが素晴らしいと思った。 『雨天炎天』の中で春樹さんがてきとうに、「愛は消えても親切はのこると言ったのはカート・ヴォネガットだっけ?」なんて書いているのだけど、確かにヴォネガットは親切な愛ある作家だと、私に知らしめた。 こんなマイルドな悪ふざけをもってしてでないと、悲惨な戦争体験を描くことができなかったのだ。 ところで、読み初めた頃随分苦労したくせに、私はこの作品を心ゆくまで楽しんでしまった。しばらくヴォネガットを読んでみたいなと思う。
6投稿日: 2018.11.10
powered by ブクログ20180523読了 バーナード嬢曰く。や、藤田祥平の自伝の中で取り上げられていて、興味が湧いたので手にとった。 話の話としては時系列やら展開が急なんだけど、文章が読みづらくさせない。 平易だけど、イメージをかきたてる。話としても感情が全面に出るのではなく淡々とした語り口でしみじみと伝えてくる感じ。 名作と言われている所以はわからなかったけれど、小説として読んでいて淡々と楽しい、という不思議なかんじ。 さらりとして読後感もさっぱりしてる。
0投稿日: 2018.05.23
powered by ブクログ今の今までなんでこんないい本を 読まなかったのか!と後悔しました 今年に入って 国のない男とこの本を読んで ヴォネガットがますます好きになりました 上手く説明できないけれど 「そういうものだ」 ありがとう!ヴォネガット!
1投稿日: 2018.01.15
powered by ブクログ人が死んだ時に使われる「そういうものだ」っていう言い回しが癖になる。 古い作品で例えが分かりずらかったり、テーマのドレスデンの空爆に関する知識が皆無だったから、読みづらかった…
0投稿日: 2017.10.21
powered by ブクログ「神よ願わくば私に変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと変えることのできる物事を変える勇気とその違いを常に見分ける知恵等を授けたまえ。」 というニーヴァの祈りがこの作品では重要な局面で登場してきます。 変える事のできるものと、変える事のできないもの。 その違いってなんなんでしょうね? 運命論または宿命論って考え方がありますね。 すべてはすでに決定されている、っていう考え。 その考え方が正しいのか間違っているのか それはボクにはわかりませんが、 このスローターハウス5では、 結構、その運命論みたいな考え方が 全編を覆ってますね。 主人公ビリーは宇宙人トラファマドール星人に誘拐されます。 そして彼らの過去現在未来について、 つまり時間に対する考え方を知ります。 彼らにとって未来はすでに決定済みのことであり、 それをどうこうしようとする事など 考えたことはない、ということです。 トラファマドール星人によれば、 今まで色んな知的生命と語り合ってきたが 未来を変えていこうとする「自由意志」と いう概念をもっているのは地球人が 初めてだ、という事です。 で、もしも宇宙人がいうように 自由意志なんてものは全く意味のないもので すでに未来はある程度すでに 決定していた、とするとどうなるのか? またはどのような態度で生きていくのが 良いのか?その答えみたいなものは 同じ作者の「タイタンの幼女」では、 作者の考え方が示されているんですが、 それよりもかなり後で書かれている本書では 明確に書いてはいませんね。 ちなみに答えとはいう感じではないのですが、 すでに決まっている未来において つまり自分は無力であると認識している 世界において主人公ビリーの視点を通して 作中でふたつほど人間の美しさが描かれています。 ひとつは捕虜収容所に向かうぎゅうぎゅう詰めの 列車の中で、粗末な食事を、平等に分け合う場面。 もうひとつは強制労働させられているシロップ工場で 見つかるリスクを取りつつ、友人にシロップを スプーンですくいとり舐めさせる。 そしてその友人は涙を流す、という場面。 そのあたりのシーンに作者は前述した問い、 もしも人が未来に対して無力だとした場合に どう生きていくべきなのか? その答えのヒントがぼんやりと書いているような気がします。 まあ、基本的には答えは読者にまかされている という感じではありますね、この小説の場合は。 自分的には部分的に運命論も正しい部分もあると思うし、 その考え方は時に人を救う場合もあるのだろうな、 とも思えます。 例えばこの作品のモチーフであるドレスデンの大空襲は 作者ヴォネガットが実際その場でその時体験したこと だということですから。 もしもね、そういう場面に出くわして 自分が生き残ったということになると やっぱり自分の無力さというのも感じてしまうものなのかなあ という事も想像してしまいます。 そして個人の力ではどうしようもない 「何か」があるということを考えざるを得ないだろう、とも思えますね。そんな時に運命論という考えかたに傾むこともあるのだろうと。 ただ自分的には100%運命論、または100%未来は未確定と はっきりと捉えることはできないなあ、と考えます。 変えられない事もいやになるほど多いけど 変えられる事も意外に多いんじゃない? (それを探すのは結構大変だったりするかも とは思いますが) そういう態度で行きたいなあ、とは思う、 という事をこの本を読んで感じましたね。 2017/04/10 11:45
0投稿日: 2017.07.04
powered by ブクログわたしはキリスト教的決定論を信じるタイプである。 運命はすでに決まっていてあとは神に導かれるまま生きるだけ だからこそ臆せずに自らをしっかり持って貴重な一日を生きることができるから。 あの時ああしていれば、わたしがこうしたせいで、という後悔の仕方はしない。自分がどのように行動しても遅かれ早かれその出来事は起こったのだとおもう わたしが後悔するのは失われてしまったものを大切にできなかったことについてだけであり、愛情とか、穏やかな時間とか、そういうものを十分に受け止められなかったことは心に引っかかり続ける ビリー・ピルグリムはそのような後悔さえしない。それは運命を先に知っているからということになっているけど、本当は失われるものがあまりに多かったから、そう考えずには生きていられないほど辛かったから、たどり着いた考えなのだろうともおもう 現在好ましくない状態にあるが他の瞬間には確かに生きているということ ああ、『海からの贈り物』から得たいちばん貴重な気付きもこういうことだったな ”我々は「二つとないもの」——二つとない恋愛や、相手や、母親や、安定に執着するのみならず、その「二つとないもの」が恒久的で、いつもそこにあることを望むのである。つまり、自分だけが愛されることの継続を望むことが、私には人間の「持って生れた迷い」に思える。なぜなら、或る友達が私と同じような話をしていた時に言った通り、「二つとないものなどなくて、二つとない瞬間があるだけ」なのである。” ほんとうに、これ!なのだ まだ起こっていないことを恐れて自分の可能性を狭めたくはない、日々よりよく生きることくらいしかわたしにはできないしわたしに変えることができるのはこの一瞬ごとだけなのである そして私はこういう運命に向かって淡々と進む物語が大好きなの、、、、 はじめから読み返しはじめたらもう常に心がぎゅっとなって ひっそりポロポロと泣くビリー・ピルグリムの気持ちになれます
0投稿日: 2017.06.07
powered by ブクログ著者自身が体験したドレスデン空襲を題材にした作品。半自伝的小説。 内容は、主人公ビリー・ピルグリムが自分の意志とは無関係にさまざまな時間へ旅行する話。そのため次から次へと場面が変わる部分がある。 正直いつのまにか読み終わってしまってよくわからないが、あらゆる瞬間は過去も、現在も、未来も存在するという、考え方は面白い。そういうものだ。
0投稿日: 2017.04.01
powered by ブクログけいれん的に起きる時間旅行のせいで最初のうちはとても読みにくく感じたが「そういうものだ」と思ってからは引き込まれた。捕虜生活、ドレスデン爆撃の、渦中にいながらもどこか達観した、俯瞰するような視点は『夜と霧』やら『If This Is A Man』など多くの死に触れ生き延びたもの独特の何かを感じさせる。幸せな時から地獄へとたびたび行きつ戻りつする時の流れは死しても抜け出せない牢獄(作中の表現を借りれば琥珀に閉じ込められた虫)に閉じ込められた意識であり感情であると思うと、非常に壮絶で、苦しい。そういうものか?
1投稿日: 2017.02.24
powered by ブクログ2017.02.13 『スローターハウス5』何年もかかってようやく読了。なぜ「第5屠畜場」のような邦題にしなかったのか、が大きな疑問。この方が余程作者の意図が反映されるような。途中まで題名との関連性がわからなかったが、最後は納得。自身の経験したドレスデン爆撃が作家として表現されている
0投稿日: 2017.02.14
powered by ブクログ最初は、筋も山場もよく分からないまま、漫然と読んでしまったので、再読。 集大成的なキャストやすわ名言という文章も多いのだけど、やはり無性格に描かれた登場人物たち、ブツ切りにされた筋、感じのいいエピソードなんてほとんどない、カート・ヴォネガットの作としてはやはり実験作、あるいは失敗作と言えるのかもしれない。ただ、そこまであの手この手を使ってまで伝えたかった(それもどうやっても伝わらないと確信しながらも)ことがある、ということだけはひしひしと伝わって来る。
0投稿日: 2016.10.09
powered by ブクログひょっとして、おれはヴォネガットの小説が合わないのではないか・・・?という溝がある意味決定的になってしまった作品。「スラップスティック」が個人的にはツボで、「タイタンの妖女」で???となってしまったので、起死回生の一冊と思い手に取ったのだが・・・。 こいつの主人公、いっつも時間旅行してやがんなと思いつつ、軽やかな文体から考えさせられる部分は考えさせられるのだが・・・どうも自分にはナンセンスさが強すぎる印象がある。
0投稿日: 2016.07.16
powered by ブクログこの少し奇妙な物語を一体どう説明したものだろう。 これは、著者が第二次大戦時、ドレスデンで経験したことを描いた半自伝的作品であり、登場人物が宇宙人(トラルファマドール星人)に掠われ、時間旅行者となるSF小説であり、そしてまた、強烈なアイロニーと悲哀をたたえたアメリカン・ユーモア小説とも言える。 3つのある種、非常に異質なものが作り上げた、風変わりな、しかし「真実」の物語である。 著者・カート・ヴォネガット・ジュニアは、少年といってもよいほどの若さで召集され、ドイツ戦線に派兵される。独軍の最後の反撃ともいえるバルジの戦いで捕虜となり、ドレスデンに移送される。彼が移送された直後の1945年2月、米軍によるドレスデン爆撃が行われる。歴史のある美しい街、ドレスデンは、壊滅的な被害を受ける。 まるで月面のようになってしまった廃墟で、捕虜たちは事後処理(つまりは遺体の処理)に従事する。 ヴォネガットは、自身を主人公には据えず、著者の分身のようなビリー・ピルグリムという若者を作り出している。戦功とはほど遠い、不格好で、碌な武器も持たされず、右往左往する若者である。 ビリーはあるとき、緑の身体のトラルファマドール星人に捉えられ、彼らの動物園で展示されることになる。そのときから彼は、「痙攣的」時間旅行者となる。いつ時間旅行するか、どこへ時間旅行するか、自分自身では決められない。未来へ飛び、過去へ遡り、地球へ行ってはまたトラルファマドール星の動物園に戻る。 何度も時間旅行をしたため、彼は自分の地上の人生で何が起こるかを知っている。 トラルファマドール星人は時間を流れとは捉えておらず、過去から未来、すべての時間を俯瞰することが出来る。 トラルファマドール星人に感化されたビリーは、生き続け、死に続け、時を渡る。ドレスデンの「そのとき」を軸に。 スローターハウス5とは、ビリー(ヴォネガット)が収容された建物で、食肉処理場第5棟を意味する。実際にはそこで「処理」されるべき肉は軍の胃袋に収まり、もはや名ばかりだったのだけれども。 本書には戦時の多くの挿話が描かれる。誰よりも頑強な身体を持っていたのに、爆撃後のドレスデンでティーポットを盗んだがために処刑されてしまう元高校教師。意気地なしなのに、屈強な2人の兵士の仲間と思い込み、自らを加えて三銃士になぞらえるチンピラ。故郷を焼け出され、難民としてドレスデンに逃れてきた美しい十代の少女たち。 彼らの辿る運命は残酷で、はかない。 ヴォネガットはユーモアをたたえつつ、不条理な現実を辛辣に描く。「そういうものだ(So it goes)」と。 ヴォネガットはこの本を書き上げる前に、5000ページを費やしたが気に入らず、すべて破り捨ててしまった、と作中で言う。この本自体も失敗作だ、と、最初の章で断言している。 田舎出の若者が、突然外国に行かされ、武器を持たない大勢の人が瞬時に殺されるのを目撃し、さらには遺体の処理にも当たるのだ。それは、宇宙人に掠われることが大して異常とも思えなくなるほど、そして我々と違う時間の概念を持つ存在がいることを奇妙とも思えなくなるほど、異常な、奇妙な、怖ろしい体験ではなかったか。 どれほどの言葉を費やしても、どれだけ正確に描写しようとしても、到底現しきれない「地獄」。 いささか変わった手法で描かれたこの物語は、惨状を逆説的に見事に捉えているとも言える。 作中で、1人の人物がビリーに言う。人生について知るべきことはドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の中にある、と。「だけどもう、それだけじゃ足りないんだ」と。 小鳥のさえずりとともに、物語は幕を閉じる。 けれども物語は続く。生き続け、死に続けるビリーとともに、物語も読まれ続け、終わり続ける。
5投稿日: 2016.07.15
powered by ブクログタイトルの意味は"屠殺場5号" SFというより実体験の戦争小説 いやぁ〜ぶっちゃけつかれた!でもこれが適切な表現かどうかわからないけれど、決して押し付けがましくなくて、ユーモアまじりで落ち着きのある文章だったから読み切れた
0投稿日: 2016.04.25
powered by ブクログトラルファマドール星とWWII・ドレスデン無差別爆撃 あらかじめわかっている星人の過ちにはびっくりした。そこまで諦めてもよかったか。
0投稿日: 2016.02.29
powered by ブクログヴォネガット自身が捕虜として体験した、1945年2月13日夜から14日朝に行われた「ドレスデン無差別爆撃」が自伝的に挿入されたお話。 『母なる夜』のキャンベルや、『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』のローズウォーター、『タイタンの妖女』のトラルファマドール星人も出てくる。 そういうところも、ヴォネガットの自伝的な作品なのだと感じる…。 みたいな、前置きはおいておいて。 (だいたい、私は『ローズウォーターさん』も『タイタン』も未読なのだ。読みたいと思っているけど!先にこっちを読んでしまった。) ドレスデン無差別爆撃のちょうど71年後の夜に、私はこれを読み終わった。 睡眠時間を削って。 主人公のアメリカ人捕虜ビリー・ピルグリム。 ドイツを移送されて行くアメリカ人捕虜、イギリス人捕虜、ロシア兵、ドイツ兵、ドレスデンの「屠殺場5号」、生々しく語られていく戦争体験なはずなのに、いつものヴォネガットのトーンで、良いも悪いも存在しない。そしてひたすら繰り返される「そういうものだ。」という言葉。 四次元を理解するトラルファマドール星人。 そういうものだ。 人生の様々な時間を、琥珀のように切り取ってみせられるなんて、うつ状態にならずにおれない。 そういうものだ。 四次元や、トラルファマドール星人のことを考えなくたって、本当は知っている。 「そういうものだ。」 【私的メモ】 読んでいる間、私の頭が一番混乱していた頃、入院していた時のことを強烈に思い出した。 認知症初期段階の人のことも思い出した。 前後の脈絡なく、切り取られた過去に吹っ飛ばされて、混乱して泣いている私たち。 未来も過去も混ざって、今を見失って混乱している人たち。 「退院したいなら、退院をあきらめることさ。そしたら良くなったように見えるんだ。」と言う、アルコール依存のおっちゃん。 うまく理解できなかったその言葉を、今なら理解できると思った。 「そういうものだ。」という言葉とともに、起きた事・あったもの全てを、良いとか悪いとかに分類せず「そういうものだ。」と受け入れ、もしくは受け流す。 私の中を通過していく時間。 私が通り過ぎた(過去か未来かはわからないけれど)出来事。 それはただただ、琥珀に閉じ込められた虫の一瞬。 琥珀に閉じ込められたことに気付かず息ができない私たちも、次の琥珀の中ではやっぱり違う何かに直面して泣いているかもしれない。 ただ、そういうものなのだ。 人生自体が、そういうものなのだ。 だから私は、『スローターハウス5』に救われた。
0投稿日: 2016.02.14
powered by ブクログ内容 時の流れの呪縛から解き放たれたビリー・ピルグリムは、自分の生涯の未来と過去とを往来する、奇妙な時間旅行者になっていた。大富豪の娘と幸福な結婚生活を送り……異星人に誘拐されてトラルファマドール星の動物園に収容され……やがては第二次世界大戦でドイツ軍の捕虜となり、連合軍によるドレスデン無差別爆撃を受けるピリー。時間の迷路の果てに彼が見たものは何か? 著者自身の戦争体験をまじえた半自伝的長篇。 -------------------------------
0投稿日: 2016.02.08
powered by ブクログ人が過去を思い返す時、全てが順序立てて思い返されるわけではないよなと読んでいて思いました。自身の過去を振り返ることは、自分の物語を紡ぐようなことかなと感じます。 自分がおじいちゃんになって、ロッキングチェアーに揺られながら孫を飽きさせずに人生を語れるようになれてたら最高です。
0投稿日: 2015.12.29
powered by ブクログso it goes. so it goes. 面白くてそして鬱になれるという稀有な本。 確かにこれは名作である。
0投稿日: 2015.09.16
powered by ブクログ著者の戦争体験を時間旅行の中に組み込むことによってより戦争の悲劇が浮き彫りになる。繰り返される「そういうものだ」という言葉はこの世の悲劇をなきことにしてはならないというメッセージなのか。
1投稿日: 2015.06.14
powered by ブクログSFの体裁を借りた第二次世界大戦のドレスデン爆撃を軸に語られる反戦小説。戦争が終わって10年経っただけで、平和な社会がやってきて、日常と非日常と悲劇と喜劇が前触れもなくやってくるという、唐突だけど実際に経験したらきつことが物語として上手く機能しています。戦後10年経って裕福になってゴルフをしている昼間の意識が、死と飢えと不衛生に塗れた戦場にいきなりタイムスリップするなんて確かにエグイ。つまり忘れるな、それは実際にあったこと、みたいに伝えたかったんでしょうかねぇ、ヴォネガットは。その中にも割と登場人物たちは百年の孤独のような道化的性格の人が多く、ユーモラスも十二分に加えられています。不幸なことは見ないようにする、という生き方もなるほどね、と。悲劇はなかったことにできない、タイムトラベルすれば今として耐え忍ばなければならない。ヴォネガットが昇華したかった戦争の記憶を見たような気がしました。
0投稿日: 2015.06.14
powered by ブクログ『ビリー・ピルグリムは時間から解き放たれ、自身の過去や未来に"けいれん的に"時間旅行することができた。ある時は第二次世界大戦でドイツ軍の捕虜になり、ある時は大富豪の娘との幸福な生活を送り、またある時は異星人の動物園に収容され……。著者の戦争体験を交えて描く、半自伝的SF。』 わかりにくかった。 そういうものだ、と受け取ります。
0投稿日: 2015.05.16
powered by ブクログドレスデン爆撃を語るためにビリー・ピルグリムの人生を断片的に描写している。これらの生き様、そして哲学こそが爆撃によって作者に生じた死生観なんだろう。 死は悲劇ではなく、いつでも会える。運命は変えられない。そういった思想がビリー・ピルグリムとトラルファマドール星人から語られる。 祈りの言葉 「神よ 願わくばわたしに、変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵とをさずけたまえ」 ヴォネガットの小説は「猫のゆりかご」「タイタンの妖女」に次ぐ三冊目。どれも人生を俯瞰的に見てシニカルかつユーモア語り口が魅力的。傑作だった。
0投稿日: 2015.04.04
powered by ブクログ20150304 ヴォネガット。すごく久しぶり。まだわからない。読んだだけではダメなのだろうか?かんがえすぎなのか。
0投稿日: 2015.03.04
powered by ブクログドレスデン爆撃に居合わせた、ビリーピルグリム、けいれん的時間旅行者、トラルファマドール星的時間と生。 難しいけれど意味不明ではない。テーマは身近で独創的。読んで、出会ってよかった一冊。
1投稿日: 2015.02.07
powered by ブクログ展開が細かく移り変わるので,迷子になっちゃう本です。 ただ,中身はSFという形を借りた戦争物語ですね。 執拗なまでに出てくる「そういうものだ」というフレーズ。読み進めていくうちに自分の中での意味が変わってくるんですよ。そういうものなんだな,と腑に落ちる感覚。その感覚を求めて読む本だと思いました。 なお,訳者あとがきから読むことをお勧めします。
0投稿日: 2015.02.05
powered by ブクログ人生について知るべきことは、すべてフョードル・ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の中にある、だけどもう、それだけじゃ足りないんだ・・・この有名な1節の為に買い求めたあと、書棚で4年寝ていた作品。自分はショスタコーヴィチとの関連からレニングラード包囲戦に関する文章はつい読んでしまうが、この作品はドレスデン空爆。他のファンには申し訳ないけど一級の戦争小説。時空を往来しながら1945年2月に行き着くサインカーブ。切れ目なく表れる幾多の架空の書物に関する書評とエピソード。主旋律が繰り返される交響曲のようだ。
0投稿日: 2014.12.27
powered by ブクログ名作と思える戦争作品で、荒唐無稽なものが多いのは、ぼくらの脳みその限界のためなのかもしれない。超現実という別のコネクションを持ってこじ開けなければいけない場所に、本当の現実は存在する。その通常の想像力では達することのできない「本当の現実」への回路を唯一開いてくれるのが、これらの無茶苦茶な戦争作品なのかもしれない。 これらのカオスの表現者は、もしかして、ぼくらが無意識に行っている「偏見」の壁をどこまでも低く、薄く、ギリギリのところに設置することによって、何かを感受でき、更に表現できる人々なのかもしれない。
0投稿日: 2014.10.20
powered by ブクログカート・ヴォネガット・ジュニアのSFは『タイタンの妖女』に続き2作目。 ワープ系のSF作品の魅力って、時系列上に因果関係で結ばれた事象から出来ている一般的な物語の、「時系列上」という部分を脱構築して、「時系列的につながりが無くても事象間に物語が生じうる」ことを読み手に見せてくれる所にあると思う。 僕らは普段、経時的な因果関係で出来た物語の中に生きているからこそ余計に、 ワープという技術の科学的に本当に出来るのか出来ないのかという点を直視することなく、 その不確かな技術が提供しうる虚構経験の真新しさだけに焦点をあてて感動する つまり、時間という人間がどっぷりはまっている前提を、表現の気安さで以て無効化することができるワープ系SFは、人間の琴線の閾値を凌駕する装置としては、比較的コストパフォーマンスの高いもののうちの一つであるように思える。
0投稿日: 2014.10.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
主人公の「タイムトラベルできるようになった」というカンチガイを解いてあげることは誰にもできなくなり、人が死ぬことの特別さを共感することもできなくなった。悲しい気持ちだけでなく「あいつが死んでせいせいしたぜ」とこぼしあうこともできないんだ、もう。。。主人公ビリーピルグリムに届く言葉が見当たらない。淋しい。淋しいよ。
0投稿日: 2014.06.23
powered by ブクログ最初は前後左右が入れ替わっていてやけに客観的な書き方で現実と非現実がごちゃまぜで理解不可能な本だった。 でも、これは空襲という悲惨で思い出したくない出来事をクライマックスとした半自伝なのだと知った。きっとその忌まわしき事件を解釈し、共感できないようにするために時間列を混同させたんだ。 飛行機が爆弾を落とす動画を巻き戻したような描写。「爆弾を落とす」という観念抜きに見ると「体から鉛が吸いだされる」「飛行機が玉をしまう」「金属は地中深くに埋め戻される」・・・なんてユートピア。 「小説」の概念を壊して、新しい形式を有効に使った、傑作だと思います。
0投稿日: 2014.05.27
powered by ブクログ1969年発表、カート・ヴォネガット著。第二次世界大戦でドイツ軍の捕虜となったビリーは時間旅行者となる。彼は時間を飛び交い、大富豪の娘との結婚生活、奇妙な時間感覚を持つ宇宙人による誘拐、など様々な体験をする。そして、ドレスデン無差別爆撃を目の当たりにする。 奇妙な小説だった。文体はあっさりしていて、何だか楽しげな表現が時折現れる。 そして何より、誰かが死ぬたびにかならず飛び出してくる、「そういうものだ」という言葉。そう言われると身も蓋もない気がする。おそらく爆撃を目の当たりにした著者自身、そんな気持ちになったのだろう。悲しみすら感じることのできない悲しみがよく伝わってきた。 ところで、このように戦争の苦しみを回避することは健全なのだろうか。 私は以前、ヴィクトール・フランクルの「夜と霧」を読んだことがある。そこには、人が極限状態に陥った場合、ユーモアを持っている人(例えば、著者の文章はユーモアで溢れている)、心の中に大切な時間を保存している人(例えば、トラルファマドール星人は「楽しかった瞬間を永遠に眺める」といった考えを語っている)、が精神崩壊せずにいられると書かれてあった。 だから私は、案外ビリーが(そしておそらく著者も)まっとうに苦しみを回避しようとしている気がするのだ。
0投稿日: 2014.05.16
powered by ブクログ妻、ヴァレンシアの死に方、飛行機事故を起こした夫の元に駆けつける途中、道を間違え急ブレーキ。追突されたものの怪我ななく、がしかし、マフラーが2本とも落ちた車で爆音を撒き散らして病院に着いたところで、一酸化中毒死。 イカれて、イカした部分の例。 馬車の馬が苦しんでいることに何も気づかす、車と同じ扱いで走らせ、その苦しみを知ったとき、最初で最後の滂沱の涙を流す。 荒唐無稽で深いように見えてさらりと流す部分の例。
0投稿日: 2014.04.23
powered by ブクログ時間旅行をする主人公があらゆる人生を生きている話。SF小説と言うには違和感があるくらいに“時間旅行”はさりげなく行われ、シャッターを切るように唐突に切り替わる人生を自然に受け入れられる。ドレスデン爆撃の被害者である筆者による戦争描写がユーモアと皮肉まじりに描かれていて好みだった。
0投稿日: 2014.04.10
powered by ブクログトラファマドール星から贈られた新しい聖書。 あるいはSFの形を借りた極上の文学。 時間を超越する能力を得た(といっても任意に飛ぶことはできないが)ビリー・ピルグリムは、子供時代から第二次世界大戦、そして富豪となって成功を収めた晩年までを幾度も往来する。 その人生の途中異星人に誘拐され、三次元に生きる人間には到底観ることのできない世界を体感するのだが...... 特殊能力を手に入れた男と異星人のコンタクト。 その数奇な運命。 スラップスティックでエキセントリックで変なSF。 でも、強烈な戦争体験により徐々に精神が狂気に蝕まれていく男の手記とも読める。 『スローターハウス5』には、戦争を始めとする人間のありとあらゆる愚行が描かれている。 それなのに(それだからこそ)、それらの行為は笑っちゃうくらい滑稽で、そしてやっぱりどこか切ない。 著者カート・ヴォネガット・ジュニアは、実際に第二次世界大戦中にドレスデン無差別爆撃を被害者の側から体験したという。 戦争を知らない世代の僕が、戦争について知ったような口を利くのはまことに不遜ではあるが、著者はこの「変なSF」という形態でなければ自身の体験を語れなかったのだろうなと思った。 ありとあらゆる人間の、生物の、物質の「死のイメージ」のあとに挿入される「そういうものだ(So it goes.)」という言葉。 諦念なのか達観なのか僕にはわからない。 幅、奥行き、高さに加えて、時間の軸も有する四次元の住人トラルファマドール星人にとって地球人は、赤ん坊から老人までの人生がひと連なりになったヤスデのように見えるらしい。 おそらく、僕はそのヤスデの足の節々で『スローターハウス5』を幾度も読み返すことになるだろう。そしてその時々で読み方、印象が変わってくるのかもしれない。 先頭部分、一番前足でこの本を読んだ時、果たして「そういうものだ」と言えるのだろうか。 この物語がどんな話なのかということは、三次元の住人である僕にはまったく説明ができない。説明する能力がない。でも、読めば確かにテレパシーのようにメッセージが届くのだ。 物語半ば、ビリー・ピルグリムが時間を遡る時に一瞬観る、逆回しの戦争映画の荘厳な美しさに涙が出そうになる。あれほど痛烈な批判はあるだろうか。 戦争の話ばかりしてしまったが、肩に力を入れて読む必要はない。本当にただただ面白い小説なのだ。 重いテーマを正面切って書くのも、それはそれで素晴らしいと思う。 でもはにかみながら、照れ笑いしながら、時には悪態をつきながら軽々と描くのってなんてかっこいいんだ。 著者近影までなんだかとぼけたこの小父さんの小説は、とても信用できる。 奇しくも読了日はエイプリルフール。 この日につく嘘は決してひとをがっかりさせる物であってはならないときく。 虚構の中の、大粒ダイヤのように(あるいは入れ歯の金具のように)輝く真実。 カート・ヴォネガット小父さん、最高に素敵な「ほら話」をありがとう。
18投稿日: 2014.04.02
powered by ブクログ戦後文学とくくられる小説群がある。日本が先の戦争に敗れ、全く新たな道を歩み始めたとき、いったいあの戦争とは何だったのか、自分はそれにどんな風に関わりまた関わらなかったのか、極限の状態を経験した者たちが、想像力をも駆使して、文学へと昇華させていった・・・。それは実に重くて暗いイメージのつきまとう緊張した世界であった。こころざし半ばに死ななければならなかった同時代の仲間たちの「死にたくない・死にたくない」という悲痛な精神を一手に引き受けて、そのものたちに代わって自分が書く・・・戦後文学を代表するある作家は「精神のリレー」という言葉でその決意を語り、50年かけて書き継ぎながらも未完成に終わってしまった彼の形而上小説のはじめに、《悪意と深淵の間に彷徨いつつ/宇宙のごとく/私語する死霊たち》 と書いた。 『スローターハウス5』はドレスデン爆撃を生き延びた作者にとってのまさに戦後文学であるはずだ。しかし日本の戦後文学にあるような陰惨で重苦しい雰囲気はない。それどころか、戦争体験を文学的に昇華するこんな方法もあったのかと驚かされる。アメリカ人の受け止め方と一般化してはいけないだろうが、 1945年に精神的な断絶を経験した日本人と、基本的には断絶を経験していないアメリカ人というフィルターには一応かけておかねばならないかもしれない。 彼の小説を読むと何か活気づく。なぜか。はっきりと言えることは、彼が人間を相対化してくれるからだ。全くちがった見方を提示してくれるからだ。 「トラルファマドール星人には、宇宙は明るい光の点をちりばめた暗い空間とは見えない。彼らは、ひとつひとつの星のこれまでの位置、これからの位置を手にとるように見わたすことができるので、空はか細い、光るスパゲティーに満たされている。またトラルファマドール星人は、人間を、二足の生き物とは見ない。彼らの眼には人間は長大なヤスデ――「一端に赤んぼうの足があり、多端に老人の足がある」ヤスデのように見える。」 地球人の常識がとことん相対化されて、運命の大波の中でじたばたする地球人が描かれれば描かれるほど、不思議なことに、あわれな主人公に親しみがわいてくる。作者の魔術にはまってしまったようだ。 ブログACH & PFUIより転載 http://achpfui.com/pfui/?p=128
0投稿日: 2014.03.03
powered by ブクログ原文はおそらく面白いものであるとの想像はつくのだが、訳のこなれてなさがそれを損なっている 違う訳者で読んでみたい
0投稿日: 2014.02.15「人間はとてつもなく哀しい時には笑うしかない」そういうものだ。人生の指南書。
「神よ願わくば、 私に変えることのできない物事を受けいれる落ち着きと、 変えることのできる物事を変える勇気と、 その違いを常に見分ける知恵とを授けたまえ。」 ・・・この言葉は私の人生の座右の銘と言っても過言ではないほどに 影響を受けています。バイブルでしょうか。 とても気になり調べてみると・・・。 神学者 ラインホールド・ニーバーによって執筆された無題の祈 りの言葉が、その後AA(アルコール依存症回復のための自助グ ループ)やNA(麻薬依存症回復のための自助グループ)などに よって唱和されるようになり、現在では、「平安の祈り」などの 名で知られているらしい。 「明日に向かって撃て」のアメリカンニューシネマの巨匠ジョージ ・ロイ・ヒル監督によって映画化もされており、カルト ファンも多く 深夜放送で観て感動した記憶があります。
0投稿日: 2014.01.08
powered by ブクログ奇想天外に物語は浮遊するし、そういうものだという諦念に全体は支配されているが、戦争の悲惨さ、不条理さ、人類の愚かさについて、しみじみと考えさせられる表現だと思う。
0投稿日: 2013.10.31
powered by ブクログ再読。読むたびに感慨が深くなる。生きていく中で経験する悲喜こもごもは、本当に取るに足らない。しかし諦念でも斜に構えるのでもなく、受容して笑えればそれなりに愛しい・・。人により感想は大きく変わるのだろう。こういう読後感は他にない。
0投稿日: 2013.10.30
powered by ブクログ面白かった!今まで読んだヴォネガットで一番かもしれない。『タイタンの妖女』や『ローズウォーター〜』と繋がってたり、ヴォネガット作品のエッセンスをたっぷり詰め込んでいる感じで、これ一冊でヴォネガットがわかる!今なら『タイムクエイク』を楽しく読める気がする。2011/426
0投稿日: 2013.10.07
powered by ブクログヴォネガット初体験に購入した「タイタンの妖女」を一時中断して読み始めた本作(「タイタン~」は序盤で何故かなかなか波に乗れなかった。電子書籍で買ったけどそれが慣れなかったからなのか)。 本作をヴォネガット再挑戦に選んだきっかけは有名な「ニーバーの祈りの言葉」の引用に感銘を受けて。その初出のシーンは想像していたのとはだいぶ違って何故か吹き出した。(ちなみに二度目に出てくるシーンは、そう、祈りたくなる) しかし読んでいる途中からだんだん離人感に襲われてどう読んでいいものか、お話の着地点が全く予想できないのが不安なまま読み進めた。ただ大事な人から手渡された本なので、どうしても読みきりたかった。 正直よくこんな……風変わりな反戦小説(と言っていいものか。私はいまだに何がSFで何がSFじゃないのか線引きが苦手である)を書けたものだと頭がクラクラしている。グロくて下品でナンセンスな描写もある。笑うとまではいかないけれども、馬鹿だな、と思う。馬鹿だな。 ビリーになにか声をかけたくなるけれど、一体彼に何を言ってあげることができるかというと、何も無い。何も言えることは無い。 「何も言えることは無い」ということを言葉で表現した稀な作品。 読み終わった今、なぜか胃が痛い。関係無いかもしれないが。
2投稿日: 2013.10.04
powered by ブクログカート・ヴォネガット・ジュニアの本は何度か手に取ったはずだが、読み切ったのは初めて。何か相性が悪いのだろうか。 本書のことを語った評論も何度か目にしたこともあるし、ドレスデン爆撃の自己体験を語っていることも時間が逆流する爆撃のシーンのことも知っていた。 悲劇を悲劇らしく語るのが苦手なのかと思う。 何度も繰り返される「そういうものだ」のフレーズ。シロップ工場でつまみ食いをし、甘味に涙を流す主人公たち。アメリカ軍でもそうなのかと意外な感じ。そうした戦争の馬鹿馬鹿しさ、残酷さがゴロリと目の前に転がされる。その後の運命を知りながら、その登場人物のエピソードを読む。諦めのような感覚。 しかし、正直な感想を云えば、主人公が気が狂って、宇宙人に誘拐されたと妄想し、時間認識がおかしくなったと読む方が普通かなと思う。 どうしてこの様な形で語られなければならないのか、よく判らない。トラルファマドール星からの帰還もモンタナと赤ん坊のその後のことも語られない。どうしても中途半端な印象は拭えない。
0投稿日: 2013.08.18
powered by ブクログ映画もよかった。小説では時空がころころ変わるところがちょっと追いづらかったけど、映画ではカットががらっと切り替わった瞬間、時間あるいは場面が変わったと自然に認識できるので時空の混乱が少ない。そういう媒体による違いも面白い。
0投稿日: 2013.07.21
powered by ブクログカート・ヴォネガット・ジュニア。 高校生のころから名前は知っていたけど、実は読んだことなかった。こんなシュールでナンセンスでハイブリッドでイカれた作品を書く人だとは。 きっと、高校生のころに読んでいたら、ずっぽり嵌まっていたと思う。でも、人生42年も過ぎると、現実の方が小説より奇だったりして、大抵のことには驚かなくなってしまう。感受性が鈍りきっている証拠だ。 そういう自分を自覚するためだけにも、定期的にカート・ヴォネガット・ジュニアの作品を読むのはいいかもしれない。
1投稿日: 2013.06.28
powered by ブクログ元々この本を知ったのは、名作美少女ゲームの「おとボク」でサウンドテストに使われていた「幸福の瞬間だけに心を集中し 不幸な瞬間は無視するように 美しいものだけ見つめて過ごすように そう教わりました」という台詞からだけど… 実際その台詞を主人公が発するまでには諦念や哀切の感情もたくさんあったことが、作中度々繰り返される「そういうものだ(So it goes.)」という文からもよく伝わった。 人間観というか、悲しいことが多い人生の中での個人的幸福論で、読後とても感傷的になった。本編とは関係ないが、主人公がオフィスに飾っていた有名な「ニーバーの祈り」という文が衝撃的でとても心に響いた。仕事とかリアルの交友とは別に、自分の生き方として目指すべき価値があると思う。
0投稿日: 2013.05.26
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
Kurt Vonnegut の代表作(個人的には奇作『タイタンの妖女』の方が好き)にして、20世紀米国文学を代表する作品の一つに数えられる傑作だが、この歳になってようやく初読。それも Kindle でセールをやっていたお陰で。 当時、あまり知られていなかったドレスデン大空襲(一説によれば、その規模は東京大空襲を遥かに上回ると言う)をメイン・モチーフに据えて、フィクションとノン・フィクションが時代を越えつつ複雑に入り混じる著者の半自伝的小説。 翻訳は、当時 英米 SF の翻訳と言えばこの人という伊藤典夫。訳者解説は単なる解説を通り越して Vonnegut の優れた評論となっており、これを読むためだけにでも本を購入する価値がある。1973年に出版されたときの邦題は「屠殺場5号」。直訳とは言え名訳なのに、5年後に文庫入りした際には屠殺に関わる言葉狩りの影響を受けてか「スローターハウス5」に改題してしまっている。So it goes.
0投稿日: 2013.05.06
powered by ブクログ半分ジャケ買いみたいな感じで、いやドレスデン爆撃に関する話とはもちろん知った上だけれども、表紙のイラストと片仮名のタイトルからなんとなく抱いたイメージでもって読み始めたら、エライ面食らった。 改題前の「屠殺場5号」だったら絶対読んでないよ。 んーでも面食らったんだけど、読み終わって表紙見ても違和感はない。主人公の時間旅行に合わせて、なんかフワフワして縛られない感じが心地良い小説でした。
0投稿日: 2013.04.23
powered by ブクログたんたんと続く物語。SFとしての面白さはわからなかったが、時間、人、死ぬことについて書いたのだと思う。「そういうものだ。」
0投稿日: 2013.04.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
SFとは「すこし不思議」という説も個人的には支持できるけど、一般的には「サイエンスフィクション」なのだ。 SFはフィクションなので、本当の話ではない。SFには、「すこし不思議」を提唱(?)した藤子先生の『ドラえもん』みたいに、夢があって、本当の話だったらいいのになあ、と思えるタイプのフィクションと、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』のように、本当の話じゃなくてよかったなあ、と思うタイプのフィクションとがある(ただし前者は夢のような道具を手にしてつい調子に乗ってしまい、失敗する話が多いし、後者は現実がその虚構に追いつこうとしていることを警告するものだったりするのだけど)。 さて『スローターハウス5』は、SFではあるけれど、まったくのフィクションではない。主人公ビリー・ピルグリムは、捕虜としてドレスデンの大空襲を経験したヴォネガットの分身で、SFでありながら半自伝的であるという、だいぶ変わった作品だ。 ビリーは時間旅行をするようになる。しかし、のび太君の机の引き出しの中にあるタイムマシンのように、好きなときに好きな時代にいけるわけではなく、突然発作的に時間旅行をしてしまうという、やっかいな時間旅行者になってしまうのだ。(これを「けいれん的時間旅行者」と呼んでいる) その中でビリーは何度も自分の誕生や死を経験したり、トラルファマドール星人というすべての時間を見ることができる宇宙人に出会ったりする、ざっくり言うとそんなお話。全体的な雰囲気としては、シニカルでおかしな作品だ。 トラルファマドール星人にとって、死は悲しくない。戦争もべつに悲しくない。好きな時間を見ることができるので、楽しくて平和な時間だけを永遠に見続けていればいいからだ。見ることはできるが、過去や未来を変えることはできない。なぜって「そういうものだ」からだ。彼らの考え方では死も戦争も宇宙の滅亡さえも、すべてそれでカタがつく。 そういうものだ、そういうものだ、そういうものだ。作中、誰かの死に出会うたび、執拗に繰り返される言葉だ。 だけど、本当に「そういうものだ」ろうか。この物語は、フィクションだ。わたしたちはやっぱりどうしたって、死んだ人には二度と会えない。いまもどこかで起こっている戦争に目を瞑って、平和な世界ばかりをみているわけにはいかないんじゃないかと思わされる。『スローターハウス5』は、シリアスな作品ではないけれど、ある意味ではそういった作品よりも、訴えてかけてくるものが大きい作品だ。 それにしても、本当に「そういうもの」だったら、楽なのにな。 何しろフィクションだからなあ。 原題:Slaughterhouse-Five
0投稿日: 2013.03.26
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
引き込まれて仕事と育児の合間をぬって3日で読んでしまった。何がなんだかわからない箇所もあり、面白いんだかよくわからないけれどインパクトは絶大。「 そういものだ」という言葉を聞くたび、この本を思い出すような気がする。 伝えたいことを直接書かないことで、逆に強く読者に訴えかける手法。「そういものだ」に込められた思いを私は受け止められたかな。
0投稿日: 2013.03.22
powered by ブクログああ、カート・ヴォネガット・ジュニアはこういうことが書きたいんだな、ということがようやく腑に落ちました。 「そういうものだ(So it goes)」について。 私は病気をして「そういうものだ」と思いました。 ヴォネガットは、"So it goes."と書いています。 そういうものなんだと思います。
1投稿日: 2013.01.31
powered by ブクログすべてのページにあるんじゃないかって勢いで、「そういうものだ」(So it goes)を繰り返すビリー・ピルグリム。けいれん的時間旅行者である彼が主人公だが、医者として過ごした次には第二次世界大戦の現場にいたり、異星人の動物園にいる。 半自伝的小説とあるように、作者の経験そのままのような物語が第二次世界大戦のパートでは語られている。 理不尽なんて言葉では言い表せないような境遇の主人公なのに、読み終わってから感情があったかどうか思い出せないほどの無個性っぷり。それはあらゆる理不尽や悲惨な光景を、「そういうものだ」の一言だけでスルーしてしまうから。 溢れる感情を抑えながら語るのではなく、ほんとうに、ただ「そういうものだ」とだけ淡々と思っているみたい。作者にとってはこの小説を書くために必要な適応であり、作中の主人公にとっては生きる上での必然なのか。 思い出したのは古川日出男の『馬たちよ、それでも光は無垢で』。作者自身の震災関連の経験を、あえて小説の形にしたものだったけど、こちらも試みとして少し似ている。 トラルファマドール星の動物園のパートの意味がよくわからないので考えたい。
0投稿日: 2012.12.27
powered by ブクログ相変わらずの荒唐無稽 良いなぁ~! ヴォネガットさんの、確固たるメッセージがありながら、 そのメッセージをSFという手法で薄めるやり方がすごい好きです 直接語られた言葉ほど陳腐なものもありません ユーモアの陰に大切な事が散りばめられた素敵な本でした
0投稿日: 2012.12.07
