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スローターハウス5
スローターハウス5
カート・ヴォネガット・ジュニア、伊藤典夫/早川書房
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総合評価

167件)
4.0
53
58
37
6
1
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    このレビューはネタバレを含みます。

     SFとは「すこし不思議」という説も個人的には支持できるけど、一般的には「サイエンスフィクション」なのだ。  SFはフィクションなので、本当の話ではない。SFには、「すこし不思議」を提唱(?)した藤子先生の『ドラえもん』みたいに、夢があって、本当の話だったらいいのになあ、と思えるタイプのフィクションと、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』のように、本当の話じゃなくてよかったなあ、と思うタイプのフィクションとがある(ただし前者は夢のような道具を手にしてつい調子に乗ってしまい、失敗する話が多いし、後者は現実がその虚構に追いつこうとしていることを警告するものだったりするのだけど)。  さて『スローターハウス5』は、SFではあるけれど、まったくのフィクションではない。主人公ビリー・ピルグリムは、捕虜としてドレスデンの大空襲を経験したヴォネガットの分身で、SFでありながら半自伝的であるという、だいぶ変わった作品だ。  ビリーは時間旅行をするようになる。しかし、のび太君の机の引き出しの中にあるタイムマシンのように、好きなときに好きな時代にいけるわけではなく、突然発作的に時間旅行をしてしまうという、やっかいな時間旅行者になってしまうのだ。(これを「けいれん的時間旅行者」と呼んでいる)  その中でビリーは何度も自分の誕生や死を経験したり、トラルファマドール星人というすべての時間を見ることができる宇宙人に出会ったりする、ざっくり言うとそんなお話。全体的な雰囲気としては、シニカルでおかしな作品だ。  トラルファマドール星人にとって、死は悲しくない。戦争もべつに悲しくない。好きな時間を見ることができるので、楽しくて平和な時間だけを永遠に見続けていればいいからだ。見ることはできるが、過去や未来を変えることはできない。なぜって「そういうものだ」からだ。彼らの考え方では死も戦争も宇宙の滅亡さえも、すべてそれでカタがつく。  そういうものだ、そういうものだ、そういうものだ。作中、誰かの死に出会うたび、執拗に繰り返される言葉だ。  だけど、本当に「そういうものだ」ろうか。この物語は、フィクションだ。わたしたちはやっぱりどうしたって、死んだ人には二度と会えない。いまもどこかで起こっている戦争に目を瞑って、平和な世界ばかりをみているわけにはいかないんじゃないかと思わされる。『スローターハウス5』は、シリアスな作品ではないけれど、ある意味ではそういった作品よりも、訴えてかけてくるものが大きい作品だ。  それにしても、本当に「そういうもの」だったら、楽なのにな。  何しろフィクションだからなあ。 原題:Slaughterhouse-Five

    0
    投稿日: 2013.03.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

    引き込まれて仕事と育児の合間をぬって3日で読んでしまった。何がなんだかわからない箇所もあり、面白いんだかよくわからないけれどインパクトは絶大。「 そういものだ」という言葉を聞くたび、この本を思い出すような気がする。 伝えたいことを直接書かないことで、逆に強く読者に訴えかける手法。「そういものだ」に込められた思いを私は受け止められたかな。

    0
    投稿日: 2013.03.22
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    ああ、カート・ヴォネガット・ジュニアはこういうことが書きたいんだな、ということがようやく腑に落ちました。 「そういうものだ(So it goes)」について。 私は病気をして「そういうものだ」と思いました。 ヴォネガットは、"So it goes."と書いています。 そういうものなんだと思います。

    1
    投稿日: 2013.01.31
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    すべてのページにあるんじゃないかって勢いで、「そういうものだ」(So it goes)を繰り返すビリー・ピルグリム。けいれん的時間旅行者である彼が主人公だが、医者として過ごした次には第二次世界大戦の現場にいたり、異星人の動物園にいる。 半自伝的小説とあるように、作者の経験そのままのような物語が第二次世界大戦のパートでは語られている。 理不尽なんて言葉では言い表せないような境遇の主人公なのに、読み終わってから感情があったかどうか思い出せないほどの無個性っぷり。それはあらゆる理不尽や悲惨な光景を、「そういうものだ」の一言だけでスルーしてしまうから。 溢れる感情を抑えながら語るのではなく、ほんとうに、ただ「そういうものだ」とだけ淡々と思っているみたい。作者にとってはこの小説を書くために必要な適応であり、作中の主人公にとっては生きる上での必然なのか。 思い出したのは古川日出男の『馬たちよ、それでも光は無垢で』。作者自身の震災関連の経験を、あえて小説の形にしたものだったけど、こちらも試みとして少し似ている。 トラルファマドール星の動物園のパートの意味がよくわからないので考えたい。

    0
    投稿日: 2012.12.27
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    相変わらずの荒唐無稽 良いなぁ~! ヴォネガットさんの、確固たるメッセージがありながら、 そのメッセージをSFという手法で薄めるやり方がすごい好きです 直接語られた言葉ほど陳腐なものもありません ユーモアの陰に大切な事が散りばめられた素敵な本でした

    0
    投稿日: 2012.12.07
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    こんなことを言っては元も子もないのですが、とても面白い作品です。 構成や着想は当然ながらヴォネガット的で、ブレがありません。そして他の作品にも登場するあの人やこの人もいます。 途中、この作品のリズムに乗り切れず、ちょっと放棄しかけたのですが、「写真がトラルファマドール的である」ということを理解できたとき、すんなり読めるようになりました。 ドレスデン爆撃に関する記述を読んでいると、心が内側から削られるようでした。東京大空襲みたいな感じだったのでしょうか。ヴォネガットにとって人生を左右するほど重要なファクターだと思いますが、他の部分と同様、非常にドライに描かれています。ただ少し、感傷的にはなっていますが。こういう、消そうとしても匂い立ってくるもののある作品が、個人的には好きです。

    1
    投稿日: 2012.12.06
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    『タイタンの妖女』以来、2冊目のヴォネガット。『タイタンの妖女』を読んだのが確か高3だからかなり久しぶり。ヴォネガットらしい(といっても記憶が曖昧だけど)あっちへ行ったりこっちへ行ったりというストーリー展開は、とてもじゃないけど頭の中でプロットが整理できない。でも、読んでいて心地いい。それにしみったれた教訓話ってわけでもない。もちろん、幾度と無く「そういうものだ」って文中に出てくるように、物事をあるがままに受け入れるという姿勢は、この本の一種の教訓なのだろうけど。まぁ説教臭くないから良し。これを機に、近いうちにまたヴォネガット本読もうかな。

    0
    投稿日: 2012.11.05
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    この著者の作品の中では一番自分の肌に合った作品。 世界を斜めに見まくってる感がすごいです。 そんな中でもこの作品には心のどこかから切なくさせられました。 未だにその震源は確かめられてないですが。

    0
    投稿日: 2012.10.23
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    カート・ヴォネガットの半自伝的反戦小説で、戦争の悲惨さがユーモアとSF的展開で描かれている。生々しい表現は使われていないけど、ユーモラスな語り口だからこそ余計にその裏にあるやるせなさとか哀しみが際立っている。 この小説の中では悲惨なことが起こる度に"そういうものだ"という台詞が出てくる。人はあまりに残酷な現実をつきつけられると、なんでこんなことが?とかなんで私が?とかって考えてしまうけれどそこには理由なんてひとつもないということだと思う。過去は勿論現在も未来も変えられない。物事を受け入れる落ち着きというよりもはや諦め。人生の良い時だけを眺めて生きよという言葉は、本当の不条理に遭遇したヴォネガットがそれでも生きるためにたどり着いた境地なのかもしれない。

    1
    投稿日: 2012.10.20
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    文体が好きだ。 現代の巨大な力に、ユーモアで応じようとするところ。 カラマーゾフの兄弟では、「足りない」。 「すてきなうそ」をつかないと、生きてくのがいやになっちゃう。 村上春樹的。「そういうものだ」 (オーウェルは、まじめすぎると思う) タイタンの妖女もそうだけど、未来がどうだろうが、今の自分を受け入れるみたいな、諦観的なところが、一貫して描かれている。 自由意志、にこだわる人をあざけるかのような。 ヴォネガット自身、トラルファマドール星人なのかもしれない。

    0
    投稿日: 2012.09.28
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    名前だけは聞いたことのあるヴォネガット氏の代表作。なかなか読む気になれなかったのですがこの間タイタンの妖女を読んで面白かったので読んでみました。読んでいて作者の達観と言うか諦観のようなものを感じました。ものすごいシニカルな本だなあと思いましたが何となく考えさせられる本でした。 人間なんて卑小な存在に運命を変えるとか未来を変更するとか世界を改変するとかそんな力があるものなのか?人の命は世界より重いなどと言いつつ戦争が起きる。人の命が何の意味もなく失われていく。人は死ぬ。そういうものだ。 この話を読んで大学の時に受けた経済学の講義を思い出しました。 「人はパンのみに生きるにあらず」とありますが人はパン(食糧)が無くては生きていけない。それを重々承知でだからこそパンのみに生きないのだ、という決意の表れなのだ、と教授が熱弁しておりました。表現と主旨は違いますがそれと同じことを言っているような気がしました。 いかに人が卑小な存在でもその未来に絶望するでもなく、自分の運命をきちんと生きること。そして世界はきっと変えられると言う希望。そんなものを漠然と感じました。 まあでも時々鼻につく感じですね、「そういうものだ」は。So it goes が原文らしいですが訳って難しいものですね。そしてシンデレラの劇に出た人は多分フェアリーゴッドマザーだと思うのです。シンデレラの魔法使い役で良かったんじゃないかなあ。

    0
    投稿日: 2012.09.26
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    第二次大戦時ドイツに対して行われた、死者3万とも15万人とも言われるドレスデン爆撃。ヴォネガット自身も街の85%が破壊されたその余波を目撃しており、その体験を何とか語ろうとして語り切れなさを露呈したまま終わるのが何ともいたたまれない。SF小説の体裁を取りながらも登場人物は著者の過去の作品からの引用だし、プロローグやドレスデンでの体験は半自伝的でもある。となると、本書のSF要素でもある時間旅行は過去の追憶のメタファーか。So it goes(そういうものだ)、死者に対してこれ以上の言葉は、きっと嘘になる。

    0
    投稿日: 2012.09.11
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    主人公のビリー・ピルグリムは、けいれん的時間旅行者。異星人との接触により、時間のなかに解き放たれた彼は、自らの生涯の過去と未来をランダムに行き来します。 ある時は大富豪の娘との幸福な結婚生活を楽しみ、またある時は、異星人に誘拐される時間を振り返る。自らの死をも体験する時間旅行のなかで、彼は、第二次世界大戦下、ドイツ軍の捕虜となり、連合軍によるドレスデン無差別爆撃攻撃を経験します。 一連の時の迷宮をさ迷う果てに彼が見たものとはなにか… 本書は、著者自身の戦争体験をまじえた半自伝的作品です。 物語の中心は、やはりドレスデンでの戦争体験。そこで起こる描写の数々は、著者が現実に経験した出来事なのでしょう。 読んでいてまっ先に感じたことは、この小説に登場する人物には感情が見当たらないということ。感情というよりも、意志の方が正しいのかもしれない。いづれにせよ、ただ淡々と配役をこなしている印象を受けた。 著者にしても、ビリーに自らを投影して当時の思いを吐露するというのではなく、観客席に座って本公演を鑑賞し、かつての出来事を冷静に顧みている─そんな姿が目に浮かんだ。 一方、ビリーからは「人生とはそういうものだ」という達観した態度が見られた。 すべての時間を往来する彼だからこそ到達できるポリシーなのかもしれないが、実は、この不条理な出来事に対する諦観やペシミズム的な姿勢こそが本書の主題だと思う。 そう考えると、末尾にて紹介する作中の言葉は、そんな厭世観のなかで生きる希望を、読者(若しくは著者自身)のために表現したように思える。 ただ、その希望はどこかで現実味がなく、夢かまぼろしのように儚く感じられてしまうのは、著者が狙った皮肉なのだろうか… うーん。 著者といえば「タイタンの幼女」とか「猫のゆりかご」とか有名な作品が他にもあるのに、なぜ初読をこの自伝的小説に選んだのか、自らの選択に少し疑問。自伝って、ある程度その作者の作品を読みとおした果てに、回顧と発見の意味を含めて読むのがセオリーなのに… しかし、著者のどこか達観した姿勢と書きぶりは、なかなか癖になりそうだ。 ▼以下、作中で特に記憶に残った言葉。その希望は、燦然と輝くのではなく、虚ろに燃える灯のように儚い。 「神よ願わくばわたしに変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵をさずけたまえ」 「幸福な瞬間だけに心を集中し、不幸な瞬間は無視するように-美しいものだけを見つめて過すように、永劫は決して過ぎ去りはしないのだから。」 「一瞬一瞬は数珠のように画一的につながったもので、いったん過ぎ去った瞬間は二度と戻ってこないという、われわれ地球人の現実認識は錯覚にすぎない。」

    0
    投稿日: 2012.09.08
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    友人のすすめで読んでみました。。作者のヴォネガット氏の戦争体験と空想的逸話をつなげた不思議な感覚の小説でした。 第二次世界大戦末期の頃、東京大空襲の少し前あたりでしょうか、ドイツの都市ドレスデンで連合軍による無差別攻撃が行われ、短期間に都市は壊滅しました。その同じ年に広島に落とされた原子爆弾に匹敵するような犠牲者が出た悲惨な出来事だったようです。この小説は1960年代に刊行されましたが、初めのタイトルは「屠殺場5号」となっていたようです。これは主人公のビリー・ピルグリムが捕虜として連れていかれた建物の住所です。ビリー・ピルグラムは次の行先をみずからコントロールする力のない「けいれん的時間旅行者」という設定なので、自分の誕生と死を何度も経験しています。そのため、このスローターハウスに連れていかれた時もこの先起こる悲惨な出来事がすでにわかっているのでした。 この時間旅行という概念とユダヤ人のアウシュビッツの強制収容所と重なるような残虐な行為の記述は、タイムマシン物が流行ったこの頃の年代が持つ特有の回想に加え、「夜と霧」や「アンネの日記」それから「収容所列島」など、戦争に関連した文学に触れた昔の記憶が甦るものでした。それだけに若い頃に読んでいれば、もっと鋭敏な感性で読むことできたのにと思いました。 ビリーはさらに驚くべきことに空飛ぶ円盤で連れ去られ、地球からはるか遠く離れた星に住むトラルファマドール人たちとも交流を持ちます。この異星人たちも何故か懐かしい宇宙人たちで、その姿は言わずと知れた全身緑色なのでした。 この異星人たちから彼は貴重な時間に関する考え方を学びます。それは戦争や災害など不条理な場面で地球人が口にする「どうして?や・・何故・・?」の言葉を打ち消すものでした。・・時間は決して変わることはない。予告や説明によって、いささかも動かされるものでない。それはただあるのだ。という一文を目にして脳裏を去来するものがありました。 それは、東日本大震災で生き残った方たちは、どうして自分だけが助かったのだろう・・とか何故あの人が死ななくてはならなかったのか・・など何度も反芻していることです。この小説で繰り返される不条理な場面には、その度に何度も何度も「そういうものだ」という決まり文句が出てきます。 私たちにはどうすることもできない、大いなる神の意思ともいうべき圧倒的な現実が目の前にあるとき、こうした乾いた情念が人を我に振り返らせるきっかけになるのでしょうか。「そういうものだ」とただつぶやくことで・・

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    投稿日: 2012.09.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「神よ願わくば私に変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵とをさずけたまえ」 この言葉が妙に心に残った。過去も未来もすべて俯瞰でき、そして変えることができたとしてもそれに何の意味もないとしたら、われわれが生きる意味などどこにあるのだろう?

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    投稿日: 2012.07.04
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    「そこに見るドレスデンは、鉱物以外に何もない月の表面を思わせた。岩石は熱かった。近隣の人びとは一人残らず死んでいた。そういうものだ。」 人生の悲惨さ。時間の偏在。何て卑猥なんだ。

    0
    投稿日: 2012.06.14
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    本日読了。 不思議なのだが、田中小実昌氏の一連の戦争体験小説と同質の印象を抱いた。 片や敗戦国軍人、片や戦勝国軍人、 片や、「ひとのはじめとおわりに関与するなど、神のすることではないか。・・・物語をかってにつくってしゃべっていたのだ。」と徹底したアンチ物語主義を貫き、片や、未知の惑星人に捉えられた「けいれん的時間旅行者」に徹底的な不条理劇の舞台を用意している、にも関わらずだ。 敗戦直後の大陸行軍やドレスデン爆撃といった圧倒的な惨状に投げ込まれた人たちには、もはや悲しみも無く、恐怖さえ失い、諦観の先に乾ききったアイロニーの砂塵が舞うだけなのだろうか。 SFというスタイルだが、正面から反戦を描いた作品。 副題「子供十字軍、死との義務的ダンス」・・強烈。 1969年アメリカ。

    0
    投稿日: 2012.05.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    七尾旅人の「八月」の歌詞に、 「プーティーウィッ?」というこの小説の一節が使われている、 というので読もう読もうと思っていて今に至ります。 内容の前知識がなかったため、かなりびびりました。 SFですね。 いやー「タイタンの幼女(ロリコン!)」 もとい「タイタンの妖女」がSFなのは知ってたのですが、 最初は普通に戦争ものかしら、 と思って読んでたので、 それがわかる箇所では、 時空が歪むような酩酊感に襲われ、 こういう導入部を書けるのはすげーな、 と感心いたしました(上から失礼)。 読み終えたあとの印象は、 かえしの鋭い釣り針のような作家だと思いました。 面白いのか面白くないのかまだ判然としないけれど、 魚の小骨が喉に引っ掛かっているような感覚があります。 「死」に触れるごとに(生物でも静物でも)繰り返される、 「そういうものだ」という文言は、 そのコンテクストごとに違った色合いを見せているように思います。 時には諦め、 時には悲しみ、 時には笑い、 短いセンテンスの中に、 多様性が満ち満ちていることを感じさせてくれています。 この言葉は、 四次元(三次元+時間)を眺望することができる、 「トラルファマドール星人」の死生観でもあるのですが、 少し気になるのは、 時間を一望できない地球人に、 この死生観は理解できないであろう、 ということです。 たぶん筆者は、 「手の届かないものに手を伸ばす」 という運動そのものを大切にしているのかもしれません。 それは換言すれば、 「死者について考える」 ということだと思います。 だから、 この本が戦争小説として卓越している部分は、 語らずにおくことによって、 還ってそれが闡明に浮かんでくる、 という逆説的な方法を取っているところではないでしょうか。 また、 主人公の「ビリー・ピルグリム」は、 明らかに「ピルグリム・ファーザーズ」であるので、 時の巡礼者としての名に相応しいものでしょう。 この話が決定論的な見方で書かれているのは、 そうしたキリスト教的な背景があるからだと思いますが、 現在は、 確率論的な複雑系(バタフライ・エフェクトとか)で語られることが多く、 わたしも決定論には与さない人間です。 だから、 「トラルファマドール星人」的な死生観に、 多少なりとも違和感を持たずにはいられません。 つらつらと書いてしまいましたが、 なんだか今日は、 書きながら思わぬ発見をしてしまいました。 人生はそういうものかもわかりませんね。

    0
    投稿日: 2012.05.04
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    これは何度か読み返しても面白いと思う。(難しく理解できないから、という意味ではなく。) ユーモア溢れた戦争小説。 自身の第二次世界大戦での経験を、時系列を無視した展開で引き込んでいくところがいい。

    0
    投稿日: 2012.05.01
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    時間の移動がいかにも技巧的、飛び道具的、というかまとまりなく前半は読んでいて不安定であった。 しかしその時間と時間とがじょじょに世界を形成してゆく。 その世界の地面には、決定論について、戦争について、言いたいことはやまほどあるけど言語化すると陳腐になっていまうという著者の葛藤があるし、その世界の川には「そういうものだ」という諦観がある。しかし何らかのメッセージを結実させるために時間の交錯で世界を形成してゆく。見事な小説であった。

    0
    投稿日: 2012.01.27
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    本書主人公ビリー・ピルグリムは、「けいれん的時間旅行者」となり 「戦時中の自分」「捕虜としての自分」「結婚生活の自分」「異星人に誘拐されてトラルファマドール星の動物園に収容されたときの自分」など過去・現在・未来を行ったり来たりする。 物語の着地点が見えず、どこに向かっているのかいまいち把握できなくて不安を覚えた。 Wikiによると 「この本が出版された時には、ドレスデン爆撃はまだ広く知られておらず、退役兵や歴史学者によって語られることもほとんどなかった。この本は、爆撃の認知度を高め、大戦中の連合国によって正当化された都市空爆の再評価へとつながった。」とのこと。 社会の不条理を、SFという形でユーモラスかつアイロニカルに表現したという点ですぐれた小説ではあるのだろうが、読者であるわたくしの理解力が不足してか、あまり「おもしろい」という印象はなかった。

    0
    投稿日: 2012.01.24
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    けいれん的時間旅行者、空飛ぶ円盤、ドレスデン無差別爆撃、キリスト、トラルファマドール星…戦争とSFが入り混じり、時代を飛び飛びで追い、不思議な登場人物が完璧に描写されている…おもしろい! この作品の空気感は「そういうものだ」という言葉に集約されると思う。 カート・ヴォネガット・ジュニアの作品はこれが初めてだけど、他のも読みたいと思った。

    0
    投稿日: 2012.01.06
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    うーん、本の面白さというか、凄みがいまいち分からなかった 完全に汲み取れてないだけだと思うので、再読が必要 映画もあるみたいなので見よう

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    投稿日: 2011.12.31
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    SFと簡単にひと括りにする事が出来ない、作者の経験や思想や哲学が存分に詰め込まれた壮大な物語。 ヴォネガットの他の作品を読んだ後に、もう一度読みたい。 大事に読みたい、深く理解したいと思う作品。

    0
    投稿日: 2011.12.03
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    作者自身の体験を交えた物語。ビリーはその名の通り、現在過去未来を当て所なく彷徨う放浪者であり、巡礼者だった。 何度も時間を行き来する間、悟りを開いたように繰り返される“そういうものだ。”という言葉が次第に重みを増してくるように思った。

    0
    投稿日: 2011.11.06
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    250p強足らずの文庫本。腹持ちするというかなんというか・・・。しばらく後を引きそうな物語。同作者の「猫のゆりかご」とは、本気度の違いか。これを良しとするか悪しとするかは分かれるところ。(私は猫のゆりかごの方がずっと好きだ)でも書かざるを得なかった本なのだろう。

    0
    投稿日: 2011.10.30
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    タイタンの妖女と猫のゆりかごの間  タイトルは屠殺場のこと。ドレスデン無差別空爆の実体験を元にした作品。  もちろんヴォネガットらしく、時空を旅する能力を主人公に持たせて、少しSFチックに話を進める。  人生はすべて定められた運命の中だ。自由意志なんて発想そのものがおかしい。こんなところがテーマかな。  登場人物はきわめて多彩。前作タイタンで登場するラムフォード、トラルファマドール星人、本作の2作後に登場するローズウォーターにいつも出てくるトラウトとそれぞれが本作で重要な役割を演じているところが面白い。  ある意味で、初期のヴォネガット作品のエッセンスがここに詰まっているのかもしれない。ここでシチューのようにアイデアをグツグツ煮こんで後の作品を作ったのではないか。  また、ある意味では宇宙空間を舞台に時空を旅する「タイタンの妖女」を地球上で作り直したのが本作かもしれない。タイタンの妖女では、すべてがトラルファマドール星人の仕組んだものだった。それが運命だった。  本作では戦争の実体験を交えてリライトした作品かも。悲惨な戦争体験はすべて運命だったと信じたかったのではなかったか。もっといえば、ヴォネガットは最初から本作を書きたかった。タイタンの妖女はその下書きに過ぎなかったのかもしれない。 もっとも、それでも私はタイタンの妖女の方が好きだ

    0
    投稿日: 2011.09.16
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    とにかく上手くてずしりとくる小説は何かと言われれば、 ヴォネガットを読めとしか言いようがない。   『スローターハウス 5』 ようやく読了。   短編は兎も角として、長編小説は上手い小説が必ずしもベストだとは限らない。 長編小説を書くには、作家の思想だったり哲学だったり、ある種の覚悟といったもの否応なく求められるからだ。 その種の揶揄の対象となってきたのが、村上春樹だったり谷崎潤一郎だったり、或いは余裕派とくさされたあの漱石だったりする。 私見は別として。文学史的評価として。 一方で悪文を誹られながらもその思想性において、読者を獲得していった作家にドストエフスキーや大江健三郎がいる。 私見は別として。文学史的評価として。   何が言いたいかと言えば、要するに、余りにも簡単なことだけれど、長編小説はハードルが高いと言うことだ。 有史以来の数千年、星の数ほどの物語が産み落とされて、真に傑作と呼べる作品が幾つ在るだろうか。 長編小説とは即ち人間の精神性そのものであり、問題を孕んでいない作品などは存在し得ない。 逆に言えば、問題を孕んでいるからこそ、魅力があり、それぞれの人間にそれぞれの一冊があるのだと言えるのだろう。   僕の最も好きな作品は、『不思議の国のアリス』と言う永遠の例外を除けば、現時点でヴォネガットの『ローズウォーターさん あなたに神のお恵みを』になる。昨年読んだ。ヴォネガットは読み始めてまもない作家であり、まだ読んでいないヴォネガットの著作がいくつもあることは、惨めな生涯に残された数少ない希望である。 が、一般的に『ローズウォーター・・』はヴォネガットの最高傑作とは言い難い作品であることも間違いないだろう。『ローズウォーター』はあくまで僕の個人的な経験に基づく好みであり、ヴォネガットの最高傑作は『タイタンの妖女』か、この『スローターハウス 5』であると言うのが衆目の一致するところである。僕も異存はない。   『スローターハウス 5』は極めて優れた作品である。   まず、構成とユーモアがめっぽう上手い。極めて優れた短編小説でしか味わえない、飛躍、諧謔、或はトリックとも言える技巧がぽんぽんと飛び出てくる。文章を書くと言う病に取り憑かれた人間にとって、これほど勉強になる作家はいない。   そして、思想が簡潔にして明瞭である。 この物語の思想は次の通りである。   僕らは常に過去を生き続けているし、また常に未来を生き続けている。常に死に続けているし、常に生まれ続けている。人生の最良の時を見続けることが出来れば、幾分安らかに時を過ごせるだろう。 しかしそれが真実だったとして、何が救われるということではない。   (使いたくはないが) 「そういうものだ。」   この言葉にどれほどの説得力と諦めに似た諧謔があるのかは、小説という形でしか表し得ないだろう。   ーーロックンロールは、別に俺たちを苦悩から解放してもくれないし、逃避させてもくれない。ただ、悩んだまま躍らせるんだ。 とピート・タウンゼントは言った。 音楽は染める。 しかし文学は蝕む。 錆が鉄を駄目にするように。   幾ら音楽が有効なトランキライザーとは言え、文学の毒性が必要不可欠な理由はそこにある。 

    0
    投稿日: 2011.09.07
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    ポップなフィリップ・K・ディックなような気もする感慨深い作品。 そういうものだと言わざるを得ない苦悩。 広島については、日本人には少ししっくりこない感じが。 逆にドレスデンについて、 日本人がどれだけ知っているのかということだが。

    1
    投稿日: 2011.08.26
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    ドレスデン空爆を軸に、シニカルに淡々と語られる過去と未来を行き来する旅が愉しい。それと同時に人の死のたびに繰り返される「そういうものだ」という言葉の裏にある諦念にも圧倒される。戦争体験という語り得ぬものを語ろうとする反戦小説でもあるのかね。

    0
    投稿日: 2011.08.20
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    時間軸、概念、おしゃれな言葉。著者の得意とするところだろうし、それが読者に心にグイグイ刺さるんだろう。そういうものだ

    0
    投稿日: 2011.08.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    主人公は過去、現在、未来を行き来できるようになったという設定なので急に話が飛ぶ? 文は読みやすかったのですが一瞬自分もどこにいるのか分からなくなったな…

    0
    投稿日: 2011.07.23
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    主人公ビリーが深夜映画で空襲を逆向きに見る場面が美しい。寓話的な、でも真逆のような。 トラファマドール的にはひとはどれほど死にきっているように見えようと、我々は永遠にいき続ける。 そういうものだ、というようにすべてはもう決まっている。 わたしはそれにスッキリと解釈をあたえられなかったけど。 映画ではグレン・グールドのバッハが流れるらしく、それもみたいな。

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    投稿日: 2011.07.18
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    「『スローターハウス』シリーズの1~4巻がどこを探しても見つからない…」と思っていた人、恥ずかしくないから手を挙げなさい!(笑)大丈夫です、シリーズものじゃないです。『5』まで含めて作品名なんです。

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    投稿日: 2011.07.03
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    フィクションで間違いないが、ビリー・ピルグリムは間違いなくドレスデン空襲を経験した作者。KVらしいSF劇場と戦争描写の交錯は面白かった。

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    投稿日: 2011.05.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

     日本の小説を読んでいてもたまーにでてくる「そういうものだ」というフレーズ。  この言葉だけを聞くと「まぁしょうがないよね」「そういう運命なんだよ」といった諦めちゃった的印象を持ってしまうが、諦観の裏にある優しさなり美しさには心惹かれるものがある。

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    投稿日: 2010.12.22
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    So it goes. 「そういうものだ」 「神よ願わくばわたしに変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵とをさずけたまえ」 everything was beautiful,and nothing hurt.

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    投稿日: 2010.11.18
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    アメリカ60年代の作品のはず…。浮遊する精神。ヴォネガットのSF要素。極めて斬新な宇宙人の哲学。ピース。

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    投稿日: 2010.11.10
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    これも再読。 一回目より面白く読めた。自分はあんまり鋭い読者ではないから、面白さが分かるのに時間がかかる…。 トラルファマドール星人的な時間進行でヴォネガットさんのドレスデン空襲体験が語られる。時間が何回も遡ったり進んだりするけど、「ええと、これはいつの話だったけ?」てならないのは各時代に登場するわき役たちがとても印象的だからだと思う。 とくに憎たらしい登場人物たちは、本当に憎たらしく、でもどこか滑稽に書かれているので、読んでる途中に忘れてしまうことはなかった。 あと、ローズウォーターやキルゴアトラウトとか、他のヴォネガットさんの小説に登場してた人物がたくさん出てくるのも少し嬉しかった。 この話の中には(戦争の話だから)様々な死の話が出てくるけど、それらがすべて「そういうものだ」という言葉で締めくくられているのが印象的だった。悲しい死に方も、間の抜けた死に方も、イエスの死まで、すべて最後は「そういうものだ」という文章で終わっている。 たぶん、序盤で主人公が語っているように、「大量殺戮を語る理性的な言葉など何ひとつないから」なのだと思う。 そして、物語の最後は「プーティーウィ?」という鳥の鳴き声で終わる。 それにしても「トラルファマドール星人的に言うと、…」っていうジョークを一回言ってみたい。機会があればいいけど。

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    投稿日: 2010.10.29
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    【僕の勝手な解釈であり感想】 小説の主人公であるビリーピリグリムは著者のカートヴォネガットであり、 ヴォネガットは戦争によって、もしくは戦争とは程遠いが戦争がもたらした理不尽な死 そして妻の死、自分の死に対してまでも 受け入れようと していたのが すごく悲しい。 この小説には ランボーのような筋肉ムキムキでかっこいい軍人も グリーンデイのPVみたいなロマンチックドラマも 書いてない 出てくるのは、薄い粥のようなウンコをもらしたり、 歯が一個も無かったりするひと。 僕の周りに(僕自身)いる人が出てきて、 そのほとんどが、意味も無く、 一瞬で死んでいく。 だからまた悲しくてでも、それを受け入れようとしているビリーの「そういうものだ。」がまた悲しい その深い悲しさをヴォネガットは言いたいんだと思う 【そんな小説でいいと思った言葉】 神よ願わくばわたしに変えることのできない物事を 受け入れる落ち着きと 変えることのできる物事を変える勇気と その違いを常に見分ける知恵とをさずけたまえ 【恥ずかしながら】 小説を読んでこんなに笑ったり泣いたりしたのは初めてです

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    投稿日: 2010.10.17
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    小説冒頭で作者登場!この小説を書き上げる経緯や苦悩を切々と語る。第2章からやっと物語が始まったと思いきや、主人公ビリー・ピルグリムは時間に解き放たれる!時間旅行者ビリーは、自分の人生のあらゆる場面をアトランダムに訪問する。自分でコントロールすることはできない。そして、ついに彼は、トラファマドール星人に誘拐されて、トラファマドール星の動物園に入れられて、見世物にされるのだ!彼の見ている世界は本当なのか(SF)、それとも戦争体験のトラウマによる幻覚なのか。小説が終わってもなお、彼は自分の誕生日を、死を、戦争場面を、そしてトラファマドール星を巡礼(ピルグリム)し続けるのだ!「そういうものだ」 (九州大学 大学院生)

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    投稿日: 2010.10.11
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    失望、あきらめ、大人、優しさ、を強く感じた。「そういうものだ(So it gose)」ということばに、この4つが言い表されている感じ。戦争のことを、本で読んだり映画で見たりして知識やイメージは持っていても、実際に体験した人は「知ったような顔するな」って思うんだろうなぁ。 『「おやすみ、アメリカのかたがた」と、彼はドイツ語で言った。「ぐっすり眠りなさいよ」』

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    投稿日: 2010.07.18
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    書き手によっては相当に難解で分かりづらくなる設定とストーリーなのに(実際、この表題作に対する一般的な評論とかを見ると、さぞや敷居の高い作品に思えてしまうw)、とても明快で簡潔な読み心地なのです。 これを読んで以来、作品そのもの以上に、ヴォネガットその人に強烈に心を魅かれていますv ユーモアとウイットは、真摯に人生をとらえる人にほど似つかわしく、必要なのなのだと、再発見した気がします。

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    投稿日: 2010.04.19
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    「ドレスデン空爆」を取り扱った作品と云うことで読み始めた作品ですが、内容は驚く程に軽妙。 かえってそれが悲劇性をもたらしているような気がします。 昔見た、岡本喜八監督の「血と砂」も喜劇から悲劇へと変わっていく方法で、観終わった後、やるせない気持ちになった記憶が…。 (そういえば、この監督も兵役の経験があったのでは?) しかし、この作品の救いのある所は、 「人生のよい部分だけを見ていけばいい」 その部分が本当に救い。 後、キルゴア・トラウトの小説のあらすじでしょうか。 かなりブラックで笑えました。

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    投稿日: 2009.11.21
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    この小説を読むと、無力感に襲われる。 だけど、その無力感は、そんなに不快ではない。気持ち良いくらいだ。 自己が肥大した窮屈な(自殺したくなるような)想いを、吹き飛ばしてくれる。 自分が思うほど、自分は大きくない。宇宙は広く、自分は小さい、そしていつも風が吹いてる。そういうものだ。それを楽しみたい。

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    投稿日: 2009.11.06
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    ヴィネガットのユーモアには何度助けてもらったことか。どんなときだって笑いがあれば何とかなります。どんなにネガティブな自分も、弱い自分も、絶望も、孤独も、不安も、恐れも、笑いに変える力をくれます。あれこれ細かいことは笑ってから考えたっておそくはないです。

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    投稿日: 2009.10.29
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    適当に考えたことを。。 普通小説というものは、「時間性」がある程度固まっているものなのよね。小説ってのは24時間すべてを記録したものではなく、ある程度恣意的に、線的な時間の中で組み立てられたものが大半。あとは小説構成上、作者によってある程度大きな枠組みで区切られて、前後することがある程度。 まぁつまり小説の中での時間の概念というのは、ある程度メタ的なのです。そこは作品のものではなく作者によるもの。小説の中の時間性はメタ=作者の介在の大きな証左なのだな。 ところがこの小説では、その時間性が「物語の中で」機能している。ビリーは自ら選択して時間を前後させる。もちろんそれは読み手にもアナウンスされるけど。そうすることによって「時間の不可逆性」っていう事実を薄め、時間の並列っていうゾーンにまで引っぱる。並列させると今度は、不可避なものとしての死さえ意味のないものになる。トラファマドール星人の言う「永遠」はまさにこのこと。何も生まれないし誰も死にはしない。 そんな中では進歩それ自体だって無意味だ。成長とか拡大とかそんな膨張主義には何の意味もない。前に進んでいるつもりになって色んなものを生み出し、スクラップアンドビルドを続け、成長だの進歩だの月面を歩いただの核実験に成功しただのと、嬉々として語る僕らに対する、強烈な皮肉。 それが人類進歩の歪みである戦争の経験によるものだってのもこれまた皮肉。 忘れてはいけない、これは読み手以外の何物かへのアイロニーじゃなく、今ここに生きているあらゆる人類の、進歩へのまなざしに向けられたものだってことを。

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    投稿日: 2009.10.18
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    神よ。願わくばわたしに、変えることのできない物事を受けいれる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵をさずけたまえ。

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    投稿日: 2009.08.14
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    語れるような言葉なんてない。So it goes. 第一印象はこんな反戦小説初めて読んだよ、って感じ。SFで反戦小説。ユーモアとアイロニーと想像力を使ってなんとか言葉に出来ないことを言葉にしようとしてるんだなあと思います。分裂症気味なキャンベル、不条理をどうにか受け入れようとして時間旅行を夢想するビリー。ひたすらな混乱が伝わってきます。

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    投稿日: 2009.06.25
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    乱暴に言ってしまえば、ドレスデンの空爆についての本なのですが、 ドレスデンの空爆についての具体的な記述はほとんどありません。 あまりに鮮烈な体験を何らかの物語に変換するという問題について 読みながら、考えをめぐらせました。

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    投稿日: 2009.03.28
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    キルゴア・トラウト ローズウォーター などなど。 ビッグな面々が勢揃いする作品。 ドレスデン大空襲の悲惨さを伝える一方で、それは起こるべきであって、これからもおこり続けると語る。 SFなんかじゃないぜ。 映画も見たい。

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    投稿日: 2009.03.13
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    ビリー・ピルグリムまで読み進めるのにえらく時間がかかったが、本編に突入してからはスムースに楽しく読めた。 ドレスデン爆撃を軸に、全体的にものすごく斜めな視点で書かれた戦争の話。 第二次世界大戦しかり、September 11、イラク戦争しかり、戦争はいろんな形で創作(芸術)を生むものなんだなと感じる。

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    投稿日: 2008.12.07
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    ・グレングールドが弾くゴールドベルグ変奏曲 ・どこか外で―電車の中や、都市の一角、大きな公園の緑の下 ・心の目が霞んだら、この本の扉表紙をひらくこと

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    投稿日: 2008.09.23
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     けいれん的時間旅行者ビリーは自分の人生のそれぞれの瞬間へタイムスリップする。ドイツ軍の捕虜になったとき、幸せな結婚生活、自分を拉致した異星人のUFOの中に、晩年、そしてドレスデン爆撃とその後。SF小説の皮をかぶった反戦小説とかるく構えていましたが、そんな程度のものじゃありませんでした。むしろ直接、反戦をうったえるような文章は一つもありません。  第二次世界大戦を、13万人以上が亡くなったドレスデン爆撃(著者のヴォネガット自身もこの空爆を体験している)を、そしてその後のさまざまな死をひたすらに「そういうものだ」と受け止めています。また過去・現在・未来の出来損ないのどうしようもない人間を冷たく突き放すのではなく、黒いユーモアを交えつつ、抑制のきいた文章で細かく丁寧に描いているところがすごく好みに合いました。  レビューを書いてもこの本の面白さを伝えられる気がしません。ヴォネガットの著作全部読みたくなりました。

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    投稿日: 2008.07.27
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    この本は、生涯で最も繰り返し読んだ一冊だ。 10代のときに購入した文庫は、卒業制作のモチーフにしたため、 赤がいっぱい書き込まれている上、相当ボロボロになった。 2007年4月のヴォネガット逝去の際、書店に平積みができ、 「さよならヴォネガット」のPOPが、ゆらゆらゆれている棚があった。 そこからわたしは一冊取り、購入した。二冊目だ。 値段は当時のほぼ倍になっており、物価の推移が伺える。 新版も、結局付箋だらけになってしまった。いい言葉がたくさんあった。 けれど、ヴォネガットのよさは、コトバひとつだけを取り出して 眺めるものではないなぁとも思った。 前後のモチーフがあってこそ輝きを放つエピソードも相当ある。 もちろん、一部を引用したとしても、それはとても美しかったり、切なかったりするし、 十分すぎる魅力に富んでいる。 しかし、それを上回る魅力は、本一冊を通じて貫く芯にあると思う。 あたりまえですが。 それにしても。改めて、伊藤典夫さんの訳文は無駄がない上、美しいと思った。 そしてヴォネガットは、どうしてこんな本が書けたのだろう。 多くの人が、この「調子っぱずれな」本のことを受け入れた事実にも祝福したい。 トラルファマドール星人の言うところの 「なぜわれわれが? なぜあらゆるものが? そのわけは、この瞬間がたんにあるからだ」。 過去も現在も未来も、常にそこにある。 この本が、単純な反戦小説の枠に収まりきらないのは、 このトラルファマドール星人の言葉に理由があるように感じた。

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    投稿日: 2008.07.15
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    授業で発表するための読書。とはいえ、アメリカ小説は読んではみたかったので良い機会。。 最初は読みにくい気もしたものの、設定とかを頭に把握してしまえばそこまでではなくなった。ただ、込み入ってるのでもう1回整理して読まなきゃ発表はできない気がする。 頻発する「そういうものだ。(So it goes.)」とか、戦争が与えた影響とか、色々ツッコミどころはあるのかな…?ただ、半自伝的小説となるともしかしたら扱いにくいかも?困った困った。。 こういうのがSFなんだなぁと実感。でも、あんまり他の『タイタンの妖女』とかに手を出す気にはならないのは、私がSF苦手ってことなんだろうな。。

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    投稿日: 2008.05.08
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    著者が実際に体験した第二次大戦下のドレスデン爆撃をテーマに描かれた作品。いかにもSF然とした設定で書きながら、随所随所に著者カート・ヴォネガットが登場する(冒頭も著者による手記といった形で始まる)ところに、完全な架空のストーリーとして描く事も、リアルに起こり、また体験した事象についての回想として描く事も選択しなかった著者の苦悩を見て取ったのは私だけだろうか。逆に痛々しい。

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    投稿日: 2008.03.25
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    大学の卒論の時にテーマにした小説 (実際にドレスデンにも行ってしまいました。空襲の跡がはっきり残っていました) 人が死んだ時に発せられる「そういうものだ」というフレーズの重み。

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    投稿日: 2008.03.18
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    SFを読むつもりで手に取ったけど、これはたぶん反戦小説。とっても静かで、なんだか不思議で、すこし怖い。もっともっと、この著者の作品を読んでみたくなった。

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    投稿日: 2007.11.04
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    昔、図書館で借りて読んだとき、 非常に面白くて夢中になって読んだ。 以来。ほんとうは、文庫版なんかじゃなくって、ハードカバー版が欲しいんです。 作品は大好きだけど、、、 これほどの大作名作。文庫版じゃぁ満足できません。。。なので、マイナス☆1つです。

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    投稿日: 2007.09.16
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    繰り返される「そういうものだ」の一言は村上春樹の世界観を彷彿させる。SFなんて初めて読んだけど、私にとっては近代アメリカ文学の導入になったと思う。 なんと驚きなのが、今読んでるアーヴィングはアイオワ大学でヴォネガットに師事していたそうだ。びっくり。文学は果てしなくつながっている。

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    投稿日: 2007.08.21
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    奇想天外さにヤラレた。戦争を描いたものとして、ヘタにドキュメンタリータッチでいくより、よっぽどリアルにその狂気を伝えてる。でもなんだろう、根底にはやっぱり愛とモラルがある気がする。

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    投稿日: 2007.06.21
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    個人的にはタイタンの幼女のほうが好きだけど、いろいろとリンクしている部分があって楽しめた。「そういうものだ」。たった七文字だけど、すんごい。なんかすごい。

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    投稿日: 2007.04.18
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    カート・ボネガットのスローターハウス5を読みました。30年前に読んで、とても感動したSF小説です。今回、このSF小説に関する話題を日記に書いたことから、仙台に戻ったついでに文庫本を持ち帰ってきて読み直しました。筆致は軽いのですが、戦争は互いに殺しあうものだ、という当然のことが重く物語の底に流れています。この小説は私の人生観を変えた小説で、トラルファマドール星人の時間についての考え方は今でも私の人生に対する考え方の基本です。うるさいくらいに出てくる「そういうものだ(So it goes.)」という言葉も忘れられなくなります。ぜひ、一度は読んでみていただきたい小説です。""

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    投稿日: 2007.03.16
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    変えられない物事を受け入れる落ち着き。 時間旅行を通じて、過去に経験してきた多くのつらい瞬間を、繰り返し体験しなければならなかった主人公は、「タイタンの妖女」にて、無意味な時の流れに逆らえない人生を送ることを強いられたコンスタントを思わせる。 人間の卑小さを訴える作品は多くある。その中でも、この作品は、そんなちっぽけな存在に生まれた者へ向けて、それにふさわしい生き方を提示しようとしているんじゃないかな。

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    投稿日: 2006.07.26
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    人間てこんなもの。それを分からせてくれただけでもすごい傑作だと思う。戦争に対面する勇気のないわたしが知れる精一杯。でもそれでも、ほんとに馬鹿みたいで悲惨でどうしようもないことは分かってしまう。

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    投稿日: 2006.02.10
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    こりゃ一回じゃ読めない小説だわ。最初全然面白くなくて、仕方ないから、何度も出てくる「そういうものだ。」の回数を数えながら何とか半分読んで一旦やめた(たぶん全部で50回弱)。で、読み始めたら前半のストーリーさっぱりなのに急に面白くなったんだけど、やっぱりよくわかんなくなってまた数え出してそのまま終わった。うーむ、村上春樹に影響を与えたとよく言われるから、少し期待してたんだがよくわからん。未完成の文体実験につき合わされているような感じがして読みづらい。でも妙に印象に残る小説ではある。爆笑問題太田のお気に入りの「タイタンの妖女」を読んで見極める。

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    投稿日: 2005.11.15