Reader Store
蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ
蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ
室生犀星/講談社
作品詳細ページへ戻る

総合評価

60件)
4.0
17
21
10
3
0
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    『蜜のあわれ』 登場人物のセリフだけで物語が進んでいくのでテンポがよく、するすると読みやすい。少し背伸びしたあどけなさが感じられる金魚の少女と年老いた物書きのおじさまの間で繰り広げられる艶やかで妖艶な会話を覗き見しているようでわくわくする。 「人が好きになるということは愉しいことのなかでも、一等愉しいことでございます。」 読了後、気に入ったので映画も見たが、忠実に小説のお話を再現しているというよりかは、小説の印象深い場面やセリフをつぎはぎして作り上げたオマージュ作品のような印象を受けたが、この特殊な世界観をここまで映像で表現しているのには感嘆した。金魚の衣装も劇の終盤にかけて丈が長く色は鮮やかな赤からより濃く暗い赤へと変わっていき、おじさまの衣装も灰色からだんだんと黒に移り変わっていく表現は見事だった。

    0
    投稿日: 2024.05.06
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    二階堂ふみも大杉漣の声で再生できた、、 コケティッシュでおじさまを振り回す赤子ちゃんと余裕のあるおじさま、お似合いだった。 おじさまのことぞんざいに扱っているようで実は愛していて、ゆり子さんと会わせてあげようとか。でもやはり「惚れた男を自分だけのものにしておきたいのなら、前の女とは会わせようとしないことね、自分でちゃんと抱きしめとかなきゃ。人を好きになるということは愉しいことでございます」

    0
    投稿日: 2024.02.25
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    なかなかに贅沢でわがままな金魚。でも金魚を飼いたくなる話。蜜のあわれ目当てで借りたので、他の話はちゃんと読めていない。また借りないと。

    0
    投稿日: 2023.09.22
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    金沢出身の詩人・小説家である室生犀星の作品集。晩年に書かれた短編5篇+詩1篇(+α)収録。室生犀星はまだ詩集しか読んだことがなかったので、小説作品を読むのは新鮮だった。 表題作のひとつ「蜜のあわれ」は、70過ぎの老作家と金魚の化身である少女の物語。全編が会話文のみで構成されており、モノローグというものが無い。奔放な少女(17〜20歳くらい? 口調はもっと幼い感じもする)に振り回されつつ受け入れる老先短い作家はどこか、老いた自分のことも、かつての若い自分のことも、両方受け入れられないように見える。 「われはうたえどもやぶれかぶれ」は、作者の肺癌闘病記。思い通りに動かない体や治療の苦しみを描きつつ、同年代の偏屈な患者と冷戦を繰り広げたり、自分の責任は自分で持つ! それで死んでも仕方ない! と、頑固なんだか投げやりなんだか分からない、作者のちょっとコミカルな性質が見え隠れする。 収録されている作品は、老いた作者が感じる、かつての自分とのギャップ(特に性的な部分で)と結びついているように感じた。自分では幾つになっても変わっていないように感じても、老いや病気には勝てない。陶器や金魚に女性性を見出す感覚は、共感を呼び起こしつつもどこか寂しい。

    0
    投稿日: 2023.08.15
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    表題の「密のあわれ」は作者の変態性、というよりかは彼の中の美の哲学を外に出した結果、金魚との対話という形式になった感じがする。 何はともあれ他では味わえない異質な作品で、とても楽しく読んだ。金魚が可愛い。

    2
    投稿日: 2022.09.03
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    『蜜のあはれ』が読みたくて買った。すべてが会話文で書かれているコケティッシュな超現実小説。金魚ちゃんとおじさまのやり取りが可愛い。

    0
    投稿日: 2022.07.13
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「蜜のあわれ」  全編が対話で、中心となるのは金魚の化身である少女と老齢の小説家とのおしゃべり。小説家はコティッシュで天真爛漫な少女に「おじさま」と呼ばれ振り回されながらも、彼女を可愛がる。他に田村ゆり子という、生前、小説家の友人だった幽霊が出てくる。小説家は犀星、ゆり子は犀星が愛した女性がモデルになっているようだ。 たわいない対話が続き、とらえどころのない小説だが、全体を通して艶っぽい雰囲気があふれており、犀星の女性への並々ならぬ関心が伝わってきた。  「われはうたえどもやぶれかぶれ」  犀星が昭和36年夏、軽井沢で滞在中、小便が出にくくなり、帰京後、入院した虎ノ門病院で過ごした体験がベースとなった作品。  肺がんだったようでコバルト照射の場面も出てくる。排尿を円滑にするためのカテーテル挿入を抵抗しながら受け入れる場面は臨場感がよく現れていた。 付き添い看護婦の井荻、放射線室に向かうエレベーターにいつも先乗りする男などの描写も巧みで目に浮かぶようだった。 入院生活に苦しみながらも、院内の様子や、ひとの心を感じとり、自身の心の動きと向かい合う。そして、それを的確にまた強く読み手に伝える。その感受性、表現力はさすがだなと思った。実感がわく作品であり、しっかり読み通すことができた。

    0
    投稿日: 2022.01.29
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    大学の授業で扱うため読みました。 ぬめぬめ、ぬらぬら、文章のテクスチャーが面白いです。 二階堂ふみの映画化もあるようなので、時間ある時に見ようと思いました。

    0
    投稿日: 2021.10.27
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    '「つまり女が男について或る考えに、突然、取り憑かれてしまって手が動かなくなるのよ、ほんの少時といっても瞬間的なものだけれど、どうにも、身うごきの出来ないくらいに考え事が、心も身もしばりつけて来る瞬間があるのよ、あんな怖い鋭い時間ないわ、予感なぞがないくせに突然やってくるのよ、前後の考えに関係なく、不幸とか幸福のどちら側にいても、そいつがやって来たら動けなくなるわ、内容は種々あるけど、はっきりと分けて見ることは出来ないけど、それがやって来たら見事にしばらくその物が往ってしまうまで、睨んでいても、見過ごすよりほかはないのよ。」 「男にもその茫然自失の時がある、頭の中なんかでそいつに、取っ憑かれると放してくれない奴がいる。」 「名状すべからざるものだわね。」 「まさにそうだな。名状すべからざるものだ。つまり名状とまでゆかない生々したものだ。きみはそんな時どうする。」 「あたい、じっとしているわ、その考え事がすうと通りすぎるまで待つより外ないわ、来ることも迅いが、去ってしまうのも、とても素早い奴なのよ。」 「それ何だか判るか。」 「きょうという日が、あたいならあたいの中に生きている証拠なんでしょう。」 「そう言うより外に、言いようがないね、」 「それは嬉しいような場合がすくなくないわね、嬉しい事というものはそんなふうには、来ないものね、嬉しくないこと、つまり悩むということはからだの全部にとり憑いてくるわね。」 「そろそろきみの飯どきだ、時計が鳴ったぞ。」 「ヘンデルの四拍子ね、ウエストミンスター寺院のかねの音いろって、あまくてあたいには、恰度ねむり薬みたいに宣く効くわ。」' 金魚だのに、ひとになって、女のように、娘や孫のように、めくるめくって翻っていくように、姿を変える。 でも、やっぱり金魚だということに、勝手に得心する。 捉えどころがない。それは面と向かうこちらが、簡単に捉われることに、簡単に当てはめることに、纏わりつかれていることの裏返しでしかないのだから、そんなつまらない状態を軽々と翻してくれる存在に、何だか心地よさを覚えてしまうのだ。 金魚なのに、犀星と取り交わされる一丁前な問答が可愛らしくて、ずっと耳を傾けていたい、楽しさを帯びている。

    0
    投稿日: 2021.05.16
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    老作家のおじさまと金魚の少女、赤子の日常を描いている小説。2016年に映画化されており、映像になるとより涼しさを感じられます。(I・K)

    0
    投稿日: 2019.08.22
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    『蜜のあわれ』はやはり金魚の「あたい」が可愛い。コケティッシュな感じと言えば良いかなぁ。生き生きと動き回る金魚ちゃんと、おじさまと会えない(会わない)幽霊の対比がいい。地の文がない、会話だけで書かれている作品なのに、登場人物がとても生き生き動き回りますね。 あわせて収録されている『火の魚』は舞台裏話みたいなところもありますが、ここにも強い女性の姿が。 収録されてるどの作品を読んでも感じられるのは、犀星さん、ホントに女性が好きなんだなあ(いやらしい意味でなく、愛する対象なんだなあ)って事ですね。 <収録作メモ> 陶古の女人 蜜のあわれ 後記 炎の金魚 火の魚 われはうたえどもやぶれかぶれ 老いたるえびのうた

    3
    投稿日: 2018.01.29
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    室生犀星の短編集。収録されている「蜜のあはれ」「火の魚」は数年前にNHKで映像化されている作品。 「蜜のあはれ」は金魚が主人公の作品ですが、読者の想像力で如何様にも楽しめる作品。「われはうたえどもやぶれかぶれ」は入院日記のようなものですが、作者のなげやり的な感じに笑える場面もあり、面白いです。 大胆ながら美しい、という印象を受ける文章が嵌まります。 金魚に興味ある方は、ぜひ。

    0
    投稿日: 2017.09.29
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    映画「蜜のあわれ」のコメントである。 DVDが見つからないのでここを拝借。 星は2つ 石井岳龍監督、港岳彦脚本、室生犀星原作、2016年作。二階堂ふみ、大杉漣、真木よう子、永瀬正敏出演。 <コメント>のみ 小説としてイマジネーションを働かせて読むにはいい作品かもしれないが、映画には不向き。 毎シーン、なんの意味?と思いながら、ついていくのにやっとな割に、最後まで見て面白みがまるでない。 原作は原作として尊重しつつ、映画では換骨奪胎を躊躇してはならない。誰にでもいい顔をしようとして、誰からも嫌われる駄作の見本のような映画。

    0
    投稿日: 2017.08.08
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    老年の小説家“おじさま”と可愛らしい“金魚”との全篇対話形式で展開する短編『蜜のあわれ』が読みたくて。 金魚の一挙一動がとにかく可愛いです。 子供のようなあどけない口調に反して立ち振る舞いは艶っぽく、何気ない会話や仕草が妙に官能的、喜怒哀楽の豊かさはこちらも愉快な気持ちになり、こんな可愛らしい女の子が自分の周りをくるくると舞っていたら…そりゃあ老年のおじさまは夢中にもなるし翻弄されたところで本望でしょうと納得してしまいます。 生き生きとした光で溢れた“生”と、会話の端々で顔を見せる“死”の対比が美しい表情豊かな一篇でした。 「おじさまは、何時も、しんせつだから好きだわ、弱っちゃった。また好きになっちゃった、あたいって誰でもすぐ好きになるんだもん」

    5
    投稿日: 2017.04.11
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    □陶古の女人 ☑蜜のあわれ ☑ 後記 炎の金魚 □火の魚 □われはうたえども やぶれかぶれ □老いたるえびのうた

    0
    投稿日: 2016.12.30
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    4月17日、日曜日のFM「メロディアスライブラリー」で小川洋子さんが「蜜のあわれ」を紹介されているのを聴き、その日の午後、近くの本屋で入手。 室生犀星を読むのは初めて。 当然、「蜜のあわれ」から読む。 金魚が少女の姿で老作家の元に訪ねてくる。地の文がなく、会話だけで続く奇妙な物語。この金魚の娘がやたらお金を作家にせびったり、ポンポンと奔放な会話の応酬があり、昔の知ってた女の幽霊が現れたりという展開。小川さんも番組で笑ってたけど、お臀に夕栄が当たった美しさとか、お臀の上で首を縊りたいとか、馬鹿馬鹿しさが突き抜けたような印象。もう怖いものなんかないと開き直ったのか。 「火の魚」。蜜のあわれの表紙に金魚の魚拓を取らせた顛末。魚拓をとった折見とち子の作家への手紙は、フィクションのような印象。 「陶古の女人」陶器好きを語った文。殆ど一人語りで、小説ともエッセイとも取れない。まあ、この作だけでなく、「蜜のあわれ」以外は、殆ど老人の一人語りの繰り言、戯言のよう。内田百閒や吉田健一に似ているかな。不思議と馴染む。 「われはうたえど やぶれかぶれ」。随筆ではないな。小水が出なくて、夜中に何度も起きる苦闘が前半。後半は闘病記かな。でも、あまり詳しい説明がないし、やっぱり年寄りの戯言かな。でも、じっくり読んでしまった。 小川さんが番組で取り上げたのは、蜜のあわれが映画上映されたから。で、本を買った翌週に映画館へ。 紅いドレスをヒラヒラさせて、時折頬を膨らませる二階堂ふみさんは、金魚ぽかった。映画監督は監督で、作家の妄想をタネに更に勝手に妄想を膨らませていた。

    0
    投稿日: 2016.05.23
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    陶古の女人 蜜のあわれ 後記 炎の金魚 火の魚 われはうたえどもやぶれかぶれ 老いたるえびのうた 解説 久保 忠夫 作家案内 本多 浩 著書目録 室生 朝子

    0
    投稿日: 2016.02.14
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    こちらも“変愛”帯で購入。 コケティッシュな『金魚』との交流を描いた『蜜のあわれ』(個人的には「蜜のあはれ」と表記したい)は正に『変愛』。『おじさま』『おじさま』という金魚が可愛い。読んでいると金魚が飼いたくなる。

    0
    投稿日: 2015.11.27
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    友達に勧められよんだ。「蜜のあわれ」会話のみの構成は斬新で言葉えらびやテンポがよい。ちんぴら赤子かわいい。二階堂ふみと大杉漣ははまり役!

    0
    投稿日: 2015.11.03
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    映画化されるのがきっかけで気になって手を出した 蜜のあわれのみ読了 全てが対話文で出来ている作品 小悪魔な金魚赤子、二階堂ふみぴったりだな映画が楽しみになった作品

    0
    投稿日: 2015.10.04
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    [ 内容 ] ある時は“コケティッシュ”な女、ある時は赤い三年子の金魚。 犀星の理想の“女のひと”の結晶・変幻自在の金魚と老作家の会話で構築する艶やかな超現実主義的小説「蜜のあわれ」。 凄絶なガン闘病記「われはうたえどもやぶれかぶれ」、自己の終焉をみつめた遺作詩「老いたるえびのうた」等、犀星の多面的文学世界全てを溶融した鮮やかな達成。 生涯最高の活動期ともいうべき晩年の名作5篇を収録。 [ 目次 ] [ 問題提起 ] [ 結論 ] [ コメント ] [ 読了した日 ]

    0
    投稿日: 2014.11.08
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「蜜のあわれ」だけ読んだ. すべてが会話だけで書かれている.Wikipediaによれば対話体小説というらしい. 金魚とおじさまの痴話が主体.無粋な私には楽しみ方がわからなかった. この本,講談社文芸文庫にしてはレビュー数が多いのはなぜ?

    0
    投稿日: 2014.09.20
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    あまりにもつるつると完成されていて。少し怖気づくも、ユーモアにすくわれる。しかし、そのユーモアの冷えびえとしていることよ。

    0
    投稿日: 2013.09.05
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    この金魚少女の可愛らしさは少女趣味で詩人の室生犀星にしか書けない。描写はより現実的でありながら幻想的でフェティッシュ。 「何処にも、あたいのような良い金魚はいないわよ、お判りになる、おじさま。」

    0
    投稿日: 2013.09.03
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    この金魚との会話、楽しんで書いたんだろうな、と想像してみる。 “あたい”の口調のテンポのよさに紛れてしまいそうだけれど、会ってもらえない幽霊の手首についた、腕時計をねじり取られた傷跡とか、身につけたハンドバッグの錆びついた留め金なんていう描写を目にすると、冷え冷えしたものを感じる。以前読んだ犀星の「後の日の童子」での、童子の残した足跡に群がるたくさんの“”うじうじ”した馬陸(ヤスデ)という描写もそうだった。 美しいものを愛した犀星らしいといえばらしいのだけれど、「火の魚」で折見とち子を評するにあたって、“美人ではないためのりこうさ”とか、“美人でないための穴埋め”とか、“美人であるなしをいう相手の批評”とか、くどいくらいに書いていて、笑える。 個人的には、頭もキレて、手も利く人というのは、もう無条件に尊敬してしまう。死の影を抱いて、いっそう凛として。 この5月に実父ががんで死んだこともあって、「われはうたえども・・・」はなかなかに身につまされる話だった。 86歳だったので、世間的に見れば、もう十分生きたでしょうと言われそうだけれど、昨年がんが見つかるまで持病一つない健康エリートだったので、もう十分なんて、本人はこれっぽちも思っていなかった。 同い年の義理の母も、ちょっと調子が悪いと、どこぞのがんかもしれない、と毎年恒例のように大騒ぎをして検査を受けている。そんな二人を見るにつけ、年をとればとるほど、生への執着は強くなるのかしら、と思っていたので、作中の、 “八十八歳であっても生きねばならないことに変りはなかろう。五十歳六十歳の小僧っ子から見たら、それだけ永く生きていたら沢山だというかも知れないが、八十八歳の人はまだまだ生きなければ損だと真面目に考えているのだ。生きることに限度はない、永く生きることは予測することの出来ない欲のふかさとも言えるだろう。” との言葉に本当にそう、と思う。 最近の緩和ケア界隈では、スピリチュアル・ペインへの対応も忘れてはならない、というようなことも言われていて、それは確かに忘れてもらっては困ることだけれど、それだって、食う・寝る・出すの安寧が担保されてこそ、の話だな、とつくづく思う。

    2
    投稿日: 2013.06.20
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    性欲に反して美人と縁のない生活を送ってきた「をじさま」は作家だから、脳内で愛人をいっぱい作り小説に書いたりする。 その「をじさま」がずっと会話して遊んでいる「あたい」は金魚。 金魚は容姿端麗なお嬢様になったり、かと思えば出目金の姿でメダカを齧ったりしている。 「をじさま」にはお小遣いを5万円せびったりしている。 そうして講演会で、「をじさま」の昔の知人「をばさま」に出会って、ふたりを引き合わせようとするのだが…。 かわいいお話。 ただ、会話だけで進むので、脚本を読んでいるよう。 小説を読んでいるという感覚はなかった。 室生犀星よんでみたかったので叶って満足。

    0
    投稿日: 2013.06.05
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    金魚の化身、赤井赤子と先生の日常を全て会話だけで描いた名作。少女趣味があろうと無かろうと、コケティッシュで無邪気な彼女には皆、惹かれるだろう。

    0
    投稿日: 2012.12.19
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「密のあわれ」のみ、院生の頃日本幻想文学集成で読んでたのですが、やっと残りを読みました。ので、感想編集。 きんぎょちゃんかわいいです。オジサンと女の子の組み合わせっていいよね。「火の魚」とかも読むと、作者にとって金魚はほんとに女性を象徴するものやったのか、と思ったけど後から「陶古の女人」読んで、なんだ、へんたいか、と考えを改めてしまっt… 背表紙でガン闘病記とかいうから「われはうたえども やぶれかぶれ」は結構構えてしまったんやけども面白かったぞ。思い付くままに流れるように文を繋いでいて、治療しかすることない入院中はそうやって思考が流れるんやろなあと、腰をこごめてウンウンしているおっさんを想像することができたよ。しかしガンの要素はどこに? これ読みながら、頻尿気味のわたしは何度もトイレに行きましたがね!

    0
    投稿日: 2012.11.11
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    その昔、Book1stの店員さんが「ROLL OVER & DIE!」っていう冊子を作ってらして、2003年の「裏100選」ていう文庫の特集号を偶然手に取ったのです。そこに載っていて読んだ本。今でもこの「裏100選」はだいじに持っていて、時々読み返します。新潮Yonda君があっかんべしてる表紙なのです(笑)。 さて「蜜のあわれ」ですけども、すごくいけないもの見ちゃった感じで、でもすごくかわいくて、もうなんともいえないきゅんきゅんする作品です。悶えます。室生犀星は、これからもっと読んでいきたい作家です。

    0
    投稿日: 2012.08.12
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    陶器や金魚など、身近なものに愛着をもって一日中それを観察していて飽きないという作者の特質がよく表れている短編集だと思う。 どの小説も(「蜜のあわれ」にしても)、尻切れとんぼというか、私小説風の余韻を残すような「味」のある演出と言えなくもないが、 とにかくナンダカンダ言って私小説なんだなと思って、でも私小説にしてはちと馬力が足りないんじゃないかな。「蜜のあわれ」途中で飽きるし。それに作者性格わるそうだし(いや、別にそれはいいか)。 いーやそれよか、死ぬ間際でさえ排尿とかラジウムの愚痴を書き連ねた挙句「大家」とは何なのかね? 小説家にとっての絶筆って、もっとほら、他にあるんじゃない? まあ、うまくハマらなかったという話。 あぁ、でも型にハマってなかったというのはその通りだと思います。

    0
    投稿日: 2012.05.23
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    赤い金魚が人間の女の子となって、老齢の男性と交流する話… と聞いて、読んでみたい!と思い室生犀星初挑戦。 表題作はじめ全5篇の物語なのだけれども、 特に「蜜のあわれ」は期待を上回る作品。 室生犀星の理想の“女ひと”像の結晶ということらしいのだが、 全篇対話形式で描かれる二人(?)のやりとり及び関係は とてもエロチック。 いや日本語で、色っぽい。あるいは艶っぽいとするべきか。 森見登美彦の「宵山万華鏡」でも金魚というモチーフ自体が、 妖しい少女として描かれていたように、 文学的に描写されるのは、メス=少女が似合う。 また金魚としての命の儚さと、老齢の男性が避けられぬ死。 エロスとタナトスと言ってしまっては在り来たりだけれども、 死の影がそこはかとなく漂うことで より色っぽさ・艶っぽさが濃くなっているよう。 幽霊も登場することだし。 他の作品に関しては、読んでみると面白いのだけれども、 なにより文体や言葉遣いなどが今とは違っていることが 原因か、読むのにとても時間がかかってしまった。 日本文学の明治・大正・昭和初期の作家にももっと触れていきたい。

    0
    投稿日: 2012.04.22
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「おじさま」と三年子の赤い金魚との会話によって構成されている短編、「蜜のあわれ」が特に好き。 「おじさま」と金魚屋さんにとっては小さな可愛い金魚、他の人にとっては人間のはずなのに、どこからが金魚でどこからが人間なのかわからなくなる。 金魚である方が官能的で美しい気すらする。 その他の短編も秀逸。

    0
    投稿日: 2012.03.05
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    室生犀星と言えば「故郷は遠きにありて思ふもの・・・」ぐらいでしか知らなかったが、金魚と飼い主?の言語を介したやりとりは、すごく新鮮に感じた。シュルレアリスムの具象的な形式としては、非情に面白い。

    0
    投稿日: 2011.10.23
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    いやあ……オッサンおいこらwwwと云いたくなる内容から、あ、やっぱセンスいいよなあ、という表現まで、幅広い楽しみ方ができてなかなか。どんだけ女好きなんすか室生先生。鏡花センセは強く気高い女性が大好きですが、犀星センセはキレのいい小悪魔な若い女が好きみたいですね(笑) 短篇に一作だけ入っていた詩もよかった。小説でも随筆でも、妙に生活感がありながら、どっかフェティッシュで優美な印象でした。 でも闘病生活の随筆「われはうたえどもやぶれかぶれ」は、最初から最後まで睾丸と排尿と…とにかくそういう話を延々するのでちょっと困惑する。

    0
    投稿日: 2011.10.22
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    室生犀星『蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ』読了。特に『蜜のあわれ』が不思議な感覚。若い金魚の女と人間の老人の対話篇。そこに幽霊が絡んでくる。全員、恋をしている。当然、現実的な話ではないのに、時々奇妙に現実に重なる。

    0
    投稿日: 2011.09.15
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「蜜のあわれ」が艶っぽくて素敵。金魚のはすっぱな感じが可愛らしい。 にしても犀星先生、女の人好きねー!(笑)

    0
    投稿日: 2011.09.11
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    じいちゃんと金魚がいちゃいちゃする話はちょっと気色悪い。金魚の魚拓話もねえ……。「やぶれかぶれ」のほうはほとんど放尿の話。

    0
    投稿日: 2011.07.17
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    友人より借りました。  小説。私小説風。文章は古いタイプ。 「蜜のあわれ」は七十歳ぐらいの老小説家と、若いぴちぴちの女の子の姿になる金魚との対話風小説。  なんとなく、劇調。(地の文がないから、台詞で説明するせい)  金魚(出目金・赤・三年子)との会話が妙に艶かしい。小説家には金魚にしか見えないらしいのだが、尻尾のぬめぬめを舐めてとか、金魚が言ったり、お金をせびったり(すごくせびる)、ヤキモチやいたり、キスしたり。  最後に他の金魚との間に子供を作って、おなかの中の卵は「おじさまの子よ」。  魅力的です、この金魚。我儘で、積極的。いい女です!  新聞に解説が載っていて、どうしても読みたくなったのでした。  読んでみて、語調は古いのに、読みやすかった。  ただし「われはうたえどもやぶれかぶれ」はどうにも合わなかった。  私小説。病苦。タイトルでもう苦しいのがわかりきってる。  読みにくかった。けっきょく、斜め読みしただけ。

    0
    投稿日: 2011.05.28
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    犀星がいろんな作品で語るものが全部集約されたかのような「蜜のあわれ」金魚のラストが切ない。レビューで語りきれないくらい好きだ。いろんなひとに読んでみてほしい。

    0
    投稿日: 2011.01.03
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    この中では1番蜜のあわれがすきです。可愛いらしい金魚ちゃんとたまに変態臭いところもありますが優しい上山さんの会話にすごくときめき、癒されました…こんなおじいちゃんと孫のような歳の離れた関係…大好きです

    0
    投稿日: 2010.12.01
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    まだこんなちんぴらなのに気が強くてわがままでこまっしゃくれて美しい女、またあるときは三歳の赤い金魚。 小説書きのおじさまは、飼ってる金魚の画を、ちょっと描いた。小さな文章もつけて。 瞳は大きく、お腹はデブちゃんな、出目金。燃えるような朱い色をしている。 のめのめしたあぶら、や、すぼっとしたお臀。おじさまの体の上ではしゃぎ、キスをする。小生意気な口をたたき、おじさまとの恋仲をたのしむ。 おじさまと金魚の子、そのほか、ひょっこり現れて来たおばさまとのやりとりがずっと聞こえている。会話のみで構成する美しい小品。金魚鉢をずっと眺めているような夏を思わせる。

    0
    投稿日: 2010.08.05
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    コケティッシュな金魚とおじさまの「蜜のあわれ」。でも時々その綺麗な尾鰭をひらめかせるように「生き物」の力強さ、貪欲さを垣間見せる描写が好きだった。「子作りしてくる!」ってやる気と健康的な色気を漲らせる金魚に思わずはっとした。 先日「火の魚」がドラマ化されていたので久し振りに読み返したのだけど、やっぱり好きだなぁ犀星…!

    0
    投稿日: 2010.05.31
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    『蜜のあわれ』は老人と金魚の少女のお話。 金魚の少女といっても普通の人には二十歳くらいの人間に見えるそうです。 実際は生まれて3年。 主人公は酸いも甘いも噛み分けた作家の老人。 彼は我がままに振舞う金魚の化身の少女に言いたい放題言われていますが、どこかそれを楽しんでいる風。 ブリジット・バルドーのお臀について語ったり、通りで幽霊の女を見かけたり。 全編会話で進行する、ちょっと艶っぽくて、ちょっと不思議なお話。 七十歳になる老作家と、時に悪女のようなもの言いをする金魚の少女との関係は、どこか背徳的。 金魚の少女が魅力的に見えるのは、生命力の輝き…なのかな?

    0
    投稿日: 2009.12.12
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    室生犀星と言えば「蜜のあわれ」が有名ですが、「われはうたえどもやぶれかぶれ」も絶品です。 何よりタイトルが素晴らしい。「うたえどもやぶれかぶれ」だなんて! 健康にトイレに行けるって素晴らしいなぁ。 09.11.05

    0
    投稿日: 2009.11.05
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    老作家の「をぢさま」と金魚の「あたい」の物語。 金魚の「あたい」が「をぢさま」に甘えたおして、だらしのない「をぢさま」を叱ったりして・・・ 「をぢさま」はたまに反論しつつも基本的にはそれを受け入れて、金魚を甘やかせてかわいがる。 いつか(もっと早くかもしれない)終る関係でも、いいなと思う。

    0
    投稿日: 2009.11.04
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    少し前に、ヨナキウサギさんに『陶古の女人』を教えていただいて探していた。 見つけたのが、そちらを含めて『蜜のあわれ(「後記 炎の金魚」を含む)』『火の魚』『われはうたえども やぶれかぶれ』『老いたるえびのうた』の5作、解説・作家案内・著書目録が収録されたこの1冊。 『陶古の女人』もおもしろかったのだけれど(でも私はきっと一生、こんな風に物に耽溺することはないなぁ、よかれ悪しかれ)、『蜜のあわれ』が思わぬ拾い物だった(本当ならば刊行時のように『蜜のあはれ』の方がしっくりくる気がするのだが。新仮名にしないとならないのかなぁ)。 表紙の金魚の魚拓が見たかったなぁ。巻末の解説に表紙写真が付されているのでそれを眺めてちょっと見た気分に(笑)。 続く『火の魚』はその魚拓作成を巡るお話。 『われはうたえども やぶれかぶれ』は癌の闘病記。壮絶といえば壮絶だが、どこかかなしいおかしさがある。凄みのある明るさとでも言おうか。 『老いたるえびのうた』が絶筆であった。 巻末の詳しい解説で犀星の来し方を垣間見ることができた。金沢の人ということは、犀星の犀は犀川の犀なのだろうか。私は大して多くを読んではいないけれど、小説であれ随筆であれ、どれも基本的には詩人が書いたものという感じがする。老後がさほど遠くない、しかしそれほど間近でもない自分。老いの暮らしって、漠然と思っていたよりも色彩に満ちたものになりえるかもしれない、と読後にふと思ったりした。 *『密のあはれ』の魚拓を取った折見とち子=栃折久美子さん。著作の『モロッコ革の本』は確か、高校の国語の教科書に一部、採られていたはず。よく覚えていないけれど、好きな文章だった気がするので、今度読んでみよう。

    0
    投稿日: 2009.10.21
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    カヴァーに「生涯最高の活動期ともいうべき晩年の名作五篇を収録。」とありますが、ほんとうに犀星晩年作品は素晴らしい。『密のあわれ』が好きな方は多いことだろう。こんなふうに自分のことを「あたい」と呼び、「おじさま」と語りかける、なんとも魅力的な少女。朱い金魚(出目金)を思い浮かべながら読むと、尚更。ガン闘病記『われはうたえども やぶれかぶれ』からもまた、犀星その人の「構え」を感じることができる。そして遺作、最後の詩「老いたるえびのうた」。この講談社文芸文庫には、解説、作家案内も詳しい。著作目録が載っているのも有り難い。陶古の女人密のあわれ/後記 炎の金魚火の魚われはうたえども やぶれかぶれ老いたるえびのうた以上を所収。

    0
    投稿日: 2009.08.03
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

     さても不思議な小説である。台詞のみで地の文章は一切なし。しかも登場人物がいささかおかしい。作家のおじさん、そして金魚、かつておじさんに小説を送っていた女の幽霊、金魚屋の親爺。金魚が喋る、娘になる、媚びたりねだったり甘えたり少し噛み付いたり。おじさんは金魚を愛撫する。その尻を愛し、鰭のねたねたを舐める。これほどフェティッシュな妄想の中で書かれた小説は他にそう多くはあるまい。  室生犀星は金魚を偏愛し、魚の世界すなわち水生世界を描いたが、その文体にも何かじめっとした湿り気がある。  

    0
    投稿日: 2009.06.12
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ダ・ヴィンチで山崎ナオコーラが紹介していて読みたかったんだ!! おじいちゃんと金魚の会話がたまらなくキュート。金魚ちゃんの丁寧な言葉遣いが、お上品な中に小憎らしい生意気加減をみせてて可愛いったらない。

    0
    投稿日: 2008.11.12
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「蜜のあわれ」は金魚とおじさんの話。 金魚がしゃべる。おじさんとしゃべる。 こういうの、コケティッシュというのだろうか。 そこはかとなくセクシーで、ちょっとあわれっぽくて。

    0
    投稿日: 2008.11.09
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「ちっとも驚かないよ、きみが令嬢でなかったら、令嬢らしい者なんて世界に一人もいないよ。」 長い長いエロティックで美しい詩。

    0
    投稿日: 2008.10.06
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    何がすきって講談社文芸文庫だからすき。← 室生犀星いいです。 「おじさま、いい考えがうかんだのよ おじさんとあたいのことをね、 こい人同士にして見たらどうかしら、可笑しいかしら 誰も見ていないし誰も考えもしないことだもの」

    0
    投稿日: 2008.10.06
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「あたい、おじさまが親切にしてくださるから、甘えられるだけ甘えてみたいのよ、元日の朝の牛乳のように、甘いのをあじわっていたいの。」(「蜜のあわれ」)

    0
    投稿日: 2008.03.13
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    表題作の「蜜のあわれ」が絶品です。「おじさま」と金魚の「あたい」のやりとりが大変可愛らしいです。すべて会話のみで書かれていますが、「あたい」が拗ねたり甘えたりする仕草が会話だけでも充分に伝わり、そこがまた魅力的な作品だと思います。

    0
    投稿日: 2008.01.20
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    赤井赤子と田村ゆり子に完全にやられました。死生観 そして性 そして恋というもの 赤井赤子をプロファイリングするととても面白い そして、彼女は冬をこせたのか   一つびっくりする 一文があった。 田村ゆりこの言葉 「ええ、五時だったわね、五時という時間には、ふたすじの道があるのかよ、一つは昼間のあかりの残っている、道のすじ、もう一つは、お夕方のはじまる、道のすじ、それが、すっと向こうの方まで続いているのね」 これは量子論シュレーディンガーの猫 ではないか。犀星はこの量子論をしっていたにちがいない。 とにかく今頃ではあるが、最高の文章である

    0
    投稿日: 2007.04.21
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    蜜のあわれの乙女な事といいましたら金魚を擬人化するとはなんたる犀星!会話文のみで構成されているためにどこで金魚が人になってどこで元に戻っているのか解らなくて逆にそこがいい。金魚のしゃべりかたも「あたい」とか言う昭和テイスト満載で兎に角愛しすぎるよ金魚ちゃん!犀星もこんな気分で書いたのか。

    0
    投稿日: 2007.01.30
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ある時は令嬢。 ある時はちんぴら。 そしてその実体は、 一匹のカワイイ金魚ちゃん。 一人称の“あたい”がカワイイ。

    0
    投稿日: 2006.07.18
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    蜜のあはれは歴代の読了本の中でも上位にくる素敵なお話。金魚とは思えない仔猫ちゃんぶりにきゅんとなります。ぜひご教授願いたい。

    0
    投稿日: 2005.09.20
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    実際所有しているのは国書刊行会のシリーズですが画像がないので、こっちの「蜜のあわれ」を。とにかく金魚が魅力的。

    0
    投稿日: 2004.12.11
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「いろは」の2号で特集されていたので、気になって再読。 「おじさま」と「あたい」のお話。 「老作家」と「金魚」のお話。 この金魚は犀星の理想の女のひとなのですって、なるほど。 おじさまにお小遣いをねだったり、拗ねてみたり、 いちいち可愛らしい。

    0
    投稿日: 2004.10.07