Reader Store
卵の緒
卵の緒
瀬尾まいこ/マガジンハウス
作品詳細ページへ戻る

総合評価

208件)
4.2
77
86
33
5
1
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    現役中学校教師さんということもあってやっぱり子供の心の書き方が他の作家と違う見方で書かれていてすごく面白いと思った。これからもずっと読んでいきたい作家。

    0
    投稿日: 2005.06.02
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    淡々とした日常系はいつもは苦手なはずなんだけど、この人の書くものは好きな気がする。まだ2冊目だけど。 これは家族的な愛みたいなテーマ。 2作あってあたしは『7's blood』の方が好きだな。 島本理生や綿矢りさが艶っぽい表現をうまく使うとしたら 瀬尾さんは身近なものを散りばめてる感じがする。 それでいて面白く感じるから好きだなぁ。 家族的なことはその家にしかワカラナイものがあると思う。 勿論うちにもそれはあって、あたしは誰かにわかって もらうことをもうすでに放棄しているけど。 『卵の緒』は中間をひた走ってるような気がしました。 あたしは、好きだな。

    0
    投稿日: 2005.03.10
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    なんとも魅力的なキャラクターの登場する作品です。「卵の緒」と「7's blood」の2作が収録されています。 「図書館の神様」のときも感じたことだけど、瀬尾さんの描く男の子は独特の雰囲気を持っています。いそうにないけど、どこかにいるのかもしれない。今回の2編にも小学生の男の子が主人公として登場するけど、「卵の緒」では、小学生の息子からみた親子関係という視点で描かれていますが、その視点が新鮮です。その息子・育生を愛していると自信たっぷりに言うちょっと妙な母親・君子の愛情や考え方が実に爽快です。(こんな母親っているのだろうか(^^;)。 「 7's blood」は、高校生の七子と、亡き父親が愛人に生ませた小学生の弟・七生との関係を描いています。構成は違うけど、共に家族をテーマにしている作品です。 七生の母親が傷害事件で刑務所入りし、七子の母親が彼を引き取とりましたが、入院してしまい、異母姉弟2人だけの共同生活となります。そんな2人の繋がりを描く物語ですが、心理的な複雑さがあります。それを乗り越えていく2人の絆が心温まる作品に仕上げています。 これで瀬尾さんの作品は3作目。「図書館の神様」「卵の緒」ともに好きな作品です。 2004.12.29

    0
    投稿日: 2004.12.29
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    私は、この本の虜になりました。 すっごく読みやすくて、ふんわりと温かくて甘いお話なんです。 その裏側では、ありのままの真実を突きつけるナイフのようなものもありますが、自然とナイフが突き刺さっているような感じがしました。 育生の大らかさ、母の可愛らしさが見事にマッチしていてとても良かったです。 読破後はとても爽やかで、癒されました。

    0
    投稿日: 2004.12.08
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「卵の緒」「7's blood」の2編の中編。 突き詰めて言えば 血の繋がりと愛情の物語であろう。 なさぬ仲の親子 兄弟姉妹が乗り越えなければならない「血」の確かさという幻影を乗り越える時の切なさや甘酸っぱさにじんわりさせられる。 ――夕暮れでも海でも山でも、とことんきれいな自然と ―― 一人じゃないって確信できるものがある時は、 ――ひとりぼっちで歩くといいのよ。 「卵の緒」で 僕が思い出す母さんの言葉である。

    0
    投稿日: 2004.11.27
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    変な家族の話。 このおかあさんのような人こそ信用できると思う。 強くてかわいい。 強烈に憧れてしまう。 http://www.amazon.co.jp/... 「図書館の神様」も良かった。出てくる人みんな、感じがいい。   新刊の「天国はまだ遠く」は、あまり好みではなかったけれど、 久しぶりに新刊が待ち遠しいという作家が現れて嬉しい。

    0
    投稿日: 2004.10.07
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    捨て子だと思っている小学校4年生の育生、妙ちきりんな母親、そのとぼけたボーイフレンド、不登校の同級生、血の繋がらない親子を軸に、「家族」を軽やかなタッチで描く。坊ちゃん文学賞大賞受賞作に書き下ろし1編を収録。

    0
    投稿日: 2004.09.29
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「図書館の神様」という物語がとても気に入ったので、デビュー作「卵の緒」を読むことにする。あっという間に読んでしまう。ちょっと、泣ける。 この本には、「卵の緒」と「7's blood」という二つの話が収められている。二つとも同じような印象の話である。その印象とは何か。それは触りたくても触れないもの、ちょっとした言葉で傷ついてしまう人と人との関係、それを感じる心と体のちぐはぐな関係の話である、という印象だ。 人が大きな衝撃を受けた時、そのことが実感されるのには時間がかかる。もちろん、耳の奥でぶーんという大きな音がしたり、心臓がぎゅっと掴まれたりするような肉体的感覚を通して解るように、体は瞬間的にその衝撃に反応してはいる。しかし、心がそれを受け止めるには、自分の中で反芻するような行為、頭の中で考え直してみる行為を経る必要がどうしてもあると思う。更に、その頭でこしらえた説明を体と共になぞってみて、心が何を感じるのかを確認する必要がある。腑におちる、というけれど、まさにその状態に至るための過程。頭が理屈を思いついたとしても、体の痺れが取れたとしても、それで全てを自分が受け止めた、ということにはならない、と思うのだ。頭と体の両方が一致する結論、そして心がその事実を受け止め得るまでの過程が必要なのだと思う。そのことを瀬尾まいこは、「図書館の神様」でも、この「卵の緒」でも、とても上手に描いてみせていると思う。 表題作である「卵の緒」では、へその緒ならぬ、卵の殻を介した母と子の繋がりが描かれる。僕、育生、は妙に物わかりがいい。その大人びた性格を、本当の大人はきっと誤解している。そこにある構図を解剖するとすれば、大人びた子供が自ら語る理屈、それは子供にしては理に勝った大人っぽい理屈なのだが、それが実は、子供染みた誤解、あるいは勘違いであり、表面上の理屈に誤魔化されて、子供の勘違いであることに、大人はすぐに考えが至らない、といったところだろうか。瀬尾まいこが描くのは、その勘違いに子供と大人がゆっくりと気づいてゆく、という物語だ。あるいは、気づくことによって、子供から大人へと精神的に脱皮していく物語、と言ってもよい。 子供は、一人では生きていけない。そのことを大人は忘れ易いし、そのことに子供は敏感だ。その大人と子供という、両方向通信がうまくできない関係の中で起こる奇跡のような心の通い合いを、さり気なく描く、そこに瀬尾まいこの特色があるように思う。そして大人である自分は、自分もまた子供ながらに色々と難しいことを考えていたことがあったのを思い出し、実はそれが誰にでもあったことなのだ、ということに今さらながら気づく。しかし、そのような、あちらとこちらの中間に、どちらでもなく存在していた自分というものも居たことも、同時に思い出したりもする。そのような存在位置にいるもの、それがこの物語の主人公であるように思う。 「卵の緒」の母子の関係が、大人対子供であるようでいて、実は子供対子供、あるいは半大人対半大人という対等な関係から始まって、最後にきちんと母対息子の関係に収まっていくのに比べ、「7's blood」で描かれる異母姉弟の関係は、更に微妙な関係だ。物語の始まりにおいて二人の関係はただ同じ家に暮らす同じような名前の二人であるに過ぎない。話が進むに従って、徐々に、その二人と周囲の関係は米を研ぐように削り取られていく。削り取られてしまうことそのものには、当の二人にはどうすることもできない不可抗力的な要素もある。結果として二人は半ば強制的にお互いを向き合うように仕向けられてしまう。もちろん、望んでそういう相対する関係になっていくのではないのだが、しかし、二人の関係は、明らかに研ぎ澄まされていかざるを得ないバランスを最初から持っている。ひょっとしたら、それを望んでいたかのように。 高校3年生である七子と小学6年生である七生。七生は妾の子という環境で育ったせいか人に対する距離の取り方が妙に上手い。一方の七子は、父親との距離を取り損ねたことが災いして、母親以外の人との関係が上手く保てない。その二人がお互いに自分の心の中を見直していく過程が話の中心である。二人を残し、七子の母親は亡くなる。親戚に身を寄せることを拒んだ七子は、七生との生活を自分が欲していることに気づき、亡くなった母親が七生を自分に残してくれたことを理解する。そして、二人の関係が本当の家族のそれに近づいた時、別れが訪れる。別れに際して、二人はお互いの髪を切り合う。自分には、この髪を切り合うという行為が、まるで血の繋がったものに許された最大の肉体的関係の象徴であるかのように読み取れる。その二人の別れは異母姉弟の別れというよりは、歳の離れた若い恋人の間のそれであるように感じるのだ。そして、姉は、別れ間際に弟の唇に自分の唇を重ねないではいられなくなる。切ない一瞬だ。同時に、ここで、瀬尾まいこの清爽感とでも呼べばよい特質も明らかになっていることは注目すべきだと思う。姉は、二人の唇の温度が一致することを感じ、その一致に異性に対してではない同質さを感じる。そのたった一回の行為が残し得たかも知れない性的な余韻を、その同質さを語ることで、濁った状態で残すことなく、二人の別れ、多分、永遠の別れ、に繋げている。気づくと、その切なさに涙が出そうになっている。 敢えて言うなら、性的なものを、あからさまにするのでもなく、隠してしまうのでもない、その語り口。それが瀬尾まいこの本を読んで、一番残っているものであるような気がする。乾いている訳では決してない。見方によれば、瀬尾まいこの描く性はあざとくさえある。しかし、そのことを無視するのでもなく、ことさら深刻ぶるのでもないその描き方に、いつの間にか惹かれているのだ。悩まねばならないことは、一通り悩んだ末、よくよく自分の心の中を覗けば、その根っこにあるものは、案外子供っぽい感情であることを、この作家は心得ているのに違いない。であればこそ、その読後感が、清涼感に溢れたものであることにも納得がいくのだ。

    0
    投稿日: 2004.05.30