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ノモンハンの夏
ノモンハンの夏
半藤一利/文藝春秋
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総合評価

61件)
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     読んでいる間に、何度も怒りに震えてしまい、その度にページを閉じ、心を落ち着けなければならなかった。  こんな悲惨な出来事を経験しておきながらなんの反省もせず、全く教訓を学ばなかったなんて、言葉も無い。 *読了(2024年08月29日)

    25
    投稿日: 2025.11.23
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    まさに、著者渾身の作品である。著者が、当時の日記や史料を引き写しながら、地団駄を踏み、鉛筆の芯を折りつつ書く作品というのは私はこれまであまり聞いたことがないが、著者が思わず地団駄を踏まざるを得ないほど、あるいは、鉛筆を折りたくなるほど陸軍参謀本部作戦課、関東軍作戦課のエリートたちが無能であったということだろう。 その指導部の優柔不断、無責任体制ゆえに、関東軍の暴走を許すこととなり、亡くならなくても良かった多くの兵士の命を奪い、結果的にソ蒙軍に惨敗を喫したとすれば、その指導部に対する「お前ら何をやっていたんだ!?」という著者の憤懣やる方ない気持ちも理解できる。果たして、この著作1冊を書き上げるまでに、半藤氏は何本鉛筆を折ったのだろうか。 「ノモンハン事件」は、私は高校の頃、山川『詳説日本史』で歴史用語として覚えた記憶があって、名称や極めて大まかな概要は知っていた。しかし具体的にどんな戦闘が繰り広げられたのか、どんな人たちがそこに関わっていて、どんな命令系統があり、どんな力関係があり、どんな作戦があったのかといったことはまるで知らなかったから、著者の膨大な取材と、膨大な資料に裏打ちされた(と思わせる、いや、ある1行を読むとその1行の背後に膨大な史料・資料の影が立ち現れてくるのだ!)丁寧な記述に、まさに目を開かされた。加えて、ヒトラー、スターリンらの動向を並行して描きながら、目まぐるしく動く国際情勢の中で翻弄されていく我が国の姿を克明に描いている点も優れた記述であると感じた。 今年(2025年)は戦後80年だ。テレビや新聞などでは戦後80年の特集や、第二次世界大戦の特集が組まれているが、その多くはヒロシマ、ナガサキの原爆、日本各地の大空襲、敗戦(終戦)というところにフォーカスされているようである。確かに、1945年からカウントして80年目なのだから、原爆や敗戦(8月15日)に目が向かうのは当然である。しかし戦後80年と言って第二次世界大戦という大きな戦争を考える時、1939年(昭和14年)という敗戦から6年も前の段階で、極東の田舎で満州事変に慢心し、西欧諸国間の微妙なかけひきに翻弄され(それが平沼騏一郎の複雑怪奇発言だろう)、崖を踏み外して既に敗戦への暗い道を我が国が歩み始めていたことを知るのは、重要であるように思われる。 半藤氏の渾身の本書は、それゆえに文庫で450ページを超える大著であり、登場人物も多く、聞き慣れない軍事用語なども多々出てきて時に迷子になり、途中、このままどうなるんだろう?と果てしなき砂漠で途方に暮れて挫折しそうにもなったが、8月の章に入った頃から、ぐんと読むスピードが上がり読破することができた。人気小説のような「一気読み!」という本ではないが、現在にあっても、また今後も本書は重要な歴史書(歴史的文献)であり続けるだろう(特に、本書では軍隊の軍旗に対する姿勢についての記述があり、私は目を開かれた。こうした事実は本書のような歴史書に当たらねばなかなか知ることは難しいように思われる)。同時に、現在の政治、社会、世界情勢を、冷静な視点で見すえるとき、大切な視座を与えてくれる一冊である。その意味で、何度挫折してもいいから一度は読んでおく一冊だろうと思っている。

    0
    投稿日: 2025.11.17
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    時系列でかかれており、世界情勢を含めて経過を追いやすい。著者の本ははじめて読んだが、ご本人の怒りがそこかしこに出ている。太平洋戦争の悲惨さは学校やテレビでいやというほど見てきたが、それ以前にもこれ程の戦いがあったとは知らなかった。

    0
    投稿日: 2025.09.19
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    巨大な悪(ヒトラー、スターリン)に翻弄される世界政治。 その中では悪の権化である辻政信も、小さな悪にしか見えない。 満州事変を成功させた石原莞爾と比べて、何たる劣化か。 人間が歴史を動かし、その歴史を動かす人間が邪悪であるという二十世紀の皮肉。 日本陸軍という組織の、脆さ•いびつさが徹底的に描かれる。 組織を引っ張る人間の底の浅さ。 そのアホな命令下、必死に戦い死んでいった戦士の哀れ。

    0
    投稿日: 2025.04.12
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    ◾️小説ではなく、筆者によるノモンハン事件の検証。関係者の日記や証言、ソ連側の記録をベースに、時系列でノモンハン事件を追った。 ◾️2001年第1刷、2021年2月第24刷。1年に1刷か2刷出来のロングセラー。 ◾️筆者もあとがきで認めているが、「筆者の怒りがペン先にこもっているなあ」と感じることが多々あった。 ◾️P.453に野戦重砲兵第一連隊長三嶋大佐の陳述が掲載されているが、これがノモンハン事件の全てを語っており、ビジネスの世界においても同様のことが起きうると感じた。 ◾️祖父がノモンハン事件に従軍したと聞いており、祖父の苦労や事件で亡くなった方々のご冥福を祈りたい。

    8
    投稿日: 2024.12.01
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    2024.08.18〜10.04 自分が賢いと思っている奴ほど哀れな奴はいない。 そんな奴らに踊らされてしまう奴らも、また哀れである。 都合の悪いことはひた隠し、言葉を巧みに操って誤魔化す。 そんな最低のことをして、日本を苦しめたにも関わらず、戦後、のうのうと生き、しかも国会議員にまでなる。どんな神経をしているのか、疑ってしまう。立候補するのも凄いが、そいつを選んだ国民も凄い。 今の世の中って、そんな歴史の上にたっているんだ、と思うと、納得する部分もある。綺麗事では済まないことも多いかと思う。しかし、それを良しとしまうのは間違いだよね?私の考えは、甘いのだろうか。 本当に戦時中の人間の心はわからない。

    3
    投稿日: 2024.08.18
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    この時期は戦争の歴史を知っておきたくなる。昭和14年5月〜9月にかけて満州北西部の当時ソ連の支配下にあったモンゴルとの国境紛争。教科書では「ノモンハン事件」として習ったと記憶。ドイツヒトラー、ソ連スターリン両者の思惑。東京参謀本部作戦課と新京関東軍作戦課、陸軍と海軍の関係性。排英的な国内世論の形成の背景。 日露戦争の勝利が慢心に繋がっていた。陸軍は将兵の忠勇・精神力の格別の発揮と、これを最大限に活用する作戦指導を金科玉条とした。攻勢意思の信念化。精神主義。 この事件の後に第二次世界大戦に巻き込まれていく。 戦争に突き進む過程が良くわかり、組織の在り方について考えさせられた。

    12
    投稿日: 2024.08.11
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    戦争における個人の役割の大きさに驚き、自身の考えを改めた。1人の大きい声が周りを動かし、その結果組織が動く。そういった単純な構造が世界を動かしている。大きな声が正しいか誤っているかを曇りない眼で判断しないと戦争などという誤った結末を招く。 1人1人が明確な戦争拒否の意思を持たないと止める事はできない。

    1
    投稿日: 2024.04.01
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    解説に記載のある通り、大変気持ちの良い文章である。自分が持つ正義感とよく似ている。ノモンハン周辺の戦闘状況を描きながら、三宅坂、新京、モスクワ、ベルリンと4元〜5元で進める手法は日本からの立場、目線で戦争を描く他の本とは一線を画していると思う。 「失敗の本質」に挙げられる訳だ。

    1
    投稿日: 2024.02.06
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    本書で描かれるノモンハン事件とは昭和14(1939)年5月から9月にかけて、満州西北部の国境付近で、当時ソ連の実効支配化にあった外蒙(モンゴル)と日本との国境紛争の事である。日本側が国境線と考えるハルハ河を渡って、ノモンハン付近に進出した外蒙軍と満州国軍との衝突から、日ソ両軍の戦闘に拡大し、日本側は壊滅的な打撃を受けた。第一線将兵の敢闘にもかかわらず、上級司令部の指揮、指導が拙劣であったため、戦史的にも珍しい死傷率32%という完敗ぶりである。上級司令部とはここでは東京・三宅坂上の参謀本部作戦課と満州国・新京の関東軍作戦課である。この二つの司令部の温度差と行き違いに現場の兵隊が振り回されるのである。イケイケの関東軍と関東軍を本来指揮統制すべき三宅坂上が微妙に関東軍に遠慮し慮ったために優柔不断な命令しか出せず、無能な指揮官を更迭せずやりたいように放置してしまった。そしてソ連軍の軍事力を過小評価し、自分たちのそれを過大評価した結果起こる悲劇である。過去に日露戦争をなんとか勝利で終えたとき、日本人は不思議なくらいリアリズムを失ってしまった。要らざる精神主義の謳歌と強要。航空戦力や機械化戦力に大きな期待を持たず、白兵による奇襲先制を極度に重視し、積極主義の心構えを強制する。突撃戦法による先手必勝の信念を鼓吹したのである。それらの精神論は極論すれば全て兵器の性能と物量の不足をカバーするためにとくに強調されたものである。詳細→ https://takeshi3017.chu.jp/file10/naiyou27608.html

    0
    投稿日: 2023.12.13
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    アホな指揮官も含めて史実を淡々と書いてくれればいいのに、彼らへの著者の攻撃、嘆きが随所に現れて途中で読むのが嫌になってやめた。

    0
    投稿日: 2023.12.11
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    小さな国境紛争から第二次世界大戦の端緒につながるノモンハン事件を、関東軍(主に23軍)、参謀本部、ソ連、ナチスドイツの視点を交えて説明する。 自分が読みたいのは、戦略や戦史なので、読みたい類の本では無かったかな。やたら、外モンゴルの地名が出てくるのと、カタカナ混じりの当時の手記やらが多かったので読み進めにくかった。 また、辻政信少佐を一方的に断罪している書き方も疑問を覚えた。戦記とするには記述が乏しく、思想史てして読みには深掘りが浅くて微妙な立ち位置の本だと思う。

    0
    投稿日: 2022.10.21
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    「半藤一利」の著書『ノモンハンの夏』を読みました。 『指揮官と参謀―コンビの研究』に続き「半藤一利」作品です。 -----story------------- 「司馬遼太郎」氏が最後にとり組もうとして果たせなかったテーマを、共に取材した著者がモスクワ・ベルリンの動静を絡めつつ描いた傑作 参謀本部作戦課、そして関東軍作戦課。 このエリート集団が己を見失ったとき、満蒙国境での悲劇が始まった。 「司馬遼太郎」氏が最後に取り組もうとして果せなかったテーマを、共に取材した著者が、モスクワの「スターリン」、ベルリンの「ヒトラー」の野望、中国の動静を交えて雄壮に描き、混迷の時代に警鐘を鳴らす。 ----------------------- 昭和14(1939)年5月~9月に満蒙国境で発生したノモンハン事件について、欧州の動静を含め、広範囲に及ぶ資料を収集し、深い分析と考察をした結果が、巧緻で切れ味鋭い文体でまとめてある作品でしたね。  ■第1章 参謀本部作戦課   …"戦略戦術の総本山"参謀本部はすでに対ソ作戦方針を示達していた。    「侵されても侵さない。不拡大を堅守せよ」  ■第2章 関東軍作戦課   …関東軍の作戦参謀たちは反撥した。    「侵さず侵されざるを基調として、強い決意を固めて万事に対処する」  ■第3章 五月   …モロトフ外相はスターリンに指示された抗議文書を東郷大使に手渡した。    「これ以上の侵略行為は許さない」  ■第4章 六月   …関東軍の作戦参謀辻政信少佐はいった。    「傍若無人なソ蒙軍の行動に痛撃を与えるべし。不言実行は伝統である」  ■第5章 七月   …参謀本部は、関東軍の国境侵犯の爆撃計画を採用しないと厳命した。    「隠忍すべく且隠忍し得るものと考える」  ■第6章 八月   …歩兵連隊長須美信一郎大佐はいった。    「部隊は現在の陣地で最後を遂げる考えで、軍旗の処置も決めています」  ■第7章 万骨枯る   …死屍累々の旧戦場をまわりながら、生き残った兵たちはだれもが思った。    「ああ、みんな死んでしまったなあ」  ■あとがき  ■参考文献  ■解説 土門周平 第二次大戦勃発前に発生した、満蒙国境ノモンハンでの悲劇… 『指揮官と参謀―コンビの研究』に収録されていた『服部卓四郎と辻政信』にも紹介されていましたが、概要程度しか知らなかったので、本書を読んで日本軍だけで2万人近い多大な犠牲(戦死、戦傷、戦病、行方不明等)があったことを改めて知りました。 指揮官や参謀の誤った判断により、多くの犠牲が出した悪例ですが、、、 二面戦争を回避したいという「ヒトラー」と「スターリン」の思惑が一致し、ドイツはイギリス、フランスとの戦いに集中、ソ連は日本、満州との戦いに集中できる環境が整った時期と重なってしまった不幸なタイミングだったようですね。 それにしてもなぁ、、、 統帥権を無視して暴走する関東軍(特に「服部卓四郎」と「辻政信」)の判断には憤りを感じますが、それを知りながら阻止できなかった(しなかった)参謀本部の無責任さには憤りを通り越して、呆れてしまいます。 そして、最も不幸なのは犠牲になった現場第一線の将兵たちですよねぇ… ソ連側の司令官「ゲオルギー・ジューコフ中将」が戦後に「スターリン」の質問に答えたという、  「日本軍の下士官は頑強で勇敢であり、   青年将校は狂信的な頑強さで戦うが、   高級将校は無能である」 という言葉が全てを物語っている感じがしますね。 日露戦争に勝利したことが、精神力で敵に打ち勝つことができるという幻影を日本陸軍に植えつけてしまったのかもしれませんが、、、 作戦立案における無計画、無智、驕慢、横暴、無責任な体質や、保身と昇進と功名と勲章が誇りであることしか学んでこなかったことが、この結果を生んだのかもしれません。 こんなことって、現代の企業でもありそうなことですよねぇ、、、 競争社会を生き抜くための教訓になる出来事ですね。

    0
    投稿日: 2022.08.02
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    割りと第二次世界大戦系すきなのでいけると思ってましたが、かなりしんどいです。 ノモンハン事件の詳細を事細かに知りたい人は必読!ですが、詳しすぎてなかなか時が進んでいかない。 前に読んだ「失敗の本質」のノモンハン特化版みたいな感じですかね。 歴史の解釈は多岐に渡れど、とりあえず作者さんが作戦課のエリート気取りと関東軍の辻ってポンコツが暴走したせいで負けたと思ってる、ということは伝わりました。 現代社会、というか会社において本社(大本営)と現場(関東軍)に置き換えて読んでるとなんかしっくりきました。 何事も三現主義、ですかねw

    4
    投稿日: 2022.05.31
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    生き残った小隊長を主人公にして司馬さんが書いてたら、ノモンハンに行方歳三のような、実在はしたけどその勲は架空である英雄が生まれ、この戦場が戦記物語として語り継がれていたのだと思うと本当に書いてくれなくて良かった。

    1
    投稿日: 2022.02.23
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    第二次世界大戦に進む前の、世界、日本の情勢が、わかりやすくまとめられていて、大戦前の複雑な情勢にも関わらず、理解しやすくて、面白かった。大国の様々な思惑が錯綜して、大きな戦争に進展したんだなと思った。 この本には、多くの教訓が記されていると思う。 日露戦争での成功体験が尾をひいて、時代遅れな技術、戦術を使っていたこと、撤退することは臆病者と判断され、イキリ散らかすことが評価されるという組織だったということ、また失敗を反省できないということ。なんか、現代の精神論大好きな組織にもありそう。こうはなりたくないものである。

    0
    投稿日: 2021.08.19
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    著者の陸軍、特に辻政信に対する怒りを強く感じることができる内容であった。 ただ、同じ立場、同じ時にいたとして、私たちは彼らより適切な判断を下せるのか、と考えると多分無理だろう。 仕事をしていても、情報が足りず分析も充分でないまま、なんらかの判断を下し、まずやってみよう、としてしまうことは多々ある。理屈をこねくりまわすよりも行動するほうがリーダーとして認められることもあるだろう。ここで描かれる陸軍の面々についていってしまうことは少なくないのでは。大勢の人の命がかかっている戦争とは責任の重さは比べ物にならないが、、

    0
    投稿日: 2021.08.09
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    半藤さんの辻政信に対する怒りが切々と伝わってくる名著。それにしても今の日本の官僚機構がかなりダブって見える。

    0
    投稿日: 2021.07.21
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    実に細かい史実を元にノモンハン事件を描いている。全く無知だったが当時の背景や人間模様、何故この事件が起こったのか、よくわかった。 上層部の一部の傲慢な人間の為に何万人の命が簡単に失われた現実は、とても衝撃的で、また怒りの感情が湧いてきた。

    0
    投稿日: 2021.07.09
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    ノモンハンでの凄惨な戦闘と、それを生起させた要因について精緻に、分かりやすい筆致で語りかけてくれる。 しかし、そもそも満州国を建国するとなればソ連と長大な国境を接すること、日中戦争を進めるためにはその手当をしながらでなければならないこと、南進すれば北にも相応の兵力を残置しなければならず、米国からの石油輸入も止められることを想定しなければならないこと・・歴史の結果を知っている我々は何故日中戦争、ノモンハンの事変、太平洋戦争へと突き進んでいったのか理解に苦しむのであるが、その時の時間軸にいた人々はそのようなことは見えない。歴史の本質なのかもしれない、と思う一方、我々は歴史から学び、今この時間軸から未来にかけてより平和な世の中にしていく責務があるのだと実感。

    0
    投稿日: 2021.07.04
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    日ソ蒙両軍の詳細な勢力状況が記され、第二次世界大戦開戦直前期の各国外交判断の経緯が情景として目に浮かぶ著作。

    0
    投稿日: 2021.06.29
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    帝国陸軍はノモンハン事件をソ連軍との最初の近代戦争としての総括が出来なかった。 そのため日本太平洋戦争でも同じ過ちを繰り返した。 いずれの戦争も辻と服部という参謀が主導したということは2つの戦いの結果とは無関係ではないだろう!

    3
    投稿日: 2021.06.05
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    参謀本部と関東軍そして前線の将官・参謀達の行動を経糸に、日ソ英独の外交戦を緯糸にして描かれる昭和14年の夏。 著者がヒトラーやスターリンと並べて(スケールは小さいが)「絶対悪」とまで呼ぶ辻政信の人間離れした独善と好戦性には読みながらも吐き気を禁じえない。 そんな一部の特殊な構成員に引きずられ意思決定を誤り続ける陸軍中枢エリートに著者の筆は当然に厳しいが、対象的にもみえる昭和天皇の評価には、生粋の戦後民主主義者の本懐が伺える。

    0
    投稿日: 2021.02.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    天声人語に感化されて,初めての半藤一利。一体どれだけの資料にあたってるんだと思う。情報を与えられても評価する力が無いので,端々で評価を加えてもらえるのも有難い。 他の本も読まなきゃだ。

    0
    投稿日: 2021.02.15
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    筆者は極力冷静になろうと努めていますが、それでも怒りを隠しきれていません。それがこの事件の酷さを物語っています。 情報の軽視、自軍に対する根拠なき過信、命令の曖昧さ、現地軍の暴走とそれを止められない中央の無能さ、責任の所在の曖昧さ、自重論を悪と見なす風潮、太平洋戦争の敗因がノモンハンで既に現れていたといえるでしょう。そして、そこから全く何も教訓を得ていないことに愕然とします。 当時の軍部の病理を知る上でも非常に価値のある本だと思います。

    0
    投稿日: 2021.01.30
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    ノモンハンのことはあまり知らなかった。 これほどまでに残酷な紛争だったとは。 (残酷とはもちろん、戦場でのことではない) 辻服部地獄にいてくれなければ困る。 もう少しノモンハンのことをよく知りたいような気がする。 でも知ったら知ったでやるせなさに耐えきれないかも。

    0
    投稿日: 2020.07.24
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    本屋でたまたま見かけて衝動買い。いわゆる「ノモンハン事件」を当時のドイツやソ連の外交状況などの国際関係も踏まえつつドキュメンタリー風にまとめた小説。一次資料を多く引用されていて、学ぶところの多い一冊だった。巻末の解説も執筆動機などに言及していて、非常に興味深いものだった。読んでいくうちに、当時の日本軍による太平洋戦争にも見られた調査不足・根拠ゼロの希望的観測に基づいた無茶な作戦計画が、ここでもなされているのがわかってやるせなくなってくる。全体的に抑制の効いた文章だが、行間から同じように感じておられただろう著者の怒りや悲しみが伝わってきた。

    0
    投稿日: 2019.10.11
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    満蒙国境事変であるノモンハン事件を、国家間の駆け引きから、連隊レベルの動きまで幅広く記述。 当時の国際政治も興味深いが、やはり、上級司令部の断固たる指導、統制の欠如とか、幕僚の本分とか、そういうところが反面教師的に勉強になった。

    0
    投稿日: 2019.08.15
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    まあ、エッセンスは「昭和史裁判」に書かれているからなあ。ノモンハンだけでこの厚さ。安倍内閣の右傾化が怖くなるよね。

    0
    投稿日: 2018.10.13
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    ねじまき鳥でノモンハンに興味が出たので、読みました。おもしろかったです。まあ、おもしろかったというか、憤りをかきたてられました。反省も理性的思考も満足な情報収集もできない人間に振り回されるのっていやだなあ、と思いました。銀河英雄伝説のフォークを思い出しました。(2015年7月8日読了)

    0
    投稿日: 2018.03.31
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    必至に頑張る現場と、腐りきった上役。空虚な楽観で現実を直視せず、犯した失敗を教訓に出来ない能天気ぶり……。悲惨極まるノモンハン事件には、大日本帝国の、ひいては現代日本にも根を張る、日本人のウィーク・ポイントが凝縮されていると思った。

    0
    投稿日: 2018.01.08
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    第二次世界大戦の遠因にもなったノモンハン事件についてのドキュメント。 権限の委譲のいきすぎで結果的に関東軍の独断専行を招き、それに誰もすずをつけることができずに崩壊にむかっていったプロセスの第一幕がこの事件。 しかもこの主要な幹部はだれも更迭されてないところに闇がある。 当時の参謀本部は関東軍に及び腰。その原因はいきすぎた権限委譲の元気の良すぎる青年将校を現地におくりすぎたことが原因ではなかろうか。 その結果「関東軍に「案」を示しただけで、あとは研究にまかせた。つまり示達できなかった。参謀本部は真の統帥を放棄して虚位を誇る態度のみつづけていた、」というような事態がうまれ次第に統制がきかなくなっていく。 そして辻政信のような怪物がうまれる。 当時の参謀にいたのちの山下大将は辻のことを 「中佐、第一戦より帰り、私見を述べ、色々の言ありしという。此男、矢張り我意強く、小才に長じ、所謂こすき男にして、国家の大をなすに足らざる小人なり。使用上注意すべき男なり」 と述べている。 権限委譲をして登用するときには、とにかく我意が強すぎて能力のある人材ほど気をつけろということであろう。 むしろ当時の日本軍は、我意の強さがむしろ積極果敢な姿勢と評されていた。

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    投稿日: 2017.11.01
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    半藤一利「ノモンハンの夏」読了。とても秀逸なノモンハン事件の決定版。三宅坂上と関東軍の高級将校達の戦犯行為と敗北とから全く学ばなかった軍隊の体すら成さざる軍隊の次なる末路は既にこの時点で決していた。第一線で勇敢に散って行った将兵達を思うと‥  #読了 #半藤一利 #ノモンハンの夏

    0
    投稿日: 2017.07.11
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    決定的に道を誤った事件。 冷静な考えもあった一方で、どうしようもなく流されることとなったのはなぜか、各国の思惑の中で、日本はどのような決定をし、又は決定をしなかったのか。

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    投稿日: 2017.06.15
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    ノモンハンについて知ったのは、大学1年の夏。 当時、「ねじまき鳥クロニクル」を読んでいて、その中にノモンハンについての記述があったのを覚えている。 そこに書かれていたノモンハンは、戦闘全体のことではなく、個人的な体験、一人の登場人物の回想を通じて伝わる戦争の悲惨さであった。しかし本書は違う。 ノモンハンでの戦闘になるまでの過程、ドイツ・ソ連の動きが同時的に描かれており、その全容が一から説明されている。想像力を掻き立てる小説的な描き方ではないが、戦闘の悲惨さが俯瞰的に描かれているが故にわかることがある。それは逆説的ではあるが、そう描かれていることで陸軍兵一人ひとりの生きざまに限りがなくなるということだ。「ねじまき鳥」で描かれたのはフィクションであるという前提の一方で、極めて高い可能性で現実にあるものだという確信を生む読書体験になった。

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    投稿日: 2017.02.06
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    ノモンハン事件。満州国とソ連との国境をめぐって日本とソ連が対立し、軍事紛争に発展した事件だ。一応「事件」と呼ばれているが、双方で数万の死傷者を出し、規模を考えれば、「戦争」だ。 で、このノモンハン事件、日本軍の暴走と楽観主義、無責任さを象徴する出来事だった。敵の兵力も戦場の地形もろくな調査をせず、味方の補給路も考えず、戦車の数も不十分、頼りは大和魂を持った兵士たちだけで関東軍は戦闘に突入する。それで、短期勝利は間違いないと結論を出す関東軍参謀たち。そんな関東軍の無茶振りを根拠なく、しぶしぶ受け入れる国内陸軍。暴走する現場とそれを止められない中央という関係が改善されることなく、日本は敗戦へ突っ走る。そんなお粗末組織の日本軍を著者は冷たい目線で、これでもかと批判する。とくに辻政信をはじめとする参謀については、個人的嫌悪感もあり、ボロクソな評価だ。 結局、ソ連のスターリンが対ドイツ交渉を優先させたため、ソ連軍はノモンハンでは無理することなく、日本と和平交渉を締結する。もし、このままソ連軍が突き進んでいれば、アメリカとの太平洋戦争ではなく、ソ連との日本海戦争が起こっていただろう。しかし、和平によるソ連撤退を自らの奮闘によるものだと勘違いしてしまった日本軍は、ノモンハン事件から何も得ず、参謀も責任を取ることもなかった。

    0
    投稿日: 2016.09.13
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    本書は大日本帝国の参謀一派、特に辻政信参謀に対する痛烈な批判である。超エリート集団であった参謀本部作戦課と関東軍作戦課。彼らの空論と暴走そして無責任主義に強い怒りを覚える。前線部隊への厳令に対して参謀仲間への事勿主義に苛つきを感じ、何より恐ろしいのはノモンハンの首謀者たちがのちの太平洋戦争の参謀本部の主要人物であった点だ。さらに戦後、辻政信は代議士まで務めている。 法律学では規則功利主義を以て法を考察する。であるならば歴史学においては行為功利主義的すなわち「if」を以て検証することは十分有益だと思われる。つまりノモンハン事件が停戦協定なく継続していたら。本件が契機となり第二次世界大戦が勃発し第二次日露戦争を招いていただろう。ソ連が独日を相手取った勝敗は推定困難な面はあるが、仮に日本が敗戦した場合、共産主義国家という歴史を経ることは確実であったであろう。そうした点では大日本帝国参謀たちの時局の読み違えを国際情勢が是正した格好となったとも言える。 明治・大正の参謀は確かに有能であったかもしれない。もしかすると山本五十六に代表されるような海軍は比較的まともであったのかもしれない。しかし日露戦争の「神風」的勝利に教訓を求め、精神に勝利の拠り所を求める軍中央部に戦略があったといえようか。「兵、有能にして、将、無能」。『失敗の本質』が分析した国家の脆弱性が具象化した事件であったと痛感する。

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    投稿日: 2016.08.07
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    ノホンハン事件は日露戦争の勝利以降、日本軍の初の大敗であったが、隠されてきた。戦争終結の岐路となったはずである。

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    投稿日: 2016.04.29
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    1939年に発生した日本陸軍関東軍とソ連の間で発生し、師団によっては損耗率76%という第二次世界大戦における最悪の負け戦であったノモンハン事件について、膨大な資料と関係者のインタビューからその敗戦の原因を分析したノンフィクション。 本書によれば、ノモンハン事件の歴史的重要性とは、ここでの敗戦の原因が続く太平洋戦争敗戦の原因と全く同一であり、その教訓が全く生かされなかったことにある。陸軍学校出のエリートを中心に構成された関東軍参謀の暴走と、それを止めることができなかった日本本国の参謀のマネジメント力の欠如、相手の戦力をファクトベースで調査することなく勝手な妄想で予測した戦術構築能力の欠如など。 また、著者はこのノモンハン事件を巻き起こした関東軍参謀の暴走の中でも、特に強硬な戦いを主張した辻政信については、極めて手厳しい批判を加えている。本来、その場で責任を取って自死してもおかしくなく、2万弱もの兵士を無残な死に追いやった「絶対悪」とも呼べる彼が、戦後に戦犯を逃れるために潜伏を続け、結果として戦後日本で国会議員にまで上り詰める点については、戦後日本社会のいびつさを示すエピソードとして捉えられなくてはならない。

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    投稿日: 2016.03.05
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    資源など何もない不毛の地ノモンハンで、国境線を巡って日ソが衝突した。大本営の「不拡大」の方針を弱腰として退ける関東軍参謀の服部と辻。大本営も関東軍のメンツを重んじて強い命令をだせず、事件は多数の死傷者を出す戦闘へと拡大した。命令の曖昧さ、敵への侮り、情報の軽視、精神の過剰な重要視など、その後の日本軍の欠点がすべて現れた。現場の兵士は戦車に火炎瓶で立ち向かうなど勇敢に戦ったが、捕虜となった兵士に自決を強要するなど非情な対応。一方、参謀の辻はその後も太平洋戦争で指揮をとった。辻の悪魔的な狡猾さが印象に残る。またノモンハン事件と平行して、独ソ不可侵条約をめぐるヒトラーとスターリンの駆け引きも描かれていて興味深かった。

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    投稿日: 2016.02.21
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    若い頃は、太平洋戦争の話はあまりに間近であり、聞くのも嫌であったが、最近になって少しずつ興味を持ち始めた。ノモンハン事件は、機能不全になった陸軍という組織の恐ろしさを教えてくれる。昨今、不祥事を起こす企業にも共通のものが感じられる。顧客や組織よりも個人の出世を重視する池井戸潤が描く銀行にも共通項が見られる。

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    投稿日: 2015.08.17
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    ノモンハン紛争の経緯について、特に、関東軍、参謀本部、政治中枢の関係について詳しく書かれている本。 独り歩きするイデオロギーと官僚主義的無責任から、多くの兵士が無駄死にする様は、その後の太平洋戦争にも繋がるもの。紛争の規模がのちの大戦と比較すれば小さく、関係者が限られている分、日本軍の問題点がよく浮かび上がってくる。

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    投稿日: 2015.08.15
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    あれだけ拘っていた司馬遼太郎が書かなかった「ノモンハン」。 まさに感想など書きたくなくなるような心境になる。 ただ、是非読んでいただきたい。歴史問題は正確に、できうる限り事実に近いことを知るのが大切だと感じる。 日本は一部の狂気染みた人間によって、過去にこのような大失態を演じていたことを知ることも、大変重要であろう。 これは、決して二度と繰り返すことが許されない。

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    投稿日: 2015.07.18
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    『ノモンハン』。この単語をはじめて意識したのは村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』であった。 それまで戦史モノのなかでその地で戦闘が行われたことは認識していたが、そこで当時なにが起きていたのか?というコトについてはついにこの歳まで知らずじまいであったのだ。 このところ半藤一利氏の著書を読み続けており、その読み易さ、史実の纏め方の旨さにすっかりファンになってしまった面もあり、半藤氏が描く『ノモンハン』である本書を手に取った次第である。 最近昭和モノを読む前に ・世界史の教科書でそのテーマはどう扱われていたか? を調べてみることにしている。 ちなみに山川の世界史の教科書だと、『ノモンハン』という単語はこの一文のみである。 このころ、日本は日独伊防共協定でソ連と対抗し、ソ満国境で張鼓峰事件(1938年)、満州・外蒙古の国境でノモンハン事件(1939年)と、ソ連との軍事衝突をおこしていたため、独ソ不可侵条約に大きな衝撃を受け、平沼騏一郎内閣は方向をみうしなって退陣した。 平沼内閣退陣の一つの原因として扱われた事件の一つとしてその名称が揚げられているだけであり、その事件とはどういうモノであったのか?という説明は一切無い。 どうりで、なにも頭に残っていないはずである...(^^;)ハハハ。 日本の歴史的史実において、『戦い』の定義というモノが全くよくわからない。 『白村江の戦い』、『壇ノ浦の戦い』、『桶狭間の戦い』、『本能寺の変』『関ヶ原の戦い』、『大阪夏の陣・冬の陣』、『鳥羽伏見の戦い』等々。 古代から幕末にかけて、合戦という意味では『戦い』とする定義なのだろうか。ほぼメジャーどころは『〜の戦い』である。 『本能寺の変』は合戦では無く、あくまで局地的な争い事ということで『変』なのだろうか? これが明治になると『西南戦争』、『日清戦争』、『日露戦争』と『戦争』という言葉を使うようになる。 この後辺りの昭和史になるとよくわからなくなってくる。『満州事変』に『日華事変』。 『事変』とはなにかというと、本来行動としては『戦争』行為であるにもかかわらず、宣戦布告をせずに(宣戦布告をして正式に国際法にのっとった軍事行動となるとアメリカ、イギリスに怒られるからという理由)、国際法上の軍事行動では無いものとして『事変』という定義を勝手にしているらしい。 ではこの『ノモンハン事件』とはなんだ?『事件』となると『五・一五事件』『二・二六事件』というように、あくまで国内での一時的な争い事、幕末までの『〜の変』と同様の意味合いでは無いのだろうか? 遠く満州のさらに西、外蒙古と満州との国境線付近での日本帝国陸軍とソ連陸軍との軍事衝突、その結果、満州防備の軍である関東軍の1師団が国境外へ進行した上でほぼ壊滅するにまで叩きのめされた本軍事行動が『事件』で片付けられるモノなのであろうか? 本書を読み、改めて後味の非常に悪い、本事件の概要を理解した。 理解したとともに、やはり著者が本文の最後に書かれているこの一言 ノモンハン敗戦の責任者である服部・のコンビが、対米開戦を推進し、戦争を指導した全過程をみるとき、個人はつまるところ歴史の流れに浮き沈みする無力な存在にすぎない、という説が、なぜか疑わしく思えてならない。そして人は何も過去から学ばないことを思い知らされる。 これはなにより、『戦争』という軍事行動の総括を由とせず、『事件』という一跳ねっ返りの事象として総括したのみに止めた、陸軍参謀本部ならびに関東軍作戦課の作戦参謀の愚劣かつ無責任な対応がノモンハン事件の結果を招いたということ。 そしてもう一つは『統帥権』を振りかざしながらも陸軍組織内部ですら統帥しきれていないという実態。満州事変以降、関東軍の暴走を止められないのはなぜなのかと不思議でならなかったが、中国における軍閥同様、関東軍自身が中央に対する下克上の気風を育てていったということ。 こんな統帥も出来ず、真摯な反省も出来ない、始まる前からすでに崩壊すべき組織のすべてを包含している一部の組織に戦前の日本は命運を握られるようになっていったという面で、本事件で亡くなられた方々はその後の日本帝国の行く末を思うとなにも浮かばれない。 『ノモンハン事件』という戦闘行為は、その用兵戦術、軍の意思決定プロセス、帝国陸軍としての精神性、参謀・幕僚部の意識、国際外交という面での戦略の欠如等々、すべてにおいてその後勃発する太平洋戦争での敗北に丸々同じことが当てはまる。 なぜ、日本のエリート中のエリートである集団が、決定的な敗北を結したにも関わらず反省という行為を実行できなかったのか、作戦参謀自身が顧みることも許されない組織を作り上げたことが最大の問題であるかもしれない。 本書はノモンハン事件を主題として話が進んでいくが、視線をヨーロッパに移すとナチスドイツがいつ開戦に踏み切るか?という状況であり、たんに日満vsソ連の状況だけでは無く、ドイツvsソ連の駆け引きも同時並行で語られていく。 その中では当然日独伊三国同盟締結に向けての国内政治の駆け引きも活発に行われ、国内では三国同盟派vs新英米派との駆け引きが繰り広げられるという、面で捉えるという点では非常にスリリングな本である。 しかし、ノモンハン事件終結で話が終わってしまい、その間サブストーリーとして展開していた三国同盟締結に至る話も途中で終わってしまうところが残念である。 その点だけで、本来は☆☆☆☆だが今回は☆☆☆としておきたい。

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    投稿日: 2015.04.29
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    「昭和14(1939)年5月から9月にかけて、満洲西北部の国境付近で、当時ソ連の実効支配下にあった外蒙(モンゴル)との国境紛争があった。日本側が国境線と考えるハルハ河を渡って、ノモンハン付近に進出した外蒙軍と満洲国軍との衝突から、日ソ両軍の戦闘に拡大し、日本軍は壊滅的な打撃を受けた。 ノモンハン事件と言われるもので、第一線将兵の敢闘にもかかわらず、上級司令部の指揮、指導が拙劣であったため、戦史的にも珍しい死傷率32%という完敗振りは、2年後に開始される対米戦争のために貴重な教訓を残しているのであるが、何故か当時の陸軍は、ノモンハン事件の本格的研究をしなかった。(解説より)」 日露戦争での歴史的勝利から30年余り。革命によるイデオロギーの大転換を経ながらも、敗戦による反省から軍備と戦略の近代化を推し進めたソ連と、滑稽とも言えるほどの精神論と盲信的な楽観論に毒された日本との間には、もはや圧倒的な戦力の差があった。 にもかかわらず、ある参謀は中央の命令を無視し、無用な戦いを避けるどころか自らの存在意義のためだけに幾千の命を奪い、反省するどころか自らは戦後の責任追及から逃げ続け、議員となり大層な著書まで残して生きながらえた。 そんな横暴に対して、東京の高級官僚は優柔不断に終始して止めることもできず、マスコミも一般国民も熱狂的に支持した。 ここに絶望的な日本人観を見てとるか、一部の人間の大罪と片付けるかは判断が分かれるところだが、その後の日本がなぜあのような無謀な戦いに挑み破れ灰塵に帰したのかがなんとなく見えてくる。 怒りと絶望で読み続けるのが苦しくなる作品だが、日本人としてはぜひ読んでおきたい作品。

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    投稿日: 2014.11.30
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    ★3.5 長かった。 日本陸軍の悪しき側面が良く判ります。 この時に反省して、きちんと関係者を 処罰していれば、その後の悲劇は(第二次大戦)は、 無かったのではないかと思います。 ただ、悪者=陸軍、善人=海軍のトーンで 書かれているのには違和感。 結局のところ、最終的には海軍も、 無責任に戦争に突入していくので、 どっちもどっち。 それにしても、前線ばかりが苦労して、 後方でのんびりと指揮を取る者は責任すら問われない と言うのは、本社は支持するばかりで、 現場の支店は苦労するという、 いまの日本企業と同じ感じがしますね。

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    投稿日: 2014.09.01
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    ノモンハンの戦い事態はよくわかりました。辻と服部の突き抜けっぷりも、両者を筆者が大嫌いなことも。 ただ「日本のいちばん長い日」よりも迫ってこないのはなんでだろ? 司馬遼ならばノモンハンをどう書いたでしょうかね?

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    投稿日: 2013.12.26
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    初出時の単行本では、中途で投げ出してしまった。何を思ったか、この度は新たに文庫本を入手し、はたまた読了に挑む。 当時を知る上で不可欠な、ヒットラーとスターリンの駆け引きを中心とした欧州の情勢を交えつつ、広東軍、陸軍参謀本部、内閣やらの動向をもとに、かの有名な負け戦の詳細を描出しています。圧巻、面白すぎ。 蒙ソ軍、広東軍とも数多の凄絶な死に様をもって綴られる厳粛なドラマにあって、著者が絶対悪とする辻政信をはじめとした軍参謀らに向けた、自らの私情も多分に交えた批判の言葉が随所にちりばめられているのが、ユーモラスに感じられ、思わず吹き出してしましそうになること度々。 読み進むにつれ、次第に昭和天皇が気の毒に思えてくるから不思議なもの。敗戦に学ぶことなく、慢心と非科学的な精神主義のもと、法と人命をないがしろに続く戦争に一路邁進、国民もこれを支持し、支えていたというのだから愚かしいことこの上なし。

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    投稿日: 2013.06.17
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    働きマンを中心に幅広い層で「失敗学」としても読まれているらしい。 戦史の記録文学だが、「坂の上の雲」とは違って爽快感はゼロ。読後感のやるせなさはすごい。時空をこえてうるわしき関東軍の無能っぷりを味わえる。前線の士官や兵たちは勇敢で優秀であっただけに、なおさらお腹一杯になる。丸山眞男が指摘した「無責任の体系」を念頭に置きながら読むと一層イライラできる(理解が深まる)。筆者は文芸春秋の元編集長で保守派とされているが、それゆえに筆者の批判はナショナリスティックで「しっくり」している。特に統帥権についての執拗な告発は的確。 冷戦後に公開されたソ連のノモンハン事件の資料では、ソ連側の損害も甚大だったとされており、「関東軍優勢だった?!」と元気になる方もいるとか。学ぶとこ、そこじゃないでしょ。

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    投稿日: 2013.03.28
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     この戦争には明確な勝利点がない。広大な荒野にソ連軍と関東軍がそれぞれ国境線を主張する。はっきりいって国境線が5キロ10キロずれたとしても景色は変わらない。都市があるわけでも資源があるわけでもない。そんなところで、国境を犯したとして大本営の戦線不拡大の方針を無視して戦争を始める関東軍は無謀の一言に尽きる。とくに傲慢なのが参謀の辻正信だ。  『一挙に攻勢に出ればソ連兵は軟弱だからすぐに退却する』という相手を舐めきった認識のもと(陸軍の中では日露戦争以来のロシア兵に対する常識的な認識らしい)戦争をしたくてしょうがなく、挑発を繰り返した感じだ。おそらく辻の頭の中にはソ連軍との陣地争いに勝つことしたかなく、この局地戦がソ連との全面戦争に突入する極めて危険なことという認識が欠如している。辻の論理は簡単だ。『やられる前にやる。やられたからやり返す』  しかし、前線においてはある意味こういう威勢がいいだけの指揮官はいてもいいと思う。問題なのは大本営が、前線をコントロールできなかったことだ。それというのも大本営の内部でも意見の統一が出来ず、断固たる処分を下せなかったからだ。  関東軍も関東軍なら、大本営も大本営だ。責任は双方に課せられる。  それでも第一次のノモンハン事件では、関東軍は健闘する。ソ連軍戦車に対して火炎瓶で対抗する。無謀に思えるが、このころの戦車は火砲を打ちまくると車体が熱くなり、火炎瓶でも熱によって炎が広がり、操縦士のいる車体内部まで燃えたらしい。それによってかなりの戦車を無力化した。そして航空戦力でも日本軍の戦闘機や操縦士のほうが優秀だった。だから、まあ一進一退の攻防だったと言えなくもない。  でも第二次になると日本側の被害が次第に甚大になっていく。長くなるので省くが、ソ連軍の陣地はまさに鉄壁で、関東軍の装備では破ることはできない。  ソ連が深入りしなかったのはナチスドイツの動向が一番の気がかりだったためで、東西二方面で戦火を交えたくなかったことが大きい。  ただ従来言われてきたように『日本軍の惨敗』と言うのは当らない。ソ連の被害も甚大だった。  目的も明確な勝利点もなかったという点において、「惨敗」というより、「無駄死に」という言葉のほうが当ると思う。兵隊をただの駒と捉える非情な昭和陸軍の体質が表出した先鞭かもしれない。

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    投稿日: 2012.11.25
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    ノモンハン事件、第二次大戦の始まった1939年、満蒙国境で日ソ両軍が衝突し、日本側の一個師団が壊滅した事件。戦後関係者が様々に自己弁護してきたこの事件を昭和史をライフワークとする半藤氏が裁く。期待通り、国内外の資料を読み込み、立体的で厚みのある内容に仕上がっている。日本側の視点だけでなく、スターリンやヒトラーの思惑にも思いを巡らせた力作と評価したい。 半藤氏が指弾するのは、陸軍参謀たちの独断専行、不遜、不勉強。それこそが後に亡国に至った遠因なのだ、と言わんばかりである。草原しかない国境線の争いで何故一万人も死ななければならなかったのか。後に戦死者の山を築いた日本軍の負の側面が遺憾なく現れている。 問題はこの敗北からどんな教訓を得たかだ。ソ連の戦車には勝てない、この局地的な教訓は活かされたと推察する。しかしインパール作戦の愚劣さやフィリピンでの戦死者の山を思うと、大事な教訓を汲み取ってないのだと気付かされる。 少し自国を弁護すれば、当時の陸軍はソ連軍がここまで圧倒的な火力を投入するとは予想できなかったに違いない。半藤さんはそれを欧州戦を控えたスターリンの思惑で説明している。ソ連は自らも一万人以上の犠牲を出しながら、日本を黙らせ、モンゴルの支配を確かなものにした。後にスターリンの猜疑心はヒトラーの狂気を破った、またも膨大な犠牲を出しながら。それは決して正義ではないが、日独の上をいったのは確かだ。

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    投稿日: 2012.08.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ■ 半藤さんの代表作。何年かぶりに再読してみて、多少感情的な部分が気になるが、改めて良書であると実感。太平洋戦争前の初の近代戦として位置付けられているノモンハン事件。この事件には、その後の悲惨な末路の帰趨が凝縮されている。 ・開明的と言われている海軍がこの時にはあれほど親独となったのか? 元海軍大佐曰く「それはドイツにいった軍人に、必ずナチスドイツが女をあてがってくれたから。しかも美しい女を。イギリス、アメリカはピュリタンな人種差別のある国だからそうはいかなかった」。 ・この頃の陸軍の勢威は国家おすみずみにまであまねく行き渡っていた。天皇の意思をないがしろにし、大軍が動いてしまってから大元帥の認可を得ているのである。 ・ノモンハンの戦場で困ったのは馬の壕である。日本の馬は伏せるように訓練されていない。睡眠も立ったままである。戦闘時に伏せるように訓練されている蒙古馬がなんと羨ましかったことか。重火器隊の兵隊さんは、愛馬が立ったままでも安全な壕を、不眠不休で掘ってやるのだった。 ・戦地増俸手当。大将545円、中将480円、少将410円、大佐345円、中佐270円、少佐200円、大尉145円、中尉115円、少尉105円、准尉110円、曹長85円、軍曹34円、伍長27円、兵長18円、上等兵14円、一等兵二等兵12円。なお准尉以上の職業軍人には、それぞれ留守家族に本給が別に届けられている。 ・ノモンハンの戦場では、一日ずつ戦っては、その日の戦場掃除をし、翌日はまた戦う、という、殺戮のし合いが重ねられていった。 ・今事件の出動師団であった、第23師団の出動人員約16000人中、損耗率は76%以上と言われている。ちなみに日露戦争の遼陽会戦の死傷率が17%、奉天会戦が28%、太平洋戦争中もっとも悲惨と言われるガダルカナル会戦の死傷率が34%。この草原での戦闘の苛酷さがこれによってよく偲ばれる。 ・戦後、スターリンの質問に対して答えたジューコフの見解は、あっぱれな正答である。「日本軍の下士官兵は頑強で勇敢であり、また青年将校は狂信的な頑強さで戦うが、高級将校は無能である」。

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    投稿日: 2012.05.29
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    関東軍と陸軍参謀による、まさに絵に描いた餅の無謀な戦略(戦略なき戦いというべきなのか)によって、犠牲になったのは、最前線の多くの兵士。 過去の成功体験にしがみつき、環境の変化に対応しようとしない企業は、いずれ消滅します。その時の被害者は現場の社員。

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    投稿日: 2011.09.25
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    日本陸軍がどれだけ思い上がり、自分勝手に暴走したのかがよくわかった。また中央陸軍の「空気を読んだ」、判然としない対応も戦争の一因だったのだけれど、これは悪い意味で日本的な対応で現在もよく見られる。 膨大な犠牲を出したノモンハンから学ばなければいけない。

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    投稿日: 2011.09.08
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    昭和14年。日本が満州を占領し、モンゴルとの国境沿いでソビエト連邦と激突した事件を克明に綴った大作である。 当時は日独伊三国同盟を結ぶか否かで陸軍(賛成派)と海軍(反対派)の対立をきっかけに、当時の平沼内閣では議論が平行線を辿っている頃である。そのためこの物語では戦場だけでなく、三宅坂(参謀本部・内閣)、新京(関東軍本部)、クレムリン、ベルリンでの出来事が時系列的に展開されている。 ノモンハン事件は関東軍の大敗で終結を迎えるのだが、この本を通じてそのプロセスを検証すれば当然の結果である。「己を知り、敵を知る」、日本軍は組織的にその姿勢が決定的に欠けていた。またこの事件を通じて得られた教訓は軍事組織に留まらず、現代の企業社会にも十分通じるものである。文明は確かに発展してきているが、人間は過去から何も学んでいないということか。 なお、関東軍敗退の学術的な検証は『失敗の本質(戸部良一、野中郁次郎等)』が詳しい。

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    投稿日: 2011.08.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

     いかにして、「ノモンハン事件」が始まり、そして終ったか。著者の丁寧に調べられた中から見つかるのは、ただただ唖然とする事実ばかり。  これが「事件」と銘打っていいのだろうか?と疑ってしまう。無謀な計画に、敵味方問わず何人が死んでいったのだろうと思うと、あまりにもむごたらしい。

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    投稿日: 2011.07.24
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    詳細は忘れたが、この本でソ連陸軍の将軍が帝国陸軍を評して、兵隊勇猛、下士官超優秀、下級将校は優秀だが、将軍は無能と述べたくだりがあるが、日本の組織の特徴を言い得て妙。

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    投稿日: 2011.06.28
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    ひどいな。これは。 歴史から学ばず、自分の希望と現実の境目も分からない無能が 数万もの人間の命の行方を左右する役職につくとは恐ろしい。 今も昔もこういう人間がいるし、何の間違か人の運命をも左右するような力を手にすることも多い。 しかも主犯はのうのうと戦後も生きているとは、恥知らずだな。 と、まあ本を読んだ感じだとそう思うけれども、 この本自体が本当っていうところがいまいちわからんね。 近代史に自分はそこまで知識が深くないから。

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    投稿日: 2010.08.15
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    1939年夏に起きたノモンハン事件が、日独伊三国同盟や独ソ不可侵条約、そして第二次世界大戦の開始といった歴史上の事件と並行して、立体的に詳細に描かれている。「歴史にIFは無い」と述べられているがもしこの判断が違っていたらという箇所が各所にあり、いかにその時代の外交が薄氷の上で成立していたかに思いを馳せずにいられない。 氏の著作ではいつもの事ながら、綿密な資料収集と精緻な文体に惹きつけられる。名作だと思う。

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    投稿日: 2010.05.03
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    辻政信がボロカスに書かれている。猛烈に批難されて当然である。当時の陸軍参謀(少数と信じたい)が手前味噌で無茶苦茶な作戦を立て,日本を戦争に引きずり込んでいったかがよくわかる。

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    投稿日: 2007.09.12
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    海軍大臣 米内光政 次官 山本五十六中将 軍務局長 井上茂美少将の親英派VS陸軍 親独派 三国軍事同盟 「世界新秩序を目標とするドイツと与することは、必然的に英米旧秩序を打倒せんとする戦争に巻き込まれることである。日本海軍軍備と航空軍備の現状をもってしては対米英戦争には勝算はない。」山本五十六  「膨大な海軍予算を取っておきながら、『いざとなったら戦えない』とは腰抜けもいいところである。」陸軍  五相会議 (陸相 板垣征四郎、海相 米内光政、蔵相 石渡源太郎 総理 平沼騏一郎 ) 駐独日本大使 大島浩同盟派  駐イタリア日本大使 白鳥敏夫 同盟派 p67、『対ソ戦闘要綱』 昭和8年 参謀本部小畑敏四郎少将 作戦課長 鈴木率道大佐の成案小畑、鈴木 皇道派『中国一撃論』を第一義とする統制派陸軍中央が皇道派の案を接収する。  p67統帥権の法的記述がある。 p312当時の新聞の論調排英の朝日、読売などの共同宣言(1939年7/15)  当時から新聞は、読者を煽ることには長けていたことがこれで分る。  昭和11(1936)年11月 ドイツと防共協定共産インターナショナルに対する協定 13年(1938)夏ごろからドイツ軍事同盟に切り替えようと言う申し出。天津のイギリス租界で、日本人暗殺事件。容疑者4人の引渡しの外交交渉をめぐって日英は激しく対立。国民とマスコミの不満が、輩出される。このころから、日本海軍内に、対米英強硬派が増える。   戦車の日ソ比較 p234 89年式中戦車対戦車攻撃戦車ではなく、歩兵直協戦車。鋼板が薄く、弾が通りやすい。中央参謀の計画ソ連軍の無言の重圧泥沼化する日中戦争蒋介石の長期抗戦 陸軍中央の狙い泥沼化する日中戦争の早期解決ソビエトを牽制するため独との同盟ソビエトをヨーロッパ方面に釘付けにする。北からのソビエトの重圧をドイツとの同盟により回避。対中国に全兵力を傾注する。蒋介石との和平  「持たざる国」(独・伊・日)と「持つ国」(英・米・仏)のアンバランスを壊し、世界新秩序を打ち立てる国家戦略。  以上、ノモンハン事件当時の国内の状況と「ノモンハンの夏」の覚書きメモ。  ノモンハン事件は、1939年5月に始まり8月に終結、ソビエトに関東軍が大敗を食らい損傷率が70パーセントにも及ぶ事件。有能かつ敢闘精神にあふれた多くの軍人を参謀の無謀な計画によって失った事件。関東軍の参謀、服部卓四郎と辻政信の敵国情報の無視と参謀本部の命令無視の実態が、統帥権干犯の検討と共に、生々しく述べられている。また、昭和天皇の「適切」な世界情勢の把握 から陸軍中央、板垣征四郎の独日軍事同盟に強く反対していたことが天皇の言葉によって述べられている。また陸軍と海軍のドイツとの同盟問題をめぐっての抗争が、五相会議を中心に、当事者の語りによっているところが、緊迫した読みものにしている。  また、当時の新聞が、排英、三国同盟に大賛成しており、国民もエネルギッシュに天津事件が元で、排英運動に積極的に参加していたことが、山本五十六暗殺未遂事故を見ても分かる。  40年9月、ドイツとの同盟は、果たされることになるが、39年末、ソ連とドイツの不可侵条約が結ばれた後、第二次世界大戦を迎えることにになる。陸軍は、独ソ不可侵条約の締結などありえないとの情勢判断だったが、それが見事に覆される。が、陸軍中央参謀に戻った服部と辻は、ドイツとの軍事同盟後、さらにエキサイトし、陸軍を南下させる愚策に邁進する。

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    投稿日: 2006.11.08