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赤目四十八瀧心中未遂
赤目四十八瀧心中未遂
車谷長吉/文藝春秋
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総合評価

102件)
4.0
32
31
21
5
1
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    下手なマネをすれば死に直面しかねない暮らしにありながら、どこか他人事に見えるインテリな「私」の身の置き方は、私小説とはいえどこまで事実に基づくかはわからないが妙にリアリティがある。アヤちゃん、セイ子ねえさんのキャラクターも本作の魅力である。

    19
    投稿日: 2025.04.13
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    異質な作品。 作者は暗くある種陰惨な私小説をキャリアとしていて、本作品もベースは世捨て人の作者自身を投影した様な一人称視点。 にも関わらず、本作品の直木賞受賞には納得をしてしまう寓話性があり、作品が締まった瞬間物語の世界から弾き出された様な寂しさを感じた。 特に女性とのさもしい縺れた恋情を描くのが巧すぎる。

    3
    投稿日: 2023.06.28
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    2023/3/19 読了 久々にどろりとした本を読んだ感じ。 登場人物は、それぞれクセがあるものが人間味が濃いからか何故か誰も嫌いになれない。

    1
    投稿日: 2023.03.19
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    日常を虚で湿った目線でかすめる言葉たちとなにかの起きていることはわかるがなにが起きているのかはわからない感覚とがまじりあって神話的な雰囲気を醸成している。ただ二十四節で終わってほしかった。釣れない釣りを続けるひとたち好きだった。

    2
    投稿日: 2022.12.25
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    先日、某新聞にこの作家の名前が出ていたので再読。 直木賞ですよね、確か。でも出だしとか芥川賞の間違いですか?と思いました。 その後は多少は直木賞っぽくなりましたが、全体観としては大衆受けは考えず、焦点が極めて小さい、濃厚な心象風景をどうとでも取ってください、的な感じを受けました。 寺島しのぶが映画でやったとか聞きました。本当なのか知りませんが、そう言われるとさもありなんと思います。こっちの方が、感覚は伝わりますかね?

    2
    投稿日: 2022.11.02
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    社会の底辺で生きる人達と、そこに身を置かざるを得なくなった主人公の話。 文章が面白過ぎて、全然好きな題材じゃないのに怖い物見たさもあり一気に読んでしまった。 主人公が「生きる世界が違う」と体良く追い出され更に女の後を追いかけて彼の地を離れるまでの冒険譚のような話だった。

    0
    投稿日: 2022.10.03
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    尼ヶ崎の底辺の人たちの情念。 心中しまーす!と思ってても、他人なので二人が一つにはならない(そりゃそう) フジテレビのノンフィクションでどうしようもない人を見るのが好きだから、そういう雰囲気で好きだった。

    1
    投稿日: 2022.03.26
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    友人からのお勧め本。図書館に蔵書されていたものの、職員さん以外は入れない所に…禁書か? 著者が車谷長吉で装丁とタイトルも古風。初見ではとっつきにくそうだが、いざ読み始めると何とも言えない翳りの雰囲気に引き込まれた。関西色が強くて全体的に湿っぽい中、迦陵頻伽が艶っぽくて魅力的で逆に薄気味悪さを醸し出している。西村賢太を思い出す部分も。 主人公の生き様に共感する所が多々あった。破滅願望って誰にでもあるものなのか。妙に潔く、かっこよく見えたりする。他の作品も読んでみたい。やはり人のお勧めは自分の殻を破るので面白い。

    2
    投稿日: 2022.01.31
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    上手い。文章が、ストーリーが、人間描写が驚くほど上手い。地下鉄神楽坂駅の伝言板に始まるあっち側とこっち側を意識させる世界観。会社を辞めてアパートの一室でモツを串に刺し続ける「私」。背中に迦陵頻伽の刺青のある隣室の女がある日「うちを連れて逃げてッ」ーこの目に見えない境界線は何なんだろう。そして本当にそこに境界線はあるのだろうか。何がそれを作るのだろう。さらにあっち側にも魅力が垣間見える。近所の焼鳥屋が肉を串に刺し続ける仕事、時給1200円と聞いて、それは違うと思った。

    0
    投稿日: 2021.11.19
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    壮絶。圧倒されて読みました。 底辺に堕ちたと主人公の生島は思っていたけど、アマに住む他の人たちは「あんたはここにいる人とちがう」と、最後まで仲間みたいなものには入れなかったな生島のこと…それは希望みたいなものかもしれないと思いました。ここに馴染ませてはいけない、と。中には陥れようとする人もいるし危ない事にも関わってしまうけど、それでも助けてくれる人もいるし。 こんな世界は表からは見えていないだけで、まだあるんだろうなと思わせられる現実感がありました。アヤちゃんみたいになる人もいるんだろう。。迦陵頻伽の入墨って凄い。 晋平ちゃんも幼いながらに(これは言葉にしてはいけない)を弁えてて悲しくなりました。そうしなければ生きていけないんだな。 噎せ返るほどの情念。心中未遂…哀しい。

    3
    投稿日: 2021.11.15
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    心が近鉄電車の中にまだ自分もいるような感じで動けない。 夏目漱石もゆうとったらしいけど、やっぱり「書くということ」は“命の交換”なんやと。 命を削りながら、描くというよりは、命と交換するくらいの気持ちでないとあかんということやとおもう。 この小説では「池に沈んだ月を掬い取る」という表現をしているけど、そんなどうなるかわからんようなもんに命をかけるとは、恐れ入るしかない。そして文学とはそうなんやと。 この小説は、書くということで作者が命を差し出す迫力に圧倒される。読後、しばらく心が痺れて動けないでいる。 2022/1/29 再読(コロナ罹患のため療養中に) 人や出来事を丁寧に彫り起こしながら、描いているとおもう。 正に彫刻刀で周りを削りながら、一つの仏像をかたどるようにして。 祈るより拝んでしまいたくなるような作品。 穢れの中にこそ、神聖性がこちらを見つめる何かがある。 いわんや、迦陵頻伽は蓮の咲くドブ池から飛び立つ。 素晴らしい作品でした。

    1
    投稿日: 2021.08.02
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    近鉄の駅に夏になると貼られる赤目四十八瀧の観光ポスター。毎回気になるのだけれど、旅慣れた京都でも奈良でも大阪でもなさそうな場所で、なんとなくふわふわした「いつか…」のままちょっと心の奥にしまってある現実感のないところ。そこがタイトルだったので手にした本。 久しぶりにこれだけ黒いマグマのような力のある小説を読みました。 尼崎・やくざ・刺青といった好みのジャンルではなかったけれど、ドロドロとした臓物までさらけ出すように刹那的に底辺を生きる登場人物たちの描写から感じるものが色々ありました。それは感動とかそういうものではなくて、リアルにこういう世界に生きている人たちもいるのだろう、とにかく自分も今日を踏ん張って生きて、少しでも今の場所から這い上がらなければ…という生へのリアルさでした。 それには自分はここまで落ちてはいないという安心感もある。そして立ち止まり過ぎていたら、ここに落ちてしまうかも…という不安でもある。 日常で使う「しかし」という字は「併し」って書くことも知りました。 短めの小説だし、また疲れたら読んでみよう。

    1
    投稿日: 2021.02.05
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    赤目四十八瀧というのは、三重県名張市の近くにある有名な観光地である。といっても、近くにいながら僕は一度も訪れたことがない。一度は行ってみたいと思っていたが、この作品を読んだら行く気が失せた。それは何故かと問われても説明がうまくできないのだが、背中からぞくぞくするような寂寥感が迫ってくる描写に、妙に不吉な臭いを連想し困ってしまった。 作品の中に、主人公の生島とアヤちゃんが、死に場所を探しながら滝壷を覗き込むシーンがある。これが何とも切ない。最終のバスに乗り遅れて、バス停で呆然と佇むような感覚とでも言おうか、次に何をしたらいいのか分からないもどかしさを感じるのである。 夕闇が迫るとともに観光客の姿もなくなった連瀑を覗き込み、「死ぬことについての意味など何もない」と思いながら、成り行きに任せて心中を決心していく主人公の姿が悲しい。安定した会社勤めを簡単に辞めて、隠れるように移り住んだ薄暗いアパートの一室で、臓物にひたすら串を刺していく毎日。欲もなく、自分を追いつめるように空気の如く生きる生島の姿は、まるで修験者のようでもある。凡庸と欲望に凝り固まった自分には生島の生き方は到底理解できない。“流される”と表現するのが一番合っているような気がするが、ただひたすら流され続ける生島の生き方は、人間を捨てた仮の姿であり、無欲が成せる崇高な姿ではない。魂を抜かれた“抜け殻”と表現するのが合っている。 作品の中で、生島が姫路に生まれ、小説を書いていたというエピソードが出てくるが、このあたりのあらすじは著者の過去を彷彿とさせるものがあり、自らの体験がベースになっている作品と言えるのかもしれない。関西の下町を舞台に、陰をもった人々の暗さをたっぷりと書き込んでいる筆致は、著者の分身とも言えなくもない主人公の生島の育ちの良さを時折垣間見せながら、まるで梅雨空から抜け出せないような暗い関西弁のイントネーションを使って、隠花植物のように暗さに溶け込まさせる。育ちの良さが発する輝きを無理矢理に封じ込めるという絶妙なバランス感覚をうまく表現し、著者独特のシュールな世界を作り出すことに成功している作品であった。

    0
    投稿日: 2021.01.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    学生のころに一度読んでいて、33歳になり再読。 いつのまにか干支がひとまわりして、主人公と同年代になっていた。 当時は特にラストシーンが衝撃的で、万年床で天井を見ながら、読後感に浸った記憶がある。パンチのある小説だった。好きだった織田作之助を超絶重くしたような印象もうけた。 改めて読むと、技術的な面が目立った。 世界観の構築に必要な文章の組み方、表記・言い回し・比喩・方言ー「併し(しかし)」の多用、副詞の少なさ、身体に密着したアマの方言ーなどと、工夫とカラクリが結構巧妙で笑ってしまった。 愚直でさまよい続ける主人公と、おっさんになって、世の中の仕組みや自分の器の大きさに諦観し、距離を取って冷静にものをみられるようになった成熟した書き手を、厚かましくも自分と重ねた。 併し純粋に物語としても面白いよ、しかし。(前者はおっさんになった車谷長吉氏、後者は破天荒な芸人横山やすし氏の使い方)

    2
    投稿日: 2021.01.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    主人公は自己評価が低く最初は太宰文学を読んでいるようなつまらない感じでしたが途中から状況が緊迫し一気に読み上げました。 登場人物はそれぞれキャラが立っていて印象的です。 映画ではあやちゃんを寺島しのぶが演じだそうだがかなり印象と違い残念。

    1
    投稿日: 2020.09.04
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    一風変わった恋愛小説としても十分面白いのですが、それよりも意図的に使われる大正ロマン(大正をよく知りませんがなんとなくそんな雰囲気)の文体を愛でる作品のような気がしました。その意味では、この小説は芥川賞候補でもおかしくなかったのでは。舞台は昭和53年なのに、この文体の効果で尼崎のどんよりとした底辺にうごめく人間模様が一種独特な迫力で描写されます。打算的で利己的だが主体性の薄い主人公が、身を崩し特殊な下位社会の中で流されて生きる、その絶望的な状況でも誰かを信じてみようと思わせる人間のやさしさとはかなさを知る・・ 「圧倒的な小説づくりの巧みさと見事な文章で、底辺に住む人々の情念を描き切る」という宣伝文句に嘘、偽りはありません。 ちなみに、本作品は第119回直木賞受賞作ですが、選考では満場一致、特に黒岩重吾、五木寛之、井上ひさしが絶賛しました。

    0
    投稿日: 2020.07.21
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    小説家を目指しつつ、東京で仕事をしていたが、とあるきっかけですべてを捨てて尼崎の居酒屋の女将に匿ってもらってほそぼそと暮らす男の人生。 何もかも捨て尼崎に降り立った生島は、居酒屋のセイ子に拾われ、ボロアパートでモツの下処理をする仕事を貰う。隣には刺青師、色っぽいその妻アヤコが住み、周辺にはカタギではない人たちが行き交う。 あんまり調べてないけど、作者の私小説的な部分が多いのではないかと思う。ちょうどゴールデンウィークに、吾妻ひでお『失踪日記』『うつうつひでお日記』を読んだところだったことや、もともとつげ義春なんかを愛読していたので、こういう世界は大歓迎。 読み始めから「併し(しかし)」なんていう言葉遣いなもんだから、これは結構苦手なやつかも、なんて思ったが、読みやすいです。 コテコテの関西弁に、ヤクザの会話など、わけの分からん部分もあろうが、これは主人公もわかっていない。我々が子供の頃に、大人の会話が全く意味をなしていないように聞こえていたものが再現されている。 裏社会と表をいったり来たりする浮遊感と、心中を決意するくらい思いつめたりする割に、具体的に逃げ出さない優柔不断な感じが、おそらく読んでいる人の8割位には理解できるのではないか。 また、純文学的に見たときに、章で小さく区切って、どうでもいいようなことを見つけたり話したりする、そういう感覚もみずみずしい。文章も概ね平易だし、妙な比喩をこねくり回して感情を表現したりもない。直球であるところに好感が持てる。 最後に、顛末後について1ページ、チラッと紹介してくれているのだが、顛末後の小説もあったら読んでみたいものである。

    1
    投稿日: 2020.05.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    文体が全体的に異臭というかそれでいて狂気と静謐さを帯びている。私とアヤちゃんの関係性と、私とセイ子ねえさんとの関係性。くすぼり、と呼ばれる連中達の中でひりひりとした私の心情がスカタンと自らを呼び、どこまでも世捨て人として落ちていこうとする。けれど、周囲の人間は私にあんたはここで生きていく人間ではないと突き放す。私はどれほどスカタンで落ちていく人間だとしても彼女や彼らにとってはインテリの観察者でしかないのだ。だから最後アヤちゃんは私との心中を未遂にしたのではないか。車谷長吉の言葉は良い意味で古臭く、アマの生活での言葉遣いが理解出来ない場面があったので、これはまたいつか再読するべき本だと思った。

    1
    投稿日: 2019.09.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    何もしないでいるにはあまりにも長い人生だから、何か意味が見出せないと、生きることの怖さや死ぬことの怖さを受け入れられない。‬ ‪血なまぐさい湿り気が漂う不快さの中で、人間の芯の部分が常に見え隠れしていた。‬ ‪捨てた・失ったと言えるのは、それだけのものをはじめは持っていたということであり、その違いは決定的。‬そして道を分けるのはその奥底に潜んだ僅かな違いかもしれないと思う。

    1
    投稿日: 2019.07.07
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    文体が古臭くて湿っぽくてクセがあって、読みやすいわけではないけど、何となく引き込まれる。主人公やアヤちゃんがどういういきさつで今の生活に至っているのか、あまり触れていないことが興味を引き立たせる。主人公が最終的には普通の生活に戻ったということにさらにびっくり。

    0
    投稿日: 2019.06.30
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    主人公は自身を『漂流物』と表現する。大学を出、東京で就職するも、目的も欲望もなく、周りに流されながら尼崎のドヤ街という社会の底辺へとたどり着く。著者の経歴と重なるところが多く、退廃的私小説とも言えるだろう。 自らの運命を受け入れ腹をくくってるドヤ街の人たちと、どこかインテリ臭さを残して周囲の異物となり、そんな自分を嫌悪している主人公。どちらも生きる苦しみが表現される対象であるが、どちらが苦しいか、著者は後者だと言いたいように感じた。

    0
    投稿日: 2019.01.14
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    このレビューはネタバレを含みます。

    主に尼崎を舞台にした物語。 尼崎のディープな界隈における、ディープな人たち。存在だけで何かを物語ることのできる人物像の描き方がいい。 尼崎で主人公が出会うのは、言葉にしなくても何か背負っているものを感じさせるひとたち。そもそも何故尼崎に辿り着いたのか。自分はただの木偶の坊だと思っていても、他人から見たらそれもまた色んなものを背負った人生。

    1
    投稿日: 2018.10.22
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    『併し』が多いな、併し。っていうのが読み始めの印象。読み進めるうちにだんだん減ってはくるけど、たまに出てくる度に気になった次第。それによって引っ掛かりを覚えるから、漫然と読み進めてしまうのを防止する効果はあり。心中相手の最期は描かれていないとはいえ、最終的にはあらかたの結論が出てるから、純文学ってよりエンタメ色の強いものとして、直木賞受賞に至ったのかしら。なぜ今のタイミングで本作かっていうと、今度赤目滝の近くまで行くから。

    1
    投稿日: 2018.10.09
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    今度、赤目四十八滝へ行くので、そういやそんな小説があったなと思いだし読んでみた。 これが、直木賞かあ・・・。正直、全くダメだった。 地元が近いしとか、折角読み出したのだからというだけで、読み進めたけど、しんどかった。 かなり頑張ったと思う。 『流』とか、直木賞にこういう系譜もあることは、良いことだとは思うけれど、如何せん、理解の範疇外だ。 赤目四十八滝も、最後にほんのちょっと出てきただけだった。

    0
    投稿日: 2018.08.15
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    選んでここにきた主人公と、ここでしか生きられない人との対比が生々しく、歴然としている。そしてそこがこの作品の面白さだと感じます。暗くて救いようがないのに、どこかあっけらかんとしている。映画を見たときは幼くて全く理解できなかったけど、リトライの思いで本作を手に取って良かった!かなり好きな作品です。

    0
    投稿日: 2018.02.17
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    三重県の赤目四十八瀧を、わけあり男女が死ぬ場所を探してさすらう話かと思って読んだのですが、全然違いました。 主人公の生島与一は、もともと東京の会社員だったのだが、彼女と別れたことをきっかけに会社を辞め、流れ流れて今は尼崎のぼろアパートで、モツを串に指して日銭を稼ぐ暮らしをしている。 やけになっているわけではない。 何かが決定的に欠落してしまったのだろう。 同じアパートに暮らすわけありの人々に、心ならずも関わり合いになりながら、やはり主体性なく流されていく主人公。 テレビも電話もなく、所持品と言えば風呂敷に包んだ2冊のノオトと万年筆にインク壺くらい。 鍵のかからないアパートの部屋で、日がな一日モツを串に刺し続ける。 そんな日常が淡々とつづられているのだが、これ、舞台は昭和53年のことなのである。 昭和53年と言えば、もうそろそろバブルもやってこようかというこの時期に、ふろしき、ノオト、インク壺。 一瞬パラレルワールドかと思ってしまった。 そしてこれ、直木賞受賞作品なんですよね。 芥川賞ではないんです。 文学、奥が深いなあ。 200ページ以上たってようやく話が動き始める。 大家であり雇用主であるセイ子ねえさんに、出ていくように促され、アヤ子に「一緒に逃げて」と言われ、晋平ちゃんは親戚の家にもらわれていき、彫師の男は不穏な動きを見せ始める。 誰もが思わせぶりで、核が見えない。 250ページを過ぎて、赤目四十八瀧へ向かう主人公とアヤ子。 底辺に生きるというのはどういうことか。 生と死、しがらみと矜持、男の性と女の性。 狭い世界に、むっとするほどの熱と湿度。 270ページほどの短い小説なのに、じっくり時間をかけて読まなきゃ理解できなかったので、大変時間がかかりました。 だからと言って小難しいわけではないのです。 息を詰めるようにひっそりと読み、そして深く鋭く感じ入りました。

    1
    投稿日: 2017.12.04
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    社会の底辺から見える情景をここまでビビッドに活写した小説もなかなか無い。この主人公の生き様をヘタレと断ずるのは容易い。しかし底辺だからこそ、死を背中に感じているからこそ、できる恋愛もある。この本は今までで五指に入る恋愛小説だと思っている。

    1
    投稿日: 2017.11.26
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    妻の記事きっかけで読む。これも男の妄想なんでしょうね~。落ちるところまで落ちておきながらすごい色っぽい若い女と都合よく良い関係になる。付き合いきれませんね!!だいたい、腐りかけた肉を不衛生なおっさんのアパートで串刺し作業って、小説のための空想の世界にもほどがある。。。ヤキトリをばかにするな!もつは新鮮さが命なんだよ!!と言いつつ女性を美しく書くのは悪いことではないので2点献上。。。

    0
    投稿日: 2017.06.14
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    このレビューはネタバレを含みます。

    いやもう、こら凄い。激重。どヘヴィー。ちょっと、もう、口あんぐり、としか、いいようが、、、ないな。 読んで良かった、という気はするのですが、自分みたいな根性なしは、この世界では、全く生きていかれへんだろうな、と、思うしだいです。喰われる立場になって、それこそこの小説の主人公が、毎日ひたすら作り続ける、病死した鳥や牛や豚の肉の串焼きの具になる立場やな。そう思うたのです。 関西弁?というか大阪言葉?神戸言葉?まあ、一応は、関西弁って言い方になるのか。小説内で、登場人物がしゃべるその言葉が、めちゃんこリアル。まんまそのもの、っていう、うひゃあ、これが生の言葉か、って感じ、でしょうか。読んでて、めっちゃ心地よかったです。 あと、時々、町田康さん的口調の地の文もでてきて、それも好き。町田さん、車谷さんの小説、読まはるんやろか?なんかこう、根っこの部分のすっごく深い暗いところでは、お二人は、似ている気がします。町田さんの小説のほうが、とっつきは良い?気がしますが、、、いや、んなこたあ無いか? どアングラ、というか、どパンク、というか、まあ、激烈にスゲエものを読んだ。という感は、ありました。でも自分には、とても、この小説を語る力はないな、とも、痛感。なんでこんな世界と向き合って、表現できるんやろうなあ。おっとろしいことですよ、コレは。

    0
    投稿日: 2017.02.21
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    荒戸源次郎監督の映画『赤目四十八瀧心中未遂』(はったきではなく、やたきと読むそうです)、主演女優の寺島しのぶさん共々評判で、原作を読みました。ストーリーの巧みさと、見事な文章でオドロオドロしい情念の世界を展開していきます。いやいやながら、物語に引き込まれてしまいますが、私は、「私」生島に共感できません...赤目四十八瀧も最後までストーリーとはあまり関係がない?それはともかく、背中に迦陵頻伽(がりょうびんが)の刺青をした『あや』ちゃんは、私の中ではどうしても寺島しのぶさんに重ならないけれど、早く映画は見てみたい。

    0
    投稿日: 2016.05.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    東京でのサラリーマン生活が長続きせず、故郷には帰れない生島は流れ着くように、アマ(尼崎)の狭いアパートで焼肉屋で出される臓物を串に刺しながら、裏社会の入り口に身をおいていた。 飽きもせずに暑いアパートの一室で黙々と臓物を串に刺しながら、同じアパートに住む彫眉さんとその愛人アヤさんと関わりを持ち接近し、いつしかアヤさんと心中に突き進んで行く。 社会の底辺に生きる人々を描き出す車谷長吉の文章を楽しませてもらえた。

    0
    投稿日: 2016.03.15
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    2015年最後に読んだ本。著者の車谷長吉さんが2015年に亡くなったから年内に、と思って。(誤嚥性の窒息が死因だったとかでけっこうショッキングだった) 直木賞受賞作。この映画で寺島しのぶが賞を総なめしたイメージが強い。 33歳の生島は、歩んでいたエリート街道を外れて底辺の生活へと身を落とす。尼崎にあるアパートの一室で、病気で死んだ牛や豚の臓物を串に刺し続けるという仕事にありつく。 向かいの部屋からは彫眉という男が女たちに刺青を彫る苦痛の声が漏れてくる。 階下の部屋には彫眉の情婦で妙に艶かしい女・アヤ子が住み、生島は密かに心惹かれていたのだが、ある日アヤ子が突然部屋を訪れたことから、事態は動き出す。 日本が舞台の物語なのに、退廃的すぎてもはや寓話の域とも言うべきか。 日がな一日臓物を串に刺し続ける生島と、雇い主のセイ子。毎日無言で臓物を届けに訪れるさいちゃん。彫眉にアヤ子。元々がエリートである生島以外はいわゆる底辺で生きる人々で、彼らを取り巻く人間たちもまた同じく底辺にいる。 生島も自ら選んで堕ちた道に来たものの、他の道を選ぶことが出来ずに運命的にその場所にいる周りの人間から見ると、生島はやはり異質なものに見えてしまう。みな生島のことは嫌いではないけれど、住むべき世界が違うと感じて、遠回しに元の世界に戻るよう促したりする。その周りの人間の優しさが痛々しくて哀しくて不器用で、そしてとても愛おしく感じた。 ヤクザ、刺青、コンクリ詰め、兄の借金の肩代わりに売られていく女…物騒で個人的には全く縁のない世界が描かれていて、人間臭く、恐ろしく、性の匂いも強く、雑然とした町の匂いとか、アパートの部屋に染み付く臓物の匂いまでが読んでいて感じられるような気がするほどなのに、一本芯に不思議な美しさが消えずに存在するように思えた。 アヤ子の揺れる心情と最後に見せた強さが哀しく、読後の変な空虚間がしばらく消えなかった。

    5
    投稿日: 2016.01.15
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    ずっと読みたいと思っていたこの本。 ラストは妙に感動した。アヤちゃんは、主人公は、このあとどういう人生を歩むんだろう。 文章から伝わる退廃的な雰囲気がなんとも言えない良さ。

    0
    投稿日: 2015.10.05
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    ひりひりするような文章を、もっと読みたくなる。 かつて読んだことがありましたが、また私の年齢環境想いも違って、新鮮に楽しめました。 最後まで読み進め、瀧での放浪、その後の泥まみれの映像だけ、自分の脳裏に当時しっかりと焼き付けていたようで、そのシーンにあたるところでそうだーそうだ、これだとぴたりとあてはまりました。 見てはいないのだけれど、どうしても、映画、寺島しのぶ、というイメージに引っ張られてしまう面は否めない。 あれ、アヤちゃんだったのか、いやそれともこの赫毛の女なのか?と思い読み進め、ああアヤちゃんなのか、と合点の行く始末。 ちなみに他の出演者は誰だったのさと気になって調べてみると、主演は大西滝次郎改め大西信満さんという方―ああキャタピラー主演でまた寺島さんと共演しているんですね―とセイ子ねえさんは大楠道代さんか。 自分の中の世界と、イメージが違う配役であるのと、そもそも独白だらけのこの作品を映像にすることというのはどうやってこの世界を表現していくのか、言葉をそのまま発信していくのか、この言葉に真正面からぶつかっている物語を映像にどう転換していくのか。 それが映画監督、俳優たちの腕の見せ所なのかな、と思います。 私はそれが映画よりも文字から思念する世界の方がより好み、なのでしょう。 言葉で虐げられ、言葉で傷つけられても、それでも言葉に救いを求め、すがって、支えにする自分が居るんです。 こういうひりひりするような文章が読みたいので、他の作品もメモ。 しかし私に圧倒的に足りないのは花に対する知識だと、改めて。 前回塩壷の匙や、吉屋先生の屋根裏の二処女を読むにつけ痛切に感じ、でも植物辞典はちょっと、趣味じゃないから俳句の季語辞典みたいなのを通読してみようかしら。 なにか、おすすめ、あれば教えてください。

    2
    投稿日: 2015.09.22
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    なんでか日本のそれもちょっと重ための小説を読んでみようかなと思って。 私小説...らしい。直木賞受賞作ではあるのだけれど。 まぁ、どうなんだろうか。主人公は大学を出ていったんは会社に勤めたものの無一文になり流れ流れて尼崎の日の当たらないアパートの一室で怪しげなモツに串打ちをしてなんとか生きている。 そういう底辺の生活の中で共に底辺を這い回る他者との交流、そして流されるまま女と死ににきて結局は女を見捨ててのうのうと生きる...うーん、こういうベタベタした感じにはやはり馴染めないなぁ...それでも一気に読まれたのは作者の力量かな。オススメはしません。 ラストシーンが実家の最寄り駅(近鉄大和八木)だったのがちょっと驚き。

    0
    投稿日: 2015.09.21
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    文体が好き。 どん底で、どん底になりきれない男が、愛した人に手を伸ばせず、宙ぶらりんなどうしょうもなさが、とても良いと思った。

    0
    投稿日: 2015.06.18
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    自由人の人生は、ひやかし人の人生といえよう 生来の自己評価の低さや それを補うための実存主義的冒険主義 そういったものに根差した鼻つまみ者の悲しみが 自由人にもあるけれど 大学まで出させてもらっておきながら 今は鶏肉を串に刺して生きている、そんな生き方は 単に易きに流れる人のだらしなさとすら見てもらえない 底辺に生きる人々の仲間づらして その実、精神的には上から覗き見している偽善者、ひやかし者 そう思われても仕方がないのだった そういう、他人の冷ややかな目線にさらされることが かえって安らぎに思えるというならば 彼は、そう、マゾヒストである 尼崎でのやくざな生活にだんだんなじんでいく主人公を やがて周囲の人々は 心配混じりの親しみで遇するようになるのだが しかし所詮は、綱渡りで生きている人々の群れであり その終焉もあっけなくおとずれる 兄の不始末のカタで、人身売買にかけられた女は 自由に一瞬の夢を見たか 主人公を誘ってあてのない逃避行に出るのだった

    0
    投稿日: 2015.06.12
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    今月亡くなられた同県の直木賞作家の作品を手にした。 作品中「人が人であることは、辛いことである。その悲しみに堪えるところから、あるいはそれに堪え得ないところから、それぞれ、人の言ノ葉は生まれてくるのだろうが。」と述べているように一文一文一言一言がギリギリと刻みつけられているような感じがした。私小説とはげに凄まじきものなり。

    0
    投稿日: 2015.05.31
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    映画は、寺島しのぶの出世作(見てないけど)。タイトルから、曽根崎心中のような浄瑠璃をイメージしていたが、昭和53年の尼崎。くすんだ、淀んだ町の底辺の人たちの物語だった。 もともと都会の会社員だった主人公が、自ら世を捨て、流れ流れて尼崎。余計なことはしゃべらず、他人と距離をおき、ひっそりと過ごす。痛いほど、自分を落としていく。だが、掃きだめの鶴、アヤちゃんに心奪われ、欲情があらわになる。そこから物語は急展開する。 発する言葉は少ない。だから言葉への執着が半端なく、重い。伝えたい思いは、心の中で練られて考えられ、結局はしょられ、言わなかったりで、もどかしく苦しい。 小説から見えるその町は、濁った色で脂っこく臭い。その分、彫り物の鮮やかさ、四十八滝の滝の飛沫が際だつ。怖いほど。 読み終えてから、作者車谷長吉さんが数日前に亡くなったことを知った。死因は誤嚥。切なすぎる。

    2
    投稿日: 2015.05.21
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    地獄を生きる者と心に地獄を巣食わせる者、それは似ているようで決して相容れないものなのだろう。しかしながら後者が前者を「池の底の月を笊で掬うように」描いた時、そこには万人に開かれた地獄が現前する。全てを投げ捨ててハマに流れ着いた生島は病死した畜生共の臓物を切り刻むことで生を繋ぎ、泥の粥をすすって生きる者達と邂逅したその経験を言の葉によって写し出す。口から洩れ出るそれは呪詛かそれとも喘ぎ声か。否、どちらも似たようなものなのだろう。情念と諦観がまぐわい果てていくような本作は、地の底の睡蓮のように咲き乱れている。

    0
    投稿日: 2015.04.05
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    小説を書くことで生きたい男が身を持ち崩し、まっとうな社会に背を向け隠遁の生活を彷徨うのだが、そこは言語を弄するような観念の世界と真逆なリアルな生き方しかない社会の底辺であって、結局はそこの住人たちから異物として扱われ排斥されていく物語。書くべき人生を持たない主人公が、底辺の社会で生きる住人たちの人生にその書くべきものを見出してしまうことでそこの住人にはなれないのだ。あえてただただ日々の生を生きて見ようとするのだけれども、所詮は異物同士お互いに馴染めないまま、それでもつかず離れず共生している主人公と住人たちの姿に独特の味わいがある。

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    投稿日: 2015.03.15
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    出版されてすぐの頃、職場のおじさんに薦められていたのを、やっと読んだ。読んでみて、あの時の私には手におえなかったろうと思った。子どもは「見たら、あかんッ」小説だと思う。「赤目四十八瀧」という艶めかしい地名、「心中未遂」という真っ暗で甘美な響き。しかしアヤちゃんが選んだ道も生島が選んだ道もなんか現実的でみじめ。なところが良かったな。すごい悲しい話なんだけど、一方ではしょーがねぇな、と思ってしまうのは私も「観察者」だからか。

    0
    投稿日: 2015.02.21
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    病死した牛や豚の臓物を切り刻み、串に刺す手にねばりつく脂。 隣室の老娼婦が慰めを求めてとなえる、絶望的な呪文の声。 骨を噛むような呻き声をあげ、刺青を入れる人たち。 どん底の狭い世界で生きる、アウトローな人々。 動物のように本能のままに、ただ口を糊するために生きている。 その泥沼の底に見た、蓮の花のような女。 彼女はより一層の地獄へ堕ちるため、 命さえ投げ出してくれるほどの、誰かの愛が欲しかった。 心中未遂を経て、男はまた人間らしい生活に戻る。 男にとっては、ただの行きずりの出来事だったのだろう。 男達の業を絡めとり全てその身に抱えた女は、二度と浮かび上がれない。 しかし、自分に命を賭した男がいたという事実は、 生命の奥底の温かい灯となり、彼女を救うのだ。 哀しいまでに潔い、女の覚悟が胸を衝く。

    4
    投稿日: 2014.09.03
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    【本の内容】 「私」はアパートの一室でモツを串に刺し続けた。 向いの部屋に住む女の背中一面には、迦陵頻伽の刺青があった。 ある日、女は私の部屋の戸を開けた。 「うちを連れて逃げてッ」―。 圧倒的な小説作りの巧みさと見事な文章で、底辺に住む人々の情念を描き切る。 直木賞受賞で文壇を騒然とさせた話題作。 [ 目次 ] [ POP ] 一行一行に宿る業のなんと深いことだろう。 内容以前にこれほど文章に感じ入った本は他にない。 最後まで心臓をわしづかみにされ、恐ろしいものに睨まれて、目をそらすことができなくなったように一気に読んだ。 朽ちたベニヤの板に刺さったカミソリの刃、暗い土管の穴からのぞくギロリと光る眼、閉じるたびに蝶番の取れるボロい木枠の戸。 苦しい。 生き地獄という文字が近くで点滅する。 縛られたロープで底なしの丘の上から吊るされてビュンビュン振り回される。 初めは読み難いと感じていた文章に気づくと飲まれていた。 しかも首のあたりまでどっぷり浸かっていた。 何かが引っかかるわけでもない。 本を開けばまた、読み難い悲惨な文が目に飛び込んでくる。 やっぱり難しくておかしな文章じゃないか。 そう思うのに頭の上まで浸かってしまう。 白い女の透き通るような首筋、他者を頑なに拒む子どもの命を懸けた怒号、節の異常に発達した男の土気色の指先。 人間は化物になり、時は容赦なく吹き溜まりを掃き去る。 黒い穴の中からギロリと光る木刀のような視線。 くっ付いては離れない粘着質な息遣い。 私はこの化物の臓腑の中に、どっぷりとはまった。 [ おすすめ度 ] ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度 ☆☆☆☆☆☆☆ 文章 ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性 ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性 ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度 共感度(空振り三振・一部・参った!) 読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ) [ 関連図書 ] [ 参考となる書評 ]

    0
    投稿日: 2014.08.25
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    まさかのタイトルから壮絶なネタバレ。 ま、作品の根底にあるのは 行為ではなくて心情なのだから 結末なんてどうとだって良いのだけれど。 自身の想いの幾分かが すでにこの作品には描かれている。 生きてゆくことが難しい。 普通に生きてゆくことが。

    0
    投稿日: 2014.06.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    2度目です。引き込まれて読みました。自分が20年間暮したアマの街の情景が瞼に浮かびました。胸の中に何か塊が残る作品です。なんだか苦しくなります。

    2
    投稿日: 2014.04.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    尼崎の街の情景が浮かんでくる。1度行ったきりだが。真面目な人間が心中未遂までいたるのが丁寧な描写を経て、ある種清潔に描かれる。未遂後の描写がうまい。

    0
    投稿日: 2014.03.03
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    古っぽい表現なので「しんどい」のかな。と思ったけど、字数が少なく、すぐ読めました。 女性の『情』の表現の仕方がうまく、登場するどの女性にも会ってみたくなる本です。

    0
    投稿日: 2013.12.14
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    激烈である。ここまで激烈な生を経験した者の書くものは後を引く凄みがある。そう思ったのも、私小説であるということを念頭において読んだからかもしれないが、とにかく、(直木賞が娯楽小説に与えられる賞だとしたら)単なる娯楽にはおさまらない、黒い、重たい何かを感じている。車谷長吉との出会いは私にとってそれほど衝撃だった。思わず読後に古書店で3冊いっきに買ってしまった。

    0
    投稿日: 2013.11.03
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    古本で購入。 一読して絶望した。 小説の巧みさとは別に確固として存在する作者の曝け出したナマの部分、おそらくそれは人の心を何かしら抉る力をもっているはずだが。 心中は「未遂」に終わった。 結局のところ、「私」にとっては尼崎における何もかもが「未遂」だった。 尼崎を離れて数年後、再び訪れたその街には「私」が関わった人々はどこにもいなかった。作中の“物語”は、「私」が尼崎に存在しようがしていまいが起きた。 その人々にとって「私」は何ももたらさないマレビトにすぎなかったのだ。 「そろそろこの街を離れようか」と“思える”「私」と、“思えない”人々との間の断絶は深く暗い。所詮は破滅志向を行動に移したにすぎないインテリと、そこに生きざるを得ない人間とは交わることができない。 再び東京で会社勤めを始め、小説家としても再デビューし、文学の世界で成功をおさめた「私」こと車谷長吉が「心中未遂」したのは、ただ女ひとりではなく、自分が身を置こうとしてついにはできなかった「温度のない街」尼崎、そこに横たわる社会、あるいは世間だ。 それは一人称の文体をとりながら、どこか三人称的・鳥瞰的な、冷静な語り方からも感じられる。 自分を含めたすべてに対して観察者になっている人間が、“そこで”生きていると言えるのだろうか。 無痛の痛みのような揺らぎを心に生じさせる作家だと思った。 これから他の作品も、おそらく淵の底を窺うように読んでしまうのだろう。

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    投稿日: 2013.09.09
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    車谷に初めて触れた作品。蒸し暑く、汗や臓物や土や太陽の匂いが纏わり付いてくるように、激しい業に満ちたナルシシズムの世界に引きずり込まれる。真夏の、まるで怪談のようだ。

    0
    投稿日: 2013.08.18
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    このレビューはネタバレを含みます。

     アマに流れ着いた「私」はアパートの一室でモツを串に刺し続けた。アマのどん底に生きる人との交わり。下の部屋に住む女とのまぐわい。    女の背中一面には、迦陵頻伽の刺青があった。ある日、女は私の部屋の戸を開けた。  「起って。」「外して。」「あッ。」「して。」・ ・ ・ 「うちを連れて逃げてッ」 ・ ・ ・ 「生島さん。うち、もうええの。」 「うち、あんたを殺すこと出来(でけ)へん。」 ・ ・ ・ 。  死とエロチシズムが刹那的に溶け合い、哀しみがあふれる。アマ(尼ケ崎)の底辺に住む人々のどん底の情念。  村上春樹とは対極にあるような世界観と情念が描かれている。

    0
    投稿日: 2013.08.10
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    119回 1998年(平成10)上直木賞受賞作。時代劇のようなタイトルだが、現代社会派小説。主人公”私”が尼ケ崎のドヤ街に流れ着き、生きるためにそこの住人と浅く、深く関わっていく話。ヒロインのアヤちゃんがいい。おすすめ。この作品は西村賢太の『苦役列車』の世界観に通じるものを感じた。芥川賞のほうでもいけたのでは。

    0
    投稿日: 2013.05.06
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    ぎらぎら、ぬとぬとした情念に取り殺されそうな思いで読んだ。 心の、あるいは魂のどこかが壊死してゆきそうで、一度には読めなかった。 これから何度も読み返したいとは決して思わない本である。 しかしこれが夢物語でないことは確かだ。

    0
    投稿日: 2013.05.05
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    人間の業をえぐりとる、恐ろしく読み応えのある文章。尼崎が舞台で知ってる地名が多くリアルかつ幻想的。 この小説を読んで以来、そこらの文章が味気なく感じるほど、一度味わったら忘れられない濃厚な文章。 予想外な終わり方も好き。

    1
    投稿日: 2013.03.22
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    ジメジメしたいやーな匂いのする文体ばかりかと思いきや、非常に文学性の高い小説で驚いた。切ない恋物語だ。こういう小説すきだなぁ〜

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    投稿日: 2013.01.20
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    古い感じでけど超上手な文章に、私小説スタイル。最近の本だと、西村賢太を思い出した。インパクトの強い作品だったな~、こんな尖ったのが直木賞受賞作とは。面白かった、なかなかに食欲が失せる本だった。

    0
    投稿日: 2012.10.31
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    文章がかなり好みだった。こんなにすっと自分のなかに馴染んでいく文章を読んだのはかなり久々だ。 なんの足がかりもなく突如として会社を辞め、ジリ貧の生活の末に阪神尼崎にたどり着いた。(ところで尼崎といえば現在コンクリ殺人の報道が毎日のようにされていて大変タイムリー) 「私」はかなりワケありのアパートの一室に住み込み、一日中病気で死んだ家畜の臓物を串に刺しつづける。 この、串刺しがよかった。女主人や東京の客人から「あなたはこんな仕事をしている人間じゃない」「ここにいるべき人間じゃない」と言われながらも「私」は串に腐った臓物を刺しつづける。その修行僧のようなストイックさ。けどその勤勉さがアダにもなってかえって周りの人間からは疎外というか、遠ざけられている。 「私」は結局、小説をとおして本当の意味では誰とも触れ合っていないんじゃないかっていう気がする。 むしろセイ子ねえさん、晋平ちゃん、さいちゃんといった一癖も二癖もある登場人物たちとの触れ合うか触れ合わないかの、接点がヒリヒリするような会話の描き方とか、とても上手いと思う。 しかしながらタイトルの「殺人未遂」にもあるとおり、アヤちゃんと駆け落ちのように外へ外へと逃げていくところから、だんだんと共感が薄れてしまった。なんか、そういうんじゃないんだよなあっていうか。わからん。 私小説は時代遅れとは言うけれど、こういうの読んじゃうと日本人には(少なくとも自分には)、自堕落な人間の私小説に思わず共感してしまうDNAでも組み込まれているんじゃないかと思ってしまうのだ。 解説から抜粋― 「現代の多くの小説が、社会の表層に浮遊しているだけなのに対し、車谷長吉は、時代の流れに抗うように、社会の底へ、人の心の深部へと下降していく。日々、消費されていく日常の時間とは別のところに身を置こうとする。生半可な言葉を拒否し、生の深みへ、淀みへ、泥土へと降りていこうとする。」

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    投稿日: 2012.10.18
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    「赤目四十八瀧心中未遂」(車谷 長吉)を読んだ。覗き込んだ奈落のその深さに震える。防ぎようもなく沁み込んでくるこの哀しみに震える。10年くらい前に「金輪際」を読んで以来、車谷氏の作品からは意識して遠ざかっていたのだが戻ってきてよかった。この傑作を読まずに死ぬところだったよ。

    0
    投稿日: 2012.10.05
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    好きなブログでめちゃくちゃに良いと、三回立て続けに読んだとまでいわれていたので読んだ。 わたしには早かった。 新風館での上映までに観に行った。 ありえないくらいのミニシアター。 映画館じゃない空間で映写機上映。根性。 大学時代の思い出。

    0
    投稿日: 2012.09.16
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    こんな本読んだことなかった。読みのやめようかどうしようかと迷いながらうつうつした中に引き込まれるように読んでしまう。最後には何故か爽やかな気分になったのが不思議。好きだ、この世界観。

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    投稿日: 2012.08.20
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     単行本で出版された時に読んだが途中でやめていた。文庫本で再チャレンジ。   エグ味のある語彙と厳しい文体は相変わらず素晴らしい。  この長編を読んで思うに、この作家はやっぱり短編作家だなと感じる。今はまた違っているのかもしれないが。鮮烈な場面を書くが短編の瞬発力で読むにはメリハリがあると思うんだがどうも長編だと間延びしている気がする。途中で疲れてしまった。

    0
    投稿日: 2012.08.12
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    ん~・・・。 読み終わるまでものすごく時間がかかったということは、 あまり面白くなかった、ということになる。 面白くなくはないけど・・・なんかもやっとする内容。

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    投稿日: 2012.04.18
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    じっとりとまとわりつくようで、でもどこかドライな昭和風の文体が不気味な余韻を残す。 舞台は昭和の終わりだが、今にも通じる社会の闇を描く。 「住む世界」について深く考えさせられた。登場人物たちは、その後どこへ向かったのだろう。

    0
    投稿日: 2012.01.07
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    プ~ンと、生臭さいというか何とも言えない匂いがこちらまで漂ってきそうな小説でした。 こういう馴染みのない地域の馴染みのない人種の描写を読んで、少々面食らいながらも、全体的にきっちりまとまってる印象でした。

    0
    投稿日: 2012.01.03
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    出版当時、上司から勧められた本。 「死にたくなるぞー」「生きてんのイヤになるぞー」 とか言われた。 読んでみて、これは面白いのかもしれないけれど、好きではない、と思った。 見たくないところを見せつけられる感じ。 しかし文庫が出て、思わず購入。 ずぶずぶはまっていくような感じはあるけれど、やっぱり好きではない。 一歩間違えれば、自分もこうなるかもしれないという恐怖。 気持ちが落ちているときに読む本ではない。 私小説であると聞いて、ますます怖くなった。

    0
    投稿日: 2011.10.26
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    とにかく夢中になって読んだ。 ひたすらモツを串に刺す仕事をしている主人公のまわりで なにやらいろいろな事が起こっている。 隣室で、階下で、町で。 やっぱり見どころはアヤちゃんと行動を共にするところで 一気に読むペースが上がった。 笑えないしむしろ気が沈みそうな作品だけどおもしろかった。

    0
    投稿日: 2011.10.19
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    何度読んでも、何度も呼吸が苦しいほど、何かが迫ってくる。映画も見たし、赤目にも行ったし、駅の名前から街も思い浮かべるけど、それでも足りない。

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    投稿日: 2011.06.18
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    きれいな話とか明るい話とか好きじゃないから良かった。破滅願望のある主人公になぜかいつも感情移入してしまう。登場人物の一人一人が濃い。彼らが言う一言一言が心に刺さる。最初から最後まですごく良かった。

    0
    投稿日: 2011.04.14
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     凄まじい物語である。  この話はすでに10年以上前に書き上げられている。その年の直木賞を獲っている。  その後しばらくして、もう私小説は書かないと著者は宣言した。命を削るような話は最早書けないとも言った。当然だろう。  『漂流物』が、本命視されていたにもかかわらず芥川賞を逸したとき、この話は原稿用紙にして300枚ほどすでに出来上がっていたという。著者の奥さんは、コノ物語が完成した直後、夫はコノ作品で次の直木賞を獲る。と断言し吹聴して回ったという。身内の欲目、では断じてないと思う。彼女とて一級の詩人であるからではない、ある程度の読書人であれば、一読すればその「確信」が解る。  白洲正子が「十何年もまえに見っけたのは私なんだからねっ」と豪語したのは直木賞受賞の直後だから既に10年前だ。稀代の目利きが見出してから世間が認めるまで十数年を要したことになる。私のような凡人がその存在を発見したのが四半世紀後であっても恥ずかしいことではなかろう(でも、もっと早くに知っていたならもっとよかっただろうが)。  書くことに命を賭し、あるいは書くことで命を苛み、生きて狂ったか、あるいは狂って死した累々たる文豪たちの人生と作品との比較において、凄みの点で一歩も引けをとらず、むしろ凌駕するほどのものである。尚且つ今生き、書き続けている作家である。  そしてまた、世に出た後も、なぜか埋もれている存在でありつづけて見えるのは、この作家に一層凄みを加えている。  万人にお薦めできるものではない。それどころか万人に戸惑いと一種の嫌悪を抱かさずにはいられないこの作家と作品は、それ故にこそ紛うことなき逸品に違いない。稀代の目利きが見出し、第一級の文学賞を獲った作品だから、ではない。読むものがそれぞれ読んで感得するしかない凄みがある。  最後の文豪である。少なくとも私ひとりはそう確信する。

    1
    投稿日: 2011.02.27
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    自分の道を踏み外し、生きる意味を失った主人公「生島」は作者車谷長吉の姿だったのか。 熱いという言葉を発することができるのは、火の中へ飛び込んだものだけ・・・。 自ら堕ちるのと堕ちてしまったのは違う。堕ちきることができないために「生命の言葉」を吐き出せないもどかしさややるせなさがにじみ出れば出るほど、この小説の「生命の言葉」が輝きを増していく気がした。 この情念深い小説は、私は好きです。

    1
    投稿日: 2011.01.20
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    世のドス黒い部分をかいま見させてくれる。私小説つーのかしらん。主人公の投げやり感にイライラさせられる。

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    投稿日: 2010.12.07
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    内容は 学歴もある30過ぎの男が会社を辞め ボロアパートで臓物の串刺しをする仕事に就き ヤクザや売春婦や彫師等の世界に接する中で ヤクザに追われる女と心中を決めるという話だが 何せ、かなり古いそしてかなりキツイ昔の関西弁?で 関西に住むあたしでも最初読むのが厄介だったので まーどうかなーそれも味のうちと捉えるのかどうか。

    0
    投稿日: 2010.11.13
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    ことばに魂が宿っている。 そうよ、人間ってこーゆーのよ。 綺麗な人間なんて居無いのよ。 共感する所が沢山有った。 出会えて嬉しい。

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    投稿日: 2010.11.06
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    平凡な人生を真面目に生きるというのも中々難しく、かといって牛馬の生活に身を置けるかと言えばそれも難しい。無目的な生に意味を見出せない場合、自分を苦しみの中へ陥れるのか、あるいはどうせ意味がないことだからと淡々と生きるのか。とか考えてしまうような面白い小説、共感がないと意味分からんかも。物語的には真新しいものでもないと思う。

    0
    投稿日: 2010.10.31
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    私小説作家らしい、実体験を基盤に書かれた小説。 もし彼(著者)が、自分の生き様を、恥を、汚く見難い部分を、このような文章に書こうと思い立たなければ、彼は只の“人生の敗者”でしか無かっただろう。 何もかもを諦め、人の世の底でグズグズと生きる男の、その生への葛藤や言い訳や負い目が、痛い程ありありと伝わってくる。ここまで自分を追い込む事は、落ちて行くだけだと思えば容易そうで、しかし実際にはある種の“精魂”が必要なのではないだろうか。 この小説を介して覗き見た“小暗い人の世の底”は、常人には計り知る事の出来ない、凶暴な“生”が蠢いていた。 上辺だけでしか物事を判断出来ない、薄っぺらい意識では、読後何も得る物は無いかも知れない。

    1
    投稿日: 2010.10.21
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    第119回直木賞受賞作品 寺島しのぶがブレイクしたきっかけになった主演映画の原作 (作者に直接『映画化したら出演したい』と、手紙を出したらしい) 主人公が30代のときの話なので、20~30代の人向けかな? 若くして世捨て人を気取っているとか、好きで落ちているとか思ってしまい、 (恋愛も男性目線だと思うし) 私にはあまりピンとは来ませんでしたが、 尼崎とか天王寺とか関西が舞台だし、 続きが気になってどんどん読んでしまう 映画化は彫眉が内田裕也というのはちょっと年取りすぎて違うような気がするけど、いつかテレビでもやるかな?

    0
    投稿日: 2010.09.20
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    この本で感じるべきは、色々な事を諦めながら、その愚かさ故に何かに期待してしまう人々の生活を、そんな世界にやってきたすべてを捨てたつもりになっている男の視線を通して描かれる世界観。擬似的にでも捨てる事の自由を感じられる。

    0
    投稿日: 2010.09.08
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    2度途中で投げ出した本だが、今回はずるずる引き込まれるように1日で読了。 すばらしい。文句なし。終わり方もパーフェクト。

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    投稿日: 2010.08.10
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    冥い底辺に蠢く人々を圧倒的な筆力で描いた作品。 内容も文体もまったく違うけど、開高健の「日本三文オペラ」(ちょっとスカッと抜けすぎてるか)や「ロビンソンの末裔」(うん、こっちの方が近い)、中上健二(作品はうろ覚えだけど)などを思わせる雰囲気があります。 虚無でありながら、日も差込まぬ暑い部屋でひたすら串を打ち続ける「私」。無関心のようで気を使ってくれる口の悪い焼き鳥屋の女主人。口もきかず、ただ毎朝夕に肉を配達する男。不気味な恐怖感を奏でる刺青師。そしてその愛人らしき美人。たむろするくすぶり(下っ端ヤクザ)達。登場人物は多彩で、それぞれが見事な造形です。 ただ単に描いたと言うより、重い情念が書かせたという感じがする作品です。 いや、読み応えが有りました。

    0
    投稿日: 2010.07.02
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    汚泥の中で、這いずり回る人を見ているかのようだ。 彼らは怒り、悲しみ、情念、諦念、孤独、抑圧という名の汚泥の中でもがいている。彼らは汚泥から出ようとせず、ただ這いずり回るだけ。 人生から逃げた「生島」は、やさぐれていって尼ケ崎に行きついた。住み込みで焼き鳥の串刺しという仕事をしながら、尼ケ崎で自分の命をつなぐのだった。 もう一方で彼の命をつないだのが「アヤ子」の存在である。 いろんな人生がある。 「そんな生き方をしているなら死んだほうがマシ」と感じていても、やはり自分の命から逃げるのは難しい。 たとえ徒花だろうと生きているうちが花なのだ。

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    投稿日: 2010.06.26
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    悩みのるつぼを読んで、気になってた車谷長吉。期待通りの作品やった。意図的に底の言葉を選んでるとことか。隠れ金玉が勝手に歌を歌いだすって使ってみたいもんだわ。 関西弁はやっぱりしっくりくるのかな? 町田康も、谷崎潤一郎もすきやもんな。

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    投稿日: 2010.06.09
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    浦野所有。 ◆ネタバレ注意◆ かなり前から気になってた作家の車谷長吉(くるまたに・ちょうきつ)。 例によって「いずれ読もう」と思っている間に日は過ぎてしまいました。 さてさて、ようやく手に取り読んでみたところ、思っていた以上に文体も表現も独特でしたが、読みにくさは感じませんでした。 でも、好き嫌いはハッキリ分かれるでしょうね。ちょっとハメを外すような表現もあって、アウトローな世界を描いているのに「クスッ」と笑える場面もたくさんありました。 そんななか、一番印象的だったのが十五節。 主人公の生島が淀川を散策するシーンで始まるのですが、雰囲気がそれまでとはちょっと違いました。 言葉では説明しにくいんですけど、河川敷の草いきれや対岸の風景が、妙にリアルに感じられました(私の思いすごしかもしれませんけど)。 その後、生島は散策から帰り、ヤクザの恋人であるアヤ子と唐突に関係をもちます。 物語の転換点となる節の冒頭で、何気なく「あれ? それまでと何か雰囲気が違うような…」という印象を与える筆力に、「これが車谷長吉の描写なのか」と、単純に感心してしまいました。 それに、読みながらこんな感覚に陥ったことはなかったので、 「どうせ読むならもっと早い時期に読んでいれば、その後に読んだ本の印象も変わっていたかも」 と、少しばかり後悔しています。

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    投稿日: 2010.05.12
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    暗く底辺に生きる人々が描かれた小説。 読んで気分よくはならないかもしれないけど、 それぞれの人物の気持ちに 妙に思い入れしてしまう。 大事な人が行ってしまう最後のシーンでは、 胸が苦しくなった。

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    投稿日: 2009.12.11
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    基本的に舞台は限定されているのだが、非常におもしろかった。 ところどころで勘ぐり入っちゃって当てが外れたりしました(笑)

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    投稿日: 2009.10.13
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    比較的、読みやすい車谷長吉の代表作。癖のある登場人物がぞくぞくと出てきて飽きさせない、孤独な青年の内面真理描写の文脈部は精緻を極める。スリリングなまぐわい゛性描写゛シーンには冷や汗が出た。 筆者自身がエッセイで絶賛した映画化作品は難解で、どこがどうよいのかわからなかった、活字の個性的陰影感がまったく表現されていない自身原作の映画を褒め称える車谷長吉って、面白い人だと思う。

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    投稿日: 2009.02.26
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    【090207】地獄の沙汰も金次第 ::::::::::::::::::::::::: 高校一年の夏休み、 男友達三人、 赤目四十八瀧で キャンプの計画を立てた。 定かではないが、 多分、言い出したのは 小さな紡績会社の社長の息子で、 ずっとボーイスカウトに入っていて キャンプは手馴れたものだったようだ。 そう、 話はそれるが 彼は、“もやいむすび”だの“バタフライノット”だの 手取り足取り手ほどきしてくれた。 僕の本棚には、彼にもらった「ロープむすび」という ボロボロになったボーイスカウトの教則本がある。 閑話休題。 キャンプといっても本格的なそれではなく コテージを借りる簡便なものだ。 それでも、子ども(まだ、子どもだろう)ばかりで夏の一夜を過ごす という思いつきには心躍った。 電車を乗り継いで着いた最寄の駅から リュックを背負って登った。 ちょっとした観光地で登山道も整備されている。 リュックを背負っているのが恥ずかしいくらいだった。 それでもキャンプ場の近くになると それらしい雰囲気があって 気分が高揚した。 僕らは、そこで三人の女の子と知り合った。 彼女たちは大阪からきた高校三年生だといった。 どのようなきっかけで知り合ったのか 彼女たちとどんな風に過ごしたのか あまり覚えていない。 田舎の高校男子のことだ。 たいしてなにも無かっただろう。 彼女たちも年下の男に興味など無かったと思う。 記憶にあること。 彼女たちのうちの一人が 夏休みが終わったら留学するので 思い出づくりに友達ときたのだと言っていたこと。 彼女たちのうちの一人が 翌日誕生日だといったので 僕ら三人で歌をうたったこと。 そして、 彼女たちのうちの一人に カラビナで作ったネックレスをあげたこと。 留学する子、誕生日だった子、ネックレスをあげた子、 同じ女の子だったのか、 それとも、それぞれ別々だったのか定かではない。 そもそも、どんなきっかけでネックレスをあげたのかも忘れてしまった。 それに、 僕らは、一緒に写真を撮ろうとさえ 言い出せなかったのだ。   * 最近では、 僕ら三人で集まる機会も随分なくなった。 昨年末に久しぶりに顔をあわせたときに 赤目四十八瀧の話がでた。 どうやら、 大阪から来た三人の女の子と会ったことは間違いないようだ。 しかし、どうもそれぞれの記憶が食い違う。 会計士になった紡績会社の社長の息子 (小さな紡績会社はバブルのあとに倒産していた)は、 誕生日のお祝いはしたが、歌った記憶はないという。 それに、留学する子なんていたかなどと言い出す。 電力会社で風車を建てに世界中を飛び回っている男は、 いや、確かに歌ったと言ってくれた。 だが、留学では無いと言った。 お前らも一緒に聞いたはずだ。 友達には留学といっているが、実は違う。 身売りみたいなものだ。 それで、三人で励ましてやろうと何かあげたじゃないか。 身売りぃ。そんな時代じゃないだろう。 会計士が言う。 いや、確かにそう言った。 風車屋も譲らない。 ネックレス、あげたんだっけ。 僕が尋ねると、いやちがう、と言う。 思い出した。金だよ。 ほら、それで俺たち帰りの切符が買えなくて。 風車屋が言うと会計士も声を上げた。 思い出したようだ。 そうだ。 僕も思い出した。 確かに身売りするのだと言っていた。 そして三人で話して有り金渡したのだ。 ネックレスは、 誕生日だと言っていた別の女の子に こいつらを出し抜いて 僕がこっそりプレゼントした。 俺たち、あの時、騙されたのかなぁ。 まだまだ子どもだったってことさ。 それにガキの小遣いじゃ足しにもならんよ。 でもさ、 たとえあの子が本当に身を売ったとしても、 あの子の心は救ったかもしれんな。 俺たち。

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    投稿日: 2009.02.07
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    大阪尼崎に流れ着いた社会に適応できない「漂流物」である生島与一。 モツ焼き屋に雇われた彼は薄暗い部屋で動物の臓物を切り刻み串に刺していく。 著者独特の言葉使いにぐんぐんと物語に引き込まれてしまいました。

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    投稿日: 2008.11.05
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     「腐れ金玉が歌歌いだす」  いいですねぇ〜 金玉が歌いだすような美人。 いい表現だなぁ。    

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    投稿日: 2008.01.19
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    「ここで 失敗したら やばい」とか考えると、臆病になっちゃう。でも、たぶん実際は そんなにやばくない。どこまで落ちても、そこにも誰かが住んでる。ラピュタのじいさんも 地下に暮らしてたし。だからそんなに 恐がらなくてもいいんだなって 思えるようになるはず

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    投稿日: 2007.08.05
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    こういう小説が評価されるのはいいことなんだろうなあ。東中野の喫茶店店主に勧められて読んだ1冊。映画もよかった。

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    投稿日: 2007.02.02
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    あーこりゃふつうに面白いですね。友だちの好きな作品とかに5つ星をつけるのは、なんか悔しいので4つにします(ま、おれにとってこの星の数など大した意味はないのだが)。この小説は普通に面白いのですが、特に強調したいのは「視覚」ですかね。無頼派の小説って、結構大雑把なことが多いと思うのですが、この人は結構よく周りが見えていると思う。無頼派なのに文章は意外と繊細なところがいい。しかし、この文体は真似したくなりますな。文体に関してはひとこと言うと、ちょっと技巧的な感じがする。すなわち、意図的に自分の言葉に置き換えて、書き直しているようにも感じられるわけです。ある意味、機械的な感じさえする。しかし、それがいいと思う。この人は感情の赴くままに、燃え盛る炎に突き動かされて書く、って感じでもないもんな。ところで、小説で悪口書きまくって友達がいなくなりました、って聞いてたんだけど、この小説に関しては友だちなくならないんじゃないですかね?どれのせいで奥さん以外に友だち3人きりになったっていうんだろう?

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    投稿日: 2006.10.22
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    前にDVDで感想書いたものの原作本。 わたし、好きじゃないと書いた気がする。 でも、あれから日が経ってもあの映画の筋はきっちり覚えてるし また見たくなるような気にさせられる映画だったのでした。 寺島しのぶさんも好きになっていた。気がついたら。 とても上手いなぁと思う女優さんだ。 で、今回原作本を見つけたので早速借りて読みましたら 映画は原作に忠実に作られていたのだなあと思った事と 映画見た時にわからん解釈などあったのがこういうことだったのかと 分かったりしてとてもすっきりした気分だし また思い出す事が出来て嬉しい気分にもなった。 作品自体は楽しいものでも何でもないのですが。 こういうの、好きなんでしょうね、私が。

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    投稿日: 2006.09.02
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    人格も生活も破綻してしまってる主人公のこの世の『果て』でのエピソ−ド集・・・とか茶化してしまうが、友達以上恋人未満の男女が織り成す、修学旅行の追体験的な作品。題名はインチキ広告ばりに偽りあり。心中ってなんジャロ。

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    投稿日: 2006.08.31
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    映画の上映会場で買った。室温に置いたレバ刺しのイメージ。主人公が蝦蟇を覗くエピソードが印象的。この作家の言葉の言いまわしと漢字の使い方が好き。

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    投稿日: 2006.03.22
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    2005.10.18 ずっと読みたかった。濃いなあ。今の尼崎のイメージがあって、そこがそんなに世の底辺である、という雰囲気が実感できないんけど(たしかに昔の噂はよく見聞きするけど)どうしようもならん、どこにもいかんって閉塞感、その真ん中に(光なんかもっと深い淵なんか)カリョウビンガの女。おとことおんなってなに? さて、原作読んだので映像見ることにします。

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    投稿日: 2005.11.25
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    魂が傷んでいるから破滅するのだろうか。傷んでいないから、破滅するのではないか。解説では荷風の「断腸亭日乗」の影響を指摘されているが、斜に構えた世情唾棄の姿はこの作品の中には感じられない。見えない何かに操られるように破滅していく一組の男女の稀に見る美しい物語だ。世の中にどこにハッピーエンドの恋愛があるだろう。そんなものはどこにも、誰の上にもないのだと静かな虚無感が漂う。

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    投稿日: 2005.11.06
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    あの頃、わたしは尼崎のアパートの一室で、モツ焼きの串を刺し続けた…。シュールさがたまらない、車谷長吉の直木賞受賞作。寺島しのぶ主演で映画化され、話題にもなった。

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    投稿日: 2005.08.03
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    切れば血がでるような凄まじい文章。それでいて自分を冷静に突き放しユーモアさえある。主人公が「あっ。」とよく絶句するのが面白い。アヤちゃんに対しては思い入れがあるのがその描写からもわかる。

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    投稿日: 2005.05.07
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    エンターテインメント私小説。「併し」の多用は主人公の不安定さを表す意図的なものか。にっかつロマンポルノにありそうな話。

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    投稿日: 2005.04.18